朝、奇妙な違和感に頭を触ってみると、何かもふもふしたものがついていた。
はて、昨日はこんなものは無かったぞ、と私――博麗霊夢は考える。
ひょいと姿見を見てみれば、所謂ネコミミと言ったものが頭にくっついていた。
もふもふと手を伸ばしてみた。もふもふもふもふ。もふもふ。
触り心地がよかったので、まあいいかと思い、私はお布団に倒れ込んだ。
二度寝といこう。
これは夢だ。
夢じゃなかった。
まあいいかと何時ものように縁側で茶ぁしばくとする。ここ最近はめっきり平和。醤油味おせんべ美味しい。平和が一番。おせんべも美味しくなるから。
お茶菓子のおせんべもぐもぐしていたら、魔理沙がやって来て、私の手の中のお茶とかおせんべとか全部吹っ飛ばして着陸しやがった。
そのくせ最高にかっこつけて、スカートをぶわりと膨らませて箒から飛び降りるものだから、私は思わず御札を投げつけていた。
苦も無く迎撃。にやりと笑う。
「よお霊夢。いつも以上に手厚い歓迎だな。ところでそれ触らせて」
「あら、魔理沙が悪いのよ。私のお茶とか吹っ飛ばすから。これ?」
私はぼさぼさになった頭の上についたネコミミを指差す。
魔理沙が頷く。
「やだ」
「何で!」
「え、だってこれ……え、そう言う趣味?」
「ああ」
「そう」
私は立ち上がって、お茶を淹れてくる、と言いながら湯呑を拾う。幸い割れていないようで。ついでにおせんべも拾う。土がついていたから、魔理沙の口に向かって投げつけた。首を傾げて避けられた。
よっこらせ、とおっさん臭い声と共に、軽い音。勝手知ったる他人の家ってか。まあ私もそこまで浅い付き合いでもないし、そんなことで気分を害したりはしない。
「私の分もなー!」
とか背後から聞こえた。
とびっきりに濃くしてやった。私のは普通に。
おせんべの代わりにお饅頭をお皿に乗っけて、湯呑を二つと急須を一つ、お盆に乗っけて縁側へ。これで明日のお茶菓子がなくなったから、明日はアリスの家に行って、紅茶に洋菓子でせれぶりてぃにお昼を過ごすのもいいかもしれない。
魔理沙に湯呑を差し出して、私もその隣に座る。
すする音。
すごい顔。
眉をしかめて、口をへの字にして、ぶるぶると堪えるようにして、今にも湯呑を落っことしそうだ。
「……霊夢、なんか怒ってる? ところでそれ触らせてくれ」
「いんや、怒ってないよ。いいけどさ、別に」
「そっか、ありがと」
「言われる程のものじゃあないよ。どうぞ」
二重の意味のありがとに返事を返すと、魔理沙はゆっくりとこちらに手を伸ばしてきた。
まるで壊れ物を扱うようにゆっくりと。
ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。
私のものなのか、魔理沙のものなのか。
「や、優しくね」
私はちょっと、何となく照れながら言う。
もふもふされた。
指の先で耳の外側をなぞって「……ん」私が思わずぴくりと身体を震わせると、魔理沙は驚いたように手を離した。それでも何も言わないでいると、もう一度手を伸ばしてきた。今度は少し大胆に手の平で挟むように触れる。「あ」もはや私が何を言っても止まる気配が無い。そのまま上下に動かす。髪の毛を少し引っ張られるような、痛いような痛くないような感触。「ん……ゃ」上に下にしごかれるたびに声が漏れる。仕方のない反応だ。そして魔理沙は、私の耳(そう言えば、今、耳は四つあることになる。すごい骨格だ)の穴の入り口を撫でる。「は……にゃやぁ……」丹念に撫で、そうして、奥の方に指を入れて「ふぇ……う……あ、は――ぁあ!」中をかき回した。
「って、ばかやろう!」
私は思わず殴った。
と思ったら湯呑で防がれた。湯呑が割れた。魔理沙の顔中に濃いお茶がぶっかけられた。
「別にいいって言ったじゃないか!」
お茶をぽたぽたさせながら逆ギレされた。
「いや、でもさ、限度ってあるじゃない」
「まあそうだな」
「うん。さっきのは超越してた。わかった」
「わかった。もう一回いいか?」
私は思わず殴った。
避けられた。
にやりと笑われた。
黄金の左が唸る。私の手から繰り出されたそれは、魔理沙の顎の先を正確に捉えていた。
吹っ飛ぶ魔理沙。
どしゃあと境内に背中から落ちる。
魔理沙は気力を振り絞って、私に向かってVサイン。
「きょ……今日は、お前の勝ちだ……霊夢。だが第二第三の私が……」
どうのこうの言っていた。
とりあえず今日は私の勝ちらしかった。勝率六対四の私達の戦績に、一個白星がついた。
お饅頭が美味しい。
目が覚めたら猫になっていた。
昨日から順調に猫化が進行しているようだった。まあいいかと私は、姿見の中の私から目を逸らし、お布団に倒れ込んだ。そもそも博麗の巫女は、姿形に縛られないような気がする。最近だって不定形生物になったような気がするし、猫くらい別に。そう言えば最近、猫になりたいなりたい思っていたような気がする。それのせいか。
そこで気がつく。
洗濯めんどくせえ。
でも眠気に勝てないから二度寝する。
二度寝ほど気持ちいい睡眠もないのだ。二度寝すると昼過ぎに起きちゃったりして大変だけどね。
脳内宣言どおりに昼過ぎに起きて、私はお茶の用意をする。
