Coolier - 新生・東方創想話

ハイテンションにとりがロックにきゅうりをかじる音

2011/05/21 16:13:53
最終更新
サイズ
69.41KB
ページ数
1
閲覧数
1138
評価数
4/18
POINT
810
Rate
8.79

分類タグ


この作品は前作『対談【霧雨魔理沙×因幡てゐ】~うそをつくということ~』の本編です。知らない方がほとんどでしょうからあらすじをば
・文々。新聞の中に連載されている、人間の本質を探るというコラムの中で、タイトル通り魔理沙とてゐが嘘について対談するという内容。対談の前後に文のこじつけ的な文章がはいる。
・対談自体は雰囲気だけで、内容はテーマに沿っているとは言いがたく、ただ映姫に対してバッシングしているだけともとれる。
 そんな感じです。それでは、前作を読んでいただいてない方も、もちろん読んでくださった方も、もしも万が一気が向いたらお付き合いください。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

プロローグ

三途の川――泳ごうとするものはその身を飲み込まれ、渡る者の行いによりその幅を無限にも零にも変える、死者へ課せられる試練の道に、一艘の舟が揺られていた。
 船頭は小野塚小町。その表情は、マイペースを信条としている彼女にしてはいささか固いものであった。柄にもなく自分の仕事に緊張しているらしい。
 それもそのはず、いま彼女の船に乗っているのは普段相手をしている雑多な幽霊ではなく、上司である四季映姫・ヤマザナドゥなのだ。そして、向かっているのは彼岸から此岸。業務としては極めて異例な、閻魔様を運ぶ舟の渡し守。
 何か問題が起こってしまえば取り返しのつかないことになるだろう、彼女はそう思って緊張している――わけではない。ただ単純に、いつ、どんな拍子で気難しい上司から心に染み入るお説教が来るかわからないのが恐いだけである。
「しかし、本当に行くんですか?」
 何もしゃべらないのも不自然と考えたのか、小町は振り返って映姫に話しかけた。
 映姫は舟の上で黙々と読んでいた紙束――文々。新聞から目を離す。
「ええ、私はヤマザナドゥ。ここまでの罪人がいることを知っていながら、彼女達が死ぬまで放っておくなんて気の長いこと、できるわけないでしょ」
「いやー、やっぱり死んでもない相手をどうこうしようとするのは我々の管轄外だと思うんですがねぇ」
「あなたはもう少し本質を見なさい。他の区域であればともかく、この幻想郷では死を忘れかけている存在も多い。それを放っておけば結果的に業の深すぎるものばかりが私の所に訪れ、幻想郷の地獄はじきに定員オーバーになってしまうでしょう」
「雑草が手におえない長さになる前に抜いておこうってことですか?」
「いいえ、何も根から抜くというわけではないわ。ただこの機会にちょっとばかり刈り取っておくだけの話よ」
「なるほど。刈り取るのは得意ですぜ」
 小町は、肩に掛けた死神の鎌を太陽にちらつかせる。暇に任せてよく手入れされたその刃が、鋭くきらめいた。
「刈り取るのは私の仕事、その鎌はただ飾っていてくれればいいわ。わかっているとは思うけど、今回あなたにもついてきてもらうのは、芝刈り機じゃなくて掃除機になってもらうためなんだから」
「へーい」
 小町のやる気ない返事を、しかし映姫は特に気にした様子もなく、再び文々。新聞に目を落とす。
 『対談【霧雨魔理沙×因幡てゐ】 ~うそをつくということ~』というすっとぼけた見出しから読み返し、最後に付け加えられていた注釈――『※じきに、四季映姫・ヤマザナドゥ様から直接的に罰が下されることが予想されます。しばらくの期間は霧雨魔理沙氏、因幡てゐ氏の両名には近づかない方が良いでしょう』――という文言で、この新聞が小町を通して自分のところにわざわざ届けられてから、何度目かわからないため息をつく。
「まぁ、都合よく乗せられている気もするけど、たまには慰安旅行というのも悪くないでしょう」
「どうせ説教ツアーになるんでしょう?」
「慰安旅行なんだから、仮にも部下なら形だけでもよろこびなさいよ。――そこまで説教されたいというのなら、話は別だけれど?」
「いえいえ、とんでもございません。粋なお計らい、痛み入ります」
 小町はぶるぶると首を振るい、進行方向に向き直る。
「・・・・・・ま、いいわ」
 映姫は調子の良いセリフをとりあえず聞き流すことにしたらしく、今度は小町に頼んで取り寄せた過去の文々。新聞に目を通す。そこには、幻想郷にいる少女に関する様々な事件が並んでいて、映姫は頭を痛めながら、それらの記事を次々と斜め読みにしていった。


 しばらく静かな時間が続き、小町の操る舟が此岸――賽の河原に乗り上がる。
「さて、つきましたよ。まずはどこに行きますか?」
「うーん、どうしましょうか。とりあえず居所がはっきりしてそうな、白兎から訪ねてみましょう。その後は、まぁ、手当たりしだいに行くしかないわね」
「おや、随分適当ですね。映姫様らしくもない」
 何をするにも杓子定規な映姫の、すこし計画性に欠ける物言いに、小町は意外に思ったのか、そう聞き返した。
「旅は風の吹くまま気の向くまま、がいいと聞くわ。慣れないことをするときは、先人の流儀に従うのが一番なの」
「なぁるほど」
 小町は納得しつつ、でもそれは本当に目的がない旅をする時の心得ではないだろうか、という疑問とともに、舟を賽の河原に刺さった杭に括りつける。
「それでは行きましょう」
「へーい」
「その返事、なんとかならないの?」
「きゃん?」
「いや、意味がわからないし・・・・・・」
「イエス・ボス」
「・・・・・・もういいわ。とりあえず、食料を調達しましょう」
突然の閻魔の来訪に、中有の道で商いをしていた幽霊たちがざわめく。
しかし、別に自分達の視察等が目的じゃないらしいことに気がつくと、ほっとしたようにそれぞれの仕事に戻っていった。
いつも変わらない幻想郷に、今日もいつもと変わらず一陣の風が吹くことを幽霊達に予感させながら、映姫と小町はというと、そんな幽霊達の心の動きを気にも留めずにのんびりと買い物を楽しみ、二人で食べるとすれば一週間分はありそうなほどの食料を買い込むと、まずは迷いの竹林に向かうのであった。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

「ここで一句。ああ椛、もみじもみもみ、ああ椛・・・・・・」
 必要は発明の母という。ならば、必要は発明家の妻なのだろう。そしていま、私は今の生活に満足していて、取り立ててあれが欲しい、これがしたい、と言えるものがなく、発明家として独身である。ただ、せっかく作った光学迷彩スーツが、魔理沙に対してほとんど意味が無かったのが、目下の考え事だ。
 あとから聞いたことだが、初対面の時、光学迷彩スーツはちょっと私の姿がぼやけて見えた程度で、まったく実用に耐えられる完成度ではなかったという。
 そこで改良を加えるべく、永遠亭にいるあらゆる波を操るという兎さんに話を聞きにいってみたり、実は水を操れる私の能力に磨きをかけたりと、思いつく限りのことをしてみた。
悩んだ私は、根本からやり方を変えて、光を透過させようとするのではなく、可視光の類を完全に吸収・遮断すれば迷彩として成り立つのではないか、と思って新素材『超電磁スイーパー』を作ってみたが、それは単純に黒い布にしかならなかった。当たり前だった。しかし、『超電磁スイーパー』は赤外線も遮断してくれるため、服にすると涼しく、帽子にすると皿焼けも押さえられると、河童仲間の間ではわりと好評な発明品になったりした。紅魔館のメイドが噂を聞きつけて、日傘にしたいと買い付けに来たこともある。


 まぁ、失敗がただの失敗に終わらなかったりするのが発明の面白いところだ。必要が発明家の妻ならば、失敗は発明家の愛人と言ったところだろうか。そんな感じで暇をつぶしつつ、私はのんべんだらりとただれた発明生活を満喫していた。
 とりあえず、私自身が光学迷彩を本当に必要と感じない限り、完成にはいたらないのかなぁ、なんて半分諦めるようなことを考えつつ、でもやっぱり光学迷彩は河童の夢だよなぁ、と、漠然と思っていると、誰かが工房のドアをノックする音が聞こえてくる。
「はーい、どちらさんかな?」
 とは言っても、うちに来る人は大体決まっていて、ドアを開けると予想通り、椛の顔が現れた。自然、私の皿が熱を帯びて乾く。
「おお、これはこれは。文々。新聞の新刊ですかい?」
 私の問いに椛はコクコクと頷くと、新聞を両手で私に差し出してくる。かわいい。
 新聞の配達はたいてい書いた本人がやるし、文さんも基本は自分で配達しているそうだが、うちにだけは椛がわざわざ持ってきてくれる。文さんと椛は仲がよろしくないようで、文さんが私に近づかないようにそうしている、というのは文さんが言ってくれたわけではなく私の妄想である。
「とりあえず、滝裏に行きましょうか」
 新聞を受け取りつつ私がそう誘うと、椛はパッと顔を輝かせて力いっぱい頷き、とてとてと九天の滝の方へ向かっていった。ああん、かわいい。
 工房を出て、私も滝の方に歩きながら、いま受け取ったばかりの新聞に軽く目を通してみると、見覚えのある名前が目に入る。最近不定期に連載され始めた『人間ってなあに?』というコラムの人間側に、魔理沙が招待されていた。少し気になって読んでみると、相変わらずというかなんというか、適当なことをしゃべっていて、笑ってしまう。
 ただ、最後に一文、『※じきに、四季映姫・ヤマザナドゥ様から直接的に罰が下されることが予想されます。しばらくの期間は霧雨魔理沙氏、因幡てゐ氏の両名には近づかない方が良いでしょう』と、不穏なことが書かれていて、私は思わず立ち止まってしまった。えー、あー、うーん。
 そういえば、最近魔理沙と顔を合わせていない気がする――彼女の笑顔が脳裏にちらついた。・・・・・・って、いやいや、閻魔様のことは全く知らないが、何もこれくらいのことで命まで取るようなことはないだろう。そもそも罰が下るという話自体が眉唾物だし、少しくらいなら灸をすえられるのも悪くないはずだ。
 そう考えることにして、私は再び滝の方へ向かう。途中、何度か記事を読み返したが、今度は読めば読むほど魔理沙の軽口が、現金なことに私の肝を冷やしてくれる。妙な考えを頭から振り払うために少しだけ滝の水で頭を冷やしてから、私は滝裏に入った。


 滝裏に入ると、椛が大将棋盤の前で正座をしていた。早く指したいのか、私が到着したのを見ると、耳をぴくぴく動かす。もふもふ。
 私も盤を挟んで椛の反対側に座り、新聞を脇に置いて、意識を将棋に向かわせる。今日の対局は二回の中断をはさんだ後で、そろそろ中盤戦と言ったところだ。まぁ私達の対局が終わることなんて一生ないわけだけど。
「それじゃ、改めて、おねがいします」
「おねがいします」
 椛が喋ることは滅多にないが、この時だけは、鈴をそっと置いたような声で『おねがいします』と言ってくれる。彼女と将棋を打つ時の、ちょっとした楽しみでもあった。目的と言っても過言ではなかった。
 とはいえ、その実力は相当なものだ。その能力をもじって千手先を見通すといわれる彼女の実力に見合う者は天狗の中にもそうはいないらしく、私にしても基本的にはジリ貧の戦いを続けつつ、たまに天の声のような閃きが舞い降りた時に逆転できるくらいである。しかし、私が勝ったとき、椛は悔しがりながらもなぜか目を輝かせるので、それを見るために私は全力を出すし、意外と天は私に優しい。必要は発明家の妻と考えるのはそのあたりが所以だ。アイニード椛、椛イズマイワイフ、イコール必要は発明家の妻。この理屈は正しい。
 まずは今日の先手である椛がすぐに一手を指した。椛がどの程度、日常でこの対局のことを考えているかはわからないが、その一手は、私が今日一日で考えていた中で、一番指してほしくないものだった。さすが椛、そつがない。思わず私はにやりとしてしまいそうになる。だがそれを見せるわけにはいかない。なぜなら私は真面目に将棋を打っているのだから。
 しばらくは椛の掌の上で転がることになりそうな気はしたが、それでも一応は予想の範囲内だ。返す手も用意はしていたので、すぐに椛さんに順番を回す。私達の始まりに長考はいらない。
 案の定、椛もすぐに返してきて、そんなやりとりを4手ほどしあったところで、私の予想を上回る一手を椛が指してくる。当然そこで、一旦私の腕は止まることとなった。きっと椛は期待している。この一手をどう返すか、そこに期待している。来たれ天啓!


