まるで水を打ったようにあたりは静寂に包まれている。
博麗神社に存在する人影は僅か二つ、一人は座禅を組んで目を瞑り、もう一人はそんな少女の姿を後ろから見つめていた。
座禅を組む少女の名は博麗霊夢、後ろで優しいまなざしで見つめている少女を茨木華扇という。
彼女たちがこうしている理由は、つい十分ほど前にさかのぼる。
いつものようにふらりと現れた茨木華扇は、これまたいつものように縁側でのんびりとしていた霊夢を見つけ、クドクドと長ったらしい説教を始めたことに起因する。
いわく、「あなたは巫女としての自覚が足りないわ!」とか何とか。
霊夢としては知ったことではないし、実に余計なお世話ではあるのだが、困ったことに一度言い出したら聞かないのは経験上知っているわけで。
結局、「私が付きっ切りで修行に付き合ってさし上げます!」などと意気込まれては、もはやとめることもできないわけで。
そういうわけで、博麗霊夢は現在、普段滅多にしない修行の真っ最中なのである。
心を空っぽにし、何もない状態を維持しながら集中する。
無心というのはなかなか骨が折れるが、一度集中すれば霊夢は存外にまじめな少女だ。
そのなかなか維持の難しい無心のまま集中するという状態のまま、巫女はもくもくと瞑想を続けている。
そんな彼女を見守るのは、修行に付きっ切りの華扇だ。
座禅を組んで瞑想をする霊夢の少し後ろで正座をしたまま、静寂を保ちながら彼女を見守っている。
ふと、霊夢の周りに小鳥が降り立つ光景が見えた。
ちゅんちゅんと鳴く小鳥は首をかしげ、しきりに目を瞑っている霊夢を覗き込んでいる。
「何をしているの?」と問いかけているのが理解できる華扇は、その光景がなんだかおかしくて苦笑した。
つんつんと嘴でつついている姿はまるで遊んでほしそうで、「おいで」と華扇が手を床に置いて言葉にすると、一度首をかしげた跡にちょこちょこと幼稚な足取りで彼女の掌に乗った。
「だめですよ、彼女は今修行の最中なのですから」
「めっ」と注意すると、不思議そうに首をかしげている小鳥にちょっぴり癒されつつ、華扇は肩に小鳥を乗せると霊夢の背後に近寄った。
そうして、瞑想に集中しているか確認するかのようにひざ立ちになった華扇は、ゆっくりと彼女の肩に触れる。
ピクリとも動かない霊夢に感心しつつ、満足げに微笑んだ華扇は上から覗き込むようにして彼女に言葉を投げかけた。
「そうです、その調子ですよ霊夢。静かに、穏やかに、心を落ち着かせてください」
優しくかけられた言葉にも、霊夢は反応しない。
よっぽど集中しているようで、覗き込む彼女も意に介さない。
そうやって、瞑想を続けていた霊夢だったが、しかし――
――むにゅ。
後頭部にあたった柔らかな感触に、ピクリと反応してしまった。
もちろん、傍にいた華扇にもその変化は伝わり、今まで順調だったはずの霊夢が突然乱れたことに首をかしげた。
不思議に思い、より一層前のめりになって華扇は霊夢の様子を覗き込む。
――むに、むにゅっ。
たぶん、それがいけなかったんだろう。
霊夢の後頭部により一層送りつけられる柔らかなあんちくしょう。彼女には致命的に足りていない女性としての一部分。
それすなわち、胸である。
無心だったのがいけなかったのか、あるいはもっと別の理由だったのか、不意にあたった心地よさに全神経が後頭部に集中した。
持たざるものゆえの悲しき性か、せっかく集中していたというのに後頭部のやわらかさに途端に乱れ始めたのである。
そんな自分に羞恥に頬を染める霊夢だったが、とうの張本人はそんなことに気づくこともなくたわわに実ったソレを押し付けるように覗き込んでいた。
「こら、霊夢。集中が乱れ始めましたよ」
そして案の定、華扇が注意を促すように言葉をかけるのだが、霊夢にしてみりゃソレどころじゃない。
内心「はやく胸をどけろ!」などと思っているのだが、下手すりゃ今すぐにでも口走りそうな勢いである。
だって、なんか腹立つのである。自分にないやわらかさとか程よい弾力とかを感じると特に。
今も華扇がなにやら説教を始めたが、霊夢の耳にはちっとも届かない。
だって、羞恥やら情けなさやら怒りやらで彼女はそれどころじゃないのである。その内の八割を怒りが占めているのは、なんとも彼女らしい気もするが。
そうして案の定。
「集中できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃっ!?」
