臆病だったから。
なにもかもから逃げ出して。
堕ちてきた地上の、深く青い竹林の奥で。
名前しか知らなかった、名前だけは知っていた罪人達に拾われた。
だけど私は、まさしく怯えた手負いの獣だったから。
差し伸べられた手にさえ、怯えた。
怖がらないで。
いじめたりしないわ。
本当に、見たこともない美しさを輝かせるお姫様は、優しい笑顔を称えてそう言った。
それでもやっぱり、怖かった。
だけど。
輝夜は嘘をつかない。
彼女が貴女に手を差し伸べるなら、まとめて私が護るわ。
そう告げて微笑んだ貴女を見て。
綺麗だなあ、と。
ただ、そう思った瞬間から。
疑う心もどこかにふっとんでいってしまったのです。
その笑顔の向かう先はいつだってただ一人のお姫様なのだと。
そんなことは、最初からわかっていたのだけど。
「うん、よく出来ているわ。指摘した部分もしっかり改善されている」
出された課題。
薬剤の調合。
頭を捻って、睡眠時間も削って。
「頑張ったわね」
くしゃくしゃと、頭を撫でてくれる白い手も嬉しいのだけど。
「いい子、いい子」
貴女が私を見て、私だけを見て微笑んでくれるこの時間が、泣きそうなくらい幸せで。
そのために頑張っている自分は、いい子なんかではないのだとそう思う。
それだって言ったりしないから、むしろ悪い子なのだ、きっと。
「えーりん」
間延びした、少し舌ったらずな発音。
貴女は勢いよく振り返る。
開いた襖。
現れた人。
流れる黒髪、優しい微笑み。
貴女の愛する、お姫様。
「輝夜」
ああ。
綺麗だなあ。
「お腹減ったー」
「じゃあ、おやつにしましょうか。お茶を淹れるわね」
「今日のおやつなにー?」
「なんだと思う?」
お師匠様。
八意永琳様。
貴女の笑顔が好きです。
貴女が、彼女を想って浮べる笑みに、恋をしました。
「今日もへたれてるね、鈴仙」
庭で雑草をむしっていたら、丸めた背中に投げかけられた軽やかな台詞。
「てゐ」
振り向けば。
にやり、と。
不敵に、でも可愛らしく微笑んで立つ、小さな兎の女の子。
「そーんなに好き? おししょーさまが」
「……」
視線を逸らし、背を向けて。
また雑草をぶちぶち、ぶちぶち抜いていく。
「不毛だねえ」
かまわず続けられる言葉。
「……うるさい」
言わないでよ。
「初恋はさ、実らないもんなんだってさ」
わかりきったことなんて、聞きたくないの。
「うるさいたぁッ!?」
頭に衝撃。
涙目で振り向けば、視界に転がる真っ赤な人参。
「ばかれーせん」
怒ったみたいな。
傷付いたみたいな。
少し掠れた声。
走り去っていった君の背が、いつもより小さい。
人参を拾って、袖で拭うと大きく口を開いて齧りついた。
がじがじがじがじ。
ごくん、と飲み込んで、溜息をつく。
「……知ってるって。そんなこと」
「恋の病を、治す薬?」
「作れますか?」
馬鹿げた私の問い掛けに。
きょとん、と。
少し目を丸くして。
その後すぐに、優しく細めて。
「作ろうと思えば、作れるかもしれないけど。作る気はないし、意味もないと思うわ」
微笑みながら、お師匠様はそう答えた。
「意味が、ない?」
「ええ、意味がない」
笑みが深まる。
くしゃり、と。
愛情に、恋情にくずれた貴女の顔。
「だって、何度でも再発するわ。私ならきっと、何度だって彼女に恋をする」
永遠に。
永遠、ですか。
ねえ、お師匠様。
それなら、私も。
永遠を数えるには程遠い、ちっぽけな砂時計の砂が落ちきるまで。
永遠に恋する貴女の笑顔に、恋をするのかもしれません。
不毛だね。
知ってるよ、そんなこと。
でもさ。
しってるけどさ。
好きなんだもん。
なにもかもから逃げ出して。
堕ちてきた地上の、深く青い竹林の奥で。
