Coolier - 新生・東方創想話

X(クロス)ソード:妖忌サイド

2011/04/24 20:22:05
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 見遣れば舞い散る花弁のように薄紅に染まった小さな頬。この子もまた、道場では見られない顔
をここでする。
「お師匠様。いざ今日こそは――ッ!!」
 この老体への、勇ましい宣戦布告。背丈はすでにこちらの胸元まであるが、心はまだ稚児の愛ら
しさを多分に残している。あと少し歳がいけば、そんな子供らしい一声も聞けなくなってしまうか
もしれないのは、知る身としては微かに寂しいものもあった。
 爛漫の桜の木々の元で、こうして木剣の先を重ね合わせるのは、はたして幾度目だったか。
 それは今対峙し、こちらの出方をうかがう少女――妖夢との研鑽の数のみではない。
 どこか面影があるせいか。それとも、あの頃から変わることのない花霞の魔性か。少しばかり記
憶を掘り起こせば、かつて同じようにこの場で指南を付けたあの者たちのことを、容易に重ねるこ
とが出来た。
 だがそれは、触れ合っていた木刀同士が再び小さな間を作り、互いの領分を主張するまでの小さ
な感傷でしかない。
 いざ戦いの場に立ってみれば、稽古とはいえ心中を切り替えることは容易だ。得物は一振りの木
刀だが、己が意を込めれば込めるほど、加工された木独特の冷えびえとした感触は真剣とは異なる
沈着を与えてくれる。
 不思議なほどまでに、先ほどまでの自分が他人に思えてならない。器械の真の扱いを知った瞬間
から幾度も覚えた、褪せることのない感覚に総身が支配されていく。……そう、別人なのだ。今こ
の場では、まさしくこれがあるべき姿。
 我は魂魄妖忌。半生を捧げてもまだこの一刀に飽くことを知らぬ、ただの羅刹。
 だがゆめゆめ忘れてはならない。眼前のも、同じ境地に魅入られし化生だ。まだ幼さの残る女子(め
こ)といえど……二刀を操る紛れもない剣鬼。
 互いに切り伏せる利器でもなければ、それを良しとはしていない。この不浄の世、明日喰われる
かもしれぬ穢土で、ならばこの立ち回りはぬるく無意味だと断ずる剣客もいるだろう。それを知ら
ぬ身ではないはずだと、付け加える者もいるやもしれぬ。
 だがここばかりは譲ってはならない。鍛えた鋼の美しさしか知らず、勝負を血の紅さでしか語れ
ぬ者は、いずれ自らの分身さえも見放し、それに喰い殺される。
 剣とは己の意だ。そしてその意を委ねるに足れば、すべてが剣だ。元がただの人間より頑丈にで
きていようとも、こうして修羅を掻い潜ってきた身でも――油断しているなら、それを終わらせる
のは木刀でも十二分に勤まる。
 殺意をもって相手に挑み、冷静さを持って最後の一撃を律する。殺しの剣と許しの剣。魂魄家の
剣技は、その陰陽の両立により初めて完成し、人妖を因果共々斬り、滅する。
 意が充足すれば、剣技は木刀に鋼の鋭さを宿すこともできる。それはなにも己ばかりではない。
これは稽古とは名ばかりの殺し合いであり、それよりも遥かに難しい試合だ。気を抜いた時に訪れ
るのは、どのような結果にせよ、殺したという事実のみ。
 この彼我の距離。妖夢の一振りは通常の木剣よりも幾分か長くあるが、踏み込みを考慮すればす
でに互いの刃の範囲だ。
 もし不用意に前に出ようものなら、あの長木剣が即座にこの手首を切り伏せる。躱したとしても、
控えにはもう一刀。長さはないが、誘いに乗った獲物を仕留めるには事足りる。
 妖夢も心得ているようだ。いつぞや出鼻から挫いたのがいたく効いたのか、今度は眼光鋭く睨め
付けている。
 それでいい。辻斬りや乱戦ならいざ知れず、寂々と対峙した相手の懐に出だしからわざわざ飛び
込む必要はない。力量を心得ているならば尚更だ。
 花弁に惑わされた初の立ち合い、そこからの度重なる道場での鍛錬――ほぼ全て見てきたつもり
だったが、ふと感じればそこにいるのは孫ではなく、一人の剣士。
 このまま呼吸の間まで様子見をする算段か。もちろんそんなことを許すわけがない。この中段が
安全に映るなら、危機と欲求を同時に煽り立てるまで。
 緩やかに眦の位置まで刀身を持ち上げる。
 天人五衰の形(かた)。脆弱をさらけ出し、だが攻守のあらゆる手を無限に紡ぎだすことのできる
姿勢。
 切っ先を妖夢に見定めていく。幾度となく道場で目にさせたこの構えの完成を前に……妖夢は動
かない。
"ほう……"
 抑えたが、ふと湧いた称賛の念は本物だった。
 知ればこそとはこのことだ。天人五衰は、入り始めた段階ですでに一挙手一投足全てが誘発。紡
ぐのが応じ手と決め込んでいる以上、余計な一手を思い起こさせないからだ。
 ならば攻め込むのはどこか。





