Coolier - 新生・東方創想話

天子の紅魔館体験

2011/05/26 10:38:48
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・この作品は他の『ゆかてん幻想郷』ジェネ)タグの作品と繋がっております。
・同タグの作品と一緒にお読みになられればよりお楽しみいただけると思います。
・レミリアの扱いが悪すぎると悪評を受けました、許せないと言う方はブラウザバックを推奨します。





霧の湖を超えた先にある窓の少ない赤い館、紅魔館の昼下がりは平和だった。
門前に鼻ちょうちん膨らませて、のんびりシエスタにふける門番がいるくらいには平和だ。

「ふみゃ……もう食べられにゃい………むっ?」

幸せな夢の中にいた彼女だったが、何者かがこの紅魔館にやってくるのを察知して目を覚ました。
寝ぼけ眼で遠くを眺めてみれば、空を飛んでこの館に向かってくる人影を発見する。
そしてその人影から今まで感じた覚えのない気、どうやら初めてここに来る人物のようだ。
紅魔館には紅い霧の異変以降色んな人物が来るようになった。泥棒まがいのことをする者もいるが、様々な人妖を出迎えるのは、美鈴の楽しみの一つでもある。
はてさて、今度の来客はどんな人物か。

一分もすると豆粒ほどしか見えなかったその人物は、その姿を詳細に見えるほど近づいてきた。
青い髪に桃の付いた帽子が目立つ少女で、手には剣を持ち肩からは鞄をさげている。
やがて門前で急停止すると、首にさげた紫色の首飾りが踊った。
不思議な人物だ、と美鈴は思った。
より詳しく気を探ってその人物を調べてみたが、どうやら人間でもなければ妖怪でもない。
しかし悪いやつではなさそうである、気の感じからとても明るく真っ直ぐな性格なのが読み取れる。

「あなたがここの門番の紅美鈴?」
「はいその通りですが、あなたは?」
「私は比那名居天子、ここの門番の話は聞いてるわ」

そう言うと今回の客人、天子は持った剣を構え弾幕を作り出した。

「いざ勝負!」
「えぇっ!?」

返答もないままに、天子は作り上げた弾幕を美鈴に向かって放ってきた。
美鈴は慌てて地面から飛び上ると弾幕の群れを避けて、なんとか事なきを得る。

「ちょっ、何ですかいきなり! 話って何のこと!?」
「魔理沙が言ってたわ、紅魔館に入る前に門番の美鈴を倒して行くのが礼儀だって!!」
「いやいやいや、初めて聞きましたからそんな礼儀!」

己あの白黒め、嘘つきは泥棒の始まりだぞ……と、すでに泥棒みたいなものだったか。

「魔理沙は最高2分であなたを倒したらしいから、私はその半分の1分でいくわよ!」
「か、勘弁してくださいー!」

絶え間なく飛んでくる弾幕を前に、美鈴はただ避けるだけで精一杯。
不意を突いた天子の攻撃から始まった勝負は、まさに一方的な展開を見せている。
そもそも美鈴は他の紅魔館の面々ほど弾幕ごっこは得意でない。対して天子はレミリアやフランとも並ぶほどのレベルであり、対等に勝負を始めたとしても勝敗は目に見えているが。

「さぁ、そろそろ勝負を決めるわよ!」

戦闘開始40秒ほど、天子は早速勝負の詰めに掛かった。
空高く構えた緋色の剣に周囲から力が集まり、凄まじい密度で凝縮されていく。
その時、剣に集まる力がなんなのか、美鈴は感じ取った。

「気符 天啓気象の剣!」

自らのスペルカードの名を言い放つと、天子は剣を振り下ろす。集まった力の全てが、その瞬間に解き放たれ放出された。
指向性を持って解き放たれた気質が、風を起こして美鈴に向かって行く。

だがこの時、先程まで慌てていたはずの美鈴はあることに気付き、冷静になった。
下手に飛び回るのを止めてその場で構えると、真っ直ぐに向かってくる力を睨み付ける。
意識を集中し、今にも美鈴を吹き飛ばそうとする力に手で触れた。
指先から直接その力を感じ取り、そして介入した。

「 散 」

瞬間、天子から放たれた力が四散し全て掻き消えた。
後には弾幕の一つも残ることなく、美鈴と天子のあいだには何もなくなった。

「えっ? えぇっ!?」

確かに当たると確信し放った必殺の一撃、それが突然消えてしまい今度は天子が慌てる番であった。

「ほっ!」
「きゃっ!?」

すかさず美鈴はクナイ弾を放った、虚を突かれた天子はそれを避けることはできず、敢え無く被弾してしまう。
負けを認めて地面へ下りる天子、それを追って美鈴も地面へ下る。そこには未だ何が起こったのかわからずに、呆然としている天子が地面にへたり込んでいた。

「な、何が起こったのよ今の」
「改めまして自己紹介、紅魔館の門番を任されている紅美鈴です」

天子の前に降り立つと、美鈴は手を合わし一礼し言葉を続ける。

「能力は、気を操る程度の能力、です」
「気……って、まさかあなた!?」
「はい、あなたがさっき放った力は気質ですね?」

"気"質。
美鈴はその能力を持って、天子が放った力が気質の塊であることに気付き、己の能力を持って気質を操って攻撃を無効化したのだ。
しかしいくら能力がそうだからといって、他人が放った力に介入し操るなど、並大抵の者ができることではない。
針を通した穴に一瞬で糸を通すような精密さ、巨大な力を前にしても怖気ない心の強さ、どちらか一方が欠けていれば成し得なかっただろう。

「気質まで操ったてこと? 何よそれ! 魔理沙は「門番なんてたいしたことないぜー」って言ってたのに、滅茶苦茶凄いヤツじゃないの!」
「あぁ、私は弾幕勝負は苦手なんですよ。でも普通の戦闘ならそれなりの覚えがありますから」
「それなりなんて程度じゃないでしょ、あんなの神技って言っても良いくらいじゃない。あーもう騙された! 悔しいー!」

ヒステリック気味に喚いた天子は、立ち上がるとスカートを叩いて砂を落とし、美鈴に背中を見せ飛び立とうとした。

「それじゃまたね、次は絶対勝って見せるんだから!」
「はい、それでは……って、待ってください。紅魔館に何か用があるんじゃないんですか?」
「えっ、でも負けちゃったから入れないんじゃ……」
「だからそれは魔理沙さんの嘘ですって!」

今にも帰ろうとした天子を止めると、美鈴は改めて用件を聞き出そうとする。

「それで、どんな用件でここに来たのでしょうか」
「んーと……まず一つ目は遊ぶ金欲しさ?」
「強盗!?」
「違う違う商売よ!」
「門前でコントしてるのあなた達」

すわ物取りの類か、と身構える美鈴の後ろに、突然メイド服を着た女性が音もなく現れた。

「あっ、咲夜さん」
「おっ、金ヅル候補」
「あらあら天人のお嬢さんじゃないの、ナイフなら幾らでもあげるわよ?」
「冗談よ冗談」

ご存知、時をも操る紅魔館のメイド長、十六夜咲夜であった。
今のようにたびたび時を止めて近づいては、突然後ろから声を掛けてくるので、初めて会った人は大抵驚く。
しかし天子は咲夜のことを知っているようで、いきなり彼女が現れても全く動じなかった。

「咲夜さんのお知り合いでしたか」
「えぇ、この前の異変の時と……後、宴会でお嬢様が迷惑をかけてね」
「あぅ……あの時のことは言わないでよ、あんまり思い出したくない」

宴会でと聞いて、天子の顔が赤く染まった。
そこから宴会の場で天子の身に何が起こったのか、美鈴はそれを察したのか穏やかでふわっとした彼女の気配に刺々しいものが含まれた。

「咲夜さん、ちょっとその件について詳しく教えてくれませんか?」
「気持ちはわかるけど後にして。それで天子、今日は何のように来たのかしら、金は貸さないわよ」
「違う違う。今日はあんたと商売に来たのよ」
「あら押し売り? 無駄なものは買わないから帰った帰った」

「まぁ、ちょっと見てみなさいよ」と天子は言うと、肩から下げた鞄を漁りだす。
鞄の中から木の箱を取り出しその蓋を開ける、中には布で包まれた何かがあり、その布をめくってみると銀色の刃が目に入る。

「あら、これは……」
「どうよこのナイフ!」

そう、箱の中には一本のナイフが入っていた。咲夜はそれを見ると思わず手に取り、試しに空を切る。
鋭いナイフは太陽の光を反射し、振るわれれば辺りに風を切る音を伝えた。

「……なるほど、中々の切れ味ね」
「でしょ? 天人の体をも切り裂く至高のナイフ! 私の自信作よ、ちなみに純銀ね」
「あなたがこれを作ったの?」
「ふふん、天人を舐めるなってことよ」

確かにそのナイフを作ったのは天子であるが、天人がみな見事なナイフを作れるわけではない。
単に暇を持て余した天子が、数百年ものあいだ暇つぶしに鍛冶の真似事をするうちに凝りに凝って、最終的には見る人が唸るほどの剣を作るまで腕を上げたのだ。
その技術を使って今回はナイフを製作し、咲夜の元に売り込んできたわけだ。
と言っても、天人の体を切り裂くと言う表現は誇張されているが。

「で、どうかしら。今はその一本しかないけど、お望みなら何本だって作って来るわ」
「……そうね、お値段の方はお幾らかしら」
「ちょっと待ってて」

再び天子は鞄に手を突っ込むと、今度はそろばんを取り出した。
指で球を弾いて咲夜に見せる。

「このくらいでどう?」
「……高いわ、里で売ってる物の2倍はするじゃない」
「技術費よ。里のナイフもちょっと見てみたけど、私が作ったほうが良い切れ味だし」
「せめてもうちょっと安くならないの?」
「うーん、安くねぇ……まぁ、咲夜には異変のとき楽しませてもらったし、このくらいでどう?」

そう言うと、もう再び球を弾きそろばんを咲夜に見せた。
まだ少し高い値段ではあったが、品物の出来を考えると相応の値段ではあるか。

「この値段なら……とりあえずこの一本買わせて貰おうかしら。はいこれお代金」
「よーし、商談成立ね! 追加で欲しかったらいつでも言ってね」
「わかったわ。これで用事は終わり?」
「あぁ、それと他に――」
「その前に!」

続けて用件を言おうとした天子と咲夜の間に、美鈴が強引に割り込んでいた。
その顔は笑顔……なのだが、何故だか異様に威圧感があり怖い。

「先程咲夜さんがおっしゃった、お嬢様の迷惑について説明してもらえませんか?」
「うぇー、何でそんなこと聞きたいのよ」
「私は聞かないといけないんですよ。お願いします」

頭を下げてまで訪ねてきた美鈴に、仕方ないなと溜息を吐いて天子は何があったか説明した。

「宴会の時に、いきなり後ろから胸揉んできたのよ。本当に信じられないわ、あの変態」
「……はぁー、またですかお嬢様。天子さん、お嬢様が大変失礼なことをしてしまい申し訳ありませんでした」
「あの吸血鬼がもうやらないって言うならもう良いけどさ」
「わかりました、もう二度と迷惑を掛けないように痛めつ……躾けますので、ご安心下さい」
「なにこの門番怖い」

ちょっぴり天子が美鈴に恐怖する。
今絶対に痛めつけるって言おうとしたぞ、この門番。しかも言い直おそうと選んだ言葉が躾って、完全に上下関係が逆転してないか。

「ほらほら、少し怯えてるから落ち着きなさい美鈴。それで天子、用件は何かしら」
「あっ、図書館! 私図書館行きたいのよ」
「わかったわ、付いて来なさい」

「ごっゆくりどうぞ」と笑う門番の横を抜けて、天子と咲夜は館へと向かっていく。

「ところで、門番が躾とか言ってたけど何なの?」
「あぁ、彼女お嬢様の教育係をやっていたらしくって。今でもこうなったら、お嬢様は頭が上がらないのよ」
「未だ教育中なのね……」

と言うか、幻想郷でも名高い紅魔館のトップがそんなので良いのか。
……まぁ良いか、幻想郷だし。

一人納得した天子は、扉を開けた咲夜に続いて紅い館へ入っていった。
その中はこれまた紅尽くし、壁紙から絨毯まで全部真っ赤っかだ。紅いとは聞いていたが、想像していた以上だ。
目に悪い色合いの廊下だが、それ以上に気になるのは今歩いている廊下の広さ。
飛び回って弾幕ごっこをするくらいには広い。

「ねぇ、この廊下大き過ぎない?」
「私の能力で空間を広くしてるから、図書館も同じように能力を使って広くしてあるわ」
「図書館はわかるけど、何で廊下まで広くしてるのよ」
「そこはお嬢様の趣味よ」
「あー……」

なんとなくわかる気がする。
多分「大きいほうがカッコいい」とかそこら辺の理由だろう。
そんな事を聞いてるうちに階段を上り、やがて衣装の凝った扉の前で立ち止まった。

「ここが図書館?」
「いいえ違うわ」
「えっ? 何でよ、ちゃんと図書館連れてきなさいよ」
「まぁ、そう言わずに。あなたに会いたいって人物がいるのよ」
「私に?」

何故に自分に? そして誰が?
天子の疑問に答えが出る前に、咲夜は扉を押して天子を中に誘う。

「さぁどうぞ、図書館には後で案内するわ」

考えなくとも会えばわかる、か。
美鈴との弾幕ごっこで乱れた身だしなみを整えて、天子は部屋に踏み入る。
部屋には紅茶とお茶請けが置かれた机と、その周りにソファが幾つか、そして椅子に座ってこちらに背を向け、顔をうかがい知れない誰か。
どこから仕入れたのか、外界のものと思われる足の先にホイールの付いたその椅子は、ギシリと音を立てて天子に正面を向けた。

「わざわざ雲の上からようこそ紅魔館へ、歓迎するわ比那名居天子」

威厳をたたえた館の主、レミリア・スカーレットが天子に血のように紅い眼光で天子を射抜いてきた。
回れ右。

「じゃあ咲夜、私帰るわね」
「あら、もう帰るの?」
「うん、図書館行く気も削がれちゃったし、適当にそこら辺をブラブラして」
「ちょおっと待て! 何故そこで帰ろうとする!?」
「うるさい! 私に会いたいやつがいるって言うから顔見てみれば、初対面で胸揉んで来るような、変態吸血鬼が出てくれば誰だって帰りたくなるわよ!!」
「……おい、今私のことを何て言った?」
「変態って言ったのよ!」
「ありがとう、最高の褒め言葉だ」
「もうやだこの吸血鬼」

罵られて喜ぶなんて、目の前の存在は天子の持つ常識をはるかに超えている。
何言っても、喜ぶんじゃないかこいつは。

「とりあえずそう簡単に帰ろうとするな、館に来た美少女とは、一度ここに通して親睦を深めるのが通例なんだ」
「私そういうの結構です、お暇させて頂きます、いやマジで」
「美味しい美味しい、咲夜のお菓子もあるぞ」
「……ちょっとくらいなら良いかしらね」

決してお菓子に釣られたのではない、下界の有名組織のトップとのコネを作りたかっただけだ、うん。
天子がレミリアと向かい合うようにソファに座ると、音も立てずに一瞬で、天子の分の紅茶が淹れられていた。

「また時を止めて淹れたのこれ? 咲夜ってホントに便利ね」
「フフフ、我が館の自慢のメイドだ、お前の嫁にはやらんぞ」
「まずどっちも女でしょが……」
「ふん何を言っている、性別の垣根なぞ下らない! 同性愛とかバッチこーい! 女と女のカップルとか最高じゃないか!!」
「あんたは嫁にやりたいのか、やりたくないのかどっちなのよ!」

駄目だこの変態、話してて凄く疲れる。
ハァと溜息をついた天子は、テーブルの上に置かれたティーカップを手に取り紅茶を飲んでみる。
……うん、美味しい。今まで緑茶しか飲んだことがなかったが、紅茶も中々いけるものだ。

「それにしてもどうしてこんなのに育ったんだか……美鈴ももうちょっとちゃんと育てて欲しかったわね」
「ん? 何だ、美鈴が教育係だったのも聞いてあるのか」
「門前でちょっと話してね……あぁそうそう、宴会で私の胸揉んできたのも美鈴知っちゃってるから、何されるか知らないけど、覚悟とかしといたほうが良いんじゃない? なーんてね、アハハ」
「そうかそうか、美鈴知っちゃたのか、フハハハハ」

それを聞いたレミリアも、紅茶を飲もうとカップと受け皿を胸元まで持ってくる。
そのままカップを口につけようとするが、何故かその手は震えていて、カップと皿がガチャガチャ音を立てる。

「へ、へ、へぇ、め、め、め、美鈴ががががが!?!」
「ちょっ!? 震えすぎてお茶零れてるわよ、落ち着きなさいって!」
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」
「壊れたー!?」
「私に任せて、天子は下がりなさい」
「あっ、咲夜!?」

今まで一歩下がった位置から話を聞くだけだった咲夜が割ってはいると、レミリアの後ろに回り込んだ。
そして咲夜は手を振り上げると、レミリアの首に斜め45度で手刀が打ち据える。

「ガハッ!? ……はっ、ここはどこだ、おっきなおっぱいは!?」
「それは幻想ですお嬢様、そしてここは現実です」
「ん? あぁ、確かに貧乳しかいないようね」

サクッ ザクッ

緋想の剣と、天子から購入したばかりのナイフがレミリアに突き刺さる。

「何故怒るのかしら、貧乳だっておっぱい、寧ろ誇って然るべきじゃないのか」
「それ以上言うと、お口を縫い付けますよお嬢様」
「流石にそれは勘弁……と言うか咲夜、このナイフいつにも増して痛い、って言うかなにコレ熱う!?」

レミリアのナイフが刺さっているところからは、焼けているかのように煙が上がっていた。
慌てて引き抜いたが、余程痛いのか頭を抑えて転がりまわる。

「あっ、それ私が作ったナイフじゃない。天人が作ったから変な特性でも付いたのかしら」
「あらそれは大変、天子このナイフ1ダース買うわ。お嬢様のセクハラに遭いやすい妖精メイドに配るから、気合入れて作って」
「はいはーい」
「待って、今の会話おかしいでしょうが? 捨てろよそのナイフ」

