Coolier - 新生・東方創想話

今そこにあるピチピチ

2011/05/11 23:33:13
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「魔理沙、このままじゃ埒が明かないわ。
 私が接近して結界で囲むから、援護お願い!」

 霊夢の聞いたこともない短絡的な声が、魔理沙の警報装置を発動させる。
 ヤバイ。見たことのない攻撃で、熱くなっている。

「待て霊夢! まだ何か隠しているぜ!!」

 そんな確信ではない、しかしそれより信頼できる肌でチリチリと感じる勘が、警告をしろと命令する。
 だが霊夢は銀の弾幕をかわし、敵の懐へ飛び込む。

 敵はニヤリと凶暴な笑みを浮かべ、右手を閃かせる。

 刹那

「い、ぎゃああぁぁぁぁ!!!」
「霊夢ーッ!」

 時に妖怪を屠り、神代の存在でさえ退ける紅白の巫女が墜落し、無様にのたうつ姿を魔理沙は目撃する。

 そして、追い詰められた魔理沙に弾幕が容赦なく襲い掛かった――


          ――◇――


 それは異変というにはあまりに地味で、しかし里の実生活へ即座に関わる程重大なものだった。

 ある日突然、川の水がしょっぱくなったのだ。

 最初は、味覚の鋭敏な者が薄っすら感じる程度。
 しかし最近は、無色透明の味噌汁を飲んでいるのかというレベルにまで塩分濃度が上がった。
 これではとても飲料水には使えない。

 そんな陳情を受けた慧音が、霊夢に相談した。

 幸か不幸か、異常のある川は妖怪の山から流れる大河、つまり多くの人間が使う川ではなく、それに連なるいくつかの支流の一本のみ。
 その川の水を利用する住民にはとりあえず人里から給水しているが、遠隔地かつ大勢の住民相手にいつまでも続けられることじゃない。

 里を離れることができない私の代わりに、川の源流を調査してくれないか。
 もしこの現象が大河にまで伝染したら、幻想郷は流れる恵みの横で渇水にあえぐことになってしまう。


 そして霊夢は、魔理沙と共に鮭よろしく川を遡っていた。

「何で、魔理沙もついて来てんの?」
「何だよ冷たいなぁ。私が霊夢について行くのに、いちいち理由がいるのか?」

 魔理沙が箒にまたがりながら、二重まぶたを作って霊夢に猫なで声を出す。
 霊夢がササッと空中で距離を取った。

「冗談だって。この川水は私も使うからな。もう赤飯より塩っからい白飯はたくさんなんだぜ」

 そう言って、魔理沙は眼下に閃々と流れる川へ視線を落とす。

 見た目は普通の川と大差ない。水は澄み、水面は一定の流速に不規則な波紋を描く。
 しかし、その川に生き物は居ない。
 淡水生物は塩分を嫌って逃げ出し、対応できないものは腹を出して浮かぶこととなる。
 そうなると、そこは外見が綺麗な不毛地帯と化す。

 二人はどちらともなく飛行速度を上げた。


          ――◇――


 点々と建っていた家屋も見えなくなり、魔法の森をも通り過ぎた先。
 今なお悠然と、雄雄しい姿を残す名も無き山が抱く原生林の中に、川の水源である湖が広がっていた。

 広さは、二柱の神が妖怪の山に持ってきた湖といい勝負。
 うっそうと茂る草木を分け入った果てにあるその湖は、森で迷った旅人にはオアシスに映るだろう。
 しかし、今の魔理沙の様にほとりで口をつけると、その渇きを加速させる味に理不尽を覚えることとなる。

「ぶえっ、しょっぱっ! 霊夢、ハンパないぜ」
「どうやら、ここが塩の出所で間違いないわね」

 霊夢は辺りを見回しながら答える。
 こんな大きな湖をしょっぱくするなんて、巨大岩塩でも落ち込んだのだろうか。しかし、目視ではそんな形跡は確認できない。

「とりあえず真ん中に行ってみましょう。原因があればよし。
 無かったら、そこから二手に分かれてぐるっと原因を探るわよ」
「合点」

 二人はさらに湖の中心を目指す。
 そして見渡す限りの青一色の世界に異物が混じったのは、飛び始めてからだいぶ経った頃だった。

「……何だあれ?」

 魔理沙が湖面の方を指差す。
 そこにあったのは四角い骨組み。
 大きさは真四角な家一軒くらいのものから、小さな部屋サイズのものまで様々。
 共通しているのは、同じ大きさの四角が6つないし8つ長方形を作る様に集合し、湖にプカプカ浮いていることである。
 またその骨組みの結束部分には板が張られ、連絡通路として使えるようだ。
 そんな骨組みのブロックが、湖水線上に所狭しと並べられ、不揃いな碁盤の目を連想させた。

 霊夢と魔理沙は目配せし、互いに警戒しながら一区画の板の上に降りる。
 グラグラ揺れると思ったら、案外しっかりとしていて難なく着地できた。
 霊夢はすぐに周りを注視する。が、湖上は不気味な程静かだ。

「おい霊夢! 見てみろ!」

 ふと、魔理沙が興奮した声で霊夢を誘う。
 霊夢が振り返ると、魔理沙は足場にかがみこんで骨組みの内側を覗いていた。
 霊夢も同じようにしゃがんで水中を見る。

 その紺青の奥の光景に、息を呑んだ。


 そこには蠢く無数の楕円形をした影。
 魚、魚、魚。今まで見たことがない魚の大群だった。

 しかも霊夢や魔理沙、いや幻想郷の住民には馴染みがない青い背に銀鱗を閃かせて、別の大きな生き物の様にゆったりと泳いでいる。
 イワシの群れだ。その一匹一匹はちっぽけな小魚の壮大な隊列に、二人は圧倒される。

 霊夢はここで、この足場兼骨組みの意味がわかった。
 この足元に網を張って、魚が逃げない様にする生簀という物だ。
 川で小魚を獲る仕掛け籠の馬鹿でかいものに近いわね、と霊夢は納得する。

 霊夢が隣を見ると、魔理沙がまるで新しく買ってもらう玩具を選ぶ子供の様に、好奇心で目を輝かせていた。
 無理もない。霊夢だって柄でもなく気分が高揚している。
 魔理沙は小走りで隣の骨組みを覗き込む。
 そこには大きさがすこし違う魚の群れ。またその隣は赤っぽい色の魚が平然と泳いでいた。
 二人は縦横に張り巡らされた足場を駆けて、揺らめく水中の魚を観察する。

 例えて言うなら、津々浦々の魚屋を集めた見本市の様だった。
 大きい魚、小さい魚。細長い魚にまん丸な魚。小さい網の中には海老や蟹。
 何本も縄がぶら下がっていると思ったら貝を大量に縛っていたり、壺が沈んでいるその中にはタコが隠れていたり。