"――必定!!"




 
 型が整ったと見るや否や、堰を切ったように妖夢が刀の圏内に小さく踏み込んできた。だがそれ
だけでも、最小限に振りかぶった長木剣がこちらに届く距離だ。
 深く指南したことはない。譲り受けた感覚なのか、それとも独学で辿り着いたか――どちらにせ
よ、天人五衰の脆さは無限の変化そのものにある。攻めと受け、魂の陰陽が定まらない場面こそ弱
点であり、それこそ妖夢が挑んできたこの瞬間だった。
 だが二度も取られるわけにはいかない。知ればこそはこちらとて同じ。たとえ腕の長さと地を踏
む力が同じだったとしても、一度敗れた矜持とはいえそう易々と譲りはしない。
 掲げた腕もろともに首筋を落とそうと狙ってきた妖夢の一撃を、ひるがえした木刀で逸らした。
 それのみではない。これこそ天人五衰の真骨頂。切っ先で半月を描き切ったころには、長木剣を
はじきつつ、攻勢に転じた一刀が妖夢の胸元を狙いをつける。
 繰り出した木刀での突き。その軌道を一陣の疾風が塞いだ。妖夢の操るもう一刀である。
 反射的に応じたのか、不自然に曲げた腕と完全な悪手ともいうべき刀の位置は、妖夢の胸中を投
影していると断じても過言ではないだろう。
 妖夢が一閃を紡ぐ速度は、この歳で凡夫の及ぶところではない。才も相成って、ますますかつて
見たあの鋭さに近づいていく。それでもやはりまだまだ心は幼さを残した童だ。
 立て直すにも距離だ、と言わんばかりに妖夢が後ろにずり下がる。なるほどその考えは正しい。
死にかけていた妖夢の短木剣に再び息吹が宿り始める。
 甘く見られたものだ。この妖忌、老いようとみすみす好機を逃すような魂魄の剣技を持ち合わせ
てはいない。
 気づけば意識するよりも先に剣が、天人五衰の形の誘うままに薙ぎを放っていた。……いやすで
に剣は我が意。木刀の重さが失せたこの一振りこそ、真の意識に他ならない。
 妖夢の短木剣はすでにこちらに応じれるまでには息を吹き返している。
 二つの文目が奔り、剣先同士が軽く衝突した。交差し始める刀身を、だが浅い内に引き戻す。
 即座に袈裟懸けの一撃――迷津慈航斬に移ろうと手首にひねりを加える。まだそこまでだ、柄(つ
か)を振り上げてなど一切ない。だがその殺法の軌跡に遥かに先んじて、防御に転じた妖夢の短木剣
が突き出された。
 ならばこの一刀に未練などない。すぐさま次の体捌きに移行し――そしてまた互いの切っ先が重
なり合う。
 如意の木刀同士が剣先をからめ、軽い衝突音を鳴らせば、すぐさま離し次手を構える。
 数手先を読みあう連環。決して深追いはせず、かつ決定打となる綻びを探るべし。たとえ鋼の輝
きは持たずとも、木刀が各々紡ぐ文目の、その踊り狂い合う様は銀光眩い若鮎を思わせた。
 見事。この年端でここまでの応酬をこなすとは……まるであの時の再現だ。
 同時に、嬉々を伴って確信した。たとえなくなろうとも、才となって、ここに生き続けているの
だと。
 それでもまだあれらと比べれば二分咲きといったところ。三手目から先……幼さは、まだ若さの
爛々とした躍動を次々と生み出すには至っていない。
 加えて妖夢の短木剣の応答には、悪手から持ち直し切れずに防御に回ったことへの負担が、ここ
にきて徐々にぼろを出してきていた。妖夢のもう一振りにも、二刀の間に割って入る余地を与えさ
せる気は鼻からない。
 剣戟(けんげき)の積み重ねに混じりながら、その都度微々の距離を刻み詰め寄る。剣の流れに加
わっていく新たなうねり。
 一刀剣技の最大の禁忌は鍔迫り合いだ。力任せへのもつれ合いは、実力さえ覆すこともある。だ
が柔を制するのが魂魄の剣技。男より女の方が会得が早かった前例のあるこの術は、自ら望まぬ限
り、その無粋な手に移る前にたたき伏せる。
 ならば対してその剣技が最も冴えるのはどこか。それは攻守、得物の長さ、共に変わりはしない。
己が剣先が、妖夢の切っ先を超えるや、手中の分身がさらに意そのものとなり速さを増す。
 ここが起点――初撃刺突の構え。そこでしかと見た。図らずも、守備主体の太刀筋を丸々変えて
まで妖夢が同じ構えを取ったのを。


