久しぶりに湖の付近を飛んでいると、紅魔館が賑わっていることに気がつく。
上空から見下ろすには、パーティを行っているらしい。
何があって宴会をしているのか興味が湧いた。訊くついでに紛れ込めたらいいなと思って降りてみる。
すると、ご満悦な主――レミリア・スカーレット自らお出迎えに出てくる。
「おや魔理沙。紅魔館に何の御用かな?」
「ちょいと気になっただけだよ。これ、何のパーティだ?」
「ああこれ。これは葬式よ」
いや、葬式はワイングラスを片手に揺らして笑いあいながら行うものなのか?
私の知っている葬式は、慎ましくて悲壮に満ちているものだ。だがここでは違うらしい。わいわいがやがやと明るい雰囲気だ。
「楽しそうだな」
「楽しいし、嬉しいよ」
「言っていいかどうかは分からないがおめでとう。それで、誰が亡くなったんだ?」
「メイド長よ。元メイド長と言うべきかしら。それ以外にすぐ死にそうな者がこの屋敷に居るかい?」
それもそうか。妖怪や妖精はまず死なない。
「悲しくないのか?」
訊くと、レミリアが大仰に腕を広げる。
「悲しいですって? とんでもない! 生涯でも上のほうに入るくらい幸せな出来事さ。
私たちは滅多なことでは死なない。だからこそ、死を尊ぶ。人間にはあっという間に訪れるものでも、私たちにとっては待ち焦がれた終わりだもの。親しい者の死には、最高の見送りをせずにはいられない」
「ふうん。じゃあ私が死んでも同じようにしてくれるのか?」
「残念ね。お前じゃまず無理だわ」
「無理ってなんだ? なんか課題でもあるのか?」
「ええ。とっておきの難題よ」
さらに訊ねると、レミリアがくいっとワイングラスを飲み干す。
すぐさまメイドによっておかわりが注がれ、ワインを揺らしながら答える。
「魔理沙は、死の間際まで私と友達でいてくれるかい?」
「なんだ、簡単じゃないか。いつだって私たちは友達だぜ!」
「本当?」
「もちろん」
「吸血鬼になってまだ生きろ、と誘われても?」
「ちょっと興味があるなそれは」
「ほら、無理無理。お前じゃすぐに調子が変わってしょうがない」
カラカラと笑う吸血鬼は、グラスを宙で傾けてワインを零しながら言う。
「あの子はね、重い病を抱えて苦しんだ。肺に水が溜まっていたらしい。死ぬ間際なんて、この世のものとは思えない苦痛だったろうさ。
そんな状況で、私が目の前に居ればどうなる? どうしたくなる?」
レミリアの言わんとしていることは分かる。確かにそんな状況なら、命乞いをしたくなる。
吸血鬼が気化した煙を吸えば不老不死になると言われているし、血を吸われれば吸血鬼になれるとも言われている。どちらも実例は知らないが、苦しみが無くなるのなら、まだ生きれるのなら、すがってしまうだろう。
「でもね。私が欲しいのは『そのまま』よ。吸血鬼になったり、変に妖怪じみたりしたら『そいつ』はもう『そいつ』じゃなくなるわ――もう友とは呼べない。
私、一度あの子に吸血鬼にならないかって誘っちゃったの。それをあの子は断った。私の友達であり続けることを選んでくれた!
