憎々しい程に輝く太陽の熱を境内の石畳が跳ね返し、打ち水ですら一瞬で蒸発するのではないかと思わずにはいられない夏の日の事―――、何を好き好んで着ているのか。
こんな蒸し暑い中、更に太陽光を吸収する黒を基調とした服を纏い、現れた霧雨魔理沙に思わず幻想郷の素敵(自称)な巫女である博麗霊夢は、思わず打ち水用の桶ごとぶちまけた。
「なにするんだぜぇー…」
そんな反論の声すらぐったりとしていて、なんとも覇気の感じられない。
魔理沙らしくない声に霊夢は諦めの溜息をついて、遂に柄杓を手放した。
水をいくら撒いても撒いても一向に涼しくならない。むしろ蒸発した水の蒸気が蒸し暑さを倍増させている事にはとっくに気付いていたのだが、打ち水をせずにはいられなかった。だけど、もう止めた。
「もう駄目…、暑過ぎて何もしたくない」
季節が夏に入ってこの頃、多少肌は焼けていたが、それでも健康的である程度に白い魔理沙と霊夢の肌にだらだらと玉のような汗が伝う。が、それを拭う気力すら二人には残されていなかった。
「いっそ太陽神でも倒してきたらどうだ?確か……アポロだか言う―――」
「他文化の太陽神殺してどうすんの。それを言うなら天照大神でしょうが」
魔理沙の言葉に呆れの色を濃く宿す霊夢が突っ込む。
まず巫女が神様を殺そうとしている事自体異常なのだが、霊夢は夏の日差しの方が重要事項なのか、この暑さを三分以内に収めてくれないようだったら潰す―――と、随分と巫女に有るまじき物騒な事を考えていた。もしも、こんな霊夢の内心が言葉に漏れでもしていたら、八百万の神にでも怒られそうなものである。
(そういえばスサノオの横暴で天照大神は天岩戸に閉じ籠ったんだっけ…?)
と、霊夢が本格的に考え始めると。
魔理沙が視線を太陽に向けたまま、
「神話の再現になるかもな」
そう呟いた。
その言葉に霊夢は内心喜んだ。親友である彼女が自分と同じ事を考えていたのかと思うと、嬉しかったのだ。魔理沙が自分の事を何でも知っていてくれるように思えて。霊夢ははにかんで私もと呟いた。
しかし、そんな霊夢の言葉に存外魔理沙は驚いたような、そんな表情を浮かべる。
「驚いたな…霊夢にそんな殊勝な心掛けがあったなんて」
「は…?ちょ、ちょっと待って。あんたの言う神話って何よ」
「ああ?……それは、あれだよ。なんとかって奴が太陽に近づこうとして、羽を蝋で固めて大きな翼を得て空を飛ぶけど、太陽の熱に蝋が溶かされて結局は墜落するって奴だけど……霊夢は違うのか?」
『イカロスの翼』か―――確か牢獄から抜け出すために羽を蝋で固めた翼で空を飛んで、太陽に近付くために高く飛びすぎた男の話しだったか。しかし、その神話がどう殊勝な心掛けにつながると言うのか。
しかし、魔理沙の表情に霊夢は思わずそんな言葉を飲み込んだ。それは魔理沙と自分の長い付き合いの中で一度も見た事がない表情。少しだけ切なそうで、苦しげで、自分を嘲るような魔理沙の微笑みに霊夢は息を飲んだ。
「でも分かる気がするんだよな」
「…?何が…??」
「太陽に少しでも近付きたくて、足掻く奴の気持ち」
魔理沙はふと腕をあげて掌を天に向けた。その先には燦々と輝く太陽。
そして、その太陽を掴もうと思わんばかりの行動に霊夢は首を傾げた。
「太陽って言うのはさ、たぶん物の喩えなんだ。自分にとっての光。それを太陽に喩えているだけ。それは本当の太陽でなくてもいい。ただ、自分にとってなくてはならない存在。それがこの神話で言う所の太陽なんだと思うぜ。そして、太陽には届かない。望んでも手に入らない。どんなに足掻いても本当に手にしたいものは手に入らない。それを物の喩えにして現代に伝える為に残った神話―――」
こんな感じにな―――魔理沙は苦笑してから、天に突きだし広げた掌をふと握り締め、胸元に持ってくると掌を開いて見せる。だが、そこには勿論何もない。太陽がある筈もなくて、そこで霊夢は漸く魔理沙が言おうとしている事を理解した。
