今日も今日とて魔理沙が空中で一人ヨガファイヤーをしていると、何やらいい匂いが鼻腔をくすぐった。
「こりゃたまらん!」
とは言わないが、それに似たニュアンスの言葉を発し、魔理沙は急降下。
「この方角は……間違いねぇ」
信号を渡るおじいちゃんもかくやというスピードで魔理沙が大地に降り立つと、そこは博麗神社だった。
「おーい霊夢、私にもくれ!」
「……はい?」
物憂げに首だけ振り返った霊夢は、明らかに嫌そうな顔をしていた。
「とぼけても無駄だぜ、その焚き火から発せられる匂い、それは……」
「……ふぅ」
焚き火が心持ち隠れるように位置取っていた霊夢は、それも無駄だったと観念したのか、焚き火を指差した。
「これ?」
「それ」
パチパチと弾ける焚き火の中、長串に刺された魚が香ばしい匂いを漂わせていた。
───────────
「ん、美味いなこの魚、なんて言うんだ?」
「紫にもらったんだけどね、鱚って言うらしいわよ」
「へぇ……っと、こっちももういいな」
「ちょっと、今持ってるのを食べてからにしなさいよ」
「へへ、美味いもんはすぐになくなるからな」
寒空の下、はふはふと魚をほうばる二人。
その時、魔理沙の脳内に大声が響いた。
(らめぇ……)
「ぶほっ」
「ちょ、汚っ! 落ち着いて食べなさいよみっともない」
むせる魔理沙は苦しそうになりながらも何とか伝えようとする。
「い、いや、そうじゃなくてだな……」
(背ビレはらめ、らめなのぉぉぉ!!)
「ひゃあい!!」
「だからどうしたって……」
いつもの魔理沙の一人芝居だろうと呆れつつも霊夢は鱚を頬張る。
(ひぎぃ、錐体細胞かじっちゃらめぇ! 飛んじゃうー! ランゲルハンス島のβ細胞飛んじゃうー!)
「これはっ!」
「なんか脳内に語りかけてくるぞ!」
「魔理沙、この魚おかしいわ!」
「ああ!」
「ランゲルハンス島のβ細胞は魚類にはないはずよ!」
「そっちかよ!」
二人の脳内には謎の魚の声が響いていた。
魔理沙は試しに鱚の尻尾を食いちぎる。
(や、尾びれだなんて……そんなとこ汚いよぉ……)
「よくわからんが、なんだこの魚」
「知らないわよ、紫が持ってきたんだもの」
困る二人、魚は気味が悪い、されど腹は減る。
寒い寒いこの境内で、皮の焼けるたまらない匂いを前に、我慢などできるはずもなく。
「ひゃあもう駄目だぁ! 私は食べるぜぇえええ!!」
「ま、待っ……」
その時であった。
「ギョギョギョー? 困ってるようだねー」
「あ、あれは!」
「サカナズーリン君!」
魔理沙は聞いた事があった。
サカナズーリン君とは毘沙門天大学客員准教授の肩書を持つ肴フェチである。
特にチーズを好み、ワインに合うチーズを語らせれば三日三晩と止まらない。
「その魚はよくわからないけど、君たち宝塔知らないかい?」
「知らないわね」
「右に同じ」
「そうか、ではこれにて」
(ちょっと待ったー!)
「な……あれは」
「おいおい、なんだありゃあ」
境内に現れたのは、一匹のマス……漢字で書くと鱒。
「なんで鱒がこんなところに……」
「いや、霊夢、よく見ろ。 鱒だけじゃないぜ!」
見ると、鱒は動いていた。
地を這うように。
霊夢が目をこらすと、その土台には無数の黒い点が……
そう、ありである。
蟻が鱒を運んでいたのだ!!
「な……あ、あれは宝塔じゃないか!」
驚くべきことに、鱒の口には宝塔が咥えられていた。
(これを返して欲しければ、鱚を解放しろ!)
「らしいわよ、魔理沙」
「……へへ、いいのか、人質、もとい魚質はこっちにあるんだぜ、うりうり」
(ら、らめ! 背ビレと胸ブレ同時にこすっちゃらめぇ! 壊れちゃう、壊れちゃうよぉ)
(や、やめるんだ!)
だが魔理沙は鱚を弄ぶことをやめない。
とうとう魔理沙が舌で背鰭最長軟条長を測り始めた時、鱒は叫んだ。、
(お、俺達の負けだ……これは返すよ……だから、だからどうか鱚だけは……)
鱒の目から、涙が一滴。
それにより蟻が一匹溺れ死んだ。
(おのれ人間……蟻までも……っ!)
激怒する鱒。
だが、その怒りも虚しく、宝塔はサカナズーリン君のもとへと返された。
(これで、これで鱚を返してくれるんだな!)
「え?」
「うめぇ」
鱚のリン酸カルシウム、いわゆる骨が二人の口から飛び出していた。
(鱚うぅぅぅぅ!!)
