澄み渡る青空に、歌うように囀りながら鳥が舞い上がった。
降り注ぐ日差しは生き物に活力を与え、撫でるような風は心地よさをもたらしている。
そんな穏やかな天気の中、博麗神社には二人の人物が、縁側で隣り合って座っていた。
お互いの手には緑茶の注がれた湯飲み、二人の間には切り分けられたりんごと急須の載ったお盆、そして互いのその表情には、満足げな笑みが浮かんでいる。
談笑するでもなく、触れ合うでもない。
しかし、お互いにまとう空気はとても穏やかで、はたから見ても心からつながっているのが見て取れた。
「華扇」
「はい」
巫女――博麗霊夢によばれ、仙人――茨木華扇は疑問を口にすることもなく、それが当たり前のように切り分けられたウサギの形をしたりんごに手を伸ばした。
ひとつ手をとって、「あーん」と霊夢の口元に運んでやれば、彼女はぱくりと頬張ってもきゅもきゅと租借。
どことなく幼さの感じるその仕草に癒されながら、華扇はくすくすと笑みをこぼすと自分もりんごを口にする。
「おいしいわ」
「それは重畳」
満足げにこぼれた霊夢の言葉に、華扇は満足げに頷いて、お互いに揃って緑茶を口へ。
味を堪能するように目を瞑り、こくこくと渋みのあるそれを嚥下する。
そんな彼女たちの元に、チュンチュンと囀りながら雀が降りてきて、二人を交互に見上げた。
それに気がついたのは、動物の扱いに人並み以上に長ける華扇だ。
笑みを浮かべたまま指に雀を乗せると、自分の眼前まで持ち上げて「こんにちは」と挨拶などをひとつ。
それに答えるように雀が鳴いて、そんな彼女と雀を横目で霊夢が見つめている。
「そいつ、なんて言ってるの?」
「そうね、「私も混ざっていいですか?」ってところかしら」
「ん、そうなんだ」
ぼんやりとした口ぶりの霊夢は、しばらく雀と会話する華扇を眺めていたが、何かを思いついたのかりんごを少し千切って雀の前へ。
普段の彼女らしからぬ行動に華扇は苦笑して、雀はというと首を傾げ、それからつんつんっとついばむようにりんごを食べ始めた。
その愛らしさにお互いが頬を緩め、子供を見守る母のような慈愛の笑みを浮かべている。
「便利なもんよね、動物の言葉がわかるって言うのは」
「やろうと思えば、あなたにもできるかもしれませんよ? 何事も、やろうと思わず真剣に向き合わなければ理解できぬが道理。
あなたが真にこの子達の言葉を聞き、理解したいと願い努力するのであれば、おのずとその道にいたるでしょう」
「……そういうものかしらねぇ」
「そういうものよ。きっとね」
子供を諭すような優しい言葉を聞いて、霊夢は何を思うだろうか。
頬杖をついて雀にりんごを分け与えながら、その小さな生命の行動を眺めている。
それっきり会話はなく、しばしの無言。しかし気まずい空気のする静寂ではなく、どこか穏やかな時間だと感じることができた。
穏やかで緩やかに流れていく時間、そこにあるのは確かな平和。
ありきたりで、けれども尊く儚く、ちょっとした些細な出来事で壊れてしまうかけがえのない時間。
それをかみ締めるように、胸に刻むように、二度と忘れぬようにと、華扇は目に焼き付ける。
いつかはなくなってしまう時間。
いつかはなくなってしまう世界。
そして、いつかはいなくなってしまう目の前の彼女。
博麗霊夢が人である以上、逃れられぬ未来。
だから、今のうちに――彼女のありのままを、どんな些細な仕草も、覚えていたかったのだ。
愛しいと、そんな想いを言葉にはせず胸に秘め、ただ静かに、目の前の光景を見つめ続ける。
「……なによ?」
「いいえ、なんでもないですよ」
じっと見ていたのを気づいたのか怪訝そうな表情を浮かべる霊夢に、華扇はごまかすように空いていた手をパタパタと振る。
しばらくは胡散臭そうな表情を浮かべていた霊夢だったが、やがて興味をなくしたのか小さく鼻を鳴らす。
気がつけば、霊夢が差し出していたりんごは雀の胃の中へ。
それっきり興味をなくしたのか、霊夢は視線を雀から外して湯飲みに手を伸ばし、空になっていることに気がついてむっとした表情。
