前書き
この話は、拙作「ヤクモラン」「黒猫の咲かす花」「幽香が咲かせ、幻想の花 ~ウサギノアシ~」の設定を受け継いでいます。
といっても、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして花を創っていることを了承していただければ、特に問題はありません。
いいよ、という方は、本文をお楽しみください。
===================================================
「お花見の季節も、そろそろ終わりですね。」
「えぇ、葉桜が目立ち始めました。暦を見ると、もう皐月ですし。」
命蓮寺の桜の下、私と聖で今年最後の花見を楽しんでいた。花びらがほとんど散ってしまった桜は、盛大に宴会を開くほどの活気をもたらすことはない。
「名案を思いつきました。……皐月だけに。」
「名案、ですか? ……え? 皐月だけに?」
「いえ、気づかなかったら流してください…… 寅丸は、端午の節句についての知識はありますか?」
名案と皐月のつながりに気付けなかった私だったが、端午の節句の知識は少しばかり持ち合わせている。
「ちょうど今頃の季節ですね。人里では鯉のぼりを掲げる家が目立ち始める頃です。男の子が、強くたくましく育ってくれるようにという願いが込められているとか。」
「えぇ、そのほかにも、この季節には特別な薬湯に浸かるという風習があるのです。菖蒲湯というものを聞いたことはありますか?」
「ショウブの葉を浮かべた薬湯、ということくらいの認識しかありません。残念ながら、私は経験したことがないので……」
「今年は菖蒲湯を試してみましょう。健康にもいいし、初体験ならなおさら。えぇ、そうしましょう。」
そう言って、聖は軽い足取りで歩きだす。菖蒲湯。その名の通り、ショウブが必要になるはずなのだが……
「聖、ショウブは寺にあるのですか?」
私の問いかけに、聖の足がぴたりと止まる。心の中で3つほど数を数えた頃に、聖はゆっくりとこちらに振り返った。
「おねがい。探してきて。」
それだけを告げて、また軽い足取りで歩きだした。聖って、こんな性格だったっけ、と思いつつ、私は探し物が得意な従者のもとへと向かった。
「ナズーリン、至急頼みたいことがあるのですが…… 顔色が優れないみたいですね。」
なんというか、色白な顔がさらに色白になったような、私にはそんな風に見えた。
「……いや、大丈夫。それよりも、頼みたいこととは? また何か無くし物?」
「いえ、無くし物ではありません。菖蒲湯に必要なショウブを探してきて欲しいと聖に頼まれまして、でも、どこに行けば見つかるのかがさっぱりで。」
「それで、私に探ってほしいと?」
「そのつもりだったのですが…… 体調が優れないなら無理強いはしません。私だけでも探しに行ってきます。」
そう言ってナズーリンに背を向ける。歩き出そうとした時に、わずかな抵抗を感じた。振り向くと、私の服の裾をナズーリンがつかんでいた。
「御主人だけでは苦労するだろう。私も一緒に探しに行く。」
必死な様子で見上げる顔を見て、私は苦笑を浮かべる。それを許可のしるしと受け取ったのか、ナズーリンはつかんでいた手を離し、二本の棒を構えてダウジングを始めた。
「……この方角から強い反応がある。あっちは、太陽の畑か。じゃあ、早速行こうか、御主人。」
そう言って歩き出したナズーリンだったが、一歩踏み出したところで棒を取り落としてしまった。思わず駆けよって身体を支える。なんだかさっきよりも息遣いが荒い気がする。
「ナズーリン、無理をしてはいけません。目的の場所は分かりましたから、あなたは寺で休んでいなさい。」
首を縦に振ることはなかったが、このまま連れていくわけにはいかない。ちょうど近くを通りかかった一輪に世話を頼んで、私は太陽の畑に向かった。
========================================
太陽の畑に着いてすぐ、風見幽香に飛びつかれた。誰だって、いきなり飛びつかれたら驚きもするだろう。一方、飛びついた側は私の顔をじっと見ている。
「……あなた。」
「……はい。」
「とら、よね?」
「……はい。」
