Coolier - 新生・東方創想話

あーしたてんこがでーれ

2011/04/03 12:19:31
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 その声と共に、天高く下駄が空を飛ぶ。というか、ここは天界なのだから、天高くという表現もどうかと思うのだけど、それよりも他に言いたいことがたくさんある。

「ねぇ、これは一体何のつもり?」

「何のつもり、って、説明が必要かしら?」

「必要でしょうが! こっちはいろいろと突っ込みどころが多すぎて、何から言えばいいのか迷ってるくらいなのよ!」

 下駄を飛ばした本人である紫は、首をかしげて不思議そうな視線をこちらに向けてくる。湧きあがる感情を抑えつつ、私は話を切り出した。

「まず、この行為そのものについてよ。これは一体何が目的なの?」

「いや、だからそのまんま……」

「まんまって何なのよ! 下駄占いって、天気を占うものでしょう? それが何? 語尾が『でーれ』って。願望ですらないし、そもそも天気ですらないでしょう?」

「だから、明日はあなたが私にデレデレーってしてくれるのよって契約で……」

「そんな契約結ぶか!」

 いけない、怒りが増すばかりで口調が荒くなっている。いったん落ち着こう。すぅ…… はぁ…… よし。

「……さて、次に、あなたって普段からはいてたっけ?」

「はいてるわよ。え? まさか、あなた、はいてないとか?」

「どこを見て何を指していってるのよ。下駄よ下駄。普段はちゃんとした靴をはいてたんじゃなかったっけ?」

「そんな些細なことを気にしちゃいけません。」

「なんで叱られてるの。なんで私が叱られる立場になってるの。」

 何だろう、理不尽と言いたいところなんだけど、紫の言うとおりこれは些細なこと。まだ重要な話は残っている。

「さて、私が聞き間違えていたら失礼だから、改めて確認させてもらうわ。下駄を飛ばした時に言った言葉を、もう一度言ってみて。」

「あーしたてんこが……」

「はい、そこ。やっぱり言ってたわね。いい? 私の名前は『てんし』。大事なことだからもう一度言うわ。私の名前は『てんし』なのよ。私のことを指す言葉に『てんこ』という言葉はないわ。名は体を表すって言葉もあるのよ。おわかり?」

「わかったわ…… てんこ。」

「わかってなーい! あなた、私にデレて欲しいんでしょう? せめて名前くらいはちゃんと呼びなさいよ。」

「わかったわ…… てんこ。」

 くぅ…… なんだか紫のペースに引き込まれている気がする。こっちは感情がかき乱されているというのに、紫は顔色一つ変わっていない。ずーっと笑顔のまんまだ。もぅ、ほんと腹がたってきた。次で最後にしておこう。

「てんこじゃないっての。最後に、そもそもあなた、今日は何のために来たの? くだらないことで私をからかおうっていうことなら、とっとと帰りなさいよ。」

 すると、それまで笑顔だった紫が、一瞬だけはっとした表情を見せた。顔を少し斜め下に向けて、腕を身体の前で交差させてもじもじしてる。えっと、どういうことだろう?

「目的なんて、初めに言ったじゃないの。」

「いや、来て早々下駄を飛ばして叫んだことしか思い出せないんだけど。」

「だから、そのまんまなのよ。明日は私にデレデレーってして欲しいなって。」

「あぁ、いちおう願掛けではあったのね。でも、残念でした。私はデレないわよ。誰がデレるもんですか、って、ちょ、ちょっと、紫、何を?」

 こういうとき、どういう反応をするのが正解なんだろう。目の前でもじもじしていた紫が、突然意を決したかのように私の胸元に倒れこんできた。私の両腕をつかんで身体を支えつつ、顔をあげて上目づかいでこちらを見ている。なんだか目に涙が浮かんでうるうるしている。どうしよう。両腕が使えないから振り払うこともできない。
 どうすることもできず、ただただ視線を交わすだけの時間を過ごす。しばらくして、ようやく紫が口を開いた。

「どうしてもだめだっていうから、とっておきの手段を使う。」

「え……? とっておきの?」

「今日は私がデレる日にする。だから、明日はあなたの番。」

 なんで? なんでこうなったの? 相変わらず紫は胸元にいるし、私は動けないし。もしかして、これって、紫の作戦? わかったって言わないと解放してあげない、みたいな?

