この紅魔館には、コールベルが設置されている。
コールベルに掛けられたパチュリー様の魔法で、私の頭に遠くのベルの音が響く。短く三回。この鳴らし方はフランドールお嬢様のもの。
世界から音が消える。それは私が時を止めたから。そのまま地下室へと歩を進める。フランドールお嬢様の寝室の扉を開いて入室したところで時の停止を解除した。
「お呼びでしょうか、フランドールお嬢様」
「咲夜、緑茶の茶葉が切れちゃったんだけどまだ残ってる?」
地下室の小さな主は私に向かって、缶詰を放り投げた。
それを一端時を止めて受け取って、再び時を動かす。蓋を開けてみると、その中身は空だった。
「なるほど、分かりました。在庫が倉庫に残っていたと思いますので、取ってまいりますわ」
「ん、頼むわね。霊夢が来る前にお願い」
ああ、そういえば今夜はこれから霊夢が来ることになっていたのだった。
一礼し、再び時を止めて私は倉庫へ向かう。雑然と物が置かれた倉庫の中から目的の物を見つけ出してから地下室へと戻った。
「お待たせいたしました。こちらで宜しいでしょうか?」
「特に待つほどの時間も無かったけれど、ありがとう。これで大丈夫よ」
新しい緑茶の缶詰を受け取り、フランドールお嬢様はそれを踏み台を使ってコンロの隣にある棚に収めた。
平静を装っているけれど、どこかソワソワと落ち着かない様子。
霊夢が来るのが待ち遠しいのだろう。
せわしなく小さく揺れる七色の翼を微笑ましい気持ちで眺めてから、私は一礼して退室した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
コールベルの音が響く。長く一回。これはレミリアお嬢様のもの。
「お呼びでしょうか、レミリアお嬢様」
「ああ、咲夜来たわね。これから湖まで出掛けて来るわ。どっちが良いかしら?」
私の姿を確認したお嬢様は、コサージュを二つベッドの上に並べて口を開いた。
「今のお召し物であれば、右の薄紅色のコサージュをヘアアクセサリーにする方がよろしいかと。でしたら、私もお供いたします」
「ならそっちにしよう。それには及ばない、供には大妖精を連れて行くわ」
「大妖精をですか」
「ええ、だから大妖精を呼んで来てちょうだい」
「分かりました。すぐに呼んで参ります」
主に一つ礼をして、私は時を止める。
大妖精はすぐに見つかった。
誰とでも親しく、話しかけやすい彼女の周りには誰かがいることが多い。
やはり、大妖精の周りにはメイド妖精が数匹集まっていた。
「あ、メイド長」
時を動かして、先に私に気付いたのは大妖精だった。
「あなた達、自分の仕事はどうしたの」
メイド妖精達は私の姿を認めると、手に手に掃除用具などを持って慌ててその場を後にした。
「あ、あのメイド長」
「あなたに用があったのよ、大ちゃん。正確にはレミリアお嬢様が、だけど」
「お嬢様が私に?」
「湖に出掛けるから、そのお供に付いて来てほしいそうよ」
「そうですか、お嬢様が……あの夜の事、覚えていてくれたんですね」
嬉しそうに微笑む大妖精の言葉をわざと聞き流して、彼女の肩に手を置く。
「そういうわけで、ここはいいからお嬢様の所へ行ってらっしゃい」
「はい、分かりました」
「お嬢様をお願いね」
大妖精の背中を見送る。
胸に残ったのは、少しの寂しさと羨ましさ。
お嬢様の心を射止めたのは、彼女。
大妖精がそれを理解しているかは甚だ疑問だが。
「……お嬢様を、頼むわね」
誰も居なくなった廊下で小さく吐き出した言葉は、私の耳にだけ届いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「行ってくるわね。夜明け前には戻るわ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
門前まで付き添い、大妖精を従えて夜空に飛び立つ主に深々と頭を下げる。
「置いていかれちゃいましたか」
私の隣で同じくお嬢様を見送っていた美鈴が話しかける。
