作品集113「可愛い子は甘やかしたいものなのです。」
作品集115「可愛いは正義。でも可愛すぎるのは罪だと思うのです。」の続きです。
初見の方は上記2つを先に読んで頂けると話の流れが分かるかと思います。
前作、前々作同様それなりに甘い内容となっています。
甘党の方、糖分摂取したいという方はどうぞ。
見た目は大人、頭脳は子供。
そんな人間なんているわけないだろうと思っていた時期が私にもあった。
「まりさのかみふわふわでやわらかーい」
キャッキャとはしゃぎながら私の髪を弄っている人物。
銀髪でメイド服といえば、間違いなく咲夜…なのだが。
間違いなく普段の咲夜とは違っていた。
どうしてこうなった。
今日の早朝のことだった。
まだ寝ていたところを襲撃され、強制的に覚醒させられた。
何事かと目を覚ますと視界一杯に広がる咲夜の顔。
まりさー!と勢いよく抱きつかれ窒息死しそうになったけどそこは割愛。
私の家に咲夜を連れてきたのは美鈴らしいが既にいない。
咲夜に差し出された手紙には咲夜がここにいる経緯と依頼が書かれていた。
身体の不調を訴えた咲夜に対して、パチュリーが怪しげな薬を処方した。
それを飲んだ咲夜は一度倒れ、再び目覚めた時にはあら不思議、中身が子供になったとさ。
パチュリー曰く「不調の原因はストレスみたいだったから、それを発散させる薬を飲ませたのよ」とのこと。
その結果、咲夜の中身「だけ」幼児化。意味が分からない。
咲夜を元に戻すためには『溜まったストレスを全て発散』させなければいけないらしい。
時間が経てば戻るのとは少し違うようだ。
つまりストレスの原因になった欲求が満たされるまで元に戻ることは無い。
それまで咲夜の中身はずっと幼児のままだということだ。
なにそれこわい。
「…なぁ、咲夜」
「なーに?」
肩から顔を出して覗き込み、こちらを見つめてくる。
見た目は瀟洒なメイドそのもの、だというのに。
中身は完全に幼児らしい。
依頼は簡潔に『元に戻るまで咲夜の面倒よろしく』とある。
つまり依頼と称して咲夜(幼児)のお守りを押し付けられたとみていいだろう。
一応、咲夜にも事情を聞いてみると
「ずっとまりさにあえなくてもやもやしてたからおくすりのんだ。そしたらまりさにあいたくなってずっとないてた」
とのこと。
見た目は何も変わらないのに私に会いたいと駄々をこねる咲夜の姿なんて誰が想像できるだろうか。
ついでに言うと、そんな咲夜をあやす紅魔館の奴らも想像出来ない。というかしたくない。
それを考えると私に押し付けたくなる気持ちも分かる。
レミリアあたりは衝撃のあまり棺桶にでも閉じこもってるんじゃないだろうか。
さて、どうしたものか。
元に戻すにはやりたいことをさせるのが一番なのだが。
咲夜は相変わらず私を背中から抱きしめながら髪をいじくっている。
大人しくしててくれるならそれに越した事は無いのだけれど。
ちらりと咲夜の方を見やる。
「まりさふわふわー」
今まで見たことが無い、純粋無垢な笑顔を振りまいていた。
「…ぅ」
ぶっちゃけ、破壊力が半端ない。
お守りを押し付けられたと言ったが嫌なわけじゃない。
…咲夜と一緒にいられるんだから。
あの時から始まった、私と咲夜の決まり事。
非番の日に二人で過ごすのは暗黙の了解になっていた。
場所は紅魔館の咲夜の部屋だったり、私の部屋だったり。
二人でいられる場所なんて限られてるし、大抵はお互いの部屋で過ごすのが日課だった。
特に何をするかは決まっていない。
まったりとお茶を飲みながら雑談をすることもあれば、同じ部屋にいながら背中合わせに寄りかかって別々に読書することだってある。
ベッドに寝転がってじゃれあって。
一緒に風呂に入って、一つのベッドで就寝。
それが咲夜の非番の過ごし方。
私にとっても咲夜にとっても無くてはならない時間。
やっとできた甘えられる場所。
しかし最近はお互いに忙しくてなかなか会えずにいたのだ。
紅魔館に訪れることがあっても咲夜と接触することがなかった。
意図的なのかたまたまなのかは分からないが、姿さえ見れずにいた。
それが一転。
咲夜に叩き起こされ、レミリアからはしばらく咲夜を預かれとの依頼。
望んだ形とはかなり違っていたが、一緒にいられる事には素直に喜んだ。。
「かんがえごとはだめなのー」
「ぐえっ」
そんな考え事をしていたら咲夜に強く抱きしめられた。
中身は幼児とはいえ、力は元の咲夜と変わらない。
というか首、首が絞まってる。
潰れた蛙のような声を出したことですぐに力は緩んだが、ちょっと危なかった。
「まーりーさー」
「悪かったよ。ちゃんと咲夜のことみてるから。な?」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
「…さくやのことみてくれなきゃいやだもん」
なにこのかわいいいきもの。
上目遣いと呟きとやきもちの合わせ技なんて一体どこで覚えた。
天然か?これで素なのか?
