Coolier - 新生・東方創想話

美鈴の花壇

2011/04/17 09:00:50
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「い~いお天気ですねえ」

こんな日は気分が良い。きらきらと光る陽を浴びて花壇の花たちも微笑んでいるかのようだ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら私は花壇の花たちに水をやる。
水滴が光を反射してとても綺麗。

「元気でいいですね~」

私が花に声を掛けると、まるで答えるかのように風に吹かれて花たちはゆらゆらと揺れる。

「おお、そうですかそうですか、気持ちいいんですね、いやぁそう言ってくれると私も嬉しいですよ」

花壇に話しかける自分の姿は端から見たら少し間抜けな絵面かしらん、なんて考えたりもするけれど、植物だって生きているんだから仏頂面で水を撒くよりもこんな風に話しかけながらの方が嬉しいはずだと私は思っている。
きっとそれは誰でもそう、ひとりぼっちは寂しいもの。

「美鈴?美鈴いる?」

綺麗な声を上げながらこちらへやってくる人影、咲夜さんだ。
お花さん達も随分と綺麗だとは思うけれど、咲夜さんはもっと綺麗だと思う。
ここに来た時もちっちゃくってとっても可愛らしかった。
今は立派なメイド長さんだ。

「はいは~い、紅美鈴はここですよ~」

私が手を振ると咲夜さんがぱたぱたと小走りにこちらへ近寄ってきた。

「ああ、ここにいたのね、今日は居眠りしていないじゃない、いつもそうならいいのに」
「いやいや、それ程でもないですよう」
「褒めてないわよ?」
「あはは、それで、どうしたんですか?」
「ああ、もうお昼の時間だから」

言われて空を見上げると陽は中天にさしかかっていた。
お昼、と意識した途端お腹がぐうう、となる。

「や、これは失礼」
「貴女も女性なんだからそう言う所何とかした方が良いわよ」
「いやー、面目ないです、あはは」
「じゃ、今日もよろしくね」
「はい、お任せ下さい」

紅魔館の食事の時間、それは門番と庭の手入れともう一つの私のお仕事の時間。仕事とは思っていないけれど。
主であるお嬢様から仰せつかってしている事だけれど、自分から進んででもしたいと思っている事だ。

「今日のお昼は何ですか?」
「ビーフ・ストロガノフよ」
「やあやあ、それは美味しそうですねえ」
「当たり前よ、私が作っているのだから」
「そうですねえ」

クスリと咲く夜さんが笑う。
それは、とても女性らしい仕草。成長したなあ、なんて思う。

「じゃあ、早速行ってきますね」
「ええ、よろしく」

さて、今日のご機嫌は如何なものかと考えながら、私は厨房へと向かう。
咲夜さんと同じくらい、可愛い可愛いあの娘に会いに。





トレイに二つ、お皿を乗せて私は階段を下りる。
暗い暗い階段は、太陽が燦々と輝く今日のような日でも、何処かひんやりと冷たい。
もう少し明るくしても良いのではないかな、といつも思う。
一番下まで階段を下りると、そこには大きな金属で出来た扉がある。
この中に、私たちのもう一人の主がいる。

「妹様~、ごはんですよ~」

扉を開けて中にはいると、小さな影が文字通り飛んできた。
そのまま私のお腹に抱きついてくる。

「めーりーん!!」
「うごはぁ!?」

飛んできたのは私たちが妹様と呼ぶ、紅魔館の主、レミリアお嬢様のたった一人の肉親、フランドール様だ。
お腹に抱きつかれるのは良いんだけれど、何せ吸血鬼の力は強い、重い一発を腹部に食らったような形で、思わず変な声が出た。何とか料理はこぼしていない。

