※このお話は、一作目「霧雨魔理沙は知りたくない」の設定を用いています。
※「霧雨魔理沙の非常識な日常」タグでそちらの作品が出てくるので、まずはそちらから目を通していただければ、随所の設定が解るかと思います。
※基本的に一話完結型ですので、上記一作目以外は読んでいなくてもご理解いただけるかと。
※長くなりましたが、それではどうぞお楽しみ下さい。
――0・飛びきり燗/高熱注意のスタートライン――
色鮮やかなキノコと、湿った空気。
瘴気で覆われているため、まともな生物なんて一匹もいない。
そんな静かで倒錯的な地が、私こと霧雨魔理沙の暮らす魔法の森だ。
「これを……こうし、て」
種族人間で、職業魔法使い。
種族魔法使いの連中には、まだまだ到底敵わない。
だからこそ、日々の努力を怠らないのだ。
「これで、こう、か?」
魔法使いが人間を止める方法は、さほど難しくはない。
食事や睡眠、それに寿命。
それらを食べる“虫”を、捨てるだけで良いのだ。
「よし、こうか」
フラスコに入れた赤い液体が、ぐらぐらと揺れる。
コレクションで埋まった私の部屋は非常に狭く、薬品一つ使うのだって大変だ。
こぼれでもしたら、家が全焼しかねない。
「うーん……こんな危険な薬だったかな?」
久しぶりにパチュリーの所に行き、借りて――正当な手続きをして――きた魔導書に、目を通す。
この本は、人間を止めるための薬……“丹”の生成方法が書かれた本だった。
この“丹”を飲めば、私はその瞬間から“種族”魔法使いとなる。
「あれ?おかしいな」
こんな薬を作ろうとしておいてなんだが、私は人間を止めるつもりはない。
人間ってのは、短い生を力の限り生きる種族だ。
夜空を呑み星を砕くのが妖怪なら、夜空を覆い星を掴むのが人間。
努力と根性と気合いで全部切り抜けて、私“らしく”生きるために。
だからこれは、好奇心。
魔法使いが魔法使いに足るに必要なものが“丹”であるというのなら、作るための技術くらい身につけておきたかった。できないのは、悔しい。
「お?おおお……失敗、か?」
材料が足らなかったのか、赤い液体は沸騰したまま変化しなくなる。
やっぱり、もうちょっとキノコの研究を進めないと材料が揃わないか。
このままだと、“アリス”を笑えないくらいの爆発が起きる。
ここのところずっと取り組んでいたから、そういえばろくに外出していない。
そうなると気になるのは――隣人の、ことだ。
魔法の森の隣人、アリス・マーガトロイド。
彼女とは諸々の縁があり、ここのところ二人で色んな騒動に巻き込まれ続けた。
いや、二人で、というのには正しくないだろう。
本体の“アリス”から枝分かれした、七色の個性を持つ“ほぼ”自立人形。
それが私の隣人、アリス・マーガトロイドの正体だ。
彼女のせいで私は、幻想郷の知りたくもない裏側を垣間見ることになってしまった。
「どうやって処分するかな?これ」
そんなアリスの所にも、かれこれ二週間近く行っていない。
前は三日に一度は通っていたのだから、感慨深くもある。
まぁ、丁度良い休養期間だと思って、もう少し研究を続けても良いだろう。
「スペカに応用するか?うーん……」
――コンコン
「……うん?」
ノックされる、扉。
魔法の森にある私の家を訪ねてくる人間なんか、滅多にいない。
私は普段訊ねる方だからこそ、訊ねられるという状況は非常に珍しい。
「誰だ?まぁいいか、今開けるぜ」
待たせても仕方ないので、扉を開けに行く。
偶然立ち寄った霊夢辺りだろうか?
いや……霊夢は間違っても、ノックなんかしない。
「よっと……霧雨魔法店はまだ開店前――」
「――私よ」
波打つ金砂の髪。
澄んだ空色の瞳。
美しい雪色の肌。
整った、ビスクドールのような顔立ち。
青いワンピースに白いケープ、その首筋に巻かれたリボンは――黄色。
「私はちょっと用事を思い出したからこれで失礼するぜ!」
「そうね、失礼するわ」
アリスは、私が扉を閉め切る前に、その隙間に身を投じた。
おかげで私は、アリスを中に引き込んだ上で扉を閉めることになってしまう。
そう、この……他の誰よりも理解できないアリス、“金曜日”のアリスを。
「時代は変形合体よ、魔理沙」
「いや、話に脈絡を持たせようぜ?どうしてそんなことに思い至ったんだよ」
「“アリス”の藁人形を見つめていたら、電波を受信したの」
「いや、まあいいや、続けてくれ」
どこをどうしたら“月曜日”のアリスの藁人形で、そんな発想に辿りつくんだ。
……まさか、藁人形をバラバラにしていたのか?あり得ないことじゃないな。
「腕が良いの?足は譲らないわ」
「なんの話だよ」
「頭はマスターよ」
「いや、よくわからんが止めてやれ」
金曜日のアリスは、日曜日並に無表情だ。
突拍子もなく笑い出すこともあるが、基本的に澄ました表情をしている。
その癖、発想が異次元に飛ぶのだ。
「ということで、行くわよ。魔理沙」
「は?いや、どこに?」
アリスは、拳を強く握るとそう宣言する。
いい加減、主語も述語も抜くのは止めた方が良いと思う。
「宝船よ――」
「おお、変形か。珍しくまともな発想だな」
「――合体を見に行くの」
「そっちかよ!」
確かに聖輦船は、船が変形して寺になった。
だがそこに、“合体”とかいう不可思議な要素はなかったはずだ。
第一、何と合体する気なんだ?何と。
「わかってないわ!」
――ドンッ
アリスはそう声を荒げると、机に拳を振り下ろした。
……そうすると、当然机の上のフラスコが揺れた。
「あわわわ、ままま待て!アリス」
慌てて、制止する。
フラスコが倒れでもしたら、そこで終了。
私自身は障壁諸々で無事かも知れないが、コレクションは修復不能となるだろう。
「私のゴリアテ計画には貴女が必要なの!」
――ドンッ
「なんのことだよ!?」
「なんでもないわ」
――ドンッ
「じゃあなんで今机叩いたし!」
アリスは無表情なまま首を傾げ、連続して机を叩く。
その度にフラスコがぐらぐらとして、危うい。
このまま爆発なんて勘弁してくれよ。マジで。
「それで、一緒に行くの?」
――ドンッ
「それとも、行かないの?」
――ドンッ
フラスコが右に揺れれば右に動き、左に揺れれば左に動く。
くるくると回りながら衝撃に耐えるフラスコに、私は小さく涙した。
頑張れ、頑張れフラスコ!
「なんでそんなに連れて行きたいんだよ!」
「全員貴女とおもしろおかしい事したみたいだから、通過儀礼なのねって」
――ドンッ
「あわわ…………どうして確信したし」
そもそも、“面白おかしい事”した訳じゃない。
巻き込まれて、巻き込まれて、なんか何時の間にか経験値が増えていっただけだ。
「だから」
――ドンッ
「私と」
――ドンッ
「レッツ命蓮寺よ!」
――ドンッ
フラスコが大きく揺れ、ついに倒れそうになる。
だがアリスが絶妙な手加減でもしているのか、それとも天然か、フラスコは倒れない。
私が女豹のポーズでフラスコをゲットしようと構えているのに、アリスは変わらず手を振り上げた。
「どうするの?」
「おおお、落ち着け!わかった!わかったから!」
「ふふ、しょうがないわね。そこまで言うなら連れて行ってあげるわ」
「なんで突然偉そう――わかったから、手を振り下ろすな!」
どんな思考回路してんだよ、ホントに。
そういえば、例の“研究日誌”の中で、幼いアリスはこのアリスの精神を造るとき、酒を飲んで造ったと零していた。
なるほど、酔っぱらえば私もこんな風に――なるか!
「百面相しているわよ?魔理沙」
「させられているんだよ」
「だから泥棒なのね」
「怪盗じゃなくて」
私はフラスコを無事確保すると、それを魔法で丁寧に処分する。
爆発するような事態になってもつまらないので、なるべく綺麗に。
パチュリーに借りた本を爆散させたなんて事になったら、なにをされるかわからんし。
「さぁ、行くわよ!魔理沙!」
「はいはい、今行くぜ」
だけどまぁ、アリスを一人で行かせなくて良かったような気もする。
うっかり一人で行かせて、聖輦船が沈没しましたと言われたら洒落にならない。
だから私は、瞳を輝かせるアリスを箒の後ろに乗せて、飛び立った。
――後に私は、こんな風に気軽に判断したことを悔やむことになる。
そう、この時この瞬間こそが、私の胃壁を著しく傷つけるまでの序章だったのだ――
霧雨魔理沙は挫けない ~白蓮聖輦一蓮托生命蓮寺!~
――1・熱燗/冷めぬハートのゲル体温――
人里近くの開けた土地。
そこにあるのは、大きな寺院だ。
大晦日には除夜の鐘が鳴り響き、昼でも夜でも静かなお経を耳にする。
それが――“命蓮寺”だ。
里人たちは道が不便な博麗神社よりも、まだマシな守矢神社に通っていた。
けれど最近は、こちらの方が遙かに近く安全に来られるということで、里人たちは行き先を変えつつあるのだという。
そのため、命蓮寺へ向かうための道はよく補正されている。
命蓮寺の連中が里人と協力してやったのか、それとも慧音の主導でもあったのか。
なんにしても、空を飛ばなくてもいいと思える程度には歩きやすく長閑な道だ。
「さて、実際の所行ってどうするつもりなんだよ?」
その道すがら、私はアリスに訊ねる。
命蓮寺に行って、それからどうするのか?
行って、見て、満足したというとは思えなかった。
「そうね、まずは頭部パーツにアンテナをつけるのか聞かないと」
「何の話だ」
したり顔で呟くアリスに、ツッコミを入れる。
なんで満足げなんだよ。
「だいたい、ロボットが見たいならなんで非想天則じゃないんだ?」
妖怪の山へ行きたいって言われても、困るけど。
けれど、変形も合体もしないけど、アリスが求めるのはロボットっぽいものなように思えて仕方がなかった。
「非想天則は、“土曜日”と“共有”したから、見るべきなのは変形機構なの」
「珍しくまともな返事だな。……ああいや、そうか。まぁ、納得した」
アリスの姉妹のアリスたち。
彼女は他の自分たちと、記憶の共有が可能なのだという。
つまりその共有を用いて、非想天則を見たのだろう。
「楽しみね。ジャイアント命蓮寺」
「そんな枕詞無いからな」
「命蓮寺・ザ・ジャイアント?」
「いや、尻につければいいとかじゃなくて」
「テール=命蓮・ジャイアン寺?」
「もういいや、さっさと行こうぜ」
尻だから尻尾……ってやかましいわ。
いい加減、好き放題に振り回す“私”のポジションを返して欲しい。
長閑な道、だからこそこのアリスと二人きりというのは疲れる。
嫌いな訳じゃないのだが、ただひたすら疲れるのだ。
なんとか、疲れるのさえ回避できればまぁ楽しいヤツなんだが……。
「うらめしやーっ!」
「ナイスタイミングだぜ」
木陰から飛び出す、明朗な声。
空色の服装に空色の右目、赤い左目。
紫色の趣味の悪い傘から映えた、大きな一つ目と舌。
唐傘の付喪神、“多々良小傘”が私たちの前に現れる。
「妖怪……はいいとして、なんで驚かないのさ!」
「昼間だからだろ……じゃなくて」
このチャンスは、逃せない。
どの道私はもう逃げられないんだ。
だったらここで、こいつも巻き込んでやる!
「驚かしたいんなら、良い方法を教えてやるよ」
「え、ホント!?」
「ああ、そのためには私たちに同行して貰う必要があるがな」
そうだ、これだ、このポジションだ。
たまには振り回されるばかりではなく、振り回さないとな。
「そ、その手には乗らないよ!実は思い浮かばなかったーとか言われたら嫌だからね!」
手強いな。既に騙され済みだったりするのか?
そんなに警戒されるつもりはなかったが……ああ、私の助言を信じていないのか。
まぁ、勝手に向こうが解釈した上に、答えが“こんにゃく”だからな。
「――前払いがあればいいのよね」
そんな中、黙り込んでいたアリスが小さく呟く。
その視線は紫色の傘に注がれていて、なにかしらに興味を持ったことは明らかだった。
……何かあったら、私がアリスを止めないと。
「え?アイデアをくれるって事?」
「そうよ」
「それなら、いいかなぁ」
小傘はあれで楽観的だ。
そんなに強く断る気も無かったのだろう、あっさりと頷いた。
「成立ね。それで、私のアイデアは――」
「うんうん」
「――こんにゃくよ」
「え?」
結局それかよ!
というか、それなら既に試しているのか、小傘は肩を落として微妙な表情をしていた。
「こんにゃくなんか、冷たくないと驚いてくれないよ」
まぁそうだろうな。
あのひやりとした感覚と、ふにゃっとした感触に驚くんだ。
両方揃わないと、“ちょっと気持ち悪い”程度のことなんだろう。
「冷たくしないと?……はっ、わかってないわね」
アリスがそう鼻で笑うと、小傘は眉をしかめながら首を傾げた。
冷たくしないで驚かす……どういうことだ?
「いい?こんにゃくの正しい使い方は――」
小傘が、小さく息を呑む。
気がつけば、私もそんな小傘に倣っていた。
「――冷やして固める前の熱々の液体を、首筋から流し込む事よ!」
「なんでだよ!」
「そ、そうだったんだ……」
「いやいやいや、それで納得するんじゃない!」
というか火傷する。絶対火傷する。
神妙に頷く小傘。やり遂げた表情のアリス。
二人の表情に、私は嫌な予感を覚え始めていた。
「わちきは小傘。多々良小傘。お姉さんは?」
「アリス。アリス・マーガトロイドよ」
「アリス……わちき、アリスに着いていくよ!」
判断を誤ったか!?
くそぅ、まさか小傘が“アリス側”だとは思わなかった。
だがそれはきっと、今更言っても仕方のないことなんだ。
「貴女にできるかしら?魔理沙流驚愕術が」
「魔理沙流!……あの時の言葉は、本当は熱々こんにゃくを指してたなんて!」
「違うから。というかアリス、なんだそれは」
熱々こんにゃくなんて、思い浮かぶはずがない。
どんな思考回路を組み込めば、こんな発想を思い浮かべるようになるんだよ。
私はそう、ただため息を吐くことしかできなかった。
「さあ行くわよ!目指すは、命蓮寺よ!」
「お姉さん、そこで何をするの?」
「決まっているわ――人形革命よ」
「何時から決まったんだ!?」
当初と目的が変わってる!?
