……ボ――ン――……ボ――ン――……
横殴りをされた様な鐘の音に、夢の世界へと沈んでいた意識が引き上げられ、フランドール・スカーレットの体が跳ねるようにして飛び起きた。
無意識に手が耳へと伸びて塞ぐも突き刺さるようなうるささが空気を震わせて頭を揺さぶる。顔をしかめて耐えている間、鐘の音は六度程続いてから長々と余韻を残して収まった。
「なんなのよぉ……」
乾いた喉が擦れた声を漏らす。手を離すとカッチカッチと聞き慣れない何かが動く音が静かに鳴っていた。今の鐘の音といい、どちらも自分の部屋に無かった音だ。
耳鳴りの様な感覚が薄れるにつれ、眠気が今ので吹き飛んだのもあり徐々に頭の中がはっきりとしてくる。状況を理解しようと部屋を見回すと、吸血鬼の目が壁に取り付けられたボンボン時計を写した。
時計盤の下で振り子が規則的に動いている。時計盤の針がどちらも真上を向いていた。あの鐘の音は十二時を知らせるために鳴ったらしいと認識し。
「――ったい何の嫌がらせよこれは!」
途端、睡眠を阻害された怒りが込みあがり苛立って声を上げた。ボンボン時計の『眼』を右手に移動させ、一気に握り潰す。真っ直ぐ数字を指していた針が歪み、時計に無数の線が入ったかと思うと砕け散り、粉になった木片がパラパラと石の床に降り注いだ。
まるで拷問でもされたような気分だった。時計だった物を睨みつけ、これを持ち込んだ誰かを考える。命知らずの妖精メイドが悪戯で仕掛けたのか、メイド長の十六夜咲夜が知らずしてか。どちらにしろ処罰をしなければならない。
と、そこまで考えている内に、何故この時計を、という疑問が浮かび、それは昨日の寝る前までの記憶を遡らせた。寝ている間にこの時計が持ち込まれたとしたら。持ち込んだ人物とその原因をはっきりと思い出し、フランドールの怒りは今度は呆れへと変わる。原因は自分にあった。
「まさかこれ持ってくるかなぁ……ほんと頭の中身を見てみたいわ」
粉状にしてしまったと時計は、ほんの少ししか視界に写していなかったが、おそらく結構な値がつく立派なものだったろう。あの偉そうな態度で言い放った姉のレミリア・スカーレットの言葉通りだった。
(私に任せなさい、アンティーク物を用意してあげる。きっと気に入るわ)
(じゃあ、お願い)
それに対し、面倒くさげに答えた自分の言葉も思い出す。あの時もう少し自分の意見を言うべきだったと後悔する。
部屋に物寂しさを感じると相談したフランドールに、レミリア・スカーレットは確かにアンティーク物の時計を用意した。だがそれは部屋の寂しさを解消するどころか、四百九十五年生きてきた中で、最悪の目覚めを迎えさせるだけでその役目を終える結果になったが。
アンティークと一括りにしても色々あるだろう。少し考えればこんな事になるとわからなかったのか。こんな音を毎日聞いていたら、それこそ本当に気が触れてしまう!
そんな言葉を今すぐぶつけに行きたくなったが、フランドールは何とか堪えた。
時計を壊したなどとご丁寧に報告をしたら文句を言う余裕なんてなくなる。五百年かけてじっくり熟成された偏屈な嗜好を持ったレミリアがそれを聞いたらどうなるかは想像するよりも経験として知っていた。
相談する相手を間違えたとしか考えようがなかったが、咲夜に相談したとしても話はレミリアに行くからどの道同じ事になる。
どちらにしろ、時計は壊してしまったのは事実。ならどうするか、なるべく長い間バレないようにするだけだった。姉の関心が全くなくなった頃を見計らい、それとなく知らせる。そうすればよくて数ヶ月程度の罰で済む。部屋に閉じ込められて紅魔館の中を歩けなくなるだけだが、それはなるべく避けたかった。
「バレないように……どうするかなぁ」
早急に何か考える必要がフランドールにはあったが、それと同時に自分が汚した床を掃除したいという欲求も出てきた。ベッドに本棚とテーブルしかない部屋でも綺麗にはしておきたい。いつもならメイド妖精に任せるところだが、時計について噂でもされたら困る。
しかし自分で掃除をするとなると、やはり手近なメイド妖精に声をかける必要があった。
フランドールはテーブルに置いていた帽子を乱雑に被り、衣服の乱れを整えた。やる事は多い。呆れが今度は面倒くさげな気持ちで一杯になり、やりどころのないため息が口から漏れた。
大図書館のパチュリー・ノーレッジはレミリアの親友だが、フランドールの教師でもある。遠い昔の名残だが、その関係のおかげで大抵の隠し事に好意的に協力をしてくれたので、血縁よりも信頼が置けた。
『この部屋にしばらく何者も入る事を禁ずる』
黒々と光るインクが羊皮紙を踊り文字を描く。パチュリーがペンを戻すのを眺め、フランドールはその字の綺麗さに関心し、またこれをドアに貼り付ければ誰も入って来ようとしないはずだ、という安心感を覚えた。
「全く、あんたは問題ばかり起こすんだから」
すでに視線を読みかけだった本に戻しパチュリーが呟く。図書館の大きな丸テーブルには本が山のように積まれており、彼女はいつもその中の一冊を読んでいた。
「あはは、ごめん」
フランドールはそう言いながらも、詫びる様子もなく羊皮紙のインクが乾くのを眺めて待った。少なくともパチュリー自身からトラブルメーカーの烙印を押される程に繰り返したやりとりだ。今さら迷惑をかけているという感情もない。
「これ以上、厄介な面倒を増やさないでちょうだい」
「増やすって、いつも通り本を読んでるだけじゃない、何かあったの?」
そう言うと、パチュリーが本を置いて本棚の方へと指差す。目を向けると、薄暗い中で黒烏帽子がひょこひょこと動いているのが確認できた。言葉の意味を理解し、フランドールは頷いた。
「現在進行中だね」
しばらく眺めていると、黒烏帽子の先端がいったん消え、金色の髪の毛が揺れながら現れた。鼻歌でも歌いそうな程にご機嫌な顔をした霧雨魔理沙が自分を見つめる二人に気がつき、片手を上げて挨拶をした。
「よ、フラン。お前も来てたのか」
「よ、魔理沙」
フランドールも片手を上げると、テーブルまで来た魔理沙がタッチし、もう片方の手に持っていた膨らんだ布袋を置いて椅子に腰掛ける。ゴトリとくぐもった音が立つと、フランドールに届きそうなくらいわざとらしく盛大なため息がパチュリーの口から吐かれた。確かに厄介な面倒事だ。現在進行形というよりもあと70年くらい続きそうな。
「何を盗ったの?」
「借りる、だフラン。そこを間違えちゃいけないよ……まあ探偵小説とかをな」
タッチをした手を横に振り、魔理沙が愉快そうに布袋から戦利品を取り出しテーブルの上に置いた。真っ赤な背景にマスクを付けたシルクハット帽の男が書かれている。端の方にある男の写真は作者だろうか。色褪せていて埃の匂いが鼻につく。
「面白いぞー、一度読んでみるといい。この江戸川乱歩とかお勧めだぜ」
「へぇ」
パチュリー程でも無いが、フランドールも本を読む方である。初めてみる作者に自然と興味がわいた。なにより魔理沙が薦めるのだから、内容はともかく読むしかない
「探偵小説ならコナン・ドイルを薦めるべきだわ」
本を手に取ろうとしかけたが、パチュリーの言葉に動きが止まった。積まれた本の一冊がフランドールの目の前に勝手に浮いて移動してくる。小さいサイズで、表紙に二人の男が描かれているが、これも色褪せていた。
「コナン・ドイルだぁ? 翻訳が古くて堅苦しい」
今度は魔理沙がわざとらしく肩をすくめさせた。わかっちゃいない、とまで付け加えて。またか、とフランドールが本を抱えて椅子を後ろに引く。二人の言い争いはいつもの事だ。こうなると第三者の横入りは難しい。少なくともフランドールは傍観に徹する他になかった。
「そっちだって古い物じゃない」
「なら私は江戸川乱歩をお勧めする!」
「いいえ、コナン・ドイルよ!」
「明智小五郎の活躍には心躍る物があるぜ、そっちにするべきだ」
「ホームズにはスリルとロマンがある。彼ほど素敵な探偵はいないわ。冷静でいて親友を驚かしたりなんかするお茶目な一面もあるのよ」
「ただキザったらしいだけじゃないか。もしかして面食いかお前は」
「それを言うなら明智小五郎だってそうじゃない」
「……架空の人物の容姿についてはひとまず置こう」
「いいえ、これだけは譲れないわ」
「とにかく! フランに読ませるなら江戸川乱歩だ。少年探偵団なんか子供向けでぴったりじゃないか」
「フランを子ども扱いしないで。この娘ならホームズの良さを理解してくれるわ」
そうでしょう? とパチュリーの視線が来る。魔理沙もこちらを見たので、フランドールは曖昧な笑みを浮かべてその場を誤魔化した。二人がすぐにまた睨みあいどちらの探偵がより素晴らしいか口論を続ける。
「なら明智の魅力だって負けてないさ。少年探偵団に信頼を持って怪盗二十面相と立ち向かうんだぜ」
「ホームズにだってワトスンがいるじゃない、それに翻訳文は確かに読み辛いけど、大事なのは二人の――」
ホームズも明智も知らないフランドールとしては、至極どうでもいい争いだった。らちが明かないと席を立っても二人は気がつかず、小悪魔を探すために本棚の方へ歩いていっても、しばらく二人の声は耳に届いた。
「いつまでやっているんですかお二人とも、図書館ではお静かにと毎日言っているでしょうが!」
大図書館のみなら紅魔館で一番の権力を持つ司書の一喝に、二人が雷に打たれたように口論を中断し固まった。連れてきて正解だ。椅子に座りなおし、ついでにいれてきた紅茶に口をつけながら思ったフランドールは、腰に手を当てて子供を叱る母親の様な小悪魔と、おそるおそるそれを見上げる二人のやりとりを眺める事にした。
「うるさくしたのは、悪かった……だが最初にふっかけてきたのはこいつだぜ?」
「それはあなたがドイルを悪く言うから」
「お前だって明智探偵をだなぁ」
「どっちもどっちです、今すぐ黙らないと口を縫い付けますよ」
「ああ、ごめんなさい小悪魔、そうするから」
バツが悪そうに唇を尖らせる魔理沙に対し、パチュリーが素直に従い差し出された紅茶を受け取る。そんな様子を見確認した小悪魔の表情が一転して笑顔になり、しずしずとその場を去っていった。
小悪魔はパチュリーの使い魔だが、図書館の事に関しては、主人に一目置かれる勤労振りを見る限り主従が逆転するようだ。
「パチュリーも小悪魔には逆らえないねー」
「全く……」
「いやはや、ああいうのは苦手だ」
魔理沙が大げさに肩をすくめて見せる。生真面目な性格に対し苦手意識がある彼女にとって、小悪魔は大図書館で唯一好き勝手できない相手だ。そう漏らしているのをフランドールは聞いた事があった。
「本の話になると二人はすぐそうね、皆そんな感じなの?」
「ん? 他はどうだか知らないが、私相手だと結構こんな感じだぜ?」
「ちょっと、魔理沙言わないで」
「読書仲間つったら私位しかいないからな。アリスも本は読むけど暇つぶし程度だし……それにここにしょっちゅう来るのも――」
「魔理沙」
「――はいよ」
懇願するような声に魔理沙が苦笑いする。フランドールが驚いてパチュリーを見るが、大きな本を開いて顔を隠しているため表情が見えなかった。
珍しい、というよりも初めて見た反応だった。レミリアや自分を相手に本の話をする時と違い、魔理沙を相手している時だけはまるで別人のようにころころと表情が変わる。本の虫同士、気が合うのか合わないのかはわからなかったが。
「二人は仲がいいのね」
思わずそんな言葉が出た。パチュリーが反射的に本を置いてフランドールを見る。失礼な、とでも言いたげな怪訝な表情だった。
「まあ私とアリスと、結構付き合いが長いからな」
「アリスはともかくあなたは一方的な付き合いじゃない」
「そんな事言うなよ。同じ魔女なんだし助け合って行こうぜ」
「泥棒としてじゃなく、友人として来るなら考えてあげる」
「手厳しいな」
魔理沙が頬をかき、パチュリーがまたため息をつく。だが二人から感じる雰囲気はどこか穏やかな物で、ずっと古くからの友人同士のやりとりを見ている様だった。相槌を挟む隙もない。話を横で聞いているうち、どことない居心地の悪さを感じ、フランドールはもぞもぞと膝を動かした。話に入り込めないせいで、三人で顔を合わせているのに自分だけ姿が見えなくなったような気がしてならなく思えてきた。疎外感という単語が頭に浮かぶ。パチュリーから教わった言葉だ。
孤独とは違う、触れ合っているのに触れ合えていない感覚。嫌というよりも、哀しい気持ちが芽生えて鬱陶しく枝をはやす。
この二人の様に自分が振舞える相手はいるだろうか。振り払うようにして考えてる。
メイド長の十六夜咲夜と門番の紅美鈴は親しくしてもらえても、従者という立場が邪魔をする。仕事のために、という考えが離れない。パチュリーは自分に友人のように接してくれるが、それは『レミリアの友人として』だからだ。魔理沙も結局はパチュリーを繋がりにして接している。
