零、 姉妹 ①
「お疲れ様。今までありがとう。次も愛してね、お姉様」
今日で妹は五百歳を迎える。
五百歳を迎えて、そうして、私に殺される日だ。
百京回死んだ 吸血鬼
一、 姉 ①
「その日の事はよく記憶しております。いつもならば私がお呼びするまでは決してベッドから出て来ない妹様が、珍しく朝の早くから、私を起こしにおいでだったのです。そのような事はそれまで決してありませんでした。『咲夜、起きて』などという妹様の声を聞く日が来ようなどとは思いもしません。『一度、おまえを起こしてみたかったの』、そう言って微笑まれる妹様は美しいものでした。その美しさがひどく恐ろしく思えたのは、それが初めてでございました」
そう、と私は軽く相槌を打った。特に返事はしない。
咲夜の箒を握る手は止まらないが、いつもより少し雑な働きではあると思った。
咲夜、そこはさっきも掃いていたよ。
「妹様は仰いました。『咲夜、ちょっと歩こう』。どこへとすぐに聞き返しました。何か思し召す物があるならすぐに取って参ります、とも。『咲夜と紅魔館を回って行きたいの。話もしたいわ。少しだけ付き合って。ね?』。あぁ、幾らでも詳細に列挙出来る。その時の妹様の声色も、口調も、真似をする事が出来ましょう。もう十年も前になるのに。お嬢様からすれば瞬きのような時間でも、私にとっては長い月日なのです。記憶が思い出に変わってしまうくらいに」
人間はすぐに死ねるから美しい。死に慣れる事も無いまま、幻想や恐れを抱いて死を迎える。
それは、ひとつひとつの死にきちんと正面から向き合えるという事だ。死に慣れて何も思わなくなってしまう事は、決してない。
私は咲夜に同調しようとして、真剣に話を聞いた。そうして妹との別れに何らかの感情を抱く事が出来れば、と祈った。
けれど、咲夜の言葉は右から左へ抜けていく。私はその日妹がどんな顔をしてどんな声でどんな風に私を呼んだのか、もう思い出せないのだ。
「私は妹様と連れ添って散歩に出かけました。あれほど長い散歩は一生しないでしょう。ほとんど一日かけて、紅魔館の隅から隅まで巡りました。地下から屋上まで、見慣れた場所も見慣れぬ場所も、とにかく様々に周りきりました。私は何度か時を止めては仕事をこなしたりしていたので、体感時間としては三日くらいの長さでした。『働き者だね。わたしの所為にしてサボってくれても良いのにさ』、あぁ、私もそうすれば良かったと今では悔やみます。もっときちんと妹様のお傍にいるべきだった。妹様のお言葉を聞くべきだったのです」
私はやはり返事をしない。
返事をする資格も無い。
「時々思うのです。私も永久の存在になれたらと。そうすれば、もしお嬢様に妹様と同じ時が来ようとも、私は決して無駄にはしないでしょう。お嬢様のお言葉をしっかり聞き入れ、お嬢様がお望みなら、決して紅魔館を見捨てたり致しません。一生、この紅魔館のメイドとして、主無くともお世話致しましょう。なれる方法も手段もある。実行する事も不可能ではない。けれど私がそうしないのは、お嬢様に気に入って頂けた私は、お嬢様に認められた私は、お嬢様のお傍を許された私は、人間だった故です。お嬢様も妹様も、そんな事はお気に留めないでしょう。しかしそれは私の拙い矜恃でもあります。私は一生死ぬ自分でありたい。一死生きる自分には、なりたくないのです」
頬杖をついたまま、私は応えない。
咲夜は知らない。誰も知らない。私しか知らない。
フランドールを殺したのは私なのだと。
二、 とある記憶 ①
「今回も無理だったね、お姉様」
「そうね」
「そんな顔しないでよ。意地悪を言いたかったわけじゃない」
「判ってるけど」
「あのね、お姉様。もしお姉様がわたしを殺す事に何か思うところがあるなら、それを気に病む事はないんだよ。しょうがないんだもの」
「違うの。貴女を殺す事に何も思う所が無い自分が、恐ろしくて仕方が無い」
「あぁ、ね。それも仕方が無いよ。だってもう、何回目のやり取りさ?」
「数えるのも厭よ。一億回目から数えるのやめた」
「懸命な判断」
「貴女はいつもそうやって私を許すわ。私が憎くないの? 生まれてからずっと外にも出さずに閉じ込めて、最後には殺す私を憎いとは思わないの」
「わたしに憎まれたい?」
「……」
「お姉様。わたしはお姉様に感謝してるし憎いわけでもないけど、赦しまでわたしに乞うのはやめてね。自分が可愛いならわたしに構わないで。わたしに構ってくれるなら、不可能な事を求めないで」
「そうね。ごめん」
「いいよ。こういうやりとりも、いつも通りなのかな?」
「いいえ。どうしてかしら、道のりは同じなのに、いつも最後の会話は違うのよ。ひとつひとつはもう、詳細には覚えていないけれど」
「覚えきれないだろうねぇ」
永遠のような一瞬が憎い。
「また、すぐ会えるから」
「うん」
「ごめんなさい」
「うん」
「大丈夫だから」
「うん」
「……だから、ごめん」
「うん」
「お疲れ様。ありがとうね、お姉様」
一緒に眠れたら、どんなに幸せだろう。
「大好きだよ」
ふたりでひとつになって、小さく丸まって惨めにうずくまって、きみと眠りたいよ。
また次の因果で会おうな。フランドール。
それまでおやすみ。
三、 妹 ①
わたしたちはもともとひとつだった。ひとつとして産まれる筈だった。
けれど何かの手違いで半分だけ先に出て行ってしまって、五年後に余った残りが生まれ落ちた。おんなじひとつの精神で、おんなじひとつの身体だったのに、別の個体として生を受けた。ひとつとして産まれる“運命”が“破壊”されたのかもしれない。
ひとつだったふたつがふたつとして生きていけるなら、お話はここでハッピーエンドを迎えられたのに。