そんなやりとりがあって、ようやく離れてくれたのはいいものの、幽香はなんだか笑顔を浮かべている。とらねこ、とらねこ、と呟いているところを見ると、何か勘違いをしているのだということが伝わってくる。一応、虎の妖怪という名目ではあるのだが……
「菖蒲湯に使うためのショウブを探してここまで来ました。何か御存じでしたら、御力をお貸しいただけないでしょうか。」
気を取り直して要件をいうと、にこにことした笑顔から返事が返ってきた。
「ショウブ? あぁ、そういえば、そんな時期よね。いいわよ。猫の仲間は歓迎するわ。」
やっぱり勘違いしている。しかし、なんだか機嫌がよさそうなので、このままにしておこうと思った。下手に否定して、険悪な雰囲気をつくる必要はあるまい。
「……そうだ、ただあげるのはつまらないから、少し勝負をしてみない? ショウブを賭けて、勝負を…… ふふふ。」
私が首をかしげると、幽香は少しだけがっかりしたような表情を浮かべた。ともあれ、ショウブが手に入るなら、この申し出を受けない理由はない。
「わかりました。その申し出、受けさせていただきます。しかし、どのような勝負を? スペルカード戦でしょうか。」
「弾幕ごっこは、ここでは不向きね。とりあえず、私の家の中で話しましょう。」
そして、幽香の家にお邪魔したわけだが…… 家の中でやる勝負とは、一体なんだろう。椅子に座って待っていると、幽香が3つの鉢植えを持ってきた。どれも綺麗な紫の花。これは一体、どういうことだろうか。
「あなた、ショウブとアヤメとカキツバタの区別はつくかしら?」
そう言って、私の前にある机の上に鉢を置く。なるほど、つまり、こういうことか。
「……この3つの花の区別をつける事。これが、勝負ということですね?」
「あなたが求めるショウブを当てる事が出来たら、あなたの勝ち。面白いでしょう?」
当てられるものなら当ててみろとでもいうように、意地悪な笑顔を浮かべる幽香。挑発に乗るつもりはないが、私の気持ちも昂ってくる。私は幽香に負けじと笑顔をつくり、視線を交わしつつ宣言した。
「面白い。絶対に当ててみせます。」
「そう。それじゃ、答えが出たら呼びなさい。私は、他にやることがあるから。」
とらねこ、とらねこ、と呟きながら、奥の部屋に入っていく幽香。やっぱり訂正した方が良かったかなと、少しだけ後悔する。溜め息を一つつき、私は目の前の花に向き直った。
花を見続けて数刻、私の頭の中はまさに混沌と化していた。改めて見直してみたものの、一向に区別がつかない。かろうじてわかるのは、どれも紫色の花で、葉が細めであるということだ。ショウブの葉の形を剣に見立てて、端午の節句の菖蒲湯に用いる、それくらいの知識はあった。しかし、たよりの葉の形がそっくりであるために、まったく判別ができなくなっていた。
「……このままでは埒が明きません。わずかな違いを見つけましょう。」
今までよりも細かい特徴を探る。まずは左の鉢から。
「これは…… 葉に通っている筋が他の二本より太いですね。花びらの付け根あたりが黄色くなっています。」
しっかりと記憶にとどめ、次は真ん中の鉢に向き合う。
「こちらの葉は、筋がよく見えません。花は全体が紫色、と……」
そして、最後に右の鉢へ。
「葉の筋は、他の2本の中間といったところでしょうか。そして花びらの付け根が白っぽいです。」
3つの鉢を見比べて、大きく溜め息をつく。違いがあるということはわかった。しかし、その特徴がどの花を示しているのかがわからない。……こうなったら、アプローチを変えてみよう。
三択で選ばせるとしたら、どのような選択肢をつくるだろうか。私だったら、非常によく似た3つの選択肢を並べて惑わせる。今回の幽香もその例に漏れず、ショウブとアヤメとカキツバタという、非常に見わけのつきにくい3種を用意してきた。
3種がいくら似通っていようとも、共通点を探していけば、自然と選択肢は狭くなる。例えば花に注目する。真ん中の鉢、これだけは花びらの付け根の色の変化がない。似た者を選択肢として並べるならば、これは真っ先に省いてもいいだろう。そして、今度は葉に注目する。葉の筋が曖昧な右の鉢は、ほとんど見えない真ん中とはっきり見える左という対比を考えると、省いてもいい候補にあげてもいいのではないだろうか。
ここまでで、真ん中の鉢、右の鉢が省かれた。消去法でいえば、残る左の鉢こそが……
「そろそろ答えが出たかしら?」
