我輩は牡鹿である、胴体はもう無い。
というのも、我輩は首の付け根から断たれて剥製とやらにされた挙句、壁に飾られているのである。
だのにこうして視覚も聴覚も嗅覚も触覚も味覚も――そして意識、すなわち六感を維持できてしまうとは、さすがは悪魔の館だと納得するしかない。
そう、ここは悪魔の住処、名を紅魔館。
主はレミリア・スカーレットという少女だが、その実態は吸血鬼で、年齢は五百年にも及ぶという。嘘くせー。
しかし我輩が剥製の壁飾りとなった数十年前から、レミリア嬢は幼いままである。もしかしたら本当に五百歳かもしれぬ。嘘くせーけど。
我輩が飾られている場所は、我輩の元の住処のように表現するなら獣道である。人間だか悪魔だか妖怪だかの言葉では廊下らしい。右目に意識を向ければ、向かいの壁にある扉がレミリア嬢のお部屋。頻繁に出入りするのはもちろんレミリア嬢だが、お部屋のお掃除のためにメイドの咲夜と申す者も時折出入りしている。
時折という表現は間違いやもしれぬ。聞けばこの咲夜、時間を操る程度の能力を持っているという。我輩が気づかぬうちに時間を止めてお部屋に入りお掃除をこなしているそうだ。嘘くせー。
さらに時間を操れるがために、紅魔館全体のお掃除お洗濯も受け持っているそうだ。紅魔館は、我輩が生きていた頃に森の中から眺めた事が何度かあるがなかなかに大きい。その館を一人でお掃除する完全で瀟洒なメイドとして崇められているそうだ。嘘くせーけどよー。
できればそういった物事の真偽を確かめるべく、館の中を駆け回りたい衝動に駆られるが、現在の我輩は首から先だけの剥製である。視線を動かす以外なにもできぬ無様な我輩。ああ、故郷の森が恋しい。
そう、ここは故郷ではない。欧州ではない。室内とはいえ空気でわかる。
ではどこなのかというと、極東の島国のどこかにあるという、結界で隔離された異世界、幻想郷らしい。嘘くせー。
悪魔や妖怪といった幻想が人間に信じられるられないとかどうとかいった理屈で、レミリア嬢は幻想郷に引っ越したらしいのだが、なんとこの巨大な館ごと引っ越したそうだ。お友達の魔法使い、パチュリー・ノーレッジ嬢なる者の仕業と聞いた。嘘くせーけどなぁー。
本当にもう、こんな廊下に飾られっぱなしで我輩は退屈し放題。
突飛な物事がたくさん起きているらしいのに、その真偽も確かめられぬこの身が憎い。
我輩、こう見えて鹿仲間の間では物知りウィリアムと尊敬されていたのである。
ああ、尊敬されたい! さすがウィリアムさん物知りですねと褒められたい! ウィリアムさん素敵ー抱いてーと求愛されたい!! などと猛っておると、時間を操れると噂の咲夜がやって来た。若い人間だけあって、紅魔館にとって重要人物になろうと所詮は新参者である。おいコラ、先輩である我輩に挨拶せぬか。この雄々しい角を見て雌の本能を刺激されて抱きついてこぬか。
まったく最近の若い者は礼儀がなっとらん。我輩が紅魔館の主になった暁には、咲夜には毎日我輩のブラッシングをさせてやる。
咲夜はレミリア嬢のお部屋の扉を叩いた。ノックという奴だ。
「お嬢様、もう夜ですよ」
返事は無かったが、そこら辺は阿吽の呼吸、大丈夫だろうと判断して扉を開けた。
この瞬間のみ、全力で右側に視線を向ける事によりレミリア嬢のお部屋を覗き見れるのである。
退屈な剥製生活の数少ない娯楽なのだが、決して破廉恥ではないと宣言しておこう。
我輩は牡鹿であり、雌鹿を見てときめく事はあっても、人型の雌を見てときめく事は無い。人型の生き物も、異性とはいえ鹿を見ても妙な気持ちは抱くまい。なので我輩がレミリア嬢のお部屋を覗いたとてなんら問題は無いのである。文句があるならここに我輩を飾ったレミリア嬢に言えばよい。
さて。
さてさて。
吸血鬼の館、しかも吸血鬼のお部屋の前なので、日の光などこの数十年見ておらぬ。さらにお部屋にいるのが夜の住人ともなれば、我輩もう時間の感覚を完全に失っておる。今は朝昼晩のいずれであろうか。果たして吸血鬼は、扉の向こうで下着姿をさらしていた。つまり現在の時間とかもうどうでもいいやレミリア嬢の下着姿だうむうむ素晴らしいあの蝋燭のように白い肌がたまらぬウヒヒヒヒ。いやこれは決してやましい気持ちではなく、美しいものに感動を覚えるのは悪魔であれ人間であれ鹿であれ同じであろう? レミリア嬢は美しいのだから、その肌がよく見える下着姿も美しくて然り。感動して然り。全然おかしな事じゃないよ。山の合間に沈む夕陽とか、湖面に映る星屑とか、森を散歩中に優しく世界を照らす木漏れ日とか、美しいって思うよ。それと同じだよ。それに子供っていうのは保護欲を掻き立てる造形をしているもの。鹿の子供とか可愛いでしょ。人間の子供も可愛いでしょ。吸血鬼の子供も可愛いでしょ。故に我輩は正しい。太陽が西から昇るほど正しい。
……んむ? 東からだったか? いや、西のはずだ。数十年も壁にかけられているせいで色々と感覚が狂ったり常識を忘れたりしているが、太陽は西から昇るという記憶は間違いではあるまい。なにせ我輩は物知りウィリアムとして尊敬されていたのだから。
「ん、おはよ――」
レミリア嬢の唇から麗しい音色が流れたが、途中で扉が閉まってしまい、聞き取りにくくなった。だがしかし、剥製になっても元は野生動物。聴覚には自信がある! この耳で幾度も肉食獣の存在を察し、逃げ延びてきたのだ。それでも逃げ切れぬ時、あるいは逃げられぬ訳がある時、例え相手が肉食獣であろうと我輩は烈火のように戦う。
お陰様でついたあだ名がクリムゾンブレイズである。
真紅の炎に相応しき我輩の毛並み、見事な赤毛である。真っ赤な紅魔館に相応しい。スカーレットの名を継ぐレミリア嬢に相応しい。運命の赤い糸とやらが存在するのであれば、我輩とレミリア嬢は確実に結ばれている。
「咲夜ぁ、服着せてー」
「はいはい」
耳を澄ませば聞こえてくる絹のすれる音。
やっぱり嘘だろ、人間が時間止められるとか。常識的に考えてありえないもの。
「今宵はどうなされますか?」
咲夜は主人の予定を聞きに来たようだ。フフッ、所詮は人間、青い奴よのー。扉の前の剥製を致しておる我輩なら簡単に予測可能である。レミリア嬢はああ見えてわんぱくだ。故に取るべき行動はひとつ!
