Coolier - 新生・東方創想話

ジリツノニンギョウ(上)

2011/02/13 21:53:04
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ふわりふわり、浮かんで沈む。
 一面の白の中に満ちる金色の輝き。視界が揺れて、溶け、そして五色が混じり込む。何もなくて、すべてがある世界で私は一人浮かんではまた沈む。
 終わることのないその浮き沈みの最中、視界が紫色に染まり、私は上からなにかに叩きつけられる―――




 暑い日差しの中、私は目覚めた。先ほどの夢の中の世界とは違う、はっきりとした世界。私は一つの机の上に置かれていた。どうやら、周りには私と同じような人形が置いてあるようだ。
 目の前では……金髪に淡い青目で肌の色が白い女性がほほ笑みながら座っていた。

「ふぅ…こんにちは新しい人形さん、私の名前はアリス=マーガトロイド。あなたの主人よ。……といっても、この子に話しかけても何ともならないんだけどね…」

 ふふ、と笑う……アリスと言う女性。どうやら私の主人らしい。返事がしたかった。でも、返事はできなかった。体がほとんど動かないのである。私が人形だから、当たり前のことなのだが。

「あなたには名前はつけてあげられないけど……呼ぶときは、そうね、"浅草"とでも呼んであげましょう」

 名前をつけられない、その理由は私にはわからない、それに、しっかりと"浅草"という名ももらった。私の名前は浅草。アリスに、私の主人に名づけられた名前……それが違うわけがない。

「私ったら何やってるの……ふわぁ……ちょっと休もうかしら」

 眠そうなアリスは、一回あくびをしてからこの部屋を出る。ギィ、バタンと扉の開閉の音がして、私は一人になった。
 周りを見まわす―――首なら動かせた―――すると、目に入るのは同じような姿をした人形たち。その中に私もいるということは、私も同じような姿をしているんだろう。

 ……ふと、疑問に思う。

 なぜ、私は「物事を考え、自分の意志で首だけとはいえ動かすことができる」のか。この疑問も、何故抱くことができようか。私は人形なのに。一つの人形、物の域は出ないはずなのに。

 ―――まさか。私は感情を持ってしまったのか。

 私が感情を持つことはいいことなのか悪いことなのか、私にはわからない。
 誰かに聞きたい、けれども誰に聞けばいいのかもわからない。いや、聞くことができるのかすら、わかっていない。口が動かないのに、誰かに物事を伝えることなどできるはずもない。

 私は……私……私って何だろう。
 誰にも聞こえないであろう心の叫び。その叫びは虚空に消えることなく、とある一つの人形に届いた。

 一つの、"呪詛を孕んだ魔彩光の人形"へと―――







 今日もアリスが人形を作った。今日は……ああ。
 ……大江戸爆薬からくり人形は見ていてもやもやする。だって、生まれてきた理由が爆発することだもの。
 あの人形も、いずれは戦いに行くことになるんだろう。その日が来ないことを祈るだけだね。
 平和な幻想郷でも、たまに悪い人が来るから……たとえば魔理沙とか。遊びに来るのはいいけど、物をとってかないで欲しいな。

 あの子も……私とか蓬莱とかみたいに、えっと……半自律。半自律しなければいいんだけど。まあ、でも、大江戸系列に感情が宿ったことは今まで一度もないから安心、かな?

(……私って何だろう)

 ……あれ?

(誰かー……と言っても、誰にも届かないのよね…)

 ……あれれ?

 人形同士は通じ合える。アリスの魔力のおかげだ。ただ、それは互いに多少感情を持っていなければできないこと……だって蓬莱が言ってた。
 半自律していない人形と私たちは話すことができない。普通の人形同士もできない。
 言葉を話せる代わりに心が未発達な私でも、半分自律してるから魔力で話すことができるらしい。詳しくは知らないけど、出来るものは出来る。

 そして、今はアリスが入れてくれた予備魔力で動いている―――本当はアリスに何かあった時の為のものなんだけど、たまーに勝手に出歩いてみたりもしている。

 そう、私の心は未発達。深い感情が湧くことは、ない。蓬莱達に教えてもらって、それなりに"理解"はできるようになっても……浅くしか、感情が湧かない。
 その代わりに、片言でしゃべることくらいはできる。だから、アリスの人形の中でも有名になってるみたい。でも、今はそんなことはそんなどうでもよかった。
 あの、大江戸爆薬からくり人形……浅草の考えていることが分かった。
 つまり、通じ合った。もし、そうだとすれば……あの人形には感情が宿っているってことになる。すなわち、あの子は半自律してるってことだ。
 そうだとしたら……最後には、爆発しちゃうのかな。"悲しい"。"さびしい"。どうにかしたい。誰か、誰に伝えれば…!……"蓬莱"!蓬莱達を集めよう―――


(今回みんなに集まってもらったのは……あのね、少し大変なことが起きたの!)

 上海は慌てながら、私達に伝える。口に出してるわけじゃないけど―――上海の口調は片言だし―――魔力を振動に変えることには変わりないから、実際話しているのと全く変わらない。
 少し大変って何よ、と私―――蓬莱人形は無機質な心の中で思う。今の上海の慌てようは"少し"には見えなかった。
 それにしても、アリスが休んでいるというのにいったい上海は何がしたいのかしら。他の人形たち……仏蘭西や和蘭たちも不服そう。
 私たちも休みたい……というよりは、予備魔力を使うのは抵抗がある、と言った方がいいわよね。あくまで予備だし、こんなに人形が居るというのに、毎日毎日一体ずつ魔力を込めてたらアリスも疲れちゃうわ。
 ……べ、別にアリスのことを心配してるんじゃなくて、アリスに何かあったら私たちが困るってだけよ!

(全く……少し大変なことっていうのはなんなのよ、上海。どうでもいいことだったら承知しないわよ?)
(えっと……あの……さっき出来た大江戸爆薬からくり人形は半自律してるみたいなの!)
(……え?)
(あれ、私……なにか間違えた?)
(嘘でしょ…)

 私は上海の言葉に驚き、そして絶望した。
 大江戸爆薬からくり人形に残された道はただ一つ、爆発することだけ。不完全とはいえ、感情を持った新しい人形にその末路は悲しすぎる。
 避けられない定めだけど。それでも……生まれた時から死が決まっているというのになぜ、その子は半自律してしまったんだろう。

 私がその衝撃に驚いてる最中、一体の人形が会話に加わった。ぐるぐるとカールされた金髪のその子の名前は、仏蘭西人形。
 フリルとリボンがたくさんついた、ローブ・デコルテ……胸元が大きくあいたドレスを着ている。それはふわふわとした質感で、結構動きづらいらしい。
 そのせいかどうかはわからないが―――性格も非常にふわふわとしている。のんきというのか、能天気というのか。または、無神経とも言うかもしれない。

(えーっと、その子のコードネームなんだかわかる?)
(……それはどうでもいいことだと、ボクは思いますけど)

 その仏蘭西人形に冷静に切り込むのは西蔵人形。スリットの短いチャイナ服を着ていて、アリスの人形の中でも珍しく短くてストレートなセピア色の髪をしていた。
 仏蘭西の言ったコードネームというのは、アリスと半自律の人形たちが名前のない人形を呼び分けるのに便宜上つけているだけの、仮の名前。
 大江戸爆薬からくり人形には……というより、爆薬を詰め込んで爆発するタイプの人形、たとえばリターンイナニメトネス達などには個別の名前はつけていない。
 その理由は、絶対に「その人形」との別れを迎えるから。他の人形なら修復もできる、しかし爆薬を詰め込まれた人形達だとそれはできない。
 回収されて他の人形の一部分になるが、結局「その人形」は戻ってこないのだ。仮に人形に名前をつけると、感情や精神が宿ることもある。そう、名前は強い力を持つから。
 コードネームも一応名前の様な物だが、それがコードネームである限り問題はない……らしい。でも、そんな人形でも決して雑に作らないのがアリスのポリシー。たとえ、爆発する人形だとしても。
 それなのになんで、自律してしまったかは……私にはわからない。多分、アリスにもわからないと思う。

(たしかに、どうでもいいわねー、なんでそんなこと聞いたの?)

 結構な皮肉をこめて私も呟く。どうでもよくないよ、と仏蘭西が慌てて答えた。

(だって、相手のことが何もわかってなくちゃ始まらなくない?ねぇ、上海)
(そ、そうかな…?ええと、たしかコードネームは浅草だったはず…)

 仏蘭西の勢いに上海が押されて……まあ、いいか。
 浅草、ね。大江戸爆薬からくり人形には、江戸にある地域名をコードネームとしてつけてる……とアリスが前に言った気がする。多分、"浅草"もそうなんだろう。
 そして、今回の一番の問題がある。

(浅草は……自分が大江戸爆薬からくり人形であることを知らないと思うの。それを教えてあげるかどうかを……相談したくて)

 そう、上海のいった通り、浅草に大江戸爆薬人形について教えてあげるかどうか、ということ。

(ぱっと言っていいんじゃないかな~)

 上海の言葉に仏蘭西が即答した。……無神経、馬鹿じゃないの?私と同じように思ったのか、他の人形たちも会話に参加する。

(何言ってるの…)

 あきれたように呟いたのは、和蘭人形。紅い毛並みと白い頭巾、そして民族衣装……らしい、変な服を着ているのが特徴。他の人形……アリスがよく作る人形は私含めてかわいらしいフリフリした服を着てることが多いから、異色なほうね。
 和蘭は責任感が強い。でも、そこまで信頼はされない。……仕方ないのよ、うっかりしすぎてるんだもの。

(い、いやだって隠し事はよくないじゃない?知らない方がつらいし……)
(本当にそう思ってましたですか?全く、仏蘭西お姉ちゃんは能天気なんですから困るですよ)