咲夜はおほほと笑って誤魔化すと、投げ捨てられたナイフを拾ってそっと仕舞いこんだ。いい根性したメイドだ。

「しかしこんな事ばっかり言ってれば、美鈴だって怒って当然よね……でもま、とりあえずは落ち着いたかしら」
「そうね、少しはね……ところであの壁を突き抜けて空へと上がれば、美鈴から逃げれるかしら?」
「それ逃げるどころか死んじゃうから! 吸血鬼でしょあんた!? 全然落ち着いてないじゃないのよ!」

ぼやくレミリアの目は、まるで死んだ魚の目。
その瞳には、どう足掻いても絶望の運命しか映されていない。

「落ち着いてられるかぁ! 怖いんだぞ!! 怒った美鈴スンゴイ怖いんだぞ!!?」
「いや、怖いのは美鈴の態度でなんとなくわかってたけど、そんなに?」
「……五百歳で妖怪のお尻ペンペンは、肉体的にも精神的にも痛い」
「……それは流石にえげつないわね。」

流石にちょっと可哀相と思った天子が、レミリアの同情の目を向ける。しかし部下にお尻を叩かれるなど、カリスマもへったくれもない。

「最近は漫画の影響で、波紋の再現とかしてるんだぞ!? あいつ完全に私の息を止める気だ!!」
「いや、波紋が何なのか知らないけど、そんなに怖いならもうちょっと自重すればいいじゃないの」
「ふん、断る。これ以外に私の生きる道は無い!」
「威張って言うな変態」

前言撤回、こいつに同情する暇があったら、畳の目でも数えてた方がマシだ。
もしかして500年近く、ずっとこんな調子なんだろうか……今度来た時には、美鈴に桃でも差し入れしてあげようかと、珍しく天子は気を利かせる事を考える。

「一体何が、あんたをそこまで駆り立てるのよ」
「仕方ないじゃないの、美鈴のおっぱいを思い出してみなさい、五百年もあんなのを目の前でボヨンボヨンされてたら、誰だってエロくなるのは必然でまんがな」
「ある訳ないでしょそんな必然。と言うか、何よその変な喋り方」
「あぁ失礼、さっき読んでた漫画思い出しちゃって、ちょっと影響されたわ」
「だからって、まんがなって……どんな漫画読んだのよ」
「どんなって、小汚いおっさんが、可憐な少女に詰め寄って無理矢理に」
「ごめん、聞いた私が悪かったから、それ以上言わないで」

前々から漫画と言う存在を知って、興味があったので聞いてみたら、案の定これだよ。

「普通の漫画とかは置いてないの……」
「フハハ、この紅魔館の書庫の品揃えをそう甘く見てもらっては困る。美鈴に見せれるような漫画だって、幾らでも置いてあるさ」
「えっ、ホント? じゃあ見せてよ」
「わかったわ、エロいのとエロくないのとの二つがあるけど、とりあえずエロいの持って行きなさい」
「いらないわよ! 何で問答無用でエロいのなのよ!? 普通の寄越しなさいよ!!」
「えー、だって普通の少年漫画とかは図書館に置いてるから取りに行くの面倒だけれど、エロいのは館中に仕込んでるから今すぐ渡せるのよ」
「何でそんなもん、そこら中に仕込んでんのよ!?」

もしかして、紅魔館の門をくぐった時から、既にピンクの本に囲まれていたと言うのか!?

「いや、ついムラムラ~っとした時用に」
「だからってその場でするな! せめて自室でしなさいってば!!」
「……ほぅ? するって何をかしら?」
「へっ!? いや! それは、その……」

いけない、藪をつついたら蛇が出た。
打って変わってニヤニヤしたレミリアに攻められて、天子は顔を赤くして目を逸らす。

「ほらほら、何をするのかしら? 恥ずかしがらずに言ってみなさい?」
「えーと、その……ってもう! 何だって良いでしょそんなの! と言うか私は図書館には行くつもりなんだから、持って来てもらわなくても私が直接取りに行くわよ! さぁ、さっさと案内しなさい!!」
「チッ それもそうね、咲夜図書館にお連れしなさい」
「かしこまりましたお嬢様」
「露骨な舌打ちとか止めろ」
「あら何の事かしら、あまり乱暴な言葉遣いだと下に見られるわよ?」
「ぐっ、自分の変態発言棚に上げて……あぁもう、ほらさっさと連れてってよ咲夜!」

これ以上話してても疲れるだけだろうと判断した天子は、憤慨して部屋を出て行こうとする。
その時、レミリアは机の上で結局手付かずのクッキーに気が付いた。
何かを思いついたのか、嫌らしい笑みを浮かべる。

「そう言えば、結局あなた咲夜のお菓子食べてないのね……仕方ないわね、ここは私が全部食べてしまわないとね」
「はい天子、あなたの分はこの袋に詰めておいたから」
「おっ、ありがと咲夜、結構気が利くわね」
「ちょっ、何してるの咲夜! 私の考えた、食べずに部屋を出ていって悔しい思いをするも良し、戻ってきて私と会話続行するも良し、どちらに転んでも私得作戦が!」
「また下らないこと考えるわね……」
「お嬢様、全部は虫歯になるのでいけません」
「あ、問題点そこなのね」

ツッコミもそこそこにいい加減部屋から出ようとした天子に、再びレミリアは声を掛けた。

「ちょっと待ちなさい、まだ一番大事なこと聞いてなかったわ」
「何よ? また下らないことだったら承知しないわよ」
「あなたって、暇つぶしに異変起こしたのよね?」
「そうだけど」
「最終的に霊夢達にボコられる為に異変起こしたのだから、要するにあなたってドM?」
「違うに決まってんでしょうが!」
「そう怒らない、そうか被虐趣味はなしね……なら一つだけ言っておくわ」

そう言ってレミリアの紅い眼が天子を見据える。
その眼には、先程までのようなおちゃらけた雰囲気はなく、本当に大切な事を伝えようとしているのが感じ取れる。

「危険な目に遭いたくなければ、図書館より地下には潜らないことね」
「はぁ? どう言う事よそれ」
「言葉のままの意味よ」

訳がわからないと首をかしげる天子の横で、咲夜は一礼と共に部屋を後にしようとする。
慌てて置いていかれそうになった天子も続いて部屋から出ると、部屋の扉が閉められた。

「ちょっと咲夜、さっきレミリアが言ったのどう言う意味なのよ」
「さぁ、私には何のことやら。地下に隠された秘密なんて知りませんわ」
「いや、わかってるでしょ絶対……って、置いていかないでよ、待ってってばー!」

扉の向こう側から聞こえてくる話し声も、二人が部屋から離れればやがて聞こえなくなっていく。
静かになった部屋でお茶を一口飲み、レミリアは誰に言う訳でもなく、一人呟く。

「さぁて、今回の客人、フランは楽しんでくれるかしら」



 ◇ ◆ ◇



「はい、ここが図書館よ。欲しい本は中にいる小悪魔に訪ねなさい」
「図書館って地下にあったのね……ところで小悪魔って誰?」
「パチュリー様の使い魔で、ここの管理をしてるわ。羽と尻尾が生えてるから、会えばすぐにわかるわ」

レミリアと会話した客室を出た後、無駄に広い廊下を進み紅魔館の地下にある図書館にまで、天子は案内されていた。

「帰り道はわかるわね? 私は仕事に戻らせて貰うから」
「うん、ありがとね」
「それでは」

それだけ言うと、ここまで天子を連れてきた咲夜は忽然と姿を消した。恐らくは時を止めて仕事に向かったのだろう。
しかし移動のたびに時を止めるなんて、生き急ぎ過ぎではないだろうか。もうちょっとゆっくり生きても良いだろうに。

「……いや、もしかして楽しんでるだけかしら?」

それなら寿命の無駄遣いも納得だ、と天子は思う。
ちょっとの寿命より、その時の楽しさだ。やはり人生潤ってなくてはならない。
などと考えていたら、図書館の扉の向こうから何やら声が聞こえてくる。

「――! ―――!」
「誰か他にもお客さん来てるのかしら……それかパチュリーが、咲夜の言ってた小悪魔と話してるのかも」

しかし考えたからと誰なのかわかるわけではない、答えを知るには行動あるのみ。
豪華な扉を開け放った天子は、勢い良く中へ乗り込む。

「たのもー!! 天子様のお出ましよー!!!」
「パチュリー様! パチュリー様! パチュリー様! パチュリー様ぁぁああうわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ……ああ……あっあっー! あぁああああああ!!! パチュリー様ぁあうぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ……くんくんんはぁっ! パチュリー・ノーレッジ様の紫色の髪をクンカクンカしたいです! クンカクンカ! あぁあ!! 間違えた! モフモフしたいです! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!! 緋想天のパチュリー様かわいかったですよぅ!! あぁぁああ……あああ……あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!! 地霊殿でサポートキャラになって良かったですねパチュリー様! あぁあああああ! かわいい! パチュリー様!かわいい! あっああぁああ! 儚月抄下巻も発売されて嬉し……いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!! ぐあああああああああああ!!! 儚月抄なんて現実じゃない!!!! あ…緋想天も地霊殿もよく考えたら…パ チ ュ リ ー 様 は 現実 じ ゃ な い? にゃあああああああああああああん!! うぁああああああああああ!! そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! 幻想郷ぅぅううぁああああ!! この! ちきしょー! やめてやる!! 現実なんかやめ……て……え!? 見……てる? 求聞史記のパチュリー様が私を見てる? 求聞史記のパチュリー様が私を見てるぞ! パチュリー様が私を見てるぞ! 挿絵のパチュリー様が私を見てるぞ!! 同人作品のパチュリー様が私に話しかけてるぞ!!! よかった……世の中まだまだ捨てたモンじゃないんですねっ! いやっほぉおおおおおおお!!! 私にはパチュリー様がいる!! やったよ小悪魔!! ひとりでできるもん!!! あ、寝取られ陵辱物同人のパチュリー様ああああああああああああああん!! いやぁあああああああああああああああ!!!! あっあんああっああんあレミリア様ぁあ!! め、美鈴さぁぁあん!! 咲夜さぁぁああああん!!! 妹様ぁあああ!! ううっうぅうう!! 私の想いよパチュリー様へ届け!! 紅魔館のパチュリー様へ届け!」
「もうやだこの館」

扉を抜けた先には、また変態でした。
天子の目の前ではワインレッドの髪に黒い羽と尻尾が生えた女が、見覚えのある人物の写真や衣服を抱いて悶えていた。
しかも自分の世界に入り込みすぎて周りが見えてない、スペルカードでも使うのかと言うくらいに声を張り上げた来客のことなど、全く気付いていなかった。
相変わらず愛を叫びながら、今度は懐から何か取り出して……おい、なんでパンツが出てくる。

「そぉい!」
「ひでぶっ!?」

パンツを鼻にあてると、残った片方の手をスカートの下へ伸ばそうとしている目の前の人物に、天子は力の限りチョップを喰らわせておいた。英断である。

「ハッ、私に微笑んでくれているパチュリー様はいずこに!?」
「それは幻想よ、そしてここは現実よ変態」
「なっ!? いきなり変態だなんて失礼ですね! それを言っていいのはパチュリー様だけです!!」
「うわー、ツッコミたい」

失礼も何もまごうごとなき変態だとか、パチュリーになら言われても良いのかとか。

「……と言うかあなた誰ですか?」
「本借りに来たのよ、あんたはそこで一体なに……いや、なんでもない」
「?」

わざわざ問い詰めたところで、まともな答えは返ってこまい。

「とにかく来客ですね。初めまして、私はパチュリー様の使い魔でここの司書を任されている小悪魔です」
「種族名じゃなくて名前はなんなのよ?」
「悪魔は真名を名乗ってはいけないのですよ、だから小悪魔です」
「ふーん、そう言うものなのね。私は比那名居天子よ、宜しくね」
「はい宜しくお願いします。ところで、そちらの種族はどんなのでしょうか? 普通の人や妖怪と違って、神聖な感じが……」
「あっ、わかる? 私天人なのよ」
「天人……確か仙人が更に修行した人たちでしたか。そう言えばこの前の異変じゃ、天人が黒幕だったとパチュリー様がおっしゃってましたが」
「そうよ、あんまりにも雲の上が退屈過ぎてね、刺激が欲しくなっちゃって」
「それで異変を起こしたんですか、中々豪快な方ですね。雲の上から降りてどうでしたか?」
「どうもなにも最高よ、下界に来てから毎日楽しいわ!」
「それは良かったです。っと、本をお借りに来たのでしたよね? どんな本が読みたいのか教えていただければ、私が探してきます」
「あー、そっか。今日来たやつが、この中から目当ての探し出すのは無理よね」
「私も探すのには時間が掛かるので、それまでの間、席に着いてお茶でも飲んでお待ち下さい。それでは席までご案内いたしますね」
「はいはーい」

話し上手。その上悪魔などと言う、恐ろしそうな分類だと思えないほど丁寧な対応。
話してみればなんて事はない、案外良い悪魔である。先程の奇行? ナンノコトカシラ。
案内する小悪魔の後に続いて、少し本棚の群れの中へと踏み込んでいけば、目的であろう椅子と机はすぐに見つかった。
小悪魔が引いた椅子に天子は腰を下ろすと、先に机で本を読んでいた人物に声を掛けた。

「やっほう、こんにちはパチュリー」
「……こんにちは」

動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジの返した言葉は、相も変わらずそっけないものであった。
読んでいる本から目を離さず、天子の方を一瞥すらしない。

「ほらパチュリー様、そんなんじゃ友達できませんよ」
「返事ならしたじゃない」
「だからそれだけじゃなくて、もっと愛想良く。愛の対象は私だけで十分ですが、友人は少ないより多い方がずっと良いですよ……すいません、無愛想な主で」
「このくらい謝ることないわよ、幻想郷はもっと変なやつ一杯いるんだし。無害なだけマシなほうよ」
「あなた達、言いたい放題ね……」

そこまで言われて、ようやくパチュリーは本から目を離して天子の方にジト目を向けた。

「五月蝿いと集中できないわ、読書の邪魔するなら帰って頂戴」
「帰れ言われて帰るようなやつじゃないわよ、私は。小悪魔、ここって本の貸し出しできるのよね?」
「はい、一週間の貸し出しで上限は5冊です。欲しい本があるなら、おっしゃってくれれば持ってきますよ」
「本当? じゃあお勧めの漫画を五巻までお願い」
「かしこまりました、少々お待ちください」

小悪魔に注文すると、天子は机の上に置かれていたカップを勝手に手に取り、何食わぬ顔でポッドからお茶を注いだ。
訝しげな表情のパチュリーなど構わず、無造作にお茶を喉に流し込む。

「作法もマナーもなってないわ、せめて先に了承くらい得たらどうなの」
「良いじゃないこれくらい、ケチなことばかり言ってると心がすさむわよ……ねぇ、何の本読んでるの?」
「…………魔道書だけど、やっぱり五月蝿い蝿を追い返す方法でも探そうかしら」
「何で蝿なのよ、もっとマシなのに例えなさいよ」
「五月蝿くて纏わり付いてくる、蝿のそっくりじゃない」
「むぅ、鼠より弱そう……」

それを聞くとムスッとした顔で机に上体を寝かせて、パチュリーに反抗の目を送る天子。結局1分と経たず飽きて止めた。
また適当に話題を考えて、迷惑そうなパチュリーに話しかける。

「小悪魔って使い魔なのよね、何で呼び出したの?」
「……昔、周りの世話用に時に呼び出したの」
「よくまぁ追い返さなかったわね、あれだけ暴走してるのに」
「世話用に特化したのを呼び出したから、有用なの彼女は。これだけの本の整理は咲夜でも無理よ」
「えっ、もしかしてここの本って、全部小悪魔一人で管理してるの? 凄いわねー」
「…………」
「……」
「…………」
「ねぇ、パチュリーって小悪魔の事好き?」
「ブフッ」

天子の唐突な質問に、パチュリーはつい貴重な文献に唾を飛ばしてしまった。
慌てて服でページを拭った後、さっきよりも眉を寄せてジト目で天子を睨みつける。
ただ、心なしか頬が赤くなっている気がしないでもない。

「いきなり何を聞いてるのあなたは」
「いや、小悪魔はパチュリーの事好きみたいだから、パチュリーはどうなのかなーって思って」
「どうして小悪魔が私の事を好きだと思うの」
「さっき扉の真ん前で、危ないくらい愛を叫んでたわ」
「後でお仕置きね……だからって、直球で聞くような話題じゃないでしょ」

そう言う話題はもっと回りくどく聞いて、答える側に心の余裕を持たすべきなのである。
好きな人の話なんて心の核心に近い事柄だ、こんな風にいきなり聞かれては誰だって戸惑うものだ。
しかし唯我独尊を地でいく天子、そのような質問も躊躇なく吹っかけて来る。

「ねっ、ねっ? どうなの、どうなの?」
「何その妙な食い付き……はぁ、ノーコメント」
「いいじゃない教えなさいよ、ケチー」
「どうしてまだ顔をそう何度も合わせていない相手に、そんなこと教えないといけないのよ」
「女同士の恋愛とか、初めて見たから気になるのよ」
「他の人に聞きなさい」
「今、初めて見たって言ったところじゃないの。すぐ近くにいないから、聞いてるのよ」

少なくとも天子が知っている範囲内では、そういう人物は特にいなかった。



「くしゅん……誰かが私の話をしている気がするわ」
「あまりに隙間で覗き見ばかりしてるから、悪評でも立ってるんじゃないですか?」



「レミィに聞きなさい」
「アレは女だったら何でも良い、ただの変態じゃないのよ……」

何とかしてパチュリーから聞き出そうとするが、適当に話をはぐらかされてしまい一向に話が進まない。
そうこうしているうちに、小悪魔が本を持って戻って二人のところまで戻ってきた。

「はい、こちらが注文どおりの本となります」
「ありがと……ねぇ、今パチュリーに小悪魔のこと好きかどうか聞いてたんだけど、中々答えてくれないのよ」
「パチュリー様は恥ずかしがりやですからね、直接聞いても答えてくれませんよ。あぁ、でもそこがまた可愛らしく、愛らしい!!」
「小悪魔、ちょっと黙ってなさい」

パチュリーはジロリと小悪魔を睨むと、顔を見えないように本で隠す。
しかし髪の隙間から見える耳は、ほんのり赤くなっている。

「ほうほう、案外脈ありのようね小悪魔」
「はあぁぁぁ、照れてるのを隠しきれていないパチュリー様ったら可愛い過ぎて、この小悪魔、悦楽の極みで御座います!」

突如として、小悪魔は身体をクネクネさせながら幸せに悶え始めた。ちょっと気持ち悪い。

「だから黙りなさいと言っているでしょう。そもそも天子も何でそこまでしつこいの」
「それは……あれ、何でだろ?」

はて、そう言えば何故聞いたのだろうか。
なんとなく、か? ……いやいや、ぼんやりとだが気になる理由があって聞いたような気がする。

「理由が無いなら答えないわよ」
「いやちょっと待って……そうよ、一つ気になるのがあったのよ」
「だからそれは何?」
「んーと、同性愛でも幸せになれるかどうかって」

疑問を口にすると小悪魔はクネクネを止め、パチュリーはジト目ではない普通の目を天子に向けた。

「女同士だと子供なんて出来ないでしょ、周りからも変な目で見られそうだし。好き合っても本当に幸せになれるのか気になって……」
「馬鹿らしいわ」

天子の言葉にパチュリーが口を挟んでくる。

「周りが五月蝿いかもしれない、子供が出来ないのは残念かもしれない、だけどそれがどうしたと言うの。同姓であれ、好きな人物と愛し合う以上の幸福がどこにあると言うの」

そのパチュリーには有無を言わせぬ迫力があった。いかなる否定をものともしない強い意志。
それを感じ取った天子は、満足げにニンマリと笑みを浮かべる。

「ふぅん、何だか大丈夫そうね」
「素晴らしい! 素晴らしいですパチュリー様!! この小悪魔、必ずやパチュリー様と添い遂げて見せますぅぅうううう!!!」
「……小悪魔、今からここの掃除開始。ただし埃を立てずに」
「えー、パチュリー様そんな無茶な」

照れ隠しに小悪魔に命令をするパチュリーを見て、天子は確信した。
困難ばかりの茨の道でも、きっと幸福を掴み取ることは可能だと。先程パチュリーが覗かせた強い意志が、そこへと導く力なのだと。
……はて、しかし何でそんな事が気になったのか?

