その日、レミリアは絶不調だった。
昨晩どうにも寝付けず、気付いた時には殆ど貫徹に近い状態だったのだ。
「ふあ‥‥ねむひ‥‥」
「おはようございます。あら、ご気分が優れないようですね」
「んー、なんだか眠れなくてね。まあ、吸血鬼がこんな時間に起きるのもおかしな話なんだけど」
「もう暫くお休みになられては?」
「いや、今寝たらまた夜寝れなくなるから。ふあぁ‥‥」
重い瞼をこすりながら身だしなみのため鏡台に向かうレミリア。
尚この鏡、パチュリーの魔法がかかっており吸血鬼も映し出す優れものである。
魔法バンザイ。
「うわ、昨日お風呂の後すぐベッドに入ったから髪の毛バサバサ。えーと‥‥あら?」
「どうかしました?」
「そうだった。咲夜に言おうと思ってたのにすっかり忘れてた。ヘアワックスが切れちゃったのよね。買い置きあるかしら?」
「申し訳ありませんが‥‥」
「そうよねー‥‥ま、いいわ。咲夜のワックス貸してちょうだい」
「畏まりました。河童製薬のでよろしいですよね?」
「‥‥は?」
眠たそうながらも円滑に会話をしていた口を止め、そのまま咲夜の方に振り向くレミリア。
「ですから河童製薬ですよ。いいですよね?」
「‥‥キリサメワックスじゃないの? 魔理沙の実家の道具屋で作ってる」
「へ? 嫌ですわ、お嬢様。私が河童の作ったワックスを気に入ってるの、ご存知じゃないですか」
焦ったように苦笑いを浮かべて言う咲夜に、レミリアは溜め息を吐きながら首を振る。
「ああ、そりゃダメだわ。ワックスはキリサメじゃないと。咲夜? あなた、そんな訳の分からない物使ってるから新作で自機になれなかったのよ」
「なっ‥‥それは関係無いでしょう!? お嬢様こそ、霧雨道具店のだなんて古っ臭いの使ってるから皆にカリスマが漏れてるとか言われちゃうんですよ!」
「言ってくれるじゃない。主人に逆らう気?」
「だってお嬢様! 寝不足でイライラしてるのはわかりますけどねえ!」
この主従にしては珍しく真っ向から言い争う。
咲夜に至っては自機の座を逃した傷を抉られ、涙目になっている。
暫く言い争っていると、声を聞きつけたフランドールがやって来た。
「二人共、朝から何騒いでるの? 廊下まで聞こえて、妖精達がビックリしてたよ?」
「あらおはよう」
「フ、フラン様ぁ‥‥えぐ、えぐ‥‥うぅ‥‥」
「なになに? お姉様がキリサメで‥‥咲夜が河童製薬? ふんふん‥‥」
憮然とした表情のレミリアと既に本格的に泣き出している咲夜がフランドールに説明をする。
それを聞いたフランドールは二人の言葉にうんうんと頷き‥‥
「ダッサーい!」
大きな声で嘲るように言い放つのだった。
「ダサいよ二人共! 若い子の間ではワックスと言えば永遠亭! これで決・ま・り」
「え‥‥」
「永遠亭ぃ~!?」
ふふんと鼻を鳴らし、自慢の髪の毛をサラリと撫でるフランドール。
だが、そんなフランドールに納得のいかない二人が詰め寄る。
「フラン! あんた、そんな落語家みたいな名前の使ってるから周りに笑いを振り撒いちゃうのよ!」
「そうですよ!」
「ら、落語最高‥‥」
物凄い剣幕で圧倒されたフランドールは、シュンと小さくなってしまうのであった。
「‥‥納得いかないわ。他の子にも聞いてみましょう」
「そうですわね」
「まずはパチュリーでいいんじゃない?」
こうして三人は、ゾロゾロと連れ立って図書館を訪れた。
「パチェ! あなた、髪の毛のセットは何使ってる?」
「河童製薬ですよね!」
「永遠亭だよね!?」
「‥‥天狗印」
天狗印のヘアワックス。
主に里の中年女性が愛用する一品であった。
「そ、それじゃあ次は‥‥」
「めーりーん!」
パチュリーを加えた面々は、門まで文字通り飛んでいく。