 慌てる仏蘭西に問いかける、露西亜人形。少し大きめで、和蘭とは対照的な白い髪と紅い頭巾、そして暖かそうな変な服……これも民族衣装。
 マトリョーシカ、という人形を元にしてるらしくて―――マトリョーシカ自体も作ってるんだけど、中に小さい人形が入っている。体を割って出て中から本体が出てきたときは心底驚いた。
 でも、そうやって不意打ちはできても、機動力が落ちるし小さな人形の攻撃力もたかが知れてるから……まあ、試作的に作っただけのものらしい。実際遊び以外で出てきたのを見たことがなかった。

(私ちゃんと考えてるよ?……隠してても仕方ないし)
(ほんとですか?何も考えてないようにしか見えませんですけど)

 露西亜は追及をやめない。少し可哀想になってきた仏蘭西に助け船が出る。仏蘭西人形の土台を少し改良した人形―――オルレアン人形だ。
 仏蘭西は弾幕を張る分にはいいけど、素早い動きをするのには向いてない。しかし、オルレアンは仏蘭西とは違い服が簡易的で全体的に軽くなっている。
 そのかわり、弾幕能力は多少落ちてるけどね。

(……一理あるんじゃないか?私もこういうことは早く言うべきだと思うが)

 そう言ったオルレアンに仏蘭西は縋りつく。仏蘭西が惨めに見えてきた。オルレアンより先に作られたのに、ね。
 ……といっても、成長することがほとんどない人形は生まれてきたときの性格のままだから仕方ないんだけど。
 少し大人びていたり、子供っぽかったり。生まれた時からそれが変わることはなかなかなかった。

(ウチも賛成やで?ま、仏蘭西が真面目ーに物事考えてたとは思えへんけど)
(私もオルレアンの意見に賛成ですわよ)

 そして、他の人形たちも会話に加わっていく。赤い軍服にキルトというスカート、そして頭に、毛皮の長い帽子をかぶった倫敦人形がオルレアンに賛同した。
 倫敦はいわゆる芸人……ネタに生きる、というかなんというか。他の人形を明るくできる……私と違って。人形だから、芸人形かな?でも、芸人形というと倫敦より京人形の方があってる気がする。
 そんな京人形が、倫敦続き賛同した。京はアリスの人形としては珍しく黒髪で、和服を着ている人形。頭につけてる簪がかわいらしい。

(私の意見じゃなくなってる……)

 ぼそり、と仏蘭西が言った。そういえばそうだったわね……仏蘭西の体から呪詛が少し出てる気がする。
 そんな私達を見かねたのか、一体の"精密操作用人形"が私達に声をかけた―――



(こらこら、仏蘭西いじめないのよ。はい、注目注目)

 手をパンパンとたたいて皆の視線を此方へ向ける。
 実際、私はこの会話に入るつもりはなかった。予備魔力の消費が大きいので、脇で聞くだけにしたかった。
 だけれども、このままでは収拾がつかない。それに、状況も深刻だし。

(とりあえず、このままじゃ埒が明かないわ。私に、まとめさせてもらっていい?……上海?)
(大丈夫ですよー)

 上海に問いかけ、了承をもらった。全人形が私―――未来文楽の方を向いている。

 アリスが精密操作をするために作ったのが文楽人形、というもの。既存の乙女文楽を改造、さらに細かな動きが可能になっているだかなんとか。それは、微妙な表情の変化までも可能にした。
 どういうときにどういう表情をすればいいのかは知識でしか、知らないけど。
 だから今私は少し神妙な顔をしている。そして、皆のざわめきが収まった。なんだか、一目おかれているらしい。……言うことは、仏蘭西のことをまとめたことだけなんだけどね。

(私たちが浅草に教えるかどうか。それには、互いにメリットとデメリットがあるわ)

 まず私は両手を広げる。右手にメリット、左手にデメリットを乗せる風に見せる―――さしずめ私は天秤、ね。

(仮に教えたとしましょう。早めに教えておくと、受ける傷は浅いわ。でも、彼女はまだ生まれたばかり、立ち直れなくなる可能性がある。じゃあ教えるのを先延ばしにしたらどうなるかっていうと、心への傷が深くなる。私らに対しても恨みの感情を持つだろうし、場合が場合なら最悪妖怪化するわ)

 両手を上下に動かしながら、私は言った。皆、何も言わないで聞きいっていた。
 暫く動かし続けた後、手をおろして言葉を続ける。

(最悪教えないというよりは、隠し通すって手もあるわ。でも、それはやりたくないよね?私もそんなことはしたくない)

 そして、私は黙った。……一気に伝えて疲れたわ、魔力がぐんと減ったし……でも、言わんとしてることは伝わったはず。
 暫く待った。でも、返事がない。返事がないと気になる。もうしばらく待つべきか、いやもういいだろう。黙り込んでる皆に対して、私は呼びかけた。

(みんな、どうしたのよ?)
(じゃあウチらはどうすればええのん?ウチには、わかりまへんわ)
(ここで話してても進まないのですよ…)

 倫敦と露西亜が答えた。人形には考える力が不足してるから……それに、皆の予備魔力もかなり減ったと思う。それでも必死に一つの人形のことを考えてるんだ。
 私も、考える。考えて、考えつくす。気がつけば、皆が私の方を見ていた。

(文楽さん……私達の代わりに答えを出してください、お願いします)

 上海が私に対して言った。何故私に聞くのかはわからないけど、でも皆が答えを待っている。
 だから私は私の中で結論を出す。私の出した結論は、そう。

(……浅草に、話そう。でも、やんわりとね?絶対に、絶対に相手のことを傷つけないようにね?)

 生まれてきたばかりの大江戸爆薬からくり人形に対する、死刑宣告。一応意見がまとまったところで、皆で"浅草"の元へ―――


 ……私は一人、ここにたたずむことしかできないのかな?
 自分が人形だから?まあ、確かにそうだ。でも、意識を持った人形なら動けてもいいと思う。
 動きたい、動きたい、動きたい。そうは思うけど、足が動かない。手も動かない。
 唯一、首だけはくるくると回せる。ずっとまわしていたら首だけ飛んでいくかもしれない。そうしたら、この部屋……この家を出て外の世界を見たりできるのかな?
 だからどうしたといわれれば、それまでだけど。なにか、楽しいことを考えるか、何も考えないか。それしかない。
 ボーっとしてみる。……いつまでこんな時間を過ごせばいいの?私はずっとこのままなの?わからない、私は……。

(……え………きこ…る……声……聞こえる?)

 ―――誰かが話している声が聞こえる。いや、私に対して呼びかけている声、かな?
 首を回すと、向こう……少し遠く、部屋のドアの付近に一体の人形がいるのが見えた。眼を合わしてみると、向こうは手を振ってくれた。
 ……私からも、呼びかけてみようかな?そう決心して、声を出してみようとする……出るわけがない、だから別の手段で伝えられるかどうか、試みてみた。

(……これでいいのかな?聞こえますよー)
(あ、通じた!)

 ためしに声を出してみると、どうやら成功だったようで返事が聞こえた。そしてその返事とともに、こちらに向かってくる人形、人形、人形。合計十体。扉の裏に隠れていたのかな?
 まるで意志を持ってるようにしっかりと飛ぶ人形たち……って、私も意志を持ってるんだけどね。
 皆にできて、私にできない。理由を知りたくて、私はその思いを魔力にした。

(ねぇ、なんで私は動けないの?貴方達はそんなに動けるのに)
(……それはね、貴女が自分の意志では動けない人形だからなの。はじめまして、私は未来文楽よ)

 未来文楽さん?やさしそうな人……じゃなくて人形。きっとみんなに慕われるんだろうなぁ。あ、そう言えばまだ私の自己紹介をしていなかった。

(私の名前は浅草、よろしくお願いします)

 私がそういうと、皆が頷いた。……私のこと、皆はもう知ってたのかもしれない。そうじゃなきゃ、私の元までなんて来ないし、ね。
 そのあと、他の人形さん達も順繰りに自己紹介を始める。

(蓬莱人形、よ。どれくらいになるかは分からないけど、これからよろしくね)

 蓬莱さん……すこし冷たい印象も受けるけど、暖かい印象も受ける。……低温やけど?私には、蓬莱さんが色々と矛盾した人形に思えた。

(ウチは倫敦人形や!よろしゅうね!)

 そう言った人形―――倫敦さんはそういって私の手をつかみ、上下した。握手みたいなものかな、でも私達は人形だから握手も無機質なものに。
 触られている感覚はあった、でも腕の感覚としてはない……。この腕を動かせる日はくるのかなぁ。

(私は京人形といいますわ、よろしくお願いしますわね)

 すごく丁寧な口調―――そして、おしとやかな仕草をする京さん。なんだか、皆優しそうな人形ばかりだ。
 ……あれ、なんで皆は人形ってついてるんだろう?私は浅草なのに。……ってことは浅草人形?

(みんな、なんとか人形ってありますよね……?じゃあ、私って何人形なんですか?浅草人形?)
(……大江戸爆薬からくり人形っていう人形なのですよ、浅草お姉ちゃん。私は露西亜人形です)

 私がお姉ちゃんっていうのはどうも納得がいかないけど―――まあ、露西亜さんの性格みたいなものなのかな?
 それにしても、大江戸……なんだっけ、なんだか不穏な単語が聞こえた気がするんだけど……?

(大江戸…?)
(大江戸爆薬からくり人形です。ボクは西蔵人形)
(ば、爆薬?)

 もしかして……私って爆弾?この体の中に……爆薬が入ってるの?
 ……嘘。そんなわけない。人形型の爆弾を作るくらいなら普通の爆弾を作るはずだし。皆の様子を見れば、大切にされてるのもわかる……なにかのたとえかな?

(まさか、私が動けないのってつかんで投げるためじゃないですよね…?)
(そういう人形もいるけど……貴女は違うよ?私は仏蘭西人形、よろしくね)
(……いるんだ。でも、私はそうじゃない……よかった)
(ええと……うん、そうだね、私は上海人形よー)

 上海さんが否定……いや、口を濁したのかな?……なんで?私……え?すごく、気になる。

(……詳しくお願いします)
(ええとね……爆薬が詰まってて、からくりで動いて相手に突撃、そして自爆する人形よ。私は和蘭人形、よろし)
(この馬鹿和蘭!)