どうするんだよこれ。誰が収拾つけるんだよ。
……って私か。私しか居ないか。ははっ。
愉快な忘れ傘、小傘。
彼女を加えて、私たちは命蓮寺への道を急ぐ。
時間に余裕はあるのだが、私の精神に余裕があるのかわからなかったからだ。
「頼むから、あんまり無茶しないでくれよ」
私はただ、一人そう呟く。
――叶わぬ願いだと、理解していながら。
――2・上燗/飛び立て未来とはまた別方向――
左右に地蔵が建ち並ぶ、参道。
石畳の上を歩きながら、命蓮寺への道を進んでいく。
年末にも除夜の鐘を鳴らしに来たが、やはり大きい。
堂々と佇む門を威厳があり、どこか荘厳だ。
とてもじゃないが、船が変形してできたようには思えない。
立派な佇まいの、寺院だった。
「おーい、一輪!」
その門の上。
煙管を吹かす、淡い紫色の髪に頭巾を被った尼さん。
彼女は、ここ命蓮寺の門番だ。
「あら?何時かの魔法使い……と、付喪神と、誰かしら?」
「アリス・マーガトロイドよ」
「アリス……なんだって?」
「マーガトロイド。“まがとろさん”でもいいわ」
「良くないだろそれ。というか、普通にアリスって呼ばせろよ」
なんだ“まがとろさん”って。
さりげなく“さん”付けを強要しているのも気になるが。
一輪はアリスの言動に首を傾げると、冗談だとでも判断したのかため息を吐いた。
「今日はどうしたの?姐さんの理想に協力する気にでもなった?」
一輪の言葉に、今度はアリスが首を傾げる。
変形の知識しか集めていなかった辺り、非常に“らしい”と思う。
「理想?」
「人間と妖怪が平等に暮らせる世界を造るんだと」
「ふぅん」
アリスは如何にも興味なさげに呟き、それから何故か小傘を見た。
小傘から私、私から小傘に視線を戻し、そうして一輪を見る。
「そうよ。貴女たちの思想が気になったの」
「は?おまえさっきまで知らなかったんじゃ……」
「それは素晴らしい!姐さんの説法を聞きに来たのであれば客人となりますね」
アリスの言葉を聞いて、一輪は敬語になる。
外敵には厳しく、客人には礼儀正しい。
門番同士、美鈴辺りと打ち解けそうな気がする。
「ってそうじゃなくて、おいアリス」
「なにかしら?」
「なに、じゃなくて、なに考えてるんだよ?」
聖の思想に共感する質には、見えない。
いや、違うな。他のどんな人にも共感することはないだろう。
なにせ、思考の次元が違うのだから。
「それでは迎えの準備をしてきます。少々お待ちを」
「準備なんて必要ないわ」
「そう言う訳には行きませんよ。では!」
飛び去っていく一輪を、見送る。
忙しないヤツだとは思うが……なんか、何時もよりも行動が早い気がする。
「さて、小傘」
「なに?お姉さん」
「他者を驚かせるのに、こんな手段があげられるわ」
ああ、忘れてなかったんだな。
てっきりアリスのことだから流してしまうのかと思っていたが、そうではないらしい。
「古来から様々な人間を驚かせてきた驚愕術」
「おお!なんかそれっぽいよ!」
「そうそれが――“どっきり”よ」
「古来ってほど歴史無いだろ!」
外の世界で流行っている、演目のようなもの。
私は香霖からそんなことを聞いていたのを、思い出した。
「さあ、今の内に聖輦船に潜入するのよ!そして動力部分を持ち帰れば成功よ」
「いやいやいや待て待て待て!」
「なるほど、それはびっくりするね!」
「びっくりじゃ済まないから!いや、びっくりはするだろうけど!」
口から心臓が飛び出るぞ。
私の心配も通じず、小傘はさっさと飛び立ってしまった。
どこから潜入するのか知らないが、大丈夫なんだろうか。
まぁ、動力部が持ち運べるものとは限らないし、いいだろう。
「お待たせしました。おや?唐傘の妖怪は?」
「言わせないで。恥ずかしいわ」
「そ、それは失礼」
とりあえず無難なことを言ったつもりなのだろうけれど、それでは小傘が可哀相な気がする。いや、本人はノリノリだったし、まぁいい……のか?
私たちは、一輪に導かれるまま、門を潜る。
妖怪と人間の平等を謳う、幻想郷でも珍しい平和な場所。
命蓮寺に、足を踏み入れた。
――3・熱燗/誰かのためにやや低調(偽)――
畳と障子が並び、侘び寂の純和風な雰囲気を造っている。
ぼんやりとした輝きが灯る廊下は美しく、自然と心が落ち着いてきた。
その命蓮寺の一室で、私とアリスは正座をしていた。
目の前には、白蓮が来るまでの間相手をしに来たという、ナズーリンが座っている。
「けっこうなお点前で」
「麦茶にそれを言う必要はないよ。こちらの文化を勉強してきてくれたのは、嬉しいがね」
「あら、そうなの」
微妙にずれた事を言うアリスに、ナズーリンは苦笑する。
あまり白蓮の思想に対して声高々に同意している姿は見られないナズーリンだが、こうして客の相手はしっかりするらしい。
「君は聖の理想に思うところが合って来たようだが――少し、話を聞かせて貰っても?」
ナズーリンの目が、ほんの僅かに鋭くなる。
私はその瞬間を、見逃さなかった。
なにかまた、厄介ごとに巻き込まれているような……そんな予感で、肌が粟立つ。
「そうねぇ。ああでも、同じ事を聖白蓮に聞かれるのは面倒だから……」
「その辺は、私が話を通しておこう」
「そう。それなら良いわよ」
アリスとナズーリンが話をしている最中に、周囲に視線を走らせる。
誰かに見張られているような気配は無い。
けれど、障子の向こうから、警戒心に似た気配が感じられたような気がした。
気のせい、か?
アリスが警戒されるのは、残念なことによくあることだ。
だが、それだけではないような感じもまた、あった。
「しかし、急に興味を持ったということには何か切っ掛けが?」
「そうね。切って欠けるという意味では白玉楼の方が良いと思うわ」
「は?い、いや、変わった冗談だな。アメリカンジョークという奴か?」
「上段斬りと言えばやはり魂魄ね。あら?その概念は儒教だったかしら」
「いやうちは仏教だが……うん?私がおかしいのか?」
最初の論点がどこか別の方向へ飛んだことに、ナズーリンは気がついたようだ。
正直、アリスから何かを聞き出すのは無駄以外の何者でもない。
「霧雨魔理沙。君たちは何の用で来た?」
「最初にアリスが言っただろ?白蓮の話を聞きたいって言うから、連れてきたんだ」
変形合体の秘密を暴きたい。
そんなことを言ったが最後、私も変人の仲間入りだ。
ナズーリンには悪いが、ここは誤魔化させて貰うぜ。
「彼女がそう言っているようには思えないのだが――そう、なにか別に気になることがあるんじゃないか?」
ナズーリンはまた、私を鋭い瞳で見る。
今度は気のせいなんかじゃない。確かに、何か含みのある目だ。
「とりあえずそのペンダントは気になるわね」
張り詰めた空気。
それをあっさりと覆したのは、麦茶を啜っていたアリスだった。
ていうかそれ、私の麦茶じゃないか?
「あ、ああ、ペンデュラムのことか。これの何が気になるんだ?」
無視する訳にも行かないからか、ナズーリンが躊躇しながら答える。
だんだん、アリスと会話することに怯えを見せるようになってきた気がする。
まぁ、理路整然とした奴ほど厳しい会話だからな。
「そんなことより、ダウンジングはそれで行うの?」
「そんな、あれ?話が戻ってる?」
「で?どうなの?」
「私が悪いのか?あれ?ああ、いや、そうだけど」
「ナズーリン、大丈夫か?」
「なんでそんなに優しそうなんだ?」
そんなことより、の意味がわからない。
ナズーリンはアリスと問答を繰り返す度に、だんだんと声のトーンが下がっていく。
どうしたらいいのかわからないのであろう、眉を下げるナズーリンの肩を、私は優しく叩いた。
「そう、それなら今度探し物でも頼むわね」
「え、あ、構わないが……断定した?決定事項なのか?」
「剪定で思い出したけど、白玉楼は閻魔と繋がりがあるはずなのに儒教なの?」
剪定がどこにあった。ナズーリンの話の何処に。
ナズーリンは、自分の言葉がおかしかったと思い始めたのか、頭を抱え出す。
私はそれを見て、慌てて声をかけた。
「そ、そうだ!麦茶のお代わりをくれないか?」
「あ、ああ、そうだな、ついでに頭痛薬を飲んでこよう」
「クスリなら持ってるわよ?実験用だけど」
「いやニュアンスがおかしいから。ナズーリン、早く行くんだ!」
「すまん、恩に着る!」
ナズーリンは、頭を抱えたまま走り去る。
その哀愁漂う背中に、私は小さく涙した。
きっと今頃、聞き出しに来た自分を呪っていることだろう。
「さて、魔理沙」
「なんだ?というか、誤魔化しはしたが、実際どうするんだ?」
「ちょっと一舐めしてみなさい」
「は?」
アリスに差し出されたのは、麦茶が入っていた湯飲みだった。
そこに一滴だけ残っていた麦茶。
私はそれを、言われたままに指で掬って舐めてみる。
「薬……か?」
「睡眠薬ね。私には、効果ないけど」
「え?ほ、ホントに大丈夫なのか?」
「耐寒耐熱耐親父耐毒……このボディに抜け目はないわ」
「いやいやいや、耐親父って何のために……ああ、カミナリか」
したり顔で頷くアリス。うぜぇ。
だけど、これで一つハッキリしたことがある。
ナズーリン――いや、命蓮寺の連中は、何か隠している。
「どうする?アリス」
「進むわよ。ここまで来たら、退けないわ」
「最初から退く気なんか無かっただろ。まぁ、いいけど」
アリスが立ちあがり、不敵に笑う。
よほどテンションが上がっているのか、その動きは素早い。
「ま、でも。そうと決まれば……あれ?」
障子に手をかけて、外に出ようとする。
だが、障子はぴくりとも動かなかった。
「ちょ、ちょっと待て、ぐぬぬぬぬ」
押せども引けども、障子は動かない。
まるでセメントで固められているかのように、固く閉ざされている。
「魔理沙?」
「まずいぜ、アリス。……閉じ込められた」
くそっ。色々と気がついた時点で、どうにかしておくべきだった!
けれど、それを悔いても仕方がない。
今すべきことは、私たちが閉じ込められた理由を探ることだ。
「なぁアリス、何か気がついたことは――」
「――ストップ。耳を澄ませて」
「は?」
アリスに遮られて、首を傾げる。
そして鋭い視線のアリスに促されて、私は耳を澄ませた。
――…………ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「何の音だ?……ッ!」
足下が揺れて、バランスを崩す。
命蓮寺を襲う揺れ。
この激しい揺れは、きっと地震なんかじゃなくて。
「魔理沙、外!」
「……おいおい、マジかよ」
窓から外を眺めて、目を瞠る。
だんだんと離れていく地面。
空に呑み込まれていく、命蓮寺。
「聖輦船に変形して、飛んでる!?」
そう、宝船の異変の時と同様、命蓮寺が変形していたのだ。
聖白蓮を運ぶ船――“聖輦船”に。
「愉しくなってきたわね、魔理沙」
「あー……そうかよ。私は胃が痛いぜ」
アリスと私、それから今何処に居るかわからない小傘。
どうやら私たちは、三人でアウェイに閉じ込められたようだった――。
――4・ぬる燗/温もりそばにあれば太陽――
八卦炉に魔力を込める。
部屋の中にいる以上、あまり派手な魔法は使えない。
だから最低限。なるべく周囲に影響を及ぼさないように、弾幕を放つ。
「“イリュージョンレーザー”!」
――ダンッ
貫通型の魔法を用いても、障子は破れない。
不思議な力なんかじゃないことは、一目見ればわかる。
「ピンク色の雲……雲山で、障子を封印しているのか」
「さすが門番ね。一輪の本体だけあるわ」
「それは違うと思うぜ?」
一輪の本体が雲山というのは、余りに無理がある。
というか、普通は逆の発想に思い至るのではないだろうか。
いや、どっちかが本体と考えるだけでもアレか。
「なんにしても、抜け出さないと話にならないぞ」
「そうね。それじゃあ、スターダストミサイルをお願い」
「爆発系を部屋で使うのは止めておきたかったが……手段を選んでる暇もないか」
アリスが私の隣りに立ち、一緒に手をかざす。
私の青い光と、アリスの橙色の光。
二つの光が、収束して輝いた。
「“スターダストミサイル”!」
「“スペクトルミステリー”」
魔力が合わさり、七色に輝く。
魔力の反応と性質は、両者の精神にでも依存しているのか。
その輝きは、その力は、その威力は――強い。
――ドオンッ
「きゃあっ!?」
悲鳴と共に、障子が破壊される。
土煙が晴れた頃には、急な衝撃で目を回す一輪と雲山の姿があった。
やっぱり、こいつらが閉じていたのか。
「さぁ、一気に行くわよ!」
「おう!」
箒に跨り、飛翔する。
アリスはそんな私の後ろに横座りになると、周囲に人形を配置した。
「一番奥まで突貫しなさい!」
「ああ、わかったぜ!彗星【ブレイジングスタァァァッ】!!」
障子もなにも突き破り、ただ一直線に飛翔する。
一輪が目を醒ましでもしたら面倒だし、私に薬を持ってまでやりたかったことも気になる。
「雑魚妖精か……アリス、掃除は任せたぜ!」
「きっちり洗濯してあげるわ――“スペクトルミステリー”乱射!」
配置された人形から、橙色の光が放たれる。
その極光に、目を回した妖精たちが散り散りになっていった。
妖精たちが、まるで異変の時のように興奮している。
魔力が満ちる空間で、歓喜の声を上げているんだ。
「白蓮の奴……何を企んでるんだ?!」
「妖精が阿波踊りをするほどの濃密な魔力。どこかで感じたことがあるわね」
「……良いけど、“踊り狂う”じゃだめだったのか?」
進んで、進んで、進んで。
そうして私たちは、長い廊下に飛び出た。
一直線の廊下。ここからまっすぐ行けば、一気に船首にある操縦室まで行ける!
「――悪いけど、ここから先は通行止めだよ」
「ッ……ぬえ」
私たちの前に立ちふさがる、黒い髪の少女。
正体不明の妖怪――“封獣ぬえ”だ。
「ここから先へは行かせない!正体不明の種に怯えて帰れ!」
「おい私たちの話を……ッ」
ぬえの姿が、変わっていく。
正体不明の種――怯えて帰るほどの、姿?