「そうね、置いていかれちゃったわ」
「ずいぶんあっさりとしていますね」
「あの娘を選んだのはレミリアお嬢様。私にはそれを覆すことはできないし、そんな事したくないわ。それじゃ、私も仕事に戻る」
これで話は終わり、と踵を返した私の手が掴まれる。
「何?」
「……少し、座りませんか?」
笑みを浮かべて、けれど有無を言わせない威圧感を放つ。
それに渋々従って、私はその場に腰を下ろした。塀に背中を預ける。私の隣に美鈴も腰を下ろす。
「……門番の仕事はいいのかしら?」
「咲夜さんと話をしたいんです」
「……少しの間だけよ」
「それじゃ、失礼します」
「わぷっ」
肩を抱いて、美鈴は私を引き寄せた。
彼女の心音が耳に近づく。
「咲夜さんには私がいます」
ソッと美鈴が口にする。
「バカね。……そんな事分かっているわよ」
彼女の音に聞き入る。
「ただ、レミリアお嬢様が私を呼ぶことが少なくなって、少し寂しくなった、とは感じるわね」
「だったら、私が咲夜さんの寂しさを埋めてあげますよ。何でも、何度でも私に言ってください。だから、そんな悲しい顔しないでください」
笑っていてください、と暖かい笑みを私に向ける。私が見惚れた、この館で初めて見た時と同じ笑顔で。
「私は、咲夜さんを選んだんですから。もっと私を頼ってください」
そんな顔でそんなこと言われたら、いくらでも頼ってしまいそうになってしまうじゃない。
「たまには、頼らせてもらうわ」
「はい、ぜひ!」
「話はこれでおしまい。私ももう戻るわ」
これ以上いたら、一晩中あなたから離れたくなくなってしまうから。
立ち上がって、私は美鈴に背を向ける。
「お仕事頑張ってください、咲夜さん」
「あなたもね、美鈴」
ヒラヒラと手を振って館へと戻る。
玄関の扉を後ろ手に閉めてから、扉に寄りかかる。
「ありがとう、美鈴」
小さな幸せと共に、静かに吐き出した言葉は誰の耳にも届かない。
また一つ、コールベルの音が頭に響いた。
END
コールベルに掛けられたパチュリー様の魔法で、私の頭に遠くのベルの音が響く。短く三回。この鳴らし方はフランドールお嬢様のもの。
世界から音が消える。それは私が時を止めたから。そのまま地下室へと歩を進める。フランドールお嬢様の寝室の扉を開いて入室したところで時の停止を解除した。
「お呼びでしょうか、フランドールお嬢様」
「咲夜、緑茶の茶葉が切れちゃったんだけどまだ残ってる?」
地下室の小さな主は私に向かって、缶詰を放り投げた。
それを一端時を止めて受け取って、再び時を動かす。蓋を開けてみると、その中身は空だった。
「なるほど、分かりました。在庫が倉庫に残っていたと思いますので、取ってまいりますわ」
「ん、頼むわね。霊夢が来る前にお願い」
ああ、そういえば今夜はこれから霊夢が来ることになっていたのだった。
一礼し、再び時を止めて私は倉庫へ向かう。雑然と物が置かれた倉庫の中から目的の物を見つけ出してから地下室へと戻った。
「お待たせいたしました。こちらで宜しいでしょうか?」
「特に待つほどの時間も無かったけれど、ありがとう。これで大丈夫よ」
新しい緑茶の缶詰を受け取り、フランドールお嬢様はそれを踏み台を使ってコンロの隣にある棚に収めた。
平静を装っているけれど、どこかソワソワと落ち着かない様子。
霊夢が来るのが待ち遠しいのだろう。
せわしなく小さく揺れる七色の翼を微笑ましい気持ちで眺めてから、私は一礼して退室した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
コールベルの音が響く。長く一回。これはレミリアお嬢様のもの。
「お呼びでしょうか、レミリアお嬢様」
「ああ、咲夜来たわね。これから湖まで出掛けて来るわ。どっちが良いかしら?」
私の姿を確認したお嬢様は、コサージュを二つベッドの上に並べて口を開いた。
「今のお召し物であれば、右の薄紅色のコサージュをヘアアクセサリーにする方がよろしいかと。でしたら、私もお供いたします」