 ……今、和蘭さんはなんて言った?私は……からくりで動かされて突撃するっていうの…?
 和蘭さんが言葉をいい終わらないうちに、後ろから飛んできた人形が和蘭さんを張っ倒した。

(……私はオルレアン人形、よろしく)
(本当のことなんですね…?)

 オルレアンさん……か。これで全員の名前がわかったのかな……ははは。そりゃ、動けないわけだよね…。

(私が事情を説明するわ、浅草!)

 そういう未来文楽さんの言葉も、和蘭さんに飛びかかる人形たちの姿も目に入らない。
 なんだか、視界が暗転した気がした。もう、何も聞きたくないし何も見たくない。そう、私は聞いてしまったのだ。私自身の運命を。
 相手のところまで歩き、自爆する。それだけのために私は作られた。私は痛みも感じずに爆発する定め……しかも、主人の思うがままに。


 ―――大江戸爆薬からくり人形は、からくりで作動する人形。爆薬がたっぷりと詰められていて、相手に向かってただ特攻する。からくりが作動したら、もう逃げるすべはない。体が動かないのは、多分からくりがまだ作動してないから。
 そう、矢継ぎ早にいわれた。

(……ごめんね)

 和蘭さんが私に謝った……知りたがったのは私だし、謝られる理由はない。でも、このままだと―――他の人形に当たってしまうかもしれない。それは、いやだ。

(知りたいって言ったのは私ですから……。……一人にしてください)

 よく考えたいし、それに皆に酷いことをいうかもしれない。だから、私は一人になりたかった。
 でも、と言いよどむ文楽さん達にもう一度一人にしてください、と叩きつけるように言う。文楽さんを先頭に、扉から戻っていく人形たち。最後に蓬莱さんが一言、残していった。

(今のあなたからは呪詛が出てるわ……囚われちゃ駄目よ、絶対に)

 皆が居なくなって、これでようやく私も一人。これで、もう―――好きに物事を考えられる。


 ……畜生。私は……他の人形たちみたいに楽しそうに動くことはできない。
 なんで私だけ爆発する運命なの?蓬莱さんや文楽さんは動けるのになんで私は動けないの?
 理不尽だ。ほんとに理不尽だ。いやだ、爆発なんてしたくない。それが運命でも。
 この願いは当然のもの。なぜ、私だけ?なんで、皆は大丈夫なの?おかしい。そんなの、おかしい。皆が羨ましい。皆が妬ましい。皆が……恨めしい。

 塞ぎこんだ私に、不意にどこかから誰かが話しかけてきた。

(そこのお前さん、元気出して)
(……誰よ、どこにいるのよ。一人にしてってさっき言ったでしょ…!)
(ごめんね、そのさっきのときにあたしはいなかったんだ)

 たしかにさっきの全員と魔力の質が違う気がする。それにしても、どこから話かけられているのだろうか。
 首をまわしてあたりをよく見てみてもそれらしき人形はどこにもいなかった。

(どこよ…)
(窓、みてみなよ)

 楽しそうな声が少し私をいらだたせる。一体全体、どんな奴が私に話しかけているのか。
 窓の方を見てみた。私と窓の間には誰もいない。いないじゃないか……そう文句を言おうとして、私は気づいた。
 私の後ろの窓の向こうに見える、人形の顔。家の中に入りきらないからだろうか、地面に座っているのだろう。
 その大きな大きな人形に対して、私はとてもわかりやすい反応をした。

(でかっ!)
(ああ、うんまあねぇ。あたしはそういう人形だからね。浅草……といったかい?私はゴリアテ人形、さ)

 その私に話しかけてきた人形は、"ゴリアテ人形"という名前らしい―――


 負の感情にとらわれた一つの人形。理由は自分の運命だろうね。
 物が負の感情にとらわれすぎたら妖怪化する。この幻想郷にも、そうなってしまった人形がいるとか何とか…。
 結局妖怪化してももっと悲惨なことになる。多分、その妖怪化した人形も普通の人形だったんだろう。
 でも、大江戸は爆発する運命。妖怪化してもそれは変わらない。痛みを感じながら吹っ飛ぶことになる。
 そっちの方がいいのかもしれない。痛みを感じずに意識を失うのは……あたしはいやだ。まあ、この子がどう思ってるかは分からないけどね?

(大丈夫かい、すごくマイナスな気分になってるよ)

 私は、その人形にゆっくりと問いかける。たとえ、答えがわかっていても。
 私の言葉に反応して、浅草は此方を見る。彼女としては、睨んでいるに違いがない。

(大丈夫じゃ……ないですよ。見て……わかるでしょう…?)

 浅草は、素直な思いをそのまま魔力としてぶつけてくる。
 大丈夫じゃなさそうだから声をかけたわけであって、この答えはわかりきっていたものだったんだけど、ね。
 そんな浅草を、私は元気づけようとする。

(ほら、元気だしなよ。……といっても、あたしゃ話を聞くことくらいしかできないけどね)

 そして、一体の大江戸爆薬からくり人形はつらつらと話し始めた。



 ―――どのくらいの時間が経っただろうか。
 実際には、ほんの少ししかたってないかもしれないし、たくさんの時間が過ぎたのかもしれない。
 あたしには、時間感覚がないからわからない。一日中寝てるようなものだし、そもそも今の私の体にあるのはアリスに使われた時の残留魔力と魔法の森の魔力だけ。
 だんだん意識が遠のいていくのを感じながらも、最後まで浅草の話を聞いた。

(もう、大丈夫そうだね)
(大丈夫、なわけないじゃないですか)
(だよねぇ)

 なんだかすべてが曖昧になってきた……時間がたてば、魔法の森の魔力に当てられてまた意識が戻るとは思うんだけどね。

(……そろそろ、私の意識も途切れそうだけど……最後に、一つだけ言わせてほしいんだ)

 あたしは浅草にかすれた魔力で呼び掛けた。なんですか、と浅草は答える……疲れた様子を全くと言っていいほど見せていない。
 実際にたった時間は少しだったんだろう。

(和蘭達に悪気はない、むしろ浅草のことを気にかけてるんだ。……わかってるだろうけど、いっておかないと気が済まなくてね)
(もちろんわかってますよ、ゴリアテさん)
(なら安心だね、よかったよかった。……あたしは、少し寝るよ)

 浅草は、即答した。それにあたしは安堵して、ふっと力を抜く。
 何もない世界にゆっくりとあたしの意識は落ちて行く。人形にとっての眠り、とは意識のないまま時間だけが過ぎること―――意識が消える前に、浅草からお礼を言われたような気がした。
 私が、残った意識の最後の最後で思ったのは浅草のことだった。
 この胸に宿る気持ちをたとえるなら、親心とでもいうのだろうか。浅草はあたしの娘のように思える。
 大江戸爆薬からくり人形とゴリアテ人形だから、というのもあるかもしれない。私は、あの子を守りたい。


 ―――その2つの人形の姿を形容するならばまさしく親子だった。
 人形は生き物ではない。種類も、ちがう。そんな二つの人形の親子のような関係を断ち切るのは……まさしく、運命としか言いようがない。"大江戸爆薬人形"としての、運命―――



 ゴリアテさんと話して、すごく気が楽になった。
 失礼かもしれないけど、特別話がうまかったりはしなかった。でも、私の愚痴をずっと聞いてくれて……たまに相槌を打ってもらえるというのは大きかった。
 大丈夫じゃない、そうは言ったものの、今のところはもう大丈夫なのかもしれない。
 どうなんだろう。でも、ひとまず冷静にはなれた。ゴリアテさん、本当にありがとう。今は聞こえないと思うけど、

 そして、ふと脇を見ると皆が扉の影から此方を覗いているのが見えた。
 人形とは思えないほど動物臭い行動に、私は心の中で笑いそして、皆に元気よく呼びかけた。

(みなさーん!今のところは、私は大丈夫ですからねー!)

 その声に反応して、皆がバタバタと此方にやってくる。あ、途中で和蘭さんが転んだ。空中でこける、中々の技だと思う。
 すぐに私の周りに皆が集まって、そして一人一人私に抱きついてくる。若干、暑苦しい。……爆薬は、危なくないのかな?
 ごめんね、ごめんね。文楽さんも、和蘭さんも、皆が私に向かってその言葉をかけて来た。

(皆、なんで謝ってるの?……本当のこと教えてくれて、ありがとうございました)

 私がそういうと、皆がどっと沸いた。あちらこちらから引っ張られ、なでられる。少し、むずかゆかったり痛かったりした。
 でも、これが幸せなんじゃないかと思う。ここに……"アリス"の人形として生まれてよかった。まだ生まれたばかりだけど―――



 私はベッドの上で目を覚ました。本当は寝なくても問題はないが、もう習慣になってしまっている。
 ふと時計を見ると、もう夕方だった。窓から見える景色は夕暮れ、どこかでカァとカラスが鳴いた。

「ふぁあ……少し長く寝ちゃったわね」

 いつもならそれほど時間を掛けずに作れる、大江戸爆薬からくり人形。だが、いろいろな改良を施そうとしてかなりの時間をかけてしまった。
 主に、威力の改善。永遠亭経由で高火力の爆薬を手に入れた。そもそもは強心用の薬らしい。そして、視界を広げるために首を廻せる設計に。からくりの強度、持続時間、そして馬力も増強。
 試作品段階だから、設計図も何もない状態から思いの限りに作り、やっとのことで完成した新しい人形。それがコードネーム浅草だった。
 途中、材料が足りなくなったりなどというアクシデントもあった―――その時は既存の壊れた人形の部品を代用することで何とかなったけど。

