Coolier - 新生・東方創想話

大人とびょーきとアルマゲドン

2011/03/16 04:13:21
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※ キャラ、設定が木っ端微塵に崩壊します。ご注意ください。



 長く、永い夜は明けた。子供だましの歪な月は姿を消し、完全なる強き月がこの楽園に取り戻された。
 窓を開けると共に、真の大円がグラスの紅い海に浮かんだ。
 ああ、恋しかった。待ちに待ちかねていたのだ、この夜の力を。この完成された美を。
 グラスをくるりと揺らし、満月の香りを嗜む。

「……異変も去った。霊夢たち、今頃は飲み合っているだろうねえ」
「また、誰か新しい者と、なんでしょうか」
「面倒なやつでなければいいけど……。ま、私らはまず目の前の再会を喜ぼうじゃないか。こっちのほうが大切だもの」

 水面に顔を映しだす、私の恋人にウィンクした。
 咲夜にグラスを向けて、私たちなりの宴を宣言する。

「真実の月に、カンパイ゙ェアアアアアアア!」

 見てしまった、見てしまった! 咲夜の肩の後ろの方!
 全身を赤と青で塗り固めたような服に、さらさらの銀髪が映えている。そんな全身が奇抜の塊で出来た誰かさんが、侵入なさっている!
 パッと見、散髪屋のぐるぐるかと思った。
 ぐるぐるポールさん、般若の形相で叫びながらうちの館を徘徊してる!

「病人はいねぇがああああ! 病人はいねぇがああああああ!」
「なにしてんの咲夜! あのなまはげポールをなんとかしてよ!」
「お嬢様、これは通りすがりの新キャラですよ? ここは素直に受け入れるとよいかと」
「い、いやだあああ! 出会った時からキャラ崩壊してるなんて、いやだああああ!」

 登場したその時からキャラ崩壊なんて、可哀想すぎるじゃない!
 そもそも、こんな魔物が通りすがりで来るなんて、どうなってんのこの館! ドーナッツ!
 レミィ、ショック。あんまりショックすぎて、頭、抱えてしまう。
 その、目を逸らした瞬間。私の肩がポンと叩かれ……!

「オマエ、ビョーニンカ? ビョーニンノニオイ、プンプン!」
「ひ、はわ、わ、私はどこもかしこも健全! なんなら全身くまなく見せてあげましょうか!? その瞬間に別の意味で不健全になるけれど!」
「お嬢様は確か下顎の右から二番目の奥歯に虫食いが」

 それを聞いた瞬間の、この赤青姉さんの目ときたら。新しいおもちゃを見つけた子供みたいにきらっきらしていたさ。
 つーか、こいつ酒くせえ。尋常でないレベルのアルコール臭が、口からぷしゅぷしゅ漏れてる。

「ほ、本物の病人だあ! うへ、うへへへ、治療! 治療! ビバ治療! 虫虫ばばば、虫ばばば!」
「いやあああ! 咲夜の裏切りものー!」

 グッバイ、優雅なひととき。ナイストゥーミーチュー、崩れ去った平穏。



 ====================



 赤青さんまじパネェっす。石膏みたいな薬で、私の虫歯を一瞬で治してくれた! しかもwithout pain!
 いや、だからといって油断はできない。酔ってるってこともあるし、とりあえず客間に通し、ソファーに座らせておいた。

「えっと……。少しは落ち着いたかしら?」
「私は常に落ち着いているわ。私、天才だから」

 なんてことだ、チルノとキャラが被っているとは。いやいや、普通に会話できるみたいで、一安心。
 彼女は永琳というらしい。自称、天才薬師。わけあって、しばらく病人に接することができなかったんだとか。

「病人に会いたくて会いたくて仕方がなかったのよ。まあ、理性で抑えていたんだけどね。私、天才だから」
「いや、ついさっきのさっき、抑えきれてなかったでしょうが!? なんでまた突然……」
「それはまあ、飲み会のテンションというか。一斗缶の消毒液、一気飲みした勢いというか」
「エタノオオオオル!?」

 それだけ飲んで、もうぴんぴんしているなんてアンビリーバボー。
 きっと彼女の体内では、およそ14kgものアルコールを原料に、続々と酢酸が生産されているのでしょう。こええ。

「でも、そんなことは関係ない。こう見えても私、勢いだけでこんな屋敷に来る女じゃないわ。私、天才だから!」
「じゃあ、なんだってのよ」

 永琳の目が怪しく輝く。その鋭い眼光が、怯むことなく私を射ぬく。

「薬師の嗅覚が告げているのよ。隠しても無駄。ここに、とびっきりの病人がいるでしょう? 分かるのよ。私、天才だから」
「隠す気はさらさらないのだけれど……」

 なにやら挑戦的な口の利き方だけど、病気を治してくれるというのはありがたい。
 正直、何だかうさんくさい話な気がする。
 でもね、私がここにいる限り、ぼったくりだろうが毒盛りだろうが、できっこない! ……はず。
 一応、虫歯もすぐ治してくれたし、腕がいいのは確かに思える。じゃあ、悪くない話、なのか?

「咲夜、彼女をここに。速達で頼むわ」
「では、直ちに」

 音もなく飛び出す咲夜を、永琳は興味あり気に眺めていた。
 さて、何を話すべきか。初対面の相手と二人ってのはなんだか気まずくて、目を逸らしてしまう。
 ご趣味はなんでしょうとか、お見合い的な話題でもしようかしらと思った頃合い。
 ぶっ壊れそうな勢いで。ドアが、けったたましく、ぶち開けられた!

「レミィ! どうしたのよ、急に話だなんて! もしかして、その……。愛の……。ああ、ちょっと待って! まだ心の準備が……」
「えー」

 やってくるなりこのテンション。……咲夜、何かやらかしてるな?

「お嬢様のご期待通り、お伝えいたしましたわ。パチュリー様、お嬢様が今すぐ会いたい、会いたいとおっしゃっています、と……」
「うわあ、何か間違ってるのに間違ってない気がする!」
「え……。間違ってるって? そんな、レミィが、嘘……? 私なんかと、会いたくなななな?」
「ああもう面倒くせえなチキショー」

 さっさと本題に進めないと、このアクの強い面子じゃ、何が起こるか分からんぞ。

「えと、彼女がパチュリー。紅魔館の病人といえば右に出るものはいないわ」
「ではパチュリーさん、聴診器あてますよー。上着を全部取って座ってください、うへ」
「なんてこと! レミィったら私の体を売ろうとしているのね!? ひどい、ひどすぎる!」
「さ、咲夜、助けて……」
「心から応援いたしますわ」

 くそう、こんなカオスに負けてたまるか。咲夜だって応援してくれてるじゃないか! 明らかにわれ関せずの態度だけど!
 とりあえず、今のはあの変態薬師が元凶だ。何がうへだよ。一発ガツンと言ってやんないと!

「えっとー。パチェはその、そういうの、苦手なんで。もちっと普通に診察してくれない……?」
「えー。医療の楽しみの十割が失われちゃうじゃない。やり甲斐のある仕事なのに」
「ああん、咲夜ー」
「がんばれがんばれ。できるできる、絶対できる」
「よ、よおし。あのね、パチェ、喘息なのよ。そこんとこ、こう、パーッと治してくれるなら嬉しいんだけど。つーか治せないなら帰れ」
「ああ、なるほどね。喘息ね。ええと……」

 そう言って、永琳は手持ちのかばんを何やらごそごそやり始めた。よしよし、分かればいいのよ、分かれば。

「ごめんなさい、喘息薬は持ちあわせていなかったわ」
「ゴーホーム! ゴーホームナウ! つーか、なんで石膏持ってて喘息の薬持ってないのよ! 絶対おかしいでしょうがあああ!」
「お嬢様、落ち着いて」
「そうよレミィ、落ち着きなさい」
「う、うがあああ! うがああああああ!」

 パチェのためと思って下手に出てればこんちきしょー! 吸血鬼なめんなあああ!
 結局、場をかき乱すためだけにやってきたんじゃねえか! 返せ! 私の優雅なお月見タイムを返せえええ!
 役立たずな薬師をキッと睨む。が、彼女は全く怯まない。それどころか、睨み返してきやがった!