 ・・・・・・しかしそこからは、ボロボロだった。今日はいつにもまして戦況が悪くなり続ける。ほとんど決まりきった選択肢を見つけるのに時間がかかったり、もっと深く考えるべきところで浅はかな一手に出てしまったり、なんともちぐはぐな指し方をしているのが自分でもわかる。ああ、やめてくれ椛、そんな目で私を見ないでくれ。直視できないから、いま椛がどんな目で私を見ているかはわからないけれど。
 そしてその原因もわかりきっていた。・・・・・・さっきの記事である。要するに私は魔理沙を心配してしまっているのだろう。手を考えようとするたびに、目の端が新聞を捕らえ、私の集中を乱す。そう思って、見えないところにおいやっても、今度はそこに新聞がある、という事実が気配となって、やはり私の意識を将棋の深いところまで持っていかせないのだ。って、おいおいおいおい、どういうことだよ、私が好きなのは椛だろう。なぜわたしが今、この至福の瞬間に人間のことを考えなければならない。所詮魔理沙は世界が核の炎に包まれても死滅しないタイプの人類。それにひきかえ椛は天狗、私は河童でロミオアンドジュリエット。
 対局開始から一刻ほど経ったころか、今日何度目かの長考に入った指し筋のあやふやな私を、さすがに椛も気にかけたらしく、じっと顔を見つめてきていた。だめだ、これ以上ひっぱっても椛を楽しませることはできそうにない。情けないが、ここは言い訳だ。
「あ、あー、ごめんなさい。今日ちょっと調子悪いみたいでして・・・・・・」
 おいおい、自分から誘っておいてこんな言い草はないだろうってのに、むしろ椛は心配そうな表情を見せる。やっぱだめだ。ここで諦めちゃだめだ。慌てて次の一手を指そうと思って、手を『香車』の上に動かしたところで、駒に触れる前にその手を椛に掴まれた。そのまま、私の手をゆっくりとずらし、一旦私の『横行』の上で止めて、その駒の動線上にある自らの『白駒』の上に動かす。というか椛の手が。肉球のないすべすべしていて剣ダコがキュートな手が。ちなみに私は左利きだ。
と、のんきなこと言ってる場合じゃなく、答えを示されると、それしかない局面だった。いつもの私だったら当然のように指せていただろう一手。ただただ申し訳なくて、私は将棋盤に落とした目を上げることができなかった。ああ、最低だ。もう椛は私と遊んでくれないかもしれない。イケメンだけがとりえの天狗と、何の面白みもない将棋を指し出すんだ。そしてそのイケメン天狗は器量だけじゃなく実は頭も要領も良くてメキメキ実力をつけてついには私なんかよりもよっぽど強くなって、それを指をくわえてみながら私はきっと光学迷彩を完成させるのだろう。


「わたしも記事、読みました」
 椛が突然口を開く。対局中に椛が口を開いたのは、これが初めてだった。そしてこれが最後通告。別れの言葉となったのだ。終わり。
「魔理沙さん、心配です」
しかし人生はそう簡単に終わってくれず、よりにもよって椛の口から出たその言葉に、思わず私は顔を見上げる。そんな私の反応を見て、椛はくすりと笑った。ああ、あの椛が笑ったのに、なんで私はこんなに哀しくなるんだい。
「やっぱり、そうでしたか。今日は、にとりさんは、魔理沙さんの物のようです」
 私の不調の原因まで完全に見破られていたらしい。それに気づいた途端、体が熱くなる。きっと顔は真っ赤になってしまっているに違いない。違った意味で、椛の顔を直視することができなくなってしまう。
「天狗は、人間に恐れられるものですが、河童と、人間は盟友ですものね。いえ、にとりさんと、魔理沙さんではそれ以上かしら?」
「すいません・・・・・・勘弁してくだせぇ・・・・・・」
「勘弁してほしかったら、魔理沙さんのところに、行ってきてください。勝負の続きは、心配ごとが、なくなってからにしましょう」
「え・・・・・・いや・・・・・・」
 私の言葉を待たずに、椛は立ち上がると、すたすたと滝の外に向かって行く。ああ待ってくれ、たしかに魔理沙は友達かもしれないが、椛との対局を袖にするほどじゃないんだ。心を入れ替えるから、私にチャンスを。しかしそれを言葉にする勇気を持たない私。アイムアシャイニングガッパ、じゃなくてシャイガッパ。
「ああ、私に気を、遣わなくても結構ですよ。今日、もらったアドバンテージ、明日から、存分に使わせていただきますから。・・・・・・今回の勝負、思ったより早く決着がついちゃいそうですね」
 最後に、椛は背を向けたままそう言って、ついに滝から外に出ていってしまった。
 取り残された私は、椛を天狗と河童という関係でありながら恋人のように思ってしまっていた自分を少し恥ずかしく思いつつ、文々。新聞をもって外に出る。やはり、河童は天狗に頭が上がらない存在らしい。そんな当たり前のことを考えながら、私は山を飛び出して、魔理沙にうらみごとをぶつけに魔法の森に向かうのだった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

幕間・一

「椛、あれで本当に良かったの?」
 九天の滝の頂上で、にとりが魔法の森の方角へ飛んでいくのを見守っていた椛の背後から、突然、文が話しかける。
「・・・・・・聞いてたんですか?」
「あやややや、そんなそんな、私を誰だと思ってるの? ちゃんと見て、聞いて、記録までしちゃったわよ。音が出るから写真までは撮れなかったけど」
 文の全く悪びれない様子に、椛は一つため息をつく。
「元はと言えば、文さんがあんな注意書きを残したからじゃないですか。どれだけ最後の一文、消してやりたかったか」
「お、追記残ってたから、気づいてないと思ったのに」
「あんまり人をなめちゃだめです。で、うまくいきそうなんですか?」
「やっぱり気になる? 心配してくれなくても大物が釣れたわ。エビで鯛どころか、クジラまで釣り上げた気分」
「・・・・・・それ、船が沈んじゃいません?」
 椛の指摘に、文はさして気にした様子もなくひとつあくびをする。
「でも、河童まで釣り上げる気はなかったんだけどねぇ」
「うそばっかり、です・・・・・・とはいえ、本当は止めるつもりだったんですけどね。にとりさんの顔見てたら、とてもできませんでした」
 椛の言葉に、文は呆れたような、にやけたような、つまり人を小馬鹿にした表情を見せる。
「ま、自分を『白駒』なんて綺麗な字面の駒に例えるようじゃまだまだね。強いて言うなら、あそこは無理にでも『悪狼』であるべきだったわ」
「本当に見てたんですね・・・・・・」
「まぁ人間のくせに生意気なあの黒いのを『横行』に例えたのはなかなか頑張ったと思うけど? それで自分を殺しちゃったらねぇ。まぁ、どっちにしてもあの河童は気づいてなかったみたいだけど」
「・・・・・・余計なお世話です」
 本来自分の中だけで抑えるつもりだったサインを、まさか無関係な文に言い当てられるとは思っていなかったらしく、椛は肩を震わせてそれだけ返す。
「余計なお世話ついでにもう一個、泣くほど好きならもうちょっとくらいお話をしてあげなさいな。たぶんあの河童、あんたのことただの無口で可愛い将棋バカくらいにしか思ってないわよ? ま、あんたがそれでいいなら私から言うことは特にないんだけどね」
「っ・・・・・・余計なお世話ですっ!」
 噛み付きそうな勢いで椛が文の方に振り返る。その瞳には涙がたたえられていた。
「おおこわい。それじゃ、私はちょいとばかし取材に行ってくるけど、どうする?」
 文は飛び上がって椛から距離をとると、漠然とした質問を椛に投げかける。
「・・・・・・?」
 椛は問いの意図を理解できず、眉をひそめる。
「だーかーらー、このままじゃ思ったより早く決着ついちゃうんでしょ? もちろん将棋のことではなく。・・・・・・でもそれは今じゃぁない。まだあんたは詰まされてはいない。投了するには、ちょっと早すぎるんじゃないの?」
 文は椛のにとりを前にした動きと、言葉の意味を、完全に見透かしていた。いちいちそれを言葉に表してくることに、しかし椛は怒る気力も泣く気力もわいてこない。
「・・・・・・追いかけても、なに、喋ればいいか、わかんないですし」
 だからこそ、椛は将棋でコミュニケーションを取っていた。
 それだけじゃ、何も進まない。そうは思っていても、にとりが将棋に付き合ってくれることだけで、椛は満足していた。楽しかった。
 しかし、今日のにとりの様子を見ていると、いつまでも今の状態は続かないということも椛は感じた。行き場のない焦りと不安と嫉妬が彼女の心の中をうずまくが、かといって椛は自分がどうすればいいのかわからない。
 明日から、自分はまともににとりと顔を合わせることができるだろうか、そんな心配を、自分の鼻で笑って椛は――
「・・・・・・でも、決着、ついちゃうのは、いやだなぁ」
 気づいたらそうつぶやいていた。
「あやややや、消極的ねぇ。でも、了承と受け取るわ。さ、あんたが一番行きたいところに案内してあげるから、黙ってついてきなさい」
 文はそう言うと、詳しい説明の一切を省いて、太陽の昇る方へ飛んでいく。そんな文に対し、椛は律儀に、正直に、黙ってその後ろをついていくのであった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 魔法の森は、相変わらず辛気臭い場所だった。
 その瘴気から人間も妖怪も寄り付かず、魔法使いだけが好んで住む土地。
 私は魔理沙と知り合うまで、魔法使いの、他者を嫌い己の道だけを追い究める生き方に、その劣悪な環境が適しているだけかと思っていたが、魔法の森の瘴気自体に、魔力を高める効能もあるらしい。魔理沙の言っていたことなので、本当かどうかはわからないが、何にしても、河童の私にとっては気分が悪くなるだけの空気だった。
 もちろん我慢できないほどではないが、そこは私も発明家。こんなこともあろうかと、というのはおかしな話であるが、瘴気を遮断するマスクは開発済だ。軽量化には失敗してフルフェイスのものになってしまい、少しばかり肩はこるし不恰好だが、その効果は完璧と言っていいものである。
 吸気弁の具合は良いが、排気弁の抵抗が少し弱いかな、と、マスクの状態をチェックしつつ歩みを進めていると、思ったより早く霧雨魔法店にたどりついた。
 久しぶりではあるが、遠慮はいらない。私はドアを2,3回強打。
 ・・・・・・が、反応なし。留守なのだろうか?
 そう思って、すこし窓から家の中を覗いてみようと方向転換したところで、家の裏側にちらりとだけ人影が見える。相手はすぐ隠れてしまったが、だれかいる――?
 私は少しだけ考えて、様子を見てみることにする。空き巣の類だったら怖いが、放っておくわけにもいかないだろう。
 慎重に、ゆっくりと、静かに・・・・・・その意識に何の意味があるかはわからないが、とにかく私は家の角に近づいていく。あと三歩・・・・・・二歩・・・・・・いっ
「シャンハーイ!」
「うわあ!」
 あと一歩で家の裏側をのぞきこめる、というところで、刃物を持った人形が顔に飛んでくる。私は思わずのけぞって、そのまましりもちをついてしまった。
「いててて・・・・・・って、ひええ」
 人形が、まるで意思を持っているかのように、こちらにゆらりと顔を向けると、的確に私の首筋に刃をつきつけてくる。可愛らしいサイズと目つきが、逆に恐怖を煽った。
 みっともなくしりもちをついた姿勢のまま後ずさりをしてみるが、刃と首の距離は変わらない。引き寄せるけどくっつかない、不思議な磁力でも働いているようだった。
「さて・・・・・・魔法使いの家を家捜ししようだなんて、良い度胸じゃない? うちじゃなくて留守の多い魔理沙の家に目をつけたのは褒めてあげてもいいけど・・・・・・その魔理沙の家に私がいるんじゃ意味がなかったわねぇ?」
 そんな言葉とともに、金髪の女の子が家の影から現れた。
「ま、自分の不運を嘆きなさい・・・・・・それじゃ、まずはその顔、拝ませてもらうわよっ」
そして、なぜいきなり攻撃を加えられているのか、言われて気づく。なるほど、確かにこのマスク・・・・・・私はガスマスクと名づけたわけだが、こんなものをかぶった人が突然家を訪ねたら、疑われても仕方ないかもしれない。
「ああ、ちょっと待って、こんなマスクつけてるけど、私は魔理沙の知り合いでして! 決して怪しいものでは~・・・・・・」
 と、そこまで言って、私の声がマスクのせいで相手に全く届いていないことに気がつく。恐らく相手の耳には、私の言葉は『フガ、シュッコシュコー、シューコーフガフガ、フガガフガ!』としか聞こえていないだろう。
問答無用、とばかりに相手は、私のガスマスクをあごから蹴り上げるつもりなのか、右足を後ろに振りかぶる。家に帰ったら、声を外に出す拡声器の類をつけておこう、そんなことを考えながら私は首を据わらせて、相手の一撃を待ち構えた。
「いたっ・・・・・・いった~・・・・・・!」
ガツン、と固いものがぶつかる音とともに、泣きそうな声を出しているのは私ではなく私を蹴り上げた金髪の少女。つま先を抱えて悶絶している。それもそのはず、ガスマスクは結構丈夫な上に、中でベルトをしめている。外から蹴り上げられたくらいで、外れるような構造にはなっていない。後は私の首の骨と、相手のキック力との勝負だったが、なんとか頸髄損傷は避けられたらしい。相手は人間ではないようだったが、身体能力自体は人間とそう変わりないみたいで助かった。
「ご、ごめんよ。大丈夫かい?」
 慌ててマスクを外し、しゃがみこんでしまった金髪の少女に問いかける。相手は私の顔をじっとみると、「もしかして・・・・・・にとり?」とつぶやいた。
 なぜ私の名前を知っているのだろうか・・・・・・そう思って考えてみると、この少女に私も見覚えがあることに気がつく。いつかの宴会で、魔理沙に引っ張ってこられていた・・・・・・
「・・・・・・アリスさん、だっけ?」
涙目の少女が、一つ頷く。その後ろには、文々。新聞を持った人形がふよふよと浮いていた。