……すなわち!
……永遠に月が幼き紅と呼ばれるかの如く!
……現在大流行のスペルカードルールと関係深くもあり!
……夜は吸血鬼の時間であるがために、なればこそ、我輩は思うのだ。夜であると。夜であるから、吸血鬼で。
……ちょっともったいぶりすぎたやもしれぬが、要するに、端的に申せば……。
まあ、まあまあ、我輩ともなればもうレミリア嬢の考えなどお見通しであり……。
これからなにをするのかというと、それはもう、手に取るように重々理解しておるのだが、だが、だな、うむ。
物知りウィリアムの名にかけてだな……。
クリムゾンブレイズの異名によるカリスマは、我輩に千里眼を授けまして、そのう、千里眼なのだ。
つまり、レミリア嬢が今後取るべき行動は!
……。
レミリア嬢が咲夜に対しどのような返事をするかといえば!
……その……あれである、ちょっとそれを示す単語が出てこないが、つまり、レミリア嬢は――。
「夕飯は鹿肉のシチューがいいわ。パチェと食べるから、図書館に運びなさい」
「かしこまりました」
おっと。
おっとっと。
もったいぶっている間に言われてしもうた。
そう、レミリア嬢はご飯のリクエストをし、お友達のパチュリー嬢と一緒にお食事をする友情に厚い娘なのである。
やはり我輩、紅魔館屈指のレミリア嬢理解者であるな。
それにしても、鹿肉のシチューか。
なんだろう、この胸を駆け巡る熱い衝動は……。
といっても胸はもう無いのであるが、我輩の灰色の脳細胞が刺激されるような気が。
といっても脳ももう無いはずであるが。
むう。剥製にされた時は意識が無かったのでよくわからぬが、我輩、生身なのは毛皮と骨と角だけなのであるか? 物知りウィリアムと申しても、あくまで野生動物の中でのお話。人間が剥製を作るために我々を狩猟する事は存じていても、実際にどうやって剥製にするのか目撃しておらぬ。
それにしても。
剥製という文化を生み出した人間の野蛮さには辟易させられる。レミリア嬢のような悪魔ならともかく、人道がどーの、信仰がどーの、たわけた理屈を並べて清く正しい蹂躙を自慢する。悪行を悪行と認識して悪行をする悪魔に狩られる方がよっぽど気分がスッキリする。
言い訳ばかりの人間は嫌いだ。
だから咲夜も嫌いだ。
まあそれでも、悪行を悪行と認識して悪行をする人間もいるし、咲夜は悪魔の狗なので他の人間よりはマシであろう。
まったく、レミリア嬢はなにを考えて咲夜なんぞをメイドにしたのか、最大最高の理解者である我輩でさえ首を傾げる。メイドなら美鈴ちゃんなり小悪魔ちゃんなりにやらせればいいだろうに。本当にもう、門番と司書じゃ滅多にこの廊下通らないんだもの。全然お目にかかれなくて我輩残念無念。
むむ? 妄想にふけっておると、いつの間にか扉が開いていた。ああ! レミリア嬢が、レミリア嬢がこっちに歩いてくる! 可愛いヒラヒラの服で歩いてくる! おいこら咲夜、後ろをつけ歩きながらなにを恍惚としておる。あれか。レミリア嬢のかぐわしい香りを楽しんでおるのか。こんな不埒な人間がレミリア嬢のメイドだなんて、我輩不安で心配で妬ましくってたまらぬ。
どうせレミリア嬢のお着替えもふしだらな気持ちで手伝ったに違いない。我輩がそう思うんだから間違いない。真実を見抜く牡鹿、ウィリアムとは我輩の事である。
憤慨して睨みつけていると、咲夜がこちらを見た。
「お嬢様、前々から思っていたのですが」
その言葉にレミリア嬢が立ち止まると、真紅の眼差しを我輩に向けた。おお、咲夜の分際でいい仕事をするではないか。このまま丸一日くらいレミリア嬢をこの場に留めるがよい。我輩に見直されたくばな。
「この鹿の剥製、気色悪くないですか?」
やはり咲夜は最低の屑だな。人間の中でも特に下劣である。この世に存在する事を許されているのは、レミリア嬢の従者だからであろう。もし主従関係を切れば、即座に森羅万象が存在抹消に全身全霊で突き上げるよ。
「そうかしら?」
小首を傾げるレミリア嬢。おお、なんとかわゆい仕草。我輩もう大感激。レミリア嬢は森羅万象に祝福された唯一無二の存在。現にこうして我輩をかばってくれているし。もうあれだね。愛。つがい以上の愛情でレミリア嬢と我輩は結ばれておると確信した。ああ、五体さえ無事なら、レミリア嬢を背中に乗せて山を駆け抜け川を飛び越え、大空の果てまでもロマンスファンタジーしちゃうよ我輩。
「スケベっぽい顔立ちしてませんか? この鹿」