 これでもほんの一区間なのだ。全体の魚介類の数は推して知るべし。
 魔理沙はポンと手を打ちこう推測する。

「わかった! きっとここで魚を飼育しているんだぜ」
「随分スケールの大きな金魚鉢ね」
「私もやってみたいぜ。森まるごと全部使って茸の栽培とか」

 珍しい物を見物して浮かれる魔理沙に、霊夢は深刻な表情で釘を刺す。

「それは、元々魔法の森で茸の育成ができる環境だから言えること。
 これ、ほとんど紫がたまに持ってくる魚に似ているわ。海で獲れる魚よ。
 間違っても湖じゃ生きられないから、わざわざ手間かけてこの水を海水にしてるのよ。
 どうやったかは知らないけど、魚のために淡水の湖を海水に変えるなんて、茸栽培するために森を全部焼き払って灰を肥料にする様なもんよ」
「焼畑じゃ茸は無理だが……私も事の重大さは理解しているぜ」
「とにかく、この生簀の持ち主を探しましょう。それから――」

 語尾がおぼつかないのは、霊夢が何かを感じ取ったからだ。
 巫女の第六感がむずむずと、何かしらの厄介事が近くに迫っていることを告げる。
 魔理沙も不穏な空気を気取ったのか、八卦炉に手をかける。

 どこだ。どこから来る……

 足元では悠々と魚がヒレを躍らせスイスイ泳いでいる。ずんぐりとした影が、スッと移動した。

「霊夢! 危ない!」

 魔理沙がそう叫んで霊夢を突き飛ばすのと、銀色に輝く刃が足場にカカカッと硬い音を立てて突き刺さるのは、ほぼ同時だった。
 霊夢がそのまま立っていたら、硬い音は人体に刺さるくぐもった嫌な水音になっていただろう。

 二人はその場から飛びのく。

「くっ、罠!?」

 霊夢が警戒レベルMAXで声を荒げるが、二人を狙う様に再び銀閃が足場に刺さり並ぶ。
 この場に居ては不利だと、二人は反射的に空に飛び上がる。

「魔理沙、大丈夫?」
「ああ、なんとかな。ったく聞いてないぞ、生簀に侵入者撃退機能が備わっているなんて」
「そんなもん付いているのは、番所とお化け屋敷ぐらいよ。
 持ち主はここに居るみたいね。友好的な歓迎は望めないけど」

 霊夢が面倒なことになったと嘆息すると、魔理沙の箒に先刻の刃物が刺さっていることに気づいた。
 それは忍者が使うクナイの様な形で、ギラギラと凶悪な銀光沢を放っていた。
 流れ弾が当たったのだろう。
 霊夢が手がかりとしてそいつを引っこ抜くと、手の中でビチビチと暴れる。


「「んっ!?」」

 二人はそのイキのいい武器の正体を見破って、一瞬思考がフリーズする。

 某紅魔館メイド長のナイフのごとく鋭い切っ先に、磨いた様にきらびやかで精緻な銀鱗。
 炭火で焼いて大根おろし、すだちまで用意したらそいつは出来る奴だと大絶賛。
 由緒正しき庶民が愛す、秋の味覚の大関といえば?


「「さ、サンマァァァ!!?」」


 正解。


          ――◇――


 状況は、混迷していた。
 殺気のこもった攻撃を受けてみれば、その飛び道具はまごうことなきサンマ。
 百戦錬磨の巫女と魔法使いとて、空飛ぶサンマと対峙する経験など微塵もないので対応に困った。
 いや一般人でも対処に苦しむだろうが、とにかくこのデンジャーサンマの殺傷能力は、硬質な箒の柄を貫くくらい洒落にならないと理解した。

「魔理沙。あんたサンマの恨みを買うなんて、どんなマネしたの……」
「魚類に恨まれる筋合いはないんだぜ。食われた恨みで牛に突進されて、キャベツに追いかけられたことは無いしな。
 ここは常識的に考えて、サンマを生簀の持ち主が投げつけていると考えるのが妥当だぜ」
「サンマを投擲するのは常識的なのかしら?」
「湖で大規模に好き勝手した挙句、いきなり奇天烈な攻撃をかます奴程じゃないぜ」

 そう魔理沙は毒づくと、八卦炉を構えて水面を凝視する。
 魔理沙には攻撃元が見えていた。そして、次も同じ手を食う愚は犯さない。

 やや大きめな生簀に不自然なさざ波が立ち、サンマが発射された。

「そこだっ! マスタースパァァク!!」

 ゴゥンという低い音と共に、レーザーの精度を備えた大砲並の破壊力を持つマスタースパークが、生簀の真ん中に突き刺さる。
 派手な水しぶきが上がり、発生した波が他の生簀を翻弄する。

 光線が収束すると、霊夢達に到達する前にマスパに巻き込まれてこんがり焼けたサンマ数匹が、ポチャンと落ちて元の生簀に帰っていった。

「やったの!?」
「ああ、やった!」

 魔理沙が手応えあり、と不敵な笑みを浮かべる。だが


「――やってくれたな」

 そんな虚ろな声が、水中からゴボガバと聞こえてくる。
 そしてまだ揺れる生簀の中に水柱が立ち、中から人型の生き物がトビウオのように空中へと舞い上がった。
 そして前方3回転1ひねりしてから両人の滞空する高度に到達し、霊夢や魔理沙をねめつける。


 霊夢は、まず水中に敵が潜んでいてサンマをそこから飛ばしていたことより、その奇異な姿に驚きを隠せない。
 背は低め。顔の半分を密着型の眼鏡が覆い、口には管。俗に言うスキューバセットという奴であり、お陰で顔は全くわからない。
 起伏の少ない全身は、ピッチリと肌に張り付く銀色の全身タイツで包まれている。
 頭には頭頂部がとがった謎のヘルメットを被っていて、勿論色はテッカテカの銀色。

 しかし、これがただの変人だったら霊夢は戦闘モードのスイッチが入らない。
 相手の体つきは小柄だが、無駄な肉は無く鍛え上げられた肢体だと感じる。空中での身のこなしも軽やかだ。
 隣の魔理沙だって「ようやく本体のお出ましだぜ」なんて余裕そうだが、必殺のマスパをよく狙えない水中に放ったとはいえ、眼前の敵がかすり傷さえ負っていない事実に冷や汗を一筋流す。

「アンタ何者?」

 霊夢が無駄だろうと思いつつ問いかける。
 すると、謎の銀ピカ星人が管をパコッと外す。

「俺か。俺の名は――」

 あ、答えてくれるんだ……。霊夢はやや拍子抜けする。

「俺の名はフィッシュ魚住! 得手は魚! 能力は淡水と海水を互換する程度だどうだまいったか!!」
「いや、まいったかと言われても……」
「自分で攻略のヒントをベラベラ喋るなんて、親切なやられ役なんだぜ」

 腕を組み自信たっぷりなフィッシュ魚住に、二人の警戒ゲージと戦闘のモチベーションがちょい下がる。
 かなりの猛者かと思ったが、もしかして只の阿呆なのか……
 でもこの会話で、魚住の奇抜なコスチュームが魚を模しているとわかった。
 成程、サンマ手裏剣(仮名)使いとしては理に適ったチョイスである。実にどうでもいいが。