「つまり、私たちの目的は一緒ってことね・・・・・・」
 私が魔理沙の家に訪ねることになった経緯をかいつまんで話していると、アリスさんはそんなことを言った。間違いなく違うと言っていいだろう。しかし私の椛に対する想いをまさかほぼ初対面の人に垂れ流すわけにもいかず、否定することができないアイアムアシャイガッパ。
「そうなの?」
「・・・・・・そうなの!」
 私の質問が悪かったのか、アリスさんは少し機嫌を損ねたようにプイとそっぽを向いた。だから違うんだって。とはいえ、一人で閻魔様に楯突くような展開もすこし怖いものがあったので、味方が増えるのはありがたい。アリスさんにとってはあまり歓迎できることではないのだろうが。
「ところで、ひとつ聞きたいんだけど、にとりは花の異変の時、何してた?」
「花の異変?」
「幻想郷に幽霊と花が溢れかえった時、あったでしょ?」
 言われてみれば、そんなことがあった気もする。しかし、あの時は天狗の偉い人からほっとけば戻るから、咲いてるうちに花見でもしてればいい、と通達があった。あの時の椛のはしゃぐ姿は可愛かった。おそろいの花輪をつけて・・・・・・って捏造した思い出に浸っている場合じゃない。
「ああ、あの時か。うん、天狗と河童は花見をしてたよ」
 ありのままに答える。やる気のあるブン屋さん・・・・・・特に文さんは何やら忙しそうにしていた気はするが、わざわざそれを言う必要性は感じなかった。
「・・・・・・ずいぶんのんきね。まぁ、別にそれはそれでいいんだけど」
「それがどうかしたのかい?」
「あの時に、魔理沙が異変解決のために動いたのは知ってる?」
 それは初耳だった。その頃はまだ人間に知り合いはいなかったし、そもそも天狗様の話では『解決』なんて単語が必要な種類の異変ではないような口ぶりだったのだが。いや、異変という言葉すら何か違和感がある。60年周期で訪れる自然現象――というのは文々。新聞に書かれていたことで、信憑性は定かではないが、私は深く考えずにそういうもんだったのかと納得した記憶がある。
「まぁ、魔理沙だけじゃなくて、霊夢も動いてたみたいだけど。あとは、それまで異変を起こしてきた組織の腹心あたりも動いてたみたいね」
「へぇ」
 アリスさんが何を言いたいのかがつかめずに、曖昧な返事をしてしまう。
「ああ、ごめんなさい。何が言いたいかっていうとね、霊夢と、魔理沙と、あるじに命令された従者以外、それなりに力のある存在はほとんど誰も動いてないの・・・・・・どういうことかわかる?」
「それくらい取るに足らない異変だったってことじゃないの?」
「もちろん、それもあるわ。・・・・・・でもね、一番大きいのは、異変を追いかけていたら最終的にヤマザナドゥ――閻魔様にたどりつくってことを、理解していたからなのよ」
 なんとなく、アリスさんが言いたいことが見えてきた。
「・・・・・・つまり、幻想郷の中でも閻魔様は触れてはいけない相手・・・・・・そういうこと?」
「まぁ、力がある、と言われる存在ほど避けて通る程度にはね。噂では、地獄に部下として鬼を雇っているらしいわ。河童さんには、そっちのほうがスケールの違いがわかりやすかったかしら?」
 河童の頭が上がらない天狗ですら、更に頭が上がらない相手である鬼を従える存在。
「魔理沙はなんでそんな人にケンカを売ってしまってるんだい・・・・・・」
 思わず私は泣きそうになる。閻魔様という語感で、なんとなく手の届かない存在なのは把握していたつもりだったが、はっきりと解説されると、どんどん絶望感が私の胸に広がっていった。椛、私は生きて帰れないかもしれない。
「・・・・・・理由なんてないでしょうね。ケンカを売ってる自覚すらないわよ、きっと」
 アリスさんもため息を隠さない。
「でも・・・・・・そんなにすごいお方なら、わざわざこっちにまで出張ってくることはないんじゃない? 使者くらいは送ってくるかもしれないけどさ」
 それが使者という名の刺客である可能性は否定できないが、少なくとも、じかに対面することになる可能性は低いように思える。
 しかし、アリスさんは私の顔を、きょとんとした目で見る。
「もしかして、あの天狗から何も聞かされてないの?」
「あの天狗っていうのは、文さんのこと?」
 聞き返す私に、アリスさんは意外そうな顔を崩さない。私にしてみればあの天狗なんていわれると椛のことが真っ先に思い浮かぶのだが、こんなところでボロを出す私ではない。
「あら、本当に知らないみたいね。閻魔様、三途の川を渡ってこっち側に来てるらしいわよ?」
「・・・・・・それは、魔理沙を懲らしめに?」
「まぁ、たまたま出張と記事のタイミングが符合しただけって可能性もなくはないわね」
「ちなみに、閻魔様って、こっちによく来るのかな?」
「天狗の話では、花の異変の後に一度だけ。一通りの相手に説教した後、様子を確かめに来たらしいわ。暇がないわけじゃないみたいだけど、むやみにこっちに来るようなことはないでしょうね」
「ああ、そういえば・・・・・・その時の結果は?」
「どうせあの天狗が記事にしたんでしょう? 私より、あなたの方が詳しいんじゃないの?」
「う・・・・・・」
 ・・・・・・確か、閻魔を懲らしめたつもりになって調子に乗っていた人間と一部の妖精や妖怪は、手加減されていたとも知らずに、住処を訪れた閻魔を迎え撃とうとして、見事に返り討ちにあったのでした・・・・・・と、傲慢さを戒める、人間に伝わる昔話のテンプレートのような話になっていた気がする。そういえば、文さんの新聞が単なるゴシップや誇張表現に頼らず、事実を元に、妙に教訓めいていたりするようになったのは、その頃だったような・・・・・・閻魔さまの説教が効いた、ということなのだろうか。
 ・・・・・・椛ならまだしも文さんに限ってそんな殊勝なことはないか。
 と、失礼なことを考えていると、アリスさんが立ち上がった。
「まぁ、そんなわけで、私も魔理沙の様子を見に来たんだけど、あいつ、神社に行ってるみたいね。私も神社に行ってみるけど、どうする?」
「う・・・・・・うーん・・・・・・」
 鬼以上の存在。そんな相手と魔理沙の間で、私にできることは何かあるだろうか?
 光学迷彩が完成していれば、それで身を隠してもらう程度のことは出来たかもしれないが、残念ながら私にはついに必要という妻がいなかった。
 とはいえ、椛と本気の将棋を指すという約束もある。ここで帰るわけにはいかないだろう。
「私も行きます」
 そういうと、アリスさんは、眉を少しだけ寄せて、困ったような笑顔を見せる。
「お互い、苦労するわね」
「へ?」
「いや、いいのいいの。なんでもない。・・・・・・でも、そうやって見ると、そのマスク、かわいいわ」
「これが?」
 とくにデザインは意識せずに、瘴気を抑えることだけを目的に作ったフルフェイスガスマスクを、まさか『かわいい』なんて評されるとは思わず、私はどう反応すればいいかわからないまま、とりあえずかぶってみる。
「うん、ごめんなさいね、けっとばしちゃって」
「いえいえ。でも、やっぱり見た目は不気味でしょ、これ」
「え?」
「ああそっか、かぶったままじゃしゃべれないんだった」
再び外して同じ言葉を繰り返すとアリスさんはまた笑う。
「そうね、見た目はそうかもね」
いよいよ私は何を言われているのかわからなくなってしまったので、とりあえずもう一回かぶってみる。そのまま、私たちは博麗神社へ向かうことになった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