私が一番怖いものにでも、変えようというのか。
その姿は、だんだんと……金の髪の、幼い、少女の姿へ――
「人面石像【イースターのモアイ像】」
「きゃんっ!?」
――変わることは、なかった。
ぬえの頭上に出現した妙に顔の長い石像が、ぬえを押しつぶす。
ぬえはそれに耐えられず、落下していった。
あの程度じゃどうにもならないだろうが……大丈夫だろうか?
「無事?」
「ぁ、ああ。アリスは、大丈夫か?」
「私には最後まで彼女しか見えてなかったわ」
「怖いものないのかよ!」
まぁ、逆に怖いものがあると言われた方が驚くが。
だがアリスを知らないぬえには、まさか怖いものがないとは思えないだろう。
だからこれは、完全な“不意打ち”だ。
「魔理沙?」
「ああいや、なんでもない」
あの時、ぬえが私に見せようとしたもの。
その姿は、私がよく知る姿だったと、思う。
完全に出現する前だったから、わからないけれど……青いスカートと青いリボン、それからあの金の髪は、たぶん。
飛行を再開しながら、考えに耽る。
私が一番怖いものが、彼女?
いや、そんなはずがない。少なくとも私は……“アリス”に、怯えてはいない。
「そうだ、そもそも」
醸し出す空気が、少し違った。
でもだったら、あれはなんだ?
「魔理沙?本当に、大丈夫?」
「ぇ――ああ、大丈夫、大丈夫だ。一気に行くぜ!」
背中にアリスの熱を感じながら、速度を上げる。
ほんの僅か、短い時間に見えた、幼い笑顔。
その“無邪気”な笑顔が――――瞼の裏から、離れない。
――5・人肌燗/後一歩まではどこまでも――
ぬえから離れて、少し経った頃。
私が箒を止めると、正面に大玉の弾幕が通り過ぎた。
……牽制、か。
「どんな手を使ったか知らないが、ぬえを倒したみたいだね」
「ナズーリン、もう大丈夫なのか?」
「ああ。永遠亭の頭痛薬は良く効く……っと、そうじゃなくてだな」
思わず心配した私を、ナズーリンは遮る。
必死に額を解してはいるが、額から青筋から消えていない。
大丈夫か?本当に。
「悪いがここから先は通せない」
「何故?」
「ふん、君たちのように危険な存在を、聖輦船の奥へ踏み込ませられるとでも?」
「最初に薬なんか盛らなければ、別に危険じゃなかったぜ」
嘯いてみせると、ナズーリンは肩を竦めた。
話し合いは平行線、まだるっこしいのは……嫌いだ。
「教祖猫を噛む、ね」
「窮鼠、な」
「教祖鼠を噛む?」
「なんでそこを変えた」
アリスが私の背でぶつぶつと呟くから、集中できない。
ナズーリンから余り視線を外したくないのだが、そうするとアリスが変な結論に到達しそうなのだ。
「じゃれ合っているところ悪いが、君たちにはここでリタイアして貰おう」
そう言ってナズーリンが取り出したのは、宝塔だった。
彼女の主人が所持している、毘沙門天の宝塔だ。
既に扱うための準備ができているのか、青い光に満ちている。
「ご主人様より一時的に借り受けた、宝塔の力……ここで味わうがいい!」
五条に輝く、光の線。
宝塔から発せられる、毘沙門天の弾幕。
「拝借【レディアントトレジャー】!」
青い光と金の閃光が、空間に満ちる。
私はそれを、アリスを乗せたまま急旋回で避けた。
ナズーリンは先程のストレスを発散でもしようとしているのか、眼がぎらぎらとしていた。
「“マジックミサイル”!」
緑色の魔法弾を連射して、牽制。
青い光がばらけた後の弾幕を、できるだけ減らせるように厚い弾幕を張った。
「貴女、そこまでしても宝塔はチーズを集めないのよ!?」
「何の話だ!……そうやって私を混乱させようとしても、無駄だぞ!」
「あれ?それならなんで泣きそうなのかしら?まさか、鼠じゃなかった?」
アリスは、私が弾幕を張っている間に変な結論に到達していたらしい。
……ナズーリンが涙目になっているのは、お前のせいだと思うぞ?
「灰色、丸い耳、尻尾――象の妖怪ね」
「誰が象だ!私は鼠だ!」
ナズーリンの弾幕が、ぶれる。
揺さぶりを掛けられたことで、弾幕にも影響が出ているのだろう。
だったらこれは……チャンスだ。
「アリス、そのまま引きつけてくれ!」
「とりあえずこのまま続ければいいのね?」
「そうだ!」
怒りから、弾幕が乱れている。
宝塔から乱射される光は危険だが、避けられないレベルじゃない。
これだったら、この力を使ったまま冷静になられた方が、厄介だ。
「せっかくだから貴女の正体、当ててみせるわ」
「私は始めから、自分の正体を隠していない!」
宝塔から、光が零れる。
乱れて時折不自然な空間ができるから、そこから弾幕を繰り返した。
「わかったわ!さては貴女――鼠ね!」
「違う!だから私はねず……あれ?」
ナズーリンが首を傾げた、一瞬の隙。
私はそこへ、八卦炉を向ける。
なんだかとても申し訳ないような気がするが――気のせいだぜ。
「恋符【マスタァァァッ――スパァァクゥゥゥッ】!!」
――ドオォォンッ
「なに?!……うわぁっ!?」
ナズーリンが錐揉みしながら、吹き飛ぶ。
だが、直ぐに空中で体勢を整えた。
「やはりご主人様でなければ使いこなすのは難しいか……ここは退かせて貰う!」
そして、そう一言残し、私たちを人睨みして飛び去った。
ちょっと泣いていたような気がするが……今度、チーズでも届けてやろう。
「やっぱりそうだったのね」
「うん、まあいいや、行こうぜ」
満足げに頷くアリスを連れて、飛んでいく。
気にしないのが一番だと、私は漸く気がつき始めていた。
細かいことは気にしない。
世間の荒波を潜り抜ける、常套手段だった――。
――6・日向燗/この世人のため輝き未満――
操縦室へと続く門。
その前で私たちを待ち構えていたのは、虎の妖怪。
毘沙門天の弟子――“寅丸星”だった。
悔しげなナズーリンから宝塔を預かると、星は彼女を下がらせる。
おそらくナズーリンは、これ以上行動することができないだろう。
肉体的なダメージは勿論のこと、精神的ダメージが大きすぎた。
妖怪は、精神のダメージで体調を崩すほどに、その在り方を依存した存在だから。
「来てしまったのですね」
「ああ、残念ながら、な」
星は私たちを見て、肩を竦める。
その瞳には、色濃い緊張が浮かんでいた。
「今は航海訓練中でしてね。この先の船長への面会は罷り通らぬのですよ」
「聖輦船は自動操縦じゃなかったか?」
「ええ、ですが“慎重”な航海の時は、船長に舵を取っていただいた方が良いのです」
「慎重?貴女たちは、慎重にならなければならないほどの理由があるのかしら?」
アリスの言葉に、星が言葉を詰まらせる。
おお、珍しくアリスがまともなことを言っているぞ。
このまま行けば、まともなまま会話を収束できるかもしらないぜ!
「星、おまえら何を考えているんだ?下手に騒ぎを起こせば、理想どころじゃないぜ」
「ええ、ですから“下手に騒ぎを起こして”いません」
慎重な航海、か。
確かに隠し通せるのなら、どうとでもなるだろう。
けれど、それでどうなる?後からばれるだけだ。
「ちょっと遠出をしたくなったのですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「命蓮寺総出で?それは無理があるぜ」
腹の内の、探り合い。
あんまり得意じゃないけど、嫌いでもない。
「そちらの彼女は納得されているようですが?」
「は?アリス?」
星に言われてアリスを見ると、アリスは顎に手を当てて頷いていた。
いや、今の話の中に納得できる要素なんかあったか?
「遠出ね。家に帰るまでが遠足。遠足とは即ち郷から離れること」
「なに言ってんだ?」
「郷とは幻想郷、つまり――――魔理沙、こいつらは幻想郷に風穴を開けるつもりよ」
それはない。
そんな連想ゲームみたいな答えだったら、たまらない。
そう思って星を見ると……星は、目を瞠って唇を噛んでいた。
「くっ……まさかあの短い会話で、そこまで導き出すとはなんたる慧眼!」
「いやいやいや、待て!慧眼?誰が?!」
「このくらいは序の口よ」
「おまえも胸を張るな!」
思わずツッコミを入れちまったが、このまま流せることではない。
「星、今の話は本当なのか?」
「……ここまで暴かれては、仕方がありませんか」
なにも暴いてないけどな。
いや、暴いたのか?誘導尋問だと思えば……どうにもならんな。
「未だ法界に取り残された、飛倉の破片を取りに行く必要があるのですよ」
「まだ残ってたのか……」
「ええ。連続で穴を開けることにどのようなリスクが生じるかはわかりません」
「でも、止める訳には行かないって事か」
星は無言で、槍と宝塔を構える。
宝塔はナズーリンが持っていたときとは、比べものにもならないほどの輝きを放っていた。
毘沙門天の弟子、寅丸星。
毘沙門天より力を授かったという彼女の、実力。
「あれが集まりきらない限り、罪悪感に苛まれるものが居ます。あれが集まらない限り、過去を振り切れないものがいます。ですから、今一度この力を揮いましょう」
受け入れてくれるとは知らず、飛倉を撒き散らしたぬえ。
飛倉を求めて、探し回った妖怪たち。
飛倉を守り続けてきた、命蓮寺のものたち、か。
「行かせてやりたいのは山々だが、幻想郷に穴を開けるって言われて黙ってられないんでね」
「そうね。それで悪影響でも出たら、私も嫌だわ」
アリスが箒から降りて、私に並び浮かぶ。
妖怪と人間のチーム対、妖怪の戦い。
アリスが隣にいるのに、負けるはずがない!
「――さあ今度こそ、宝塔の力にひれ伏すがいい!」
宝塔に光が満ちる。
黄金の、光だ。
「ヒレ、フカヒレ?……悪いけど、私はサメほど怖くはないわ」
「ふっ、みすみすとまな板の上で捌かれる気は無いと」
「ええ、チャーハン的に」
「なるほど、痛めつけられる気もまた無い、と」
「え?なんでこれ会話が成立してんの?」
どうなってんだこれ……。
くそっ、星も天然属性か!
ナズーリンの苦労が慮られるぜ。
とりあえず離れて、スペルカードを掲げる。
被弾でリタイアのルールに乗ってくれないとどうにもならんが……そこは心配ないだろう。
「宝塔【レディアントトレジャーガン】!」
「星符【メテオニックシャワー】!!」
宝塔の光と、私の星弾幕が激突する。
その間を縫うように、アリスが躍り出た。
「地母神【豊穣のビーナス】」
丸々とした胸に、怖いほどくびれた腰。
巨大な土偶が出現し、星へと飛来していく。
「ふん!」
流石毘沙門天の弟子と言うべきか、星は槍を一振りすると土偶を叩き落とした。
だがアリスも、それだけでは終わらない。
「復活【土偶のマトリョーシカ】」
「なんとっ!?」
割られた土偶の中から、再び土偶が出現する。
たらこ唇の土偶から更に土偶が出現する姿は、ただひたすら圧迫感があった。
「そう簡単に!……光符【正義の威光】!」
今度は、頭上から沢山の光が降り注ぎ始めた。
その間を縫うように飛んでくる弾幕を、ただひたすら避ける。
「今日の私はひと味違いますよ!――法灯【隙間無い法の独鈷杵】」
スペルが終了すると同時に、緑色に輝く杵が現れる。
今からじゃ、どう考えても避けられない。
くそっ!どうする?どうやって、切り抜け――
「えい」
――ぺち
「ふにゃあああっ!?」
――る前に、緑に光る杵が消滅する。
見れば、何故かほこほこと湯気を上げるこんにゃくを持った小傘が、ガッツポーズで喜んでいた。
「とりあえず熱してみたけど、冷たいより効果があるね!」
ノリノリだった星の背に近づいて、首筋に熱々のこんにゃくを張り付けたのか。
それは確かにびっくりするだろうが……いいのか?この勝利。
「なんたる失態!私の宝塔は……」
「探しているのはこれかしら?」
星と私と小傘。
三人の視点が、アリスに集まる。
アリスの手に収まっているのは、先程まで星が持っていた、宝塔だ。
「ふんッ!!」
「ああ、私の宝塔がっ!?」
アリスはそれを、力の限り投げる。
案外広い聖輦船。探すのは大変だろうが、見つからないことはないはずだ。
躊躇いなく投げたアリスに、思うところはあるのだが。
「助かったわ、小傘。とりあえず、貴女どこから来たの?」
「いやぁ、動力部がどこだかわからなくて探していたら、操縦室に出ててね」
「いや待て、操縦室には村紗が居たんじゃないのか?」
私が問いかけると、小傘は良い笑顔でこんにゃくをかかげた。
……なるほど、こんにゃくの最初の犠牲者が、村紗か。
というかこんにゃくで制圧されたのか?それでいいのか舟幽霊。
「さて、さっさと帰るか」
「え?いいの?船、止まってないけど」
「は?」
小傘の声に、窓から外を見る。
確かに聖輦船は、まだ止まっていない。
「おいおいどうするんだよ、これ」
「動力部に行くしかないわね」
「行くって、どこにあるのかわかっているのか?」
私の問いに、アリスは不敵に笑う。
自信で満ちあふれた、笑みだ。
「決まっているでしょう?……大切なものは、大抵は“真ん中”よ」
否応なしに頷かせる、アリスの表情。
私はそれに、ただため息を吐いた。
ああいいよ、それならやってやる。
最後まで、付き合ってやるぜ!
「小傘はどうする?」
「わちきも行くよ!愉しくなってきたからね」
こんにゃくを振り回す、小傘。
もうこの先こんにゃくは通じないような気がするが、まぁいいだろう。
私はアリスと小傘と、三人揃ってから飛び立つ。
目指すは、聖輦船の中央だ。
――7・涼冷え/ひっくり返ってなお熱く――
「アリス、おまえの頭はどんな構造になってんだ?」
「なによ。普通よ、普通」
聖輦船のたぶん中央。
そこは、光り輝く台座が眩しい、“動力部”だった。
変な電波でも受信しているんじゃないだろうか?
