静かな、とても静かな晩だった。
夜空に月、湖面に月、真円を描く銀光がそっと大地を照らしている。
風も無く、竹も揺れず、虫も獣も寝静まり、清冽なる水のせせらぎが夜想曲を奏でる。
「静かな夜ね、あらゆる生命が眠っているかのように」
黒耀の姫は、袖で口元を隠して微笑する。
「静かな夜ね、あらゆる生命が死に絶えているかのように」
紅魔の姫は、自慢するように口角を上げて微笑する。
「静かな夜ね、あらゆる生命が……えーと……」
金冠の姫は、セリフの流れを読もうとしたが結局なにも思いつかず黙りこくってしまった。
月を冠する三人の姫君の、たった一夜の物語。
――三月姫 の夜想曲。
優雅で上品でカリスマあふれる静寂な空気が構成される中、静寂の姫は改めて現状を思い返した。
なぜ、こうなってしまったのかを。
● ○ ● ○ ● ○ ●
兎狩りのため迷いの竹林へとやって来たルナチャイルドは、ちっとも兎が見つからず業を煮やしてしまい、気がついたらサニーミルクとスターサファイアの二人とはぐれて迷ってしまっていた。
澄んだ池を見つけたので、一休みを始めた。
冷たい水は火照った身体に心地よく、喉を潤して活力を与える。水は生命の源であり、自然の具現である妖精はそれをよく承知していた。水、そして竹。この場は力強い生命のエネルギーが満ちており、それでいて清らかだ。もしもルナチャイルドが竹林を住処とする性質の妖精ならば、この周辺を選ぶのは想像にたやすい。
岸辺には鬱蒼と竹が生え、この美しい風景を隠すようにしている。伸びた枝と葉は空からも湖を隠しているだろうけれど、見上げる分には枝や葉の合間から十分に星のきらめきを確認できたし、お月様は夜空だけでなく湖にまでその姿を浮かべ、その周囲を蓮の葉が漂って水面の月面をかすかに揺らしていた。風情というものを知らない者がいるならば、この景色を見せればすぐさま理解できるに違いなかった。
兎狩りなんてくだらない、ここで月見酒をするべきだ!
声高に主張したい衝動に駆られたが、しかし、幻想郷の住人のサガとして、大勢が集まって酒盛りをすれば騒々しい宴会になるのは明らかだった。同居人であるサニーミルクとスターサファイアも例外では無く、静かに月見酒を楽しみたいのならば、この感動は他者に明かさず独り占めにするべきだ。恐らく、この場所を知る竹林の妖精も同じように考えているだろう。
妖精とはただ騒がしいだけの存在ではない。
自分のように「違いのわかる妖精」もいるのだと、ルナチャイルドは自画自賛の笑みを浮かべた。
月が綺麗で。
蓮が綺麗で。
湖も綺麗で。
ああ、なんと美しき幻想郷かな。
「うーさーぎ、うーさーぎ。なーにー見ーてー跳ーねーるー」
右手に永遠亭のお姫様が立っていた。
「こんなにも月が白いから、冷たい夜になりそうね」
左手に紅魔館の吸血鬼が立っていた。
永遠と須臾の罪人たる月の姫。
蓬莱山輝夜。
永遠に紅い幼き月。
レミリア・スカーレット。
静かなる月の光。
ルナチャイルド。
一人だけ場違いだ。明らかに品格が劣る。
恐らく、輝夜とレミリアがここで待ち合わせをしており、そこに偶然ルナチャイルドが来てしまったのだろう。
だったら邪魔にならないうちに退散した方が身のためだと思い、立ち上がろうとしたら。
「こんばんは、小さく可憐なプリンセス。水面 で揺らめく月のように、今宵は胡蝶のような夢を見ましょう」
「こんばんは、小さく清楚なプリンセス。湖面できらめく月のように、今夜は幻想のような夢を見ましょう」
カリスマ挨拶に挟まれた。
最初は自分をスルーして互いに挨拶をしているのだと思ったルナチャイルドだが、見上げればカリスマ二人の視線は小さな妖精へと向けられていた。親しみを込めて微笑まれていた。カリスマの方々と別段交流がある訳ではないルナチャイルドにとってこの状況、胃が痛くなるほどの重圧がある。
「紅魔の姫よ、このリトルプリンセスはどういったムーンカリスマアビリティを?」
「黒耀の姫よ、このリトルプリンセスは音を消す程度のムーンカリスマアビリティを持つ」
なぜかカリスマ扱いされた。
しかもムーンカリスマアビリティと装飾過多になっている。
「金色に輝く縦巻きの髪は、まるで月の女神のように高貴だわ」
「まるで黄金の冠をかぶっているかの如く」
白い帽子をかぶっているのはスルーらしい。
「なら、金冠の姫ね」
「うむ、金冠の姫だ」
名づけられた。
黒耀の姫。
紅魔の姫。
金冠の姫。
名前だけなら並び立つ美しさがあったが、名前負けしすぎだとうなだれてしまうルナチャイルド。
もしこんなあだ名がサニーミルクとスターサファイアに知られたら、全力でからかわれてしまう。
「あだ名? いいえ二つ名よ」
「あるいは異名、いいえ称号よ」
「心を読まれた!?」
しかも格好よく言い直された。
しかも優しく諭すように、竹馬の友に話しかけるかのように、親しげに。
気に入られてしまった!
弱っちい妖精が一人でぼんやりしていただけなのに、いったいなにが彼女達の琴線に触れてしまったのか。
などと困惑しているうちに、月下の包囲網は進行していた。
ルナチャイルドの右肩に置かれる、輝夜の左手。
ルナチャイルドの左肩に置かれる、レミリアの右手。
骨まで食い込むほどの握力で掴まれていると錯覚するほどの重圧があり、実際は重さをほとんど感じられない程度の力加減なのだが、思い込みの力は時に現実を凌駕する。金冠の姫は囚われの姫。
「静かな夜ね、あらゆる生命が眠りについているかのように」
黒耀の姫は、袖で口元を隠して微笑する。
「静かな夜ね、あらゆる生命が死に絶えているかのように」
紅魔の姫は、自慢するように口角を上げて微笑する。
「静かな夜ね、あらゆる生命が……えーと……」
金冠の姫は、セリフの流れを読もうとしたが結局なにも思いつかず黙りこくってしまった。
優雅で上品でカリスマあふれる静寂な空気が構成される中、静寂の姫は改めて現状を思い返した。
なぜ、こうなってしまったのか。
静寂の姫はただ、友達と兎狩りに来ただけなのに……。
思い返し終えた。
帰りたい。でも許してくれなさそうだ。
そもそも。
この二人はこんな所でなにをしているんだろう。
輝夜は永遠亭のお姫様、迷いの竹林にいたとて不思議ではないとルナチャイルドは理解している。しかしレミリアは紅魔館の館主、満月の晩なら出歩きもするだろうけれどなぜ竹林に? この綺麗な湖で月見? 輝夜と待ち合わせをして? この二人は親しかったのか?