思い返してみたものの、フランドールにとって自分で得た友人と呼べる人物が紅魔館にいない事を改めて思い知るだけだった。
「うらやましいわ。私にはそんな風に言い合える人はいないから」
「おいおい、私かいるじゃないか」
「……そうね、でも滅多に私の部屋に来てくれないけど」
言葉に対し、魔理沙の反応に少し嬉しくはなったが、それは彼女の広大な横の繋がりの一つとして、という意味でしか捉えられず空しいだけだった。
つい口に出てしまった皮肉に魔理沙が言い返そうとするも思い浮かばなかったのか、すまないとだけ呟いて黙りこくってしまった。
「あ……ごめんなさい、変な事言って」
ズキリ、と胸が痛む。そんな言葉を言うつもりはなかった。だけど出てしまった。それは紛れもなく本心。魔理沙が腕を組み、顔を背けて本棚を眺めている。怒っている様には見えなかったが、申し訳ない気持ちで一杯になった。
自然と顔が俯きがちになる。ティーカップからは湯気が立ち、綺麗な琥珀色の液体に映った自分の顔が、情けない表情で見返していた。
「まぁ、なんだ。確かに気兼ねなく話せる奴が欲しいってのはわかる」
ほんの少しの間だが、随分長く感じた沈黙を破ったのは魔理沙だった。考えて選んだ言葉を口にしながら微笑みかける。フランドールも小さく微笑みを返し、自分に確認する様に頷いた。口から出た皮肉は確かに本心だが、うらやましいと思ったのもまた本心だ。
「うん、欲しい」
二人のように気兼ねなく、立場も何も関係のない、自分と相手だけの繋がりを持てる友人が欲しいと自分の意志を告げる。フランドールの言葉を聞いて、二人が顔を見合わせ、にっ、と笑いあった。
「なら私達も協力しないとね」
「だな、適当にあたってみりゃ一人位はフランと気の合う奴が見つかるさ」
「ふふ、ありがと。魔理沙、パチュリー」
疎外感が拭われ、感じていた寂しさが嬉しさになって笑みが零れた。この二人が居てくれれば、きっと作れる筈だ。心から話せる友が。
「よし! そうと決まればなんとやらだ、フラン、出かけるぞ」
「え? 今から?」
バンとテーブルの叩く音が響かせて立ち上がる魔理沙につられてフランドールも立ち上がった。まさか今からと思わず、そうしたはいいもののどうすればいいかわからず動けなかった。動くとなると、外へ出る事になる。紅魔館の外へ。
姉に対し上辺だけの敬いで好き勝手な行動をしていたフランドールだが、それだけは流石に躊躇われる。そもそも、外へ出ようなんて気を起こしたのは今までに一度もないし、この瞬間も急な事で決心がつかない。その意図を汲み取ったのか、パチュリーも立ち上がってフランドールの頭に手を置き、安心させる様に言った。
「レミィ達には私から言っておくわ、あなたは気にせずに自分で動きなさい」
「あ……うん」
帽子の上から感じる小さな手の感覚に、フランドールの決心はついた。すでに大図書館の扉へと歩みだしている魔理沙に待ってと声をかけ駆け出したが、すぐに足を止めた。外へ出る時にする挨拶を思い出したからだが、声にして出すのはこれが初めてだった。
「本当に、大丈夫?」
「ええ、いい機会だわ……大丈夫よ」
「じゃあ、行って来ます」
念を押したその言葉に背中を押され、フランドールは今度こそ魔理沙を追いかけるために駆け出した。
図書館を出る直前、最後に振り返ると、パチュリーは小さくだが手を振って見送っていた。
※
バキバキとけたたましく音を立てて枝が折れ、顔に容赦なく降り注ぐ。迫る木々を直前で避ける度に体が大きく横に傾きそうになり、魔理沙の服を掴む手にますます力が入った。箒は二人分の体重で軋みを上げながらもまさしく疾風の様に山の中を突き進む。下手をすれば箒から放り出されかねないというのに、風を切る音に混じって聞こえる鼻歌は、散歩でもしているかのような呑気さがあった。
「んー……後ちょっとで見えてくるはずだ、もう少し我慢しろよ」
「速度を落として! 私が落ちる! 落ちるから!」
言った直後に枝が頬を掠め魔理沙と自分の体で挟んでいた日傘が抜け落ちそうになり慌てて抑える。どっと冷や汗が吹き出した。自分で飛ぶのとはわけの違う他人任せの飛行は思っていた以上に危なっかしかった。このままでは地面に落ちて日光で灰になるか、枝の串刺しだ。
「お願いだからもっとゆっくり!」
「後少しだから!」
「冗談じゃないわ、こんな目に会うなら日光に飛び込んだ方が百倍マシよ!」
「だーもーわぁったよ!」
枝と風の音に負けない大声のため二人の会話はすでに怒鳴りあいとなっていた。直後にぐんと体が後ろに後ろに傾き、視界いっぱいに木々の間に密集する葉が迫ってくる。山の外へ出るつもりだとわかった瞬間、日傘を開けとがなられていた。
穴が開く心配などしている暇はない。日傘の紐を解いてすぐに開く。目を瞑って頭上にかざすと重い衝撃が腕に伝わった。箒はそのまま木を抜けて上へ昇り、しばらくしてようやく速度を緩めた。
「ま、ここまで来ればいいか……しかし暑いな」
やれやれ、と言った呟きを合図に目を開く。見上げると青空が広がり、燦燦と太陽が熱を放っていた。日傘はどうやら無事らしく、灰になるのだけは免れたらしい。
「あ………………」
下の方へ目を向け、フランドールは感嘆の声を漏らした。見渡す限りに緑が続き、風が波を作って下から上へ、上から下へと流れているのがはっきりとわかる。一本の大きな川が左右を分けるように山頂から流れ。落ち着いて耳を澄ますと、あちこちから蝉の鳴き声が沸き立っている。初めて見る空から見た妖怪の山の光景は、まさに圧巻の一言に尽きた。
「どうした?」
「え? あ、ううん何でもない。魔理沙の友達はあの川の所?」
箒がゆるやかに下降をはじめ、川に近づくにつれてぽつぽつと小屋が建っているのが見えてきた。山に住む河童達の住処の一つが魔理沙の友人である河城にとりの家だという。
「ま、変わってる奴だか他の連中よりかは話しやすいよ、あいつは」
「ん、ありがと」
地面に降り立った変わり者の魔法使いがフランドールの手を取って言った。地に足をつけ、改めて川の周りを見る。離れた所で何か作業をしている河童もいれば、川の中を悠々と漂っている河童も。降り立った場所のすぐ傍では、二人組みの河童が何か相談事をしているのがわかった。長髪の河童があごに手を添えて悩ましげに頷き、短髪の河童が腰に手を当てて困ったような表情で語りかけている。気になって眺めていると、そのうちの一人と目が合った。
「こんにちわ、河童さん」
「……!」
挨拶をすると、長髪の河童が驚いた様に短髪の河童の肩を叩き、顔を見合わせたかと思うと逃げるように走り去ってしまった。失礼な態度を取られてかちんと来たが、もしかしたら挨拶の仕方が悪かったのかもしれない不安になる。二人の過剰な反応に違和感も覚えたが、どちらにしろ幸先が悪いと思わざるおえなかった。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
「ならさっさと行くぞ、この後ちょっとやる事もあるしな」
「やる事?」
「あー、こっちの話だ……っと、あいつ小屋は」
川を離れて小屋が建つ方へと歩くと数人の河童が魔理沙に声をかけていた。今日は捕まらなかったな、あまり勝手するな、など。ここでも大図書館と同じ振る舞いをしているらしい。山を纏める天狗の組織は排他的であり部外者の侵入を嫌う。きっとパチュリー同様に厄介事扱いされてるのだろう。
しばらく歩いているうちに魔理沙の足が濃い緑色の屋根の小屋の前で止まった。他とは形は同じだが、ここだけ横に大きな物置があり、入り口の方まで何かこぢゃごちゃした物が積み重ねられていた。
「よし、いるな」
フランドールが追いつき、そして二人並んで玄関に立った。どうするか聞く前に魔理沙が意地の悪そうな笑みを浮かべたかと思うと――
「いよう、来たぞー!」
――ノックもせずドアノブを捻り、盛大に開いた。ひゅい、と小さく引きつるような声が中から聞こえてくる。突然ドアを開けられたのだから驚くのも無理はない。背中越しから中の様子を伺うと、家の中は物置の回りと同じくらいによくわからない物で溢れ返えっていた。
剥き出しの床は所々に引きずった様な傷があり、家具らしい家具といえばベットと箪笥以外にはない。家というよりも、本で見た工房の写真の様な、そんな印象があった。そして中央ではサラダが盛られた大皿を持った姿勢のまま、一人の河童が呆然とした表情で固まっていた。
作業着姿の河城にとりは何故か家の中だというのに帽子を被っていた。工具がはみだす程に膨らんだリュックがテーブルの足元に置かれているのが見える。昼食時に来てしまったらしい。だが気にするわけでもなく魔理沙がずかずかと中へ上がりこんで行ったので、フランドールも迷ったが、その後に続いて小屋の中へと入った。
「飯時か?」
「見ての通りだよ、それよりノックくらいはして欲しいんだけど」
「まぁそういうなよ、ほらフラン、お前も座りな」
にとりが眉を潜めるのも構わず魔理沙が勝手に椅子に腰掛ける。フランドールがさすがにそこまで勝手にしていいかわからずまごついていると、にとりが皿を置いて近くの椅子を指差す。
「で、この娘が何でここに居るんだい?」
「そいつを紹介しようと思ってな」
「知ってるよ、フランドール・スカーレットだろ?」
「私の事、知ってるの?」
初対面の相手にいきなり名前を呼ばれ、驚いたフランドールがにとりを見上げた。にとりが困ったように顔をしかめさせて頷く。何故名前を知っているのかという疑問よりも、顔をしかめられた事が気になった。先程と同じく違和感。どうも自分はここでは腫れ物のような印象を受けている気がしてならない。
「知ってるなら話が早い、ま、とりあえず……」
昼食に同伴しようと思っているのか魔理沙がテーブルに置かれていたフォークを勝手に取って言った。にとりが仕方ない、と呟いて奥の部屋へ入って行った。
カチャカチャと音がするのを聞いて、取り分けるための小皿を取りに行ったのだと気づく。
何をすればいいのかわからず、姿勢を正しテーブルに視線を落として戻るのを待つ。年季の入った木は床と同じくらいに傷がついていた。
戻ってきたにとりに小分けに盛られたサラダを受け取りにとりと魔理沙が食事をはじめた。食欲は無かったが適当にキュウリをつついてフランドールも野菜を口にした。
「んで、何しに来たんだよ」
「ひょっふぉまふぇ……ん、こいつをお前に紹介しようと思ってな」
「そりゃまた突然だねぇ」
「んぐ……んっぐ」
「飲み込んでから喋りなよお前さん」
言われて慌てて野菜を飲み込もうとすると、ろくに噛めてない塊が喉を通ってむせそうになる。フォークを野菜に突き刺していたにとりが苦笑いをしてごめんと誤った。
「……ん。フランドール・スカーレットです、初めまして」
「うん。私はにとり、河城にとりだ」
にとりが手を差し出したのでフランドールもおずおずと差し出し握り返した。所々が硬くなっている指が細い指に絡められ、腕ごと勢いよく上下に動かされた。
「うんうん、元気で結構」
ひとしきり動かされた後、一方的な元気っぷりを見せ付けたにとりが手を離して満足気に食事を再開させた。魔理沙が小さく肩をすくめせてみせる。言った通りだろ? 確かに先ほどのしかめっ面に対してこの態度は変わっているとフランドールは思った。
一人分のサラダを三人で分けたためか、食事はすぐに終わった。皿を片付けて水をコップに入れて戻ってきたにとり水を配り、一口飲んで息をついた。
「で、紹介するからには私に用があるんだろ? 魔理沙」
「ああ、だがあるのはこいつだ」
「フランドールが? ふうん」
興味深げに視線を注がれ、フランドールは緊張して背筋を伸ばした。できるだけ行儀を良く見せようと姿勢をただし、両手を膝に置く。ここへ来た目的を今果たすのだが、いざそうなるとなかなか言い辛い。実際に言葉にしようとなると恥ずかしさも出てくる。断られるかもしれないという不安が出るが、言わなければ変わらない。そうハッキリと思い直し。
「私と、友達になってほしいの」
「…………うん?」
「えと、仲良くしてください」
我ながら情けない言い方だ。紅魔館のメイドに命令するように、姉と話すときのようにもっと堂々とできなかったのかと。案の定、にとりがキョトンとしたまま見つめてくる。魔理沙が頬をかきながらそういう事だから仲良くやってくれ、とフランドールの言葉につけくわえた。
「や、てっきり盟友がまた悪だくみでもしてると思ってたが、予想外とはこの事だね」
にとりが呟き、それから長く大きく息を吐いた。ため息とは違う、安堵の吐息だ。
「いや身構えてたが拍子抜けしたなぁ、私は別に構わない、というより嬉しいけど」
「身構えてた?」
肯定の返事よりそちらが気になりフランドールが訊いた、見た感じでは身構えている様子など全くなかったし、自分がそういう事をされるような振る舞いをした覚えはない。にとりは腕を組んで天井を見上げるとひとしきり考える素振りをしてから。
