十五歳の夜には、盗んだ何かで走り出さなければいけない、と早苗が言っていた。
早苗んちに行った時、私はまだ十四歳で、だからこそ憧れたのかもしれない。
早苗の持ってたアルバムには、早苗が十五歳だった時の写真があって、その中で早苗はバイクと言うものに跨っていた。
前開きにした学ランとか言う黒い服。裸の胸にサラシを巻いて、木刀を装備した早苗はどこか嬉しそうににんまり笑っていた。
早苗は、私に向かってこう言った。「この後ですね、私、崖から飛んだんです。空なんか飛べない外の世界で、飛んだんです。助走ばっちりで、真っ暗な海に向かって、どかーんって飛びました。空を見ました。真っ暗でした。私は、くるくる回りながら見ました。まるで私が世界の中心になったみたいでした。月がありました。真っ青な月が、きらきらと海に反射してて、いつも見てる空とは全然違うんです」と。
海と言うものは幻想郷にはなくて、だから私が知っていることは、おっきくて青くて水が一杯ある、程度のことだ。それがどのくらいの規模かは知らないけれど、とてつもなく大きいんだろうなぁ、ぐらいだ。そして早苗はそこに飛び込みに走ったのだ。
つまり十五歳の夜には、そんな風に走り出さなければいけないらしい。
それが、博麗霊夢が東風谷早苗から受け取った結論だ。
まあ簡単に言えば、私の年齢がもう十五に達するわけで、だからこそ、そんな話を思い出したのだ。
そして走り出さなきゃなあ、みたいなことを思っちゃったりするわけなのでした。
「へーへー、十五歳で走り出すのねえ」
「昼間っから酒飲みながら、寝転がってるんじゃないの。ほら、これ、その写真」
「へーどれどれ」
そろそろと縁側を這って萃香はこちらに近寄ってくる。今夜辺りに宴会でもする気配を感じ取ってだろうか、けれど随分早い時間に現れたものだ。今はまだお昼。ちょっぴり傾きかけた太陽は、夕方への入り口。
私は取り出した写真をひらひらと揺らせながら、萃香の前に差し出す。
興味津々で、萃香は写真を手に取る。
ニ、三秒覗き込んで、突然大笑いをし始めた。
「あははははっ、はっ、早苗ったら、随分イカしたな格好じゃない! それにこれ、人間ってのは面白いもの思いつくよなあ」
「どれ?」
「これこれ。『ばいく』ってんだっけ?」
指差されたのは、早苗の跨る大型バイク。
早苗の言葉を信じるのなら、どっかから盗んできたものらしい。
もしかしたら、打ち捨てられていたのを、拾ったのかもしれない。表面に、随分と錆が目立つ。
「ああ、それ? 地上を走る道具だってね。こっちじゃ必要ないけれど」
あのでっかいタイヤがぐわんぐわん回る様子を想像してみると、少し背筋が冷える。
土が捲くれて、えらいことになるだろう。
こちらに迫ってくれば、ひとたまりもないだろう。私は結界があるけれど。
「だよね。けどさ、動くの見てみたいよねえ、これ。すっごい力強そうじゃん」
「ま、ね。でもそれさ、今は海の底だって」
「へえ、もったいない」
「すっごい大きな水柱が立ったってさ。死ぬかと思ったって言ってた」
むしろそうなってもよかった、とも言っていた。
「あはは、だろうね」
小さく笑う。どこか懐かしそうに。死ぬほどの無茶をした人間と言うものが、懐かしいのか、ただ単におかしかっただけなのかは、私にはわからない。
私は萃香に湯呑を差し出す。
ありがと、と受け取って、萃香はぐいっと一気に飲む。熱さなど、鬼には関係ないらしい。ぷはー、と酒のように息を吐く。
酔い覚ましっぽく渡してみたけど、やっぱり年中酔っ払いには何の効果もないのだった。
「んでさ、そう言う話をするってことはもしかして霊夢さ」
じ、下から覗き込んでくる楽しげな視線。
ぱき、とおせんべ齧りながら、私は頷く。
「走りたくなった」
「簡潔だね。でもばいくないよ?」
「そこは、ほら」
私は萃香の角を指差す。
結構簡単に操作できそうだし、握りやすい適度な太さ。
「え」
「あんたがばいくになればいいのよ」
実現したら、これは夢のような出来事だろう。
◆
実現した。
「うわーん! 何だってんだよー!」
私の目の前にいる萃香は、萃香であって萃香ではない。
両手の間に萃めてきたタイヤを挟み、能力でくっつけた。さすが密と疎を操るだけはある。タイヤを萃めてきて、自分の腕を分解してくっつけたのだ。
後方も同じように足で挟んで、タイヤと一体化している。
これは私のアイディアである。そして、今夜を共にするパートナーだ。
萃香の目には少し涙が滲んでるけれど、それはきっと嬉し泣き。
だってこんな雄々しい姿なのだもの。
私は萃香の角を握る。
二度三度捻ってみる。
萃香の身体の中から、うおおおおおおん、と唸り声が聞こえた。すさまじい再現率だ。あの程度の話だけで、ここまでやってくれるのか。私が適当に、早苗から聞いた話を伝えただけだと言うのに。そう思うと、ちょっぴり申し訳なく思ってしまう。
「え……と、何か、ごめんね。我が儘みたいで」
萃香の前で腰を屈めて、手を合わせて謝ってみる。
何かこうしてると、すっごい申し訳なく感じる。
すると先程までの泣き顔が嘘のように――事実嘘泣きだったのだろうが――萃香は笑ってくれる。
「いいさ、今日ぐらいは」
「そ、ありがと」
だから私は、その好意に甘えることにする。
萃香の背に跨る。
角を握り締める。
うおおおおおおおん、と萃香が唸る。
私は確信する。行ける。どこに行けるのかわからないが、どこかに行けると確信する。
時は夕方に近く。
そろそろ空は赤く、眩しかった。
萃香に意思を伝えるように、角を前に倒す。きゅるるるる、とタイヤが回り、そして駆け出した。
加速する景色。
石畳を叩く音。
そして私達は鳥居に飛び込み――!