 ベッドから起き上がってみて、どこかに違和感を感じる。
 どこに感じるか?それは、わからない。いつものベッド、いつもの私、いつもの寝室だ。
 しばらく考えてみると、その原因が分かった。人形達の並びが代わっていたのだ。そして、揃えて置いておいた人形がズレている。
 気のせい、ということはないはずだ。誰かが動かしたのか?仮にそうだとしても、何のために。
 並べてある人形の一つを手に取ると、また一つ気付くことがあった。人形たちに込めておいた予備魔力が切れているのだ。
 たしかに時間がたつにつれて魔力が風化することもある。けれども、予定ではまだまだ大丈夫のはずなのに。

「なんなのよ一体…」

 釈然としないまま私は頭を抱えた。
 人形達が自分達の意思で魔力を使った可能性はある。そもそも、予備用の魔力なのだから。しかし、今回の場合はそうは考えにくい。
 では、何に使ったというのだろうか。侵入者が来た?それなら、何よりも先に私を起こすはずである。
 気付かなかったということは無いだろう、流石に私は起こされて起きないほどねぼすけではない。それに、人形が壊れてたり侵入者の跡が残っていたりもしない。
 それ以外で思いつくのは……魔理沙のいたずらだろうか?
 いや、そんなことをしても何もならない。それに、泥棒行為はしても、空き巣行為はしていないはずだ。魔理沙は「借りるだけ」っていってるし。
 ……しかたない、気のせいだということにしておこう。考えこんでいても仕方ない。
 一先ず、昨日作った"大江戸爆薬からくり人形"について考えながら、予備魔力が枯れている人形に魔力を込めることにした―――



 私が生まれてから、今日で一日。今はまだ昼間で、日が射していた。
 皆はアリスに操られ、家事をこなしているらしい。その間、私はずっと暇。することがなにもない。

(アリスは器用だからね、自分の作業をしながら人形を操作出来るんだ。作業効率も上がるし、作業に集中もできる)

 ゴリアテさんが、アリスについて語ってくれる。案外、一日でも話す程度の魔力は溜まったらしい。
 今、私からはアリスの姿がよく見えている。私が置かれたここはアリスの作業場、とのこと。
 こう見ていると器用なのがよくわかる。小さな服、おおよそ人形用のそれを仕立て、出来たらすぐに人形にしまわせる。その一連の動作は見てて飽きなかった。
 
 どのくらいたったかは分からないが、アリスが伸びをする。気がつけば、差し込む光はオレンジ色になっていた。

「疲れたわね……お茶でも入れようかしら」

 アリスが独り言を呟き、そして数分後。上海さんがカップとポットを持ってアリスの元へ行く。ここからじゃ見えないが、多分紅茶でもはいってるんだろう。湯気が立ち昇るのが見えた。
 そんな上海さんにアリスはありがとう、と一声かける。……あれ、これってもしかして?

(浅草、今のはアリスの自演だ、とか思わなかったかい?)

 ゴリアテさんに本心を突かれ、ぎょっとした。そして、本心であるために何も言い返せなかった。

(ま、まあそうですね。でも、実際自演じゃ……) 
(まあ、自演であることは確かなんだけどねぇ。でも、それも人形に礼を言うほど人形を愛してるってことなんだよ)

 寂しいだけかもしれないけどね、とゴリアテさんは笑った。アリスは、人形が大好きなんだ。そして、人形もその愛に答えている。上海さんをみればそれがよくわかった。
 じゃあ、私は愛される対象に入っているのか。その疑問をゴリアテさんにぶつけてみる。ゴリアテさんは即答した。

(勿論さ。アリスが愛さない人形なんていないさ)
(爆発するのに?)
(……アリスの人形であることには変わりないからね)

 爆発、と言われて昨日はあんなことになったけど今では大分落ち着いて、そのことを口に出せるようにもなった。
 怖いことにはかわりないけど、いつ生が終わるかがわからないのは生き物も同じ。生まれながらにして重い病気を患った生物とも何も変わらない。
 それに、私はまだ実感できていなかった。だからこそ、この一瞬を、この一時を精一杯楽しみたいと私は思う。アリス、皆、そして"ゴリアテさん"と一緒にここで―――



 そして日が流れた。浅草は他の人形たちに馴染んでいった。アリスに操作されて浅草の近くに行けば話をし、アリスが寝てれば会いに行く程度の仲の良さ、であった。
 日々、ますますと疑問を深めていくアリスであったが、実害はないために全く気にしなかったんだろう。
 あたしも、魔力に当てられて意識が戻れば浅草と話をした。一番浅草に近いのはあたし。場所がまず近いし、そこにいても何の違和感もない。
 こんな日々がずっと続けばいいのに……あたしたちの、そして"浅草"のかすかな願いはやすやすと打ち破られることとなる―――



 いつもどおり、近くで作業をしてる人形と会話している私。今日は、西蔵さんだった。
 毎日楽しい。……大江戸爆薬からくり人形の宿命を忘れたわけじゃないけど、それでもただ楽しかった。
 この平穏が崩れてしまうなんて、まったく想像できなかった。それなのに。

 外から聞こえる爆音。人形でも感じるほどの強い魔力を感知する。
 西蔵さんは魔力の糸で手繰り寄せられ、アリスがバタバタと走ってくる。そしてアリスが私を掴んで懐に入れられてしまった。
 懐の中には、私以外の人形がいた―――ただし、西蔵さんはスペルカード、とかいう紙きれに入れられてしまったが。

 記念すべき初陣かもしれない。でも、戦闘はすなわち私自身の死につながる。
 私は、"アリス"に使われないことをただ無心に祈っていた―――



 外から聞こえた爆発音。そして、強い魔力を感じた。私の家がガタガタと振動する。

「な、なんなのよ!」

 私は机に手を置いて体を支えながら、悲鳴を上げた。魔理沙……ではない。ドアは突き破っても、近くで魔力を爆発させるなんて意味のないことはしない。
 じゃあ、一体誰が?その疑問は、外からかかる声によって解消された。

「でてこい、人形遣い!」
「家吹き飛ばされたくなかったらね?」

 二つの声が聞こえる。推測だと、先の声は毒人形、メディスン・メランコリー。後の声はフラワーマスター、風見幽香だろう。
 声の調子と面子を考えると、事を穏便にすませることはできないようだ。面倒ね……本当に、どこまでも面倒。私は、部屋にいる人形を回収し、外へ飛び出した。
 もちろんのこと、新作の大江戸爆薬からくり人形も懐に入れて。

 家から出て最初に目に入ったのは、仁王立ちしたメディスン、そしてその後ろで日傘をさしている幽香だった。

「……何の用かしら?」

 幽香とは多少付き合いがあるものの、メディスンとはほとんど接点がない。
 自律しているという話は聞いたことがあるが、彼女は妖怪になった人形であり私の追い求めている自律人形とは違う。
 多少の興味はあるものの、無理矢理調べる気にもならない程度の存在で声をかけたことなどなかった。

「メディがちょっと用あるらしくてね。私はただの付添よぉ?」

 ニタリと笑いながら幽香はいう。ああ、本当に厄介ね。
 メディスンは生まれたばかりの妖怪だし、何とかできるだろうけど。そのあとに化け物が控えている。
 迂闊にメディスンに手を出せば、殺すということなのだろう。付き合いもほとんどないのに、どうしてこうなったのやら。
 
「で、メディスン…といったかしら、何のようなの?」
「人形を開放しに来たのよ!貴方にとらわれてる人形をね!」

 一応話し合いを試みた私だったが、メディスンは指を前に突き出し、有無を言わさない口調で言い放った。
 結局弾幕ごっこか。幻想郷の住民は―――といっても、魔界のお母さんたちもだが、血の気が多くて困る。もっと静かに暮らしたかった。

「ハァ……私は捕らえてるわけじゃないわ、よ!」

 溜息をつきながら私がその言葉を言う合間、まだ臨戦態勢も整っていないというのに弾幕が飛んできた。
 黄色や紫色の弾幕が飛んでくる。その量は大したことない、けれども、共に撒かれた霧の方が問題だった。
 毒々しい色をした霧がメディスンを中心に、その姿を隠すほど撒かれる。しかし、幸いなことに毒霧の進みは遅かった。
 まずは弾幕を横にかわし、立ち込める毒霧に向かってスペルカードを発動した。
 "人形「未来文楽」"、発動とともに一体の人形が現れて、毒霧の中をまっすぐと駆け抜ける。
 弾幕も飛んでくるが、未来文楽ならまったく問題はない。私には今、未来文楽の目を通してメディスンの姿が見えている。
 そして未来文楽をメディスンに近づけ、槍を叩きこんだ。

 手ごたえはあった。しかし、未来文楽の目を通して見た世界にはメディスンは映っていなかった。
 日傘、そして幽香の笑顔が見える。そう思ったときにはすでに未来文楽は吹き飛ばされていて、私の視界は元に戻った。

「危ないわねぇ…。メディ、何固まってるのよ」
「……幽香、後はお願い」

 二人の声が聞こえる。大妖怪、という奴は毒霧にも強いらしい。……これからの私の相手は幽香になるようだ。
 糸を使い、文楽を回収。……毒は、後で洗おう、そんなことよりもまずは目前の相手をどうにかしなければいけない。
 毒霧の中に藁人形を投げ込む。"呪符「ストロードールカミカゼ」"、厄にまみれた藁人形は毒霧の効果で強化される。速さ、威力ともにいつもより高くなっている気がした。
 しかし、中からなにかを打ちつける音が聞こえ、その音に合わせて藁人形が毒霧の外に弾き飛ばされた。

「この程度で足止めができるとでも思ったのかしら?」

 さっきよりぐっと近い位置で幽香の声が聞こえた。私だって、そんなものであの風見幽香を止める気は毛頭なかった
 でも、目的はまた違ったところにある。幽香が歩いているとすれば……そろそろ出てくるはずだ。今!