怒りのあまり、蟻に運んでもらっていた鱒は飛び上がる。
鱒が、彼の発する怒りの力が、彼を重力から解放したのだ。
鱒は魔理沙に狙いを定め、ギョっとするほどの弾幕を放つ。
「魔理沙っ!」
「大丈夫だ、弾幕勝負なら……っ!」
(な……こ、これは)
魔理沙の持つ八卦炉へ、膨大なエネルギーが収束する。
そう、これぞ彼女の必殺技。
「鱒タースパァァァァーック!!」
(うわぁぁぁぁぁ!!)
鱒と蟻は消し飛んだ。
境内に一筋の風が吹く。
魔理沙は虚空に向け、呟いた。
「鱒、お前の敗因は、あえて言うなら……そう……実力の差、かな」
「魚だけに」
───────────
その後、霊夢が頭痛を訴えたので魔理沙はその場を後にした。
翌日、遊びに来た魔理沙が床に伏せた霊夢を見つけ、わけを聞くと「どうやら風邪をひいたらしい」とのことだった。
「大丈夫よ、寝たら治るわ」
「ったく、これもあいつらの呪いか?」
「さぁね、美味しかったからいいじゃない」
「ま、一宿一飯の恩だ、看病してやるよ」
「あら、一宿?」
「これからするのさ」
にっと微笑む魔理沙の顔に、霊夢は安らぎを感じた。
だから、そう、気まぐれだった。
不意に、礼を言いたくなったのだ。
「……魔理沙」
「ん?」
「蟻がとう」
「ござい鱒、だろ」
「もう、すぐ調子に乗るんだからあんたは」
「へへ」
「ふふふ」
博麗神社の夜は、更ける……
───────────
「んー」
魔理沙が目を開くと、そこは見慣れた、されど自分の家ではない天井が映っていた。
「ありゃ……?」
徐々に覚醒する頭で霊夢の看病を夜通ししていたことを思い出すと、自らの状況に気が付いた。
「あれ、なんで私が布団かぶって……って霊夢!」
霊夢が寝ていた布団に、自分が入っていた。
つまり、霊夢はいない。
勢いよく襖を開け境内に飛び出すと、そこには竹箒で境内を掃く霊夢の姿があった。
「おいおい……びっくりさせんなよ……」
「ん? どうしたの」
「……いや、いいや。 それより、もう起きてて大丈夫なのか?」
「あら、もう大丈夫よ。 だって……」
「一発寝たもの」
なかなかだったので+40
「そう言えば、もう渓流も解禁の時期だな……」
カミさんには「急な仕事ができたから」とウソをつき、家を飛び出した。行き先は未定だった。
そろそろガタが来つつある愛車をいたわりながら、とりあえず北の方角へと走らせる。
背高の高層ビルが林立する街並みに、徐々に緑が混じってくる。2時間も車を走らせただろうか。気がつくと、車はまだ雪が溶け残る山間部を走っていた。
適当な地点を見つけて入渓した私は、お気に入りのバンブーロッドを継いだ。フライは川虫のパターンを結んでみる。
ウエーダー越しにも谷川の身を切るほどの冷たさが感じられた。
案の定、魚信はなかった。私はため息を吐いて、雪が溶け残る川辺をさらに釣り登った。
ふと、目の前にどでかい白い壁が立ちはだかり、私はぎょっと足を止めた。
スノーブリッジ。谷へ滑り落ちた雪の固まりが谷川の流れに晒されてトンネルのようになった、自然が創りだす芸術だった。
これほど巨大なスノーブリッジを見るのは初めてだった。私はしばし、そのスノーブリッジを呆然と眺めていた。
と、どこかでピチャリと水の割れる音がした。聞き間違いではないと、私の勘がそう告げていた。
慌ててフライを結び直す。冬の間に巻いた、雪虫のパターンだ。どうしようもなく手が震えた。
先程音がした方にフライをキャストする。スーッと水面を滑った雪虫が、ガボンという音と共に水中へ引きこまれた。
来た! 私の心臓が高鳴った。ジー、ジーと音を立ててリールから糸を繰り出す。バンブーロッドが心地良く曲がる。
あっけなく、勝負はついた。尺に少しだけ足りない大きさのイワナが手元に踊り込んだ。
冬が開けたばかりだというのに、サビも残っていない綺麗な魚体だった。どうしようもなく口元がほころんだ。
私がハリを外してイワナを流れに戻してやると、イワナは少し面食らったようにしていたが、やがて尾びれを震わせて流心に帰っていった。
ふわりと、風が吹いた。ふと、隣に立っていたネコヤナギの芽が目に入った。
ふっくらと膨らんだネコヤナギの芽は、この谷川にも春が来つつあることを私に教えていた。
私は立ち上がった。今日はもう少しだけ、奥へ行ってみよう。
あえて感想は言わないことにしよう、岩魚だけに。
お後がよろしいようで
まあ先日のアレで自分の採点基準を見直したのでこの点で
もってけ100点!
うん……
卑猥な期待を愉快な気持ちにして頂きましたw