Coolier - 新生・東方創想話

幽々子の剣

2011/05/05 18:01:51
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 へにょりへにょりと刀が振られる。例えるならそよ風に波打つ春の川。

「ダメです!! もっとこう、腰に力を入れて!!」
「ふ、ふえぇ。は~い。て、てーい、やーあ、とーう」

 揺れる揺れるよ刀の波は。流れ流れて何処へ行く。

「全く直ってない! それどころかどんどん悪くなってますよ!!」

 行きゆく想いのその果ては……私の心の奥深くでじくじくと、濁った湖に溜まり溜まっていくよう
である。

「そ、そんな事いっても妖夢~。疲れたんですもの」
「修練が足らないからです!!」

 白玉楼の庭にて。私、『魂魄 妖夢』は主の『西行寺 幽々子』様に剣の指南を行っているところ。
祖父であり師匠でもある『魂魄 妖忌』からその任を受け継いでから、欠かすことなく剣の教えを
伝えているのだが……。

 幽々子様から、そしてご親友の『八雲 紫』さまからも未熟未熟と言われる私ではある。まったく
もって恥ずかしい話だが事実として認めざるを得ない。だが、しかし、斯く言う幽々子様の剣術は
これはもう未熟ともいえない腕前だ。お爺さまの時代から幽々子様には剣の指南を行っているはず
なのに全く技術は向上する気配すらない。もしかすると先天的に剣の才が一涅槃寂静程しかないの
かもしれないが、それでは困るのである。

 先だっての春雪異変の時、白玉楼に侵入してきた相手に私は悉く辛酸を味合わされた。博麗の巫女
『博麗 霊夢』、紅魔館の走狗『十六夜 咲夜』、なんか黒いの『霧雨 魔理沙』。特異な力を持つ二人に
負けるのはまだ納得できるとしてあんななんか黒くて速くて性格悪いちんちくりんなんぞに屈したのは
スペルカードルールのせいだ。あれさえなければ今頃あいつらをこう、唐竹に、あるいは横薙ぎに、
右袈裟、左袈裟、突き、抉り、逆刃立て……嗚呼、想像するだけで心、遙かなる高みに――じゃない、
妄想に溺れるとは我ながらなんと不甲斐ない。そう、そうではない、そうではないのだ。

 仮にスペルカードルールが通用しない戦いになった時。幽々子様に敵対するものを全て切り伏せる
修羅となる覚悟はできている。だが……それでも私はまだ未熟なのだ。口惜しいが力及ばず地に伏す
こともあるかもしれない。その時に、幽々子様がどうなるか、である。もちろん幽々子様の死を操る能力
は強力無比、いざ真剣勝負となれば次々と相手を屠っていくだろう。けれど相手が群がり白兵を挑んで
きた場合、能力の行使が追いつかないことは十分に考えられる。その時にこそ刀を振るい、襲い掛かる
有象無象どもを右に左に切り伏せ薙ぎ倒し、骸の山を築くのだ。そして斃れた私を、血に塗れた凄惨で
美しい笑みで労って欲しい。私の愛しい幽々子様にはそうであってもらわなければ困るのだ! うへへ。
……おっと、また妄想が。仕方あるまい、妄想は乙女の必須栄養素なのだから、うむ。

 が、肝心の現実世界の幽々子様は……っと、うぉう!?

「な、何をなさっているのですか幽々子さま!?」

 地べたにうつ伏せになって倒れていた。

「休憩よ~。運動には休憩も必要でしょう、よ~う~む~」
「五分前に休憩したばかりじゃないですか!」
「……ねぇ、妖夢。この地面全てがチョコレートケーキだったら素晴らしいと思わない?」
「何をみょんなことを!? 今はそんな戯言に付き合うつもりはありません! そもそも地面が全てそう
でしたら三日で地の果てまで喰らい尽くし世界を無に帰させるでしょうに!! さあ! 立ち上がって
ください。稽古を続けますよ!!」
「やだやだ~」

 駄々をこねながらじたばたしだした、うつ伏せのままで。なんというはしたなさ。 

「幽々子様!!」
「い~や~だ~」
「起きてください!!」
「あと100年~」
「何を紫さまみたいな事を!? だーめーでーすー。稽古しーまーすー」
「いーやーでーすー」
「そうそう、嫌がってる相手を無理矢理動かそうとするのはだめだわ。肝心なのは力点、支点、作用点よ」
「ええい、部外者は黙っててくださ……。……ん?」

 そうだそうだーと付和雷同する幽々子様の気の抜けたそれではない、もう一つの声。ぎょっとして
振り向いた先に、やはり良く見知った怪しい笑みがあった。スキマ繰りの大妖怪。幻想郷の管理者。

「ゆ、紫さま!?」
「なんか名前を呼ばれたっぽかったから来てみたんだけれど、なんとまぁ。白玉楼は下克上の真っ最中
だとはね」

 いつもみたいに意地の悪い笑みを浮かべて、扇の向こうでくすくす笑ってらっしゃる。むぅ、全く酷い
言葉だ。訂正しなくては。

「そんなことは夢に見た事くらいしかありません! 心外な」
「夢には見るんだ……」

 地べたからちょっとだけ気落ちした幽々子様の声がした。い、いいじゃないですか。剣を握るもの、
それくらいの浪漫がなくてはいけないっておじいちゃんも言ってたもん。

「ま、そんなことより妖夢。幽々子もあんな感じだし、これ以上やらせても意味はないんじゃなくて?」
「しかし……」

 普段から胡散臭いだの何考えてるか分からないだのそろそろ耄碌してきたんじゃないかだの言われる
紫さまではあるけれど、その実意識してなければお言葉は非常に素直である。今も友人である我が主を
労わる言葉は素直なもの。もちろん、お気持ちは分かりはするのだが……。

「ごーごー紫、もっと言っちゃえー」

 相変わらず地面でごろごろしつつ声援を送る幽々子様は明らかに腑抜けている。やはり心身ともに
鍛えないと。肉体がない亡霊ならば、なおの事お心を剣の道によって鍛えないと。その意を伝えようと
して紫さまを見れば、こちらが口を開くより先に、
「……ねぇ、妖夢」
と名を呼ばれた。

「……なんでしょうか」
「……ちょっと位は鍛え直したほうがいい気がしてきたわ」
「ですよねー」

 よぉし! 形勢逆転! でもなんで?

