霊夢はいつもの様に、境内で掃き掃除をしていた。
しかしその動きは緩慢としていて、少し辛そうに見える。
「あー…やっぱ寝とけば良かったかしら…」
起きた時から調子が悪いとは思っていたが、ここにきて更に悪化しているようだった。
時々ふらつき荒く息をしながら、掃除を続けようとする。
「…う…やっぱり止めよ、止め…」
さすがに自分でもこれ以上は無理だと判断したのか、箒もそのままにして縁側へ向かう。
その足取りもおぼつかず、縁側に辿り着くのがやっとだった。
「もうここでいいや…はぁ…」
既に動くのも面倒になった霊夢は、そのまま縁側で横になる。
立っているよりはよっぽどマシだったが、それでも身体がダルい事に変わりはない。
どうするべきか考えるが、熱で朦朧としていて頭も回らなかった。
「…まぁ、寝てれば治るわよね…」
考えるのも面倒になった霊夢は、縁側で目を閉じて眠りに着こうとする。
「霊夢、どうしたの?大丈夫?」
買い物帰り、神社に立ち寄った咲夜が霊夢の状態に気付いて声を掛けた。
返事が返ってこなかったので、暫く霊夢を観察すると額に手を当てて熱を計る。
「凄い熱ね…とりあえず、布団を敷いて寝かせないと…」
こんな状態で放っておけるはずもなく、時間を止めて寝床を用意すると、霊夢を運んで行く。
霊夢は荒く呼吸をしながら、自分を運んでいる者の姿を視界に確認する。
「んん…さく…や……?」
「しっかりしなさい、霊夢」
薄れて行く意識の中で、咲夜の名前を呼びながら気を失ってしまう。
咲夜は霊夢を寝かせて手を握りながら、容態を確認する。
「…やはり、あの宇宙人を頼るべきでしょうけど…」
濡らしたタオルを霊夢の額に乗せながら、永遠亭に連れて行くかどうかを思案する。
「…あっちから出向かせれば問題ないでしょう」
暫く考えていたが、永遠亭から呼んできた方が安全だと思い、呼びに行く事にした。
時間を止める能力を使えば一瞬で行く事も可能なので、特に問題も起こらないだろう。
「見つけてしまった以上、放ってはおけないしね」
そう呟きながら、咲夜は急いで永遠亭を目指した。
永遠亭から戻った咲夜は、一先ず霊夢が途中で中断していた掃除を行っていた。
「まったく、用件だけ言って帰るのは困り者ね…」
暫く掃除をしていると、そんな事を呟きながら永琳がやって来る。
鈴仙は薬を売りに行っていたので、仕方なくと言った様子だった。
「お待ちしておりました、こちらですわ」
掃除の手を止めて、素知らぬ顔で永琳を中に案内する。
咲夜に通されて部屋に入ると、永琳は珍しく驚きの表情を見せた。
「…本当に具合が悪そうね。信じられないけど…」
やはり霊夢が体調を崩すとは思っていなかったようで、確認するまでは半信半疑だったのだ。
しかし具合が悪い事が分かれば対応は素早く、すぐに霊夢の診察を行っていた。
「どうですか?」
診察が一通り終わったタイミングで、咲夜が尋ねてくる。
「どうやら、ただの風邪のようだけど…ちょっと性質が悪いみたいね」
そう言いながら、持っていたカバンから注射器を取り出す。
中に薬品を入れると、手早く準備をして霊夢の腕に薬を注射する。
「これでよし、と…後は安静にしていれば、すぐに治るわ」
道具を片付けながら、看病するであろう咲夜にそう告げておく。
「ありがとうございます。助かりましたわ」
「次からは、もう少し色々説明してからにして欲しいわね」
礼を言う咲夜に対し、飽きれた様子で永琳が言った。
今回の様に唐突に現れて、用件だけ言われて帰られても困るからだ。
「気をつけますわ」
反省している様には見えなかったが、とりあえず返事はしたのでそれで納得しておいた。
「それじゃ、帰るけど…大丈夫よね?」
帰ろうとした永琳が、不安になったのか念の為に確認する。
少し惚けた所もあるので、それが心配だった。
「えぇ、大丈夫ですわ。御心配なく」
力強くそう言い返す咲夜を見て、杞憂に終わりそうだと思いそれ以上は特に何も言わずにおいた。
「なら良いんだけど。御代は、いつも宴会で場所を借りてるしサービスしておくわ…それじゃあね」
そう言い残すと、永琳は永遠亭へと帰って行った。
あまり長い間空けていると、何があるか分からない。
「また何かあった際は、訪ねさせて頂きますわ」
恭しく頭を下げると、永琳が帰ったのを確認してから霊夢の看病を始めるのだった。
霊夢が目を覚ますと、視界には見慣れた天井が広がっていた。
確か縁側で横になっていたはずなのだが、布団の上に寝かされているようだ。
「ん…あれ……ここは…?」