さっきから動悸、息切れが激しくて止まらない。
バクバクと物凄い速さで動いている心臓が本気で心配だ。
普段の咲夜なら言わないような可愛らしいことを平気で言うもんだからヤバイなんてものじゃなかった。
「私も、咲夜と一緒にいるのが好きだからさ、嬉しいよ。ここのところ会えなかったし」
「さくやも、まりさにあいたかった」
中身が子供のせいか基本的に素直な受け答え。
腕の位置をお腹のあたりに変えて抱きしめなおすと体勢に満足したようで、そのまま私のうなじ辺りに顔を埋める。
こそばゆいというかムズムズするというか。
元の咲夜も後ろからよく抱きしめていたからか、久しぶりの感触がなんだか変な感じだった。
「咲夜は後ろから抱きしめるの好きだな」
「うん、だいすき。あったかいし、まりさをぎゅってできるもん。まりさはすき?」
「ああ、私も好きだよ」
「えへへっ、よかったぁ!」
「ぅ、わっ」
肩から顔を出してそのまま頬擦り。
すりすりーとか言いながら密着させてきた。
首を動かせないから正面から表情を見ることは出来ないが視界に入った咲夜の顔はヤバかった。
それはもう嬉しそうな顔で「ほっぺたすりすりー」とか言ってるんだぞ。
いつもの咲夜の笑顔が微笑みレベルだとしたら、今の咲夜の笑顔は満面の笑みレベル。
初めて見る笑顔に戸惑いとときめきがマスタースパークしている。
「咲夜、ちょっと、近い…!」
いろんなものが一気に押し寄せすぎだ。
羞恥やら緊張やら困惑がごっちゃになってぐるぐるしてる。
別に抱きつかれることに慣れていない訳じゃない。
それこそ二人でいる時は抱きついたりとかしていたわけだが、いつもと勝手が違うせいで頭が追いつかなかった。
大抵は私が甘えるように咲夜に擦り寄るか、咲夜が優しく後ろから抱きしめるかの場合が多い。
しかし今の咲夜はどうだ。
「やだ。もっとまりさにくっついていたい」
キリリとした眉を八の字にさせてこっちの意見なんて聞きやしない。
咲夜がここまで素直に感情を表現したことがあっただろうか。
こっちの都合なんて一切御構い無しで一度空けた隙間をあっという間に埋められた。
お気に入りの人形を抱きしめるかのように思いっきりぎゅううぅっと私を抱きしめる。
「ちょ…、待っ…!」
「や。またないもん」
「むぐ…っ」
頬の柔らかさとか、温もりとか、咲夜の匂いとか。
五感が咲夜しか感じれないんじゃないかというくらい咲夜に埋め尽くされている。
や、嬉しいんだけども。正直いっぱいっぱいだ。
「えへへ、あったかい」
けれど幸せそうな咲夜の顔をみたらまぁいいかと思ったりもする。
こちらからも抱きしめ返してやるといっそう嬉しそうな顔になった。
「ちょ、咲夜、くるし…!も少し、力弱めて、くれ」
「やーだー。もっとぎゅーってするの」
「むぐぅ…」
苦しいんだが、なんていうか、こそばゆい。
ここまで純粋な好意をぶつけられたことが今まであっただろうか。
勿論、咲夜は優しくて私を甘やかしてくれた。
私も咲夜の前では素直に甘えていた。
けれど、逆に咲夜が甘えてきた事は無かった。
これは仮定、なのだが。
メイドとしての奉仕精神と年上意識が相俟って『甘えたい』という気持ちが今まで抑制されていたんじゃないだろうか。
元々世話好きの咲夜のことだし自身にそんな気持ちがあるとも思っていないんだろう。
それが溜まりに溜まったストレスを薬によって爆発させられた結果、抑制された気持ちが表に出てきたと。
とまぁ、大方そんなところだろう。
溢れんばかりの咲夜の笑顔なんて今まで見たこと無かったし。
「なぁ、咲夜」
「んー?」
「風呂、入るか?」
「うんっ」
全く、いちいち笑顔が眩しくて困る。
咲夜との入浴は一筋縄でいくようなものではなかった。
「まりさのせなかあらってあげる!」と咲夜がいうから任せたら後ろから抱きつかれて密着したまま身体を洗われるという物凄く恥ずかしい洗い方をされた。
脳内幼児の癖に泡まみれの身体を密着させるとかけしからん…じゃなく、辱めを受けて泣きそうになった。
あまりの羞恥プレイにお湯ぶっ掛けてすぐに泡を流して事なきを得たが大切な何かを失った気がしてならない。
…深く考えないようにしよう、うん。
風呂から上がると髪を乾かすとそのまま床につく。
ベッドに潜り込んだ時に抱き枕にされるのはもうそういうものだと諦める事にした。
寝る時だけ正面から抱き締めるのも元の咲夜と同じらしい。
というか、記憶そのものは変わってないんだっけ。
「んぅ…」
咲夜を見ると若干眠たそうな声。
いろいろあって疲れたんだろう。
目はとろんとしていていつ寝てもおかしくない。
私も色んな事がありすぎて眠気に身を委ねたかった。
「…おやすみ、咲夜」
「うん。おやすみ、まりさ」
お互いにぎゅうと抱き合う。
変わらない咲夜の温もりに包まれて、そのまま眠りについた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―朝。
肌寒さで目が覚めると毛布がなくなっていた。
辺りを見回すとベッドの端っこで蓑虫みたいに丸まっている毛布の塊が一つ。
「…咲夜?」
「……」
…返事がない。ただの蓑虫のようだ。
肩(らしき部分)を揺すってみても反応は無い。
ホントに寝てるんだろうか?