「え、ちょ、ちょっと紫ぃ~」
「せっかく遊びに来たというのに地べたとの熱い交友関係を見せ付けられたんじゃ、そういう気にもなる
というものよ」

 ……あぁ、そういうことか。意外とどうして、紫さまもかわいいところがある。ちゃんと相手してくれないと
寂しいってことか。

「それにね、そんなところでそんな形のいいお尻をころころさせてたら、その、なんというか、無性に
踏みたくなるじゃない?」

 しかも、おお、なんという事! 同じ事思ってるじゃないですか。踏みましょうか紫さま。

「踏みm」
「はいはい起きたわよ紫。これで許してちょうだいな」
「しょうがないわねぇ」
「チッ」
「「!?」」

 あ、つい。なんかびみょんな視線がお二方からから感じるがそのまぁ、うん。

「それでは私はお茶の準備をしてきますので幽々子様は私が戻ってくるまで素振りを続けてください
紫さまはその間監視役をお願いいたしますではでは後ほど」

 一気に言い切ってその場を離れる私。三十六計逃げるが勝ちとは、うむ、孫子だか藤子不二夫だか
いいこと言った。






「てーい。やーあ。とーう。……てへ~ぃ。……にゃーは。……にょーぅ」

 お茶と大福を用意してお二方の側へと戻ってきた私。うむ、幽々子様も一応紫さまがいる手前稽古を
続けていたようだ。……相変わらずとことん気の抜けた発声はしているが。にょーうてなんだにょーうて。
ま、いいや。

「紫さま、お茶を持って来ました。幽々子様の面倒を見ていただいてありがとうございます」
「うん。お茶、いただくわね……幽々子にもお茶を出してあげてちょうだいな」
「は、わかりました」

 柔らかな表情で湯飲みを受け取りながら、紫さまはそう仰った。本当ならあと数時間は幽々子様に
剣を振り続けていただきたかったのだが仕方あるまい。

「幽々子様、ひとまず今日はこのくらいで切り上げましょう」
「……わ、わかったわ~……。はぁ、ふうう」

 半ばへたり込むように素振りをやめる幽々子様。あぁ! 木刀を杖代わりにしちゃいけませんてば!

「予定の半分ほども行かないままの終了ですので、明日は最低今日の倍か三倍は剣を振っていただきます」
「……!? よ、妖夢の鬼ー!」
「それは萃香さんです」
「悪魔ー」
「レミリアに言ってあげてください」
「も、もけーれむべんべー」
「も、もけ?! なんですかそれは! ……まぁこの際鬼でも悪魔でもモケケピロピロでもなんでもいいです。
私は剣術指南役としてですね……」
「まぁまぁ妖夢、その辺にしてあげたら?」

 ゴネる幽々子様を説き伏せようとすれば、紫さまがやんわりと遮りのお言葉。確かに仮にもお客様を
このままほったらかしにするのは良くない、か。

「わかりました……幽々子様、紫さまに感謝してくださいね」
「わぁ。紫愛してるー」
「ふふ、私もよ、幽々子」

 いちゃいちゃすんな。あぁ、さっきまであんなにへたれていたのにお茶を一息で飲み干し大福に噛り付く
幽々子様は何であんな水を得た魚のようなんだ。さっきまでのは演技かと勘繰りたくもなる。しかしその
思考を寸断する空の湯飲み。はいはい、今淹れますってば。



「ねぇ、妖夢?」

 あっという間に消えた大福のお代わりを盆いっぱいに乗せて帰ってきたところに紫さま。

「はい、なんでしょう?」
「さっきまでの剣の稽古なんだけれど」
「はぁ」

 何を仰るおつもりだろう。ただ、紫さまであろうとも剣の指南を辞めろと言うことだけは聞くことだけは
できない。それは私の使命であり、おじいさまから受け継いだ大切なものであり、私の生き方そのもの
なのだから。

 そんな事を思ったのが表情に出てしまったのか、紫さまは緊張を和らげるような優しい声をかけてきた。

「妖夢としては、幽々子に剣の才能があると思っている?」

 む、むむ。そうきたか。ある、と言いたいところだが……紫さまに嘘を言ってしまうことになる。ない、と
正直に言えば……。……やっぱり剣の稽古をやめろって話になるのかなぁ。ううむ……。

「……正直言えば、私が未熟だからかもしれませんが……あるようには思えません。けれど、そうだと
しても、おじいさまだって幽々子様に剣を教えていたのですから、いつか光明が見えるはずだと私は
信じています」

 しかたない。正直に言うしかないよ。けど、こう言ってしまえば紫さまもおいそれと辞めろとは言わない……
はず……、ううん、何言うかわかんないや。頭良過ぎてバカみたいな事言うときあるからなぁ。

 そんな紫さまだが、少し思案するような顔をしている。いつもある事ない事ない事ない事ずけずけと
並べ立てるのが得意なわりに、珍しい事もあるものだ。それが、少し気がかりではある。ハの字の眉の
まま、紫さまが口を開いた。

「妖夢……、これをあなたに告げるかどうかは、すごく悩むところだけれど」

 うわ、そう言われると逆に滅茶苦茶知りたくなるんですけれど!? ななな、なんですか?