幕間・二

「これでぴったりいちまんぼん、いやー、見事に迷っちまいましたねぇ」
 すれ違った竹の数をかぞえていた小町がからからと笑う。
「笑いごとじゃないでしょう・・・・・・だれなのよ、旅は風の吹くまま気の向くままなんて言った偉い人は」
「これは異なことを。旅立って一日も経たないうちに先人の流儀を否定なさるとは」
「ぐ・・・・・・」
 映姫は普段動かないせいか、代わり映えしない景色に体力の方が音をあげてしまったようで、とうとうその場に座り込む。
「おっと、休憩しますか?」
「ええ・・・・・・小町は平気なの?」
「あたいは普段立ち仕事ですからねぇ。体力には自信ありますよ」
 そう言って小町は重い荷物を背負ったままぴょんと跳ねる。
「私も少しくらいは体を鍛えた方がいいのかもしれないわね・・・・・・」
「こんにゃく食べますか? それともだっこしましょうか?」
「けっこうよ・・・・・・っと、静かに・・・・・・!」
 突然映姫は人差し指を自分の口の上で立てると、ゆっくりと立ち上がる。
 そのまま、それまでへたりこんでいたとは思えないスピードで走り出すと、茂みの中に頭からつっこんでいった。
「おいたわしや・・・・・・あまりの疲労に乱心なさったか・・・・・・」
 小町が、芝居がかった言葉遣いとそぶりで大げさに嘆く。
「馬鹿なこと言ってないの」
「私は悪い兎の居場所を伝えに来た良い兎ですーっ!」
 茂みからのっそりと現れた映姫の右手には、兎・・・・・・因幡てゐの首根っこが掴まれていた。
「へぇ、嘘はつかなくなったみたいね。悪い兎の居場所を伝えに来た良い兎、だなんて。おかげで気力はわいてきたもの。それじゃ、もうここに用はないわ。次に行きましょう」
「次はどこに?」
「そうねぇ・・・・・・」
 映姫は左手の人差し指をぺロリとなめてそのまま腕を上げる。
「・・・・・・いま、風、吹いてませんけど?」
 小町の指摘に、映姫は自分の行為がまったく意味を持たないことを理解して、顔を真っ赤にする。
「や、やってみたかったの! 兎! 人に幸運を運ぶというなら、私をあの魔法使いのところに案内しなさい」
「え、えー? 手を離してくださったらこの身をもって案内いたします」
「そう」
 あっさりと映姫はその手を離す。てゐは当然のように逃げ出す。その速さは脱兎の如く・・・・・・というよりも脱兎そのものなわけだが、しかし映姫は慌てず騒がず小町の顔を見る。
「へーい」
 映姫の意図を理解した小町は、てゐと自分との距離を操る。空間が縮む、という景色はいつ見ても不思議なものだと、映姫はのんきにそんなことを考えた。
 瞬間、てゐは映姫たちの目の前で、じたばたともがくこととなる。
「よく、ここまで皮をはがされずに済んだものね」
「! ・・・・・・え、えー、おかげさまで」
 映姫の呆れた声に、てゐは自分のおかれた状況を理解したのか曖昧に笑う。
「まぁ、罰はあとからです。まずはあの魔法使いのところに案内しなさい」
「・・・・・・はい」
 そんなことを言われても、と、てゐは思わなくもなかったし、正直に魔理沙の家がある魔法の森に行くのは、瘴気に当てられるので気が進まなかった。ここは、巫女になんとかしてもらおう、そんな他力本願な結論に落ち着いたてゐは、幻想郷の東――博麗神社に向かうこととする。
「こちらでございます、はい」
 そんなどこまでも自分本位な判断が、映姫にとっての幸運であることは、もちろんこの時のてゐは知る由もなかった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 果たして魔理沙は博麗神社にいた。
「よー、にとりにアリスとは、珍しい組み合わせだな。私に何か用か?」
 あっけらかんとしている魔理沙の顔。思うところがないわけではないが、私はとりあえずマスクを外してアリスさんの出方を伺ってみる。
「あんたね・・・・・・元気そうで、心配だわ。閻魔様がこっちに来てるって知らないの?」
「え、初耳だぜ。暇なんだな、映姫って」
「そう。で、どうするの? 逃げるというなら手伝ってあげてもいいけど」
「はは、馬鹿な。なんで私が」
 もはや閻魔様より自分の方が上、格付けは済んでいる、と言わんばかりだ。その横柄な態度は大将棋の駒に例えるなら『横行』と言ったところだろうか。・・・・・・ん、『横行』?
 なんとなくその例えが自分の中でひっかかったが、その理由はわからないまま魔理沙とアリスさんが言い合っているのを眺めていると
「あら、神社になんて連れてこられて、騙されたと思ったのに」
そんな聞き覚えのない声が私の耳に届く。
 振り返ると、やはり見覚えのない少女が三人。いや、一人はごく最近見たような・・・・・・ああ、魔理沙と対談していた因幡てゐさんか。文々。新聞に載っていた写真を思い出しながら、さて、それでどうして噂のてゐさんがこんなところにいるのかということを考える。
 一つ、閻魔様は先にてゐさんを捕まえて、今度は魔理沙のところに来た。そうなると、見覚えのない少女のどちらかが閻魔様ということになる。はは、そんな馬鹿な。閻魔様という以上、赤ら顔の大男だろう。そう、私達の閻魔様がこんなにかわいいわけがない。確かに閻魔様がもっていそうな用途不明の棒は持っているが、あれはコスプレ、せいぜい得物の類に決まっているという楽観的な考えをしかし、残念ながら私は持つことができない。幻想郷の力のある存在はなぜか軒並み少女の姿をしている。妖怪らしい風格を持つ者も天狗の偉い人の中にはいるが、きっと天狗の長である天魔様は、それはもう絶世の美女だろう。その姿を見たことはまだないが、私は確信している。であれば、一人は閻魔様でもおかしくないし、残る一人は大げさな鎌を持ってるところをみると、魔理沙のことを迎えに来た死神といったところか。
「へぇ、私ごときの存在が閻魔様を騙そうだなんて、するはずがありません」
 てゐさんがはっきりと棒の少女を見て閻魔様という言葉を発したことで、私の予想がおおよそ正しいことを知り、しかし私の心の準備は全くできてないことに焦る。そもそも、ここに辿り着くのが早すぎるのではないか。
 てゐさんは完全に言いなりになってしまっているのか、両手をもんで閻魔様にぺこぺこしていた。これが天狗のマンガだったら悪役の残虐さを見せ付けるために、用は済んだとばかりに死神の鎌でてゐさんの首が切り落とされるところだが、幸か不幸か今回の悪役はこちら側、そこまでの展開は無いだろう。
「それじゃ、もう兎に用はないわ。小町」
「へーい」
 しかし、閻魔様は絵から抜け出てきた悪役のように、死神にそう指示すると、鎌がてゐさんの首を刈った。
「ひえっ・・・・・・!」
 私は思わず目をつぶったが、てゐさんの首がごろごろとこちらに転がってくる。
 ・・・・・・と、思ったら体もつながっていた。
「心配しなくても柄で殴っただけだよ。私は死神の中でも、船頭の方だし。何より、私達の目的は魔理沙だからねぇ」
 死神が不敵に笑う。そうは言うが、てゐさんはぴくりとも動かない。殺されることはなくとも、邪魔をすれば相応のお仕置きはされるということか。そして、目的は魔理沙とはっきり口にした以上、その意味するところは・・・・・・。
「小町、しゃべりすぎよ。・・・・・・しかし、知らない顔があるわね。どういう立場なのか、聞いておいた方がいいのかしら」
 そう言って、閻魔様は私の顔とアリスさんの顔を交互に見比べる。
「魔理沙、早く逃げなさい。にとり、あんたは小町の方、頼んで良い?」
 閻魔様の質問には答えず、小声で私と魔理沙にアリスさんが指示を出す。
「おいおい、ちょっと待てよ。映姫の目的は私なんだろう? 二人まとめてはちょっときついが、お前たちはひっこんでろよ」
 アリスさんの言葉に、しかし魔理沙はうなずかない。
「まぁまぁ、とりあえずここはアリスさんの言う通りにしとこうよ」
 何にしても、いま魔理沙をあの二人にぶつけるのは得策ではなさそうだ。私もアリスさんの案に賛成する。