きゅるる。とお腹が鳴る。
まずは朝食を作るか、と台所に向かうと既にテーブルの上に準備されていた。
白米に味噌汁。それに焼き魚といった典型的な和食。できたてだった。
時間を止めて咲夜が作ってくれたようだ。
当の本人は相変わらず毛布に包まって蓑虫になっているけれど。
「…いただきます」
色々疑問に思うことはあるが、とりあえず朝食を食す。
一人きりの朝食などいつもの事だけれど、やはり寂しい。
正直なところ、咲夜と一緒に食べたかった。
ごちそうさまと完食した後は咲夜のいる寝室に向かうと、ベッドの上には相変わらずの蓑虫。
「おーい、咲夜ー」
「……」
ぽふぽふと頭の辺りを軽く叩く。
するともぞもぞと顔半分だけ出して私の顔を窺う様に見つめる。
「朝食食べたよ。うまかった」
「……そう」
ようやく反応が返ってきたが、声に元気は無い。
「どうした?薬の副作用でも出てるのか?」
「…副作用じゃ、ないわ。……薬の効力が切れただけだから」
それだけ言うと再び毛布に潜り込んで蓑虫に戻ってしまった。
そうかそうか、薬の効力が切れただけか。副作用じゃなくて安心した。
……ん?
ちょっと待て。
「咲夜、元に戻った…のか?」
「…ええ。お陰様で」
「そ、そうか。それなら良かった」
会話が続かない。気まずい。
別に後ろめたい事があるわけでもないのに空気が酷く重い。
その原因はなんとなく分かっている。
「つかぬ事を聞くけどさ。昨日の記憶はある…のか?」
「………」
無言。
何も言わないって事は覚えてるんだろう。
咲夜が昨日、どんな状態だったかを。
もし私が咲夜の立場なら自分という存在がこの世から消えるか、いっそのこと殺せと思うだろう。
咲夜の心境もそんな感じなんじゃないだろうか。
「…さ」
「ごめんなさい」
何か言わなければと口を開きかける。
すると毛布から再び顔半分だけ出した状態で咲夜が謝罪の言葉を口にした。
「…?何で謝るんだよ?別に咲夜は謝るようなことしてないだろ」
「だって…昨日一日、魔理沙に迷惑、かけたから」
「いや、だってあれは薬の副作用みたいなものだし。第一、あんなので迷惑だなんて思わないぜ。むしろ一緒にいられて嬉しかったし」
「お願い、恥ずかしいからあんまり言わないで…」
妖怪共が起こす異変に比べれば咲夜の異変なんて可愛いものだ。
むしろ咲夜の異変が可愛い。
普段の咲夜はどちらかというと『綺麗』という言葉が似合う。
しかし昨日の咲夜は間違いなく『可愛い』という言葉がぴったりだった。
咲夜の顔がみるみる赤くなっていく。顔半分しか見えないけど。
目が潤んで赤面してる咲夜の可愛さは異常すぎる。
咲夜可愛いよ咲夜。
…いかん、私の頭も末期らしい。
「別に恥ずかしがらなくてもいいだろ。私なんて昨日の咲夜に匹敵するくらい、咲夜に甘えてるんだぞ」
「魔理沙だからいいの。私は魔理沙を甘やかすのが好きなんだから」
「たまには立場が逆転してもいいじゃないか」
「……」
「あのな…」
全身の体温が徐々に上昇していくのを感じながら、一番言いたい事を咲夜に伝えた。
「わ、私だって咲夜に甘えられたい、んだ、ぞ…」
恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。
体温の上昇と共に目の前がぐるぐるしてる。
それでも咲夜が感じている恥ずかしさに比べたらどうってことはない。
今の私に出来るのは本心をぶつける事だけだ。
真っ直ぐ見据える先は咲夜の瞳。
どちらも目を逸らさずにしばらく見つめ合っていたが、瞬きをしたその一瞬で咲夜が布団から消えていた。
どこかに逃げたのかと慌てて辺りを見回そうとしたら背後に柔らかな重みを感じた。
「さく―」
「動かないで」
振り向こうとした身体はそのまま抱きしめられて動く事は出来なかった。
「一瞬、逃げたかと思った」
「逃げたりなんてしないわ。ただ、少しだけこのままでいさせて」
「ん…」
あれこれと言いたいことはあった。
けれど、この温もりの前でそんなものはどうでもよかった。