まだ頭がぼーっとしている状態のまま、ゆっくりと周りを見渡す。
どうやら、部屋の中である事は間違いないようだった。
「あら…起きたのね、霊夢」
水の入った桶を持って咲夜が部屋に入ると、目を覚ました霊夢に気付いて声を掛ける。
手際よくタオルを水に浸して絞り、霊夢の額に乗せてやった。
「咲夜…悪いわね、わざわざ…」
看病してくれていた事に感謝しながら、熱っぽい表情で咲夜を見つめる。
その表情に、咲夜は柄にもなく照れてしまい頬を赤くしていた。
「ほ、放っておく訳にも行かないでしょう、そんな状態で…」
珍しく慌て気味になり、咲夜が目を逸らしながら答える。
普段の霊夢からは想像出来ないその姿に、不謹慎ながら可愛いと思ってしまった。
「こんなの、放っとけば治るのに…律儀な事で…」
いつもなら霊夢にからかわれそうな状況だったが、そんな余裕はないのか苦笑するだけだった。
まだ少し恥ずかしそうにしながら、咲夜が話題を変える。
「それより、何か食べれそう?食べれそうなら、御粥でも作るけど…」
既に昼食の時間は過ぎていて、その間ずっと寝ていた霊夢は何も食べていない。
「んん…それじゃ、お願いするわ…」
確かに空腹を感じており、体調も少しはマシになっていたので何とか食べられそうだった。
なので霊夢は、咲夜の言葉に甘えさせてもらう事にする。
「分かったわ。すぐに用意するから、大人しく待ってるのよ」
返事を聞いて頷くと、一瞬で姿を消して調理場へと移動した。
「それくらい待てないほど、子供じゃないわよ…」
咲夜のいた場所に向けてそう言いながら、咲夜が戻って来るのを待つのだった。
調理場へ行ってからしばらく経ち、咲夜が御粥を持って戻ってくる。
「霊夢、出来たわよ」
「んぁ…ありがと、咲夜…」
声を掛けられて咲夜に気付き、ゆっくりと霊夢が上半身を起こした。
その間にスプーンで御粥をすくうと、息を吹きかけて冷ます。
「ほら、霊夢、口あけて」
口の前まで持っていき、霊夢に食べさせようとする。
「い、いいわよ、そんな…一人で食べれるから…」
さすがに霊夢も恥ずかしいようで、咲夜からスプーンを受け取ろうとする。
しかし咲夜はスプーンを渡さず、
「良いから、私に任せなさい。こぼしたりしたら面倒でしょう」
と言って譲らなかった。
「はぁ、分かったわよ…まったくもぅ…」
このまま言い合っていても仕方がないので、結局咲夜に食べさせてもらう事にする。
熱とは別の理由で顔を赤くしながら、霊夢が口を開けると咲夜がスプーンを持っていって食べさせた。
「ん……ただの御粥の割りに、結構美味しいわね…」
味の感想を言うと、咲夜は嬉しそうに微笑みながら次の一口を冷まし始める。
「ふふ、それは良かったわ…ほら、もう一回」
冷まし終わって再び霊夢に食べさせると、咲夜が楽しそうに次を用意していた。
霊夢もようやく慣れたのか、特に抵抗もなくなっているようだ。
「…ちょっと失礼しますわ」
食べさせている最中に咲夜がそう言うと、返事も待たずにその場からいなくなる。
外で何やら話し声と物音が聞こえていたが、部屋にいる霊夢には何が起こっているのか分からなかった。
霊夢が寝ている部屋が丁度覗ける位置から、木に隠れた文が撮影をしている。
「まさか、霊夢さんが風邪を引くとは…しかも看病しているのが、あの咲夜さん…これはいい記事になりそうです」
予想外のネタを目撃できた事を神に感謝しながら、夢中でシャッターを切っていた。
霊夢が体調を崩すだけでも珍しいのに、更に咲夜が看病しているというこれまでにない珍事なのだ。
「残念ながら、その記事は永久に発行出来ませんわね」
文の気配に気づいた咲夜が一瞬で隣に現れ、カメラと手帳を奪う。
特ダネに興奮して夢中でシャッターを切っていた文は、何が起こったのか理解するまで暫く掛かっていた。
「さ、咲夜さん!?いやあのその、これはですね…って、返してくださいよ!」
慌てて言い訳を考えながら、カメラと文花帖が無くなっている事に気付いて取り返そうとする。
しかし時間を止められる咲夜を捉えられるはずもなく、あっさり逃げられてしまう。
「えぇ、ただし次に気配を感じたら…このカメラ、叩き壊すわよ?」
「わ、分かりました、き、気をつけます」
笑顔の裏で殺気をにじませながら、咲夜がカメラと手帳を文に向かって放り投げる。
慌てて落としそうになるが、何とか無事に受け止めた。
「さぁ、分かったら他所へ行きなさいな…夕飯のおかずになりたいのなら、それでも構わないけど」
「そ、それは遠慮しておきます。それではっ!」