残念ながらわたしたちはふたつでひとつだったし、わたしたちには家族など最初からお互い以外にいなかったのだ。
「れみりあちゃん」
「だぁれ」
「ふらんどーるといいます。よろしくね」
「あら、あなたがもうひとつのわたしなのね! ずっとあいたかったわ!」
「もうひとつのわたし?」
「そうよ。わたしたちはもともと、ひとつでうまれるよていだったの。でも、ふたつにわかれてしまった。だからあなたはわたしだし、わたしはあなたなのよ」
「むずかしいわ」
「そうね、むずかしい。わたしもじつはよくわかっていないわ」
「わたしがれみりあちゃんで、れみりあちゃんがわたしでも、れみりあちゃんのほうがさきにうまれたわ」
「なら、そうね、かぞくというものだわ。きっと」
「かぞく?」
「みんなかぞくというものがいるらしいわ。おなじちをもっていて、とてもにているの」
「わたしとれみりあちゃんの“ち”はいっしょよ」
「だったらわたしとふらんどーるは“かぞく”だわ! わたしがさきにうまれたから、おねえさまよ」
「おねえさま?」
「さきにうまれたおんなのこをそういうのよ」
「わたしは?」
「ふらんどーるは、いもうとよ」
「いもうと」
「そう。だからふらんどーるは、わたしをおねえさまとよんだらいいわ」
「おねえさま」
「ふふん。なにかしら」
「ううん。よんだだけ」
「よばれるだけでも、うれしいものね」
「おねえさま」
わたしたちが、試験管ではなく母親の子宮で誕生していたなら。
そんな仮定に意味は無い。意味は無くても、考えずにはいられない。
たくさんいた“わたしたち”はみんな死んでしまった。残ったのは、わたしとお姉様だけだった。
なんの為に生まれたのかも判らず、みんなとっとと退場していった。わたしもあの時一緒に退場していれば良かったのか。お姉様ひとり、至上の存在だけを残して。
「レミリアはフランドールの上位互換である可能性が高い」
「フランドールに互換性は無い」
「情緒面からも安定しているとは言えない」
「しかし物質的な破壊の能力だけを鑑みればレミリアを凌駕しているとも言える」
「それを制御する能が無い」
「だからレミリアが制御するのだ。元々はひとつであった、不可能ではない」
「コストが大き過ぎる。パフォーマンスの低下は甘んじて受け入れてレミリアのみに専念すべきだ」
「しかしどうやって処分する」
「それもレミリアにやらせればよかろう」
わたしたちを造ったものが金ではなく愛だったなら違ったのだろうか。
わたしたちが製品ではなく生物だったなら。
わたしたちが同じ部品で出来ただけの模造品ではなく、本当の家族だったなら。
仮定は止まらない。
「殺せと言うの」
「お姉様、」
「あいつらは私にフランドールを殺せと言うの。私の片割れを。私の半身を。私自身を、切り落とせと!」
「そんな事だろうとは思ってた。そうならなければ良いのにとも思ってたけど」
「貴女はどうして平然としているの」
「判らないからだよ。わたしはお姉様と違って失敗作だからね。心みたいな精密品は、とっくに壊れていたし、壊されたよ」
「私が貴女の上位互換でなかったら。最初から私達がふたつだったなら。そうすれば、未来は変わる? 運命は変えられる?」
「お姉様の能力って、因果を破壊する能力じゃなかったっけ。運命っていう因果を破壊出来ないの?」
「出来たらこんな事になってる?」
「じゃあやっぱりこれは運命だよ。運命ってのは変えられない」
「次は変えてみせる」
「次? あぁうん、頑張ってね。わたしはここで終わりだけど」
「終わらない」
「終わるよ。お姉様に殺されて、どうしようもなく終わる」
「世界の因果律を破壊してやる」
「無茶言うなぁ」
「何度失敗しても! 何度貴女を殺しても! 私は次の因果を探す! 因果を壊す! そうしていつか、貴女と。……貴女と……」
「そうだね。もし次があるなら」
仮定に意味は無い。過程だけが意味を持つ。
それでも仮定はやめられない。
「――次があるなら、お姉様に殺されない運命が、良いな」
そんなわたしの最期の言葉を、あのひとは真に受けた。
それがいつどこでの記憶なのか、わたしには一切残っていない。死んでしまったのだから当然だ。お姉様からもらったものに過ぎない。
お姉様はその能力を以って、何度も何度も因果を繰り返す。破壊しては新しい因果を見つけ、失敗すると破壊する。何度でもわたしの死を繰り返す。何度でもわたしを殺す。
ありとあらゆる世界でわたしたちはひとつとして生まれ、そしてお姉様がわたしを殺す。
何百回も何千回も何億回も何兆回も何京回も、わたしを殺す。
そうやって何京ものわたしの屍の上に、やっとお姉様はわたしを殺さなくて済む因果を見つけた。
けれど今度は、わたしの身体が持たなかった。
わたしは元々欠陥品で、何度因果をやり直してもそこは変わらない。外には出られないし、すぐ壊れるし、どんなに大事に扱っても五百年しか持たない。五百年を過ぎるとありとあらゆる臓器が衰弱し、急速に死に至るらしい。わたしを生かそうとして何度もいたずらに苦しめては死なせてしまったのだと、お姉様は言っていた。
「殺さずに済んだと思ったら、今度は独りで死んでしまう! 私は貴女と五百年しか共に生きられない……」
お姉様も疲れたのだろう。わたしは死ぬ度に記憶が新調されるのでお姉様から聞く話で補完するだけだが、お姉様はもう永遠に近い時を繰り返し、そして毎回わたしの死を経験する。
そうして、諦めてしまった。わたしたちがずっとふたりとして生きられる因果を諦めた。
五百年をだらだらと幸せに生きて、五百歳の誕生日にお姉様はわたしを殺す。そして次の因果でまた出逢う。わたしはお姉様の記憶を引き継ぐ。
そうやって、もう何度目の五百年を消費してきたのだろう?
