私のカゴメカゴメを魔理沙がミルキーウェイで突き破って、目の前に手をかざす。
「私の勝ちだぜ」
掌から出てきた小さいコンペイ糖のような弾幕をおでこにもらい、デコピンされたみたいに首がかくんとなったところで勝負は終わった。
私は大袈裟に地面へ落ち、両手を広げ、魔理沙の箒からでる魔法を見上げた。
ふむ。
「ねぇ、お外出たい!」
「お姉様に聞いてみろよ。絶対だめって言われるだろうけどな」
「でしょー、だから魔理沙に言ってるんだって」
魔理沙は箒から飛び降りる形でベッドに着地し、そのまま腰をかけた。
「お願いだから問題だけは起こさないでくれ。お前ん家の奴らに目つけられたら、一年生き抜く自信が無い」
やれやれといった風に肩を竦めながら、ベッド脇に置いてあった本を手に取る魔理沙。
「ガリレオの天文対話に星座の図鑑、それと星の王子様か。なるほどね、星が見たいわけだ。本に感化されるのは悪くないことだけどな」
本を枕の上に置くと、魔理沙は小さい円卓を魔法で自分の前によせ、ベッド下からチェス道具一式を取り出し、並べ始める。
私もチェスは大好きなので、自分用の椅子を、ベッドに座る魔理沙の反対まで持ってきて座り、並べるのを手伝う。
「お前さんは外に出たい。しかもレミリア全開の時間、夜に」
「そうなるね」
「可愛いすぎる妹を家出娘に預けると思うか? しかも夜」
「夜は別に関係ないでしょ。むしろ私にとっても夜の方が安全だわ。人間は危ないんでしょ。なんなら守ってあげようか?」
「心配ご無用だぜ」
今日の弾幕勝負に勝った魔理沙が白を選択したので、私が黒で先攻。
この黒と白どちらを取るかのルールは、私と魔理沙のルールだけど、魔理沙はいつも白、私は黒を選択するからあまり意味が無い。
チェスの黒と白はそれぞれ意識することが微妙に違う。
黒はゲームメイクをし、白はその作られたゲームに乗りながら、そのゲームの綻びを見つけると言った感じだ。
黒はチェスを沢山知ってる必要があるし、白はどうしたらいいかの状況判断力が必要になってくる。
どちらが得意かという話になるのだ。魔理沙は白が抜群に上手い。
私がポーンを動かすことで、ゲームはスタートした。
「星を見て何がしたい、図鑑の方がよっぽど綺麗だぞ」
「わかってないね、本物がいいの」
私の進めるコマに従って、魔理沙もコマを動かす。
「テラスや庭から十分見えるじゃないか」
「論外。視界の半分を紅汚い館が占拠してるんだよ?」
序盤は私も奇抜な手を打たず、定石道理のゲームメイクをしていく。もちろん魔理沙も、何度も見たような展開を、一緒になぞってついてくる。
「前々から言ってる通り、私はお前が外にでて、色々なものを見るのには大賛成だ」
「でしょう、私もそう思う!」
コマ同士がぶつかり合う。ポーンとポーンが盤の真ん中で互いに押し合い、ポーンの壁、ファランクスに隠れた将校達が、敵の首を狩るタイミングを見計らっている。
さて、ここからだ。
戦いの合図として、私のポーンが敵のポーンを跳ねた。
もちろん単身飛び込んだ勇敢なポーンはすぐに殺されてしまう。
「でもレミリアは絶対許さない」
「そこで私は魔理沙に相談した」
ここぞとばかりに、機動力の高いナイトが戦場を駆け抜ける。
しかし魔理沙のファランクスは動じることなく、また王を守る強固な壁を再構築させた。
「魔理沙はそういうの得意でしょう?」
「どういうのだよ」
「家出少女だし」
軍の右翼を押し上げる。ルークやナイトを中心とした、サイドアタックだ。
敵のキングは反対側に寄っていて、将校達もそちらに気持ち集中しており、右を突けば簡単に突破できそう。
しばらくゲームが進むと、互いの兵士は取ったり取られたりを繰り返し、どちらの国も随分と寂しくなった。
基本的には一人一殺。しかしその中には釣り合わない一人一殺がいくつか存在して、それがじわじわと差になってくる。
もう互いに全てをカバーするのは厳しい状況だ。守りに徹していたクイーンが暴れだし、本格的に王の首を狙いに行く最終局面。
私の方が若干有利だけど、油断は決して出来ない。
「なぁ、お前、天文対話は最後まで読んだか?」
「読んだよ」
「天動説と地動説、ガリレオは最後まで結論つけなかった。恐らく当時の宗教と科学の対立を避けた結果だろう」
「そうだね。そこで下手に自分の考えを主張すれば、数に勝る天動説派に圧倒されて、ガリレオを支持していた人まで弾圧を受けちゃう」
「そうなると一生地動説が有力になることは有り得なかっただろうしな」
魔理沙は勝負を諦めたのか、なんとか引き分けに持ち込もうとしているのが分かる。チェスには引き分けになるルールがいくつも存在するのだ。
