もう二度と、私は霊夢に会えない。そんなことは、わかりきっているのにね。
1 里の人間の話
わ、わ!天狗様ではありませんか!私に何用でしょう?
え、訊きたい事?「博麗様」についてどう思うかですって?あ、ひょっとして、取材ですか?
……それはもう、本当に有難く思っております。この里が平穏無事にあるのも、博麗様のご加護のお陰ですよ。
何せこの幻想郷で、妖怪や悪魔から人間を守ってくださるのなんて、博麗様くらいですからねえ。
博麗の巫女と守矢の巫女神様はどうかって?
うーん、確かに彼女達も我々を守ってくださるのですが……守矢様はほら、あの通り少し気まぐれなところが御座います。
当代の博麗の巫女も頑張ってはおりますが、やはり限界があるそうです。あまり強い妖怪とは戦わない様に、博麗様から言いつけられているそうですし。
だから、やはり博麗様です。博麗様は力も強いし、真面目で優しいお方です。
控えめな性格の方なのか、博麗屋敷を訪れるとき以外里にはあまり下りてきませんが、毎日決まった時刻に里の上空を飛んで行きます。
何か困りごとはないかと、様子を見に来て下さっているんです。
そうそう、以前酒の席で慧音先生に教わったのですが、「『異変』で里の人間に迷惑をかけてはならない」と決めて下さったのも、博麗様だそうですね。
訊くと遥か昔には「異変」のせいで、人間の里に被害が生じた事があったとか。
霧で日光が遮られたり、春が来ないで冬が続いたり……。いやはや、怖ろしい事です。その年はどんなに凶作になったでしょう?どれ程の人間が飢えたのでしょう?
今の若い者の中には「異変」を、妖怪同士の芝居か何かだと思って、見物を楽しんでいる者もいますが、いやはや、とんでもないことです。
今では当たり前になっているこの平和な日々も、博麗様のご尽力に依る物なのですね。
そうだ!天狗様にもお知らせしておきましょう。
実はこの度、うちの次男坊が博麗の家へ婿入りする事が決定したんです。
本当に喜ばしい事です。身に余る光栄です。いやはや、父親になって以来最大の喜びです。
遠い将来私の子孫が……いえ、もしかしたら私の孫娘が巫女になることだって、無いわけではない。そう考えると、今から嬉しくて嬉しくて……。
平凡な人間である私も、ようやく彼女に関わる事が出来ます。恩返しができます。
博麗様……霧雨魔理沙様に気に入って頂けるような、立派な女の子が育つといいなあ。
2 上白沢慧音の話
おや、貴女が人里に下りてくるなんて、随分久しぶりな気がする。
私に訊きたい事があるって?勿論、構わないよ。
……ふむ、「博麗様」についての詳細か。まあ、少し長くなるな。茶でも出そう。上がりなさい。
そもそも博麗の巫女という仕事は、終生務めあげるものであったらしい。
人里から才能のある女の子を見繕い、現役の巫女に弟子入りさせる。で、巫女が戦いに倒れたり、老衰で死んだりするとそれを継ぐ。
しばらくすると次の巫女候補が弟子入りしてくる……それの繰り返しだ。
この制度には、十分な修業期間と実戦経験を積むことで、博麗の巫女の力を一定の強さに保っておけるという利点がある。
だがその半面、犠牲になるものもあった。巫女にされた彼女達の人生だ。
まだ子供のうちに親元から引き離され、厳しい修行をせねばならない。修行が済んだら、後は戦いのみの人生が待っている。
それは自分が妖怪に返り打ちにされるか、老いて死ぬまで続く……同じ年頃の女性が結婚し、子供を産み、幸せに暮らす中、彼女達にはそれが許されなかった。
この制度に異議を唱えたのが、我々もよく知る妖怪の賢者・八雲紫だ。当時の巫女は、あの博麗霊夢……未だ霧雨魔理沙が人間だったころの巫女、博麗霊夢だよ。
彼女は博麗の巫女のなかでも、とりわけ優れた才能の持ち主だった。ほら、貴女も覚えているだろう?彼女の強さを。
その才能を惜しんだ八雲紫は彼女に、終生巫女を務める代わりに、子孫を残す事を命じた。彼女の才能を、血筋という形で維持しようとした……というのが建前だ。
実際のところは……うん、情が移ってしまったんだろうな。今迄幻想郷を維持するための道具としか見て来なかった、博麗の巫女である彼女に。
愛する男性と結ばれて、子供を産んで……そういう普通の幸せを、彼女に贈りたかったのだろう。
果して博麗の巫女は、結婚適齢期までの博麗の血筋の者が代わる代わる務める事となった。だがここで、大きな問題が生じた。
