1.
ここの花など誰が見るのか十六夜咲夜は知らない。
来客など滅多にないし、主人が見るにしても、暗がりで花など見ても愉しいとは思えない。或いは愉しいのかもしれない。彼女にとって理由などどうでも良かった。仕事として申しつけられた以上それをこなせばいい。
どんなことでも意味など考えない方が楽ではある。考えなければならない時に考えれば良い。咲夜は、それを長いメイド生活で学んでいた。仕事は山ほどあるし、主人はいつも何を考えているのかわからないのだから、考える時間で手を動かした方が効率が良い。
ここに咲いている花の名前を十六夜咲夜は知らない。図書館で調べれば直ぐにわかるだろうが、仕事の効率には何も影響しないため、そのままにしてある。
紅い魔物が住む館。その庭先で、十六夜咲夜は花に水をやる。それなりに広い花畑で。昼間、ご主人が眠っている間に。毎日。怠ったことは一度もない。
「もしかしたら、私への気遣いなのかな。」
ふと思う。
「お嬢様は、私にこの花を見せたかった?私にだけ?」
そんなことも、もしかしたらあるかもしれない。そうだとしたらとても素敵で、感動的で、何とも無意味なことだ。そう、意味が無い。無意味。主人はそう言ったものを好む傾向にある、と咲夜は分析していた。
十六夜咲夜は花に興味など無かった。興味がない物を見せつける。そう言った趣向なのかもしれない。彼女は、それはそれでスマートな解答だと思い、それ以上のことを考えないことにした。それが正解であるか否かに関して、考えるのは無駄だった。
2.
今日も十六夜咲夜は花に水をやる。
彼女は花の世話の仕方など知らなかったが、毎年上手くいったり枯らせたりしているうちに何となくコツを掴むことが出来た。後はルーチンワークである。しかし、愛着が沸くほど綺麗な花ではない、と評価していた。
如雨露に水を入れ、いつもの順番で花に水をやる。赤、赤、赤。赤い花がところせましと咲いている。はずだったのだが――
「あれ?」
花と花の間にぽっかりと大きな穴が開いていた。
「……花泥棒?あの白黒?いやまさか……。言ってくれればこんな花、いくらでも分けてあげるんだけどな。」
彼女は悲しくもならなかったし、誰が盗っていったかにも興味がなかった。どちらかと言えば、綺麗に整地され、秩序立って咲いていた花畑に穴を開けられた、破壊されたことに腹が立った。破壊も再生も、それは彼女の役目だった。十六夜咲夜にとって、役目を奪われるということは何よりの屈辱だった。
しかしそれでも興味がなかった。まさか犯人が現場に戻ってくることはないだろう。開いた穴は埋めれば良い。奪われた花は生やせば良い。それもまた自分の役目である。
そう考えて、まだ倉庫に種が余っているか、穴を埋めるにあたってどれぐらいの土を持ってこなくてはならないかなどの計算を始めた。
「うっひょーい!」
突然上から聞こえてきた奇声が彼女の思考を遮った。誰だ?何処にいた?聞き覚えのない声。侵入者?まさか、犯人?迂闊だった!ナイフは持ってきている。美鈴は何をやってるの?使えない!一瞬で彼女の思考が警戒色に染まる。
彼女は素早く後ろに飛び跳ね、確認もせずに上空に大量のナイフをばらまいた。とにかく威嚇して体制を立て直さなければならない。先手をとられたのは非常に痛かった。最悪、時を止める前にやられてしまう。不意打ちで無かったことが唯一の救いであった。
花は陽動だった?何故奇声を上げた?何にしろ、気づけなかったなんて!クソッ!――何が起こったかを確認するために彼女が上空を見上げると、そこには大量の赤い花びらと、太陽の光を反射した銀のナイフがきらびやかに舞っていた。
――は?
「花びら……いや、花吹雪?」
彼女は次のナイフを用意しつつぽつりと呟いた。
そして更に上空、紫色の傘を持った見知らぬ妖怪が悲鳴を上げながらナイフを必死に避けている姿を確認して、十六夜咲夜は何とも言えない疲労を感じた。
3.
