霊夢霊夢何やってるの月がおかしいので調べに行くわよ。
うるせーかってにやってろ私は眠いので行きませんもう寝ます。
魔理沙魔理沙魔道書をくれてやるので異変の調査に付き合いなさい不本意ながら。
てめーこれ全部ニセモノじゃねーかおとといきやがれ二度と来るな。
咲夜咲夜フランの相手ばっかしてないで私の話も聞きなさいよ月がおかしいのよ。
いやマジ無理ですって妹様今不機嫌なんで相手しないと屋敷壊されますって。
妖夢妖夢どこに居るの妖夢幻想郷が大ピンチなのよ。あっ私が月見団子を百二十個ほど食べたいので作れと言ったんだっけははは。
このやろうせっかく作ってるのにつまみ食いしないでください。ちょっとどこ行くんですか?
「奇遇ね紫」
「奇遇ね幽々子」
月が白々しく輝く夜、幻想郷の空でニ人の妖怪が出会った。
「月が」
「おかしいのよね」
異変である。大事件である。しかし人間はどうもやる気が無いようなのでと重い腰を上げた妖怪二人、連れ立って解決へ向かうことになった。
「あれはレミリア」
紫が暗闇の中、指を向け言った。
「あら吸血鬼」
幽々子がそれにならって指差しながら言った。
二人に気付いたレミリアは、くるりと方向転換しただ一言言った。
「あんたたちも、あの月?」
その通りだ、と答えた。
せっかくなので三人で行く事になった。
「あれはアリス」
紫が月明かりの中、首を向け言った。
「あら人形遣い」
幽々子がそれにならって不自然な方向へ首を傾げ言った。
「あいつもあの月を?」
レミリアが背後に鈍く輝く月を見て言った。
三人に気付いたアリスは、くるりと方向転換しその場を後にしようとした。
「待ちなさい」
紫がスキマに腕を突っ込む。すると、アリスが頭から引っ張りだされた。
「離しなさいよう」
じたばたもがくアリスを抑える紫は穏やかな笑顔を浮かべている。
「まあまあ、これも何かの縁ということで、皆で異変を解決しに行きましょう」
「もうお強い方々が三人もいるんだからいいじゃないの。私は家に帰って寝ます」
「まあまあまあ」
「まあまあまあまあ」
いやですとはとても言えなかった。アリスは半ばヤケになりつつ「行けばいいんでしょう行けばチクショウ」と強気の姿勢を見せた。
成り行きで四人で行くことになった。
で、どこに向かってるの?とは、誰が言い出したのだろうか。各々がお互いの顔を見合わせ、各々が肩をすくめた。
行く先を決めないまま、四人は三十分もだらだらと空を飛び続けていたのだった。
いいんじゃないかな、適当でも。と誰かが投げやりに呟いた。四人は適当に進むことにした。
ふらふらと夜道を行く四人の前に、何者かが立ち塞がった。
彼女は知る人ぞ知る妖怪リグル・ナイトバグであったが、残念なことに四人全員彼女の事を知らなかった。
誰、知り合い?いーや、知らない。そんなこんなで、こいつはただのお邪魔キャラだという結論に落ち着いた。
ほっぽかされたリグルはおかんむり。挨拶代わりに弾幕をぶっ放してやる事にした。
「サクリファイ」
アリスの人形が炸裂し、リグルは地に落ち往く。彼女の顔は、うわーなんだよもう終わりかよなんだよ、という諦めにも似た悔しさに満たされていた。素知らぬ振りして、四人は飛び去った。
さくさく夜道を進む四人の前に、またも何者かが立ち塞がった。
彼女は自称知名度そこそこの妖怪ミスティア・ローレライであったが、残念なことに四人全員彼女の事を知らなかった。
おいしそう。いやいや、お腹壊すわよ。かくかくしかじかで、こいつはただの食料だという結論に落ち着いた。
「結論も何も、幽々子の独断じゃないの」
「いただきます」
「あ、こら」
紫の忠告もむなしく、幽々子はミスティアの首根っこをむんずと掴むと、大きく口を開ける。
幽々子の口奥の闇を目の前に、ミスティアはかつてないほどの恐怖に駆られた。冷や汗も出て文字通り鳥肌が立った。
「ひいっ、出番があるとはいえこんな目にあうんじゃあ、まだリグルのほうがましだわっ」
手足に羽まで加えてバタバタと暴れてみても、幽々子はとても離してくれそうにない。
見かねた三人は、名も知らぬ妖怪を助けてあげることにした。恩返しに道案内くらいはしてもらえるだろう、と打算して。
「止めなさい幽々子、そんなのよりおいしい食事ごちそうするから」
「お菓子作ってあげるから」
「私のお弁当分けてあげるから、血入りだけど」
「やめます」
幽々子が腕を離すとさっと身を離し、ミスティアは大きく息を吐いた。
「助かった、危うく食われる所でした」
冷や汗を拭きながらミスティアは礼を言った。未練がましく視線を向ける幽々子の方は見ないようにした。
「それは何より。ところで、このおかしな月の元凶がどこにいるか知らないかしら?」
紫がも揉み手しながら問いかけた。
「知らないです」
「なあんだ」
ころっと表情を切り替えて紫が言った。
「失望したわ」
と言ってから、レミリアがこれだから鳥は、とぼそり呟いた。
「助け損ね」
はい撤収、とアリスが皆を急かした。
「じゃあ食べていい?食べていい?」
「駄目、そんな暇ないでしょ」
「んもう、紫のいけず」
幽々子はまだ未練があるようだった。紫がそれを制する。
さっさと先行こう、と四人はその場を後にした。
ミスティアは、ただ一人その場に取り残された。帰って今日はもうじっとしてることにした。
四人は当てもなく飛び続けていた。時刻も既に日を跨いでいる。
「帰っていい?」
「駄目」
欠伸を噛み殺して言うアリスに、間髪いれず紫が答える。
「なんでよお、この鬼!悪魔!ゆかりさんじゅうななさい!」
「なんですってぇ」
ギャーギャー喚く二人をよそに、幽々子とレミリアは落ち着いた様子で飛行を続けていた。
さっき約束しちゃったから仕方ない、と咲夜がなんとか時間を工面して作ってくれたお弁当を帽子の中から取り出し、幽々子に渡す。
「全部なんて悪いわ。一緒に食べましょう」
「そうする」
一口。
「おいしいわ」
「そりゃそうよ、うちの自慢の咲夜が作ったんだもの」
「ちょっと血の味がするけど、問題無いわね」
「さすが亡霊」
「むしろこっちの方がおいしいかもしれないわ」
「……やめときなさい」
妙な嗜好に目覚めそうな幽々子にやんわり忠告し、レミリアは前の二人に視線を戻した。
「いつもいつも式神におまかせして自分はぐっすりなんて、妖怪として恥ずかしくないのかしら」