「はいストップ」
出鼻を挫かれた。
空回りするタイヤ。前輪が上がってる。萃香の腰の辺りにある鎖を掴んでいるのは見知った姿。八雲紫だった。その場から一歩も動かずに萃香を止めているのは、さすが大妖怪と言ったところか。
私は振り向いて、扇子で隠した笑顔を見やる。
「あにすんのよ」
「あにすんのよ、じゃなくてね。あなた、いったいどこに行こうとしてるの?」
「夕日に向かって」
「はあ?」
「まあどっかに」
「はあ……」
「そう言うわけで、じゃね、紫」
とウィンクをばっちしキメてやった。と言っても納得もしてくれないだろう。
だって今日は十五歳の誕生日らしいのだから。
でもほら、一回駆け出した足を止めるのは、どうにも落ち着かないのだ。
だから私は、今もきゅるきゅるるる、とタイヤを空転させているのだ。
どうしようもなく落ち着かなくて、それはたぶん、私が歳をとってしまうからなのだ。
私は萃香の耳元に口を寄せた。
「ねえ、あんたからも何か言ってやってよ」
「おっけー」
短い内緒話。内緒話にもなりゃしない。
萃香は首をちょっと曲げて後ろを見ながら、
「ゆかりー」
「なによー」
「ごめん。ちょっと出てくるー」
「明日の朝までには帰りなさいよ」
「へーい」
くる、と私の顔を見る。
「いいってさ」
「え、今のでいいんだ?」
ちょっぴり驚き。もう少し止めるかと思ってた。
「大丈夫。紫は心配性なだけだよ」
「そ」
私よりも付き合いの長い萃香が言うのならそうなのだろう。そうなのだ、と思っておきたい。
振り返り、背中に紫の視線を感じる。
さあて、
「んじゃ、行きましょか」
「おう」
ぐぐっと身体を前に倒す。
萃香の角を倒す。
唸る音。
身体が後ろに傾く。
風が直接ぶつかる感触。
髪の毛が巻き上がる。ちり、と耳元が熱くなる。
そして私は、鳥居を飛び出した。
「おおおおぉぉおおおおぉぉおおぉおぉぉぉっ!?」
がたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがた――――
と歪な石段を駆け下りる。
振動が尻に直接響く。
それがどこか心地よくて。
◆
そもそも何故走ろうかと思ったかに理由なんてない。ただ、早苗が見せてくれた写真を見て、それでどうしてだか走り出したくなったのだ。早苗みたいに、何かに乗って、一気に、どかーんって感じに。
駆け下り、森に入り、入り組んだ木々を避けながら進んで行く。
時に避けられない木の枝は、私を覆う結界にぶつかって弾けた。ばちばちと音がして、枝がぶっとんでいく。まるで私達を止めるかのように伸ばされた手――枝。けれどものともしない。
角を捻り、体勢を目一杯低く、低く。速く、速く。
速く走らせることで、少し気がつく。
風が気持ちいいのだ。
十五歳。
大人でも子供でもない微妙な年齢。
だから走る。
「萃香萃香」
「あん? なんだい?」
「ほらほら、あそこあそこ」
私は指差す。
目の前の倒木を。随分太く立派な倒木だ。恐らく先日の落雷で倒れたのだろう。
いや、落雷があったかなんてことは些細なことなので割りとどうでもいい。と言うか、落雷があったかどうかなんて実際知らないし。あてずっぽうだし。
「ジャンプしよ」
「……まじ?」
「萃香なら飛べるって信じてる!」
「そりゃ、飛べるけどさ……」
「じゃ、行こう!」
何だか今はそんな気分なのだ。
倒木をジャンプ台にしてジャンプ、なのだ。
私は萃香を押す。
萃香は加速する。
みるみる近付いてくる木で出来たジャンプ台。まるで設えたかのようにそこにあるそれ。
だから私は、まるで私のために用意されたようなジャンプ台で、飛ぶ!