誰が次代の巫女を教育するか、だ。
以前は先代の巫女に教育されてきたが、今度からはそうもいかない。先代の巫女は巫女を辞めると、さっさと里に帰り、結婚してしまうから。
教育係に名乗りを上げる妖怪も多く居たけれど、そもそも妖怪の強さは天賦のものだ。教えて身に付くものではない。
人間はその身の大きさを自在に変化させたり、亜音速で飛行しながら戦うことはできない。勿論、運命を操って戦うだなんてこともね。
そこで白羽の矢を立てられたのが、霧雨魔理沙だ。
彼女はもともと人里に住む普通の人間であり、なんら特殊な力を持ってはいなかった。そう、箒が無ければ飛ぶ事さえ出来なかったのだよ。
しかし彼女は、その卓越した勘と地道な研究の積み重ねによって、博麗霊夢の相棒として異変解決にあたっていた。
「博麗霊夢とその技、そして人間としての戦い方を知り抜く魔理沙なら、普通の人間を巫女に育てることも可能なのではないか」
八雲紫はこう考え、魔理沙に教育係を依頼した。魔理沙もこれを快く引き受け、捨虫の術を実行した。
以来魔理沙は、何代にも渡り博麗の巫女を育成し、彼女達は幻想郷の治安を維持している。
そしてそんな魔理沙に里の人間がつけた称号が「博麗様」だ。
博麗の巫女を育て、自身も異変を解決し、更には里の人間の面倒も見てくれる……里の人間からすると、彼女は博麗神社の守り神に思えるのだろうね。
……いや、判っている。貴女がこんな表面上の話を訊きに来たのではないということは。
貴女が確かめたいのは、あの噂の真相……つまり、その……
霧雨魔理沙と、代々の博麗の巫女との、背徳的な関係についてだろう?
やけに簡単に口を割ったな、と思うか?でも今の貴女は、随分と殺気立っている。
もしも私が嘘をついたり曖昧な返答をしていたら、このまま真っ直ぐに魔理沙の許へ飛んでゆき、激情のままに彼女を殺めるつもりだったんだろう?
何故なら貴女も、博麗霊夢を愛していたから。彼女の末裔が穢される事に、我慢がならないのだろう?
でもそれは困るよ。とりあえず……そうだな、まずはその剥き出しの犬歯をどうにかしてから、魔理沙の話を聞きに行くのがいいだろう。彼女なら、魔法の森にいるはず。
彼女も随分と悩んでいたよ。直接話を聞けば、誤解も解けるかもしれない。
そしてそれでも納得できないようなら、もう一度私の処へ来てほしい。命を賭してでも貴女を止めてみせる。
何故そこまで魔理沙の肩を持つのかって?
それは決まっているよ。だって彼女は、私の教え子だったからね。
何歳になったって、普段は互いに知らん顔をしていたって、先生はいつもいつまでも生徒の味方だ。
そういうものさ。
3 霧雨魔理沙の話
今日のお茶はカモミールにしてみたんだ。
お茶菓子もそろそろ焼きあがるよ。そうそう、テーブルの上に牛乳と蜂蜜を用意してあるから、好みで味を調えて貰っても構わないぜ。
うん?どうした、変な顔して。
……ああ、そうか。今更人間の真似をしてどうしたんだ?ってことか。
確かにその通りだ。こうやって自分で育てた茶葉でお茶を淹れたり、音楽を楽しんだり……人間らしい暮らしを始めたのは、妖怪になってからだぜ。皮肉なことだ。
私が人間だった頃は、それどころじゃなかったからな。霊夢や他の妖怪達に引けを取らないよう、毎日研究漬けだった。
確かな力が欲しかったし、魔法を通して何かを残したかった、というのもある。私が生きた証としての、永遠不変の魔法のようなものを。
でも妖怪として有り余る寿命を手に入れてからは、そういうことに食指が動かなくなった。
代わりに、もっと儚いもの……移ろう森の四季とか、普通の人間の生き方とか、そういうものに興味が芽生えた。
おっと、一人語りが過ぎてしまったな。たまに客が来ると、つい嬉しくなって話が過ぎる。で、何の用だっけ?
……そうか、慧音に聞いたか。
うん、そのとおりだ。私は代々の博麗の巫女を、自分の弟子としてではなく、一人の女性として愛してきた。
こうして瞳を閉じれば、彼女達の活き活きとした姿が目に浮かぶよ。
勝気な子、大人しい子、甘えたがりな子……いろいろな子が居たけれど、一番印象強い巫女は、博麗霊夢だろう。
紫を始めとする多くの人妖が言うように、やはり霊夢は特別だった。もう二度と、あんなヤツは現れないだろうね。お前もそう思うだろう?
