「そう言えば明日はヴァレンタインね。」
「ヴァレンタイン?」
紅い悪魔の住む赤い屋敷、紅魔館の地下大図書室。
普段通り屋敷の中をふらりふらりと彷徨っていた悪魔の妹、フランドール・スカーレットは疑問詞と共に繰り返す。
フランドールにその言葉を教えたのは図書館に住む魔法使いにして悪魔の友人、パチュリー・ノーレッジ。
埃っぽい本に囲まれ本に抱かれるように倒れながらも本を読み続けるパチュリーは、何て事は無いように言葉を続ける。
「そう。正しくは聖ヴァレンタインの処刑日。一人の悪魔が愛しい者に聖職者の血を捧げたのが起源らしいわ。」
「へぇ。それはそれは、何ともロマンチックな日ねぇ。」
「今では聖職者の血は手に入り難いものだからチョコレイトを贈るようになったとか。」
フランドールは悪魔が聖職者の血を愛しい他人に渡すシーンを何となくだが思い描こうとする。
足りない想像の素材は身近な人物で埋めた結果、聖職者の血を片手に台所に向かうあう紅い悪魔、レミリア・スカーレットの姿を夢想した。
尤もそこから先、自分本位な自分の姉に希少な血液を譲り渡すまでに愛された人物などは想像すら出来なかったのだが。
「レミィは興味が無いらしいけど、貴方はどうするの?」
「んー。そうねぇ、私も一応悪魔の妹なんだし温故知新って大事よね。」
悪魔にだって伝統はあるし歴史はある。
フランドールは誇り高き悪魔の妹としてそう言ったものは守っていきたいつもりであった。
とは思いながらも暇を潰すついでに伝統を守ってやろうと言うのが本心ではあるが。
だが決心した直後その伝統を守る為に必要不可欠なものが自分には欠けていることに気付く。
「それなら適当な本があるからそれを見ながら造りなさい。」
「でもどうしましょう。私、チョコレイトを渡す相手が居ないわ。」
「確かにそれは問題ね。」
四人に分身して一人に本を読ませながら他の三人で一つのチョコを作れば簡単にチョコは造れるだろう。
しかし愛しい者と言われても、そもそも悪魔の妹であるフランドールに愛を考えさせるだけで酷だ。
もしかしてこいつ私を騙しているんじゃないかしら、と勘付くが、パチュリーはそうした疑惑の視線には知らん顔と言った風に黙っている。
フランドールはパチュリーに何処の言葉で責めても時間の無駄だと悟っているので取り合わず、チョコレイトを造る目的を考えた。
そこで、ふっと思い浮かんだアイデアにフランドールは、ぱっと瞳を輝かせる。
「そうだわ。私は自分にチョコレイトを贈る。」
「自分に?」
「だって自分以外に愛しい者が居ないもの。だから私は私にチョコレイトをプレゼント!」
「悪魔らしい結論ね。ほら、これがその本よ。そのページに印を張っておいたから。」
パチュリーが本を持っていた片手を離して掲げると、遠くの本棚から一冊の本が抜き取られ、その手の平に収まった。
フランドールが歩み寄ってきたパチュリーから受け取った本には緑色に光っているページがある。
出来る限り光っている部分の先頭を開くと、その部分には外の世界のそれと殆ど変らないチョコレイトの調理方法が事細かく記されている。
善は急げという言葉通り、フランドールはいそいそと長方形のカードを取り出し宣言した。
「禁忌「フォーオブアカインド」」
一人のフランドールが四人のフランドール達になる。
四人の内三体は質量を持った分身であり、分身でありながら重い物を持ったり細かい作業が出来る可能な便利な分身である。
「早速、調理場に向かいましょうか。」
「倉庫から材料を取ってくるわ。」
「じゃあ私は本を読んでいるから調理はお願いね。」
「私は掻き混ぜしたい。ぎゅっとして…。」
元は一人の人物だからか、四人のフランドールは少しの話し合いで役割分担を済ませて、勢い良く図書室を出て行った。
勢いが良かったものだから埃っぽい図書室から埃が舞い上がり、そこに居たパチュリーは持病の喘息も後押しして何度か咳をする。
咳が収まった後でフランドールの背中を見えなくなるまで眺めていると、ふと気付いた事を何となく呟いていた。
「あの子、四人分作るつもりかしら。」
翌日フランドールは普段通りふらりふらりと紅魔館を歩いていた。
小さな右手には欠片が落ちないように清潔な白い紙を巻いただけのハート型のチョコレイト。