ばよん、タイヤが倒木に乗りあがり、斜めになったまま、ぽーん、と空中に飛び出した。
ばさばさばさ、と木の枝の猛攻。その程度で私を止められるものか。
萃香は鬼だし大丈夫。木の枝が降りかかり、木の葉が嵐のように散り、私の視界を塞ぐ。
けれど、それでも私は手を離さない。
ざぁっと、視界が晴れる。
青い空が見えた。
「萃香、萃香、飛んでる飛んでる!」
「いっつも空飛んでるじゃないいか」
「違うの、何か違うの!」
どこか違うのだ。
いつものように飛んでるはずなのに、まるでいつもと違うのは、一緒にいる萃香のせい?
いや、違う。
自分で飛んでいないから。きっとそう。
今、私は、久しぶりに、誰かの力を借りて空を飛んでいるのだ。ちちち、鳥が驚いたように羽を広げて逃げて行く。
「あは」
何故だかどうして笑いたくなる。
「あはは」
何かすごいぞ。何かがすごいぞ。
「あははは」
何がすごいのかわからないけど、何かすごいのだ!
「おう、よく見知った誰かさんが笑いながら飛んでるぜ」
目の前に現れた霧雨魔理沙。
箒に乗りながら、目をぱちくりさせながら、私達に向かって言葉を投げた。見れば、箒の後ろには結び付けられた風呂敷包みから、ちょこんと飛び出た酒の瓶。
「魔理沙ー! それ私にー!?」
「おうおう、そうだけど。お前はいったい何をしとるんだ?」
「知らない。何か走り出したくなったの」
「また唐突な」
「早苗に言っといて」
とか言ったら、後で絶対早苗に笑われるだろけど、今回ばかりは許してやろう。
どうしてか、そのぐらい、気分がいい。
「んで、お前さんも何してるんだ?」
魔理沙は萃香の方に顔を向ける。
「んー、ほら、今日ぐらいいいじゃんって精神で」
「おっけー、今日ぐらいいいじゃんか、だな」
「そゆこと。と言うわけで、霊夢を乗っけて崖からダイブする」
「風邪引くなよ」
と、魔理沙は振り返って、神社の方に向かって進んで行く。去り際に、握り拳から親指を突き出して天に向けたのが見えた。
おっけー、見てなさい魔理沙。
私は今夜駆け抜ける。
でもどうしてそうしようかと思ったかなんて、わからない。
そんなことは些細な問題なのだ。
「ねえ萃香。何か私、崖からダイブすることになってるのね」
「だってしたいんだろ?」
「沈ませる気はないけどね」
「その方が私は助かる」
だんだん前輪部が傾いていく。流石にさっきのジャンプだけじゃあ限界。私達は森へ真っ逆さま。体勢を直す。ぐいんと腕に力を込めて、水平に。
着地。ぽーんとお尻が浮いた。
視界が揺れて、もう一度天然のジャンプ台。
大ジャンプ!
木の枝の防御を突っ走って、空中へ。
空へ、空へ。
青い空が見えた。白い雲も見えた。森が一望に出来た。遠くに山が見えた。人里が見えた。一杯一杯見えた。たくさんのものが見えた。鳥が飛んでいくのが見えた。見知らぬ妖怪が歩いているのが見えた。世界が見えた。初めて見えたみたいに見えた。
全部が見えた気がした。
思わず叫ぶ。
落ちながら叫ぶ。
空に、空に。
暮れていく空に。
「いっくっぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
何故だかハイテンションで。
けれどもどうしてだかわからなくて。
だから、いてもたってもいられなくて。
無理矢理走り出して、けれどその感情の正体は、相変わらず不鮮明。
まるで何も見えなくて、だからこそ、私は駆けるのだ。たぶん。
萃香の笑い声が聞こえた。
今日は、どこまでだっていける気がした。
思いっきり倒す。
地面に対して、ほぼ直角に。
刺さるかもしれない。身動きがとれなくなるかもしれない。
そんなものはもう忘れた。
だから走ろう。
わからない感情に身を任せて、進んでいこう。
一切合切を、博麗の巫女であることさえも忘れて、今日ぐらいは、ただの十五歳の少女だ。
ちょぴり大人の入り口に腰掛けた少女なのだ。
だから走る。
「ちょっと、霊夢前、前ー!!」
「はいはいっと」
落ちていく。森の中へと落ちていく。まだまだ加速することはできる。
なればこそ、精一杯の加速をしてやろうじゃないか。
世界の端まで、幻想郷の端まで、全速力で駆け抜けてやろうじゃないか。きっと魔理沙や文のような奴らスピードには負けるだろう。けれど、今、この場においては、萃香こそが最速で走れるのだ。私を乗せて、最速で。
真っ白な視界。
まるで夢みたい。
世界が白い。眩しい。私の目の前で派手な火花が散った。勿論幻視。そんな風に見えただけで、実際はただの着地の衝撃。頭に拳骨を受けたようなものなのだ。痛い。けれど、それを吹き飛ばすくらいに、加速する。流れるような身体を、必死に押さえつける。頬が痛い。
加速。
ばちん。
かっとぶ木の枝。
かっとぶ景色。
ここはどこだか検討もつかない。
それがいい。
「萃香ー! ここどこー!?」
「知らない。森じゃないの?」
「迷子?」
「わからなくなったら飛べばいいよ」
「そうよね」
そうよね!