「天動説と地動説、あくまで決着をつけずに終わらせた天文対話。今はもはや天動説を唄う人はいなくなったわけだが、お前はどう見る、フランドール」
「私は……チェック」
ついに魔理沙のキングを追い詰めた。引き分けになってうやむやにされないよう気をつけながら、慎重に王を追い詰めていく。
「私はどっちがどう、なんて語れないかな。本物を見たことがないからね」
「見ればかわることか? ものごころ付いたときから三千以上の星空を見てきたが、私には今だ語ることが出来ない」
魔理沙の兵達は、その身を削りながら王を守るのに必死だ。
「たまたま今地動説が有力なだけで、天動説だって捨てきれるわけじゃないだろう。こういうのは、うやむやに終わるからいいんだよ。綺麗なロマンだけが残る。
お前の姉はその辺よく分かっている。ガリレオの様に、うやむやなままでいさせたいんだ」
「違うよ魔理沙。ガリレオは、どちらも対等な立場で真実のみを語ることによって、決着をつけたかったんだよ」
うやむやで終わることも世の中には沢山ある。でもそれよりは、辛くても一歩進んで結論を出してみる方が、ロマンチストを名乗るにはいいんじゃないだろうか。
それにこうして、何回もの引き分けの危機を乗り越えた先には、きらびやかな勝利があるのだから。
「チェック、メイトだね魔理沙。私は結果負けても構わないと思った。だから思い切った戦い方が出来た。魔理沙は悪い意味で後手に周り続けたね。それが今回の敗因」
「だーくっそー。負けたぁ」
「でもこれで一勝一敗だね」
魔理沙は自分のキングをコロンと倒し、立ち上がる。
「どこ行くの?」
「外出るんだろ? 敵は少ない方がいい。レミリアの寝てる今の内に出て、湖のほとりで夜まで待機だ。引き分けのままなんて、嫌だろう? だったら実物を見て、フランドール本人に決着を付けてもらうとしようじゃないか」
「やったぁ! 魔理沙話分かるぅ!」
「パチュリーは気づかないだろうし、咲夜と美鈴なんて、お前がいれば正面突破で余裕だ」
私はドアに向かって歩きだす魔理沙に置いていかれないよう、急いで日傘や帽子の準備をする。
「じゃ、行こうか」
「うん!」
。 。 。
湖の端っこで小さいピクニック。日は傾きつつあり、もう日傘もいらないくらいになってきた。咲夜と美鈴には魔理沙の魔法で眠ってもらっている。
天気は快晴、夜までもう少し。
「なぁフランドール」
魔理沙が茜色の空を仰ぎながら、横に寝転がる私の腕をピシッと叩いた。
「私のスペルカード、ミルキーウェイってあるだろ」
「うん、今日も使ったね」
「本物はもっとすごいぞ」
「もしかして天の川見えるの!?」
魔理沙はそれきりニヤニヤ笑って答えてくれない。
期待で胸いっぱい、って表現では安すぎるくらいドキドキしながら待っていると、茜と紺の混ざったスクリーンに、一番星が輝き始めた。
「あっ、一番ぼーしー見ぃつけたっ」
「おぉよく知ってるな」
「一番星を見たとき、皆これを歌うんでしょう?」
「皆ではないけどな。……よし、湖上に移動するぞ」
魔理沙についていって、湖のど真ん中まで移動する。
湖はゆらゆらと細かく揺れ、様々な色を反射している。
いつの間に現れた綺麗な満月が、水面ではいびつに揺れる白銀色になっていた。
覗き込むと底まで見える程澄み切った湖は、私の顔などもゆらゆらと写し出す。
「あ、魔理沙のパンツ丸見えー」
「見られてさほど困らないようにドロワーズなんだよ。それよりほれ、上見てみろ」
言われて顔を上げると、なんということだろう、いつの間に空はこんなにも白くなったのだ!?
私が水面の反射で遊んでいたほんの短い間に、こんなにもの星が生まれたのか!
「何これ、キレー!」
「これが星だ。って、一応庭からは見たことあるんだよな」
「比べものにならないくらいキレー! 紅魔館の明かりが邪魔で、ここまで見れなかったもん!」
こんなものを見て、こんなにも心動かされてしまっては、人々は語らずにはいられないだろう。なんと、美しいことか。
美鈴の弾幕も綺麗だけど、比べものにならない。なるわけがない。
「ほら、天の川様のお出ましだぜ」
魔理沙の指した方には、空を真っ二つに割る、白い星の群れ。
これが、星か。
これが天の川か。
私の知っている図鑑では、これよりも綺麗に写っていた。だけど、こんなに大きいものとは思っていなかった。
「うっわ、キレー!」
「さっきからそれしか言ってないな」
「だってこれ以外に表現しようが無いんだもん! 私の語彙じゃあこのよさを表現出来ないよ!」
「天動説地動説の話はどうしたね、フランドール君」
「そんなの知らない!」
人間は語るかもしれないけれど、私にとっては天が動いていようが地が動いていようが、こんなにも綺麗なものの前ではそれすらもどうでもいい。
美しすぎた!
