『……這い蹲るのには慣れてきた、皆 皆死んだ
こんな終わり方はまっぴらだ、私は、自分の足で帰る
たとえ足が無くても、這う腕が無くても 何千年かけてでもここから出てやる』
とあるとある街
寂れた錆びれた街
地図に載っているのか
いやそもそも知っている者はいるのだろうか
私はそこで産まれたのだというらしい
誰がそう教えてくれたのかはわからない
ただ暖かい指が何度も私を作り
やがて形にして、一つの魂と言う火が灯されて
貴方は私にそれをくれた
初めて見る世界は自分の体より少しだけ小さくて
なんだか空の向こうにはまだ世界がある様だった
此処は箱庭
そう気付くのに 4日かかった
お母さんは言った
私をこの世に産み落としてくれた彼女が言っていた
意味のわからない事を言っていた
「……やっぱり……弱って………駄目……ら…」
音ももうよく聞こえない
貴方を知っている筈なのにわからない
名前が出てこない
貴方は誰でしたっけ
昨日も一昨日も私に話し掛けてくれましたね
ああ暖かいな
冷たい体には貴方の指がまるで天使の様に感じて取れる
そして貴方は神なのだろう 私にとっての神様だ
私は騎士だった
一つ思い出した
崩れかけている体を今一度揺らして起こす
それが彼女に迷惑をかけてしまう一つになってしまった
あっ、あ あ
「あっ、駄目だってば!」
意識が灯ってから
六度目の朝
暖かい指が私を撫でて
金色の髪を丁寧に梳かして
また神様が微笑む事なく私を見ている
昨日よりかは
体がうんと楽だ
でも動いちゃ駄目らしい
顔が動かない
前しか向けない
周りが見えない
体が 見えない
神様が私の腕を持っているのを見た
ピカピカの新しい腕
私のために磨いてくれたらしい
私の体はどうなっているのだろう
箱庭の中にお人形がもう一つ増えた
お友達だ 私は話しかけた
……あなたはだれ?
『ホーリーノロイツァ・べヘレスモンド 無限に生きる筈の人形さ』
……おにんぎょうさんなの?
『そうさそうさそうさそうさ、無限に生きる筈の人形さ』
……なんでそんなにボロボロなの?
『君だってそうさそうさ』
ああ
そこで初めて私は
自分の体がどうなっているのかわかった
七度目の朝
神様が私に話しかけてきた
暖かい声だ
貴方みたいに言葉で返せないけど、私はちゃんと思っていますよ
はい、ありがとう
八度目の朝
ホーリーちゃんが持ってかれた
そしてまた帰ってきた
体の怪我はもう良い様だ 良かったなぁ
けど戻ってくるのはこの箱庭じゃなくて、向こうの世界の棚の上
笑っているなぁ いいなぁ
九度目の朝
箱庭に沢山のお人形がやってきた
お友達だ
でも皆ボロボロ
なんでだろう
でも皆悲しい顔はしていない
皆笑っている、何かを期待しながらここで待っている
そのほうが私も気が楽だから良いんだけど
今ひとつ、思い出せないなぁ
十度目の朝
皆連れていかれた
話相手がいなくなってさみしい
十一度目の朝
何もない
神様は何かに忙しいみたい
私は邪魔しない様にここで見ていよう
見ているだけなら迷惑はかからないよね?
じゃあ、頑張って 神様
十二度目の朝
大きな音が下から聞こえる
……そういえば地下があったんだっけ
一つ、思い出した
十三度目の朝
神様は上がってこない
十四度目の朝
ズシンズシンと大きな音がする
下から此処へと何かが来るようだ
誰かな、ホーリーちゃんが震えている
多分怖い何かかな
だったら嫌だな
守ってよ 神様
あがってきたのは神様と大きな連れて行かれたお友達でした
みんなみんな大きいね
でもちょっとだけ怖くなってる
皆出ていっちゃった
挨拶くらいさせてくれたっていいのに
その日は外がやけに煩かった
十五度目の朝
神様が帰ってきた
御疲れ様
皆は?