その結果。
「え、私? 特に使ってないですよ?」
「やーい、仲間はずれ!」
「な、なんですかいきなり!」
こうして美鈴の一人負けという事でとりあえず事態は収まった。
が‥‥
「あら、もうこんな時間。食事にしましょう」
「今日の担当は‥‥」
「あ、私です」
「あら、あなただったの? 今日のメニューは何かしら。あなたの作る中では、オムライスが一番美味しいわよね」
食堂へ移動した一行を、一匹の妖精メイドが出迎えた。
主人であるレミリアとメイドが会話を交わし、普段ならばそのまま和やかに食事へと移るのであるが‥‥
「あらあら? お嬢様、何を仰っているんですか? この子のメニューでの一押しはコロッケですわ。ねえ?」
「そうよレミィ。従者の特徴くらい把握しておきなさいな」
咲夜とパチュリーが反論。
そこに‥‥
「ちょ、ちょっと! 何言ってるの? お姉様の言う通り、この子はオムライスが一番得意じゃない!」
「そうですそうです!」
フランドールと美鈴がレミリアに加勢。
事態は大きくなってきた。
「オムライス!」
「コロッケ!」
「オムライス!」
「コロッケ!」
敬愛する五人の言い争いにオロオロとうろたえている食事担当の妖精メイド。
しばらく事態を見ているしか無かった彼女だったが、ついに口を開いた。
「わ、私の得意料理はマカロニグラタンです‥‥」
「あなた達、正気なの?」
「はあ? パチェこそ部屋に篭りっきりで、どうかしちゃったんじゃないの?」
「そうですよ!」
「いやいや、なんでそうなるんですか!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「‥‥こいつらは、何をしているんだ?」
食後にも何かしらの話題を見つけ、延々と言い争いを続けている五人。
そんな面々を冷ややかに見つめているのは、里の守護者兼、寺子屋の教師。
最近ではフランドールのも世話になっている慧音だった。
「メイド長はお忙しいようですので、メイド長補佐の私がご案内させて頂きます」
と、妖精メイドの一匹に案内された先で見たのがこの光景だったのだ。
「はあ、どうも今日は皆さんの意見がことごとく食い違うようでして。朝からこんな具合に言い争いを」
「なるほど。では今は‥‥」
「クッキー!」
「ケーキ!」
「クッキー!」
「ビスケット!」
「お茶請けに一番合う菓子で意見が割れている、といったところか」
「そのようです。あ、お茶のお代わりをどうぞ」
呆れたように五人を眺めている慧音を、何事も無いかのように持て成すメイド。
どうやら、メイド長補佐の地位は伊達では無いらしい。
「あんたらねえ! そんな食い合わせばっかりしてるから、すぐにお腹壊すのよ!」
「お腹? お腹を壊したら‥‥」
「正露丸」
「ストッパ」
「正露丸!」
「ストッパ!」
「‥‥こいつら、すぐ腹を下すのか?」
「いえ、パチュリー様を含め、皆さんお腹はすこぶる頑丈です」
物を食べている最中にこんな会話を大声で交わされ、非常に苦い顔をする慧音。
「それでねえ! ウンチはこうやって拭くのよ!」
「違いますー、こうですー」
「前から!」
「後ろから!」
「やめんかぁーっ!」
直接的な表現をされ、ついに堪忍袋の緒が切れたのであった。
「まったくお前達は! 恥ずかしいと思わんのか!」
「うう‥‥」
「特に咲夜! 何が「こうですー」だ! 部下の見ている前で!」
「は、はい‥‥」
五人はその場に正座をさせられ、慧音の説教を受けている。
「そもそも、お前達が今更こんなにくだらない事で言い争うとは思わなかったぞ」
「それは‥‥」
慧音の言葉にレミリアが口を開く。