絶妙のタイミングで幽香が戻ってきた。私は勝利の笑みを浮かべて立ち上がる。
「ショウブとアヤメとカキツバタ。非常によく似た3種でした。しかし、この勝負、私の勝ちです。私が求めるショウブは、これです!」
そう言って、一番左の鉢を指さす。すると、幽香は少し驚いた表情を見せて俯いた。その様子に勝利を確信しかけた時、幽香の肩が震えだし、少しずつ笑い声が漏れてきた。
「ふふふ…… なるほど。たしかに、それはショウブだわ。」
「そうですよね。では、私の勝ちと―――」
「しかし、あなたの求めるショウブではない。」
顔をあげた幽香はお腹を抱えるほどに笑っていた。どういうことなのか分からず戸惑っていると、幽香が説明を始めた。
「正確には、その花はハナショウブというの。アヤメ科の多年草で、園芸種として知られているわ。でも、菖蒲湯に使うショウブはショウブ科に属する花。まったくの別物なのよ。」
説明を受けたものの、まだ納得しきれていない。私は改めて問いかける。
「……では、他の2つの鉢のどちらかが?」
「真ん中の鉢はアヤメ。漢字で書くとショウブと同じ字を当てられているわね。右の鉢はカキツバタ。ここまで言えば、さすがにわかるでしょう。」
「つまり…… 初めから、私の求めるショウブは無かった、ということですね。」
私はがっくりとうなだれる。幽香は「あなたが求めるショウブを当てる事が出来たら」と言っていた。「この3本の中から選べ」とは言っていないのだ。約束を破ったわけではない。
「そんなに落ち込まないで。私も、少しばかり悪戯が過ぎたみたい。お詫びといっては何だけど、この花を持っていきなさい。」
顔をあげると、幽香が一つの鉢を抱えていた。剣のように細く鋭い葉。その中に、ガマの穂のような形をした部分があった。黄色と黒が混じり合っている。よく見ると、花の集まりだということがわかった。
「勝負を持ちかけたのは、この花を用意するためだったの。あなたの花、名前は…… 『トラマルショウブ』と名付けましょうか。ショウブを基につくった花で、薬効も上がっているわ。菖蒲湯を試すなら、これで試して御覧なさい。」
鉢を手渡されるまで、私は茫然とその花を眺めていた。私の花。そう聞くと、なんだか気恥ずかしい気持ちが湧いて来る。ともあれ、目的のものとは少しずれているが、ショウブを手に入れたことには変わりない。私は深々と礼をして、命蓮寺への帰路に着いた。
========================================
「聖、ただいま戻りました。」
「御苦労様でした。……あら? それは、ショウブ、かしら?」
聖に報告しに行くと、予想通りの反応が返ってきた。事の顛末を話すと、聖も納得したようで笑顔を浮かべた。
「そうですか。星がショウブを賭けて勝負をした、ということですね。」
はい、と返事を返してから首をかしげる。聖は私を呼ぶ時は名字で呼んでいた気がするのだが…… 次の聖の言葉を待っていると、なんだか聖の顔に少しずつ残念そうな表情が浮かんできた。
「……あの、聖? 何か至らなかったところでも―――」
「い、いえ。よくやってくれました。御苦労様です。……言葉遊びの修行でもさせてみようかしら。」
「聖?」
「な、なんでもないのよ。あははは…… はぁ。」
聖が浮かべる笑顔が、なんだか苦笑交じりの笑顔に見える。気のせい、ではないと思うのだが…… そんなことを考えていると、どたばたと大きな足音を立てて一輪が走りこんできた。
「星! 星はいる!?」
「はい。たった今、戻ってきたところです。」
「ナズーリンが…… とにかく、早く来て!」
一輪の様子からただ事ではない様子を感じ取った私達は、急いでナズーリンのもとへ向かった。
布団に横になるナズーリンの顔は、私が出掛ける前よりも悪かった。血色がない。一言で片づけられる描写ではあるが、非常事態である事は、それだけでも十分伝わってきた。
「少し前、急に発作を起こして、それからずっとこの調子なの。呼びかけても返事はしないし、かろうじて息はしているみたいだけど、それ以上は―――」
「一輪! お医者さん連れて来たよ、っと、星も帰ってきてたのね。」
振り返ると、そこには村紗の姿があった。息を切らしているところを見ると、全速力で迎えに行ってくれていたようだ。村紗の後ろから、医者が姿を現す。