所詮は下賎、物事の良し悪しなど区別がつくまい。だからどんな戯言でも我輩の心は傷つかない。畜生スケベっぽい顔立ちの人間の癖に、分をわきまえぬか下郎。まったく咲夜は本当に最低の屑だな。
「でも、いい毛並みじゃない」
レミリア嬢、愛してる。そうだよね、日の光の届かないこの廊下、灯りは燭台の蝋燭、夕陽の如き赤い火に照らされた我輩の体毛は、それはもう赤々と美しく輝いている。首を捻られないから今の毛並みを確認できないけど。レミリア嬢の審美眼は常に真実をとらえるのでとても信頼できる。美鈴ちゃんのような真面目で優秀な門番を雇えるのも、そういった主としての資質のおかげであろう。
「角が折れていて貧相だと思います」
……え? 角、え、折れてるの? ……えぇっ? 誰の角が? ああ、そうか、この人間、頭おかしいのか。
「そこに歴戦の風格があると思わない?」
角が折れている事を我輩は誇る。威風堂々と胸を張る。胸、もう無いのだが。
「歴戦……? この左角が折れた経緯をご存知なのですか?」
人に歴史あり。鹿に歴史あり。いよいよ我輩の雄々しき伝説を語るべき時が来たようである。
聞いて驚け人間!
といっても我輩、喋れないのだがな。剥製であるからな。仕方あるまいて。
だからレミリア嬢! 我輩の代わりに、我輩の雄々しき歴戦の武勇伝、語って聞かせてやってくれい!
「頭から大木に突っ込んで折れたのよ」
記憶に御座いませぬ。
生前なんて忘却の彼方。もう数十年は経っておるからな。記憶に無くても仕方あるまい。
しかし、レミリア嬢でも間違う事はあるのだな。木に突っ込んで角を折ったのは我輩ではなく、他の鹿であろう。それと勘違いしているのであろう。うむ、そうとしか考えられぬ。レミリア嬢はこれでおっちょこちょいな面があるのでな、可愛い失敗と笑って許すのが雄というもの。
レミリア嬢の真紅の眼差しが、我輩から外れる。
「ところで、なにか変わった事は?」
「昼に霊夢が来ました」
「なんで起こさないのよ」
「起こしましたよ。ですが眠いからと言ってお起きになりませんでした」
「記憶に無いわ」
話題を変えて歩き出すレミリア嬢……。
ああ、行かないで……。
我輩、さみしい……。
……ああ、階段を下りて……行ってしもうた……。
レミリア嬢が帰ってくるまで暇である。
館主のお部屋前だけに妖精メイドもなかなか来ぬし。レミリア嬢は吸血鬼なのにアウトドア派だから、自室にいる時はだいたい眠っておって、独り言を聞く機会もほとんど無い。さみしい。
欲を言えばレミリア嬢のお部屋の中に移りたい。
もしくはレミリア嬢がよく通り、尚且つ美鈴ちゃんや小悪魔ちゃんや妖精メイドもよく行き交うような場所に移りたい。玄関とかロビーとか。パチュリー嬢が一日中見られるという意味で図書館でもよい。レミリア嬢も足しげく通っておるようだしの。
ああ、暇だ。
物知りウィリアムとして同胞から褒め称えられていた生前が懐かしい。
我輩、なんで剥製になってしまったのか? そもそも死因すら思い出せぬ。角が折れておる理由もわからぬ。
フッ……物知りの癖に、自分を知らぬとは滑稽よな。
それでも。
レミリア嬢を愛する心に、一切の偽り無しと自信を持って言える。
故に、レミリア嬢と多少なりとも関われるこの剥製という立場、それほど呪ってはおらぬ。
……うむ、我輩格好いい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
男が立っていた。
残忍に笑い、死の腕を振り上げる。
男が立っていた。
残忍に笑い、死の刃を振り上げる。
さらばだ。
――腕が振り下ろされる。
さらばだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
剥製になっても元野生動物、聴覚には自信がある。
故に、我輩は暇潰しの居眠りから瞬時に覚醒した。何者かがこちらに向かって来ている。
この足音、聞き覚えが無い。我輩の知らぬ妖精メイド? 地下室で暮らしているというフランドール嬢? いや、それならばなぜ、足音を潜めているのだ。
侵入者だと直感する。
生前、この直感により数多の肉食獣、数多の狩猟者から同胞を護ってきた。
剥製となった今、もはやこのような能力を使う機会は無かろうと思っていたが……。
視線を左に。廊下の奥の階段に向ける。
……いる。確かにいる。近づいてきている。
誰が? なんの目的で?