走る。
ジャンプ台。
飛ぶ。
タイヤが回る。
空転。空回る。飛び込む。水飛沫。高々と。
森の中から一転して水の上。
そのまま走る。萃香は沈まない。水の上を、ぎゃららららら、と駆け抜ける。ものすごい水飛沫が萃香の後をなぞるようにして吹き散ってい。飛沫が飛び散り、顔にぶつかり、髪がびしょ濡れ。服もびしょ濡れ。気にしてる暇なんてない。どうせすぐに乾くから。
走る走る走る。
紅魔館の湖らしい。
氷精が一瞬目の前に出てきて、一瞬で見えなくなった。
妖精が一杯いたような気がしたけれど、気がしただけだった。
とことん何もかも無視をする。
氷が後ろから飛んできて、私の結界に当たって弾けた。
「あっぶなー。結界なかったら死んでるわ」
そんなわけないけどね。
「まったく……」
「どうするの?」
「振り切っちゃおう!」
萃香は笑う。楽しそうに笑う。
唸る音。身体の底から、振り絞るようにして、急停止。反転。森に向けて水を吹き飛ばす。凪ぐように、水上でぴたりと停止。
するとすぐに氷精――チルノが追い駆けてきた。
私を目を留めると、チルノはがおー、と吼えた。
「もー! 何で無視するのよ!?」
同時に氷弾が飛んでくる。
当たらないっと。
結界にぶつかって四散する。
「だから止まってあげたじゃないの」
「ふうん。ってことは、弾幕ごっこでもやる?」
「お生憎さま。私には行くところがあるのよ」
いつの間にか空は真っ赤に染まっていて、このままでは夕日が隠れてしまうまで、もういくらの時間もないだろう。だから私は行かなければいけない。行く先なんて決めていないのだけれど。
でも行かなければいけない。
どうしてだかわからないけれど。
「どこに?」
「わからないけど……あ、あとさ、チルノ」
と、私はチルノに人差し指を向ける。
にやりと不適に不遜に笑う。笑ってやる。笑いたい気分だからだ。
「暇なら遊んであげようか? 私には、絶対に勝つ手段があるんだけどね」
やれやれ、と萃香が溜息を吐いたような気がする。どうしたのだろう?
「な、なにぉー!?」
大げさに背を反らすチルノ。大げさに大げさに、何ごとも、そうした方が楽しいのだ。
けどね、今の時間はあまり邪魔されたくないの。だからちゃっちゃと終わらせるわよ。
「そ、それはいったい……?」
ぐぐ、と反動のように身を乗り出してチルノは私に鼻先を近づける。
ぴし、と私はその鼻先にデコピン。
目晦まし代わりに打って、私は萃香を急発進させる。ぎゅわわわん、と回り始めたタイヤ。そのまま水上を加速。
全力疾走。
全力逃走。
「ちょ、こら、待てー!」
後ろから聞こえてきたけど気にしない。
「あはは、逃げるが勝ちってことよ」
聞こえていないのを承知で呟く。
ぱちんと指を弾いた。
「霊夢もさー、ちっとは遊んでやれば?」
「いやいや、今日は時間がないのよ。たぶん」
「どうしてそう思うの?」
「さあ」
水上から森の中へ。このまま真っ直ぐ行けば人里に着くのだろう。確かそうだ。
どうしてそう思うのか、何て自分にはわからない。ただ、早苗があんなものを見せてくれて、だから私は走りたいと思って、そうしてどこかへ――どこへ行きたいんだろう
わからない。わからないけれど、どうしても、いてもたってもいられなくて、飛び出した。どこかへ行きたくて、今の生活を、一時でも忘れたくて?
忘れてみたくて。
何もかもが流れて行く景色の中で、私はどこへ行くのか?