「まぁ……紅魔館の主の妹は情緒が不安定な厄介者だとかね、噂みたいなもんさ」
魔理沙が苦々しくああ、と呟きフランドールもそれで納得がいった。先ほどに見た二人の河童が逃げるようにして去った理由も。自分がそう言われているのはたまに得る紅魔館の外の情報で薄々と知っていた。だが、それだけでここまでの反応をされるのは不思議だった。
「確かにそうだったかもしれんが、こいつも人と付き合って色々変わったさ。今は違うよ」
今、という言い方に引っかかる物があったが、こじらせないために魔理沙が助け舟を出してくれる。にとりが気まずそうに頬を掻きうんと頷いた。
「ん、出会ってすぐに言うのもなんだけど、多分そうなんだろ」
とりあえず悪く思われているようではないらしく。フランドールの口からも安堵の息が漏れる。情緒不安定というのは実のところよくわからなかったが、それで自分が否定されるのは嫌だった。受け入れられたという喜びよりも、まず安心が出た。
その様子を見た魔理沙がよし、と言って椅子から立ち上がりコップの水を一気に飲み干した。かと思うと箒を手にしてドアへと歩き出す。
「どこ行くの? 魔理沙」
「お前はしばらく話してな、後で迎えに来るよ」
「用事かい?」
「ま、そんなトコだ」
腰を浮かせかけたフランドールを止め、片手を上げて魔理沙は出て行った。やる事がある。と言っていたのを思い出す。山に居る他の誰かに会いに行くのか。仲介役が居なくなって二人きりになる。にとりがふむ、と呟いた。
それっきりどちらから話す事もなく静寂が訪れる。二人は顔を見合わせているが、フランドールが何を話せばいいかまごついているのに対し、にとりはやはり何か考えているような面持ちだった。
いざ友達になってくれ、と言ったものの。どうアプローチをすればいいかわからない。魔理沙のように向こうから一方的に話しかけてくれるタイプではないので、少々やり辛い。
にとりから視線を逸らし、フランドールは部屋を見回した。インテリアらしき物は何もない。窓際の方には大きな机があり、その上もごちゃごちゃとした金属やらが積まれていた。
「あっ」
その中に混じって埋もれている時計盤が目に留まり、フランドールは思わず呟いた。壊したボンボン時計の奴よりもずっと小さく、手の平に収まる程度の大きさの物だ。にとりが視線につられて机を見たが、どうして呟いたのかがわからず小首を傾げた。
「なにか変わった物でも見つけた?」
「ううん、時計があったから」
「時計? ああ、あれか」
にとりが立ち上がり、机から時計盤を発掘した。他にも銀色の丸い形をした置物と二本の針、それから小さな黒い粒のようなものを持ってくるとテーブルに並べる。どうやらこれらは時計の部品らしく。
「目覚まし時計ってんだ。壊れたのを貰ったからいじってそのままだったんだけど……フランドールは時計が好きなのか?」
「……しばらく好きになれそうにないかなぁ」
時計盤を手に取りフランドールは苦々しく呟いた。どうしてだと訊かれたので、寝起きの事についてにとりに話した。自分が住む地下部屋に鳴り響いたボンボン時計の音の事、それが姉の用意したものだったという事。壊してしまった事は黙っておいたが。
「なるほどねぇ、確かにそれは嫌いにもなるな」
話し終えると、にとりが真剣そうな表情でテーブルに並べた時計の部品に視線を落とした。
「時計って面白いんだけどねぇ……こいつとか、本当はスイッチにライトがついてて夜でも時間が見れるようになってるし。種類によっては温度計とかまでついてたりするから便利なんだけど」
「面白そうだけど音がうるさいから私はいらないかな」
いくら便利といえども、あのうるさい音を二度と味わうとなると遠慮しかでない。
そもそも目覚める時刻を自分で決めるなんて事をしないので、そんな機能は必要ない。言ってしまえば時間なんてものも気にしないので、時計自体フランドールには不必要な存在だった。
「じゃあ、うるさくないのなら好きになるかもな」
しかし、にとりはそんなフランドールの心境を知らず、にっと笑ってそう言った。
「作ってやるよ、うるさくないの。むしろ自分から聴きたくなる位のをさ」
「でも、別に……」
「いいからいいから、友達祝いだって事でさ。ちょうどこいつをどうしようか考えてたところだし。うんそうだな、それが一番だ。時計も喜ぶだろうよ、フランドールに使って貰えるって」
にとりは自分であれこれ決める癖でもあるのか、一方的に決め付けると手を叩いて張りきって見せた。友達祝い、という言葉につられてフランドールも喜んで頷く。
新しく知り合った人が、自分のために何かをしてくれようと言ってくれたのがたまらなく嬉しかった。
二人が時計をどうこうしようと話し始めた頃。にとりの家を出た魔理沙は山を少し降り、川から分岐する流れを辿った先にある小さな滝に訪れていた。緩やかな流れで落ちる流水がドボドボと音を立てている。これを被ったらきっと気持ちいいだろうと思いながらもその欲求を抑え、岩と水の間に箒を滑らせる。その場所は二メートル程度の高さと広さがある天狗の休憩所の一つで、くつろいでいた射命丸文が魔理沙に気が付き、枯れ紅葉の天狗扇をひらひらと手の変わりに揺らした。
文の前には文々。新聞で使うための写真や小さな紙が並べられていたが、魔理沙が黒烏帽子を脱いで腰掛けると、文は纏めて胸ポケットに突っ込んだ。
「なかなかいい所に居るじゃないか、探したかいがあった」
「避暑と撮影には持って来いでしてねー、この下ではよく秋神様が涼んでいるんですよ。どうです? あなたもたまには童心に帰ってみては?」
「遠慮しておくよ……」
どうやら隠した写真にはその秋神が写っているらしいと思い、にやにや笑う文に魔理沙は呆れた。新聞の主役を飾るならまだしも欲求の解消に使われるのは金を積まれても遠慮をしたい話だ。
「で、私を探してると言いましたね。何か?」
「ああ、頼みごとが一つあってな」
「では今から下着姿で水浴びをして撮影会を、そうですね後は一ヶ月ほど密着取材も。ああご心配なく家事と炊事は得意です。それからあなたの研究について特集を――」
「下手に出る前から調子に乗るな!」
「冗談ですよ冗談、おちゃめな天狗の好奇心」
「……聞く気がないなら力ずくでもいいんだぞ?」
「わあわあ聞きます聞きます!」
魔理沙が帽子に手を突っ込んだので慌てて文が懇願した。からかうのもほどほどにしなければ怒らせてしまう。それはそれで楽しいがこの休憩所を破壊されるのだけは避けたいところだ。
「この射命丸文に不足のない頼みであるならば、ですがね」
「お前しか適任がいなくてな、椛だと融通が効かない」
「良くも悪くも真面目な部下で申し訳ない、で?」
「うん、お前、フランドール・スカーレットは知っているだろ」
「取材を何回かしてますね」
紅魔館の上に落ちようとしていた隕石を破壊した事件を思い出し文は頷いた。本人とも話しをした覚えがある。あの要領を得ないよくわからないやりとりはそうそう忘れるはずがなかった。紅魔館の住人ならば、と文はスカートのポケットから文化帖を取り出した。あそこは何かと事件を起こすのでネタに困らない。フランドール関係ならば間違いなく一面記事が作れるネタになりそうだ。
「あいつな、外に出たよ」
「へぇ、数年経ってやっとですか。何のために?」
思っていたよりも面白そうだ。ペンを走らせながら話を促す。フランドールスカーレットが屋敷の中を徘徊している目撃談や証言は何度も聞いているが、外に出るというのは新しい。そもそも何故フランドールが出たがらないのか、もしかしたらそれを解明する糸口になるかもしれない。
「友達作りだ。あいつも一人で淋しそうにしてたからな、さっき私が知ってる奴を紹介して来たところだ」
「それはー……また随分と急なお話で」
「まぁ勢いってのもあるけど。ほらレミリアが絡むとフランドールが意地を張るかもしけないだろ」
「どちらも子供っぽいですからね、見た目も中身も」
「言ってやるな……でだ。お前にはフランドールのサポートをしてほしい。あいつが上手く友人と付き合えるように手引きを少し」
「そういう事ならしますけど……手引き?」
聞き返してから、文の脳裏に一つの疑問が浮かんですぐに答えが出た。フランドール・スカーレットを紹介した、という事はすでに相手と会っている。その前に椛に会い、自分が適任だと頼みに来る。顔の広さと交友関係なら自分と魔理沙は同じ程だ。サポートだけなら別の誰かでもできる。となると手引きというのは。
「…………一つ聞きますが、フランさんに紹介したのは誰です?」
「河城にとり」
「あー……」
やはりか。と文が肩を落とす。間違ってくれてた方が良かった。
確かにそれなら魔理沙にとって自分は適任だろう。本来ならば白狼天狗を駆使して撃退しなくてはならない部外者を招きいれたり見逃したりしているのだから。
妖怪の山の誰もが知っている魔理沙ならまだいい。だがフランドールとなると話が別である。あの吸血鬼の妹が山にすでに入っていると知られたら間違いなく自分に火の粉が降りかかる。
「はいかイエスかオーケーで答えてくれ」
それを知ってか知らずか、魔理沙がにっこりと笑って言い切った。断らせる気が微塵もない。どちらにしろこうなっては協力を拒む事も出来なさそうだ。そう考え。
「わかりましたよ、落ち着いたらそれを記事にでもしますか。……あと密着取材の事、考えといてくださいね」
「おう、考えといてやるよ」
言うなり魔理沙は立ち上がり箒に跨った。用はこれだけらしい。文も立ち上がって出口まで見送る。念のため前に釘を指す必要があった。
「手引きは確かに引き受けます。ですがもしもフランさんに何かあっても助けはしません。よろしいですね」
「どういう意味だ?」
「私にも立場があるのです、大天狗様や天魔様に睨まれたら好きに動けなくなるし」
「ははは、まあよろしく頼むよ」
そう言い残して去っていく魔理沙に、自分勝手な奴、と文は一人ごちた。もしフランドールの存在がバレてしまったら自分だけでなく紅魔館や魔理沙自身の問題にもなるというのに。頭の片隅にも浮かんでいないらしい。
「お? にとりだけか?」
「やっと帰ったかい? 待ってたよー」
射命丸の頼みごとを終え、紅間館に帰るためにフランドールを迎えに行くと、家にはにとりの姿しかなかった。テーブルの上は既に片付けられており、にとりは何やら困った顔をしていたが、魔理沙に気がつくとぱっと顔を明るくさせてわざわざ駆け寄り、手を取って中に招き入れた。
「おいフランドールはどうした? まさかお前ら何か」
「いやー、あの娘可愛いね。うん、大丈夫だよ」
もしやと心配する魔理沙に、にとりはにこにこと笑みを浮かべて椅子に腰掛けさせる。ふと視線を巡らすと、ごちゃごちゃと物が積まれている作業机の上にフランドールの帽子があった。一人で山を降り出したのかとも考えたが違うらしい。だが、家の中に居る様子もない。
「実はフランドールは部屋にいるんだよ、どこに居ると思う?」
にとりが両手を開いて自信ありげに魔理沙に聞いた。かくれんぼでもしているのか。探して見ろとでもいいたげな顔だが「わからん」と答える。
どうせ探したところで見つからないとわかりきっていた。
「へへへ、バッチリだね、フラン。脱いで」
にとりが告げると、魔理沙の横の椅子の上に何も無いはずの空間に紅色が混ざり――ぬっとフランドールの姿が現れた。
「うおっ」
「驚いたろっ! 大成功だな!」
魔理沙の反応ににとりがガッツポーズを決めた。フランドールも同じように笑い、そんなにとりに親指を立てる。フランドールがボタンを外し、服を脱ぐ動作をたかと思うと濃い緑色の裏地が見えた。河童の光化学スーツだとすぐに気がつき、魔理沙は顔をしかめてそんな二人を交互に見る。
「満足いただけたようでなによりですな、にとり君」
「ごめんごめん。ほら盟友には一度あっさり見破られてるからさ」
妖怪の山に神が転移した時、スーツを着ていたにとりをあっさり見つけた事があったが、どうやら改良を加えていたらしい。予想通りの結果に手を合わせて二人が喜ぶ。こちらも上手くいっているようだ。安心を覚え息をつく。
「よし、だったらもう戻るぞ」
「えー、もう……うん、わかった。じゃあにとり、また明日」
「ちゃんとそれ着て来いよ、どうせ暇だしいつでも来な」
にとりは椅子に座ったままだが、手を振って送ってくれた。フランドールと魔理沙はドアに向かう。ドアノブを回した時、フランドールが思い出したようにとりに振り向く。
「時計の完成、楽しみにしてるね」
「おう、待ってろ」
「時計? 何の事だ」
ドアを開けざま、二人が交わした言葉に魔理沙が訊くが、フランドールに腕を引っ張られ、にやにやと笑うだけのにとりからは答えは返ってこなかった。
もう二人の秘密か何かでも作ったのか。感心したり呆れたりするよりも、半ば微笑ましい気分を感じながら魔理沙は箒にフランドールを乗せ、自分も跨った。