「それじゃ、アンタね。この湖を傍迷惑な養殖池にしてくれたのは」
「いかにも。どうだ、素敵なアクアリウムだろう。
 この地には信じられんことに海が無いらしいからな、苦労して造ったんだ。
 それでも毎日水質管理が欠かせないから大変だ。あと貴様らの様な泥棒対策もな」

 その言葉に、カチンと来た魔理沙が口を開く。

「飲み水までならず、私達が食う川魚まで駆逐したんだ。食料を泥棒されても自業自得だぜ。
 アクアリウムだか悪性リウマチだか知らんが、お前がその能力を駆使しまくってるせいで、私は塩分過多で今すぐ血管が切れそうなんだ。
 焼き魚になる前に、さっさと下流に逃げた方が利口だぜ」

 魔理沙の挑発めいた軽口に、魚住はギリと歯軋りをする。

「貴様! 何故私の能力をっ!? さては心が読めるのかっ!?」
「さっき自分で言っただろうが!」
「え? ……あ、ホントだ……って貴様!! よくも俺に恥をかかせたな!
 クソウ、魚類舐めやがって……後で後悔させてやる!」
「それはアンタの勘違いだし、二重語よ」
「やかましい!! こうなったら覚悟しておけ。
 武器の魚介が無尽蔵にある俺のフィールドで戦って、勝ち目があると思うなよ。
 細切れにして魚のエサにしてくれるわ!!」
「上等。霊夢、喜べ。晩のおかずは皆まとめて海鮮煮だぜ」
「骨取るの面倒臭いんだけど、塩加減は丁度良さそうね」

 空中で地団駄を踏んで怒った魚住が発した開戦宣言を、霊夢は渋々と、魔理沙は好戦的に受理する。
 こうして、湖上での弾幕ごっこの火蓋は切って落とされた。


          ――◇――


「先手必勝! 受けてみろっ!」

 魔理沙が初手で力を見せ付けるかの如く、大量の星型弾を展開させる。
 そして、それらが一斉に高速で魚住へと向かう。
 こっちに向かって落ちてくる流星群を思わせる苛烈な攻撃だ。
 だが一定の隙間が連なっていて、魚住は焦るそぶりも見せずに弾幕の隙間をまるで泳ぐ様にスイスイ避ける。

 でも、それは罠だった。

 魚住は魔理沙に誘導されて狩場、いやこの場合は漁場に追い立てられたのだ。
 魔理沙はそこを外さず細いレーザー光線を発射する。
 魚住がレーザー光の直撃コースに入った。

 が、

「甘いわぁ!」

 魚住が突然レーザーに正対したかと思うと、下方の生簀から飛び出した平べったい物体を右手につかんだ。
 そして庭球のラケットの様に腕を薙ぎ、レーザー光をあらぬ方向へ弾き返す。

「な、何だってぇぇぇ!!」
「フハハハハ! 見たか、えら呼吸の底力を!」

 魔理沙が驚愕するのも無理はない。
 魚住の手には、これまたピチピチと茶色く煮付けが美味な魚。
 何と、ヒラメでレーザーを跳ね返したのだ。
 これには魔理沙も納得できずに魚住へ食って掛かる。むしろ、こんなのを納得したら魔法使いの沽券に関わる。

「待てマテ待て!? こんなの肺呼吸でも無理だろうがっ!」
「フン、水中で息継ぎ無しに半刻と生きられない下等生物と一緒にされちゃ困る。
 海洋類とは! カジキの早きこと風の如し!
 ヒトデの静かなること林の如き!
 カワハギの伊勢えびに対する捕食のえげつなさ火の如し!
 そしてオニダルマオコゼの動かざること山の如しだ!
 そんな至高の生命体に不可能など存在しない。負け惜しみしないで、受け入れろ」
「んなの認めてたまるかぁ!! 光撃『シュート・ザ・ムーン』!」

 意味不明な理論をブチ上げた魚住に、魔理沙が猛る。
 まさに人間の尊厳を賭けて、魔理沙が渾身のスペルを発動する。
 そこらじゅうに夥しい星がばら撒かれ、レーザーが飛び交う。しかし

「無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!」

 魚住は、ヒラメを高速レーザーの先端にさらに高速で正確に振りぬき、軌道を曲げて逃げ道を確保する。
 無論、弾幕も避けつつ行う驚異的な反射神経と身体能力を見せ付けながらである。
 結果、何十本というレーザーが空振りに終わった。

「どうした、もう終わりか? まだ俺は縁側しか使ってないぞ、んー」
「くっ」
「魔理沙、下がってて。次は私ね」

 余裕綽々で哄笑する魚住の前に、霊夢がずいと出る。
 霊夢は珍しく緊張した真剣な面持ちだ。
 今までの戦闘を観察し、心中の評価を只の阿呆から、質の悪い阿呆に刷新したからだ。

 コイツ、何もかもふざけているけど……できる。

「おやおや次は巫女さんか。まだ魚の恐ろしさが足りない様だな」
「アンタこそ、塩害に苦しむ人間の反撃を想定する頭が足りないんじゃない?」
「ほざけ。俺と魚の三位一体のスペルを食らって、まだ減らず口が叩けるかな」
「一個足りないわよ」
「ん? 残りは……えーと、ワサビ醤油だ!」
「それ、食らってんのはアンタじゃない」
「ええい! ゲソ天好きみたいに揚げ足ばっかり取るんじゃねぇ!!
 出でよ我が友! 集撃『サーディンランアタック』!」

 そう叫ぶやいなや、魚住の真下にある生簀の水面が小山の形に盛り上がる。
 そして山の頂上が放射状に裂け、まるで噴火の様に飛沫が放散する。

 その中から躍り出たのは、大量の小魚。
 最初に見たイワシの大群だ。
 イワシはグルグル渦を描きながら巨大な鞠の様に陣立てをして、魚住の背後に浮かび上がる。
 次の瞬間、魚群が銀色の紗幕を広げた様に霊夢に向かって襲い掛かる。

 だが、霊夢は眉一つ動かさない。

「何かと思えば、単なる散弾じゃない」

 霊夢はそう独りごちると、空隙に身を滑り込ませる。
 しかし、その判断は甘かった。

「サーディンサイド! 横から攻めろぉ!!」
「何ィッ!?」

 魚住が指示を飛ばした途端、真っ直ぐバラバラに突撃してきたイワシが突如隊列ごと方向を変え、あっという間に横から飛んでくる。
 よく訓練された兵隊の行軍もかくやという機敏な集団行動に、霊夢は面食らう。

 一端体勢を立て直そうと逆方向に逃げたら、そちらにも緩急自在についてくる。
 ならばと思い切って弾幕に飛び込んだら、あっと言う間に銀の紗幕が目の前で2つに割れ、容易く背後に回りこまれてしまった。
 どれもこれも魚住の指揮で、霊夢は右に左に振り回される。