「……まぁ、いいや。目当ての本も手に入ったし、そろそろ私はお暇させてもらうわね」
「あくまでも貸しただけよ、ちゃんと一週間後には返しに来るように……あら、それは?」

席を立った天子の首元で揺れる紫色の首飾り、それに掛かった力をパチュリーは感じ取った。

「……その首飾り、何か呪文が掛かってるわね」
「あらわかる? 紫が壊れないようにって、防護のまじないって言うの掛けてくれたのよ」
「紫って、あの八雲紫よね」
「えぇ、そうよ。これ紫とのお揃いなのよ」

笑顔で首飾りのことを語る天子、彼女から出た意外な名前にパチュリーは驚いた。
この前の地底から沸いた怨霊の異変の際、天子が紫と仲がいいのは知ったいたが、あの隙間妖怪がお揃いのアクセサリーを着けるようなキャラだったとは。
それに首飾りに掛かったのは防護のまじないだけでない、感覚を凝らせば首飾りからどこか遠くに力が繋がっている。

「それに無くした時の為にって、片方が無くなってももう片方がそれを引き寄せるまじないも掛けてくれて」

とすると首飾りから伸びる力の糸は、八雲紫が持っているという首飾りに繋がっているのか。
しかしこの繋がり。

「なんて強い結びつき……」

これほどにまで強い力の繋がりなど、パチュリーが見たのは初めてであった。
たとえ首飾りが異世界にでも飛ばされても、断えず繋がっていそうな繋がり。
力の強い妖怪によるものだとしても、ここまでのものは出来る筈が無い、余程の思いを込めない限りは。

「……そう言えばそれっぽい話があったわね、馬に蹴られてってそのことか。案外あなたの近くにもあるじゃない、同性愛」
「いきなり何言ってるのよ?」
「気付いてないなら別に良いわ、どうせ私には関係ないし」
「? 意味わかんない。小悪魔もニヤニヤしてどうしたのよ」
「ふふふ、いえ別に何でもありませんよ」

かの隙間妖怪の意中の人、知らぬは本人ばかり。
それが何だか微笑ましくて、パチュリーも小悪魔もついつい顔に笑顔が浮かんだ。
それを見て天子は、ただ訳がわからないと首をかしげていた。

「とにかくもう帰るわね、それじゃ」
「はい、さようなら天子さん」
「ちゃんと返しなさいよ」
「そう何度も言わなくてもわかってるわよ、ばいばーい」

借りた本を仕舞い込んだ鞄を持って、天子は図書館から出る。
扉を閉めた所で、辺りを見渡して誰もいないことを確認した。

「よし、それじゃ下に行こうかしら」

図書館より地下には潜らないこと、レミリアのその言葉に天子は興味がそそられた。
押すなと言われれば押したくなるアレだ、痛いのは嫌だが気になるものは気になる。
廊下を出口とは反対に向かって行き、より下へ続く階段を探して行く。
咲夜の能力で無駄に広げられた空間のせいで時間が掛かったが、しばらく歩いていればそれらしい階段が見つかった。

「おー、なんだか危ない雰囲気のする階段ね」

廊下の奥にひっそりとあった石造り階段が、より深くへと道を繋いでいた。
明かりはなく不気味な雰囲気が漂っており、ここの階段だけは普通の空間で、周りと比べると不自然に狭くなっている。
あまりの不気味さにドキりと心臓が騒いだが、暗闇を緋想の剣の光で祓うと足を踏み入れた。
天子以外誰もいない階段に、足音だけが木霊する。
どれほど深くまで進んだだろうか、感覚では5階くらいは降りた気がする。そこでようやく階段は途切れた。
そこには上と同じような大きな廊下があり、進んでみれば鋼鉄で出来た扉が存在していた。
開かないのではと思いつつ扉に手を掛けると、見た目とは裏腹にあっさりと扉は開いてしまった。

「あら、鍵も掛かってないの?」

まさか開くとは思わなかったが、開いちゃったものは仕方がない、至急扉の向こう側の探索してみようか。
鬼が出るか蛇が出るかと身構えながら中に入ってみると、そこには予想外のものが広がっていた。
天蓋の付いた格式高いベッド、これまた高級感が溢れるワインレッドのカーペット、他にも幾つかの家具が置かれている。
間違いない、何でこんな地下深くなのかは知らないが、ここは誰かが住んでいる部屋だ。

「あなたはだぁれ?」

急に後ろから声がして、その瞬間、背筋があわ立ち悪寒が走る。
まるで心臓を鷲掴みされたような感覚に慌てて振り向いてみれば、いつのまにかそこにいたのは、天子よりも小さな金髪の少女。

「あなたはだぁれ?」

紅い目で天子を見詰めながら、もう一度少女は訊ねてくる。
何でこんな所にこんな娘が? とか、何で嫌な感覚を覚えたのか? など疑問はあるが、問われたのなら答えるのが筋と言うものだ。

「私? 私は天人の比那名居天子よ!」
「天人? それって何?」
「天人は、そうねぇ……わかりやすく言えば雲の上に住んでる人よ」
「雲の上!?」

天子が胸を張って答えると、少女は目を輝かせてきた。
少女からは何の邪気も感じられなく、さっきの悪寒は気のせいだったのかと考えたところで天子は気が付いた。
少女の背中には羽……だろうか、とにかく背中から宝石のようなのが付いた羽のようなものが生えており、そしてその顔はレミリア・スカーレットとよく似ている。
もしかして、この少女は。

「私の事は教えたわよ、今度はそっちが自己紹介する番じゃない?」
「あっ、そうね、教えてもらったなら教えなくちゃ」

何が嬉しいのか、ケラケラと笑う少女はスカートの両側を摘み、優雅にお辞儀した。

「私の名前はフランドール・スカーレット、初めまして雲の上に住む人」

天子の予想した通り、目の前の少女はスカーレットと名乗った。恐らくはレミリアの姉妹であろう。
しかし変な話だ、館の主の親族が何故こんな地下室にいるのか。
そんな事を考えていると、突然フランドールが飛び掛ってきて天子の鞄をひったくった。

「あっ!? こら何すんの!」
「いっけないんだー、泥棒だったんじゃないあなた」

そう言うフランドールの手には、図書館で借りた漫画本。

「泥棒じゃないわよ、それはパチュリーから借りたの」
「パチュリーから?」
「そうよ、元々ここの図書館で本を貸してくれるって聞いてやって来たのよ」
「へぇ、そんなことやってるんだ」

意外そうに呟くフランドール。
ますますおかしいと天子は勘繰る。部外者の天子でも知っている事を、何故身内なのフランドールが知らないのか。

「ねぇ、フランドールはレミリアの……えっと」
「妹だよ」
「そう、フランドールってレミリアの妹でしょ? 何でパチュリーがやってる事も知らないの、身内の事でしょ?」
「そんなつまらない話なんて、どうだって良いじゃない。それよりも天子って言ったよね。この館に住んでる人の以外がここまでやってくるのは今日が初めて、あなたはどうしてここまで来たの?」
「あー、それはね」
「あっ! ちょっと待って当ててみるから!」

面白いことを思いついた、とフランドールは顔を明るくして手を叩いた。
時々この娘からは嫌な感覚を覚えるが、同時に酷く子供染みているなと天子は思う。

「それじゃあ言うね!」
「ヒント無しでもいいの?」
「大丈夫だよ、自信があるから。あのね……」

フランドールの紅い眼が妖しく光る。

「お姉様が用意してくれた、新しい遊び道具だ」

そう言った直後、フランドールはその身体を一瞬で加速させ、天子に身体をぶつけてきた。
さっき鞄を奪おうとした時とはまるで違う、純粋に攻撃のための体当たり。

「うぐッ!?」

驚く暇もなかった、天子はまともにそれを食らい、廊下にまで押し戻される。
凄まじい衝撃で肺が空気を吐き出し、天子は激しく咳き込んだ。

「ゲホッゴホッ!」
「つまらない話なんてやめて、もっと面白いことしようよ」

フランドールはそれ以上何も言わず、ただ笑いながら力の込められた弾を作り出していく。
言わずともわかる、幻想郷に住むものなら誰でも知っている遊び。

「がっ……このぉ、いきなり弾幕ごっことわね。そっちがその気なら!」

悪態を吐いた天子は、負けじと緋想の剣を取り出して構えた。
それを見てフランドールは楽しそうに笑みを浮かべる。

「へぇ、天子の武器は剣なんだねそれじゃあ」

フランドールはそう呟くと、周囲に展開していた弾丸を手元に集めて、一塊にしていく。
やがて魔力が固まってくると、フランドールの手には棒状の武器が握られていた。

「禁忌 レーヴァテイン!」

一見杖のようにも見える、歪な形をした剣。フランドールが得意とするスペルカードの一つ。
フランドールは作り上げた剣を即座に振りかざす、すると剣の先から魔力がほとばしり、天子に狙いを定めて飛んで行く。

「それ杖?」
「杖じゃなくて剣だよ!」
「そう……それじゃあ!!」

天子は最小限の動きで初手の攻撃を避けると、弾幕の流れの中を掠りながらも遡って行く。
フランドールはそれの意味するところを理解すると、弾幕による攻撃を中止して魔力を節約し、天子の方へと一直線に向かっていった。そのさまはさながら魔弾。
緋色とスカーレット、二つの赤が笑みを浮かべて激突する
弾幕ごっこと呼ばれるほど、基本的に遠距離攻撃が主流のスペルカードルール。だけどたまにはこんなのも良いじゃないか。
剣でのチャンバラごっこ、なんかも!

「アハハハハハハハハ!!!」
「剣技、気炎万丈の剣!!」

狂ったように笑いながら剣を振りかぶるフランドールを、天子は不敵に笑って迎い撃った。
緋想の剣とレーヴァテインがぶつかり合い、気質と魔力が干渉して火花が散る。
互角か、と二人が二撃目を繰り出そうとしたところで――レーヴァテインにひびが入った。

「えっ!?」
「そりゃあ!」

ひびが入った魔剣を見て天子は得意げに笑みを浮かべると、第二撃を繰り出す。
フランドールは一瞬呆気に取られたが、すぐに気を取り直して緋想の剣を紙一重で躱して距離を取った。
天子から少し離れたところに着地すると、魔力を込めてレーヴァテインを修復、更に先程よりも強化した。
そして天子を睨みつけると、負けたことが認められない子供のように、剣を振りかぶって我武者羅に攻め込んだ。

「うわあああああああ!!」
「性懲りもなく!」

緋想の剣がレーヴァテインを防ぐ。吸血鬼の腕力から来る凄まじい衝撃を、緋想の剣に纏った気質が緩和した。

「なんでなんでなんで!!?」
「何度来たって!!」

互いに攻めようとして剣がぶつかり合う。レーヴァテインが押し負け、僅かに欠ける。

「どうして!!?」
「同じよ!!!」

好期と見て、天子が勢いに乗って攻め始めた。
緋想の剣を振り回し、フランドールに叩きつけようとする。
レーヴァテインに魔力を回し修復させながら必死に防ぐフランドールだが、合間なく攻撃を受けるうちに、徐々に修復が間に合わなくなってくる。

「この……うっとい!!!」

このままではやられるとしたフランドールは、レーヴァテインに込められた魔力を爆発させた。
至近距離から放たれたそれを、天子は直前に察知して身を引くことで躱す。その間にフランドールは再び距離を取る。
肩で息をするフランドールだが、ボロボロなったレーヴァテインを修復し始めた。それを見て、壊しきれなかったかと天子は舌打ちする。

「ハァ、ハァ……おかしいね、さっきから勝てそうな感じがするのに負ける。まるで一撃一撃が膝カックンされてるみたいな」
「わかるようなわからないような、妙な例えね」
「だってそんな感じだもん」

吸血鬼の中でも一際強いフランドールの腕力と魔力、いくら相手が天人といえど、真正面からぶつかって一方的に負けるのはおかしい。

「絶対に何か仕掛けがある。一体どうやってるの?」
「わざわざ敵に秘密を漏らすようなことはしないわよ」
「ちぇ」

その秘密は天子の得物にあった。
天人のみが使える天界の秘宝、緋想の剣。その特性の一つとして、戦っている相手に合わせ、常に弱点の気質を纏うことが上げられる。
天子が真正面からの勝負で、フランドールのレーヴァテインを圧倒する理由がそれだ。
お互いが何の特性も持たない鉄の剣を振るうなら、フランドールも簡単には負けない。だが魔力で出来たレーヴァテインと、その弱点を突ける緋想の剣でなら天子の側に軍配が上がる。

「それにしても凄いなぁ、私とあんな距離で戦える相手なんてちょこっとだけだったのに。もしかして外には天子みたいに強いのがいっぱいいるの?」
「流石にそれはないわね、知り合いに2、3人いる程度かしら」

よく天界で酒をかっ食らってる鬼と、あの強いか弱いかわからない体術を使う隙間妖怪。それと半人半霊の庭師ももしかしたらできるかもしれないか。
ふぅ~ん、と自分から聞いた割りに興味なさげに呟きフランドールは飛び上がると、レーヴァテインとは別に魔力を消費し始めた。

「あら、チャンバラごっこはもう終わり? 楽しかったのに」
「勝ってるからでしょ、やったらまた私が負けちゃうもん。やるなら種がわかってから」
「せっかくその剣が直るまで待ってたのに、気が利かないわね」
「あら、それは失礼しましたわ。お・わ・び・に」

フランドールの周りに使用した魔力が集中し、固まり、形を成していく。
今度はレーヴァテインのように手元に具現化する武器ではなく、フランドールの周りに完成した。
フランドールと、横に並ぶ三人のフランドール。

「「「「とっておきの弾幕をご覧にして差し上げますわ」」」」
「分身の術!?」
「「「「禁忌 フォーオブアカインド!!!!」」」」

スペルカードの宣言と共に、四人のフランドールが同じパターンの弾幕を放ち始めた。
視界を塞ぐほどの弾幕に晒されながらも、天子は必死に避けて反撃を狙う。

「こんの……そこぉ!」

飛んで来た弾幕を避けた直後の一瞬の自由時間、そこで天子は一人のフランドールを狙って緋想の剣から気質を飛ばして攻撃した。
気質はフランドールに命中すると、「きゃっ!」と短い悲鳴を残して呆気なく一人のフランドールが消え去る。

「ざんね~ん、外れ!」
「今度は当たるかな?」
「早いとこなんとかしないと大変だよー?」

そうおちゃらけて言った残りのフランドール達が、再び弾幕を放ち始めた。
今度は先ほどの弾幕に加えて、それぞれのフランドールが色違いの弾幕を放ってきた。この追加された弾幕により、天子からは攻撃するのも難しくなってくる。
この状況を打破するには、やはりスペルカードしかないか。

「でもどれをどう使う!?」

身を縮めて弾幕を躱そうとし、それでもまだ掠りながら天子は考える。
使うにしても、ここで攻撃を外してしまうのは避けたい。しかし天子にはどれが本物のフランドールか区別が付かない。
となると三人のフランドールをまとめて狙えるスペルカードは、と考えて全人類の緋想天が思い浮かんだがすぐに却下する。
あれは簡単に使っては駄目だ。あれを使うのはトドメの時だけにしたい。
飛んで来た弾幕に対し四つの要石を作り出し、その内一つを使って相殺した。早く決断しなければ。

「ほらほら、もうお終い?」
「思ったよりあっけなかったなぁ」
「私のレーヴァテインに勝った時は、凄い! って思ったのに」
「「「アハハハハハハハ!!!」」」
「うるさい! ちょっと黙ってなさいよ、今考えてるんだから! あとその笑い方、聞いてて鳥肌立つから止めなさいよ! ……ってうわ!?」

挑発なのか、それとも思ったことを口に出しただけか。とにかくフランドールの言葉に気を取られ、天子は弾幕に衝突しそうになったが、なんとかギリギリで避けれた。早くしないと、早くしないと。
せめて本体がわかれば――

「――いや、わかるじゃない!」

天子は弾幕を意識を払いながらも、緋想の剣に集中した。
緋想の剣は気質を操る剣。気質とは石にも生き物にも宿るが、人や妖怪の気質は他のとは異なる性質を持ち、剣で探ればそれがわかる。つまりは緋想の剣でフランドール本体の気質を探せばいい。
とはいえ弾幕の嵐の中それをやるのは至難の技だ、だがやるしかない。
気質を探る、同時に荒れ狂う魔力も同時に感知してしまう。邪魔だ、小さな存在は排除して意識を集中――飛んで来た弾幕を要石で防ぐ、残り2個。
自分以外の大きな気質が三つ、更に集中――体制を崩したところに弾幕が飛んでくる、要石を踏み台に緊急回避するが、踏み台の要石は弾幕により消滅。残り1個。
更に気質を探る、緑色の気質と同じ大きさの黄色の気質――ギリギリで要石を盾に弾幕を防ぐ。要石の残りは0、もう後がない――その奥に更に巨大な紅色の気質!