「ほんとすいませんでした。流石に調子ぶっこいてました。わちきほんとゴミ妖怪です。ゴミなんです。わちきはゴミなんです。捨てられた挙げ句妖怪化してゴミ妖怪が生まれました。本当にすいませんでした。ゴミが迷惑かけるとか最早公害ですよね。これからは公害妖怪を名乗ることにしますすいませんでした。」
咲夜は、あっけなく被弾し、落っこちてきた妖怪をとりあえず正座させた。妖怪は傘を膝の上に置き、ひたすら俯きながら語り始めたが、咲夜にとって聞きたい部分はそこではなかった。
「……いや別に、あなたの身の上話とか凄いどうでもいいんだけど。そうね……。とりあえず、あなた、何がしたかったの?」
妖怪は顔を上げた。彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになり、表情は恐怖でひきつったままだった。そんなに怖がらせたつもりはなかったのだけど、と咲夜は少しだけ罪悪感を覚えた。
「……驚くかなって。」
「はあ?」
咲夜が喰い気味に発言すると、妖怪はビクっと身体を震わせ、また俯いた。こんなので良く生きてこれたなと思いながら、咲夜は発言を促した。
「ああいや、その、どういう意味なの?」
「……花って普通上から降ってこないじゃないですか。」
妖怪は上目遣いで、声を震わせながら言った。
「まぁ、見たことはないわね。」
「降ってきたらびっくりしませんか?」
「するかもしれないわね。」
「そうなればいいな、って……。」
咲夜は軽い頭痛を抑えるために自身の左のこめかみを人差し指で押さえた。
「つまり……。私をびっくりさせたかった、と?何それ……。」
「あのですね!わちきはですね!人を驚かせることがその、生き甲斐というか、使命みたいなアレでして!人を驚かせてお腹いっぱいにする妖怪なんです!それで、此処に人間がいるなー。なんとかして驚かせないかなー。と思った次第です!はい!」
「……ちょっと待って。あなた私のこと見てたの?そもそもどうやって此処に入ってきたの?一応門番がいたと思うんだけど。」
突然大声で喋り始めた妖怪を遮り、咲夜はもう一つ気になることを質問した。何となく、頭痛の予兆がした。
「え?いや、普通にそこの正門から入りましたけど……。門番?あれってこの辺の野良妖怪じゃないんですか?気持ちよさそうに壁によっかかって寝てましたけど……。」
「私のことを見てたのよね?その時も正門から?」
「は、はい。」
「そう……。そうなんだ。そっか。ありがとう。良かったわね。あなたの非がほんの少しだけ無くなったわ。」
代わりに私の頭痛は増したけど、と言う言葉を飲み込んで、十六夜咲夜は今日一番の大きな溜息をついた。
4.
事情を聞くと、どうやらこういうことらしい。
妖怪の名前は多々良小傘。捨てられた傘にとりついた九十九神で、人間を驚かすことで食欲を満たす。普段中々驚かない人間が驚くほど良質なエネルギーが生まれるらしく、無表情で働く咲夜を見て「これは!」と思ったそうだ。
「なるほどね。その評価はあんまり間違ってないと思うわ。」
咲夜は時計を見ながらそう言った。そろそろ次の仕事に取りかからなければならない。最悪時を止めればいいか。めんどくさいな。そう考える咲夜の表情は、既に小傘に対する興味を失っていた。
「でしょ!?そうでしょ!?お姉さん普段あんまり驚いたりしないでしょ!?」
自分の予想が当たっていたことが相当嬉しかったのか、小傘は急に表情を明るくした。咲夜は何となくイライラし、再度半眼で小傘の方を見つめ直し、膝に乗せていた傘を思い切り踏みつけた。
「ふおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「大変ね。でも侵入者を許しちゃいけないのよね。ごめんなさい。私働き者だから。お嬢様にも言いつけられてるし。侵入者は死なない程度に痛めつけてもう二度とこないようにしておきなさい、って。」
「ふおおおおおおおおおおそれ本体だからやめてマジやめてください痛い痛いちょっこれマジ死にますグリグリするのやめてください死ぬってこれ死ぬ折れる殺されるううううううう!」
そろそろ限界かな、と思い咲夜が足を離すと、小傘は前のめりになって地面に手をつき、ぜえぜえと肩で呼吸し始めた。長時間の正座で脚が痺れていたのか、時々「おおう……。おうう……。」と言う声を漏らしている。
「もうしない?」
咲夜は小傘に満面の笑みで訊いた。小傘はプルプルと震え続けている。彼女が「ちくしょう……。ちくしょう……。」と小声で呻くのを咲夜は聞き漏らさなかった。もう一度素早く傘を踏みつける。
刹那、小傘は思い切り傘を振り上げた。とっさの出来事だったが、咲夜は少しだけ後ろに跳びのき、体勢を整え呆れ顔で睨み付け続けた。
「ちくしょう……。ちくしょう!みんなそうやってわちきを馬鹿にして!絶対!絶対あんたを驚かせてやるんだから!そして美味しくいただいてやる!」
「あんた呼ばわりされる覚えはないわ。私の名前は十六夜咲夜。」
まだ脚の痺れが残っているのだろう、ふらふらしながらも叫ぶ小傘に咲夜はあくまでも冷静な態度で返し、続ける。
「来たかったら勝手に来なさい。あんなので驚かないわよ。大体何?花を盗んで?あれ全部花びらに分解したの?結構な量あったわよね。昨日今日で準備したのかしら。一人で?え、それで驚くと本気で思ったの?笑っちゃうわよ、どんだけ暇なの?その暇をわけてくれないかしら。羨ましいわね。」
咲夜はそれまでのストレスをぶつけ続けた。ほとんど八つ当たりに近いな、と冷静さを司る自分が分析する。
「ぐぬぬぬぬ……!明日こそ!明日こそ驚かすから!待ってなさいよ!」
小傘は手と傘をばさばさと振り回し、そのまま凄い勢いで何処かへ飛んでいってしまった。一人残された十六夜咲夜は、雲一つ無い空を見ながら独語した。
「……時間を指定している時点で、驚かす気がないんじゃないかな。あの子。」
5.
今日も十六夜咲夜は同じ仕事をする。否、一つだけ違う仕事をした。門番の紅美鈴に侵入者がいたということ、しかも何度も侵入を許していることを伝えつつ、どやしつける。余計な時間をとらせないでほしい。いつだってスケジュールはギリギリなのだから――
「ふんにゃああああああ!」
昨日と全く同じ時間に聞いた奇声が上がる。咲夜はゆっくりと声の上がった方向を向いた。
そこには、この館で一番大きな庭石を持ち上げようと顔を真っ赤にするも、全く持ち上がらずに泣きそうになっている小傘の姿があった。
「それでね。色々訊きたいことがあるのよ。」
「はい。」
咲夜は昨日とほぼ同じ構図で小傘を睨みつけていた。変わっていたところといえば、既に咲夜の足が小傘の傘に軽く乗っかっているところだけだった。
「まずは、そうね。どうやって入ってきたの?」
「えっと、門の前に立っている人に『十六夜咲夜って人に用がある。』って言ったら通してくれました。」
「……あの馬鹿……。」
咲夜は軽く頭を押さえながら質問を続けた。
「まぁそれはいいや……。良くないけど。で、あなた、あの石をどうしようと思ったの?」
「あ、あんな重たいものが飛んできたら……その……お、驚くかな?と。」
「驚くっていうか、万が一あれ当たったら死ぬわよ。」
「ですよね。」
「私を驚かせたいの?殺したいの?」
「お、驚かせたいと思っています!」
「そっか。」
ゆっくりと溜息をついた後、咲夜は全体重を足に乗せた。