"――修羅之血ッ!!"


 走らせた木刀の先が捉えたのは妖夢の喉元ではない。伝わった震撼は、紛れもなく妖夢の短木剣
の剣先と衝突した証だった。
 互いに伸びきる前にこの形となった。体躯の違いと間合いの異なりが、ここにきて初めて顕著に
二つの剣を反発させるに達する。
"まさか……"
 驚愕……いや歓喜か。
 追い詰められたと見える妖夢の放った一手。あそこで攻めを繰り出す奇抜さは賛嘆に値するが、
だが心根をざわつかせたのはそれではない。あの柔靱な腕捌きにのみ許された剣の軌道と返しを―
―この身は知っていた。
 忘れるわけがない。凝視を交えた相手の刺撃こそ最大の指南。その剣と共にあった生と、愛で親
しんだ日常があるのだ、鮮烈なまでに焼きついている。そう、たしかあのときも、この子の歳であ
の突き込みの受けをやってのけた。
 だが闘志全てを委ねた木刀は、そこに頓着をしなかった。衝撃に任せた二刀の別れは、僅かな間
といえど妖夢が距離を取り直すには足りている。少女が長短異なる腕で同時に肉薄してくることを、
手の木刀は黙って許しはしなかった。
 まるで別人が乗り移ったかのように、妖夢が先の筋とは異なった網目を紡ぐ。天女から、荒々し
い益荒男(ますらお)の太刀へ。だがそれも、この老体が見知ったもう一刀。

"一念無量劫!!"

 虚実入り乱れた三種の剣戟が、轟々と風鳴りを立て、舞い散る花弁を吹き飛ばしながら断絶する
ことなく奔り合う。
 来襲の二刃はここに冴えの極みを見せつけてきた。愛らしかった面はすでに困憊と忘我に押し潰
されかけているが、剣は執拗だ。誤謬に素直に斬り込んでやれば、即席の囮として取り繕い――そ
れを初めから騙し手であったと言い張る武人独特の鬼気も剣音の度に強まり伝わってくる。
 その食い下がってくる妖夢の我武者羅な姿は、景色の変わらぬ美しさと相まって、この心に刻ん
だあの影とあまりにも酷似していた。
 本来ならこの場で郷愁など催さないはずだ。妖夢の剣が完全に若者の力に至っていなかった、我
が身を連撃に答えなくてはならない没義道に置いたことがあった――それらが混じり合い、余裕と
も意とも違う、小さな虚(うろ)をこの心のどこかに与えている。
 二つの死に顔を知る者への、これは責めなのだろうか。それとも、血を浴びた過去を持つ者が、
人並みに光の下で生きたことへの罰か。
 だがどちらであろうとも……構わない。
 もう二度と見ることは叶わないと思っていた。この子がさらに鍛錬を積めば、いずれあの子たち
の剣に追いつくのではないだろうか。そして、いつかその続きを――夢想するしかなかった二人の、
真に完成した太刀を見れるのではないか。
 失ったものは、元には戻らない。目に見えないならば、なおさらだろう。不祥を斬ってきた身に
は、痛いほど理解が及ぶ。
 それでも、ふと思う。見えないからこそ、誰もありえないと明言できないのではないか。もしそ
うならば、たとえどれほど胸を締め付けられようとも、喜びを伴えた。
 だが今はまだその時ではないらしい。
 同門剣術の競いだ。手の内と力量が明白なぶん、通常の試合よりも決着は遠い。それが、もう終
わりを告げようとしている。口惜しいが……この一刀に必要以上を宿せば、そのときこそ後悔に浸
ることとなるだろう。
 木剣に満ちていく意。この応酬の最後に決めるべき一手は、あの技だ。そして我ら三人、稽古の
たびに何度この技を同時に決めの術としたことか。
 さぁお前たちの一刀を……見せてみよ!