 私は、懐にある大江戸爆薬からくり人形を掴んで取り出す。
 本当は起動させたくはなかった。人形を爆発させる私の技の中で最も辛い技、それが大江戸爆薬からくり人形を使った技だから。
 人形が、自分の手を離れ相手に向かってゆっくりと歩いていく。手を伸ばせば届きそうにも思えるが届かない。一度からくりを作動させると絶対に止めることはできない。そして、爆発する。それが、大江戸爆薬からくり人形だからだ。
 しかし同時攻撃と威力には優れているし便利であることも事実。なるべく使いたくないが、しかたない。使うこととしよう。風見幽香を追い返すための布石として。
 大江戸爆薬からくり人形―――コードネーム浅草。実用性などの実験になるし、私の計算では幽香にもダメージを与えられるはずだ。あくまで、布石として遣うけれども、威力はあっても損にはならない。
 私はその背中部分にあるからくりのスイッチを動かし、起動させようとした。しかし、起動させることはできなかった。浅草を手から取りこぼし落としてしまったのだ。
 
「なによ……まさか!」

 いやな予感がして指先を見ると、すこし紫がかった液体がついていた。
 霧状になった毒が未来文楽を操った時の魔法の糸を伝い、私の指に付着していたと考えるのが普通か。
 今、落ちた大江戸爆薬からくり人形を拾うよりは、他に懐に入ってる大江戸爆薬からくり人形を使った方がよさそう、そう思い私は懐からもう一体の大江戸爆薬からくり人形―――コードネーム小石川を取り出し、今度はしっかりと注意してからくりを起動させる。
 
 毒霧から抜けだしてきた風見幽香が私の姿を見つけ、にやりと笑う。そして、目の前で歩く人形を見つけ、それを訝しげに見つめた。

「……何よこれ?」

 ただ歩くだけの人形。その人形を見て、幽香は"私の予想通り"傘で殴り飛ばそうとする。そこが狙い目だった。
 爆発。それは、あまり大きなものではない。それでも、傘先をぶれさせて幽香の一瞬の隙を作るには十分。幽香の顔が驚きに変わった。
 その一瞬を狙い、私ができる一番強い一撃をたたき込む。
 
"「グランギニョル座の怪人」"

 私は、手持ちの中でも威力が高い方のスペルカードであり、奥義でもあるラストワードを発動する。スペルカードと連動し、私を中心として、8体の人形を宙に放った。
 上海、仏蘭西、和蘭、西蔵、京、倫敦、露西亜、オルレアン。私の人形の中で自律に近いと思われる人形たちだ。
 そして、私の前には蓬莱を浮かせている。さしずめ、呪詛に包まれ首をつった蓬莱が仮面で、それを遣う私が怪人と言ったところ。
 8体の人形に、完全なパターンを刻む弾幕を打たせる。その弾幕を一言で表すと、猟奇的。怪人である私を合わせて、グランギニョル座の怪人となる。
 その弾幕をモロに食らい、圧倒される幽香。その間に浅草を拾う。これなら、力押しでも何とか…。
 
「……この程度よね」

 ……できなかった、か。まあ、半分は予想していたとおり。幽香は体から血を流しながらも、傘を振り強い魔力のレーザーを放出した。
 人形が落ちて行く。ああ、駄目か。やっぱり私はもともと力押しの戦法には向いてない。弾幕がパワーなのは、魔理沙だけだ。
 単発威力がもう少し高い技もなくはなかった―――例えば、"人形「レミングスパレード」"。しかし飛ばれたら終わりで距離も少し開いている。使用しても、おおよそ空に飛ばれて終わるだろう。
 
「さあ、ここからよ…?」

 でも、ダメージは与えたことは確かなようだ。幽香の声の張りが少し弱くなっている。
 未来文楽、そして全力を込めたラストワードを落とされて、残った自律に近い人形はもういない。いたとしても、私が気付いていないだけだけども。
 こうなったら試作中だけどゴリアテを起動するしかない……私がスペルカードを、幽香が傘を構えたその時、メディスンが声を上げた。

「ま、まって!二人ともストップ!」

 かなり焦ったメディスンのその声を聞き、私達二人の動きは止まる。メディスンが走ってきて、その方に目を向けた幽香は傘を降ろした。
 どうやら、ひとまず休戦らしい。指を手持ちのハンカチで拭き、軽く治癒魔法をかけておく。でも、目線は幽香達からそらさない。そらさないまま、人形たちの回収をする。
 
「なによ、メディ」
「も、もう帰りましょ!」
「……何言ってるのよ、こっからが楽しいのに。それに貴女が言ったんじゃない、あの人形師から人形を解放するって。ねぇ、なんで?」
「なんでもないのよ……いや、なんでもあるの!お願い、幽香……」

 口を濁しながら、メディスンは幽香に懇願する。一体何がなにやら。とりあえず、メディスンに戦闘の意思がなくなったことはわかる。
 人形の回収も終わった、ならばこれ以上争う意味はない。私は、面倒事はなるべく避ける性分。もっと面倒なことになると思っていたから、安心できた。
 もう用がないなら、私は戻るわ、と幽香達に背を向けて言った。幽香も、理由と相手を失ってしまえばこれ以上戦闘することはないはず。今日のところは、これで終わり。
 そして、二人を残したまま、結局使わなかった"新作の大江戸爆薬からくり人形"を片手に私は家に戻った―――



 私は、まだ生きている。首を自分自身の意思で回すこともまだできる。でも、いつかは絶対に死ぬ。それを、今日再確認させられた。
 地面に落ちたときに、体の中でなにかが波打っているのを感じた―――液体火薬だろうか。そして、直視してしまった。小石川さんの爆発を。そして、大江戸爆薬からくり人形の運命を。
 眼をそむけたかった。でも、角度が悪く首は回らなかった。爆発、そして皆が弾幕を打って、でも勝てなかった。
 しかも、今日は結局決着はつかずに途中で終わった。小石川さんは……犬死?でも、少し喜びを覚えてしまった。生きていることに。アリスが私を落としたことに。小石川さんが私の代わりに死んだことに。
 
 アリスの懐から出されて、いつもの机に戻される……掴まれた瞬間、あの瞬間のことがフラッシュバックした。
 あの瞬間は、まだ興奮状態にあった。でも、平常心に戻った瞬間強い恐怖に襲われる。いやだ、死にたくない。
 いやだ。いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。

 ……いやだ。私は、私は…。


 どのくらい時間がたっただろうか。わからない。わからなくていい。時間がわかれば、あとどれだけすれば死ぬかがわかってしまうから、私は知りたくない。
 ずっと、私はふさぎこんでいた。こんな人生、いやだ。もういっそ、ひと思いに爆発してしまえば。そうすれば気が楽になる―――
 どうすれば、爆発できる?落ちる?どうやって?皆に頼んでも止められるだろうし、誰も私を解放してはくれない。
 死にたくない。死にたい。相反した気持ちが自分の中でぐちゃぐちゃに混ざる。私の心の中にも暗く濁った火薬が満ちていった。一触即発、今すぐにでも爆発しそうな火薬が。
 
(浅草ー)

 そんな私は誰かに呼び掛けられる。魔力の質で、それが倫敦さんであることはすぐにわかった。しかし、返事はしない。返事なんて、したくなかった。
 そのあとも、何を言われても黙っているつもりだった。しかし、あまりにもうるさくて、私は強い魔力で言葉を返す。

(……うるさい!黙って!私に構わないで!)
(せやけど、黙れと言われて黙る倫敦人形はおらへんよ?ウチが浅草に構うのはウチの勝手や)

 倫敦さんは絶対に退きそうになかった。何をしても、私に構うのだろう。なら、もう倫敦さんに全部ぶつけてしまえばいい。
 向こうから近づいてきたんだ、私には関係ない。……そう思えるなら、よかったんだけど。でも、やっぱり抵抗があって、私は何も話すことができなかった。

(ウチに何話してもええんやよ?ほら、気楽に気楽に。そない自分自身を追い詰めたらあかんよ)

 そんなに言われてしまったのなら仕方ない。どうにでもなれ、と私は心の奥底にたまっていた黒い塊を吐きだした。
 
(私どうすれば……いいの…?爆発したくないけど……爆発したい。それに……小石川さんが選ばれたとき……つい喜んじゃって……私は…)
(笑えば、いいんや。つらい時でも、どんな時でも笑えばええんやよ。哀しみながらでも、泣きながらでも、笑えばええ。それで、元気が出る。哀しみなんて、吹き飛ばしてしまい)
(……ふざけてるんですか!?そんなことできるわけない!おかしい!あり得ない!信じられない!倫敦さんは笑ってられるんですか!?この状況を!小石川さんが爆発したというのに!)

 私は頭が沸騰しそうだった。倫敦さんの真剣な口ぶりが、ふざけてるようにしか聞こえずに私は怒る。倫敦さんは続けたが、私にはもはや怒りしかなかった。
 
(泣きながら、笑っとるよ。浅草は自分が死んでも、ウチらに悲しみ続けてほしいん?違うやろ?浅草は自分が爆発するのがいややからいっとるよのね?……躊躇なく、自分の意思で散っていった小石川を言い訳に使うなや!)

 倫敦さんの言葉にハッとする。小石川さんが散って、そして私は悲しんでいたのだろうか。思い返してみても、小石川さんが爆発して悲しいと思ったのは少しだけだった。それが、倫敦さんの癪に障ったに違いない。
 死にたくないから、だから私はこんなにも苦しんでいた。こんなにも黒く染まっていた。こんなにも塞ぎこんでいた。こんなにも絶望していた。でも、私も退けなかった。それほどまで、私は攻撃的になっていたのだ。
 
(倫敦さんに、"霧の倫敦人形"さんに"大江戸爆薬からくり人形"の何がわかるんですか!小石川さんが躊躇しなかった証拠は!自分の意思で散ったという証拠はあるんですか!?)
(ウチにやってわかる!レミングスパレードを、その後にアリスが悲しげな顔で人形を回収する姿を見ればわかるさかい!……小石川のことは誰も、わからんよ。相手側の、あの毒人形なら分かったかもしれへんけど) 

 レミングスパレードの話は聞いていた。アリスのスペルカードで、たくさんの大江戸爆薬からくり人形を一度に稼働させる大技。
 犠牲になる人形たちはどれがどの人形だかもわからないほどに散る、という。もちろん、私も出る可能性は十分にあった。
 そして、私はとことん攻撃的になった。もう、止めることはできなかったのだ。刺々しい魔力を倫敦さんに突き刺す。
 
(でも倫敦さんは爆発しないですもんね!ずっとここにいられますもんね!自爆なんて……しませんからね!私達とは違うんですよ!もうかかわらないでください!)