「水面に波紋を浮かべるあの雫はきっと、乾坤の一滴がこぼれ落ちたに違いないわ」
「湖面に波紋を浮かべるあの雫はきっと、乾坤の一滴が血の涙となったに違いないわ」
二人がまた意味のわからぬ、無駄に詩的な言葉をつづった。
そして、期待を込めた眼差しをルナチャイルドに向けてくる。
先ほどのミスを挽回するチャンスを与えてくれているかのように。
だが、ルナチャイルドはしばし悩んでから言った。
「乾坤一擲って、雫とかの一滴とは違う意味だと思うんだけど……」
あえてツッコミを入れる。
下手に乗ろうとしても、また失敗してしまうだろうし、そうなればエンドレス突入の可能性も否めない。
だがツッコミなら? この詩的な妄言を恥ずかしいものと気づき、取りやめてくれるかもしれない。
ふぅと輝夜は溜め息をついた。
「乾坤とは天と地、あるいは陰と陽の意味を持つのよ」
「つまり乾坤一擲と雫の一滴をかけた言葉遊び、天地の雫の美しさは世界の美しさよ」
さらに阿吽の呼吸で続けるレミリア。
しかも無駄に放っているカリスマが、月光を浴びてキラキラと輝いている。それが美しいもんだから悔しい。妖精の中ではちょっと強い方という程度のルナチャイルドには眩しすぎる。
「金冠の姫君ならきっと、いいえ必ず世界の彩りを言葉として奏でられるようになるわ」
「金冠の姫君の名に恥じぬ気品を身につければ、後は勝手にカリスマがついてくる。励みなさい」
「木々の声に耳を傾けましょう。水の声に耳を傾けましょう。土の声に耳を傾けましょう。世界は絶えず私達に語りかけています」
「静寂の音色が聴こえた時、汝は大自然と一体と化す。金冠の姫を祝福する月影の歌が、ほら、聴こえるはずよ」
ルナチャイルドは妖精である。
妖精とは自然現象の延長である
けれど自然の声だとか、月影の歌だとか、まったくもって聴こえません。
そもそも自然の声を聞きたければ、そこいらの妖精に話しかければ返事をしてくれるだろう。それが自然の声だ。
ルナチャイルドの声だって大自然の声なのだ。
自然の声はついに本当の気持ちを語った。
「なに言ってるのか全然わからないんですけど……帰っていいですか?」
「金冠の姫は冗談がお好きなのね」
「金冠の姫は戯れるのが好きだな」
友達同士でじゃれ合うように、二人は楽しそうに微笑みながらルナチャイルドの頭を撫でた。
大自然の声をまったく理解していないようだ。
二人がとても楽しそうに笑うので、ルナチャイルドも笑った。目は死んだ魚のようで、酷く乾いた笑みだった。
なにもかもから瞳を背けたくて、湖面できらめく満月へと視線を落とす。風は無くとも水は流れ、蓮が小さな波紋を生んでいる。吸い込まれるような、深く暗く、しかし清らかな水がすさんだ心を洗ってくれる気がした。洗われる側からすさんでいくけれど。
「この宇宙は<法>と<混沌>が絶えずぶつかり合い、変化という色彩を放っている」
「多次元宇宙は<法>と<混沌>が衝突し、生と死が同じ数だけあふれ出ている」
「いきなり宇宙の話になった。電波すぎてついていけなんですけど……」
ルナチャイルドの嘆きは当然、黒耀と紅魔の姫君には届かない。
「高潔なる<法>よ、金冠の姫に黄金と叡智を与えたまえ」
「偉大なる<混沌>よ、金冠の姫に暗黒と精力を与えたまえ」
「そんな妙なものをたくさん押しつけないでもらいたいんですけど……」
ルナチャイルドの嘆きは当然、黒耀と紅魔の姫君には届かない。
「<宇宙の天秤>の<均衡>を律する精霊に祝福を!」
「<宇宙の天秤>の<均衡>に殉じる月影に栄光を!」
「そんな奇天烈なものを律した覚えも殉じるつもりも無いんですけど」
ルナチャイルドの嘆きは当然、黒耀と紅魔の姫君には届かない。
届かないが、ちっとも乗ってこないルナチャイルドをいぶかしんだ輝夜姫は小首を傾げる。
「妙ね。これだけの詩を並べても、金冠の姫の魂が目覚めないわ。均衡が乱れが宇宙が波打っている……」
それを見てレミリア姫、双眸を閉じすべてを悟った表情で微笑する。
「案ずるな黒耀、宇宙は常に我等の中にある。操作などせずとも、運命はすでに金冠の姫を選んだ。選んだのだ」
二人の姫君は向き合った。
「運命の導き手、紅魔の姫よ、その言葉を疑う訳ではないけれど、定命の者は運命にあらがう強さを秘めている」
「確固たる意志は運命すら打ち砕く、しかし、その意志によってみずから運命の流れに身をゆだねる強さも存在する」
向き合った二人の姫君の下で、ルナチャイルドはそっと後ずさろうとした。
もういい、逃げちゃおう。
これ以上、こんなのに関わっていられないから。
「うつけめ」
それを押し留める渋い声。
竹やぶの奥から、竹を揺らさず、足音を立てず、幽鬼のように現れる白髪の老人。
和装は一切の乱れが無く、背筋は老いてなお鋼鉄の芯を入れたかのように真っ直ぐで、かたわらに人魂を漂わせている。
「わからぬか、双月姫 よ。汝等が三月姫 として覚醒するには、真なる調べにて月影の心を開かねばならぬ。口ずさむのは言葉ではない、言霊だ。そう、己の鼓動に耳を傾けるのだ。わかるはずだ、そなた等はすでに繋がっておる。金冠の姫の声を聴きたくば、誰よりもまず己に問いかけるのだ。聴こえるはずだ。聴こえるはずだ!」
いきなり出てきて、なにをほざいているのだろう、このボケ爺は。
しかしである。
「お師匠様」
「老師」
輝夜とレミリアは感極まって震えながら、気色悪い猫撫で声を上げた。
同類か。
しかも師弟関係か。
ならばこのもうろく爺が元凶なのか?
「否。双月姫が我が心にささやいたのだ、内なる調べを解き放ちたいと。望んだのは彼女達であり、私はその背中をそっと後押ししたにすぎぬ」
「それを元凶って……えっ!? こ、心を読ん……だ?」
「否。そなたの内なる声がささやいておるのだ、真実の光を解き放ちたいと」
その言霊を聴いて感激したのは輝夜とレミリアだった。
「そうよ、私達はなにを遠回りをしていたのかしら。金冠の姫の声はずっと聴こえていたはずなのに」
「宇宙の脈動は、大地の息吹は、月の光は、常に我等とともにあったのだな……我等の心の奥底に……」
そういえば金冠の姫なる恥ずかしいあだ名――二つ名――異名――称号――を名づけられた際も、心を読まれていた。
だとしたら。
まさか本当に、自分は心の奥底で望んでいるのだろうか?
