紅魔館大図書館。どこまでも並んでいるかの様に思える本棚の隙間にぽつんと置いてある丸テーブルに、二人の少女が向かい合っていた。
一人は黙々と蔵書と思われる魔導書を読み耽り、もう一人は時々紅茶の入ったカップを口に運びつつ、なにやら難しい表情をしている。
どのくらい経っただろうか。紅魔館の主、レミリア・スカーレットは暫く振りに口を開いた。
「パチェ、咲夜の寝顔って見たことある?」
「……さっきからずっと何か考えてると思ったら、そんなこと?」
図書館の主パチュリー・ノーレッジは呆れたように返す。
「そんなこととは心外ね」
友人のくだらない話よりも本の方が大事、と言わんばかりに視線を下に戻すパチュリーを無視して続ける。
「咲夜も私に仕えて割と長いじゃない?でも、いくら思い返しても咲夜が寝てるところを見たことが無いのよ」
へえ、と適当に返事をする。確かにパチュリーも咲夜が寝ているところを見たことがなかった。それどころか紅魔館に住む全ての人妖はメイド長が寝息を立てているところに遭遇したことはないであろう。ほぼ常に行動を共にしているレミリアですらそうなのだから。
「私の従者としてこれは由々しき事態だと思わない?」
「なんでそうなるのか理解に苦しむわ。よっぽど優秀じゃないの。それともどっかの門番みたいな従者がお好み?」
甘いわね、と幼い吸血鬼は椅子から軽く勢いをつけて立ち上がる。
「確かに咲夜はこれ以上無いくらい優秀よ。私が呼べば寸分の間も無しに飛んでくるし、言わなくたって何でも通じるわ。でもね、咲夜は少し完璧すぎる。少しの隙もあったもんじゃない。これから私たちが絆を更に深めるためには、お互いに自分の無防備なところをもっと見せ合わなきゃいけないと思うのよ」
「で、まずそれで思いついたのが寝顔と」
「そういうことね」
「そんな事言って、結局はかわいい寝顔が見たいってだけでしょう?そういう惚気話はもういいのよ」
「……フフ、さすが私の親友であり賢者のパチェ、そこまでお見通しとは」
「ごまかさないの」
こんな主に振り回される従者も大変だ、とパチュリーは小さくため息を付いた。
・ ・ ・
「というわけで第一回『咲夜の寝顔を見るぞの会』を始めるわ」
「緊急会議っていうから何かと思ったらまたそれ!?」
訂正。振り回されるのは従者だけじゃなかった。勘弁して欲しい。
「パチェ、咲夜の寝顔は今や最優先事項よ」
思いついたら即実行。それがレミリア・スカーレットのやり方であった。
「貴方達も見たいでしょう?咲夜の寝顔」
「見たい見たい」
「是非見たいです」
「興味はあります」
「なんでそんなにノリノリなのよ……」
今夜の丸テーブルはフラン、美鈴と小悪魔を加えた五人に囲まれていた。
「普段あんなにカッコイイ咲夜さんでも寝てしまったら一人の女の子……可愛くないはずがないじゃありませんか!」
「あら美鈴、貴方もなかなかわかる女ね」
そういえばコイツも咲夜馬鹿だった。
「そう、完璧で瀟洒な咲夜と無防備な咲夜のギャップ萌え!これが今回のポイントよ。そう例えば……」
ここからしばらくは退屈な時間である。ひたすら咲夜のいいところを語り続けるのだ。こうなるとなかなか話すのをやめない。このメンバーは何回も同じような話を聞いている。パチュリー以外も流石にこれには辟易していた。
「お姉様、それは前聞いたわ」
「あらそう?……じゃ、本題に移るとしましょう」
妹様GJ。
「まずこの計画を遂行するに当たって一番問題なのが『咲夜の寝顔をどうやって見るか』ということよ」
そこからかよ、と突っ込む気力も失せたパチュリーはただ静かに紅茶を飲んでいた。
「え、咲夜さんは今就寝なさってるんじゃないんですか?」
「それはそうなんだけど、咲夜の部屋に入ろうとするとどれだけ気配を消しても起きちゃうのよ」
今まで何回も寝顔を見ようとこっそり部屋に入ったが、立っているのは常に完璧で瀟洒な咲夜だった、とため息を吐く。
「ま、だからこんな会議を開かなくちゃいけないわけだけど」
「やっぱり咲夜さんはすごいなあ……」
「侵入者に全く気づかずに寝息を立ててるどっかの門番とは大違いね」
