守矢の風祝が言っていた。
星には自ら燃え輝くものと、その光を受けて輝くものがあるのだという。
あぁ、自分は後者であるのだな、と。
ちらりと宝塔を見ながら、そう思った。
―何ゆえに星は輝く―
「少し、旅に出たく思います」
私がそう行ったとき、聖は不思議そうな顔をしていた。
「どこへ行かれるのですか?」
「お前は磔刑だーっ!」
聖の言葉にぬえが何事か重ねて部屋にスライディングしてくる。
一拍置いた後、どこからともなく雲山が現れて、首根っこを摘んで回収していった。
「……地底、旧地獄へと」
それを見届け、私は目的地を告げる。
聖の眉が、わずかに怪訝そうに歪んだ。
既にその役目を終えているものの、寺に住まうものが好き好んで行く場所ではないだろう。村紗らが封印されていた場所でもあるというのに。
「目的を聞いても差し支えはありませんか?」
「聖輦船が封印を脱するきっかけとなった『間欠泉』。それが何の意思によるものなのか、気になりまして」
村紗らの話を聞いて、少し気になった。それは確かに本当のことだ。
偶然であるならば良し。しかし、何らかの意図が介在しているならば、はっきりさせておきたく思う。
「そうですか……くれぐれも、気をつけてくださいね」
「はい」
了承の返事を聞き、立ち上がる。
「それでは、留守の間、ナズーリンをよろしくお願いします」
「連れて行かないのですか?」
今度こそ、明確に驚きの色を見せる。
「はい。たまには一人で行動するのも良いかと思いまして」
「何もこんなときに……いえ、失礼しました」
言いかけて、聖はこほんと咳払いをした。
自分が我々の保護者ではないということを思い起こし、自由意志を尊重しようと思ったのだろう。
もっとも、保護されているようなものではあるし、保護者だと主張されても反論する気は特にはないが。
「了解です。こちらのことは心配しないでくださいね、星さん」
安心できるような笑顔を浮かべて、私の名を呼んでくれる。
「ありがとうございます」
私もまた、少しでも安心させられるように、静かに一礼した。
それからもナズーリンに止められたり、ぬえに脅されたりと色々あったのだが、結局私はこの薄暗い縦穴の前にいる。
闇に挑む私に光はない。
毘沙門天の宝塔の光も、聖の法の光も、またナズーリンのペンデュラムの光すら地上に置いてきてしまった。
なぜかって?
私なりに考えたことではある。
鬼やかつて忌み嫌われた力を持つ者が多くいるという地底で、下手に目立つのは避けたほうが良いだろうということだ。
服装も目立たないものに代え、風呂敷一つの旅支度である。
一人ならば静かで良い。
ナズーリンが尾行てきている可能性もあるが、まぁ彼女も一人なら上手くやるだろう。
そんなことを思いながら、私は縦穴を下った。
気配を殺して縦穴を降りていくと、橋が見えてきた。縦穴と旧都の境目になっているのだろう。
橋の傍にいた少女が、やたら恨めしそうな視線を向けてきていたが、何か変なところでもあっただろうか。
こそこそと通り過ぎると、何もちょっかいをかけては来なかった。
橋を通り抜け、旧都に差し掛かると、一本角の鬼が酒をあおりながら歩いていた。
その鬼はこちらを怪訝そうに見ると、声をかけてきた。
「ふむ? あんた、見ない顔ね。旧地獄に何の用?」
少し驚いたが、会話の一つもなしに間欠泉の事件を調べようというのも無理な話だ。
幸い、訝しがっているが、敵意までは感じない。
「はい。少し前にあった間欠泉の事件について、少し調べたいことがありまして」
「なんだって、いつぞや巫女と魔法使いにも尋ねられたけど、今更聞いてくる奴がいるなんてね」
その鬼の反応に驚く。
十中八九霊夢と魔理沙のことだろう。こんなところにも関わっていたのか。
「まぁいいや、教えてやろう。間欠泉の件を起こしたのは、この先にある地霊殿ってところの連中だ。巫女と魔法使いがそう言ってたよ」
「地霊殿……ですか。ありがとうございます」
一礼する。
鬼は応えるように、にっと笑った。
「まぁ、気をつけて行きなよ。あそこの連中は一筋縄じゃいかないからね」
「はい。わかりました」
旧都を抜け、鬼の指差した方向に歩いていると、大きな建物が見えた。
あれが地霊殿なのだろう。
その敷地に入ろうとした瞬間。
「はーっはーはーはー! 我、太陽の子ブラックサン!」
威勢のいい声が響き、建物の屋上と思しき場所から、二回転半ひねりくらいの身のこなしですとっと着地したそれは。
カラスの妖怪……にしては、奇妙な存在感。胸に輝く謎の目や、右手にある巨大な六角柱状の棒、そしてはためくマントの内側には星空が見える。
「あなたは……何者ですか?」
「耳が悪いのかしら? さっき名乗ったじゃない。私は霊烏路空、地霊殿に住んでる地獄鴉よ」
「さっきはそんな名乗りじゃなかったと思うのですが」
理不尽な部分を指摘しつつ、身構える。
問答無用。幻想郷の表に出て来てから、嫌というほど身に染みた感覚だ。
「お出かけしようとしたら怪しいの発見! 直ちに迎撃体制にはいりまーす!」
「私から攻撃した覚えはないのですが……」
目の前の空という妖怪の頭は単純そうであるが、しかし強大な圧力を感じる。これは一体……?