ナイフを構える咲夜に対し、さすがに危険を感じた文は諦めて退散する。
既に写真は大量に撮ってあるので、これで記事を書けば良い、そう判断しての事だった。
「やれやれ、これだからカラスは…」
文が飛び去っていた方角を飽きれた様子で見つめながら、咲夜が抜き出したフィルムを叩き壊した。
自分たちの事が書かれている手帳のページも抜き取ってあり、細かく破いて処分する。
記事にされる事は分かりきっていた為、このような対処をするのも当然の事だ。
「さて、早く戻らないとね…」
霊夢の事が心配だったので、完全に気配が消えた事を確認すると再び神社に入って行った。
慌てて飛び去って行った文は、神社を振り返りながら不適に笑っている。
最後まで見届けられなかったのは残念だが、これなら十分記事には出来るのだ。
「ふふふ、咲夜さんも詰めが甘いですね…これで明日の話題は頂きです」
咲夜が追って来ない内に、急いで山へ向かって飛んで行く。
結局、文がフィルムと手帳のページが無くなっている事に気付いたのは、帰って記事を書き始めようとした時だった。
咲夜がいなくなってから暫くの時間が経ち、ようやく咲夜が戻ってきた。
「これで懲りたでしょう…待たせたわね、霊夢」
戻ってくるなりそう言うと、何事もなかったかの様に御粥を食べさせ始める。
「…何かあったの?」
「お邪魔虫がいたので、退場願っただけですわ」
御粥を食べさせてもらいながら、霊夢が不思議そうに尋ねたが、咲夜はそう答えただけだった。
それを聞いただけで、文辺りがいたのだろうと分かる。
「なるほど…よく気付いたわね…」
熱の所為で勘が鈍っているからか、霊夢はまったく気付いていなかった。
「まぁ、これ位はメイドの嗜みですわ」
文の行動に飽きれつつ、咲夜はさも当然と言った様子で答えた。
普段の咲夜なら、存在に気付いてもわざわざ懲らしめたりする事はないが、
熱を出して寝込んでいる所を撮影していた文に軽い怒りを覚えたからだ。
「こんな所、記事にされちゃたまらないしね…助かるわ」
「私は別に困らないけど…そう言うと思ったからね」
食事を取って少しは元気が出てきたようで、霊夢も咲夜と一緒に笑っていた。
それからは特に何事もなく、のんびりとした時間が過ぎていった。
薬のお陰もあってか、夜になる頃には霊夢も大分元気を取り戻していた。
咲夜にももう大丈夫だと言ったのだが、安静にしておくに越した事はないと言われ、
結局布団に潜って横になっている。
「そう言えば咲夜、館は放っておいて良いの?」
枕元でリンゴの皮をむいていた咲夜に、霊夢が尋ねる。
紅魔館のメイド長である咲夜がいない状態で、メイド達が上手く機能するとは思えなかったからだ。
「あぁ、それなら心配要りませんわ。美鈴もいるしね」
丁度リンゴの皮を剥き終え、くるくるとナイフを回しながら答える。
「美鈴ねぇ…ま、あんたがそう言うならそうなんでしょうね」
あらゆる意味で頼りないと思っている霊夢は、美鈴に任せて本当に大丈夫なのか不安だった。
だが、咲夜がそう言っている以上は大丈夫なんだろう、と思い直す。
そもそも館の管理体制がどうなっているのかは知らないし、それほど興味もない。
「そうよ。余計な事は考えないで、治す事だけ考えときなさい」
リンゴを綺麗に切り分けると、爪楊枝を刺して霊夢に渡す。
霊夢が受け取ったのを確認してから、咲夜もリンゴを一切れ摘んでいた。
「にしても、あんたも本当に変わったわよね…」
花の異変が起こる前の様子を思い出しながら、霊夢が感慨深そうに言う。
ほんの数年前の事を咲夜も思い出しつつ、咲夜も答える。
「んー、まぁ…色々あったからね」
あの異変で閻魔に言われて以来、咲夜は自分なりの優しさを出す事を意識するようになったのだ。
ここ最近の連続で起こっていた異変にほとんど首を突っ込まなくなったのも、霊夢の為という咲夜の優しさである。
「そうね、思い出すのが面倒なくらい…でもま、良い事よね、きっと」
「だと良いんだけどね」
リンゴをかじりながら霊夢が言うと、苦笑しながら頷いた。
咲夜も自分なりに努力しているつもりだが、閻魔の言っていた事がこれで正しいのかは分からない。
だが、今こうして霊夢と共に過ごしている時間は楽しいものであり、
このように穏やかな時間が流れるのであれば、優しくなるのも悪くはない。
そんな事を思いながら、霊夢と閻魔に心の中で感謝するのだった。
咲夜さんの優しい雰囲気が良かったです
一応誤字を
気に隠れた文
木に ですかね
この二人ってよくあるようでない感じ。