そして私は今でも彼女の面影を、博麗の巫女たちに……霊夢の子孫の中に探してしまう。
ふとした動作、表情。そういった日常の中に、私は博麗霊夢を感じて思わず泣いてしまうよ。
もう二度と、私は霊夢に会えない。そんなことは、わかりきっているのにね。
最低だろう?私は。目の前の女性を抱きしめながら、心の奥に抱いているのは別のヤツに対する想い……霊夢への想いなんだ。
表層では一人一人を愛していても、無意識では、霊夢相手に果せなかった愛情の捌け口として、彼女達をみているに違いない。
そのことが本当につらい。自分はなんて醜い心をしているのだろうと思うと、自責の念で胸が張り裂けそうだ。
だから私は、博麗神社には住まない。不便でも魔法の森から神社に通うんだ。その道程で、少しは頭を冷やせるから。
そうすれば破裂しそうな心を抑えて、尊敬される立派な魔法使いとして、博麗の巫女に接することができるんだ。
4 博麗の巫女の話
あら、文じゃない。
ちょっと待っていてね。今、境内のお掃除終わるから。そうしたらお茶にしましょ?
って、え?何、なんなの?何故いきなり抱きついてくるの?……うわ、なんで泣いているのよ?
と、とりあえず落ち着いて、ね?まあ、取りあえず座って。
……そうねぇ、魔理沙がそんな事を言っていたの。
うん、でも貴女にも別に隠していたわけでは無いのよ。ただ、言う必要も無いかと思って。
ああ、ほら、泣かないで。もう、本当に手間がかかる天狗なんだから。よしよし。
つまり、貴女は私を哀れに思ってくれているのね。私が博麗霊夢の代替品として、魔理沙に扱われている事に。
でも、私はそんなこと別に気にしていないわ。ううん、私だけじゃない。前の巫女も、その前の巫女も、皆そうだと思うわ。
だって私は、魔理沙の事を愛しているから。霊夢の代わりであることを、誇りに思っているから。
……そうねえ、少しだけ昔の話をしましょうか。
私が初めて魔理沙に会ったのはね、実は生まれた直後らしいの。
何でも博麗の家に女の子が生まれるっていうんで、魔法の森から慌てて駆けつけてくれたらしいわ。産湯につけてくれたのも彼女よ。
母さんから聞いた話だけど、魔理沙は私の顔を覗きこんで「この娘は霊夢に似ているなあ。眉のあたりなんて瓜二つだぜ」って泣きながら、私の誕生を喜んでくれたんですって。
まあ、当時のことは全く覚えていないんだけどね。当たり前だけど。
それ以降も時々遊びに来て、幼い私にとっては、近所の格好いいお姉さんみたいな印象だったかな。
ただ、魔理沙が来ると、家じゅうの女性が色めき立って、大変だったわ。
普段は寝たきりのお婆さんも無理に体を起して、化粧なんかするくらいにね。
私が次代の博麗の巫女に選ばれたとき、先代の巫女と話したことがあるの。
表向きは仕事の引き継ぎだったけれど、実際話したことは、魔理沙が博麗の巫女をどう扱うかについて。
最初に聞いた時は少しだけ驚いたけれど、そもそも巫女には神様の配偶者という役割もある。魔理沙は里の人間から博麗神社の守り神である「博麗様」なんて扱いを受けている。
まあ、魔理沙の事は元々結構好きだったし、任期の間はお嫁さんになってあげるのも止むなしか……ってぼんやり考えていたら、先代の巫女が言ったわけ。『貴女が羨ましいわ』って。
『何故ですか?』と訊き返すと、『だって貴女と魔理沙の関係は、これから始まるわけでしょう?私はもう、終わってしまったから』って答えた。
そのときは深くは追求しなかったけれど、実際魔理沙に師事するようになって、すぐにその言葉の意味がわかったわ。
魔理沙は本当に、心の底から私を愛してくれている。だから彼女と会い、修業したり異変を解決するのが楽しい。
逆に神社に魔理沙が来てくれない日は、寂しくて気が滅入ってしまう。会いたくて堪らなくなる。
こんな感情は初めてだった。自分の感情が制御できない。魔理沙の事で頭が一杯になる。
そう、私も魔理沙を愛してしまったの。
ただね、最初の頃はやっぱり気になることがあった。
魔理沙が私の中に、霊夢を見ている事。それが気にくわなかった。
それが顕著に出るのは、魔理沙の寝言かな。