「あなたの祖父、妖忌ね。幽々子に剣を降らせた事はなかったわ」
「嘘ですっ! そんな事ありえない!」

 ……いくら単純な私でも、そんな嘘に聞く耳は持ちませんよ紫さま!! いくら友人である幽々子様の
ためを思ってとはいえ、それは私を馬鹿にしすぎです!

「紫さまといえども、言っていい事と悪いことが……」
「妖夢、それはほんとよ」
「ゆっ……幽々子、様」

 私の声を遮る我が主の顔を見る。そこで私は知ってしまう。いつものほほんとして構えているあの
笑顔に、幾分以上の真剣な色が滲んでいるのを。それは、真実を伝える時の顔。

「……そん、な」

 なんだろう。なん、だ、ろう。わたしのしんじていたものが、え、あれ? なんか、こわれ、て……?

「真面目なあなただから真剣に受け止めすぎてショックが大きすぎるだろうから、って言わないでおいた
んだけど。って妖夢、あのね、だからって妖忌は剣術指南役としての仕事を何もしなかったってわけじゃ
ないのよ?」
「……は?」

 どういうことなんですかだよぅ。わっけわかんないんですけどよぅ。なんなんですかよぅ。

「訳がわからないって顔してるわね」
「訳がわかれというほうが無理な話です……いったい、どういうことなんですか」

 なんとか、疑問を口にする事ができた。動揺が少しは収まったみたい。私の真剣な表情を見てか、
紫さまも珍しく引き締まった表情で小さく頷いた。

「あなたなら、口で言うより実際に見せたほうがいいかもしれないわね……幽々子、疲れているところ
悪いんだけれど、ちょっと付き合ってもらえるかしら?」
「紫の頼みならお安い御用よ」

 実際に見せるって……何をする気なのだろう?

「妖夢。黒曜と無月を持ってきてくれるかしら」
「は、かしこまりました」

 黒曜と無月とは一対の扇のこと。当然舞に使うものだが実はもう一つの使い道もある。もしやその……。

 ひと駆けして一往復。仰られた扇を手渡す。

「じゃあ、ちょっとやりましょうか……妖夢、見ててね」
「はい」









 私の見守る中、お二人は庭で少しの距離を置いて向かい合った。先に動いたのは紫さま、その体を
半身にし、どこからか取り出した扇をすっと幽々子様に突きつける。あれ? 紫さまの体勢、これって
もしかして……。

 幽々子様といえば相変わらずの柔らかな笑みのまま。しかし、手にした扇をしっかと握り締め、ほんの
少しだけ体を開いたその姿は……やはり、私にそれが何であるかを喚起させるに十分な凛々しいもので
ある。お二方が、小さく頷いた。

 そう見えた瞬間、先手を取ったのは紫さまであった。いつものめんどくさそうな雰囲気と裏腹の鋭い
踏み込み。幽々子さまの喉元を狙って真っ直ぐ突き出される白い扇。幽々子さまはそれに合わせて
身を翻す。体の軸を回転させ対手の狙いを外しつつ、紫さまの攻撃を跳ね上げつつ、更なる攻撃を
制するように弧を描いて左の腕が上がる。知って勢いを削がれた紫さまの突き。下がろうとしたところを
追いかけるように幽々子さまの右の扇が横薙ぎに、紫さまの頚動脈あたりを凪ぐように迫る。地を
蹴って紫さまが後ろに跳ばなければ、幽々子さまの打撃はしっかと細い首を打ち据えていただろう。

 改めての攻防の口火を切ったのは幽々子さま。いまだ体勢の完全でない紫さまへと間合いを詰める。
大きく右から横薙ぎに扇が振るわれる。だが紫さまも黙ってそれを喰らうわけにはいかぬとばかり、迫る
右手を打ち据えるように鋭い一撃。二つの扇は交差し、一瞬鍔競り合う。ですが紫さま、それはまずい。
そう私が思えばその通り、幽々子様は流れるように体を捌き、紫さまの懐に潜り込みつつ残る扇を以って
紫さまの胴を薙ごうとする。狙うは臓器か、はたまた腋下の動脈か。それを紫さまは知って、同調する
ように前へと踏み込む。密着してしまえば幽々子様の動きでは効果的な攻撃ができない。そうはさせまい
と幽々子様は歩を止め、大仰に腕を振るう。紫さまはそれで仕方なく歩を御された。同時に幽々子様
は華麗に、かつ素早く、間合いを広げるステップ。

 更に更にとお二人は美しく舞うかのごとく、扇を翻し打ち合いを続ける。息を飲んで見入ってしまう私。
もちろん共に幻想郷屈指の美女であるのもその理由ではあるが、それよりもお二方の演武こそが私を
驚かせている。その結末は、こうだった。

「ふッ!」

 紫さまが気を吐きつつ、攻撃をかいくぐり肩口から懐に入る。続けざまに居合い抜きのように扇を
内から外へと、幽々子様の胸元目掛けて薙ごうとする。が、紫さまは幽々子様の動きを完全に捕らえ
きってなかったのだろう。幽々子様は自身の攻撃の勢いを殺さず、くるりと優雅に回転していた。回転
しつつ体を沈め紫さまの腕の下にもぐりこむ。