「いや、あの、え、ええと違うんですよあれはですね、……あ、そうだ」
「なになに?」
「咲夜さんに門番をやっていただくというのはどうでしょう?」
「門番をやらせればアンタみたいに眠くなると」
「え、いや、あの……」
ごまかせてはいなかったが、とりあえず一つ目の作戦は決まった。
・ ・ ・
「私が門番を?」
「たまには別の仕事もさせようと思ってね」
こうして一日限りの門番咲夜は生まれた。
門前に立つ咲夜を遠くからこっそりと見ている吸血鬼と妖怪。
「やっぱりカッコイイなあ……咲夜さん」
「本当に眠くなるの?疑問だわ」
数時間後。
「zzz……」
「本当に寝た……」
主の横で元門番は幸せそうに寝息を立てている。
(こいつ首にしてもいいんじゃないかな)
一方咲夜は微動だにしない。目でも瞑っていようものなら寝てると思われるほどである。
しかしその双眸は侵入者を排除すべくギラギラと光っている。
と、そこに招かれざる客がやってきた。
「さーて、今日も本を借りるぜ」
白黒の魔法使いが高速で紅魔館に向かってくる。
(この三年寝太郎ならあっさり入れるところだけど……)
「なんかいつもと違う気がするけど突っ込むぜ」
魔理沙はいつものように門の上空を越えて中へ入っていく。その瞬間だった。
「!? あれ?」
確かに中に入ろうとしていた魔理沙の箒は、今飛んできた方向へと向いていた。
「あれ? え?え? ちょっ、なんでだよ」
何回やっても同じであった。
「あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!
『私は紅魔館に入ったと思ったら出ていた』ry」
「今日のところはこのくらいにしといてやるぜ」
白黒は帰っていった。なんと見事な門番ぶりであろうか。
(やっぱりこいつは解雇かしら)
元門番はレミリアの椅子となっていた。
・ ・ ・
「第二回『咲夜の寝顔を見るぞの会』を始めるわ」
「お嬢様、今日は非常に申し訳ありませんでした」
「とりあえず当分飯抜きね」
「ひいぃ」
「門番作戦は結局だめだったのね」
「考えてみれば当たり前だったわね。咲夜が仕事中に寝るはずないもの」
「いっそのこと休みを与えずに働かせたらどうかしら? いつか寝るんじゃない」
「そうね……」
『咲夜、そろそろ休みなさい』
『お嬢様、私はまだいけますわ』
『そんなこと言って、もうフラフラじゃないの』
『いえ、まだたいしたことは……ゴホッ』
『!? 咲夜、血が…』
崩れ落ちる咲夜。それを抱きとめるレミリア。
『だから!あれほど言ったのに!』
『すいません……お嬢様……私はお嬢様にお仕えできて幸せでした』
『何言ってるの!ほらあの竹林の医者!連れてってやるから』
『お嬢…様…今まで…ありが…と……』
『咲夜ァッ!咲夜ァーーーーッ!!!』
「……ヒグッ……却下よ……グスッ人間は……弱いのよ……」
「何一人で感動巨編妄想して泣いてるの」
「じゃあさ、咲夜の部屋にカメラを仕掛けておくとかは?」
「んー……咲夜なら気づきそうだけど、一応やってみるか」
作戦2、隠しカメラ作戦。
「というわけで咲夜の部屋にやってきましたー」
誰に言っているのかわからない。
紅魔館の掃除はほぼ全て咲夜が担当していると言っても良く、もちろん自身の部屋も例外ではない。
綺麗に整頓されたドレッサー、まっさらなベッド。全てが彼女の瀟洒ぶりを現していた。
しかし咲夜と言えど、常に時間を止めて行動しているわけではない。他の仕事をしている間なら容易に入ることができた。ただし後で怒られないのは吸血鬼姉妹だけである。
「このあたりかしらね……」
河童から取り寄せた小型カメラを天井の隅に設置する。目標はもちろん枕の部分だ。
その日の夜。いつもの丸テーブルにはモニターが一つ置かれている。
「そろそろかしらね」
「パチェもノッてきたじゃない」
「私だって見たくないわけじゃないから」
きっかり午前二時に咲夜は部屋に入ってきた。
そしてメイド服に手をかける。
(ま、まさかお着替えも見れちゃう!?)