「ちぇっ、んじゃぁ小町の相手は任せる。でも映姫の相手は私の役目だ。これは譲らない」
 アリスさんは魔理沙の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔を隠さない。
「・・・・・・しかたないわね」
「ちょっと、聞いてるの? あなた達が私の邪魔をするのか、しないのか、聞いてるんだけど?」
「あの程度の記事でここまでなさるなんて、閻魔様というのも器が知れたものね?」
 閻魔様の質問に、ここで初めてアリスさんが答える。てゐさんの扱いを見た以上、仕方ないことだと思うが随分挑発的だ。
 閻魔様が、そんな文句に少しだけ肩をすくめると、それまでまとっていた空気を変えた。山奥だというのに、鳥のささやきも、獣の足音も、植物のざわめきすらも聞こえなくなる。
「――愚か者ね。魔法使いという業を自ら背負いながら、人としての自分も捨てきれない・・・・・・そう、貴方は少し覚悟にとぼしすぎる」
「っ・・・・・・」
 初対面で、どこまで私達のことを見破っているのかわからないが、アリスさんの顔色が変わった。
「このままではどちらの種族としても中途半端なまま貴方は終わるでしょう。で、そこな河童はどうするのかしら?」
「・・・・・・まぁ、魔理沙はこんな奴だけどさ、あんた達に渡すわけにはいかないかな」
「河童と人間は盟友・・・・・・でも、そんな関係はまやかし。河童が一方的に人間を観察して、友達と思っているだけ。人間からしてみれば、恐怖の対象なのは天狗も河童もそう変わりないわ・・・・・・そう、貴方はすこし人を信じすぎる」
「それは河童と人間という種族の関係だろう? 魔理沙が私を怖がっているとはとても思えないね。・・・・・・友達かどうかってのは、よくわかんないけどさ」
「あら、これは失礼。河童のわりに肝が据わっているのね。ならばひとつだけ、友達は選びなさい。どちらにしてもこのままでは、あなたは他人の罪にひきずりこまれるでしょう。正に今、この時のように」
「・・・・・・」
 口の減らない閻魔様だ。私なりに友達を選んだ結果がこれなんだけど・・・・・・まぁ、これ以上話を続けても私の罪は重くなるばかりだろう。
「あー、なんだ。楽しんでるところ悪いが、私は無視されるのは嫌いだ。さっさと始めようぜ」
 魔理沙が立ち上がると、ひとつのびをして箒にまたがる。・・・・・・相変わらず、緊張感が足りないやつだ。少しだけ私は、閻魔様に気おされそうだった自分を落ち着かせることに成功する。
「そうでした。それでは、まずはこの茶番をセッティングしたお調子者から、断罪してあげましょう!」
 その言葉を合図に、私とアリスさんは死神に、魔理沙は閻魔様に向かっていく。
 ・・・・・・が、閻魔様はあさっての方向に持っていた棒を投擲し、死神がその棒を追いかけるように飛んでいった。
 私達が、その行動の意図をつかめずに、棒と死神の行く末を見守っていると、棒が飛び込んだ木々の隙間から、「いたいっ!?」という天使のような声とともに文さんが現れる。・・・・・・どういうこと?
「あやややや、ばれていましたか。まぁ、思ったより面白い絵は撮れそうになかったですし・・・・・・椛、あとは頑張って!」
「え、えー!?」
 え、えー!? やっぱりさっきの椛の声? ちょっと待っていま私、身だしなみ大丈夫? 私さっき変なこと言ってなかったよね? 落ち着け落ち着け。ああ、しかしやっぱり椛という名前は私の心をかき乱す。
「小町、逃がしちゃだめよ!」
「へーい」
 死神はやる気のない返事をしながら、幻想郷最速を自称する文さんとの距離をすぐに縮めた。それも、指示されてから自らは不動のままに。つまり、文さんが死神の方に近づいたという意味で距離が『縮まった』のだ。
「ほい、いっちょあがり」
 文さんは自分の身に何が起こったのかわからないのか、回りの景色をきょろきょろと確認する。文さんらしからぬ焦った顔を見せつつ、死神に羽交い絞めにされたまま、閻魔様の前・・・・・・さながら被告席に運ばれる。
「さて、兎、ご苦労さま。もういいわよ」
 閻魔様がそう言うと、先ほどまでぴくりとも動かなかったてゐさんがぴょこんと起き上がる。
「あー、これで私、ゆるされます?」
「何を馬鹿な。まずは救いがたいこのブン屋からというだけの話よ」
「えー」
 てゐさんはそれを聞くと、ため息をひとつついてとぼとぼと神社に近づくと、賽銭箱をのぞきこむ。
「やめなさい」
 ここまでの流れを完全に沈黙を貫いて傍観していた霊夢が、ここで初めて喋る。
 てゐさんはそんな霊夢を振り返ると、意地悪な笑顔をはりつけて、
「勝った」
 と、つぶやいた。てゐさんと霊夢の追いかけっこが始まる。・・・・・・あれだけ元気に走り回れるということは、全部演技だったということか。
「そう、貴方はすこし調子に乗りすぎた。いくら話題性が欲しくても、閻魔をダシに使おうだなんて言語道断!」
「はぁ・・・・・・」
 文さんは参道に正座させられて、閻魔様のお説教を受けている。
 私とアリスさんと魔理沙は互いに顔を見合わせて、この状況が何を意味するのかさっぱりわからず、臨戦態勢のまま立ち尽くす。そんな私達に、死神が近づいてきた。
「あー、ごめんね? 全部、あのブン屋をおびきよせるための罠だったんだ・・・・・・特にアリスににとりだっけ? 仲間のために映姫様に立ち向かうなんて、熱かったよ、あんたたち」
 そう言って死神は真っ白な歯を輝かせる。それがどうした。
「・・・・・・私、帰るわ」
 アリスさんがそうつぶやいて、境内から外に出ようとする。
 そういえば、椛がこっちにきているはずだ。椛に関する全てが私の幻聴という可能性は捨てきれないが、文さんが出てきた木のあたりに行ってみることにする。椛、いま、会いにゆきます。
 しかし、死神はそんな私達の動きを能力で制限した。
「悪いけど、まだ私はあんた達を帰すわけにはいかないんだ・・・・・・っと、頼むからそう怖い顔をしないでくれ。悪い話じゃないはずだから」
 思わずカバンからミサイルを発射しそうになった私の表情(恐らくアリスさんも人形をけしかけようとしたことだろう)を見て、死神はどうどう、と両手を私達にかざす。
「しかし、貴方は一つだけ善行を積みました。私に罪のある人々を伝えてくれたのだから」
 そんな閻魔様の声が聞こえる。
「というわけで、これから貴方に一つ指示を出します。これから挙げる名前を一人残らず、私のところに連れてきなさい。小町」
「へーい」
 死神はそれまでずっと抱えてきていた大風呂敷を下ろして開くと、中から文々。新聞の束を取り出して、閻魔様に渡す。風呂敷の中には、たくさんの食料(なぜかこんにゃく多め)と、大吟醸『まぼろし』の瓶が何本も・・・・・・って、ま、『まぼろし』!?
 私は思わず二度見してしまう。それはアリスさんも同様だった。
「ま、『まぼろし』って、もしかしてあれは幻の大吟醸『まぼろし』か!?」
 魔理沙も思わず説明口調。しかもなんの説明にもなっていないが、それをとがめることはここにいる誰にもできない。私にしても、あそこまでさりげなく並べられると神々しいを通り越してうさんくさいほどの大吟醸『まぼろし』に、一瞬椛のことが意識から離れてしまったほどだからだ。しかしそれも『まぼろし』なら仕方ない。
「ま、『まぼろし』!?」
 追いかけっこをしていたてゐさんと霊夢も立ち止まって叫ぶ。『まぼろし』なら仕方ない。
「ま、『まぼろし』!?」
 これまで隠れていたらしい椛も、魔理沙達の言葉にたまらず現れる。『まぼろし』なら仕方ない。
「ま、『まぼろし』!?」
 どこから現れたのか、八雲さんちの紫さんも大興奮だ。『まぼろし』なら仕方ない。
そんな私達の反応を見て、閻魔様は勝ち誇ったように微笑むと、
「それではブン屋が人を集め次第、宴会をします」
 そう宣言した。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