"――桜花閃々""迷津慈航斬――"







 乾坤一擲(けんこんいってき)のさなか、妖夢のそれは、知らない一打だった。
 振り下ろされてきた長木剣。意思を向けるよりも速く、万事の闘志を委ねきった木刀は放った技
をすぐさま放棄した。代わりにその刀身を妖夢の木剣に絡みつかせ、僅かに頭蓋から逸らす。
 膂力をこめ、身体を捻り躱(かわ)しながら跳躍。天地を逆転させ――妖夢の頭上に位置を取る。
虚空で遠巻きに勝負を見守っていた無数の花弁が、ひときわ乱れ狂った。
 渾身の長木剣が空を切り、なおかつこの老体の姿が視界から失せたのが理解できないのか。影っ
てもなお妖夢は左右に首を巡らすのみだ。
 愚か者め。己もこうして地に縛られない技ができるというのに、戦いに溺れ忘れている。
"いや……本当に愚かなのは……"
 着地の音にようやく悟ったか。横一閃を繰り出そうとする姿勢で妖夢が振り向く。だがその剣が
僅かな形を見せるよりも、短い呻きと共に総身を強張らせる方が遥かに早かった。
 大きく見開かれた妖夢の瞳。反してそうなる前の狭窄な視野でも、今ほど盲目であることはない
のは、ここまでの立ち合いで明晰だ。
 もはやそれはガラス玉。眦の傍にある、我が意の延長だけを、その意味を乗じて映すのみ。
 趨勢は揺るぎないほどに決した。だが眼前のは意識を奪い去っただけで未だに剣鬼。己にしても、
まだ意を収めるには到っていない緊迫の中だ。
 ――なにより、まだ師として取り繕わねばならない。この瞬間だけでも。
 その頬に、時間をかけて刀身を近づけていく。万感の混濁から、妖夢の顔に徐々に明確な色が付
き始める。慄然したかのように、血気の失せていく態と、じわりと浮かんだ汗は、理解が染み渡っ
ていく様相をまざまざと表していた。
 桜の袂で残心しながら、何度こうして命の懊悩を見てきただろうか。迫る危機に対し、浮かべる
表情は千差万別であり、変わらない。だからまだ、痛々しいほどまでによく憶えている。
 そこにいるのは、初めからそこにいたのは、他でもない……妖夢だった。
 頬に軽く押し当てるや、妖夢は脱力し荒く喘ぎだす。瞬く間に残留していた意さえも抜けていく、
二振りの木剣。今やそれらは刀の形をした……ただの死んだ木でしかない。
 心霊が降りてきたわけでもなかった。手中の得物が応じ続けたのは、未完であろうと徹頭徹尾そ
こにいる幼子の剣技だ。なのにこの心根をざわつかせ歓喜を湧かせたのは、その成長でも、一人の
剣士と立ち合えたことでもなかった。
 剣は既に悟っていた見えざる一撃。理解が及んでみれば、剣技の何たるかを謳っておいて聞いて
呆れる。なんと無意味な固執(こしゅう)だったことか。
 あれは魂魄の剣ではない。それどころか、師として恥ずべき邪法の剣だった。相手を見ることを
止めたとき、刀はそこに込められる意の全てが腐り果てた倨慢へと変わる。そして剣戟を見せた相
手さえも、隙あらば望む形に仕立てようと引きずり込む。
 知らぬ身ではない。このままならない世でどれだけ見てきたことか。それを、今日までこの一刀
に守り導ける力があると信じてきた己が、体現してしまった。
 忘れてくれと妖夢に言うのは簡単だ……だが木刀を納めながらに思う。これから大輪の花を咲か
せる兆しを数え切れぬほど、より色濃く見せるであろうこの子を前にまた故人を重ねずにい続ける
ことが、できるだろうか。
 妖夢には課される使命が待っている。ただ一人の少女として咲き誇れる季節は、もう幾許もない
かもしれない。別の器量は立ち枯れていくのみ。
 だとしても、ならばせめてこの子だけしかないものが一つだけでも開花できるように誘うのが、
託された者の最大の勤めではないだろうか。
 それは、心の底から模像を望んでしまった者が、成し遂げられるはずもないことだ。
