日が高くなり、もう半刻もすれば胸躍る昼食時間、ともなれば。
「こら、お前たち」
子供たちから真剣な空気が消え、そわそわと余所見をするようになるのはいつものこと。広々とした畳張りの部屋のあちこちで、帰り道の算段やご飯の後の集合場所を耳打ちし始めている。行動力豊かな子供たちをなんとか時間まで我慢させるのは先生の腕の見せ所だろうか。
けれど、いくら経験豊富な彼女でも歴史の勉強中に子供たちを退屈から救う手段は持ち合わせていない。できるとすれば、心の中でがんばれと応援することくらい。段々と小刻みに体を動かすことが多くなる子供たちを見ていても怒りは沸かず、自分にもそんな頃があったと懐かしく思えてしまうのは彼女の甘さなのかもしれない。
「授業内容も内容だから、かな……」
特に今日は、子供に説明しにくい妖怪と人間の共存について、という部分なのだ。過去にこんなことがあったよ、と説明しても、子供によっては「いつも里にいるし」で終わってしまう。確かにもう共存している段階なのだから今更感は拭えないが、そう言ってしまうとほとんどの歴史の授業が否定されかねないという悲しさ。
そこで最近、子供たちが退屈したころあいを見計らって、こんな試みをするようになった。
「よし、じゃあみんな。紙芝居をしてあげる」
おお、と。
子供たちから小さな歓声が上がる。
「私、先生の紙芝居大好き!」
最前列に座る長髪の女の子が、蒼い髪を揺らして元気良く手を上げた。紙芝居とはいっても、遊びのためではない。古来から伝わる御伽噺の中には歴史的な教訓が込められたものもあるからだ。だから稗田家と相談して、子供が退屈したときに使う紙芝居を作ったというわけだ。少しでも歴史に親しみが持てるように。
「んー、どれにしようかな」
部屋の隅に準備しておいた箱の中から、いくつかに目星をつける。その箱の大きさは子供が丸々一人入ってしまいそうなほど。あまりに大きすぎるのではないか、と思われがちだが、彼女自身が創作に楽しみを覚えてしまい。従来の予定の倍以上の数がそこに収められていた。
「うん、たまには……」
絵が書かれた何枚かの厚紙を教壇の上に起き、こほん、と咳払い。
ちょっと自信なさげに眉を下げるのは、とある理由によるものだ。
「えー、また先生自分で考えたお話~?」
「い、いいじゃない。そういうことに挑戦することも大事だと思います!」
すぐさま子供の一人がそれを見抜き、指差してくる。
しかし、その声にも負けず彼女は子供たちを前に集め始めた。すると、さっきまで正座していたとは思えない動きで、子供たちが教壇の周りに集まってくる。
期待で、目を輝かせながら。
何だかんだ言いながらも、やっぱりこの時間が好きなのだろう。
子供たちの視線をまっすぐ受け止める先生は、もう一度咳払いをして、
「それじゃあ、はじまりはじまり~」
意を決して、紙を捲り始める。
◇ ◇ ◇
『なかまはずれ』
むかしむかし、人間の里に二人の女の子がいました。
一人は臆病で、もう一人は強がり。
性格がまるで違う二人でしたが、一つだけ同じことがありました。
仲間はずれ、だったのです。
髪の色であったり、目の色であったり。
少し周りと違うだけ。
それだけでみんなが冷たい目を向けるのです。
だからでしょうか、二人は友達になりました。
仲間はずれ同士が、仲間になったのです。
それでも、お互い『仲間はずれ』ではなんだかわかりにくい。
だから臆病な女の子は言いました。
あなたは強い仲間はずれ。
わたしは弱い仲間はずれ。
今まで二人を傷つけてきた言葉を嬉しそうに言いました。
友達になれたと楽しそうに歌いました。
強い仲間はずれも、強がらずに素直に頷き笑みを零します。
弱い仲間はずれも釣られて笑い、二人はまるで仲間はずれじゃなくなったみたい。
けれど、やっぱり二人は仲間はずれで。
冷たい言葉を、冷たい目を向けられてしまいます。
だから強い仲間はずれは言いました。
『外に出て、一緒に暮らそう』