霊夢、怒りのままに吼える。
巫女がいきなり立ち上がったせいか、尻餅をつくようにして倒れた華扇に、霊夢は素早い動きでのしかかった。
華扇の肩に乗っていた小鳥は驚いて空へと舞い上がっていき、縁側に残されたのは霊夢と華扇のみ。
「これ見よがしに押し付けてきちゃってさ! 何なのあんた、見せつけてんの!? 自分がでかいからって余裕のつもり!?」
「やっ!? 霊夢ちょっと待ってくださ、そんな強くっ……んっ!?」
「何よ何よ、自分がでかいからってさぁ。このままもぎ取ってやろうかしら!」
ぎりぎり歯軋りしながらやや暴走気味な霊夢、組み伏せられて好き放題されてる華扇。
最初は怒りの形相に染まっていた霊夢だったが、だんだん楽しくなってきたのかサディスティックな笑みを浮かべて彼女を見下ろす。
徐々に華扇の頬が朱色に染まり、吐息もだんだん熱を帯びたものに変わっていき、そうなれば当然、はたから見れば非常にアレな状況に見えるわけで。
「霊夢さーん、分社の点検に来ました……よっ!?」
「あ」
そんな現場に、第三者が現れれば非常に気まずい空気になるのは火を見るよりも明らかだったのである。
一瞬で固まる場の空気。何しろ今も華扇を押し倒している霊夢の両手は、彼女の胸をわしづかみにしている状況なわけで。
誰がどーみても、霊夢が華扇に襲い掛かっているようにしか見えないのである。残念なことに。
突然の事態ということもあって、言い逃れできない状況に固まる霊夢。
散々弄ばれてもはや涙目な華扇。
そんな二人を交互に見やり、早苗はなにやら納得したようにため息をつく。
「やはり、幻想郷は常識にとらわれてはいけなかったのですね」
「いや、あのね早苗、これには深いワケが――」
「二人がそんな仲であったということは驚きましたが、ソレすなわち、私が溢れる霊夢さんへの愛情を持って今ここで3Pに突入しても何の問題はないということですね!」
「いや、その理屈はおかしい!!」
とんでもねぇことを口走り始めた早苗に、たまらず霊夢がツッコミをひとつ。
しかし、なにやらテンションがあがった早苗はそんな声も聞こえちゃいないのか、クツクツと怪しい笑みを浮かべるのみ。
霊夢がドン引きしたのも無理のない話しである。そして華扇が身の危険を感じて「ひっ!?」と短い悲鳴を上げたのも無理のないことなのである、どっとはらい。
「大丈夫です二人とも、優しくしてあげます!」
「待ちなさい、あんた絶対勘違いしてるからっ!!」
「問答無用! いざ行かんっ! 我が理想のアヴァロンよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
かえるのように飛び上がった東風谷早苗。
ソレは誰もが見ても惚れ惚れするようなルパンダイブ。
いざ行け僕らの理想郷、これでもかというほどのきれいな笑みを浮かべたまま、東風谷早苗は二人の下へ突貫し。
「目だッ! 耳だッ!! 鼻だぁッ!!!」
「神隼人ッ!!?」
カウンター気味に入った霊夢のえげつない攻撃三連コンボに、風祝はごろごろと縁側でのた打ち回る羽目になるのであった。マル。
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「なんだ、私の誤解だったのですね」
「そうよ。ていうか、何でそんな勘違いしたのかぜひとも聞きたいわね」
目と耳と鼻から赤い体液を垂れ流しながら納得したらしい早苗の言葉に、霊夢は疲れたようにため息をつく。
結局、霊夢の修行はそのままお流れとなり、今は三人でのんびりとお茶の時間。
早苗のお茶が見る見るうちに赤く染まっていくのさて置いて、彼女はにっこりと微笑み、そして一言。
「常識は投げ捨てるものです」
「最低限の常識ぐらい持っときなさい」
まったく持っての正論である。一方の早苗は「ちえー」と大して気にしていないようだったが。
そんな彼女の様子に呆れたようにため息をつき、霊夢は隣に座る仙人に視線を向ける。
誰の目から見ても落ち込んでいるのがわかり、ぐすんと涙ぐむさまはなんとも虐め……失敬、保護欲をそそられる姿であった。
「……もう、お嫁にいけないです」
「まぁだ言ってるし」
そもそもあんたは嫁に行く気があるのかと内心でツッコミを入れつつ、ずずずーと緑茶を堪能する。
