雨の日。
重たそうな雲で覆われた空から落ちてきた雨粒が屋根や笹の葉を叩く音が響く昼下がり。
「死んじゃえ」
天気につられるように気を沈ませていたお姫様が、私に向かって唐突にそう言い放った。
居間でお茶を飲んでいる最中のことだったから、茶菓子を運んできた愛弟子がぎょっと目を丸くした。
「ひ、姫様、急になにを!?」
丸くした目を数拍置いてからわずかに吊り上げ声を上げたのは、私への敬慕が理由だろう。
この愛弟子は可愛い兎さんで、正確にはお姫様のペットであるのに、何故だか厳しく接している私のほうによく懐いた。
「ウドンゲ」
「は、はいッ」
名を呼べば、すぐさま答え背を伸ばす。
教えはあまりいいとは言えない頭ではなく身体に叩き込んである。
愛弟子の抱えた盆から煎餅を一枚摘んで齧りついた。
ボリボリボリボリ、ゴクン。
「黄な粉煎餅ね。美味しいわ」
にっこり微笑んで言ってやると、つられたのか愛弟子もへにゃりと笑った。
可愛い。
「それはよかったですっ。実は人里でも最近評判の」
「ありがとう、さがっていいわよ」
「え」
「ご苦労様」
可愛い、が、やはり頭の出来はよろしくない。
微笑を崩さぬまま見詰め続けると、視線に耐え切れなくなったのか愛弟子はへたれた耳をさらにへたれさせ、茶菓子を机に置いてすごすごと退室した。
それを見送ってから、机を挟んで対面に座っているお姫様へと視線を戻す。
「輝夜」
「……」
「かーぐーや」
「…………」
だんまり。
思わず笑ってしまう。
幼い頃から、この子はこうなのだ。
些細なことにも一々気を向けて、一瞬一瞬に様々な思考を転がして。
勝手に喜んだり、悲しんだり。
話好きではあるのだけれど、本当に大切なことを言葉にするのはひどく不得手で。
伝えたいことがあるときほど、無口になってしまう。
「……死んじゃえ」
空気に溶けて消えてしまいそうなほど小さな声でもう一度紡がれた台詞。
それが鼓膜に届いたのを合図に、私は腰をあげた。
六歩歩けば、貴女の隣り。
とすん、と座り込んで、横顔を覗き込む。
「ええ、死んだわ」
揺れる眼差しを見詰めながら。
「貴女に、何度も殺された」
発した声は我ながら蕩けきっていた。
また一つ煎餅に手を伸ばす。
顔の前まで持ってきて、しばし見詰める。
柔らかな黄な粉の色。
「退屈で、色のない世界も」
一口齧れば口に広がる、ほのかな甘さ。
「砂を食む食事も」
自然と頬が緩む。
「作り物の笑顔も。全部、貴女が殺したの」
お姫様の綺麗な顔が、躊躇いがちにこちらを向いた。
食べかけの煎餅を口元に持っていけば、小さな口で齧りつく。
ぽりぽりぽりぽり、こくん。
ぽすり、と胸元に押し付けられる頭。
指先が触れた瞬間。
ぴくりと震えるのが、ひどく愛おしい。
「――ねえ、だけど。だから。忘れないで」
恋しく愛しいお姫様。
私の、貴女。
「貴女を殺したのは、私」
「……っ」
息を詰まらせたお姫様のすべらかな頬に手をあて、顔を上げさせる。
千年の月日を重ねても、変わることのない美しい顔《かんばせ》。
なぞる私の指も、また。
「――私を殺したのも、私」
殺されて、殺して。
永遠の生《死》に身を沈めた。
「私が殺したのよ」
笑う。
死んじゃえ、なんて。
そんな言葉に、ごめんなさい、とか。
色々な気持ち、詰め込まなくたっていい。
貴女はなんにも、悪くない。
「……えーりんの、ばか」
ばかばか、ずるい、ばか。ばか!