「ちょ!! 何この弾幕!? チームプレイができるなんて」
「ダーハッハッハ! 翻弄されるがよい。
 イワシはな、魚偏に弱いなんて不名誉な漢字を当てられたが、集団でやり過ごすことで天敵の大魚相手に生き延びているんだ。
 こーゆー弾幕ごっこには最適の能力だな」
「この! 神霊『夢想封印 散』!」

 ついに霊夢も、イワシ相手に四方八方に御札をばら撒くスペルを発動する。
 危機を脱出すると同時に、イワシも大量の御札に阻まれ絡め取られる様にあっさり落下していった。

「ほほう、そこの魔法使いと違って、ちょっとはやる様だな」
「ぐぬぬ。何この子供相手に全力で腕相撲して、辛くも勝ったことを喜べと強要される感じ」

 霊夢が憤懣やる方ないといった様子で不満を吐き出していると、魔理沙が寄ってきて耳打ちをする。

「マズイぜ霊夢。完全にアイツのペースだ。
 もう卑怯もへったくれもなく、二人がかりで攻めようぜ。大儀はこっちにあるんだからな」
「……あんなの相手に不本意だけど、致し方ないわね」

 密談がまとまり、今度は二人揃って魚住と向かい合う。

「ハッ! 一人で駄目なら二人ときたか。プライド無いのか、貴様らは」
「こっちが二人なら、アンタは数百匹でしょうが。ま、意思疎通できてるかは怪しいけれど」
「見縊るなよ小娘。私と魚は一心同体。
 すなわち! 俺は魚! 魚は俺! 俺と魚達は確かな友情と信頼という絆でガッチリ結ばれているのさ!」
「そこまで愛してんなら投げるなー!!」

 魔理沙のツッコミ一閃、第二ラウンドが開戦する。

「夢符『封魔陣』!」
「もういっちょ! 恋符『マスタースパーク』!」

 のっけから豪華なスペルを大放出する二人。
 一見豪快だが、御札で動きを制限し魔砲でピンポイント狙撃という連携の取れたえげつない策である。
 案の定魚住は身動きがとれず、得意のイワシ弾幕も御札で相殺されまくっている。

「あ、ヤバ……」
「今度は細いレーザーじゃなく極太マスタースパークだぜ。ヒラメで返せるもんなら返してみろ!」
「わっ!? ま、待て! えーと、エイバリアーンは駄目っぽいし……あーもう! もっとデカくて平たい魚……」

 いきなりのコンビプレイに、魚住は動揺し防御がもたつく。
 そこをゴゥゥンと並の妖怪が震え上がる破壊の足音が空気を揺らし、魚住に突き進む。
 作戦を立てた上、有視界で放たれたマスパ相手に回避行動は不可能。

「ギョギョギョーーーッ!!!」

 ぴちゅーん、という聞いた人間が虚脱感に苛まれる音が、珍奇な悲鳴と共に山中に幽谷響する。
 ついに魚住は直撃を受けたのだ。

「よっしゃー!」

 魔理沙は片腕を突き上げ勝利を確信した。
 マスパの余韻が静まれば、哀れ黒焦げどころか消し炭となった魚住がハラハラと墜落してバッシャーンという水音が

 しない。

「あれ?」

 魔理沙はずっと生簀の方を見つめていたため、いつまでたっても落下物がないことを不思議に思う。
 だが、ふと視線を上げるとマスパが通り過ぎた、さっきまで魚住がいた中空に煤けた楕円形の物体が浮いていた。
 大きさは神社の賽銭箱くらい。深皿を二枚張り合わせた凸レンズの形に似ているが、上の皿は緩やかに波打っている。

「……まさか」
「嘘だろおい……」

 二人の嫌過ぎる予想は、このすぐ後に現実のものとなった。
 丁度真っ黒な皿のふちに当たる部分に、波形の切れ目が入る。
 かと思えばどんどん切れ目は広がり、上皿が蓋を開ける様にゆっくりと持ち上がる。
 その象牙色の裏面があらわになった時、二人は呆れるほどのしぶとさに感嘆さえ漏らしてしまう。

「……まさかこの俺に『シャコシェルシェルター』を出させるとはな。
 だがぬるい! 規模の大きさは太平洋に負け、力強さは日本海に劣るっ!
 オホーツクの流氷に乗っておととい来やがれ! フォーフォフォッ!!」

 そう魚住は、巨大なシャコガイの上で胸を張って啖呵を切る。
 魚住は、このお化けシャコガイの貝内に身を小さくたたんでひたすら耐え、最大攻撃をあっさりスルーしたのだ。
 そしてこのドヤ顔である。
 構図は名画ビーナス誕生とシンクロしているが、そこに佇むのは陽光をスーツでキラリと反射させて、小さな虹を作り出してる魚住。
 敢えて言おう、反吐が出ると!

 だが、よくよく見ると足がガクブル震えている。
 ひょっとして、結構テンパっているのか……大口もギリギリで助かった興奮を誤魔化している様な風情だ。

 だったら、その精神状態を突かない道理はない。
 魔理沙はさらに判断力を鈍らせようと、魚住に余裕の声をかける。

「あーあ、防がれちまったなー。でもその防御法はそう何度も使えないんじゃないか?
 こっちは連射も可能なんだぜ。なんなら何回でシャコガイがオシャカガイになるか試してみるか?」

 要するに次やったら殻ごと死ヌルまでぶっ飛ばす、という悪魔の所業を宣言する魔理沙に、魚住は虚勢で言い返す。

「は、はんっ! 無駄な脅しだな。俺にはまだ108個のシャコガイがある!!」
「イヤありすぎだろ! どこにあるんだ。どこに」
「知らんのか? ラッコは腋の下の皮膚がだぶついていて、ポケットの様に餌の貝やそれを割る石ころを挟んでおくんだ」
「腋の下か!? 腋に挟んでるっていうのか魚住!!? お前の腋は四次元か!?」
「魔理沙、あんまり腋ワキ連呼しないで。こっちが恥かしいわ」
「腋丸出しの霊夢が言えるのかそれ?」
「魔理沙の腋もこうしてくれるわ!」
「だーっ、落ち着け離せっ! 強制ノースリーブとか意味不明だぜ」
「おい、仲間割れしている場合か。カルシウムが足りないんだよ。小魚食え、小魚。いりことか」
「お前が言ったら共食いじゃないか!!
 大体スペルの名前韻を踏みすぎなんだよ! 活字にしたら読みづらいぞ!
 後、例えがこだわり強すぎて全くわからん! それから高笑いに統一感がないんだよ!
 どうだ、何とか言ってみろ魚住!」
「甘エビって、雄が成長すると雌に性転換するらしいな。貴様もその口か?」
「三枚に下ろされたいのかお前は!! 口調は仕様だこのばかちんがっ!!」
「はい、海水温度が上昇した所で 魚群『激熱リーチ』!」
「げぇっ! ツッコミに夢中の隙をつかれたっ!」
「何やってんのよ魔理沙ぁぁぁ!!」