その自問、愚問であると断ずる。
レミリア嬢は吸血鬼、味方の何倍もの敵に狙われる宿命にある。
この先はレミリア嬢のお部屋、悪事など幾らでも働ける。
賊の足音が近づくにつれ、死によって封印された闘争本能が蘇る。
目頭が熱い。
視界が紅く染まる。
紅く――?
人影が、階段から。
来た。
不届き者め。レミリア嬢のお部屋を荒らす前に、我輩の角で引き裂いてくれよう。
階段を登り切り、廊下を忍び足で進む小柄な少女。
メイド服を着ている。
妖精の翅が生えている。
妖精メイドの姿をしている。
我輩にためらいは無かった。
すでに敵と認識した。どのような姿形であろうと問答無用。
レミリア嬢に害を成す者、すべて等しく我が敵だ。
金髪一匹。黒髪一匹。金髪縦ロール一匹。
計三匹。
これより撃滅する!
「ふふふ、私の能力のおかげで簡単に潜入できたわね!」
「あら、私の能力のおかげでしょ?」
「私の能力も忘れないでよ」
歓談しながら三匹の妖精は我輩の前を通り過ぎ、レミリア嬢のお部屋に侵入してしまった。
……し、しまった!
我輩、剥製である!
我輩、戦えぬ!
なんという失態!
いかん、このままではレミリア嬢のお部屋にあの鬼畜妖精三匹の悪逆非道な罠が仕掛けられ――死。
高い不死性を誇る吸血鬼だが、弱点は多い。ヴァンパイアハンターなんて職業が成立するほど弱点が多い。このままではレミリア嬢が暗殺されてしまう、我輩の眼と鼻の先で。なんという屈辱。
薄汚い妖精どもめ。貴様等は我輩の中で人間以下の外道に認定されたぞ。
ああ、妖精どもが扉を開け、侵入してしまった。
こうなったら手段を選んではおれぬ。プライドもなにもかもかなぐり捨てて、奴等の野望を阻止せねば。
しかしどうすればいい? 救援を呼ぶにしても、我輩、口が利けぬ。剥製である。
物知りウィリアムともあろう者が、なんと情けない!
クリムゾンブレイズともあろう者が、なんと情けない!
これでは我輩のみならず、我輩を認めてくれたレミリア嬢に申し訳が立たぬ!
「わぁ、ここがあの吸血鬼の部屋ね!」
「すごーい、天蓋つきベッドだ!」
「早く仕掛けましょう」
仕掛ける!? やはり罠! レミリア嬢の暗殺! なんと卑劣な……。
くっ、なにか、なにか手立ては?
賊を撃滅する手立ては?
罠の存在を知らせる手立ては?
無い。物知りウィリアムが持つ知識の中には。クリムゾンブレイズの持つ能力の中には。
しかしそれは、あきらめではない。
状況を打破するため、なにが可能で不可能かを冷静に分析したにすぎない。
ここからが本番だ。
ここからが問題だ。
森羅万象より生まれしこの身は色即是空。
例え死して剥製となろうとも停滞はせぬ。
諸行無常の世の中に希望の炎を灯らせよ。
あっ、今の格好よいな。
ええと、なんだっけ。
森羅万象より天命受けしこの身は諸行無常。
例え朽ち果て剥製となろうとも伝説は残る。
生者必滅の絶望を炎で照らせ猛々しき魂で。
……うむ、思い出せぬ!
我輩に人型の手があれば即座にメモしていたものを。
こうして真剣に作戦を練っている間に、三匹の妖精は扉から出てきてしまった。
やり遂げたという表情は可愛らしい、やり遂げたのがレミリア嬢暗殺のための罠でなければ。
三匹は談笑しながら廊下を歩き、ついに我輩の真正面までやって来た。
い、いかん。
このままでは我輩の愛しいレミリア嬢が殺されてしまう!!
それだけは断固阻止せねばならぬ。
例え……この生命と引き換えにしても。
この身、すでに死して剥製と化しておる。
今さら生命など惜しまぬ。
我輩のすべてを投げ捨ててでも、レミリア嬢のささやかな笑顔のために――。
「ふふふっ、あの吸血鬼が驚く様が目に浮かぶわ!」
「あれ? 急にレーダーに反応が……えっ、鹿の頭?」
「これって剥製でしょ? ……今、目が動いたような」
三匹がこちらを見る。
我輩はそちらを睨む。
頼む……我輩の全身全霊……!!
今……燃え尽きていい!!
自慢の毛並みも、雄々しき角も、真っ直ぐな眼差しも、すべて燃え尽きろ……!!
渾身の力で……動け……動くのだ……我輩の……魂!!
「あ、口が開いた」
「もしかして侵入者対策のマジックアイテム!?」
「逃げた方がいいんじゃ……」
――真紅の炎の如き生き様。
灼熱した。
全身が沸騰し、瞳から火花が散る。
レミリア嬢への愛が真紅の炎となって燃える!
我が名はウィリアム!
友から与えられし第二の名は!