そう思っていると、空の頭上に黒い炎の塊が形成される。
いや、これは単なる塊というよりも……
「さぁ、あなたも黒い太陽、八咫烏様の力を受け、身も心もフュージョンし尽くすがいい!」
どこかで、水の噴き上がる音が聞こえた。
負けた。今の私はこんがりタイガーである。虎の威を借る狐色。
宝塔もなんもなしでは分が悪い相手だった。
「だいじょうぶ?」
つんつんと、空によって頬が小突かれる。
「なんとか」
「ほら、これにつかまって」
突きつけられる制御棒。捕まれといわれても。
むしろとどめさそうとしてる絵にしか見えない。
「出来れば、生身のほうの手で」
「うにゅ。リーチ長いから楽だったんだけどな」
空の左手につかまって、やっと身を起こせた。
「やれやれ……空さん、でしたか。間欠泉を起こしていたのはあなただったんですね」
最初に空が力を見せたときに聞こえた音で、その関連をなんとなく察した。
「そだよ。私が究極の力を使えば、その余剰分を逃がすために間欠泉が起こるの」
「究極の力……確か、八咫烏様がどうとか」
「うん、この力は神様にもらったの」
そう言ってにこやかに笑う空には、『光を受けて輝いている』という雰囲気を、まったく感じなかった。
そこまで深く考えていないからだろうか。それとも――
「ともあれ、空さんが何か企んで間欠泉を起こしたわけでなくてよかったです」
「企んでるよ。地上征服とか」
「あー、はい」
そこはまぁ、別に気にしなくてもいいところだろう。たぶん。
「間欠泉なんて調べてどうするつもりだったの? えーっと、誰だっけ」
「そういえば名乗っていませんでしたね。寅丸星です」
急に襲い掛かってきたので、相手の正体を問いただすので精一杯だった。
心にもっと余裕を持とう。要反省である。
「我々は間欠泉のおかげで助けられたので、菓子折りの一つでも持って伺おうかと」
ささっと風呂敷包みの中から、命蓮寺名物ひじりまんじゅうを手渡す。
あの猛攻の中でも無事とは、さすが聖の名を冠するまんじゅう。何をイメージしているのかなど聞かぬことだ。
「ひゃっはー! あんたいい人ね! サイレントナイト星、私覚えたわ!」
「寅丸星です」
「空さん」
「うにゅ?」
地霊殿の庭石――というよりは、敷地内に転がっていた岩に腰掛けて、空と一緒にひじりまんじゅうをいただいている。
何か気に入られたらしく、一緒に食べることを提案してくれた。
地霊殿の中にも誘われたが、目的を達した以上、深入りする必要性はないだろう。
「なぜ、あなたはその力を手に入れようと思ったのですか?」
聞いても意味はない気はしていた。ただ、聞いてはおきたい。そんな好奇心に駆られての質問だった。
「んー、なんかあったっけ。えーと、そうそう、くれるっていうから、もらった? みたいな?」
「そうですか……」
想像以上の答えに、肩を落とす。
神というのもよくわからないものである。修行を積むのが馬鹿らしくなるではないか。
「ないよりあったほうがずっといいじゃない。私に力があればって思うときって、きっとあるよ」
でもその地獄鴉は、そんな曖昧にもほどがある立脚点にいるというのに。
その言葉には信念が奇妙に滲んでいた。
「地霊殿もあんまり好かれてる場所じゃないからさ。いざ! って時に、お燐やさとり様たちを守れないのは、きっと悲しいことだから」
不明を恥じるのは、私の方か。
「あなたにも、助けたいって思う人はいるんでしょう?」
立脚点が何だという。
そんなものを気にしない、まっすぐな想いこそが、最も尊いものであったはずなのに。
「だから何を悩んでんのか知らないけど、元気だしなよ。星・疾風」
「寅丸星です」
与えられた光さえ、我が物として輝いていられる。
太陽という言葉が、ふと頭をよぎる。まさか、地底に来てそのような言葉を意識することになるとは思わなかったが。
守矢の風祝が言っていた。
太陽もまた、星のひとつであると。
……今思えば、全てを地上に置いてきたのは、借りた力にどこか引け目を感じていたからではなかっただろうか。
虎の威を借る狐色。
虎は本来、力を借りられるほうの存在だったというに。
「ま、よく覚えてないけどさ。私はこの力をもらって、良かったと思うよ? あなたを助けられたらしいし、おまんじゅうもらえたし」
自分でない誰かの力を借りるからこそ、そこに絶対的な信頼が生まれる。
星は、光をくれたもののために、輝くのだ。
「そうですか。喜んでいただけたのなら、私も良かったです」
すっくと立ち上がる。
「もう帰るの?」
「ええ、先ほども言いましたが、もう目的は果たしましたので」
あなたは幸せだ。私も幸せだ。
こうして輝く意味があるのだから。
「そっかぁ、じゃあまた来てね! お土産もってさ!」
「私の名前を間違えずに言えれば、考えておきましょう」
空はしばし考えて、にこやかに言い放った。
「わかった! とらまる――」
ほっ。
「虎丸龍次さん!」
「寅丸星です」
何ゆえに星は輝く――fin
この二人も案外良いなぁ…
具体的には星ちゃんにもう少し厚みが欲しかったです
それはさておきなんでサイレントナイトを知ってるのナルスフさん…
うにゅほがww
申し訳ないとは思いつつも、敢えて一言だけ物申します。
これは多分……真面目のカテゴリィじゃないですよ!?
好きだったんだけどなああの漫画。