「あはは、変な声~」
「は、はは~」

取り敢えず自分の体が頑丈だった事に感謝しつつ、お皿をテーブルの上に置く。
妹様は、この地下室に住んでいる。
ちょっと哀しい理由で。

「妹様今日は何だか嬉しそうですねえ」
「うん、今日はね、素敵な夢を見たの!!」

ちょこんと椅子に飛び乗って座った妹様がにこにこと笑って言う。
口元から見える八重歯、吸血鬼故の牙なのだけれど、それがまた可愛らしい。

「へぇ、どんな夢だったんですか?」
「あのね、おねー様とお花畑にいく夢!」
「お嬢様とですか~、それは楽しそうですねえ」
「うん!」

配膳された料理に妹様が手を伸ばそうとする。
ちっちゃい手でスプーンを掴み、良い匂いのするビーフストロガノフを口に運ぼうとする。

「駄目ですよ、妹様、ちゃんといただきますしないと、咲夜さんが作ってくれたんですから」
「あ、そうか、でも咲夜ここにいないよ?」
「うーん、そうですねえ、じゃあ咲夜さんに聞こえるよう今日はとっても大きな声で頂きますしましょう」

私がそう提案すると、妹様は少し考えるように背中の綺麗な宝石をぱたぱたとさせ、大きく頷く。

「うん!!」
「じゃあいただきまーす!」
「いっただっきまーす!!!」

大きな声で元気よくいただきますをして、妹様は美味しそうに料理をほおばる。こうして見ていると、本当に只の子どもに見える。
妹様は、半ば軟禁のような形でこの地下室にいる。
主である、レミリアお嬢様は妹様を外に出そうとはしない。妹様はこうしていると幼い子どもに見えるけれど、495年の歳月を生きた立派な吸血鬼だ。しかし、何故か心がその歳月に追いついていない。故に、子どもの愛らしさと、残酷さを併せたまま、恐ろしいまでの力を持ってしまった。
一度お嬢様がぽつりと洩らした事がある。あの子は純粋すぎるからと。その時のお嬢様の顔は、普段見た事がないような顔をしていた。
私に妹様と一緒に食事をとるようにさせたり、咲夜さんに忘れずにおやつを作らせたり、きっと妹様の事を愛しているのだと思う。

「えへへ~咲夜のおりょうりはおいしいね」
「そりゃあそうですよ、咲夜さんはなんでもできるんですから、お料理も、お掃除も、お洗濯も、なーんでもかんでもできちゃうんですよ」
「すごいね~咲夜は」
「すごいですね~」

こうして食事をしていると、何故妹様が幽閉されているのか分からなくなる。
普通の、可愛らしい少女にしか見えない。
妹様は、咲夜さんと顔を合わせた事はない、お嬢様に禁じられている。なにせ、咲夜さんは人間だ。
どういう人物なのか、妹様は私の話の中から想像をしている。

「でも咲夜さんにもちっちゃい頃はあったんですよ」
「へーちっちゃな咲夜も見てみたいねー、いちども見た事無いけど」
「お嬢様が、どこからか連れていらっしゃったのですけれど」
「おねーさまが……?」
「はい」
「どうして私それを知らなかったんだろう?」
「うーん、何ででしょう?でも、今の咲夜さんも素敵だから良いじゃないですか、あんまり悩むと頭痛くなっちゃいますよ」
「そっかー、あたま痛いのはやだなー」

そのころ、妹様はこの地下室でほぼ監禁に近い扱いをされていた。
心が、最も荒れていた時期だったのだと、お嬢様は言っていた。その頃の事は、お嬢様は思い出したくなさそうだった。妹様がその頃の事をどう思っているのかは、わからない。
幾度か、お嬢様と私とパチュリー様で、妹様を鎮めるために戦ったこともある。弾幕戦ではなく、殺し合いに近かった。自分にとってもあまり良い記憶ではなくて、でもお嬢様にとってはもっと辛い記憶なのだろう。
妹様を妙な形で刺激したくはなかった。