「紫、とりあえず、はなしてもらえないかしら。これじゃ、私、うごけない。」

「じゃあ、明日はデレてくれる?」

「あぁ、やっぱり…… だめよ。絶対にデレません。」

「どうしても?」

「どうしても。」

「おねがい。」

「ききません。」

 どうしてだろう。紫の目からだんだんと涙があふれてこぼれおちている。あれ、これって、私が泣かせちゃったとか? いや、でも、私が悪いってわけじゃないよね。たしかに、お願いを聞かないのは意地悪だって言われるかもしれないけど、そもそも初めはお願いする態度じゃなかったし、こっちだって神経逆なでされるようなことされてるわけだし。
 そんなことを考えていると、両腕にかかっていた力が緩むのを感じた。紫が手を離して、私から離れたみたいだ。数歩離れてこちらを見る紫の顔は、なんだかとても悲しそうな表情に見えた。

「わがままいっちゃってごめんなさい。考えてみれば、私もいけないのよね。お願いする立場なのに、あなたをからかったりして。」

「あ、あれ? 紫?」

「今日はもう帰るわ。じゃあね、てんし。」

 あ、今『てんし』って言った。それに気づいたとき、既に紫は背を向けていて、空間の裂け目のスキマの中に入ろうとしていた。声をかけるべきか迷っていると、私の目にあるものが飛び込んできた。

「紫、ちょっと待って!」

「え?」

 それは、天界の空から舞い降りてきた。いや、戻ってきたというべきだろうか。コーンと軽快な音を立てて弾んだそれは、数回跳ねまわった後、花緒を上にして止まっていた。

「下駄占い、結果が出たみたいよ。」

「……えぇ、そうみたいね。」

「花緒が上ということは、天気だったら晴れだけど。……しかたないわね。」

 下駄に免じて、紫を許してあげることにしよう。私は軽く深呼吸をして心を落ち着ける。

「明日、また来なさいよ。もし来なかったら……」

「ちょっと待って!」

 意を決して言おうとした言葉を遮られた。なんだか紫の方が少しあわててるけど、どういうことだろう。

「今日はまだデレちゃだめ。デレるなら、明日。」

 何を言うのかと思ったら…… 紫の言葉を聞いて呆気にとられてしまった。それでも紫の顔はなぜか真剣だったりする。むぅ、考えがぜんぜんわからない。

「そう。それじゃわかったわ。わかったから、今日はもう帰りなさい。あ、下駄忘れるんじゃないわよ。」

 そう言って、下駄をポンと投げ渡す。紫は下駄を受け取ると笑顔を見せ、その場で下駄をはきなおし、スキマの中に入って行った。

 さて、なんだか妙な約束をしちゃったなぁ。デレっていうけど、デレってどうすればいいんだろう。ま、なんとかなるか。下駄じゃないけど、占いじゃないし、いいよね。私ははいていた靴を片方だけ脱いで、そのままつま先にひっかける。そして、軽く足を振り、靴を上空に向けてほうりだした。

「あーしたてんこがでーれ!」
「総領娘様、何をしているのでしょうか?」

「衣玖!? あなた、いつからいたの?」

「一部始終、見させていただきました。」

「空気になってないで空気読みなさいよ!」


 読んでいただいた方、ありがとうございます。Kirisameです。

 普段はこういう話を書かないんだけど、タイトルが降りてきてしまったがために勢いで書いてしまったという…… そんなわけなので、何かと拙い部分が多いかと思います。甘さを書くのは難しいです。


4月6日 コメ返しさせていただきます

 予想以上の高評価をいただけたこと、とても嬉しく思います。ゆかてんを御書きになられているtukai様や電動ドリル様からのコメントまでいただけるとは、なんというか、光栄に思うと共に畏まってしまいます。

 思わず口ずさんでしまうという現象を引き起こせたなら、狙いとしては大成功です。ほんとに、書くきっかけは語感の良さだけだったので。

 コメントの中には明日の天子を希望する声があるようで、期待していただけたという嬉しさの一方、戸惑いもあるといったところです。というか、甘さの表現が苦手な自分が書いていいんでしょうか?

 まぁ、これも一つの経験ということで、『翌日』を書いてみようかと思います。ちょっと試してみたい文章形式もあるので。近々投稿しにきますので、また読みに来ていただけると嬉しいです。
kirisame
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コメント



0.1200簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
タイトル出オチだけどティンと来た。
明日は紫と衣玖による天子祭りですね、もふります。
7.90奇声を発する程度の能力削除
何か気付いたら口ずさんでいたw
11.90名前が無い程度の能力削除
いいじゃないか…
12.80名前が無い程度の能力削除
語感いいなぁw
ふとしたときに口ずさんでしまいそうです
23.100tukai削除
「これ、タイトルだけだろwwww」と読んでいたら、クソ、こいつら可愛いじゃないか……!
24.90電動ドリル削除
その、明日のデレたてんこをkwsk
32.100名前が無い程度の能力削除
イイネ
35.100名前が無い程度の能力削除
どんだけ高く下駄飛ばしてんのゆかりん