強い仲間はずれは、少しだけ人間よりも長生きで、野山での暮らし方もよく知っていました。
里に頼らなくても大丈夫、私が何でも教えてあげるから。
火の起こし方も、野ウサギの取り方も、旬の山菜も、全部教えてあげるから。
そうやって強い仲間はずれは優しく伝えます。
けれど、臆病な弱い仲間はずれは首を左右に振るのです。
あなたのことは大好きだけど、里のみんなも大好きだからと。
団子屋のおじさんも、花屋のお姉さんも、隣のお花ちゃんも。
仲間はずれになる前に優しくして貰ったみんなに、まだ恩返しをしていない。
だからまだ駄目だと言うのです。
『石を投げつけられても、まだそんなことを言うのか!』
強い仲間はずれは、ついに怒鳴ってしまいました。
それでも怯えながら弱い仲間はずれは言います。
『……私は人里に居たい』
震えながら、目に涙を浮かべて言うのです。
強い仲間はずれは仕方なく人里から彼女を連れて行くのを諦めて、自分だけ人里の外で暮らすようになりました。
それから何年かが過ぎても、まだ二人は『仲間はずれ』――
いつからか弱い仲間はずれは、強い仲間はずれよりも大きくなっていました。
こっそり人里を抜け出して会いに来たとき、背比べをしてみたら。
どんどんと差が広がっていくのがわかります。
ただ、身長は高くなっても、臆病で弱い仲間はずれはまだ人里から離れられずにいました。
『人里から出て暮らすのは、怖い。自分が崩れてしまいそう』
人より少しだけ長く生きている強い仲間はずれは、その度にため息をつくのでした。
そして、ため息を増やす原因がまた一つ。
弱い仲間はずれが、相談事を持ってきたからです。
『寺子屋の先生をやってみたい』
これにはさすがの強い仲間はずれも唖然とします。
なぜなら、目の前の彼女が仲間はずれになった理由は、
彼女に、人間とは違う血が混ざってしまったから。
『群れで暮らす人間は、少しでも自分たちと違うものを避けようとする。最近はそれが少し薄れているけれど、あなたが先生をするのは無理。私たちみたいなのに子供を預けようと思う親なんているはずがない』
『でも、もう大人だというのに職を持たないでいるのは辛い。ほら、私は歴史の知識だけなら自慢できるからそれを生かしたいんだ』
弱い仲間はずれは、怖い怖いと口癖にように言うけれど、一度言い出したら聞かない。
どうしようもない友人に対して強い仲間はずれができたことは、
『もう、好きなだけやりなさいよ』
『ああ、やってみる』
軽く背中を押してやることだけだけでした。
◇ ◇ ◇
子供がすぐ泣く。
すぐ喧嘩する。
すぐスカートを捲る。
すぐ何でも忘れる。
数年の間に、強い仲間はずれが聞かされた愚痴を積み上げると、妖怪の山よりも高くなるかもしれません。
少しでも何かに耐えられなくなると、すぐやってくるのですから。
それでも強い仲間はずれは、やってくる度笑顔で迎えてやるのです。
その愚痴の積み上げが、弱い仲間はずれの努力の結果だと知っているから。
だからその日も何気ない愚痴を聞いてやるだけだ、そう思っていました。
しかし、現れた弱い仲間はずれの顔はいままで見たことがないくらい真っ青で、強い仲間はずれは慌てて駆け寄りました。
何があったのかと尋ねれば、
『生徒が、妖怪に襲われた……』
ああ、そうか。
強い仲間はずれはその一言ですべてを理解してしまいました。
人が妖怪に教われ、犠牲が出たとき、その里ではどういったことが起きるのか、人より少しだけ長く生きてきた彼女は痛いほどわかってしまうのです。
犠牲になった子の両親は、ぶつけようのない怒りをどこかに向けようとします。
そのとき、人間と違うものが傍にいた場合どうなるか。
妖怪と人間のちょうど中間にある弱い仲間はずれが、どれほどの苦痛を味わうか。
胸が痛むほど、わかってしまうのです。
『よくがんばった。もういいんだよ』
強い仲間はずれは、優しく抱きしめてあげました。
もう、人里から出た方がいい。
泣き崩れそうになる弱い妖怪の体を支えて、頭を撫でながら声をかげます。