「それ、いつも人形任せのアリスにだけは言われたくないんだけど?」
ぎゃーぎゃーぎゃー。
「まだやってる。うるさいなあ」
「そうねぇ。でも、楽しそう。私も混ざりたいわあ」
「ええー?」
とにかく耳障りなので黙らせよう、と二人はアリスの横に並んだ。
「ちょっと」
「あぁ、何よ?」
「うるさい」
反射的にアリスは頭を下げた。さっきまでのやんちゃっぷりが嘘のような手のひら返しっぷりであった。
「ごめんなさい、もうしません」
「わかればよろしい」
表情を和らげ、レミリアは大きく頷いた。
「え、あれ?なんであの二人に対しては素直なのよ」
紫は何が納得いかないのか、口を尖らす。
「だって、怖いじゃない。6ボスよ、6ボス。反抗なんてできませんよ、そんな」
へらへらとアリスは笑う。
「惚れ惚れするほどの媚びへつらいっぷりねえ」
幽々子の言葉に、それが私が最初にここで学んだことだからね、と自慢げにアリスが返した。
紫はまだ納得いかないようだった。
「いやいや、おかしいじゃない。私なんて隠しボスよ?EXよ?幻想郷でも指折りのお偉いさんなのよ?」
「え?いや、だって、紫は……だって……紫だし」
「え、なんでそうなるの?なめられてるの?大賢者なのに?スキマ妖怪なのに?」
この扱いの差はなんだと紫はアリスに詰め寄る。
「だって、ねえ。そんなこと言われても、大賢者って、なんか、こう……幻想戦隊!ダイケンジャー!って感じだし……スキマ妖怪?あっ、どーも、いつもごくろうさんッス、今日も暑いッスね、って感じだし……」
「むきいぃ!」
「こらこら紫、気持ちはわかるけどぶりっこぶらないの。あんまりかわいくないわよ」
「幽々子までそんなことを言う!」
年甲斐も無く顔を真っ赤にする紫を幽々子が宥め、アリスはやれやれ、これだからゆあきんは、と肩を竦めた。
そんな様子を眺めてレミリアは、なぜだか猛烈にマイホーム紅魔館が恋しくなった。恋しくなったというか、帰りたくなった。これ以上ここに居たら私にまで馬鹿がうつる、と思った。
変わらずぎゃあぎゃあ言いながら進んでゆくと、またしても何者かが立ち塞がった。
「お前ら!ここに何の用だ!」
問いかけられた四人は言った。が、それは決して問いに答えるものではなかった。
「だからさあ、ね、とりあえずここは喧嘩両成敗ってことでさあ」
取りなすようにレミリア。
「そうそう。はい、ごめんなさいは?」
二人を交互に見て、幽々子。
「ごめんなさぁい」
紫。
「反省してまーす」
アリス。
「ちょっとアリス、ぜんっぜん心がこもってないじゃない、なにそれ」
「何よ、ちゃんと謝罪はしたじゃないの、謝罪は」
「心がこもってない」
「心って、一体なんなのかしらね……。人形には心が無いと人は言うけれど、ならば語る言葉を持たぬ植物や虫たちにも心は無いというのかしら?私は。私はそうは思わないのよ……」
「誤魔化すんじゃないわよ!」
レミリアは溜息を吐いた。
「あーもー、なんで二人とも普段はそこそこ落ち付いてるのに、セットになると子供の喧嘩になるのかしら」
幽々子は微笑みを浮かべる。
「一番見た目が子供のお嬢様はまるでお母さんみたいなのにねえ?」
「……それ、馬鹿にしてる?」
「まさか。ただ、いつもわがままばかりのお嬢さんかと思っていたからびっくりしただけよ」
「……やっぱり馬鹿にしてるんじゃないの、それ」
「とんでもない。そうだわ、お団子持ってきてたんだけど、一緒に食べる?こんな時は甘い物がいいわよ」
やっぱり帽子から取り出し、レミリアに勧める。
「……もらう」
一つつまんで、口に放り込む。和菓子もなかなかいけるものだとレミリアは思った。
「月見団子ねえ」
「ふん、あんなハリボテ見ながらじゃあ、せっかくの団子が不味くなるわ」
「早く元に戻さないといけないわ。おいしいお団子のために」
「そうね、お団子のために。……で、あの馬鹿二人はなにやってんの?……ちょっと見てくる」
未だ何やら言いあっている二人に追いつこうとするレミリアを見送った幽々子は、ふと視線を逸らすと、近くに見知らぬ人の姿があるのを見つけた。
せっかくなので聞いてみることにした。
「あのう、ちょっと聞きたいんだけれど、このおかしな月の原因を御存じかしら?」
「え、この月?原因?それならあっちのほうだ」
「なるほど、あっちね。どうもありがとう、2半獣さん」
「ああ、よくわからないが気をつけて」
ふわふわと飛び去った人影を見送ると、上白沢慧音は呟いた。
「2半獣って、なんだ……?」
当初の目的どこへやら、ニハンジュウ、ニハンジュウ、と呟きながら慧音は人里へと降りていき、眠れぬ夜を過ごした。
幽々子が三人に追いつく頃、一行の前には夜闇も相まって一層不気味な竹林が姿を現していた。
というのは常人の目から見た感想で、四人はわーなんかすごい竹林ね、そういえばタケノコ食べたい、くらいしか思わなかった。
アリスが一歩前に進んで言った。
「この奥に元凶がある気がするわ、なんとなく」
勘かよ。レミリアと幽々子はそう心の中で呟いたが、なぜやら紫は悔しげに言った。
「あ、それ私が最初に言おうとしてたのに」
「ふふん、今更何言っても私の二番煎じにしか聞こえないわよ」
まーた始まった。レミリアと幽々子は無言で視線を交わした。
相変わらずレミリアは呆れ顔、幽々子は微笑みを浮かべていた。
ぎゃーぎゃーわいのわいの。
「じゃあ先に敵の本拠地を見つけたほうの勝ちということにしましょう」
数秒の口論の果て、どうしてそうなったかはともかく紫が言った。
「ええ、望む所よ」
アリスも勇みよく受けて立つ。紫が空へ高く指を突き出して言った。
「あの月が雲から顔を出したらスタートよ」
アリスは空を仰いだ。
丸い月が見える。
「え?雲かかってないじゃない。快晴よ。……あ!」
視線を戻したアリスが見たのは、スキマに身を隠そうとしている紫の姿だった。
「させるか!とうりゃあ!」
抜け駆けさせるかとばかりに飛びかかる。
「わー、抱きつくんじゃないわ!離れなさい!」
「ええい、ズルしようとしたくせに偉そうね!そっちが離しなさい!」
「私そもそも何も掴んでないわよ!くそっ、アリスを掴んでやる!」
「かかった!」
「しまった!」
二言三言言いあっているうち、完全にスキマに飲み込まれ見えなくなった。