「まーったく……あんなものを与えて」
「おや、今日は来客が多いね」
ドアを閉じると同時に、窓が勝手に開き射命丸文が入り込んできた。今のやりとりを見ていたらしく、カメラのネジを回しながら呆れた息をついている。勝手に入られた事を気にする風でもなく、にとりは椅子に腰掛けて一息ついたと伸びをした。
「やる事が少なくなって助かりますが」
「ああ、やはり君に行ったか、盟友殿は」
文は答えず、台所に入っていく。にとりは肩をすくめると、フランドールの帽子がそのままだった事に気がついた。そういえばと頭に手をやると自分の髪に触れる。自分の帽子を改良したんだから無いのは当たり前か。
「……似合いません」
「ん、残念」
戻ってきた文は不釣合いな帽子を被って気取る知り合いに同じように肩をすくめると、勝手に用意したグラスを置いて自分も椅子に腰掛けた。
「仲良くやれてるようですね、あの娘と」
「慣れてないだけかもしれないけど大人しくていい娘だよ、どっかの人間と違ってね。素直に話も聞いてくれるし・・・・・・時計を作ってやるって言ったらさ、凄い嬉しそうにしてね」
「へぇ……どうして時計を作ってあげようと思ったんです?」
「おいおい新聞の記事にでもするのかい? 止めときなよ」
「単純な好奇心もありますよ。あの吸血鬼が山の妖怪と友好関係を築くなんて、気になるじゃないですか、それだけです」
そう言っているものの、文が文化帖を取り出し今しがた言った事をメモしているのを見る限りには、記事にするのは確定しているようだ。
「何か問題になったならばそれでよし。無ければ無いでそれでよし。私なりに歓迎はしますよ」
その行為こそが問題になるんじゃないかな、とにとりは思ったが。
「良い記事を頼むよ」
それだけ呟くように告げ、視線を窓に移した。川の方からは蛙と蟲が鳴き始める。騒がしい夏の夜が訪れようとしていた。
※
短くも楽しい時間がすれば、後は静かなだけである。スーツは夕暮れの中でもしっかりと効果を発揮し、帰りがけに魔理沙を見つけた天狗達はフランドールに気がつくことはなかった。これならば明日も問題なく山を登る事ができる。
「明日から一人で山に行けるなフラン、悪いが私はついてかないぜ」
「へ?」
紅魔館につきフランドールを降ろすなり魔理沙に言われ、思わず素っ頓狂な声が出る。てっきり明日も同じように連れて行ってくれると思い込んでいたので、肝心の行きかたについては何も考えていなかった。あの勢いだけの登山飛行で道を覚えるも何もあったものじゃない。
「今日は紹介って事で連れてったけど、明日からについてはお前とにとりの間の約束事だ、私は関係無い」
「でもどうすればいいのよ、これじゃあ迷っちゃうわ」
「まぁ、行けばわかるさ」
迷うのは明らかだというのに言うなり魔理沙は浮き上がり、フランドールが何かを言う前に飛んで行ってしまった。いくらなんでも適当で勝手すぎると頬を膨らませるがこうなったら明日は一人で行くしかない。
鼻提灯を浮かべる美鈴を横切り、念のために裏の方から館の中に入る。まず自分の地下室まで行くと、出る前に書いた立ち入り禁止の貼り紙がちゃんと貼ってあった。パチュリーがやってくれたのか、この時間だとレミリアも起きているから、外出の件に関しても話は通っているだろう。
パチュリーに題字を頼んだ後にこっそり掃除をするつもりだった木屑は案の定そのままだった。
スーツをベッドに放り、部屋を出る。片付ける前にまず帰宅を告げないといけない。レミリアがいるだろう談話室へ向かうと、扉の前でカップを乗せたトレイを持った十六夜咲夜がドアノブに手をかけているところだった。パチュリーはどういう話をしたのか、にこにこと笑顔を向けられる。
「ただいま」
「お帰りなさい妹様。どうでしたかお出かけは」
「うん、楽しかった、友達もできたよ」
「まぁ、素敵ですわ」
何が素敵なのかわからないが、咲夜の顔がさらに嬉しそうになる。声に気がついたのかドアの向こうでレミリアが咲夜の名を呼んだ。
「紅茶、私が持ってくよ」
「あら……でも」
「いいから、ね」
この様子だとややこしくなりそうな予感がし、フランドールは渋る咲夜からトレイを渡させた。まだ何か聞きたそうにしていたが、すぐに一礼して姿を消す。フランドール自身もにとりの事を話したい気持ちはあったが、もう少し仲を近づけてからでも遅くはない。話す事が増えれば咲夜も喜ぶはずだ。
レミリアがまた呼ぶので、フランドールは一呼吸置いてからドアを開けて談話室に入った。ガラス製のテーブルを挟んで座っていたパチュリーとレミリアが一緒にこちらを見る。
「あれ? 咲夜は?」
「美鈴のところ」
「ああ……」
実際は手頃な仕事だろうが、理由としては通る。紅茶を二人に出し、フランドールはパチュリーの横に腰掛けた。レミリアは出された紅茶を飲み一息ついた様子でフランドールを見つめ、小さくだが微笑む。怒っている様子はなかった。
「その様子だと問題は起こさなかったみたいだな」
「お生憎様、外ではちゃんとお姉様の妹らしく振舞ってます」
説教はなさそうだとわかった途端、フランドールが憎まれ口を叩くが、それでもレミリアは一人満足そうに頷いた。「賭けをしてたの」囁くようにパチュリーが説明した。
「魔理沙のおかげで友達も作れたわ、明日からは私一人だけど、仲良くなれそうなの」
「あいつもたまには役に立つんだなぁ」
「それ位してくれないと釣り合わないものね、ええ本当に」
「どこに行ったの? 霊夢かアリスのところ?」
「ううん、妖怪の山。河城にとりっていう河童に会ったわ」
「妖怪の山……って一人で行くって言ったけど。妹様だけで大丈夫なの?」
さすがに眉をひそめパチュリーが訊く。天狗の見張りについて言っているのだろう。排他的な場所で普段見ない侵入者、しかも吸血鬼だ。悪い噂、とにとりが言っていたのを思い出す。見つかったら場合、対応は最悪なものと想像していいだろう。しかし、フランドールにはにとりから譲られた光化学スーツがある。よほどのヘマをしなければその心配はない。
「大丈夫よ、ちゃんとにとりと対策したもの」
「心配だな。美鈴を一緒に連れてった方がいいんじゃないか?」
「私一人だから大丈夫なのよ、美鈴がいなくてもちゃんとやれるってば」
山を登ることを考えるとそうするべきかもしれないがスーツは一着しかないのだ。レミリアは納得いかない様子だったが、フランドールに言い切られ、仕方なしといった感じに頷く。急に外に出始めた妹が館と同じように振舞って失敗をしないかという考えだったが、そう言われてしまっては難色を示せても手は出ない。
「ま、何かあったら無理やりにでも美鈴をつけるからな。いいなフラン」
「わかりましたわ、お姉様」
「うん。で時計なんだけど――」
いきなり出た時計という単語にドキリと心臓が跳ねる。先に確認をしてまだ知られてないとわかっていても、後ろめたさがフランドールをうろたえさせた。
「どう? 気に入った?」
「え、ええ」
「よかった。あなたが何か欲しいだなんて珍しいからついはりきっちゃってね。気に入らなかったら別のも用意しようと思ったけど安心した」
「す、素敵な贈り物だと思う。大事にするわ」
大事も何も、贈られた翌日に壊してしまったが。元はといえば寝ている間に無断で置いたのが癇癪の原因なのだが。ほっと胸を撫で降ろすレミリアにそれを言う事はできない。うしろめたさがますます増し。言いようの得ない感情が背中を走って汗をかかせる。存在を消されたプレゼントを気に入ってもらえたと喜び安心するその顔が、まともに見れなくなりそうになる。無理に笑顔を作って返しつつも、視線は全てを知っているパチュリーに向く。何か考えている様子だったが、その表情に変化はなく。静かに紅茶を口につけている。
「昼間に起こされて話を聞かされた時はびっくりしたけど、なるようになってたのね……もしあなたが出先でトラブルを起こしたら問答無用で罰を与えるつもりだったけど」
「おこらなかったから、そのままなるようにさせなさい」
「そうね、ふふ」
レミリアはしばらくして欠伸を一つした後、昼間に起こされたからと眠るために部屋に戻った。 残されたカップを見つめ、ふと安心を覚えて息をつく自分に気がつく。
「時計。どうするの?」
「どうするのって……」
「そのまま黙ってるなんて言わないわよね。どのみち無理な話だけど。自分で言うか、他人が気付くかの違い」
自分でも他人でも、結果は同じだ。時計が壊されていると知ったらレミリアは黙っていない。できることなら、このままずっと部屋に時計がある、ということにしていたい。だがパチュリーの言葉が、それをさせてくれなかった。
「もし数日までに自分でどうするか決めないなら私が言う」
「どうして」
「考えなさい、今まで通りになりたくなかったら」
短く告げ、パチュリーが立ち上がる。考える、何を。
談話室のドアが閉じられる、その疑問に答えてくれる者はたった今、居なくなった。
目が覚めると、そのままにしていた木屑がまず目に付いた。
結局片付けられず、パチュリーに言われた考える、ということを考え、気がついたら寝ていたらしい。
時計の音を聞いたせいか、やけに部屋が静かに思える。目を擦り、手は自然とベッドの隅においやっていた光化学スーツに伸びた。
今日も会いに行っていいとにとりは言った。だから会いに行こう。
着替え、スーツを持って部屋を出る。ホールへ向かう途中、眠そうにレミリアが歩いているのを見つけ、レミリアもまたフランドールに気がついた。
「出かけるの?」
「うん、出かける」
そう、とだけ答え。レミリアが欠伸を噛み殺しそのまま歩いていく。
時計のことをどうするか、考えろ。パチュリーの言った言葉を理解はできていた。自分でちゃんと壊したことを伝え、謝れと言っているのだ。
しかし、そうしたらレミリアは間違いなくフランドールを許さないだろう。にとりには会えなくなる。
遅れれば遅れるほど時計を壊したという事実は罪として大きくなる一方だが、フランドールは口こそ開いたものの、レミリアの姿が見えなくなるまで、声を発することができなかった。
光化学スーツを身に纏い、紅魔館の外へ出れた後は山へはまっすぐ飛んで行けばすぐだ。山が見えるから迷うも何もない。問題は着いてからである。
地面が土と草からごつごつとした石が混ざりはじめ、見てわかる程に木々が茂り、蝉の声が増し、どこからか水の流れる音が聞こえてくる。
獣道のようなものがあるが、これもどこまで続くかはわからない。
「行けばわかるって何がわかるのよこれ」
手前で飛ぶのを止め、思わず魔理沙に悪態をつく。見上げれば太陽に触れられるかと思える程に高い山並み。この中腹に河童の住処があるが、はたして辿り付けるかどうか。
「どうしよう」
「河童のとこなら川を辿ればいいんですよ」
「川? あー、確かに…………?」
「この季節、涼しくていいんですよねぇあそこ」
答えた後に気がつく、今のは自分に話しかけたのか、いやいつの間に横に居たのか、そもそもそ、自分は姿を消しているはずだ。慌てて口を押さえるも後の祭り。
腰に右手を当て、左手は揃えて黒眼鏡の上で影を作り、同じように山を見上げていた射命丸文がこちらを向いてにっと悪戯っぽく、してやったとばかりに笑った。
「お久しぶりですフランドールさん。覚えてます?」
「天狗の……記者」
「射命丸文と申します、文ちゃんって呼んでくれてもいいんですよ?」
「何で? 何でわかったのよ!?」
「にとり特製のサングラスですよ……いやはや、もはや何でも屋の域ですね、これは」
驚くフランドールの疑問に飄々とした態度でずばり答え、文がそのまま山の中へ歩き出してしまう。ついて来いというのか、おずおずとだがフランドールも続いた。見張りの天狗にしては追い出そうという意思どころか山に入るのを助けようとしているとしか思えない。わけがわからなかった。
「手助けを頼まれて応じただけですよ。ご心配なく」
「魔理沙が言ってたのってあなただったのね」
「可愛らしいお嬢さんと二人でお話できるチャンスですもの、せっかく邪魔が入らないんだし、よろしいですね?」
そう訊かられるが、これでは文についていけなければ河童のところへは行けそうにない。フランドールはため息をつきたくなるのを堪え。「よろしくてよ」とせめて偉ぶって返してみせた。この天狗の話というのは、いつも強引でしつこいのだというのを、何度も経験した覚えがある。調子に乗らせると面倒だ。
少しも歩かないうちに川のせせらぎは濁流も混ざって大きくなり、土と石から石のみに、靴ではやや歩きにくくなるが、かわりに開けた場所は木々が囲むように茂り。文の言うとおり吹く風は冷たくも生ぬるくもない、いつまでも浴びていたいくらいに心地の良い清風によって涼しい空間が作られていた。
足を滑らせてしまわないよう、文が川の方を歩き、その横にフランドールが並んで歩く形となり、奇妙な山登りがはじまった。