「見つけたぁ!!」

弾幕の合間を縫って、天子は急速に飛び上がった。
上へ上へと向かう天子を追ってフランドールが上へと目を向ける。その先にあったのは、見覚えのない巨大な岩――いや、先程天子が使っていた石と同じ形の岩だ。
そしてその岩は、本物のフランドールの頭上で作り上げられていた。

「何でわかっ――」
「要石 天地開闢プレス!!!」

フランドールが疑問を口にするまもなく、天子の作り出した巨大要石がうねりを上げて落下してきた。
分身のフランドールが弾幕を放つが、巨大な要石はそれらを弾き飛ばして尚迫る。

「これで勝った!」

勝利を確信して天子は叫ぶ――直後、異変を感じた。
第一に、分身のフランドールの気質が消え去った。弾幕が止んだことからも、分身自体が消えたと思われる。それはいい。
問題は第二の異変、本物のフランドールから凄まじい魔力を感じ始めた。
魔法に疎い天子にもわかった。何かヤバイのが来る!

「――禁弾 カタディオプトリック」

慌てて要石から飛び出した天子の目に映ったのは、フランドールから放たれた青色の弾幕と、それを受けて粉々に吹き飛ぶ要石の姿。
危なかった、今回避するのが一瞬でも遅れていたら、吹き飛ぶ要石に巻き込まれ、そこに追い討ちを受けて終わっていた。
だがまだ危機は去っていない、フランドールから放たれた弾幕は壁を跳ね、天井を跳ね、バラバラに飛び回りながら天子を取り囲む。
更には要石の破片にすら反射して、とても避けきれないような複雑な軌道をし始めた。

「アハハハハハハハハハハハ!! 勝ったのは私だったねぇ!!!」

それを見て、勝利を確信したフランドールが狂ったように笑う。
けれどまだだ、まだ手はある。取って置きの切り札だ。
正直なところ、こんな追い詰められたタイミングで使っていいようなカードではないが、フランドールが笑っているならチャンスだ。
その油断が命取り、この弾幕ごと、そのゾッとする笑い顔を吹き飛ばしてやる。

「全人類の緋想天!!!」

光が爆発した。フランドールの目には、それはそんな風に映った。薄暗い地下が壁の染みが見えるほどに明るく、緋色に照らされる。
天子の手元、緋想の剣から緋色の光がほとばしり、迫ってきた弾幕の一角をなぎ払ったのだ。
周囲の気質を全て集中、凝縮し、そして解き放つ、天子の最強にして最大のスペルカード。だがその威力ゆえに周囲の気質は枯渇してしまう。
さしものフランドールの弾幕も、このスペルカードの前には打ち消された。なにせ高い威力に加えて弱点を突けるのだ。魔力で作り出した弾幕ならばこれで打ち消せないはずがない。
一旦は凌いだが、安心してる暇はない。まだ天子に迫る弾幕が残っているし、何よりもこれを使うからには、ここで倒してしまわなくては。この勢いに乗って勝ってしまわなくては。

「うぉぉぉおおわあああああああ!!!」

天子は緋想の剣を振り回し、光線の向きを強引に捻じ曲げていく。
緋色の光線が横薙ぎにされ、天子に迫っていた青い弾幕が次々と消し飛んでいった。
そして光線はフランドールへと向きを変えていく。

「こんな技を……!」

緋色の光線に危機感を覚えたフランドールが逃げようとした時には、既に退路は立たれていた。
まばゆい光線の中から、小さな弾幕が弾けるようにいくつも飛び出てきて、フランドールの行動を阻害してきた。

「おっきいビームだけじゃなかった!?」

全人類の緋想天の実態は光線ではない、超高密度の気弾を超高速で打ち出しているのだ。そして中にはあぶれて飛び出てくる弾幕もある。
地下室を照らし出すほどの光量に紛れて、そのことに気付くのが遅れてしまった。
逃げ場は防がれ、隙を突かれて反応が遅れたことから、次のスペルカードで防ぐ暇もない。

「吹っ飛べええええええ!!!」

全ての弾幕を吹き飛ばした天子が、いよいよフランドールへとその矛先を向ける。
緋色の光線がフランドールへと伸びていき、飲み込まれるその瞬間、フランドールは直感でこの攻撃の性質を理解した。
だがそんなことなど関係なく、逃げることすら出来ずに呆気なく、全人類の緋想天は目標を飲み込んだ。
これで天子の勝利――

「――いや、何か変」

確かに光線はフランドールを捕らえたはずなのに、吹き飛ばした感覚がない。
むしろ緋想の剣から伝わってくるこの感覚は、何か凄まじいものに塞き止められているみたいな。

「うわあああああああああああああああ!!!」

そして光の向こうから聞こえて来たフランドールの叫び声を聞いて、予感は確信へと変わった。
間違いない、防いでいる。
何をどうやったのかは放出している気質が邪魔で見えないが、とにかく全人類の緋想天を防いでいる。
ならばここはどうするべきか、攻撃を中止し気質を節約するべきか? いや、既に相当量の気質を消耗している。ここで一気に決めねばどちらにせよ負けるだろう。
それに天子には、己が持つ緋想の剣に絶対的な信頼があった。この剣があったから天子は異変を起こせた。これまで様々な相手と互角以上にやりあえて来れた。
今までと同じだ、相手が吸血鬼だろうと関係ない。

「このまま吹き飛ばす!」

天子が気合を入れ、緋色の光が強まる中、フランドールは必死にそれを防いでいた。
その手に持った歪な剣で。

「負けるな、レーヴァテイン!!!」

そう、一番初めに使ったスペルであり、依然消えずに手に持っていたレーヴァテインが天子の攻撃を防いだのである。
目の前の一切を吹き飛ばさんと迫ってくる全人類の緋想天に、フランドールは手の平に持ったレーヴァテインを高速回転させ、盾にすることで防いでいた。
だがそれはおかしな話だった。
最初の斬り合いでレーヴァテインが押し負けたのなら、いくら力を込めようと緋想の剣を使った最大の技に対抗できるはずがない。
しかしフランドールはそれをやってのけた。
天性の勘と、吸血鬼としての才能をフルに使って。

「おおおぉぉぁああああああああああ!!!」
「うわぁぁぁあああああああああああ!!!」

まだ勝てないことに焦った天子が、緋色の光が更に輝きを強める。
今までも使ったことがないほどの大出力で気質を放つが、フランドールは潰れない、一歩も引かない。

「何で……何でよ……」

天子が信じられないように言葉を漏らす。
緋想の剣を握る手が強まるが、天子の想いに反して緋色の光は弱まっていく。

「何でなのよ!?」

もう、持たない。
攻撃に使用するために集めた気質は底を突き、地下室を照らした緋色の光は消えてなくなった。

「ハァ……ハァ…………」
「こ、これを破られるなんて……」

余程無理をしたのか、肩で息をするフランドールと、泣きそうな顔で輝きをなくした緋想の剣を覗き込む天子。
何故だ、何故押し切れなかった。どんな相手だってこの剣なら倒せるはずだ。
絶対的な自信を挫かれた天子が、フランドールへと目を向けた時に、その疑問は解消された。
フランドールの手にあるレーヴァテインは、僅かにその性質が変わっていることに気が付いた。
魔力を消耗した影響か? 違う、そうじゃない。

「魔力の属性変換……?」
「へ、へへ、せいか~い……ハァ、ハァ……」

それこそが、レーヴァテインで全人類の緋想天を防いだ方法であった。
目の前で放ったカタディオプトリックが消し飛んでいくのを見て、フランドールは緋想の剣が弱点を突いた攻撃をしていると直感で気付いたのだ。
だったら簡単な話だ、フランドールも魔法に覚えがある。燃え盛るようなレーヴァテインの魔力を、別の魔力へと変換した。
かくして、あくまでフランドールを狙った攻撃は、その前に存在したフランドールとは別の属性のレーヴァテインに防がれてしまった。

「先に剣を壊しとくべきだったわね……」
「もう遅いみたいだけどね。その剣、さっきは綺麗だったのに今は光ってないし、何の力も感じない」

図星を突かれて天子は押し黙る。
全人類の緋想天に気質を注いだ今、辺り一体の気質は全て消費してしまった。もう気質を使っての攻撃は出来ない。

「まだまだよ!!」

天子はやぶかぶれに要石を飛ばす。
だが要石はフランドールに到達する前に、レーヴァテインによって粉々に打ち砕かれた。
思わず怯む天子を見て、フランドールが口元を吊り上げて笑みを浮かべる。

「それじゃあ、また遊ぼうよ!」

レーヴァテインを構えてフランドールが飛び掛ってくる。
力任せに叩きつけてきたレーヴァテインを、天子は緋想の剣でなんとか受け止めた。
先程と違い気質を纏っていないために、衝撃が一切緩和されずに伝わってきて手が痺れる。

「くっ……」
「ほらほら、どうしたのさあ!!!」

間を置かずに次々と振るわれる剣を、ひたすらに耐えて受け続ける。
いつになくピンチだ。この窮地を早く脱せねば。
幸い、フランドールはひたすらに剣を振るっているだけで技術もへったくれもない。隙がどこかにある筈。

「要石!」

一瞬の隙を突いて天子は要石を作り出す。レーヴァテインの直撃を受けてあっさりと砕け散ったが、それでも逃げる時間は稼いでくれた。
全速力でレーヴァテインの間合いから離脱する天子を見て、フランドールはつまらなそうな顔をする。

「さっきはあんなに強かったのに、今は全然物足りないなぁ」

先程と打って変わって接近戦で圧倒するフランドールだが、あまりにも一方的過ぎて不満のようだった。
それなら別の方向で遊ぼうか、とフランドールは決めると、攻撃方法を弾幕を用いたものシフトしてきた。

「レーヴァテイン!」

フランドールの持つ魔剣から魔力のレーザーが放たれ、薙ぎ払われ、使用された魔力の残りカスまでもが小さな弾幕となって襲ってくる。
ほんの少しだが天子がさっき見た弾幕だ、お陰で避けやすくはあるが、このままではいずれ追い詰められる。

「まず、あの剣をどうにかしないと!」

最強の切り札を、自信を打ち砕かれて心が挫けそうになっても、天子は諦めなかった。
現状では要石での攻撃しかできない、だが要石での攻撃はレーヴァテインに防がれる。
レーヴァテインをどうにかしないとこちらからの攻撃が効かないが、要石でしか攻撃できない訳で。拙い、詰んでる。それでもって目の前に弾が。

「あぶなっ!?」
「アハハハハ、そのまま躱し続ければもしかしたら勝てるかもね!? まだこっちのカードはいくつも残ってるんだけどさ!!」

フランドールが挑発するように言ってくるが、それは現実的な方法ではない。フランドールクラスを相手に、初見で全てのスペルカードを見切るなんて神技は、まず不可能だ。
他の手はと言うと、一つだけ思い浮かんだ策がある。
だがこれは策と呼ぶのもおこがましい博打だ、出来るかどうかと言う保障はない。むしろ自分でも半信半疑だ。
その策は、今この場で新しいスペルカードをでっち上げると言うものだ。どんなスペルかの構想は練ってあるが、そんな簡単に成功するとは思えない。
しかし、このままでは負けは確定であるし。

「ぶっつけ本番って言うのも、また面白いか!」

天子は覚悟を決めて――と言うよりも精一杯の虚勢を張って、弱った心を無理矢理奮い立たせると緋想の剣を掲げた。
やはりレーヴァテインを破るにはこの剣しかない。
気質がないと言うのなら、それは自分が補う。

「緋想の剣よ、私の気質を使って今、再び輝け!!!」

全人類の緋想天で使ったのは周囲の気質、それが失われたなら自分の気質を使えばいい。
しかし、自分の気質を使って攻撃するのは初めての試みである。
果たして自分の気質でスペルカードクラスの攻撃ができるのか、そもそもちゃんと発動するのか。
不安が募る天子だったが、緋想の剣に天子の極光の気質が注ぎ込まれ、極光が緋一色へと変わって輝くと、その不安も消し去った。

「――いける!」

大丈夫だ、緋想の剣はまた輝いてくれた。
この輝きは、いつも自分に勇気を与えてくれる。
この剣は、弱った心に力を与えてくれる。

「へぇ、また何かやるつもりなんだ。楽しませてくれるなぁ」

輝きを取り戻した緋想の剣を見て、フランドールは警戒を強める。
先程から幾度となく予想を超えてきた相手だ、何をしでかすかわからない。
レーヴァテインから放つ弾幕を止めて様子を見ていると、不敵に笑った天子が剣を構えてフランドールに向かって来た。また接近戦をやるつもりか。

「覚悟なさいフランドール!」
「……何かあるんだろうなぁ」

近づいてこようとする天子を見て、フランドールは呟いた。
ここで仕掛けてくるからには、レーヴァテインに対抗する策があるのだろう。
もう一度チャンバラごっこも面白いかとも思ったが、やはりここは手堅く攻めさせてもらおう。

「禁忌 恋の迷路!」

フランドールから360度の全方位に弾幕がばら撒かれ始める。
ぐるぐる円を描いて放出されながらも一部に穴がそれは、まるで迷路のよう。
弾の回転方向とは逆に動かないといけないそれは、空回りする恋のよう。

「さぁ、あなたは私に辿り着ける!?」

本当なら遠くに逃げれば弾幕の隙間を縫って避けることが出来るのだが、向こうから突っ込んできてくれるなら好都合。
無謀な告白するように、当たって砕けてしまえばいい。
フランドールの思惑通り、天子は無謀にも弾幕の中に突っ込んできて。

「気符 無念無想の境地!」

弾幕をその身で弾き飛ばして突き抜けてきた。

「うそぉぉぉぉおお!?」
「おぉぉおおおおおお!!!」

叫び声を上げながら弾幕に構わず突撃してくる天子を見て、フランドールは驚きの声を上げる。
吸血鬼の弾幕を受けて尚も、天子は止まらなかった。あんなにもの弾幕の嵐に晒されて痛くないのか。

「痛くない、痛くない! これっぽりも痛くない! 痛いのはアレよ幻覚よ!!」
「何トチ狂ったこと言ってるの!?」

やっぱり痛かったようだ。涙目になりながら、自分に言い聞かせる天子だが、それでもやはり止まらない。止めれない。
来る。

「ぶはぁっ!」

とうとう天子は弾幕の嵐を抜けて、フランドールの目前に辿り着いた。
ずっと水に潜ってから水面に顔を出したように、天子は口を開けて肺に空気を取り入れ、呼吸を整えて剣を構えた。

「レーヴァテイン!」
「緋想の剣よ!」

勝負は一太刀目で決まる、と言うか決めねばならない。やはりでっち上げの不完全なスペルカードではそれが限界だ。
今回の狙いはフランドールでなくあくまでもレーヴァテインだ。
フランドールを狙えば属性を変換したレーヴァテインに防がれるが、ならばまずそっちから破壊してしまえばいい。
いくら属性を変えようと関係ない、それだけ狙えば後出しで弱点を取ることができる。
天子は一旦上昇し、上からフランドールに襲い掛かった。
ありったけの気質を刃にのみに鋭く集中させ、渾身の力を込めて即興スペルを叩きつけた。

「名付けて、気性 勇気凛々の剣!!!」

持って生まれた天子の気質が、レーヴァテインのみを狙って解き放たれる。
レーヴァテインを振るう瞬間、フランドールは緋想の剣が今までと何か違うことに気付いた。
先程はフランドールにとって害悪な属性を纏っていたはずだったのに、今の緋想の剣はそうは感じられない。
それはレーヴァテインの弱点へと属性を変えていたためであったが、それに気付こうが気付かなかろうが、どちらにしても遅かった。

「そんな、何で……!」

一点集中された気質を受けて、フランドールの手の中で、今度こそレーヴァテインは完全に破壊された。

「がぁっ……!」

その余波を受け、フランドールが地面へと叩きつけられる。
攻撃の直前に天子が上昇し、上から攻撃を仕掛けたのはこのためだ。
フランドールを地面へと追い詰めて、確実に勝負を決するため。

「さぁて、お次も新スペル!」

続けざまに天子は手札を切る。
こちらは紅魔館に入ったころくらいから、対美鈴用に考案していたスペルカード。
気質を無効化してくる美鈴を相手することを想定し、緋想の剣でのサポートなしでも十分な弾幕を張れないかと考えていたものだ。
今度こそ完全に緋想の剣が輝きを失った今こそ、正しくうってつけのスペルカード。

「地震 避難険路!」

天子が何も持たない手をかざす、すると天子の周りにボコボコと要石が出現しだした。
それも二つや三つではない、何個も、何十個も絶えず生み出され続ける。
地上に落とされたフランドールはそれを見て何をするのか悟り、迎撃しようと天子と同じくスペルカードを発動した。

「禁弾 スターボウブレイク!」

パン、と弾けるような音が鳴ると、フランドールの周りに新たな弾幕が展開された。
それは赤から紫の七色で形成された弾幕。
本当の由来は別にあるのだが、それはまるで空に掛かる虹のような弾幕だった。

「今度こそ決めさせてもらうわよ!」
「舐めるなァ!!」

押し潰さんと列になって地面に落ちてくる要石と、それに逆らって上へ昇ろうとする虹色の弾幕。
二つの弾幕はぶつかり、腹まで響く轟音が地下に響いた。
降りかかってくる要石を、フランドールのスターボウブレイクが防ぎ、破壊された要石が欠片となって降り注ぐ。
それはフランドールの視界を塞ぐほどの量であったが、だとしてもあまり問題はなかった。
やることはただ一つ、これは自分の得意分野だ。ひたすらに弾幕をぶつけて、全て壊し尽くすのみ。

「逆にこっちが決めてあげる!」

フランドールは持ちうる魔力を総動員して、虹の弾幕を精製していく。
吸血鬼の持つ圧倒的魔力を前にゆっくりと、だが確実に天子の弾幕が押され始めた。
せめぎ合う二つの弾幕の境界線が、ジリジリと天子の方へと近づいていく。

