「よし、出来た!」
魔理沙は自宅で得体の知れない薬を作るようなことをしていた。
鍋の中では黒い物体がうごめいている。
まあ、言ってしまえばこれはチョコだ。
今日は2月14日。バレンタインデーである。
彼女も、とある人に送るためのチョコを作ろうとしているのだが……
鍋の周りにはどう考えてもチョコを作る時には普通使わないような物体も散乱している。
薬草の類や漢方薬に使うような虫や生物の干物のようなもの……
どこからどう見てもチョコを作っているようには見えない。
どちらかと言うと黒魔術の儀式とか、謎の薬の調合中のような光景が広がっている。
「ふっふっふ……このチョコを食べれば余りの美味さに香霖もあの世行きだな!」
……こんなチョコを食べたら、比喩ではなく本当にあの世に行ってしまいそうだが。
「今日はバレンタインか……」
その頃、霖之助は自宅兼職場である香霖堂でお茶を飲んでいた。
ちなみに彼は幻想郷でいわゆる「イケメン」の部類にいて、幻想郷の女性から人気があるのだ。
そのため、バレンタインデーには彼にチョコを渡そうとする人が多く訪れる。
コンコンと、ノックの音が香霖堂に響いた。
「店なら開いてるよ」
本に目を通したまま、ドアに向かってそう返す霖之助。その瞬間……
「霖之助さーん!」
「うわっ!?」
たくさんの女性が雪崩のように店内に入ってきた。
店によく顔を出す人はもちろんのこと、
「あー、こんな人いたなー」レベルの人までが香霖堂に押し寄せてきたのだ。
もちろん目当ては霖之助。
「霖之助さん! 私たちのチョコを受け取ってください!」
「はは……ありがとう、ありがとう」
苦笑しながらも、律儀に全員からチョコを受け取る霖之助。
騒ぎが収束して、店内が完全に静かになったのはおよそ10分後のことだった。
「はぁ、参ったな。今年もこんなにもらってしまったよ」
店内にはもらったチョコの山が出来ている。
霖之助はそれを見ながら小さく嘆息した。
「しょうがない。今年も知り合いとか店に来る人に配ろう……流石にこの数は一人じゃ食べきれないし」
勘違いしないで欲しいが、彼は食べきれないからこのような行動をしているのだ。
決して「チョコなんていらねー」とか思っているわけではない。
彼がチョコを整理し始めた時、ドアを開けて魔理沙が入ってきた。
「オッス! オラ魔理沙!」
「魔理沙か。チョコいるかい?」
霖之助は魔理沙のセリフを華麗にスルーして声をかけた。
「あー、とりあえずもらえるならもらう。チョコ好きだし。それよりも……」
魔理沙は懐から包みを取り出す。
もちろん包みの中には魔理沙お手製のスペシャルチョコが入っている。
「私が香霖のために作ったんだ……もらってくれるか?」
「もちろんだよ。妹も同然の魔理沙が作ったチョコなんだから……!?」
霖之助は包みを開けて、自分の目を疑った。
「えーっと……食用色素でも使ったの……か?