「私の感知した匂いは、こんなもんじゃないわ。とびっきりなのよ。もっと厄介で、凄惨で、痛々しい病人。いる、はずよね。隠しても無駄だと言ってるの。私、天才だから分かるの」
「お、お前……」

 確かに、いる。この館の誰もが治療を諦めた、あいつがいる。誰もが、ということは私も含まれている。私でさえ、手に負えなかった。
 彼女に、他人との関わりを断たせるのが精一杯だった。今や、彼女そのものが、紅魔館のトップシークレットと化している。
 どうしたものか。独断で決めるのは、なんだか不安。
 咲夜にも聞いてみようか。その耳を私の口に持ってこさせて、作戦会議スタート。

「こいつ、どうしようか? 多分、フランのこと言ってる……。どう思う? あんたとしては……」
「私は、いいチャンスだと思いますよ。治療に成功すれば、妹様はもっとのびのびと生きていけると思いますし」
「でも、うまくいかなかったら……。機密情報を晒すだけよ? そうなったら、フランのためにもならないよ。あの薬師、信用したくないし……」
「失敗した時は……。お嬢様、がんばってあいつを消すだけですわ。ファイトっ」
「えー」
「とにかく、いい機会だと思います。今一度しっかりと向きあえば、素敵なお姉さま、になれるかと」

 くそ、さすがは咲夜。聞こえのいい言葉を使いおって。
 でもでも確かに、せっかくのチャンスだ。これを逃すと、フランは一生、病気のままかもしれないんだ。
 もし、そうなったら……。私は一生を悔やむことになるだろう。
 仕方ない。機密がなんだ。フランのためなんだ。ここは藁をもすがってやれ!

「分かった。着いてくるがいいわ」
「ふふ、話の分かる子は好きよ」

 しかし、フランの病状は深刻だ。手がつけられない域に達している。果たして、彼女の手に追えるものなのだろうか。
 客間のドアが、いつもより不思議と重くて、冷たく感じられた。



 ====================



「……そう、妹が病気なのね」
「フランはね、ちょっと気が狂っている……。と、いうことにしているの」
「ややこしいご家庭のようで」

 カツンカツンと、地下へ向かう階段を一歩ずつ降りていく。永琳に咲夜、そしてパチェまで着いてきている。足音が木霊のように重なりあう。
 申し訳程度に灯されているランプの紅い光が、皆の姿を長く淡い影へと変えていく。
 
「それっぽい噂になれば、誰もがこの館を恐れるはず。そうなれば、無闇にフランに近づく者も、いなくなる」
「近づくと、問題でもあるのかしら?」
「……これはね。吸血鬼のプライドの問題でもあるの。もし、フランの異常さが妖怪の界隈に知られたら……。私たちの権威が壊れてしまう!」

 全ては権威のため。吸血鬼異変だのなんだのというのも、私たちの強さを存分にこの地に示したかったがため。
 紅魔館の皆が新しい地で、疎外されることなく暮らすための、私たちなりのやり方だった。
 こう見えても、がんばったんだぞ。紅魔館の主として。
 築き上げてきた、この権威の壁が壊れてはならない。そうなったら私はおろか、フランですら吸血鬼としてまともに生きて行くことはできないだろう。

「とにかく。妹のことは機密事項よ。なにかあったら、ただではすまないよ」
「その点についてはご心配なく。患者のプライバシーを守るのは、医療に携わる者として常識ですから」
「言ったわね? もしものときは……。本気で殺すから」
「大丈夫よ。そんなことはあり得ないから」
「……そう」

 ここまで来たらしょうがない。この薬師にかけるしかないのだ。
 気がつけば、階段の最後の段から足を下ろしていた。
 眼前には、あまりに重厚な扉が立ちふさがっている。扉には、オリジナルの禍々しい魔法陣が所狭しと書き添えられている。なんて悪趣味なんだ。
 パチェをちらりと見る。すると、ため息ついてから永琳に説明を始めてくれた。

「全部、フランのリクエストよ。暗い地下、ぼんやりとしたランプ、石造りの階段……。ほとんど、私が作ったんだけどね」
「あら。機密情報なんていうから、てっきり幽閉しているのかと」
「そういう噂は、確かに流してるんだけどね。フランは危険な子だから、レミィがずっと閉じ込めてるんだって」

 情報操作してくれたのは、パチェだった。全ては、フランの真実を知られないため。友人ながら、いい案を考えてくれる。
 フランのことは、今までパチェとよく相談していたものだ。それはまるで、二人で初めての子育てしているかのようで。
 私にしか懐かないフランを見て、パチェはよく嫉妬な眼差しをくれていたっけ。

「……だけど、フランがある意味で危険なのは本当よ。頼むわよ、薬師さん。しっかりやりなさいよ」

 きっと、パチェも私と同じ気持ちだ。本当は、フランのことは館にいる者だけで解決したかった。
 でも、ここまで悪化しちゃしょうがない。今はこの正体不明の薬師に託すことしか、できない。

「私からもお願いするわ。妹を、頼むわ」
「合点承知よ。ああ、臭うわね。病人の匂いが、ぷんぷんと……!」

 扉に、咲夜がスタンバイ。私が目配せするのを合図に、ノックした。

「ついに来たか……。待っていたぞ」

 本当は、鈴のようにコロコロとした声のはず。しかし、そこからは地獄の奥底から響くような、気味の悪い唸り声が返ってきた。
 フランとの対面を前に、薬師が武者震いを起こしている。どうか、良くなってくれるといいけれど。
 咲夜が鋼鉄の扉を、ギギギと音を立たせながら、ゆっくりと引いていく。
 そこから見える部屋は、ひどく薄暗い。ろうそくがひとつだけ、部屋の真ん中に灯されていた。
 フランの目が、暗闇に光る。

「くっくっくっく……………………………………。
ここがどこだか分かる? 非日常を超えし間、いや、"魔"と言ったほうがいいかな。ようこそ、悪魔の"魔"へ。
魔彩光の翼を持つものが、漆黒の翼を追い求める、これまた漆黒の空間。常人ノン・アビリティには、入ることすら不可能な、この地へ………………。
あら、見慣れない顔があるわね。貴女、"白光の聖者"でしょう? 分かるわ。そういう波動サイ・ムーブ、してるもの。
面倒くさいことになったわ。でもね。貴女は何も出来ない。この空間を壊す"鍵"は、もはやNULLと化しているのだから………………………………。
ここでは、私、いや、われが邪神なの。わぎゃ、我が名は†ランドルス†。『万物を破壊せしめる能力者』の、フ=ランドルス=カーレット。以後、お見知りおきを」

 永琳の瞳孔が、みるみるうちに膨らんで、きらきらとシャイニング!

「ほ、本物の中二病だああああああああ!」

 こうして、奇妙な闘病生活が始まるのであった……。



 ====================



「八意永琳の、中二病直し方講座! その一、患者の部屋から中二病的要素を取り除こう!」
「ちっ、偽善者め……。それが目当てか。これだから白の者は嫌いだ」

 治療という名のもとに、ガサ入れが始まった。
 まず、フラン自身に近づいていく。頭の上からねっとりとした視線で、チェック。

「なんで手首に包帯? 打撲でもしたのかしら」
「……これが解き放たれるとき、あらゆる事象が死の世界へと変貌するだろう。封印しているのだよ、我が潜在能力を」
「残念ながらボッシュートです」
「わ、わ、やめて! 世界が、世界が死の坩堝になっちゃうー!」

 フランの腕からするすると包帯を取っていく永琳。さすがだ。身内だと変な抵抗があるせいで、ここまで強行突破できない。

「あと、それは何? 時計の針なんか持って、何に使うのかしら」
「愚か者めが。これは禁忌の烈獄炎魔剣こと、レーヴァテインだ」
「なんだ。そっちの神系の」
「貴様は烈獄炎魔剣の潜在能力を理解していない。使用者アタッカーの持つ魔を呼び覚まし、暗黒獄炎精霊が全身に宿る…………。
結果、使用者アタッカーのSTRとDEXが30000上昇。対象者ターゲットに振れば死に至るだろう」
「残念ながらボッシュートです」
「ちょ、ちょっと、こればっかりは勘弁だよう!」
「はい、これ持ってなさい」

 レーヴァテインが、ぽーんと投げられる! すかさずキャッチ。危ないぞ。こう見えて、本当にレアなんだぞ。
 ……と。私の存在に、フランが今一度認識したようだ。が、その表情はやっぱり、穏やかなものではない。
 ぎりっと歯と歯を噛みあわせた後、精一杯に威嚇してきた。

「何、勝手に入ってきてんのよ」
「いいじゃないフラン。入っちゃ悪いことでもあるのかしら」
「プライベートってもんがあるでしょ! 好きにさせてよ」

 辛辣な言葉を聞いて、パチェも黙っていられない。

「フラン。そんな言い方しないであげて。今日はあなたのために、この永琳って人を……」
「私のため私のためってそればっかり。ほんとは自分の都合なんでしょ? ねえ」

 そんなことはない。決して、そんなことはない。
 私もパチェも永琳も、いじわるしたいわけでもなんでもない。ただ、フランが普通の女の子としてきちんと育ってほしいだけなんだ。
 これは、フランだってきっと理解しているはずなのに。
 フランの意図が、分からない。何も言い返すことが、できない。というより、言い返すことが、無意味だ。
 だって、こうした会話はすでに、幾度と無く繰り返してきたのだから。どうやっても、フランがふてくされるだけで、終わってしまう。

「ふん、だ」
「……取り組み中悪いんだけど、いいかしら。……この本はダメ。最高級にダメ。A級の毒物よ。悪いけど、預からせてもらうわ」

 フランと一悶着している間、どうやら永琳は部屋を物色していたようだ。
 フランの本棚には、デスマノート、バックベアードの孫、ヘンダー×ヘンダー、キャプテン村紗などの、「跳躍」系の作品がずらりと並んでいる。
 で、永琳の手にした本は……。あ、あれ?