けれど、弱い、臆病な仲間はずれは首を横に振ります。
声を上げることなく、必死に首を振るのです。
そんな夜の出来事から、しばらくした後でしょうか。
妙な噂が立ち始めたのは、
人里を守る、奇妙な獣人がいる、と。
◇ ◇ ◇
彼女は、弱くて、臆病なくせに、欲張りで強情。
だから怖いと思っても引くことを知りません。
昼は先生、満月の夜は里の守人。
忙しい毎日にその身をすり減らして、泣き、笑いを繰り返す友人を見守っていたはずなのに、
いつのまにか、強い仲間はずれは黒い衣服に身を包んでいました。
しかも人里の中です。
それでも、誰も彼女を仲間はずれとは言いません。
ほとんど用のない場所に立ったというのに、誰も嫌な顔一つしないのです。
それどころか。
『先生のご友人の方ですか?』
涙を溜めた瞳で声を掛けて来るだけです。
その場にいる人全員が、先生にはお世話になったと手を握って来るのです。
右を見ても左を見ても、黒い衣服を着た人の群れ。
まるで黒い鱗を持った生き物のように、黒い人間うねりは寺子屋を取り囲んで、
いえ、違います。
人間だけではありません。
その場には妖怪や鬼、加えて妖精すら訪れているというのに、誰も仲間はずれにしないのです。
誰もが自然に、その空間に溶け込んでいて。
強い仲間はずれは、単なる強がりに戻ってしまいました。
だからでしょうか。
最後まで、強がりな彼女は
『お疲れ様、親友』
一滴の涙も見せず、ただ一輪の花を添えたのでした。
◇ ◇ ◇
「はい、紙芝居おわ――」
「長い」
「つまんない」
「よくわかんない」
終わりを宣言するよりも早くぶつけられた正直すぎる感想の群れ。
それを受けた彼女は額に手を添える。
「だから無難にしとけばいいって言ってるのに」
「あれだよね、冒険しようとして暴走するタイプだよね、先生って」
「子供向けじゃないよね」
「絵は上手いんだけどね」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか!」
お前ら本当に子供かと疑問をぶつけたくなるほど大人びた意見も出てきて、彼女の精神に追い討ちをかける。
両サイドからの連携攻撃といったところか。
それでも拾う神あれば救う神ありで、最初に先生の紙芝居は楽しいと発言した女の子が声をあげる。
「わ、私は面白いと思いましたから、ちょっとだけ……」
しかし、救うと見せかけて駄目押しをするのはやめて欲しい。
「わかった、わかったから。今度はちゃんと、普通の御伽噺の紙芝居にするから! 席に戻りなさい」
「は~い」
日は高く上がり、外が段々騒がしくなってきた。
外仕事の大人たちが、昼休憩に入ったのだろう。
ということはつまり。
「こほん、みんなちゃーんと宿題はやってくるようにね! じゃあ、日直お願い」
「はいっ! 起立、礼っ!」
『先生、さようならっ!』
日直の声の後で、全員が立ち上がり元気に挨拶。
勉強道具を鞄に放り込んだ男の子たちは我先にと玄関へ向かい、女の子は今日の予定を話し合いながらゆっくりと片付け始める。
そんな違いも面白いと素直に感じ入っていると、
「先生、また明日も紙芝居……」
蒼い髪の女の子が声を掛けてくる。
しかしそれに彼女が反応するより早く、その女の子の友人が入り口近くで大声を上げた。
「早くーっ! 置いてくよ、慧音ちゃん!」
「ま、まってよっ! 今、行くからっ!」
花より団子。
先生より友達。
まだ遊びたい盛りの女の子は、友人の誘惑にあっさり陥落した慧音は、くるりっと先生の前で踵を返し駆け足で去っていく。
「また明日、慧音」
微笑ましい光景に頬を緩ませて、手を振れば。
「また明日、妹紅先生っ!」
嬉しそうな声が廊下から返ってきて……
妹紅先生は教壇をそっと手で撫でてから、天井を見上げた。
「うん、また明日」
その幸せな言葉をもう一度、噛み締めながら。
「こら、お前たち」