十六度目の朝
外が煩い
神様は疲れているようだ
……怪我をしているみたい、体が動けば看病してあげられるのになぁ
…でも待って
確か私だけじゃ動けないっけ
馬鹿だなぁ あーあ
それを一つ、思い出した
十七度目の朝
私は最初に意識が戻った時の事を思い出していた
そういえば、私の名前ってなんだっけ?
あの子には名前があった
恐らく巨大になってしまった彼女達にも
私にもある筈だ
神様の声がよく聞こえないから仕方ないんだけど
ちゃんと教えて欲しいなぁ
そうそう
箱庭に鏡が置かれたよ
まだ目もよく見えないから自分の全体が見えないけど
きっとその内良くなるから
だから神様 鏡をありがとう
十八度目の朝
今日は夢を見た
きっと夢なんだろうな
初めての出来事だったから驚いたけど
あれはずうっと前に神様が教えてくれた『夢』なんだろうなぁ
神様と一緒に神様の友達と遊ぶ夢だった
楽しかったなぁ
ずーっと続けば良かったのになぁ
でも夢は終ってしまった
あの忌々しい音のせいで
あーもう、邪魔しないでよ
一つ、思い出した
十九度目の朝
神様が怒っている
むしゃくしゃしている
暴れている
怒らないで
私の目の前に紙が飛んできた
…やっぱりよく見えない
お友達と神様はよく見えるのに なんでだろう
「……かった、行…………よ! ……」
神様怒らないで
二十度目の朝
朝、目を覚ますと
世界が変わって見えた
綺麗な世界だ、花畑に神様が立っている
お友達も沢山いる 皆 皆 待ってよ 置いてかないでよ
それは夢でした
ちょっぴりだけ怖い夢だった
こんな夢もあるんだなぁ
その日は神様が帰ってこなかった
二十一度目の朝
まだ帰ってこない
けど今日はびっくりする事があった
目が良くなってる
顔も動かせる
腕も
足も
全部全部動かせる
でも、まだ歩けない
這い蹲りながら進むのがやっとだ
神様が帰ってきたら、この事を自慢しよう
きっと驚くに違いない
と言うか、驚かせよう
私は良くなりましたよ、と
私はふと目を泳がせる
広い世界だ
でも、まだこの外があるんだ
世界の外に世界があって
その世界の外にまた世界があって
広い広い事を知らせてくれたこの目に感謝しながら
私は高揚していた
……ふと何かを見つける
ああ、あの紙だ 何が書いてあったんだろう
私には読めないかもしれないけど
絵だったらわかる
絵本だったら神様がずっと読んでくれていたから
言葉ならわかったから
『真・自動人形計画』
文字は読めない
でも読んでいた
『name候補:×蓬莱 ×仏蘭西 ×倫敦 ×百光 ×スリエス ×ザラナ……』
ばってんがいっぱいだ
でも一つだけマルがあった
正解ってことかな?
『○メルヘンクイーン』
下に絵があった
とっても綺麗な人形さんだ
しかもカッコイイなぁ
大きな剣を持って、まるで騎士だ
騎士
そうか
忘れる所だった
私は騎士だ
最初の日に思い出していたじゃないか
でも何故、騎士?
誰と戦うんだ?
誰を守るんだ?
わからない
ふと鏡が目についた
そこにある鏡に私が映る
これは そうだったのか
全て理解した
私は、そうだったのか
じゃあ、アレは神様では ないのか
全部わかった全部思い出した
これは私で
私は何故、こんなに眠っていたのか
剣は、どこだ
竜が火を吹いている
野を焼き 人形達が燃えていく
友達を殺している そうか こいつが騒音の主だな
許さないぞ 絶対に許さない
あそこに神様
いや
我が主がいる
私は守るべき剣!
挑む剣!!
守ってみせるのだ
もう主を疲れさせてはならない
奴を断つ剛刀と成るのだ
『やぁあああああああああああああッ!!!!!』
「アレは……メルヘンクイーン!? まさかこんな早く動ける様になるなんて…ま、待ちなさい!! アイツは!」
≪バキィイッ≫
「……はい……人形…っ……!…」
おはよう
これは裏の世界
貴方の主はここにはいないわ
聞こえてる? 貴方は死んだのよ またよ 50回目よ、おめでとう
……嬉しくなんかないや
騎士にとっては名誉の死なんじゃないの?
