「思えば、咲夜も大きくなったわよねぇ」
しみじみとつぶやかれた言葉は、広大な図書室に溶けて消える。
声の主の後ろに控えていた咲夜はその言葉にほほを引きつらせ、そんな彼女の反応に気づかない振りをして、「そーですねぇ」なんて言葉をこぼす少女。
大きな机に備え付けられた水晶に映し出される画面を見ながら、二人の少女がコントローラーを握ってカチカチと格闘中。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットと、パチュリー・ノーレッジの使い魔である小悪魔の二人は、外の娯楽道具であるゲームをしながら他愛もない話に花を咲かせている。
「紅魔館にきたときはあんなに小さかったですのにねぇ」
「そうそう、それによく泣いたりもしたっけ? 懐かしいわねぇ」
「へぇ~、咲夜にもそんな時期があったんだねぇ」
そんな二人の会話に口を挟んだのは咲夜ではなく、同じテーブルに座って二人の勝負を眺めていたフランドールだった。
ニヤニヤと興味深そうな表情を浮かべ、レミリアの後ろに控える咲夜へちらりと視線を流し見る当たり、よっぽど興味深いということなのだろう。
無論、咲夜にとってはたまったものじゃないのだが、どうやらレミリアと小悪魔の二人はこのまま咲夜の思い出話に移行するらしかった。
「あのときの咲夜は紅茶も入れられない役立たずだったしねぇ、人間、成長すれば成長するもんだ……と、ふふふ、覚悟しなさい小悪魔、私のゴールドカラーのソル・バッドガイが今度こそお前を打ち破るわ!」
「じゃあ、私はいつもどおりノーマルカラー聖騎士団ソルで。……でもまぁ、美鈴さんや私に一生懸命に紅茶の淹れかたを習ってたんですから、そりゃ上達もしますよ……っと」
「へぇ~、なんか意外だなぁ。今の咲夜からは想像もつかないや」
なんとも大人気ない姉に呆れつつも、フランはしみじみといった様子で言葉をこぼした。
何しろ、彼女の知る十六夜咲夜という少女は完璧を絵に描いたような人物だったのだ。
時折予想もつかないような天然を発揮することはあれど、こと仕事に関してはほぼパーフェクトにこなしてみせる、まさにメイドの鏡のような人物だったのだから。
「そりゃそうですよ、妹様。誰だって最初から完璧な人なんていません、もちろん、私も。最初にここに来たときは、私だって失敗ばっかりだったんですから」
「へぇ~、そういうものなのかなぁ?」
「ふふふ、そういうものですよ妹様。咲夜さん、夜に眠れないからって美鈴さんと一緒の布団にですねぇ……」
「小悪魔!! それ以上いったら怒るわよ!!?」
さすがにそれ以上口にされたくなかったのか、珍しく語調を強めて咲夜が怒鳴る。
そんな意外な光景に目をぱちくりとしばたかせたフランだったが、よくよく見てみれば咲夜の顔は真っ赤になっていて、なんだかかわいらしいと感じた。
小悪魔は振り返りこそしなかったものの、その表情はニヤニヤとしているものだから、からかっているのが丸わかり。
小悪魔に振り回される咲夜という珍しい構図、そこに二人の付き合いの長さが垣間見えた気がして、フランはくすくすと笑う。
「いいじゃない咲夜、私はもっと聞いていたいわ」
「い、妹様!?」
クスクスと笑みを浮かべながら言葉にするフランに、困り果てたような表情を浮かべた咲夜がおろおろと救いを求めるように視線をさまよわせた。
普段の咲夜らしからぬ行動がなんだか新鮮で、もっと意地悪して困らせたくなってくる。
顔を真っ赤にして恥ずかしそうな咲夜を見ているのも、それはそれで楽しいものだった。
「ふふ、観念するのね咲夜。たまにはいいじゃない、あなたのかわいい昔話も――」
――ドラゴン・インストォォォォォォォルッ!!