「クリムゾォォォンブレェェェエエエエエエッ!!」
「きゃー!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「魔物化してるわね」
我輩の毛並みを撫で撫でしながら、パチュリー嬢が仰った。
どうやら我輩、死後、紅魔館という悪魔の巣窟にて、吸血鬼のお部屋の前に数百年も飾られていたおかげで、魔力に当てられ魔物になりかけているそうである。さすがレミリア嬢、我輩感激である。
ちなみに自我を取り戻したのは数十年前であるが、レミリア嬢とパチュリー嬢の会話から察するに、死んだのは数百年前らしい。レミリア嬢が五百歳だから、百年から四百年くらい前であろう。大雑把だ。
「それで、炎を吐いて侵入者を退治してくれたという訳ね」
廊下にて、腕を組んで壁にもたれているレミリア嬢。その隣には正座して並んでいる妖精三匹。
サニーミルクちゃん、スターサファイアちゃん、ルナチャイルドちゃんと申す悪戯好きの妖精らしい。
暗殺目的じゃなかったのは安心したが、だからといってレミリア嬢に悪戯などさせるものかよ。いや、させてしまったが、こうして捕らえてどんな悪戯をしたか白状させたので、悪戯は回避できたのである。まったく、レミリア嬢のベッドに蛙を仕込むなど悪鬼の所業。恥を知れ。
仮に、暗殺ではなく子供の悪戯だと察していたとしても、我輩は確実に覚醒していたと確信しておる。
そう、我輩は覚醒した。
この三妖精に向かって真紅の炎を吐いたのだ。
クリムゾンブレイズの異名に相応しい奥義だ。
クリムゾンブレスと名づけよう。
だが残念にも、魔物として覚醒し立ての我輩では、髪の毛の先っぽを焦がす程度の炎しか吐けぬ脆弱さ。名前負けしておる。とはいえ、こうして攻撃手段を得たのは嬉しいぞ。封印されていた闘争本能が蘇る。草食動物なのに。
炎とは別に、ほれ、口をパクパクできるようになった。嬉しい。
「うげっ、気色悪い……」
「クリムゾンブレェーッ」
それと炎を吐く時のみ、必殺技の名前を叫べるようになった。
我輩の口腔からほとばしった細い火は、我輩のハートを傷つけたサニーミルクちゃんの眼前まで伸びた。サニーミルクちゃんは「きゃあ」と可愛らしい悲鳴を上げて立とうとし、正座のせいでバランスが崩れ、隣のスターサファイアちゃんにのしかかってしまった。そしてスターサファイアちゃんはその隣のルナチャイルドちゃんに。
無残に倒れた三妖精に視線をやったレミリア嬢は、冷めた語調で言う。
「正座、やり直し」
半泣きになりながら、硬い廊下の上で再び正座する三匹。
むう。レミリア嬢に仇なす者とはいえ、レミリア嬢も本気で怒ってるようにも見えないし、少々哀れに思えてきた。個人的に言えばルナチャイルドちゃん、髪型がキュートで我輩好みである。サニーミルクちゃんも元気はつらつで大変よろしい。スターサファイアちゃんはエキゾチックな黒髪ストレートが魅力的。ああいうのを鴉の焼き羽色と言うのだろう。
「で、どうするのこれ?」
我輩のかたわらに立つパチュリー嬢が問う。
我輩はこのままレミリア嬢のお部屋前の侵入者迎撃装置として機能してもよろしいが。
「このままここに飾っておくと、どんどん魔力が強まって妙な事になるわ」
おおパチュリー嬢、滅多にお目にかかれぬが、相変わらずインテリであるな。物知りウィリアムとしては、ぜひパチュリー嬢と数多の言葉を交わし知識と親愛を深めたい。
「対魔処理をしておいた方がいいんじゃない? 魔力が抜けて、ただの剥製に戻るわ」
えっ。
いやいや、待たれよパチュリー嬢。
それは我輩を滅するという意味か。
悲しい。悲しすぎる。
だが……レミリア嬢が我輩にただの剥製であれと望むのなら、我輩は……。
「このままでいい」
……。……。……。
うむ? レミリア嬢、今、なんと?
「レミィ、今なんて?」
「このままでいいわ。顔立ちは悪いし、角も折れていて、まあ毛並みがいい程度の剥製だけれど……」
レミリア嬢の真紅の眼差しが、我輩の向こうにいる何者かを見つめる。
「これで一応、ヒゲ野郎の贈り物だからね」
ヒゲ野郎? 誰それ。我輩、そのヒゲ野郎に剥製にされたの?
正座したままの三妖精も、ヒゲ野郎が如何なる者か推測をささやき合っておる。
「そう」
パチュリー嬢も我輩を見る。
うむ? 普段と瞳の潤いが違うのではないか? これはあれか、パチュリー嬢、我輩に惚れてしもうたか?
レミリア嬢が、我輩の前へと歩いてきた。
「だから、余計な手は加えたくない」
お、おお。レミリア嬢がこんなに近くに! 我輩感激! 愛とは素晴らしいものだ。
「魔物と化すなら化せばいい。紅魔館に相応しくなければ叩き出す。相応しければ、従者が一人増える……それだけよ」
我輩すでに愛の奴隷。
「そういう訳だ」
言って、レミリア嬢が手を伸ばす。
我輩の首元に。
自慢の毛皮を撫で撫でされて、ああ、レミリア嬢の手、ちっちゃくてすべすべで最高に心地よい。
もっと、もっと撫で撫でして!
「悪魔の館に相応しい、悪魔らしい魔物になってご覧なさい。クリムゾンブレイズ」
心得た! 我輩悪魔らしい魔物になる!