たしかにやりすぎたかなーと思わなくもないのだが、だからといっていつまでもめそめそされてはたまらない。
かといって、自分が原因なんだから強くも言えず、結局こうして緑茶飲むという名の現実逃避にひた走るのである。
「大丈夫、霊夢さんがお嫁さんにしてくれますよ!」
「アンタもう黙れ」
ものの見事なチョップが早苗の脳天に直撃。
ごろごろとのた打ち回る早苗を尻目に、霊夢はもう一度華扇に視線を向ける。
相変わらす落ち込んでいる様子の彼女に、若干呆れつつも言葉を投げかけた。
「アンタも、いい加減しっかりしなさいよ」
「……そうですね、いつまでもうじうじしてても仕方がないわ」
さすがは仙人というべきか、一度冷静になれば立ち直るのが早い。
霊夢の言葉に同意して、華扇は今までの自分の醜態を返上するように静かに息を吐き、凛とした姿を取り戻す。
しゃんとした佇まいはまさしくいつもの茨華仙そのもので、それでこそ私の知る茨木華扇だと霊夢は満足げにうなずいた。
今までが嘘のような静かな様子で、華扇は優雅にお茶を楽しむ。
瞳を閉じ、きれいな姿勢のまま茶を嗜む華扇の様子は、どこか浮世離れした不思議な印象を抱かせた。
そうして気持ちを落ち着かせていたのだろう、華扇はにっこりと微笑んで霊夢に視線を向けると。
「霊夢、子供は何人がいいですか?」
「はぁ!!?」
訂正、やっぱこの仙人まだ全然冷静じゃなかった。
「嫁入りですからやっぱり私がこちらに住むのが筋というもの。ということは家財道具一式はやはりこちらに運び込まなくては!
あぁ、私の部屋はどこにしましょう。いえ、ソレよりも先に結婚式ですね!」
「ちょっと、待ちなさい! アンタ一番大事なこと失念してるわよ!!? 私は女、アンタも女、わかってる!!?」
「やはり和式、いえ、ここは教会で洋式というのも捨てがたい! どっちがいいですか霊夢!?」
「ぶっ飛ばすわよコンチキショウ!!」
怒鳴る霊夢の声もなんのその、なんか変な乙女スイッチが入ったらしい華扇は己の世界にトリップしてしまったようである。
普段なら自分がおかしいと気づけそうな華扇だったが、残念ながら今の彼女はいまだ混乱の渦中にいるのである。
非常にめんどくさい暴走を始めた華扇を見てげんなりする霊夢の肩に、ぽんっと手を置いた早苗がいい笑顔で言葉を紡ぐ。
「いいですよ、あなたがその思いにすがりつくというのなら、まずはそのふざけた常識をぶち殺します!」
「帰れ」
ばっさりと冷たい言葉で斬って捨てる霊夢の目はこれでもかと言うほど冷ややかだった。
しかしやしかし、残念ながらこの東風谷早苗という風祝、その程度ではこれっぽっちも堪えないのだから始末に悪い。
魔理沙でも来てこの状況を打破してくれないかと思いはしたが、よくよく考えたら余計に悪化しそうなので没の方向へ。
「この場合はやっぱり茨木華扇から博麗華扇にかえるべきでしょうか!?」
「いえいえ、ここは霊夢さんがあえて茨木霊夢になるのもありかもしれませんよ!」
本人そっちのけで多いに盛り上がるあほ二人。それに比例して激しくなっていく霊夢の歯軋り。
すでに霊夢から放たれる気配が殺意に変わりつつあるなど露知らず、乙女二人はあさっての方向へ会話をかっ飛ばしている。
ブチッと、霊夢の堪忍袋の緒が切れるのも、ある意味では当然だったわけで。
「うるさぁぁぁぁぁい!! あんたら少しは人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
次の瞬間には霊夢のこぶしで、二人そろってお空へポポポポーンと吹っ飛ぶ羽目になったのであった。マル。
▼
後日、霊夢が華扇を押し倒した写真が新聞として出回り、もれなくとある鴉天狗が巫女と仙人に追い掛け回されるのだが、それはまた別の話である。
変化は?
ちょくちょく入るボケに吹いたww
早くして下さいお願いします
ところで式はまだですか?
もっと長くてもいいんだよ?
1MBくらいでお願いします。
いいぞもっとやr(ry
しかし耳からの血はシャレにならんぞw
けっこう隙があるというか心の動揺が表面に出るキャラだからむしろ暴走すべきですね
というかもっと暴走してくださいお願いします。
そして、茨木霊夢も捨てがたい……
>「いいですよ、あなたがその思いにすがりつくというのなら、まずはそのふざけた常識をぶち殺します!」
後日、永遠亭に性別を変える薬の注文があったとかなかったとか