「――って、小悪魔おまっ!? そこでドライン殺界ぃっ!?」
「ふふふ、お嬢様。このままフィニッシュですよ!!」
「ぬあ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
なにやらガチャガチャとコントローラーをいじっていたレミリア。
彼女の操っていたキャラが小悪魔の使う黒いシルエットになって炎を纏ったキャラに、必殺技を食らって負けたのを見て、がっくりとうなだれて机に突っ伏した。
どうやら決着がついたらしく、レミリアとは対照的に小悪魔は嬉しそうにピースサインなんかを作っていたりする。
「でもまぁ、咲夜さんって昔もすっごくかわいかったんですよ?」
「うぅ、小悪魔、このまま話をしないって言うのはなしなの?」
「いいじゃないですか咲夜さん、減るもんじゃあるまいし」
にこやかに笑う小悪魔にたじろぐ咲夜、こうなったら最後、口でこの力弱き悪魔にかなうものが、ほかにどれだけいることか。
なにやら言い合っていたようだったが、結局小悪魔に口でかなわなかったのか、咲夜はあきらめたようにため息をついて目を閉じた。
「咲夜さんの許可も下りたことですし、妹様に彼女の恥ずかしい赤裸々人生をご紹介しちゃいましょう!」
「うわー、物凄く生き生きしだしたよ、この悪魔」
そんなわけで、満面の笑みを浮かべた小悪魔を見やり、フランドールがポツリと一言。
それを気にした風もなく、小悪魔はからからと楽しそうに笑って、そうして昔のことを語り始めた。
まだまだおいしくなかった紅茶、美鈴の後ろをついて回っていた子供時代、小悪魔が絵本を読んであげたこともあれば、時にはレミリアが添い寝することもあった。
弱くも一生懸命で、努力を怠らなかった背伸び盛りの子供。
一つ一つのエピソードが語られるたびに、比例して咲夜の顔が赤くなって、時には思い出してかもだえる姿も見られた。
そんな話に、そんなしぐさに、咲夜の意外な一面を見つけて、フランはいつも以上に咲夜が身近に感じられるような気がしたのだ。
地下室に閉じこもり、ろくに外へ出ようとしなかった自分。その間に、みんなは小さなころの咲夜のことをこんなにも知り、記憶し、うれしそうに語っている。
過去の自分に、「閉じこもってたらもったいないぞ」って、そう言ってやりたいくらいに、彼女の語る咲夜との思い出は、大切なものに思えたから。
やがて、レミリアも敗北から復活したようで昔話に参加。
小悪魔の話に補足したり、時には咲夜をからかったり、そんな風にいつもとは違う無遠慮な会話は、どこか友人や家族を髣髴させた。
メイドとしてどこか一歩引いた態度をとることの多い咲夜だが、今のように恥ずかしがったり怒ったり、そんな彼女のことを家族なのだと、改めてそう思えてフランはクスリと笑みをこぼす。
「そーいえば、咲夜さんが大怪我したこともありましたっけ?」
そんな中、のほほんとした様子で口にした小悪魔の言葉に、咲夜の表情が明らかに変わった。
羞恥と焦りとがない交ぜになったような表情で、咲夜は小悪魔の肩をつかんでぐっと顔を寄せる。
「小悪魔、それだけは……それだけは駄目!」
半ば懇願にも似た響き。よほど知られたくないのか、こんなにも情けない表情の咲夜を見るのはフランも初めてだ。
そんな咲夜を見やり、ニヤニヤと意地の悪ーい笑みを浮かべたレミリアが、どこか思い出すように言葉をつむいでいく。
「そーいえば、あったねぇ。あの時は大騒ぎになったもんだ」
「ちょっ!? お嬢様!!?」
まさかの人物からの裏切りにも近い行動に、咲夜はなんか捨てられた子犬のような表情で涙目になっていた。
あ、なんかカワイイ。などという真っ正直な感想は胸にしまうことにしつつ、フランは興味津々と言った様子で姉の言葉に耳を傾けた。
いよいよ持って思考が追いつかなくなったのか、あうあうと意味不明な言葉を発するだけになった真っ赤な咲夜を尻目に、レミリアは思い返すように言葉をつむぐ。
「ナイフの練習をしてたらしいんだけど、どうも手首を切っちゃったみたいでねぇ。もうどばどばと血が出て、美鈴がこの子抱えて大騒ぎさ」
「それ、大丈夫だったの?」