「ちょ! いいじゃない! 幽々子☆幽々子☆白書は別に問題ないでしょ!」
「なにを言うの。この漫画こそ、中二病の発生源と言われているものよ? これは最高にアウト」

 まじかよ。幽々子☆幽々子☆白書、私は好きなのに。

「邪眼なんて、かの有名な邪気眼のモチーフよ? 薔薇棘鞭刃に邪王炎殺黒竜波よ?」
「格好いいじゃない。格好良いなら大丈夫よ。問題ないわ」
「別に燃やすわけでもない。治療のためなんだから。そもそも、わざわざあなたが出てくる理由がないわ」
「むふー……」
「我は問題ない。その作品は我の頭脳に全て記憶済みなのだからな。クックックック…………………………………………………………………………」
「では、預かっておくわね」

 あえなく、幽々子☆幽々子☆白書が永琳の懐に。ああ……。
 でも、フランのためだ。仕方ないか。

「今できるのは、このぐらいかしら。気になるものは、全て回収できたわ」
「あら、意外とあっさりしてるのね」
「……本当は、この部屋ごと爆破するのがいいと思うのだけれど。その気なら、してあげてもよろしくてよ?」
「そればっかりは勘弁願いたいわ」
「じゃ、とりあえずはこんなものね……」

 と、これを頃合いと見たのか、咲夜が一歩前に出る。

「夕飯の支度ができました。皆様、どうぞ召し上がってください。よろしければ、妹様も……」
「時はまだ満ちぬ……。我は行かぬ。馴れ合いの食事なんて、無意味だ……………………」
「承知しました。では、後ほどお持ちいたします」

 いつものことだ。中二病にかかってしまってから、フランとご飯を食べたことなんて、ない。
 地下室の前にご飯を置いておくのが、常日頃になってしまっているのだ。
 いつも、煮え切らない気持ちのまま食事をむかえてしまう。
 それはとってもやるせないなって。

「フラン! 咲夜がせっかく作ってくれたのよ? 温かいうちに、一緒に食べましょうよ!」
「うっせー。早く出てけ」
「うっせーとは何よ、うっせーとは! あのね、私はあなたの為を思って!」
「保護者づらしやがって。いつも束縛しようとするんだ。あんたはいつも勝手気ままに動いてる癖にさー」
「そんな言い方ないじゃない! 姉に向かってそんな口をきくんじゃ……」

 反射的に、口を閉じる。フランが怯えたかのように、肩をぴくりと震わせたからだ。
 強気どころか、人を食ってかかったような態度だったフランが急に、黙りこくる。
 確かに、私の言い方も間違っていたのかもしれない。けれど、ここまでの反応がくるとは思いもしない。
 私もフランと同じく、完全に硬直してしまう。
 無言の冷たい空気を断ったのは、パチェだった。

「フラン、今はご飯、食べたくないのね?」
「ほっといてよ」
「ええ。じゃあ、お先にいただくわ。レミィ、行きましょうか」
「あ、ああ……」

 スカートを握りしめるフランの姿がどこか淋しげで、私まで胸が苦しくなってしまう。
 同じように、スカートを握ってみる。それでも、フランの気持ちを知ることはできなかった。
 ああ、なんであんなこと言ってしまったのだろう。
 私って、ほんとバカ。



 ====================



 ほかほか白ご飯に、たけのこ汁。根菜としいたけの胡麻和えに、じゃこ大根おろし。素晴らしいほどに、完全に和食。
 ……と思いきや、主菜が鳥チリ春巻きなのは咲夜の趣味だろう。創作中華なんだとか。
 じゃあ中華かと思えば、お酒はしっかりと赤ワインである。なにこの和洋中ディナー。でも咲夜最高。私の好み分かってる。
 だけど、気分は晴れない。どうすれば、フランの心を開くことができるの?

「永琳、なんとかなんないの……? 何でも言うこと聞くようになる薬とか」
「あるわよ?」
「ちょっと! それを早く言いなさいよ!」
「でも、精神病を薬で完治させるのは、考えものよ。薬飲ませた途端、妹さんがスーパー素直っ娘にへんしんー! なんて、嫌でしょ?」
「なにそれ怖い」

 それっきり、ずっと素直なフランになってしまったら、それはフランの人格なのか、薬の人格なのか、分からなくなってしまう。
 フランを薬に乗っ取らせるのは、さすがに酷だ。

「レミィのためなら、私はどんな怪しい薬でも飲めるけどね!」
「その必要はないわ……」
「あの。話を戻していいかしら?」
「どうぞどうぞ」

 くそう、永琳め。治療のことになるとさすがに真面目だ。私たちが変なやつになってきてるじゃないか。

「では。もっといい方法があるのよ。八意永琳の、中二病直し方講座! その二、患者との積極的なコミュニケーションが薬である!」
「ぐっ……!」

 くそう。一番痛いところを突いてきやがる。
 フランと、きちんとコミュニケーションしたい。楽しく会話したい。久しぶりに、朗らかな笑顔を見せてほしい。
 でも、フランがおかしくなってから、どう接すればうまくいくのか、分からなくて。
 好きにさせても、エスカレートするばかりで。叱ってみても、内にこもってしまうばかりで。
 正直、それができれば苦労しない、という治療法である。

「中二病はね。閉鎖的な人ほど発症しやすいのよ。私の経験則だけど」

 目立たない人が、注目を浴びたくて発症するケース。小説などの作品の世界に入り込んで発症するケース。はたまた、自分の創作活動に没頭して発症するケース、などなど。
 今のフランは、確かに閉鎖的だ。私たちがそうさせているという面もあって、悔やまれる。でも、これは仕方ないんだ。
 そもそも、今のフランは外に出たがらないし。

「妹さんを外に出せないというならば、その分、この屋敷の者がたくさん話してあげるべきよ。そうしないと、どんどん自分の世界に入ってしまうわ」
「それがうまくいかないから困ってるのよ。さっきの様子、見てたでしょう? あんな感じよ」
「特にレミィへの反抗がひどいわね。私の時は、あそこまで激しくないわ。ただ、お互いにあまりしゃべれないから、間が持たなくて……」
「咲夜は?」
「私は、パチュリー様に近いですね。必要な要件を伝えると、そこで会話が途切れてしまって……」

 なんてこった。壊滅状態じゃないか。
 でも、今のフランに会話を合わせることのできるやつなんて、いるわけない。
 あんな意味不明な言動、理解することすら難しいもの。

「そこで永琳。思いついたのですよ、画期的な方法を! 私、天才だからいいアイデアが出るんですよ!」
「あ、テンションあがってきたね」

 こいつ、やっぱり治療活動が生きがいなんだろうなあ。
 得意げに人差し指を立てて、永琳は満足そうにいつもの講座をはじめた。

「八意永琳の、中二病直し方講座! その三、反面教師も時には効果的である!」
「反面、教師だって……?」
「ええ。患者よりも重症の中二病を演じるのです。そうすれば、『うわ、こいつうぜえ。こんな奴にはなりたくねえ』となることが考えられるわ」
「で、でも、そんなことできるやつはどこにも……!」

 そのとき。
 パチェも咲夜も永琳も猫も杓子も障子のメアリーさんも。
 一斉に私に視線を合わせてきた!