萃香のバイクが走ってく。
森を抜ける。
里の入り口が見える。
私は萃香の角を捻る。
唸り声。
「ちょっとちょっと霊夢、このままじゃ突撃しちゃうけどー!?」
慌てるような声。
そりゃそうだろう。
だって実質、私の安全とかそー言うのを任されているのはこいつなのだ。紫だって、旧い友人だから信用しているのだ。それなのに私は人里へ突っ込もうなど、正気の沙汰ではない。
でもさ、
「いいから!」
さらに加速。
踏み締める。
飛ぶ。
跳ぶ。
小石を台に、ジャンプ。
塀を乗り越え、人里に。
着地。
タイヤが焼ける臭いがした。
驚く声。無視。駆ける。軋む音。
突撃する。
普段はやらないけど、夢みたいな今なら、やれないことはないのだ。
大通りには、人は疎らだ。そろそろ夜になろうとしているのに、外出する馬鹿者はいやしないだろう。それでも店を畳もうとしている人らくらいはいるわけで。
目を点にしている恰幅のいいおじさんと、その子供だろうか、訳がわからないとばかりに目を瞬かせる着物の少女。
遅くなった買い物帰りのおばさんが仰天したように叫び声をあげる。井戸端会議な若い奥様はきゃあとスカートの裾を押さえる。それを見た男達が興奮したように鼻息を荒げる。寺子屋帰りの子供達が、私の姿を目に留めて「すげー、かっこいい」なんて言うものだから、私は思いっきりドリフト。
急停止。
ぐっとガッツポーズで、再始動。子供達を虜にすることに成功する。歓声に反応して、村人がぞろぞろと様子を見に現れる。家に突っ込む。急旋回。回避。村人から拍手を貰った。手を天に突き上げ応えてやる。歓声があがった。やばい、何か楽しいぞ。萃香を倒して、地面すれすれで曲がる。
歓声。
前輪を上げながらのジャンプ。
盛大な拍手を貰った。楽しい。曲芸を披露しまくってたら、人ごみをかき分けて慧音がやってきた。
私はひっそりと萃香の耳元に口を寄せて、一言二言三言ほど。
話し合いとも言えない掛け合い。けれどそれだけで察してくれたようだった。萃香は小さく頷いた。
「……何をやっているんだ?」
「わかんない」
「そうか」
「そう言う訳で、それじゃ」
厄介なことになる前にばいばいしましょう。
「そうは如何のだが……」
「私じゅーごさい!」
手をぱっと広げて突き出してやる。
「そうか」
「だから止めないで」
「いや、しかし、危ないのだが……」
「大丈夫」
「何を根拠に」
「何も根拠がないからね」
「ますます見逃せんのだが」
「ほ、ほら、いいじゃん。今日だけお願い」
手を合わせて、少し罪を感じてます的な顔をして、若干涙目を見せれば完璧だ。私が修行が嫌でサボりまくってた時の常套手段。これは妖怪の賢者さえも負かせるのだ。
慧音は俯いて、私の目を見詰め、言った。
「無理だ」
「無情だわ」
私は即座に萃香を起動させる。合図は簡単、角をぎゅるんと回すだけ。わかってくれる。
タイヤが回転を始め、地面を削り走り出す。
そして人ごみに突っ込む。
「ちょ、まっ、――ちぃッ! 避けろ!」
私に伸ばしかけた手をそのままに、振り払う動作。
叫ぶ。
その声に反応するまでもなく、すでに村人達は隙間を空けている。まるで私がそこを通るのを知っていたかのようだ。
空けられた道を、あらかじめ決まっていたかのように、私は駆け抜ける。
逃げるよーに?
違うよ。
目指すよーに。
どこへ行こうかしら?
◆
「まいた?」
「かなー、知らないけど」
「ふうん。あ、でもありがとね萃香」
「お安い御用さ。今日限定で」
「明日になったら?」
「またいつも通り」
「そっか」
「おう」
ばろろろろ、とどこからか聞こえてくる、エンジン? のようなものの音が耳に響く。道に沿って、まだ何も植えられていない田んぼを見ながら、私達は進んで行く。やっぱりどこへ行こうかなんて考えてなくて、気の向くままに。
田んぼに反射した夕日が、きらきらと眩しかった。
そろそろ田植えの季節だろうか。
目が痛かった。
チルノから逃げて、慧音を退けて、さて今度はどこへ行きましょう?
このまま真っ直ぐ行けば、夜になる前には妖怪の山に入る。
じゃあ行っちゃおうか。
「ねー萃香、あんたさあ妖怪の山の知り合いっていっぱいいるよねえ」
「そりゃあそうだけど?」
「じゃあ決まり!」
「え」
加速させる。どこかへ向かって。
まるで夢のようだった。
山に入って進んでく。
凸凹道を進んでく。
まるっきり獣道。
道なき道を進んでく。
どーこーまーでーもー。
「えーっ、と、ここは前に来たから、とりあえず上に進めばいいのよね?」
「そりゃまあ山だしね。上に行くしかないよね」
冬の間に枯れ落ちた木々は、新たな木の葉をつけている。ごそごそとうごめく動物植物蟲虫。まことに生命力あふるる森であるー。
さあて。
上を見上げる。
坂だ。
上り坂。
ただの坂じゃあない。
木々の乱立し、林立する山の坂道だ。
上り方は簡単。
避けながら駆け上るだけ。
私は萃香の角を握る。
どこに行けばいいのかわからないなら、そう思ったところに行けば何かわかるのではないか。だから上に向かう。私が走る切っ掛けの、東風谷早苗の家に。守矢神社に。
「んでさ、霊夢。どこに行くの?」
「今は守矢神社」
「おっけー了解」
つっかっかってきた天狗連中を鬼の力(権力)を利用してちゃっちゃか退ける。
逆らえないのだから仕方がない。大人しくしていて欲しいなんて心にもないことを考えながら坂を上る。
木と木の間の獣道を走る。道なき道を往く、なーんて書くとちょっとかっこいいかもしれない。
途中で階段を見つけたから、これこそが守矢神社に行く階段だと思い乗りかえる。けれどやっぱりお尻が痛いから止める。階段に沿いながら上ろう。土を巻き上げ小石を巻き上げ、タイヤは上へ上へ向かうのだ。
どこへ向かっているかは明確なはずなのに、どこへ向かっているのかわからなくなるとはどう言うことなのだろう?