私にとってはこの温もりを感じていることのほうが大事だった。
しばらくの間、無言で抱きしめた。
「…こうやって魔理沙を抱きしめるの、すごく久しぶりな気がするわ。ひと月も会ってなかったのよね、私達」
「なんだかんだでお互い忙しかったからな。会おうとしても都合がつかなくて結局会えなかったし」
「そうね」
久々の感触を思い切り感じているんだろう。
背中に回している腕の力はかなり強くて、ちょっとやそっとじゃ抜け出せそうになかった。
抜け出すつもりは無いのでこちらも負けじと抱きしめ返してやる。
「ひと月の間、実験も異変解決も上手くいかなくてさ。咲夜といる時間が息抜きになってたんだと思い知らされたよ」
「…ええ、私も。いつも通りに仕事をこなしてるつもりでも切れが無いとお嬢様に指摘されたもの」
「仕事人間の咲夜が仕事に身が入らないとか…それは重症だな」
「自分でも驚いてるわ。結果、お嬢様や館の皆に迷惑をかけてしまった訳だけど」
「はは…っ。もうそれは軽く病気の域に入ってるんじゃないか?」
なんて、軽く冗談のつもりで笑いながら口にした。
咲夜からも冗談を交えた返答がくると思っていたが、咲夜は軽く言葉を詰まらせた。
「…?咲夜?」
「確かに、病気かもしれないわね…。だって」
―魔理沙に会いたくて仕方なかったんだもの。
「…っ!?」
囁かれた耳元に吐息がかかる。
反射的に咲夜から離れようとするもがっちりと咲夜に抱きしめられてしまう。
逃げる事も叶わず、鳥肌が立つ時のような、あのぞわぞわする感覚を咲夜の腕の中で耐えるしかなかった。
「魔理沙?」
「み、耳…っ、ぞわぞわする…から…」
「…あ、ごめんなさい」
思い切り抱きしめて満足したらしい咲夜は腕の力を緩めてくれた事で呼吸を整える。
抱きしめられるのも、耳元で囁かれたりするのも久しぶりな所為だろうか。
身体が過剰に反応しているらしく、動悸が激しい。
「ごめん、久々だからか身体の方が驚いてるみたいでさ。少し離れてくれないか?」
「いや」
「すまない―…って、え?」
「いや」
「…咲夜?」
「いや」
「動悸が激しいのを落ち着けたいだけなんだが…」
「いや」
「…や、あの」
「いや」
こちらの話なんかまるで聞いていない。
むしろ聞きたくないとばかりに緩めていた腕の力を再び強められ、咲夜との距離がまたゼロになる。
感触や匂いそのものは嫌じゃないが、動悸は更に激しくなるばかり。
「まりさ」
「むぐぅ…」
ぎゅーっ。
まるでお気に入りの玩具を手放したくない子供みたいだった。
「まりさと、はなれたくないの」
「さ、さく…」
縋るような、弱弱しい声。
薬の効力が再発したのかとも思ったが多分、咲夜の本音なんだろう。
ものすごく嬉しい事を言われているのだけは分かった。
くすぐったいような、むずがゆいような、何ともいえない気持ちだ。
「あったかい」
「…ん」
「このまま、ねていい?」
「ああ、このまま寝ていいよ」
優しく頭を撫でてやる。
「んぅ…」
子供みたいなあどけない咲夜の寝顔。
なんだか無性に愛おしくなってぎゅうと抱きしめた。
それから「おやすみ」と呟いて咲夜の額に軽く口付け。
―うん、甘えられるのも悪くない。
私を甘やかす咲夜の気持ちが分かった気がした。
作品集115「可愛いは正義。でも可愛すぎるのは罪だと思うのです。」の続きです。
初見の方は上記2つを先に読んで頂けると話の流れが分かるかと思います。
前作、前々作同様それなりに甘い内容となっています。
甘党の方、糖分摂取したいという方はどうぞ。
見た目は大人、頭脳は子供。
そんな人間なんているわけないだろうと思っていた時期が私にもあった。
「まりさのかみふわふわでやわらかーい」
キャッキャとはしゃぎながら私の髪を弄っている人物。
銀髪でメイド服といえば、間違いなく咲夜…なのだが。
間違いなく普段の咲夜とは違っていた。
どうしてこうなった。
今日の早朝のことだった。
まだ寝ていたところを襲撃され、強制的に覚醒させられた。
何事かと目を覚ますと視界一杯に広がる咲夜の顔。