そんな彼女の様子に苦笑して、華扇は急須を手にしてこぽこぽと霊夢の湯飲みに茶を注ぐ。
「そうやって、誤魔化すのは好きじゃないわ」
「あら、どうしたのかしら? 今日はずいぶんと食い下がるのね」
「そりゃそうよ、あたしはずっと待ってるんだもの。あなたの言葉を」
まるで、心のうちを見透かされたかのような言葉。
驚き、目をぱちくりと瞬かせ、華扇は霊夢に視線を向けた。
何を考えているのかわからない、いつもの無表情。
そんないつもどおりの姿のまま、まるで心を見透かすように、霊夢は言葉を続ける。
「いつ言葉にしてくれるのか、いつ話してくれるのか、私はずっとずっと待ってたわ。あんたが何を考えて言葉にしてくれないのか知らないけど、いつまでも誤魔化さないで」
「……霊夢」
「ねぇ、華扇。アンタはいつ告白してくれるの? 私はずっと待ってるのよ? そう――」
――アンタが戸棚のカステラ盗み食いした話を――
ぴよぴよぴよと、どこかで鳥のさえずりが間抜けにも響く。
先ほどのゆるい空気はどこへやら、一瞬にして冷め切った世界へと変貌した博麗神社は、おどろおどろしい空気をかもし出している。
そんな空気の中、華扇はだらだらと冷や汗を流して硬直していた。
思い返すのはつい先日、少し小腹がすいた華扇がつまんだひとつのカステラ。
おいしくてほっぺたが落ちるかと思ったそれは、博麗霊夢が大切に大切に食べていた秘蔵の一品。
それを知らずに食べてしまった不幸を嘆くべきか、あるいはつまみ食いした華扇の自業自得と斬って捨てるべきか。
先ほどまで傍にいた雀も、不穏な気配を察してか逃げるように空へと舞い上がっていた。
あぁ、いいなぁ。私も鳥になりたいなぁ畜生め。などと現実逃避している華扇に肩を、がっちりと掴む霊夢のその腕力は、はたして本当に人間のものだったのか。
「おおっと、私には何のことかさっぱり……」
「嘘つくな。こっちはちゃんと昨日目撃してんのよ」
「*おおっと*」
「いや、それはいい。いいからこっち向け」
残念ながら誤魔化しはきかないらしい。
どうやら年貢の納め時というか、この様子だと覚悟を決めるしかないらしい。
だらだらと冷や汗を流しつつ、ぎこちなく首を鳴らして霊夢に振り向いた華扇は、謝罪の言葉を紡ごうと口を開いて。
「むぐっ?」
不意打ちのように、口に甘い果実を放り込まれた。
口に広がるのは甘く熟したりんごの味わい、不思議そうに目を瞬かせる華扇の視線の先には、くすくすと楽しそうな霊夢の姿がある。
どういうことなのかさっぱり理解できず、目を白黒させる華扇を見やり、霊夢はつんつんと彼女の頬をつついた。
「ま、その間抜け面に免じて許してあげる。昨日のことも、あんたが気持ちを隠してることも、今のところはね。
いつか話しなさいよ? のんびり待ってあげるわよ」
そうやって笑いながら言葉にして、霊夢はいつものように緑茶を楽しみ始めた。
もやもしゃとりんごを食べ終わり、華扇は気まずそうに視線をそらし……そして小さく、気づかれないように笑った。
まったく、変なときは鋭いんだからと、どこか晴れやかな笑顔で。
いそいそと、華扇は急須とりんごをどかして霊夢の隣に寄り添った。
どこかうっとうしそうな表情を一瞬浮かべたものの、霊夢は何も言わず、肩を触れ合わせるように華扇のほうへと寄り添う。
お互いが触れ合える身近な距離、お互いの吐息が聞こえるような急接近。
暖かな感情を胸に秘めながら、お互い、どちらともなくくすくすと笑いあった。
今はまだ、彼女の希望に添えることはできそうにないけれど。
いつかきっと、この胸のうちの言葉を彼女に伝えようと、華扇はそう思えた。
触れ合う体温は暖かく心地よくて、彼女たちの心を癒してくれる。
その日の二人はただお互いを感じあうように、静かに、けれど穏やかに、いつまでもいつまでも寄り添いあっていた
降り注ぐ日差しは生き物に活力を与え、撫でるような風は心地よさをもたらしている。