 この言葉のダメージは大きかったようだ。人形だから、傍から見てもわからない。だけれども、たじろいだのが目に見えてわかった。
 ……私が酷いことを言った自覚はある。言うのを止めたかった。言ってはいけなかった。この言葉は、どこまでも倫敦さんを……いや、他の人形を含めて傷つける。
 
(言ったやろ、小石川を含めるなって。……ウチもぼちぼち魔力が切れる、もう戻るわ。いつまでもふさぎ込まないでーな)
 
 そう言い残して、倫敦さんは去って言った。死にたくない、という思いと、小石川さんを言い訳に使ったことや倫敦さん……だけでなく他の人形も対象にして、酷いことを言ったことに対する自己嫌悪。
 それらに包まれた私はもう、考えることをやめたくなった。私は妖怪でもいい。私なんて、ここに必要ないんだ。皆を傷つけ、自分だけを守ろうとする私なんて、いらない。もう誰かに殺されるべきなんだ。
 でも―――そんな私なのに。

(どうしたんだい浅草?)
 
 私は勇気の欠片もない。まだ、助けを求めようとする。そう、たった今起きたであろう"ゴリアテさん"に―――
 


 今は何時だろうか。とりあえず、あたりが暗いことから夜だと推測できる。きっと、アリスはもう寝てるのだろう。
 浅草に声をかけようとして、気付く。浅草の周りに途方もない呪詛が散っていることに。蓬莱のスイッチが入った時よりも多いだろう。普通に私にも黒い靄が見える。
 多分人には見えないし、アリスも気付かないとは思う。けれども、蓬莱によると魔力で動き魔力で物を見聞きする人形だからこそ、呪詛が見えやすくなっているらしい。
 いつもなら、あたしが呼びかけさえすればすぐに返事をして首をくるくる回すのに、今の浅草は動かずにうなだれている。なにかがあったのは間違いなかった。

(……浅草?)
(あ……はい…)
(どうしたんだい、浅草。元気ないじゃないか。……あたしに、話してごらんよ)

 
 浅草から話を聞きだすまで、結構時間がかかった。中々浅草は話してくれなかった。何度か、魔力の振動を感じたもののどれも言葉を伝えるには至らなかったようだ。
 やっとのことで、先ほど起きたという諍いを聞くことができた。そして私は頭を悩ませる。
 種類の違う、感情を持ってしまった人形だからこそ発生するこの諍いの問題の深さはけして浅いものではない、はず。
 浅草は何も間違っていない。無論、倫敦もだ。間違いなんて存在しない―――無理矢理上げるとしたら、感情論で互いに傷つけあったことくらいだろう。
 私の予想が正しければ、倫敦も同じように思い悩んでいるに違いない。まあ、倫敦のことは蓬莱あたりにまかせよう。

(浅草)
(……何ですか?)
(あまり気にしないで。向こうも同じようになってると思うし。それに、さ……倫敦ってああいう人形だから、大丈夫)
(そんなこと言われても…。……謝りたいです。ても私は謝りに行けない。歩けないから…)
(それはあたしもさ。でもねぇ……うん、明日にでも倫敦の方から来ると思う。その時に伝えればいいさ)

 そこまでいって、私は少し体が重くなるのを感じた。聞きだすまでに時間がかかり無駄な魔力を少し使ってしまったようだ。
 でも、浅草の呪詛はかなり減ったように見える、これで私の仕事は終わり……だろう。倫敦の方はどうなってるのやら。
 次に目が覚めたときには問題が解決してることをきっと倫敦と話しているだろう"蓬莱"に願いながら、私は眠りについた―――


 
 夜遅く、アリスも寝て、上海達も戸棚で休むころに私は倫敦に泣きつかれた。
 予備魔力の消耗はなるべく抑えたい。だというのに、夜遅くになって泣きつかれても困る。
 たしかに夜からずっと元気がなくて予備魔力が全部抜けたようになっていたが、それとこれとは別だ。
 
(まったく、何なのよこんな夜遅くに!)
(蓬莱……ウチやってしもうた)
(やってしもうた、の主語はどこか言いなさいよ、聞いてあげるから……全くしょうがないわね)

 私に縋る倫敦を片手であしらって、私は倫敦の話に耳を傾けた。


 あきれた、としか言いようがない。倫敦の言動に対してではない、それを倫敦がやったということについてだ。
 たしかに途中まではよかったとは思う。倫敦らしくて、ね。でも、言い争いになったところからが悪い。
 そもそも、私達は人間じゃない。もちろん人間以上の存在でもない。豊富な知識と感情、声の調子。役割はあるとしても、彼らの一部ができてそれ以外ができないことは少ない。
 でも、私達は違う。人形にはそれぞれの役割がある。半自律の状態では、性格は役割に固定された物になってしまうのだ。
 倫敦は、人を楽しませたり、人を笑わせたりする役割であり、性格だった。だからこそ、魔力の調子も明るく人を楽しませるもの。
 浅草を楽しませられなかった時点で、退くべきだった。その時はもう私や文楽さんが出るべきだったんだ。

(あはは……ウチ、アホや……ホンマに)
(そうね、ほんとに馬鹿じゃないの?あんた、本気で説得できると思ってたの?)
(……でも、他に誰も行ってなかったさかい)
(浅草に限り、これの適任はゴリアテさんよ。私達はゴリアテさんが起きるのを待ってたのよ?そもそも、何故それを私や文楽さんに説明、相談しなかったの?)

 ゴリアテさんは浅草に一番近くて、皆を……浅草をも護る役割がある。
 私は呪詛の人形。一番呪詛を受け止められるのは、私。上海には荷が重い。
 文楽さんは繊細な人形。細かい気遣いができるのは私よりも文楽さんだろう。私は無駄に傷つける節があるし……ね。
 
(焦ったのよ……早計やったわ。どうすればええの…)
(謝りに行きなさいよ。言ったことは間違ってないけど、傷つけたんだから)
(……でも、ウチが謝っても結局はまた同じことの繰り返しや)
(そのくらい、自分で考えなさいよ。……貴女の役割にあった、謝り方をね)

 わかったわ。そう言って倫敦は身を翻した。時間は時間だけど、多分浅草も起きてると思う。……そして、向こうはゴリアテさんが何とかしてくれたはずだ。
 倫敦は私に一言礼を言って、部屋を出て行った。物音はたった気はするけど、アリスは気がつかない。
 まあこれで大丈夫。もうここからは見えないけど、倫敦の背中に私は一言がんばりなさいと呟いた。

(流石、蓬莱さんですねー)
(い、いきなりなによ!)

 気がつかないうちに、西蔵に後ろに回り込まれていた。いきなり声を掛けられて、私は驚いた。
 最後の呟きも聞かれていたんだろう。少し、気恥かしい。

(いやぁ、やっぱり蓬莱さんは優しいですねぇ)
(な、なにいってるのよ!まったく……ネタ人形なのにあんなことするなんて、ホント馬鹿じゃないのかしら!)
(素直じゃないですねー、まあそれがいつも通りでいいんですが。ボクも安心しましたよ)
(うるさい!もう私は休むわよ!)

 このまま若干サディスティックな西蔵にいじられるのも気にくわない。倫敦を待ちたいなんて、思うはずもない。
 私も戸棚に入って、"倫敦"がどうなったかを軽く考えながら壁によっかかり、人形としての眠りについた―――



 また、この部屋にウチは戻ってきた。浅草は相も変わらずそこにいた。
 ウチには呪詛って物が見えへんけど、でも遠くから見た分では暗い感じが無く見えて、安心する。

(あ、浅草…)
(な、なんですか?)

 声をかけてみると、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。……気を悪くしとるんやろうんやろが、でも話は聞いてもらえそうやった。
 ウチはそのままの低い体勢で膝をついた。いわゆる、土下座というやつや。ウチにできて、意思が通じる謝り方はこれしか思いつかんかった。

(さっきはすまん!……ウチが悪かった、堪忍してや)
(い、いや、えっと……堪忍します!)
(ほ……ほんま?ああ、よかった。……すまんね、ほんまに…)
(……私も色々言っちゃいました、ごめんなさい)

 それにしても、さっきのようわからん返事はなんやったんやろう。堪忍します、と言われても……まあでも、これは許す、と見てもかまわんかったのよね?
 そのことを浅草に言うと、いきなり言われて驚いたから、と向こうもなんだか安心したような魔力で言った。

(……そや、これあげる。仲直りの印みたいなものや)

 そう言って、ウチは髪の毛を一本引っこ抜いた。痛い、とは思わない。人形やから、そないなことは感じないのや。
 それを、浅草の腕に結び付けた。浅草の反応はない。

(ま、もともとはただの糸なんやけどなぁ。……誰かの髪の毛やったかな?まあ、そないなことはどうでもええんやけど)
(ありがとう……ございます)
(そないにいや?でも、ウチは解かんよ。ずっと巻かれていてしまえぇ―い)
(……)
(あら、つまらんかった?まあええか、ウチはぼちぼち戻る。また明日ね)

 そう言って、ウチは早急に戻った。……しゃあないよ、まさか言葉が出ないほど浅草が感激するとは思わんかったし。
 喜ばせるよりは楽しませる方があっとるはずなんやけどねぇ。

 部屋に戻って、すぐに蓬莱に声をかけられる。

(……どうだったの?)
(あ、蓬莱。大成功や……もしかして、待っててくれはったんか)
(そんなわけないでしょ!ただ、眠れなかっただけよ)

 そないなことを言いながらも、蓬莱はうれしそやった。仲直りできたし、ウチもうれしいんやけどね。
 まあ、蓬莱だからしゃーないわな。ウチが蓬莱に聞こえるようにそう呟いたら、横の西蔵もまた呟いた。

(ですよねー)
(何言ってるのよ二人とも!)