 逆に精神を揺さぶって、魚住は勝負に打って出る。
 魚住が高らかにスペルを発動した途端、湖の水面全体が沸騰した様に泡混じりの飛沫が発生する。
 直後、水の中からありとあらゆる海洋生物が、弾道ミサイルもかくやというスピードで飛び上がってきた。

「「どわぁぁぁっ!!」」

 海老、アンコウ、サメ、蟹、黄縞の熱帯魚にハリセンボン。海亀やマナティーまでごちゃ混ぜになって突貫してくる。
 さすがの両人も、真下から対空砲火の如く浴びせられる攻撃には慣れていないのか、避けるのに必死だ。

 とその時、サメが凶悪な歯並びの大口を開けて霊夢に襲い掛かる。

「霊夢、右だっ!!」

 霊夢は魔理沙の声とほぼ同時に体をひねり、サメの餌食から逃れる。
 だが、魚住がニヤッと笑みを浮かべた。

 その時、べちべちべちん! と湿った衝突音が響き、霊夢の視界が暗転した。
 と、弾幕も静かに収束する。どうやら魚住が首尾を見届けたいらしい。

 霊夢が、少しくぐもった声で魔理沙に尋ねる。

「……魔理沙、何が見える?」
「……タコが三匹、霊夢に貼りついているぜ」

 魔理沙は務めて客観的に、目に映る屈辱的な光景を説明する。
 真っ赤なタコが、霊夢の顔と頭にこれでもかと吸い付いている。
 24本の足がグネグネとウェーブし、ぬめった赤毛がたなびいているみたいでかなり気持ち悪い。
 そんな滑稽な状況を作り出した当の本人は

「うぉっほー! 確変大当たりぃ!」

 膝を叩いて大笑い。明らかに遊んでいる。

 霊夢は気まずくて押し黙る魔理沙を尻目に、黙々とタコを引き剥がす。
 タコ独特のぬめりと吸盤の圧力に苦戦しつつもタコを放り投げ、その後一言。

「トサカにきたわよ!」

 吸盤の痕が点々とついた顔が、静かに憤怒の色へと染まる。
 両の手に溢れんばかりの御札を握り締め、霊夢は言い放つ。

「魔理沙、このままじゃ埒が明かないわ。
 私が接近して結界で囲むから、援護お願い!」

 霊夢の聞いたこともない短絡的な声が、魔理沙の警報装置を発動させる。
 ヤバイ。見たことのない攻撃で、熱くなっている。

「待て霊夢! まだ何か隠しているぜ!!」

 そんな確信ではない、しかしそれより信頼できる肌でチリチリと感じさせる勘が、警告をしろと命令する。
 だが霊夢は銀の弾幕をかわし、敵の懐へ飛び込む。

 だが魚住は、この時を待っていたとばかりに凶暴な笑みを浮かべ、右手を閃かせる。

 刹那

「い、ぎゃああぁぁぁぁ!!!」
「霊夢ーッ!」

 時に妖怪を屠り、神代の存在でさえ退ける紅白の巫女が墜落し、無様に足場の上でのたうつ姿を魔理沙は目撃する。

「お前! いったい何をした!?」
「フッフッフ、別に。ただこれらをプレゼントしてやっただけだ。
 丁度開いていた腋から服の中に、な」

 魔理沙は魚住の手に握られた生物群を見てゾッとする。

「何て……何てことを!」

 再度魔理沙は霊夢を見やる。そこでは霊夢が

「嫌! やっ! ちょっとまっ、あひゃあ! そ、そこはにゃ!! く、くすぐったいにゃははははは!!」

 おかしな嬌声を上げながら、胸元をはだけ袴をたくしあげたあられもない格好で、中で蠢く生物を掻き出していた。
 服の内側で棒状の物が蛇の様にぐねぐね這っていて、所々からてらてらと下品なテカリが発生している。

「ウナギ、ナマコ、もずくにアメフラシ。そーら、暴れるほど奥に入っていくぞ~」
「うわぁ……って汚いぞ!! 色んな意味で!」
「どこがだ。言っとくが、あの粘りで養殖物だからな。天然物はもっとすごいぞ」
「いらんわ! そんな情報!」
「ぎゃああぁぁぁぁ! なんかナマコが大量の糸吐いたわよぉぉ!」
「ああ、それはキュビエ器官といって、ナマコの内臓だ。主に刺激を受けると吐き出し相手に絡ませるんだ」
「うおえぇぇぇ!!」

 楳図かず○ばりのタッチで絶叫する霊夢。
 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図に、魔理沙は戦慄する。

 イヤだ……こんなの絶対ピチュりたくない……

「どうした? さっきまでの威勢はどこにいった?」
「な、なんだよ。そ、そんなの、接近しなけりゃ全っ然怖くないんだぜ」
「へぇー、そういう強がりを言うんだ。だったら、俺の魚群を全部これに換えてもいいんだよ」
「んなっ!? そ、そんなことが」
「できるんだなぁ、これが!」

 それは魔理沙にとって死刑宣告にも近い残酷な事実だった。

 魚住が右手でサインを作った途端、生簀の真ん中が盛り上がるのは同じ。
 ただ、せり上がる群の色はぐちゃぐちゃと絡み合う黒と灰と蛍光色が少々。
 おまけに滴る水は、ぬとーんと粘性たっぷりに糸を引く。
 そんな最終兵器ぬめりが、魚住の背後へ後光の様に配置される。

「ヒャッハー! 今日も絶好調のぬるぬる加減だ!」
「あ、ああ、あああ……」
「バイバイ魔法使いさん。ねちゃねちゃの海に沈みなぁ!!」

 あまりのグロテスクさに身が竦む魔理沙。
 そこを逃さずネトーっと、まるで辺り一帯を包むように膜を張る、いわばドーム型弾膜が完成し、眼前一杯に広がる。

 そして逃げ場を失い、追い詰められた魔理沙に弾幕が容赦なく襲い掛かった――


          ――◇――


 魔理沙が粘液まみれでベタベタの自分を想像した瞬間、突如天の一角から雷鳴が轟き、稲妻が弾膜を穿った。
 その衝撃波は、弾膜をシャボン玉を割るかの様に易々と消滅させる。
 ついでに湖に落ちた余波が水煙をあげ、足場で著しく鬱状態に陥っていた霊夢の体を綺麗にすすいだ。

 そして、稲光に気を取られていた魔理沙と魚住の間に、圧倒的な威圧感をもった一人の偉丈夫が現れた。
 その人物を例えるならば、二本足で空中に浮かぶ戦車だ。
 はち切れんばかりに分厚く盛り上がった筋肉が長身の体躯を覆い尽くし、眼光は剃刀の様に鋭い。
 何故か魔理沙の頭には、世紀末救世主というワードが浮かんだ。

「き、貴様何者だ!? そこの二人の仲間か!?」

 ある意味切り札のスペルを破られ、狼狽した魚住が問いただす。
 だがその質問に魔理沙が首をぶんぶんと横に振る。
 魔理沙も知り合いは多い方だが、こんな邪魔する奴を指先一つでダウンさせそうな漢は存じていない。