子供たちから真剣な空気が消え、そわそわと余所見をするようになるのはいつものこと。広々とした畳張りの部屋のあちこちで、帰り道の算段やご飯の後の集合場所を耳打ちし始めている。行動力豊かな子供たちをなんとか時間まで我慢させるのは先生の腕の見せ所だろうか。
けれど、いくら経験豊富な彼女でも歴史の勉強中に子供たちを退屈から救う手段は持ち合わせていない。できるとすれば、心の中でがんばれと応援することくらい。段々と小刻みに体を動かすことが多くなる子供たちを見ていても怒りは沸かず、自分にもそんな頃があったと懐かしく思えてしまうのは彼女の甘さなのかもしれない。
「授業内容も内容だから、かな……」
特に今日は、子供に説明しにくい妖怪と人間の共存について、という部分なのだ。過去にこんなことがあったよ、と説明しても、子供によっては「いつも里にいるし」で終わってしまう。確かにもう共存している段階なのだから今更感は拭えないが、そう言ってしまうとほとんどの歴史の授業が否定されかねないという悲しさ。
そこで最近、子供たちが退屈したころあいを見計らって、こんな試みをするようになった。
「よし、じゃあみんな。紙芝居をしてあげる」
おお、と。
子供たちから小さな歓声が上がる。
「私、先生の紙芝居大好き!」
最前列に座る長髪の女の子が、蒼い髪を揺らして元気良く手を上げた。紙芝居とはいっても、遊びのためではない。古来から伝わる御伽噺の中には歴史的な教訓が込められたものもあるからだ。だから稗田家と相談して、子供が退屈したときに使う紙芝居を作ったというわけだ。少しでも歴史に親しみが持てるように。
「んー、どれにしようかな」
部屋の隅に準備しておいた箱の中から、いくつかに目星をつける。その箱の大きさは子供が丸々一人入ってしまいそうなほど。あまりに大きすぎるのではないか、と思われがちだが、彼女自身が創作に楽しみを覚えてしまい。従来の予定の倍以上の数がそこに収められていた。
「うん、たまには……」
絵が書かれた何枚かの厚紙を教壇の上に起き、こほん、と咳払い。
ちょっと自信なさげに眉を下げるのは、とある理由によるものだ。
「えー、また先生自分で考えたお話~?」
「い、いいじゃない。そういうことに挑戦することも大事だと思います!」
すぐさま子供の一人がそれを見抜き、指差してくる。
しかし、その声にも負けず彼女は子供たちを前に集め始めた。すると、さっきまで正座していたとは思えない動きで、子供たちが教壇の周りに集まってくる。
期待で、目を輝かせながら。
何だかんだ言いながらも、やっぱりこの時間が好きなのだろう。
子供たちの視線をまっすぐ受け止める先生は、もう一度咳払いをして、
「それじゃあ、はじまりはじまり~」
意を決して、紙を捲り始める。
◇ ◇ ◇
『なかまはずれ』
むかしむかし、人間の里に二人の女の子がいました。
一人は臆病で、もう一人は強がり。
性格がまるで違う二人でしたが、一つだけ同じことがありました。
仲間はずれ、だったのです。
髪の色であったり、目の色であったり。
少し周りと違うだけ。
それだけでみんなが冷たい目を向けるのです。
だからでしょうか、二人は友達になりました。
仲間はずれ同士が、仲間になったのです。
それでも、お互い『仲間はずれ』ではなんだかわかりにくい。
だから臆病な女の子は言いました。
あなたは強い仲間はずれ。
わたしは弱い仲間はずれ。
今まで二人を傷つけてきた言葉を嬉しそうに言いました。
友達になれたと楽しそうに歌いました。
強い仲間はずれも、強がらずに素直に頷き笑みを零します。
弱い仲間はずれも釣られて笑い、二人はまるで仲間はずれじゃなくなったみたい。
けれど、やっぱり二人は仲間はずれで。
冷たい言葉を、冷たい目を向けられてしまいます。
だから強い仲間はずれは言いました。
『外に出て、一緒に暮らそう』
強い仲間はずれは、少しだけ人間よりも長生きで、野山での暮らし方もよく知っていました。
里に頼らなくても大丈夫、私が何でも教えてあげるから。