「……ッあ!」

 伸びきった紫さまの腕。手の甲がしとどに打たれる。ぽろりと紫さまの扇が落ち、幽々子様の左の
扇が紫さまの喉下に突きつけられた。詰み、である。

「降参、よ。やっぱり幽々子に一日の長があるみたいね」
「今回は私の勝ちね。……掌、大丈夫?」
「えぇ」

 つい今しがたまで打ち合っていたのが嘘のように、いつもように親しげに話し合うお二人。と、急に
こちらに顔を向けてきた。私の思わずの拍手のせいだ。

「あらあら」
「ふふ、ありがと」

 微笑むお二人。

「素晴らしい物を見せていただきました」

 素直な言葉が口から出る。

「ありがとうね、妖夢。あと冷たい飲み物を持ってきて欲しいわ」
「はい! かしこまりました」
「と、行く前に。……妖夢にももうわかったわよね?」

 幽々子様と並んでこちらに歩み寄りつつ、玉の汗を一つ頬に浮かべた紫さまが問うてくる。もちろん
何を見せたかったのは理解している。

「はい。幽々子様が魂魄流双刀術三ノ型、紫さまが魂魄流短刀術一ノ型、ないし二ノ型ですね。相当に
お二方のアレンジが入ってるとは思いましたけど、確かに間違いありません」
「さすが、剣の事に関してだけは一人前ね。剣の事に関してだけは」
「きょ、強調しないでくださいよ幽々子様……」

 庭師のお仕事とか霊魂を導く仕事とかちゃんとやってますってば。……誘魂灯を落としたこととか、
ええと、うん、その、知らんちん。

「知らんちん」
「ん? 妖夢、どうかしたの?」

 うひゃほうっ! つい口に出てしまいましたよどうしたの魂魄妖夢!? 地獄耳もいいとこですよ紫さま。
そこは歳なりに耳が遠くていいところです。それはともかくここはどうにかしてごまかさなければっ。

「え、あの、ですね、その、えっと。……なんで紫さまも魂魄流を?」 

 そうそう、そうなのだ。そもそもお爺さまは幽々子様にお仕えしていたはず。それがなぜ紫さまも?

「えぇ、私が妖忌に頼んだのよ」
「え? 紫さまがご自身でわざわざ?」

 めんどくさがりやの紫さまである。にわかには信じられないのだけれども、否定する材料もない。ただ
理由が分からないだけだ。

「だって、か弱い女性ですもの。身を守る術のひとつやふたつは身につけておいたほうがいいと思って」
「は? か弱い女性? 誰がってきゃう!?」

 当然の疑問を口にしたら額を思いっきり扇でひっぱたかれた。なんという横暴! だが苦痛のせいで
抗議の声を上げる事ができない。

「正直なのはいいとして、それをあからさまに口にするのは少し控えたほうがいいわよ。まったく、幽々子
もそう思わない?」

 愁眉の表情で紫さまが見やる先、幽々子様はといえばきょろきょろしていた。そして一言。

「ねぇ紫? か弱い女性ってどこにいるの?」

 ずるっ、と足元を滑らす紫さま。ナイスツッコミである。へへーんだ紫さま、白玉楼の主従、心の絆を
思い知れー!

 さて紫さまといえばゆるゆると体勢を整えて、大きな溜息をついた。幽々子様に湿り気を帯びた視線
を投げかけるも、花のような笑顔がバリアーとなってそれを遮る。もう一度溜息。

「……まぁ、ともかく。私も能力を封じられれば遅れをとる事もあります。備えはしておいたほうがいい
でしょう?」

 最初っからそう言えばいいのに。これはあれか。紫さまツンデレというやつですね、たぶん。

「……それにね」
「はい」
「……大切な誰かを守るためには、そういう力も必要なのよ。無いと知って後悔しても、手遅れの時
だってあるのだから」

 え、ちょ、いきなりシリアスな空気を持ち込まないでください。なんかちらりと幽々子様を見て憂いに
満ちた表情とかされても、その、フォローに困る。

「……あー……」
「ん? あぁ、まぁ、それはともかく、ね。私はどうでもいいのよ。幽々子が妖忌からちゃんと魂魄の
技を受け継いでいる事が、これであなたにも分かったでしょう?」
「はい」

 言葉に詰まった私に配慮してくれたのだか、それともツンデレだからなのか――おそらくは後者だと
して――話を戻してくれる。お言葉どおり、お爺様は刀を振らせたわけではなかったのだろう。ただ、
二対の扇を短刀代わりとして振るわせていたのだろうから。

 もしあの手に握られたのが短刀そのものだったら……同じく短刀を手にした紫さまを打ち負かす
ほどの腕であることは今見たとおりだ。少しばかり安心して幽々子様を見る。にこやかな笑顔で一つ
頷いて、そして、
「妖夢ー。麦茶ー。そしてお茶菓子をおねがいね」
「……はいはい」
幽々子様はやっぱり幽々子様であった。







「はい、妖夢ありがと……」

 麦茶とみつあめを用意して縁側に座るお二方に手渡す。お礼を言ってくださる幽々子様の言葉が、
途中で途切れた。

「どうしたの妖夢。浮かない顔ね?」
「……何かまだ、心に悩みの種が埋まっているって感じ」

 そうなのだ。お二方に麦茶をお運びしようと一度縁側を離れ、用意をしていた時に一つ気付いて
しまったことがある。それは私の心に暗雲をもたらすのに十分なものだ。このまま暗い顔をしている
だけでは、心配をかけてしまう。意を決して、言葉を振り絞る。

「お爺様が幽々子様に間違いなく剣を指南していたことは分りました。けれど、だとすると、私が幽々子様
にお教えできるものはありません……私も短刀術は心得てはいますが、剣術よりは数段劣ります。お爺様
がお教えになったこと以上のものを伝授することは出来ません。だから……私が、指南役をする意味など」
「妖夢」

 はっとして、いつの間にか下がっていた視線を上げる。幽々子様の、いつも以上に優しい笑顔。

「妖忌はね、踊りはへたくそだったのよ?」
「は?」

 わかっている、わかっちゃいるんですがどうしてこう訳のわからない事を仰いますか! けれど、そう抗議
の声を上げはしない。訳がわからないことばかり言うけど、こういう時の訳のわからない言葉には必ず真意を
持たせているのが幽々子様だ。よし、考えてみよう。