鼻息を荒げるレミリアとそれを冷めた目で見つめる友人。絵面はかなり悪い。
しかし咲夜は服を脱ぐのではなく、服の中からいつもの銀ナイフを取り出し――
天井の隅に投げつけた。
「うわあっ!?」
画面の奥の出来事なのだが思わず避けた。画面に5cmと迫ってハァハァ言っていたのだから仕方がない。
「やばいバレたわ!早くなんとか」
もういた。そりゃそうだ。彼女の前にはどんな早い行動も通用しない。
「お嬢様、パチュリー様、これはどういうことですか」
「よく気づいたわね咲夜。これは貴方を試したのよ。一瞬で気づくとは流石私の従者。鼻が高いわ」
よくこんなにも嘘がポンポンと出るのか、と更に冷めた目で見つめる友人。
「……そうでしたか。失礼いたしました」
「戻っていいわ」
消える咲夜。ヘタるレミリア。ヘタリアとはこのことか。
「あぁー……どうしようかと思ったわ」
(どうにかなってない気もするけど……)
事件は翌日起きた。
「お嬢様、少しお時間をいただけますか」
「……いいけど」
咲夜からこう切り出すときは何か大事な話があるときだ。昨日のことで流石に怒っているのだろうか?
しかし、カリスマを崩すわけにもいかず、いつもの様に応える。
「何か言いたいことがあるなら言ってみなさい」
「……私は、従者としてまだ未熟なのでしょうか」
「え?」
予想外の質問に一瞬うろたえてしまう。未熟?何故?
「悪いところがあるなら直します!傷つけるとかそういうことは気にしないで言ってください!」
「え、ちょ、急に何を言ってるの?咲夜は未熟でもなんでもないし、悪いところなんて……」
「……でも、お嬢様は私のことを信用なさっていない……」
何を言いだすんだろうか。咲夜のことを疑ったことなど万が一にも無いというのに。
「そんなことないわ。私は世界で誰よりも貴方を信用してるわ」
「……だったら、何故私を監視するのですか!?前の門番の時も!昨日も!」
なんてことだ。ていうか門番の時もバレてたのか。
ただ自分のわがままでやったことが咲夜を傷つけてしまっていたのだ。
咲夜の目には涙が浮かんでいる。レミリアは胸を抉られるような気持ちになった。そして深く反省――
する暇もなくパニクっていた。
「いや、アレはね?違うのよ?全然信用してないとかそんなんじゃなくてね?ただあの……その……ね?咲夜を見たかった……っていうか、とにかくなんというか、あのね?わかる?わからないわよね?あああああもうなんて言えばいいのかな」
急に挙動不審になった主人に戸惑う咲夜。
「お、お嬢様、どうなされました?」
「だから違うの、アレは咲夜が嫌いなんじゃなくてむしろ好きで違う違う違う違うああああああああ」
「見たかっただけなの!咲夜の!寝顔が!!」
・ ・ ・
「最初からちゃんと言えば良かったわね」
天井の隅にナイフが刺さったままの咲夜の部屋のベッドに腰掛けながら吸血鬼は笑う。
「私の寝顔が見たいと仰られましても……やはり見られていると落ち着かないですわ」
ベッドに入っているのはもちろん咲夜。事情は全て明かされ、誤解も解けたようだ。
「すいませんお嬢様、目の前で主人が起きているのに寝ることは私にはできません」
「……じゃあ、これならどうかしら?」
「!?お、お嬢様!?」
靴を脱ぎ捨て、すっと布団の中に入るレミリア。いわゆる添い寝である。流石に恥ずかしくなって体ごと顔を背けてしまう。
「どうしたの咲夜、こっち向きなさい」
主人の命令には抗えない。ゆっくりとレミリアの方に身体を向ける。ベッドの中で向きあう形となった。
「顔が赤いわよ?咲夜」
もっとも、言っている自分の方がよっぽど赤いんだろうが。
「私にも枕を使わせなさい。二人で一つね」
「そっそんな」
顔が更に近づく。咲夜の頭の中では先程の口論の一フレーズが堂々巡りしていた。
『咲夜が嫌いなんじゃなくてむしろ好きで』
『むしろ好きで』
『好き』
「ベッドの中でまで完璧で瀟洒でなくてもいいのよ?咲夜……」
そして、そのまま――
・ ・ ・
「なんてこと……」
図書館の丸テーブルに吸血鬼と魔法使い。
「咲夜より先に寝てしまうなんて!!!!!!!」
「レミィってなかなかバカね、わかってたけど」