「ぐっ……!」
「キャハッ、おばかさんね。さっきも同じようなの出して壊されてたのに。一杯出せば何とかなると思った?」

フランドールが弾幕を作り出すのに必要な魔力は、まだまだ底を突く気配はない。
それに対して天子の作り出す要石の弾幕は、随分と薄くなってきていた。
やはり今この場で無理矢理でっち上げたスペルカード、吸血鬼と真っ向から打ち合うには力不足であった。
もう限界に近いそれを見てフランドールは楽しそうに笑みを浮かべると、開いた右手をかざして息を吸う。

「キュッとして……」

特に意味のない行為だが、何かを破壊するときは、やっぱりこの科白が一番似合うと思うのだ。

「ドカーン!!!」

フランドールの言葉と同時に特に濃い弾幕が飛ばされて、残った要石の全てを一掃した。
虹の弾幕を従えて、要石の破片を受けながらフランドールは高笑いする。

「アハハハハハハハハ、結局みんな壊れちゃったね! ちゃんとあなたも壊してあげるよ。ねぇ、天子!!?」
「――物騒なこと言うわねぇ」

フランドールの言葉に、天子の声が普通に返ってきた。
だがこの声は近い、近すぎる。

「まぁ、妖怪としたら正しいかもしれないけどさ」

声に反応して、慌ててフランドールが横に振り向く。
その視線の先には、手に持った要石を振りかぶっている天子の姿があった。

「いつのまに!?」
「派手にやってくれたお陰で、随分と近づきやすかったわ」

そう、天子が避難険路を繰り出したのはこのためだ。
先程からの戦い方から見て、あそこでスペルカードを使えばフランドールは真っ向から挑んでくると推察し、それを利用した。
フランドールを地上に釘付けにし、弾幕の陰に隠れて天子が地上へと辿り着くために。
なぜならば、大地操る比那名居天子にとって、地上での戦闘こそが真骨頂。

「まずっ――」
「乾坤!」

天子は手に持った要石を地面へと叩きつけた。地に突き刺さった要石を介して、大地を操る。
フランドールが気付いた時には、もう勝敗は決していた。
スターボウブレイクが現在も発動しているために、次のスペルカードは間に合いそうにもなく、かと言って彼女が上空へ逃げるよりも早く、大地は天子を祝福するように沸き立っていた。

「あぁ、負けかぁ」

楽しい時間の終わりを知り、フランドールは残念そうにポツリと漏らす。
けれども十分楽しんだのか、負けるにも関わらず、幼い顔には笑みが浮かんでいた。

「荒々しくも母なる大地よ!」

天子の能力を受けて周辺の地面は勢いよく隆起して、その場にいたフランドールを高々と打ち上げた。
今ようやく、この戦いの決着が付いた。

「――――勝ったぁ!」

ガッツポーズを決めて勝利に酔う天子だが、安心するのはまだ早い。
このままでは、打ちあがったフランドールが隆起した地面に叩きつけられる。
天子は大地を鎮めて元に戻すと、落下してきたフランドールを受け止めた。

「うぅ、いったぁ~い……」
「大丈夫? 最後の結構いい感じに入ってたけど」
「大丈夫だけど、弾幕ごっこで地面で攻撃されるなんて思ってなかったなぁ」

隆起した地面に打ち付けられた腰をさすって、フランドールは天子の腕から降りた。

「それにしても強いね、私気に入っちゃった。また弾幕ごっこしてくれる?」
「再戦ならいつでも大歓迎よ……あっ、でも今すぐは無理よ。気質全部使い切っちゃったし」
「気質?」
「緋想の剣で使ってた力よ。ほらあの緋色の」
「緋色……?」
「わかりやすくいえばあの赤いの」
「あぁ、あれかぁ! そうか、緋色って言うんだ……」

合点が行ったとフランドールは両手を叩いてなるほどと頷く。
子供っぽかったり、そこらの妖怪よりも怖かったり、かなり変わってる子だなと天子は思う。

「そう言えばフランドール」
「天子ならフランでいいよ」
「そう。フランはレミリアが用意した遊び道具とか言ってたけど、アレってどういう意味?」
「どういうって、そのままの意味だよ。お姉様って面白いのが来たら、私の所に案内してくれるんだ!」

姉が客人をここに招いてくれるのが嬉しいのか、フランドールは明るい笑顔で教えてくれた。
そんなフランドールに対して、天子の胸の中ではドス黒い感情が渦巻いてきた。

「ほほぅ、つまり私は嵌められたと……」

レミリアが最後に言った「痛い思いをしたくなければ、図書館より地下には潜らないことね」と言う言葉はそれが目的だったわけだ。
天子の好奇心を刺激して、フランドールに合わせて妹を楽しませる。妹思いなことである。
しかし理由や結果がどうであれ、嵌められた事実が気に入らないのか、天子は意味深な笑顔を浮かべた。
それはフランドールのように無垢な笑顔でなく、裏で色々と考えている悪い笑みである。

「どうしたの?」
「なんでもないわ。ところで今ここにレミリアを呼べない?」
「多分、そろそろ様子を見に来ると思うけど……」
「よし、フランちょっと協力しなさい。面白いの見れるから」

天子はフランドールの耳に顔を近づけると、耳元で語りかけた。今は二人っきりなので意味はないが、雰囲気重視だ。
全て伝えると天子は顔を離し、その顔をフランドールがいまいち理由がわからないのか、キョトンとした表情で見上げた。

「本当にそんなので面白くなるの?」
「勿論よ、だから言う通りにしなさい、いいわね?」
「うん、わかった」

何であれ、それで面白くなるのなら言う通りにしてみるか、とフランドールは協力を約束する。
協力を取り付けた天子は、また悪い笑みを浮かべて呟いた。

「見てなさいよ変態吸血鬼。吠え面かかせてあげるわ」



 ◇ ◆ ◇



「さぁて、フランは楽しんでくれたかしら」

天子とフランドールが弾幕勝負を終えて数分後、そろそろ決着が付いたと見たレミリアが様子を見にフランドールがいる地下室へと降りて来ていた。
紅魔館に見込みのある客人が来るたび、レミリアがフランドールの元に客人を誘うのはいつものこととなっていた。
紅い霧の異変の後に巫女と魔法使いを相手にしてから、弾幕ごっこに味を占めたフランドールのために、わざわざ運命を操ってまで上手く地下に行くように誘導している。
パチュリーに無理を言って図書館を開放したのも、全てフランドールのためだ。親友様は渋い顔をしていたが。

「けれどそれでフランが喜んでくれるなら」

我ながら妹煩悩だと思う。
だがたった一人の妹なのだ、彼女にはかわいそうなことをしてしまっているし、それくらいはして当然だ。
それに、楽しんだフランドールが笑顔満開で「ありがとうお姉様!」と言われてしまえば誰だってそうする。私はそうする。
天子のスペルカードのせいでいつも以上に荒れた最下層まで辿り着くと、妹の笑顔を求めてレミリアはフランドールの部屋の扉を開けた。

「フラーン、いい子にしてるかしらー?」
「さぁ、フラン何して遊ぶ?」
「何でもいいよ、天子お姉様!」
「ノォォォォォォオオオオオオオオオオ!?!?!!」

二人の様子を見に地下に来たレミリアは、まるで本物の妹のように天子に寄り添うフランドールを見て、この世のものとは思えないほど悲痛な叫びを上げた。
血の涙でも流しそうな形相で叫ぶレミリアにフランドールは思わず驚いたが、天子はニヤニヤしながら見せ付けるようにフランドールを抱き寄せる。

「違う! フラン、そいつお姉様違うぞ! 」
「あらあら、どうしたのよレミリア。そんなに怖い顔して叫んじゃって」
「天人、貴様ァ!! まさかフランを洗脳したのか!!?」
「いや、流石にそこまでやってないから」

怒りのあまりすっとんきょなことを言い出したレミリアに、天子は呆れながら否定した。
妹のフランドールと一緒に一芝居打てば、面白い反応を見せてくれるんじゃないかと思ってやってみたが、予想以上の反応に天子は若干引きながらも満足げだ。

「止めて天子お姉様とレミリアお姉様! 私のために争うのは止めて!」

そしてフランドールはフランドールで結構ノリノリのようで、アドリブを利かせて天子とレミリアの間に割って入ってきた。先に天子の名を出しているところが憎い演出だ。

「フランは天子をお姉様なんて呼ぶな! だ、大体姉妹と言うのは同じ特徴を持つものだ、お前達はそんなものないだろうが!」
「あら、それだったら私とフランって結構同じ所あるわよ?」

興奮して口調が勇ましくなってきているレミリアに、天子はスカートの裾、正確には極光を表した飾りを見せる。
同じようにフランは背中の羽を見せ付けた。

「ほらお姉様、同じ虹色だよ」
「得物も同じ剣だしね」
「ぐぬぬぬぬ……」

それを言ったらレミリアとフランドールは顔がそっくりであるのだが、怒りに我を忘れたレミリアはそれに気付かずぐうの音も出ないようだ。
しかし何かを思いついたのか、レミリアは後ろを向いて指を鳴らすと声を張り上げた。

「咲夜ァ! すぐに来なさい!!」
「はい、ただいま」

どうして地下のここから声が聞こえたのか不思議だが、名を呼ばれた直後にはしずしずと頭を下げた咲夜が現れた。

「ここは第三者に決めてもらいましょうか。咲夜、私と天子のどっちがフランの姉にふさわしいと思う?」
「ちょっと、咲夜はレミリアの部下なんだからそっち選ぶに決まってるじゃない。八百長よ!」
「心配ないわ、咲夜は状況がわかってないから、思ったままに選んでくれるわ」
「状況わかってなくても、普通はレミリア選ぶじゃないのよ!」
「あら、挑む前から負けを認めるのかしら?」
「いや、そうじゃなくて……」
「さぁ、咲夜早く決めなさい!」

色々と問題があるのもわかっているだろうに、わかっているからこそレミリアは天子の言葉を遮って咲夜に決断を急がせた。
とりあえず咲夜は、時を止めてゆっくりとどちらがフランドールの姉にふさわしいのか考えてみることにした。

フランドール、どうにも子供なので、姉は妹に色々と教えてやれる者が望ましい。
レミリア、何かと面倒ごとを押し付けてくる、あと変態で教育上よくない。
天子、異変でやりあったこともあるがよく知らない、がナイフを作って売りに来たりするあたり意外としっかりしているか。それに変態よりはマシな気がする。

結論が出た咲夜は、止めていた時間を開放する。

「こら、勝手に話し進めるな!」
「この抵抗するな……咲夜早く!」
「はい、天子の方が姉としてはふさわしいと思います」
「ほらやっぱり、姉にはこの私よりも天子の方がふさわし……あれ?」

咲夜の言葉がよく伝わらなかったのか、目をパチパチさせて硬直するレミリア。天子とフランドールも「あれ?」と首をかしげて固まった。
見かねた咲夜が、フォローに回ろうとする。

「天子はこれでしっかりしていそうですし。姉としてはお嬢様なんかよりも天子の方が……」
「ごばぁっ!!!」
「「血を吐いて吹っ飛んだァ――!?」」

咲夜の放った言葉のナイフに貫かれ、レミリアが口から紅い色の液体を撒き散らしながら吹き飛んで行くさまに、天子とフランドールは声を合わせて驚いた。
レミリアはそのまま地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなる。
流石の天子も掛ける言葉も見つからず、それでもレミリアが気の毒過ぎておずおずと話しかけようとした

「え、えぇーと、その……レミリアはレミリアでいいとこが……」
「うわーん! 良いもんね、私は美鈴のでかぱいに癒してもらうから良いんだもんね!」
「うわっ!?」

固まっていた感情が爆発し、泣きながら飛び起きたレミリアは傍にいた天子を突き飛ばす。

「めいりぃぃぃぃん! フランと咲夜が寝取られたぁぁああああ!!!」
「お姉様ー!?」

フランドールからの呼びかけも空しく、レミリアは泣き喚くままに階段を駆け上がって地下から飛び出ていってしまった。
予想外の事態に、天子とフランドールの二人は呆然と立ち尽くす。

「……あら、思ったままのことを言っただけなのに、何か悪かったのかしら」
「いや、なんというか。まさかあんたがトドメさすとは思わなかったわ……」
「咲夜って結構ズレてるよね……」
「すいません、身だしなみは整えていたつもりですが」
「「そっちじゃないから」」

再び天子とフランドールがハモってツッコミを入れた。先程レミリアに二人の共通点を示したりしたが、それ以外でもどこか似てるなと天子は思う。

「よくわからないけど、用事も住んだことだし仕事に戻っていいかしら」
「あぁ、呼んだのレミリアだし帰っていいわよ。でもほっといていいの?」
「美鈴に任せておくわ。私は仕事が残ってるし、面倒だし」
「後者が本音よねそれ」
「それじゃ」

天子の指摘をスルーして、咲夜は二人の目の前から忽然と姿を消した。時を止めてとっとと出て行ったようだ。
地下室に天子とフランドールだけが取り残される。

「それにしても、驚かすつもりだったけど、まさかあそこまで行くとは。ちょっとやりすぎたわね……」
「うん、大丈夫かなお姉様」
「後でフォローしといた方がいいかしら」

まぁ、あの門番に任せておけばいいか。きっと空気を読む友人の竜宮の遣いみたいに、気を遣ってなんとかしてくれるさ。
そう結論付けた天子はさっさと気を取り直したが、フランはまだボーっとしたままであった。

「どうしたのフラン?」
「いや、お姉様があそこまで取り乱すなんて思わなかったから」
「そうかしら、言ってる事はいつもとあんまり変わらない気がするけど」

むしろいつもの方が変態すぎて酷い。

「天子の前じゃあんなのなの?」
「あんなノリね、流石に泣いて逃げるのは初めてだけど」
「ふぅーん……」

それを聞いてフランドールは口ごもった。
何かを言おうとして、でも言うと嫌な事実を認めてしまうから言えない、そんな風であった。
しかし天子が何も言わずに見守っていると、フランドールは意を決して思いを吐き出し始めた。

「……あんなお姉様、私は初めて見たな」
「そうなの?」
「うん、私の知ってるお姉様はいつも偉そうにしてて、でもちょっとかっこよくて」

姉のことを誇らしげに語るフランドールだが、話を聞く天子は何か変な感じだった。
何と言うか、何だろうかこの違和感。

「フラン、その凄いレミリアがエロ本でも読んでたらどうする?」
「やだなぁ、お姉様がそんなもの読む訳ないじゃない」
「そっかー、そうだよねー、アハハー」

乾いた笑いで天子は場を誤魔化した。
あの変態吸血鬼も、愛しの妹の前ではそれらしく振舞っていたと言う訳だ。
咲夜はああ言っていたが、案外お姉さんしてるじゃないか。

「……さて、そろそろ帰ろうかしら」
「もう? また来てくれる?」
「パチュリーのところで借りた漫画を返さないといけないし、遅くても来週までにはまた来るわ。」

と、そう言えば咲夜からナイフの注文も受けてるんだったか。
ナイフ1ダースに期限が一週間の借り物、これは期限ギリギリまで粘ることもなりそうだ。

「そっか、そう言えば借りたとかなんとか言ってたね」
「そうそう、何でフランったら図書館の貸し出しのこと知らないの?」

思い出したように天子は疑問をフランドールに訪ねた。
間に弾幕勝負を挟んだせいですっかり忘れてたが、気になっていたんだった。

「あぁ、そのこと? だって私って外に出てないもん」
「へっ?」

言っていることがよく飲み込めなくて間抜けな返事をした天子に、フランドールは笑顔で説明し始めた。

「私はね、ここから出ちゃいけないんだ」

突然、重大なカミングアウトをしてきて、なのにその顔は笑っていて、あまりに不釣合いすぎるそれらに天子は閉口した。

「簡単に言えば、気が触れちゃってるの、私って」

そんな天子を置いてけぼりにして、フランドールは大げさなジェスチャーを交えて、あくまで笑顔のままで語っていく。

「私が外に出たらね、ハシャギ過ぎちゃうの。お家も物も妖精も妖怪も、お姉様だって壊しそうになったこともあったわ。
 これって凄く大変なことだけど、凄く簡単に解決できるの! 私が外に出なかったらいいだけ。
 私が外に出たらお姉様に迷惑が掛かるけど、出なかった迷惑じゃない。
 そんなに変な顔しないでよ、私はここでも十分幸せ。だってお姉様が遊び道具を調達してくれるもの。
 私がここにいれば皆が幸せになるのよ! お姉様は迷惑しないし、咲夜は苦労しないし、美鈴は私を止めなくていいし、パチュリーっも余計な魔法を使わなくていいし、妖精は死ななくていい。
 これって素晴らしいことじゃない?」

あくまでも笑顔で、それが本当に素晴らしいことだとフランドールは言い切った。
気が触れている、それについては天子も合点がいった。時折フランドールが感じられた気持ち悪くドス黒い何か、きっとそれは彼女が気が触れて――狂っているせいだろう。
だから彼女がこんな地下にいるのもわかる。危険な人物を隔離するのは当然の話だ。パチュリーが本の貸し出しをしているのを知らなかったも、そのため。
けれど、一つだけ納得行かない。

「素晴らしい訳なんかない」
「え?」
「こんな場所に閉じこもってるだけだなんて、素晴らしくなんかない。幸せなんかじゃ絶対にない」

フランドールが笑いながら語ってきたこと全てを、天子は粉々にする勢いで、力強く否定した。
毅然とした態度で見下ろす天子の緋色の瞳を、フランドールは打って変わって冷徹な表情で覗き込んだ。
フランドールの目からは子供のような無邪気さはなりを潜め、見ただけで射殺すような殺気が籠もっている。その視線に射抜かれても、天子は一歩も引かなかった。

「何言ってるの、私はさっきから幸せだって何度も言ってるじゃない」
「ならこっちだって何度も言ってやるわ。こんな埃っぽくて薄暗くて、いるだけで根暗なりそうな場所に閉じこもってて外に出られない。それで幸せだなんてことは、絶対にない」
「今日会ったばっかりで、私のこと何にもわかってないくせに!」
「わかるわよ! 他の誰にもわからなくても私はわかる!」

感情を抑えらずに怒鳴ったフランドールに、同じくらいに覇気を込めて言い返しながら天子は思う。
似ている。やはりフランドールと自分はよく似ている。
フランドールがこの地下深くに縛られているように、天子は以前まで空の上に縛られていた。
天子も何もできず縛られる苦しみを、あの何の代わり映えもしない広々とした空に知っていた。
身を持ってそれを体験したからこそ天子は断言する。
何も出来ず、ただ惰性に日々を過ごすだけのあれは、地獄の苦しみ以外の何物でもない。