文の口は閉じることを知らないのか、あれこれと見つけては語りかけ、一人満足し、また別の何かを見つけるということを繰り返している。山について色々と教えてくれるのだというのはわかるが、正直な話、静かにしていてほしかった。
昨日とは違い、ゆっくりと見る山の中は今まで見たことのない魅力的で、駆け出したくなるくらいに楽しそうな場所だが、実際に駆け出してはしゃぐような気は微塵も起こらない。レミリアに何も言えなかった謝罪についてどうしても考えてしまい、浮こうとする気分に石を抱かせて沈めてしまう。
「どうしました? 悩み事でも」
そしてその内面の変化を、あざとく文が気がつき歩みを遅くする。言いでもしたらどうなるか、笑いものかネタにでもされるだろう。「なんでもない」ぶっきらぼうに返し、足を速めて文を引き離したが。
「からかわない?」
「誓って」
追いついてきた文に、逆に訊く。文は額に手を当て、敬礼のようなポーズを取った。
たとえそれが嘘だと思っても、言えば楽になるかもしれない。
時計を贈られ、壊し、魔理沙とにとりに会い、帰り、壊した時計について考えるように言われ、謝ろうとしてもにとりとのために謝れなかったと。
一度口にすると制止がきかず、結局は全て文に話してしまった。文は相槌を打つものの、誓った通りに横槍を挟んだりはしない。そのうち、フランドールの口からは、話ではなく。これからどうすればよいか、という不安が出ていた。
「時計を黙っているとお姉様に怒られる。パチュリーも。だけど仲良くなったのにすぐに会えなくなるなんて嫌だわ。これからもっと仲良くなれるかもしれないのに」
「でも、聞いてる限りどの道そうなりますよね」
そんな事はわかっている。だから悩んでいるのに。
「……ジョージ・ワシントンの桜の逸話、知ってます?」
「は?」
「アメリカの偉い人の話なんですけど」
「知ってるわけないじゃない」
何を突然言い出すのだと睨むと、文は腰辺りから天狗扇を取り出しフランドールに向って扇いだ。強い風が髪を撫でていき、帽子が外れそうになったので慌てて抑える。
「まぁま簡単に説明をしますと。桜の枝を折ったジョージ君が父親にその事を正直に話したところ、怒られるどころか褒められた、というお話なのです」
「なに、私がそのジョージで桜が時計ってこと?」
「そんなとこです」
「私はジョージじゃないわ、お姉様もお父様じゃない、時計も時計」
レミリアと交流があるくせに分かりきったことを言う。だが、今度は自分を扇ぎ、文はあっけらかんと言った。
「ならフランドール・スカーレットの時計の逸話にしちゃえばいいんですよ」
「ただの真似っこじゃない!」
「怒りなさんな。真似は真似でも、結果が違う。フランドールさんは怒られて罰を与えられるに違いないとばかり思ってますが、実際はまだわからないでしょう?」
「だって、そうに違いないわ。いつもそうだもの」
「では今回もいつも通りにすると? 怒られて、罰を受けて、にとりさんに会えなくなってはいおしまい。それでいいと?」
「うるさい、黙れ」
何を言いたいのかわからず、フランドールは文の言葉を無視し、足早に歩く、いや駆け出す。話したのが馬鹿だったと、こんな奴に話したことが間違いだった。解決策を得られるどころか、馬鹿にされたような気分すら感じる。
しかし、文は顔色ひとつ変えずフランドールの横に追いついた。扇で口元を隠し、あの挑発したような口調でなお言い続ける。
「あなた考えるにしても大事なことが抜けていらっしゃる」
「大事? なにが!」
「それを考えるといいでしょう」
「なっ……ずるい、教えて」
「黙れって言われちゃいましたもんー。お口にちゃっく」
「あ、て、撤回する、撤回するから」
「アハハハ、いや可愛いなぁもう」
慌てて立ち止まると、文が大げさに笑い、フランドールの頭に手を置く。そのままワシワシと撫でると。
「単純な事ですよ、物はいいよう。同じ怒られるでも怒られ方があります」
「怒られ方って……嫌な奴ね、変に遠まわしに言って」
「おや嫌われちゃいましたか? これでも私、あなたと友達になりたいと思ってたんですけど」
「それも嘘」
「嘘じゃないですよ。お友達になってテラスで一緒にお茶したり、お部屋で内緒話したり、大好きなぬいぐるみを抱きっこしたりああもう色々やりたいですね」
「友……達?」
「友達です…………っと、そうこうしてるうちに見えてきましたね、では今度改めてお友達になりましょうね、フランドールさん。次は文ちゃんって呼ばせてみせます」
フランドールから離れ、文が地を蹴る。変にはぐらかされた気がしないでもないが。どちらにしろ、文ちゃんなどと呼ぶ気はない。天狗の記者は天狗の記者だ。
「ああ、それと」
空へ翔けるため翼をはためかせた時、文が思い出したように呟く。
「幻想郷へようこそ」
旋風を上げて風が舞う。瞬きをする暇もなく。文の姿は小さな影となり、そのまま消えていった。
「暇だって言ってたくせに」
ぽつりとドアの前で呟くも、その悪態が届くことはない。
ドアには急用のため家を留守にするというメモが貼られていた。走り書きの字から本当に急な事が伺えるので本心は怒ってはいないが、脱力に近いものを感じドアを背にずるずると腰掛ける。
いつ戻るんだろう。幸い陽が沈むまではまだ時間はある。屋根のおかげで日傘を差し続ける必要もないので、スーツのボタンを外し胸元をバタバタとはためかせると、微かだが涼しい風が体に溜まった熱を冷やしてくれた。
姿を消すためとはいえ、真夏に厚着をするなど倒れてもおかしくない。
文が案内をしてくれていなかったら実際にそうなっていたと考えると、そここだけは感謝をするべきか。
どうせまた会うのだと文のことは一度置き。さて、と声に出して回りを見回す。どこからか河童の声は聞こえるものの見る範囲では姿はない。耳をすまさなくても相変わらず蝉の声はうるさいが、川の流れる音で苛立つこともない。休むにしては場違いだが、慣れない山登りで疲労した脚は、それでも伸ばすとジンと痺れるような快感を伝わらせフランドールを安息させた。
途端に訴える喉の渇きに水筒を持ってこなかったことを後悔する。考えれば考えるほど紅魔館を歩くのとはわけが違う。外を歩くというのは大変なんだな、と今更ながらに思い知り、しかしそれも友達に会いに行くためだと思うと、苦に感じる部分さえ楽しく思えて不思議と笑みが浮かぶ。
強い風が吹いて体を撫でていくと、合わせるようにして欠伸がこみ上げた。脱力と疲れが今度は眠気となって体を覆い重くしていく。普段は夢の中に行る時間に動きつづけたせいで無理が出たか。
うっかり寝てしまいも見られでもしたら笑い種だ。瞼を擦って首を振るが、一度覚えた眠気はどんどん思考を覆っていく。そのうち、そよぐ風も蝉の声も子守唄のように感じられ。ゆっくりと沈む意識を任せたままに、フランドールは体の力を抜いて目を閉じた。
――ねぇ、起こしたほうがよくない?
――でも怖いよ
――にとりの友達みたいだし、放っておいたら危ないよ
――でも……
騒がしい声が耳に飛び込む。うるさいぞ、メイド妖精達がまた仕事をサボっているのだと思い、フランドールは怒鳴ろうとしたが、ねばついたような喉の感触が言葉を遮った。
「あ」
「起きちゃった」
声が驚き、土を擦る音。やたら気だるい。喉の乾きが増して頬が生温かった、。結局眠ってしまった。慌てて体を起こす。おそるおそる二匹の河童が口元の涎を拭うフランドールを見つめている。ぼやけた視界を擦って払い。
「水……」
状況を把握する前にまず喉を潤わせたい。河童の一人がスカートについているポケットの一つから、竹水筒を取り出しフランドールに差し出す。蓋を外して煽ると喉がびっくりしてむせる。構わず飲んでいくうちに喉から胃が冷えて心地よい気分に包まれ、意識もはっきりしてきた。一息ついてるうちに二匹の河童は昨日、声をかけて逃げられてしまった長髪と短髪の河童だと気がつく。
「ありがとう、生き返った」
「えーと、どういたしまして」
「何か変なことでもしちゃったかしら? そんなに脅えなくても」
「び、びっくりしただけ」
短髪の河童が答える。長髪の方がそうだといわんばかりにコクコクと頷いた。
「でもよかった、自分から起きてくれて」
「灰になるとこなんて見たくないし」
二匹は寝相で影の外に出かけていたフランドールを見つけて直し、また出ないように見ていたのだが、声をかけるかどうか悩んでいたらしい。ようやく合点がいき、フランドールはスカートの裾を持ち深く礼をした。
「助けていただきありがとうございました。紅魔館当主レミリア・スカーレットの妹、フランドールです。改めてご挨拶を」
「いえここ、こちらこそっ」
「同胞の盟友とあれば、当然ですハイ!」
慣れない挨拶に二匹がしどろもどろに手を振って答える。その可笑しさに吹きだすと、二匹は恥ずかしそうに頬をかいて顔を見合わせた。
昨日は声をかけただけで逃げたのに、今日は笑いあっているなんて、不思議なものだ。
「そういえば、にとりがどこに行ったのか知らない?」
「にとりの奴なら大天狗様と八坂様に呼ばれてるよ、えーと……なんだったかしら?」
同じ河童なら知っていそうだと思ったが、長髪の河童が困ったように短髪の河童に助け舟を求める。
「たしか―「電波塔の実用化計画」あー、そうそ……?」
答えてから長髪の河童が首を傾げる。二匹の肩にポンと手を置いたにとりが呆れた表情で大丈夫か、と呟いた。
「お前達も関わるんだからしっかりしておくれよ」
「にっ、にとり……あはは」
「おかえりなさい、っと、私達、もう行くね」
「じゃ、また!」
「おいおい待てよ……あ~……邪魔しちゃったかな?」
二匹が走り去る。声をかけたのが原因だと思い、にとりがバツの悪そうな顔でフランドールを見た。別に邪魔をされてないと首を振って否定する。
もしかしたらあのまま話続けていたら、あの二人とも友人と言える関係を作れたかもしれないと思うと、少し残念だったが。
「待たせてたみたいでごめんな、ちょっとお偉いさんに呼ばれてて」
「大天狗って奴と八坂って奴ね。天狗はわかるけど八坂って誰?」
「山の新しい神様だよ。中に入ろう。何か飲み物を用意するよ」
にとりと連れ立ち家に入る。昨日と同じ椅子に座り飲み物を持ってくるのを待ちがてら見回すと、作りかけの時計が目に入った。
すぐに作り始めてくれたのか、作業机に細かなネジやゼンマイが散らばるものの、箱となる部分はすでに形となっている。
色が剥げ所々に銀色が見える不造作な状態だったが、フランドールにとってにとりが手をかけたそれは、今まで見た美術品やアンティークのどれにも並ぶような美しさを秘めているように思えてならなかった。実際、そうだ。
これはフランドール・スカーレットだけに贈られるための物なのだ。これから色を塗りなおされ、完成する前であっても、それだけでこの不完全な時計はかけがえのない宝物として愛せる。
「あれな、後は組み込んで塗るだけなんだが、もう少し時間がかかる」
麦茶を注いだグラスをテーブルに置き、腰掛けながらにとりが呟く。
「面白いことを思いついて試したくなった。なに悪いようにはしないさ」
「いくらだって待つわ。あなたが作ってくれるんだもの」
「嬉しいね……でも白状するともう一つ。私の事情で作る暇がなくなるのもある」
「電波塔?」
「あいつらか」
にとりが驚いて頷く。
「フランはあいつらといつ知り合ったんだ? 妖怪の山に来たのは昨日が初めてだったんだろ」
「私が声をかけたのは昨日だけど、今日は向こうから」
「へぇ、なんだ、やればできるじゃないか!」
「……うん」
声をかけてきたのは、眠っていた自分が陽の下に出ようとしただけだが、フランドールはそれを言わなかった。恥ずかしいという心地があったし、なによりにとりの反応は、自分がにとりへ言った言葉をあの二人に言ったのだと思い喜んでいるからだった。
そういえば名前を聞いていないな、と頭の隅によぎる。
「そうそう、その電波塔を使えるものにするようにってのがお偉いさんの御命令でね」
「使えるようになると何ができるの?」
「小型の連絡機器を作って山の中で情報や伝達を行き渡らせやすくなる。外の携帯電話を模倣した奴だね。型とマニュアルはあるから後はアンテナを建てて電波を飛ばして――」
「ケイタイデンワ? アンテナ?」
訊きなれない単語にフランドールが怪訝な顔を示すと、にとりはふむと呟き腕を組んだ。何の知識も無い相手にどうわかりやすく伝えようか考えているのだろう。
「よし、待ってな」
そして立ち上がると台所に入っていき、しばらく出てこなかったが。
「物は試せってね」
「紙コップ?」
戻ってきたにとりが持ってきたのは、重ねた二つの紙コップだった。これで電波塔や携帯電話というのがわかるのだろうか。
