薄桃色の、雪が散る。詩人ならばこうであろうか。
・・・はぁ・・・
憂鬱である。
桜舞い、桜色に染まる神社の境内の昼下がり、この神社の巫女こと私博麗霊夢は箒を掃きながら、深い、深い、吐息を漏らす。
なにも桜の散る美しさに見とれているわけでも、桜の無常さを感じ取っているわけでもない。どちらかといえばむしろ掃除するこちらの身にもなってくれと迷惑に思っているほどである。人はそんな私をどう思うだろうか。
「ごきげんよう、霊夢。」
昔の人が、いや今の人や妖怪もそうであろう、そこまで桜を求める理由が私にはわからないのは、恐らく掃除する面倒さを知っているからであろう。確かに綺麗だとは思うのだが、それ以上の感情はなかなか起きない。
「レイムー。」
そうは言っても、花見は好きだ。紅魔館の、白玉楼の、永遠亭の、従者の料理はさすがといった所であるし、春の陽気の中で皆でやんやと騒いで酒を飲める。これに勝ることはそうそうないといってもいいんじゃないだろうか。だが今はそんな気分にもなれない。
そうして考えるうちにも春色の風が桜を取り巻き過ぎ去って行く。そしてまた、花は散る。
何をしているのだろうか。やめてしまおうか。どうせ花はまた散るのだ。何もかも面倒である。逆に何故掃除をするのか問い詰めたくなってくる。第一・・・
「レーイームー。」
そうなのだレイムなのだ・・・あれ?
「あら、アリス。いつからいたの?」
箒を止め振り向くと、そこにいたのはアリスであった。
「・・・今よ。」
桜でも見に来ているのだろうか。
春になって、彼女はよくここに来ている。気がする。
「そう。あがっていきなさいよ。そろそろ終わろうと思っていた所よ。」
実は、それほど多く来ているわけでもないかもしれないし、春になって皆の行動が活発になったのかもしれない。ただ印象に残っているだけなのかもしれない。
「本当かしら。」
どうしてばれたのであろうか。さすがだ。
「お茶でも出すわ。」
どうであれ、今日の仕事はここまでだ。
「おじゃまします。」
「はい。ほうじ茶でよかった?」
そうはいっても神社には今ほうじ茶しかない。
「ありがとう・・・霊夢?」
彼女は深緑の湯飲みを受け取って、じっと見つめている。
「何?」
「上の空だったけど。どうしたの?呼んでもなかなか・・・」
「ああ・・・ちょっと憂鬱でね。」
今度は外を向いている。
「掃除が?」
「そうね。それもあるけど・・・一番は・・・」
顔を桜の方へ向けたまま、お茶に手を伸ばしてその先を訪ねる。
「何よ。」
「昨日から・・・生理なの。」
「あら・・・そう・・・」
ゆっくりと、彼女は一口、お茶に口を付ける。
「ふふっ。そのお茶にだって、何か入ってるかもしれないわよ。」
そう聞くと湯飲みを持ったまま一瞬彼女の動きが止まる。
「何かって、何よ。」
「ナニよ。血とか。」
「えっ・・・」
「冗談よ。ま、そんなわけないわ。第一、見ればわかるし。」
「・・・悪い冗談ね。」
「ごめんなさいね。」
「でも、私はあなたのなら気にしないわ。」
「・・・えっ?」
少し間が空く。
「・・・冗談よ。」
そして彼女は眼を瞑り、再びお茶に口を付け、なにやら少し考え中のようである。
なんだか彼女も、普段と比べるとなんだか返事が、なんだろうシンプルな気もする。というか反応が鈍い。気がする。
彼女は少ししてから口を開く。
「・・・そうね。霊夢はこれから暇?」
「今日はもう、一日中暇よ。掃いても掃いても、散るんだもの。いやになっちった。」
「ふーん・・・ねえ、後で私の家に来ない?」
最近彼女の家に行っていないな・・・
「・・・いいけど、何故?」
「そんなあなたの辛さを和らげてあげようと思って。効きそうな紅茶でも、ごちそうするわ。」
「あらオリジナル?それはとっても、楽しみね。」
「でも、もうちょっとまって。お茶もいただいたことだし。」
「お花見でも?」
「・・・そうね。」
「ふーん・・・ねえ、桜は好き?」
「・・・そうね・・・好きよ。愛してるわ。貴方は?」
愛しているとはよっぽどなのか。
「うーん・・・嫌いじゃないんだけど。好きでもないかな。そろそろ飽きてきたわね。」
そう、と彼女は少しうつむき、少し置いてから顔をあげて口を開く。
「じゃあ、綺麗と思う?」
「そうねー、世間一般ではかなり綺麗なんじゃないかしらねー。」
「貴方はどうなのよ。」
「まあまあかな。でも、最近は平和すぎるし、もっとこう、アグレッシブになったりしないかな。いきなり襲ってくるような異変とかね。」
ふうんと正面のどこかを向いて答える。