「……行っちゃったわね」
「そうねえ」
本日何度目になるかわからない溜息を吐きながら、穏和な表情を崩さない幽々子にレミリアは問いかける。
「あいつら竹林に入っちゃったみたいだけど、ほんとにこの先にこのおかしな月の原因があるのかしら?」
そういえば、と幽々子は手を合わせた。
「ええ、さっき聞いたんだけど、この先にいるみたい、元凶」
それを聞いたレミリアは思わずぽかんと口を開けた。
「……早く言ってよ」
「言おうとしたらあっという間に二人ともいなくなっちゃうんだもの。せっかちさんねぇ」
困ったものだと幽々子はまた団子をつまみながら言う。
「……まあいいわ。あの馬鹿共何をしでかすかわからないし、早く追いつきましょう。行くわよ、幽々子」
幽々子、と言われたことに気付くと、ぱっと顔を綻ばせた。
「あら、あらあら?初めて名前を呼んでくれたわねー。ずっと亡霊だのゆーれいだの和製ゾンビだの無慈悲な呼び方だったのに」
「はあ?」
何を言っているんだこの脳みそ砂糖幽霊は、と思った。別に深い意味はないんだとレミリアは訂正しようとした。
「まあまあ、怒らないの、レミリア。お団子食べる?」
「……もらう」
なんとなく言いだせなくなり、大人しく団子を受け取った。
二人揃って口をもぐもぐさせながら、竹の合間を縫って奥へと向かった。
「……どこよここ」
「私に聞かないでよ」
そっちのスキマなんだから、私にわかるわけないじゃない。やれやれ、これだからゆあきんは……アリスはまたも肩を竦めた。
「あんたのせ、い、で。こんな妙なとこに来ちゃったんですけど?」
二人は名称不詳の浜辺に居た。波の音、潮風。夕日が眩しい。スキマ内で揉み合った結果、変な所に出てしまったようだった。
いや、あの、揉み合ったって、別にあれじゃないですよ。あれとは言わないけど。
「すぐ人のせいにする。やれやれ、悪い癖ね。ごにょごにょの」
「……今なんてったのかしら?」
わざとらしく口を濁す。こめかみに青筋浮かべながら紫が詰め寄ると、あっさり白状した。
「別にお年寄りはすーぐ人に責任押し付けるから嫌ねー、とか言ってないわよ」
紫の中で致命的な何かが切れる音がした。
「ほー?ふむふむ、なるほど。殺す」
「へー?ふーん、ははは。死ね」
二人は掴みかかった。殴った。蹴った。弾幕無しのインファイト。
静かな浜辺にはそぐわない、ごりっ、ぐちゃあと物騒な音が辺りに響く。
しこたま騒いだ後、二人は砂を踏みしめ歩き出した。
「……戻りましょうか」
「……そうね」
波と風の音をBGMに歩き進む。竹林の方向はわからないが、とりあえず進んだ。
そもそも幻想郷に海は無いし、なんで夕暮れになっているのだ。そんな当たり前の事に気付いたのはたっぷり30分は歩いた後の事だった。
幽々子とレミリアは竹林を進む。ちょっかいだしてくる妖精達をあしらいながら、迷いなく。だがその実よく行き先がわからないのでとりあえず適当に進んでいるだけだった。この竹林、妙な力でも働いているんじゃと二人は疑っていたが、つまり迷子なのだった。
「ホントにこっちであってるの?そもそも誰に聞いたか知らないけど、本当にこの竹林の奥に原因とやらがいるかもわからないのに」
「あら、それは心配ないわ。妖精たちの攻撃が激しくなってるでしょう?異変が起きている時は、大はしゃぎしてる妖精の近くにその元凶がいるものなのよ」
以前紫に聞いた話だったが、それは黙っておいた。
「ふうん?なるほど。魔王の近くに弱いスライムはいないものね。まあどっちかといえば私達異変起こす側だし、聞いてもあんまり役に立たないか」
「あ、そういえば、今でも立派に異変起こしてるのよね、私達」
「え?そうだっけ?」
覚えが無いのか、レミリアはきょとんと眼を丸くした。
「あら、夜を止めてるじゃない。あの偽物のお月さまを逃がさないために」
背高い竹に隠れてうっすらとだが、それでも確かに空に見えた。月のまがい物。
「あー、そうだった。あのスキマが境界いじってるんだっけ?……そういえば、どこにいるのかしら、あいつら」
「ひょっとしたらもう元凶を見つけて、退治してる頃かも」
「だったら私たちはお役御免、おうちに帰ってお月見団子……といきたいとこだけど、なんとなくそう上手くいかない気がする」
「紫達が負けてしまうとでも?」
「いや、そうじゃなくてさ」
ここまで言って、レミリアは気付いた。予想通りのやっかいさんの登場。ごていねいに二人揃って。
赤い服、巫女。黒いの、魔法使い。
「なんだなんだ、いきなりラスボスか。しかも珍しい組み合わせだな」
こっちのペアは別に珍しくもなんともないけどな、と魔理沙は笑う。
「いいじゃない、面倒が無くて。別になんでそんなペアになってるのとかどうでもいいし、こいつら倒してとっとと帰りましょう」
問答無用。そんな言葉がぴったりな様子の霊夢に、レミリアと幽々子は薄ら笑いを浮かべた。カリスマたっぷり、ボスの威厳。
しかしながら、レミリアの内心は複雑なものだった。なんで私達がこんな面倒に。あの馬鹿二人が引き受けるべきだわ。
「ふふ、さながら『和洋折衷コンビ』といったところかしら、私達。ふふふ!」
何が楽しいんだ、とレミリアは隣で口を扇で隠して笑う幽々子を横目で睨みつけた。
そこになにやら対抗心を燃やしたらしい魔理沙が口を開く。
「何を、それなら私たちだって和洋折衷コンビだ。なあ霊夢」
「え?ああ。そうね。うん。ふわぁ」
欠伸を手で隠し、さも面倒そうに霊夢は言った。どうでもいいよ、と言わんばかり。
それに魔理沙が突っかかり、なにやら内輪もめが始まった。
「なにしにきたのかしら、あいつら」
竹林を進む二人。後ろをちらりと振り返って、レミリアが呟く。
つまりは、そっと抜け出してきたのだった。
「さあ。いいんじゃないかしら。楽しそうだったし。ねえ、そんなことより、私達和洋折衷コンビよ」
どうも幽々子、『和洋折衷コンビ』という愛称をいたく気に入ったらしい。
「で、それが何よ」
「合体スペルカードとか作るべきじゃないかしら」
何考えているかわからん笑みに向かって、勝手にすれば、とレミリアは言った。
じゃあ勝手に考えるわ、と幽々子は腕を組み、飛びながら考える。
暴れる妖精たちの相手を一人で引き受けながら、最早溜息も出ない自分の不幸をレミリアは呪った。