食事を終えて、食器を片付けていると、妹様は何処かから神とクレヨンを持ってきて絵を描き始めている。

「じゃあ、妹様私、お仕事に戻りますね」
「うーんわかったー」

いつもなら、私が部屋を出ようとするとだだをこねたりすることの多い妹様が、妙に素直だった。さっき言っていた夢のせいだろうか。

部屋を出て、食器を片付けてから私はお嬢様の私室に向かう。
食後のお茶を飲んでいる筈で、そこに妹様の報告に行くのが私の日課だ。
部屋の前に立ち、ノックをした。

「美鈴です」
「お入り」

お嬢様の声が聞こえて、私は部屋の中に入る。
机に座ってお嬢様が紅茶を飲んでおり、横には咲夜さんが控えていた。
片目を閉じたお嬢様が口を開く。

「今日のフランはどうかしら?」
「はい、とってもご機嫌良さそうでしたよ、なんだか、お嬢様とお花畑に行く夢を見たって」
「お花畑……ね、そう、フランが、私と」
「あと、何故咲夜さんがここに来た頃の事を自分が覚えていないのか、少し気にしていた様子でした」

チラ、と咲夜さんを見るといつもの通り澄ました顔でお嬢様の横に佇んでいる。
お嬢様はそれを聞いて両目を閉じる。

「そう」

妹様の事を報告しても、お嬢様はとくに何かを言ったりする事はない。でも、いつも目を閉じて何か考えるような仕草で聞いている。

「ご苦労、行って良いわ、咲夜も、もうお茶は良いから仕事に戻りなさい」
「畏まりました」

咲夜さんと並んで部屋を出た。

「妹様今日のお料理はどうだったって?」
「美味しいって言ってましたよ、たまには咲夜さんも一緒にご飯食べられれば良いんですけれど」
「そうね、お嬢様がお許しになられれば、私もお会いしたいわ」
「良い子なんですよ~とっても」

お嬢様も、妹様に会いに行く事は滅多にない。
毎日、気に掛けているのだからお会いに行けばいいと思う。たまに会いに行くと、妹様に絵本を読んであげたり、絵を描いてあげたり、とても仲むつまじく見える。
けれど、お嬢様は何かの拍子に妹様と又殺し合わなくてはならないのではないかと、それを恐れているのだ。多分。
たった二人の姉妹がそんな形になってしまうのは、とても哀しい事だと思う。
二人とも、お互いの事が好きなのに、誰が悪いわけでもないのに。

「お嬢様、やはり妹様の事気にしてらっしゃいますね」
「そうね」

でも、どうしたら良いのかはわからなかった。






お昼を食べた後はどうしても眠くなってくる。
午後の3時くらいってどうしてこうも眠いのだろう。
最近は立ったまま眠るすべまで身につけてしまった。

「美鈴」
「ひゃい!?」

名前を呼ばれて振り返ると、そこには日傘を差したお嬢様が立っていた。

「どうしたの?」

どうやら寝ているのはばれていなかったらしい、ホッとして胸をなで下ろしてからお返事をする。

「あ、いや~何でもないですよ、それよりどうしたんですか?おでかけですか?」

こんな時間にお嬢様が外に出てくるのは珍しい、今日は外出の予定は入っていなかったはずだが。
しかも咲夜さんが傍にいない。

「ううん、出かけるとかそう言う事ではないの、ただ、少し貴女と話がしたくてね」
「だったら呼びつけてくれればいいのに」
「いいの、ちょっとしたお話だから」

そう言うとお嬢様はちょこちょこと歩いてきて日傘を差したまま、門の脇に座り込んだ。

「今椅子持ってきますよ」
「いいの」
「お尻汚れちゃいますよ」
「いいの」

何だか様子がおかしかった。お嬢様らしくない。
私もお嬢様の隣に座る。

「どうしたんですか?お嬢様」
「今日ね、夢を見たの」
「はぁ」
「フランとね、お花畑に行く夢」

ああ、どうして。

「とてもね、楽しかった」

神様はこんなに優しいこの人に。

「夢でなければ良かったのに」

こんな辛い試練を与えるのだろう。

「お嬢様……」
「貴女がいてくれなかったら、私、あの子を一人ぼっちにさせたままだった」
「そんな事ありませんよ、たまにですけれど、会いに行ってあげているじゃないですか」
「ううん、きっとそれも出来なかった、とてもじゃないけれど、あの子に顔向けできなかった、今でもそうだけれど」