上に向かっているはずなのに、下っているみたいで、油断すれば落ちているような浮遊感。
どうにもよくわからない。
私はどこへ向かっているのだろうか?
「ねえ、私、重くないよね?」
「なんだい霊夢。そんなこと気にするようになったのか?」
からかうような含み笑い。くつくつと。
私は何となく、頬を膨らませた。
「いいじゃないのよ」
「ま、ね。でもほら、私は鬼だし」
「でも、よ」
「はいはい」
上から見るような、やはり年長者だからだろう。そんな年長者を、私はお尻の下に敷いているのだ。何となく気分がいいと同時に、何となく申し訳なくも思う。
これは私の我が儘に過ぎなくて、だからどうしてこんな風になっているのか?
嫌なら断ればいいのに。
けれどそれをしないのは、やっぱり年上だからなのかな。
もしかしたら、ほんとに嫌じゃないだけなのかもしれない。
気に病むことはないとわかっていても、だからこそ考えてしまう。
自分は今、何をしているのかって。
ま、考えてもどうにもならないことなんだけど。
上を見る。
もう少し。
いち、にぃー、のぉ、さぁん、でひょいと上がる。
かろん、とタイヤが石畳を踏み締めて、かたことと音を鳴らしながら停止した。
そっと萃香から降りる。
萃香は手足をタイヤから離して、元に戻した。タイヤががろんごろん、石畳を鳴らして鎮座した。立ち上がって、こきこきと肩を鳴らして、背筋を伸ばす。ぐりぐると腕を回して、一息。
「あー、つかれたー」
「お疲れ」
と、とと、私はよろけてしまう。
立ってる感じがしない。ずっと走っていたのだし(萃香が)。
よろけた私を支えてくれた。
また。
小さく笑って、さあ行こうよと歩き出す。
と、石畳を踏み締めたところで、どこから気配を察知したのか。あるいは前から知っていたのか、早苗が現れた。にこりと笑って手を振ってきた。振り替えした。ぶんぶんと大きく振られた。振り替えした。嬉しそうな動きがいっそう強くなった。
「やっほー早苗ー」
「こんにちはー霊夢ー」
こんばんは? と首を傾げる早苗。見れば、もう日は西の山に半分を隠している。
何故ここに来たのかよくわからないと言う顔をしている早苗に、今の私の状況をかくかくしかじかと説明してやる。そしてどこに行けばいいのかわからないと告げる。聞きに来た理由は端的で、ただ早苗が私にそれを見せたからだ。たとえそれが小さなことだとしても、それでも私は走り出したいと思ったのだ。それが何でかはわからないけれど。
だからまあどこかへ行きたいんだろうなあと漠然と思ったりしちゃって、それをこうして聞きに来て、私って、結構恥ずかしいことしてるんじゃないかな、とか思ったり。
「行きたいところに行けばいいんですよ」
と言ってくれた。
行きたいところと言っても、それがどこにあるのかわからないし、具体的に言えば海なんだけど。
けれど幻想郷に海はない。
私は話しに聞いただけだ。
「じゃあ幻想郷から出ればいいんですよ」
「私がいなくなっちゃダメじゃないの?」
「そりゃあそうですけれど」
「何で紫が止めなかったと思ってるの?」
と萃香が割り込んでくきて、割と重要そうなことを教えてくれた。
ああ、確かに、それなら一晩くらい持ちそうね。
「え、あ、そうなの?」
「そうそう。じゃなかったらあんなこと言わないじゃん」
あ、明日の朝ってそう言うことなの?
まじで?
「じゃ、おっけーってことですね」
早苗が嬉しそうに(愉しそうに?)両手を合わせて言う。
え?
「そう言うこったね」
え。
「そう言うことだな」
あんたは何でそこにいるんだ魔理沙よ。
まあ魔理沙がいたからここに私が来ると知っていたのだった、早苗は。
んで、魔理沙にそれを聞くと、笑いながら、「チルノが何かお前がおかしなものに乗って爆走してたとか言ってんの見つけて、で、方向教えてもらって行ってみたら、人里が何か騒がしくて、たまたまいた慧音に聞けばやっぱりお前が奇妙なものに乗って爆走してたとか言われたんで、示された方向に進んでみたら妖怪の山があって、そしてお前らを見つけたから先回りしてみたってわけだ」とか何とか言うことらしい。
あまりにも親友過ぎて涙がでそうになる。魔理沙は私の言ったこと忠実に行動したのだ。
そこからはとんとん拍子にことが進んで、私にはどうにも、何か仕組まれているような、ともすれば夢の中にいるような感覚。
ずるずる引き摺られるままに、私はどうやら海に行くことが決まったらしい。
