突然の強風で舞った桜の花びらは、ひらひらと身を漂わせながらお猪口の中へと落ちていった。
縁側に座るアリスは、そんな隣人のお猪口を覗き込み、感慨深そうに、
「風流ね」
なんて口に出すが、
「味に差は出ないわ」
と、彼女は指で桜をはじき出してお酒を一口で飲み干した。
まぁ、彼女らしいといえば彼女らしいな。と、アリスは1人微笑んでいる。
それが癪に障ったのか、霊夢は口をヘの字にして、無表情のまま酒瓶を突き出した。
「飲んでないわねアリス。まだ2杯目じゃない」
不機嫌さを隠さない霊夢の言動に、アリスはまた笑いながらも自分のお猪口に注がれたお酒を一口飲む。
霊夢の突き出した酒瓶には眼もくれないで。
「隣でガバガバ飲まれると、どうも飲む気が失せるのよね」
「どうせ風流を感じないような女よ」
「……別に、霊夢が悪いわけじゃないんじゃないかしら」
「……どうせ、急にお花見を開催しても誰も来てくれないような、そんなはみ出しモノよ」
「ほら、みんな大事な用事があったんじゃないかしら」
「…………」
気づいたら、霊夢は無表情を通り越していた。
それが諦めなのか悟りなのか、はたまた悲しみなのかはアリスには分からない。
分からないけども、
「でも、私が来たからいいじゃない」
「……どうせ、同情でしょ」
「こっちに来て初めて霊夢しか居ないを知ったのに、どうやって同情で参加できるのよ」
「……本当にでしょうね」
「私と霊夢の仲じゃない」
「…………一杯飲みなさい」
さきほどまでの表情とは打って変わって、スッキリしたような笑みだった。
心なしか、酒瓶の突き出し方も、"差し出した"と形容するのが似合っているような感じだ。
ナニを考えているのかいないのか。分かりやすいと言えば分かりやすいけども。
急にお花見をしたいっていうのも、どうせ朝起きて外を見たら綺麗な桜が咲いてたから。ただそれだけだろうし。
真昼間から酒盛りだなんて、そりゃあ参加したいって人も少ないものだ。
それでも、参加者がまさか自分1人だとは思ってもなかったアリスは多少の同情と、多少の好意で一緒にお花見をしてあげるのだった。
そう。
これは、多少の同情と、多少の。ほんの多少の好意によるもの。
それ以外の他意なんて、存在しないのである。
霊夢が"差し出した"酒瓶からお酒を受け取ると、アリスはまた小さく一口お酒を口に含んだ。
ほんのりと柑橘系の香りがする。
確か、人里で買ったとか自慢していた。
アリスとしては、とても自慢できるようなほどのおいしさには感じないけども。
それでも、とびきりにおいしいお酒である。
最高の隠し味は、隣に座る彼女の拗ねた顔、困った顔、怒った顔、笑顔。
隣人の言動、雰囲気、空気感。で、ある。
するとどうか。
たいしておいしくないお酒も、とびきりのモノに思えてくる。
そして、たいして楽しくないお花見なんてのも、とても楽しいモノに思えてくる。
あぁ、"多少の好意"というのは、なんて素晴らしいものなのだろうか。
そう思いながら、アリスは幸せそうな笑みを浮かべて、お酒を再度口にした。
「ところで、お花見って言う割には食べ物がないわね」
「どうせみんな集まった時になにか持ってくると思って、なにも準備してないわよ」
特に悪びれた様子もなく霊夢はそう言う。
みんなを信頼しているのか、利用しているのか。
なんにせよ、アリスも同じ気持ちなので特に追求はしない。
アリスもまた、手ぶらなのである。
「悪かったわね、なにも持ってこなくて」
「まったくね。なにしに花見しようとしたのよ」
「それは、お花を見るためじゃないかしら?」
「冗談でしょ? 確かにお花見はその名の通りにみんなで桜を見ながら飲み食いする行事だけど、比率で言えば後者の飲み食いの方の高いのは公然の事実でしょ?」
「はぁ」
「花より団子。なんて小ばかにしたような言葉もあるけど、そりゃ団子の方がいいにきまってるじゃない。お花はあくまでも添えられる程度でいいのよ」
「はぁ」