「わあ、でっかいお屋敷ねえ」
竹林に囲まれた神秘的な和風建築に、アリスは溜息を洩らす。
「そう?幻想郷じゃ珍しくもないけど」
金髪の癖に和風妖怪の紫が言う。辺りを見回し、幽々子達が来ていないのを確認すると、アリスを中へと促した。
「え?私たちだけで入るの?」
「そりゃそうよ、二人とももう入っちゃってるかもしれないし」
アリスは駄々をこねた。
「いやいや。まだ二人が中に居るとも限らないし、もう少し待ってみましょう。もう入っちゃってたとしても、その時は二人に任せておけば大丈夫でしょう」
「ここまで来て何を言ってるの、ほら、行くわよ」
「うわあ、ちょっと、引っ張らないで!」
太い竹にしがみついて抵抗していると、奥から竹の合間を縫って飛来した赤い弾がアリスの横を掠めた。
突然の事態に驚きアリスはぱっと手を離してしまい、二人は尻餅をつく。
「何、敵襲!?」
砂を払うと、アリスは膝を折って身を屈め叫んだ。
「そもそもここ、敵の本拠地なのに、敵襲も何もあったものじゃないでしょう」
軽口を零しながらも用心は忘れず、紫は弾の飛んできた方向に目を凝らした。誰かの近づく気配。
現れた姿。どんな恐ろしい妖怪かと思えば恐ろしい妖怪には違いなかった。レミリアと幽々子だった。
「あ、あんたら来てたのね」
疲れを隠さず息を吐くレミリアに、首を捻って何かを考え込む幽々子。別れてから一時間ほど。竹林を抜けた先で、ようやく四人は合流を果たした。
「なあんだ、先に行ったわけじゃなかったのね」
あからさまな落胆を見せるアリス。問いたげなレミリアの視線に、紫が肩を竦め答えた。「ほっときなさい」
ともあれ、敵の本拠地を目前にして全員集合。これまではいわば前座、前菜、前哨戦。ここから先が本番である。当然、偽りの月の異変を解決すべく集まった四人の妖怪たちも気合十分、先に現れるだろう強敵との遭遇を前に、緊張を隠せない。
「そういえば、あんたらドコ行ってたのよ?もうとっくに先走ってるかと思ってたけど、今ここに来たばっかりでしょ?」
迷っていたのか、とレミリアが聞くと、紫とアリスは顔を見合わせた。
「ええ、まあ……」
「ちょっとね」
歯切れの悪い二人。どーする?正直に言う?いやいや、きっと怒るわよ。じゃああれ、早めに出しちゃいましょうか。えー、それこそ怒られないかしら。いいから、早くスキマ。
小声でぼそぼそ、何事かを相談している。それが終わると、アリスは紫の開いたスキマから紙袋を取り出し、レミリアに手渡した。
「なにこれ」
いきなりなんでこんなもんを。紙袋はそこそこにズッシリとした重みがある。
「カリフォルニア土産の赤ワイン」
「ほんとにドコ行ってたのよ!?」
紙袋を握りしめ、レミリアは叫んだ。
「どこって」
「ねえ……」
呆然としているレミリアを尻目に、横から幽々子が問いかける。
「ねえねえ、私にはないのかしら?お土産」
「もちろんあるわよ」
期待笑み満面の幽々子に答え、紫はスキマから大きなビニール袋を取り出した。
ビニール袋。レミリアの、包装紙に包まれたズシリとしたワインの紙袋と比べると、あまりに安っぽい。幽々子の笑みが引きつる。
「ええっと、これは……」
「ビーフジャーキー」
おいしいわよ、と笑顔の紫に、流石の幽々子も笑い返すことはできなかった。というか、むくれた。頬を膨らませ、プイとそっぽを向く。
「………」
「えーっと、幽々子?」
いくら話しかけても、頬を突っついてみても、こっそりボディタッチしてみても、思い切って胸を揉みしだいてみても、無反応。
何がいけなかったのだろうか。幽々子の機嫌を損ねてしまった。紫は泣きたくなった。全てアリスのせいだと思った。幽々子が冷たいのも霊夢が来てくれなかったのも藍にすら「忙しいんで」と同行を断られたのも、全てアリスのせいだと思った。
「ちょっと、アリス!あなたのせいで、幽々子が怒ってしまったわ!お怒りよ!なんとかしてよ!」
「ええーっ、なんでそこで私がでてくるのよお」
「アリスが言ったんじゃない、『幽々子なら質より量のほうが喜ぶんじゃないの』って!」
「確かに言ったけど、ビーフジャーキーはやめとけとも言ったじゃない。だからナッツにしとけとあれほど……」
「じゃあもしビーフジャキーではなくナッツを買っていたとしたら全て丸く収まっていたと言うの!?」
「いや、そうとは言っていないわ」
「じゃあどうすればよかったのよ?」
「やれやれ、そんなの私が知るわけないでしょう」
二人が敵陣目前であることも忘れぎゃあぎゃあと騒ぐのを無視し、レミリアは未だ頬を膨らませている幽々子に近寄り声をかけた。
「もう、いつまで拗ねてるのよ」
「つーん」
いらっと来た。ぺしん。
「あいたっ」
こつんと叩かれた頭を押さえ、幽々子はレミリアに向き直った。
「いきなりなにするの」
「あんたが人の話を聞こうとしないからでしょうが」
「まあまあ。吸血鬼さんはお偉いんですのねえ。そうですよねぇ。お土産にワイン貰えるような方は格が違うんですのねえ。私なんてビーフジャーキー10袋分の女ですわ。よよよ」
いらっときた。蹴った。
わあ、と小さく悲鳴、幽々子は地面にうつ伏せに倒れた。そのまま起き上がらない。
「はあ。そんなにワインが飲みたかったの?」
レミリアは呆れたように言う。「別にそういうわけじゃないわ」と幽々子は言った。もごもご、言葉にならない。土は不味かった。ぺっと吐き出す。
「あー、確かに、ワインなんてあんたは飲まないでしょうねぇ。あの木造建築住まいじゃあ。……仕方ないわね、そんなに飲みたきゃこんな安物よりもっといい質のを御馳走してあげるわよ。今度でよければ」
「あら、いいのかしら?」
おっとりとした口調とは裏腹に、幽々子はぱっと立ち上がりきらきらと輝く瞳でレミリアを目前で見つめていた。思わず一歩引いた。
「あー。まあ、期待してなさい」
きらきら。レミリアは黙って幽々子の服に付いた土を乱暴に払ってやった。
「……いいわ。この続きは次の宴会でのドブロク一気飲み対決まで保留よ」
「望む所だわ」
紫とアリスの口論も一応の決着を見せ、ようやく場は落ち着きを取り戻した。いよいよ、ようやく、やっと、敵本陣へと乗り込むのである。緊張を隠せないのである。
しかし、ここにきてアリスはどうも何かの、頭の大事な部品を落っことしてきたらしかった。