早苗の奇跡とか魔理沙の魔法とか、萃香の能力とかが複合的になんやかんで合わさって、爆発的な推進力がどうのこうので、最終的に私の能力とかで、私は博麗大結界を乗り越えたのだ。
そう言うわけで、私は暗い森に放り出された。
まぁ確かに、うっかり結界を越えてきた外来人を帰すような役割があるからと言って、いきなり私を放り出すことはないじゃないか、なんて思ってしまう。
まるで夢のようだ。
メルヘンチックな意味ではなくて、現実じゃありえないと言う意味で。けれどそうなのかもしれない。だってこんなことはありえない。紫が私を放り出すとか、そう言うことをするって言うのはないだろうし。
だから、これは夢であるのだ。
だってその証拠に、私は疲れてない。
どこかふわふわした感じもする(これは思い込みに過ぎないかもしれないけれど)。
私は周囲をぐるりと見渡し、妖怪っぽい気配が全くないことに気がついた。
いるのは野生の動物。それにしたって、大型のものは少ない。
どこだかわからないから、これはいいことなのかもしれない。
空が飛べない。
上空を見上げ、そこに小さな鳶を見つけた。空は薄暗く、もう夜だ。
どっちに行けばいいのかわからない。
これは、森の中において最悪だろう。
「ねえ萃香、どこに行けばいいのかな?」
返事がない。
「萃香?」
あれ? ともう一度呼びかけて、反応がないことを私は認める。
ついでに私の隣には、萃香ではなくバイクが置いてある。萃香の使っていたタイヤと同じタイヤだ。色合いもどことなく萃香に似ている。とりあえず私はそのバイクに萃香号と名付けた。
「仕方ない、かな?」
私は萃香号に跨る。
何故だか妙にしっくりした乗り心地。
そこで、私はそれが早苗の乗っていたあれだと確信した。
そして、どう動かすのかもわかったような気がした。
適当。
まさにその一言に尽きる。
私は適当にバイクを起動させ、吼えられた。
ずどんと身体に来る振動は、萃香とは比べるべくもない。
私は何となくバイクを動かした。
きゅるるるるるる、とタイヤが回転し、一気に走り出す。
暗い、夜の森の中へ一直線。
私が視認できるのは、小さなライトに照らされた、円形だけ。
その他は全て暗い。
黒。
私は駆け抜ける。
どこにいるのかもわからないし、どこに行けばいいのかもわからない。
これは勘だ。
私はいつもそうしてきた。
だから今回もそうする。
勘で、私は海を目指す。
ただひたすらに。
木の根にひっかかりバウンド。
ジャンプ。
萃香のようには飛ばない。
けれど、お尻が浮いて、ちょっと痛い。
走る。
きゅ、と避ける。
正面に木の枝が迫り、私は背を屈めてやりすごす。
加速する。
樹。
ぎゅん、と傾け避ける。
ばさばさと鳶が鳴く。
思わず落ちそうになる。
体勢を立て直す。
どこに行けばいい?
たぶんこっち。
適当。
けれど、どこか近付いている気がする。
勘。
私はいつもそれを信じてやってきた。
だから今回もそうする。
異変でもなんでもないときに、私の勘は働かないはずだけど、何故だろう。
たぶんこれは異変だからじゃないだろうか。
異変だ。
私にとっての異変だ。
だから私にはわかるのだ。
きっと。
一寸先は闇。それをこれほど的確に再現している場に、私は初めて出会った。
何かの生物の鳴き声が聞こえた。
びく、と肩を竦ませる。
バイクが転びそうになる。
体勢を立て直す。何を吃驚しているんだ、ただの鳥じゃないか。
月明かりは薄く、森の中までは届かない。
ぐるぐると視界は回り、今どこにいるのか、私が何をしているのか、わからなくなる。
何で、こんなことしてるんだろう?
わからない。
わからないから走るのだ。
どこに行ける?
どこかに行ける。
たぶんそう。
走る。
走る。
走る。
まるで落ちて行くような感覚。
知らないところに連れて行かれるような。
でも、今、私は自分で知らないところに行こうとしているように思えた。
どこまで行けばいいんだろう?
そんなのは知らない。
どこまでも行けばいいんだろう。
走る。
加速。
走る。
加速。
回るタイヤ。
笑う。
笑ってしまう。
私と一体になったように唸る音。
きっとこいつの声だ。
萃香号の声なのだ。
どこへ行く。
どこへ行く。
どこへ行きたい?
決まってる。
海!
間もなく、森を抜けるだろう。
すぐ目の前が開けている。
行ける。
けれど、そこは崖じゃないか?