 蓬莱は、毎度お馴染みの反応をした。それにしても、"浅草"と仲直りできてほんまによかった―――
 

 倫敦さんと仲直りできた。起きてきたゴリアテさんにそのことを報告する。
 ゴリアテさんの魔力のたまる時間にばらつきがあるみたいで、それは次の次の次の朝のことになっちゃったけど。
 
(よかったねぇ。あたしも心配だったよ)
(それで、ですよ……なんか、仲直りの印とか言って髪の毛もらっちゃいました)
(髪の毛、ねぇ。まあいいことさね)
(つい感激して、その時にはお礼の言葉も言えなかったんですけどね。ちゃんと、後々言っておきましたよ)
(後々、か。あたし、どのくらい寝てた?)
(丸二日とちょっと、ですかね。多分そのくらいです)

 私の言葉を聞いて、ゴリアテさんは頷いた。何に頷いたのかは、私にはわからなかった。

(そうだね……うん、でもいつもより多く魔力がたまったからいいとするかな。もしかしたら、少しなら動けるかもねぇ)
(見てみたいですね、ゴリアテさんの動くところ)
(まあ、いずれ見せてあげるよ)

 私がゴリアテさんと雑談していると、アリスが既に起きていた様で、人形が家の中を飛び回り始めた。
 今日は、この部屋に西蔵さんが来て作業をする日みたいだ。

(浅草さんと……ゴリアテさんもですね、おはようございますー)

 西蔵さんが私達に挨拶をする。実際、この部屋でする作業と言っても掃除くらいで、誰もこない日もある。
 西蔵さんは小さなはたきを持って動く。半自律の人形とは言え、見ていないのに操作できるアリスは、やっぱり凄い。

(……なんですかね、この箱。見たことない箱ですね)

 そんな中、西蔵さんが疑問をつぶやいた。箱は、私が4体くらい入りそうな大きさの、いわゆる宝箱の様なものだった。
 その箱を開け、中を覗き込んだ西蔵さん。なにかに納得して、その箱の中を軽くはたきで叩いた。
 暫くして、その箱を閉めて、元あった場所に戻した。中に何が入ってたんだろう?

(壊れた人形の一部が入ってましたよ。多分、新しい部品を作るためにアリスが保管してるんでしょう)
(なるほど…)
(壊れた部品なんかは、いったん取り替えて、暫くしたら作りなおしてまた取り替える……なんてことをしてたと思いますよ、たしか)

 ゴリアテさんの部品が壊れたら大変だろうなぁ、と私が考えた、その時。邪魔するぜー、という元気のいい声とともに木材―――多分ドアを突き破る音が聞こえた。
 急にそんな音がして私は驚いたけど、アリスに害をもたらすような存在ではなさそうで恐怖心は抱かなかった。
 
(西蔵さん、ゴリアテさん、今の誰だか分ります?)

 二人に一応聞いてみたところ、二人とも同じ予想を返した。霧雨魔理沙。アリスの友人で、魔法使いの人間、らしい。西蔵さんはあまり好きではないみたいだ。
 
(アリスから色々借りてるんですが、死ぬまで返さないとか言いだしてるんですよね)
(まあ、悪いところばかりじゃない……と思うけどねぇ。素直だし)

 霧雨魔理沙、さん。一体どんな人何だろうか、イメージできなかった。でも、なんだかんだ言って"アリス"の友達だから極悪人ではない気がした―――



 家に魔理沙がきた。まったく、ドアを吹き飛ばすのはもう勘弁してほしい。修繕する方も大変、人形にやらせるとはいっても、結局操作するのは私だ。
 そのままスカートについた埃―――と木屑を払って、リビングの椅子に座り込む。数はあるとはいえ、もうちょっと遠慮とかそういうものを持ってほしいと思う。魔理沙じゃなくなるけど。
 上海に紅茶を入れさせながら、私も椅子に座りこんだ。

「まったく、今日は何の用なのよ?」
「お、気がきくじゃないか、上海。……ま、ただの雑談だ」

 魔理沙は上海からカップを受け取って、言った。
 
 新種のキノコを見つけて食べてみたら声がおかしくなっただとか、マスタースパークを曲げようと研究していたりとか、早苗がいつぞやのアドバルーンに入って気絶しただとか、そんな話。
 私にとっては何もならない、どうでもいいことばかりだけれども、この時間は結構楽しかった。一端話が途切れたところで、私が魔理沙に対して一言言う。

「……で、本当の目的は何?」
「何のことだかさっぱりだぜ」
「さっきからそわそわしてるじゃない。なにか言いたいってことくらい、里の子供でもわかるわ」
「うぐぅ……」

 魔理沙は言葉を詰まらせた。全くもって見たまんまだったらしい。一回深呼吸して、魔理沙はおもむろに口を開いた。
 
「アリス、大江戸爆薬からくり人形の設計図を見せてくれないか?」
「はぁ?」

 魔理沙が何を考えてるのかがわからず、ついそんな言葉が口をついて出た。

「一体何に使うのよ、いっとくけど人形を無駄に爆発させたりなんてしたら…」
「そんなことはしないぜ。ただ、爆弾について知りたかったんだ、まあ実際作ってみたいけどな」

 仕方ない、というわけで西蔵人形を操り一枚の紙を持ってくる。設計図は頭の中に入ってるので、魔法で紙に設計図を描いた。
 大体こんな感じかしら、と私が出来上がった設計図を見直す。魔理沙は早く見たくてうずうずしていた。
 暫くこのままでもいいと思ったが、若干可哀想なのでその設計図を渡す。

「……へぇ。これ、借りてってもいいのか?」
「いいわよ、別に……あ、でも」

 私がふと思い出した一番重要なことを言おうとしたときには、魔理沙はすでに設計図を持っていた。
 前言撤回なんてさせないぜ、と魔理沙は早とちりをして、帽子をかぶり箒を持ち、壊れたドアへと向かう。

「待ちなさい、その設計図は」
「死ぬまで借りるぜ、サンキュー、じゃあなー」

 古い設計図だから―――と言おうとしたときには、そこには魔理沙はいなかった。
 別に古い設計図でも普通に動く上に、いわゆる安定版だから心配はないのだけれども。
 一つ心配なのは、あの魔理沙の事、大江戸に無茶な改造をするかもしれない。そんなことをして人形が大爆発でもしたら、無事ではないだろう。人形も、魔理沙も。
 まあ、魔理沙にここまで細かい作業をすぐにやるなんていうのは無茶なはず、そのうちどこかで詰まって私のところを訪ねてきたときにこれを言おう、と決心した。

 ……ドアの修理は、そうね、特に仕事を任せていない"オルレアン人形"あたりにやらせることとしましょう―――



 まったく、魔理沙にはもうちょっと落ち着いてもらいたいものだ。年頃の女子だというのに。アリスに使われてるときは疲れる、なんてことは無いけれども。アリスが魔法で加工した板をはめて、蝶番で止めるだけの作業だし。
 アリスもこの加工に慣れてしまった。板も買い込んであるし、前回より早く加工している。ネジを既定の位置にねじ込みながら、私は考え事を始めた。
 浅草が生まれてから、大分日がたっている。時は無情にも過ぎていく物だ。浅草には楽しい日々かもしれないが、それだけ寿命が減っていくということでもある。これを是と取るか非と取るか…それは私達次第。
 アリスは私達の母だとすると、私達はみな姉妹。……浅草は、私達の妹。せめて、アリスに半自律の事実くらいは伝えたい。
 だから、私は一つの計画を考えていた。それは危険、しかしやりたい。いや、やらなければならない。浅草だけではなく、私たち自身の為にも。
 皆に相談してみようと思う。一重に、"浅草"のために―――

 

 それはあくる日の昼の事だった。アリスはこの部屋で作業をしていて、私はゴリアテさんと談笑していた、そんな時のこと。
 外からズンッという重い音がした。前の小石川さんの日ほど揺れはしなかったが、それでも私の恐怖を煽るのには十分だった。
 あの日、死と多少は向き合えたけど結局、完全に死に向き合えるのはやっぱりからくりが起動した後だと私は思う。

(浅草……大丈夫さ。もしもの時は、あたしが護る。アリスが遣ってくれなくても、今は結構魔力があるんだ)

 ゴリアテさんの自信のこもった言葉を聞いて、私は心を落ち着かせた。
 地響きはしても声はかからない。純粋にドアをノックする音が聞こえ、魔理沙さんかなと思いを巡らした。
 しかし、アリスの了承を取らずにドアを開け侵入し、アリスのそばまで来たその女性に見覚えはない。青い髪、そして帽子に着いている桃だけに注意がいった。

「まあ、家を壊さない分マシかしら。でも、入る時くらい挨拶しなさいよ」
「おじゃまさせていただきます、下賎な地上の魔法使いさん」
「帰って貰えるかしら」
「冗談よ、まあお邪魔はするけどね」
「邪魔しないで欲しいわね」

 アリスはその青髪の女性と知り合いのようだ。でも、魔理沙ほど親しいわけじゃなさそう。紅茶を入れるそぶりもなく、その女性の方を向くことすらない。

(あれ、誰ですか?)
(あたしも上海達の話でしか聞いたことはないけど、たしか天人さ。名前は確か…)
(比那名居天子、だよ)

 アリスの作業の手伝いをしていた和蘭さんに、その女性の名前を教えてもらった。天子さんはアリスのすぐ隣へ行き、している作業をじっと見つめて一言感想を言った。

「小さな服ねー。人形の服かしら?」
「流石にこの大きさの知り合いはいないわよ。……それで、何の用かしら?」
「ねぇお願い、人形一つ頂戴!」
「……え?」
「だってこんなに沢山あるんだから、一つくらいいでしょう?ケチケチいわない!」
「沢山あるから一つくらいって言うのはどうかと思うわよ。……どんなのがいいの?」