「俺は、元北海道在住の漁師。名は……ケンゴロウ」
「げ、ゲンゴロー?」
「拳五郎だ。俺はケツに空気を溜めることはできない」

 魔理沙のやや失礼な聞き違いにも、丁寧に返す拳五郎。
 よく見ると、拳五郎のスタイルは真っ黒なゴム長靴に同材の胸まで覆う前掛け。スキッとさわやか角刈り頭の額に、きりりとタオル地の鉢巻。
 成程、確かに漁師の格好だ。
 しかし漁師が何故? その答えを拳五郎が滔々と語り始める。

「俺はいつもこの湖で魚を獲って生活しているが、最近さっぱり成果が上がらない。
 よもやと思って湖の真ん中まで調べに来たのだが、空では決闘が繰り広げられているではないか。
 ビリ漁のための蓄電器を持ってきたのは、どうやら正しかったらしい」

 そう重機が唸る様な重々しい声質を魚住に向け、拳五郎はぎしりと筋肉を硬直させて拳闘の構えを取る。
 途端、その身体から立ち上る荒々しい闘気に魚住は怯み、少し後ろに下がる。

「き、貴様もそこの泥棒に味方するというのか!?」
「いたいけな少女の悲鳴が聞こえた……助けを求める者を区別などしない!」
「そうか……なら食らえっ!!」

 魚住の両手が閃いたかと思うと、高速の風切音と共に銀の鋭棒が二本拳五郎に突き進む。
 最初に放ったサンマの投げナイフだ。
 魔理沙が「危ない!!」とフォローに入ろうとする。

 だがそれより速く、飛矢にも比肩するサンマが拳五郎に刺さ……らなかった。

「へ?」

 魔理沙は目が点になる。
 二本のサンマは突き出された拳五郎の手の指の間に挟まって止まっていたのだ。

「なっ!?」

「――ホッケ真拳を甘く見るな」

「「な、何それぇぇ!!?」」

 魔理沙と魚住の絶叫がハモる。
 だがそれを意にも介さず、拳五郎はいそいそと腰に結わえてあった魚篭に戦利品のサンマを入れる。
 おそらく晩のおかずに、塩焼きか煮付けにでもするのだろう。

「くっ! ならば、俺の魚達の攻撃を受けてみろ!」

 魚住はイワシを基調とした魚群弾幕を拳五郎に差し向けた。
 乱舞する魚達が拳五郎に迫り来る。

 だが拳五郎がカッと目を開いた途端、魚達は空中で急制動し、蜘蛛の子を散らす様に拡散して生簀に逃げ落ちていった。
 これには魚住も激昂する。

「なあっ!? 何故だ、何故言うことを聞かない!?」
「魚達はわかっているのだ。自分が漁師に楯突くとどうなるのか、その末路をな。
 その気持ちも汲み取れないで突撃させるとは、お前が本当に魚と通じ合えているとは思えない」
「お、俺は魚を愛している!」
「笑止! お前には聞こえないのか。無理矢理空中を泳がされ、待つのは死か、また弾幕として突撃させられる恐怖の明日しかない魚達の慟哭が……」

 拳五郎は拳を構えながら、ゆっくりと魚住に近寄っていく。
 その動きはあくまでも自然体。
 自然体であるがゆえに自在。
 自在ゆえに無想。

「そもそも食べ物を粗末にしている時点で、お前はもう死んでいる!」

「くっ……」

 完璧に迫力負けしたのか、魚住は再び後退さる。

 すごい。
 魔理沙は、肩まで震えそうな拳五郎のオーラを少し後ろで浴びながらこう想起する。

(この人……愛だの思いだの説教垂れてるけど、魚を食い物って言い切ったぞおい!)

 しかし魚住にだってプライドがある。漁師に気圧された等とは認められないのだ。

「お前に……お前にだけは負ける訳にはいかない! 受けてみろ、俺の渾身のラストスペル!」
「ならば俺も今こそ見せよう……北海道の漁師に受け継がれる、一子相伝ホッケ真拳の奥義を!」

 たちまち両者から凄まじい闘気が立ち上がり、辺りに充満する。
 二人の闘気は真ん中でぶつかり合い、火花を散らす。

 魚住が両手をだらりと下げる。対する拳五郎は腕をユラリと、まるで観音菩薩の具現を思わせるたおやかな動きで構えを組みなおす。
 その場には、呼吸さえ憚られる程の静寂が満ちた。

 魚が一匹跳ねる。

 先に動いたのは魚住。


「王魚『300㎏ ―スリーハンドレッドキログラム―』!!」
「ホッケ真拳最終奥義『夜叉乞 葬乱舞死』!」


 魚住は生簀から今日一番の大物を呼び寄せた。
 空を駆け上がるその姿は、まさに打ち上げられた銀装飾が美しいロケット。
 速さだけではない。丸々とした大きさもロケットに比類しそうだ。

 それは時速90㎞以上で泳ぎ回る生粋のスピード狂。
 それは海の生態系のトップに君臨し、人間でさえ海に引き込もうとするモンスター。

 そして、日本人にとって最も身近な寿司ネタの代表選手。
 霜降り肉と見間違えるばかりのトロ。ヘルシーな赤身。私はネギトロでご飯7杯はイケます!
 世界も認める美味さは共感するが、保護だの他国の乱獲だので食卓にツナ缶が並ばない事態は我慢ならん!

 ついに海の王者、マグロが登場した。
 魚住は大人三人分より目方のあるマグロの尻尾を両手でつかむと、真後ろへ振りかぶる。
 その勢いで体がエビの様に反り返った。
 すると空を蹴り、そのままの状態で拳五郎に突撃する。

「クロマグロオオオォォォォ!!」

 雄たけびをあげてマグロを振り下ろす魚住。
 この重さと力なら、マグロだって立派な凶器と化す。拳五郎の頭をカチ割る気だ。

 だが、拳五郎にはその動きすら遅かった。

「ホォッケェェ!」

 奇声一発、拳五郎が五本の指を揃え高速でマグロの胴体に強烈な突きをお見舞いした。

 マグロがビクンと跳ねて硬直する。動きの止まる魚住。

 瞬間、マグロの胴がボコボコと不気味に腫れあがり、体が無残にも細かな赤い肉片となり、粉々に飛び散った。

「嘘ぉぉぉ!!?」

 魔理沙の信ジラレナーイ! といった声が現実であることを痛感させる。
 そしてそれは魚住も同じ。
 あまりの超常現象に表情が引きつり、隙が出来た。そこを拳五郎は畳み掛ける。

「ホッケ! ホォッケ! ホォッケェ!
 ホッケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!!
 出世魚ォォ!!!」