私の最初の記憶は、吹きすさぶ黄色い風の中から始まる。
なぜ、そこにいたのかは分からないし、どうやってそこに辿り着いたのかも覚えてはいない。親も無く、名も無く、只そこに一人立っていた。

「お嬢様は、優しい人ですよ」

長い間、一人で生きてきた。人間を喰らって口に糊する事は難しくなかった、力と頑丈さは、そこそこにあったから、けれど、一人ぼっちだった。ただ、喰らいながら、生き続けるだけの存在だった。生きる意味など何も知らず、何かを作る事も、守る事もない、そんな生き方をしていた。

「優しくなんか、ない」

お嬢様と出会ったのは、かなり長い時が過ぎてからだった。こう言っては何だが、喧嘩を売られた。月の赤い晩だった。戦い、打ち倒された私は、そのままお嬢様に仕える事となる。

「お嬢様、私と初めてであったときのこと、覚えていらっしゃいますか?」
「覚えてるわよ」
「あの時、お嬢様がなんて仰ったか覚えてらっしゃいます?」

私がそう尋ねると、お嬢様はどこか遠くを見るように、顔を上げた。

「さあ、なんと言ったのだっけ」
「運命に意味を与えてあげる、そう仰いました」
「そうだったかしら」
「ええ、そしてお嬢様は言葉通りに、私の運命に意味を与えてくださいました」

あのまま、お嬢様に出会わなかったら、自分はどういう生き方をしていただろう、いまごろ、何処かで自分より強い妖怪に出会い、食われでもしていたと思う。名もなく、名誉もなく、何の意味も持たずにただ、生まれて消えていくだけだったろうと思う。誰からも必要とされず、誰を愛する事もなく。

「そんなお嬢様が、優しくないわけ無いんですよう」
「どうして……」

お嬢様が俯く、幼い少女のように。

「どうして私は、あの子にそうしてあげられなかったのだろう」

日傘で顔を隠して、震える声でお嬢様は言う。
妹様の事をこんなに愛しているというのに、それはとても切なくて。

突如耳に、否、脳に直接声が響く。

“レミィ!レミィ!?ちょっと聞こえる!?美鈴も!!聞こえたら返事なさい!!”

パチュリー様の声だ。

「なによ、パチェ、珍しいわねそんな話し方似合わなくてよ」
「はいは~い、美鈴は聞こえてますよ~」
“まったく、暢気な声出して、そう言う言い方になる事態が起こっているのよ、フランが……きゃあ!?”

パチュリー様の悲鳴と共に、紅魔館が揺れた。

「美鈴!!」
「はい!」

お嬢様と共に駆け出す。
もし、私の予想が正しければ―――いや、余計な事は考えるべきじゃない。
とにかく、いまはただ駆けるだけだった。






館の中に入ると、それだけで空気に肌を刺されるような感覚に襲われた。
お嬢様は乱れていないように見える、表面上はだが。

「これは……」
「パチェ!!」

倒れているパチュリー様が目に入った。
お嬢様はパチュリー様に駆け寄る。

「ん……ごめん、レミィ、あの子いつの間にか結界を……」
「わかってる、私も迂闊だった、まさかここまで力が伸びてるだなんて」
「取り敢えず館全体に張り直した結界はまだ破られてないけれど、触媒もないし応急処置で張ったものだからあの子にとっては時間の問題」

耳で二人のやり取りを聞きながら私は辺りを見回す。
妹様は今日は機嫌が良かった、それが、何故。
そして、私はある事に気づく。

「咲夜さんがいない……」

いつもならば変事があれば真っ先にお嬢様の下に駆けつけるはずの咲夜さんがいない。

「まさか……!!」

上階で何かが破裂するような音が響いた。
すると、天井に穴が空き、そこから人が落下してくる。

「咲夜さん!!」
「咲夜!!」

私は走り、落ちてくる咲夜さんを受け止める。
気を失っているようだった。
そして、大きく空いた天井からゆっくりと降りてくる小さな少女。

「フラン……!!」
「あ、おねーさまだ」

にこにこと、笑顔をこちらに向けながら妹様はこちらを見た。
赤い目は、お嬢様だけを見つめている。

「おねーさま、おねーさま、あのね、わたしね……」
「止まりなさい」

近づいてこようとする妹様をお嬢様が制止する。
硬い声だった。

「今すぐに、地下室に戻りなさい」
「なんで?」
「良いから、言う事を聞きなさい」
「いや、あそこにいたらおねーさまに会えないもの」
「聞き分けて、フラン」
「いや、どうしてそんないじわる言うの?わたしのこときらいなの?」
「聞き分けてくれないのなら」
「どうして?おねーさま、そんな目でわたしを見ないで」