 よし、終了。やっぱりわからない。きっかり一時間くらいは悩んだはずだ。

「どういうことですか?」
「さ、三秒くらいで考えるのやめたわね、今」

 うっそだーん。そんなに早く諦めたりしてないですってば紫さまー。しかし苦笑した紫さまを見るに一時間は
少々長く見積もりすぎたかと反省する。まぁ、それはそれ、だ。

「まったく、妖夢ったらとうの昔に自分で答えに辿り着いているのよ? それに気付いていないのが妖夢らしい
というかなんというか」
「へ?」

 え、私紫さまに何か言ったんだっけか。考えてみても思い浮かばない。お二人の顔を交互に見ると、やはり
いつもみたいにちょっと意地の悪そうな笑みを浮かべていらっしゃる。ううむ、そういうお顔ばかりするから
小皺とか増え……
「妖夢、今何か不遜なこと考えてない?」
……えーと。

「め、滅相もありません」

 増えない増えないはいはい可愛い可愛いですよーだ。しかし答えに辿り着いているとは一体なんなの
だろう。私そんな面白い事言ったかなぁ? ……はて、あれだろうか。

「知らんちん、ですか」
「はっ!?」

 やっべ違った間違ったー。紫さまの驚いた顔を見れたのはちょっと幸いだがこれはまずいぞ、と。

「あぁいえなんでもありませんはいはいわかりませんわかりません降参です降参、こーさーん」

 駆け抜けるように一気に言い切りバンザイお手上げのポーズ。一瞬眉をひそめた紫さまだが、小さな
溜息をひとつしてから口を開いた。

「言ったじゃないあなた。『相当にお二方のアレンジが入ってるとは思いましたけど』って。確かに幽々子
は魂魄流双刀術三ノ型を習得したわ。ただそれは剣術としてでなく、舞として。ただ剣を振らせるだけでは
幽々子に技を教えるのを難しいと判断した妖忌はね、幽々子の得意な舞を取り入れて教えたのよ」
「そ、そうなんですか」

 初めて知った。でも先の幽々子様の動きを見る限り納得はできる。剣術というにはあまりにも優雅
だったからだ。もっともその一挙手一投足が、確実に相手に深手を負わせる死の舞踏になることも
分っている。幽々子様に視線をやれば、実に、いつも以上に柔らかな笑みを浮かべていらっしゃった。

「でもね、妖忌はそれまで舞だなんてしたこともなかったのよ? だから私は舞を教えつつ、妖忌は
剣を教えつつ。ふふ」
「でもあなたと違って妖忌はいつまでたっても舞はうまくならなかったわね」
「あら。紫は知らないでしょうけど、敦盛なんてそこそこ様になってたわよ。うふふ、でも確かにいつまで
たっても下手だったわね」

 ふっ、と幽々子様の目が遠くを、いや、遠い過去を見ていらっしゃる。瞼の裏にはお爺さまとの思い出
が今でも鮮明に残っているのだろう。その幽々子様のお顔を見る限り、その当時は、楽しかったに違い
ない。あのお爺さまが幽々子様から舞を手取り足取り。孫の私がこう言ってはいけないのだろうけれど、
あの厳格で真面目なお爺さまが難しい顔をしながらあたふたして舞う姿は、きっと滑稽なものだったろう。
その姿を想像するだけで、私もなふと無意識に微笑んでいた。

 しかし考えてみるに、私がこれから剣を教えるにあたっての懸念が消えたわけではない。そもそも
紫さまや幽々子様がなにを仰りたいかが分っていないのだ。

「で……お爺さまの舞が、私が剣をお教えできるかどうかと何か関係が?」

 そう当然を呟いたら、なんかお二人からものすっごい視線を投げかけられた。えー。なんでー?

「全く、ホント、この子ったら」
「ごめんなさいねぇ。主として代わりに謝るわ」

 え、いやちょっと待って。なにこの冷え切った空気。チルノてめぇどこにいやがる。いやまぁ、レティ
でもいいのだが……さておき。

「……あのー。……っ!?」

 疑問を投げかけようとしたら視線がビームに変わった、気がするくらい冷たい顔をしたお二人。
次いで同時に、深い深い溜息をつかれた。

「あぁもう。なんだってこの子は」
「十を知るのに百ほど聞かないといけないのがこの子だもの。えらく理解が早くて機転も効いて主の
言うことをちゃんと聞いて炊事洗濯掃除全てに任せて完璧で子どもの面倒もきちんとやっておっぱい
大きかったりしたら、その、まぁ、妖夢じゃなくて面白くないでしょ?」
「まぁうちの式に一匹そんなのがいるけど、まぁ、そうねぇ。それは妖夢じゃないわよねぇ」

 えー。ちょー。なんですかそれー。まるで私が頭悪くて粗忽物で反骨心ばかりあってすいじそうじ
せんたくぜんぜんできなっくて、うぅ、じぶんのことしかかんがえられない、ひんにゅうの、つまり。
うぅ、ううううう。

「あ、え、よ、妖夢ごめん。そ、そこまで落ち込むとは思わなかったわ」
「あらあら。あーもう、ごめんねぇ妖夢。確かに私も言いすぎたわ。だから楼観剣でうちの庭や植木に
のの字を切り刻んだり叩き込んでいったりするのは、できればやめて欲しいかなー」

 うぅ、ううう。

「ら、藍さんと、比べなくっていいじゃないですかぁ。うわーん!」

 螺旋を描く剣の軌道が、樹齢100は超えようかという杉の幹を抉り斬り飛ばす。返す刀で大人が十人
でも持ち上げられないような巨石に、味わい深い”の”の一文字が一面刻み付けられる。その感触で
私の心は少しばかりおさまる。だいいち、落ち込んだ時はのの字を書いて気を紛らわせばいいって
教えてくださったのは紫さまじゃないですか。……はぁ。