彼女達のような――。
「いやいやいやいやいや、ありえない、ありえないから!」
「オープン・ユア・マインド。みずからを金冠の姫と名づけし少女よ、すべてをさらけ出すのだ」
「名づけたのはこの二人!」
「私の事は気安く"師父"と呼ぶがよい。そなたの心が求めている呼び方が"師父"じゃ」
「呼ばないったら!」
怒鳴りつけられた老人は穏やかに微笑むや、ふいに背中を向けた。
「後はお主達三人の問題じゃ。月下に集いて夜想曲を奏でる姫君よ、夢幻を羽ばたく胡蝶の翅模様が乾坤に舞い降りてまたたくように、希望のきらめきは虹色の色彩を帯びて優しくあたたかく母親のように宇宙を抱きしめる。愛と哀を重ねて。そなた等はただありのままでおればよい。それこそが紡がれた螺旋の果てにある悲しみを癒す藍色の詩となるのだから……」
どんな言語学者であろうと、この老人の言葉を万人にわかるよう説明するのは不可能であるとルナチャイルドは確信した。
理解できるのは恐らく全宇宙に二人だけ。つまり。
「お師匠様! 黒耀は、黒耀は歓喜の雫があふれるのを止められませぬ!」
「老師! 紅魔は、紅魔は出逢いを紡いだ輝ける運命を誇りに思いまする!」
理解したであろう輝夜とレミリアは、頬を濡らしながら師と仰ぐ老人を見送った。
幽鬼のように現れた老人は、やはり幽鬼のように消える。
まるで、そこには最初からなにも無かったかのように。
むしろ本当に最初からいなかった事になって欲しい。
記憶さえ抹消したい。
それほどまでに気色悪い老人だった。
「金冠の姫もお師匠様の言霊の美しさに心を打ち震わせているわね、絆のおかげで我が事のように理解できるわ」
「金冠の姫も老師のおかげで内なる心の声が聴こえ始めた、後は我等の言霊と月影によって新たなる姫を照らすのみ」
無駄に詩的な無駄な言葉もそろそろ食傷気味だ。
泣きたくなってきたが涙は出ない。こんな情けない理由で泣いてなんかいられない。
「くくくっ……ついに三つの月影の姫君がそろったか……」
またもや年老いた声。
しかし野太く震えるそれは牛や猪の鳴き声のようで、気品は無く、地の底から響くようなおぞましさ。
輝夜とレミリアの双眸が細まり、剣呑な表情を蓮の湖に向ける。
何事だろうか。脳の疲れ果てたルナチャイルドは、これが逃げるチャンスだと気づけず二人にならった。
ゴボゴボと泡で波打つ湖面から、巨大な影が盛り上がってくる。
「ついに来たわね。漆黒の輝ける翼、七つの闇の海、邪悪の中の絶望、狂える暴魔星……」
「暗黒の捕食者、輪廻螺旋の終着点、冥府の公爵、災禍の具現……この世のすべてに仇なす暴虐の剣」
鬼気迫る声色は恐怖さえも孕み、輝夜とレミリアは後ずさりをして構えた。
また真剣に馬鹿な真似をしようとしているのかと思ったが、どうも空気が違う。
恐ろしく静かで、恐ろしく息苦しい。
本能が告げる、ここは危険だと。
竹林に兎狩りに来たが、なぜ今日に限って兎がちっとも見つからなかったのか。虫や獣の鳴き声がなぜまったく聞こえないのか。風すらも息を潜めている理由をルナチャイルドは悟った。すべてはこのためだ。
湖から出現した巨大な影のためだ。
月下にてあらわになったその姿、黒々とした大ナマズであった。
ナマズであった。
ナマズ。
……。
危機感が空の彼方に飛んで消えた。
コレが漆黒の輝ける翼で、七つの闇の海で、邪悪の中の絶望で、狂える暴魔星で、暗黒の捕食者で、輪廻螺旋の終着点で、冥府の公爵で、災禍の具現で、この世のすべてに仇なす暴虐の剣なのか。
「我は太歳星君の影。暗黒のひずみより生まれし、すべての災いにして、呪われた悪夢……銀河の彼方まで轟く雷鳴が、幻想の墓標を打ち砕く時、我が力は多次元宇宙の内包する虚空の魔力によって、あめつちの繋がりを断ち、ついには滅びの祝福によって無へ至るだろう……」
なんだか格好よさげな言葉を並べているが、さっぱり意味がわからない。
同類か。このナマズも同類なのか。
もはやこの宇宙において、まともな精神の持ち主は自分だけではないかとルナチャイルドは悲観した。いやいや、サニーミルクとスターサファイアならきっと、この異常事態を理解してくれるはずだ。会いたい。一緒にいるのが当たり前の彼女達に今、どうしようもなく会いたい。
「笑止や太歳星君シャドウ! 今宵こそ貴様の命運はついえるのだ。我等はもはや双月姫に在らず!」
「笑止や紅魔プリンセス! 汝等は未だ双月姫よ。見や! 金冠プリンセスの御心は汝等に向いてはおらぬ。それでは三月姫の言霊は同調できずに乱れるは必然、我が身を退けるはかなわず! 勝敗確定也」
「ならば聴くがいい、三月姫の言霊を!」
いったいどのような珍事に巻き込まれているのだろう? ルナチャイルドの頭はくらくらとし、視界さえおぼつかなくなってしまった。あまりにも馬鹿馬鹿しい。こんな綺麗な湖にあんな醜悪で頭のゆるいナマズが住んでいるだなんて考えたくない。
ルナチャイルドの不調を見た輝夜は、耳元に唇を寄せてそっとささやく。
「気をしっかり持って、呑まれてしまっては駄目よ。言霊を解き放てばこの程度の瘴気、どうという事は無いわ」
「瘴気?」
そんなもの見えないし匂わない。きっと輝夜の勘違いだろう。呆れ果てたルナチャイルドは、その場にへたり込んだ。息を吸うたびに、あるいは吐くたびに精力が抜けていくような錯覚がするのは、頭がもうろうとしているせいだろう。なぜもうろうとしているのかまではわからないが、なにもかもが気のせいに違いない。馬鹿げた現状を精神が拒否しているだけで、瘴気とかナマズとか、まったくの無関係であるのは明白であった。
「紅魔! 金冠の姫が瘴気に当てられてしまったわ! すでに認識力を低下させられ、夢と現の狭間を漂って……」
「ならば双月の輝きによって瘴気を払い、彼奴の呪縛を阻害し、三月姫を覚醒させる! 覚醒する! なぜならば、金冠の姫の心は私達とともにあるのだからな」
またレミリアが格好つけた無意味なセリフを吐いている。馬鹿馬鹿しい。
「紅魔の姫、準備はいい?」
「準備はいいぞ、黒耀の姫」
ルナチャイルドは成り行きを傍観しながら、胸の奥でなにかが煮立っているのを感じ始めた。
覚醒だの言霊だのではなく、単なる苛立ちだろう。
「月よ、月よ、月夜の調べ、水面に浮かぶ虚構の月は、大地の息吹に抱かれて空より高く輝く月よ!」
「湖面に沈む仮初の月よ、きらめく星屑の祝福は闇夜を切り裂く静なる調べ、夜の海に月は咲く!」
言霊を受けて苦しげに震えるナマズ。
だが開かれた大口から吐き出されたのは苦悶の喘ぎではなく、哄笑だった。
「グワハハハッ! 我、今こそ月に属する姫君を喰らい、永遠の暗黒によって虚無の世界を築こうぞ!」
「私達の言霊が通用しない!? 金冠の姫、金冠の姫よ、お願い、早く目覚めて……」
「恐れるな、自分自身を信じろ。魂に秘められた想いを言葉に託すのだ! それこそが言霊となる……金冠の姫よ、言霊となるのだ!」
茶番に飽き飽きしたルナチャイルドは、ついに髪を逆立てる勢いで立ち上がり、唇を尖らせて叫んだ。
「もういい加減にして! 私を巻き込まないで! 言霊? 金冠の姫? 寝言は寝てから言いなさい! 私はどこにでもいるただの妖精で、紅魔館の主や永遠亭の姫のお遊びとは関わりが無いの! 変なポエムを並べて競って馬鹿みたいに格好つけて! ああもうやればいいんでしょやれば! 水鏡の月はー、真偽の狭間を照らすー、妖精の翅模様のようにー、光あれー」
思いっきり適当に、格好よさげな言葉、美しそうな言葉を並べた。
どんなに優れた材料でも、調理が下手では台無しとなるのは承知している。
台無しになっちゃえ。
ルナチャイルドは歯を剥いてナマズを睨んだ。
「ギャアアアアム……き、金冠の言霊……我が邪気を一挙に浄化するとは、恐るべき美しさよ」
通用してしまった!