夜寝ていて、隣に魔理沙がいて心から満たされているときに『霊夢……愛しているぜ』なんて寝言が聞こえてくるのだから、本当、堪ったものじゃない。
何回か、そのことで魔理沙と喧嘩したわ。そういう時の魔理沙は普段と打って変わってシュンとするの。何を言われてもただ『ごめんな』って。
あまり責めるべきでは無かったって、今ではそう思うわ。だって私が傷つくその何倍も、魔理沙は罪の意識で苦しんでいたのだから。
だから私は、もう自分が霊夢の代わりであっても気にしない。むしろ自分が霊夢に似ているということを誇りに思うわ。
だって霊夢がいなければ、私達が魔理沙に愛されることは無かったのだから。
それに……そう、彼女が霊夢を愛する限り、まだ見ぬ私の子供達、孫達も彼女に愛してもらえるの。
それって、本当に素敵な事よ。
私が思うに魔理沙の凄いところはね、今迄巫女をやって来た人間の事を、全部覚えているところ。彼女が屋敷に来た時に、家の女性が喜ぶ理由もわかるわ。
もう結婚して、何人も子供がいるようなおばさんでも、魔理沙の前ではまるで乙女の様に純情よ。
普段は大きな声で子供を叱りつけていても、魔理沙との受け答えでは可愛い声に戻っちゃう。
『あの湖での異変の時は大変だったな。覚えているか?』『うん』『いきなり出てきた妖怪に驚いて、お前がスペルも宣言しないで攻撃した時のだよ』『……はい』みたいな感じでね。
普段は里に暮らしていて何ら他人と変わりない生活をしていても、実は一人ひとり、皆違った魔理沙との思い出を抱えて、生きているの。
巫女を辞めて里に戻って来た女性たちにとっては、自分が人生で一番輝いていた巫女の時代の想い出を、魔理沙と共に語らうことが、最高の幸せなのね。
私ね、実は死ぬのがあまり怖くないよ。だってその時には、きっと魔理沙が看取ってくれるから。
今迄の巫女経験者に対してもそうであったように、おそらく魔理沙は大泣きしながら私を送ってくれるはず。
そう、ちょうど私が生まれるときに、彼女が泣いていたのと同じようにね。
私は消えてなくなってしまうけれど、彼女の記憶の中で、私は生き続ける。子供たちも、きっと違う異変を通して魔理沙との想い出を育んでいく。その子供たちも、また同じ。
そうやって心ときめく楽しさは、いつまでも続いていくはずだから。限りある私の生を超えて、ずっと、ずっと。
博麗の家に生まれてよかった。巫女に成れてよかった。
魔理沙に出会うことができてよかった。彼女に愛されて幸せだった。
本当に、心からそう思うわ。
魔理沙がそこまで霊夢を愛していたのなら、同じ人間として共に逝きたいと思うんじゃなかろうか。
もっと魔理沙の心情が明らかなほうがいいです。
>>3霧雨魔理沙の話
>>4博麗の巫女の話
里の人間と慧音のときは数字のあとに一文字分空いてますが、この二つが空いてないのは何か理由が?
相手から話を聞くという話だから言ってる事が本心かどうかわからない
ぶっちゃけ魔理沙がさっぱり信用できない
あらゆる形に取れる、もっとしっかり書いてほしい
でもそれを織り込み済みで書かれてるのならいいもの
自分は完全に作者の思惑にハマってる
愚直な歪み、不誠実な純愛、あるいは斜め上のヤンデレ?・・・うーん、例えようが判らん。
形は歪だけれども、純愛ですかね。
>読んで下さった皆様へ
この度はお読みいただきありがとうございました。また、コメントを頂戴できて本当に嬉しく思います。
色々考えて書いたのですが、心情描写の不足を指摘されるあたり、やはり作者の力不足が否めません。もっと勉強させて頂きます。
これからもよろしくお願い致します。
>愚迂多良童子様
ご指摘ありがとうございます。
意図してのものではありません。後ほど訂正させて頂きます。
でも長い時間が経っても、魔理沙が異変とかかわり、それと同じくらい儚く移ろう人間とかかわり、
その度に喜び悲しむ人物であるという未来図は素敵なものに感じます。
代々魔理沙とかかわった博麗の巫女たちが幸せそうなのも良い。
霊夢を見ていた魔理沙にしかできないことですよね。
この話の魔理沙はいいな。
貴方の幻想郷を垣間見た気がします