外されたコップを受け取る。縛られた糸が底の中心から伸びもう片方と繋がっている。にとりが口に紙コップをあてがい、耳をトントンと指で叩いた。
渡された紙コップを耳にあてるとにとりが椅子を軽く引いて遠ざかる。引っ張られるような感覚の後、糸がピンと張る。密閉された空間からは血液が流れる音が小さく聞こえる気がし。
『ハローハロー。聞こえるかい?』
くぐもったにとりの声が紙コップを震わせてフランドールの耳をくすぐった。
『糸電話ってやつさ。小難しいことを抜いて説明すると電波塔ってのはこれができる』
今度は耳にあてがい、口を叩く。フランドールは紙コップを口に当て。
「ハローハロー。声が小さいのにどうしてこの距離でちゃんと聞こえるのかしら?」
『ハローハロー。声っていうのは喉を震わせて音として出るんだ。それが糸を伝わってフランのコップに行ったってわけさね』
「じゃあ、電波塔はコップとコップを繋ぐ糸なのね!」
『いい回答だ! はなまるをあげちゃうぞー』
口から耳、耳から口と忙しいが。これはこれで普通に話すよりも楽しいものがある。
「ハローハロー……ねぇ、どうしてハロー、なの?」
『あれ? 外人さんの挨拶ってハローじゃなかったっけ? ほらフランは外国人じゃん』
「幻想郷の言葉を話してるじゃない」
『言われてみりゃそうだったな、アハハ』
「まるで声のお手紙みたい。近くに居るのに遠い感じがする」
『実際は遠くにいるのに近くにいるみたい、なんだけど……どうしてそう思ったんだい?』
「うーん……なんとなく」
『なんとなくか、参考にしておくよ』
どう参考にするかわからないが、にとりは満足気に頷く。コップを口に当てて語りかけ、耳に当てて返事を待つ様子が何となくそう思えただけで特に意味はなかった。
『外の世界では当たり前の技術だけど、私達にとっちゃまだ手探り状態だから、出来るかどうかすら怪しいんだけどねぇ』
「でも皆のために何かを作るって凄いと思うわ」
『そうかい? 神さんの勝手な理由だってあるしなぁ……でも、これが成功すれば山の皆が喜ぶかな。この季節もそうだけど冬は寒くて動きたがらないし』
「凄いよ、にとり凄い」
『ん……何かこそばゆいな』
褒められ慣れていないのか、恥ずかしそうなにとりの声。
山の神ということはきっと偉いのだろう。直々に頼まれて、大勢のために頑張ろうとしているにとりを心から尊敬し、自然に出た言葉だった。
不思議なことに、ただ言葉と言葉を交わすのではなく、糸で繋いで伝えると、心で思ったことが素直に言える気がして。
「ねぇ、一つだけいい?」
『ん? なんだい?』
「私の悪い噂って、なに?」
繋がったのなら、訊けるかもしれない。にとりが言っていた事と、二匹の河童の反応も。
ただの情緒不安定、狂っていると言われている。だが、もしかしたら、それ以外もあるかもしれない。
自分が山に来るようになって、にとりに少なからず負い目を背負わせてしまったのは事実だ。それをはっきりと自覚しておきたかった。
『……吸血鬼異変って知ってるかい?』
そしてその疑問は、確信に近いものに変わる。背中がざわめいた。
「ええ、知ってる」
吸血鬼異変、レミリア・スカーレットによる幻想郷侵略行為。
紅魔館が幻想郷に来て初めて起こした大異変だ、知らないはずがない。
『ここは幻想郷で組織的にまとまってるからね、レミリアにとっちゃ格好の的だったんじゃないかな?』
昔の姉の行為をフランドールは心の中で罵った。その時、自分はまだ館の中を自由に歩くのも許されず、パチュリーからその話を聞いただけだったが。他からすれば同罪だ。
『……その異変は今でも山の一部で畏れという形で残ってる。スペルカードルールによって落ち着いた今でもね』
ざわめく何かが、針に変わってフランの心をちくりと刺した。
「……それじゃあ、その妹も怖がられて当然ね」
呟くと形容し難い感情が、うねるように体の内から広がっていった。しかし、にとりはきょとんとした顔でフランドールを見つめたかと思うと。
『細かいことはいいんだよっ!』
急に大声を出され、鼓膜が破れるかと思いフランドールが飛び上がりそうになると、にとりが豪快に笑う。
『昔の話しだ。やったのはレミリアでフランじゃない。それに情緒不安定なおかしい吸血鬼だとか言われてるがどうだい! こうして話してみると全然そんなことはないじゃないか!』
「にとり」
『私にとって今のフランは、ただの可愛い女の子にしか見えないよ』
ぐん、と引っ張られ紙コップがにとりの手に引き寄せられる。再び重ねられた紙コップは放られて作業机に積まれている部品の一つになった。
「もし山の奴がフランドールをそう言うなら、私は訂正していくよ。お前は素直で大人しい娘だってね。ちゃんと振る舞いを知っているいい姉を持った娘だって」
思わず隠したくなるほど、頬が熱くなるのを感じた。そんなふうに言われたのは、今まで生きていて初めてだった。
「私も一つ聞いていいかな」
「なぁに?」
「これで私は胸を張れるかな? 盟友殿よ」
建前でもなく、フランドール・スカーレットの友人として。これが河城にとりという妖怪なのだというのがひしと感じられて、暖かく嬉しさとなってこみあげた。
「ありがとう」
あの時、受け入れてくれて。
にとりは答えず、麦茶を口にして照れ隠しをした。
どんなにその瞬間が至福で幸福であっても、過ぎれば過去になり。未来の憂鬱が現在になって訪れる。それを抱えたまま紅魔館で五日が経ち、文が新聞を届ける時に電波塔はあと五日で完成すると言った。それからさらに五日経ち、フランドールは憂鬱を抱えたままだった。
パチュリーはまだレミリアに時計のことを言っていない。二人きりで話しても決してその話をしようとしなかった。フランドールもまた。木屑を片付けられずに。
この十日、全く言うタイミングがないどころか、毎日決まってフランドールが目覚める昼頃にレミリアと会った。テラスで、大図書館で、談話室で。それでも言い出せなかったのは、怒った姉によって制限されてしまう自分の行動を思ったのと、文に言われた考えることを考えろ、という言葉の意味。
なぜ桜の枝を折って話したら褒められたのか、フランドールには全く理解ができなかった。それは間違いなく叱咤されるべき行いであり、来るのは褒め言葉ではなく罵倒か失望だ。
「今日、にとりのところに行くのね」
「うん、お仕事が終わるから来ていいよって」
「……そうね、ならフランがお世話になってるお礼をしないと、今度うちのワインをいくつか持っていきなさい」
「わかった、にとりも喜ぶと思う」
「パーティーでしか飲めない私のワインを独り占めできるんだ、喜ばないはずがないさ」
「うん」
カラン、とショットグラスに浮かんだ氷が鳴く。
今日、言わなければこの後もずっと言えない気がしてならなかった。このままにとりの家に行き、一時を忘れたしても、結局は堂々巡りなのはこの十日でよく実感した。
今までよく誰も無断で入らなかったと思う。あの妹様だからと気にもしないメイド妖精達と、命令に従順な咲夜は確かに張り紙の言いつけを守った。引き換えに部屋はどんどん汚くなるばかりで、それがフランドールの気分を日に日に沈めさせる。
「フラン」
「なに?」
「……」
レミリアの口は言葉の続きを言わない。届かない木漏れ日に目を細めて門を眺めていた。
「なによ」
僅かな苛立ちを込めて言う。まただ。ここ数日、名前を呼ぶ癖に何も言い出さないことが増えた。
「ねぇフラン。部屋にもっと色々と物を増やしたくなってこない? 例えば時計に似合うテーブルクロス、クローゼット、ティー・セット、それからベッドに」
「そんな気分じゃないの、あの、時計だけで充分な気分転換になりましたわ」
存在を消した時計の話題も。嫌がらせのように毎度毎度、同じことばかり。そんなに嬉しかったのだろうか? それとももっと自分の趣向を存分に発揮できると思っているのだろうか? フランドールは訊かれる度に考えるが、レミリアがほんの少し嬉しそうな顔をして。
「そう、よかった」
と答えて途切れさせてしまうため、真意がわからなかった。
少し蒸すような空気を吸うと小さく欠伸が出る。また眠ってしまわないようにと、夜昼逆転した生活を試みたが、体内時計はまだ適応してくれないらしい。同じ生活をしているばすのレミリアは特に眠そうな様子がないのが不思議だった。
「お姉様は昼に強いのね」
「うん? 弱いわよ」
「でも平気そうなお顔をしてらっしゃるわ」
「体が慣れちゃっただけよ、昼に片付ける用事が多くなったから」
その用事の一つに、あいつの家に行くのも含まれているのだろうか。
考えれば、レミリアもフランドールとやっている事は変わらない。誰かに会いに行くために。だけど違うのは自分に後ろめたさがある。
それを取り除かなければいけないのはわかっているがまだわからない。
桜の枝が、どうやって時計に結びつくのかが。
「友達になって文ちゃんって呼ぶ。だから答えを教えて」
「嫌です」
先を歩く文から返る言葉は矢のように早かった。どうして、と無意識に言葉が出る。
「何かを得るために何かを犠牲にする? 馬鹿は休んでからお言いなさい。それは友人ではなくただの取引相手です、真っ平御免のきんぴらごぼうです」
「ふざけないで。この私が真面目にお願いしているのよ?」
「例え天魔様でも山の神でも友人となっちゃあ話は別。失望しましたよ、単純な事もわからない馬鹿だったなんて、こりゃ記事にするには不味すぎる」
前回とは一転し、文の言葉は厳しく。振り返ろうともしない。
唯一手を伸ばした者にさえ見放され、フランドールは怒りを通りこして半ば癇癪を起こしたい心地だった。どうしてそんなことを言われないといけないのか。何様のつもりだ、と。そうすることは簡単だが、立場を考えるとできない。唇が痛む。もどかしさに噛んでいたらしい。
「だって、桜の枝がどうして時計になるのよ、お父様がお姉様になるのよ」
たまりかねて呟く。文が呆れた顔で振り返り。
「ここより右に真っ直ぐお行きなさいな、にとりさん達が仕上げをしている頃でしょう。それが終わったら、訊きなさい」
「何を」
「時計を」
それがフランドールのために作られている時計なのか、壊したボンボン時計なのかはわからなかったが、文は地を蹴って空へ消えていき。取り残されたフランドールは肩を竦めて言われた方向へ歩みを変えた。
川を離れれば森の中に入る。葉が影で地面を覆い始めたので日傘を閉じ。天狗の気配もないのでスーツのボタンを外す。文の言葉通りなら今は皆、期待を込めて電波塔に夢中になっているのだろう。
やがて声が途切れ途切れに聞こえ、近づくにつれ大きくなり。開けた場所が見える頃には多くの雑談が波となってはっきりと伝わった。
無骨な鉄が組まれた塔が中心にそびえたっている。天狗達に気が付かれないように開けた場所の少し手前に身を隠し、顔だけ覗かせ様子を伺う。
電波塔は河童を中心に天狗達が取り囲み、その誰もが頂上へと視線を向けていた。
木が巻きつき、錆びれ、ボロボロの塔の上に数人の河童が細長い棒をいくつも纏めた物や、深い白色の皿みたいなものをあちこちに取り付けている。そのうちの一匹がにとりで、もう二匹はあの長髪と短髪の河童だった。
楽しみだな、と近くの天狗が言い、ありがたいよ、と話しかけられた天狗が答える。
にとりはさすがに慣れた様子で軽々と物を取り付けているが、二匹は比べると心なしか不安定な動きをしているように見える。慣れていないのか、にとりが二匹に言った言葉を思い出す。
吹く風は弱くとも、狭い塔の頂上で作業している河童にとっては脅威。長髪の河童が揺れてバランスを崩したが、すぐさまにとりが服を掴んで支える。気をつけろ、と怒鳴る声がした。
長髪の河童が安堵の色を浮かべて頷く。と、また風が吹く。その場に居る全員があっと声を上げた。フランドールも回りに聞こえるのも構わず声を上げていた。
山の上から吹いた風は今のよりもずっと強く、ビュウと音を立てて木々を揺らす。長髪の河童が咄嗟に鉄の棒を掴んで支えようとし、短髪の河童がそれを助けようとしたが。
「鉄柱を掴め馬鹿!」
にとりが叫ぶ。しかし掴み直す暇がない。天狗にも河童にもざわめきの波が立った。棒が折れ、二匹が背からぐらついて、落ちる。
にとりの動きが遅れ、伸ばした手が空を切る。下の河童が叫んで動き、天狗達がうろたえた。衝動的に体が上がる、長髪の河童が一瞬、自分に向いたような気がした。
河童に遅れて塊となった鉄の棒が二匹を追う。
「う……!」
駄目だ、きっと誰かが、助けるはず。出てはいけない。
知られてはいけない、迷惑をかけてはいけない。そう思うが、脚は動いた。日傘を左手でさし、スーツのボタンを引き千切って動きやすくする。飛び出したフランドールにその場の多くが驚きの声を上げたが、その音すらもフランドールには聞こえなかった。
つまずきかけた靴先で土を抉る。目を凝らせ、追え。言い聞かせ二匹の上の物体を睨む。
間に合うか、間に合え、間に合わせろ!