まりさー!と勢いよく抱きつかれ窒息死しそうになったけどそこは割愛。
私の家に咲夜を連れてきたのは美鈴らしいが既にいない。
咲夜に差し出された手紙には咲夜がここにいる経緯と依頼が書かれていた。
身体の不調を訴えた咲夜に対して、パチュリーが怪しげな薬を処方した。
それを飲んだ咲夜は一度倒れ、再び目覚めた時にはあら不思議、中身が子供になったとさ。
パチュリー曰く「不調の原因はストレスみたいだったから、それを発散させる薬を飲ませたのよ」とのこと。
その結果、咲夜の中身「だけ」幼児化。意味が分からない。
咲夜を元に戻すためには『溜まったストレスを全て発散』させなければいけないらしい。
時間が経てば戻るのとは少し違うようだ。
つまりストレスの原因になった欲求が満たされるまで元に戻ることは無い。
それまで咲夜の中身はずっと幼児のままだということだ。
なにそれこわい。
「…なぁ、咲夜」
「なーに?」
肩から顔を出して覗き込み、こちらを見つめてくる。
見た目は瀟洒なメイドそのもの、だというのに。
中身は完全に幼児らしい。
依頼は簡潔に『元に戻るまで咲夜の面倒よろしく』とある。
つまり依頼と称して咲夜(幼児)のお守りを押し付けられたとみていいだろう。
一応、咲夜にも事情を聞いてみると
「ずっとまりさにあえなくてもやもやしてたからおくすりのんだ。そしたらまりさにあいたくなってずっとないてた」
とのこと。
見た目は何も変わらないのに私に会いたいと駄々をこねる咲夜の姿なんて誰が想像できるだろうか。
ついでに言うと、そんな咲夜をあやす紅魔館の奴らも想像出来ない。というかしたくない。
それを考えると私に押し付けたくなる気持ちも分かる。
レミリアあたりは衝撃のあまり棺桶にでも閉じこもってるんじゃないだろうか。
さて、どうしたものか。
元に戻すにはやりたいことをさせるのが一番なのだが。
咲夜は相変わらず私を背中から抱きしめながら髪をいじくっている。
大人しくしててくれるならそれに越した事は無いのだけれど。
ちらりと咲夜の方を見やる。
「まりさふわふわー」
今まで見たことが無い、純粋無垢な笑顔を振りまいていた。
「…ぅ」
ぶっちゃけ、破壊力が半端ない。
お守りを押し付けられたと言ったが嫌なわけじゃない。
…咲夜と一緒にいられるんだから。
あの時から始まった、私と咲夜の決まり事。
非番の日に二人で過ごすのは暗黙の了解になっていた。
場所は紅魔館の咲夜の部屋だったり、私の部屋だったり。
二人でいられる場所なんて限られてるし、大抵はお互いの部屋で過ごすのが日課だった。
特に何をするかは決まっていない。
まったりとお茶を飲みながら雑談をすることもあれば、同じ部屋にいながら背中合わせに寄りかかって別々に読書することだってある。
ベッドに寝転がってじゃれあって。
一緒に風呂に入って、一つのベッドで就寝。
それが咲夜の非番の過ごし方。
私にとっても咲夜にとっても無くてはならない時間。
やっとできた甘えられる場所。
しかし最近はお互いに忙しくてなかなか会えずにいたのだ。
紅魔館に訪れることがあっても咲夜と接触することがなかった。
意図的なのかたまたまなのかは分からないが、姿さえ見れずにいた。
それが一転。
咲夜に叩き起こされ、レミリアからはしばらく咲夜を預かれとの依頼。
望んだ形とはかなり違っていたが、一緒にいられる事には素直に喜んだ。。
「かんがえごとはだめなのー」
「ぐえっ」
そんな考え事をしていたら咲夜に強く抱きしめられた。
中身は幼児とはいえ、力は元の咲夜と変わらない。
というか首、首が絞まってる。
潰れた蛙のような声を出したことですぐに力は緩んだが、ちょっと危なかった。
「まーりーさー」
「悪かったよ。ちゃんと咲夜のことみてるから。な?」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
「…さくやのことみてくれなきゃいやだもん」
なにこのかわいいいきもの。
上目遣いと呟きとやきもちの合わせ技なんて一体どこで覚えた。
天然か?これで素なのか?