「ねえ、そういえば何しにここに来たんだったかしら」
紫と幽々子も首を捻る。なんだったっけ?さあ。三人の言葉に、レミリアは信じられないような物を見たような、いや、実際に信じられない物を見た顔をして立ち尽くした。口も目もだらしなく半端に開かれ、いつもはしゃんとした背筋も曲がり、そのままゆっくりと首だけ曲げて振り返るその姿はさながらゾンビか吸血鬼のようだった。
「なんかよくわかんないけど、帰っていのかしら、これ」
アリスが眠たげな目をこすりながら言った。まあいいんじゃない、と紫が同意した。
「あー、じゃあ私先に失礼するわ。おつかれ」
ひらひらとだらけた腕を振って、アリスは飛び立った。
「私達も」
「帰りましょうか」
こくり、と二人頷き、紫はスキマを開いた。
レミリアは我に返った。もはや一刻の猶予も無い、と瞬間に判断した。紙袋から包装紙に包まれた重いワインボトルを取り出すと、ネックを両手で握り、渾身の力を込めて紫の頭目がけて振りかぶった。鈍い音と甲高い音が同時に闇夜に響き、赤い液体(ワインである)が辺りに飛び散った。紫はうつ伏せに倒れた。
肩で息をするレミリア、その手には半分に割れて刃物のようになったワイン瓶、倒れて一寸も動かない紫、赤い液体(ワインである)。目撃証人はたった一人幽霊。
そしてそこに、寝ぼけた頭でふらふら飛んでいたものだからすっかり方向感覚を失い、一分と経たない内に戻ってきてしまったアリスが鉢合わせた。
アリスはふむ、と呟いて顎に手をやり、腕を組んでひとしきり辺りを眺めた後、得心したように頷き、指をレミリアに突き付け高らかに叫んだ。
「犯人はお前だ!」
「うるせぇ!」
「ぎゃー!」
レミリアが真っ直ぐに投げた割れたワイン瓶が、アリスの額に命中する。幸い尖った部分は当たらなかったらしいが、それでもかなり痛いのか、頭を押さえふらふらとよろめき、ぐらり、と体が傾いた所にそびえる竹の追撃を受け、動かなくなった。
「いくわよ馬鹿共!こんなことしてる場合じゃなかった!」
殺人現場を目撃したショックで気を失ったのではなくただ眠くなってうつらうつらとしている幽々子を小さな背中でおぶり羽で支え、紫とアリスの服の襟元を掴んで引きずって、レミリアは玄関扉を力任せに蹴破る。ここでようやく、一人とその装備品は永遠亭へと突入した。
枕投げをしましょう。ずるずると引きずられていた紫は眼を覚ますと、開口一番確かにそう言った。はあ?と歩みを止めないままレミリアが聞き返すと、同じ言葉が帰って来た。枕投げをしましょう。
「なんかこの廊下、修学旅行って気分がするわ。枕投げをしましょう」
力いっぱい殴りすぎたか。レミリアはほんの少しだけ反省した。
「あ、なんかそれわかる気がするわ」
「でしょう?」
アリスも目を覚ましたらしい。レミリアに引きずられたまま会話をしている。話の中で枕投げ熱が高まると、じゃあやっちゃいますか、とアリスは言った。紫は賛成した。レミリアが何かを言うのも聞かず、二人はレミリアの手を振り払い、スキマから取り出した枕を構え、ウサギの群れへと向かった。
投げる、投げる。飛ぶ枕。回る枕。裂ける枕。とろける枕。スライス枕。枕が舞い、踊り、罪なき因幡達を蜂の巣にした。
「アーティフルサクリファィィ!」
アリスが叫んで投げた枕は、何故だか爆発した。中のビーズやら綿やらが飛び散り、足を取られて転んだ因幡を紫が狙い撃つ。
「式神『八雲藍』!GO!」
藍は今回欠席なので、代わりに枕を使った。自在に飛び回る枕が、倒れ伏した因幡を執拗にメッタ打ちにした。
その様子をぼうと見ていたレミリアは、敵陣の真ん中で何馬鹿な事やってるんだ、と溜息を吐いていたが、まあなんにせよ敵やっつけてくれるならいいか、と思い直していた。一人でわらわら現れる敵を相手にし続け、彼女は疲れていた。誰も見ていなかったが、間違いなくレミリアは今回一番の功労者だった。こんなん私のキャラじゃねーよ、と道中何度思ったことか。
前を改めて眺めると、変わらぬ枕無双状態。スキマから無尽蔵に湧いてくる枕と、それを操る妖怪二人に、因幡達は為す術も無く跪き命乞いをするばかりだった。抵抗する因幡も、無抵抗の因幡も、二人は一切の慈悲無く平等にぼっこぼこにしていた。
「楽しそうねえ」
レミリアの背中で幽々子が言った。
「起きたなら、もう降りてくれない?」
「もーちょっと」
一層強い力でレミリアにしがみつく。無理矢理ひっぺがしてもよかったのだが、レミリアはそれをしなかった。代わりに聞こえよがしに溜息を吐いた。笑顔の幽々子は、レミリアの帽子に顎を乗せ、ビーフジャーキーをつまみながら観戦している。
人の頭の上で食うなよ、と悪態をついていると、レミリアの視界をひらひらと揺れる幽々子の手とビーフジャーキーが覆い隠した。
「食べる?」
「……食べる」
口を小さく開けると、上手い事ビーフジャーキーが押し込まれた。もぐもぐ。なんだか目の前にニンジンぶら下げられた馬みたいだ、とレミリアは思った。なんだか腹が立った。少し膝を曲げ屈み、ぐっと体を伸ばす。がりっ、とビーフジャーキーを噛んだのとはわずかに違う嫌な音がした。
何か言われるかと思ったが大人しい。声にならない声がする。幽々子は舌を噛んだようだった。レミリアは大口開けて笑った。それに怒った幽々子が顎を持ち上げて思い切り頭頂部に叩きつけたので、レミリアは舌を噛んだ。
紫とアリスが粗方のウサギを片付け一息ついていると、空から挑発的な声が響いた。
「ふふ、遅かったわね。全ての扉は封印したわ。もう、姫は連れ出せないでしょう?」
それを聞いて、きょろきょろと辺りを見回し、アリスは言った。
「紫、何か言った?」
「いいえ?」
「そう。なら気のせいね」
アリスは何事も無かったかのように言った。ただ一人新たな敵の出現に気付いたレミリアはそれを伝えようとしたが、何しろさっきから幽々子が間髪いれず何度も顎で頭を殴ってくるものだから、また舌を噛みそうで口を開けないのだ。
空と二人を交互に見ては何事か言いたそうなレミリアに、紫とアリスは気付かない。
「うーん。楽しかったわ」
「あらアリス、これで満足してしまったの?まだ夜はこれからよ」
「でも、修学旅行なイベントなんて他に残ってるかしら?こっそり男子の部屋でも覗きに行く?そんなのいるのか知らないけど」