そのまま死んだわ。そうなったらもう関係が変わることはない。あの子と私は、私が死ぬまでずっと友達でありつづける」
するとレミリアが、こちらに近寄って上目遣いに聞く。
「ねえ魔理沙、お前がまだ人間だから聞くわ……永遠に、私の友になる気はある?」
――まさしく悪魔の誘いだ。人間に永遠は残せないが、それを実現できるのが目の前の化け物。
願いを託せば、一二もなくレミリアは了承するだろう。ただし悪魔らしく、命を対価にして。
「遠慮しとくよ。死んでもお前の我侭に付き合うのはゴメンしたい」
それがいいわ。なんて言いながらレミリアが数歩引いて、グラスを上げる。するとまたしても注がれるワイン。
「パチェみたいに生きている友もいいけど、やっぱり人間ならこうでないと」
やれやれ、これは参った。複雑すぎて私には理解できそうにない。
他の面子はどうなのだろう? レミリアと同じ考えなのだろうか。とりあえず手近なところから訊こう。
「それで。咲夜はこんなふうに死にたいのか?」
「……死にたい、だなんて言うものですか。死ぬのは怖いことです」
ずっと主人のそばにいたメイドは、現メイド長は、時を止めて取ってきたグラスを私に持たせると――そうか飲酒飛行禁止か。葡萄ジュースを注いでくれた。
「ですが、先代様のように見送ってもらえるなら、お嬢様の永遠になれるのなら。死も少し怖くないかもしれません」
ああ、こいつがこんな感想を言ってくれたおかげで安心した。私たちの死はそうでなくては。
と、ここでべろんべろんに酔っ払った門番が登場する。
「そんなこと言っちゃってー。この人ったら先代さんが死んだのがすごく悲しかったのに、強情はって泣こうとしなかったんですよー」
「なっ。あれは場の雰囲気を考えてですね」
「だから私が泣かせちゃいましたー。いやぁ咲夜さんの涙なんて初めてみましたね」
「『お先に失礼します』って先にあなたがぐしゃぐしゃに泣いて、我慢していた自分が馬鹿らしくなったもらい泣きでしたけどね」
「もう、またまたそんなこと言って。盛大に照れてますよー」
さあ私の胸で泣くんだ! と言って美鈴がばっと腕を広げるのだが、殺到したのは喜色満面の妖精メイドたちだった。こいつは両方の気持ちが分かっているらしい。
再びレミリアに向き直って訊く。
「フランドールも友達になったのか?」
「いいえ。死ぬちょっと前に、一回会っただけだもの。
二人とも会えたのがすごく嬉しかったみたい。でもフランったら老人を見て『あなたはなんの妖怪?』って訊くから、みんなで笑いながらよく説明してあげたわ」
「パチュリーはどうしてる?」
「友の友は私の友。って言ってる。パチェもあの子を気に入っていたから」
話に出した二人は、奥のほうでこのパーティを楽しんでいるようだ。
――さて。
「じゃあそろそろお暇するぜ。邪魔して悪かった」
「あら残念。特別に参加していってもいいよ」
「遠慮しとく。葬式なんだろ?」
残念だが私には、人の死は悲しいものでしかない。
盛大で明るい見送り、というのは少し嬉しい気もするが、人間は人間の習慣に則る方がいい。
こんな私が居ても場がシラけるだけだ。
葡萄ジュースを一口も飲まずに返して、私は紅魔館を去った。
「さあ、夜はこれからよ! 私の友人――――の死に、祝福と感謝を!」
上空から見下ろすには、パーティを行っているらしい。
何があって宴会をしているのか興味が湧いた。訊くついでに紛れ込めたらいいなと思って降りてみる。
すると、ご満悦な主――レミリア・スカーレット自らお出迎えに出てくる。
「おや魔理沙。紅魔館に何の御用かな?」
「ちょいと気になっただけだよ。これ、何のパーティだ?」
「ああこれ。これは葬式よ」
いや、葬式はワイングラスを片手に揺らして笑いあいながら行うものなのか?
私の知っている葬式は、慎ましくて悲壮に満ちているものだ。だがここでは違うらしい。わいわいがやがやと明るい雰囲気だ。
「楽しそうだな」
「楽しいし、嬉しいよ」
「言っていいかどうかは分からないがおめでとう。それで、誰が亡くなったんだ?」
「メイド長よ。元メイド長と言うべきかしら。それ以外にすぐ死にそうな者がこの屋敷に居るかい?」
それもそうか。妖怪や妖精はまず死なない。
「悲しくないのか?」
訊くと、レミリアが大仰に腕を広げる。
「悲しいですって? とんでもない! 生涯でも上のほうに入るくらい幸せな出来事さ。
私たちは滅多なことでは死なない。だからこそ、死を尊ぶ。人間にはあっという間に訪れるものでも、私たちにとっては待ち焦がれた終わりだもの。親しい者の死には、最高の見送りをせずにはいられない」
「ふうん。じゃあ私が死んでも同じようにしてくれるのか?」
「残念ね。お前じゃまず無理だわ」
「無理ってなんだ? なんか課題でもあるのか?」
「ええ。とっておきの難題よ」
さらに訊ねると、レミリアがくいっとワイングラスを飲み干す。
すぐさまメイドによっておかわりが注がれ、ワインを揺らしながら答える。
「魔理沙は、死の間際まで私と友達でいてくれるかい?」
「なんだ、簡単じゃないか。いつだって私たちは友達だぜ!」
「本当?」
「もちろん」
「吸血鬼になってまだ生きろ、と誘われても?」
「ちょっと興味があるなそれは」
「ほら、無理無理。お前じゃすぐに調子が変わってしょうがない」
カラカラと笑う吸血鬼は、グラスを宙で傾けてワインを零しながら言う。
「あの子はね、重い病を抱えて苦しんだ。肺に水が溜まっていたらしい。死ぬ間際なんて、この世のものとは思えない苦痛だったろうさ。
そんな状況で、私が目の前に居ればどうなる? どうしたくなる?」
レミリアの言わんとしていることは分かる。確かにそんな状況なら、命乞いをしたくなる。
吸血鬼が気化した煙を吸えば不老不死になると言われているし、血を吸われれば吸血鬼になれるとも言われている。どちらも実例は知らないが、苦しみが無くなるのなら、まだ生きれるのなら、すがってしまうだろう。
「でもね。私が欲しいのは『そのまま』よ。吸血鬼になったり、変に妖怪じみたりしたら『そいつ』はもう『そいつ』じゃなくなるわ――もう友とは呼べない。
私、一度あの子に吸血鬼にならないかって誘っちゃったの。それをあの子は断った。私の友達であり続けることを選んでくれた!