さっきから動悸、息切れが激しくて止まらない。
バクバクと物凄い速さで動いている心臓が本気で心配だ。
普段の咲夜なら言わないような可愛らしいことを平気で言うもんだからヤバイなんてものじゃなかった。
「私も、咲夜と一緒にいるのが好きだからさ、嬉しいよ。ここのところ会えなかったし」
「さくやも、まりさにあいたかった」
中身が子供のせいか基本的に素直な受け答え。
腕の位置をお腹のあたりに変えて抱きしめなおすと体勢に満足したようで、そのまま私のうなじ辺りに顔を埋める。
こそばゆいというかムズムズするというか。
元の咲夜も後ろからよく抱きしめていたからか、久しぶりの感触がなんだか変な感じだった。
「咲夜は後ろから抱きしめるの好きだな」
「うん、だいすき。あったかいし、まりさをぎゅってできるもん。まりさはすき?」
「ああ、私も好きだよ」
「えへへっ、よかったぁ!」
「ぅ、わっ」
肩から顔を出してそのまま頬擦り。
すりすりーとか言いながら密着させてきた。
首を動かせないから正面から表情を見ることは出来ないが視界に入った咲夜の顔はヤバかった。
それはもう嬉しそうな顔で「ほっぺたすりすりー」とか言ってるんだぞ。
いつもの咲夜の笑顔が微笑みレベルだとしたら、今の咲夜の笑顔は満面の笑みレベル。
初めて見る笑顔に戸惑いとときめきがマスタースパークしている。
「咲夜、ちょっと、近い…!」
いろんなものが一気に押し寄せすぎだ。
羞恥やら緊張やら困惑がごっちゃになってぐるぐるしてる。
別に抱きつかれることに慣れていない訳じゃない。
それこそ二人でいる時は抱きついたりとかしていたわけだが、いつもと勝手が違うせいで頭が追いつかなかった。
大抵は私が甘えるように咲夜に擦り寄るか、咲夜が優しく後ろから抱きしめるかの場合が多い。
しかし今の咲夜はどうだ。
「やだ。もっとまりさにくっついていたい」
キリリとした眉を八の字にさせてこっちの意見なんて聞きやしない。
咲夜がここまで素直に感情を表現したことがあっただろうか。
こっちの都合なんて一切御構い無しで一度空けた隙間をあっという間に埋められた。
お気に入りの人形を抱きしめるかのように思いっきりぎゅううぅっと私を抱きしめる。
「ちょ…、待っ…!」
「や。またないもん」
「むぐ…っ」
頬の柔らかさとか、温もりとか、咲夜の匂いとか。
五感が咲夜しか感じれないんじゃないかというくらい咲夜に埋め尽くされている。
や、嬉しいんだけども。正直いっぱいっぱいだ。
「えへへ、あったかい」
けれど幸せそうな咲夜の顔をみたらまぁいいかと思ったりもする。
こちらからも抱きしめ返してやるといっそう嬉しそうな顔になった。
「ちょ、咲夜、くるし…!も少し、力弱めて、くれ」
「やーだー。もっとぎゅーってするの」
「むぐぅ…」
苦しいんだが、なんていうか、こそばゆい。
ここまで純粋な好意をぶつけられたことが今まであっただろうか。
勿論、咲夜は優しくて私を甘やかしてくれた。
私も咲夜の前では素直に甘えていた。
けれど、逆に咲夜が甘えてきた事は無かった。
これは仮定、なのだが。
メイドとしての奉仕精神と年上意識が相俟って『甘えたい』という気持ちが今まで抑制されていたんじゃないだろうか。
元々世話好きの咲夜のことだし自身にそんな気持ちがあるとも思っていないんだろう。
それが溜まりに溜まったストレスを薬によって爆発させられた結果、抑制された気持ちが表に出てきたと。
とまぁ、大方そんなところだろう。
溢れんばかりの咲夜の笑顔なんて今まで見たこと無かったし。
「なぁ、咲夜」
「んー?」
「風呂、入るか?」
「うんっ」
全く、いちいち笑顔が眩しくて困る。
咲夜との入浴は一筋縄でいくようなものではなかった。
「まりさのせなかあらってあげる!」と咲夜がいうから任せたら後ろから抱きつかれて密着したまま身体を洗われるという物凄く恥ずかしい洗い方をされた。
脳内幼児の癖に泡まみれの身体を密着させるとかけしからん…じゃなく、辱めを受けて泣きそうになった。
あまりの羞恥プレイにお湯ぶっ掛けてすぐに泡を流して事なきを得たが大切な何かを失った気がしてならない。
…深く考えないようにしよう、うん。
風呂から上がると髪を乾かすとそのまま床につく。
ベッドに潜り込んだ時に抱き枕にされるのはもうそういうものだと諦める事にした。
寝る時だけ正面から抱き締めるのも元の咲夜と同じらしい。
というか、記憶そのものは変わってないんだっけ。
「んぅ…」
咲夜を見ると若干眠たそうな声。
いろいろあって疲れたんだろう。
目はとろんとしていていつ寝てもおかしくない。
私も色んな事がありすぎて眠気に身を委ねたかった。
「…おやすみ、咲夜」
「うん。おやすみ、まりさ」
お互いにぎゅうと抱き合う。
変わらない咲夜の温もりに包まれて、そのまま眠りについた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
―朝。
肌寒さで目が覚めると毛布がなくなっていた。
辺りを見回すとベッドの端っこで蓑虫みたいに丸まっている毛布の塊が一つ。
「…咲夜?」
「……」
…返事がない。ただの蓑虫のようだ。
肩(らしき部分)を揺すってみても反応は無い。
ホントに寝てるんだろうか?