その驚きのせいか、あるいは全力で怒鳴ったせいか、もしくは本当に覚醒をしたのか、ルナチャイルドの頭と胸にあったもやもやした違和感が、清冽な水によって洗い流されたかのように綺麗さっぱり消え去ってしまった。
全身が羽毛のように軽く、軽く地を蹴るだけで月まで届きそうな気がした。
「金冠の姫、ついに目覚めたのね!」
「フッ、信じていたぞ……最初からな」
黒耀の姫と紅魔の姫が、満面の笑みでルナチャイルドを祝福した。
ええい、もう、どうとでもなれ。
そんな気持ちでルナチャイルドは怒鳴る。
「とっととナマズを追い払って、この茶番を終わらせて、家に帰ってぐっすり眠るわよ!」
「ああ、金冠の姫がこんなにも使命感に燃えている!」
「今こそ私達の宿命は重なった。さあ、至高の言霊によって幻想郷を彩ろう!」
輝夜はルナチャイルドの右手を握った。
レミリアはルナチャイルドの左手を握った。
三者、心はひとつ。
「重なりし三の月の祝福。黒い宝石を散りばめた蝶の翅は、月影を映して無限の色彩を空に描く」
「重なりし三の月の祝宴。真紅の血潮のさざ波は、月影を浴びてより鮮やかに芳醇に飛沫を散らす」
「重なりし三の月の祝祭。黄金の稲穂が頭を垂れる聖域は、月影を迎えて風に揺れ希望を奏でる」
今度は。
やけっぱちになったおかげか、二人の後に続いてそれっぽいセリフを並べられた。
やればできるものだけれど、なんでやっちゃっているんだろうと、ルナチャイルドの精神の冷静な部分がささやいた。
「ウゴゴゴゴ……三月姫の言霊が同調し、その威力を三倍、十倍、百倍、千倍、尚も美しさを高めている! これが、これが、これが大地に生きるすべての生命の心の光なのか。輪廻の果てまでも希望を絶やさぬ、これが心の光なのか」
ナマズさんもノリノリだ。
ルナチャイルドは笑った。
とても久し振りの笑顔に思えた。
もう何年も笑っていなかったようにさえ感じる。
あるいはこれこそがルナチャイルドという存在が、初めて浮かべた本物の笑顔だったのかもしれない。
「生は死の中に。水面は映す偽りの月、天に浮かぶは真実の月、狭間を繋ぐは生命の息吹――」
「光は闇の中に。湖面は映す白銀の月、空と星屑に抱かれる白金の月、大いなる虚空に在りし光のきらめき――」
「言葉は沈黙の中に。水鏡は映す清冽の月、宇宙の均衡に座する静謐の月、永遠に果てぬ言葉は言霊の響き――」
その時、ルナチャイルドは見た。
七色に輝く細い糸が、自分達を繋いでいるのを。
光の柱が月と湖を繋いでいるのを。
竹の一本一本からあふれ出る生命の息吹が大気を満たす。
星屑の光が大地に降り注ぎ、夜の闇の孤独を癒す。
沈黙の中で輝く三色の言葉。栄光の言霊。麗しき音色。
『奏でよう! 三月姫の夜想曲!!』
同時に。
輝夜の真似ではなく。
レミリアの真似ではなく。
ルナチャイルドの真似でもない。
三者は同時にまったく同じ言葉を口にした。
黒耀の姫の心から生まれた真実の言葉だった。
紅魔の姫の心から生まれた真実の言葉だった。
金冠の姫の心から生まれた真実の言葉だった。
「お、おおお……懐かしき光……心の光が、我を、我を包む……長く忘れていた、この安らぎを……」
静かなる光に包まれ、太歳星君の影は陽炎のように揺らぎ、消失した。
それは滅びではない。
母なる慈愛によって、在るべき場所へと還ったのだ。
ああ。
月の光が幻想郷に満ちる――。
● ○ ● ○ ● ○ ●
「あっ、目を覚ましたわ」
「ルナ、大丈夫?」
酷く懐かしい声色によって、ルナチャイルドは自分の眼が開いているのを自覚した。数秒遅れでついさっきまでまぶたを閉じていたのを自覚し、なぜ自分は眠っていたのだろうといぶかしんだ。
確か、ついさっきまで、竹林で。
ここはどこだろう。
ルナチャイルドの身体はやわらかな布団に包まれており、空気はあたたかく青々とした畳の匂いが安らぎを与えた。首を横に傾ければ、サニーミルクがお日様のような笑顔で座っており、その隣にはスターサファイアがお星様のような笑顔で座っており、その隣には兎が座っていた。鼻をひくひくと鳴らした兎は、軽快に跳ねながら障子に向かって行き、前足で器用に開けて廊下に出た。
当然の疑問を口にする。
「ここ、どこ?」
「永遠亭よ」
サニーミルクが答えた。
「覚えてないの? ルナったら、竹林で眠っちゃってて、全然起きなかったのよ」
スターサファイアが補足をした。
次第に蘇る記憶。
湖。月。太歳星君の影。それから。
「私、どうして永遠亭にいるの?」
「竹林で倒れてた所を私達が見つけて、それから鈴仙さんが偶然通りかかって、ルナを運んでくれたのよ」
「それから永琳さんが診察してくれたの。能力の使いすぎによる軽い疲労じゃないかって言ってたわ」
鈴仙さんが偶然通りかかって。
酷く空々しく聞こえ、ルナチャイルドは失笑した。
「蓮の浮いた湖の前に倒れていたのね?」
「いいえ、竹やぶの奥の岩陰に倒れていたそうよ」
開きっぱなしの障子から、永遠亭の姫である蓬莱山輝夜が姿を現した。
袖で口元を隠しているが、目元を見れば笑っているのだとすぐにわかった。
「妖精さんは、蓮の浮いた湖で、三人仲良く歌っている夢でも見ていたのかしら?」
「ええ、そうみたい」
三人仲良くと聞いて、サニーミルクとスターサファイアは満更でもない表情を作ったので、ルナチャイルドは曖昧な笑みを返すしかなかった。胸元を風がすり抜けるような涼しさを感じながら、ああ夢だったのかと胸を撫で下ろす。
その日、永遠亭で朝食をご馳走になったルナチャイルドは、サニーミルクとスターサファイアの二人と一緒に神社の側の木の家に帰ると、悪戯に精を出すいつもの日々を送るようになった。
永遠亭に行く事も無ければ、紅魔館に行く事も無い。
お姫様に会う事も無ければ、吸血鬼に会う事も無い。
妖精として。
三月精として。
当たり前の日々に。
楽しく賑やかな日々に。
それこそがルナチャイルドという妖精の幸福であるのは、間違いではない。
だが一ヵ月後。
● ○ ● ○ ● ○ ●
涼やかな、とても涼やかな晩だった。
夜空に月、湖面に月、真円を描く銀光がそっと大地を照らしている。
風も無く、竹も揺れず、虫も獣も寝静まり、清冽なる水のせせらぎが夜想曲を奏でる。
「涼やかな夜ね、水面に浮かぶ波紋が乾坤の狭間を彩っているかのよう」
黒耀の姫は、袖で口元を隠して微笑する。
「涼やかな夜ね、湖面に浮かぶ波紋が輪廻の螺旋を刻んでいるかのよう」
紅魔の姫は、自慢するように口角を上げて微笑する。
「涼やかな夜ね、水鏡に浮かぶ波紋が夢幻の旋律を奏でているかのよう」
金冠の姫は、祈るように組んだ両手を胸元に運んで微笑する。
月を冠する三人の姫君の、たった一夜の物語。
――三月姫の夜想曲。
竹藪からは老齢の半人半霊が見守り、湖中には大いなる影が復活の刻を待っている。
満月のたび行われるこの催しに、すっかり夢中のルナチャイルドであった。
FIN
夜空に月、湖面に月、真円を描く銀光がそっと大地を照らしている。
風も無く、竹も揺れず、虫も獣も寝静まり、清冽なる水のせせらぎが夜想曲を奏でる。
「静かな夜ね、あらゆる生命が眠っているかのように」
黒耀の姫は、袖で口元を隠して微笑する。
「静かな夜ね、あらゆる生命が死に絶えているかのように」
紅魔の姫は、自慢するように口角を上げて微笑する。
「静かな夜ね、あらゆる生命が……えーと……」
金冠の姫は、セリフの流れを読もうとしたが結局なにも思いつかず黙りこくってしまった。
月を冠する三人の姫君の、たった一夜の物語。
――
優雅で上品でカリスマあふれる静寂な空気が構成される中、静寂の姫は改めて現状を思い返した。
なぜ、こうなってしまったのかを。
● ○ ● ○ ● ○ ●
兎狩りのため迷いの竹林へとやって来たルナチャイルドは、ちっとも兎が見つからず業を煮やしてしまい、気がついたらサニーミルクとスターサファイアの二人とはぐれて迷ってしまっていた。
澄んだ池を見つけたので、一休みを始めた。
冷たい水は火照った身体に心地よく、喉を潤して活力を与える。水は生命の源であり、自然の具現である妖精はそれをよく承知していた。水、そして竹。この場は力強い生命のエネルギーが満ちており、それでいて清らかだ。もしもルナチャイルドが竹林を住処とする性質の妖精ならば、この周辺を選ぶのは想像にたやすい。
岸辺には鬱蒼と竹が生え、この美しい風景を隠すようにしている。伸びた枝と葉は空からも湖を隠しているだろうけれど、見上げる分には枝や葉の合間から十分に星のきらめきを確認できたし、お月様は夜空だけでなく湖にまでその姿を浮かべ、その周囲を蓮の葉が漂って水面の月面をかすかに揺らしていた。風情というものを知らない者がいるならば、この景色を見せればすぐさま理解できるに違いなかった。
兎狩りなんてくだらない、ここで月見酒をするべきだ!
