ずっしりとした何かに伸し掛られているような頭痛を感じながら、妙に重たく目が覚めた。
のそりと肌掛け布団を折り曲げて体を起こす。斜めの日光が差し込む部屋は、朦朧とした寝起きの目に見ても、“はっきりと”ぼんやりした白いかすみが掛かって見えた。
どうも、朝もやが部屋の中まで入り込んでいるような気色である。
「なんだ……?」
異変というほどではない。ただ、異常のようなものを感じる。扉、壁、押入れと部屋の四面に視線を巡らせていくと、窓が網戸さえせずに開放されているのが分かった。
もやはそこから入り込んでいるようだ。光に影をつけるぼんやりとしたものが、部屋の外と中を行ったり来たりしている。
窓の外は魔法の森だ。なるほど、頭痛の原因もなんとなく解決した。
「窓を開けっ放しで、寝ていたのか……風邪を引かなかっただけマシかな、これは」
となれば一晩中ずっと、魔法の森から流れてくる瘴気を吸い込んでいたことになる。幾ら僕が妖怪の血を半分継いでいるからといって、そんな体に悪そうなことをしていれば、当然頭痛にもなるはずである。
それにしても昨日は、窓の施錠を確認しないまま寝るほど酔っ払っていたっけ……? 思い出そうとしても、何故だか分からないが寝る前の記憶がごっちゃりとしてる。僕は思わず頭を抱えた。これも頭痛のせいだろうか? ならば早めに冷水で顔を洗って、頭をすっきりさせるとしよう。
さてと、ではその前に窓を閉めなければ。頭痛とは裏腹に妙な体の軽さを感じながら、僕はその場に起立した。
「ん?」
そしてふと、小さく唸る。寝るためだけに使っている四畳一間の寝室が、いつもより二回りほど広く感じた。
よく見れば布団もそう感じる。自分の体に対して妙にスケールが大きい。
なにより天井までの遠さを特に感じた。……なんだか、朝から物凄く嫌な予感が、ずんずんと痛む頭の中を駆け巡る。
窓へ近づいていくと、普段なら視線を水平より下げて見るはずの窓鍵が、結構な角度で見上げる位置にある。しかもぐっと手を伸ばさなければ届かないときた。
そのくせ服のサイズに違和感はない、と。
「ああ、嫌な予感がする。今確かに、実感しているぞ」
心の声が漏れてしまうほどの憔悴。鏡を見なくても、自分がどんな表情をしているのかが分かるほどに、頬の筋肉の引き吊りを感じる。しかしどうにも、自分がどんな風貌をしているのかを想像出来ない……というか想像したくない。
ああ。ある朝、グレゴール・ザムザはこんな気分になったのだろうか。
ふらりと揺れた意識が一瞬、どこかへ飛んでいきそうだった。
足がよろけるようにして動く。正直何が何だかという気分だが、何が何だろうが一目見なければ諦めがつかないといった感じだ。
寝室を出て廊下を歩く。廊下がいちいち長い気がする。一階の店頭へ出るために階段を降りる。段差がいちいち高い気がする。
空気が淀んでどんよりしている店頭。ガラス戸、雨戸の順で玄関先を開け広げると、明るい朝の空気と光が店の中へすぅっと流れこんでくる。
普段はここで暖簾を掲げるのだが、そんなものは後回しにし、邪魔な商品をどかしながら店の片隅に鎮座している姿見のほうを一直線に目指した。
埃除けのレース布を握り締め、数回深く呼吸する。
いつもの感覚で見ると、三メートルほどまで巨大化したように感じる姿見を見上げた。
片腕の袖で鼻と口を押さえて、残る手でレース布を掴み、優しく引き下ろす。
レース布が巻き起こす風に、埃がぶあっと舞い上がった。
「……ああ」
くぐもった声を漏らす。
僕が見る姿見の中には、絶望した表情で僕を見返してくる、十歳くらいの少年の姿があった。
ひとまず僕は会計カウンターの内側で絶望した。
今日は店を開くことは出来ない。暖簾が掛かっていない商店なんて商店じゃないだろう。
そういう問題でもないが、とりあえず今日は店を閉めて、この体の異常を解決してくれる人を探すとしようか。
第一候補は竹林の永遠亭。ここからなら人里も通るから――そう考えていた時であった。
「おーう。香霖居るか?」
「ああ。全く相変わらずの口振りだね。直す気は無いのか?」
「……お?」
はっ。――しまった。