きゅるる。とお腹が鳴る。
まずは朝食を作るか、と台所に向かうと既にテーブルの上に準備されていた。
白米に味噌汁。それに焼き魚といった典型的な和食。できたてだった。
時間を止めて咲夜が作ってくれたようだ。
当の本人は相変わらず毛布に包まって蓑虫になっているけれど。
「…いただきます」
色々疑問に思うことはあるが、とりあえず朝食を食す。
一人きりの朝食などいつもの事だけれど、やはり寂しい。
正直なところ、咲夜と一緒に食べたかった。
ごちそうさまと完食した後は咲夜のいる寝室に向かうと、ベッドの上には相変わらずの蓑虫。
「おーい、咲夜ー」
「……」
ぽふぽふと頭の辺りを軽く叩く。
するともぞもぞと顔半分だけ出して私の顔を窺う様に見つめる。
「朝食食べたよ。うまかった」
「……そう」
ようやく反応が返ってきたが、声に元気は無い。
「どうした?薬の副作用でも出てるのか?」
「…副作用じゃ、ないわ。……薬の効力が切れただけだから」
それだけ言うと再び毛布に潜り込んで蓑虫に戻ってしまった。
そうかそうか、薬の効力が切れただけか。副作用じゃなくて安心した。
……ん?
ちょっと待て。
「咲夜、元に戻った…のか?」
「…ええ。お陰様で」
「そ、そうか。それなら良かった」
会話が続かない。気まずい。
別に後ろめたい事があるわけでもないのに空気が酷く重い。
その原因はなんとなく分かっている。
「つかぬ事を聞くけどさ。昨日の記憶はある…のか?」
「………」
無言。
何も言わないって事は覚えてるんだろう。
咲夜が昨日、どんな状態だったかを。
もし私が咲夜の立場なら自分という存在がこの世から消えるか、いっそのこと殺せと思うだろう。
咲夜の心境もそんな感じなんじゃないだろうか。
「…さ」
「ごめんなさい」
何か言わなければと口を開きかける。
すると毛布から再び顔半分だけ出した状態で咲夜が謝罪の言葉を口にした。
「…?何で謝るんだよ?別に咲夜は謝るようなことしてないだろ」
「だって…昨日一日、魔理沙に迷惑、かけたから」
「いや、だってあれは薬の副作用みたいなものだし。第一、あんなので迷惑だなんて思わないぜ。むしろ一緒にいられて嬉しかったし」
「お願い、恥ずかしいからあんまり言わないで…」
妖怪共が起こす異変に比べれば咲夜の異変なんて可愛いものだ。
むしろ咲夜の異変が可愛い。
普段の咲夜はどちらかというと『綺麗』という言葉が似合う。
しかし昨日の咲夜は間違いなく『可愛い』という言葉がぴったりだった。
咲夜の顔がみるみる赤くなっていく。顔半分しか見えないけど。
目が潤んで赤面してる咲夜の可愛さは異常すぎる。
咲夜可愛いよ咲夜。
…いかん、私の頭も末期らしい。
「別に恥ずかしがらなくてもいいだろ。私なんて昨日の咲夜に匹敵するくらい、咲夜に甘えてるんだぞ」
「魔理沙だからいいの。私は魔理沙を甘やかすのが好きなんだから」
「たまには立場が逆転してもいいじゃないか」
「……」
「あのな…」
全身の体温が徐々に上昇していくのを感じながら、一番言いたい事を咲夜に伝えた。
「わ、私だって咲夜に甘えられたい、んだ、ぞ…」
恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。
体温の上昇と共に目の前がぐるぐるしてる。
それでも咲夜が感じている恥ずかしさに比べたらどうってことはない。
今の私に出来るのは本心をぶつける事だけだ。
真っ直ぐ見据える先は咲夜の瞳。
どちらも目を逸らさずにしばらく見つめ合っていたが、瞬きをしたその一瞬で咲夜が布団から消えていた。
どこかに逃げたのかと慌てて辺りを見回そうとしたら背後に柔らかな重みを感じた。
「さく―」
「動かないで」
振り向こうとした身体はそのまま抱きしめられて動く事は出来なかった。
「一瞬、逃げたかと思った」