「ちょっちょっと待ってよ! 私、その、まだだから……。できっこないの! 勘弁してよ!」
「お嬢様。中二病にかかってないと? あれは一種の通過儀礼だと聞きました。ここで済ませておくのがいいかと」

 そう言いつつ、さりげなく私の腕に包帯を巻き始めるのが、咲夜という女であった。

「レミィならできるよ。ほら、しっかり」

 そう言いつつ、さりげなく私の手にグングニルを握らせるのが、パチェという女であった。

「私の目を見て。あなたには、中二病の潜在能力が秘められている。今から十数えると、その潜在能力が泉のように湧き出るでしょう……」

 そう言いつつ、さりげなく私に催眠術をかけるのが、永琳という女であった。

「こ、この! 私のような大人のレディが、中二病なんかになれるわけないじゃない!」

 そう言いつつ、さりげなく私の中のダークネスフェイトポテンシャルを覚醒させるのが、レミリアという女で、あるわけないじゃない!
 絶対、中二病なんかに負けたりしないんだから!



 ††††††††††††††††††††



 世の中は陳腐である、と思わざるを得ないのだ。人間というものは、勝手な「正義」をふりかざし、欲望の渦巻く世界に堕落させていった。
 森羅万象が、腐っている。穢れ、醜いものが闊歩していて、反吐が出る。
 ………………………………だが。
 「私」は異なる。異能の者であるからだ。
 運命ベートーベンを司る。世界との契約を可能にするこのアビリティの前には、どんな穢れも浄化されてしまうだろう。
 ………………………………そう。私のダークサイドを具現したかのような、<<彼女>>さえも。
 漆黒の闇に、紅蓮の炎が「具象」している。照らされるは、深遠の時から冷酷であり続けた、「石階段」。
 「奴」は、まるで鉄鎧をまとった歴戦の傭兵であるかのような、重厚な鉄の扉に守護されている。

「………………だが、私の前では全てが『無意味』と化すのだがな。クク、クククク…………」

  大気中の魔原子を、封印されし左手にギャザリングするドアノブに手をのばした。【収束完了】である。
 風の精霊の力を借り、肺に現原子をリ・ギャザリングいきをすって、さんそほきゅうした。意識を右手に零時移動。詠唱、開始。

「入るぞっ……!」

【解放完了】である。
 柔と化した扉を開くと、血という紅い糸で私と接続されているいもうとの、†ランドルス†の姿があった。
 実にこの世に絶望しきった、呆れと諦観の澱んだ眼差しをしている。
 その双眼を持って、凍える石室の全てアラウンド・ザ・ルームを見渡している。何かを探し求めているのだろう。
 人も、妖怪も、何かを追い求める姿というのは中々滑稽で笑わせてくれる。
 が、刹那。彼女の視覚は私にフォーカスを当てた。

「何よ」
「ふっふっふっふ……………………………………。
ごきげんよう、虹の者よ。誰か知った顔に見えるらしいわね。……だが。私は輪廻転生を遂げた。
この世界を憂いることにより、私の潜在能力が覚醒したのよ!」

 虹の者は、現世に降り立った神を見ているようだった。決して、羨望や尊敬という意味ではない。
 懐疑。好奇。戸惑い。そして……。世界の共有性、すなわち共感。こうした属性を可愛らしくも、こ憎たらしい顔に浮かべている。

「……名乗るがよい」
「思い知れ。私の名は、§ミリアス§だ。ランドルスよ。私は貴女を、浄化する運命を背負っているのだ」
「ふん。勝手にするがいい。だが、『できるものなら』の話だがね。ククク……」
「気づいてないとは笑止千万。私との出会いは、それと同時に、浄化を約束され……」

 そこまで言霊を口から発射させていたところで、扉の向こうで微かな音が漏れた。
 聞いていやがったな。番狂わせどもめ。
 魔女、異能人、あと、あれはえっと……。お薬ナースが虹の間に流れ込んできた。

「か、完璧……! 完璧じゃない! あなた、中二病の才能、あるわよ!」

 お薬ナースから、心にもない言霊を砲撃される。これだから白の者は嫌なんだよ。

「ちっ……。邪魔が入ったか……」
「構わん。ギャラリーとやらがいるほうが、面白いではないか」

 こうして、私たちの暗黒舞踏会が、始まったのだ…………………………………………………………っ。



 ====================



「……と、いうわけだ。『万物を破壊せしめる能力者』である、私に適うはずがない」
「いいだろう。ならばその力、見せてみるがいい」

 やっべ。反面教師になるどころか、フランったらのりのりになっちゃったじゃない。
 どうしてくれるのよ。これ、どう処理すればいいの?
 パチェも永琳も、咲夜でさえも! おかしくなった私を見て楽しんでるし。
 味方が誰もいないなんて、嫌ですよう。

「ご覧に入れよう。怖気づくでないよ」

 フランはきょろきょろと部屋を見渡して、落ちていた手頃な空き缶を拾う。

Cute Shit End Canキュッとしてドカーン!」

 詠唱と同時に握力でもって、文字通りきゅっとして握りつぶす。
 潰すというのは妖怪にとってはあまりに簡単である。が、一捻りで粉末状になっているのがミソである。
 フラン、能力なんてなくっても、単純な力は私を凌いじゃうしなあ。

「私の手に、対象物の目を握らせれば、壊せぬものなどないのだよ」
「…………ほう。少しはやるようだ。だが、その程度は戯れにすぎない」
「………………えらく自信があるな。お前もどうやら、『能力者』であるかのような口ぶりじゃないか」

 待った。フランが、つついてはいけない藪をつつき出した。
 紅魔館の、もう一つのシークレットに踏み込む気だ。
 いや、待て。この場に部外者さえいなければ、どうということはない。……はずなのに。

「うん?」

 そこには笑顔で首をかしげる永琳の姿が! くそう。あんたさえいなければ、いくらでも誤魔化せるのに!
 いやいや、なんとかなる。今までだって、騙し騙しでうまくやっていたじゃないか。
 咲夜を横目で素早く捉える。すかさず、会釈が返ってくる。

「い、いいだろう。『運命を弄ぶ能力者』の力、目に焼き付けるがいい」

 実は。運命操作能力なんて、持っていない。つーか、できれば苦労しないし。
 だって、吸血鬼ってだけで反則級に強いのですよ。それ自体が能力みたいなもんなんですよ。
 吸血鬼に特殊能力なんてあったら、鬼に金棒どころか、霊夢にテポドン。バランス崩壊なんですよ。
 でもね。この世界の住人達はみんな、何らかの特徴的な能力を持ってるって聞いたから。
 幻想郷に打ち解けるためには、それ相当にすごそうな能力をアピールしなくちゃいけないと思ったのよ。
 私、これでも紅魔館の主よ。主がなめられちゃ、いけないんだから。
 で、凄そうなのにいくらでもこじつけられそうな、運命の能力ということに。なんでも後から運命と言っておけば、大丈夫だからね!

「でるわよ。レミィの奥義が……!」
「見るがいい……。これが運命を操る者の力だあああああ!」

 咲夜から手渡された小道具たちを、全力で床に叩きつけた!

「はああああああああ! 見える! 見えるぞ! こいつらの運命が!」

 それらはぐるぐると回り、飛び跳ね、未だ運命の渦の中に漂っている。
 こいつらに未来の道を与えるのが、私の能力! ということにしている。

「こいつらの運命は、全部1よ! 私が、全部1にしてみせる!」

 転がり回るサイコロ達に手のひらをかざし、運命パワーを送り込む! ふりをする。
 歯をくいしばり、脂汗を垂れ流す。迫真の演技力さえあれば、それっぽく見えるってもんよ。
 ほら見なさい。若干、不自然なバウンドがあったけど、サイコロの出目は全部……。

「これが、私の力だ。私の目の前に起きる事象は全て、運命操作によって飜弄されるだけなのだよ…………」
「わあほんとだ全部1だー。っていやいや、それって咲夜でもできるじゃん」
「おいこら、なんでそこで素に戻ってケチつけんのよ!」

 実際、咲夜の力を借りてるけど!
 そう。私の力は咲夜やパチェの力を利用してごまかしているのだ。
 咲夜は手品や、人間拉致担当。パチェの方は、物質の生成担当。正直、この二人がいれば、どんなことでも起こせるもん。
 ……多分、全部フランにはバレてる。客の目があるのを利用して、私を困らせようにしているに違いないんだわ!
 こうなったら、自分の力だけでなんとかしてみせる! こんな時のために、あみ出した必殺技があるのよ。

「まあいい。素人目にも分かりやすい能力を行使してやろう。『運命の視覚化』だ」

 私の左手小指から、紅い霧を発生させる。紅い霧なら、どうとでも操れる。
 とりあえず、咲夜の方に寄せてやって……。と、思ったけどパチェが物凄い形相で睨んでいたので、パチェの方に泳がせることにした。
 細く紅い霧は、無事、パチェの小指に結ばれるのでした。

「ふふふふ。大成功。これが俗にいう、運命の紅い糸よ。パチェと私に結ばれた糸を、視覚化できるようにしたわ。どう?」
「しょぼっ」
「しょぼくないわよ! この為に三週間ぐらいコントロール鍛える特訓してたのよ? 運命の紅い糸が見えるのよ? すごいことじゃない!」
「私は嬉しいわ。こうしてレミィと結ばれていることが実感できるなんて……」
「いや、でもさ。運命操ってないし……。見えるだけで操ってないし」

 く、くそう! またしても鋭いところ突かれてしまった! 確かに、運命って能力の割にスケール小さいし。
 ……スケール。そうだ。スケールの大きさで圧倒してやれば、私の能力も認められるはず!
 パチェに目配せ。ばっちりオーケーのサインが返される。
 残るは、これしかない!