 己だろうと、余人であろうと。力の及ばぬ遠い過去の因果を、頭の中でさえ切断してやることさ
えできない、弱き者には至れぬ境地だ。
 いずれ……教授すべき魂魄の技と魂魄妖忌の欲するモノが知らぬ間に致命的に交錯するのではな
いか。そうなれば妖夢はその間違いを刻み付け、単なる人形と成り果てるだろう。
 もしかすれば、気付いていなかっただけでその不徳を重ねていたのではないか。だからこの手か
らどちらも滑り落ちていったのではないか――
 そんなことはない。声を大にして叫びたかった。少なくとも託した者達と鍛錬に明け暮れたとき
は、教えたはずの数多の術が万華鏡のように変化し異なる輝きを放ったではないか。
 それこそ天性の花開く様だと、たとえ罪があったとしてもせめてそう言い張りたかった。
 だが妖夢だけは今のままでは到底導いてやれそうにはないのだ。追悼は仇討ちと表裏であり懐古
は不覚を催す。刹那を絶つ抜身に『意』は宿しても枷となる『思い』は乗せるべきでない。それら
を断じ教え込めるほど心根を改めるには……悲しいかな時間は短く、思い出深く生き過ぎた。
 覚悟のあり方を身に付けれる僅かな時期なのだ。だが老体から来るものでないそのいずれなるで
あろう刃速の鈍りは、たとえ稽古の最中に妖夢に切り殺されたとしても何一つ良いものを残してや
ることもなく、続いたとしても在るべき姿に蓋をするだけだ。
 剣の型だけは余すことなく目にさせ、書にして残してもある。もし単なる児戯としても剣技があ
る平静の世がいつか来たとしても、それを礎にあの子だけの技を見つければ魂魄剣術の意志は真に
死ぬことはあるまい。
 憫笑を浮かべたいほどに悟った。もはやこの精神の紡ぐ剣技は、ただ妖夢に対してだけは絵筆の
わかせる想像を越えることはないだろうと。
 ならばいっそ全てを幻想に委ねてしまうのがこの子のためなのかもしれない。
 夢とは決して追いつけはしない魔物だ。魂魄妖忌は魂魄妖夢唯一の剣の指南手。今ならば、不義
の師としてではなく、一人の剣客としてこの子の中に巣食い続けられる。
 なにより妖夢の剣に対する紳士さと熱意を知ってる――迷いながらも歩みを止めることはないだ
ろう。
 己で導いてやれないのは無念極まりない。だがそれでも、たとえ虚像でもこの背中を見つめてく
れるならば……是非もない。喜んで姿を消そう。
 そして願わくば、いずれ幻を超える朋友を持ち、思いをぶつけ合いながら魂魄妖忌とは異なる剣
を己の中に作り上げて欲しい。
 なるほど私は羅刹。御伽の化生まがいになることしか、先に逝った者達の切望を成してやること
も、孫一人満足に愛してやる術も思いつきもしない……。


<了>
私は文章しか書けませんが、それはどんな形態にしろ読める形であって初めて成るものだと思います。
それができてないなら、せっかく読んでくださった方々にも、ましてや自分の書いたものにさえも失礼だと感じました。
なので今はせめて単一として読める形として投稿し直します。
ただこの話は最初に投稿したような合わせ鏡のようになるはずだった構図であって初めて完成するものですし、せっかく指摘してくださった方々のコメントをすぐさま削除してしまうのはやはり自分の至らなさが原因ですが忍びないです。
元となった最初の投稿分をすぐに消さない勝手をどうかお許しください。そしてあの状態でも読んでくださり本当にありがとうございました。

あと、半分とはなりましたがそれが言い訳にもならないことを心得てもいます。
最初の投稿分のときと同じくこれはこれだけとして容赦なく斬り捨てるように評価してやってくだせぇ。
農(トキ)
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