幕間・三

「ま、『まぼろし』とはやられましたね。これは急がなければ・・・・・・!」
 文はそうつぶやいて、映姫に渡されたリストを握りしめて、まずは地底に向かう。
 文は、4文字だけ伝えれば自然と博麗神社に人が集まると見通しを立てる。説得の必要がないならば、後は飛ばすだけだ。幻想郷に『まぼろし』という名を冠した一陣の風が、今、吹こうとしていた――!


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 香ばしく、コクがあり、キレもあるのにクセがない。
 フルーツよりもフレーバー。人をむさぼる蜜の味。
 あえて言うなら幸せの味。しかし、言葉にするのは無粋。
 万人受けという言葉を見直すひとしずく。
 閻魔様の持ってきた幻の大吟醸『まぼろし』の感想はおおよそこんなところであった。ちなみに私は言葉にするのは無粋派である。
 閻魔様が提示したリストは二十人ほどだったらしいが、結局紅魔館から命蓮寺、フリーランスの方々まで、最終的に五十人は集まってしまった。『まぼろし』なら仕方ない。
「そう、貴方はすこし目が悪すぎる。このままでは死後の生活に光はないでしょう。もちろん本なんて、誰かに読み聞かせてもらうしかない」
「・・・・・・どうすれば?」
「私にこんにゃくをそなえなさい」
「はぁ・・・・・・」
 紅魔館の魔法使いを相手に、閻魔様はそんな感じで絶好調だ。ちなみにお説教をしてもらう度に『まぼろし』をお猪口に一杯いただける。なんともしちめんどくさいシステムだが、今日の主役は閻魔様だし、何より『まぼろし』を前にすれば多少心の傷をえぐられるくらい瑣末なことで、みな、なんだかんだ言って閻魔様のところに向かうのであった。・・・・・・閻魔様の方がそれで良いのかどうかはわからないが、閻魔様も楽しそうなので問題ないのだろう。
「にとりさん、にとりさん」
「ああ、すいません」
 そして私が『まぼろし』を前にしてある程度冷静でいられるのは、隣に椛がいるからである。すこし取り乱してしまったが、一回味を確かめてしまえば『まぼろし』と言えども私の中で椛以上になることはありえない。
 椛は私のカップ(小)にそれぞれが自前で持ってきた、『まぼろし』ではないお酒を丁寧に注いでくれる。くぅ、染みるねぇ。のんでもないのに染み入るねぇ。
「では、こちらも失礼して」
 私も椛さんのカップ(大)に『まぼろし』ではないお酒を注ぐ。もはや、この宴会において、お酒は『まぼろし』か『まぼろしでない』かの2種類しか存在しなかった。まぁ、そんなことは正直どうでも良くて、こうやって好きな人とお酒を注ぎあうというのは楽しい。将棋も良いが、たまにはちょっと変わったこともしたいというものだ。
「それにしても、なんで椛さんはあんなところに?」
 私はそこがどうしても気になってしまう。なぜ、あんなところに文さんと二人きりでいたのか。嫉妬心は絶対に見せないよう細心の注意を払う。ちなみに椛のことは心の中と違い、呼びかける時はさんづけだ。それはどんなに酔っても忘れないアイアムアシャイガッパ。
「あ、えと、文さん、が」
「・・・・・・」
 落ち着け私。なぜか椛は顔を赤らめているがここで青ざめるわけにはいかないぞ、私。
「よーうご両人」
 と、椛が肝心なことを言いそうなところで話かけてきたのは勇儀さん。角に萃香さんをぶらさげている。ダブル上司。
「あ、それ紅魔のワインじゃん? 私も私も~」
 そう言って萃香さんは自分の湯のみにワインを注ぎ、ついでとばかりに勇儀さんの杯にもどばどばと注ぐ。『まぼろし』以外のお酒としか認識していなかったが、私達の飲んでいたのは紅魔のワインだったらしい。正直そこはなんでもいいし、瓶ごと差し上げるからどこかにいってほしいなんて失礼なことは思っていない。決して思っていない。鬼の前で嘘をつくわけにはいかないので私は必死に自分に暗示をかける。
「あっ、こら萃香! まだ永遠のエタノールが入ってたのに!」
「飲むのが遅いのが悪いんじゃないの~?」
「まったく・・・・・・ん、しかし意外といけるな。コシのある辛口ワインって感じでありだわ」
 そう言って勇儀さんは舌なめずりをする。お酒の区別はついてもアルコールならなんでもいいらしい。というかエタノールて。蓬莱の方にはそれくらいの純度がないと刺激にならないということか。って、のんきなことを考えている場合じゃない。鬼の方々の興味が山に向かないようにしないと。
「え、えーっと、私達に何か用ですかね?」
「ん? ああいやいや、いちいち心配しなくても山には行かないから安心しな。どうも河童は臆病でいかんねぇ」
「へえ」
「私に興味があるのはあんた個人だよ。あの魔法使いとどうなんだい?」
「ひゅい!? ど、どうといわれましても」
「それ私も興味あるわねぇ」
 アリスさんのとろんとした顔が目の前に現れる。というか、アリスさん、椛に寄りかかるんじゃない。しまいにゃ呼び捨てるぞっ。
「およ、アリスじゃん。人間以外にも興味を持つようになったのかい? まぁ、たしかにあんたにゃ河童あたりからがお手頃かも」
「あー、なんかあの閻魔様と話してると誰か思い出すと思ったら、萃香を思い出すんだ」
「ほー、そりゃ光栄だ。私の人を見る目も捨てたもんじゃないね」
「萃香のは宴会限定だろう?」
「そうだけど~」
 うああああ、なんなんだこの人たちは。せっかく椛と楽しく杯をつき合わせていたというのにっ。話があっちこっちに行ってついていけないっ。いや、普段の私なら適当に合わせられるかもしれないけど、今はそんな場合じゃないってのがわかってもらっても困るアイアムアシャイガッパ・ジレンマ。
「それで? にとりとか言ったっけ、その後どうなわけ?」
 えーっと、平常心平常心・・・・・・と、思ったが今は椛の目の前。ついでにアリスさんもいるし、ここは、魔理沙は友達であるときっぱり言い切るべきところかもしれない。私は確かにシャイガッパではあるが、それくらいならできそうだ。とりあえず勇儀さんがこの件で私につっかかるのは地霊殿での一件のせいであるはずだから・・・・・・
「いえいえ、どうと言われましても、あの時私は地底のエネルギーが欲しかっただけで・・・・・・別に魔理沙と特別仲良くなりたかったわけでは」
 うん、これは全く嘘じゃない。いいぞ、私。考えてみれば全てを正直に話せば誤解は解けるはずだ。椛に矛先がいかないように気をつければいいだけで。勇儀さんはすごくつまらなそうな顔をしているが、それは致し方ないことである。
「へぇ~ふぅ~ん、あんなマスクを作っておいてよく言うわねぇ」
 しかし、アリスさんがものすごく妙な調子で相槌を打つと、そんなことを言った。意外に酔うと面倒な人になるタイプ? 魔法使いに対するイメージがどんどん崩れ去る。
「え、なになに、マスクってなによ」
 勇儀さんが食いつく。というか、私もアリスさんが言いたいことがわからない。
「実はですねぇ・・・・・・ゴニョゴニョ」
 しかし何故かここでアリスさんは勇儀さんに内緒話という通信手段を使う。いや、なんで!?
「うんうん、妖怪の山に・・・・・・ほぉ~瘴気を・・・・・・あららら健気ね~。ね、ちょっとそのマスク見せてよ」
「それじゃ私はこのへんで~」
 アリスさんが逃げるようにこの宴会で一番大きい輪の方へ歩き出す。
 勇儀さんはおかしくてたまらないという風に私のカバンに手を伸ばした。
 なんとなく、マスクを見せるのはまずい流れな気がしたが、断るわけにもいかずに渋っていると、そのタイミングで椛が立ち上がる。私達が見上げると、椛は少し体を固くした。
「あ、私、『まぼろし』、もらって、きます」
 そう言って微笑むと、閻魔様のところにそそくさと歩いていった。・・・・・・ああ、行ってしまった・・・・・・。
「ふむ、天狗は河童の恋心に興味がないということか? 肴も楽しめないと、酒を楽しんでるとはいえないのにねぇ。まぁ、『まぼろし』なら仕方ないか」
 勇儀さんにとっては私の恋心は酒の肴らしい。そもそも勘違いなのだから、その程度の扱いでも別に構いはしないが、これで椛との距離はまた一つ離れてしまった気がする。・・・・・・いかん、ここで涙を見せたら全てがパーだ。強く生きろ、私。
「それよりマスク!」
 ああ、もうどうにでもなれと言った思いでガスマスクを差し出す。この程度の品、河童としては発明と言うのもはばかられるレベルなのだが、どんな期待を持っているというのだろう。
「おぉー、確かにこりゃ不恰好だ・・・・・・かぶっていい?」
「へぇ、角を抜けるなら構いませんが」
「お、河童のくせに言うようになってきたじゃない。その度胸に免じて返してやろう」
「ははぁ~」
 ありがたくマスクを頂戴する。結局このマスクに何の意味があったのか。
「ところで、あんたは閻魔様に何て言われたのよ」
 勇儀さんが閻魔様の方をちらりと見て、突然話を変えてくる。まぁ、突き詰められても困る話題ではあったので、私も脳の回路を切り替えた。
「へぇ、私はすこし人を信じすぎるらしいです」
「あっはっは。まぁ確かにそうかもね。そうでもなければ鬼に人間をぶつけようなんて思うはずがない」
「勇儀さんは?」
「私? そんな昔のことは忘れたねぇ」
 勇儀さんはとぼける。いや、本当に忘れている可能性もあるか。何せ鬼は嘘が嫌いだ。
「勇儀はね~、鬼のくせに少し気を遣いすぎるんだって~」
 萃香さんがひょうたんに入ったお酒を飲みながら答えてくれる。・・・・・・しかし、勇儀さんが気を遣いすぎる? 豪放磊落といった言葉が似合う気はするが・・・・・・と、思ったが、冷静に考えてみれば、私や文さんと会ってからも勇儀さんは、萃香さんと違って地上に上がることすら滅多にないと聞く。・・・・・・それは、山の妖怪に気を遣ってのことなのだろうか?
「あっ、こら萃香! やなことを思い出させるんじゃないよ! ・・・・・・私としちゃぁ地底が気に入ってるだけなんだがねぇ・・・・・・とはいえ、まぁ、閻魔様のお墨付きだ。あんたたちに迷惑はかけるつもりはないから安心しな」
 勇儀さんはその言葉に満更でもないように、エタノールワインを飲み干す。
「しかし、鬼が天狗と河童に気を遣ってると思われたままじゃぁ鬼の名が廃るか・・・・・・?」
 少し安心していると、勇儀さんが不穏なことを言いだした。
「いえいえいえ、そんなそんなそんな、そんなお考えもあったとは露知らず、恐縮に身をつまされる思いでして」
 しかし、私もさすがにこれはタイミングが一つ遅かったことに言いながら気がつく。
 私の言葉に、勇儀さんがニタリと笑った。
「ふぅむ、やはり鬼は恐怖を与えてこそのような気もしてきたな。よし、河童、いっちょもんでやろう」
「ひゅい!?」
 そう言って勇儀さんは立ち上がると、閻魔様の方へ向かう。
「そう、貴方は少し個性が弱すぎる。そのままでは例え地獄をすぐに抜けたとしても、来世はせいぜい将棋の駒、それも『白駒』がいいところ――ん、なんですか? 鬼といえども順番は・・・・・・」
 ちょうど椛の相手をしていたところだったようで、説教の内容が聞こえてしまう。・・・・・・河童を見る目はあっても、天狗を見る目はないらしい。私は『まぼろし』でない酒――紅魔のワインを瓶ごとあおろうとして、ふと、『白駒』という単語にひっかかる。・・・・・・いや、『白駒』なんて『香車』が成らないと場に出てこないから影が薄すぎるんじゃないかとか、でも実際強いからそんなに悪くないよねとかそういうことではなく。
「なるほど。話はわかりました。いいでしょう、私もさすがに疲れてきたところだし、つきあってあげます」
 勇儀さんの耳打ちに、閻魔様がうなずくと、椛のお猪口に『まぼろし』を注いで立ちあがる。
 主役が立ちあがったことで、みなの注目が閻魔様と勇儀さんに集まった。
 勇儀さんはコホンと咳払いをする。
「えー、悪役っぽく行くかね・・・・・・やい河童! もう我慢ならねぇ、相撲で勝負だ!」
 勇儀さんの言葉に、歓声が上がる。どう考えても面白い対決にはなりそうになかったが、見世物であればなんでもいいらしい。勇儀さんの突然かつ無茶苦茶な宣言に、一部の河童の周りを除いて、場のボルテージが急上昇した。