「ひぎゃああああああああああ!」
「自分で持てるかどうかちょっとは考えたの?何で傘を持ちながら石も持とうって思ったの?あなた馬鹿でしょ。そりゃ馬鹿にするわよ。」
「あああああああごめんなさいごめんなさい仰る通りですその通りですお願いですから足をどけてええええええええ!」
咲夜はゆっくりと足をどけた。小傘は正座しながら涙を流しつつ、言い訳を始めた。
「お、お腹すいてて、お腹すいてて持ち上げられなかったんですう。昨日から何も食べてないんですう。お腹いっぱいだったら持ち上げられてましたあ。驚かせられましたあ。今のはわちきの本調子じゃないんですう。」
「……しょうがないな。ちょっと待ってなさい。」
もう追い返せれば何でも良いやと考えた咲夜は時を止め、調理場にあった残飯をいくつか袋に包み小傘に渡した。
「これあげるからもう今日は帰りなさい。何やっても無駄だから、もう来ちゃだめよ。」
彼女は出来る限り優しく言った。小傘は大きく目を開いて咲夜を見つめている。
「……あなた、敵からの施しは受けたくないってタイプ?」
「ええ何今の!?どっから出したの?わちき知ってる!そういうことが出来る人をマジシャンっていうんでしょ!?あなたマジシャンだったんだ!凄い!もっかいやって!もっかい!」
小傘は咲夜の質問を無視してはしゃぎ始めた。どうして私を驚かせにきた妖怪を私が驚かせているのか、と思いながら咲夜はもう一度時を止め、小傘が持っていた傘を拾い上げた。
「まぁ……。確かに『危険な手品師』なんて言われることもあるけどね。」
「うおお!わちきの傘がいつの間にか!凄い!ねえねえ、それどうやるの?それが出来たら人間なんかいくらでも驚かせられるよ!教えて!そうすればもう此処に来ることもないし、あなたも嬉しいでしょ?」
咲夜は少し困った。確かにそれはそうなのだが、誰かに教えられるものではない。
「んー……。言葉通り、タネも仕掛けもないのよ。これには。」
「えー!そんな馬鹿な!いじわるしないで教えてよ!」
「私の能力なの。時を止める程度の能力。あなたの能力が何なのかは知らないけど、出来ないからそんなに驚いてるのよね?」
小傘はがっくりと肩を落とした。そして暫く考え込んだ後、思い出したかのように咲夜の手から傘と残飯をひったくった。
「また明日来るから。……望むところだよ。そんなことが出来る人間を驚かせられたら、わちきはどんなきっとどんな人間でも驚かせられるもん!」
そう言い捨てると、昨日より少し遅いスピードで小傘はまた何処かへ飛んでいってしまった。
「ポジティブねぇ……。」
またも空を見つめながら十六夜咲夜はそんなことを考える。
そしてそれ以上小傘のことを考えるのをやめて、一体どれ程の時間を無駄にしてしまったか自身の懐中時計で確認した。
6.
十六夜咲夜の仕事が二つ増えた。毎日決まった時間にやって来る妖怪を散々馬鹿にして追い返す仕事。そして、その妖怪に渡すための残飯を包む仕事。
別段難儀な仕事ではなかった。残飯処理に関しては前から困っていた。主人が咲夜の料理をすべて平らげるということは滅多になく、それらを捨てるのは何となく忍びないと感じていたし、また生ゴミの処理というのは冬はともかく、夏はあまりやりたくない仕事だった。そういった意味で咲夜は、小傘にほんの少しだけ、時間に換算すれば30秒ほど感謝した。
追い返す仕事も簡単だった。何しろ相手が弱い。本当に弱い。そして全く驚くことが出来ない。咲夜はそのうち、こんなに驚けないものかと驚くのではないか、と考えていた。そして毎回健気にやってきて、彼女の罵詈雑言に耐えながらどうにか驚かそうと必死に努力する小傘に対して、咲夜は愛着を感じていた。少なくとも、あの花達よりは。
7.