右手はすでに『眼』を捕らえた。構うな、握りつぶせ。あの高さでも怪我はしても死にはしない。あれさえなければ。
時計のように、粉々に。
土煙が上がる。二匹が落ちた。フランドールの握り締めた右手の中で、大小の『眼』が突き刺さるような感触を残して消える。
「――!」
誰かが呼びかけるようにして叫ぶ、それが自分なのか、二匹のどちらかはわからない。そのまま横に入り森の中をがむしゃらに突き進む。奥へ、それから下へ向えば降りれるはずだ。
怒号に似たざわめきが遠ざかる、だがあの塊が奏でるはずの金属音は、聞こえなかった。
スーツはもはや邪魔でしかなく脱ぎ捨ててしまう。日傘ですら投げたい気分だった。そうして日光の中に飛び込んで灰になって消えてしまえば、どんなにいいことだろうか。
額から流れる汗が目に入り、視界がぼやける。胸の中で言いようのない感覚が渦巻いて気持ちが悪かった。この程度で疲れるはずもないというのに体が重い、立ち止まりたくなる。だが捕まるわけにはいかない。自分は――。
「っ……」
脚が止まる。息が切れる。自分は、壊してしまった。にとりが作っていた大事な物を。
山の全員が、必要としていた、楽しみだと、ありがたいと。
気がつくな、走れ。ずっと走っていたかのように震えるだけ脚を叩く。呼吸をして、落ち着けさせろ。
「ああ……」
大事な、自分のために、時計を。壊して。単語が浮かび頭を巡る。今は目を背けて逃げなければならないというのに。それらはフランドールの全てを犯すように思考を覆いつくしていく。
桜の枝、父、時計、レミリア、フランドール、ジョージ・ワシントン。
結びつけ、フランドールは文の例えの答えがわかった。自分が重ねた行為によって。
自分のために時計を用意してくれたレミリアに、自分が何をしてしまったのかを。
「私は」
座り込むフランドールの耳に、大きな羽音が響いた。
「こんな所でぼけっと座ってないで、さっさと降りないと捕まりますよ」
降り立った文が言う。しかしフランドールは立とうとしない。立てなかった。
「やだ、動きたくない、帰りたくない、にとりにも会えない、壊しちゃったのよ、大事な物」
「……そうですか、じゃあ担ぎます」
ふっとフランドールの体を浮かせ、文は言った通りフランドールを担いだ。そのまま山を降り出す。やれやれ、と思わず呟くと、腕の中でフランドールがビクリと震えた。
「本当はこうなったら我関せずと行くつもりだったんですけど、やっぱ動いちゃうもんですね」
「なら放っておいてよ」
「それが駄目なんですよ。頼まれましたから」
「私は頼んだ覚えない。お願いだから」
文が立ち止まる。降ろされるのだと一瞬体が強張る。そう言ったものの。一人でどうすればいいかなどわかるわけがない。このままここにいても、他の天狗が見つけるだけだ。
「頼まれたんですよ」
手に持っていた日傘を取り上げ、文はにっと笑ってフランドールに言う。
「魔理沙、怒りますから」
急に体が重くなる。文が飛んだとわかった時には、あの山の緑が視界一杯に映っていた
※
答えがわかり、自分が何をしたのか気が付いて、ならどう動けばいいか。思考が落ち着くにつれはっきりとわかっていく。ただ言うのではなく、謝らなければいけなかった。
「連れてきてくれてありがとう。それだけは言う」
紅魔館の門前で降ろした文がフランドールの言葉に頷き、羽を一度はばたかせる。
これからすぐに山に戻って後始末をする必要があった。
電波塔自体に損害はなく、河童達も大した怪我はしてない。山で起きた問題に対し根回しをする必要があった。
「お姉さまに何て言えばいいのかしら」
「言いたい事を言えばいいんじゃないですかね」
文が地を蹴る。姿が見えなくなり、フランドールは大きく息を吐いた。このまま自分の部屋に戻って、シーツに包まってしまいたい気分だった。だがそうする事はできない。
どの道、にとりにはもう会えないだろう。フランドールの姿をにとりは見ていた。大事なものを壊したのだ、許されるはずがない。
重苦しく、嫌な感覚が胸につかえる。
「どーしてこうなっちゃったかな」
思わず、自嘲気味な笑みが浮かぶ。こういうことになるなら、いつものように部屋に篭って館をうろついているだけの方がマシだったかもしれない。物寂しさなんか感じなければ、レミリアに頼まなければ。
「……………………」
時計さえ、持って来なければ。そう考えた瞬間。フランドールの心にある感情が芽生え、瞬く間に火をつけた。
そもそも、レミリアが勝手に黙って時計を置いたのだから、結果壊したのだ。時計さえなければ、にとりに会いに行く後ろめたさもなかった。
時計を壊したことは謝らなければいけないが、それとこれとは、話は別だ。
フランドールの頭がカッと熱くなる。勢いよく門を開けると近くに居たメイド妖精が驚いて声をあげるが、構わずその中を足早に歩いていく。
それはもはや八つ当たり以外のなにものでもなかったが、フランドールにとってそんなことはどうでもよかった。パチュリーに言われ考え、文に言われて気が付いた。言いたいことを言えばいいのなら、言ってやる!
「お姉様!!」
ドアを蹴破る勢いで開く。椅子に腰掛け、うつらうつらと船を漕いでいたレミリアがあまりの勢いにビクリと体を震わせ。
「ど、どうした――」
「お姉様から頂いた時計、実はすぐに壊してました! ごめんなさい!」
言いかけたレミリアの言葉を遮り、フランドールが頭を下げる。突然の告白に、レミリアの顔が見る間に驚きの色を浮かべ、その内容を理解する前にこくりと頷いてしまったが。
「あ? なに、壊した? すぐに?」
「はい壊しました! あんまりうるさかったもんだからつい」
「ついってあなた、ちょっと気分転換になったって」
「物凄く、悪い方にね。……でもお姉様が私のために時計をくれたことは感謝してるの。だから壊して、ごめんなさい」
顔を上げる。ぽかんと口を開けたままレミリアが固まっていた。謝るべきことを、とうとう謝れた。そして。
「でもね、ちょっとは考えてくれたっていいじゃない、あんな狭いところでボンボン時計よ? どうなるかわかったじゃない。それに私に黙って勝手に運んで、私の好みも聞かずにお姉様の好みで選んで! 何か欲しい物はある? くらい聞いてもよかったじゃない、何が任せなさいよ、任せた結果がこれよ! だから、だから私、これからはちゃんと言うから。だからお姉様も聞いて」
「え? あ? うん」
言いたいことをぶちまけて、フランドールは踵を返して談話室を飛び出した。
「……びっくりした」
「そりゃあ、びっくりするでしょうね」
驚いたままレミリアが呟くと。駆けつけてきたパチュリーも思わず同様に呟いた。喧嘩だと思い止めに駆けつけたら、フランドールが飛び出し、固まっているレミリアがいたのだ。驚かないはずがない。
「妹様があんな怒鳴り方するの初めて見たけど、何したのよ」
「ちゃんと話を聞けって、言うってフランが…………えっと、私が悪いのかしら」
おっかなびっくりといった感じにパチュリーを見上げる。妹の行動に、レミリアは何がなんだかさっぱり状況が飲み込めていなかった。
「悪くないわよ……ぷふっ」
「おい何で笑う」
「ふふ、だって、レミィの顔、酷くて……でもよかったじゃない、言われて」
「よかったの……?」
「いいか悪いか、私じゃなくて妹様に聞けばいいじゃない……私はちょっと、咲夜のところに行ってくるわ」
あまりの反応に思わず怪訝な顔をするレミリアに言うと、パチュリーも談話室を出て行った。残されたレミリアは、ただ首を傾げるばかりだ。どうして今になってそんな事を言われたのかが理解できない。
「……訊けばいいのね」
フランドールに、パチュリーに言われたとおり。話をすればいいのか。とレミリアは理不尽さにだんだんと腹が立ち、椅子を降りて談話室を出た。
ちゃんと言って、聞いて、それから時計を壊したことを、姉として説教してやろうと。
廊下を抜け、階段を降り、また廊下を歩いていく。地下に来るのは久しぶりだった、もともとそんなに行かない上に、フランドールが出かけるようになってから、顔を合わせることが多くなったからだ。
「ん……こんなものを」
ドアの前に立つと、フランドールが貼りっ放しにしていた張り紙が目につく。壊した時計を隠していたのだろうか。その理由も、聞く必要がある。
一息、間を置く。気を落ち着け、姉としての威厳を保ち、ドアノブを捻ってフランドールの部屋に入って行く。
談話室に来るなり、がなったフランドールのように、レミリアの口が動こうとした。しかし、声は出ない。ドアが閉じられ、暗闇になった中で床に散らばる木屑が映り、その上で膝を抱えて頭を埋めているフランドールが映った。すん、と鼻をすする音を耳にし。出かけた言葉が喉奥に引っ込んでいくのがわかった。
「フラン、顔を向けなさい」
前に立つ。顔を上げたフランドールはここへ戻ってから泣いていたのか、頬が濡れてあごから涙が垂れていた。怒っていたのか、悪いと思って反省していたのかわからない。がただわかるのは、自分がやったことが、フランドールを泣かせてしまった。ということだ。
「横、いい?」
答えずとも、フランドールの横に座る。
「時計、気に入らなかったのね」
「…………」
「そうね、こんなとこにあんな大きなボンボン時計。似合わなかったかな」
「……う」
「もう少し小さい時計……じゃないわ。フランが欲しい奴、探せばよかったね」
「違う」
フランドールの声が、狭い部屋に響く。
「時計でもよかった。でも、勝手に選ばれて勝手に持ち込まれて。知らないうちにあんなの。もし、私の前で時計を運んでたら、私嬉しかったと思う。時計がうるさくても、文句を言って、咲夜や美鈴と頼んで音の出ないようにするとか。突き返すとか。してた」
「うん」
「にとりがね、私に時計を作ってくれるって言ったとき。友達祝いだって言ってくれた。凄く嬉しかったの。お姉様も同じだって、やっと気が付いて。でも」
「……でも?」
「壊しちゃった。お姉様が私のために贈ってくれた時計と、にとりが山の皆のために作っていた物」
だから、ごめんなさい。
フランドールが再び顔を俯かせ。声を震わせた。静かな自虐。怒るべきでも、慰めるべきでもない自分の変化。レミリアもまた、気が付いた。
「私も、ごめんなさいしないと駄目ねー」
「どうしてよ……」
「勝手に自分で決めて、やって。それでフランを困らせちゃっんだもの。ごめんなさいフラン」
気が付かず、責めるように言ってしまったことに対して。フランドールと部屋にあう物ではなく、時計にあう物をさらに与えようとしていたことに対して。
「だからって壊すのはやりすぎよね、前からだけどあなたも自分勝手よ?」
「それは謝ったじゃない」
「私も謝った、だから」
思わず睨んでくるフランドールを、レミリアがにっ、と笑って見返す。
「おあいこよ」
ドン、と勢いよく音と埃を立てテーブルに紙の束が詰まれる。顔を煤だらけにした咲夜が、面食らってそれを凝視するフランドールとレミリアに、まばゆい笑顔を向けて言い放った。
「紅魔館にある家具のカタログですわ。それと私が人里で前から欲しかったのも」
真新しい紙が追加される。テラス専用のガラステーブルがピシリと悲鳴を上げる程度の量だった。今からこれに全部目を通すのだ。そういう約束を、今朝方フランドールの部屋で目を覚ましたレミリアが決めたばかりだった。
「……………さ、頑張って。フラン」
「お姉様も見るのよ。その捻じ曲がった偏屈センス、叩きなおさなきゃ」