そんな穏やかな天気の中、博麗神社には二人の人物が、縁側で隣り合って座っていた。
お互いの手には緑茶の注がれた湯飲み、二人の間には切り分けられたりんごと急須の載ったお盆、そして互いのその表情には、満足げな笑みが浮かんでいる。
談笑するでもなく、触れ合うでもない。
しかし、お互いにまとう空気はとても穏やかで、はたから見ても心からつながっているのが見て取れた。
「華扇」
「はい」
巫女――博麗霊夢によばれ、仙人――茨木華扇は疑問を口にすることもなく、それが当たり前のように切り分けられたウサギの形をしたりんごに手を伸ばした。
ひとつ手をとって、「あーん」と霊夢の口元に運んでやれば、彼女はぱくりと頬張ってもきゅもきゅと租借。
どことなく幼さの感じるその仕草に癒されながら、華扇はくすくすと笑みをこぼすと自分もりんごを口にする。
「おいしいわ」
「それは重畳」
満足げにこぼれた霊夢の言葉に、華扇は満足げに頷いて、お互いに揃って緑茶を口へ。
味を堪能するように目を瞑り、こくこくと渋みのあるそれを嚥下する。
そんな彼女たちの元に、チュンチュンと囀りながら雀が降りてきて、二人を交互に見上げた。
それに気がついたのは、動物の扱いに人並み以上に長ける華扇だ。
笑みを浮かべたまま指に雀を乗せると、自分の眼前まで持ち上げて「こんにちは」と挨拶などをひとつ。
それに答えるように雀が鳴いて、そんな彼女と雀を横目で霊夢が見つめている。
「そいつ、なんて言ってるの?」
「そうね、「私も混ざっていいですか?」ってところかしら」
「ん、そうなんだ」
ぼんやりとした口ぶりの霊夢は、しばらく雀と会話する華扇を眺めていたが、何かを思いついたのかりんごを少し千切って雀の前へ。
普段の彼女らしからぬ行動に華扇は苦笑して、雀はというと首を傾げ、それからつんつんっとついばむようにりんごを食べ始めた。
その愛らしさにお互いが頬を緩め、子供を見守る母のような慈愛の笑みを浮かべている。
「便利なもんよね、動物の言葉がわかるって言うのは」
「やろうと思えば、あなたにもできるかもしれませんよ? 何事も、やろうと思わず真剣に向き合わなければ理解できぬが道理。
あなたが真にこの子達の言葉を聞き、理解したいと願い努力するのであれば、おのずとその道にいたるでしょう」
「……そういうものかしらねぇ」
「そういうものよ。きっとね」
子供を諭すような優しい言葉を聞いて、霊夢は何を思うだろうか。
頬杖をついて雀にりんごを分け与えながら、その小さな生命の行動を眺めている。
それっきり会話はなく、しばしの無言。しかし気まずい空気のする静寂ではなく、どこか穏やかな時間だと感じることができた。
穏やかで緩やかに流れていく時間、そこにあるのは確かな平和。
ありきたりで、けれども尊く儚く、ちょっとした些細な出来事で壊れてしまうかけがえのない時間。
それをかみ締めるように、胸に刻むように、二度と忘れぬようにと、華扇は目に焼き付ける。
いつかはなくなってしまう時間。
いつかはなくなってしまう世界。
そして、いつかはいなくなってしまう目の前の彼女。
博麗霊夢が人である以上、逃れられぬ未来。
だから、今のうちに――彼女のありのままを、どんな些細な仕草も、覚えていたかったのだ。
愛しいと、そんな想いを言葉にはせず胸に秘め、ただ静かに、目の前の光景を見つめ続ける。
「……なによ?」
「いいえ、なんでもないですよ」
じっと見ていたのを気づいたのか怪訝そうな表情を浮かべる霊夢に、華扇はごまかすように空いていた手をパタパタと振る。
しばらくは胡散臭そうな表情を浮かべていた霊夢だったが、やがて興味をなくしたのか小さく鼻を鳴らす。
気がつけば、霊夢が差し出していたりんごは雀の胃の中へ。
それっきり興味をなくしたのか、霊夢は視線を雀から外して湯飲みに手を伸ばし、空になっていることに気がついてむっとした表情。
そんな彼女の様子に苦笑して、華扇は急須を手にしてこぽこぽと霊夢の湯飲みに茶を注ぐ。