それとも抹茶味?」
包みの中には食紅で色をつけたとしか思えないような緑色のチョコが入っていたからだ。
いや、食紅で色をつけたのかも怪しい。
食紅で色をつけたにしては、あまりにも濃すぎる色。
「使ってないけど? やっぱり自然が一番だからな。
抹茶味というのも不正解だ」
魔理沙の言葉を聞いた霖之助の額からは、ダラダラと汗が流れ落ちる。
食紅などではなければ、一体何を入れればこんな色になるのだろう。
霖之助は恐る恐る、彼女に何を入れたのか聞いてみることにした。
「……一応聞くけど、何入れた?」
「おお、良くぞ聞いてくれた! それは香霖のための特別仕立てだからな。
健康によさそうなものをたくさん入れたぞ!」
「いや、材料を教えてよ」
「えーと……薬草にトカゲの干物に朝鮮人参に……」
どれもこれも漢方薬とかいかがわしい薬とかに入ってそうなものばかりだ。
霖之助は冷や汗をダラダラ流しながら、勤めて笑顔で断った。
「すいませんまだ死にたくないので勘弁してください」
早口だが丁寧に断りの言葉を言ってチョコを魔理沙に返す霖之助。
「おい! なんでだよ!?」
「いや、さすがにこれは食べたらおかしくなりそうな気がして……」
「私が香霖の健康を考えて作ったんだぞ!?」
「健康どころか不健康になりそうなんだけど」
「……もういいよ。そうか、私の作ったチョコは食べられないって言うんだな……」
あ、やばい。傷つけちゃったかな。
「あ、ごめん、魔理沙。傷つけるつもりは……」
そう思って霖之助は謝ろうとしたが……
「ならば力ずくで食わせるまで!」
謝る必要などなかった。
目をギラつかせながら魔理沙は霖之助に迫ってくる。
「ちょ、待ってくれ! あぁ、もう、何でこんな目に!
とりあえず逃げるが勝ちだ!」
「あ、こら待て!逃げるな!」
とりあえず、霖之助は捕まるのは危険だと判断して逃げることにした。
「はあ……はあ……ここまでくれば、大丈夫だろう……」
たどり着いたのは人間の里。
距離はあまり離れていないが、もしかしたら魔理沙は諦めてくれるかもしれない。
そんな淡い希望を抱いていた霖之助。
しかし。
「待てー! これを食ってくれるまでは、地獄の底まで追いかけてみせるからな!」
「うわ! 来やがった!」
霖之助は魔理沙から逃げる。霖之助も、魔理沙も必死だ。
「くそっ、こうなったら……!」
霖之助は曲がり角を曲がり、まだ魔理沙が追いついてきていないのを確認して、一つの民家に飛び込んだ。
「香霖ー! 待てー! 」
すぐそばを魔理沙が通り過ぎていく。
どうやら彼女は隠れる霖之助に気がつかなかったようだ。
「ふう……すみません。しばらく匿って下さい」
「あ、ああ、別に構わないが……」
飛び込んだ先の民家の住人は驚きながらも了承してくれる。
飛び込んだのは寺子屋であった。
寺子屋の先生である上白沢慧音に訳を説明して、しばらく匿ってもらうことにする霖之助。
「なるほどな……私もさすがにそんなチョコを食えと言われたら逃げ出していただろう」
慧音は苦笑しながらお茶を注いでくれた。
「だけど魔理沙が簡単に諦めるとは思えないんですよね……」
「だったら彼女が諦めるまでここにいるといい。寝床と食べる物くらいは提供しよう」
「ありがとうございます」
霖之助はお礼を言ってお茶を飲む。
ふぅ、これで一安心……そう思った時、慧音に話しかけられた。
「さて、ところで……霖之助さんは先生というものに興味はあるかな?」
「ええ、ちょっとはありますよ。子供は嫌いじゃないですし」
「そうか……」
何でこの人は赤くなっているんだ?