「ならそっちにしよう。それには及ばない、供には大妖精を連れて行くわ」
「大妖精をですか」
「ええ、だから大妖精を呼んで来てちょうだい」
「分かりました。すぐに呼んで参ります」
主に一つ礼をして、私は時を止める。
大妖精はすぐに見つかった。
誰とでも親しく、話しかけやすい彼女の周りには誰かがいることが多い。
やはり、大妖精の周りにはメイド妖精が数匹集まっていた。
「あ、メイド長」
時を動かして、先に私に気付いたのは大妖精だった。
「あなた達、自分の仕事はどうしたの」
メイド妖精達は私の姿を認めると、手に手に掃除用具などを持って慌ててその場を後にした。
「あ、あのメイド長」
「あなたに用があったのよ、大ちゃん。正確にはレミリアお嬢様が、だけど」
「お嬢様が私に?」
「湖に出掛けるから、そのお供に付いて来てほしいそうよ」
「そうですか、お嬢様が……あの夜の事、覚えていてくれたんですね」
嬉しそうに微笑む大妖精の言葉をわざと聞き流して、彼女の肩に手を置く。
「そういうわけで、ここはいいからお嬢様の所へ行ってらっしゃい」
「はい、分かりました」
「お嬢様をお願いね」
大妖精の背中を見送る。
胸に残ったのは、少しの寂しさと羨ましさ。
お嬢様の心を射止めたのは、彼女。
大妖精がそれを理解しているかは甚だ疑問だが。
「……お嬢様を、頼むわね」
誰も居なくなった廊下で小さく吐き出した言葉は、私の耳にだけ届いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「行ってくるわね。夜明け前には戻るわ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
門前まで付き添い、大妖精を従えて夜空に飛び立つ主に深々と頭を下げる。
「置いていかれちゃいましたか」
私の隣で同じくお嬢様を見送っていた美鈴が話しかける。
「そうね、置いていかれちゃったわ」
「ずいぶんあっさりとしていますね」
「あの娘を選んだのはレミリアお嬢様。私にはそれを覆すことはできないし、そんな事したくないわ。それじゃ、私も仕事に戻る」
これで話は終わり、と踵を返した私の手が掴まれる。
「何?」
「……少し、座りませんか?」
笑みを浮かべて、けれど有無を言わせない威圧感を放つ。
それに渋々従って、私はその場に腰を下ろした。塀に背中を預ける。私の隣に美鈴も腰を下ろす。
「……門番の仕事はいいのかしら?」
「咲夜さんと話をしたいんです」
「……少しの間だけよ」
「それじゃ、失礼します」
「わぷっ」
肩を抱いて、美鈴は私を引き寄せた。
彼女の心音が耳に近づく。
「咲夜さんには私がいます」
ソッと美鈴が口にする。
「バカね。……そんな事分かっているわよ」
彼女の音に聞き入る。
「ただ、レミリアお嬢様が私を呼ぶことが少なくなって、少し寂しくなった、とは感じるわね」
「だったら、私が咲夜さんの寂しさを埋めてあげますよ。何でも、何度でも私に言ってください。だから、そんな悲しい顔しないでください」
笑っていてください、と暖かい笑みを私に向ける。私が見惚れた、この館で初めて見た時と同じ笑顔で。
「私は、咲夜さんを選んだんですから。もっと私を頼ってください」
そんな顔でそんなこと言われたら、いくらでも頼ってしまいそうになってしまうじゃない。
「たまには、頼らせてもらうわ」
「はい、ぜひ!」
「話はこれでおしまい。私ももう戻るわ」
これ以上いたら、一晩中あなたから離れたくなくなってしまうから。
立ち上がって、私は美鈴に背を向ける。
「お仕事頑張ってください、咲夜さん」
「あなたもね、美鈴」
ヒラヒラと手を振って館へと戻る。
玄関の扉を後ろ手に閉めてから、扉に寄りかかる。
「ありがとう、美鈴」
小さな幸せと共に、静かに吐き出した言葉は誰の耳にも届かない。
また一つ、コールベルの音が頭に響いた。
END
続きます……よね?
楽しみにしています。
Pixivの方にも投稿されてましたよね?
心に深く染み入った