つまり、この神話は太陽と太陽に近づこうとして墜落した男に喩えた教えてあり、この話の本質は『届かない事』地球や伝承の男にとっての太陽と同じように、自分が本当に手に入れたいと願うものにはどうやったって手は届かない。そんな神話に紛れた教えに霊夢は心臓をがしりと掴まれた気分になった。
それは、この伝承の本質に共感したとか、当て嵌まる事があったとか、そんなことではなくて――。
「魔理沙にとっての…太陽ってなんなの?」
この神話を理解し、その気持ちを理解するのならば、魔理沙にとっての『太陽』とは一体何の事を指すのか―――霊夢は気になったのだ。そんな霊夢の言葉に魔理沙は一瞬ぽかんとするとケラケラと笑った。
「さあな?」
いつもの魔理沙と変わらない様子。悪戯好きな子供のような表情で言うと、魔理沙は立ち上がり、霊夢の真向かいに立つ。その表情は丁度太陽と重なり逆光の所為で見る事が出来なかったが、
「どうしても知りたいなら私を追え。追いつけたら教えてやるぜ」
「へ…?ちょっ、ちょっと魔理沙!!?キャっっ!!」
突如、意味のわからない事を言い放った魔理沙は粉塵をまき散らして空へと飛び去っていた。
そのスピードは尋常ではなく、天狗が現れる以前では幻想郷最速と言われていただけはある。
だが、謎かけをされ更には砂までかけられた霊夢も、今更引き下がるわけにもいかず、額に青筋を浮かべながら魔理沙が残したとんがり帽子を乱暴に掴んだ。
「さて、売られたケンカは買わないとね…?」
それが魔理沙の残してくれた言い訳だという事を知りながら、ニヤリと不敵に笑ってふわりと虚空に浮きあがった霊夢は、魔理沙と同じように粉塵を巻き上げて空へと飛び立つ―――太陽に向かって。
■■■
轟々と千里を駆ける勢いで空を飛ぶ。過ぎ去る景色に視線をやれば、豊かな緑覆われた幻想郷の全貌が見える。しかし、幻想郷の全貌を覗ける雲と同じ高さまで飛び上がっても太陽はまだまだ遠い。
魔理沙はジリジリと肌が焦げるのを感じながらも、高く高く飛び続ける。
その時、ピッと肌を鋭い痛みが走り、魔理沙はその痛みがした頬に指を這わせるとぬるりとした感触を感じ、その手を見ればいつのまにか血が出ていた。真空状態を作り上げるほどに加速していたのか、魔理沙は不敵に笑むと箒をそこで止め眼下を見下ろした。
「私にとっての太陽―――」
その視線の先には。
「漸く、追いついたわよ!さあ、教えなさい!!」
博麗霊夢の姿があった。
「前言撤回」
「あ!?ず、ずるいわよ!」
「私の太陽が知りたきゃ、私を倒すんだぜ」
霊夢の言葉も耳に入らんと魔理沙は無数の弾幕を張った。その量は尋常ではなくて、スペルカードを同時に発動した重ね掛けた無茶な弾幕。最初から飛ばした攻撃に霊夢は目を見開いた。この量だ、恐らく撃ち放てば魔力は一気に吸い取られてしまうだろう。魔理沙には珍しい後先の考えない弾幕に思わず霊夢は問うた。
「どうして、そこまで…」
下手をすれば空を飛ぶ余力すらを奪う可能性もある程の弾幕。だが、魔理沙は不敵に微笑むとスペルカードの発動を高らかに宣言し、強大な魔方陣が彼女を囲む。そんな中、魔理沙は小声で呟いたが霊夢は聞き逃さなかった。
「私は太陽に届きたい」
その言葉にどんな意味があったのか、霊夢には考えるだけ時間は無い。
ただ、悲しそうな表情だけは網膜に焼き付いて、ドクリと心臓が高鳴った。
「さて行くぜ、霊夢。最初からラストスパートだぜ!!!!」
■■■
惹かれている事に気付いたのはいつからか。
好きだという事に気付いたのはいつからか。
ずっとずっと昔からずっと一緒にいた私とお前。
好敵手として、友人として、親友として徐々に育まれた絆。
その絆を大切にしたいと願った、反面。もっともっとと求めた、本心。