血液を最も連想させるのは心臓の象徴だろうとハートの型に決めて四人掛かりで造ったのだが、持て余していた。
調理場に着いた時には四人居たので四人分作ったが調理場から出て行ったのはたった一人。
フランドールは甘いものが特別好きなわけではないのでチョコレイトを三枚も食べて飽きてしまったのだ。
だからと言って捨てるのは勿体無い気がして、じゃあどうしようかと悩んでいる。
「私はもう要らないからねー。」
一度立ち止まりチョコレイトを見つめ独り言を呟いてから、またふらりふらりと歩き始める。
周囲に居た妖精メイドから奇異な眼で見られたがそんなもの恐ろしくも何ともない。
フランドールはそうやってただ闇雲に時間潰していると、先の曲がり角からレミリアが現れた。
フランドールとレミリアの視線が重なりある程度距離を縮めた後で、二人とも殆ど同じタイミングで足を止める。
「あらお姉様、お早うございますわ。」
「お早う、フランドール。屋敷の中で貴方と会うなんて珍しいわね。…、その手に持っている物は何?」
「これ?チョコレイト。聖職者の血と心臓の代わりのお菓子なの。今日はそれを愛しい人に渡す日だって聞きましたから。」
「あぁ、ヴァレンタインの事か。咲夜は外の世界の人間が行う祭りだと言っていたね。」
「へぇ、じゃあ外の世界の今頃には聖職者の血液がお店に並んでいるのかしら。」
レミリアは少し前に読んだ漫画の一節を思い出す。
漫画の主役である右手は「『悪魔』というものを本で調べたがやはりそれに一番近いのは人間だと思うぞ」と言っていた。
だが今のフランドールの言葉を聞く限りでは、人間は悪魔と言うよりは吸血鬼に近いのではないだろうか。
レミリアは人間と悪魔と吸血鬼の関係性と同一性について深く深く考え始めたが、直ぐに飽きて止める。
「それで貴方はそのチョコレイトをどうするつもりなの?」
「ヴァレンタインでは愛しい人にチョコレイトを渡すんですって。」
「愛しい人?貴方、誰に渡すつもりだったの?」
「私。」
「はぁ?」
「私は私に渡すつもりで四枚のチョコレイトを造ったんですけど私は一人しか居ないから三枚食べて飽きちゃった。」
既に百年以上フランドールの姉をしているレミリアにとってフランドールの訳の分からない言葉は今に始まった事ではない。
「つまり余り物のチョコレイトがそれって事か。」
「(敬語辞めよ。面倒臭い。)それをどうしようか今悩んでいるの。愛しい私はもう飽きたし、愛しい私…、あ、そうだわ!お姉様って私のお姉様なんだよね?」
「何よ、藪から棒に。そんなの当たり前じゃない。」
「じゃあデオキシリボ核酸を考えればお姉様は私って事よね?」
「デ…デオ?まぁ貴方は私の妹なんだし半分くらいは譲ってあげてもいいわ。」
「じゃあ私はこれを半分にしてあげる。愛しい貴方へのプレゼント。」
フランドールは手に持っていたハートの形のチョコレイトを二つに割って、その半分をレミリアに渡す。
自分の半分の代わりにしては子供染みた代償だとレミリアは思ったが、一方で嬉しくも思っていた。
湧き上がってきた喜びを隠しながらもレミリアが、咲夜、と口に出すと、コマ送りのように悪魔のメイド、十六夜咲夜本人が現れる。
「咲夜、チョコレイトを食べるついでに紅茶も飲みたいから準備しなさい。」
「畏まりました、御嬢様。」
「フランドール、貴方も一緒にどう?」
「私は遠慮するわ。残り半分のチョコレイトをどうしようか考えなくちゃいけないし。」
「飲める物を交互に挟んで食べるだけでも味は大きく異なると思いますよ。」
レミリアとフランドールとの四つの真っ赤色の眼が咲夜を見る。
「咲夜、それ本当?」
「本当ですよ。」
先に口を開いたフランドール。
無邪気な問いに、咲夜は言葉で頷いた。
「じゃあ私も紅茶を飲もうかな。もう一人分、お願いね。」
今度は無言で頷く咲夜は二人の吸血鬼が瞬いた瞬間にその場から消え失せる。
フランドールは紅茶を挟んで食べるチョコレイトはどんな味がするのだろうと、自分でも知らない内に楽しみにして待っていた。
まぁなんであれ仲が良さそうでいいですね
>十六夜咲夜ように
↑「の」が抜けてるかな?
周りの評価は低いけどこれからも期待しています。
咲夜GJ