牡鹿で、剥製で、魔物で、レミリア嬢の従者!
なんとも素晴らしき未来が、眩しいほどに輝いておる。こんなに幸せでよろしいのか? 夢オチではないのか?
フハハハハ、見ておれ咲夜!
レミリア嬢の寵愛を受けるその立場、我輩が略奪してくれようぞ!!
……んむ?
そういえばレミリア嬢、なぜ我輩のあだ名を存じておるのだ?
ああ、そうか。
そういう事だったのか。
以心伝心。
我輩達、すでにその境地に立っていたのであるな。
これはもう身体を自由に動かせるレベルの魔物になったら責任取ってつがいになるしかあるまい。
自由に動かせるようになった口で、我輩は飛びっきりの笑顔を作った。
それを見てレミリア嬢、顔をしかめる。
「……この笑顔、悪魔的というより、単にブサイクで不気味なだけね」
その言葉、我輩のハートをズタズタに引き裂き、ショックで気絶させるのに十二分な威力を持っておった。
我輩は牡鹿である、ブサイクではない……はず。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「もはや逃げ場は無いぞ」
『ぬかったわ。まさか闇の王が、日の没せぬうちに現れようとはな……』
「なればこそ、思慮深く明晰な貴様の虚を突き、こうして追い詰めている」
我輩の背には切り立った崖。
彼奴の身は森の木々に隠されている。
分が悪い。なんとか西日を背負い彼奴の接近を封じているが、日が没すると同時に我輩の命運は尽きるだろう。
『そんなに太陽が怖いか? 不死の王を名乗るなら、恐れず立ち向かってくるがよい』
「山の主クリムゾンブレイズともあろう者が安い挑発をする」
ネーミングセンス皆無のあだ名を口にする。
確かに我輩の毛並みは赤いが、真紅の炎というほど赤くはない。
彼奴が我輩をクリムゾンブレイズなどと呼ぶせいで、同胞や人間の中にもその名で我輩を呼ぶ者が現れている。遺憾だ。
だがこの場でいちいちそんな事を話題にしては白けてしまうだろう。
我輩は挑発気味に鼻を鳴らした。
『森羅万象より生まれながら、魔道に堕ちた貴様は臆病者だ。日の下にその醜悪な姿を現し、焼かれるよりも早く我輩の首を刎ねてみい』
「遠慮する。生きた貴様を見るのも、今日で最後だからな。それに」
くつくつと笑い、木陰の中で彼奴の白い牙が冷たく光った。
「貴様は美しい」
その声色、裏は感じられず、悪魔の本音であろうとわかった。
最後なればこそ語らいに興じようというのか。思えば、彼奴と交わした言葉はいつも、我輩とその同胞の命をめぐっての事だった。彼奴に殺された山の仲間達の鎮魂を願う。なればこそ、彼奴に屈するなどあってはならぬ。
『貴様は醜い。生にすがりつき、死を恐れるのは、命ある者の宿命。しかし……』
「賞賛くらい素直に受けろ。貴様とまみえるのは夜ばかりだったが、なるほど、夕陽を浴びる貴様の毛皮は、真紅の炎のように輝いておる。くくく、人間どもが血眼になって貴様を狙う訳だ。娘と一緒に鹿肉のシチューを堪能し、剥製にして我が館に飾ってくれよう」
『あの趣味の悪い館にか? 我輩の首を獲りたくば、心の臓と引き換えになると心得よ!』
「烈火の如き闘争心、ますます気に入った。その首、必ず貰い受ける」
一歩、彼奴が踏み出す。
時は決して止まらず、川のように流れていく。それが森羅万象の掟なのだ。
流れれば流れるほど森の闇は広がる。彼奴の世界が広がる。
もはや退路は無い。宣言通り我が首と引き換えに、この角で彼奴の心臓を貫いてくれよう。
山に生きる同胞が、悪魔の暴虐にさらされぬように。
恐らく彼奴は日が没する直前を狙い、悪魔の瞬発力で向かってくるだろう。己が誇りのため安い挑発に乗り、日の元に邪悪な心身をさらけ出し、焼け死ぬ前にすべてを終わらせる腹であろう。
ならば我輩は、彼奴の勢いを利用して自慢の角で迎え撃つ。
影が伸びる。背負った夕陽が沈むほど影は伸び、闇へと同化していく。
刹那の狂いも許されぬ瞬間を待ち続け、精神が磨り減り、神経が細っていく。激しい脈動は冷静さを奪うが、今、必要なのは激情であると本能が告げる。攻撃の瞬間を見極める氷のような冷静さと、攻撃の瞬間に爆発させる炎のような激情、どちらが欠けても彼奴は討てぬ。
我輩は牡鹿である、名はウィリアム。
動物を様々な武器や罠で狩猟する人間でさえ恐怖する絶対者、吸血鬼。人間の英雄でさえ返り討ちにする彼奴を、山の主とはいえ牡鹿一頭で倒すなど、滝が逆流するほどありえぬ事象。
知恵と地の利を頼りに彼奴の魔の手から逃れ続けてはきたが、こうして真正面から向かい合う機が訪れようとはな。
日が沈んでいく。
世界が陰る。
彼奴が踏み出す。
我輩がまばたきした直後、世界は一変した。
男が立っていた。
残忍に笑い、死の腕を振り上げる。
あの腕を振り下ろすと同時に、我輩の命はついえる。
あの腕を振り下ろすと同時に、彼奴の命はついえる。