ただ隣でいる事に満足できなくなってから幾早々。その求める心は隠す事すらできないほどに大きく肥大して、そろそろ限界だと悟ったのは、かの伝承をお前に話したついさっきの出来事で、皮肉にもその引き金はお前が引いたんだ。
もしも、この弾幕ごっこが終わったら私達の絆や、今まで築いてきたもの全ては消え去る。女同士でありながら、好きになってしまった。この想いは、はじめから叶わない願い。
――――だから、私にとっての太陽は。
手を伸ばし続ける事には飽きた。
求め続ける事にも大概、飽きた。
私は太陽が欲しい。太陽を手に入れたい。
何度墜落しても良いから、太陽を手に入れて見せる。
――――お前の事なんだよ、博麗霊夢。
■■■
「だから、負けられないんだっ!!!」
「ぐ、ぐうぅっ!こんな、力…今まで」
知らなかった。魔理沙の力がこれほどまでとは。本気の一撃。
迸る力の奔流に霊夢は確実に押されていた。徐々に後退する。ただ空に留まり防御しているだけだと言うのに、体力は徐々に削られていく。霊夢は歯噛みしながらも、全ての攻撃を流したり防御したり避けたりしてどうにかやり過ごしていた。
だが、その攻撃が止む。突然の攻撃の消失に霊夢が魔理沙を見上げれば、その光景に言葉を失った。
その弾幕には見覚えがあった。
彼女が誇る最大のスペルカード。
光の奔流―――マスタースパーク。
「最後だ…、これで決着を付けるんだぜ、霊夢…」
「…………――――」
荒々しい息を吐きながらも、そう言い放った魔理沙。
霊夢はズキリと心が痛むのを感じた。
しかし、その痛みがなんなのか。
霊夢は考えるよりも先に、行動していた。
心の痛みよりも明確に感じた怒りのままに。
「マスター……っ、!!?」
「全然意味がわからないけど、」
魔理沙が八卦炉を構えた時にはその姿は掻き消えていた。
突然消え失せた霊夢に魔理沙が気が付くと次の瞬間頭上から声が降りてくる。それは冷たい冷たい霊夢の声で、その声に魔理沙は眼を見開く。
だが、魔理沙が振り向いて霊夢の姿を確認するよりも早く霊夢は宣言した。
「歯を食いしばりなさいっ、魔理沙!!霊符―――夢想封印!!」
霊夢の方向のような声が響き渡った瞬間、魔理沙の身体を光が包み込み、
「あぁ…」
静かに地上へと、一気に墜落を始める。
「魔理沙…」
墜落を始めて、一気に加速する魔理沙の身体を優しく抱きとめて、霊夢は強く抱きしめた。
ボロボロな魔理沙の身体には力が入っておらず、いつもよりも重く感じたが、その魔理沙が霊夢の服を弱々しくも抱きしめたのを感じて、ほっと息を吐く。もしかしたら、やりすぎたかもしれない、と思っていたのだ。だが、魔理沙は弱々しくも反応した。だから霊夢は安心したのだ。
「全く…無茶なことするんだから。馬鹿魔理沙…」
「ごめん…でも、ありがとうな…私の全力を受け止めてくれて」
「別に。あんたの暴走はいつもの事だし。だけど、約束通り勝ったんだから教えなさいよ」
あんたの太陽。霊夢は呆れを含んだ溜息をつきながら、魔理沙にそう問うた。すると魔理沙は弱々しく霊夢に微笑んで、その身体を抱き寄せて更に密着させる。そんな魔理沙の突然の行動に霊夢が頬を染める、と―――魔理沙は反論の言葉を塞ぐように、
「ん、」
「――ん!?」
その唇を奪った。
ただの、なんてことないフレンチキス。しかし、触れ合った唇から伝わる官能と魔理沙の温もりに霊夢は鼓動が乱れ、頬が赤く染まっていくのを感じた。何とも言えない感情が心を支配する。
この想いが一体何なのか―――霊夢がそれを理解するよりも早く。頬を染めた魔理沙が告げた。
「私にとっての太陽はお前なんだぜ?霊夢」
二人で落ちて行く―――速度は緩やかに、風が二人を包み込んで。
「好きだ、霊夢。ずっと昔から」
微笑んだ彼女はまるで太陽のように輝いていた。
【完】