その方が、納得できる。
「さっさと止めて帰ろうぜ。というか、帰りたい」
「そうね、お腹が空いたわ」
「魔法使いなのに?」
「気分の問題よ」
台座まで、近づいていく。
青白く輝く台座。
その中央で輝くのは、不可思議な色合いの巻物だった。
確かこれは、白蓮の――。
「そこでなにをしているの?」
「ッ」
響いてきた声に、三人で飛び退く。
そこにいたのは、ずっと姿が見えなかった、聖白蓮その人だった。
「白蓮?今まで何を?」
「野暮用です。そして、質問しているのは私ですよ」
魔力が、空間に満ちる。
千年もの間修行を積んだ、魔法使い。
身体能力の強化に特化した魔法使いである白蓮は、全身から威圧感を滲ませていた。
「聖輦船を止めに来たわ」
「ほう?しかし、みんながギリギリまで頑張ってくれたのに、ここで頷くことはできません」
「頷けないのなら項垂れればいいじゃない」
「結局首を振るってか?わかりにくいぜ、アリス」
なんだその、パンがなければケーキ食え的な会話は。
アリスが空気をかき乱している間に、小傘に目配せをする。
どうにかしてあの巻物を台座から外せれば、聖輦船は止まる……かもしれないから。
「させません」
――ドンッ
けれどその前に、白蓮が動いた。
足を強く踏み込み、それだけで地面が陥没する。
その行為を認識した頃には既に、白蓮は小傘の正面に立っていた。
「あわわっ……大輪【からかさ後光】!」
鮮やかな唐傘が、白蓮の前に出現する。
白蓮はそれを右の拳で砕き、更に一歩踏み出した。
左のストレートだろうか?いや、そんなことを気にしている暇は無い!
「白蓮!今日はやけに急じゃないか!」
声を上げながら、マジックミサイルを放つ。
白蓮はその緑の弾丸を回し蹴りで消滅させると、今度は大きく一歩退いた。
「そうですね、私としたことが、どうにも急いていた」
「急いて?なにに急いでいたんだ?」
「なんにせよ、まずは話し合いです」
「強引だな、おい」
腰を抜かしていた小傘に手を貸して、立たせる。
そうすると、私と小傘はアリスを盾にする立ち位置になった。
「訊ねましょう。ここで退く気は?」
「ないわ」
「ほう、それは何故ですか?幻想郷に穴を開けると言っても、私がいるのです。どうにかして見せましょう」
「信用できないわ」
信用できる、とは言えない。
けれど、ある程度妖怪と人間が手を結べているこの環境は、白蓮にとっても理想に近い場所な筈だ。
それなのに、望んで壊すようなマネをするとは到底思えなかった。
「そうね、変改合体を見せてくれれば考えるわ」
「諦めてなかったのかよ!」
思わず、アリスの肩を叩く。
ここまで来てそれかよ!
「意味のわからないことを言って、煙に巻こうと?それが、答えですか」
「合体変形でも我慢するわよ?」
「いいでしょう、その気ならば手加減はしません」
白蓮はそう宣言すると、浮かび上がった。
巻物こそ無いが、それでもその威圧感は尋常なものでは無い。
流石は、千年生きた魔法使いか!
「私の仲間達を言葉巧みに操り、ここまで辿り着いたその言動の数々」
「うん?何処かで見てたのか?」
白蓮は答えない。
答えず、背中に蝶のような後光を浮かべた。
「誠に奇抜で、意味不明であるッ!――」
「いや、それどうなんだよ」
「――いざ、南無三!」
「力業で纏めやがった」
白蓮は私たちを見据えたまま、弾幕を展開する。
後光の端、四箇所からレーザーが照射され、本人から弾幕が放たれる。
それを私たちは、散り散りになって避けた。
「虹符【オーバー・ザ・レインボー】!」
「続くぜ小傘!星符【メテオニックシャワー】!」
虹の形で迫る、厚い弾幕。
それに私の星形弾幕が重なり、威力を飛躍させた。
避けられたり弾かれたりはしているが、足止めはできた。
「魔理沙、小傘、そのまま時間を稼いで!人形【ゴリアテカウントダウン】」
アリスが宣言と共に人形を置くと、時間経過に従い巨大化を始める。
それを見た白蓮は眉をしかめてアリスを攻撃しようとするが、させない。
このテンカウントを通過させれば、あとはどうとでもなる!
「恋心【ダブルスパーク】!」
「傘符【一本足ピッチャー返し】!」
「――魔法【魔界蝶の妖香】」
幾重にも重なる蝶を弾いて、本日二度目の魔砲を放つ。
ダブルスパークは二つの恋、恋々重なり合わせれば、貫けない対象なんか無い!
「ッ!光魔【スターメイルシュトロム】」
流れる光の風。
小傘が傘で弾き、私が魔法で撃ち落とし、グレイズし。
やがてその流れが、密度を増して襲ってくる。
「――よく頑張ったわ、二人とも……改良【フルアーマーゴリアテ】!」
カウントダウンを終えて、ゴリアテが立つ。
身体の所々に鋼鉄のパーツを取り付けて、巨大な槍を手にした人形。
その姿は、いっそ壮観だ。
「――――これで、いいのですね」
その姿を見た白蓮が、何事か呟く。
けれどもその声は、私に届くことすらなく轟音にかき消えた。
「行きなさい、ゴリアテ!」
『■■■■ッ!!』
耳の奥で反響する、野太い声。
どうして可憐な女の子の姿にそんな声を出させるのか、アリスの感性が理解できん。
「高く付きますよ……大魔法」
後光が輝き、うねりを見せる。
前にも見たことがある、白蓮の弾幕。
その中でも――過去に、見たことがある形。
「【魔神復誦】」
束ねられた緋色のレーザー。
波打つ青い弾幕。
赤い大弾幕。
「なによ、あれ」
アリスの声が、私に届く。
私も最初に見たとき、ひどく驚いた。
あれは、そう――――“魔界神”のものと、よく似ているのだ。
「魔理沙!お姉さん!船が止まってるよ!」
「なに!?」
慌てて窓から外を覗くと、確かに船が止まっていた。
見れば、戦いの衝撃で巻物が落ちている。
「それなら長居する必要はないわね。ゴリアテに任せて、戦略的撤退よ!」
「ああいいな、それ、逃げるって言うより!」
小傘を引っ張って、その場から飛び立つ。
気になることなんざ山ほどあるが、今はそれよりも気にしなければならないことがあった。
「くっ、はぁ、はぁ、はぁっ!」
「おい、大丈夫か?アリス」
アリスの調子が、おかしい。
普段なら何が起こってもなんでもない顔をしているのに、何故だか今は息苦しそうだ。
「ここは、まずいわ」
「大丈夫なの?お姉さん」
空を飛んで、聖輦船の中を飛ぶ。
あの動力部から離れれば離れるほど、顔色が戻っていた。
だったら、抜け出さない手はない。
「覗……かれ、る」
「アリス?何か言ったか?」
「なんでも、ない。なんでもないわ」
「そう、か」
うわごとのように何か繰り返すアリスを引っ張り、聖輦船から飛び出す。
小傘もアリスを心配できるほど余裕があるなら、大丈夫だろう。
「ったく、なんだってんだよ」
呟くも、答えは返らない。
ただ幻想郷の空は、何時もとなにも変わらない“青”を見せていた――。
――8・花冷え/恥じらう花の閉じるかな――
小傘と出会った小道に着地して、アリスの様子を見る。
乱れていた息は戻っていて、顔色も良さそうだ。
「ふぅ、大丈夫か?アリス」
「え、ええ、問題ないわ、高山病よ」
「そんなのかかるのかよ、おまえ」
「おお、無事そうで何よりだよ。お姉さん」
小傘が朗らかにアリスの手を取ると、アリスはそれを受け入れて不敵に笑う。
いや、そこは優しく微笑んでみるべきだと思うぜ?
そんなことを考えている間に、アリスは自力で立ち上がった。
行動の早い奴だ。もう大丈夫なのか。
「無事なら、それに越したことはないよ。今日は愉しかったよ、お姉さん」
「ええ、何か聞きたいことがあったら何時でもいらっしゃい。魔理沙のところへ」
「私かよ!」
「わかった。何かあったら行かせて貰うよ。魔理沙の所へ」
「おまえもか!」
最後の最後まで引っかき回して、小傘は去っていく。
その後ろ姿を、私とアリスは並んで見送った。
「なんか、散々だったな」
「そう?おおむね計画通りよ」
何時もの調子に戻ったアリスは、変わらず胸を張って言い放つ。
その横顔は、私の位置からではよく見えない。
「はぁ?でも、アリスが見たがってた“変形合体”とやらは、見られなかっただろ?」
「それはおまけよ」
「いや、意味がわからん」
アリスは、私の前に一歩踏み出す。
そして私を見て……可憐に、微笑んだ。
「いっしょに遊べて、楽しかった――――ほら、計画通り」
他のアリスたちと、“面白おかしい事”をした。
だから自分も私と行きたいのだと、アリスは確かに言っていた。
言っていたのに気がつかないとか……注意力、散漫だぜ。
「は、ははは……ったく」
「どうする?今日はもう帰る?」
「いや……霊夢の所へ行って、宴会だ。きっと、楽しい締めくくりになるから」
「賛成!ふふ、土曜日のあの子にアルフレッド先生人形を借りてこないと」
「待て、それで何をするつもりだ」
「え?」
「え?」
アリスと一緒に騒ぎながら、博麗神社への道を往く。
せっかくだ、このまま命蓮寺にも乗り込んで、白蓮や星たちも引っ張ってこよう。
全部片付いたら宴会が、幻想郷の掟――たぶん――なんだから。
そう考えながらも、引っかかることはあった。
なんで今日、飛倉の破片を求めに飛び立ったのか?
なんで白蓮は、最後の最後まで出てこなかったのか?
なんでアリスは、あの時体調を崩したのか?
疑問は尽きず、私の頭を白濁させる。
「ほら、早く!」
「あ、ああ、すまん!」
今は、気にしない方が良いだろう。
これから楽しいことをするのに、暗いことで頭を占領させる訳には行かなかった。
けれど、けれども、いずれ考えなくてはならないだろう。
だって私には、どうしてか――
「今行くぜ、アリス!」
――これが“なにか”の始まりに過ぎないような、気がしてならなかったのだから。
――9・雪冷え/冷たく冷たく冷たく時々情熱的に――
停止した巨大人形の前で、私は飛び去っていった小さな魔法使いたちを見送る。
あの人間の少女――魔理沙がどのような選択肢を選ぶかはわからないが、どちらにせよ人間である“今”妖怪たちと笑い合えているのなら、未来は明るい。
「ふぅ、みんな無事みたいね」
魔法の水晶に、聖輦船全体の様子を映す。
私の“結界”の効果か、普段よりも力が出しにくいだろに。
本当に、よくやってくれた。
「水蜜も一輪も雲山も、ぬえも星もナズーリンもみんな無事、みたいね」
水蜜は、未だ操縦室に閉じ込められている。
唐傘の子に驚かされて腰を抜かし、それから直ぐに閉じ込めたから。
だから、みんなと合流することもなかった。
「これで、ご満足でしょうか?」
動力部なんか、聖輦船にはない。
急遽私が造った、おあつらえ向きの場所。
その場所の空間が、歪む。
「――ええ、目的は果たせたわ。ありがとう、白蓮」
胸をわし掴むような、甘く優しい声。
深い深い慈悲に濡れた声に、どうにか正気を保つ。
保って、声を投げかけた。
「とびくら……飛倉、は」
「ああ、忘れていたわ。何からなにまで、迷惑を掛けるわね」
法界から持ち帰るはずだった、飛倉の破片。
それを一部留めていたのは、このお方の力だ。
「いいえ。貴女の“手ほどき”のおかげで、私は死の恐怖から逃れられましたから」
ほんの僅かに、皮肉を込める。
そんなもの、彼女に通じるとは思えないけれど。
それでも、私に“魔法を教えた”彼女を、僅かでも揺さぶってみたかった。
「あれは貴女の努力の成果。私はほんの僅かに、知識を授けたに過ぎないわ」
やっぱり、彼女はなにも変わらない。
ワインレッドのドレスを靡かせて、白い髪の向こうで微かに笑う。
「“創造”の秘術が、僅かな知識、ですか」
この知識のおかげで、私は水蜜に聖輦船を造ってみせることができた。
けれど、それでもほんの僅かだと、目の前の“神”は言い切る。
「そう、僅かな知識。“人も生めない程度”のお遊びよ」
身体が、震える。
彼女にとっては、私に魔法を授けたことも、戯れの一環でしかない。
いやきっと、今ここでこうしているのだって――。
「……貴女の目的は、何なのですか?」
思わず、訊ねる。
この程度のことで、この方は機嫌を損ねたりはしない。
いや、それが如何なる形にせよ、私では彼女の感情を動かすことは、できない。
「ふふ、いやねぇ、私が糸を巡らせたみたいに言わないで」
笑う。
可憐で、慈悲に満ちていて、温かくて――。
「私はちょっとだけ、そう“間接的”でも、あの子の顔を見たかった。ただそれだけよ」
拳を握りしめて、我に返る。
普段彼女は、このお方は、彼女は、ここまで自分を露わにされない。
だから私はきっと、遊ばれているのだろう。
「それ、だけ?」
「そう、それだけ。でも――」
彼女は、続ける。
深く深く深く――暗く朗らかな笑顔で。
「――思ったより、スムーズに進みそうかも、しれないわ」
笑い声が響く。
ただただ、残響しこびりつく声。
何もかも捨て去って、縋り付きたくなる声。
私はその声に囚われて――水蜜が呼びに来るまで、身動きを取ることすらできなかった。
――了――
※「霧雨魔理沙の非常識な日常」タグでそちらの作品が出てくるので、まずはそちらから目を通していただければ、随所の設定が解るかと思います。
※基本的に一話完結型ですので、上記一作目以外は読んでいなくてもご理解いただけるかと。
※長くなりましたが、それではどうぞお楽しみ下さい。
――0・飛びきり燗/高熱注意のスタートライン――
色鮮やかなキノコと、湿った空気。
瘴気で覆われているため、まともな生物なんて一匹もいない。
そんな静かで倒錯的な地が、私こと霧雨魔理沙の暮らす魔法の森だ。
「これを……こうし、て」
種族人間で、職業魔法使い。
種族魔法使いの連中には、まだまだ到底敵わない。
だからこそ、日々の努力を怠らないのだ。
「これで、こう、か?」
魔法使いが人間を止める方法は、さほど難しくはない。
食事や睡眠、それに寿命。
それらを食べる“虫”を、捨てるだけで良いのだ。
「よし、こうか」
フラスコに入れた赤い液体が、ぐらぐらと揺れる。
コレクションで埋まった私の部屋は非常に狭く、薬品一つ使うのだって大変だ。
こぼれでもしたら、家が全焼しかねない。
「うーん……こんな危険な薬だったかな?」
久しぶりにパチュリーの所に行き、借りて――正当な手続きをして――きた魔導書に、目を通す。
この本は、人間を止めるための薬……“丹”の生成方法が書かれた本だった。
この“丹”を飲めば、私はその瞬間から“種族”魔法使いとなる。
「あれ?おかしいな」
こんな薬を作ろうとしておいてなんだが、私は人間を止めるつもりはない。
人間ってのは、短い生を力の限り生きる種族だ。
夜空を呑み星を砕くのが妖怪なら、夜空を覆い星を掴むのが人間。
努力と根性と気合いで全部切り抜けて、私“らしく”生きるために。
だからこれは、好奇心。
魔法使いが魔法使いに足るに必要なものが“丹”であるというのなら、作るための技術くらい身につけておきたかった。できないのは、悔しい。
「お?おおお……失敗、か?」
材料が足らなかったのか、赤い液体は沸騰したまま変化しなくなる。
やっぱり、もうちょっとキノコの研究を進めないと材料が揃わないか。
このままだと、“アリス”を笑えないくらいの爆発が起きる。
ここのところずっと取り組んでいたから、そういえばろくに外出していない。
そうなると気になるのは――隣人の、ことだ。
魔法の森の隣人、アリス・マーガトロイド。
彼女とは諸々の縁があり、ここのところ二人で色んな騒動に巻き込まれ続けた。
いや、二人で、というのには正しくないだろう。
本体の“アリス”から枝分かれした、七色の個性を持つ“ほぼ”自立人形。
それが私の隣人、アリス・マーガトロイドの正体だ。
彼女のせいで私は、幻想郷の知りたくもない裏側を垣間見ることになってしまった。
「どうやって処分するかな?これ」
そんなアリスの所にも、かれこれ二週間近く行っていない。
前は三日に一度は通っていたのだから、感慨深くもある。
まぁ、丁度良い休養期間だと思って、もう少し研究を続けても良いだろう。
「スペカに応用するか?うーん……」
――コンコン
「……うん?」
ノックされる、扉。
魔法の森にある私の家を訪ねてくる人間なんか、滅多にいない。
私は普段訊ねる方だからこそ、訊ねられるという状況は非常に珍しい。
「誰だ?まぁいいか、今開けるぜ」
待たせても仕方ないので、扉を開けに行く。
偶然立ち寄った霊夢辺りだろうか?