「みんなで飲み食いしている中でチラリと視界の端に綺麗な桜が映る。そのなんと綺麗なことか!」
「はぁ」
「そういう、刺身のツマ的な存在で十分なのよ。メインはあくまで食べ物お酒。宴会だわ!」
「はぁ」
「それなのに。それなのにここには今お酒しか無い……」
大興奮で力説する霊夢を見て、若干可哀そうだなんて感想を浮かべてしまった。
確かに霊夢の言うことも一理あるのだけど、ここまで力説されると、なんというか困ってしまう。
これは暗に、「アリスの手料理食べたいにゃん(はぁと)」ということなのだろうか。とすら考えてしまう。
まぁ、それはそれで、いいのかもしれないけども。
「まぁまぁ、今はそんな憤りは忘れて飲みなさいな」
「…………まぁ、飲むけども」
アリスの差し出したお酒をあっさりと受け取ると、そのまま一気に飲み干す。
そして、そのままボーっと桜を眺めているかと思えば、
そのままゴロリと横になった。
当然隣にはアリスがいるため、膝にジャストフィットである。
アリスはこれが膝枕だと認識するころには、霊夢はにこやかな笑みでアリスを見上げていた。
「……どうしたのよ。今日は、やけに甘えたがりじゃない」
「なにをバカな事を。横になったらちょうどアリスの膝があっただけよ」
「あらそう。太い足で悪かったわね」
「でも寝心地はいいわ」
太いは否定しろよ。
このまま庭に転がすぞ。
とは、思いつつもそんな事はしない。
アリスちゃんは優しいのである。
霊夢が喋らなくなったので、アリスは優しい手つきで霊夢の髪を撫でてみた。
サラサラなその黒髪の手触りは格別で。
なんだかとても優雅な時間だった。
「……あのね、霊夢」
「…………」
「……霊夢?」
ふと視線を落とせば、霊夢はいつのまにかすやすやと眠っていた。
小さな寝息と、小さく動く両肩。
安らかなその寝顔は、とても幸せそうなものだった。
勝手に呼び寄せておいて、勝手に一人で寝て。
なんていう巫女だ。
なんて、ため息をつきつつも髪を撫ぜる手は止めない。
「……あのね、霊夢。さっきあなたは桜はツマで、宴会がメインって言ったでしょ?」
優しい手つきで、さらさらな黒髪をすいていく。
「……私も、ちょっとだけは賛成よ。まぁ、両方私にとってはツマなんだけどね」
幸せそうな寝顔を見ていると、自分まで幸せに感じてくる。
「お花見でも、宴会でも……弾幕ごっこでも。私はあなたが見えていれば、それだけで十分なの」
返事が返ってこない状況でしか言えない自分に、ちょっとだけ嫌になる。
「あなたの隣に、近くにいるだけで。それだけで私にとっては世はこともなし。ってね」
視線を霊夢から、庭で咲き誇る桜の木へと移した。
「ほら、あの庭にある、何十年と咲き続ける桜だって、ただのツマでしかないあれだって……」
白い花びらは満開で。
視界を埋め尽くすようなその"白"は眩しくて。
何十年折れることの無いの幹は立派で。
風で揺れ、擦れあうその音はとても優雅で。
縁側から見たそれは、まるで1つの絵画のようで。
「……あなたの隣で見る桜木は、なんて美しいんでしょうね」
霊夢は、小さく「うぅん」と寝言を呟いた。
それがまるで返事のようで。
アリスは小さく微笑んで、その頭を優しく撫でた。
それはとても安らかな時間で。
やはり、"多少の好意"は、素晴らしいものなのだった。
これが多少の好意だなんて謙遜を…。
その言葉、霊夢が起きてる時に言ってあげてくださいよアリスさん
綺麗ですね。
夜桜宴会編期待してます。
不謹慎なことを考えてしまいました
レイアリだからしょうがないよね!
それにしても霊夢の神社に人が集まらなかったとは珍しい
貴様!どっかで隠れて見ているな!w
素晴らしかったです!
桜のような淡い桃色な雰囲気を感じました。
しかし二人とも素直じゃないなぁw
程良い甘さと爽やかな香りを感じるヴァニラオレンジのようなお話でした。
なんだかまた花見をしたくなってきました。
こういうお話ってなんだか凄く感動しますねえ。
普通の感動とはまた違った意味で。
良い作品でした。