こんな蒸し暑い中、更に太陽光を吸収する黒を基調とした服を纏い、現れた霧雨魔理沙に思わず幻想郷の素敵(自称)な巫女である博麗霊夢は、思わず打ち水用の桶ごとぶちまけた。
「なにするんだぜぇー…」
そんな反論の声すらぐったりとしていて、なんとも覇気の感じられない。
魔理沙らしくない声に霊夢は諦めの溜息をついて、遂に柄杓を手放した。
水をいくら撒いても撒いても一向に涼しくならない。むしろ蒸発した水の蒸気が蒸し暑さを倍増させている事にはとっくに気付いていたのだが、打ち水をせずにはいられなかった。だけど、もう止めた。
「もう駄目…、暑過ぎて何もしたくない」
季節が夏に入ってこの頃、多少肌は焼けていたが、それでも健康的である程度に白い魔理沙と霊夢の肌にだらだらと玉のような汗が伝う。が、それを拭う気力すら二人には残されていなかった。
「いっそ太陽神でも倒してきたらどうだ?確か……アポロだか言う―――」
「他文化の太陽神殺してどうすんの。それを言うなら天照大神でしょうが」
魔理沙の言葉に呆れの色を濃く宿す霊夢が突っ込む。
まず巫女が神様を殺そうとしている事自体異常なのだが、霊夢は夏の日差しの方が重要事項なのか、この暑さを三分以内に収めてくれないようだったら潰す―――と、随分と巫女に有るまじき物騒な事を考えていた。もしも、こんな霊夢の内心が言葉に漏れでもしていたら、八百万の神にでも怒られそうなものである。
(そういえばスサノオの横暴で天照大神は天岩戸に閉じ籠ったんだっけ…?)
と、霊夢が本格的に考え始めると。
魔理沙が視線を太陽に向けたまま、
「神話の再現になるかもな」
そう呟いた。
その言葉に霊夢は内心喜んだ。親友である彼女が自分と同じ事を考えていたのかと思うと、嬉しかったのだ。魔理沙が自分の事を何でも知っていてくれるように思えて。霊夢ははにかんで私もと呟いた。
しかし、そんな霊夢の言葉に存外魔理沙は驚いたような、そんな表情を浮かべる。
「驚いたな…霊夢にそんな殊勝な心掛けがあったなんて」
「は…?ちょ、ちょっと待って。あんたの言う神話って何よ」
「ああ?……それは、あれだよ。なんとかって奴が太陽に近づこうとして、羽を蝋で固めて大きな翼を得て空を飛ぶけど、太陽の熱に蝋が溶かされて結局は墜落するって奴だけど……霊夢は違うのか?」
『イカロスの翼』か―――確か牢獄から抜け出すために羽を蝋で固めた翼で空を飛んで、太陽に近付くために高く飛びすぎた男の話しだったか。しかし、その神話がどう殊勝な心掛けにつながると言うのか。
しかし、魔理沙の表情に霊夢は思わずそんな言葉を飲み込んだ。それは魔理沙と自分の長い付き合いの中で一度も見た事がない表情。少しだけ切なそうで、苦しげで、自分を嘲るような魔理沙の微笑みに霊夢は息を飲んだ。
「でも分かる気がするんだよな」
「…?何が…??」
「太陽に少しでも近付きたくて、足掻く奴の気持ち」
魔理沙はふと腕をあげて掌を天に向けた。その先には燦々と輝く太陽。
そして、その太陽を掴もうと思わんばかりの行動に霊夢は首を傾げた。
「太陽って言うのはさ、たぶん物の喩えなんだ。自分にとっての光。それを太陽に喩えているだけ。それは本当の太陽でなくてもいい。ただ、自分にとってなくてはならない存在。それがこの神話で言う所の太陽なんだと思うぜ。そして、太陽には届かない。望んでも手に入らない。どんなに足掻いても本当に手にしたいものは手に入らない。それを物の喩えにして現代に伝える為に残った神話―――」
こんな感じにな―――魔理沙は苦笑してから、天に突きだし広げた掌をふと握り締め、胸元に持ってくると掌を開いて見せる。だが、そこには勿論何もない。太陽がある筈もなくて、そこで霊夢は漸く魔理沙が言おうとしている事を理解した。