声高に主張したい衝動に駆られたが、しかし、幻想郷の住人のサガとして、大勢が集まって酒盛りをすれば騒々しい宴会になるのは明らかだった。同居人であるサニーミルクとスターサファイアも例外では無く、静かに月見酒を楽しみたいのならば、この感動は他者に明かさず独り占めにするべきだ。恐らく、この場所を知る竹林の妖精も同じように考えているだろう。
妖精とはただ騒がしいだけの存在ではない。
自分のように「違いのわかる妖精」もいるのだと、ルナチャイルドは自画自賛の笑みを浮かべた。
月が綺麗で。
蓮が綺麗で。
湖も綺麗で。
ああ、なんと美しき幻想郷かな。
「うーさーぎ、うーさーぎ。なーにー見ーてー跳ーねーるー」
右手に永遠亭のお姫様が立っていた。
「こんなにも月が白いから、冷たい夜になりそうね」
左手に紅魔館の吸血鬼が立っていた。
永遠と須臾の罪人たる月の姫。
蓬莱山輝夜。
永遠に紅い幼き月。
レミリア・スカーレット。
静かなる月の光。
ルナチャイルド。
一人だけ場違いだ。明らかに品格が劣る。
恐らく、輝夜とレミリアがここで待ち合わせをしており、そこに偶然ルナチャイルドが来てしまったのだろう。
だったら邪魔にならないうちに退散した方が身のためだと思い、立ち上がろうとしたら。
「こんばんは、小さく可憐なプリンセス。
「こんばんは、小さく清楚なプリンセス。湖面できらめく月のように、今夜は幻想のような夢を見ましょう」
カリスマ挨拶に挟まれた。
最初は自分をスルーして互いに挨拶をしているのだと思ったルナチャイルドだが、見上げればカリスマ二人の視線は小さな妖精へと向けられていた。親しみを込めて微笑まれていた。カリスマの方々と別段交流がある訳ではないルナチャイルドにとってこの状況、胃が痛くなるほどの重圧がある。
「紅魔の姫よ、このリトルプリンセスはどういったムーンカリスマアビリティを?」
「黒耀の姫よ、このリトルプリンセスは音を消す程度のムーンカリスマアビリティを持つ」
なぜかカリスマ扱いされた。
しかもムーンカリスマアビリティと装飾過多になっている。
「金色に輝く縦巻きの髪は、まるで月の女神のように高貴だわ」
「まるで黄金の冠をかぶっているかの如く」
白い帽子をかぶっているのはスルーらしい。
「なら、金冠の姫ね」
「うむ、金冠の姫だ」
名づけられた。
黒耀の姫。
紅魔の姫。
金冠の姫。
名前だけなら並び立つ美しさがあったが、名前負けしすぎだとうなだれてしまうルナチャイルド。
もしこんなあだ名がサニーミルクとスターサファイアに知られたら、全力でからかわれてしまう。
「あだ名? いいえ二つ名よ」
「あるいは異名、いいえ称号よ」
「心を読まれた!?」
しかも格好よく言い直された。
しかも優しく諭すように、竹馬の友に話しかけるかのように、親しげに。
気に入られてしまった!
弱っちい妖精が一人でぼんやりしていただけなのに、いったいなにが彼女達の琴線に触れてしまったのか。
などと困惑しているうちに、月下の包囲網は進行していた。
ルナチャイルドの右肩に置かれる、輝夜の左手。
ルナチャイルドの左肩に置かれる、レミリアの右手。
骨まで食い込むほどの握力で掴まれていると錯覚するほどの重圧があり、実際は重さをほとんど感じられない程度の力加減なのだが、思い込みの力は時に現実を凌駕する。金冠の姫は囚われの姫。
「静かな夜ね、あらゆる生命が眠りについているかのように」
黒耀の姫は、袖で口元を隠して微笑する。
「静かな夜ね、あらゆる生命が死に絶えているかのように」
紅魔の姫は、自慢するように口角を上げて微笑する。
「静かな夜ね、あらゆる生命が……えーと……」
金冠の姫は、セリフの流れを読もうとしたが結局なにも思いつかず黙りこくってしまった。
優雅で上品でカリスマあふれる静寂な空気が構成される中、静寂の姫は改めて現状を思い返した。
なぜ、こうなってしまったのか。
静寂の姫はただ、友達と兎狩りに来ただけなのに……。
思い返し終えた。
帰りたい。でも許してくれなさそうだ。
そもそも。
この二人はこんな所でなにをしているんだろう。
輝夜は永遠亭のお姫様、迷いの竹林にいたとて不思議ではないとルナチャイルドは理解している。しかしレミリアは紅魔館の館主、満月の晩なら出歩きもするだろうけれどなぜ竹林に? この綺麗な湖で月見? 輝夜と待ち合わせをして? この二人は親しかったのか?