「東~~、星熊~~ゆ~~うぎ~~~~」
 閻魔様の気合の入った声が、境内に響く。予想以上に乗り気で行司役を買ってでているようだ。
 勇儀さんが土俵(紫さん提供)に上がって四股を踏む。当然、その右手に杯は持っていない。・・・・・・が、その角に萃香さんをぶらさげたままだ。
「勇儀ー! がんばれー!」
「手加減してあげなさいよー!」
 野次が飛ぶ。いや、ほんとに手加減してくださいよー、と言いたい。とはいえ、これはデモンストレーションのようなもの。鬼は恐ろしいものという意識を改めて植え付ける、という意味すらない遊びだろう。私にできるのは、適度に抵抗して勇儀さんとギャラリーを少しでも楽しませることくらいだ。もちろん勝つ必要はない。
「西~~、河城~~にと~~り~~~~」
 閻魔様の声と共に、私も土俵に上がり、勇儀さんにならって私も四股を踏む。私だって河童の端くれなわけで、それくらいはできる。
「がんばれ河童ー!」
「根性みせなさいよ河童ー!」
「河童ー!」
 勇儀さん以上に野次が飛んでくる。こういう対決ではチャンピオンの方が応援されるのが世の常だが、チャンピオンが鬼という一種のヒールであれば、チャレンジャーの応援に熱が入るのも頷ける。だが、それが勇儀さんの神経を逆撫でしやしないかと、どこまで行っても河童な私はびくびくしてしまうのであった。
「鬼と河童の種族対決! 一口50銭! 気軽に賭けてって~」
 しかし、てゐさんがそんなことを言いだすと、場の空気が変わる。賭け事は閻魔様としてどう反応するのかと思って顔色を伺ってみるが、むしろ、てゐさんの動きが落ち着くまで傍観する構えのようだ。神様の基準はよくわからない。しかし1口50銭とは・・・・・・さりげなくえげつない金額を提示してきたものである。
「あ、悪いにとり、やっぱ勇儀応援するわ」
 元気に野次を飛ばしていたみんなは現金なもので、つまるところそんな内容のことを言いながら、次々と、勇儀さんに賭けていく。・・・・・・それはそれで面白くないが、仕方ない。
「って、ちょっとちょっと、みんなが鬼に賭けたら成立しないでしょ!?」
 てゐさんは慌てたように首にぶら下げた賽銭箱の口をふさぐ。
「だれか、河童に賭ける人いませんか~?」
 しかし、そんな人がいるはずもなく、場の空気が一気に冷める。・・・・・・いっそこのまま勝負まで流れたりしないかな?
 てゐさんには申し訳ないが、そんな淡い期待をしていると、すっかり緊張感を失ってしまった境内の片隅でどよめきが起こる。
「ん、あの子誰?」
「忘れたのか? 山にいたじゃん」
「あー、天狗のパシリか。ののじだっけ?」
「ちがうちがう、のみじだよ」
 ・・・・・・およよ、聞き捨てならないぞ。霊夢と魔理沙の失礼な物言いでわかってしまうのは悲しい(というか、『の』から離れなさい)が、椛が話題に上っている。振り返ってみると、椛が手を上げて立ち上がっていた。
「・・・・・・に、にとりさんに、10口!」
 って、ななななんで椛が私に賭けるのさ。ここは鬼の機嫌を取っておくべき・・・・・・あ、ああ、そうか、このまま賭けが成立しなくなって、ギャラリーの熱が冷めてしまえば、それこそ勇儀さんの機嫌は損なわれるだろう。山の妖怪ならではのナイスアシストだと言える。うん、さすが機転が利く。惚れ直す思いだ。しかし10口と言ったら5円。・・・・・・ちょっとやりすぎでは?
「あら、あの子、あんなことするような子じゃないと思ったんだけど・・・・・・」
 閻魔様がそんなことをつぶやく。それが賭け事に参加した話なのか、目立つような事をした話なのかはわからないが、正直に言って私も意外ではあった。
「あの子、貴方に気でもあるの?」
「ひゅい!?」
 ももも椛が私に気がある!? だから私に賭けた!? いやいやいや、その妄想はあったがそれを発想と言う気はなかった。ありえない、全くありえない。閻魔様の世迷いごとだ。そう、閻魔様には残念ながらすこし天狗を見る目がない。それだけの話だ。だけど――そう、どちらにしても・・・・・・負けるわけにはいかなくなってしまった。
「おお、10口とくるとはね。これで多少は返ってくるかしら」
「しかしいまさら10口入ってもオッズとしてはなぁ・・・・・・賭けてから言うのもなんだけど、てゐは勝敗じゃなくて決まり手に賭けさせるべきだったぜ」
「だめよそんなの。わかんなくなっちゃうじゃない」
「そんときはやっぱり力任せに突き出しかねぇ」
「いや、鬼のことだから力を見せ付けるために最終的には派手に投げるでしょうね。決まり手は一本背負い・・・・・・ま、賭けないけど」
「ちぇっ」
 私が必死に自分を落ち着けていると、しかし、椛さんのその身銭を切ったアシスト――あくまでも、山の妖怪としてのアシストも虚しく、場の空気を盛り上げるにはいたらなかったことがわかる。というか、特に霊夢と魔理沙はちと賭けに全力すぎるんじゃないか。幻想郷の風紀が危ない。
「よし、そんじゃあたいも河童に賭けようかね。借りもあるし」
 そこで立ち上がったのが死神だった。
「いまどっちにいくら入ってんの?」
「鬼に32口、河童に10口ー」
 死神の質問に即答したてゐさん。適当なようで、このへんはしっかりしているらしい。
「んじゃとりあえず河童に22口だ。鬼に一口入る度に私は河童に一口入れるから」
 でぇー!? 死神ってそんなに給料もらってるの? というか、そんなこと言ったら・・・・・・
「鬼に2口」
「鬼に3口」
「・・・・・・鬼に10口」
「欲深いねぇ、そんなことしてたら川が長くなっちまうよ? 河童に15口」
「おおー! あ、私も勇儀に1口」
 『おおー!』じゃないよ! この人たち、完全に調子に乗ってる・・・・・・!
 てゐさんの賽銭箱にお金を入れればそれが2倍になって返ってくるようなものだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが、死神の財布を心配せざるを得ない。
 最終的に私に102口、勇儀さんにも102口、要するに、102円もの大金がこの勝負にかかってしまうこととなった。無論私に賭けられた92口は死神によるオッズ操作だ。・・・・・・本当にやりきるとは正直思わなかった。
「へぇ、さすが閻魔様の部下はスケールが違うねぇ」
「・・・・・・たまにはやるわね」
 勇儀さんの言葉に、なぜか閻魔様は誇らしげである。
 境内は完全に勇儀一色モード。死神は端からこの勝負を盛り上げることが目的(恐らくは行司役である閻魔様の顔を立てるためであろう)のようだし、椛にしても、5円賭けて損したと思っていることだろう・・・・・・あくまで山の妖怪としてアシストしたのであれば。
「それじゃ、そろそろ始めても良さそうね」
「へぇ、お手柔らかにお願いします」
 勇儀さんが土俵の縁で拍手を打ち、両腕を左右に伸ばして掌を下に向ける。私もその動きに合わせた。当然服は着てるわけで、こんなことをしても丸腰の証明にはならないが、まぁ、儀礼的なものだ。そのまま、私達は土俵の真ん中に歩みを進め、距離を置いて構える。そこで、勇儀さんは何かに気づいたように、私の顔をじっと見た。まぁ、勇儀さんの角には萃香さんがぶらさがっていて、こちらとしては直視しにくいわけだが。
「・・・・・・ところでさぁ、あんたに10口賭けた子、もしかしてあんたのこと好きだったりする?」
「っ・・・・・・いえいえいえいえ、そんな馬鹿な」
 精神攻撃か? いや、単純に疑問に思っただけだろう。優位なのはあちらなのだから、向こうがここでカマをかける必要性はない。落ち着け、落ち着け。
「・・・・・・」
「私と椛さんは、まぁ、将棋仲間ですよ。よく指すんです」
「・・・・・・ふぅむ」
 これは嘘じゃない。ちなみに勇儀さんは余裕の現れか、最初から拳を土俵に置いている。私が土俵に拳をつければそれで立会い成立となるが、まぁ、2,3回は仕切った方が良いだろう。
 勇儀さんの方から立ち上がって、仕切り一回目。私達は振り返って、土俵の外に出る。
 勇儀さんの一言のせいで、自然、椛の姿を探してしまう。が、あたりはもう薄暗く、見つけることはできなかった。
 私達は塩をまいてもう一度土俵に入って構える。少しだけ距離を詰めた。
「もしかしてさ、あんたの好きな人って魔理沙じゃなかったりする?」
「え・・・・・・ええ、だからそう言ったじゃないですか」
「・・・・・・なるほど、なるほど。良く考えたら天狗ならまだしも、河童が私に嘘をつくわけなかったね。ってことは、あの魔法使いも勘違いしてたのか。河童ってのは嘘をつかないだけに、天狗以上にわかりづらいわ」
 まずい、勇儀さんは気づきかけている。しかし、なんで?
「要するに、あんたの闘志、本物ってことだ」
 ――! ・・・・・・そっちの方から気づかれていたか。・・・・・・そう、椛が私に賭けた時点で私は負けるわけにはいかなくなった。その理由が山の妖怪の一員として賭けたものだろうが、万に一つ、私個人を応援するために賭けてくれたものだろうが。
そのためにまず覇気だけは見せないようにするつもりだったが、さすがに格闘技に関して鬼は騙せないらしい。ここに来て私に負けるつもりがなくなったことがわかれば、そこから逆算されればその意味するところ――つまり私の気持ちもすぐにばれる。『まぐれ勝ち』がベストではあったが、私は隠す必要のなくなった気迫をむき出しにする。アイアムアシャイガッパ・・・・・・が、今はそれどころじゃぁない。
「・・・・・・すいませんが、そういうことなんで、勝たせてもらいますよ」
 私の言葉に勇儀さんは獣のように顔をゆがめて立ち上がる。仕切り二回目。あれが、鬼の笑顔・・・・・・体が震える。
「萃香、おりな。ちょっと私、本気出すわ」
「・・・・・・ふーん、ま、いいけどね」
 そんなやりとりと共に、萃香さんが土俵から外に出る。ここにきてのリミッター解除に、「お、鬼だ・・・・・・」と、勇儀さんに賭けているはずのギャラリーもどよめいた。
 ここで制限時間一杯を知らせるラッパが鳴った。・・・・・・とはいえ、そんなルールはないので、萃香さんが土俵を下りたのを見て、単純にメルランさんが空気を読んだだけだろう。自然、その音を聞いた私たちは意志に関係なく気分が高揚する。・・・・・・まぁ、うまく利用するだけだ。
 どちらにしろ、もう仕切りはいらない。私達は立ち会うために塩をまき、立ち会うために向かい合う。
「時間です」
 閻魔様も空気を読んで制限時間一杯を指示してくる。
 勇儀さんは構えてから一瞬だけ躊躇したが、やはり私より先に拳を土俵に置く。そこは鬼の意地らしい。・・・・・・さて、大見得を切ったはいいが、どう攻めよう。私はいまだ、鬼を破る方法が見えないでいた。
 私は勇儀さんの方を向いて、そこで初めて勇儀さんの向こう側に椛が移動していることに気がつく。仕切りの直後に探しても見つからないはずだった。だが、勇儀さんに勝つのに必要なのは恐らく勢いではなく冷静さ。私は気合だけをもらってすこし目を逸らす。その先に魔理沙の顔が見えて、こんな時に今日、将棋の駒に対しての違和感の正体を全て理解する。
 滝裏にて、椛が私に『横行』で『白駒』をとらせた意味。あれは私から見ても最善手だったが、もうひとつ意味があった。千手先は見通せても、私の気持ちなんてちっとも見えていない浅はかな意味が。もしかしたらこれも私の妄想かもしれない。もしかしたら、遠まわしに振られただけかもしれない。魔理沙の相手でもしていなさい、と。でも、椛は私に賭けた。一つ一つは妄想に過ぎないけれど、二つ重なれば信じたくもなる。・・・・・・急激に頭が冴え渡る。椛との勝負で逆転する時と同じ。発明が完成に至る道筋が見えた時と同じ。意外と天は私に優しい。あとは、この拳を土俵につけるだけだ――!
「はっけよ~~~~~~~~~~い」
 発揮揚揚? 相撲で大事なのはそんなことじゃない。アイアムアクレバーガッパ。
私は予想通り計算通り真正面から向かってくる鬼の張り手をまずは上方に捌く。まともに受け止めたらジ・エンド。そして、全く目で追えるスピードの張り手でもなかったが、それでも突っ込んでくることがわかっていればタイミングさえ計っていればいい。そのタイミングを計り始めるスタートボタンが私の拳に委ねられていたのだからトゥーイージー。
 そして私の目的は懐に入ること。なおも鬼は前進して体を前に出してくるが、ここで無理に争わず後退して衝撃を適当に逃がしつつ、体をつかみにかかられるまえに相手のまたぐらに右腕をつっこみ左腕は袈裟斬るイメージで鬼の体をはさみこんだら――
「ッ・・・・・・!」
 ――持ち上げるっ!
「・・・・・・これは、人間の子どもと相撲する時に河童がよく使う手段でしてね。こうなるともう人間の子どもはジタバタと暴れるしかなくなるんです。まぁ、それは力が足りないからとかじゃなくて、相撲のルール上、どうしようもないんです」
 ――そもそも、相手が鬼だからと言って大げさに考える必要はなかった。いくらその力が強かろうとも、それを重さに変えるなんて出来っこないのだから。そして私も河童。鬼ほどの身体能力はなくとも、鬼を持ち上げる程度の筋力は持っている。
「まぁ、そんなわけで――私の勝ちです」
 あとはぺいっと土俵の外に勇儀さんを投げて、あっさり、とてもあっさり私は勝利した。まぁ、相撲なんて立ち会うまでが勝負なうえに、土俵は丘の上で唯一と言っていい河童の領域。当然といえば当然かもしれない。
「河~~~城~~~~~~にと~~~~~り~~~~~」
 閻魔様が私に軍配・・・・・・もとい棒(悔悟棒というらしい)を上げ、私は無音の境内で勝利の味を噛み締める。
 河童が鬼を破ったというのに・・・・・・いや、破ったからこそか、ギャラリーは何の反応も見せてくれない。
 今、私にできることはただひとつ。ギャラリーが正気を取り戻して座布団の代わりに手近な物を投げ始める前に、この場から逃げ出すことだけだった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