つまり、この神話は太陽と太陽に近づこうとして墜落した男に喩えた教えてあり、この話の本質は『届かない事』地球や伝承の男にとっての太陽と同じように、自分が本当に手に入れたいと願うものにはどうやったって手は届かない。そんな神話に紛れた教えに霊夢は心臓をがしりと掴まれた気分になった。
それは、この伝承の本質に共感したとか、当て嵌まる事があったとか、そんなことではなくて――。
「魔理沙にとっての…太陽ってなんなの?」
この神話を理解し、その気持ちを理解するのならば、魔理沙にとっての『太陽』とは一体何の事を指すのか―――霊夢は気になったのだ。そんな霊夢の言葉に魔理沙は一瞬ぽかんとするとケラケラと笑った。
「さあな?」
いつもの魔理沙と変わらない様子。悪戯好きな子供のような表情で言うと、魔理沙は立ち上がり、霊夢の真向かいに立つ。その表情は丁度太陽と重なり逆光の所為で見る事が出来なかったが、
「どうしても知りたいなら私を追え。追いつけたら教えてやるぜ」
「へ…?ちょっ、ちょっと魔理沙!!?キャっっ!!」
突如、意味のわからない事を言い放った魔理沙は粉塵をまき散らして空へと飛び去っていた。
そのスピードは尋常ではなく、天狗が現れる以前では幻想郷最速と言われていただけはある。
だが、謎かけをされ更には砂までかけられた霊夢も、今更引き下がるわけにもいかず、額に青筋を浮かべながら魔理沙が残したとんがり帽子を乱暴に掴んだ。
「さて、売られたケンカは買わないとね…?」
それが魔理沙の残してくれた言い訳だという事を知りながら、ニヤリと不敵に笑ってふわりと虚空に浮きあがった霊夢は、魔理沙と同じように粉塵を巻き上げて空へと飛び立つ―――太陽に向かって。
■■■
轟々と千里を駆ける勢いで空を飛ぶ。過ぎ去る景色に視線をやれば、豊かな緑覆われた幻想郷の全貌が見える。しかし、幻想郷の全貌を覗ける雲と同じ高さまで飛び上がっても太陽はまだまだ遠い。
魔理沙はジリジリと肌が焦げるのを感じながらも、高く高く飛び続ける。
その時、ピッと肌を鋭い痛みが走り、魔理沙はその痛みがした頬に指を這わせるとぬるりとした感触を感じ、その手を見ればいつのまにか血が出ていた。真空状態を作り上げるほどに加速していたのか、魔理沙は不敵に笑むと箒をそこで止め眼下を見下ろした。
「私にとっての太陽―――」
その視線の先には。
「漸く、追いついたわよ!さあ、教えなさい!!」
博麗霊夢の姿があった。
「前言撤回」
「あ!?ず、ずるいわよ!」
「私の太陽が知りたきゃ、私を倒すんだぜ」
霊夢の言葉も耳に入らんと魔理沙は無数の弾幕を張った。その量は尋常ではなくて、スペルカードを同時に発動した重ね掛けた無茶な弾幕。最初から飛ばした攻撃に霊夢は目を見開いた。この量だ、恐らく撃ち放てば魔力は一気に吸い取られてしまうだろう。魔理沙には珍しい後先の考えない弾幕に思わず霊夢は問うた。
「どうして、そこまで…」
下手をすれば空を飛ぶ余力すらを奪う可能性もある程の弾幕。だが、魔理沙は不敵に微笑むとスペルカードの発動を高らかに宣言し、強大な魔方陣が彼女を囲む。そんな中、魔理沙は小声で呟いたが霊夢は聞き逃さなかった。
「私は太陽に届きたい」
その言葉にどんな意味があったのか、霊夢には考えるだけ時間は無い。
ただ、悲しそうな表情だけは網膜に焼き付いて、ドクリと心臓が高鳴った。
「さて行くぜ、霊夢。最初からラストスパートだぜ!!!!」
■■■
惹かれている事に気付いたのはいつからか。
好きだという事に気付いたのはいつからか。
ずっとずっと昔からずっと一緒にいた私とお前。
好敵手として、友人として、親友として徐々に育まれた絆。
その絆を大切にしたいと願った、反面。もっともっとと求めた、本心。
ただ隣でいる事に満足できなくなってから幾早々。その求める心は隠す事すらできないほどに大きく肥大して、そろそろ限界だと悟ったのは、かの伝承をお前に話したついさっきの出来事で、皮肉にもその引き金はお前が引いたんだ。