「へんく……あんたねぇ、私のセンスのどこが偏屈よ」
「地下室に時計とか、スペルカードとか」
「ぐぬ……わかったわよ」
上から束を掴み、咳き込みながらも開いていく。離れた所で外を眺めていたパチュリーが呆れた顔のまま小さく微笑む。
外ではメイド妖精達が騒がしくベッドを運びだし、掃除道具を持って駆け回っていた。どうせやるなら。今朝方レミリアが言った言葉に対し、本格的な模様替えを提案したフランドールによって結成された大掃除係達である。
一晩、二人で話した結果。部屋にどんな物を入れるかを話し合って決め。それが終わったら山に行き、にとりに謝りにいこう。ということになった。レミリアに言えたのだから、にとりにも言える。謝って、自分も友達として、胸を張れるようにしようと。
「おや? なにやら面白そうなことしてますね」
と、テラスに影がさしたかと思うと、カメラを手にした文が興味深げに中を覗き込んできた。肩掛け鞄には新聞が詰め込まれている。一部をパチュリーに手渡し、そのまま入ってくる。レミリアがうっとおしげに睨むのに対し、フランドールが手を振ってそれを迎えた。
「こんにちは、文ちゃん」
「……自分で言い出しといてこっ恥ずかしいですねそれ、記者さんでいいですよ」
「だって友達になってくれるって言ったじゃない、あ・や・ち・ゃ・ん」
「おい、フランドールに何吹き込んだお前」
ただならぬ呼び方にレミリアが睨むと、文が誤魔化し笑いを浮かべ、そういえば、とわざとらしく呟いた。
「フランさんにお届け物を持って来ました」
「届け物?」
文が頷き、スカートのポケットをまさぐる。取り出された物を見てフランドールが「あっ」と声を上げた。糸で繋がれた紙コップを手渡され、どうしてこれを? と訊く前に、文がトントンと自分の耳にあてがう。まさか。
糸をピンと張り、耳に紙コップをあてがう。文が外に向けて手を振ると。
『ハローハロー、聞こえるかな? ちょっと遠くて心配だけど』
あのくぐもった声がフランドールの耳をくすぐった。手を振った方へと目を向けるが、門の壁や建物が邪魔して様子が伺えない。おそるおそる口に当て。
「ハローハロー、聞こえるよ、にとり」
『ははっ、よかったよかった。いや勝手に来ちゃ悪いかなと思ってたし、びっくりさせたかったんだけど、驚いたかい?』
「驚くわよ…………どうして」
『まぁ、なんだ。大丈夫かなって』
ばつの悪そうににとりが呟く。心配をしてくれて、わざわざ来てくれてなんて。レミリアが外に目をやり、フランドールに訊いた。
「にとりって、フランドールの?」
「うん。私の最初の、友達」
『ところでさぁ、中に入っていいのかね? なんか慌しいみたいだし門番さん見えないんだけど……ハローハロー? 聞こえますか』
フランドールは紙コップを放り、テラスから身を乗り出した。咲夜が慌てて日傘をさす。閉じられた門のすぐ前で紙コップを耳にあてて困り顔をするにとりを見つけ。
「ハローハロー、聞こえる! 入ってきて大丈夫よ! 紅魔館を案内するわ!」
精一杯の声で、友人に呼びかけた
こんな友達ほしかったなあ
文さんまじイケメン
にとりと妹様の話は初めてでした。面白かったですぜ。
とにかくいい
最後もうちょっとひっぱって時計プレゼントするところまで見たかったな。
多分真ん中の吸血鬼異変云々の辺りから下、3箇所かな。
あと脱字がチラホラとありましたので報告します。
中で誤字脱字が云々言ってますがこの感想にも含まれていたら申し訳ないです……!
【文章】
恐らく適正をはみ出さない範囲ですが、個人的には読点の少なさから文章の圧迫感を感じました。
描写は丁寧であり、ピント・目線を向けた部分のズームな描写がお得意だなと思いました。
ですがそれを悪く言えば、常時光源をスポットライトのみにして進めていく劇を見ているようで、キャラクターから少しでも離れてしまうと景色が真っ暗になるという状態のまま物語が進められている部分も多かったです。
その点、再度言いますがミクロな描写に長けていらっしゃるようなので、ただの一人称ではなく各個人の心象などをしっかりと描写出来る主観的三人称の書き方がとても似合っていました。
ですが丁寧に書きこまれた表現は力の入った推敲を感じさせる一方、単純な文字のミスと思われる部分も少々ありました。それなりの文字数なので仕方がないとも言えますが、ここを仕方がないと言ってしまうとどこまでも手が抜けるので、「内容」を一切気にすることなく、漢字テストの採点をするようにして日本語のミスや誤字脱字を探す手法での推敲も、表現の推敲と別で行うのをお勧めします。いわば校正ですね。
しかしやはり傍点代わりのアンダーは少々違和感がありますね……これこそ仕方のないことですが。
>>バキバキとけたたましく音を立てて枝が折れ顔に容赦なく降り注ぐ。
ここ以降の描写なのですが、個人的にバイクの後ろに乗って恐怖を感じることが多々あるので、フランと妙な感情のシンクロをしてしまい印象に残りましたね。
さてそれだけの理由で此処を抜き出したわけではないのですが、それともう一箇所は中盤後ろよりにある「河童が落下するシーン」です。
こちらの二つは、他と違って「動きが激しいシーン」になります。
作者さんの文章は非常に『丁寧』です。ですが、その『丁寧』が常に「分かりやすい」「伝わりやすい」に繋がるわけではありません。
個人的な考えですが、「勢いを感じるシーン」というのは、読者もついつい勢い良く文章を読んでしまいます。
「こんな雰囲気なのだろう」と感じれば後はある程度状態を自分の中で補完しながら読むでしょう。(少なくとも私はそんな感じです)
ですが作者さんはそんなシーンでも「しっかり丁寧に」描写しているので、うっかりテンポよく読み飛ばしてしまうと逆に「今どうなっているか分からない」という状態になります。
しっかりと読みこめばいいのですが、想像をフルに働かせるシーンで文章もしっかり読み込んでしまうと読者は必要以上に疲れます。
テンポをよく、キャラクターの状態、周辺の状況などの要点だけをポンポンと書くか、あるいは「想像なんて必要ないぜ」と言わんばかりにキャラクターの行動を事細かに描写するかのどちらかである程度解決する問題です。
ただそれ以外に関しては、作者さんの丁寧な描写というのは例えれば鈍行列車に乗っている気分で、キャラクターが感じている美しい景色や不安な心理などを読者としてもしっかり感じることが出来ました。
まとめれば作者さんは「キャラクターの視線で描く三人称」をしているので、キャラが激しく動くシーンなどは少し描写が分かりづらくなっている、といったところです。
【キャラクター】
少々出来すぎな子という印象を抱きもしましたが、フランの性格が一次的に準じており、破綻も感じずとても魅力的です。平穏でありながら、張りのある相関も素敵でした。
明確な言葉に表すのではなくても心理状態をしっかりと描写する。【文章】でも少し書きましたが、主観で書いていると出来そうで出来ないことなので立派なことだと思います。
魔理沙はよくある心の便利屋ですね。思えば山の連中はみんな便利屋ですね。非常に使いやすい。作者様もちゃんと使いこなせていたと思います。
主人公格はそれぞれに行動や言動でキャラを立て、モブ扱い(ここでは咲夜など)になるキャラクターは話に辛味を持たせる程度のエッセンスとして、綺麗に書ききれていたと思います。
キャラクターに関しては充分な考察を感じました。
「好み」で言えばレミリアが少し先見性弱すぎるかなと感じたのと、文ちゃんの口調が常に「記者・射命丸」だったので、それを納得するのに「魔理沙から言われた『仕事』の一環でやっていたのだろう」と思ってしまうと、少し冷たすぎるかなと感じてしまいました。
もちろん照れ隠しとして捉えてもいいのですが、それにしては行動が男前すぎるので……といった所です。
【構成・内容・設定】
『友達がいない』フランのために、『友達』である魔理沙(とパチュリー)がフランに出会いをもたらして――というのが大筋ですね。
動機付けから動機への導入まで特に矛盾も感じず、自然に読むことが出来ました。
交流の冒頭、つまりにとりとの対話場面。今まで内輪でしか人との交流をしてこなかったフランが初対面の相手と二人きりに取り残され、普通に話が弾むのでは少し無理があるしじりじりと心の距離を詰めていくのも少し弛むかなと思いましたが、話の最初に出た「時計」と絡ませたスタートになるほどな、と感心しました。
しっかりと起承転結が含まれており、「転」に関しても「心の変動」と「環境(場面)の変動」がそれぞれ描かれていたので、より強い物語の起伏を感じることが出来ました。
読了感は「少し名残惜しい」といった感じでしたね。『結果への未来』を描写して終えているので、この先どんな風になったのだろうかと、読んだ後も余韻で楽しめるようになっていると思います。
しかし。
私は「感想を書く目的で」読み進めていましたが、単純に「ちょっと惹かれてぱっと読んでみる」という視点で見た場合。
少し「承」に中だるみを感じました。残念ですが、恐らく作者さんの文体も関わっているでしょう。
各シーンともに話を彩る大事な部分なのですが、「本筋だけを追う」として見た場合、最終的な感動を得るためににしてもここは必要性を感じないという部分もありました。
「それを含めて微笑ましく描けている」と私は思います。ですが読者にちょっと負担を掛けているというのも事実かもしれません。
【タイトル】
ハローは挨拶。『で始まり」で終わっているのは恐らく、内に秘めていた『こんにちは』がしっかりと言葉に現されて行く様子を表現したものですね。
作品の中でもキーとして含まれており、シンプルでなおかつ、「読んだ人には理解できる」タイトルなので中々といったところです。
尤も、特別に目を引くというものでもないのでタイトルとして「上」というわけには行かないのが残念。
【総括】
秋神様の写真みたい!
失礼しました。
各部分でまとめあげますと、
・緻密で丁寧な文章だが全体通して一辺倒(良い意味でも悪い意味で安定している)
・誤字や脱字、変換ミスが少し目立つ
・魅力的に、個性がしっかりと描かれたキャラクター
・全体的に穏やかで微笑ましくもドキドキする所とメリハリの付いた展開(描写)
このような感じです。そしてそれを踏まえて私はこのような採点。
【文章】
20/30点
【キャラクター】
30/30点
【構成・内容・設定】
25/30点
【タイトル】
5/10点
合計で80点を付けさせていただきます。文章の推敲がしっかりとなされていれば文章に+5点、切り上げで90点を差し上げたいところでした。
読了後の充実感と良い意味での不足感(余韻)を持った良い作品でした。これからも頑張ってください!
全体の印象としては、ちょっと抽象的ですが「時々機体の制動が乱れるけれども、基本的に美しく飛ぶ飛行機」といった感じです。
読んでいて時々(誤脱字だったりシーンやキャラの言動・行動などのちょっとしたぎこちなさで)ハラハラとする部分が玉に瑕だなぁと。
逆に要所要所を見ると、(この作品に限らず、初期の作品から拝読する度に思っていることですが)風景や情景,状態の描写や心情の描き方が本当に上手いなぁと感じました。
装飾過多にならず、しかし状況などが手に取るようにわかる描写に、なんか軽く惚れ込んでしまいそうです。
もうセンスが良いというかバランス感覚が絶妙というか。