「…………そこまで言われちゃしょうがないねえ。こればっかりは使いたくなかったんだが……」
「……まだ、何かあるというのか?」
「そうだ。私の運命操作によって、この幻想郷に訪れる危機を救ってみせるのだ」

 スケールはできるだけ大きく。もう、しょぼいなんて言わせる気はさらさらないんだから。

「明日の夜、幻想郷に超巨大隕石が降ってくるだろう。私は隕石の運命を操り、軌道をねじ曲げ、この地を救ってみせる!」



 ====================



 私の能力については、なんとかごまかすことに成功。
 フランについては、永琳がまたどうにかしてくれるということで、今日はお開きとなった。
 そんな、一段落ついた後のちょっぴり静かな夜の紅魔館。それよりさらに静寂が染み付いた地下図書館で、パチェと二人きり。
 もちろん、隕石についての話をするためである。
 机の向かいに座っているパチェに向かって身を乗り出して、小声で話しかける。

「どう、うまくできそう?」
「もちろんよ。ばっちり。明日、直径10km程度の小惑星がやってくる予定よ。恐竜が絶滅したのと同等の規模のもの」
「す、すごいわパチェ! それだけのものが落とせるなんて!」
「レミィのためなら、お安いご用よ」

 困ったときのパチェである。肝心な時に役に立ってくれて、レミィ、とっても嬉しい!
 あなたに会えて本当に、良かったー。

「これでみんな、私に感謝するどころか崇拝するに違いないわ」
「ええ、もちろん。成功すると信じてるわ。レミィ」
「そうね。私だってパチェを信じているから。きっとうまくいくに違いないわ」

 どこかひっかかるような。まあ、いいか。パチェがいつにもまして輝く純粋な瞳で私を見てくれているんだ。小さいことを気にしなくていい。
 と、音もなく机に紅茶が現れる。咲夜は一礼した後、邪魔にならぬように速やかに去っていった。
 とりあえず、一口。

「あとは、隕石を動かせばいいだけよね」
「もちろんよ。できなかったら大変なことになるじゃない」
「そ、そうよね。幻想郷、滅びちゃうわよね。当たり前よね」

 紅茶、もう一口。パチェもつられて、一口。会話にどこか、変な間を感じてしまう。

「隕石、動かすのよね」
「もちろん」
「ちゃんと、動かせるのよね? 間違いとか、ないわよね?」
「うん? そんなに不安にならなくていいんじゃない? 私は成功すると信じてるんだから」

 頭にもやがかかって、どうもすっきりしない。紅茶を、もう一杯と行きたいところであるが、もう無くなってしまった。
 パチェの方は、いくらか余っている。彼女は目をつぶりながら、ゆっくりと紅茶を嗜んだ。
 私には運命操作能力なんてないけれど。それでも、なんだか嫌な予感がする。

「パチェ、さあ」
「あいよー?」
「成功すると信じてるって。一体、誰を信じているんだい?」
「あら。それはもちろん、他ならぬレミィよ。あなたのこと、信じてるから」

 パチェもどうやら、会話がおかしくなっていることに気がついたようだ。パチェのカップも、空になる。
 咲夜が、おかわりを二人に注いでくれる。私はそれを、一口で飲み干した。

「ねえ、パチェ……。聞いても、いい?」
「え、ええ」
「誰が、隕石を動かすの?」

 パチェが眉をひそめて、どこか自信なさげに答える。

「レミィ、じゃないの……?」

 瞬間、私の背中にチルノを突っ込まれたかのように、寒気という寒気が一挙に襲いかかってきた!
 致命的。あまりに致命的な認識の齟齬が、私とパチェの間にあった!
 頭の中はもう真っ白。震える唇をなんとか動かして、私はパチェに問う。

「な、なんで……?」
「え? えっと……? その……。私はレミィが言ったように、運命を操って隕石を操作するものかと」

 あ、あれれれれ。こんなの絶対おかしいよ! なんでパチェが私の能力、信じてるのさ!
 嘘だ。嘘に決まっている!
 
「そんなわけ、ないじゃない!」
「え、あ、あれ? どこか、おかしかった……?」
「だ、だって! パチェが私の能力、本物って思ってるわけ、ないじゃない!」

 つーか、理屈から考えてもおかしい!
 だって、パチェだって今まで、私の能力の捏造に協力していたんだもの!
 今回だって、隕石だって降らせてるのに!
 わけがわからないよ。

「私は、信じてる。運命を変える力が、レミィにはあるって、信じてるから……」
「いや、ちょっと待って。信じるもなにも、あんた自身が捏造に手伝ってたでしょうが!」
「捏造? 私は、あくまでレミィにできないことを手伝っていただけよ?」
「うにゃ? ど、どういう……」
「運命を操る能力と言ってもね。元から存在しないものの運命を操って、引き寄せ合うなんてことはできないじゃない」
「た、確かにそうだけど……。あ、いや、そんな能力、ないけどね?」

 パチェに頼んでいたのは、確かに「私と宝石の運命を操って、目の前に出してくれ」とか、「温泉との運命がほしい」とかいう、謎な注文だ。
 こういうタイプは、咲夜にも調達が難しいからパチェにお願いしていたんだけど。

「でも、ほら、今まで人間の運命を操ってたりしたじゃない。あんなの、魔法では考えられないことよ。それで、レミィすごいなあって今まで思ってて……」
「う、うわああああ! それ、咲夜だ! 咲夜で勘違いしてたのかああああ!」
「あ、なるほど」

 ようやく事態を飲み込んだらしく、パチェは手をぽんと叩いた。そんな場合じゃないってのに!
 やってしまった。完全にやってしまった。私の説明不足だった! 
 というか、パチェも変な解釈しすぎ!
 肝心なところで誤解していて、レミィ、とっても悲しい!

「え、じゃあレミィって全然、嘘っぱちで、能力なんて……」
「無いに決まってんじゃないの! どうして今まで気がつかなかったのよおおお!」
「だ、だって、その。信じてた、から……」

 何故か顔を赤らめて、恥ずかしそうに言うパチェであった。いや、今はそういうの、いらないから!
 そんなことより!
 起こってしまったことは仕方ない。なんとかするしかないんだ!

「パチェ! 隕石、なんとかならないの? キャンセルするとか、クーリングオフするとか!」
「も、もう発動しちゃってたし……」
「じゃあ、じゃあ、パチェの魔法で軌道を変えるってことは?」
「メテオはあくまで、降らせるまでの魔法よ。軌道を変えるなんて、聞いたことがない」
「絶望したああああああ!」

 頭を抱え、床にへたりこんでしまう。
 お、終わった……。私とパチェのせいで、幻想郷が終わってしまう……。

「諦めるのはまだ早いわよ、レミィ!」

 パチェが、拳を握り締めながらすっくと立ち上がった。
 いつものパチェとは思えない。熱い気持ちは血の気となって、顔も手も紅潮していたのだ。

「なんとかして、隕石を砕けばいいのよ。大丈夫。私も、全力で手伝うから!」
「パ、パチェ……」
「私はね。今もあなたを信じているんだから。幻想郷滅亡の運命を変えられるのは、レミィなんだって」

 そうだ。運命を操る能力なんか無くっても、いくらでも運命なんて変えられる!
 起こってしまったことは仕方ない。ならば、全力を尽くすだけじゃないか。
 希望を胸に立ち上がる。すると、私の手を強く、強く握る者がいた。