まずは店を閉めようかと思った矢先の来訪者。聞き慣れた声に見慣れた姿は、霧雨魔理沙のものだった。
「香霖……? か? いやーしばらく見ない内に随分と小さくなったな」
「未だにどこもかしこも小さい君には言われたくない……と、言いたいが」
「ほうほう、確かに人を消し炭にする時は、相手の体積が少ないほうがこっちも楽だぜ」
「冗談だよ。いや……ちょっと待て割と本気でその八卦炉を構えているな。八卦炉の用途に見えてはいけない二文字が浮かんだぞ。すまないすまない。少し混乱してて口が滑りやすいんだ」
ずっと幾何学模様が刻み込まれた六角形を構えられて、少々狼狽えながら弁解する。しかし最近は姿を見せていなかったのに、また厄介なタイミングでやってこられたものだ。
「はぁ……、どうしてこんな日に限って来ようと思ったんだ」
「えっ? ああ、ほら、理由なんて別にどうでもいいだろ。ほら、あれ、だいぶ要らない物が溜まってきてたからな。引き取ってもらおうと思ってきたんだ……しかしまあぶふっ」
この子は、他人事のように吹き出しているな。魔理沙の格好をよく見れば、肩に乗せた箒の先に、少し膨らんだズタ袋が結び付けられていた。
姿を見られたのが魔理沙で良かったのか悪かったのか。この姿を見ても特別驚くわけでもなかったし、まあ良かったのか……いや多分悪かったのだろうと思う。服を着替えて外に出れば、例えば霊夢だったとしても僕が幼くなった森近霖之助であると判断出来なかっただろうから、この姿の僕を森近霖之助だと認識出来る数少ない相手に、とても分かりやすい格好でぶち当たってしまったわけだ。
「まあとりあえず後で見てくれよ。ところで暖簾も出てなかったけど、今日は店じまいするのか?」
「仕方ないけどそのつもりだよ。見ての通り暖簾を掲げるにも手が届かないしね。大人しく――」
「ふむ。暖簾を掲げることができれば、今日も香霖堂は通常営業ってことだな?」
「……おい魔理沙」
「今の私は、今の香霖よりも大きいぜ?」
何を考えているんだ。
「いや、でもな魔理沙」
「まー私なら店番の経験もあるしな。しかも今日は香霖の手助け付きだろ?」
こいついつの間にこんな外堀埋めるの上手くなったんだろう。まるで魔理沙と喋ってる気分じゃないな。これが僕が幼くなっているせいなのか? 今日の魔理沙には随分と余裕が見える。
「仮に店番を任せるとするなら、僕はこれ幸いにと永遠亭にでも向かうが、それでも店番をするというのかい?」
「おお。それなら別に私は構わないぜ。私から目を離した香霖が悪い。そして何かあっても私が損することはない。弁償なんて効かないぜ?」
そうだな。
どうしても魔理沙はここに居座りたいらしい。一体何だというんだ。
「大丈夫さ。別に恩を売って――今回の買取査定を引き上げて貰おうなんざ思ってないぜ」
ああそういうことか。
くそっ、本当に打算的に育ってしまったな、この子は。僕が時々魔理沙の知識に頼って売買商談に付き合わせたからか、それともあの頭の良さそうな人形遣いの子のせいか……いやなんであれ、だいぶ苦しい。
だけどまあ、逆に言えば魔理沙の打算が透けて見えているなら問題はない。あの袋の中身がどうもクズ揃いな気がして困るし買取査定の引き上げはきっと僕に結構な痛手を与えてくるだろうが、それでも相手の打算が見えるなら、その被害を操作出来ないことはない。
「……、まあ、君がそこまで言うのなら仕方がない。まあ君に全てを任せて出て行くこともないから安心してくれ」
魔理沙のことだ。進んで人に迷惑を掛ける子なんかじゃない。ここは簡単に折れておいていいだろう。
「ああそうだ。私が暇だと言ってるんだぜ、そんな幼くなったくらいのことで私を放ったらかしにするなんてどうかしてるぜ!」
何気に本音が聞こえたぞ。
……あー。まあそれも可愛らしいじゃないか。
「良く考えてみれば、一日くらいで何か問題が起こるはずもないか」
「そうそう。――さ、暖簾は掛けたぜ。いつものように、店の掃除から始めるのか?」
元気のいいことだ。その姿を見ていると、一周回って安心してきた。本当に暇なだけなら仕方がない。そう、仕方がない。風邪を引いたわけでもないんだ。魔理沙が遊べと言っているのだから、遊んであげるのが僕の仕事だろう。