もしも、この弾幕ごっこが終わったら私達の絆や、今まで築いてきたもの全ては消え去る。女同士でありながら、好きになってしまった。この想いは、はじめから叶わない願い。
――――だから、私にとっての太陽は。
手を伸ばし続ける事には飽きた。
求め続ける事にも大概、飽きた。
私は太陽が欲しい。太陽を手に入れたい。
何度墜落しても良いから、太陽を手に入れて見せる。
――――お前の事なんだよ、博麗霊夢。
■■■
「だから、負けられないんだっ!!!」
「ぐ、ぐうぅっ!こんな、力…今まで」
知らなかった。魔理沙の力がこれほどまでとは。本気の一撃。
迸る力の奔流に霊夢は確実に押されていた。徐々に後退する。ただ空に留まり防御しているだけだと言うのに、体力は徐々に削られていく。霊夢は歯噛みしながらも、全ての攻撃を流したり防御したり避けたりしてどうにかやり過ごしていた。
だが、その攻撃が止む。突然の攻撃の消失に霊夢が魔理沙を見上げれば、その光景に言葉を失った。
その弾幕には見覚えがあった。
彼女が誇る最大のスペルカード。
光の奔流―――マスタースパーク。
「最後だ…、これで決着を付けるんだぜ、霊夢…」
「…………――――」
荒々しい息を吐きながらも、そう言い放った魔理沙。
霊夢はズキリと心が痛むのを感じた。
しかし、その痛みがなんなのか。
霊夢は考えるよりも先に、行動していた。
心の痛みよりも明確に感じた怒りのままに。
「マスター……っ、!!?」
「全然意味がわからないけど、」
魔理沙が八卦炉を構えた時にはその姿は掻き消えていた。
突然消え失せた霊夢に魔理沙が気が付くと次の瞬間頭上から声が降りてくる。それは冷たい冷たい霊夢の声で、その声に魔理沙は眼を見開く。
だが、魔理沙が振り向いて霊夢の姿を確認するよりも早く霊夢は宣言した。
「歯を食いしばりなさいっ、魔理沙!!霊符―――夢想封印!!」
霊夢の方向のような声が響き渡った瞬間、魔理沙の身体を光が包み込み、
「あぁ…」
静かに地上へと、一気に墜落を始める。
「魔理沙…」
墜落を始めて、一気に加速する魔理沙の身体を優しく抱きとめて、霊夢は強く抱きしめた。
ボロボロな魔理沙の身体には力が入っておらず、いつもよりも重く感じたが、その魔理沙が霊夢の服を弱々しくも抱きしめたのを感じて、ほっと息を吐く。もしかしたら、やりすぎたかもしれない、と思っていたのだ。だが、魔理沙は弱々しくも反応した。だから霊夢は安心したのだ。
「全く…無茶なことするんだから。馬鹿魔理沙…」
「ごめん…でも、ありがとうな…私の全力を受け止めてくれて」
「別に。あんたの暴走はいつもの事だし。だけど、約束通り勝ったんだから教えなさいよ」
あんたの太陽。霊夢は呆れを含んだ溜息をつきながら、魔理沙にそう問うた。すると魔理沙は弱々しく霊夢に微笑んで、その身体を抱き寄せて更に密着させる。そんな魔理沙の突然の行動に霊夢が頬を染める、と―――魔理沙は反論の言葉を塞ぐように、
「ん、」
「――ん!?」
その唇を奪った。
ただの、なんてことないフレンチキス。しかし、触れ合った唇から伝わる官能と魔理沙の温もりに霊夢は鼓動が乱れ、頬が赤く染まっていくのを感じた。何とも言えない感情が心を支配する。
この想いが一体何なのか―――霊夢がそれを理解するよりも早く。頬を染めた魔理沙が告げた。
「私にとっての太陽はお前なんだぜ?霊夢」
二人で落ちて行く―――速度は緩やかに、風が二人を包み込んで。
「好きだ、霊夢。ずっと昔から」
微笑んだ彼女はまるで太陽のように輝いていた。
【完】
ちゃんと創想話の注意書きを読んでいる人ならばわかるはずです
あちらではいつもお世話になっております。
……いや、普通の意味でですよ?w
とまれ、そそわデビューおめでとうございます。
レイマリご馳走様でした。
レイマリいいよレイマリ