いや……霊夢は間違っても、ノックなんかしない。
「よっと……霧雨魔法店はまだ開店前――」
「――私よ」
波打つ金砂の髪。
澄んだ空色の瞳。
美しい雪色の肌。
整った、ビスクドールのような顔立ち。
青いワンピースに白いケープ、その首筋に巻かれたリボンは――黄色。
「私はちょっと用事を思い出したからこれで失礼するぜ!」
「そうね、失礼するわ」
アリスは、私が扉を閉め切る前に、その隙間に身を投じた。
おかげで私は、アリスを中に引き込んだ上で扉を閉めることになってしまう。
そう、この……他の誰よりも理解できないアリス、“金曜日”のアリスを。
「時代は変形合体よ、魔理沙」
「いや、話に脈絡を持たせようぜ?どうしてそんなことに思い至ったんだよ」
「“アリス”の藁人形を見つめていたら、電波を受信したの」
「いや、まあいいや、続けてくれ」
どこをどうしたら“月曜日”のアリスの藁人形で、そんな発想に辿りつくんだ。
……まさか、藁人形をバラバラにしていたのか?あり得ないことじゃないな。
「腕が良いの?足は譲らないわ」
「なんの話だよ」
「頭はマスターよ」
「いや、よくわからんが止めてやれ」
金曜日のアリスは、日曜日並に無表情だ。
突拍子もなく笑い出すこともあるが、基本的に澄ました表情をしている。
その癖、発想が異次元に飛ぶのだ。
「ということで、行くわよ。魔理沙」
「は?いや、どこに?」
アリスは、拳を強く握るとそう宣言する。
いい加減、主語も述語も抜くのは止めた方が良いと思う。
「宝船よ――」
「おお、変形か。珍しくまともな発想だな」
「――合体を見に行くの」
「そっちかよ!」
確かに聖輦船は、船が変形して寺になった。
だがそこに、“合体”とかいう不可思議な要素はなかったはずだ。
第一、何と合体する気なんだ?何と。
「わかってないわ!」
――ドンッ
アリスはそう声を荒げると、机に拳を振り下ろした。
……そうすると、当然机の上のフラスコが揺れた。
「あわわわ、ままま待て!アリス」
慌てて、制止する。
フラスコが倒れでもしたら、そこで終了。
私自身は障壁諸々で無事かも知れないが、コレクションは修復不能となるだろう。
「私のゴリアテ計画には貴女が必要なの!」
――ドンッ
「なんのことだよ!?」
「なんでもないわ」
――ドンッ
「じゃあなんで今机叩いたし!」
アリスは無表情なまま首を傾げ、連続して机を叩く。
その度にフラスコがぐらぐらとして、危うい。
このまま爆発なんて勘弁してくれよ。マジで。
「それで、一緒に行くの?」
――ドンッ
「それとも、行かないの?」
――ドンッ
フラスコが右に揺れれば右に動き、左に揺れれば左に動く。
くるくると回りながら衝撃に耐えるフラスコに、私は小さく涙した。
頑張れ、頑張れフラスコ!
「なんでそんなに連れて行きたいんだよ!」
「全員貴女とおもしろおかしい事したみたいだから、通過儀礼なのねって」
――ドンッ
「あわわ…………どうして確信したし」
そもそも、“面白おかしい事”した訳じゃない。
巻き込まれて、巻き込まれて、なんか何時の間にか経験値が増えていっただけだ。
「だから」
――ドンッ
「私と」
――ドンッ
「レッツ命蓮寺よ!」
――ドンッ
フラスコが大きく揺れ、ついに倒れそうになる。
だがアリスが絶妙な手加減でもしているのか、それとも天然か、フラスコは倒れない。
私が女豹のポーズでフラスコをゲットしようと構えているのに、アリスは変わらず手を振り上げた。
「どうするの?」
「おおお、落ち着け!わかった!わかったから!」
「ふふ、しょうがないわね。そこまで言うなら連れて行ってあげるわ」
「なんで突然偉そう――わかったから、手を振り下ろすな!」
どんな思考回路してんだよ、ホントに。
そういえば、例の“研究日誌”の中で、幼いアリスはこのアリスの精神を造るとき、酒を飲んで造ったと零していた。
なるほど、酔っぱらえば私もこんな風に――なるか!
「百面相しているわよ?魔理沙」
「させられているんだよ」
「だから泥棒なのね」
「怪盗じゃなくて」
私はフラスコを無事確保すると、それを魔法で丁寧に処分する。
爆発するような事態になってもつまらないので、なるべく綺麗に。
パチュリーに借りた本を爆散させたなんて事になったら、なにをされるかわからんし。
「さぁ、行くわよ!魔理沙!」
「はいはい、今行くぜ」
だけどまぁ、アリスを一人で行かせなくて良かったような気もする。
うっかり一人で行かせて、聖輦船が沈没しましたと言われたら洒落にならない。
だから私は、瞳を輝かせるアリスを箒の後ろに乗せて、飛び立った。
――後に私は、こんな風に気軽に判断したことを悔やむことになる。
そう、この時この瞬間こそが、私の胃壁を著しく傷つけるまでの序章だったのだ――
霧雨魔理沙は挫けない ~白蓮聖輦一蓮托生命蓮寺!~
――1・熱燗/冷めぬハートのゲル体温――
人里近くの開けた土地。
そこにあるのは、大きな寺院だ。
大晦日には除夜の鐘が鳴り響き、昼でも夜でも静かなお経を耳にする。
それが――“命蓮寺”だ。
里人たちは道が不便な博麗神社よりも、まだマシな守矢神社に通っていた。
けれど最近は、こちらの方が遙かに近く安全に来られるということで、里人たちは行き先を変えつつあるのだという。
そのため、命蓮寺へ向かうための道はよく補正されている。
命蓮寺の連中が里人と協力してやったのか、それとも慧音の主導でもあったのか。
なんにしても、空を飛ばなくてもいいと思える程度には歩きやすく長閑な道だ。
「さて、実際の所行ってどうするつもりなんだよ?」
その道すがら、私はアリスに訊ねる。
命蓮寺に行って、それからどうするのか?
行って、見て、満足したというとは思えなかった。
「そうね、まずは頭部パーツにアンテナをつけるのか聞かないと」
「何の話だ」
したり顔で呟くアリスに、ツッコミを入れる。
なんで満足げなんだよ。
「だいたい、ロボットが見たいならなんで非想天則じゃないんだ?」
妖怪の山へ行きたいって言われても、困るけど。
けれど、変形も合体もしないけど、アリスが求めるのはロボットっぽいものなように思えて仕方がなかった。
「非想天則は、“土曜日”と“共有”したから、見るべきなのは変形機構なの」
「珍しくまともな返事だな。……ああいや、そうか。まぁ、納得した」
アリスの姉妹のアリスたち。
彼女は他の自分たちと、記憶の共有が可能なのだという。
つまりその共有を用いて、非想天則を見たのだろう。
「楽しみね。ジャイアント命蓮寺」
「そんな枕詞無いからな」
「命蓮寺・ザ・ジャイアント?」
「いや、尻につければいいとかじゃなくて」
「テール=命蓮・ジャイアン寺?」
「もういいや、さっさと行こうぜ」
尻だから尻尾……ってやかましいわ。
いい加減、好き放題に振り回す“私”のポジションを返して欲しい。
長閑な道、だからこそこのアリスと二人きりというのは疲れる。
嫌いな訳じゃないのだが、ただひたすら疲れるのだ。
なんとか、疲れるのさえ回避できればまぁ楽しいヤツなんだが……。
「うらめしやーっ!」
「ナイスタイミングだぜ」
木陰から飛び出す、明朗な声。
空色の服装に空色の右目、赤い左目。
紫色の趣味の悪い傘から映えた、大きな一つ目と舌。
唐傘の付喪神、“多々良小傘”が私たちの前に現れる。
「妖怪……はいいとして、なんで驚かないのさ!」
「昼間だからだろ……じゃなくて」
このチャンスは、逃せない。
どの道私はもう逃げられないんだ。
だったらここで、こいつも巻き込んでやる!
「驚かしたいんなら、良い方法を教えてやるよ」
「え、ホント!?」
「ああ、そのためには私たちに同行して貰う必要があるがな」
そうだ、これだ、このポジションだ。
たまには振り回されるばかりではなく、振り回さないとな。
「そ、その手には乗らないよ!実は思い浮かばなかったーとか言われたら嫌だからね!」
手強いな。既に騙され済みだったりするのか?
そんなに警戒されるつもりはなかったが……ああ、私の助言を信じていないのか。
まぁ、勝手に向こうが解釈した上に、答えが“こんにゃく”だからな。
「――前払いがあればいいのよね」
そんな中、黙り込んでいたアリスが小さく呟く。
その視線は紫色の傘に注がれていて、なにかしらに興味を持ったことは明らかだった。
……何かあったら、私がアリスを止めないと。
「え?アイデアをくれるって事?」
「そうよ」
「それなら、いいかなぁ」
小傘はあれで楽観的だ。
そんなに強く断る気も無かったのだろう、あっさりと頷いた。
「成立ね。それで、私のアイデアは――」
「うんうん」
「――こんにゃくよ」
「え?」
結局それかよ!
というか、それなら既に試しているのか、小傘は肩を落として微妙な表情をしていた。
「こんにゃくなんか、冷たくないと驚いてくれないよ」
まぁそうだろうな。
あのひやりとした感覚と、ふにゃっとした感触に驚くんだ。
両方揃わないと、“ちょっと気持ち悪い”程度のことなんだろう。
「冷たくしないと?……はっ、わかってないわね」
アリスがそう鼻で笑うと、小傘は眉をしかめながら首を傾げた。
冷たくしないで驚かす……どういうことだ?
「いい?こんにゃくの正しい使い方は――」
小傘が、小さく息を呑む。
気がつけば、私もそんな小傘に倣っていた。
「――冷やして固める前の熱々の液体を、首筋から流し込む事よ!」
「なんでだよ!」
「そ、そうだったんだ……」
「いやいやいや、それで納得するんじゃない!」
というか火傷する。絶対火傷する。
神妙に頷く小傘。やり遂げた表情のアリス。
二人の表情に、私は嫌な予感を覚え始めていた。
「わちきは小傘。多々良小傘。お姉さんは?」
「アリス。アリス・マーガトロイドよ」
「アリス……わちき、アリスに着いていくよ!」
判断を誤ったか!?
くそぅ、まさか小傘が“アリス側”だとは思わなかった。
だがそれはきっと、今更言っても仕方のないことなんだ。
「貴女にできるかしら?魔理沙流驚愕術が」
「魔理沙流!……あの時の言葉は、本当は熱々こんにゃくを指してたなんて!」
「違うから。というかアリス、なんだそれは」
熱々こんにゃくなんて、思い浮かぶはずがない。
どんな思考回路を組み込めば、こんな発想を思い浮かべるようになるんだよ。
私はそう、ただため息を吐くことしかできなかった。
「さあ行くわよ!目指すは、命蓮寺よ!」
「お姉さん、そこで何をするの?」
「決まっているわ――人形革命よ」
「何時から決まったんだ!?」
当初と目的が変わってる!?