「そうだな、ちょっと混乱してて色々ぐちゃぐちゃにしてしまったから、まずは一緒に片付けよう」
「おうよ!」
気づけば混乱も収まっていた。この状況を打破する何かが見つかったわけではないが、それでもこの状況何かを気にしている場合じゃなくなったからか。それは問題の先送りでしかないが、少なくとも平静を取り戻せたというのは、魔理沙に感謝しなければならないことだろう。
「店の手伝いそのものは僕が頼んだことじゃないから別に手間賃なんてあげないよ。まあ、助かることだから査定評価を上げるくらいはしてあげるけど」
「いいんだいいんだ。私が楽しけりゃな」
相変わらずいい子じゃないか。
独善的に愉快を運んでくれるラフメイカーを、僕は笑いながら見た。
「おっ、今日初めて笑ったな」
「そうかい? さっきから苦笑いしっぱなしだったんだが」
「ありゃ笑顔に入らないぜ」
互いに笑って、少し散らばった店内を片付ける。
小さくなった体では少々不便だったが、体が二つあれば、僕一人のいつもより易々と作業は進む。
今日も香霖堂は、平常運転でどうにかなりそうだ。
後は何も起こらず、今日が終わればいいのだが。
何も――。
「いやー。今日は疲れたな!」
――本当に何事もなく、いつもの閉店時間を迎えた。
びっくりするほど何もなかった。全く客が来なかったという意味ではなく、純粋にいつもの香霖堂と変わらないままだった。
肩透かしすぎて少々物足りないくらいだ。こんな感情になっているのがなんだか悔しい。
「疲れたには疲れたが……魔理沙」
そして今の時間といえば、とっぷり日が暮れて星も輝く午後十時。
「いつまで居るんだい?」
今朝、いつもより広く感じた四畳一間の寝室には、僕と魔理沙の二人が居て、部屋をいつもより狭く感じさせていた。
その魔理沙は僕の隣で、客用の布団を引き摺り出して、就寝の準備をしている。
「そして何で勝手に布団を出しているんだ?」
「ん? 同じ布団で寝たいのか? 幾ら小さくなってるからってそれは照れるぜ」
「そうじゃあないんだ」
口ばかりで大した抵抗をしない僕も何を期待してるんだという話だが、問答ばかりを続けていても、魔理沙は着々と準備を進めていく。
「君な。……風呂を貸したのが間違いだったのかな。まさか寝間着姿で出てくるとは思わなかったぞ」
「そうそう。こんな夜中にこんなプライベートルッキングの乙女をほっぽり出そうというのか?」
「くそ……ガラクタ引き取りの時点でそれは虚言だったのか」
どうやらあのズタ袋の中に入っていたのは、ガラクタでもなんでもない、魔理沙の寝間着だったらしいのだ。昼間に比べて少しボリュームがあるように見えるズタ袋の中には今、いつも着ているふわふわした白黒の私服が入っているようだ。
久々に見る、ピンク色の魔理沙だった。
「さー準備出来た」
僕の布団の隣、ほとんど隙間を空けずに敷かれた布団に、魔理沙が座る。
「僕がこんなだからって自由すぎやしないか」
「泊まるなら……こ、香霖が『オトナ』な時に泊まれってか?」
「自分で顔を赤くするくらいなら無理矢理茶化すんじゃない」
まあ確かに、本能的に「ドキドキする」以上の感情を今の魔理沙に抱いているわけではない。
今の僕は神経系も幼くなっているのか、そういったいわゆる「欲望」というものも、かなり純情なレベルで感じるようになっているらしい。
普段は押入れの奥にしまわれているせいで、たまに引き摺り出されるたびにかび臭さを撒き散らす客用布団。
そしてそれに混じって漂ってくる、魔理沙の金髪から弾けてくるシャボンの香り。
不覚にもムラッときてしまう――そして悲しくも、今はそれにピクリとも反応しない体である。むしろ幸運にも、と言ったほうがいいか。
今なら『間違い』も起きないだろうと思っているのかこの子は。全く、考えの緩い子だ。意志は固いくせに。
僕の隣でばさりと掛け布団の埃を立てて、魔理沙は満足気な顔をしている。僕はぱたぱたと埃を手で払った。
「はぁ……まあ分かったよ。だけど魔理沙、君は僕の布団で眠るんだ」
「えっ、えっ?」
掛け布団を捲って、いざ入ろうとしていた魔理沙を引き止める言葉。魔理沙はきょとんというか、ばっちり不意を突かれたという顔をした。