妹様が目に涙を溜める。
お嬢様が表情を一層険しくして、牙を剥いた。
それは、闘争の顔ではなくて、苦衷の表情にしか私には見えない。

「力づくで行かなければならなくなる、そんな事はしたくないの、フラン」
「やーだー!!!!前も!そんなふうにいじわるした!おねーさまわたしのこときらいなんだ!それならいい!もうみんななくなっちゃえばいい!!」

妹様が地団駄を踏みながら叫ぶ、それと共に周囲に衝撃波が走った、壁が揺れ、窓ガラスが一斉に割れる。

「仕方が、ないわ」

まるで、自分に言い聞かせるようにお嬢様が呟く。
いけない、と思った。
もう、この人にこれ以上辛い思いをさせてはいけない。

「お嬢様」
「美鈴、下がっていなさい」
「いえ、ここはお言葉に逆らわせていただきます」
「なにを」
「お嬢様はもう充分苦しみました」

私は、咲夜さんをそっと床に寝かせて、妹様に近寄る。

「妹様」
「あ、めーりん、おねーさまがいじわるいうの、わたし、おねーさまとあそびたいのに、むかしは、いっぱいあそんでくれたんだよ?わたし、ずうっとがまんしてたんだよ?むかし?それっていつ?とじこめられるまえに、おねーさまがわたしをとじこめる?なにが?なんで?わたし?もうやだー!!!」
「妹様」
「もうみんななくなっちゃえばいいの!わたしのことみんなきらいなんだから、ぜんぶこわすの、だからめーりんそこどいて」
「駄目ですよ、そんなことしたら」
「めーりんもわたしのじゃまするの?」
「いいえ、妹様、他のものを壊すのならば、まず私を壊して見せてください」
「しらない!しらない!もうぜんぶしらない!」

私の脾腹に、妹様の爪が突き刺さる。血が溢れた。
そのまま私は妹様を抱きしめる。

「美鈴!!」

お嬢様の叫び声が聞こえた。
でも、そこからは動かないで欲しい。

「はーなーしーてー!!」
「いいえ、はなしません」

妹様が私の首筋に噛みつく、何度も、その爪で私の腹部を突き刺す。
痛い、けれどこれはそのまま、今までお嬢様と妹様が感じていた痛みなのだと思う。

「妹様」
「やーだー!」

ぼたぼたと、自分の血が流れていくのが分かるけれど、決して手を出してはいけない。
お嬢様は、たった一人だった私に家族をくれた。
妹様は、少しかんしゃくを起こしているだけだ。
もう、この二人を争わせてはいけない。

「妹様」

だから、私が妹様の全て受け止めればいい。
こどもは、癇癪を起こせば、後は疲れて眠るだけなのだから、妹様は、ただ幼いだけなのだから。
だれにも、なにもぶつけられないなんて、幼い妹様には辛い事だっただろう、もっと早く、こうしてあげられれば良かった。
腕の中で、妹様が息を切らせ始める。泣きながら。

「妹様」
「うええ」
「妹様」
「なに?」
「みんな、妹様の事、大好きなんですよ」
「でももうやなの、あの部屋で一人ぼっちでいるの」
「美鈴は妹様を一人ぼっちになんかさせません」