「ちょっと失礼。患者さんの様子を見させてもらうわね。」
幻想郷の名医といえば、永遠亭の八意永琳の右に出るものはいないだろう。優秀な医者を連れて来てくれたことに感謝しつつ、私は様子を見る。
「手足が冷たい…… それに血色も悪い…… 心臓に不調が出たみたいね。」
心臓。五臓六腑の中でも特に重要な器官。そこに不調が出たということは……
「先生、ナズーリンは、回復できるのですか?」
「この程度なら、回復させることは可能だけど…… すぐには難しいわね。」
その場にいた全員が永琳に疑惑の目を向ける。すぐには難しい、とはどういうことなのか。
「強心剤を調合するための、薬草がちょうど切れているのよ。材料がなければ、いくら私でも薬はつくれないわ。」
重い空気が部屋を包む。その空気を破るかのように、私は立ちあがった。
「薬草があればいいんですね? 私、探してきます!」
「ちょっと、探すって言っても、その薬草の―――」
一輪の言葉を最後まで聞くことなく、私は部屋を飛び出していた。私にも、まったく当てが無いわけではない。薬草だって植物の一つ。だったら植物に詳しい者のところを尋ねればいい。私はもう一度、太陽の畑に向かった。
========================================
「あら? また来たの? ……なんだか慌てている様子だけど。」
全力で飛んできたからか、少しだけ息が荒い。呼吸を整えつつ、私は用件を告げる。
「薬草を…… 心臓に効く、薬草を…… 探して、いるのですが……」
「薬草を探しているのね。言いたいことは伝わったから、とりあえず落ち着きなさい。」
改めて、私は深呼吸をする。呼吸と共に、気持ちも少し落ち着いたようだ。
「幽香さん、何か、心当たりはありませんか?」
「心臓に効く薬草…… いくつか思い当たるけど、どれが目的のものなのかはわからないわ。薬草の名前、なんていうの?」
私は首を横に振るしかなかった。薬草の名前。一輪が言いかけた言葉。ちゃんと最後まで聞くだけの、心の余裕も失っていたのだろうか。大切な従者の危機。助けてあげたいという想いだけで、衝動的に動いてしまうことは、私の自制心の弱さゆえだろうか。
肩を落とす私の手に、幽香が何かを手渡した。見ると、それは一包みの種と水の入ったジョウロだった。
「効果を試したわけじゃないけど、あなたの能力なら、おそらく成功するはず。いい? 帰ったら、私の言うとおりにしてみなさい。うまくいけば、目的の物が手に入るはずよ。」
幽香がいうには、種はさっきのトラマルショウブの種らしい。そして、ジョウロに入った水は、植物の成長を促進する効果を持つ特別な水だとか。寺に帰ったら、種を蒔いて、この水をあげなさい。幽香の指示はそれだけだった。こんなことで、薬草が手に入るのだろうか。疑問に思ったものの、私はその言葉に従うしかなかった。
「星! こんな時に、どうしてのんきに種なんて蒔いてるのよ。」
最初に声をかけてきたのは一輪だった。続いて、村紗が追い打ちをかけてきた。
「大切な従者の危機だというのに…… やることがずれてるんじゃないの?」
「二人とも、それ以上はよしなさい。寅丸には、何か考えがあるのです。私には、無意味な行動をするとは考えられません。今は、寅丸を信じましょう。」
聖が二人をなだめる。私は、ただ、言われたことを実行するだけだった。種を蒔き終えて、水をやる。これで何も起きなかったら…… 私の心に残っていた疑いの気持ちは、地面から芽が出てきて、みるみる花が育っていくにつれて晴れていった。
まず目についたのは、記憶に新しい私の花だ。そして、その周りに、見覚えのない植物が生えていることに気付いた。
「……星。あなた、何をしたの?」
驚いた表情で、村紗が問いかけてくる。
「太陽の畑の風見幽香。彼女に助言をいただきました。私の花の種を、この水で育ててみろ、と。その結果が、このように……」
「……ねぇ、もしかして、これ、例の薬草じゃないの?」
一輪が、一つの植物を指し示す。後ろで見ていた永琳が、身を乗り出して確認すると、驚きの表情を浮かべた。
「えぇ…… たしかに、これが目的の薬草よ。でも、どうして? あなた、ジギタリスの種をもらってきたわけじゃないのでしょう?」
「はい、私も、何が何だか…… 言うとおりにしたら、こうなった、というだけで。」