「客にかび臭い布団を使わせるのも申し訳ない」
僕が立つと、魔理沙は膝立ちになって両手をぶんぶんと顔の前で振った。
「い、いやいやいやいや流石に――」
「君が泊まると分かっていれば昼間の内に干しておいたんだけどね。まあ、かびってのは体にもあまり良くないからな。今ばかりは僕の種族的特性と、子どもの体が持つ免疫力というものを有効に使わせてもらうよ」
突然遠慮し始めたな。自分から泊まる気満々で、今更なんだというのだ。
「で、でもほら。香霖の布団はアレだろ、汗臭いだろ!?」
「失敬だな相変わらず。昨夜に今朝はそれほど暑くもなかったし、三日に一度は消臭用品を使って太陽に当てているよ。少なくとも君の洋服に臭いをつけるようなことはないさ」
「あー、えっと、えーっと……」
僕は自分の布団を空ける。魔理沙は少し俯いたまま無言で数秒動きを止めて、何やら意を決したように僕の布団に潜り込んだ。そんなに嫌か。
「香霖! 明かり消して!」
「ん?」
「ハリー! ゴー、アヘッド!」
どこへだ。……魔理沙に急かされるがまま、部屋の明かりを消す。心細い月明かりが、物の輪郭だけを暗闇に浮かびあがらせた。
魔理沙のため息が聞こえる。
「………………」
そして激しい呟きが聞こえてきた。
「何をぶつぶつ言ってるんだい」
「今日は疲れたからなー! 早く寝ないとなー!」
「……うん、まあ、そうだな」
一体何なんだ。
僕の布団に入っている魔理沙を跨がないようにして、僕は埃臭い客用布団にのそりと入る。
丁度いいし、明日はこの布団も陽に当てるとしよう。
隣では、魔理沙が相変わらず謎の念仏を唱えていた。
今日はこれが子守唄になるのか。
……しかし。
今日の魔理沙は、姉になりたかったのかそれとも、甘えたかったのか、最後までよく分からなかった。
僕としては何ら商売の邪魔をすることなく、気まぐれで遊びに来る中でも今日は特別にいい子だったと思っている。
何がしたかったのかというのが謎のままだ。
言っていた通り、暇が潰したかっただけだろうか。それにしても今日の働き具合は、遊んでいるというよりもやはり、しっかりと仕事をしてくれていたような感じで。
……どっちにしても、暇が潰れているには変わりないか。
「……ん」
いつの間にか、魔理沙の念仏は消えて、規則正しい呼吸音が聞こえるだけとなっていた。
随分と寝付きがいい。やっぱり疲れていたのか。よく働いてくれたから。
……それとも? 僕が隣にいることで、すっと眠りに就けるほどに安心してくれているのであれば、それは嬉しいことだ。
ふふふ。遊び相手ではなく、パートナーか。
たまにはそういうのも、悪くない。
――僕は子どもの体に、いつも以上の充実した疲れを感じながら、割とすっきりした心地でそのまま意識を落としていく。
…………。
……。
朝の日差しが、僕の目に注がれる。ちゅんちゅんという雀の鳴き声が、月並みに朝を伝えてくる。
「んぉ……、朝、か」
耳に、聞き慣れた低音が響くのを感じた。
「おっ? まさか……」
この感覚は!
ははは。『昨日』はもしかして夢でも見ていたのだろうか。実感あふれる期待を手に、布団を勢い良く剥ぎ取った。
そこに一糸纏わぬ姿の魔理沙が居た。
「……は?」
昨日以上に、こう、何だ、何だ。
魔理沙は布団を剥ぎ取られたからか、嫌そうな顔をして身を捩らせる。昨日の、色々小さいままだなという発言が失言だったなと思わせる肢体が。
「あぁ!? な、何で!?」
ちょっと待て。何だコレ。あまりの事態に体が動かない。――そこへ追い打ちを掛けるように。異音が耳を捉えた。
チュンチュンカシャ。カシャッ。
窓! 睨みつけるように窓から外を見通すと、黒に光る無骨なレンズと目が合った。
「あやっ!」
「おいィ! 何してるんだ君! 何だその……カメラ!!」
窓の外には、女の子が二人居た。カメラを携えているほうは、確か天狗の射命丸文という子だ。新聞を発刊している子だったと思う。もう一人は妖怪の山の風祝、東風谷早苗、だったか。
二人ともにやけた顔でこちらを見ている。何だ? 何故……いやっ! それよりも!