私は自分の勘の正確さを知っている。
だから立ち止まろうとする。
けれど――
「飛び込めーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
声が聞こえた。
どこかから聞こえた。
自分の下から聞こえたような気がした。
驚いてブレーキを作動しそうになる。
だけど私は止めなかった。
止められるはずがなかった。
従うように。
次の瞬間。
私は崖から飛び出していた。
飛び出したのだ。
命の危険があるかもしれないのに、それなのに。
くるくると空中で回転する。
萃香号が私の身体を離れ、飛んで行く。
くるくると空中で回転しながら、私は、あ、死んだなと思った。
だって私は今、飛べないから。
月が見えた。
大きな月だった。
青白い月だった。
私を照らしていた。
海を照らしてた。
海だった。
海があった。
初めて見た。
大きかった。
言い表せないくらい大きかった。
どこまでもあるような感じ。
私がちっぽけな存在のように感じる。
けど真っ青じゃなかった。
濃い紺色だった。
それは、夜だからだろう。
どこまでも暗くて、だから――
くるくると空中で回転しながら、私の身体は落下を始める。
吸い込まれるように。
落ちる。
月から離れていく。
落ちる。
海に吸い込まれていく。
落ちる、
水柱が上がる。
飛沫が、近くで起こる。
沈む。
バイクが見えた。
私と一緒に沈んでいく。
海に沈む。
ぶくぶくと泡が、海面に向かっていく。
海面に月光が反射して、すごく綺麗だった。
沈んでく。
口の中から空気が漏れた。
代わりに海水が入ってくる。
でも全然苦しくなかった。
むしろしょっぱい。
沈んでく。
何かが私を引っ張る。
それはどんどん増えていく。
だけど恐怖とかそう言うのは全然なくて、どこか安心した。
安心したら眠くなった。
だから、私は、海に引き込まれながら眠りにつく。
だから、私は、海に抱き込まれながら眠りにつく。
目が覚めたら――
◇
目が覚めたら、朝だったし、見知った天井だった。いつもの我が家。
布団の上で身体を起こし、ふいに妙な臭いを感じた。それはどこかで嗅いだような臭いだ。幻想郷じゃあんまり感じたことがない臭いだ。海の臭い。
部屋の隅からだ。
見れば、そこには昆布が積み重なって、山ができていた。昆布山と名付けよう。
私は自分の頭を触ってみた。いつもと同じ。さらさらとした感触。腕を上げて、臭いを嗅いでみる。いつもと同じ。少し汗の臭いの混じった感じ。
全部が全部夢みたいだった。
むしろ、夢であった方が現実味がある。
がら、と襖が開く音。
「起きたの?」
声。
よく知ってる声。
「紫?」
「あら、おはよう、霊夢」
「おはよ」
「そして誕生日おめでとう」
「ん」
それだけ。
それだけ言って、紫は私の隣に座り込む。
何も言わないし、それだけでいい気がした。
「ねえ紫」
「なに?」
「昨日のって、夢なの?」
「さあて」
と、口元を袖で隠した胡散臭い笑み。
「夢か、夢じゃないかは、あなた次第よ」
「そ」
できるだけ素っ気無く言う。だってそれは実際問題じゃなかったのだ。だって私には昆布があるのだから、それは些細なことなのだ。私は、夢の中で昆布を手に入れた。それでいいじゃないか。
紫は小さく笑って出て行く。
すると、入れ違いに萃香が入ってきた。萃香は笑いながら、言う。
「きしし、昨日はどうだった?」
「あんたは朝っぱらから酔っ払いなのね」
「そりゃあ、私だからさ。で、どうよ? 楽しかった?」
その一言には、私はこう答えるしかなかった。
「うん」
と、小さく頷くだけ。それだけで伝わった。
だって言葉にできないのだもの。
「そっか」
萃香は笑いながら出て行く。
出て行く前にお猪口に一杯、お酒を入れてくれた。鬼の酒。滅茶苦茶強いそれを、私は一気に飲み干した。
頭がくらくらした。
私は、そっと昆布の山まで這って行く。
昆布の山。
私が手に入れた昆布の山。
私を引き入れた昆布の山。
私を抱き締めた昆布の山。
私は海に飛び込んで昆布を手に入れたんだ。
それだけだった。
特別何が変わったとかそう言うんじゃなくて、ただそれだけだった。
もしかしたら、これは、紫が、私の見た夢を現実だと思うように獲ってきただけのものかもしれない。でも、それはそれでいいと思った。何故なら、私がこれを手に入れたと言うことは、揺るがないのだ。
私は確かに昆布を手に入れて、たとえそれが紫の持って来たものだとしても、それは全然関係がないのだ。
今日の朝食は、昆布の味噌汁を作ろう。
何てことをぼんやりと思う。
きっと美味しいだろう。
特別何が変わったと言う朝でもなくて、やっぱりいつも通りで、だから私はここにいたいと思った。
私は、一山の昆布を手に入れただけでいいのだ。
だから、あれは一晩限りの夢でいいのだ。
私、博麗霊夢は、十五歳になりました。
[了]
霊夢
良い疾走感があり素晴らしかったです
素敵なお話ありがとう
その発想はなかった
自然体な萃香が良かったです
霊夢15歳を見守る萃香、紫、それから慧音の大人達が素敵でした。
全く、思い出がありませんでした…
なんていったらいいかわからん
感動したとか楽しかったとかとはなんか違う
胸にくるものがあった
迸る青春の衝動に飲み込まれてしまった。
不思議な読後感の作品でした。
そうです、この気持ちを味わっておくのが正しい十五歳の在り方なんですよ!
そしてそれを密かに支えてやるのが周りの大人たちの在り方。
本当に良いお話だと思いました。文句無しの百点で。
いや霊夢は元々か。それにしても昆布……。
これが青春か
凄い勢いで無茶苦茶なことを納得させられてる気もしないでもないですがww
なんだか良くわからない疾走感が青春時代の
ごちゃごちゃした何かを表現していて、一気に読みました。
萃香のバイクも秀逸w
やはりバイクはいいねぇ
途中、ちょっとダレた気もしましたが、いやぁ、良かったです。
てか、萃香バイクの絵面を想像すると、カオスw