明らかに不自然な穴から奇声を上げ、泥まみれになって飛び出てきた小傘に対し、十六夜咲夜は終始無言だった。沈黙に耐えきれなかった小傘が恐る恐る尋ねた。
「今回もだめでしょうか……。」
「うん。だめ。はいこれ。いつもの。」
咲夜はにっこりと笑っていつも通り小傘に残飯を手渡した。
「うう、いつもすいません……。」
「あ、穴は埋めといてね。ちゃんと綺麗にしとかないとその傘叩き折るから。」
「はい……。」
肩を落とし「おっかしーなー……。そろそろ投げる系じゃあれかと思って、飛び出す系にしたんだけどなー……。なーんで驚かないのかなー……。」とぶつくさ言いながら小傘はスコップを取りに行った。
これまでも何度か地面に穴を開けられているので、咲夜はスコップだとか、そういった庭いじりのための用具が保管されている倉庫の場所を既に教えていた。手慣れたものだな、と咲夜は感心した。自分に感心したのか、小傘に感心したのかは、いまいちわからなかった。
「そういえばあなた今日暇?……いやまぁ、暇でしかないわよね。あなた。」
咲夜は花に水をやりながら、スコップと傘を手に持ち戻ってきた小傘に尋ねた。
「うう……。返す言葉もないぐらい暇ですけど……。あ、でも明日の驚かせ方の研究とかそういうのが。」
「そんなの考えたって無駄なんだから予定でも何でもないわ。今日、ちょっと色々と買い出しに行きたいと思ってたんだけど、人手が足りないのよ。一緒に行かない?」
必死に土を元に戻していた小傘の手が止まった。咲夜の方をきょとんとした顔で見つめ、質問する。
「え、この作業やんなくてもいいんですか?」
「それはだめ。さっさと手を動かしなさい。」
「ですよね。」
「いいじゃない。あなた使われなくなって妖怪化しちゃったんでしょ?使ってあげるわよ。私が。」
「いや……傘として使って欲しいかなーってところが……ははは……すいません行きます行かせてくださいご一緒させて頂きます。」
いつの間にか小傘の手元から傘が無くなり、十六夜咲夜の手には、いつもの如雨露と小傘の傘があった。
8.
「重い……重いよう……わちきはこのまま奴隷にされて死んじゃうんだあ……不幸な人生だったあ……。」
「それぐらいの荷物で情けないわね。っていうかあなた人間じゃないでしょ。」
「うう……。腰が痛いよう……。土を埋める作業大変だったよう……。」
「自業自得じゃないの。」
「ううううう……。」
咲夜と小傘は人里での買い物を終え、紅魔館に戻っていた。小傘は大量の箱と袋を落とさないようにそろりそろりと飛び、咲夜は右腕でいくつかの紙袋を抱えつつ左手でしっかりと小傘の傘を握っている。
「あっ、川!あそこ川がある!休みませんか!?わちき喉が乾いて死にそうなんですが!」
小傘は必死な形相で提案した。咲夜も流石に可哀想だと思い、素直にその提案を受け入れた。
「ふひゃー!生き返った!水ってすごい!水すごい!わちきを生き返らせちゃったよ!にくいやつめ!」
「前から思ってたけど、あなたいつも大袈裟よね。」
二人は水を飲み、木陰で休憩していた。小傘は寝そべり、咲夜は木に寄りかかり。爽やかな秋の風が木を揺らし、黄色に染まった葉をいたぶる。小傘が突然叫んだ。
「あっ!そういえば時間とか大丈夫ですか?」
「あー、時間?別に大丈夫だけど。何で?」
「いやだって咲夜さん、いつも時計見てるじゃないですか。そういうの気にするのかなって。」
意外と見られているものだな、と咲夜は思った。
「気にするわ。気にするけど、今は気にしてないの。それに、遅れても時間を止めればいいしね。」
「なるほど……。うーん。でもやっぱり気にするんですね。」
小傘は小さく溜息をつき、目を瞑った。
「何が言いたいの?」
咲夜は小傘の髪についた葉っぱを取り除きながら訊く。
「――いつもごめんなさい。わちきのために時間をとってくれて。仕事大変なんでしょ?」
「……。」
咲夜の呼吸が止まる。そんなことを言われるとは想像もしていなかった。何と返せばいいのか、彼女にはわからなかった。小傘が目を瞑りながら続ける。
「いつも甘えてばっかりでごめんなさい。本当はわちきもいつかお礼をしたいなって思ってるんだけど、ほら、わちき、何も出来ないから。取り柄無いからさ……。今日もこうやって結局迷惑かけてるし。」
「言ったでしょう。気にしなくていいの。あなたは気にしなくていい。あなたは私を驚かせようとしてるんでしょ?あなたはそのことだけを考えてればいいの。」
なるべく穏やかに、冷たく言い放とうと咲夜は努力したが、上手くいったかどうかはわからなかった。
小傘が目を開いた。真っ直ぐ咲夜を見据える。
何も考えてないと思っていた。違う。違った。それは違った。純真なんだこの子は。優しいんだ……この子は!こんな子がどうやって人を驚かせるというのか!