「ちょっと待て! 今そのカメラで撮ってたな!?」
「いやはやお熱いところを激写してしまいましたよ。ああ大丈夫です、お二人ともちゃんと、白黒にすれば自主規制を掛けるまでもなくそこは影になるような撮り方をしましたので!」
そこは……?
天狗に言われて、改めて自分の体を確認する。やはりたった一日の夢幻だったのか。僕の体は、何年とも慣れ親しんだ大人の僕に戻っていた。
そして全裸である。
「なんだこれは!!」
「んぁ……何だぜ、うるさいぜ」
しまった。咄嗟に口を手で塞いだがもう遅い。叫びすぎたか、ついに魔理沙が目を覚ました。綺麗な裸体を晒したままの、魔理沙が。
「おや、ヒロインが起きましたね」
東風谷早苗がそう呟く。理由を知ったようなヒロインという単語が気になるも、僕は情けなく反射的に言い訳の言葉を連ねていた。
「違うぞ魔理沙! これは……誤解だッ! 決して僕は、何もやってない!」
どう聞いてもやってしまった人の台詞だ。寝起きに大きな声を出されて驚いたのか、魔理沙は一度、猫のように目を丸くした。そして半ば放心しているために、全裸だというのにどこも隠していない僕の姿を少し視界に捉える。
その後に視線を自分へ向けて、魔理沙は赤面しながらも自分がどんな格好をしているか自覚した。まずいぞ、何と言われるか――。
腹を括る暇もなく窮地に追い込まれたと思ったが、僕の予想とは裏腹に魔理沙はただ俯いたまま、僕の耳に聞こえる大きさで呟いた。
「いやぁ……明かりの下で改めて見ると、ちょっと照れるな」
その口調はまるで、いやまさに、『想定していた通りだ』という思いを表現していた。
「……おい、魔理沙、今、何だって」
口の中が容赦なく乾いていく。そして何よりも驚いたのは――今の自分の言葉に、思いもよらぬ一寸の『期待』が含まれていたことだった。
魔理沙は、部屋に差し込む朝日よりもずっと目映い笑顔で、告げる。
「昔から私は、どうにも追いかけるってのが苦手だったけど……捕まえたぜ。…………だ、だっ」
今まで僕が積み重ねていたものがどんどんと崩れていく感覚。そしてその内側から新しい何かが突然膨らんできて。
言葉尻をどもらせつつも、魔理沙は耳まで顔を赤くしながら、最後の引き金を引いてきた。
「ダーリン……!」
膨らんだそれがパチンと弾ける。
中から桃色をした綿菓子のようなものが、ぶわぶわと僕の心を埋め尽くしていく。
……香霖を、言い間違えたと、言ってくれ。
もはや藁を掴む気持ちで窓の外を見るが、そこには『幸せそうなものを見る目をした』少女が二人、顔を見合わせて喋り合っていた。
「あややややー。『たまたま』朝の香霖堂さんに訪れましたが、まさかこんなことになっているとは」
「うふふ。これはまさに『奇跡』と言って差し支え無いですね!」
あの天狗が持っているネガには、一体どのような僕と魔理沙が写っているのか。
そして奇跡とはまさか、まさか。
腹の底から冷え切っていくような想像をしながらも、それを腕に当たる柔らかくて暖かな感触が遮ってきた。
「ま、魔理沙っ!」
「もう、離しやしないからな」
「は……」
裸の僕に、絡み抱きつく裸の魔理沙。
チャンスだとばかりに、カメラのシャッターが切られる音が聞こえて、それが反響して残響して、僕の頭に染みこんでくる。
「ははは……ははははは……」
もう僕には笑うことしか出来ない。笑いながら、魔理沙が抱きつく腕から、幸せなぬくもりを感じて。
――新品の、丈夫すぎるレールが新設された自分の未来を、明るく見通すことしか出来なかった。
これは波乱の予感がするぜ!
しかし、協力を求めるには些かタチの悪い二人ではないだろうかw
ニヤつかせていただきました
他にも風邪にかかるかもしれないなどおかしなところがあるので点数は控えめにします。