『第37回 レミリア・スカーレット主催親睦パーティのお知らせ。
幻想郷に住む皆様、お誘い合わせの上、気軽にご参加ください』
紅魔館に向かう霧雨魔理沙が持っている手紙が届けられたのは昨晩の事だった。
この手紙を受け取ってから、彼女は憂鬱で仕方が無かった。
無論、賑やかな空間を好む魔理沙にとって、パーティに誘われる事自体には何の問題も無く、寧ろ楽しみなくらいである。
彼女の気分を重くさせている要因は、手紙の最後に書かれた一文であった。
『今まで通り会費等々は必要ありませんが、参加者の皆様は抱腹絶倒の面白い事、誰もが驚く凄い事を用意して頂くようお願い申し上げます』
文面を確かめた魔理沙は、本日何度目かわからない溜め息を吐く。
これまでもパーティの最中に出し物を要求される事はあったが、ここ数回‥‥
正確にはフランドールが活発に皆と交流するようになってからの第34回パーティから、招待状にこの忌まわしき文章が追加されるようになったのだ。
「気が重いぜ‥‥」
幻想郷の面々の認識では、魔理沙は場を盛り上げるのが得意というキャラ付けが施されている。
周囲の期待の分、ハードルが無駄に高くなっているのだ。
今までは鉄板の「幻想郷あるあるネタ」「弾幕あるあるネタ」シリーズでどうにか体裁を保ってきたが、流石にネタが枯渇してきた。
前回初披露した「こんなアリスは嫌だ」は本人にこっぴどく怒られたため封印した。
「当のアリスは今回も人形劇か腹話術みたいだし、一芸に秀でてる奴はこういう時に便利でいいよなあ」
余談だが、アリスの披露した腹話術での「声が‥‥遅れて‥‥聞こえるよ!」
は、一躍大ブームとなった。
「ああ、着いちまった。結局まだ何も浮かんで無いぜ」
「やあ魔理沙、早いわね」
「よう。これ、一応お土産な」
「ん? 何これ? あら野菜じゃない」
「貰い物が余ってたし、こんな時に手ぶらってのも何だしな」
傍若無人な魔理沙だが、この辺りは存外とカッチリしている。
それ故今は、己に寄せられた期待に押し潰されそうになっているのだ。
「それじゃ咲夜さんに渡しておくわ。開始まではまだ時間があるから、勝手に中に入って適当に待ってて頂戴」
「どうやって聞いても門番のセリフに聞こえないよな」
「それもそうね。じゃあ途中まで一緒に行きましょうか」
「そういう問題じゃ‥‥別にいいけど」
こうして二人は、がら空きの門を後にして厨房へと向かうのであった。
「咲夜さーん」
「美鈴? どうし‥‥あら、魔理沙も一緒なのね。いらっしゃい」
「おう」
「これ、魔理沙のお土産です」
「あらら、悪いわね。中身は‥‥野菜ね」
「貰い物だけどな」
「よく見たら、イーモのが結構入ってますね」
「‥‥え?」
その手にジャガイモを持った美鈴の言葉に、魔理沙は固まった。
この妖怪、イモといい物をかけたのか?
「あら本当。このおネギも上質ね。普通の八百屋だったら高いわよ。ネギらないととても手が出ないわね」
「え? え?」
「山菜も入ってますね。タラの芽なんて、天ぷらにしタラ最高ですね」
「そうね。タラふく食べられちゃうわよね」
「‥‥‥‥」
魔理沙を挟んで突如始まったダジャレの弾幕勝負。
いつの間にやら近くにいた妖精メイドまで参加している。
「あ、おいしそー。ナスてこんなに野菜があるんですか?」
「こういう甘そうな人参なら、野菜が苦手な妹様でもキャロット食べられちゃいそうですね」
「今からなら今晩のメニューに追加出来そうですね。私、大豆とひじきの煮物がダイズきなんですよー」
「ショウガ無いわね。追加しましょうか」
なんだこいつら!