「私も、閉じ込められる苦しみは知ってる。いくらレミリアが遊び相手を寄越すからって、それで満足するわけがないでしょ」
「う、うるさい……」
「本当はフランも外に行きたいんじゃないの。何でこんな場所で縮こまってるのよ、その気になればすぐに外に出て」
「うるさいって言った!」

癇癪を起こしたフランドールが、叫びと共に魔力を撒き散らす。天子が魔力に弾き飛ばされて、壁に打ち付けられて尻餅をついた。
吹き飛ばした天子を睨むフランドールは肩で息して、その目尻には涙が溜まり始めていた。

「今まで私は散々壊してきたんだよ! 物だってメイドだって! ……お姉様だって、壊しかけた。」

興奮していたフランドールの心が沈んでいく。弱った彼女は、ついには膝を付いて涙を流し始めた。

「もう、お姉様にあんなことしたくないよ……」

つまるところ、これが本心だ。
フランドールは何かが狂っている、けれどその狂った心の中に、きっと優しさも同居しているのだ。
その優しさがフランドールをここに縛り付けている。それが素晴らしいことだと必死に誤魔化して、誰かを傷付けることを避けている。
だが。

「それがどうしたってのよ」

それを天子は事も無げに一蹴した。
天子はフランドールとレミリアの間に何があったのかは知らない。
フランドールの反応からするに恐らくは相当大変なことだっただろう。けれどそれがどうしたと言うのだ。

「じゃあ聞くけど、フランがレミリアを傷つけたことについて、レミリアは恨み言を言ったりした?」
「ううん、言ってない……」
「それじゃあレミリアは気にしてないでしょうね。さっきだってレミリアは泣いてここを出て行ったわ。妹のために泣けるやつが、妹に何かされてもそのことで恨んだりなんかしない」

レミリアは確かにフランドールのことを想っている、ならばどんなことでも許せるはずだ。
そう天子は伝えるが、それでもフランドールは泣いて塞ぎこんだままだ。

「まぁ、いきなり向こうが気にしてないから、お前も気にするなと言われても無理でしょうね。流石にそこらへんの気持ちは私もわからないし、説得力あるかどうかわからないけど、でも言うだけ言わせて貰うわ」

壁際に腰を落としていた天子は立ち上がると、もう一度フランドールに詰め寄って自分の思う全てを伝えていく。

「迷惑が掛かる? だったら掛ければいいじゃない。子供なんて皆親に迷惑掛けてるんだから、その対象が姉に代わるだけよ」
「なに、勝手なこと言って……」
「別にいいじゃないの。迷惑掛けたくないって言うのなら、外に出ても出来るだけ暴れないようにしたらいいわ。」
「そんなの、無理だよ。今までだって頑張って抑えようと思ったけど、その度に何かを壊してきた」
「一度や二度でへこたれない。自覚して治そうと思ってるなら、何年か、もしかしたら何十年もかかるかもしれないけど、いつか治るわ」
「でも、でも……」
「あぁ、もう、とにかくねぇ!」

俯いて涙を流すフランドールの顔を無理矢理上げさせて、天子はひたすらに言葉をぶつけた。
こんな無理矢理な方法しかできないなんて、自分でも不器用と思うが、これだけは伝えたかった。

「周りが迷惑するからって、フラン一人が不幸になればそれでいいなんて、おかしいでしょうが!!」

これが、天子の一番の叫びだった。

「あんな苦しみが、誰が味わってもいいもんじゃないわよ」

こんなところに閉じ篭るだけの窮屈な日々、そんなのは絶対にあってはならない。
天子はそう思っていたし、フランドールにも同じように否定して欲しかった。

「フランさえその気なら、すぐにだってこんな場所出て行ける」

天子はフランドールに手を差し出した、フランドールがこの手を掴めばすぐにでも連れ出す気だ。
差し出された手を、フランドールはじっと見つめたまま動かない。
彼女の心が揺れ動いているのだ。
長い間押さえつけていた外へ出ることの、幸せへの欲求が、天子によって顔を出してきたが、同時に強い不安も渦巻いている。

脳裏に思い浮かぶのは、いつの日か見た光景。
傷付き、血に濡れた姉の姿。
フランドールがここにその身を縛り付ける元凶、二度と経験したくないと忌避するトラウマだ。
自分の幸せとそれを天秤に載せても、未だトラウマが勝ったままだ。
フランドール一人の幸せでは、天秤は釣り合うことすらしない。

「きっと、レミリアだって待ってるわよ」

それを知ってか知らずか、天子はフランドールの心に一石を投じた。
フランドールは面を上げて、天子の顔を見上げる。

「ホント?」
「姉ならきっと誰だって、妹と遊びたがるものよ」

姉が待っている、その一言が天秤を逆に傾けさせた。
フランドールの小さな手が伸び、それを天子が力強く捕まえた。

「よっし!」
「きゃっ!?」

ニンマリと天子は笑うと、フランドールを引っ張って立ち上がらせる。

「て、天子!?」
「決心がついたのなら、鈍らないうちに行きましょ!」

手を出したもののまだどこかうじうじしているフランドールを、天子は強引に引っ張っていく。

「それじゃ遊びましょ! パーッとね!」
「……うん」

天子があんまりも嬉しそうにそう言うものだから、フランドールも釣られてつい笑みを浮かべてしまった。



 ◇ ◆ ◇



フランドールの手を引っ張って、天子は駆け足で上へ続く階段を駆け抜け、地下一階へと上ってきた。
ここまで付いて来てくれたフランドールだが、少し様子が変だ。ソワソワしながら辺りを見渡している。

「さって、とりあえずここまで来たけど……どうしたのフラン。さっきから何か変よ?」
「うん、あの部屋から出てくるの久しぶりだから、ちょっと興奮してて」
「あそこに引き篭もってたのよね、どれくらい久しぶりなの?」
「えっと、ちょっと待ってね……いち、に……」

フランドールは指折りしながら、地下室に篭もっていた期間を数え始めた。

「じゅう……にじゅう……さんじゅう……ごじゅう」
「うんうん」
「ひゃく……にひゃく……さんびゃくで、えっと……」
「…………」
「……たっくさん」
「とりあえず年単位と言うことはわかったわ」

果たして、計何十年、もしかしたら何百年あの地下室で過ごしていたんだろうか。
フランドールが子供っぽいのは、間違いなく人生経験が不足してるからだろうなと天子は推察する。

「食事とかも全部あの部屋なのよね」
「咲夜が持ってきてくれてたよ……あっ、そうだ、咲夜ー! いるー!?」

思い出したようにフランドールが、声を張り上げて咲夜の名を呼んだ。
一瞬の間の後に、音もなくメイド長が現れる。

「ただいま参りました、フランドールお嬢様。外出とは珍しいですね」
「咲夜、ナイフ貸して」
「はい?」
「ちょっと、そんなの持って何する気よフラン」
「あぁ、何か壊すわけじゃないよ。壊すんだったら殴ったほうが強いし」

手を出してお願いするフランドール。
いきなりの申し出に咲夜は戸惑ったようだが、フランドールにナイフを渡したところで、彼女が脅威な存在であるのは変わらないかと結論付けてナイフを手渡した。
すると左手で受け取ったフランドールは銀色に光るナイフを逆手に持ち、躊躇なく自分の右手に突き刺した。
刃が右手を貫通し、血が吹き出て廊下を汚した。

「ちょっ、フラン!?」
「フランドールお嬢様、いきなり何をなさるんですか!!?」
「いや、能力封じに」
「わけわかんないこと言ってないで、抜きなさいってば!」

天子は慌ててフランドールの右手を取ると、ナイフの柄を握って引き抜いた。
恐らくは銀製のナイフであっただろうが、フランドールの傷口は驚異的な速度で再生し、すぐに塞がった。

「あっ! せっかく刺したのに何するの天子!」
「こっちの科白よそれは! 何だってナイフなんて刺したのよ、自殺でもするつもり!?」
「そんなんじゃないよ、あの程度じゃ死なないし。それに何でそんなに怒ってるの?」
「怒るに決まってんでしょうが!」

あっけらかんとした態度のフランドールであったが、凄まじい形相で叱り付けてくる天子に気圧されて後ずさりする。
助けて求めるように咲夜へ視線を延ばしたが、咲夜はその視線を受け止めると首を横に振った。

「フランドール様、今のはメイドとしても見逃せません。訳をお話下さい」
「うぅ……私の能力があるでしょ?」
「フランの能力?」
「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力ですわ」
「また凶悪な能力ね……」
「それでね、カッとなって使っちゃうのはマズイって思ってね。多分誰にも止められないし、能力使うときにはまず右手でやるから、先に右手を潰しとこうと思って」

何か間違ってる? とオドオドしながら事に至った経緯を述べるフランドールに、思わず天子は呆れて溜息をついた。

「能力を抑えようとしたのは偉いけどね、やり方間違いすぎでしょ」
「えっ? えっ?」
「フラン、その能力ってどうやったら発動するの」
「うんとね、物には壊れやすい『目』みたいのがあるから、その『目』を手に移して握りつぶせばいいの」
「じゃあ手を握れなくするか、ずっと握ってるようにすればいいんしょ。咲夜、またフランが馬鹿なことする前に、布か何かで手を縛って開けなくして」
「そうね、それが妥当な処置かしら。しばしお待ちを」

そう言い残すと咲夜は時を止めてその場を後にした。
咲夜が離れている間に、天子はフランドールの肩を掴むと、また怒った顔を近づけた。

「いい、フラン? 自分から傷を付けるとか、そう言うのは止めなさい」
「えー、何で? ちょっと痛いだけじゃない」
「そうやって何も感じなくなることが問題なのよ! 自分の身体を傷つけるなんて、他の人を傷つけるよりやっちゃいけないことだから」
「そんなにいけないこと?」
「当たり前よ、レミリアだって悲しむだろうから止めなさい」
「……うん、わかった」

フランドールはいまいち納得していないようだったが、レミリアの名を出されて、ならしょうがないと頷いた。
天子としてはそれでは少し不満だが、もうしないのならひとまずそれでいいかと引き下がる。と丁度いいタイミングで咲夜が出現した。

「フランドール様、こちらを右手にお嵌め下さい」
「何それ?」

咲夜が差し出したのは、赤と白のずんぐりとした手袋のようなもの。

「ボクサーグローブと言う物です、これを嵌めれば能力は使えないでしょう」
「わかった、ありがと」

グローブを手にとって、いそいそとフランドールは右手をグローブの穴に差し込んだ。
咲夜は一歩下がって天子の横に並ぶと、天子に耳打ちした。

「ありがとうね、天子。フランドール様を助けてくれて」
「何のことよ」
「今フランドール様を叱ってくれたことと、ここまで連れ出してくれたことよ。どうもあそこから出ようとしなかったから」
「……別に、私の好きなようにやっただけよ。それより覗きなんて卑しい真似するんじゃないわ」

フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いて嫌味を言う天子だが、その頬はわずかに赤い。感謝されて照れているようだ。
そうこうしているうちに、フランドールはボクサーグローブを右手に着け終えて、感覚を確かめ始めた。

「どうですか、フランドール様」
「うん、これなら能力は使えないから。カッとなって壊すことはないと思う」
「このまま出歩かれるなら、お供いたしましょうか?」
「ううん、鬱陶しいしいいよ。それにね」

フランドールは天子のそばに駆け寄ってくると、その腕に抱きついた。

「天子が、私が何も壊さないように手伝ってくれるから!」

フランドールはニッコリ笑うと、嬉しそうに話した。
それを聞いた咲夜に生暖かい目で見つめられて、また天子は頬を赤らめながらそっぽを向いた。

「そうですか。新しいお友達は案外お優しいようで」
「いや、優しいとかそんなんじゃ……あーもう! とにかく行くわよフラン!」
「わっ!? 急に走らないでよ天子!」

引っ付いているフランドールを引っ張って、足早に天子はその場を後にした。
何だか微笑ましい光景に頬を緩めながら、フランドールを天子に任せて咲夜は仕事へと戻っていった。

「ちょっと待ってよ天子。外は出たけどどこ行くの?」
「まだ外じゃなくて、地下室から出てきただけでしょ……いや、ここも地下だけど」
「えっ、もしかして館の外行くの? それはちょっと……」

外に行くと言う言葉に、拒絶反応を示すフランドール。ずっと地下室に篭もっていたのなら、仕方ないといえばそうかもしれない。
それに吸血鬼は太陽に弱い種族であるし、昼間の今外に連れ出すのは無理があるか。傘を差してれば大丈夫らしいが、慣れてないと何かの拍子で日光を浴びてしまいそうである、そうしたら洒落にならない。

「わかったわよ、じゃあ屋敷の中で遊びましょ」
「うん、それでどこ行くの?」
「そうね、まずは……」

天子が足を止めて横に顔を向けた。フランドールも釣られて顔を向けると、図書館の扉が目に入った。

「おっじゃまー!」
「しまーす!」
「邪魔するなら帰って頂戴」

威勢よく飛び込んできた天子に、ピシャリと言葉を投げつけるパチュリー。
しかし本を読んでいた顔を上げると、物珍しげな顔をした。

「妹様も一緒じゃない、地下から出てくるなんて珍しいわね」
「うん、久しぶりパチュリー」
「小悪魔、お茶入れて頂戴」
「あなた図々し過ぎでしょ」

そそくさとテーブルの席に着くと、さも当然のようにお茶を要求する天子にパチュリーが睨みつけてくる。
それでも全く動じない天子に主が不機嫌になる中、小悪魔は律儀にも紅茶を淹れると天子に差し出た。

「はいお茶です、妹様もどうぞ」
「ありがと」
「緑茶もいいけど、紅茶もこれで中々いいわよね。淹れる人が上手いのかしら」
「ありがとうございます。でも咲夜さんの方がお上手ですよ。ところでお二人は何故ここに?」
「特に理由はないわよね?」
「目に入ったからとりあえず来た?」
「暇つぶしなら他所行きなさいよ。レミィなり門番なり、他に当てはあるじゃない」
「あー、いやその二人は今ちょっと……」
「?」



――その頃、門番の休憩所にて。

「うわああああん! 美鈴……フランが、フランが寝取られたー!」
「はーいはい、お嬢様落ち着いてくださ……あっ、こらドサクサに紛れて胸を揉まないで下さいってば!」
「私に残されたのはこのおっぱいだけなんだ! 後生だから揉ませてくれー!」
「訳わかりませんから、止めて下さい!」



「暇つぶしですか。いやてっきりレミリアお嬢様みたいに、本を見に来たのかと思いましたよ」
「へぇ、お姉様もここに本読みに来たりするんだ」

感心したように呟くフランドールだったが、その横で天子は何やら嫌な予感を察知した。

「お姉様ってどんな本読みに来るの?」
「そうですね、もっぱら官能しょ」
「あーっと、小悪魔の頭に変な蝙蝠が!!!」
「うぎゃぁあ!!?」

話を遮って、天子が小悪魔の頭に手首のスナップが聞いた手刀が打ち据える。
鋼鉄のような天人の一撃に、小悪魔の目に火花が散った。

「ごっめーん、見間違えた羽だったわー。でも話があるからこっち来なさい。フランはそこで待ってて」
「ひゃんっ!? ちょっ、尻尾引っ張らないで下さいって!!」

呆気に取られるフランドールと、なんとなく察して天子を奇行を無視するパチュリー。二人を置いて、天子は小悪魔を引っ張り本棚の後ろまで連れ込んだ。

「ちょぉっと耳貸しなさ……って、あれ。小悪魔どうしたのよそんなに顔赤くして」
「ハァ、ハァ……い、いきなりあんなに激しくされるとは予想外です」
「あのチョップそんなに痛かったの? 話を止めるにはあれが一番いいと思ってね」
「いや、そっちじゃないですけど……」

少しとろけるような顔をした小悪魔は、天子に引っ張られた尻尾を鎮めるように軽く擦っている。
天子は訳がわからず「尻尾が痛かったのかしら?」と首を傾げた。

「いや、それよりも私をこんなところに連れ込んで何のつもりですか? ハッ、まさかカツアゲですか!?」
「そんな事しないわよ」
「私は力には屈しません。秘蔵のパチュリー様ブロマイドは絶対に渡しませんよ!」
「黙って話し聞け」
「イエッサー!」

話を聞かない小悪魔に、面倒だと思った天子は緋想の剣で脅して口を閉ざさせた。
姿勢を正して敬礼を取った小悪魔に、天子は剣を下ろして用件を話し始める。

「私が言いたいのはね。フランがレミリアはエロ本なんて読まないって思ってるって事よ。要するに姉が変態だとは知らない」
「そうなんですか。それじゃもしかしてお嬢様は妹様に……?」
「うん、セクハラはしてないみたい」
「お嬢様にも、一握りの良心はあったんですね」

住人にこうまで言われる主ってどうなんだろうか。

「それで、レミリアの本性を知らないせいで、フランってやたらとカッコイイお姉様に憧れを持ってるみたいなのよ。そこに本当の事を知ったらどうなると思う?」
「……相当ショックでしょうね、下手したら暴れだすかもしれません」
「じゃあどうするべきかわかるでしょ?」
「お嬢様の素行を事細かに話してあげるべきですね!」
「違うわバカ」

拳を握り締めてとんでもない事を言い出す小悪魔の頭部に、すかさず手刀が打ち込まれた。

「ぐぉぉぉ、ば、ばかになる……!」
「どこをどうやったら、そんな結論になるのよ!」
「でもですね、妹様が事実を知って暴走したら、それはそれで面白そうじゃありませんか?」
「それは……それはそれで面白そうね」
「でしょう?」

悪魔の魅力的な囁きに、天子の心が揺れ動く。
他人の不幸は蜜の味、変態な姉と事実を知った妹の姉妹戦争勃発、なんて面白そうな響きだ。
見たい。どんな騒ぎが起こるのか見てみたい。だが、姉の事を誇らしげに語るフランドールの顔が思い浮かび、天子は必死に雑念を振り払った。

「いや、それでもフランのいたいけな理想が打ち砕かれるのは流石に可哀想よ」
「えー」
「えー、じゃない。レミリアは変態じゃなくて、エロ本読みに来たりしない、ってことで話し合わせなさい」
「私はパチュリー様の使い魔ですよ? 私に命令できるのはパチュリー様だけです!」
「さっき新しいスペルカード開発したけどまだ不安定なのよねー、ちょっとここで試してみようか。低級の悪魔なら一刀両断とか出来るかしら?」
「何があっても命令を遂行致します!」




「天子と小悪魔、何話してるのかな」
「さぁ、知らないわ」

暇を持て余したフランドールが、机の下で足をプラプラと揺らしてパチュリーに話し掛けて来た。
先程の小悪魔の言葉を思い出して問い掛ける。

「さっき何か言いかけてたよね、確かかんのう……」
「感動的な本ね」
「へぇ、そんなの読んでるんだお姉様」

珍しく本を閉じたパチュリーが、フランドールを見詰めてなんとかフォローする。
いつもは開きっぱなしの本を閉じた辺り、かなり焦っているのところが垣間見れる。

「お姉様ってよく図書館に来るんだよね」
「そうね、本を読みに来たり。少し話したり」
「どんなこと話してるの?」
「それは……」


パチュリー回想中――


「はぁ、美鈴のおっぱいを揉みしだきたい……」
「勝手にやってて頂戴よ……」
「でもいざ飛び付こうとしたら、受け流されて日の下に投げられるのよ」
「そのまま灰すればいいのに」


「はぁ、咲夜のスカートの下覗きたい……」
「だから勝手にやってて……」
「でもいざ覗こうとすると、純銀のナイフが飛んでくるのよ」
「そのまま消滅すればいいのに」


「だからパチェに似合うのは、はいてない、だって言ってるでしょう!」
「いいや違います! パチュリー様には、アダルティックなおぱんつにガーターベルトを付け加えて、よりエロティックな雰囲気をですね!」
「あなた達、本人の目の前で何話してるの」


「パチェ、ち○こ生えてくる魔法とかないかしら」
「唐突に下ネタ振ってくるの止めて。ホント止めて」
「そんな風に紛らわさないで、私は真剣なの!」
「レミィ、さっき妖精メイドが『日の当たりのいい、時計台の下でお待ちしております。傘を差さないで来て下さい。レミリアお嬢様へ』って言ってたわよ」
「マジで!? ちょっと行ってくる!!」
「逝ってらっしゃい」


――回想終了


「……今後の紅魔館の情勢について」
「何だか難しいこと話してるのね」

流石お姉様だなー、と嬉しがるフランドールの笑顔が、嘘を吐いたパチュリーの胸に突き刺さる。
だがキラキラと目を輝かせるフランドールに、本当のことを教えるなんて残酷なことは、いかな魔女でも出来なかった。
間違ってない、この選択は間違ってない筈だ……!