火の起こし方も、野ウサギの取り方も、旬の山菜も、全部教えてあげるから。
そうやって強い仲間はずれは優しく伝えます。
けれど、臆病な弱い仲間はずれは首を左右に振るのです。
あなたのことは大好きだけど、里のみんなも大好きだからと。
団子屋のおじさんも、花屋のお姉さんも、隣のお花ちゃんも。
仲間はずれになる前に優しくして貰ったみんなに、まだ恩返しをしていない。
だからまだ駄目だと言うのです。
『石を投げつけられても、まだそんなことを言うのか!』
強い仲間はずれは、ついに怒鳴ってしまいました。
それでも怯えながら弱い仲間はずれは言います。
『……私は人里に居たい』
震えながら、目に涙を浮かべて言うのです。
強い仲間はずれは仕方なく人里から彼女を連れて行くのを諦めて、自分だけ人里の外で暮らすようになりました。
それから何年かが過ぎても、まだ二人は『仲間はずれ』――
いつからか弱い仲間はずれは、強い仲間はずれよりも大きくなっていました。
こっそり人里を抜け出して会いに来たとき、背比べをしてみたら。
どんどんと差が広がっていくのがわかります。
ただ、身長は高くなっても、臆病で弱い仲間はずれはまだ人里から離れられずにいました。
『人里から出て暮らすのは、怖い。自分が崩れてしまいそう』
人より少しだけ長く生きている強い仲間はずれは、その度にため息をつくのでした。
そして、ため息を増やす原因がまた一つ。
弱い仲間はずれが、相談事を持ってきたからです。
『寺子屋の先生をやってみたい』
これにはさすがの強い仲間はずれも唖然とします。
なぜなら、目の前の彼女が仲間はずれになった理由は、
彼女に、人間とは違う血が混ざってしまったから。
『群れで暮らす人間は、少しでも自分たちと違うものを避けようとする。最近はそれが少し薄れているけれど、あなたが先生をするのは無理。私たちみたいなのに子供を預けようと思う親なんているはずがない』
『でも、もう大人だというのに職を持たないでいるのは辛い。ほら、私は歴史の知識だけなら自慢できるからそれを生かしたいんだ』
弱い仲間はずれは、怖い怖いと口癖にように言うけれど、一度言い出したら聞かない。
どうしようもない友人に対して強い仲間はずれができたことは、
『もう、好きなだけやりなさいよ』
『ああ、やってみる』
軽く背中を押してやることだけだけでした。
◇ ◇ ◇
子供がすぐ泣く。
すぐ喧嘩する。
すぐスカートを捲る。
すぐ何でも忘れる。
数年の間に、強い仲間はずれが聞かされた愚痴を積み上げると、妖怪の山よりも高くなるかもしれません。
少しでも何かに耐えられなくなると、すぐやってくるのですから。
それでも強い仲間はずれは、やってくる度笑顔で迎えてやるのです。
その愚痴の積み上げが、弱い仲間はずれの努力の結果だと知っているから。
だからその日も何気ない愚痴を聞いてやるだけだ、そう思っていました。
しかし、現れた弱い仲間はずれの顔はいままで見たことがないくらい真っ青で、強い仲間はずれは慌てて駆け寄りました。
何があったのかと尋ねれば、
『生徒が、妖怪に襲われた……』
ああ、そうか。
強い仲間はずれはその一言ですべてを理解してしまいました。
人が妖怪に教われ、犠牲が出たとき、その里ではどういったことが起きるのか、人より少しだけ長く生きてきた彼女は痛いほどわかってしまうのです。
犠牲になった子の両親は、ぶつけようのない怒りをどこかに向けようとします。
そのとき、人間と違うものが傍にいた場合どうなるか。
妖怪と人間のちょうど中間にある弱い仲間はずれが、どれほどの苦痛を味わうか。
胸が痛むほど、わかってしまうのです。
『よくがんばった。もういいんだよ』
強い仲間はずれは、優しく抱きしめてあげました。
もう、人里から出た方がいい。
泣き崩れそうになる弱い妖怪の体を支えて、頭を撫でながら声をかげます。
けれど、弱い、臆病な仲間はずれは首を横に振ります。
声を上げることなく、必死に首を振るのです。