咲夜は混乱していた。見つめ返す他にどうすればいいかわからなかった。なるべく冷たく、動揺していることを悟られないように。
暫くの沈黙の後、小傘が突然飛び起き、口を開いた。
「わちき完全復活!そろそろ行こっか!」
早々に荷物を抱えて小傘は紅魔館の方へ飛び立っていった。咲夜は混乱しながらも急いで荷物をまとめ、その後を追った。
これからどうすればいいのだろう。
これからも同じように接することが出来るだろうか?
驚いてあげればいいのか?
私は?
それが彼女のためなのか?
翌日から、多々良小傘は紅魔館に来なくなった。十六夜咲夜の仕事が二つ減った。そしていつも通り、何も考えずに花に水を与え続けた。次第に秋が終わろうとしていた。
9.
十六夜咲夜には多くの仕事がある。主人の寝室を整えるのもその一つだ。彼女はこの仕事が好きだった。少なくとも花に水をやるよりは、意義が理解できるからだ。
「おっ、咲夜か。相変わらず働き者だな。」
不意に寝室に入ってきた部屋の主――レミリア・スカーレットに対して、眉一つ動かさず咲夜は答えた。
「お嬢様のメイドですから。」
「そうだな。そうでなきゃお前を雇う意味はないよ。ついでだ、紅茶も淹れてくれ。」
カウチに座りながらレミリアは咲夜に対して命じた。レミリアが言い終わるか終わらぬかのうちに咲夜は時を止め、紅茶の準備をした。特に驚く様子もなく、当たり前のようにレミリアは紅茶を飲み始めた。
「うん。旨いな、相変わらず。」
「光栄です。」
「お前も何も変わらんな。」
「……どういう意味ですか?」
レミリアは静かに紅茶から口を離し、テーブルに置いた。
「お前は人間だよ。」
「……?」
「妖怪になる必要はないってことだ。お前は直ぐに妖怪になろうとする。私の部下だからってそんな必要はない。綺麗なものを見たら綺麗だと思えばいいし、美しいと思ったら美しいと思えばいいし、愉しいと思ったら愉しいと思えばいい。表現しろ。人の寿命は短い。人間はそうやってなんとかやっていってるんだ。表現することで、生きている微かな痕跡を残す。それを見て、人は感情が豊かになる。妖怪はそれ自体が歴史だからな。ある意味、存在が表現者だ。」
「仰ってる意味がわかりません。」
「素直になれってことだよ。」
咲夜は、お嬢様が一番素直ではない、と言う言葉を飲み込み、視線で続きを促したが、レミリアは再度紅茶に口をつけながら別の話をした。
「庭の花がもうすぐ枯れるな。」
「花……ですか?」
「ああ、ちゃんと世話してるんだろう?」
「ご覧になってるんですか?」
「いいや。興味がないね。」
「お嬢様……お言葉ですが、私にわかるように説明して頂けませんか?」
「わからないか。まあいい。もうすぐ冬だ。枯れる前に全部処理しておいてくれ。枯れた花は見た目が良くないからな。」
そう言ってレミリアは残った紅茶を飲み干し、部屋を出ていった。咲夜は主人が遺した言葉の意味を考えながら、再度ベッドのシーツを取り替える作業に戻った。
10.