「そんな破廉恥な事しません。女部屋の夜と言えば、怪談か恋バナと古くから決まっているのよ」
「えー。じゃあ恋バナ。はい紫さんどうぞ」
「わ、私はいいわよ。あんたが先に言いなさいよ」
「うわあ……いるいる、こういう奴……」
「いいから!ほら、好きな人のタイプとか」
「えー?……そうねえ。見た目とか金とか色々言いたいことはあるけど、まず何よりの第一条件は……」
「ふむふむ」
「人形であること、かしらね」
「……それは、九割……いや、十……十割落ちるじゃないの。なんなの?白馬に乗った王子様以上に遭遇しないわよ、そんなの」
「何言ってるのよ、そんなのわからないでしょう。食パンくわえて走ってたら可愛い人形の転校生と道端でばったり出くわす可能性だって無きにしもあらず」
「ねーわよ、そんなの」
先程四人に向かって声を響かせた鈴仙・優曇華院・イナバは、永遠亭のだだっ広い廊下の宙で途方に暮れていた。目下にはさっきからこちらに気付くそぶりも見せないどつき漫才中の二人、こちらを見てはいるけど何故か喋らずノーアクションのが一人、その背中に張り付いて執拗に攻撃を仕掛けているのが一人。
あまりにも妙と言うかおかしいというか変な四人組である。さっきも因幡達を何で吹っ飛ばしているのかと覗いたらなんと枕だった。ただ物好きだから枕を投げているのだろうか。それとも弾幕ごっことやらのルールブックにしっかりと『弾幕には枕を用いること』と明記されていたりするのだろうか。そうだとしたら一大事だが。
しかし今更考えても仕方が無い。何より優先されるのは姫を守ること。それ以外の事は後で幾らでも考えてやろう。
優曇華院は拳を握って気合を入れ直すと、今度はしっかりと聞こえるように声を張り上げた。
「そこまでよ!」
漫才コンビがこちらに気付き、ああやっと、と背中に背後霊をぶら下げた少女が溜息を吐いた。そしてうっかり口を開けたが為に、また舌を噛んだ。
「全ての扉は封印したわ。もう、姫は連れ出せないでしょう?」
いきなり叫んでいきなり何言ってんだこいつ。アリスは隣の紫に目で問いかけた。知り合い?いいや。
なにやら妙な恰好である。ウサミミ。制服。そして恥じらい無く衆目に晒されるしましま。
空。スカート。明るい室内。自明の理。優曇華院の顔は真っ赤に染まった。四人の目にはどうもこう見えていたらしい。いきなり叫んで注目を集めてパンツ見せびらかす痴女兎、と。まっことその通りであった。全く弁解のしようも無いが、自らの栄誉と貞節を守る為にも、なんとか誤解を解かなければと思った優曇華院は、何をトチ狂ったのか自分から堂々とスカートをはためかせて言った。
「こ……こ、これは。これは、パンツではないわ!ひょっとしたら地上人のあんた達にはパンツに見えるかもしれないけど、月ではこれはパンツではない何か、えーと、そう!これはズボン。ズボンなのよ!」
腰に手を当てて堂々と言い切るそのさまは、たとえパンツ丸出しだとしても実に漢気溢れるものだった。
じゃあそのスカートは何なのよ、とのアリスの問いにも、臆面も無く答える。
「これは……これは、ベルトよ!」
流石にここまで自信を持って言いきられると、何言ってんだこの露出魔はと引き気味だった四人もなんだか信じざるを得ないような気がしてきた。月ってすげーな、と誰かが言った。
「そ、そうよ。すごいのよ」
他の三人がやっぱりついていけーよと苦い顔をするのに対し、努めて冷静に聞いていたアリスが問いた。
「じゃあそれが無いととても困るのよね」
「そりゃあ困るわよ、そもそもぶっちゃけ下着だから無くなったりしたら……あれ?」
「え?」
「えっ」
「あら」
妙な違和感に気づいた優曇華院。おや、と目を丸くする三人。いつの間にかアリスの手に握られているしましま。
「な。な。な。それは」
恐る恐る、アリスに向けて指を向け声を震わせると、どーうだ見たか、としたり顔のアリス。
「ふふ、自分の弱点をペラペラ喋ってしまうなんて、とんだおまぬけね。ヒーローの変身中には攻撃しないみたいなお約束、っていうの?そういうの、嫌いじゃないけど。……せっかくだから教えてあげるけど、遠隔操作が得意なのよ、私。人形の」
指先で器用にしましまをくるくるとひらひらさせながら、こんな事も出来るわよ、と言って優曇華院に指を向ける。
釣られておろおろと見まわすと、背後がガラ空き。そこにはちゃっかりアリスの人形が控えていた。
呆気にとられる三人、四人。人形がアリスの元に戻ると、その手にも一つしましま。なにやら胸元が落ちつかない。
「んなっ。んなっ、んなっ、ななな。な!?」
「ひっひっひ。ちょろいもんね」
狼狽し、慌てふためき、真っ赤になって、(彼女曰く)ベルトの裾を押さえながら優曇華院は叫ぶ。
「なにしてくれてんのよお!」
「ふふふ、今までは自分の手でなきゃ出来なかったけど、ついに成功したわ。これは私の人形躁術の力が進歩している証と言えるでしょうね」
せっかくのスキルを全力のセクハラに惜しげなく振るうアリスには最早何も言えず、三人は名も知らぬ空中のウサギに同情の眼差しを送った。
いたたまれなくなって、優曇華院は逃げ出そうとした。が、何かに引っ張られているようで動けない。振り返ると、一体どこから現れたやら、彼女の師匠、薬師・八意永琳がベルトを掴んでいた。おかげさまで形のよい尻が眼下の四人に露になってしまう。
「ぎゃあ!ししょう、何してんですか!」
「何してんですか、はこっちのセリフよ、まったく」
呆れたような視線の永琳を引き離そうと、耳まで赤くしながら優曇華院は必死の抵抗を試みる。が、ベルトを掴む永琳の手はやたら頑なで、アリスの手でひらひらと揺れているしましまを恨みのこもった目で見ることしかできなかった。
「さて、貴女達。随分と好き勝手やってくれているみたいね」
八意永琳は、竜巻のような枕枕の雪崩に倒れた因幡達を見やり、ほんの僅か眉を寄せた。けれどそれは一瞬だけで、また元の無表情を付け直す。これまでとは違った、ただならぬ雰囲気を持つ者の出現。四人は浮足立つ事も無く、じっと静かな目で睨み返した。すると傍のお尻が丸見えの兎までじっと見つめてしまうことになるので、なんだかかわいそうでやっぱり目を逸らした。
しかしここで臆することなく視線を外さぬ者一人、アリスは毅然と言い放つ。