そう確信し、眼光を鋭くして刹那の勝機を見極める。
男が立っていた。
残忍に笑い、死の刃を振り上げる。
足元が爆発した。
否、我が蹄が地を蹴ったのだ。
一瞬の勝機が訪れるよりも早く、角を構えて一直線に疾駆する。
彼奴は双眸を見開き、振り返った。
銀の剣を振り上げた、銀の髪の人間が、彼奴の背後に迫っていた。
首を切断しようとしたのだろう、人間は剣を横に振るった。恐らく必殺の一撃だったのだろう。だが、彼奴はそれを皮一枚で回避した。我輩の視線から、人間の存在に気づいて。
仕損じながらも、人間は素早く第二の刃を振るう。左手に隠し持っていた銀の短剣が彼奴の胸元に――。
その瞬間、我輩の左角が人間の胴に突き刺さった。
骨肉を砕き、人間の肉体を持ち上げる。吸血鬼に対抗するために溜めた力はその程度では止まらず、崖と森の境目に生える大木へと真っ直ぐに突っ込む。
人間の背中ごと、我輩の角は幹へと叩きつけられた。
左角の根元が軋み、形容しがたい激痛が走った。まるで全身を岩壁に叩きつけられたかのような。
木の枝が折れるような音が聞こえた。
我輩は大木の横を通り抜けて立ち止まり、荒い呼吸を整えながら振り返った。
折れた角によって、人間は大木に縫いつけられていた。近づいて見てみれば、角は人間の胸を貫いている。心肺を破壊されすでに絶命しているだろう。
我輩は、夕陽を背に立つ吸血鬼に向き直った。
『くだらぬ邪魔が入った。さあ、決着を……』
なぜか、逃げるという考えは浮かんでこない。残った右の角で彼奴を討つために、我輩は歩き出そうとし、前足から力が抜ける。なんだ? 彼奴が我輩を見ている。我輩の、胴体を。
倒れまいと踏ん張りながら、我輩は身体を捻って確かめた。
銀の剣が、刺さっていた。
我輩の骨肉を砕き、臓物さえも引き裂いて。
……ああ、我輩はもうじき死ぬようだ。
故に我輩は前進し、夕焼けの中にその身をさらした。
彼奴と同じ舞台に立ったのだ。
『どうした、なぜ、かかってこぬ』
「……そいつは、教会が派遣したヴァンパイアハンターだ。なぜだ。貴様が邪魔をせねば、そいつは俺を殺していただろう。あるいは、そいつを利用して俺の隙を突けば、貴様が俺を殺す事も可能だったはず。なぜだ、なぜ、俺を助けた」
我輩は、彼奴に向かって一歩、踏み出す。
それだけで、生命が身体から抜け落ちるようだった。
『我輩はこの山の主。そのような勝利、我が誇りが許さぬ』
「ますます気に入った。どうだ、俺の眷属となってみる気は無いか? さすればその傷、癒してやろう」
不思議な事に、悪魔は友愛の笑みを浮かべていた。
嘘偽りは感じられぬ。
ついさっきまで、殺し合おうとしていたはずなのに。
『笑止。森羅万象の理より外れてまで生き長らえようとは思わぬ』
だが、我輩は拒絶を選んだ。
彼奴の笑みが陰る。
「強いな。人間にもそれだけの強さがあれば、魔道に堕ちる者もいなかったのであろうな……」
決着をつけるため、前進を続けようとした我輩の身体が、崩れる。
力が抜ける。全身の感覚が薄れていく。
『……どうやら、すでに決着はついていたようだ』
「お前に誇りがあるように、俺にも誇りがある。このような決着、認めんぞ」
『ならば貴様が我輩を殺せ。我輩を殺し、肉を喰らい、剥製とやらにするのだろう? 卑劣な人間のつけた傷などで死なせてくれるな』
「よかろう。動機はどうあれ、我が命を救った貴様がそれを望むなら、その首、この腕で落としてくれよう」
彼奴が、歩み寄る。
夕陽を浴びる彼奴の姿は、まさに紅い悪魔と言えた。
「真紅の炎の如き生き様しかと見届けた。貴様の首、我が一族の誉れとせん! さらばだ、クリムゾンブレイズ」
死の腕が振り上げられる。
ああ、そういえばまだ、ウィリアムという名前を教えていなかったか。
まあ、いい。
クリムゾンブレイズという名前で、我輩は刻まれるのだ、我が敵にして我が友の魂に。
それも、悪くない。
なあ? スカーレットよ。
――腕が、振り下ろされる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目を覚ますと、いつも通りの廊下にて蝋燭の火が揺れていた。
ううむ。状況がわからぬ。確か、レミリア嬢が我輩を気絶させるほどショッキングな事を口走って……?
ああ、それにしても変な夢を見た。
ヒゲを生やした人型のおっさんと喧嘩していた夢だった気がする。ウゲッ、気色悪い。
どうせならレミリア嬢の夢を見たかった。
……レミリア嬢は?
視界を探ってみても、人影ひとつ存在せぬ。あの悪戯妖精も、パチュリー嬢も、レミリア嬢も。
耳を澄ませてもレミリア嬢のお部屋からは物音や寝息は聞こえぬ。
……さみしい。
ああ、誰でもいいから来ないかなぁ。
「こんばんは」
などと思っていたら突然、目の前に、咲夜がおった。
い、いつの間に?