「……すみません」
「一応落ち着いたのね……。美技、というに値する太刀筋なんだけど、こういう発揮の仕方はゆかりん
どうかと思うなー」

 ドサマギで、
「ドサマギでゆかりん、っていうのはどうかと思うわー」
ナイス幽々子様。一瞬のの字役を交代しそうなほどにゆかりん、もとい紫さまが落ち込んだ気がするが、
まぁほっとこう。

「はぁ……まぁ、それは、ともかく」

 書かないんだ、のの字。

「つまり私たちが言いたかったことはね、結局のところ妖忌も幽々子に合わせて剣を教えたってこと。
いつまで経っても上達しないって分かっているのに剣を振らせるよりは、って思ったのでしょうね。そこで
幽々子の得意な舞を自らも教わりながら、共に上達をしていった。それはとても……素晴らしい主従の
関係と思わない?」
「それは……思います。すごく、で、でも」

 私は舞なんて舞えやしない。舞えたところでお爺様が教えたものを超えられる気がしない。そう言おうと
すれば、遮るように紫さまが言葉を被せる。

「できるわ。あなたにも。もちろん舞えって言ってるわけではないわ。あなたには、あなたなりの、あなた
としての、あなたと幽々子としての剣の道があるはず。それを今日から一緒に、ふたりで探しても、
いいんじゃなくて?」

 え……?

「で、できるんでしょうか。私に」
「できるわ」

 私の不安に笑顔で、しかしはっきりと答えられたのは、紫さまでなく幽々子様。

「やりましょう、妖夢。ね?」

 差し出される、やわらかな右手。私はそれを……。

「……はい! 幽々子様!」

 ぎゅっ、と握ったのだ。






「さて、とはいえどうしたものかしら」

 そう呟く紫さま。ちなみに幽々子様はさっきからずーっと私の手を握ったままにこにこしている。
いやまぁそれすっごい嬉しいんですがなんかものすっごい照れるんで、ちょっと困ってたところ
なんですよ! がんばれ紫さまなんとかこの状況を打開して!! まじで。

「え、と、紫さま、どう、と仰られますと」
「なんで妖夢はそんな真っ赤なのよ。まぁ、そうね。ただ剣を振る以外の、さしあたって何か行動を
起こしたらどうか、と思ったんだけど」

 なるほど、確かに。少しばかり考えた素振りの紫さまがこちらに向き直る。

「ねぇ妖夢。あそこを見てみたら何かアイディアでも沸くんじゃないかしら。あの、妖忌の蔵を」
「えー。だめですよー。あそこはお爺様秘蔵の収集物ばっかりですもん。勝手に入るわけにはいきません
ってばー」

 紫さまの仰られた”妖忌の蔵”。剣の道に殉じる覚悟であった、といっていいお爺様の唯一の趣味、
なのだろうか。お爺様はよく幻想郷に流れ着いた様々な武具を、”供養”と言って拾い集めていた。時に
ライバルとなる古物商などをちぎっては投げちぎっては投げまでしてする供養とはずいぶん楽しそうだ、
と思った記憶がある。それら山のような武具防具を納めたのが、紫さまのいう蔵なのだ。

 ちなみに供養と言いつつ、どの収集物も錆を落としぴかぴかに磨き上げられていたし、戯れに、などと
言いつつ西洋剣を振り回していたお爺様の目が子どものようにきらきらしていたのは、うん、記憶の中に
閉じ込めておこうか。

 ともあれ、そんなお爺様の大切な想いが詰まった場所は、紫さまだとてそう簡単に足を踏み入れさせて
いいとは思えない。きっと幽々子様も同じ思いだろう。

「ねぇ、幽々子様。そんな簡単に開けちゃぁダメですよね」
「んー? 別にいいんじゃない?」
「ぅわっかりましたぁーッッッ!! じゃあスパコーンとブチ空けちゃいましょうかぁ!!」
「え、なにこのここわい」

 なんか紫さまがいってるけど気にしねー!! 幽々子様がいいっていったらいいんじゃいー!!

「ねぇ幽々子? どうしちゃたの妖夢は。なんか真っ赤だしテンションおかしいし」
「さぁ……?」
「そ、それでは鍵を取りに行って参りますので、幽々子様、お手を」
「拝借?」
「……握られたままでは一本締めもできません」
「あら」

 どうやら素で気付いていなかったらしい。こころもち緩んだ手を、名残惜しいが、本当に名残惜しいが、
ほっんっとっうっにっ名残惜しいが振りほどいて白玉楼の中へと駆け込む。いまだ手に残るひんやりと
した感触は、亡霊である幽々子様の、幽々子様だけのものと改めて感じて、嬉しいような切ないような
気持ちである。












「では、開けます」

 お爺様の蔵の前である。ずしりと重さが手に伝わる南京錠に鍵を差込み、ひねる。ここを開ける
のも久方ぶりだ。重々しい音ともに扉を開ければ、中からひんやりとした空気と、鉄と黴の混じった
臭いが鼻をくすぐる。この奥には百余もの武具防具がずらりと並んでいる。

「では、幽々子様。この中から幽々子様が此れは、と思うものをお一つお選びください。その使い方を
私とともに学んでいきましょう」
「えぇ」

 蔵の中には光が差さない。手近な吊り下げランプに火を灯しながら歩を進めれば、久々の明かりに
照らされただんびらがぬらりとした光を返す。あるいは朱塗りの鞘に収められた太刀はその何倍もの
長い影を床に落とした。幽々子様は私より先に進んでいらっしゃるが、亡霊である身。灯りがなくとも
それほど問題ではあるまい。で、だ。

「何で紫さままでいらっしゃるんですか」
「えっ」

 振り向いた先で本気で意外そうな顔をしたことがこっちとしては意外に過ぎますよ!