わたしは明日で五百歳を迎える。カレンダーに印した誕生日の紅がきらきらと光って見える。
殺される日を知っていて、わたしはそれを落ち着いて迎える事が出来る。なんて贅沢なカレンダーだろう。
今日は咲夜に我儘を言って、紅魔館じゅうを巡る事も出来た。紅魔館に住むすべての人妖を見る事が出来た。親しい者と話す事も出来た。心残りがあるとすれば、数少ない外の知り合いには、ついぞ会えなかった事だろうか。でもどうせ次の因果でわたしじゃない“わたし”が出逢うのだろうし、それは“わたし”に譲るとしよう。
明日の夜にはお姉様がここにやって来る。少しだけ最期の話をして、それで終わりだ。今回は、これで終わる。
こんな事を繰り返して何になるんだろう。
わたしが生きている意味はどこにある?
「まぁ、いいさ。そんなものはお姉様が決めれば良い」
小さく丸まって惨めにうずくまって眠る最後の夜。
ふたりの小さな女の子が太陽の下で遊んでいる夢を、見た気がした。
四、 とある記憶 ②
「え、ちょっと、ねぇ、お姉様、頭大丈夫?」
「至って冷静」
「ちょっと待ってよ、ちゃんと説明して。わたしの理解出来る言葉でもっと論理的に喋ってくれる?」
「だから今言った通りよ」
「はァ? 意味わかんない、全然わかんないよ。なんでわたしが殺されなきゃいけないわけ?」
私は答えない。
「まだわたし五百年しか生きてないのよ? どう考えたってまだまだ死ぬような歳じゃないでしょ。五百歳を超えると臓器が弱って、苦しみながら死ぬ? だからいっそ一思いに殺してあげる? なんなのそれ、何様なの」
「自分にとって不都合な事実を認めるのは難しい事だわ。私は何も言わずに貴女を殺す事も出来る。でもそれをしないのは、それが貴女に対する誠意だと思うから」
「――ッ、ふざけないでよ!」
私は答えない。
「事実って何? なんで起こるかどうか判らない未来を確定しているかのように言うの」
「確定しているからよ」
「なんでわかるのさ」
「何度も繰り返してきたから」
「繰り返すって……意味わかんないよ……」
「ねぇ、信じて」
「なにそれ! さっきから私を信じろ私を信じろって、『私を信じて大人しく殺されてくれ』って言いたいの? ふざけないでよ、誰がそんな馬鹿げた話信じるのよ! なんでわたしが殺されなきゃいけないの? わたしが何をしたっていうの? 今まで黙ってお姉様の言う通りにここに引き籠ってきたじゃない! お姉様に従ってきたじゃない! 良い子にしてたじゃない! なのにどうして殺されなきゃいけないの?! 殺されなきゃいけない程悪い事した? ねぇ、どうして……」
私は答えない。
「ねぇ、……もしかしてお姉様、わたしが要らなくなったの? わたしに飽きたの? わたしが鬱陶しくなったの? 養っても養っても得られるものがなんにも無いから、わたしを飼育するのに疲れてしまったの? 邪魔になったから捨てたいの?」
「それは違う」
「じゃあどうして! ちゃんと言ってよ、『おまえを飼うのに飽きたんだ』って! 『おまえは荷物にしかならない』って、『おまえを処分したいんだ』って! だから回りくどい言い訳用意してきて殺したがってるんでしょ! ふざけんなよ、なんであんたの都合でわたしの生死まで決められなきゃいけないんだよ!」
私は答えない。
涙も流れない。胸の奥がぶすぶすと音をたてて焼け焦げていく音だけがうるさかった。
私は、応えよう。
「『あんたを飼うのに疲れたのよ』」
「……はは」
「『もうこりごりなの』。『五百年も生かしてあげたんだから感謝して欲しいわ』。『だから黙って処分されてよ』」
「はっ、……あはは。それがあんたの化けの皮か。良いよ、殺されてあげる。その代わりに一生あんたを呪うよ。あんたの全生涯を呪ってやる。あんたみたいなろくでなし、一生孤独に誰も信じず誰にも信じられず、誰をもあざむき誰からもあざむかれて、孤独にむせび泣きながら死ね」
最善がいつも最良とは限らない。理性は感情を救わない。
何故殺すのか。何故生かしたのか。その答えがどんな意味を孕むだろう。超然とした事実は何も変わらずそこで私を見下ろしているのに。
「――おやすみ、私の片割れ」
ふたり一緒に眠れる夜まで、私を呪って待っていてよ。
五、 妹 ②
真夜中にだけ響くベル。館じゅうを走り抜ける。この音を聞くのも今日で最後かと思うと、なんだか鳴り終わるのが勿体無く感じる。この音が静まる頃、ドアのノックが部屋に響くだろう。