「まぁ、なんとかねぇ。パチェもいたし、傷跡も残っちゃいないけど、あの時は慌てたわね」
「しばらくはナイフの練習禁止されちゃいましたねぇ。……結局隠れてやってましたけど」
「うわぁ……」
レミリアと小悪魔がそろって渋い顔をするあたり、よっぽどひどい怪我だったのだろう。
いつもナイフを使っている咲夜からは想像もできない失敗だが、二人の様子から察するになかなか悲惨だったに違いない。
そんな目にあっても練習を繰り返すあたり、なんだか咲夜らしいなぁと妙に納得してしまうフラン。
そんなところは、今も昔も変わらないらしい。
「それもばれて、結局美鈴さんが咲夜さんにつきっきりになっちゃったんですけどねー」
「ずいぶん嬉しそうだったねぇ、あの時は。主ながらにちょっぴり嫉妬したわ」
「ふ、二人とも……もうそのくらいに……」
『ダーメ!』
「……鬼だ。鬼がここに二人いるよ」
まだまだしゃべる気満々の二人に、フランがポツリと呟いて咲夜に哀れみの視線を向けた。
すっかりしょぼくれてしまった咲夜はそんなフランの視線に気がついたようで、ますます小さくなってしまう。
「あの、幻滅してしまいましたか?」
「幻滅って……なんで?」
「いえ、その……こんなに情けない話ばっかり、自分がふがいない頃のことばっかりで……」
そんな彼女の様子に、フランは「あぁ」とどこか納得したように言葉をこぼした。
彼女が気にしていたのは、自身の感じる羞恥以上に、フランを幻滅させたくなかったということなのだろう。
だって、フランの知っている咲夜は何でもできるすごい人間だった。
紅茶だって淹れられるし、時間だってとめられて、かっこよくて、きれいで、そんな人間で。
フランドールが、咲夜をそんな人間だという風に見ているのを知っているから。
だから、咲夜は落胆させたくなかったのだ。ほかでもない、フランドールを。
「そんなことないよ。むしろ、いつも以上に身近に咲夜を感じられて、私は嬉しいな」
「……妹様」
そのフランの言葉に、咲夜は何を思っただろう。
一瞬驚いた表情を浮かべて、けれど、どこかほっとしたような、穏やかな笑顔を浮かべてくれた。
そんな彼女の手をとって、フランは言葉を続ける。愛しむような、優しい声で。
「だから、今度は咲夜の口から昔のこと聞きたいな。私の知らない、咲夜の話を」
おそらく、フランだけが子供のころの咲夜を知らない。
人間の子供が来たという話だけは聞いていたが、それだけだ。
だから、知りたいと思うのだ。
みんなと同じように、昔のころの十六夜咲夜を。
自分も、咲夜の家族なんだからと、そんな思いを秘めて。
その思いが届いたのかは定かじゃない、けれども、咲夜の表情には柔らかな笑顔が浮かんでいる。
「はい。私の言葉でよろしければ、喜んで」
そんな咲夜の言葉を聞いたレミリアと小悪魔は、お互いに顔を見合わせて微笑んだ。
どこか嬉しそうに、まるで娘を見守る母のような、そんな表情を浮かべて。
そうして、咲夜は静かに語りだす。幸せそうな表情で、夢物語を語るように。
小さなころの自分の話を、ほかでもない、かけがえのない家族の少女に向けて。
それにしても、金ソル使って負けるお嬢様……もしかして、小悪魔が有名プレイヤーばりの技術を持っているんでしょうか?
珠に疵の一つもあったほうが取っ付き易い。
ほのぼのとしている中でも小悪魔はかなりの悪魔っぷりを発揮していたと感じましたがこれでも控えめだったとは!
過去作では一体どんな事になっているのか興味が沸きました。
それにしても……
金ソル使って負けるとかありえね~w
お嬢様が絶望的に下手なのかそれとも小悪魔が異常に上手いのか、いやその両方か。
やっぱりあなたの書く紅魔館が好きです。
外は雨模様ですが、良い日になりそうです。
ありがとうございました。
お嬢様と小悪魔がなんか親類のおばちゃんにみえますが(ぉ
この紅魔館は、みんな仲が良くて大好きです。
しかしお嬢様……そこはスレイヤーでしょ……
補足サンクス、まったく知らんかった
「小悪魔があっ!wwwww近づいてえっ!wwwww」
てか金ソル使ってノーマルカラーにロマン技で負けるなおぜうww
この小悪魔が金聖ソル使ったらえげつない事になるな……