ナチュラルに始まったダジャレ合戦に呆気に取られた魔理沙だったが、思い返してみれば招待状にあんな文面を載せたのは紅魔館の連中なのだ。
これくらい出来ても不思議では無かった。
「さて、そろそろ仕事に戻りましょうか。あら? あなた、具合でも悪いの?」
「い、いえ‥‥」
ふと気付くと、咲夜が一匹のメイドに声をかけている。
声をかけられた方は、言われてみれば確かに落ち着かない様子でソワソワとしていた。
「あ! あんた、思い付かなくて必死に考えてたんでしょ!」
「もう遅いからね!今言うんじゃないわよ!」
「ち、違うもん!」
「まあまあ、一応聞いておいてあげるわ」
「え‥‥えと‥‥いやあ、立派なピーマンね。‥‥マンピー!」
「‥‥‥‥」
「あんたそれ、面白い音の響きとちょっとエッチな事言っただけでしょ!」
「ぷふっ! ‥‥と、とにかく仕事に戻るわよ。美鈴、魔理沙を案内しておいてあげて」
「はーい。ささ、こっちへどうぞ」
妖精メイドの下ネタでオチのついたところで、魔理沙は会場へと案内されたのであった。
「じゃあ次は私が!」
「よっ、待ってました!」
時間は経過し、現在パーティは最高潮の盛り上がりを見せている。
出し物も既に数名を残し、後半戦に差し掛かった。
壇上ではフランドールが得意の小噺を披露している。
「ああああ‥‥どうしよう。何も浮かばないぜ‥‥」
普段は率先して場を盛り上げる魔理沙がいつまでも登場しない。
その事は他の参加者の期待を更に煽る結果となってしまった。
「あら、元気が無いわね」
「レミリアか。どうでもいいが、フランの芸はどうしてあんなに完成されてるんだよ」
「それは私も由々しく思っているわ。それはともかく、どうしたのよ」
「実はかくかくしかじか‥‥」
「‥‥いや、何もそんなに重々しく考えなくても」
「そう言われてもなぁ」
「既にすべっている者もたくさんいるし、苦痛になるくらい悩まなくてもいいじゃない」
「うーん‥‥」
「‥‥じゃあ一つ教えてあげるわ。耳を貸しなさい」
「お後がよろしいようで。‥‥んー、終わったー! 後は咲夜と魔理沙だけだね。咲夜は今回もマジック?」
「いえ、毎回同じでは芸が無いので、今回は面白い事に挑戦しようかと」
「へえ! じゃあ早速‥‥」
「ちょっと待った!」
フランドールに促され壇上に上ろうとした咲夜を魔理沙が呼び止め、自分が代わりに上っていく。
「あら、そんなに自信があるの? それならお先にどうぞ」
余裕の表情で腕を組み魔理沙を見上げる咲夜。
一方の魔理沙は緊張でガチガチになっていた。
「え、ええと。私は今回、一発ギャグを披露したいと思う!」
魔理沙の言葉に参加者達の視線が集まる。
会場のざわめきも少しずつ落ち着き、完全に音が無くなった頃、魔理沙は意を決して行動に出た。
「さよなら三角また来て四角! 五回回ってペンタゴォン!」
変な動きと共にあまり意味の無い言葉を言う。
まさに王道的なその一発ギャグは、結果だけ見れば「チョイすべり」だった。
恨みがましくレミリアを睨むと、実に面白そうに笑っている。
しかし、その目は魔理沙に向けられてはいない。
レミリアが見ている方向に視線を向けると、咲夜が真っ青になっていた。
「まさか‥‥」
「ま、魔理沙! あなた、どこでそれを!?」
やはりネタが被ったのだ。
一発ギャグでのネタ被りなど有り得ない事だが、同じ事を連続でやる方がもっと有り得ない。
しかし、先ほど面白い事をやると言ってしまった以上、今更マジックに変更するわけにもいかなかった。
今度は咲夜が完全に追い詰められているのだ。
「そういう事か。レミリアも人が悪いぜ。ま、頑張れよ!」
「うう‥‥」
晴々と舞台を降りた魔理沙と入れ替わりに咲夜が登場する。
「え、ええと‥‥その‥‥あの‥‥」
「どうしたのよー!」
「早く早くー!」
「くう‥‥!」
なかなか始まらない咲夜の芸に業を煮やして野次が飛び、咲夜はますます追い詰められていく。
「えーと‥‥えーと‥‥せ、せ‥‥」
「せ?」
追い詰められて。
追い詰められて。
「セックス!」
暴発したのであった。
「あっはっはっは! いや、最高だったわよ!」
「や、やはりお嬢様だったんですね‥‥魔理沙に私がやろうとしていたのを教えたのは」
その後、里の守護者であると同時に教育者でもある慧音から叱られた咲夜は、主人に文句を言っていた。
「まあまあ、いいじゃないの。たまには」
「咲夜さん、もう一回やってくれません?」
「美鈴!」
今後弄られる要素が増えた咲夜は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そんな咲夜に声をかけるフランドール。
「咲夜、お疲れ様!」
「ああ、フラン様‥‥」
「ん、咲夜は頑張ったよね。偉い偉い!」
「フラン様はお優しいですね。他のみんなと違って!」
これ見よがしに言う咲夜。
レミリア達はその様子に苦笑を浮かべる。
「あ、そうだ咲夜!」
「はい、なんでしょうか?」
「魔理沙のギャグ、死ぬほどつまらなかったよね!」
「ひい!?」
レミリア達に、二度目の大爆笑が訪れた。
頑張れ咲夜さん…!
さして後書きわらえない…
明日は我が身かな、友人の健闘を祈る。