名前しか知らなかった、名前だけは知っていた罪人達に拾われた。
だけど私は、まさしく怯えた手負いの獣だったから。
差し伸べられた手にさえ、怯えた。
怖がらないで。
いじめたりしないわ。
本当に、見たこともない美しさを輝かせるお姫様は、優しい笑顔を称えてそう言った。
それでもやっぱり、怖かった。
だけど。
輝夜は嘘をつかない。
彼女が貴女に手を差し伸べるなら、まとめて私が護るわ。
そう告げて微笑んだ貴女を見て。
綺麗だなあ、と。
ただ、そう思った瞬間から。
疑う心もどこかにふっとんでいってしまったのです。
その笑顔の向かう先はいつだってただ一人のお姫様なのだと。
そんなことは、最初からわかっていたのだけど。
「うん、よく出来ているわ。指摘した部分もしっかり改善されている」
出された課題。
薬剤の調合。
頭を捻って、睡眠時間も削って。
「頑張ったわね」
くしゃくしゃと、頭を撫でてくれる白い手も嬉しいのだけど。
「いい子、いい子」
貴女が私を見て、私だけを見て微笑んでくれるこの時間が、泣きそうなくらい幸せで。
そのために頑張っている自分は、いい子なんかではないのだとそう思う。
それだって言ったりしないから、むしろ悪い子なのだ、きっと。
「えーりん」
間延びした、少し舌ったらずな発音。
貴女は勢いよく振り返る。
開いた襖。
現れた人。
流れる黒髪、優しい微笑み。
貴女の愛する、お姫様。
「輝夜」
ああ。
綺麗だなあ。
「お腹減ったー」
「じゃあ、おやつにしましょうか。お茶を淹れるわね」
「今日のおやつなにー?」
「なんだと思う?」
お師匠様。
八意永琳様。
貴女の笑顔が好きです。
貴女が、彼女を想って浮べる笑みに、恋をしました。
「今日もへたれてるね、鈴仙」
庭で雑草をむしっていたら、丸めた背中に投げかけられた軽やかな台詞。
「てゐ」
振り向けば。
にやり、と。
不敵に、でも可愛らしく微笑んで立つ、小さな兎の女の子。
「そーんなに好き? おししょーさまが」
「……」
視線を逸らし、背を向けて。
また雑草をぶちぶち、ぶちぶち抜いていく。
「不毛だねえ」
かまわず続けられる言葉。
「……うるさい」
言わないでよ。
「初恋はさ、実らないもんなんだってさ」
わかりきったことなんて、聞きたくないの。
「うるさいたぁッ!?」
頭に衝撃。
涙目で振り向けば、視界に転がる真っ赤な人参。
「ばかれーせん」
怒ったみたいな。
傷付いたみたいな。
少し掠れた声。
走り去っていった君の背が、いつもより小さい。
人参を拾って、袖で拭うと大きく口を開いて齧りついた。
がじがじがじがじ。
ごくん、と飲み込んで、溜息をつく。
「……知ってるって。そんなこと」
「恋の病を、治す薬?」
「作れますか?」
馬鹿げた私の問い掛けに。
きょとん、と。
少し目を丸くして。
その後すぐに、優しく細めて。
「作ろうと思えば、作れるかもしれないけど。作る気はないし、意味もないと思うわ」
微笑みながら、お師匠様はそう答えた。
「意味が、ない?」
「ええ、意味がない」
笑みが深まる。
くしゃり、と。
愛情に、恋情にくずれた貴女の顔。
「だって、何度でも再発するわ。私ならきっと、何度だって彼女に恋をする」
永遠に。
永遠、ですか。
ねえ、お師匠様。
それなら、私も。
永遠を数えるには程遠い、ちっぽけな砂時計の砂が落ちきるまで。
永遠に恋する貴女の笑顔に、恋をするのかもしれません。
不毛だね。
知ってるよ、そんなこと。
でもさ。
しってるけどさ。
好きなんだもん。
鈴仙の思いはこれからも続いていくのだと思います。
頑張れ!
この続編のお話とかも期待しちゃいますね~。
期待を込めて90点。
てゐ…