そう思った時、慧音がもじもじしながら何かを取り出した。
「だったらこれを受け取ってもらいたい」
そう言われて渡されたもの。
それはチョコだった。
「えーと、慧音さん? これは……?」
「じ、実は私は前からあなたに渡してみたかったのだが……」
彼女がそう言ったとき、奥の障子がバン!と勢いよく開かれた。
「慧音! 抜け駆けは汚いぞ!」
「わ! 妹紅!?」
慧音の家で暮らしている藤原妹紅はこちらにやってきて、霖之助の目の前にチョコを置いた。
「私だって霖之助さんにチョコを渡そうと思っていたのに!」
「し、しかしこんな時くらいしかチャンスがなくてだな……」
「渡すなら私も呼んでくれてもいいじゃないか!」
……どうやらここに長居しない方がいいみたいだ。
そう思い霖之助は二人分のチョコを持って席を立った。
とりあえず受け取るつもりではあるようだ。
「あのー……それじゃあ、僕はこれで……」
そう言って外に出ようとするが、二人は全く聞いていない。
しょうがないので、霖之助はそのまま外へと出た。
「はぁ、弱ったな。他に匿ってくれそうな家をあたってみよう」
それから匿ってもらおうと、いろんな家をあたった。
しかし、どこに行ってもキャーキャー騒がれるばかり。
そんなこともあり、結局彼は香霖堂に戻ることにした。
「ここまで騒がれるとは……僕の体がもたないよ。家でじっとしていた方が安全かもしれないな」
魔理沙に見つからないように気をつけながら香霖堂に戻る。
幸運なことに、魔理沙には見つからずに香霖堂にたどり着くことが出来た。
中に入る前に辺りを警戒してから、内鍵をかける。
「よし……これで魔理沙は入ってこれないはずだ……
あとはあいつがチョコのことを忘れるまでここでじっとしていれば……」
そう安心した時だった。
「うぉおおお!?」
ロープが足に絡みつき天井に吊るし上げられてしまった。
「わ、罠!? いつの間に……!」
「ククク、ひっかかったな……」
「そ、その声は!」
聞こえてきたのは聞き覚えのある声。
そして、奥から笑いながらゆっくりと魔理沙が現れる。
「待っていたかいがあったぜ。お前のことだから、きっと戻ってくると思ってな。
安心してくれ。お前が食べ終わったらすぐに開放するから」
そう言いながらあの有毒物質のようなチョコを取り出す。
「や、やめてくれ……それだけは!」
「やめないぜ? さあ、しっかりと食え!」
霖之助の口に緑色のチョコが押し込まれる。
ああ、僕の人生ももう終わりか。
そう覚悟した霖之助だったが……
「んぐっ!? ん……ん? ……あれ、美味い」
ものすごく不味いと思っていた霖之助は意外な味に驚きを隠せなかった。
見た目に反して、ものすごく美味しかったのである。
「だろ? まったく……この私が作ったチョコだぜ? 不味いわけがない!」
「……いや、それはどうだろう」
「なんか言ったか?」
「いや、何にも」
それから直ぐに霖之助はロープから開放された。
少し汚れてしまった服を軽く叩いて、汚れを落とす。
そして、感謝の言葉を口にした。
「その……美味しかったよ。ありがとう、魔理沙」
「あ、当たり前だろ! 私が作ったものが不味いわけ無い!」
感謝の言葉をかけられて真っ赤になる魔理沙。
「そ、それじゃあ私は帰ることにするぜ! チョコも渡したしな」
そう言って魔理沙は家に帰った。
魔理沙の背中を見送りながら、霖之助はふふ、と笑った。
「全く、おかしな奴だよ」
で、その夜。
「ぐおっ……! は、腹が……!」
霖之助は腹痛に悩まされることになった。
「くそう……もうあいつの作るチョコはこりごりだ……!」
その夜、霖之助はトイレから外に出ることが出来なかったそうな。
対する魔理沙は……
「んー! やっぱりチョコは美味いなぁ! 甘いものサイコー!」
霖之助のところからもらってきたチョコをバクバクと食べていたそうで。
「あいつも喜んでくれてるといいんだけどなぁ。
『美味しい』って言ってたし……ふふ、お返しは期待させてもらおうかな」
「……あいつには絶対お返しなんてやらん。返すとしたら……泥をチョコと言い張って渡してやる……」
とりあえず、めでたしめでたし……?
久しぶりに三人称でも書いてみようと思って書いたのですが・・・
やはり、久々だとうまく書けませんね。
今回の話は、反省点が多かったと考えています。
次回は今回の反省点を元に、皆様にの心に少しでも残るような作品を書きたいと思います。
これからもよろしくお願いします。