ある夕方、私はまどろみの中にいた。吸血鬼たる私にとって、この夕刻という時間帯は人間でいう朝に当たる時間帯だ。お姉さまは頻繁に昼間から活動しているようだけど、大抵私は昼間に寝て夜に起きるという実に吸血鬼らしい生活を送っている。勿論昼間から行動する日もあるけれど、今日はその大抵に属する日だった。
睡魔に身を任せていた私は、仰向けになりながらただ目をつぶっていた。もう少ししたら起きて図書館にでも行こうとぼんやりと思いながら、ゆったりとベッドに身を預けていた。
その時、誰かが私を覗き込んでいるような気配がした。
何、と思うより早く、私は勢いよくベッドから身を起こした。勢いのまま身体を横に回してみれば、きゃ、という短い悲鳴が響き誰かが床に落ちる音が聞こえた。
寝ぼけ眼で目の焦点の合わない私は、そこにいるであろう誰かの顔を見ることができなかった。
その誰かは逃げるようにして部屋から出ていき、私はすぐに相手を追って外に出た。すると何人かの妖精メイドが掃除をしていたので、今しがた私の部屋から出ていったのが誰なのかを特定するのは容易ではなかった。あの子かもしれない。それともあの子かもしれない。
――あの子だ。直感的にそうひらめいた。あの、青色の長い髪の妖精メイドだ。掃除をしている妖精メイドとは、明らかに雰囲気が違う。
私は、さも偶然通りかかっただけという風で何処かへ行こうとしている妖精メイドの後を追いかけ、階段の前でその妖精メイドを捕まえた。
妖精メイドを地下の一室に連れ込み、くり返し質問した。
「ねえ、なんで私に覆いかぶさってたの?」
その妖精メイドはよく見かける顔だった。妖精メイドが私の部屋に夕食を届けに来るとき、この子が来ることが多いのだ。この子が、何故私に覆いかぶさっていたのかがとても気になった。
「え、えと、そんなこと知りませんよ?」
その子はくり返し否定したけど、私もそのたびにくり返し問いただした。
「私に何をしようとしてたの?」
「私は何もしてませんよう。ただ掃除をしていただけです」
何度目かでそう言った彼女に対し、私はこう言った。
「じゃあ掃除用具を持ってないのはなんでなの? まさか忘れたなんて言わないよね」
そう言うと黙りこくってしまった。少し間をおいたあと、彼女はこう呟いた。
「……フラン様にお目覚めのキスをしようと思っていたんです」
「……なんでそんなことを」
そう言うと、またも黙ってしまう妖精メイド。
「ちゃんと答えてほしいわね」
顔を近づけにらみを効かせて言う私。
「だ、駄目ですよそんなに顔を近づけちゃ……!」
なにやら顔を赤くして慌てる妖精メイド。どうやら私の睨みつけが功を奏し、怖がらせることに成功したようだ。
慌てふためきながら、妖精メイドは言った。
「わかりました、言いますよ」
「さあ言って、どうしてそんなことをしようと思ったの?」
「ええとその……た、頼まれたんですよ。そう、そう頼まれたんです。別にフラン様が可愛すぎてとかじゃないですよ? 前々から狙ってたとかじゃないですからね? ね?」
なるほど、頼まれたのか。それならば不審な行動にも納得がいく。
「誰に頼まれたの?」
さらに顔を近づけて詰問する。彼女は顔の赤みを濃くしながら、しどろもどろに一人の名前を口にした。その名前は、やはり馴染みのある妖精メイドの名前だった。
「その子がどうして私にキスをしてこいって言ったのか、知ってる?」
「い、いやあ、ちょっとわからないですね、はい」
この子が知らないのは確かのようだ。しかし、
「でもさ、普通頼まれただけでそんなことする?」
「そ、そうですよね……あ、いやほら、アレなんですよ。実はたまたま偶然奇遇にも二人の妖精から頼まれまして……そうなるとやってもいいかな的な感情が出てくるというかそんな感じで」
「もう一人の名前はなんていうの?」
彼女は少し言葉に詰まったあと、思いついたように一人の妖精メイドの名前を口にした。その名前も、また私の知る名前だった。
「その子達が同時に頼んできたの?」
「ええと、別々です。別々」
「ふーん、そう」
これ以上この子に聞いても仕方がないみたいだ。私は忘れぬように聞いた二人の名前をメモ帳に書きとめた。
その夜、私は聞いた名前の一人のところへとやってきた。妖精メイドにあてがわれている部屋の中に入り、その子の話を聞くことに成功した。
「あの子に聞いたわよ。どうして私にキスだなんてことを考えたの?」
「ええっ! どうして私がフラン様のことをお慕いしてることがバレ……あー、いや違うんですはいええとその、私には何のことだかさっぱり……。いや本当、なんでその子が私の気持ちを知ってるのかわからないですし……」
しらを切る彼女に、私は夕方妖精メイド相手にやったように、顔を近づけてしつこく問い詰めた。するとやはり私の怖さに負けたのか、顔を赤くしながら答え始めた。
「わ、私はフラン様にキスをしたいだなんて思ってないですよ? 本当ですよ? ただその……そうだ! そうそう、頼まれたんですよ。フラン様にキスしてって。それも二人に!」
彼女の答えは、夕方の妖精メイドと同じ内容だった。私は彼女が言った二人の名前をメモ帳に書きとめた。
次に私は、夕方の妖精メイドが言っていたもう一人の妖精メイドの名前を口に出した。
「この子も私にキスをだなんて考えていたみたいなんだけど、貴方何か知ってる?」
私はさらに顔を近づけて聞いた。しかし彼女は、ライバルが増えたなどとよくわからないことを言うだけで、もう一人の妖精メイドの思惑は知らないようだった。
「貴方は本当に知らないみたいね。じゃあ、次は貴方が言っていた子から聞き出すわ」
私はメモ帳を一冊書き潰した。しかし、未だに私にキスをしろと頼んだ者の正体を特定できていない。
でも、紅魔館の妖精メイド全てが私にキスをしたがっていることだけは、おぼろげながら想像がついてきた。
しかし星新一を知らないとはとんでもない。
贅沢を言えば多少なりアレンジが欲しかったです
友達よ、星新一くらい知っておけー!
妖精メイドとフランドールのこの独特の空気感がたまらない。
マジフランちゃん悪魔。
妖精メイドに愛されフランちゃんって新鮮ですね。
欲を言えばメイド妖精にもっと個性があれば良かったかも。
この設定で長編読みたいですね。
それにしても妖精メイド可愛い。