「幽々子様の武器を探しているのです。なぜ紫さまがいるのですか。なぜ紫さまがいるのですか。
大事なことなので二回言いました」
「え、なんでそんな天下の往来で半裸で踊るふんどし魔神を見るような、あたかもその目に氷精を
飼ってるような、そんな」
「今どれだけ冷たい視線を送ってるかは自覚してますので」

 あいかわらずよくわからない言い回しではあるが、紫さまは天下の往来で半裸で踊るふんどし魔神を
見たことがあるのだろうか? あ、ちょっとすねた顔をした紫さまは結構かわいいな。

「よ、妖夢。あなたは客人を手持ち無沙汰に待たせておくの?」
「はぁ……。そう言われるのであれば仕方ありません。ただ、あまり妙な事はなさらないで下さい」
「妙なことって、私がそんな人間に見える?」
「そんな妖怪に見えます。ここにあるもの全てはきちんと目録があり管理されてますので、勝手に
持ち出されてもわかります。その辺りはよくご理解を頂きたくはありますね」

 鍵と一緒に持ってきた目録を突きつければ、すねた顔の紫さまがあからさまにふてくされた表情に
変わった。が、抗議の言葉が出てこないところをみるとやはりなんかやらかすつもりであったらしい。
ま、何もしないならふてくされてる以外害もないので放っておいてもよさそうだ。ランプに火を入れる。



 しばらくそんなことをしていると、
「ねぇ妖夢」
と紫さまの声。蔵のランプにすべからく火を宿し明るくなれば、紫さまのご機嫌もそちらに傾くらしい。
振り返ればいつもの表情に戻られていた。

「なんでしょうか」
「……妖夢としては、幽々子がどんなものを選ぶと思う?」

 ふむ、なかなか興味深い質問だ。幽々子様が振るうに相応しいもの。腕を組み考える。さて、この蔵
には古今東西ありとあらゆる武具が揃っているはずだ。中にはバネ仕掛けで矢を撃ち出す暗器や、どう
見てもただのシンバルにしか見えない武具(もっとも外周は刃になっているのだが)などおかしなものも
あるのだが、幽々子様にそういったものは似合いそうにない。そう、例えば……。

「私としては、これなんかどうかなぁ、って」

 今のは私の声ではない。話を持ちかけてきた紫さまのものである。どうやらご自身の説に付き合わせた
かったらしい。ま、暇ではあるから乗ってあげるが。頭を上げる。

「これ、とはどれ……げっ」

 視線の先でにこにこしながら紫さまが指差すもの。それは西洋の武器”モルゲンシュテルン”。棘が
あちこちから生えた鉄球が先についた槌矛である。思いっきりブン殴れば兜を着けた相手だろうといとも
たやすく頭部を潰れたトマトに変える事のできる素敵アイテムだが、私から言わせれば剣と比べれば無骨
に過ぎて、なにより殺ったときのズッバアァァァだのドッシュゥゥゥだのといった爽快感は得られそうもない。

 しかし、だ。紫さまの指すそれは、そのなんというか。モルゲンシュテルンの殿様とか大親分そんな、
ともあれつまり。やたらにバカでかい。そもそも人間が持てるのかってレベルの大きさだ。慌てて目録
を見れば、”巨人殺し”とある。確かにこれなら巨人くらいブチ殺せそうだ。外の世界に巨人がいたのか
どうかは知らないけれど。

「これこれ。これを幽々子がブンブン振り回してる姿って映えると思わない?」

 ええと。『妖夢ー見て見てー。今日はハンバーグー』。ねぇよ。確かにミンチ肉は大量に作れるだろう
けどさ。それでハンバーグ作るのは誰だって話で。要約すると、これは酷い話だ。紫さまも酷い絵面を
想像したものだ。あれで一応私の主人なんですよ、たぶん。

「……幽々子さまには後でその旨きちんとお伝えしておきます」
「今、あなたも酷い妄想したでしょうに。そんな顔してるもの」
「それはあくまで紫さまのご想像に過ぎません」

 ひとの思考を読み取るとかそういうのやめていただきたいのですけど。覚り妖怪かなんかですか
アンタは。ともあれ主に報告すべきところはする、それもまた部下としての勤めなのだ。べ、別に
報告しにいった後に紫さまがオタオタする姿が見たいとかそんなんじゃないんだもん。

「じゃあ、妖夢は何が似合うというのよ」

 いささか不満げな顔の紫さまに再度問われた。が、私の考えはすでにまとまっている。

「では、お見せいたしましょう」






 武具には様々な形状がある。その形状こそがその武具の在り方そのものといっても過言ではない
だろう。私が案内した先は、まるで林のようであった。

「槍?」

 そう呟くように問われた紫さまは、ご自身の言葉を確かめるが如く立てかけた一本に手を伸ばす。

「槍、というか長物ですね」

 両手と両足の指で数えられないほどの槍のほかにも、奉天戟やら三叉矛やら長い柄を持つ得物が
ごまんとある。が、私としてはそれらが幽々子様に合うとは思ってはいない。ただ一つを除いては、
であるが。立てかけてあるのではなく、壁の取っ手に柄をかけてあるそれを手にし、刃を覆う布を
取りはらう。

 薙刀、いわば小刀を長い柄の先に備えた武具。突くよりも撫で斬る事に特化したものである。槍は
突く以外には振り回すという、どちらかといえば野暮ったい使い方しかできない。だが薙刀はその
リーチを生かして、周囲を須らく薙ぎ払い、あるいは敵の額を真二つに裂き、剣の間合いの外から
相手の脛を断つ。千変万化の太刀筋を極めれば、それこそ舞うが如くに相手を葬り去る美しくも苛烈
な武具である。これこそが私が幽々子様に相応しいと選んだものだ。

「これです、薙刀……って、紫さま何やってらっしゃるんですか。ってかそれなに」
「え。え。妖夢これ見て、ちょっと楽しい。たーのーしーいー」

 振り返った先で紫さまが、手にした槍を伸ばしたり引っ込めたりして遊んでいた。柄自体がなんの
道理か伸びたり縮んだりしているのである。慌てて目録を調べると”名槍へろへろ丸”とある。な、
なんだこれ。