どうするんだよこれ。誰が収拾つけるんだよ。
……って私か。私しか居ないか。ははっ。
愉快な忘れ傘、小傘。
彼女を加えて、私たちは命蓮寺への道を急ぐ。
時間に余裕はあるのだが、私の精神に余裕があるのかわからなかったからだ。
「頼むから、あんまり無茶しないでくれよ」
私はただ、一人そう呟く。
――叶わぬ願いだと、理解していながら。
――2・上燗/飛び立て未来とはまた別方向――
左右に地蔵が建ち並ぶ、参道。
石畳の上を歩きながら、命蓮寺への道を進んでいく。
年末にも除夜の鐘を鳴らしに来たが、やはり大きい。
堂々と佇む門を威厳があり、どこか荘厳だ。
とてもじゃないが、船が変形してできたようには思えない。
立派な佇まいの、寺院だった。
「おーい、一輪!」
その門の上。
煙管を吹かす、淡い紫色の髪に頭巾を被った尼さん。
彼女は、ここ命蓮寺の門番だ。
「あら?何時かの魔法使い……と、付喪神と、誰かしら?」
「アリス・マーガトロイドよ」
「アリス……なんだって?」
「マーガトロイド。“まがとろさん”でもいいわ」
「良くないだろそれ。というか、普通にアリスって呼ばせろよ」
なんだ“まがとろさん”って。
さりげなく“さん”付けを強要しているのも気になるが。
一輪はアリスの言動に首を傾げると、冗談だとでも判断したのかため息を吐いた。
「今日はどうしたの?姐さんの理想に協力する気にでもなった?」
一輪の言葉に、今度はアリスが首を傾げる。
変形の知識しか集めていなかった辺り、非常に“らしい”と思う。
「理想?」
「人間と妖怪が平等に暮らせる世界を造るんだと」
「ふぅん」
アリスは如何にも興味なさげに呟き、それから何故か小傘を見た。
小傘から私、私から小傘に視線を戻し、そうして一輪を見る。
「そうよ。貴女たちの思想が気になったの」
「は?おまえさっきまで知らなかったんじゃ……」
「それは素晴らしい!姐さんの説法を聞きに来たのであれば客人となりますね」
アリスの言葉を聞いて、一輪は敬語になる。
外敵には厳しく、客人には礼儀正しい。
門番同士、美鈴辺りと打ち解けそうな気がする。
「ってそうじゃなくて、おいアリス」
「なにかしら?」
「なに、じゃなくて、なに考えてるんだよ?」
聖の思想に共感する質には、見えない。
いや、違うな。他のどんな人にも共感することはないだろう。
なにせ、思考の次元が違うのだから。
「それでは迎えの準備をしてきます。少々お待ちを」
「準備なんて必要ないわ」
「そう言う訳には行きませんよ。では!」
飛び去っていく一輪を、見送る。
忙しないヤツだとは思うが……なんか、何時もよりも行動が早い気がする。
「さて、小傘」
「なに?お姉さん」
「他者を驚かせるのに、こんな手段があげられるわ」
ああ、忘れてなかったんだな。
てっきりアリスのことだから流してしまうのかと思っていたが、そうではないらしい。
「古来から様々な人間を驚かせてきた驚愕術」
「おお!なんかそれっぽいよ!」
「そうそれが――“どっきり”よ」
「古来ってほど歴史無いだろ!」
外の世界で流行っている、演目のようなもの。
私は香霖からそんなことを聞いていたのを、思い出した。
「さあ、今の内に聖輦船に潜入するのよ!そして動力部分を持ち帰れば成功よ」
「いやいやいや待て待て待て!」
「なるほど、それはびっくりするね!」
「びっくりじゃ済まないから!いや、びっくりはするだろうけど!」
口から心臓が飛び出るぞ。
私の心配も通じず、小傘はさっさと飛び立ってしまった。
どこから潜入するのか知らないが、大丈夫なんだろうか。
まぁ、動力部が持ち運べるものとは限らないし、いいだろう。
「お待たせしました。おや?唐傘の妖怪は?」
「言わせないで。恥ずかしいわ」
「そ、それは失礼」
とりあえず無難なことを言ったつもりなのだろうけれど、それでは小傘が可哀相な気がする。いや、本人はノリノリだったし、まぁいい……のか?
私たちは、一輪に導かれるまま、門を潜る。
妖怪と人間の平等を謳う、幻想郷でも珍しい平和な場所。
命蓮寺に、足を踏み入れた。
――3・熱燗/誰かのためにやや低調(偽)――
畳と障子が並び、侘び寂の純和風な雰囲気を造っている。
ぼんやりとした輝きが灯る廊下は美しく、自然と心が落ち着いてきた。
その命蓮寺の一室で、私とアリスは正座をしていた。
目の前には、白蓮が来るまでの間相手をしに来たという、ナズーリンが座っている。
「けっこうなお点前で」
「麦茶にそれを言う必要はないよ。こちらの文化を勉強してきてくれたのは、嬉しいがね」
「あら、そうなの」
微妙にずれた事を言うアリスに、ナズーリンは苦笑する。
あまり白蓮の思想に対して声高々に同意している姿は見られないナズーリンだが、こうして客の相手はしっかりするらしい。
「君は聖の理想に思うところが合って来たようだが――少し、話を聞かせて貰っても?」
ナズーリンの目が、ほんの僅かに鋭くなる。
私はその瞬間を、見逃さなかった。
なにかまた、厄介ごとに巻き込まれているような……そんな予感で、肌が粟立つ。
「そうねぇ。ああでも、同じ事を聖白蓮に聞かれるのは面倒だから……」
「その辺は、私が話を通しておこう」
「そう。それなら良いわよ」
アリスとナズーリンが話をしている最中に、周囲に視線を走らせる。
誰かに見張られているような気配は無い。
けれど、障子の向こうから、警戒心に似た気配が感じられたような気がした。
気のせい、か?
アリスが警戒されるのは、残念なことによくあることだ。
だが、それだけではないような感じもまた、あった。
「しかし、急に興味を持ったということには何か切っ掛けが?」
「そうね。切って欠けるという意味では白玉楼の方が良いと思うわ」
「は?い、いや、変わった冗談だな。アメリカンジョークという奴か?」
「上段斬りと言えばやはり魂魄ね。あら?その概念は儒教だったかしら」
「いやうちは仏教だが……うん?私がおかしいのか?」
最初の論点がどこか別の方向へ飛んだことに、ナズーリンは気がついたようだ。
正直、アリスから何かを聞き出すのは無駄以外の何者でもない。
「霧雨魔理沙。君たちは何の用で来た?」
「最初にアリスが言っただろ?白蓮の話を聞きたいって言うから、連れてきたんだ」
変形合体の秘密を暴きたい。
そんなことを言ったが最後、私も変人の仲間入りだ。
ナズーリンには悪いが、ここは誤魔化させて貰うぜ。
「彼女がそう言っているようには思えないのだが――そう、なにか別に気になることがあるんじゃないか?」
ナズーリンはまた、私を鋭い瞳で見る。
今度は気のせいなんかじゃない。確かに、何か含みのある目だ。
「とりあえずそのペンダントは気になるわね」
張り詰めた空気。
それをあっさりと覆したのは、麦茶を啜っていたアリスだった。
ていうかそれ、私の麦茶じゃないか?
「あ、ああ、ペンデュラムのことか。これの何が気になるんだ?」
無視する訳にも行かないからか、ナズーリンが躊躇しながら答える。
だんだん、アリスと会話することに怯えを見せるようになってきた気がする。
まぁ、理路整然とした奴ほど厳しい会話だからな。
「そんなことより、ダウンジングはそれで行うの?」
「そんな、あれ?話が戻ってる?」
「で?どうなの?」
「私が悪いのか?あれ?ああ、いや、そうだけど」
「ナズーリン、大丈夫か?」
「なんでそんなに優しそうなんだ?」
そんなことより、の意味がわからない。
ナズーリンはアリスと問答を繰り返す度に、だんだんと声のトーンが下がっていく。
どうしたらいいのかわからないのであろう、眉を下げるナズーリンの肩を、私は優しく叩いた。
「そう、それなら今度探し物でも頼むわね」
「え、あ、構わないが……断定した?決定事項なのか?」
「剪定で思い出したけど、白玉楼は閻魔と繋がりがあるはずなのに儒教なの?」
剪定がどこにあった。ナズーリンの話の何処に。
ナズーリンは、自分の言葉がおかしかったと思い始めたのか、頭を抱え出す。
私はそれを見て、慌てて声をかけた。
「そ、そうだ!麦茶のお代わりをくれないか?」
「あ、ああ、そうだな、ついでに頭痛薬を飲んでこよう」
「クスリなら持ってるわよ?実験用だけど」
「いやニュアンスがおかしいから。ナズーリン、早く行くんだ!」
「すまん、恩に着る!」
ナズーリンは、頭を抱えたまま走り去る。
その哀愁漂う背中に、私は小さく涙した。
きっと今頃、聞き出しに来た自分を呪っていることだろう。
「さて、魔理沙」
「なんだ?というか、誤魔化しはしたが、実際どうするんだ?」
「ちょっと一舐めしてみなさい」
「は?」
アリスに差し出されたのは、麦茶が入っていた湯飲みだった。
そこに一滴だけ残っていた麦茶。
私はそれを、言われたままに指で掬って舐めてみる。
「薬……か?」
「睡眠薬ね。私には、効果ないけど」
「え?ほ、ホントに大丈夫なのか?」
「耐寒耐熱耐親父耐毒……このボディに抜け目はないわ」
「いやいやいや、耐親父って何のために……ああ、カミナリか」
したり顔で頷くアリス。うぜぇ。
だけど、これで一つハッキリしたことがある。
ナズーリン――いや、命蓮寺の連中は、何か隠している。
「どうする?アリス」
「進むわよ。ここまで来たら、退けないわ」
「最初から退く気なんか無かっただろ。まぁ、いいけど」
アリスが立ちあがり、不敵に笑う。
よほどテンションが上がっているのか、その動きは素早い。
「ま、でも。そうと決まれば……あれ?」
障子に手をかけて、外に出ようとする。
だが、障子はぴくりとも動かなかった。
「ちょ、ちょっと待て、ぐぬぬぬぬ」
押せども引けども、障子は動かない。
まるでセメントで固められているかのように、固く閉ざされている。
「魔理沙?」
「まずいぜ、アリス。……閉じ込められた」
くそっ。色々と気がついた時点で、どうにかしておくべきだった!
けれど、それを悔いても仕方がない。
今すべきことは、私たちが閉じ込められた理由を探ることだ。
「なぁアリス、何か気がついたことは――」
「――ストップ。耳を澄ませて」
「は?」
アリスに遮られて、首を傾げる。
そして鋭い視線のアリスに促されて、私は耳を澄ませた。
――…………ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「何の音だ?……ッ!」
足下が揺れて、バランスを崩す。
命蓮寺を襲う揺れ。
この激しい揺れは、きっと地震なんかじゃなくて。
「魔理沙、外!」
「……おいおい、マジかよ」
窓から外を眺めて、目を瞠る。
だんだんと離れていく地面。
空に呑み込まれていく、命蓮寺。
「聖輦船に変形して、飛んでる!?」
そう、宝船の異変の時と同様、命蓮寺が変形していたのだ。
聖白蓮を運ぶ船――“聖輦船”に。
「愉しくなってきたわね、魔理沙」
「あー……そうかよ。私は胃が痛いぜ」
アリスと私、それから今何処に居るかわからない小傘。
どうやら私たちは、三人でアウェイに閉じ込められたようだった――。
――4・ぬる燗/温もりそばにあれば太陽――
八卦炉に魔力を込める。
部屋の中にいる以上、あまり派手な魔法は使えない。
だから最低限。なるべく周囲に影響を及ぼさないように、弾幕を放つ。
「“イリュージョンレーザー”!」
――ダンッ
貫通型の魔法を用いても、障子は破れない。
不思議な力なんかじゃないことは、一目見ればわかる。
「ピンク色の雲……雲山で、障子を封印しているのか」
「さすが門番ね。一輪の本体だけあるわ」
「それは違うと思うぜ?」
一輪の本体が雲山というのは、余りに無理がある。
というか、普通は逆の発想に思い至るのではないだろうか。
いや、どっちかが本体と考えるだけでもアレか。
「なんにしても、抜け出さないと話にならないぞ」
「そうね。それじゃあ、スターダストミサイルをお願い」
「爆発系を部屋で使うのは止めておきたかったが……手段を選んでる暇もないか」
アリスが私の隣りに立ち、一緒に手をかざす。
私の青い光と、アリスの橙色の光。
二つの光が、収束して輝いた。
「“スターダストミサイル”!」
「“スペクトルミステリー”」
魔力が合わさり、七色に輝く。
魔力の反応と性質は、両者の精神にでも依存しているのか。
その輝きは、その力は、その威力は――強い。
――ドオンッ
「きゃあっ!?」
悲鳴と共に、障子が破壊される。
土煙が晴れた頃には、急な衝撃で目を回す一輪と雲山の姿があった。
やっぱり、こいつらが閉じていたのか。
「さぁ、一気に行くわよ!」
「おう!」
箒に跨り、飛翔する。
アリスはそんな私の後ろに横座りになると、周囲に人形を配置した。
「一番奥まで突貫しなさい!」
「ああ、わかったぜ!彗星【ブレイジングスタァァァッ】!!」
障子もなにも突き破り、ただ一直線に飛翔する。
一輪が目を醒ましでもしたら面倒だし、私に薬を持ってまでやりたかったことも気になる。
「雑魚妖精か……アリス、掃除は任せたぜ!」
「きっちり洗濯してあげるわ――“スペクトルミステリー”乱射!」
配置された人形から、橙色の光が放たれる。
その極光に、目を回した妖精たちが散り散りになっていった。
妖精たちが、まるで異変の時のように興奮している。
魔力が満ちる空間で、歓喜の声を上げているんだ。
「白蓮の奴……何を企んでるんだ?!」
「妖精が阿波踊りをするほどの濃密な魔力。どこかで感じたことがあるわね」
「……良いけど、“踊り狂う”じゃだめだったのか?」
進んで、進んで、進んで。
そうして私たちは、長い廊下に飛び出た。
一直線の廊下。ここからまっすぐ行けば、一気に船首にある操縦室まで行ける!
「――悪いけど、ここから先は通行止めだよ」
「ッ……ぬえ」
私たちの前に立ちふさがる、黒い髪の少女。
正体不明の妖怪――“封獣ぬえ”だ。
「ここから先へは行かせない!正体不明の種に怯えて帰れ!」
「おい私たちの話を……ッ」
ぬえの姿が、変わっていく。
正体不明の種――怯えて帰るほどの、姿?
私が一番怖いものにでも、変えようというのか。
その姿は、だんだんと……金の髪の、幼い、少女の姿へ――
「人面石像【イースターのモアイ像】」
「きゃんっ!?」
――変わることは、なかった。
ぬえの頭上に出現した妙に顔の長い石像が、ぬえを押しつぶす。
ぬえはそれに耐えられず、落下していった。
あの程度じゃどうにもならないだろうが……大丈夫だろうか?
「無事?」
「ぁ、ああ。アリスは、大丈夫か?」
「私には最後まで彼女しか見えてなかったわ」
「怖いものないのかよ!」
まぁ、逆に怖いものがあると言われた方が驚くが。
だがアリスを知らないぬえには、まさか怖いものがないとは思えないだろう。
だからこれは、完全な“不意打ち”だ。
「魔理沙?」
「ああいや、なんでもない」
あの時、ぬえが私に見せようとしたもの。
その姿は、私がよく知る姿だったと、思う。
完全に出現する前だったから、わからないけれど……青いスカートと青いリボン、それからあの金の髪は、たぶん。
飛行を再開しながら、考えに耽る。
私が一番怖いものが、彼女?
いや、そんなはずがない。少なくとも私は……“アリス”に、怯えてはいない。
「そうだ、そもそも」
醸し出す空気が、少し違った。
でもだったら、あれはなんだ?