「そうやって、誤魔化すのは好きじゃないわ」
「あら、どうしたのかしら? 今日はずいぶんと食い下がるのね」
「そりゃそうよ、あたしはずっと待ってるんだもの。あなたの言葉を」
まるで、心のうちを見透かされたかのような言葉。
驚き、目をぱちくりと瞬かせ、華扇は霊夢に視線を向けた。
何を考えているのかわからない、いつもの無表情。
そんないつもどおりの姿のまま、まるで心を見透かすように、霊夢は言葉を続ける。
「いつ言葉にしてくれるのか、いつ話してくれるのか、私はずっとずっと待ってたわ。あんたが何を考えて言葉にしてくれないのか知らないけど、いつまでも誤魔化さないで」
「……霊夢」
「ねぇ、華扇。アンタはいつ告白してくれるの? 私はずっと待ってるのよ? そう――」
――アンタが戸棚のカステラ盗み食いした話を――
ぴよぴよぴよと、どこかで鳥のさえずりが間抜けにも響く。
先ほどのゆるい空気はどこへやら、一瞬にして冷め切った世界へと変貌した博麗神社は、おどろおどろしい空気をかもし出している。
そんな空気の中、華扇はだらだらと冷や汗を流して硬直していた。
思い返すのはつい先日、少し小腹がすいた華扇がつまんだひとつのカステラ。
おいしくてほっぺたが落ちるかと思ったそれは、博麗霊夢が大切に大切に食べていた秘蔵の一品。
それを知らずに食べてしまった不幸を嘆くべきか、あるいはつまみ食いした華扇の自業自得と斬って捨てるべきか。
先ほどまで傍にいた雀も、不穏な気配を察してか逃げるように空へと舞い上がっていた。
あぁ、いいなぁ。私も鳥になりたいなぁ畜生め。などと現実逃避している華扇に肩を、がっちりと掴む霊夢のその腕力は、はたして本当に人間のものだったのか。
「おおっと、私には何のことかさっぱり……」
「嘘つくな。こっちはちゃんと昨日目撃してんのよ」
「*おおっと*」
「いや、それはいい。いいからこっち向け」
残念ながら誤魔化しはきかないらしい。
どうやら年貢の納め時というか、この様子だと覚悟を決めるしかないらしい。
だらだらと冷や汗を流しつつ、ぎこちなく首を鳴らして霊夢に振り向いた華扇は、謝罪の言葉を紡ごうと口を開いて。
「むぐっ?」
不意打ちのように、口に甘い果実を放り込まれた。
口に広がるのは甘く熟したりんごの味わい、不思議そうに目を瞬かせる華扇の視線の先には、くすくすと楽しそうな霊夢の姿がある。
どういうことなのかさっぱり理解できず、目を白黒させる華扇を見やり、霊夢はつんつんと彼女の頬をつついた。
「ま、その間抜け面に免じて許してあげる。昨日のことも、あんたが気持ちを隠してることも、今のところはね。
いつか話しなさいよ? のんびり待ってあげるわよ」
そうやって笑いながら言葉にして、霊夢はいつものように緑茶を楽しみ始めた。
もやもしゃとりんごを食べ終わり、華扇は気まずそうに視線をそらし……そして小さく、気づかれないように笑った。
まったく、変なときは鋭いんだからと、どこか晴れやかな笑顔で。
いそいそと、華扇は急須とりんごをどかして霊夢の隣に寄り添った。
どこかうっとうしそうな表情を一瞬浮かべたものの、霊夢は何も言わず、肩を触れ合わせるように華扇のほうへと寄り添う。
お互いが触れ合える身近な距離、お互いの吐息が聞こえるような急接近。
暖かな感情を胸に秘めながら、お互い、どちらともなくくすくすと笑いあった。
今はまだ、彼女の希望に添えることはできそうにないけれど。
いつかきっと、この胸のうちの言葉を彼女に伝えようと、華扇はそう思えた。
触れ合う体温は暖かく心地よくて、彼女たちの心を癒してくれる。
その日の二人はただお互いを感じあうように、静かに、けれど穏やかに、いつまでもいつまでも寄り添いあっていた
仙人さまも小腹くらい空くさ。
この二人、良い距離ですね。
とても穏やかで暖かい雰囲気ですね。
早く結婚しちゃいなヨ。
ゆかりんが見えるぞ!
いいぞもっとやれ。
でクソ笑った
いいぞもっとやれ
最高でした。