しばらく湖の真ん中でくるくる踊りながら満天の星空を満喫していると、魔理沙が声をかけてきた。
「ちょっと待てよフランドール、お前、一人でも簡単に脱走出来るんじゃないか? そりゃ咲夜や美鈴を眠らせたのは私だ。でも突破くらいなら簡単に出来ただろう」
はぁー魔理沙は察しがいいなぁ。いや、今更疑問に思う時点で察し悪いってことになるのかな。
「んー脱走は出来るんだけど、それじゃあダメかな」
「どうしてさ」
「お姉様の愛が辛すぎて……」
私が人差し指を立てて説明しようとしたとき、紅魔館から斜めに紅い線が走り、轟音が鳴り響く。
「ちぇー、予想より早かったな」
それを確認した私は、びっくりして紅魔館の方を見てる魔理沙の後ろに移動する。
「お、おい、フランドール、どうした急に……」
何も分かってない魔理沙に、顎で紅魔館の方角を示す。
魔理沙が私に従ってそっちを見た。
「な、なんだぁあれ!?」
紅魔館からものすごい速度で近づいてくる紅い閃光。その中央には霊力を辺りにまき散らすお姉様の姿があった。目は充血して、牙を出し、爪は尖って、さらに翼はこれでもかというくらい大きくなっている。
いつものお姉様からは想像もできないような、まるで吸血鬼の姿をしていたのだった。
「フ、ルァァァン、これはどういうことかしら!?」
あぁあぁあぁ。こりゃあ相当怒ってるね。
「あのね、私がお外に出たいって言ったら、魔理沙が、じゃあ私が連れて行ってやるって」
「えっと、その説明何か微妙に足りなくないか?」
「魔理沙に連れられて、嬉しくて、つい……」
今日のお姉様は満月の力を浴びてパワー八割増だ。魔理沙がどうこうなる相手じゃない。
「そう。フランドール、後で少しお話しましょう」
事の次第に気がつき始めた魔理沙がぎゃあぎゃあと騒ぎだす。
「フランドールてめぇ最初から責任なすり付けるつもりで……!」
「ごめんなさいお姉様」
「おいフランドール!」
私はいかにも申し訳なさそうに頭を垂れる。
「魔理沙は今ここで私とお話しましょう。キツーく言いたいことが沢山あるの。あ、フランは先館に帰ってなさい」
「はーい」
去り際に魔理沙の耳元で、今日はこれで二勝一敗、私の勝ちだねとささやいて、館の方へ飛んでいった。
「図りやがったな!」
「あれほどフランドールを外に出すことだけは許さないって言っていたのに!」
「わ、わわわ、ちょっとまて、確かに私が悪いんだが、うわっ!」
私一人で外出たら、私がいっぱい怒られちゃうからね。身代わりになってもらった魔理沙に心のどこか隅っこで謝りつつ、私は館の門をくぐった。
お姉様が帰ってきたら、さすがに私も色々小言を言われるに違いない。
その前に眠ってしまおう。そうすれば、何も言わなくても疲れたのかと思ってかけ布団でも直してくれるだろうから。
敗者の罰ゲームってことで、ごめんね、魔理沙。今日はありがとう。
それと、また今度よろしく。おやすみ。
魔理沙も大変だなぁ
だがそれがいい
魔理沙はフランって呼ぶよな~って考えてる自分は二次創作を読み過ぎてますね。
フランちゃん可愛いよフランちゃん
>奇声を発する程度の能力様
チェスの勝負をするだけのお話は、いつかやってみたいと思っております。レミリアvsフラン辺りで。どっちが強いかな。
魔理沙は災難でしたね。。。
>14様
フランちゃん小悪魔だと思うんですよ。笑顔でほんの少し申し訳なさそうにしながら「ごめんね」って言われてみたくないですかね!? みたいですよね!
どんな顔も似合うとか、もうチート級のキャラクターですわ。
>17様
私も迷ったところでございます。「おいフラン」「おいフランドール」ずーっと部屋で連呼してテストしてた私は間違いなく気持ち悪い。
フランちゃんはかわいいですよね。
星空が手にとって見えるような綺麗な作品でした。
>28様
ありがとうございます!
私の中でもフランドールは理知的に話すけど面倒くさくて、それでいてかわいいキャラです!
星が好きすぎる作者の趣味全開なSSとなりました。