そんな夜の出来事から、しばらくした後でしょうか。
妙な噂が立ち始めたのは、
人里を守る、奇妙な獣人がいる、と。
◇ ◇ ◇
彼女は、弱くて、臆病なくせに、欲張りで強情。
だから怖いと思っても引くことを知りません。
昼は先生、満月の夜は里の守人。
忙しい毎日にその身をすり減らして、泣き、笑いを繰り返す友人を見守っていたはずなのに、
いつのまにか、強い仲間はずれは黒い衣服に身を包んでいました。
しかも人里の中です。
それでも、誰も彼女を仲間はずれとは言いません。
ほとんど用のない場所に立ったというのに、誰も嫌な顔一つしないのです。
それどころか。
『先生のご友人の方ですか?』
涙を溜めた瞳で声を掛けて来るだけです。
その場にいる人全員が、先生にはお世話になったと手を握って来るのです。
右を見ても左を見ても、黒い衣服を着た人の群れ。
まるで黒い鱗を持った生き物のように、黒い人間うねりは寺子屋を取り囲んで、
いえ、違います。
人間だけではありません。
その場には妖怪や鬼、加えて妖精すら訪れているというのに、誰も仲間はずれにしないのです。
誰もが自然に、その空間に溶け込んでいて。
強い仲間はずれは、単なる強がりに戻ってしまいました。
だからでしょうか。
最後まで、強がりな彼女は
『お疲れ様、親友』
一滴の涙も見せず、ただ一輪の花を添えたのでした。
◇ ◇ ◇
「はい、紙芝居おわ――」
「長い」
「つまんない」
「よくわかんない」
終わりを宣言するよりも早くぶつけられた正直すぎる感想の群れ。
それを受けた彼女は額に手を添える。
「だから無難にしとけばいいって言ってるのに」
「あれだよね、冒険しようとして暴走するタイプだよね、先生って」
「子供向けじゃないよね」
「絵は上手いんだけどね」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか!」
お前ら本当に子供かと疑問をぶつけたくなるほど大人びた意見も出てきて、彼女の精神に追い討ちをかける。
両サイドからの連携攻撃といったところか。
それでも拾う神あれば救う神ありで、最初に先生の紙芝居は楽しいと発言した女の子が声をあげる。
「わ、私は面白いと思いましたから、ちょっとだけ……」
しかし、救うと見せかけて駄目押しをするのはやめて欲しい。
「わかった、わかったから。今度はちゃんと、普通の御伽噺の紙芝居にするから! 席に戻りなさい」
「は~い」
日は高く上がり、外が段々騒がしくなってきた。
外仕事の大人たちが、昼休憩に入ったのだろう。
ということはつまり。
「こほん、みんなちゃーんと宿題はやってくるようにね! じゃあ、日直お願い」
「はいっ! 起立、礼っ!」
『先生、さようならっ!』
日直の声の後で、全員が立ち上がり元気に挨拶。
勉強道具を鞄に放り込んだ男の子たちは我先にと玄関へ向かい、女の子は今日の予定を話し合いながらゆっくりと片付け始める。
そんな違いも面白いと素直に感じ入っていると、
「先生、また明日も紙芝居……」
蒼い髪の女の子が声を掛けてくる。
しかしそれに彼女が反応するより早く、その女の子の友人が入り口近くで大声を上げた。
「早くーっ! 置いてくよ、慧音ちゃん!」
「ま、まってよっ! 今、行くからっ!」
花より団子。
先生より友達。
まだ遊びたい盛りの女の子は、友人の誘惑にあっさり陥落した慧音は、くるりっと先生の前で踵を返し駆け足で去っていく。
「また明日、慧音」
微笑ましい光景に頬を緩ませて、手を振れば。
「また明日、妹紅先生っ!」
嬉しそうな声が廊下から返ってきて……
妹紅先生は教壇をそっと手で撫でてから、天井を見上げた。
「うん、また明日」
その幸せな言葉をもう一度、噛み締めながら。
んー最後の展開とか、他にも色々……。紙芝居を行かせて無かった気がします…。
ただ、普通に良い話なんですけどね。
もっとみんな慧音先生の功績を知るべき。
臆病であるって、大事なことだよなあ。