 拳五郎が奇声を叫び続けながら猛烈な突きを魚住に繰り出す。
 あまりのラッシュに手が100本ある様に錯覚し、突きの輪郭がぼやける。

「ひ、ひ、ひ、干物ォォォォォ!!!」

 ついに魚住は意味不明な悲鳴が尾を引きつつ、怒涛の拳にぶっ飛ばされた。
 空中を錐揉みしながら舞う内に、拳圧でボロボロになった全身タイツが破れ去る。
 それは水揚げされた魚の鱗が剥がれ落ちた様に細かく、小さな光の軌跡を残して舞い散る光景がちょっと儚い。

 こうして唖然と見守る魔理沙の前で、全裸の魚住はハラハラバッシャーンと落水した。

 そう、まさに今回の異変が、湖のほとりで暮らす漁師によって解決された瞬間だった。


          ――◇――


 一つの戦いは終わりを告げた。
 しかし足場に降り立ち、膝を抱えて塞ぎ込む霊夢の目を覚まさせる魔理沙の顔に精彩は見られない。

 異変解決の専門家である自分達が全く介入できずに、ほぼ一般人の力で異変が終了してしまったこともそうだが、まだ根本が解決していないからだ。

「さて、これだけの海水をどーやって真水にすっかなぁ……」

 魔理沙の心底困った呟きに、霊夢も虚ろな瞳で首をかしげる。

 とその時、足元の近くからうめき声が聞こえる。
 魔理沙達が立つ足場の数メートル先に、眼鏡や管が吹っ飛び、ヘルメットもずれた魚住が這い上がって来たのだ。

 咄嗟に身構える霊夢と魔理沙を片手で制し、拳五郎がゆっくり歩いて近寄る。
 一方の魚住は、拳五郎に背中を向け腕組みをしながら、タイツの下に隠していた肉付きの少ないスレンダーな肉体を震わしていた。

「……どうして、どうしてトドメを刺さなかった!?」
「俺は、女を殺す趣味はない」
「「女っ!?」」

 仰天する霊夢と魔理沙。
 だがそう言われると、背中と肩には女性特有の丸みが感じられる。
 結い上げられた黒髪の下から覗く真っ白なうなじも、男のそれではなかった。

 奇抜な容姿で外的特徴を誤魔化し、一人称と態度まで完璧に変え性別をひた隠しにしていた様だが、全てを暴かれた魚住は悔しそうに身の上を語り始める。

「……そう。私は外界ではグッピーと呼ばれる観賞魚だったわ。
 でもグッピーはね、オスは尾びれや体色が輝かしくて観賞に耐えうるけど、メスは地味な尻尾にぽっこりお腹。
 とてもじゃないけど、観賞するには残念過ぎるみすぼらしさなの!
 水槽に入れてもらえるのだって、目的は繁殖のためだけ!!
 そんな沢山の雌から積もり積もった不遇のため息とコンプレックスが、私を形作ったのよ!」

 これが元の喋り方なのだろう。
 魚住は苦々しい過去を吐露しながら、ヘルメットを足場に叩きつけて首だけ振り向き、こちらを睨みつける。

 その相貌は、クリクリと大きな目に、まだあどけなさがのこる目鼻立ち。
 怒りできゅっと口を引き結んでいるが、それは失礼ながら子猫が怒っているような愛らしさを演出している。
 つまり見た目は体つきと相まって、10代後半の美少女そのものであった。

 ただ、後頭部から生えている団扇形の透き通った薄い板が一枚ひらひらとうねっていることが、彼女が妖怪であることを雄弁に物語る。
 それが前述されたグッピーの尾びれだろうと、一行は推測した。

「……私は、雌雄でそんなに変化の無い海魚が憎かった。
 だからここに流れ着いてから、弾幕としてこき使ってやろうと思った!
 でも、そんな考えをもよおす私……メスとして生まれた私自身が一番嫌いだった……」

 徐々に目尻に熱いものが溜まっていく魚住。皆は魚住の妙なこだわりの真相を見た。

「もう行くアテも生きる意味もわからない! さぁ、早く退治しなさい!!」

 あまりに捨て鉢な物言いだ。霊夢や魔理沙はどうしようかと困惑して目を合わせる。

 その嫌な空気を破ったのは、拳五郎だった。


「ならば、俺の嫁にならないか?」


「えっ?」
「拳を交えて、君の悲しみと真っ直ぐな心が伝わってきた。ただ、道を少し誤っただけだ。
 行くアテがないのならば、俺と共にここで魚を獲って静かに暮らさないか」

 そう優しく問いかける拳五郎。だが、魚住は突然の意外な申し出に感情が麻痺したのか、しばらく呆ける。
 しかしその言葉が染み渡った途端、体ごと振り返って拳五郎に食って掛かる。

「ふざけないでっ!! 貴方に! 貴方に私の何がわかるっていうの!?」
「わかるとも。君と俺は同類だ」

 そう断言すると、拳五郎は鉢巻を取る。

 魚住を含む三人は息を呑む。

 拳五郎の頭にも、V形の尾びれが付いていたからだ。

「……俺は北海道のシシャモだった。
 しかし、シシャモは卵を抱えたメスのみが珍重され、オスの俺は蚊帳の外。
 ついには皆に忘れ去られ、この幻想郷に辿り着いたのだ」

 訥々と、不憫過ぎる入郷の経緯を聞かせる拳五郎。
 魚住はまるで鯉が餌を食った……失敬。鳩が豆鉄砲を食った様に拳五郎のひれを見つめる。

「しかし、そのおかげでこうして君と出会った。
 そんなに必要とされない魚と、必要性が見出されなくて忘れられた魚。
 相性は充分だと思うぞ」
「でもっ……私、その……ちんちくりんだし、胸だってぺったんこだよ」
「気にするな。俺は小さめの娘が好みなんだ」

 毅然と言い放つ拳五郎の台詞に魚住の心が揺さぶられたのか、たちまち大きな瞳が涙で潤む。
 ほぅ、と吐息をついて俯くと、魚住は拳五郎を上目遣いで見上げる。

「本当に……私でいいの?」
「うむ、もう一度問う。俺の嫁になれ」

「……はい」

「「え? えっ? えええー?」」

 急転直下すぎる展開についていけない紅白黒を尻目に、拳五郎は真っ赤な顔の魚住に自分の前掛けをかけると優しく抱き上げる。
 肩と足を持ち上げる、所謂お姫様抱っこだ。
 そして顔といわず全身を赤く染める異変の首謀者を抱え、最強の漁師は一同にぺこりと頭を下げる。

「お二人に感謝する。君達のおかげで嫁を得ることができた」
「私も、その……ごめんなさい。すぐにこの湖は元に戻すわ。
 それから、ありがとう。私、幸せになるから!」

「は、はぁ……」
「それは、おめでとうなんだぜ……」

「それでは、これで失礼する」
「あ、結婚式はそこの巫女さんの所で挙げましょうよ」
「それはいいな。よし、今夜は祝いだ。さっきのサンマを刺身にしよう」
「わぁ、私お刺身大好き!」

 うふふふふあっはっはっはっはと背景に花柄を散らしながら、にこやかな笑顔で水平線の彼方に去っていく出来立てホヤホヤのカップル。
 その後姿が見えなくなるまで、霊夢と魔理沙はただ眺めていた。