「朝からこんな調子で、全然意見が合わないんですもの。何か一つくらい、ピタリと一致させたいじゃない」
「それはまあ、なんとなくわからんでも無いがな‥‥」
拗ねたような口調で答えるレミリア。
そこに美鈴が口を挟む。
「しかし、考えてみれば私達って案外バラバラですよね」
「そうねえ。種族だって、吸血鬼に魔法使い、人間に謎の妖怪‥‥」
パチュリーの発言を聞いた面々は、それぞれのグループに分かれるように移動する。
「髪の毛も、ストレートに緩いパーマ‥‥」
続けて咲夜の言葉で同じように分かれる。
「格闘戦では一撃重視かコンボ重視か‥‥」
「‥‥‥‥」
美鈴の声で再び移動を開始するが、今回は動かない者がいた。
「あ」
「そういえば‥‥」
「‥‥私、アクションシリーズ出てない」
二つのグループの中央で膝を抱えて座るフランドール。
そんなフランドールを見て、一撃重視派のレミリアとパチュリー、コンボ派の咲夜と美鈴が歩み寄った。
優しく微笑みを浮かべて声をかける四人。
『やーい、仲間外れー』
結局、慧音の説教も空しく五人の口論は再燃した。
勿論フランドールへの仕打ちが原因である。
「鍋のしめにはご飯が一番じゃないの!」
「うどん!」
「ご飯!」
「朝はパンに限りますってば!」
「そうですよ!」
「あなた東洋系じゃないの! お米食べなさいよ!」
「こしあん!」
「つぶあん!」
「‥‥まだやってたのか」
「そのようですね」
あまりに長く続く争いに愛想を尽かした慧音は、メイド長補佐の付き添いの元、図書館で本を読んでいた。
が、戻ってきても未だに先と変わらない光景。
流石にげんなりとした慧音だった。
「‥‥しかし、これは問題じゃないか?」
「と、言いますと?」
「例えばだな、今のこんな状態で外敵が侵入してきてみろ。こんなにバラバラでは、相手が格下でも万が一があるぞ」
「ああ、そんな事ですか。でしたら何の問題もありませんわ」
「ほう? どういう意味だ?」
慧音の質問を聞いた補佐は、チラッと時計を確認する。
「もうこんな時間ですし、そろそろ締め時ですかね。慧音様? この方達の意見を見事に一致させるには‥‥ただ一言、こう問えばいいんですの」
そう言うと、補佐は言い争う五人の前にツカツカと歩を進める。
彼女の存在に気が付いた面々が一旦声を止めたところで、補佐はこう尋ねた。
「一つお聞きしたい事があります。皆様が大好きな、一番大切な場所はどこでしょう?」
突然の質問に目を丸くする五人。
しかし、間も無くその顔が笑顔に変わり、異口同音にこう答えた。
『もちろん紅魔館よ!』
と。
「なるほど、咲夜の補佐に選ばれるだけはあるな」
「いえいえ、それほどでも」
ようやく落ち着いた紅魔館で、慧音が感心したように言う。
しかしそれがいけなかった。
どれだけしっかりしていようとも妖精は妖精。
褒められて気をよくしたのか、補佐は余計な事を始めた。
「ちなみに、さっきの争いを再燃させるのはもっと簡単ですよ。こう聞けばいいのです」
「おい、よせ。やめてくれ」
「皆様! 白いご飯に一番合うおかずはなんでしょうか!?」
「納豆」
「梅干し」
「ノリの佃煮」
「生卵」
「なめたけ」
「‥‥ね?」
得意気な表情で振り返り、まるで褒められるのを待っているかのような補佐。
そんな姿を見た慧音は、迷う事無く帰宅するのであった。
ワックスのくだりがそのまんまで笑えました
おぜうさまが江口なら権田はだれぞ?
まあ、咲夜は親衛隊長みたいなもんだし
女でもワックス使いますよー短髪の人が多いと思うけど
私は整髪量はハードジェル派ですね。
ポマードはそろそろ幻想入りしそうな感じがする…
こいつら上層部の影響だ
でも美鈴はきっとそのままでもさらさら