血が、口から漏れないように、飲み下す。
妹様を抱える腕だけは決して放してはいけない。

「寂しかったんですね」
「……うん」
「お嬢様と遊びたかったんですね」
「……うん」
「ごめんなさい、気づいてあげられなくて」
「めーりん?ないてるの?」

涙が、止まらなかった。
お嬢様も、妹様も私は大好きなのに、二人のためこんな事しかしてあげられない。咲夜さんのように、美味しい料理を作ってあげられないし、パチュリー様のように、結界で二人を傷つけないようにもしてあげられない。門を守っていても、破られる時は破られてしまう。
こんな小さな子と、毎日会っていて、その傷みにも気づかず、機嫌が良かったなんて思ってしまう馬鹿者だ。

「めーりん」
「はい」
「なかないで」

妹様は、血まみれの手でそっと私の涙を拭ってくれた。
ほら、妹様は本当はとてもお優しい。
お嬢様のように。






目を覚ますと、ベッドに寝かされていた。
隣に顔を向けると、咲夜さんが隣で寝息を立てている。
かちゃりと、ドアが開き、パチュリー様が部屋に入ってきた。

「ああ、目を覚ましたのね」
「い……たた、パチュリー様、お嬢様は?」
「まったく、その忠誠心は評価したげるけれど、もう少し自分の体の事も考えなさい、妖怪とは言え、かなり危なかったのよ?頑丈な体に感謝なさい」
「あ……はぁ、すいません」

パチュリー様は疲れた顔をしていて、大分治療のために無理をしてくれたようだった。

「あの二人なら、まあ、心配ないと思うわよ、ほら、これ」

そう言うと、パチュリー様が一枚の紙を自分に手渡した。
あまり上手ではないけれど、どこか暖かい絵が描いてあった。

「フランは、それを、見せたかったんだって」
「これ、ひょっとして」
「そう、私たちの事みたい」

左から、パチュリー様、私、そしてこれは私の話から聞いて想像したのだろうか、あまり似ていない咲夜さん。
そして真ん中にはお嬢様と妹様が二人手を繋いでいる。周りには、画用紙一杯の花畑。

「私たちは、少しあの子に怯えすぎていたのかもね」
「ええ、妹様は閉じ込めるんじゃなくて、抱きしめてあげるべきだったんです」
「なかなか、本からの知識だけじゃあ分からない事もあるわね」
「もっと早く気づいていれば良かったんですけれど……そういえば、お二人は今どちらに?」
「見てみなさい、そこ」

そう言って、パチュリー様が窓を指さす。
外はもう、暗くなっていた。
淡い月光が、紅魔館の庭を照らしている。
花壇の辺りに、二つ人影が見えた。
お嬢様と、妹様。私の育てた花を熱心に見つめている。

「レミィが言ってたわ」

パチュリー様がウィンクをして私に言う。

「夢を、叶えてくれてありがとうって」

お二人のみた夢、満面の花畑と言うには、少し小さすぎるけれど。
お二人の距離は、まだこれから近づいていくのかも知れないけれど。

「良かった……」

明日は、みんなでご飯を食べるようにお嬢様に提案してみよう。
もしまた妹様が癇癪を起こしても、自分が全て受け止めればいい。
咲夜さんの事も、ちゃんと妹様に紹介しなくちゃ。

「ま、取り敢えず今はゆっくり休みなさい」

微笑んで、パチュリー様が部屋を出て行く。

私は、横になる事は出来ず、月に照らされる二つの愛おしい小さな影を見つめていた。

いつまでも。

いつまでも。






美鈴は生真面目可愛いと思う今日この頃
フランの性格設定は難しいですね

ここまでお読みいただきましてどうもありがとうございました
感想など頂けると嬉しく
ナイスパー安達
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コメント



0.1280簡易評価
6.100奇声を発する程度の能力削除
>妹様は何処かから神とクレヨンを持ってきて
一瞬すげえと思ってしまったw、紙?
とても感動しました…
10.80名前が無い程度の能力削除
これは良い紅魔館。

ただ、題材があまり目新しくないのと展開があっさり気味だったのが少し残念。
24.100名前が無い程度の能力削除
子供のわがままに振り回されるのが親の仕事。
わがままで親を困らすのが子供の仕事。
まるで美鈴が力強い母に見えました。
これからはレミリアも美鈴に甘えていって、幻想郷一素敵な『家族』になってほしいです。