「水面に波紋を浮かべるあの雫はきっと、乾坤の一滴がこぼれ落ちたに違いないわ」
「湖面に波紋を浮かべるあの雫はきっと、乾坤の一滴が血の涙となったに違いないわ」
二人がまた意味のわからぬ、無駄に詩的な言葉をつづった。
そして、期待を込めた眼差しをルナチャイルドに向けてくる。
先ほどのミスを挽回するチャンスを与えてくれているかのように。
だが、ルナチャイルドはしばし悩んでから言った。
「乾坤一擲って、雫とかの一滴とは違う意味だと思うんだけど……」
あえてツッコミを入れる。
下手に乗ろうとしても、また失敗してしまうだろうし、そうなればエンドレス突入の可能性も否めない。
だがツッコミなら? この詩的な妄言を恥ずかしいものと気づき、取りやめてくれるかもしれない。
ふぅと輝夜は溜め息をついた。
「乾坤とは天と地、あるいは陰と陽の意味を持つのよ」
「つまり乾坤一擲と雫の一滴をかけた言葉遊び、天地の雫の美しさは世界の美しさよ」
さらに阿吽の呼吸で続けるレミリア。
しかも無駄に放っているカリスマが、月光を浴びてキラキラと輝いている。それが美しいもんだから悔しい。妖精の中ではちょっと強い方という程度のルナチャイルドには眩しすぎる。
「金冠の姫君ならきっと、いいえ必ず世界の彩りを言葉として奏でられるようになるわ」
「金冠の姫君の名に恥じぬ気品を身につければ、後は勝手にカリスマがついてくる。励みなさい」
「木々の声に耳を傾けましょう。水の声に耳を傾けましょう。土の声に耳を傾けましょう。世界は絶えず私達に語りかけています」
「静寂の音色が聴こえた時、汝は大自然と一体と化す。金冠の姫を祝福する月影の歌が、ほら、聴こえるはずよ」
ルナチャイルドは妖精である。
妖精とは自然現象の延長である
けれど自然の声だとか、月影の歌だとか、まったくもって聴こえません。
そもそも自然の声を聞きたければ、そこいらの妖精に話しかければ返事をしてくれるだろう。それが自然の声だ。
ルナチャイルドの声だって大自然の声なのだ。
自然の声はついに本当の気持ちを語った。
「なに言ってるのか全然わからないんですけど……帰っていいですか?」
「金冠の姫は冗談がお好きなのね」
「金冠の姫は戯れるのが好きだな」
友達同士でじゃれ合うように、二人は楽しそうに微笑みながらルナチャイルドの頭を撫でた。
大自然の声をまったく理解していないようだ。
二人がとても楽しそうに笑うので、ルナチャイルドも笑った。目は死んだ魚のようで、酷く乾いた笑みだった。
なにもかもから瞳を背けたくて、湖面できらめく満月へと視線を落とす。風は無くとも水は流れ、蓮が小さな波紋を生んでいる。吸い込まれるような、深く暗く、しかし清らかな水がすさんだ心を洗ってくれる気がした。洗われる側からすさんでいくけれど。
「この宇宙は<法>と<混沌>が絶えずぶつかり合い、変化という色彩を放っている」
「多次元宇宙は<法>と<混沌>が衝突し、生と死が同じ数だけあふれ出ている」
「いきなり宇宙の話になった。電波すぎてついていけなんですけど……」
ルナチャイルドの嘆きは当然、黒耀と紅魔の姫君には届かない。
「高潔なる<法>よ、金冠の姫に黄金と叡智を与えたまえ」
「偉大なる<混沌>よ、金冠の姫に暗黒と精力を与えたまえ」
「そんな妙なものをたくさん押しつけないでもらいたいんですけど……」
ルナチャイルドの嘆きは当然、黒耀と紅魔の姫君には届かない。
「<宇宙の天秤>の<均衡>を律する精霊に祝福を!」
「<宇宙の天秤>の<均衡>に殉じる月影に栄光を!」
「そんな奇天烈なものを律した覚えも殉じるつもりも無いんですけど」
ルナチャイルドの嘆きは当然、黒耀と紅魔の姫君には届かない。
届かないが、ちっとも乗ってこないルナチャイルドをいぶかしんだ輝夜姫は小首を傾げる。
「妙ね。これだけの詩を並べても、金冠の姫の魂が目覚めないわ。均衡が乱れが宇宙が波打っている……」
それを見てレミリア姫、双眸を閉じすべてを悟った表情で微笑する。
「案ずるな黒耀、宇宙は常に我等の中にある。操作などせずとも、運命はすでに金冠の姫を選んだ。選んだのだ」
二人の姫君は向き合った。
「運命の導き手、紅魔の姫よ、その言葉を疑う訳ではないけれど、定命の者は運命にあらがう強さを秘めている」
「確固たる意志は運命すら打ち砕く、しかし、その意志によってみずから運命の流れに身をゆだねる強さも存在する」
向き合った二人の姫君の下で、ルナチャイルドはそっと後ずさろうとした。
もういい、逃げちゃおう。
これ以上、こんなのに関わっていられないから。
「うつけめ」
それを押し留める渋い声。
竹やぶの奥から、竹を揺らさず、足音を立てず、幽鬼のように現れる白髪の老人。
和装は一切の乱れが無く、背筋は老いてなお鋼鉄の芯を入れたかのように真っ直ぐで、かたわらに人魂を漂わせている。
「わからぬか、
いきなり出てきて、なにをほざいているのだろう、このボケ爺は。
しかしである。
「お師匠様」
「老師」
輝夜とレミリアは感極まって震えながら、気色悪い猫撫で声を上げた。
同類か。
しかも師弟関係か。
ならばこのもうろく爺が元凶なのか?
「否。双月姫が我が心にささやいたのだ、内なる調べを解き放ちたいと。望んだのは彼女達であり、私はその背中をそっと後押ししたにすぎぬ」
「それを元凶って……えっ!? こ、心を読ん……だ?」
「否。そなたの内なる声がささやいておるのだ、真実の光を解き放ちたいと」
その言霊を聴いて感激したのは輝夜とレミリアだった。
「そうよ、私達はなにを遠回りをしていたのかしら。金冠の姫の声はずっと聴こえていたはずなのに」
「宇宙の脈動は、大地の息吹は、月の光は、常に我等とともにあったのだな……我等の心の奥底に……」
そういえば金冠の姫なる恥ずかしいあだ名――二つ名――異名――称号――を名づけられた際も、心を読まれていた。
だとしたら。
まさか本当に、自分は心の奥底で望んでいるのだろうか?
彼女達のような――。
「いやいやいやいやいや、ありえない、ありえないから!」
「オープン・ユア・マインド。みずからを金冠の姫と名づけし少女よ、すべてをさらけ出すのだ」
「名づけたのはこの二人!」
「私の事は気安く"師父"と呼ぶがよい。そなたの心が求めている呼び方が"師父"じゃ」
「呼ばないったら!」
怒鳴りつけられた老人は穏やかに微笑むや、ふいに背中を向けた。
「後はお主達三人の問題じゃ。月下に集いて夜想曲を奏でる姫君よ、夢幻を羽ばたく胡蝶の翅模様が乾坤に舞い降りてまたたくように、希望のきらめきは虹色の色彩を帯びて優しくあたたかく母親のように宇宙を抱きしめる。愛と哀を重ねて。そなた等はただありのままでおればよい。それこそが紡がれた螺旋の果てにある悲しみを癒す藍色の詩となるのだから……」
どんな言語学者であろうと、この老人の言葉を万人にわかるよう説明するのは不可能であるとルナチャイルドは確信した。