「魔理沙?本当に、大丈夫?」
「ぇ――ああ、大丈夫、大丈夫だ。一気に行くぜ!」
背中にアリスの熱を感じながら、速度を上げる。
ほんの僅か、短い時間に見えた、幼い笑顔。
その“無邪気”な笑顔が――――瞼の裏から、離れない。
――5・人肌燗/後一歩まではどこまでも――
ぬえから離れて、少し経った頃。
私が箒を止めると、正面に大玉の弾幕が通り過ぎた。
……牽制、か。
「どんな手を使ったか知らないが、ぬえを倒したみたいだね」
「ナズーリン、もう大丈夫なのか?」
「ああ。永遠亭の頭痛薬は良く効く……っと、そうじゃなくてだな」
思わず心配した私を、ナズーリンは遮る。
必死に額を解してはいるが、額から青筋から消えていない。
大丈夫か?本当に。
「悪いがここから先は通せない」
「何故?」
「ふん、君たちのように危険な存在を、聖輦船の奥へ踏み込ませられるとでも?」
「最初に薬なんか盛らなければ、別に危険じゃなかったぜ」
嘯いてみせると、ナズーリンは肩を竦めた。
話し合いは平行線、まだるっこしいのは……嫌いだ。
「教祖猫を噛む、ね」
「窮鼠、な」
「教祖鼠を噛む?」
「なんでそこを変えた」
アリスが私の背でぶつぶつと呟くから、集中できない。
ナズーリンから余り視線を外したくないのだが、そうするとアリスが変な結論に到達しそうなのだ。
「じゃれ合っているところ悪いが、君たちにはここでリタイアして貰おう」
そう言ってナズーリンが取り出したのは、宝塔だった。
彼女の主人が所持している、毘沙門天の宝塔だ。
既に扱うための準備ができているのか、青い光に満ちている。
「ご主人様より一時的に借り受けた、宝塔の力……ここで味わうがいい!」
五条に輝く、光の線。
宝塔から発せられる、毘沙門天の弾幕。
「拝借【レディアントトレジャー】!」
青い光と金の閃光が、空間に満ちる。
私はそれを、アリスを乗せたまま急旋回で避けた。
ナズーリンは先程のストレスを発散でもしようとしているのか、眼がぎらぎらとしていた。
「“マジックミサイル”!」
緑色の魔法弾を連射して、牽制。
青い光がばらけた後の弾幕を、できるだけ減らせるように厚い弾幕を張った。
「貴女、そこまでしても宝塔はチーズを集めないのよ!?」
「何の話だ!……そうやって私を混乱させようとしても、無駄だぞ!」
「あれ?それならなんで泣きそうなのかしら?まさか、鼠じゃなかった?」
アリスは、私が弾幕を張っている間に変な結論に到達していたらしい。
……ナズーリンが涙目になっているのは、お前のせいだと思うぞ?
「灰色、丸い耳、尻尾――象の妖怪ね」
「誰が象だ!私は鼠だ!」
ナズーリンの弾幕が、ぶれる。
揺さぶりを掛けられたことで、弾幕にも影響が出ているのだろう。
だったらこれは……チャンスだ。
「アリス、そのまま引きつけてくれ!」
「とりあえずこのまま続ければいいのね?」
「そうだ!」
怒りから、弾幕が乱れている。
宝塔から乱射される光は危険だが、避けられないレベルじゃない。
これだったら、この力を使ったまま冷静になられた方が、厄介だ。
「せっかくだから貴女の正体、当ててみせるわ」
「私は始めから、自分の正体を隠していない!」
宝塔から、光が零れる。
乱れて時折不自然な空間ができるから、そこから弾幕を繰り返した。
「わかったわ!さては貴女――鼠ね!」
「違う!だから私はねず……あれ?」
ナズーリンが首を傾げた、一瞬の隙。
私はそこへ、八卦炉を向ける。
なんだかとても申し訳ないような気がするが――気のせいだぜ。
「恋符【マスタァァァッ――スパァァクゥゥゥッ】!!」
――ドオォォンッ
「なに?!……うわぁっ!?」
ナズーリンが錐揉みしながら、吹き飛ぶ。
だが、直ぐに空中で体勢を整えた。
「やはりご主人様でなければ使いこなすのは難しいか……ここは退かせて貰う!」
そして、そう一言残し、私たちを人睨みして飛び去った。
ちょっと泣いていたような気がするが……今度、チーズでも届けてやろう。
「やっぱりそうだったのね」
「うん、まあいいや、行こうぜ」
満足げに頷くアリスを連れて、飛んでいく。
気にしないのが一番だと、私は漸く気がつき始めていた。
細かいことは気にしない。
世間の荒波を潜り抜ける、常套手段だった――。
――6・日向燗/この世人のため輝き未満――
操縦室へと続く門。
その前で私たちを待ち構えていたのは、虎の妖怪。
毘沙門天の弟子――“寅丸星”だった。
悔しげなナズーリンから宝塔を預かると、星は彼女を下がらせる。
おそらくナズーリンは、これ以上行動することができないだろう。
肉体的なダメージは勿論のこと、精神的ダメージが大きすぎた。
妖怪は、精神のダメージで体調を崩すほどに、その在り方を依存した存在だから。
「来てしまったのですね」
「ああ、残念ながら、な」
星は私たちを見て、肩を竦める。
その瞳には、色濃い緊張が浮かんでいた。
「今は航海訓練中でしてね。この先の船長への面会は罷り通らぬのですよ」
「聖輦船は自動操縦じゃなかったか?」
「ええ、ですが“慎重”な航海の時は、船長に舵を取っていただいた方が良いのです」
「慎重?貴女たちは、慎重にならなければならないほどの理由があるのかしら?」
アリスの言葉に、星が言葉を詰まらせる。
おお、珍しくアリスがまともなことを言っているぞ。
このまま行けば、まともなまま会話を収束できるかもしらないぜ!
「星、おまえら何を考えているんだ?下手に騒ぎを起こせば、理想どころじゃないぜ」
「ええ、ですから“下手に騒ぎを起こして”いません」
慎重な航海、か。
確かに隠し通せるのなら、どうとでもなるだろう。
けれど、それでどうなる?後からばれるだけだ。
「ちょっと遠出をしたくなったのですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「命蓮寺総出で?それは無理があるぜ」
腹の内の、探り合い。
あんまり得意じゃないけど、嫌いでもない。
「そちらの彼女は納得されているようですが?」
「は?アリス?」
星に言われてアリスを見ると、アリスは顎に手を当てて頷いていた。
いや、今の話の中に納得できる要素なんかあったか?
「遠出ね。家に帰るまでが遠足。遠足とは即ち郷から離れること」
「なに言ってんだ?」
「郷とは幻想郷、つまり――――魔理沙、こいつらは幻想郷に風穴を開けるつもりよ」
それはない。
そんな連想ゲームみたいな答えだったら、たまらない。
そう思って星を見ると……星は、目を瞠って唇を噛んでいた。
「くっ……まさかあの短い会話で、そこまで導き出すとはなんたる慧眼!」
「いやいやいや、待て!慧眼?誰が?!」
「このくらいは序の口よ」
「おまえも胸を張るな!」
思わずツッコミを入れちまったが、このまま流せることではない。
「星、今の話は本当なのか?」
「……ここまで暴かれては、仕方がありませんか」
なにも暴いてないけどな。
いや、暴いたのか?誘導尋問だと思えば……どうにもならんな。
「未だ法界に取り残された、飛倉の破片を取りに行く必要があるのですよ」
「まだ残ってたのか……」
「ええ。連続で穴を開けることにどのようなリスクが生じるかはわかりません」
「でも、止める訳には行かないって事か」
星は無言で、槍と宝塔を構える。
宝塔はナズーリンが持っていたときとは、比べものにもならないほどの輝きを放っていた。
毘沙門天の弟子、寅丸星。
毘沙門天より力を授かったという彼女の、実力。
「あれが集まりきらない限り、罪悪感に苛まれるものが居ます。あれが集まらない限り、過去を振り切れないものがいます。ですから、今一度この力を揮いましょう」
受け入れてくれるとは知らず、飛倉を撒き散らしたぬえ。
飛倉を求めて、探し回った妖怪たち。
飛倉を守り続けてきた、命蓮寺のものたち、か。
「行かせてやりたいのは山々だが、幻想郷に穴を開けるって言われて黙ってられないんでね」
「そうね。それで悪影響でも出たら、私も嫌だわ」
アリスが箒から降りて、私に並び浮かぶ。
妖怪と人間のチーム対、妖怪の戦い。
アリスが隣にいるのに、負けるはずがない!
「――さあ今度こそ、宝塔の力にひれ伏すがいい!」
宝塔に光が満ちる。
黄金の、光だ。
「ヒレ、フカヒレ?……悪いけど、私はサメほど怖くはないわ」
「ふっ、みすみすとまな板の上で捌かれる気は無いと」
「ええ、チャーハン的に」
「なるほど、痛めつけられる気もまた無い、と」
「え?なんでこれ会話が成立してんの?」
どうなってんだこれ……。
くそっ、星も天然属性か!
ナズーリンの苦労が慮られるぜ。
とりあえず離れて、スペルカードを掲げる。
被弾でリタイアのルールに乗ってくれないとどうにもならんが……そこは心配ないだろう。
「宝塔【レディアントトレジャーガン】!」
「星符【メテオニックシャワー】!!」
宝塔の光と、私の星弾幕が激突する。
その間を縫うように、アリスが躍り出た。
「地母神【豊穣のビーナス】」
丸々とした胸に、怖いほどくびれた腰。
巨大な土偶が出現し、星へと飛来していく。
「ふん!」
流石毘沙門天の弟子と言うべきか、星は槍を一振りすると土偶を叩き落とした。
だがアリスも、それだけでは終わらない。
「復活【土偶のマトリョーシカ】」
「なんとっ!?」
割られた土偶の中から、再び土偶が出現する。
たらこ唇の土偶から更に土偶が出現する姿は、ただひたすら圧迫感があった。
「そう簡単に!……光符【正義の威光】!」
今度は、頭上から沢山の光が降り注ぎ始めた。
その間を縫うように飛んでくる弾幕を、ただひたすら避ける。
「今日の私はひと味違いますよ!――法灯【隙間無い法の独鈷杵】」
スペルが終了すると同時に、緑色に輝く杵が現れる。
今からじゃ、どう考えても避けられない。
くそっ!どうする?どうやって、切り抜け――
「えい」
――ぺち
「ふにゃあああっ!?」
――る前に、緑に光る杵が消滅する。
見れば、何故かほこほこと湯気を上げるこんにゃくを持った小傘が、ガッツポーズで喜んでいた。
「とりあえず熱してみたけど、冷たいより効果があるね!」
ノリノリだった星の背に近づいて、首筋に熱々のこんにゃくを張り付けたのか。
それは確かにびっくりするだろうが……いいのか?この勝利。
「なんたる失態!私の宝塔は……」
「探しているのはこれかしら?」
星と私と小傘。
三人の視点が、アリスに集まる。
アリスの手に収まっているのは、先程まで星が持っていた、宝塔だ。
「ふんッ!!」
「ああ、私の宝塔がっ!?」
アリスはそれを、力の限り投げる。
案外広い聖輦船。探すのは大変だろうが、見つからないことはないはずだ。
躊躇いなく投げたアリスに、思うところはあるのだが。
「助かったわ、小傘。とりあえず、貴女どこから来たの?」
「いやぁ、動力部がどこだかわからなくて探していたら、操縦室に出ててね」
「いや待て、操縦室には村紗が居たんじゃないのか?」
私が問いかけると、小傘は良い笑顔でこんにゃくをかかげた。
……なるほど、こんにゃくの最初の犠牲者が、村紗か。
というかこんにゃくで制圧されたのか?それでいいのか舟幽霊。
「さて、さっさと帰るか」
「え?いいの?船、止まってないけど」
「は?」
小傘の声に、窓から外を見る。
確かに聖輦船は、まだ止まっていない。
「おいおいどうするんだよ、これ」
「動力部に行くしかないわね」
「行くって、どこにあるのかわかっているのか?」
私の問いに、アリスは不敵に笑う。
自信で満ちあふれた、笑みだ。
「決まっているでしょう?……大切なものは、大抵は“真ん中”よ」
否応なしに頷かせる、アリスの表情。
私はそれに、ただため息を吐いた。
ああいいよ、それならやってやる。
最後まで、付き合ってやるぜ!
「小傘はどうする?」
「わちきも行くよ!愉しくなってきたからね」
こんにゃくを振り回す、小傘。
もうこの先こんにゃくは通じないような気がするが、まぁいいだろう。
私はアリスと小傘と、三人揃ってから飛び立つ。
目指すは、聖輦船の中央だ。
――7・涼冷え/ひっくり返ってなお熱く――
「アリス、おまえの頭はどんな構造になってんだ?」
「なによ。普通よ、普通」
聖輦船のたぶん中央。
そこは、光り輝く台座が眩しい、“動力部”だった。
変な電波でも受信しているんじゃないだろうか?
その方が、納得できる。
「さっさと止めて帰ろうぜ。というか、帰りたい」
「そうね、お腹が空いたわ」
「魔法使いなのに?」
「気分の問題よ」
台座まで、近づいていく。
青白く輝く台座。
その中央で輝くのは、不可思議な色合いの巻物だった。
確かこれは、白蓮の――。
「そこでなにをしているの?」
「ッ」
響いてきた声に、三人で飛び退く。
そこにいたのは、ずっと姿が見えなかった、聖白蓮その人だった。
「白蓮?今まで何を?」
「野暮用です。そして、質問しているのは私ですよ」
魔力が、空間に満ちる。
千年もの間修行を積んだ、魔法使い。
身体能力の強化に特化した魔法使いである白蓮は、全身から威圧感を滲ませていた。
「聖輦船を止めに来たわ」
「ほう?しかし、みんながギリギリまで頑張ってくれたのに、ここで頷くことはできません」
「頷けないのなら項垂れればいいじゃない」
「結局首を振るってか?わかりにくいぜ、アリス」
なんだその、パンがなければケーキ食え的な会話は。
アリスが空気をかき乱している間に、小傘に目配せをする。
どうにかしてあの巻物を台座から外せれば、聖輦船は止まる……かもしれないから。
「させません」
――ドンッ
けれどその前に、白蓮が動いた。
足を強く踏み込み、それだけで地面が陥没する。
その行為を認識した頃には既に、白蓮は小傘の正面に立っていた。
「あわわっ……大輪【からかさ後光】!」
鮮やかな唐傘が、白蓮の前に出現する。
白蓮はそれを右の拳で砕き、更に一歩踏み出した。
左のストレートだろうか?いや、そんなことを気にしている暇は無い!
「白蓮!今日はやけに急じゃないか!」
声を上げながら、マジックミサイルを放つ。
白蓮はその緑の弾丸を回し蹴りで消滅させると、今度は大きく一歩退いた。
「そうですね、私としたことが、どうにも急いていた」
「急いて?なにに急いでいたんだ?」
「なんにせよ、まずは話し合いです」
「強引だな、おい」
腰を抜かしていた小傘に手を貸して、立たせる。
そうすると、私と小傘はアリスを盾にする立ち位置になった。
「訊ねましょう。ここで退く気は?」
「ないわ」
「ほう、それは何故ですか?幻想郷に穴を開けると言っても、私がいるのです。どうにかして見せましょう」
「信用できないわ」
信用できる、とは言えない。
けれど、ある程度妖怪と人間が手を結べているこの環境は、白蓮にとっても理想に近い場所な筈だ。
それなのに、望んで壊すようなマネをするとは到底思えなかった。
「そうね、変改合体を見せてくれれば考えるわ」
「諦めてなかったのかよ!」
思わず、アリスの肩を叩く。
ここまで来てそれかよ!