博麗の巫女の霊力舐めんな。伊達に天才とか言われてないやい。手を触れずに急須に茶葉を突っ込み、湯呑の用意をして、お盆を出した。
お茶菓子がなかったが、よく考えたら猫じゃ食べられない。よくよく考えたら、どうやって湯呑からお茶を飲むんだよ疲れるよ。よくよくよく考えたら、そもそも熱いお茶なんて飲めるか猫舌だよ。
猫の身体は何て不便なんだ、と私はお皿にお茶を流し込んで、氷を数個入れた。冷蔵庫は実に便利。
それを浮かせて縁側まで移動。
丁度いい日当たりに眠くなる。
私は丸くなって、ついうとうととしてしまう。
氷が融けて、微妙な感じに薄くなったお茶を残して。
「よおっす――って何だこの紅白色の猫!?」
そんな声に薄目を開けてしまった。
「はろー、魔理沙」
「うお、喋った気持ち悪!?」
ひどい。
「博麗の巫女は何ものにも縛られないのよ」
猫が喋れない何て常識ぶち壊してみせる。
「そ、そうか。で、霊夢でいいのか?」
「ええ、私は霊夢。今は猫」
「そうか、ちょっと気持ち悪い色合いだな」
そう言えば、今の私は、紅白を丁度真ん中から半分こにしたような色合いなのだ。
確かに気持ち悪い。
「んでさ霊夢、何でそんなことになってんだ?」
言いながら、私のお皿をすする。「うす――ッ!!」じゃあ飲むな。
ひょいと私を持ち上げるな。
そして膝の上に乗せるな。
「知らないわよ。朝起きたらこんな感じだったのよ」
「そうか。まあ私のせいだがな」
「私もそんな気がしていたわ」
初耳だわ。
私は猫パンチを繰り出してみる。
生温い感じに笑われた。
あれだ、落ちてた漫画のドラ○もんの一コマにそんな絵があった。
正直むかついたから、もっと猫パンチしてみた。
微笑まれた。
ちくしょう。
って言うか、そもそも博麗の巫女は、姿形に縛られないような気がする。最近だって不定形生物になったような気がするし、猫くらい別に。そう言えば最近、猫になりたいなりたい思っていたような気がする。それのせいか。とか考えてた自分が恥ずかしい。
全ては魔理沙の策略だ謀略だ!
「で、いつ戻るの?」
「夜には戻るんじゃないか?」
「あんた、戻ったらお仕置きね」
「たぶんだけど、な」
猫パンチ。
魔理沙のスカートはぼろぼろだ。だけど素肌は見えない。何てことだ。何て分厚いんだ。……私に力がないだけね。
今の私には、エプロン一つ破るのが限界なのだ。
「それ、かわいいだけなんだけど」
「だって攻撃手段これしかないし」
「かわいいな」
撫でられた。
頭を撫でられた。欠伸が出てしまう。「なんだ、眠いのか?」何て言いながら、魔理沙は私ののどを撫でる。指先でこりこりする。ごろごろ、と私の意思に反してのどが鳴る。何これ気持ちいい。
指先が耳を刺激する。
まるで、身体を熟知されているみたいだ。的確に弱点に手を伸ばしてくる。くにゅ、と耳を下げ、逃げようとしてみるが無駄だった。
他の弱点を刺激され「ん……にゃ、ひゃぁん」私の口からあられもない言葉が漏れる。
そのたびに魔理沙の愉悦は深くなっていく。
私の眠気がマッハで増加する。
眠くて眠くて仕方がない。
ああ――これで黒星がついた。私達の戦績は、元に戻った。
憶えてなさいよ、魔理沙。
ひどく眠くて、居心地がよくて、いつの間にか私は眠っていた。
起きたら元に戻っていた。
手の平はいつも通り。頭からも違和感は消えていた。
私は、魔理沙に膝枕をされていた。
魔理沙は幸せそうに眠っていた。ふにゃ、と口をだらしなく開けて、頬を緩めて、眠っていた。口の端から垂れた涎が、夕日に照らされて輝いていた。私は頬をかいた。
どうしよう。
さっきまでお仕置きしてやろうなんて思ってたのに、こんな笑顔を見せられたら、どうにも出来ないじゃないか。
そんなわけないじゃないか。
私は魔理沙を押し倒した。
ごつ、と鈍い音。
「いっ――!」
目が覚めたようだ。
魔理沙の上に馬乗りになる。
これは勝った。白星追加しておこう。
「おはよう魔理沙。お仕置きは何がいい?」
「おはよう霊夢。わけを聞かせてもらおうか?」
「あんたが私を猫にしたから」
「霊夢が猫になったら、いいだろうな、って言う、思いつきだ。許してくれ」
「素直ね。許さないけれど」
「そうか。マタタビとかどうだ?」
「もう一発いる? それは置いといて、どうやって猫にしたの?」
「いらない。ほら、博麗の巫女って、何ものにも縛られないんだろう? だから猫になりたいなーって日常的に刷り込ませればなるんじゃないか、ってやってみたらなった」
全然恥ずかしくないじゃん。結構正解だったじゃん!
「何したのよ」
「企業秘密だぜ」
「まあいいわ」
私は髪の毛をかき上げる。ぺろりと唇を舐める。
「とりあえずお仕置きしましょっか」
「な、何をするんだ?」
魔理沙は、少し涙目(さっき打ったのが痛かったのだろう)で、小さく震えながら言う。
私は答える。
「あんたはさ、私のこと、猫にしたじゃない? だからさ、今度はあんたがネコになりなさい」
「ま、待て! ここは外だ!」
「問答無用」
その日、博麗神社からは、夜遅くまで嬌声が鳴り響いたとさ。
了
レイマリのじゃれ合い楽しかったです。