理解できるのは恐らく全宇宙に二人だけ。つまり。
「お師匠様! 黒耀は、黒耀は歓喜の雫があふれるのを止められませぬ!」
「老師! 紅魔は、紅魔は出逢いを紡いだ輝ける運命を誇りに思いまする!」
理解したであろう輝夜とレミリアは、頬を濡らしながら師と仰ぐ老人を見送った。
幽鬼のように現れた老人は、やはり幽鬼のように消える。
まるで、そこには最初からなにも無かったかのように。
むしろ本当に最初からいなかった事になって欲しい。
記憶さえ抹消したい。
それほどまでに気色悪い老人だった。
「金冠の姫もお師匠様の言霊の美しさに心を打ち震わせているわね、絆のおかげで我が事のように理解できるわ」
「金冠の姫も老師のおかげで内なる心の声が聴こえ始めた、後は我等の言霊と月影によって新たなる姫を照らすのみ」
無駄に詩的な無駄な言葉もそろそろ食傷気味だ。
泣きたくなってきたが涙は出ない。こんな情けない理由で泣いてなんかいられない。
「くくくっ……ついに三つの月影の姫君がそろったか……」
またもや年老いた声。
しかし野太く震えるそれは牛や猪の鳴き声のようで、気品は無く、地の底から響くようなおぞましさ。
輝夜とレミリアの双眸が細まり、剣呑な表情を蓮の湖に向ける。
何事だろうか。脳の疲れ果てたルナチャイルドは、これが逃げるチャンスだと気づけず二人にならった。
ゴボゴボと泡で波打つ湖面から、巨大な影が盛り上がってくる。
「ついに来たわね。漆黒の輝ける翼、七つの闇の海、邪悪の中の絶望、狂える暴魔星……」
「暗黒の捕食者、輪廻螺旋の終着点、冥府の公爵、災禍の具現……この世のすべてに仇なす暴虐の剣」
鬼気迫る声色は恐怖さえも孕み、輝夜とレミリアは後ずさりをして構えた。
また真剣に馬鹿な真似をしようとしているのかと思ったが、どうも空気が違う。
恐ろしく静かで、恐ろしく息苦しい。
本能が告げる、ここは危険だと。
竹林に兎狩りに来たが、なぜ今日に限って兎がちっとも見つからなかったのか。虫や獣の鳴き声がなぜまったく聞こえないのか。風すらも息を潜めている理由をルナチャイルドは悟った。すべてはこのためだ。
湖から出現した巨大な影のためだ。
月下にてあらわになったその姿、黒々とした大ナマズであった。
ナマズであった。
ナマズ。
……。
危機感が空の彼方に飛んで消えた。
コレが漆黒の輝ける翼で、七つの闇の海で、邪悪の中の絶望で、狂える暴魔星で、暗黒の捕食者で、輪廻螺旋の終着点で、冥府の公爵で、災禍の具現で、この世のすべてに仇なす暴虐の剣なのか。
「我は太歳星君の影。暗黒のひずみより生まれし、すべての災いにして、呪われた悪夢……銀河の彼方まで轟く雷鳴が、幻想の墓標を打ち砕く時、我が力は多次元宇宙の内包する虚空の魔力によって、あめつちの繋がりを断ち、ついには滅びの祝福によって無へ至るだろう……」
なんだか格好よさげな言葉を並べているが、さっぱり意味がわからない。
同類か。このナマズも同類なのか。
もはやこの宇宙において、まともな精神の持ち主は自分だけではないかとルナチャイルドは悲観した。いやいや、サニーミルクとスターサファイアならきっと、この異常事態を理解してくれるはずだ。会いたい。一緒にいるのが当たり前の彼女達に今、どうしようもなく会いたい。
「笑止や太歳星君シャドウ! 今宵こそ貴様の命運はついえるのだ。我等はもはや双月姫に在らず!」
「笑止や紅魔プリンセス! 汝等は未だ双月姫よ。見や! 金冠プリンセスの御心は汝等に向いてはおらぬ。それでは三月姫の言霊は同調できずに乱れるは必然、我が身を退けるはかなわず! 勝敗確定也」
「ならば聴くがいい、三月姫の言霊を!」
いったいどのような珍事に巻き込まれているのだろう? ルナチャイルドの頭はくらくらとし、視界さえおぼつかなくなってしまった。あまりにも馬鹿馬鹿しい。こんな綺麗な湖にあんな醜悪で頭のゆるいナマズが住んでいるだなんて考えたくない。
ルナチャイルドの不調を見た輝夜は、耳元に唇を寄せてそっとささやく。
「気をしっかり持って、呑まれてしまっては駄目よ。言霊を解き放てばこの程度の瘴気、どうという事は無いわ」
「瘴気?」
そんなもの見えないし匂わない。きっと輝夜の勘違いだろう。呆れ果てたルナチャイルドは、その場にへたり込んだ。息を吸うたびに、あるいは吐くたびに精力が抜けていくような錯覚がするのは、頭がもうろうとしているせいだろう。なぜもうろうとしているのかまではわからないが、なにもかもが気のせいに違いない。馬鹿げた現状を精神が拒否しているだけで、瘴気とかナマズとか、まったくの無関係であるのは明白であった。
「紅魔! 金冠の姫が瘴気に当てられてしまったわ! すでに認識力を低下させられ、夢と現の狭間を漂って……」
「ならば双月の輝きによって瘴気を払い、彼奴の呪縛を阻害し、三月姫を覚醒させる! 覚醒する! なぜならば、金冠の姫の心は私達とともにあるのだからな」
またレミリアが格好つけた無意味なセリフを吐いている。馬鹿馬鹿しい。
「紅魔の姫、準備はいい?」
「準備はいいぞ、黒耀の姫」
ルナチャイルドは成り行きを傍観しながら、胸の奥でなにかが煮立っているのを感じ始めた。
覚醒だの言霊だのではなく、単なる苛立ちだろう。
「月よ、月よ、月夜の調べ、水面に浮かぶ虚構の月は、大地の息吹に抱かれて空より高く輝く月よ!」
「湖面に沈む仮初の月よ、きらめく星屑の祝福は闇夜を切り裂く静なる調べ、夜の海に月は咲く!」
言霊を受けて苦しげに震えるナマズ。
だが開かれた大口から吐き出されたのは苦悶の喘ぎではなく、哄笑だった。
「グワハハハッ! 我、今こそ月に属する姫君を喰らい、永遠の暗黒によって虚無の世界を築こうぞ!」
「私達の言霊が通用しない!? 金冠の姫、金冠の姫よ、お願い、早く目覚めて……」
「恐れるな、自分自身を信じろ。魂に秘められた想いを言葉に託すのだ! それこそが言霊となる……金冠の姫よ、言霊となるのだ!」
茶番に飽き飽きしたルナチャイルドは、ついに髪を逆立てる勢いで立ち上がり、唇を尖らせて叫んだ。
「もういい加減にして! 私を巻き込まないで! 言霊? 金冠の姫? 寝言は寝てから言いなさい! 私はどこにでもいるただの妖精で、紅魔館の主や永遠亭の姫のお遊びとは関わりが無いの! 変なポエムを並べて競って馬鹿みたいに格好つけて! ああもうやればいいんでしょやれば! 水鏡の月はー、真偽の狭間を照らすー、妖精の翅模様のようにー、光あれー」
思いっきり適当に、格好よさげな言葉、美しそうな言葉を並べた。
どんなに優れた材料でも、調理が下手では台無しとなるのは承知している。
台無しになっちゃえ。
ルナチャイルドは歯を剥いてナマズを睨んだ。
「ギャアアアアム……き、金冠の言霊……我が邪気を一挙に浄化するとは、恐るべき美しさよ」
通用してしまった!