「お嬢様。私にできることがあるなら、なんなりとお申し付けください」
「さ、咲夜……!」
「パチュリー様。魔力の補充ならおまかせください」
「こ、小悪魔……!」
「咲夜に呼ばれてきたんだけど……。用がないなら帰るぞ」
「フラン……」
「何だか分からないけど、私たちもがんばります!」
「メイド妖精のみんな……!」
「おいおい、紅魔館最強の雑魚の存在を忘れられちゃあ困るなあ」
「本! 本じゃないか!」


 紅魔館の力が、結集していく。みんなの心が、一つになっていく!
 こうなったらしょうがない。一か八か、全力でぶち当たるだけじゃない!
 お嬢様コールがいつの間にやら湧き上がり、涙腺がじんわりとゆるんでしまう。

「うおおお、みんな、ありがとう! みんなで、幻想郷滅亡の運命を、塗り替えてやりましょう! 攻撃目標は隕石だ!」



 ====================



 あの場に居合わせなかった、美鈴が一番役に立ってるって、どういうことなの……?
 紅魔館の中庭。夜空の遙か上空から、真っ赤な影が揺れているのが分かる。大気とぶつかる、低い低い衝撃音がかすかに聞こえる。
 とりあえず、全員で弾幕を掃射してみたものの、全然届かないのだ。距離が遠すぎて、そのうち弾が落ちてしまう。
 唯一届いた弾が、美鈴の星脈地転弾である。彼女の巨大な気のエネルギーは、衰えることなく隕石に直撃したのである!

「今宵、私は幻想郷の門番になります。平和を脅かす輩を排除し、皆を守ってみせる!」
「唐突に現れて、おいしいところをかっさらう気なのね、あんた……」

 でも、星脈地転弾を以てしても、隕石は微動だにしていない。5コスなのに3000台のダメージじゃ、しょうがないか……。
 ああ、滅びる……。私のせいで幻想郷が滅びてしまうのね……。
 真っ赤に燃える隕石は、じわりじわりとその姿を大きくさせる。腹に響く衝撃波も、だんだん大きくなっている。
 パチェも咲夜も小悪魔もメイド妖精達も本も、疲れきった様子で、天を仰いでいる。
 あの生意気なフランでさえ、世界崩壊の時を間近に、呆然と隕石を眺めている。
 どんなものでも、破壊できれば、良かったのに。
 フランの姿を見ると、心がもやもやとしてしまう。
 仮に、このまま世界が滅びたとして。一番心残りなのが、フランのことだ。もっと、楽しそうにする彼女の姿が見たかった。
 そんなことを考えると、ここで滅亡なんて結末は迎えたくなくて。

「どう、すればいいのよ……」

 あちらこちらから聞こえる、ため息とすすり泣きの音が夜空に溶けていく。
 が、そいつらをかき消さんとばかりに、美鈴が威勢よく声をあげる。こいつ、朝からずっとやってるのに、未だに隕石と張り合ってる。すげえな。

「みんな、諦めちゃだめです! 私はまだまだ元気ですよー!」
「美鈴。もういい、休め……!」

 そんな美鈴の姿を、皆はぼーっと見つめる。が、動けない。否、動かない。
 それは、隕石の前ではあまりにも無力であることに気がついているからである。
 絶望的なムードただよう隕石撃墜隊に、咲夜の声がむなしく響く。

「お嬢様が出ていって、隕石をやっつけてくれればいいんですけど……」
「できるんだったら、そうしたいわよ……。一体、どこまで飛べって……」
「いや、ちょっと待って。ひょっとすると……!」

 何かにふっと取り憑かれたかのように飛び上がり、私に駆け寄る者がある。
 パチェだ! パチュリー・ノーレッジだ!

「隕石を撃墜する方法、あるわよ!」
「ほ、本当か!?」
「ええ。……ちょっと危険だけど、それでもいい?」
「いいから、はやく説明して!」

 パチェの声に、一同がどよめきを上げる。私をそれを鎮め、パチェに説明を促した。

「私の作戦の鍵となるのは……。美鈴、あなたよ!」
「わ、私ですか!?」

 うおおおおい!? 今まで全然出てきてなかった美鈴が、結局キーパーソンになるなんて!
 いやいや、今は非常事態。紅魔館の主だから活躍の場がほしい、なんて言ってられない!

「大鵬墜撃拳を使えば、うまくいく!」
「え……。しかし、それをどう使えば……?」

 大鵬墜撃拳。破壊力のある拳法を続けざまに浴びせ、最終的に相手を大きく吹き飛ばす大技である。
 威力だけを見れば、美鈴最強の技……。いや、紅魔館メンバー最強の技と言ってもいいだろう。
 しかし、隙の大きさとリーチの短さが弱点。このせいで、普段はなかなかお目にかかれない技でもある。
 というか、スペルカードなのに飛び道具ですらないし。
 どう考えても隕石にヒットさせるのは不可能。美鈴が不思議に思うのも分かる。

「簡単なこと。では、端的に作戦の全容を伝えましょう。咲夜の言葉に、着想のヒントを得たんだけどね」

 どこからともなく、生唾を飲む音が聞こえた。
 運命を変えるかもしれない、その作戦が明かされる。
 パチェを見る皆の目に、晴れ間が生まれたかのような輝きが戻り始めている。
 パチェに全てが、かかっている!

「大鵬墜撃拳をレミィに当てて、隕石に向かってぶっ飛ばすのよ!」
「死んでしまうわあああああ!」
「名づけて、レミィ墜撃作戦よ!」
「墜撃しちゃ駄目でしょ!? まじで言ってんの!? このおジャ魔女パチュリー!」

 しかも、皆は皆で、「それならいける!」というムードになってしまったし!
 期待するな、期待するな! そんなにキラキラした目で私を見ないで!
 つーか、そもそも私が行く必要なんてないじゃん! 他の誰でもいいじゃん!

「お嬢様! 絶対に帰ってくると信じています!」
「さすがはお嬢様。紅魔館の主! 危険な作戦にも動じない!」
「お嬢様は私たちのために、犠牲になってくれるのね……」

 メイド妖精どもめ! 乗せないで! そういう流れにしないで!
 しかも最後のやつ、私が死ぬの前提だし!
 鎮めるに鎮められないで、身動きがとれない。そんな私の背中を、パチェがぽんと押す。

「幻想郷の運命を変えられるのは、あなた。私はずっと、そう信じてきていたから」

 やめてよ。だから、そういう言葉に弱いんだってば。
 ……でも、運命を変えるって、やっぱりいいなと思ってしまう。
 失敗したら、きっと滅亡。成功すれば、私は幻想郷の救世主だ。運命を変えた吸血鬼として、今よりも、もっと名声とカリスマを手にすることができるだろう。
 それに……。私の従者達の期待を、裏切るなんてこと、できないから。

「お嬢様……。お帰りの紅茶はホットとアイス、どちらがよろしいでしょうか?」
「そうね……。ホットで頼むわ」
「では、飛びっきりのものを用意しておきますわ」

 表情には決して出さない咲夜の信頼も、傷つけたくなかった。
 だから私は、決意する。

「いいわ。吸血鬼の辞書に敗北の文字無し! 隕石まで行ってくるわ!」

 歓声を背に受けて、美鈴という名の発射台に向かう。
 が、どうしたことだろう。沼地に沈んだかのように、足が鈍る。頭も重い。
 とうとう、私の足はぴたりと止まってしまう。
 あんなにも、その気になっていたのに。フランを思うだけで、動けなくなってしまうなんて。
 美鈴の後ろの後ろのほうに、私に背を向けるフランの姿が見える。
 素直じゃないフランのまま、世界が終わるのが嫌だ。
 素直じゃないフランのまま、この世界を続けるのも、嫌だった。

「フラン! フラン!」

 嘘のように軽くなった足で地を蹴って、美鈴の横を過ぎる。
 フランの正面に立って、向かい合う。

「なによ、いきなり」
「お願い。お願いだから、聞いてちょうだい……」

 そっぽを向こうとするフランを、止める。
 こんなもやもやした気持ちで、出発なんてできるものか。

「約束、して!」
「……契約コントラクト?」
「ええ。この際、なんだって構わない」

 気がつけば、メイド達の視線は私たちに注がれていた。
 ため息一つついて、フランはこちらに目を合わせた。
 きっと、続けろ、の意味である。

「もし。私が生きて帰って来たら。これからずっと、みんなと一緒にご飯を食べること!」
「はあ? なによ、それ……」
「それから、パーティーにも私と一緒に出るように! あと、パチェにも優しくしてあげて、もうちょっと笑ってほしくて、それから……」