「冗談よ。反応してくれないと信じちゃったと思うじゃない。」
「え、ああ、そうよね、うん。」
「・・・やっぱりあなたこそぼーっとしてない?大丈夫?なんというか、普段のキレがないわよ?」
「そうかしら・・・大丈夫よ。なんともないわ。さて、ゆっくりと行きましょうか。」
笑って答えはしたが、彼女の目はどこかを見ている。
お茶を飲み干し、ゆっくり立ち上がる。
「さあ行きましょう。」
うっそうとした魔法の森を跳び越して、そこに佇む彼女の家へと降り着く。
「いらっしゃい霊夢。」
彼女はこちらに微笑んで、深い茶色の戸を押した。だがやはり、目は浮いていた。本当に大丈夫なのだろうか。調子が悪いのなら、今日はあまり長居するわけにも行かないかな。心に留めつつ、戸をくぐる。
「お邪魔します。」
「じゃあ、ちょっと座って待っていて・・・来てはだめよ、秘密なんだから。」
彼女は隣の部屋へと消えていく。同時に人形がクッキーを運んでくる。
「あら、ありがとう。」
今度は他の人形が真っ白のティーカップを運んでくる。どちらが上海でどちらが蓬莱だったっけ。あまりはっきりしないな。
暇なので、入り口とは逆の方向にある本棚へと立ち上がる。そこから一冊の淡い赤色の本をとる。魔道書か。ふむ・・・と本を開いたそのとき!本の中に吸い込まれ・・・みたいな異変も楽しそうだ。最近本当に平和すぎるのである。いいことではあるのだが。
魔道書に何が書いてあるかは全くわからない。が、図形や絵を見ているだけでもなかなか面白い。魔法を使う感覚は一体どういうものなのだろうかとぺらぺらとページをめくっているうちに、隣の部屋から彼女が戻ってくる。
「おまたせ。あら、何をしているの・・・?」
抑揚なく聞いてきた。まずかったかな・・・
「ごめんなさい、暇だったから本を少し。」
「いいのよ。」
怒ってはいないみたいだ。元気がないのか。本人は大丈夫だと言っていたけど心配だ。
「何が書いてあるかわからないけど、結構面白いわね。」
「それはよかったわ。砂糖は?」
「じゃあ一杯お願いするわ。」
「わかったわ。」
青地につた模様のカップから、白いカップに紅茶を注ぎ、銀のシュガーポッドから砂糖をひとすくい。
どうやらロイヤルミルクティーのようである。彼女はレモン派だから、ミルクティーを飲む機会はあまりない。
ああ・・・心の落ち着く、いい香りである。
「はいどうぞ。お口に合うかしら。」
「ありがとう。―――ん、さすが。口に広がる香りと、ほんのりとした甘さ、少しの酸味。最高ね。」
「あら、うれしいわ。」
やっぱり微笑んではいるのだが。なんというか。さっきより目がうつろな感じがする。さすがに黙ってはいられないほどである。
「ところでアリス・・・やっぱり少し具合が悪いんじゃないかしら?心配よ。」
「ありがとう。でもね・・・」
「でも、何っ・・・ぁっ・・・!」
その瞬間。
何があったのか。
理解より先に全身の力が抜ける。
ぐったりと椅子に身体を預ける格好になってしまう。
「でもね、霊夢。あなたのせいなのよ。」
一体、何を言っているのか。
一体、何が起こっているのか。
全くわからない。
体が動かない。
「あの紅茶、おいしかった?何が入っていたと思う?あの酸味はなんだと思う?」
私は彼女に抱えられ、持ち上げられる。
「ごめんね、霊夢。私も生理が来てるのよ。あとは、身体の状態でわかるわよね。ちょっとしたお薬ね。」
どこかへ連れていかれる。
「ミルクティーなのはそのためね。レモンティーじゃほら、濁ってわかるでしょ?」
身体は言うことを聞かないと言うのに、意識だけははっきりしている。
「あなたが愛していないというのなら、飽きたというのなら、刺激が欲しいというのなら。」
一体どうしたのだ・・・
神社では桜の話をしていたのでは・・・
思考が混同している・・・
「新しい、刺激をあげる。同じ日に生理の日なのも、何かの縁。」
戸をくぐって入ったのは、ベッドルーム。
「文字通り、血を、分け合いましょうか。」
やさしく、ベッドの上におろされる。
「あなたが・・・気付いてくれないあなたが、悪いのよ。私は、こんなにも、愛しているのに。」
一体どこで、間違っていたのだろう。
彼女の気持ちに気付いていれば・・・
いや。
そうか。
最近彼女がよく家に来ていたのではない。
私も最近彼女を意識しだしていたのだ。
だから印象に残っていたのだ。
私の。
彼女の。
二人の気持ちに気付いていれば。
・・・アリス・・・
「霊夢。愛しているわ。」
彼女は私に覆いかぶさり、深い口付けを交わす。
私の頬を、一筋の涙が伝う。
おい
もっと堕ちろ!