「とにかく、材料は手に入ったわ。早速調合するから、少し待ってなさい。」
ジギタリスと呼ばれた薬草を摘んだ永琳は屋内に行ってしまった。残された私たちは、ただ不思議がるだけである。そんな中、聖が一つの考えを口にした。
「寅丸の能力、財宝が集まる程度の能力が、トラマルショウブにも宿っているとしたら…… その効果が、周辺に薬草が育つ、という方向に解釈された結果として、現れたのでしょう。」
なるほど、と思った。幽香の言葉、あなたの能力なら、とは、そういうことだったのか。ともあれ、目的は達成できた。試みは成功した。あとは、無事にナズーリンが回復してくれれば…… そう思った時、永琳が暗い顔を浮かべて戻ってきた。不安になって、私は問いかける。
「先生、薬は無事にできたのですよね? まさか、効かなかったとか……?」
「いいえ、ちゃんと薬はできている。出来ているのだけど…… あの子、薬を飲んでくれないのよ。」
私たちはナズーリンのもとへと向かう。表情が弱弱しく感じられる。永琳が口元に薬の匙を運ぶものの、ナズーリンはその薬を取りこぼしてしまう。
「こんな感じで…… 飲ませようとはしているのだけど、口の中に入らなくて……」
今のナズーリンには、薬を飲む力さえも残されていない。このままでは、薬を飲むことができなくては、回復出来なかったら…… 目の前で、徐々に衰弱して行くナズーリンを見ていると、私の心に焦りが生まれてくる。
「ナズーリン! 聞こえていますか? 聞こえているなら、ちゃんと薬を飲みなさい。このままでは、あなたは―――」
「いけない。急がないと、取り返しがつかなくなる。」
その言葉に、理性よりも早く身体が反応していた。横にいた永琳から薬を奪い取る。それを口に含んだ私は―――
========================================
「ナズーリン。あなたが元気になって何よりです。」
「御主人には感謝しないといけないな。私のために、薬草を探して飛び回ったとか……」
葉桜を眺めながら、私とナズーリンの二人で言葉を交わす。桜の木の横には、私の花と共に、様々な薬草が顔をのぞかせていた。
「しかし、今になっても半信半疑だ。御主人の花の周りに、まるで吸い寄せられるかのように薬草が生えてくる。あの風見幽香という妖怪の力、軽視してはいけないのではないだろうか。」
難しい顔で考え込むナズーリン。私は微笑みを浮かべて、その頭を優しく撫でる。
「いいではありませんか。薬草は人里でも需要があるし、私の花自体にも薬効がある。特にこの季節には、菖蒲湯を求める方も多いですし。なにより、この花があったから、ナズーリンは元気になったのですから。」
ナズーリンは、なんだかくすぐったそうに身体を捻っている。その姿は、どこか愛おしさを感じさせるものだった。
「そうだ、一つだけ、聞きたいことがあるんだ。」
「なんですか?」
「私が重体になって、なかなか薬を飲まなかった時、御主人が飲ませてくれたというではないか。その時の様子を、他の誰に聞いても教えてくれないんだ。」
あぁ、あの時。本当に衝動的な行動だったと思う。一輪や村紗に聞いても、顔を紅らめて適当にごまかしてしまったのだろう。それならば、それでもいい。私の想いを伝えるには、あのような行動では十分ではない。
「……すみません。私も、ただただ必死だったということだけは覚えていますが、詳しいことは覚えていないのです。」
だから、今はまだ秘密。バレる時にはバレるだろうけど、その時はその時だ。残念そうな顔を浮かべるナズーリンに、私は元気いっぱいの声をかける。
「さて、今日はいよいよ菖蒲湯の日です。せっかくですから、一緒に入りましょうか。」
すこしだけ、ナズーリンの頬が紅く染まる。遠慮がちに首を縦に振る姿に、思わず笑いがこみあげてきた。
「な…… どうして笑う、御主人?」
「いいえ、なんでもありません。さぁ、そうと決まれば、早速準備しましょう。」
おもむろに、トラマルショウブの花を摘む。初めての菖蒲湯。一体どのような感覚なのだろうか。考えるより、体験した方が早い。百聞は一見に如かず。胸の高鳴りは、未知の経験に心躍るせい? それとも…… 小さく頭を振って、私は浴場へと向かうのだった。
寅丸
ニヤニヤwてか聖は言葉遊びが好きなんですね
花の細かい知識がよかったです