「逃げたりなんてしないわ。ただ、少しだけこのままでいさせて」
「ん…」
あれこれと言いたいことはあった。
けれど、この温もりの前でそんなものはどうでもよかった。
私にとってはこの温もりを感じていることのほうが大事だった。
しばらくの間、無言で抱きしめた。
「…こうやって魔理沙を抱きしめるの、すごく久しぶりな気がするわ。ひと月も会ってなかったのよね、私達」
「なんだかんだでお互い忙しかったからな。会おうとしても都合がつかなくて結局会えなかったし」
「そうね」
久々の感触を思い切り感じているんだろう。
背中に回している腕の力はかなり強くて、ちょっとやそっとじゃ抜け出せそうになかった。
抜け出すつもりは無いのでこちらも負けじと抱きしめ返してやる。
「ひと月の間、実験も異変解決も上手くいかなくてさ。咲夜といる時間が息抜きになってたんだと思い知らされたよ」
「…ええ、私も。いつも通りに仕事をこなしてるつもりでも切れが無いとお嬢様に指摘されたもの」
「仕事人間の咲夜が仕事に身が入らないとか…それは重症だな」
「自分でも驚いてるわ。結果、お嬢様や館の皆に迷惑をかけてしまった訳だけど」
「はは…っ。もうそれは軽く病気の域に入ってるんじゃないか?」
なんて、軽く冗談のつもりで笑いながら口にした。
咲夜からも冗談を交えた返答がくると思っていたが、咲夜は軽く言葉を詰まらせた。
「…?咲夜?」
「確かに、病気かもしれないわね…。だって」
―魔理沙に会いたくて仕方なかったんだもの。
「…っ!?」
囁かれた耳元に吐息がかかる。
反射的に咲夜から離れようとするもがっちりと咲夜に抱きしめられてしまう。
逃げる事も叶わず、鳥肌が立つ時のような、あのぞわぞわする感覚を咲夜の腕の中で耐えるしかなかった。
「魔理沙?」
「み、耳…っ、ぞわぞわする…から…」
「…あ、ごめんなさい」
思い切り抱きしめて満足したらしい咲夜は腕の力を緩めてくれた事で呼吸を整える。
抱きしめられるのも、耳元で囁かれたりするのも久しぶりな所為だろうか。
身体が過剰に反応しているらしく、動悸が激しい。
「ごめん、久々だからか身体の方が驚いてるみたいでさ。少し離れてくれないか?」
「いや」
「すまない―…って、え?」
「いや」
「…咲夜?」
「いや」
「動悸が激しいのを落ち着けたいだけなんだが…」
「いや」
「…や、あの」
「いや」
こちらの話なんかまるで聞いていない。
むしろ聞きたくないとばかりに緩めていた腕の力を再び強められ、咲夜との距離がまたゼロになる。
感触や匂いそのものは嫌じゃないが、動悸は更に激しくなるばかり。
「まりさ」
「むぐぅ…」
ぎゅーっ。
まるでお気に入りの玩具を手放したくない子供みたいだった。
「まりさと、はなれたくないの」
「さ、さく…」
縋るような、弱弱しい声。
薬の効力が再発したのかとも思ったが多分、咲夜の本音なんだろう。
ものすごく嬉しい事を言われているのだけは分かった。
くすぐったいような、むずがゆいような、何ともいえない気持ちだ。
「あったかい」
「…ん」
「このまま、ねていい?」
「ああ、このまま寝ていいよ」
優しく頭を撫でてやる。
「んぅ…」
子供みたいなあどけない咲夜の寝顔。
なんだか無性に愛おしくなってぎゅうと抱きしめた。
それから「おやすみ」と呟いて咲夜の額に軽く口付け。
―うん、甘えられるのも悪くない。
私を甘やかす咲夜の気持ちが分かった気がした。
動悸、息切れには救心。
うん、すっっっげえ萌えた。
ありがとう!
ご馳走様でした。
最高です
うん甘かった、でも良かった。
甘い甘すぎる!でもいいぞもっとやれ!
ケーキが途中でものすごく甘くなったんだどうしてくれる
ヒャッハァァァァーーーーー咲マリだぁぁぁぁーーーー!!
相変わらずの甘さだ、最高!!
これで糖分控えめなんてご冗談を
あいかわらず甘いです。