「その堂の入った喋り方、上に立つ者の雰囲気……さてはあんた、ラスボスね?」
「……ええ、その通り。よくわかったわね?」
やけにあっさり認めてしまったものだ。
「そりゃあわかるわよ。なぜってこの面子で私一人、なんか肩身が狭いんだもの!」
あ、紫は別です、ゆかりんは、と小さな声で付け加えやがったので、頭をはたいてやった。
「ふーん。で?私がラスボスだったら、どうしようっていうのかしら?」
それには紫が前に出る。
「決まってるでしょう?ふんじばって、とっちめて、ボコボコにして、もう二度とこんなことはしませんと跪かせるのよ。幻想郷は優しいだけじゃないの、残念ながら」
なるほどそれは怖い、と永琳は思った。
「大層怖いので、逃げることにするわ。じゃあね」
「ええっ、こんなアワレな状態の弟子をおいてけぼりにして逃げるんですか。なにしにここ来たんですか。ししょお!」
弟子の泣き声を一顧だにせず、永琳はさっさとその場に背を向けた。
「追いかけるわよ!」
紫の一声に、皆一斉に飛び上がる。優曇華院に目を向ける者はなかった。後に残された彼女は、因幡の一人の肩を借りて、よろよろと自室へ向け歩き出した。とにかく下着を穿きたかった。
永遠亭の廊下は長く、あまりに長く、そして長かった。いいかげんにウンザリしていた四人は、二手に分かれ、この詰まった状況を蹴散らすことに決めた。
「二手に分かれたって、この一本道でどうしようってのよ」
前も後ろも長い長い襖の壁が続いているうんざりな廊下をぐるりと眺め、レミリアは言った。
紫が答える。
「一方にはこのまま真っ直ぐ進んで、あいつを追いかけてもらうわ。もう一方はそこらの襖を引っぺがして、隠し通路を見つけるのよ。間違いなくどこかに秘密の扉があると私の勘がささやいているわ」
レミリアは腕を組んで思考する。
「なるほど、つまり……はさみ撃ちの形になるわね」
「いや、ならないでしょう」
これまでボケ倒しだった幽々子の的確なツッコミに満足したレミリアは、彼女を連れて行くことにした。
「え、じゃあ、私が紫と?うわあ」
「おい、さっきからあんたは、私に何か因縁でもあるの?怒らないから正直に言ってみなさい、お姉さんに」
青筋立てながらも笑顔の紫に、さすがにまずいと思ったアリスはさっと翻し、襖を突き破って逃げた。
それを紫が無言で追いかけたので、必然的に四人は半分に分かれ、レミリアと幽々子は永琳を追いかけることになった。
「はあ。じゃあ、私たちはまっすぐ行くとしますか」
「そうね。もぐもぐ。……食べる?」
奥歯に挟まったビーフジャーキーと格闘しながら、レミリアと幽々子は永琳を追いかけた。
わざわざ急ぐ必要は無かった。少し先に、永琳の背中は見えた。
「……ちゃんと付いてきているようね」
少々引っかかりを覚える言葉だったが、気にせずレミリアと幽々子は永琳を追い続ける。
「ええい、いいかげん止まりなさい。ビーフジャーキー投げるわよ。歯に挟まるとイライラするのよ」
「あ、レミリア、投げちゃうくらいなら私が食べるわ。食べ物を粗末にするなって教わらなかったの?」
「教わらなかった」
レミリアの投げつけたビーフジャーキーは当然永琳に届く事は無く、しかし地に落ちる前に幽々子が口で受け止めた。幽々子はレミリアを睨んだが、全然怖くなかった。
そんなことをしているうちに永琳を見失ったので二人は途方に暮れたが、前からひょっこり現れてくれた。明らかにわざと見つかってどこかに誘っているようだったのだが、二人はそんな事には頓着せず「こいつバカだ」、と思ったのでそのまま追いかけた。
そのうちに右も左も真っ暗な大広間に出た。つまりは上手く誘いこまれたのだが、追いつめたようなつもりになっていた。
「観念しなさい」
レミリアが言った。
「年貢の納め時ね」
幽々子が言った。
「あらあら」
永琳が言った。
「わあーっ!」
誰かが言った。アリスだった。
「えっ、アリス!?」
レミリアが疑問の声を上げ、振り向いた。紫もいた。二人ともに争っていた様子があり、しかし相手は隠し扉のボスではなさそうだった。
「このやろう、ほんとにもう我慢ならないわ。叩きのめして魔界に送り返してやる」
「ふん、おみやげに珍しい人形をくれるってんなら喜んで帰ってやるわよ」
「おみやげじゃないじゃない、自分用じゃない」
「そうとも!」
「な、なんて図々しい……あれ、幽々子、レミリア?」
しばらく言いあってからやっと周りの様子に気付いた二人は、辺りを見回し、先に浮かんでいる永琳を確認して、揃って「ここはどこだ」と言った。
そんなのを私に聞かれても困る、とレミリアはつれない答えを返した。
「大体、あんたたちは隠し通路を見つける役割じゃなかったの」
「えっ……ああ……」
「……ああ、あー……」
間を置いて、なんともすっとぼけた返事をよこした。ついにはレミリアも怒気籠った声をあげた。
「なにやってんのよ!」
だって、ねえ、と、さっきまでのケンカはどこへやら、二人は揃って肩をすくめ、レミリアの頭の血液は沸騰を通り越して蒸発しそうになっていた。
そんな様子を一人、離れた所から永琳は見つめる。じっと静観しているが、内心、こいつらはなにをしにきたんだバカなのか、ぐらいは思っているかもしれなかった。
とりなすように紫が言う。
「とにかく。来てしまったものは仕方がないわ、目の前のあいつをなんとかすることに集中しましょう」
あからさまに話題を逸らされ納得はいかないが、しかしこのまま異変の原因を放っておくことはできない。
幽々子はレミリアの背中を押し、一歩相手に近づいた。そして紫達に振り向き言い放つ。
「まずは私達に任せてもらえるかしら?今考えたばかりの合体スペルカードの力を見せましょう。即興コンビ『THE・和洋折衷』の初舞台よ」
「うわっ、ほんとうに考えてやがった」
ハタ迷惑この上ないが、幽々子は滅多に見せぬ気合を燃やし熱気をあげている。もう引けないだろう。覚悟を決め、レミリアは幽々子の隣に立った。
「で?その『なんとかかんとか』ってのはどうすればいいのよ」
「一文字も覚えてくれてないのね。『THE・和洋折衷』よ……リピート!」
「ざ・わよーせっちゅー」
「心が籠ってないわ!」
緊張感とか気合とか覚悟とかをほんの少しでも持ち合わせてくれてはいないのだろうか?流石の永琳も、どうするべきかと困り果てているように見える。