「これ、霊力を注いだりやめたりすると、それに応じて柄が伸び縮みするの。ほらほら見てて」

 そう言うや否や、蔵の高い高い天井近くまで穂先が伸びていく。かと思えばするすると柄は短くなり、
手槍ほどになって紫さまの手に収まる。確かにそのような事が目録にも添え書きしてあった。お爺様も
また妙なものを集めたものだ。……紫さまはといえば、まるっきりそのまんま、新しい玩具を手にした
幼児である。

「あげm」
「妖夢、私これほしいわ!」

 こちらの言葉を遮って欲望をぶちまけやがったぐぬぬ。久々に見るあの童女のような笑顔は間違い
なく手にした一品を気に入った証拠である。普段は超然とした、お歳に相応しい振る舞いを心がけて
いるようだが、素はなんというか、その、実に子どもっぽい。幽々子様と一緒にいるときはけらけら
笑うし、結構しょうもないこと、例えば藍さんに少々冷たくされた程度でめそめそぐじぐじなされたりも
する。歳を重ねた妖怪ほど子どもっぽくなるとか聞いたこともあるが、それはさておき、そういった
時に躾けるのは大人の役目……ん? な、なんか変だぞ? ……とりあえず、気にしないでおくか。

「あげません」
「えー妖夢のけちー」
「いやケチとかそういう問題ではなくてですね、ここにあるものは未だお爺様の管理下にありまして、
つまり欲しいならお爺様に言っていただかないと」
「うー」

 流石にお爺様を盾に取れば紫さまとて引き下がるを得な……、いやちょっと待ってくださいよ。何で
泣きそうなんですか。これはやばい。非常にやばい。この場で泣き喚くようなことはないが、自分の
家に帰られてからは定かではない。たぶん泣くだろうそして藍さんの胃をぎったぎたに痛めつけるの
だろう。

 それはいい。問題はその後だ。一度泣かしてしまうと本当に、ほんとーに、ほんっっっとーに長い間、
ことあるごとにその事象をちくちくねちねち突っついてくるのである。さすがにアレはもう二度と経験
したくはない。さて、策を講じねばならないな……。

 ちなみに前の事象とは、紫さまが買い置きしてたプリンを食べてしまったことである。私悪くない
美味しそうなプリンが悪い。美味しそうっていうかめっちゃ美味しかったプリンがめっちゃ悪い。

「あのー、紫さま」
「なによぅ」
「あげる訳にはまいりませんが、まぁその、貸与という形でなら……」
「え! いいの!? やったぁ!! これもらっちゃっt」
「だからあげてませんって」

 隙を見せれば即我が物とされるだろう。それが分っているからとっとと予防線を張るのが無難な策だ。
チッ、と小さく舌打ちが聞こえた気がしたがこれを華麗にスルー。とりあえず貸した事にしておけば体面
も保たれるし、お爺様所有のままであるものを紫さまも無碍には扱いはすまい。

「まぁじゃあ借りておくってことで」
「はい、では丁重に扱ってくださいね」

 私の言葉を受けて、紫さまがにこやかに頷く。

「えぇ。もし折れたら”名杖へろ丸”として大切に扱うから」
「折るな!!」














 今、私は蔵の外にいる。
 紫さまに槍を手渡してすぐに、奥から幽々子様のお声が聞こえたからだ。

「もうちょっとかかるから外で待ってて」

 そう言われたなら従うしかない。私は少し暇を持て余して、目録を眺めている。紫さまはといえば
やはりというかなんというか、さっきからものすごくニコニコしながら槍を伸ばしたり縮めたりしている
。なにがあんなに楽しいかは理解できないが、紫さまだし楽しさの感覚も私の慮る所にはないのだろう。
しばらくそんな事をやっていると蔵から出てくる気配ひとつ。幽々子様だ。

「おまたせ~」
「待ちまし……げっ、な、なんですかそれ」
「……想像の斜め上を行かれたわ。やるわね、幽々子」

 素晴らしい笑顔で幽々子様が振り回す――



 それは
    剣というには
          あまりに
              大きすぎた



 大きく
    ぶ厚く
       重く
         そして大雑把すぎた



 それは
    まさに
       鉄塊だった――









「「ドラゴンころしかよ!!」」
「妖夢、これで焼肉したら一杯お肉焼けそうよね!」
 妖夢「カルビおいしかったです」
 
 幽々子様はそれはもう見事にドラゴンころしを扱ったそうです。







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 みょんってただただクソ真面目なだけではない気もするんだ! 幻想郷の住人だし。
 そんなわけで自機決定の折もあってひとつやってみました。やらかしてみました?

 お読み下さりありがとうございます。今日(2011/5/5)で創想話初投稿より丸三年となる白でした。

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コメント



0.940簡易評価
8.80名前が無い程度の能力削除
龍神様逃げてー
12.100あぶぶ削除
妖夢のテンションが危険だ。
何時か幽々子を襲ってしまいそうな気配がする。
「人生をあきらめるのはまだ早いよ!」
まったく、そんな目をした人間が多すぎる・・・
幻想郷までもが穢れてしまったら、性犯罪者しか世の中に存在し無いと言うことになるよね!
13.80名前が無い程度の能力削除
感想が掻きにくい文章だった。
まあまあ面白かったけど。
17.70桜田ぴよこ削除
落としどころに若干の物足りなさを感じつつも面白かったです。
21.80名前が無い程度の能力削除
どうやら幽々子様は永夜異変で龍が召し上がれなかった事がお悔みのご様子。
26.100非現実世界に棲む者削除
ははは、流石ゆゆさま。
いつになく素敵ですよ。
妖夢もいいキャラ出してましたよ。