世界で一番可愛らしい殺人鬼が、わたしを殺しにやってくるのだ。
今までの五百年を想う。
全体的に起伏の小さい五百年ではあったが、楽しい事も悲しい事も嬉しい事も辛い事も、それなりに詰まってそこそこ充実していたと評価出来る自分を褒めたい。
次はどんな五百年になるだろう。どんな風に始まって、どんな風に終わるのか。あるいは今回とほとんど変わらないかもしれない。あるいはまったく違う世界かもしれない。何度使っても良いリセットボタンのある人生だと考えれば、そんなに悪い境遇ではないのかもしれない。
ただ思う所があるとすれば、わたしは決して未来に生きられないという事だろう。
わたしは過去に生きる。過去を繰り返す。
わたしの道は途中でぷっつりと途切れてしまっていて、それより前に戻る事は出来るけれど、それより先に進む事は決して叶わない。それ自体が不幸なのか、それを知っているのが不幸なのか。
ふたり望む未来を手に入れる為の今なのだと思えば気休めにはなるけれど。
しかし果たして、そんな未来は存在するのだろうか?
お姉様は何度も繰り返したと言った。
何十回も何百回も何千回も何兆回も何京回も、因果を繰り返してはアップデートして上方修正を続けてきた。
それだけの数をこなしても先は見えない。むしろわたしには、既に手詰まりのようにも見える。お姉様もそれを感じている。そして諦めている。
しかし諦めているなら、どうしてまた繰り返すのだろう。わたしのいない未来を、どうして生きようとしないのだろう? ……
「こんばんは、わたしの可愛い殺人鬼」
殺人鬼は、口をへの字にして「そんな言い草って無いわ」と拗ねてみせた。ごめんね、とわたしは謝る。
「からかってみたかっただけ。ほら、わたしだけの殺人鬼って、なんか良くない?」
「良くない」
「素敵だと思うけどなぁ。ひとりしか殺さない連続殺人犯。なかなかロマンチックじゃない?」
「ロマンチックじゃない」
「ちぇ」
まるでいつも通りの会話だった。いつも通り過ぎて、これから殺されるなんて夢の話じゃないかとさえ思った。
そしてそのいつも通りさが、少しだけ怖かった。
姉が妹を殺すという尋常ならざる状態に、お姉様も、そしてその記憶をもらったわたしも、慣れ過ぎている。麻痺している。わたしの生を覆い尽くす死が大き過ぎて、視界の全てを埋めてしまって、もう見えなくなっているのだ。
何か思って欲しい訳じゃない。穏やかに終われるのならそれが一番良い。わたしには次があって、今はここで終わるのだから。しかしお姉様は。このひとは、まだ一度も終わっていないというのに。まだこれからも終わらないというのに。
「こんな風に最期の会話が出来るのは、嬉しい」
ぽつり、こぼすようにお姉様が言った。
「貴女に私の記憶を埋め込む前はね、貴女が私を信用してくれなくて、いつも悲しいままに終わってしまった。当たり前だわ。ある日急に死んでくれなんて言われて、大人しく殺されるお馬鹿さんがいる筈も無い」
「わたしはきっとひどい事を言ったんでしょう」
「そうね。色々言われたわ。貴女に憎まれながら殺すの。自分勝手なものね、私の都合で殺すのに、貴女が憎むのは当然なのに、それがとても苦しかった」
「それは、良い思い出だね」
「皮肉?」
「いいや。憎まれるのが苦しかったと、その記憶があれば、今お姉様が何も思えない事の言い訳にもなるでしょ?」
お姉様は何も言わなかった。
普段は饒舌なのに、こういう時は黙りがちになる。言葉を加味して吟味して、選別して選択している。
「ひどい姉だね、私は」
落とすように笑いながら、地面ばかり眺めてお姉様は独りごちた。
「フランドール、貴女には何も与えてやれない。奪ってばかりで」
返事に困ったから、笑うだけにした。
そんな事はない、と本当は言いたかった。けれどそんな言葉に意味は無いのだとも判っていたから、代わりにわたしはお姉様の手を握った。
わたしはあなたを非難したくはないのだ。それはあなたが充分過ぎる程にしただろうから。
赦す事は出来なくても、責める事もしたくはない。与える事は出来なくても奪う必要は無いのと同じように。
わたしたちはしばらく黙っていた。
何か言うべきだったのかもしれないけれど、言葉が何も出て来ない。
じっとお姉様の顔を見ていた。どこまでも徹底してどこまでも完結した無表情だった。その顔を見て、すっと悟った。