エピローグ・1

 河童が鬼を破る。
 相撲のルール上とはいえ、その快挙の前に、しかし、宴会に集まった人々――特に賭けに参加していた人物は沈痛な面持ちを隠さず、賭けに参加していなかった人物も、友人の情けない姿を見て嘆かわしい気分に浸っていた。
「まぁ、賭けは賭けだし・・・・・・」
 単純に使い道に困っていただけのお金が倍になってしまった小町が、頬をかきながら茫然自失しているてゐから賽銭箱を受け取る。てゐ自身もそれなりに勇儀に賭けていたらしい。
「えーっと、あの白い天狗は・・・・・・いたいた。ほい」
 小町が椛に10円を渡す。
「あの河童、良いやつだな。あいつ、あんたのために頑張ったんだろ?」
 椛は、小町の言葉に微苦笑をもらす。
「いえ、悪いやつです。私なんかのために、死神さんの、総取りにしちゃうんですから」
「はは、違いない。あたいがこんな大金持ってても意味がないんだけどねぇ」
「まぁ、とはいえ参加費と思ってもらえばちょうどいいでしょう。食料費と、『まぼろし』の代金と思えば足りないくらいだもの」
 映姫が土俵を降りながら、そんなことを言う。
「いやー、でも、人生終わったみたいな顔してるやつもいますよ?」
 小町は巫女と魔法使いの顔を見る。
「・・・・・・そのときは、貴方が相手をしてあげなさい」
「うーん、まさか河童にごぼう抜きされるとは思いませんでしたね」
「ちょっと刈り取るだけのつもりだったのにねぇ」
「どうします? 帰りますか?」
 突然静寂が訪れた宴会に、小町が見切りをつける。
「一通り説教は済ませちゃったし・・・・・・今日のところは、そうしましょうか。残った『まぼろし』は、置き土産にしておきましょう」
 そう言って映姫はこんにゃくと文々。新聞の束だけを風呂敷に包んで小町に背負わせる。
「あの・・・・・・」
 そんな二人に、椛がおずおずと話しかけた。
「また、きてくださいね。次は、おもてなし、しますから」
 映姫と小町は、その言葉が心底意外だったらしく、目を丸くして、曖昧に頷く。
「私達にまた来てくださいだなんて、あんた、さては悪いやつか? ・・・・・・お似合いだねぇ」
小町がそう言って笑い、二人は博麗神社を後にした。


「それにしても、映姫様、どんなお説教したら『次はおもてなし』してもらえるんですか?」
「・・・・・・私も、もう少し人を見る目を養った方が良いかもしれないわ。過去の行いだけを見ても、生きている限り、何をするかわからないものね」
 小町は、その言葉にさらに驚く。
「また、来てもいいんですかねぇ?」
「さて・・・・・・とりあえず、新聞を契約してから考えましょう。どうも、あのブン屋には見張りが必要なようだもの」
「え? ああ、それなら私取ってますよ?」
「・・・・・・はい? あのバックナンバーは、取り寄せたのではなかったの?」
「いや、まさかまさか。持ってただけです。言ってくれればいつでも届けましたのに」
「・・・・・・で、その新聞はもちろん休日に読んでいたのよね?」
「・・・・・・やぶへびだったか」
「小町!」
「すいません、すいません!」
 幻想郷に一陣の風を吹かせた二人は、何も変わらずいつもの調子で、自分達の家に帰るのであった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

エピローグ・2

「いやー、良い絵が撮れました。河童が鬼を破る! 一面は決まりましたよ」
 私が妖怪の山のふもとに辿り着いて、自分は椛に合わせる顔を作れても、他の人たちに合わせる顔がなくなったということに気づいてやばいなー、と漠然と思いつつ後悔なんて微塵もせずにとりあえず木の陰で休憩していたところで、聞き覚えのある声が耳に入る。
「そこでちょっとインタビューしたいんですが、よろしいですか?」
 文さんが手帳とペンを手に、私の目の前に現れた。
「へぇ、なんなりと」
 断っても記者モードの文さんは誰にも止められない。私は了承する。
「試合を終えた今のお気持ちはいかがですか?」
「そうですね・・・・・・まぁ、河童の意地を見せてやれました、と言えれば聞こえがいいんでしょうが、実際のところ、運が良かっただけだと思います」
「ほう、やはり鬼は強かったですか? 見たところ、圧勝と言っても差し支えなかったようですが」
「いえいえ、まさかそんな。まぁ、あのプレッシャーは向かい合った者にしかわからないと思います。もう一回やって、また勝てるとはとてもとても」
「なるほど・・・・・・しかし、これで鬼と河童と天狗の関係も変わってくるかもしれませんが、そのあたり、いかがでしょう?」
「いえいえ、遊びであることには変わりありませんし、むしろ、鬼の恐ろしさを知った思いでして」
「ふぅむ。河童はやはり謙虚と卑屈の紙一重だ・・・・・・と」
 文さんは手帳にペンを走らせる。しかし、勇儀さんが気を遣いすぎるというならば、この記事で少しくらい鬼に友好的・・・・・・とは言わないまでも、興味を持つ河童や天狗が増えれば良いように思える。そこに勇儀さんがリベンジにでも山へ来て、河童と鬼の相撲大会なんて、楽しそうだ。
「それで・・・・・・あんたが鬼に勝っちゃった原因って、やっぱり、椛だったりする?」
「・・・・・・それも、答えたら記事になっちゃいます?」
「いや、これは私の個人的な質問」
 愚問だったか。いつの間にか文さんは天狗モードになっていた。
「まぁ・・・・・・そうですよ。最初は、適当にやって負けるつもりでしたし」
 ここで誤魔化しても仕方がないだろう。文さんは多分土俵の上の会話も耳ざとく聞いていただろうし、流れだけを見ても大体の予想は立てられるはずだ。
「はぁー。なんだかねぇ」
「・・・・・・椛さん、なんで私に賭けたんでしょう」
「それを私に言わせる気? そりゃ、卑怯者のやることよ」
 それは答えを言っているも同然だった。・・・・・・しかし、だからと言って私になにができる? さっきまでは場の熱気に当てられていたが、アイアムアシャイガッパ。いざとなったらどうすればいいかわからない。
 文さんはそんな私を見て、ため息をひとつつく。
「とりあえず、月並みだけど何かプレゼントを用意するとか? いや、私もそういうの全然わからないけど」
「プレゼント・・・・・・」
 なるほど、プレゼント。発明家だし、何か物を作ってあげるというのは私ならではのような気はする。しかし椛が欲しがるものといったら何だろう。将棋の駒? いやいや、それは発明とはいえない。もっとマシナリーな何か。
「椛さん、何か欲しがったりしてませんでした?」
「あのね・・・・・・知らないかもしれないけど、私とあの子はそんなに仲がいいわけじゃないの。そもそも私は烏天狗で、あの子は白狼天狗。あの子があんたと仲良くしたそうだったから新聞配達役を買ってもらっただけで、大して話をしたこともないのよ?」
 そんなものか。新聞に関する私の妄想は完全に的外れというわけでもなかったらしい。
 しかし、言われてみれば椛は天狗の中でも白狼天狗。私はそこにヒントがあるように感じる。その任務は警備、哨戒、偵察。彼女も武力はそれなりに持っている。しかし、それらの任務で必要なのは戦う力ではなく、情報を収集する力だろう。千里眼を持つ彼女は視覚的な情報は容易に手に入れることができる。じゃぁ、仮に侵入者が来たとして、その狙いを知るには? それは目だけじゃ不十分で耳が必要だろう。だったら近づかなければならない。彼女の仕事は交渉の類ではないのでそこで見つかったらだめだ。だったらどうすればいい? 相手から見えなくなればいい。光学迷彩――光学迷彩! 私の中で答えが出てしまう。オーケーオーケー、ハードルとしても十分な高さだ。
「文さん、ありがとうございます!」
「へ?」
 何を言ってるのかはわからないだろうが、それを説明する余裕が今の私にはなくて、というか、私の中にもそれを説明する言葉がなくて、でも私の中を巡る河童の血が全て正しいことを教えてくれる。必要という妻を手に入れた私は既に発明家としてゴールイン。あとはこれを形にするだけだ。
 私は工房に向かいながら1週間分のきゅうり、つまり70本を畑から一度に回収して、ちょっと足りないかなと思って30本余計に回収してついに畑からきゅうりが消えた。まぁ、そんなことはどうでもよくて工房に入ってとりあえず一本食べてから図面作りに入る。ばりぼり。発明家はサイエンティストであり、エンジニアであり、アーティスト。シャイガッパのシャイガッパによる椛のための光学迷彩作りを始めて早三日、眠気も食い気も忘れて鬼と相撲をしたことも忘れてきゅうりだけはかじっていたらついに71本目にたどりついてあーやっぱり一週間分じゃ足りなかったなとは思ったけど気合はまだまだ衰えないどころかむしろどんどん頭が冴えてくる。ばりぼり。文さんが文々。新聞を書き終えて椛が私のところに届けに来る前に私は光学迷彩を完成させなければならないといつしか私はそう考えていたのでそろそろ制限時間が迫っていることを感じるが、私の心は焦らずに83本目をかじっとけと指示を出してきたので私はその指示に逆らわない。ばりぼり。

 そしてついに工房のドアがノックされた。
「はーい、どちらさんかな?」
 とは言っても、うちに来る人は大体決まっていて、ドアを開けると予想通り、椛の顔が現れた。自然、私の皿が熱を帯びて乾く。
「おお、これはこれは。文々。新聞の新刊ですかい?」
 だが椛はどこから声が聞こえているのかわからないのか、きょろきょろとあたりを見回す。かわいい。そして成功だった。
 私は奇跡的に一本残っていたきゅうりを持ち上げると、頭の良い椛は何が起こっているのか理解できずにふよふよと宙を舞うきゅうりを不気味がる。
 河童の夢である完璧な光学迷彩スーツの完成に私は喜びつつ、しかし、これを突然プレゼントとして渡して、個性が弱いんだからいっそ消えてしまえなんてメッセージとして受け取られたらかなわない。私は一切の勘違いないように先に言ってしまうことにする。
「好きです、椛」
 調子に乗った私はついつい呼び捨ててしまったのでこれはもうどこまで行っても一緒だ。私は椛の後ろに回りこんで抱きしめる。もみじもみもみ。アイアムアエロガッパ。
 しかしそんな私の腕に包まれて頭の良い椛は私が河童の夢である光学迷彩スーツを完成させたことを察したのか、私の腕の中でくるりと半回転して椛も私の体に腕を回す。
「おねがいします」
 鈴をそっと置いたような声で、そう言ってくれた椛がいったん離れて私のきゅうりを奪うと完全に間合いを計算した上で私の口元につきつけてくる。私はきゅうりをかじった。

ばりぼり。
相撲賭博、ダメ、ゼッタイ。(でも、そろそろ日本もブックメーカー始めればいいのにと思ってるなんてゆえない・・・・・・)

今回ばかりはご読了、感謝感激雨あられでございます。
百合というものを勘違いした結果がこれです。
少しでも面白いと感じていただければうれしいです。
9+9
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.410簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
前作とは試みが違っていて、面白かったです。
前作だけだと正直イマイチですが、その内容を利用して世界観を膨らませる手法は、物語に深みが増すので個人的には好きです。
次回作も、今回の内容に絡んだものを書いて作者さまが思う幻想郷の物語を綴って行って欲しいと思います。
2.100名前が無い程度の能力削除
ばりぼり、しゃぐしゃぐ、ごっくん
ごちそうさまでした。
9.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいにともみでした
11.100名前が無い程度の能力削除
最後の感じがいいなあ