また此処に来たって事は、わかっている筈よね?
……わからないよ
もう直せないだろうね
貴方も私も立ち上がれないただのガラクタ人形よ
退場しましょう ね?
……なんで?
貴方は焼かれた
壊れたんじゃない
無くなったの
あの竜に殺されたの
……あいつはいつからいるの?
1年前から
…でももう倒されたみたいね、貴方が死んだすぐ後に
誰かが強くて 貴方が弱かっただけ
……馬鹿な そんな馬鹿な
私はまだ…………
だから言ったじゃない
ここは終わりの場所
貴方は終ったの、その魂を ある所へ
……思い出せたんだ
私はメルヘンの王女なんかじゃない
元の代わりでもない
じゃあ何なのよ
ここからどうやって出るつもり?
……誰も、出たいなどと言っていない
じゃあ、いよいよ何なのよ
…………あの人の所へ 帰りたい
…馬鹿なの? それはつまり此処から出るって事
この牢獄から、自力で、這い蹲って!
…………
「……這い蹲るのには慣れてきた、皆 皆死んだ こんな終わり方はまっぴらだ、私は、自分の足で帰る たとえ足が無くても、這う腕が無くても 何千年かけてでもここから出てやる」
強情な子
もう知らない
そのまま一人ぼっちの魂が消えていくんだから
いつまで持つかしらね
「失せろ、私に指図をするな」
……強い子ね、アリス
あの子の魂、ちゃんと見届けたわよ
さてと、隙間妖怪の仕事はこれでおしまい
さっさと帰って寝ようかな
1年間
その身と自らの子達を戦に駆り出した名誉ある人形遣いに 乾杯でもして
∇
どうやら私は何度も死んでいたらしい
絶えず絶えず、死んでは直され魂を吹き込まれ 繰り返しだ
私はあの人のお気に入りだったらしい
ずっと一緒だったのを今でも覚えている
と言うか、全部思い出したのだ 何を今更
……他の友達は全員捨て駒の様に改造され 爆弾にされたりと
酷いものだった、体は違えど仲間だ 恐らくは、家族だ
それなのに私はいつまでも生き残って
使い捨てではない事をわからされ
嫉妬の目で見られていたのだろう
人形の心がわかる彼女だ
昔からわかっていたのだろう
だがそれを憎んでいるか?
いいや、感謝している
確かに友達は大事だ
家族は大事だ
だがそれが運命ならば
……一番大事なのは、貴方だ
私を作った貴方
私に魂を吹き込んでくれた貴方
この身が果てようと
魂が尽きるまで捧げようとしたのだ
その覚悟は、未だ消えず
あぁ、そうだ
私はメルヘンの王女じゃない
私の名前は……
……?
光だ
光が見えてきた
「いい? 今日から貴方の名前は上海、上海よ? わかった?」
洋を取り揃えた綺麗な部屋の中心で
まだ幼い彼女が私に囁き掛ける
シャンハイ、それが私の名前
そう、私は上海か
ああ、そうだ
上海人形だ
貴方のくれた、私だけの名前
「あらアリスちゃん、お人形?」
「あ、お母さん!」
確かな声を聴き取って
私は今を見据える
輪廻は、時を迎える
加速しながら
「本を見ながら作ったの 上海って言うのよ」
「器用ねぇ、こんにちは上海ちゃん?」
物語は絶えず続く
疎の者、諦めぬ限り
歯車の始動は何度でも起こる
望むべき未来にするために
何度でも 何度でも
ああ
それにしても
暖かい指だなぁ。
同じ描写がなんどもくり返されることにより、主人公(人形)の錯乱した意識がそのままの私の方に伝わってきました。ともすれば読みにくく、冗長な感の否めない筆致でありながら、まさにそのために、彼女の混沌とした意識と深く共感することができました。興味深い作品ですね。では。
読むというより感じるという言葉がしっくりくるお話でした。
いや、把握できないところが面白いといえばいいのでしょうか