このひとの言葉はなんの意味も無かったのだと。上っ面も上っ面、表層の表面に過ぎなかったのだと。
このひとはもう、どんな感情も持っていない。わたしに対して感じたあらゆる心はすっかり麻痺して摩耗して、何も無くなってしまっていた。わたしを殺すという事に、どう苦しんでどう悔やんで、どんな風に悲しんでどんな風に憤ったらいいのか判らなくなってしまっている。
そんな自分が許せなくて、苦しいように悔やむように、悲しむように憤るような言葉を重ねている。言葉が現実になる事を祈って。罪に押し潰されて、痛みも感じる事が出来ない。痛みを感じない自分を許せず、痛い痛いと泣いてみせる。
それはどんなに惨めで、孤独な罰だろう。
神様。悪魔の願いを聞き入れてくれる神様がもし存在するなら、何を失ってでも祈ろう。
このひとを赦してあげて下さい。
わたしに赦す事は出来ない。わたしの赦しなどなんの意味も無い。このひとを赦してあげて下さい。
このひとが自分を罰するのをやめさせて下さい。このひとが自分を呪うのをやめさせて下さい。このひとが自分を憎むのをやめさせて下さい。そして出来るなら、このひとが自分を赦せるように計らって下さい。赦しは愛なのだとあなたの本で読みました。赦してあげて下さい。愛してあげて下さい。
このひとが、自分を愛せるように計らって下さい。
「お姉様。もう、やめよう。こんな事は、今回で最後にしよう?」
わたしの存在が罪で、罰そのものなのなら。
わたしは、わたしの存在を赦せない。
六、 姉 ②
「どうして生き物は過去を悼むのかしらね。特に人間はその傾向が顕著よね。墓を作ったり骨を残したり、形あるもので残そうとする。そんな形而下の存在に意味は無いのに。肉体に依拠する人間らしい考え方でもあると思うけど。だから付喪神なんてものが生まれた。喪われたものに取り憑く神。結局神様なんて人間の残りかすなのかもしれないわね。……今のは冗談なのだけど、案外冗談ではないかもしれないわ。今度調べてみようかしら。……そんな仏頂面をしないでくれる? これでも私は会話しているつもりなのよ」
ごめんごめん。
神様か。私にとっては面白くない話ね。
「そうでしょうね。貴方は悪魔。神と対をなすと言われている存在。そして悪魔と契約するのは決まって魔女……私ね。しかし私は貴方と何を契約したと言うのかしら。何を対価にして何を失ったと言うのかしら。私は現状に満足しているし、得たものは絶大だと考えている。失ったものは瑣末過ぎて覚えていないのだろうと思える程にね。……さて、その点貴方は何を失ったのかしらね? 悪魔は誰に何を対価として払ったのかしら?」
未来の自分自身に、過去の自分を払ったわ。
「なるほど。言い得て絶妙、言い得て奇妙。未来の為に過去を清算する行為は別段不思議な事ではないわ。誰しも常に無意識にでも行っている行動よ。それゆえに気付かない。自らの対価を重さを、得られる未来の拡がりも。大きな対価を払ったからと言って大きな報酬が得られる訳ではないという事も。対価は報酬を得る権利を得ると言う事。報酬そのものを得る訳ではない。その権利をどのように行使しどのように利用するかによって、その後の報酬は左右される。……貴方の未来、貴方はどう見るのかしら? 運命を操る悪魔様」
運命など操れないよ。
それは神様の所業だからね。
「悪魔が神を自らの上に置くだなんて。神にとっては冒涜に近いでしょうね。悪魔が神を語るなどあってはならない。神を語るのは常に人だけ。悪魔を語るのもまた人だけ。魔女はしばらく黙って話を聞く事にしましょうか」
別に、そのままの意味だよ。実と言うと、私は運命を操る程度の能力だなんて謳っているけれど、実際はそうじゃないんだ。私の願望に過ぎないんだよ。
あぁ、運命を操れたら良いなぁ、って。神様みたいになれたら良いなぁ、って。
神様はなんでも創り出す事が出来るから良いよね。悪魔に出来るのは破壊する事だけだ。神様が七日で世界を創り上げたなら、悪魔は七日で世界を滅ぼす事が出来る。でもそうしないのは、壊した後に何も残らないのを知っているからさ。神様がへそを曲げて何も創ってくれやしなかったら、なんにも壊せない。悪魔はなんにも出来なくなる。神様の機嫌を損ねちゃいけないんだよ。
だから、悪魔はいつも神様の下なんだよ。すみません、何か創って頂けませんか。壊したくて壊したくてしょうがないんです。
「興味深い話ね。何時間でも聞いていたいわ。……しかし、レミィ?