何回も早口に、時々つっかえながら。
それでも、私の手を振り払わない貴女。
けして、嫌いなんて言わない貴女。
とても優しい、私の殺し屋。
理性が殺されるまで、あと数秒。
重たそうな雲で覆われた空から落ちてきた雨粒が屋根や笹の葉を叩く音が響く昼下がり。
「死んじゃえ」
天気につられるように気を沈ませていたお姫様が、私に向かって唐突にそう言い放った。
居間でお茶を飲んでいる最中のことだったから、茶菓子を運んできた愛弟子がぎょっと目を丸くした。
「ひ、姫様、急になにを!?」
丸くした目を数拍置いてからわずかに吊り上げ声を上げたのは、私への敬慕が理由だろう。
この愛弟子は可愛い兎さんで、正確にはお姫様のペットであるのに、何故だか厳しく接している私のほうによく懐いた。
「ウドンゲ」
「は、はいッ」
名を呼べば、すぐさま答え背を伸ばす。
教えはあまりいいとは言えない頭ではなく身体に叩き込んである。
愛弟子の抱えた盆から煎餅を一枚摘んで齧りついた。
ボリボリボリボリ、ゴクン。
「黄な粉煎餅ね。美味しいわ」
にっこり微笑んで言ってやると、つられたのか愛弟子もへにゃりと笑った。
可愛い。
「それはよかったですっ。実は人里でも最近評判の」
「ありがとう、さがっていいわよ」
「え」
「ご苦労様」
可愛い、が、やはり頭の出来はよろしくない。
微笑を崩さぬまま見詰め続けると、視線に耐え切れなくなったのか愛弟子はへたれた耳をさらにへたれさせ、茶菓子を机に置いてすごすごと退室した。
それを見送ってから、机を挟んで対面に座っているお姫様へと視線を戻す。
「輝夜」
「……」
「かーぐーや」
「…………」
だんまり。
思わず笑ってしまう。
幼い頃から、この子はこうなのだ。
些細なことにも一々気を向けて、一瞬一瞬に様々な思考を転がして。
勝手に喜んだり、悲しんだり。
話好きではあるのだけれど、本当に大切なことを言葉にするのはひどく不得手で。
伝えたいことがあるときほど、無口になってしまう。
「……死んじゃえ」
空気に溶けて消えてしまいそうなほど小さな声でもう一度紡がれた台詞。
それが鼓膜に届いたのを合図に、私は腰をあげた。
六歩歩けば、貴女の隣り。
とすん、と座り込んで、横顔を覗き込む。
「ええ、死んだわ」
揺れる眼差しを見詰めながら。
「貴女に、何度も殺された」
発した声は我ながら蕩けきっていた。
また一つ煎餅に手を伸ばす。
顔の前まで持ってきて、しばし見詰める。
柔らかな黄な粉の色。
「退屈で、色のない世界も」
一口齧れば口に広がる、ほのかな甘さ。
「砂を食む食事も」
自然と頬が緩む。
「作り物の笑顔も。全部、貴女が殺したの」
お姫様の綺麗な顔が、躊躇いがちにこちらを向いた。
食べかけの煎餅を口元に持っていけば、小さな口で齧りつく。
ぽりぽりぽりぽり、こくん。
ぽすり、と胸元に押し付けられる頭。
指先が触れた瞬間。
ぴくりと震えるのが、ひどく愛おしい。
「――ねえ、だけど。だから。忘れないで」
恋しく愛しいお姫様。
私の、貴女。
「貴女を殺したのは、私」
「……っ」
息を詰まらせたお姫様のすべらかな頬に手をあて、顔を上げさせる。
千年の月日を重ねても、変わることのない美しい顔《かんばせ》。
なぞる私の指も、また。
「――私を殺したのも、私」
殺されて、殺して。
永遠の生《死》に身を沈めた。
「私が殺したのよ」
笑う。
死んじゃえ、なんて。
そんな言葉に、ごめんなさい、とか。
色々な気持ち、詰め込まなくたっていい。
貴女はなんにも、悪くない。
「……えーりんの、ばか」
ばかばか、ずるい、ばか。ばか!
何回も早口に、時々つっかえながら。
それでも、私の手を振り払わない貴女。
けして、嫌いなんて言わない貴女。
とても優しい、私の殺し屋。
理性が殺されるまで、あと数秒。
輝夜可愛い!!
できる事ならもっと読みたかった・・・!
ええもん読ませていただきました。もっといちゃつけー。
うどんげにはまだ二人の仲は理解出来ないか
う~ん、青い、青いねぇ