「たっだいまー」
「あっ、二人ともお帰り」

良心と罪悪感の間で苦しむパチュリーの元に、本棚の裏で話し合っていた天子と小悪魔が戻ってきた。
ホッと溜息を吐くと、閉じた本を開いて読書へと戻る。

「二人とも何してたの?」
「お勧めの漫画を教えてもらってたのよ。帰りにでも寄って借りるつもり」
「その前に借りてる本を返しなさい、さっき貸したばかりじゃないの」
「いいじゃない。あなた漫画とか読むタイプには見えないし」
「読まないからと言って自分の本が不当に扱われるのは勘弁よ。とっとと帰りなさい」

適当に話をでっち上げる天子に対して、片手で追い払うしぐさをするパチュリー。
鬱陶しいから帰って欲しいと言うよりも、これ以上フランドールに質問されたくないと言うのが本心であった。

「そうね、とりあえずで来てみたけど本以外何もないし。別のとこ行く?」
「そうだね、行こっか。でも面白い話も聞けたよ、今度お姉様と同じ本見せてね!」
「え゛っ」

予想外の言葉で小悪魔を固まらせると、天子とフランドールは面白そうな遊び場を求め、さっさと図書館の扉を潜り抜けていった。

「次どこ行こうかな」
「とりあえず一階まで上がりましょっか。ところでフラン、レミリアと同じ本って……」
「感動的な本だって! 難しい本だったらわかるか不安だけど、読んでみたいなぁ」
「あぁ、感動的なね。うん」

ありがとうパチュリー、お疲れパチュリー。なるべく借りた漫画は早めに返すようにしようと思う……でも読み切れなかったら、ちょっとくらい遅れてもいいよね。
心のうちに感謝の言葉を並べると、天子は先を行くフランドールを追って階段を駆け上った。
すぐに上りきって、紅魔館の廊下に飛び出す。その時、天子の胸元で紫の宝石が揺れるのをフランドールは見た。

「さって、次はどこ行こうかしら」
「天子、その首の宝石なに?」
「あぁ、これ?」

フランドールに問われて、天子は首飾りを持ち上げた。これについて聞かれるのは本日二度目だ。

「私の友達に紫って言うのがいるんだけど、その妖怪が買ってくれたの」
「へぇー、紫色に光って綺麗……」
「本当は安物らしいけどね、でも結構気に入ってるわ。その妖怪が防護のまじないを掛けてくれて、壊れないようにしてくれたし」

自慢げに語る天子の話を聞いていて、フランドールはやる気がムンムン高まってきた。主に悪い方向に。

「ねぇねぇ、これ私の能力で壊せるか試してみていい?」
「壊れないってあたりが私にぴったりよねー……へっ、今なんて?」
「壊してみていい?」

言い直すとより直球になった。
防護のまじない、と言うのにどこか心惹かれたフランドールが、果たして自分の能力と比べたらどっちが優れているか試したくなったのだった。
斜め上に吹っ飛んだフランドールの思考に追いつかず、天子はつい目をぱちくりする。

「壊しちゃ駄目?」
「……駄目に決まってるじゃない」
「……どうしても駄目?」
「どうしても駄目よ」
「…………」
「…………」
「壊させてよぉぉおおおおおおおおおおお!!!?」
「駄目って言ってるでしょうがコラァぁああああああああ!!!」

再び剣が踊った。



 ◇ ◆ ◇



「これで仕事も一段落ね」

主な雑用を終えた咲夜が、ふぅと息を吐くと休憩所のソファに腰を下ろした。
とりあえずするべき仕事は終わったし、主であるレミリアは美鈴のところであるし、暇になってしまった。

「フランドール様と天子のためにケーキでも作ろうかしら」

しばらくしたら二人ともどこかで腰を落ち着けるだろうし、今のうちに作っておいてその時に差し出そうか。
そう決めた咲夜が調理場へと向かおうとしたとき、休憩所のドアを開け放って妖精メイドが飛び込んできた。

「メイド長は――あっ、いた! メイド長大変なんです!」
「どうしたのよ、そんなに慌てて。落ち着きなさい」
「落ち着いてる場合じゃないんですってば! 来て下さい!」

妖精メイドは息も吐かずにまくし立てると、咲夜の手を引っ張って休憩所から連れ出した。
仕方なく妖精メイドに付いて行った咲夜が見たのは。

「いいじゃないそれ一つ壊したって!」
「ふざけないで! 絶対に駄目よ!」
「フンだ、今度こそその剣の秘密を解いてへし折ってやる!」
「やれるもんならやってみなさい、もう一回その杖をぶち壊してやるわ!」

気質やら魔力やら垂れ流しで戦いに没頭する、天子とフランドールの姿であった。
フランドールが手に持ったレーヴァテインを振るって魔弾を飛ばすと、天子が緋想の剣で打ち消す。
天子が緋想の剣を振るって気弾を飛ばせば、フランドールはレーヴァテインで弾き飛ばした。

「ちょっ、二人とも何やっ……」
「杖じゃなくて剣だって言ってるじゃない!」
「フランドール様も天子も、そこまでにし……」
「なーにが剣よ、そんなへなちょこな見た目して!」
「言ったなー!!」
「……幻在 クロックコープス」
「「あだっ!」」

言っても争いを止めないと判断した咲夜が、スペルカードの使用に踏み切った。
横からスペルカードをもろに受けて、ようやく天子とフランドールは戦闘を中止する。

「今の何……って、咲夜ね今の!」
「咲夜! 今は天子と戦ってるんだから邪魔しないで!」
「お二人とも、怒るのは結構ですから周りを見ていただけませんこと?」

こめかみの辺りをピクピクしている咲夜に言われて、二人は辺りを見渡した。
それまで綺麗に整えられていた内装はあら不思議、天子とフランドールと言う匠の手によって、廃墟に間違えそうなほどボロボロになっている。

「「あー……」」
「何か弁解は?」
「フランが悪い!」「天子が悪い!」
「それ以上押し付け合いするなら、お二人ともおやつのケーキ抜きですわ」
「「ごめんなさい!」」

互いに非を認めなかった二人だが、おやつを持ち出されては土下座をしないわけにはいかなかった。食べ物の力は偉大である。

「とりあえず、どうしてこうなったか順序良く教えてください」
「まずフランが私の首飾り壊させろ、とか言い出してきて。駄目って言っても食い下がってきて」
「それで天子と言い合いになって、最終的に、その喧嘩買った! ってなって」
「後は気が付いたらこうなっちゃった☆」
「ベロ出してカワイコぶっても許されないから、天子はナイフの代金ロハにしなさい」
「ちょっ、そんな殺生な! 確かに私も悪いけど、半分はフランじゃない!」
「あなたがフランドール様の面倒を見るって言ってくれたから、こっちは安心して任せてたんですけど? そしたら修繕費用なんて余計な出費を出すことになったんですけど?」
「ぐっ……せ、せめて半額で……」
「しょうがないわね、じゃあそれで」

状況にかこつけて天子にナイフを値切ると、咲夜はフランドールへと向き直った。

「さて、天子にはこう言いましたがフランドール様にも非があります。何故いきなりそんなことを言い出したんですか」
「うっ……それは、壊したくなったから」
「壊したいと思うのは、抑えようと思っても出来ないものなので仕方ないです。しかしいつまでも食い下がって、あまつさえ実力行使に出るのは褒められたものじゃありませんよ。天子に何か壊してしまわないように手伝ってもらうと言ったのは、フランドール様自身も悪いことをしたくないと思ったからでしょう?」
「ご、ごめんなさい……」
「わかってくだされば結構です」

フランドールが下げた頭を、咲夜はにっこりと笑って軽く撫でた。
落ち込んだフランドールの顔が、明るくなる。

「やってしまったものは仕方ないので、今回のことは気にしないように反省してください」
「難しいこと言うね咲夜」
「フランドール様なら出来ますよ。それに今からフランドール様が暴れられないようなところへお連れしますから」
「暴れられないような場所?」

そんな場所があるなんて信じられないとフランドールが首をかしげ、横にいる天子も同じように疑問を顔に表した。
それを見て咲夜はフフッと笑って、その場所を教えた。

「レミリアお嬢様のお部屋ですよ」



 ◇ ◆ ◇



「へー、ここがお姉様の部屋なんだー!」

地下から出てこないフランドールはここへ来るのが初めてなのか、顔を輝かせて個人で使うには大きすぎる部屋を走り回った。
対する天子は、表情を固くして肉食獣を前にした草食獣のように警戒していた。
なんせ、あのレミリアの部屋なのだ。何が来てもいいように覚悟を決めながら、ここへ来る前の咲夜との会話を思い出していた。

『ちょ、ちょちょちょ、ちょっと咲夜! そんなとこ行って大丈夫なの!?』
『大丈夫って何がかしら』
『あの変態の部屋に行くってことよ! あんたフランがレミリアのことをどう見てるのか知らないの!?』
『知っているわ、だからこそ連れて行くのよ。お嬢様の部屋ならフランドール様も暴れないだろうし。お嬢様を驚かせてあげたいのよ』
『いや、だからって……』
『大丈夫よ、お嬢様の部屋は私が掃除してるけど、それらしいものを見たことはないから』

咲夜はそう言っていたが、正直なところ全く安心できない。

「本当に大丈夫なんでしょうね……」
「天子何か言ったー?」
「別に何も」
「そう? ……それにしてもこの本棚凄いなー、難しい本ばっかり」

ズラリと本が並べられた本棚をフランドールは興味心身に観察していた。天子も近づいて変な本がないか確かめてみる。
並べられた本の背表紙を見ていくと、ほとんどが西洋の文字で天子には読めなかったが、何冊かは日本語で書かれた本であった。
それらの本は『思春期の子供に対する扱い方』や『引き篭もりの直し方』など、どう考えてもフランドールに向けた本がほとんどで、天子が警戒するような本は一冊もなかった。
妹のことを真剣に考えているんだなと天子が感心していると、フランドールが背伸びして一冊の本を手に取った。

「こんな本読んでるんだお姉様」
「何て本なのそれ?」
「貴族の在り方、だって。あっ、こっちの本は主としてするべきこと」

何だか拍子抜けするくらいまともだ。気を張ってるのが馬鹿らしくなってきて、天子は肩の力を抜く。
フランドールは持っていた本を戻すと、今度は中に本が詰まっているであろう箱を抜き出した。

「天子、これ何の本なの? 日本語ってよくわからないの」
「それは国語辞典ね。他にも日本語の本があるし、それで調べながら読んでるのかしら」
「へぇー、でもこれ本じゃなくて箱だよ?」
「あぁ、それは中に本が……」

と、国語辞典と書かれた箱に入った本が天子の目に入った。
背表紙に書かれたタイトルは『家政婦は見た! 悦楽と陵辱が渦巻く屋敷』……。

「って、うわあああああああああ!!!」
「きゃっ!? いきなり何なの天子!?」
「な、何でもないのよ、アッハハー」

叫び声を上げて天子はフランドールの手から国語辞典(エロ本)を取り上げると、無理矢理本棚の中に押し込んだ。

やっぱりだ! やっぱりあった! あのメイド頼むからもっとしっかり調べてよ!

「おかしなの……この本は何だろ」
「あっ! そうよフラン! 咲夜から貰ったクッキーがあるの思い出したんだけど食べる!?」
「ホント!? 食べる食べる!」

天子は鞄からクッキーの入った包みを取り出すと、本棚から離れて部屋に設置されていた天蓋ベッドへとフランドールを誘導した。
危ない、本当に危ない。今フランドールが手に取ろうとしたのは漢字字典だ。どう考えても中身はエロ本です、本当にありがとうございましす。クソッタレ。
やはり気を付けないといけない。咲夜がレミリアを自室へ戻るように誘導すると言っていたから、とりあえずそれまでは何もないようにしないと。

「天子、このクッキー壊れてるのがあるよ?」
「あっちゃー、そう言えばさっきは鞄持ったまま暴れてたしね。まぁ、味には問題ないしいいでしょ」

二人はベッドに腰を下ろすと、間にクッキーの詰まった包みを置いた。
メイド長お手製クッキーを頬張って堪能する。

「やっぱりおいしー、お茶でもあるといいんだけどなぁ」
「咲夜は今頃レミリアを呼んでる頃だろうしね」
「お姉様を?」
「うん、ここまで来るように誘導してレミリアを驚かせるみたいね。言ってなかったっけ?」
「聞いてないよー!」

レミリアが来ると聞いて、フランドールは落ち着きなくソワソワし始めた。

「……咲夜がわざわざ連れてくるってことは、やっぱりレミリアもフランが出てくるの待ってたみたいね」
「そうなんだ、ね……」

天子の言葉に思うことがあったのか、フランドールのクッキーを運ぶ手が止まる。

「私、お姉様に一杯迷惑掛けて、壊しそうになったのに、それでも待っててくれたんだね」
「何か複雑そうな顔ね」
「待っててくれたのは嬉しくて、待たせたのが申し訳なくて、それで……また壊しちゃいそうで怖い」

フランドールはグローブを嵌めた右手を見つめる。
今は封じられているものの、やろうと思えば全てを破壊することが出来る右手だ。

「まだ不安なのね」
「不安だよ。本当は今すぐにでもこのグローブを取って、何でもかんでも壊したい、私はそういうサガなんだ。でもお姉様が待ってるって言うんなら、外に出て、一緒に遊びたいよ」

フランドールの顔が天子に向いた。紅い二つの目は未来への期待以上に、先への不安に不安に揺れている。
天子にできることは、少しでもフランドールを勇気付けることだ。

「ねぇ、そんな日が来るかな?」
「フランが直したいって思うなら来るわ、と言うか来させるのよ」
「言い方が乱暴過ぎない?」
「それぐらいのほうがパワーがあっていいでしょ」
「そうだね、それぐらい強そうなら、失敗してもまたやり直せる気がする……私ねお姉様と外に出れるようになったら、やってみたいことがあるんだ」
「おっ、なになに?」

天子が聞くと、フランドールは頭を掻いて恥ずかしそうに告白した。

「私ね、お姉様と一緒に、神社で宴会に」

フランドールが言いかけたところで、何者かがドアを開けて喚きながら部屋へと飛び込んできた。

「うわーん! いーもんねいーもんね! 私はエロ本達があるからいいもんね! 今からだってしまくってやるわ。何ってそりゃナニ、を……」

腕の中に何冊ものエロ本を抱きしめたレミリアでした。
そしてレミリアはフランドールを見ると、時を止められたように動きを止めた。

「おねえ……さま……?」
「ふ、フラン……?」

やりやがったこの変態……!
天子は胸の内で毒吐いて、すぐ横に座っているフランドールを見た。
フランドールはレミリアの抱いている本が何か気付いたようで、顔から感情が抜き落ちている。うん、怖い。凄く怖い。

「ねぇ、お姉様。その手に持ってる本は何なの? そんな本持って何しようとしてたの?」
「い、や……これは……その……」

ハイライトが消え去ったような光のない目でフランドールに尋ねられ、予想外の事態にレミリアはうろたえた。
どうするか迷っていたようだが、最終的には覚悟を決めて。

「……ふ、フランも使う?」
「ウオッシャアアアアアア!!!」
「ゴファッ!!」
「や、やったーーッ!?」

フランドールに渾身のラリアットを受けて地面に叩き伏せられた。
天子が驚いている間に、フランドールは倒れた姉の上にまたがってマウントポジションを確保すると、そのままの勢いで両手を振るい始めた。

「へ、変態! 変態! お姉様の変態!!」
「ゴフッ! ご、ごめんなさ、ガハッ! フラン、マジちょ死、ゲハァッ!」
「変態! 変態!! 変態!!!」
「ご……おぉぉ…………」

やがてレミリアが妹の猛攻の前に呻き声も出せなくなると、フランドールは肩で息をして静まり返った。

「ふ、フラン……?」
「うわーー!! お姉様の馬鹿ーーーー!!!」

天子が恐る恐る声を掛けようとすると、フランドールは感情を爆発させて走り去ってしまった。
残されたのはどうしようもなく気まずい天子と、ボコボコにされてノックアウトされたレミリアのみ。