そうだね。ずっと待っているよ。
神様が赦してくれるのを、ずっと待ってるんだ。
七、 とある記憶 ③
「お姉様はさ。結局、わたしを失うのが怖いだけなんだよ。知っているのに、理解したくないだけなんだよ。わたしはあなたには必要無いと、そう認めるのが嫌で嫌でたまらないだけなんだ」
「やめて。どうしてそんな事を言うの」
「もういいじゃない。お姉様はたくさん頑張ったんだよ。でも、やっぱり結論はとっくに出終わってる。あとどれだけ別の因果を繰り返したって一緒。何も変わらない。だったらここできっぱりすっぱりお別れしない?」
「ま、まだ、……まだ、判らないじゃない」
「うそつけ。判ってるくせに。だから諦めたんでしょう? わたしと永く一緒にいる未来を諦めて、穏やかに五百年を消費するだけの因果を選んだんでしょう? いつかはっきりと、どうにも逃げ道の無い答えが出るのが怖くて。わたしとお姉様を造った神様気取りのあいつらと同じ結論に辿り着くのが怖くて、そんな自分が恐ろしくて」
「違う! 私はあいつらとは違う! 貴女を諦めたりしない! 私は『飽きた』りしないし! 『荷物』だとも思わないし! 『処分』だってしない! だって貴女は私の片割れで、半身で! 私は貴女で、貴女は私なのよ!」
「もう、そんな風に自分を責めなくて良いんだよ、お姉様」
違う、ちがうんだよフランドール。
私は貴女にそんな顔をさせたくてこんな事を繰り返した訳じゃない。
「繰り返す巻き戻し再生の因果の中で、お姉様はとっくに駄目になっちゃってたんだよ。ううん、ならない方がおかしい。今までずっと正気を保ってた方が凄いよ。お姉様の肉体年齢は五百歳やそこらかもしれないけど、過ごして来た時間は気の遠くなるような、天文学的数字なんじゃないかな。そんな天文学的な時間の中でお姉様を支えてたのは、わたしの小さな我儘だったんだね。だからわたしを否定出来なかった。わたしの存在を否定する事は、お姉様のこれまでを全否定する事だから」
そうかもしれない。そうかもしれない。そうかもしれない。
私はフランドールの言葉を否定出来ない。フランドールを否定出来ない。私の半身を否定出来ない。私を否定出来ない。
でも、だからって、貴女が貴女を否定する必要なんか、無いだろう!
「だからわたしが否定してあげる。わたし自身を、お姉様のこれまでを、全否定してあげる」
言うな。言わないで。言わないで下さいお願いします。やめて下さい、やめて……。
「レミリアに、フランドールは必要無いんだよ。初めから要らなかった。生まれた時から死んでいた。死んでいるのに死に続けていた」
「やめて!」
「わたしに“次”はいらないんだ」
やめて下さい。やめて下さい。やめて下さい。やめて下さい。やめて下さい。
ゆるしてください。ゆるしてください。ゆるしてください。ゆるしてください。ゆるしてください。
「お姉様。この因果で、最後にしよう?」
私が悪かったですから!
八、 姉妹 ②
「My commandment is this: love one another, just as I love you. ……『わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。』……」
妹は本を読むのが好きだった。本の種類はどうでもよくて、大図書館から気になる本を取って来てはいつも部屋で読んでいた。
まさか聖書まで読むとは思わなかったけど。しかも暗唱出来るレベルまで読み込むとは思わなかった。悪魔でしょうよ、一応。
「特に気に入ってる一節でね。なんか、聖書暗唱出来る悪魔ってかっこよくない?」
そうは思わないけどね。
「ちぇ。わたしはね、お姉様。少なくともわたしたちに限って、これは難しい事じゃないと思うんだ。だってわたしはお姉様だし、お姉様はわたしでしょ。わたしがわたしを愛する事は、そのままお姉様を愛する事に直結するんだもの。だからわたしが自分を愛する時点で、もうお互いに愛し合っちゃってるわけ」
判らないでもないけど、それ、私の存在要らないじゃない。なんだか解釈が少し違う気がするけど。
「解釈なんか好きにしたらいいんだよ。正しいとか正しくないとか、間違ってるとか間違ってないとか、そんな事を悪魔に言ってどうするのさ」
まぁ、ねぇ。だったら聖書読むなよって話だけど。
「聖書を聖書として読んではいないよ。読み物として読んでる。知識の体系として読んでる」
はぁ。そうですか。
「でもねぇ、わたしはわたし自身より、お姉様の事をもっと愛してるかもしんない」
恥ずかしい事を。
「恥ずかしくないよ。好きなものを好きって言う事の、何が恥ずかしいのさ」
はいはい、すみませんでした。私がわるうございましたよ。
「ふふん、判ればよろしい。翻って、お姉様はどうなの? お姉様は、わたしを愛してくれてる?」
それは答えによって今後の対応が変わったりするのかしら。
「えーっ、なんで即答してくんないの。そんな風に聞くって事は、疑う余地があるんだね?」
疑うというか。難しいのよ、私には。私は私を愛した事なんかないし、愛そうとも思わない。誰かを愛するという事も、よく判らない。
「そっか。じゃあ、これから知れば良いだけだね」
出来るかしら。私に。
「出来るよ。だって、これだけ因果を変える事が出来たお姉様だもの。“幻想郷”、だっけ? 面白そうじゃない。その幻想郷で、今度はきっとうまくやれるよ」