その驚きのせいか、あるいは全力で怒鳴ったせいか、もしくは本当に覚醒をしたのか、ルナチャイルドの頭と胸にあったもやもやした違和感が、清冽な水によって洗い流されたかのように綺麗さっぱり消え去ってしまった。
全身が羽毛のように軽く、軽く地を蹴るだけで月まで届きそうな気がした。
「金冠の姫、ついに目覚めたのね!」
「フッ、信じていたぞ……最初からな」
黒耀の姫と紅魔の姫が、満面の笑みでルナチャイルドを祝福した。
ええい、もう、どうとでもなれ。
そんな気持ちでルナチャイルドは怒鳴る。
「とっととナマズを追い払って、この茶番を終わらせて、家に帰ってぐっすり眠るわよ!」
「ああ、金冠の姫がこんなにも使命感に燃えている!」
「今こそ私達の宿命は重なった。さあ、至高の言霊によって幻想郷を彩ろう!」
輝夜はルナチャイルドの右手を握った。
レミリアはルナチャイルドの左手を握った。
三者、心はひとつ。
「重なりし三の月の祝福。黒い宝石を散りばめた蝶の翅は、月影を映して無限の色彩を空に描く」
「重なりし三の月の祝宴。真紅の血潮のさざ波は、月影を浴びてより鮮やかに芳醇に飛沫を散らす」
「重なりし三の月の祝祭。黄金の稲穂が頭を垂れる聖域は、月影を迎えて風に揺れ希望を奏でる」
今度は。
やけっぱちになったおかげか、二人の後に続いてそれっぽいセリフを並べられた。
やればできるものだけれど、なんでやっちゃっているんだろうと、ルナチャイルドの精神の冷静な部分がささやいた。
「ウゴゴゴゴ……三月姫の言霊が同調し、その威力を三倍、十倍、百倍、千倍、尚も美しさを高めている! これが、これが、これが大地に生きるすべての生命の心の光なのか。輪廻の果てまでも希望を絶やさぬ、これが心の光なのか」
ナマズさんもノリノリだ。
ルナチャイルドは笑った。
とても久し振りの笑顔に思えた。
もう何年も笑っていなかったようにさえ感じる。
あるいはこれこそがルナチャイルドという存在が、初めて浮かべた本物の笑顔だったのかもしれない。
「生は死の中に。水面は映す偽りの月、天に浮かぶは真実の月、狭間を繋ぐは生命の息吹――」
「光は闇の中に。湖面は映す白銀の月、空と星屑に抱かれる白金の月、大いなる虚空に在りし光のきらめき――」
「言葉は沈黙の中に。水鏡は映す清冽の月、宇宙の均衡に座する静謐の月、永遠に果てぬ言葉は言霊の響き――」
その時、ルナチャイルドは見た。
七色に輝く細い糸が、自分達を繋いでいるのを。
光の柱が月と湖を繋いでいるのを。
竹の一本一本からあふれ出る生命の息吹が大気を満たす。
星屑の光が大地に降り注ぎ、夜の闇の孤独を癒す。
沈黙の中で輝く三色の言葉。栄光の言霊。麗しき音色。
『奏でよう! 三月姫の夜想曲!!』
同時に。
輝夜の真似ではなく。
レミリアの真似ではなく。
ルナチャイルドの真似でもない。
三者は同時にまったく同じ言葉を口にした。
黒耀の姫の心から生まれた真実の言葉だった。
紅魔の姫の心から生まれた真実の言葉だった。
金冠の姫の心から生まれた真実の言葉だった。
「お、おおお……懐かしき光……心の光が、我を、我を包む……長く忘れていた、この安らぎを……」
静かなる光に包まれ、太歳星君の影は陽炎のように揺らぎ、消失した。
それは滅びではない。
母なる慈愛によって、在るべき場所へと還ったのだ。
ああ。
月の光が幻想郷に満ちる――。
● ○ ● ○ ● ○ ●
「あっ、目を覚ましたわ」
「ルナ、大丈夫?」
酷く懐かしい声色によって、ルナチャイルドは自分の眼が開いているのを自覚した。数秒遅れでついさっきまでまぶたを閉じていたのを自覚し、なぜ自分は眠っていたのだろうといぶかしんだ。
確か、ついさっきまで、竹林で。
ここはどこだろう。
ルナチャイルドの身体はやわらかな布団に包まれており、空気はあたたかく青々とした畳の匂いが安らぎを与えた。首を横に傾ければ、サニーミルクがお日様のような笑顔で座っており、その隣にはスターサファイアがお星様のような笑顔で座っており、その隣には兎が座っていた。鼻をひくひくと鳴らした兎は、軽快に跳ねながら障子に向かって行き、前足で器用に開けて廊下に出た。
当然の疑問を口にする。
「ここ、どこ?」
「永遠亭よ」
サニーミルクが答えた。
「覚えてないの? ルナったら、竹林で眠っちゃってて、全然起きなかったのよ」
スターサファイアが補足をした。
次第に蘇る記憶。
湖。月。太歳星君の影。それから。
「私、どうして永遠亭にいるの?」
「竹林で倒れてた所を私達が見つけて、それから鈴仙さんが偶然通りかかって、ルナを運んでくれたのよ」
「それから永琳さんが診察してくれたの。能力の使いすぎによる軽い疲労じゃないかって言ってたわ」
鈴仙さんが偶然通りかかって。
酷く空々しく聞こえ、ルナチャイルドは失笑した。
「蓮の浮いた湖の前に倒れていたのね?」
「いいえ、竹やぶの奥の岩陰に倒れていたそうよ」
開きっぱなしの障子から、永遠亭の姫である蓬莱山輝夜が姿を現した。
袖で口元を隠しているが、目元を見れば笑っているのだとすぐにわかった。
「妖精さんは、蓮の浮いた湖で、三人仲良く歌っている夢でも見ていたのかしら?」
「ええ、そうみたい」
三人仲良くと聞いて、サニーミルクとスターサファイアは満更でもない表情を作ったので、ルナチャイルドは曖昧な笑みを返すしかなかった。胸元を風がすり抜けるような涼しさを感じながら、ああ夢だったのかと胸を撫で下ろす。
その日、永遠亭で朝食をご馳走になったルナチャイルドは、サニーミルクとスターサファイアの二人と一緒に神社の側の木の家に帰ると、悪戯に精を出すいつもの日々を送るようになった。
永遠亭に行く事も無ければ、紅魔館に行く事も無い。
お姫様に会う事も無ければ、吸血鬼に会う事も無い。
妖精として。
三月精として。
当たり前の日々に。
楽しく賑やかな日々に。
それこそがルナチャイルドという妖精の幸福であるのは、間違いではない。
だが一ヵ月後。
● ○ ● ○ ● ○ ●
涼やかな、とても涼やかな晩だった。
夜空に月、湖面に月、真円を描く銀光がそっと大地を照らしている。
風も無く、竹も揺れず、虫も獣も寝静まり、清冽なる水のせせらぎが夜想曲を奏でる。
「涼やかな夜ね、水面に浮かぶ波紋が乾坤の狭間を彩っているかのよう」
黒耀の姫は、袖で口元を隠して微笑する。
「涼やかな夜ね、湖面に浮かぶ波紋が輪廻の螺旋を刻んでいるかのよう」
紅魔の姫は、自慢するように口角を上げて微笑する。
「涼やかな夜ね、水鏡に浮かぶ波紋が夢幻の旋律を奏でているかのよう」
金冠の姫は、祈るように組んだ両手を胸元に運んで微笑する。
月を冠する三人の姫君の、たった一夜の物語。
――三月姫の夜想曲。
竹藪からは老齢の半人半霊が見守り、湖中には大いなる影が復活の刻を待っている。
満月のたび行われるこの催しに、すっかり夢中のルナチャイルドであった。
FIN
この一言以上が思いつかない。
うむ、さっぱりわからん!
え?…イヤ、マジメに。
読み終わった後もなんぞこれ!という感想が出てきた
ルナチャ可愛いなあ。
ルナチャイルドも最後は楽しそうで、何よりw
さておき、さっぱり分からなかったけど面白かったです。
これはルナ妖怪化フラグなんじゃあ…
何時になればこの病は治るのだろうか
要するに幻想郷は今日も平和なんだな。善哉、善哉。
わからんけど、なにかとてつもない力を感じる
妖忌じいさんなにしてはるんすかwwww
こうやって連鎖していくのですね
俺は厨二っぽいポエミー・ルーミー・ドリーミー☆ な話を読んでいたと思ったら、いつの間にか馴染んでいた……!
カリスマだとか、詩吟みたいにちゃちなものじゃねぇ、もっと深くてワケワカメな、大二病の一端を味わったぜ……。
おーい、誰かここにさとりん放り込めー
笑わせてもらいましたw
ちょっと笑いの沸点が合わなかったのでこの点数で
いや狙ってるのはわかってるんですがいかにもな黒歴史すぎて
感激のあまりどのようなコメントをしたら良いのか分かりません。
ひとまず、イムスさんの方角に足を向けて寝ないように心がけることにします。
そうすれば成る程、やっぱりわからん。
精神が犯されて脱力してしまう……。
そして全く場違いなはずのルナチャがいい味してるわい
だんだん染まっていってワロタ
あと詩のレベルが高過ぎて作者さんの頭が心配ですwww
3人それぞれに当てはまってるところが上手いなぁと思いました。
大正解。ゲド戦記は初めて自力で読み切った小説で、宇宙の均衡や、真の名や、様々な影響を深く受けています。
特にあの詩――「エアの創造」は、初めて文章を美しいと感じた、一生心に残る宝物です。
などと無粋な突っ込みをしつつ楽しく読ませてもらいました。
しかし、作者の精神構造どうなってるんだ!? (褒め言葉)
罪がなく微笑ましいムーンカリスマアビリティの集いですな
そして今度はファンタズムで星が参加するんですね。
分かりますww
馴染んだwww
誰にだって、こんなことを言いたくなった時がある。
読み終える頃にはすっかり自分も馴染んでたwww