「え、えーと……レミリア、無事?」
「ぐふ……ま、まだ死んでは、ない……」

ピクリとレミリアの指先が動く、とりあえずは無事のようだ。
よく考えれば吸血鬼でもあるし、あの程度の物理攻撃では死なないか。それでもかなり手酷くやられているが。

「天子……一つ聞いてくれるか」
「あぁ、うん、なに?」

自業自得とはいえ、妹にここまでボコボコにされては可哀想だと思った天子が、慰めてあげようとレミリアの言葉に耳を傾ける。

「フランに変態って言われて、ちょっと興奮してしまった……」
「死ね!」

思わず倒れたレミリアの横腹に天子は蹴りを入れた。



 ◇ ◆ ◇



レミリアに止めを刺した後、天子はフランドールを追ってもう一度地下室にまで来ていた。
重々しい鉄の扉を開けると、部屋の隅っこで膝を抱えてうずくまるフランドールを発見した。

「また引き篭もりになっちゃってる……」

天子は部屋に入ると、フランドールの横に並んで座った。
果たして何と言って元気付けたらいいのかわからないが、話しかけないと始まらないと天子は声を掛けた。

「えーと、フラン大丈夫? しっかりしなさいよ?」
「大丈夫だよ天子、嫌に頭はスッキリしてるよ」

しっかりとした返事が返ってきたが、フランドールの声は全く感情のこもっていない平坦な声であった。
たまに見せていた狂気的な笑いとは別の次元で寒気を覚える。

「なんかアレだね、感情も一定値を越えると壊す気もなくなるんだね」
「その、レミリアのアレは気にしない方がいいかなって言うか」
「天子、お姉様って天子の前じゃあぁだったの?」
「いや、えっと」
「答えてよ」
「初対面で胸を揉まれました」

薄ら寒さを覚える目で射抜かれてレーヴァテインを突きつけられては、天子も答えざるを得なかった。

「他は」
「ちょっと話を聞いた限りは私以外にも同じようなことやってるらしくて、妖精メイドにもセクハラやってるみたいで、館中にエロ本仕込んでるらしくて……」
「……お姉様に裏切られた気分だよ」

それだけ言うと、フランドールはレーヴァテインを消してまた膝を抱えだした。

「私の前じゃ、あんなにカリスマ一杯で、凄くカッコよかったのに」
「別にカリスマが全くないってわけじゃないと思うけどね。ほんの少しだけど、それっぽいのを感じることは……ある? うん、ある」
「本当にそう思う?」
「……ごめん、ちょっと自信ない」

駄目だ、元気付けるつもりが逆に落ち込ませたっぽい。
どう言えばいいんだと頭を抱える天子の横で、フランドールは「でも……可能性が…なら………」とブツブツ独り言を言っている。凄く不気味だ。
とうとう天子が「誰か助けて……」と思い始めると、咲夜が突然目の前に現れて助け舟を出してきた。

「フランドール様、どうやらレミリアお嬢様と何かあったようですね」
「咲夜か……何の用……?」
「落ち込んでいらっしゃるようなので、ケーキを焼いてきました」

咲夜はフランドールの前に今しがたこしらえてきたケーキをお盆の上に乗せて差し出した。
合わせて紅茶を注いで、ケーキと並べて置く。

「気落ちしている時は、甘いものでも食べて元気を出すのが一番かと。天子もどうぞ、貴女用にも焼いてきたわ」
「おー、ありがとね、おいしそー。ほらフラン。咲夜の言う通りとりあえず、元気出しましょ。何するのにも元気よくパワーがないと駄目よ」
「……うん」

フランドールがフォークを手にとってケーキを口に運ぶのを見て、天子も同じように咲夜が差し出したケーキを口に含んだ。
両者とも、美味しいケーキを想像して食べたのだが、どうしたことか両者とも眉を潜めてなんとも言えない表情をした。

「あんまり、美味しくない」
「えっ?」
「そうねぇ、何か変な味ね。余計な味付けがある感じと言うか……」
「私のは何か足らない感じだよ」
「あら……失礼ですが、一口頂いてもよろしいでしょうか?」

二人の言葉に何か思うところがあったのか、新しいフォークを構えて咲夜が聞いてきた。
「別に……」「いいけど」と了承を取ると、二つのケーキを食べ比べる。
やがて一人で何か納得すると、フランドールに差し出したケーキを天子へ、天子に差し出したケーキをフランドールへと入れ替えた。

「大変失礼しました。どうやらお二人のケーキを間違えたようです。それでは改めてごゆっくり……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいメイド」

そのまま流そうとした咲夜に、天子は鋭く突っ込んできた。

「フランに食べさせるケーキを私が食べちゃったのよね?」
「そうでございますわ」
「すると、フランは吸血鬼で、そのフランが食べるケーキってことは、材料はもしかして……」

声を震わせて嫌な想像を語る天子に、咲夜はニッコリとした笑顔を作りながら。

「ご想像にお任せしますわ」
「うっ――!」

それ答え言ったようなもんじゃない! と言う天子の言葉は、声にならない声に遮られて引っ込んだ。
天子は顔面蒼白にして、何かをこらえようと口を押さえたが、やがて決壊するように声を漏らす。

「お……」
「「お?」」
「オヴォロロロロロロロロロロロロロ」
「「きゃああああああああああ!!?」」

こうして、天子の紅魔館体験はゲロまみれの結果で終わったのであった。



 ◇ ◆ ◇



天子が帰宅した後の夕食時、自室で倒れたままだったレミリアを回収して、紅魔館の主脳メンバーが食堂に集まっていた。
妖精メイド達が集まってきて騒がしくなってきている中、フォークで夕食をつつきながらパチュリー口を開けた。

「で、結局のところ妹様にレミィの変態性がバレてしまったと」
「その通りで御座いますわ」

事のあらましを咲夜から伝えられて、話を聞いていたパチュリーはつい呆れて溜息を吐いた。
美鈴はどういう顔をすればいいのかわからないのか、乾いた笑いを発しながら困っていて、パチュリーの横の小悪魔は軽く鼻で笑っている。

「おかしい……天子をフランに合わせれば、かなりいい方向に進むって運命に出てたはずなんだが……」

レミリアは机に突っ伏して涙を流しながら、ブツブツと何か呟いていた。

「まず、どうしてエロ本持って部屋に戻ったりしたの」
「だって、咲夜が「お部屋にいいものありますよ」なんて言うから、てっきり大人の玩具でも用意してくれてるのかと……」
「何なのそのピンク色の発想」
「私の言い方が悪かったかしら……」
「咲夜さんは悪くありませんよ」

暗い雰囲気のレミリアに呑まれて落ち込みそうになった咲夜を、横から美鈴が苦笑いしながら論した。
その美鈴にパチュリーが矛先を向ける。

「全く、どうしてこんな風にレミィを育てたのよ美鈴」
「いやぁ、一応まともになるよう頑張ったんですが、どうも教育者として向いてなかったのかこうなってしまいまして……」
「なら何で貴女がレミィの教育係になったのよ」
「元々はお嬢様が生まれる以前から門番をしてただけなんですが、お嬢様が私に凄く懐いてきたから、もうお前が育てればいいんじゃね? と先代に抜擢されまして」

どうしてこうなった、と語る美鈴の顔の下、二つのふくらみに各人の目が向く。

「胸ね」
「胸ですね」
「美鈴のおっぱいに惹かれたわ」
「本人からも証言が取れましたわ」
「確かフラン様が生まれたころくらいに懐いてきたんですが……」
「幼少期からそっちに目覚めてたって、早過ぎでしょ……」

妹のフランドールが何でも壊したくなるサガなら、レミリアは変態でしかいられないサガなのか。

「チクショー! 大体何で変態で悪いんだ! 小悪魔だって変態なのに何も言われないのに!!」
「そりゃ私はパチュリー様一筋ですし、強引に手を出したりしません。けどお嬢様は誰にだって手を出しすぎなんですよ」
「もうちょっと落ち着いて下されば特に文句もないんですがね」
「時折、吸血鬼らしく威厳ある姿を見せるけど、もうちょっとね……」
「あれ、レミリアお嬢様が落ち込んでるー」
「こら、止めなさい! にんしんさせられるわよ!」
「このぉぉおお! そこの妖精メイド、本当に妊娠させてやろうかー!!」
「「きゃー! 逃げろー!」」
からかってきた妖精メイドにやっきになったレミリアが、椅子から立ち上がって追い掛けようとした。
その時だった、食堂に新しく入ってくる人物がいた。
最初は誰も気に留めなかったが、その人物が何者か気付くと次第に騒いでいた妖精メイド達が静まり始めた。

「ちょ、ちょっ、お嬢様!」
「何よ美鈴! 今からこのメイドと、ウフフでネチョっとした展開を……」
「お姉様」
「だから何よ……あれ、お姉様?」

おっかしーなー、今は絶対に聞こえない単語が聞こえたような。
レミリアがギギギと後ろに振り返ると、背中に虹の飾りがついた翼を伸ばした、フランドールと目が合った。

「ふ、ふふ、フラン? 何でこんなところに?」
「お姉様、何してるの」
「フランこそ、ど、どうして……?」
「何してるの」
「ひゃい!? し、失礼なメイドに躾をしようとしたところよ? 他意はないわよ?」
「……そう」

紅い瞳に射抜かれて、レミリアはカッチコチに緊張しながら姿勢を正した。
そんな姉をしばらく見ていたフランドールだが、視線を外すと近くの席に着く。

「…………」
「……お姉様も座りなよ」
「あぁ、うん、じゃあ座るわね? 座っていいのね?」
「いいから……咲夜、ご飯」
「はい只今」

フランドールに命令され、咲夜が時を止めて豪華な料理を運んできた。
同じように、レミリアの前にも普通の夕食を運ぶ。

「いただきます」
「い、いただきます」

異様な状況を前にレミリアは、あれ? 何で私の料理だけ妖精メイドと同じなの? とは言い出せなかった。
ほとんど味のわからない料理を無心で食べる。それを妖精メイドを含む周りの者達は、固唾を呑んで見守っている。

「…………」
「…………」
「………………」
「……………………お姉様って変態だったんだね」
「んぅっ!?」

遂にフランドールが仕掛けてきた。食堂に更なる緊張が走り、驚いたレミリアが喉を詰まらせる。

「水です」
「ん――ゴクッ、ゴクッ……」
「あんなにカッコよくって、憧れてたお姉様が変態で、私凄くショックだったんだ」
「プハァッ! ごめんなさいフラン、もう一度言ってくれる?」
「……でね、それってとてもいけないことだと思うの」

妹にスルーされた……。とレミリアが少しばかり落ち込む。

「だからね私決めたの」
「何をかしら?」
「私がお姉様を、真っ当な貴族にしてみせる!」

両手を握り締めて宣言したフランドールは、感情が高ぶったのか机の上によじ上って、演説をするかのように声を大きくした。

「私の前のお姉様は凄く格好良かった! 正に理想の姉で貴族だった!」

「それなのに真実のお姉様が変態だ何て私は認めない! そうだとするなら私が矯正する!」

「お姉様を誰の胸も揉んだりしない、エロ本も読まない、カリスマたっぷりの最高の吸血鬼へと育てるわ!」

「その為なら、私のサガだって乗り越えてみせる!」


ワァァアアアアア!!!

フランドール! フランドール!! フランドール!!!


さっきまで静まり返っていたはずの食堂は喚起に包まれた。
妖精メイド達は手を叩き、声を張り上げてフランドールコールをし、美鈴は涙を流して喜んだ。
そんな中、レミリアは「なんかエロ……じゃない、えらいことになった!」と胸中で叫ぶ。

「ふ、フラン! 落ち着きなさい!! 今の貴女はちょっとおかし」
「感動しましたフラン様! そのお心、その覚悟、私の胸を打ちました!」
「手伝ってくれる、美鈴?」
「はい! 不肖、美鈴。地獄の底までお付き合いしましょう!」
「ノォー! 私の美鈴がぁあ!!」

そのレミリアの絶叫も、群集の喝采にかき消された。
涙を流した美鈴が、フランドールの傍に駆け寄りその手を握る。

「まずは何を致しましょう、フラン様」
「そうね、とりあえずあの穢らわしい本を、この館から消し尽くしましょう」
「心得ました」
「ギャー! 謀反よ、フランの謀反よー! さ、咲夜! どうにかしてあの二人を止めなさい!!」
「お嬢様、確か有給休暇が残ってましたよね。これから一週間程休ませて貰いますわ」
「ちょっ、そんな!?」

咲夜はしずしずと頭を下げると、レミリアの了承も取らぬまま、時を止めてどこかへ去ってしまった。

「ぱ、パチェ! あなたは私の親友でしょ? 手を貸して!」
「ふぅ、お腹も一杯になったし、戻るわよ小悪魔」
「かしこまりました」
「無視しないでお願い!」

レミリアの伸ばした手も虚しく、パチュリーは小悪魔を引き連れてさっさと下がってしまう。

「さぁ、行くわよ美鈴。ありとあらゆるエロ本を燃やし尽くしてやる」
「ラジャー!」
「止めなさいフラン! お願いだから止めてー!!!」

後に、火の七日間と語り継がれる闘争が、この紅魔館で行われることとなった。
エロ本だけでなく、大人の玩具を含むレミリアの所有物、その7割が燃やし尽くされ、レミリアは泣いて地下室に閉じ篭ることとなる。

「……レミィの言った通り、いい方向に進んだじゃない」

握りこぶしを掲げて元気に叫ぶフランドールを見て、珍しく笑みを浮かべたパチュリーがひとりごちた。



以後、フランドールはあまり物を壊さないようになり、外に出ることが多くなったとか。
「うぅ……」
「天子どうしたの? 何だかやつれているけど」

紅魔館から出た後、精神的に消耗した天子は八雲家にまで足を運んでいた。
玄関を叩きもせずにお邪魔して紫の姿を見つけると、力が抜けたように座り込んで紫の肩に擦り寄った。

「ゆかりぃ……」
「ど、どうしたの天子?」
「私、汚れちゃったぁ……」
「!?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


なんか半年くらいちまちま書いてた作品。
天子が紅魔館行って何かするなんて曖昧なことしか考えてなかったせいで、ストーリーが迷子になって中々書き終わらなかったり。
書いては消して、書いては消して、何度も繰り返して、気が付いたら容量100k越えに……軽い作品のつもりだったのに、どうしてこうなった。
これからSS書こうとしてる人は、話の主軸くらい考えてから書くのをお勧めします。じゃないと凄い苦労することになるよ!
電動ドリル
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コメント



0.2170簡易評価
5.100奇声を発する程度の能力削除
>そこに追い討ちを受けて終わっていたところだったおる。

ギャグもありバトルもあり、もう本当に面白くて素晴らしかったです!
6.100名前が無い程度の能力削除
特に何の変哲もない平和な紅魔館だが
やはり日常の一コマというのは癒されますね。
7.100名前が無い程度の能力削除
敢えて言おう、マジキチであると。
9.100名前が無い程度の能力削除
うん。いつもの紅魔館だ。
12.100過剰削除
すごくほのぼのした
フランちゃん頑張れ。むっちゃ頑張れ。
15.100名前が無い程度の能力削除
確かにフランにはいい傾向になったw
レミリア自重しろwww
28.100名前が無い程度の能力削除
あれ?紅魔館で一番まともなのってもしかしてフランじゃね?
それはそうと、以前から天子とフランは相性がいいだろうと思ってました。見ることができて嬉しいんだぜ。
またゆかてん楽しみにしてます。
31.20名前が無い程度の能力削除
ごめん
レミリアの扱いが変態ネタだけで特にオチもなくてイライラした
32.10名前が無い程度の能力削除
このシリーズの天子ちゃんは好きだが、地下室行くなって言われたのに勝手に行って、その仕返しとかちょっとひどいと思う。
レミリアもギャグキャラと言うより良いとこなしの汚物だし。
33.100名前が無い程度の能力削除
うん、こういう紅魔館もアリだ
34.無評価名前が無い程度の能力削除
いっそレミリア追い出そうぜ
エロも無くなる、我が儘も無くなる
一石二鳥じゃん
35.無評価電動ドリル削除
コメント返信。

>奇声を発する程度の能力さん
誤字報告ありがとう御座います、修正させてもらいました。
楽しんで頂けたようで幸いです。

>6さん
美鈴「門前が一番平和と言う現実」

>7さん
レミリア「」グッ
小悪魔「肩を掴まないでくださいお嬢様」

>9さん
いつも通り、紅魔館は騒がしい。

>過剰さん
フラン「エロ本の処分は任せろー!」メラメラ
レミリア「やめてー!」

>15さん
フランのためになったのなら、エロ本たちも本望でしょう。

>28さん
フランと相性がいいというか、天子は紅魔館組みのほとんどと相性がいい気がします。
ゆかてん頑張らせていただきます。

>31さん、32さん
不快にさせてしまったようで申し訳ありませんでした。
確かに後になってみれば少しやりすぎた気もします、特に酷いと思ったところはほんの少しばかりですが修正しました。
それと、32さんの天子のやっていることが酷いという意見ですが、そう言う悪いところもあっての天子だと思っています。皆が皆聖人君子みたいにいいことだけではないと。

>33さん
気に入っていただけたようで何よりです。

>34さん
流石にそこまでしちゃったら、シスk……姉思いのフランは泣いてしまいます。
36.100名前が無い程度の能力削除
首飾りが壊されなくて本当よかったw
レミリアについてはそれ程酷いとは思わなかったし、
他のSSでもこれくらいギャグキャラ化してるの多いと思うけど
多分この作品の中では唯一のギャグ要因になっちゃってたから
じゃないのかなー。
もしレミリアだけじゃなく小悪魔、パチュリー辺りも変態側に
しておけばバランス取れてたのにと思った。
そこが惜しいっちゃ惜しいかな。
でも楽しめたので100点!
45.無評価電動ドリル削除
>36さん
貴重なご意見ありがとう御座います
バランスですか、いつか似たようなのを書く機会があれば参考にさせてもらいます
49.80rr削除
ベタだが笑えました。面白かったです。レミリアの扱いはあまり気にならなかったです。

誤字かな?
>やがて衣装の凝った扉の前で立ち止まった。

衣装→意匠
54.100名前が無い程度の能力削除
レミリアのぶっ壊れ具合がツボでしたw
頑張れフラン!!
58.100名前が無い程度の能力削除
フランが「何トチ狂ったこと言ってるの!?」
とかw
天子ぱねぇwww
62.100絶望を司る程度の能力削除
天子の話を聞いた紫が紅魔館を襲撃するなこれは