そうね。そうだと良いわね。
本当に。
私達は、幻想になった。
九、 姉 ③
「本当に良いんですか。咲夜さんをお暇に出して。確かに、新しいメイド長は、今からでもすぐにきびきび働いてくれると思います。何せあの咲夜さんが手塩にかけて育てたメイドですから、その働きは咲夜さんに負けるとも劣らぬものだとは思いますよ。ただ、私が言っているのはそういう事じゃなくて。そりゃあ、咲夜さんは人間ですし。咲夜さんには咲夜さんの人生があると思います。それは私だって理解しています。でも、どうして紅魔館から追い出すような事をしてしまうんです? 結婚したって、咲夜さんはここで務めると仰ってたじゃないですか。それじゃ駄目なんですか?」
咲夜も結婚する歳なんだぁ、と、ぼんやりと思った。
今までどれくらい永い時を消費してきたか判らないのに、どうしてだろう、この十年間はひどく永く感じた。地下にはもう、誰もいない。
良いんだ、これで。
咲夜は咲夜の為に生きていいんだよ。私に仕えるなんて、しなくていい。
人を辞めて、主が無くとも紅魔館を守っても構わないと言った咲夜だから。そこまで私に繋がれた咲夜だったから。私から放されなくちゃいけないんだ。
「勿論、これが一生のお別れじゃない事は判っています。こちらにも顔を出しに来ると仰っていました。私と咲夜さんの交友も、多分途絶えたりはしないでしょう。でも、お嬢様はどうなんですか? お嬢様はもう、咲夜さんに会わない気でいらっしゃるんじゃないでしょうか。私にはそう見えて仕方が無い。どうしてですか? お嬢様は咲夜さんをいたく可愛がっていらっしゃると思っていました。私の見当違いでしたか?」
咲夜は、好きだ。大好きだ。好きだなんて言葉で言い表せるなんて思わない。
咲夜だけじゃない。
美鈴、おまえもパチェも小悪魔もたくさんのメイドも、この紅魔館に携わるすべての存在が大好きだ。
だからこそ私は私を赦せないんだよ。
大好きなものを全部巻き込んでやり直して繰り返して、挙句何も達成しないまま妹を消した自分を赦せない。
「はっきり申し上げさせて頂きます。お嬢様、妹様が亡くなられてからの貴方は、見ていられない。どうして何も仰ってくれないのですか。どうして何も頼ってくれないのですか。私達では頼り無いですか。力になれませんか。何も出来ないのですか。泣けないのなら、泣きたいと仰って下さい。苦しいなら八つ当たりして下さい。どうしたらいいのか判らないのなら、なんでもやってみて下さい。悲しい時に悲しいと言えないのが、一番悲しい事です」
どうしてみんな、私にそこまで優しくしてくれるんだい?
私はそんなに良い奴じゃないんだぜ?
「ちょっとやそっとの事で嫌いになる程度の主なら、私はこんなに永く貴方の言う事なんか聞いていません。咲夜さんも、そう!」
だって。だって、だってだってだって。
私はそんな事してもらう価値なんか無いんだよ。
「だから、そんな眼で私を見ないで下さい。そんな冷たい眼で笑おうとしないで下さい……」
さみしいよ。きみがいなくて、本当にさみしい。
さみしいんだ、フランドール。
きみの為に泣いてもいいかな……。
十、 姉妹 ③
「今まで長らくお世話になりました」
「たった十年、二十年の話じゃない。長らく、なんて言わないよ」
「私にとっては長らくですわ。たくさんの事を、学ばせて頂きました」
「反面教師として?」
「もう! お嬢様ったら、私は真面目に話しているのですよ」
「ごめんごめん。いや、だってさ。別れの挨拶って、苦手なんだよ」
「別に、今生の別れでもあるまいし」
「そうだね。そうだけど。誰かと別れるのは、つらいものだよ。それをこうして区切りをきっちり見せられちゃうと、もっと」
「そこまで仰るのでしたら、紅魔館に置いて下されば良かったのに」
「駄目だよ。おまえは、おまえの運命を生きるんだ。いつまでも私に隷属してちゃ駄目だ。親離れだよ、うん。親離れ」
「可愛らしい親ですわ」
「うるせー。良いから早く行ってしまえ、ばかやろー」
「あらあら」
「幸せになって死んじまえー」
「お嬢様、」
「大事にしてもらって、愛されて、一緒に泣いて笑って、元気に生きて、そんで悲しまれて死んじまえー」
「お嬢様も、悲しんで下さいますか?」
「知るか」
変なものだ。妹の死は何回繰り返したか判らないのに、咲夜の死はまだ経験していない。いつも、妹が死んで、それで次の因果に吹っ飛んでしまったから。いつか咲夜も死ぬんだな、と当たり前の事を実感した。
そう思うと、なんだか胸の奥が痛んだ。
妹の死と咲夜の死が、私の中で等価じゃない気がして。
「お嬢様。私が死ぬ前に、一度、きちんと妹様と向き合ってさしあげて下さいね」
「え、」
「お嬢様は何も話して下さいませんでしたから、どうして妹様がご自身でその命を絶ったのか、私共には知り得ません。けれどお嬢様がその胸に秘めているべきだと判断したのなら、それは最良の選択だったのだと信じます。ですから、本当の意味で、心の底から、妹様の死を悼む事が出来るのは、お嬢様だけなのではないでしょうか。向き合ってさしあげて。出来れば、お別れをしてさしあげて。私はただそれだけが、紅魔館のメイド長としてやり残した事であるように思うのです」
お別れ。
過去を悼む。墓を作ったり、骨を残したり。過去を壊した未来で、神様を待っている私。
地下にはもう誰もいない。本当に?