そのまま死んだわ。そうなったらもう関係が変わることはない。あの子と私は、私が死ぬまでずっと友達でありつづける」
するとレミリアが、こちらに近寄って上目遣いに聞く。
「ねえ魔理沙、お前がまだ人間だから聞くわ……永遠に、私の友になる気はある?」
――まさしく悪魔の誘いだ。人間に永遠は残せないが、それを実現できるのが目の前の化け物。
願いを託せば、一二もなくレミリアは了承するだろう。ただし悪魔らしく、命を対価にして。
「遠慮しとくよ。死んでもお前の我侭に付き合うのはゴメンしたい」
それがいいわ。なんて言いながらレミリアが数歩引いて、グラスを上げる。するとまたしても注がれるワイン。
「パチェみたいに生きている友もいいけど、やっぱり人間ならこうでないと」
やれやれ、これは参った。複雑すぎて私には理解できそうにない。
他の面子はどうなのだろう? レミリアと同じ考えなのだろうか。とりあえず手近なところから訊こう。
「それで。咲夜はこんなふうに死にたいのか?」
「……死にたい、だなんて言うものですか。死ぬのは怖いことです」
ずっと主人のそばにいたメイドは、現メイド長は、時を止めて取ってきたグラスを私に持たせると――そうか飲酒飛行禁止か。葡萄ジュースを注いでくれた。
「ですが、先代様のように見送ってもらえるなら、お嬢様の永遠になれるのなら。死も少し怖くないかもしれません」
ああ、こいつがこんな感想を言ってくれたおかげで安心した。私たちの死はそうでなくては。
と、ここでべろんべろんに酔っ払った門番が登場する。
「そんなこと言っちゃってー。この人ったら先代さんが死んだのがすごく悲しかったのに、強情はって泣こうとしなかったんですよー」
「なっ。あれは場の雰囲気を考えてですね」
「だから私が泣かせちゃいましたー。いやぁ咲夜さんの涙なんて初めてみましたね」
「『お先に失礼します』って先にあなたがぐしゃぐしゃに泣いて、我慢していた自分が馬鹿らしくなったもらい泣きでしたけどね」
「もう、またまたそんなこと言って。盛大に照れてますよー」
さあ私の胸で泣くんだ! と言って美鈴がばっと腕を広げるのだが、殺到したのは喜色満面の妖精メイドたちだった。こいつは両方の気持ちが分かっているらしい。
再びレミリアに向き直って訊く。
「フランドールも友達になったのか?」
「いいえ。死ぬちょっと前に、一回会っただけだもの。
二人とも会えたのがすごく嬉しかったみたい。でもフランったら老人を見て『あなたはなんの妖怪?』って訊くから、みんなで笑いながらよく説明してあげたわ」
「パチュリーはどうしてる?」
「友の友は私の友。って言ってる。パチェもあの子を気に入っていたから」
話に出した二人は、奥のほうでこのパーティを楽しんでいるようだ。
――さて。
「じゃあそろそろお暇するぜ。邪魔して悪かった」
「あら残念。特別に参加していってもいいよ」
「遠慮しとく。葬式なんだろ?」
残念だが私には、人の死は悲しいものでしかない。
盛大で明るい見送り、というのは少し嬉しい気もするが、人間は人間の習慣に則る方がいい。
こんな私が居ても場がシラけるだけだ。
葡萄ジュースを一口も飲まずに返して、私は紅魔館を去った。
「さあ、夜はこれからよ! 私の友人――――の死に、祝福と感謝を!」
寿司だの酒だの飲み食いするからでしょうか。