「はい、もう一度リピート。『THE・和洋折衷』!」
「なんでわたしがそんなことをしなければならないのだ」
レミリアは幽々子の膝の裏を鋭いローキックでカクンと小突き、自身のスペルカードを展開する。つきあいきれなくなったらしい。
臨戦態勢に入ったのを見て、上方で手持ち無沙汰にしていた永琳は満足そうに笑みを浮かべる。
が、幽々子はあくまで名乗り口上にこだわりを見せる。飛び上がろうとしたレミリアの足を掴み、無理矢理引きずり下ろした。
「なにするのよ!」
鼻を打ち、涙目になりながらレミリアは叫んだが、幽々子は意にも介さなかった。
「やれやれ、名前の重要性をわかっていないのね。スペルカードルールの別名を知ってる?『命名決闘法』よ。それくらい大事なものなの、名前って」
「あんたのそのセンスゼロなコンビ名なんてのがそこまで、重要なものか」
「なにを言ってるの、大事に決まっているわ。気に入らないなら、あなたが考えてちょうだいな」
「……そう言われると思いつかない」
「でしょう?和洋折衷コンビに死角はないの」
「嫌だ!やっぱりそんなダサいコンビ名は嫌だ」
「なら、あなたが考えなさい」
「ぬぐぐ……」
助けを求めるように、永琳は紫とアリスの方へと顔を向けた。仕方ない、とばかりに二人は顔を見合わせ頷くが、それに先だってアリスが永琳へ声をかける。
「一つ聞いておきたいの」
「何かしら」
ちゃんと話が進むのなら、と永琳は寛大だ。
「あなたが用意したらしい、あの偽の月だけど……中には何か入っているのかしら」
「……はい?」
なにをいってるんだこいつ、と問いたげな視線が永琳からだけでなく、隣の紫からも向けられる。
「だから、あの中には何か入ってるの?と聞いてるのよ。パリンと割れて、中から巨大なボスが出現するとか」
「……あるわけないでしょ」
うんざりしたような永琳の言葉に、アリスは露骨にがっかりしたような表情を浮かべた。
「ええっ。そうなの、ふーん……」
「貴方、何を期待してたのよ」
紫の言葉にも溜息と呆れが交じり、眉間のシワが一層深みを増したようだ。
アリスはしばらく一人考えていたが、やがて顔をあげると言った。
「帰るわ」
「待ちなさい」
背を向けたアリスを、間髪いれず紫が捕らえる。
「あんたここまで何しに来たのよ!?」
ここまで来て異変なんてもうどーでもいいです、とは少々乱暴ではないだろうか。
「だ、だって!元々私なんて必要なさそうなパーティーメンバーだったのに、唯一のお楽しみまで奪われたんじゃあ……もう私がいる意味なんてないじゃないの!」
「こ、こいつ……!」
揃いも揃って仲間割れを繰り返し、最早どう収拾をつけるべきか見当もつかない。永琳は腕を組み俯いたまま、じとりと四人組を睨みつけた。もう勘弁ならねえ、なーにしににたんだこいつら。そして言った。
「今日はもう帰ってくれない?」
それは怒りであり、切実な願いであった。八意永琳という人は不老不死であり、また天才と呼ぶに相応しい頭脳を持ち、ちょっと開けっぴろげには出来ないほどの壮絶な過去を持つ。つまりどういうことかと言えば彼女はちょっとやそっとのことでは動じることはないはずだが、今は確実にイライラしている、ということだ。
その響くような声色を聞いた四人も、さすがに「やべっ」と思った。一番敏感に反応したのはアリスだった。
「ほらっ、あちらもああ言ってることだし、もう帰りましょうよ」
是非を問わず、もう帰る気満々だった。紫は幽々子とレミリアの二人へ視線を向けた。
「くっ、なら『ウエスタン・サムライブレード』なんてどう?」
「だっさぁい」
「なんだと」
何事もなかったかのようにくだらぬ議論を再開している。帰る気はないが、真面目に戦うつもりもないらしい。紫は、一人でむきになっている自分が馬鹿みたいだ、とせつなくなった。
おまけに、もうすぐ夜が明ける。無駄な事に時間を費やしすぎたのだ。なんにせよ、もう、お手上げ……紫は諦めたように呟いた。
「帰りましょうか」
アリスはもういなかった。幽々子達は未だ議論を交わしており、異変の事なんて忘れている。紫は永琳を見上げ、また来る、と捨て台詞を残すとスキマに潜り、マヨヒガで布団をかぶって眠った。ぐっすり眠った。
その後、永遠亭に二人の闖入者が現れる。あいつらはどこだ、とのたまう巫女と魔法使いの二人は暴虐の限りを尽くし、偶然辿り着いた部屋で偉そうにしていた妙な奴を腹いせにボコボコにした。
そしてなにがなんやらわからぬまま、異変は解決した。幻想郷は救われたのだ。
反省会だ、という名目で、紫の元に無理矢理集められた妖怪達がいる。彼女等の功績は誰も知る由も無いし、そもそも何の功績もあげていない。形だけの反省会なんてものも当然途中から意味を成さなくなり、その日四人は酒を飲んで騒いだ。
巫女と魔法使いは自分らがなにをやったのかよくわかっていなかったが、そんなものだった。永遠亭の面々はあっさり幻想郷の仲間入りを果たし、ホントにこんな所にいて大丈夫なのだろうかと永琳は頭を抱えた。
このダメダメな集団を月に代わってお仕置きする者はなく、そしてこの夜の物語は伝説にならない。
永琳じゃなくても頭を抱えたくなるよ!
お腹抱えて笑ったw
激しく同意!
あなたは本当にアリスが好きだなw
ゆゆレミと思わせつつ、ゆかアリ
しかし、紫とアリスのやり取りがツボすぎる。仲の悪い背景には一体何があったのか…でも、喧嘩する程仲が良いとも言いますしねw 次回も期待期待ィ!
あと、レミリアお嬢様にスペカ名のセンスをうんぬんする資格はないかと。
>「いやいや、おかしいじゃない。私なんて隠しボスよ?EXよ?幻想郷でも指折りのお偉いさんなのよ?」
>「え?いや、だって、紫は……だって……紫だし」
EXは藍で、紫はPHです。
仲が良いのか悪いのかわからんですね
ゆかアリとゆゆレミを俺のジャスティスにしよう
テンポ良く読めたし内容も満点でした
話の筋もあってないようなものだったし。
何やってんだこいつらw
おそらく本職のツッコミが居ないせいでは?
6ボス=神綺と同格 EX=自分と同格
ってことなのかね?
それなら紫の扱いがあれなのにも納得いくけどww
>話のすじもあってない
まさに本作を的確に表した言葉かと。
そして新境地に開眼した。
ゆゆレミが俺のウエスタン・サムライブレード