Coolier - 新生・東方創想話

不治の病というやつなのです

2011/05/08 05:02:19
最終更新
サイズ
3.24KB
ページ数
1
閲覧数
2017
評価数
10/41
POINT
2360
Rate
11.36

分類タグ

 臆病だったから。
 なにもかもから逃げ出して。
 堕ちてきた地上の、深く青い竹林の奥で。
 名前しか知らなかった、名前だけは知っていた罪人達に拾われた。
 だけど私は、まさしく怯えた手負いの獣だったから。
 差し伸べられた手にさえ、怯えた。

 怖がらないで。
 いじめたりしないわ。

 本当に、見たこともない美しさを輝かせるお姫様は、優しい笑顔を称えてそう言った。

 それでもやっぱり、怖かった。
 だけど。

 輝夜は嘘をつかない。
 彼女が貴女に手を差し伸べるなら、まとめて私が護るわ。

 そう告げて微笑んだ貴女を見て。

 綺麗だなあ、と。
 ただ、そう思った瞬間から。
 疑う心もどこかにふっとんでいってしまったのです。

 その笑顔の向かう先はいつだってただ一人のお姫様なのだと。
 そんなことは、最初からわかっていたのだけど。




「うん、よく出来ているわ。指摘した部分もしっかり改善されている」

 出された課題。
 薬剤の調合。
 頭を捻って、睡眠時間も削って。

「頑張ったわね」

 くしゃくしゃと、頭を撫でてくれる白い手も嬉しいのだけど。

「いい子、いい子」

 貴女が私を見て、私だけを見て微笑んでくれるこの時間が、泣きそうなくらい幸せで。
 そのために頑張っている自分は、いい子なんかではないのだとそう思う。
 それだって言ったりしないから、むしろ悪い子なのだ、きっと。

「えーりん」

 間延びした、少し舌ったらずな発音。
 貴女は勢いよく振り返る。
 開いた襖。
 現れた人。
 流れる黒髪、優しい微笑み。

 貴女の愛する、お姫様。

「輝夜」

 ああ。
 綺麗だなあ。

「お腹減ったー」
「じゃあ、おやつにしましょうか。お茶を淹れるわね」
「今日のおやつなにー?」
「なんだと思う?」

 お師匠様。
 八意永琳様。
 貴女の笑顔が好きです。

 貴女が、彼女を想って浮べる笑みに、恋をしました。




「今日もへたれてるね、鈴仙」

 庭で雑草をむしっていたら、丸めた背中に投げかけられた軽やかな台詞。

「てゐ」

 振り向けば。
 にやり、と。
 不敵に、でも可愛らしく微笑んで立つ、小さな兎の女の子。

「そーんなに好き? おししょーさまが」
「……」

 視線を逸らし、背を向けて。
 また雑草をぶちぶち、ぶちぶち抜いていく。

「不毛だねえ」

 かまわず続けられる言葉。

「……うるさい」

 言わないでよ。

「初恋はさ、実らないもんなんだってさ」

 わかりきったことなんて、聞きたくないの。

「うるさいたぁッ!?」

 頭に衝撃。
 涙目で振り向けば、視界に転がる真っ赤な人参。

「ばかれーせん」

 怒ったみたいな。
 傷付いたみたいな。
 少し掠れた声。
 走り去っていった君の背が、いつもより小さい。

 人参を拾って、袖で拭うと大きく口を開いて齧りついた。
 がじがじがじがじ。
 ごくん、と飲み込んで、溜息をつく。

「……知ってるって。そんなこと」






「恋の病を、治す薬?」
「作れますか?」

 馬鹿げた私の問い掛けに。

 きょとん、と。
 少し目を丸くして。
 その後すぐに、優しく細めて。

「作ろうと思えば、作れるかもしれないけど。作る気はないし、意味もないと思うわ」

 微笑みながら、お師匠様はそう答えた。

「意味が、ない?」
「ええ、意味がない」

 笑みが深まる。
 くしゃり、と。
 愛情に、恋情にくずれた貴女の顔。

「だって、何度でも再発するわ。私ならきっと、何度だって彼女に恋をする」

 永遠に。


 永遠、ですか。
 ねえ、お師匠様。
 それなら、私も。
 永遠を数えるには程遠い、ちっぽけな砂時計の砂が落ちきるまで。
 永遠に恋する貴女の笑顔に、恋をするのかもしれません。

 不毛だね。

 知ってるよ、そんなこと。

 でもさ。
 しってるけどさ。


 好きなんだもん。
 今日も心臓が音をたてる。
 兎の鼓動は速いのです。
 とくとく、ではなく、どきどき、でもなく。
 びー、と、振動のように続くのです。
 身体を駆け巡る恋のサイレンは、今日も鳴り止みません。
 なんて、ね。



 ご読了ありがとうございました。
鬼灯
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1380簡易評価
10.100名前が無い程度の能力削除
時間が解決したりする
11.100奇声を発する程度の能力削除
とても綺麗で美しい感じでした
12.90Admiral削除
短いながらも鈴仙の永琳への思いがしっかりと伝わってきますね。
鈴仙の思いはこれからも続いていくのだと思います。
頑張れ!

この続編のお話とかも期待しちゃいますね~。
期待を込めて90点。
14.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです
てゐ…
17.90名無し程度の能力削除
てゐも…なんだろうなぁ
18.100名前が無い程度の能力削除
うへぇほろ苦い!!
26.100名前が無い程度の能力削除
うおおおおおお切なくてほろ苦いっ……!
33.100名前が無い程度の能力削除
切ないな
37.100名前が無い程度の能力削除
いいね
41.100名前が無い程度の能力削除
片想いてゐんげの波動を感じた