「意味のわからないことを言って、煙に巻こうと?それが、答えですか」
「合体変形でも我慢するわよ?」
「いいでしょう、その気ならば手加減はしません」
白蓮はそう宣言すると、浮かび上がった。
巻物こそ無いが、それでもその威圧感は尋常なものでは無い。
流石は、千年生きた魔法使いか!
「私の仲間達を言葉巧みに操り、ここまで辿り着いたその言動の数々」
「うん?何処かで見てたのか?」
白蓮は答えない。
答えず、背中に蝶のような後光を浮かべた。
「誠に奇抜で、意味不明であるッ!――」
「いや、それどうなんだよ」
「――いざ、南無三!」
「力業で纏めやがった」
白蓮は私たちを見据えたまま、弾幕を展開する。
後光の端、四箇所からレーザーが照射され、本人から弾幕が放たれる。
それを私たちは、散り散りになって避けた。
「虹符【オーバー・ザ・レインボー】!」
「続くぜ小傘!星符【メテオニックシャワー】!」
虹の形で迫る、厚い弾幕。
それに私の星形弾幕が重なり、威力を飛躍させた。
避けられたり弾かれたりはしているが、足止めはできた。
「魔理沙、小傘、そのまま時間を稼いで!人形【ゴリアテカウントダウン】」
アリスが宣言と共に人形を置くと、時間経過に従い巨大化を始める。
それを見た白蓮は眉をしかめてアリスを攻撃しようとするが、させない。
このテンカウントを通過させれば、あとはどうとでもなる!
「恋心【ダブルスパーク】!」
「傘符【一本足ピッチャー返し】!」
「――魔法【魔界蝶の妖香】」
幾重にも重なる蝶を弾いて、本日二度目の魔砲を放つ。
ダブルスパークは二つの恋、恋々重なり合わせれば、貫けない対象なんか無い!
「ッ!光魔【スターメイルシュトロム】」
流れる光の風。
小傘が傘で弾き、私が魔法で撃ち落とし、グレイズし。
やがてその流れが、密度を増して襲ってくる。
「――よく頑張ったわ、二人とも……改良【フルアーマーゴリアテ】!」
カウントダウンを終えて、ゴリアテが立つ。
身体の所々に鋼鉄のパーツを取り付けて、巨大な槍を手にした人形。
その姿は、いっそ壮観だ。
「――――これで、いいのですね」
その姿を見た白蓮が、何事か呟く。
けれどもその声は、私に届くことすらなく轟音にかき消えた。
「行きなさい、ゴリアテ!」
『■■■■ッ!!』
耳の奥で反響する、野太い声。
どうして可憐な女の子の姿にそんな声を出させるのか、アリスの感性が理解できん。
「高く付きますよ……大魔法」
後光が輝き、うねりを見せる。
前にも見たことがある、白蓮の弾幕。
その中でも――過去に、見たことがある形。
「【魔神復誦】」
束ねられた緋色のレーザー。
波打つ青い弾幕。
赤い大弾幕。
「なによ、あれ」
アリスの声が、私に届く。
私も最初に見たとき、ひどく驚いた。
あれは、そう――――“魔界神”のものと、よく似ているのだ。
「魔理沙!お姉さん!船が止まってるよ!」
「なに!?」
慌てて窓から外を覗くと、確かに船が止まっていた。
見れば、戦いの衝撃で巻物が落ちている。
「それなら長居する必要はないわね。ゴリアテに任せて、戦略的撤退よ!」
「ああいいな、それ、逃げるって言うより!」
小傘を引っ張って、その場から飛び立つ。
気になることなんざ山ほどあるが、今はそれよりも気にしなければならないことがあった。
「くっ、はぁ、はぁ、はぁっ!」
「おい、大丈夫か?アリス」
アリスの調子が、おかしい。
普段なら何が起こってもなんでもない顔をしているのに、何故だか今は息苦しそうだ。
「ここは、まずいわ」
「大丈夫なの?お姉さん」
空を飛んで、聖輦船の中を飛ぶ。
あの動力部から離れれば離れるほど、顔色が戻っていた。
だったら、抜け出さない手はない。
「覗……かれ、る」
「アリス?何か言ったか?」
「なんでも、ない。なんでもないわ」
「そう、か」
うわごとのように何か繰り返すアリスを引っ張り、聖輦船から飛び出す。
小傘もアリスを心配できるほど余裕があるなら、大丈夫だろう。
「ったく、なんだってんだよ」
呟くも、答えは返らない。
ただ幻想郷の空は、何時もとなにも変わらない“青”を見せていた――。
――8・花冷え/恥じらう花の閉じるかな――
小傘と出会った小道に着地して、アリスの様子を見る。
乱れていた息は戻っていて、顔色も良さそうだ。
「ふぅ、大丈夫か?アリス」
「え、ええ、問題ないわ、高山病よ」
「そんなのかかるのかよ、おまえ」
「おお、無事そうで何よりだよ。お姉さん」
小傘が朗らかにアリスの手を取ると、アリスはそれを受け入れて不敵に笑う。
いや、そこは優しく微笑んでみるべきだと思うぜ?
そんなことを考えている間に、アリスは自力で立ち上がった。
行動の早い奴だ。もう大丈夫なのか。
「無事なら、それに越したことはないよ。今日は愉しかったよ、お姉さん」
「ええ、何か聞きたいことがあったら何時でもいらっしゃい。魔理沙のところへ」
「私かよ!」
「わかった。何かあったら行かせて貰うよ。魔理沙の所へ」
「おまえもか!」
最後の最後まで引っかき回して、小傘は去っていく。
その後ろ姿を、私とアリスは並んで見送った。
「なんか、散々だったな」
「そう?おおむね計画通りよ」
何時もの調子に戻ったアリスは、変わらず胸を張って言い放つ。
その横顔は、私の位置からではよく見えない。
「はぁ?でも、アリスが見たがってた“変形合体”とやらは、見られなかっただろ?」
「それはおまけよ」
「いや、意味がわからん」
アリスは、私の前に一歩踏み出す。
そして私を見て……可憐に、微笑んだ。
「いっしょに遊べて、楽しかった――――ほら、計画通り」
他のアリスたちと、“面白おかしい事”をした。
だから自分も私と行きたいのだと、アリスは確かに言っていた。
言っていたのに気がつかないとか……注意力、散漫だぜ。
「は、ははは……ったく」
「どうする?今日はもう帰る?」
「いや……霊夢の所へ行って、宴会だ。きっと、楽しい締めくくりになるから」
「賛成!ふふ、土曜日のあの子にアルフレッド先生人形を借りてこないと」
「待て、それで何をするつもりだ」
「え?」
「え?」
アリスと一緒に騒ぎながら、博麗神社への道を往く。
せっかくだ、このまま命蓮寺にも乗り込んで、白蓮や星たちも引っ張ってこよう。
全部片付いたら宴会が、幻想郷の掟――たぶん――なんだから。
そう考えながらも、引っかかることはあった。
なんで今日、飛倉の破片を求めに飛び立ったのか?
なんで白蓮は、最後の最後まで出てこなかったのか?
なんでアリスは、あの時体調を崩したのか?
疑問は尽きず、私の頭を白濁させる。
「ほら、早く!」
「あ、ああ、すまん!」
今は、気にしない方が良いだろう。
これから楽しいことをするのに、暗いことで頭を占領させる訳には行かなかった。
けれど、けれども、いずれ考えなくてはならないだろう。
だって私には、どうしてか――
「今行くぜ、アリス!」
――これが“なにか”の始まりに過ぎないような、気がしてならなかったのだから。
――9・雪冷え/冷たく冷たく冷たく時々情熱的に――
停止した巨大人形の前で、私は飛び去っていった小さな魔法使いたちを見送る。
あの人間の少女――魔理沙がどのような選択肢を選ぶかはわからないが、どちらにせよ人間である“今”妖怪たちと笑い合えているのなら、未来は明るい。
「ふぅ、みんな無事みたいね」
魔法の水晶に、聖輦船全体の様子を映す。
私の“結界”の効果か、普段よりも力が出しにくいだろに。
本当に、よくやってくれた。
「水蜜も一輪も雲山も、ぬえも星もナズーリンもみんな無事、みたいね」
水蜜は、未だ操縦室に閉じ込められている。
唐傘の子に驚かされて腰を抜かし、それから直ぐに閉じ込めたから。
だから、みんなと合流することもなかった。
「これで、ご満足でしょうか?」
動力部なんか、聖輦船にはない。
急遽私が造った、おあつらえ向きの場所。
その場所の空間が、歪む。
「――ええ、目的は果たせたわ。ありがとう、白蓮」
胸をわし掴むような、甘く優しい声。
深い深い慈悲に濡れた声に、どうにか正気を保つ。
保って、声を投げかけた。
「とびくら……飛倉、は」
「ああ、忘れていたわ。何からなにまで、迷惑を掛けるわね」
法界から持ち帰るはずだった、飛倉の破片。
それを一部留めていたのは、このお方の力だ。
「いいえ。貴女の“手ほどき”のおかげで、私は死の恐怖から逃れられましたから」
ほんの僅かに、皮肉を込める。
そんなもの、彼女に通じるとは思えないけれど。
それでも、私に“魔法を教えた”彼女を、僅かでも揺さぶってみたかった。
「あれは貴女の努力の成果。私はほんの僅かに、知識を授けたに過ぎないわ」
やっぱり、彼女はなにも変わらない。
ワインレッドのドレスを靡かせて、白い髪の向こうで微かに笑う。
「“創造”の秘術が、僅かな知識、ですか」
この知識のおかげで、私は水蜜に聖輦船を造ってみせることができた。
けれど、それでもほんの僅かだと、目の前の“神”は言い切る。
「そう、僅かな知識。“人も生めない程度”のお遊びよ」
身体が、震える。
彼女にとっては、私に魔法を授けたことも、戯れの一環でしかない。
いやきっと、今ここでこうしているのだって――。
「……貴女の目的は、何なのですか?」
思わず、訊ねる。
この程度のことで、この方は機嫌を損ねたりはしない。
いや、それが如何なる形にせよ、私では彼女の感情を動かすことは、できない。
「ふふ、いやねぇ、私が糸を巡らせたみたいに言わないで」
笑う。
可憐で、慈悲に満ちていて、温かくて――。
「私はちょっとだけ、そう“間接的”でも、あの子の顔を見たかった。ただそれだけよ」
拳を握りしめて、我に返る。
普段彼女は、このお方は、彼女は、ここまで自分を露わにされない。
だから私はきっと、遊ばれているのだろう。
「それ、だけ?」
「そう、それだけ。でも――」
彼女は、続ける。
深く深く深く――暗く朗らかな笑顔で。
「――思ったより、スムーズに進みそうかも、しれないわ」
笑い声が響く。
ただただ、残響しこびりつく声。
何もかも捨て去って、縋り付きたくなる声。
私はその声に囚われて――水蜜が呼びに来るまで、身動きを取ることすらできなかった。
――了――
マジで続きが楽しみです!
次回が最終回は残念ですが今まで通り楽しみに待ってます。
けれどなんだかんだ言って睡眠薬見破ったり(ニセの)動力部みつけたり、スペックがまた高いことw
今回は完全に次回のヒキとして作られてるようですので、最終回、正座して待機しております!
伏線もそうだけどロリスとの関係がどう変るのか・・・
次回の最終回、楽しみにしています。
あとでかい人形がバーサーなんとかみたいに吼えるのはリアルに怖すぎるからやめて。
次が最終回ですか。楽しみだけど終わっちゃうんだよなあ。複雑。
今回はばりばり伏線残してたので、先が物凄い気になる!
最近複線を張りっぱなしで終わるのが多いですね。
どうなることやら。
うわぁぁ次で最終回かぁ!!!
今までに積み重なった様々な伏線。
それらがいったいどう収束し、どんな結末を迎えるのか、楽しみにしています。
珍しく次回への伏線が沢山。
毎度ですが、今回は特に次回が楽しみです!
ありがとうございます!
伏線は全部回収します。
プロットに見逃しがなければ……いえ、ちゃんとやりますw
5・名前が無い程度の能力氏
金曜日の思考は地味に苦労しましたw
ですので、そう言っていただければ幸いです。
7・名前が無い程度の能力氏
実は書いている最中に風邪で熱を出しまして。
これはチャンス!と思ってアリスの思考を考えました。
おかげで、使えないものも出て来たり……。
是非、次回、楽な姿勢でご覧下さいw100kb越えるので……。
8・名前が無い程度の能力氏
ありがとうございます。
伏線は、張るのも楽しかったのですが、回収するのも楽しいです。
伏線の逃しなどないよう、頑張ります。
10・名前が無い程度の能力氏
それは次回に、たっぷりと用意してあります。
お楽しみいただければ、幸いです。
21・名前が無い程度の能力氏
ありがとうございます!!
23・名前が無い程度の能力氏
魔理沙はもう生まれついての芸人……あれ?
ゴリアテさんは、まだ進化の途中です。
まだ残ってます。こう、ゴッドハンド的にw
24・名前が無い程度の能力氏
ありがとうございます!展開にも、今後も変わらず力を注いでいきます。
26・名前が無い程度の能力氏
ありがとうございます!今後も失速せぬよう頑張ります!
27・名前が無い程度の能力氏
次回最終回、お楽しみにしていただけましたら、幸いです。
伏線も、ガッツリ回収していきます!
34・36・名前が無い程度の能力氏
ありがとうございます!
最後はこれまでの三倍くらいの容量を予定しております。
38・愚迂多良童子氏
伏線は全部、最終回にて回収します。
是非お楽しみいただければ、幸いです。
44・名前が無い程度の能力氏
彼女もやはりアリスで、それでも片鱗しか見えないのは彼女の特性ですw
最終回もお楽しみいただけますよう、現在推敲中です!
47・名前が無い程度の能力氏
ありがとうございます!
伏線も全て回収し、きっちり終わらせます!
52・名前が無い程度の能力氏
金曜アリスは、だんだんと癖になってきますw考えるの。
今回はギャグ&伏線回でした。
次回に、これまでのもの含めて回収します。
沢山のご感想、ありがとうございました!
現在、推敲中な為、今日の夜か明日の朝にはお出しすることができそうです。
それでは、次回、完結編にてお会いできましたら、幸いです。
私に薬を持ってまでやりたかったことも気になる。
>私に薬を盛ってまでやりたかったことも気になる。