「ごめんね、咲夜。ありがとう」
「いえいえ」
「愛してるよ」
「……えっ。え、えっ、えぇぇっ。ちょっ、お嬢様」
「ちょっと地下行ってくる! また顔出しに来いよ! 赤ちゃんできたら旦那の次に私に二番目に報告しろ! じゃあね!」
「ま、待って下さい! 最後に、一言だけ」
「え、あ、うん。どうぞ」
「私の方がお嬢様を愛しておりますわ」
あぁ、そっか。
愛してるって、こんな簡単な事なのか。
地下室に向けて走った。誰も待ってはいない。でも、急がなくちゃいけなかった。
伝えたい事がある。フランドールに、伝えなきゃいけない事がある。
やっぱりおまえは私の半身だったんだよ。
おまえがいなくてさみしい。おまえがいなくて苦しい。おまえがいなくて悔しい。おまえがいなくて辛い。おまえがいなくて楽しくない。おまえがいなくて嬉しくない。おまえがいなくてつまらない。おまえがいなくて物足りない。おまえがいなくて、たまらなく嫌だ。
ずっと忘れてたんだ、こんな些細な感情まで。
おまえがいなきゃ駄目なんだよ!
「愛してるんだよ、フランドール!」
がらんどうになった部屋のドアを開けた。
咲夜が時を止めて、出来るだけ良い状態で保存しておいてくれた部屋。妹の部屋。私の半身の部屋。何度も殺した部屋。自殺した部屋。始まりの部屋、終わりの部屋。
誰もいない。
でも、確かに誰かいた。生きていた。生活していた。妹がいた。妹が生きていた。
「必要無いわけ、ないじゃん……」
こんなにさみしいのにさぁ。こんなにつらいのにさぁ。初めから要らない筈、ないじゃん。
肉体が消滅したから死ぬわけじゃない。
心臓が停止したから死ぬわけじゃない。
誰からも生を認められない時、その個体は死んでしまうのだ。概念的に、存在的に、死んでしまう。否定されて非難されて、悲鳴をあげて悲惨に死んでしまう。
私は忘れていた。何度も繰り返す事で、フランドールの生も死も、きちんと認識していなかった。救う手立てばかり探して、フランドールを見ていなかった。だから死んでしまったのだ。私が殺さなくても最初から死んでいた。
どうしてもっと話を聞いてやらなかったんだろう。どうしてもっと眼を見てやらなかったんだろう。どうしてもっと、愛してやらなかったんだろう。
悔やんでも肉体は無い。
肉体、は、無いけど。
心はここに残っている。
大好きだよ、と言ってくれた。こんな私を愛してくれた。
「私は貴女で、貴女は私。“私”は、生きるよ。因果も運命も一切合財関係無く、ひとつの個体として、生きる」
“私”に次はもう要らない。因果は繰り返さない。
過去があるから、未来に生きていける。
この
心情描写やなんともいえない読了感、いつも通りの氏の作風を堪能させていただきました。
脚本作業は大変でしょうが、今後もゆっくりじっくりと創想話にも投稿していって欲しいです
五百年×数京回もモラトリアムがあるのに。
未来を夢見て今を蔑ろにした結果がこれか。
なんというセンチメンタリズム。
おもしろかったです
いつのまにか、ほむまどを読んでいた。
と思ったけどやっぱりレミフラだった。
面白かったです。
とってもさみしい。
両方が救われたのなら、とても良い話なのでしょう。
物語を読んで考えて。凄く面白かったです。ありがとうございました。
紅魔館のこれからに
たくさんの幸が訪れますように。
咲夜さんの結婚のがショックだったけどね。
お嬢様はそんな大変で大切なことがやっと出来たんですね、たぶんそれは幸せなことなんでしょう
素晴らしい作品をありがとうございます
胸の内がごっちゃになって、なんかもう、うん。ただ、泣きそう。
エヴァの綾波みたいなのを想像した。
長い間考えましたが、レミリアが自分を許し、フランの死を受け入れられたのはやっぱり救いなのでしょう。
自分なりに納得できたので点数をつけさせて頂きます。
話が舞台装置すぎる
形は残らずともね
時系列がわかんない…。
>とある記憶 ①
は会話的に記憶が埋め込まれた後で、
>とある記憶 ②を読むに、500年後には急死することがその時わかってる。まだ記憶も埋め込まれていない様子で。
でレミリアはあきらめて、500年幸せに生きて誕生日に殺すことにしたはず。また因果を繰り返すため。
だとしたら、>とある記憶 ①の「今回も無理だったね」というのは
何が無理だったのだろう…。
でも、多分レミリアは幸せになれたんじゃないかな
相変わらずの手腕で楽しませていただきました。
眼福感謝です。
番号順に読んでみようかね
研究員ぶち殺してぇと思ったが、そんなことしてもこの子達は幸せにならないんだよな。
何回も何回も苦しい思いを経験して、それでも諦めきれず繰り返し続けた。
そして最後に幸せに向かって二人ずっと一緒に歩ける因果にたどり着けた。
もう一度言わせてもらおう、すばらしい
さてはお前、良い奴だな?