足音も立てず、一瞬でこの場に現れるとは、なんとも面妖な。
まさかこれが噂に聞く、時間を止めたという奴か!?
……嘘くせー。
人間に時間なんて止められる訳が無いのだ。川の水が流れるように、時間は常に流れ続けるものだと森羅万象が定めておる。
「……確かに、毛並みは悪くないかも」
人間なんぞに褒められてもちょっとしか嬉しくないわ。
まったく、レミリア嬢はなぜ人間なんぞを従者にしておるのか。
なぜか知らんが、この銀の髪を見ていると腹が立ってくる。とっとと我輩の視界から消えて欲しいのである。
「魔物化してるんですってね」
完全に魔物化した暁には、早々に咲夜を紅魔館から追い出してやるから覚悟しておくがいい。
「これ、食べる?」
と、咲夜がなにかを我輩の鼻先に突きつけた。
こ、この匂い……まさか!
視線を向けてみれば、赤々とした丸い物。
り、り、り、リンゴである!!
「パチュリー様が言うには、今のあなたなら食事くらいできるそうよ。安心して食べなさい」
食べるー!
我輩が大口を開けると、我輩の舌にリンゴが置かれた。
さっそく噛む。うむ、いい歯ごたえ!
シャリシャリと小気味いい音がする。ああ、租借するたび果汁があふれる。
数百年振りの食事……しかも紅魔館に相応しき、赤々としたリンゴ!
「くすっ。おいしそうに食べるわね。今日は悪戯妖精を捕まえてくれてありがとう」
うむ、我輩にかかればちょろいもんよ。
咲夜ちゃんこそお仕事お疲れ様である! うむうむ、人間にも快い奴はおるのだな。我輩またひとつ物知りになった。
「意外と愛嬌があるじゃない。ねえ、今度はなにが食べたい? 梨がいいかしら、それともミカン?」
梨!
「梨がよさそうね。また明日持ってくるわ」
おお、よく我輩の心をわかってくれた。
これはあれか。
以心伝心という現象か。
まあ、我輩と咲夜ちゃんほど仲良しならばこの程度は当たり前であるな! ワッハッハッ。
「それじゃ、お嬢様のお部屋のガードよろしくね。ええと、クリムゾンブレイズ」
了解した! 咲夜ちゃんもメイドのお仕事に励むがよい。時間を止められるという噂、我輩は信じてるからねー。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
我輩は牡鹿である、名前はクリムゾンブレイズ。
誰がつけたあだ名かちっとも思い出せぬが、紅魔館らしい名前でレミリア嬢もお気に召しているようで、我輩大満足。
レミリア嬢の愛や咲夜ちゃんの差し入れなどで、我輩の剥製ライフはとっても充実しておる。
完全に魔物化して自由に動けるようになった暁には、レミリア嬢の従者として、咲夜ちゃんの同僚として、紅魔館の一員として、いっそう楽しく暮らせるだろう。その日が大変待ち遠しい。
では諸君、さらばだ。
嘘くせー。
同一人物……じゃなかった同一動物とは思えないぞwww
笑いありシリアスありの魔物クリムゾンブレイズにカンパイ!
是非シリーズ化して頂きたいです、それほど面白かったのですから!
こんな調子いいアホな仲間たちとともに紅魔館で働きてええー!!!
嘘くせー
この変人(鹿?)がいる紅魔館は別の意味で恐ろしい
どうでもいいけど、剥製って生理的に受け付けないんだ。俺。
でも面白い。
ちょっと感動しちゃったじゃないのさ。
ダメージ食らうと地味に嫌なトラップと化して、旨そうにリンゴをほおばり(どこに消えるの?)ブサイクといわれると
寝込む色ボケ爺さんの今は幸せそうに見える。昔の感覚が鳴らす警鐘が皮肉にも今の糧になっているけれど、そんな感傷など
のしをつけて返されてしまいそう。それ位今も昔も前向き。
かなり蛇足ではありますがどうぞ。 日の光な と この数十年
面白かったです!
出てくるだろうけど、その経緯が本文中に描かれているような過去であれば
剥製との行為に嫌悪感を覚える人も許せる構成になっている。
こういう見る人によっては眉を潜めさせるようなアイテム(?)を
上手く笑い話に昇華させ、なおかつ読む人も納得できるように描ける
作者さんの才能に嫉妬。
そしてなんという回想偽造ww
そして今は色ボケジジイ…
行く川の流れは絶えずして、しかも元の(ry
脳みそ取られたからかなぁ
それと、クリムゾンブレイズの命名者ってレミパパなのかw
最初から笑いっぱなしで、読みやすかったしおもしろかったです。
すごい気に入った作品になりました!
そそわでおすすめの作品を尋ねられたら、この作品は絶対入りますね!
至る現在のクリムゾンブレイズの体たらく。
どうしてこうなったし。
だが、嫌いじゃねえぜ。
すごいキャラ立ちしてて面白かったですwww
鹿の剥製が口をパクパクさせてるところを想像してみました。
…確かに気色悪い、でも格好いいぜ。
いつの日か魔物化して館を歩き回れるようになることを願って。(続編希望)
けどウィリアム大好きだwww
こういうのだと楽しめちゃう不思議。
自由に動けるようになった時どうなるのか私、気になります!
あと剥製という文化を生み出した人間が嫌いという割にリンゴひとつで懐柔される
シカはちょろい