 フランに伝えたいこと、一杯あったはずなのに。肝心なときには、すっぽりと忘れてしまう。
 でも、一番言いたかったことだけは、すんなりと口にすることが、できる。

「とにかく! 変な背伸びなんかしないで、みんなともっと仲良くすること! いいわね!?」

 息切れをしていることに気がついた。つい、興奮してしまったようだ。
 フランはといえば、唇を噛んで、うつむいてしまった。口を何やら、動かすのが見えた。
 小声で、「分かってない」と言われた気がする。

「嫌だって言ったら、どうするつもり?」
「……隕石が落ちるのを見届けてあげるわ」

 どよめきの声。当たり前だ。最悪の場合、幻想郷を見殺しにすると言っているのだから。
 無茶苦茶な言葉に、フランも驚きを隠せない。

「あのねえ、気でも狂ってるじゃないの!? 私一人と幻想郷、天秤で釣り合うわけないでしょう!」
「釣り合うわよ! フランが冷たいこんな世界、もう滅びたって構わないもの!」

 フランの小さな口が、ぽかんと開けられる。すぐさま、首をぶんぶんと振って、我に返る。
 一口一口言葉を飲み込んだ後、フランはか細い声をひねり出す。

「……どうしようもない馬鹿姉だよ、ほんと」

 やれやれ、とフランはわざとらしく腕を広げて見せる。
 けれど、どこか柔らかい顔をしていて、笑っているようにも見えた。

「早く行きなさいよ。もたもたしてると大変なことになるわよ?」
「約束、してくれるのね?」
「分かってるから。早く行けって言ってるじゃない!」

 最後の最後まで反抗しているのか、それとも照れ隠しなのか。フランにあっちいけシッシされる。
 でも、どうにか話を分かってくれて、良かった。思い残すことは、もう何も無い。

「お嬢様、用意はよろしいですか?」
「ええ。全力で頼むわよ」

 美鈴の前に立ち、スタンバイ。
 固唾を飲んで見守る、メイドの皆。咲夜もパチェも、じっと私を見守ってくれている。
 私には、帰る場所があるんだ。フランだって、帰ってきたらきっといい子になってくれるんだ。
 だから、必ず生きて帰る!

「それでは……。行きます!」

 腹部に鈍痛! 続いて、全身に衝撃!
 なんのこれしき。隕石と衝突するときは、こんなものではないはずだ。
 笑顔を作ると、美鈴も笑顔を返してくれる。
 さあ、発射1秒前!

「えっ……?」

 誰の言葉なのか、私の言葉なのか。この直後、私の頭に軽い感触がした。
 何かが、頭に乗っている? と思った瞬間。

「行ってらっしゃいませー!」

 鋭く突きあげられる拳とともに、上空へぶっ飛ばされるのであった!



 ====================



「フラン!? どうしてあなたも一緒に!?」
「全く。約束だとかぬかして、自分の言いたいことばっかり言って。そんでもって勝手に死のうとするんだから、この馬鹿姉は」

 煌々と赤黒く燃える隕石が、不気味に近づいてくる。そいつに立ち向かうのは、私だけではなかった。
 フランが、私のすぐ隣を飛んでいたのだ! ど、どうして!?
 フランの方から私に近づくことなんてこと、ずっとずっと無かったことで。頭の中が、こんがらがる。

「……何で、あんな約束したのよ」
「嫌で仕方なかったのよ! フランがこのまま、無理して背伸びするのを見るのは! 見てる方まで痛々しくなっちゃうじゃない」

 正直な気持ちを、吐露する。中二病とは、子どもっぽいものを忌避することで大人になろうとする、一種の背伸びである。
 そんなフランを見るのが嫌で、あの約束をしたのだけれど。フランには伝わらなかったのだろうか。その表情は硬く、険しい。
 フランの目が、私に照準を合わせる。

「どうして気がつかないの? 背伸びをしているのはあんたの方なのに!」

 心臓が跳ねる。どこか、心の奥底を見透かされているような気がした。
 背伸びなんかしてるつもりなんか、無い。なのに、どきりとしてしまった。

「最近は、いつもそうだもん。吸血鬼のプライドがどうのとか言って世間体気にするし。紅魔館の主としてカリスマがうんぬんとか! 汚らしい大人みたいなことばっかり言ってる!」

 私は、何も言葉を返せなくなっていた。
 フランの言葉が、段々と真実みを帯びてきたからだ。心当たりが、でてきたからだ。

「今日だって、そう! あんたが飛んで行かなくてもいいのに、期待に応えたいだの言っちゃって。嫌そうにしてたのに、無理しちゃって!」

 フランなりに、心配してくれていたのだろうか。それも、少しはあるかもしれない。
 だけど、フランは私を責めるような、そしてどこか心細さの混じった、乾いた声をしている。
 フランは私を見据えながら、二拍、三拍と息を吸う。
 溜まりに溜まった気持ちを押し出すように、のどを絞っている。

「そうやって背伸びなんかし続けるから、あんたは姉じゃなくなった! 保護者ぶるようになった!」
「な……!」

 いつからだろう。確かに、私はフランを妹としてでなく、我が子であるかのように思っていた。
 素直な子になってほしい、みんなと仲良くしてほしい、世間から疎外されないでほしい……。
 当たり前の願いである。でも、これこそがフランが窮屈に感じているものなのかもしれない。

「あんたがどんどん背伸びするから、私はもっともっと無理して背伸びしなくちゃいけなかったんだよ!?」
「無理なんかしなくても、私が許すわ」
「私が嫌なの! 咲夜も美鈴もパチュリーも大人びてて。私には、気楽に話せるのはあんただけなの! なのに、どんどん離れていって……!」

 フランは、大人と子どもの狭間にあった。メイド妖精は、フランにとって幼すぎる。ほかの皆は、精神的に大人すぎる。
 フランにとって、対等に話せる相手は、私だけだったのだ!
 主人として長く過ごしすぎていた私は、フランと同じ目線で話すことを、忘れていたのかもしれない。

「私なりに追いつこうとがんばってるのに、どうして『背伸びすんな』よ。誰のせいだと思ってるの」
「……どうやら、寂しい思いをさせてしまったようね。その……。ごめんなさい」

 私が謝るなんてこと、あっただろうか。自分の口から出る言葉とは思えなくて、フランはおろか、私もびっくりしてしまう。
 どうやら滑稽だったのだろう、フランの唇が穏やかに緩む。
 フランの優しくて柔らかい、本当の顔がちらと見えて、私の頬までとろけてしまう。

「なんで、笑ってるの。おっかしい」
「そりゃ、嬉しいにきまってるじゃないの。フランの口から、やっと本当の気持ちを聞けたんだもの。ずっと心配していたんだから!」
「それが駄目だって言ってんのに……。心配なんか、しなくていいの」

 そんな事を言いながらも、ちょっと照れているなんてこと、お姉ちゃんにはお見通しだぞ。
 フランの言葉にも、段々とトゲが無くなって、暖かみを増していた。
 不気味でしかなかった隕石も、近づくほどに黄金の輝きを見せていて、惚れ惚れとしてしまう。
 ああ、なんて幸せ。なんて平和……なわけないでしょ!? そう、隕石! なんとかしないと、結局バッドエンド直行!

「……このままだと、死ぬわね。分かるのよ。私、これでも破壊には詳しいから」
「このままじゃ、隕石、壊せないっていうの!?」
「まあね。美鈴の力だけで壊せるなんて、思う?」

 嘘言わないでよ。これでも、マッハ超える速度で隕石に向かってるんだから。
 これで駄目だってことは、私たちの方が木っ端微塵になってしまうじゃない!

「助かる方法はただひとつ。私のお願いを、聞くだけでいいわ。さっきの約束は、あんたばっかり話しててアンフェアよ」
「……ええ、なんなりと言いなさい」

 恐喝になっている気がするけど、よく考えたら自分の時もおんなじだ。
 フランはうつむいて、頭を掻き掻き。照れくさそうにしながら、私と約束を、交わす。

「その……。もっと、私の近くにいてよ」

 小悪魔な妹の顔が、みるみる赤くなっていく。
 燃え盛る隕石が接近しているからなのか、はたまた、恥ずかしさからなのか。

「あんた、意地張ってなんでも抱えちゃうんだから。私だっているんだから、その辺、ちゃんと考えてよね。置いてけぼりに、しないでよ」
「……ええ」
「だから、その。私が生きて帰ってきたら、ちょっとだけ子どもに戻ること! 頼りなくても、他人まかせでも、そっちの方が、私に近いんだから……」

 少しだけ、大人の階段を昇りすぎていたのかもしれない。
 駆け足でも昇っても私に追いつけないのなら、私の方から歩み寄ってあげよう。

「二人で一人前の方が、ちょうどいいんだって」

 さあ、おいでと言わんばかりに、フランが握手を求めてきた。
 不思議と、私よりもはるかに大人に見えてしまう。フランから手を伸ばすことなんて、無かったからかしら。
 大好きな妹の頼みだ。断ることなんて、できるものか!
 その小さな手を、小さな手でがっしりと握りしめる。

「さあ、お姉様! 私を投げて!」
「……はい?」
「私を投げて、隕石にぶつけろって言ってんの!」

 いやいやいや、できるわけないでしょうが! 確かに、「生きて帰ってきた」なんて不穏な言葉しゃべっていたけれど!
 大好きな妹に、怪我でもさせたらどうするの!