「あんなに恥ずかしい思いして収穫ゼロって……
『お嬢様の寝顔はそれはそれは麗しゅうございました』じゃねぇよぉ!!!逆なんだよ!!」
ちなみに睡眠以外の行為はなかった。断じて。ヘタリア。
「まあ無防備な状態を晒すっていう最初の目的は果たせたんじゃない?」
「そんなの建前よ!私は咲夜の寝顔が見たいの!」
とうとう認めてしまった。
「そう……ところで、アレ、完成したわ」
「……マジで?」
「マジで」
「効果は?」
「私が保証する」
「……とうとう来たか、この時が……!」
・ ・ ・
「咲夜ー」
「はい、なんでございましょう」
「小悪魔が初めて紅茶を淹れたらしいから、アドバイスしてやってくれない?」
「かしこまりました」
小悪魔がカップに入った紅茶を運んでくる。
まずカップを口元に運び、香りを確かめる咲夜。ふぅんと小悪魔を一瞥し、少量を口に含む。
(飲んだ!)(飲んだわね)(飲みましたね)
「そうね、はじめてにし、ては……?」
ズン、と急に体が重くなる。耐え切れず膝を付く。何が起こったのか見当がつかない。
「どうしたの咲夜?眠いの?眠いのね?」
こころなしか嬉しそうにしているレミリアの声を聞く。そうだ。これは5日くらいぶっ続けで働いたあとの感覚によく似ている。それよりももっと酷いとは感じたが。
「い……え、まだ、眠く……なん、かは……」
「いいのよ咲夜。寝ちゃいましょう」
「まだ……さくやは……いけま……しゅ」
ここで咲夜の力はフッと抜け、体はレミリアの腕の中に収まった。
すーすーと寝息が聞こえる。
「咲夜、さくやー」
声を掛けながらゆすっても一向に起きる気配はない。
「……フフッ……今の!!今の聞いた!?『いけましゅ』だって!!なにこれかわいい!!ここに来たばっかりの頃みたい!」
少々興奮気味の吸血鬼であるが、対して魔法使いと小悪魔は青ざめていた。
「どうしたのよパチェ、貴方も咲夜の寝顔を楽しみましょうよ。それとこの魔法の開発、本当にありがとうね」
「あのねレミィ、私はね、こんな弱い魔法を作った覚えはないのよ」
「え?」
「私が作ったのは、小悪魔が紅茶を一口飲んだ瞬間に後ろに倒れて、紅茶をこぼして『熱ぅっ!!!!』って言いながらも次の瞬間には完全に寝てる、そういう魔法なのよ。人間が10秒も耐えられるものじゃない」
「それは……まあ……咲夜だし?」
「咲夜っていう種族があるんじゃないかと思ってしまいますね……」
「咲夜のほっぺ……ぷにぷに……ぷにぷに」
「咲夜の髪の毛いい匂い……」
「ああ……咲夜が私の膝枕で寝てる……フフフ」
「咲夜の太も「そこまでよ」
「満足した?」
「至福の時間だったわ」
「……おじょうさま……」
「うわっ!びっくりしたあ……寝言か」
「……わたしのことが……すきって……ほんとですか……」
にやけ顔の魔法使いと小悪魔を赤くなりながらもシッシッと追い払うレミリア。
空気を読んで二人は適当な方へと去っていく。
「……ほんとよ」
「……わたしも……」
「ごめんパチェ、鼻からカリスマが」
「世間一般ではそれを鼻血というのよレミィ」
「で、咲夜はいつ起きるの?」
「解除魔法を使えば直ぐにでも起きるけど、ほっとけばいつまで寝てるかわからないわ。でも起きたときには疲れは全部とれてる」
「ふーん、じゃ、たまにはゆっくりおやすみ、咲夜」
咲夜は結局丸五日寝ていて、レミリアは従者にもっと休みを取らせようと思った。
すぐに寝ちゃって怒られる美鈴だって可愛いじゃないか
にしてもヘタ○アwwww
面白かったです。隠しカメラがバレたときのお嬢様は素敵でした。
二日間監視されただけで涙目になる咲夜さんが一等可愛かった。
でも自分の好きなキャラが割を食わされてると不快に思う人もいるので
タグや本文の冒頭で一言添えておくと親切ですよっと
めでたく両想いになったわけですしこれからは
ただの添い寝だけではなくうわなにをするやめry
作品が書きづらくなって少なくなる様な気が……
レミリア様、自分も咲夜さんのホッペを突付いて見たいのですg(スピア・ザ・グングニ
かわいい作品で鼻から赤い砂糖がでてきました。
GJ!
てか突っ込まれてるほどの扱いじゃないと思いますが…