 霊夢の装束も乾き、夕日が辺りを包む頃、魔理沙が疲労を溜めた声音で呟く。

「なぁ、霊夢……今回私達、なんか活躍したか?」
「……聞かないで」
「……私達の実力ってもしかして、グッピーやシシャモの係累に負けるのか?」
「…………」

 魔理沙の諦観満載の問いに終ぞ返答しなかった霊夢の背中には、山々に帰るカラスの鳴声が絶妙にマッチしていのだった。

          【終】
――北海の荒波に挑み、極寒の地にて生計を立てる猛者のみが受け継ぐ秘伝の拳法。
 それがホッケ真拳である。
 静にして動。魚にして獣。
 その恐ろしき拳の名前の由来は、二段階の套路にある。
「ホウ(包)」の発声で丹田に気を溜め、「ケツ(穴)」の発声で気を放出する。
 その威力は、冷凍イカを粉砕する程だと伝聞されている。
 またこの拳法は一子相伝であり、その資料の少なさ故、神魔でさえ完全なる習得には至っていない。

 ちなみに、酒の肴に最適のホッケは、食べた人間がホッケ真拳を受けたように倒れ伏す程美味いことからその名がついたという。
                                               ※ボーダー書房 『幽は Shock!』より抜粋


ご無沙汰していました、がま口です。
がま口のヤツ、最近妙におとなしいと思ったらこんな作品をコツコツ書き溜めてたよ!
東方といえば弾幕シーンが書きたいなぁ、ということで出てきたアイデアが国士無双の魚オリキャラさんと、ぬとーん弾膜です。
嗚呼、いったいこの子はどこへ行こうとしているの……

GW中は主にこれを謎のテンションで仕上げていました。
期間中の他に目立った行為といえば、いいかげんチャックがバカになっていた鞄を新調したこと、博麗例大祭に初めて買う側として参加したこと。
後、ホッケ真拳を家で実践して、家族に冷ややかな目で見られたことぐらいですかね。はっはっは(泣)

イナダの刺身を食べてじんましんを発症、丸2日痒みと戦ったことがあるがま口でした。
がま口
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コメント



0.850簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
3.30名前が無い程度の能力削除
ごめん…僕にはわけがわからないよ。
4.80名前が無い程度の能力削除
え…SSW(死んだ魚でレスリング)!維新戦士団体SSW(死んだ魚でレスリング)じゃないか!!
キエサルヒマから消えたと思ったら幻想入りしていたのか!!
8.100名前が無い程度の能力削除
いや、これは新・SSW(新鮮な魚でレスリング)の手法!
おのーれー、生きておったか!

先に言われていたでござるでしょう。
11.100スポポ削除
『マグロ』




ご期待下さい!
12.90奇声を発する程度の能力削除
>奇声一発
ピクッ
これはwww面白かったですw
13.100白銀狼削除
こ…これは…キエサルヒマ大陸から幻想入りしたのかwwwwwww
見た感じSSWではなく、新・SSWですね。秋刀魚が出てこなかったのが残念…!
16.100名前が無い程度の能力削除
うーむ……困った。
阿呆らしいのに、なんだこのクオリティの高さはwww
構成や小ネタが、一々ハイレベル過ぎてお腹いっぱい、今度は一杯の日本酒がこわい。

霊夢も魔理沙も落ち込むな、相手が悪かった。多分早苗や咲夜あたりが行ったとしても、同じような結果になっただろうよ(笑)

そうらん節は、ホッケ真拳の流れをくんでいたのか……。
17.70名前が無い程度の能力削除
悪ノリが過ぎてもう訳がわかんない。
23.90名前が無い程度の能力削除
まあ悪ノリも文才あればこそ、だな
並みの人が書けば痛い話でも、それなりの人が書けば十分面白いってことで
27.無評価がま口削除
2番様
ありがとうございます。ギョギョ。

3番様
少し遊びすぎたかもしれません。でも、ご感想をくださり感謝いたします。次回にご期待ください。

4番様 8番様 白銀狼様
最初にご感想を拝見して思ったこと。

(……SSWって何だ? プロレス団体の名前か??)

実は全くわからなくて、方々を調べてみてようやく元ネタが判明し、あ~あ~コレねと納得したのです。
興味が湧いて図書館やB○○K ○FFで本をを探したのですが見つからず、コレ中学校の図書室にあったんだよな~、くぅぅ読んでおけばよかったと軽く後悔しております(笑)
私もこんな風に年月が経っても話題に上る様な長く愛される様な小説が書きたいなぁ……なんちて(赤面)

スポポ様
スポポ様のご作品は以前より拝見いたしておりました。独創的で読み応え抜群の作風にハマッた一読者です。
そういった意味でも、最新作がどうなるのか……そうなるのか……期待しております(笑)

奇声を発する程度の能力様
あやや~、決して他意はないですよ。いつもご感想を頂き感謝感謝です。

16番様
お褒めのお言葉、恐縮です。実は本筋より小ネタを考えている時間の方が長かったり……
二人はその後しょんぼりして屋台に呑みに行ったのですが、ツマミでホッケ焼きが出て益々空気が重くなったとか。
頑張れ、レイマリ。

17番様
さすがにこれはどうかなぁ、と私でも感じた箇所もありますが、ともかく投稿してみようと思った次第です。

23番様
お気遣い、誠に痛み入ります。やりすぎちゃったかなと思っていたのですが、ホッとしました。

私の好きなサーモンの刺身が、鮭じゃなくトラウトだと知ってショックを受けたがま口でした。
28.100お嬢様・冥途蝶・超門番削除
おもしろっ!テスト明けの晴れ晴れした気分にはこんなのがぴったりだー!
       でもこれ元ネタとか無いんだよね?魚住がすごいイイキャラになってるwえら呼吸の恐ろし
       さを見たような気がするww                         お嬢様
       おじさんの熱くるしいバトルのなんと素晴らしい事でしょう。て思ったら女だったww
       「ならば、俺の嫁にならないか?」で全てが「えー!?」て洗い流されてしまいましたww    
       『ホッケ真拳』は私の『カルパッツィーォアーツ』に対する挑戦と受け取らせていただきます
                                             冥途蝶  
       GWどこにも行かずこんなのばっか書いてたんですかぁ・・ww
       最近妙におとなしい、て思ってたんですよぉww                超門番
29.無評価がま口削除
お嬢様・冥途蝶・超門番様
テストお疲れ様であります。
魚住のキャラクターは、拳五郎おじさんと張り合うにはこれっくらいの濃さがないと釣り合わないかなー、とやっちゃっいました(笑)
カルパッツィーォアーツ……ボーダー書房で詳細を探り、対策を練らねば!
あー、一応外には出ました。国際展示場とか鞄屋とか……あとコンビニとか(涙)
32.無評価名前が無い程度の能力削除
エンダァァァイヤアァァァァ!
33.無評価がま口削除
32番様
ウィーラヴインザウエェェェィ!