「何を言ってるの、フラン! そんな危険なこと……」
「もう。手始めに、ここは私にまかせてよ。そんなんだから、いつまで経っても意地っ張りに背伸びする癖が抜けないのよ」
「むむむぅ……。そ、そうかもしれないけれど……」
「安心して。私はお姉様よりもずっと頑丈なんだから。なんてったって、ありとあらゆる物を破壊しちゃうのよ」

 フランの目は、すでに隕石を捉えている。いつでもいいと言わんばかりに、羽を広げている。
 参った。降参だ。こうなったら、仕方ない。
 たまには、私がフランの力に頼っても、いいじゃないか。フランを信じて、羽ばたかせるのもいいじゃないか。

「了解よ、フラン。あんな隕石、ずたずたにしてやろうじゃない! そういう、運命にしてあげる!」
「頼むわよ。全力で投げないと、承知しないんだから」
「任せなさいって。投げるのは、これでも得意なのよ?」

 もはや、私たちから空は見えない。頭上は全て、隕石に覆われている。奴は熱風を、轟音を、私たちの体に浴びせ続ける!
 でも、そんなの関係ない!
 自慢の妹が、こんなちっぽけな石っころに負けるわけ、ないんだから!

「いくわよ、フラン!」
「ええ。それじゃ、またダイニングルームで会いましょう」

 フランを握る手に、力を込める。テンポの良い脈動の感触がする。
 フランと一体になりながら、体の全てを弓のように、しなりにしならせる。
 足から腰、肩、腕、手首。手首から、指先へ。そして、指先からフランへ!
 全ての力を伝えきって、我が最愛の妹へ解き放つ!

「ぶっ壊せ! スピア・ザ・フランドール!」



 ====================



 隕石爆発しろと言ったら、なんか爆発したんだけど。ね、簡単でしょ? 意外となんとかなるもんだね。
 結構な大事件だったらしくて、帰ってくるなり天狗どもが紅魔館に押しかけたよ。
 せっかくの機会だから、フランにインタビューを受けさせておいた。これで、ちょっとは外との繋がりもできるでしょう。
 そんな、全てが解決したかに思えた、爽やかな朝。フランと私が朝食をとっていると、美鈴がパタパタと走ってきた。

「お嬢様ー! 封筒です、永琳さんからです!」

 そういえば、そんなのもいたな。結局、彼女は何をしにきていたんだっけ?
 疑問に思いながら、封筒を開ける。
 中には、手紙と本が一冊。とりあえず、先に手紙を読む。なんとも完結な文ではないか。

「八意永琳の、中二病直し方講座! 最終回。中二病の特効薬は、これよ!」

 とりあえず、本を見る。と、タイトルに見覚えがある。

「幽々子☆幽々子☆白書じゃない、これ……」
「あ、そういえばそれ、持ってってたね」

 いや、おかしい。幽々子☆幽々子☆白書は、中二病にとって最強の毒物であったはずだ。
 なぜ、これが特効薬になるんだ!? いや、永琳のことだ。何か作戦を打ってきているに違いない! 永琳、天才だから!
 とりあえず、中身を確認。
 すると……。可愛らしい手書きの文章が姿を現した。カバーと中身が、一致していない。

「なに、これ。えっと、私は四重の人格をその身に宿している。フランドール、ランドルス、ルスカ、カレット。フランドールはもっとも温和な魔法少女で……」
「えっちょっま、それやめて! なんで、そんなところに……!」
「‡ルスカ‡。階級は大佐。射撃の腕前は一級品。冷酷で残虐。光が弱点。口癖はひざまずけ、命乞いをしろ……」
「だ、だからやめてってば!」

 間違いない。これ、黒歴史ノートだ。
 永琳、幽々子☆幽々子☆白書を没収するふりして、こっそり最高の薬を手にしていたんだ!
 忘れた頃に黒歴史ノートを身内に読まれる。これこそが、中二病に対する特効薬だったんだ!

「お願い! お願いだから、もうやめてよ! それ、もう捨てていいから!」
「やだ、やめなーい」
「お、お姉様の鬼ー! 最終鬼畜兵器ー!」

 なんだかんだのあったけど、妹とくだらない話でわいわいできる。フランの笑顔がたくさん見られるから、私、満足!

「ランドルストーリー序章 光の聖者と闇の異能力者。嗚呼、こんな地下室は嫌だぜ……」
「もう許して! 許してくださああああい!」

 でも、今日ばっかりはフラン、笑ってられないみたい。耳を押さえてしゃがみ込んで、床に向かって必死にジタバタのたうち回ってばかり。
 ごめんね。お姉ちゃん、読み聞かせるのやめられなくて、ごめんね。
 でも……。

「ごめんね、フラン。何だかぞくぞくしちゃって、読むのやめられない!」
「だ、誰か助けてえええええええ!」

 涙目フランちゃんが可愛いすぎるのが悪いんだもん!
 そんな感じに、紅魔館は以前より一人分、騒がしくなったのでした。
読了ありがとうございました。
みすちーが大好きですが、本気で鳥チリ春巻きが食べたいです。
鶏肉美味しんだもん。仕方ないね。

思春期っていいな。フランちゃんは思春期です。反抗期もなかなかいいな。
書籍文花帖のフランのページで妄想を膨らませたところ、何故かこうなったのでした。
どうしてこうなった。

※誤字訂正いたしました。ご指摘、ありがとうございました。
飛び入り魚
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コメント



0.1400簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
なぜかしら…感動してる事が理不尽に思えるw

笑いと熱血の悪魔合体、堪能させていただきました!
6.90奇声を発する程度の能力削除
何だ………何なんだw
13.100名前が無い程度の能力削除
おい、どうして俺は感動してんだ!?
14.80コチドリ削除
例えば黒歴史ノートを見せられたフランちゃんと同様の状況に陥った時に、
顔を真っ赤にして布団の上を転げまわりつつも心のどこかで、

「確かにアレだけどイイとこだってちょっとはあるじゃん!」
とか、
「この時の俺にはこれが真実(リアル)だったんだよ!」

などと考えるような作家さんの書かれた物語が、私は好きなのかもしれない。

翻って本作品。流れ的に中二病を一歩退いた視点で作者様が描写されるのは無理からぬ事だと理解はできるのです。
できるのですけど、その視点が他のギャグパートや、本来なら手に汗握る隕石迎撃シーンにも波及しているような
気がして、心底物語にのめり込めなかったっていうのも正直なところ。
ただ単に作品を拝読した時の私の精神状態がヒネクレモードになっていただけかもしれないのですが。

ストーリー自体は山あり谷ありで飽きがきませんでした。
レミ様とフランちゃんが背伸び云々で会話を遣り取りするシーンは素直に好きです。
15.100名前が無い程度の能力削除
>「本! 本じゃないか!」
でめちゃくちゃ笑いました。
凄い好きです。
フランドールとレミリアの関係が好き。
レミリアとパチュリーの関係が好き。
メイド妖精のキャラが好き。
紅魔館の全体がとても素敵でした。
もちろん永琳も。
次も楽しみにしております。
21.100SUZU削除
一通り笑った後、作者名見てびっくりした
22.100名前が無い程度の能力削除
運命(ベートーベン)
に吹いてしまいましたww

レミリアとフランの厨二病パートがツボで、随所にあるマドカまぎかのタイトルもくすりときました。

あとはもう、フランがとっても可愛らしかったです。虐めたいですね!


最後の展開も熱くて私的には大好きでした
30.80名前が無い程度の能力削除
この空気、懐かしさすら感じるぜ
33.100名前が無い程度の能力削除
最初に登場した変人が永琳だと思わなかったWW
ストーリーをいいはなしで締めるのが上手だなあ。
37.100名前が無い程度の能力削除
面白かった!