誰も見ない花を十六夜咲夜は切り落とす。
誰にも見られずに切り落とされていくのはどんな気分なのだろうか。否――今年は、少なくとも二人は、この花を見ていた。
考えるのをやめよう。彼女は思考を放棄した。一本一本を鋏で丁寧に切り落としていく。切り落とした花は袋に詰められ、焼却される。何も生み出さない。生み出されるものは次の花。そしてその次の花は?燃やされる。
考えるをやめろ。十六夜咲夜のうちの誰か一人が言う。この作業に何の意味があるのか?もう一人が言う。お嬢様は何を言いたかったのだろう?誰かが言う。素直になれとは?何に?
――誰に?
「やめろ。」
表層の十六夜咲夜が発声する。音にしなければ十六夜咲夜の誰かが十六夜咲夜を乗っ取ってしまうだろう。刃物のような太陽が森羅万象を射抜き、冷たい空気は太陽を宥めていた。静かな昼下がり、花畑。声が響いて虚しく消えた。
咲夜は不意に空を眺めた。雲一つ無い。この空を何処かで見たような気がした。そんなはずはないだろうと自嘲して、彼女は作業を再開した。不意に花畑にぽつんと影が落ちた。
「あっ!まだいた!良かったぁ……。」
聞き覚えのある声が上空から聞こえ、花畑にかかる影がゆっくりと広がる。咲夜は上を向いた。
「あなた、また驚かしにきたの?もう懲りたのだと思ってたのだけれど。」
あくまでも冷徹に十六夜咲夜は言い放つ。
「ん、違うよ!いつかのお礼!もっと早く来ようと思ってたんだけど、中々見つからなくてね……。はいこれ!」
多々良小傘は笑顔で答え、咲夜に苗を手渡した。
「何これ?」
「今の花さ、冬だと枯れちゃうじゃん。それだと会えなくなって寂しいなって思って……。で、それはね!冬でも咲く花なんだって!なんだっけ、西洋品?らしくて?とにかくよくわかんないけど貴重らしくって!すっごい探した!なんかマジやばい花の妖怪がこれ持ってたんだけどマジやばくてほんと死ぬかと思った!でも、これを植えればいつでも会えるでしょ!?」
ああまったく。
本当に馬鹿な子なんだな……。
花がなくたって会いに来ればいいのに。
でも、
私もこれぐらい素直になれればいいのに。
――ああ、そういうことか。
「ありがとう。仕事が増えるのは癪だけど、大事にするわ。」
十六夜咲夜は泣いていた。
「えっ、あっ、そっか!な、泣くほど嫌だった!?わちきまたミスった!?ごめんなさいごめんなさい!」
「違うわ。」
十六夜咲夜は涙を拭う。そして笑顔で。
「ちょっと、びっくりしただけ。」
小傘
>突然上から聞こえてきた奇声が
ピクッ
小傘ちゃん優しい!
>小傘
また汚いGoogle日本語入力の仕業か!
流石汚いなGoogle日本語入力きたない。(修正しました。指摘ありがとうございます。)
小傘ちゃんが可愛かったです。
面白かったです、ありがとうございました。
コメントを下さった方々、ありがとうございます。すべて読ませていただきました。
小傘ちゃんがかわいい。その通りです。と言うか、それ以外にこの文章の価値はないんじゃないかなって気もします。それはそれでどうなのか。
こがさくもっと流行れ。もっとって言うか、なんかこう、誰か書いてください。(土下座)
レミリアがカリスまっててすてきでした。
なんでこんなかわいいのこの娘?
咲夜さんとの絡み方が健気すぎてヤバイ。
やはり踏まれる小傘と踏む咲夜は絵になるね。
責務のうちに導きをちりばめる思慮ある主に。
買い物のときおなかいっぱいにしてくれたことに、
無言でマジやばい思いをして行動でお礼をする客に。
いぬじにさんは仁義の人だ。
時間延長して拝読しに来て本当によかったです。
ありがとうございました。
咲夜さん良かったね
おぜうさまありがとう
この三行に百点を込めて。
クリティカルヒットしました。