 アリスが椅子をずらして、天子さんの方を向いた。そうとはいってないけど、それは了承のしるし。
 天子さんは一回うなずいてから、言葉を放った。

「意思持ってて、私の話し相手になって暇をつぶしてくれそうな人形!」

 天子さんは笑顔だった。でも、その言葉を聞いて、アリスは顔をしかめ、溜息をついた。

「……無理よ」
「え……さっきいいって言ったじゃない!」
「だって、完成してないものを欲しいと言われたって無理よ。私だって、完全自律人形ほしいわ」
「ほら、貴女の人形ひとりでに動いてるじゃない、これでいいのよ」
「……前も言ったと思うけど、これ、全部私が操作してるのよ?」

 アリスは至極めんどくさそうな顔をしながら指を動かす。既に動いてる人形たちが規律の取れた動きを始めた。それだけじゃなく、しまってある人形たちも全員が飛び出して、動き出す。
 私もその例外じゃなく、宙に浮く。でも、私は、そして大江戸爆薬からくり人形達は大きな動きはせずにただふわふわと漂うだけ。
 この家には何体くらい人形がいるんだろう。数え切れないほどいるに違いない。でも、その中で自律人形はいない。半自律人形も一握りしかいない。
 私は運がいいのか、悪いのか。もし、大江戸爆薬からくり人形じゃなかったらすごく運がいいんだろうけど。
 作業をしていた人形以外を元の位置に戻して―――もちろん、私も―――アリスは口を開いた
 
「私が操らないと、一部を除いて何もできないの。残念ながら、貴女の望むような人形は研究中よ」
「……一部って、何?」
「からくりで動く人形と、あとは魔力を込めれば一応動ける人形かしら、ね。でも貴女の望む物には程遠いわ」

 アリスの話を聞いて、残念そうな顔をする天子さん。アリスに背を向け、こちらの方にあるいて行く。
 そして、私達が置いてあるところまで歩き、私の首根っこをつかんだ。高いところは前に取り落とされてから、少々トラウマになっている。でも、もがくこともできない。

「でもやっぱり、なにか一つくらい人形もらっておきましょうかねぇ。この子なんて、可愛いじゃない」
「その人形たちはやめた方がいいわよ?……爆発するから」

 爆発、と聞いても動じない天子さん。ふーん、と言って、そして、私は窓に向かって投げられた……え?
 窓にぶつかる、でも不思議と衝撃は感じなかった。そのままガラスが割れてゴリアテさんの元へ。ゴリアテさんのスカートの上に落ちる。爆発はしなかった。
 怖かった、すごく怖かった……今までで一番ゴリアテさんの近くに行けて、爆発の恐怖よりも喜びの方が大きくなった。

「何してるのよ!あと少しで私達が吹き飛ぶところだったわ…」
「そんな大爆発なの?」
「計算ではね……間に合ったからよかったものの」

 窓の向こうで二人の声が聞こえる。ふと首を回すと、私以外にも数体の人形が見えた。オルレアンさんと露西亜さんの姿もいる。
 そこで、皆がクッションになってくれた、ということに気が付く。半自律ではない人形の姿も、ということはアリスが操作して守ってくれたということ。
 家を守ったのか、私を守ったのか。使うために私を守ったのか、それとも……いわゆる、愛なのか。それはわからない。

「それにしても、爆発する人形を作るなんて、あんたもひどいことするのねぇ」
「使うときは心が痛むわ、私の大切な人形には変わりないもの。それに、投げる貴女よりはましよ。……帰ってくれる?」
「……人形は」
「正気かしら?人形を大切にしてくれそうにない人に上げる人形なんてないわよ」
「わかったわ……今日は帰る」
「二度と来ないでちょうだい?」

 ……アリスの言葉は純粋にうれしかった。そして、ドアを突き破って天子さんが飛び出してくる音が聞こえた。私の下にいるオルレアンさんが嘆く、多分毎回のようにオルレアンさんが直してるんだろう。
 オルレアンたちがもぞもぞ、と動き始めた。多分アリスが操作を再開したんだろう。私も運ばれるんだろう。その時、ゴリアテさんが私に呼び掛けた。

(浅草、ちょっと……うん、これで大丈夫だ)

 ゴリアテさんは手に持っていたなにかを私の懐に入れて、落ちないようにした。そして、頷く。

(……なんですか、これ)
(あの倫敦のときから考えてたんだ。私も何か浅草に上げたくて、ボタンくらいならならちょうど入ると思ったらやっぱりだね)
(大切に……できるんでしょうかね、これ。でも、できるだけ大切にします、ありがとうゴリアテさん!)
(こんなものしか渡せないけどね。……私が動けない時でも、代わりに守ってあげれると思うんだ)

 私にはそれが本当にうれしかった。倫敦さんのときも言葉が出ないほどうれしかったけど、でも今はもっと嬉しかった。
 人形に運ばれ、窓を通る。またゴリアテさんのそばに行きたいなぁ、と私は強く願った。その点だけで言えば、天子さんにも感謝している。

 散らばったガラスを数名の人形が集めて、アリスの元へ。さっとアリスが腕を振ると、それが一枚のガラスになる。
 上海がそれを窓へ運び、はめる。アリスがもう一度手を振ると割れ目がなくなって一枚のガラスになった。

「暫くはこれで何とかしましょう。まったく、あの馬鹿天人、私の大切な人形になんてことするのよ」

 アリスはそう言って、私の頭をなでた。ゴリアテさんにはお礼を言えたけど、アリスにはお礼が言えなくて、それがもどかしく感じる。
 上海さんが私に、もしアリスに言葉を伝えるなら何と言いたいか聞いてきた。アリスには通じないけど、でも目の前にいるアリスに伝えるみたいに上海さんに話した。
 "上海さん"は、それに満足したようにうなずいた―――



 ……準備は整った。特に、準備することなんてなかったんだけど。オルレアンの提案、そして浅草に聞いたこと。
 これで、大丈夫。予備魔力が込められた今が狙い目。メンバーは浅草とゴリアテを除いた半自律の人形全員。
 よし、行こう!と私は呼びかける。皆、武器を隠し持って準備は万端。私達が目指すのは毒人形の家。
 そして、こっそりと家を出た。すべては"浅草"の為に―――
 


 窓ガラス越しに、日が差し込む感じながら私は目覚めた。今日は夢を見ていない。私がゴリアテさんに対して呼び掛けると、すぐに返事が返ってくる。昨日少し動いた分魔力を消費したとはいえ、寝た分話すには支障のないくらいの魔力は残っているらしい。
 時間はわからないけど、人形が動きまわってないってことはアリスは寝坊してるみたい。まだアリスが起きない時間帯にしては、日が差し込みすぎている。
 
(アリスも寝坊することがあるんですね)
(うーん、そうみたいだね)

 そして、慌ただしく階段を駆け降りる音が聞こえる。アリスの部屋は二階、やっぱり寝坊したんだなぁ、とゴリアテさんと二人で笑っていた。
 しかし、実情は違っていたらしい。私達の元にやってきたアリスは、安堵の息を漏らした。

「なくなったのは十体だけのようね……よかったわ、よくないけど」

 実情はまったくつかめない。ゴリアテさんも何が何だかわかっていないようだった。
 そんな中、あの時と同じ―――もう二度と感じたくなかったあの魔力の弾けた波動を感じる。あの時の比ではないほどに、強く家が震えた。

(浅草、大丈夫!?)
(大丈夫ですけど……一体何が)

 あの時のことがフラッシュバックして、少し動揺したけど、なんとか大丈夫だった。大体何が起きたかはわかっている。また、風見幽香だろう。前と同じなら、また戦闘……私の命は今日限りかもしれない。

「出てきなさい、人形師」
「アリス、でてこーい……」

 風見幽香の声だけではなく魔理沙さんの声も聞こえる。……戦闘は、ないのかもしれない。

「一体何が起きてるってのよ!上海達はなくなるし、今度は幽香!?」
「出てきなさい、アリス。家が吹き飛んでもいいならそれでもいいけど」

 ……楽観的だったみたい。戦闘は確実に起こる。そして、アリスに起こったことも把握した。
 上海さん達―――半自律の人形達は、十体。アリスの言葉の数とも一致する。つまり。上海さん達は、今ここにはいない。

(浅草……ごめん。予備魔力が足りないから、自力で動くことは無理そうだ……私がアリスに使われて、浅草が使われないことを祈るしかないね)
(大丈夫ですよゴリアテさん……万が一のことがあっても私にはゴリアテさんのボタンも倫敦さんの髪の毛もありますから)
(……無事を祈るよ。私の意識も、何とか持たせる。意識がある人形を操る時なら、アリスは強くなる、絶対守るから……ね)
(もし約束破ったら化けて出ますからね?)
(はっはっは、それならあたしも寂しくないねぇ)

 すごく不安だった。裏を返せば、上海達がいないうえ、ゴリアテさんの意識がなくなった時アリスは弱くなる、ということ。だけど、私はゴリアテさんの約束に、明るく答える。ゴリアテさんは、乾いた笑い声を返した。
 そして、アリスが私達大江戸爆薬からくり人形をスペルカードに入れる。これがアリスの秘儀、レミングスパレードに違いない。アリスに使われないことを祈りながら、私の体、私の意識は"アリス"のスペルカードの中へと消えていった―――

 

 上海達がいない。私の主戦力のスペカは、大体が使えないか威力が落ちたものとなる。落ちないもので、実用レベルなのは試作中のゴリアテ人形とレミングスパレードくらい。
 戦闘は回避できなさそうだ。……ほとんどこの2枚だけで、幽香に勝つ。それは、ほぼ無理だ。と、言っても他に何か手があるかどうかと言ったら、ない。
 ……仕方ない、あれを使おう。大江戸爆薬からくり人形たちをスペカに入れて、そして―――グリモワールを懐に入れ、外に飛び出した。


 幽香と魔理沙は、家の前で待っていた。幽香からは殺気を感じる。魔理沙は……なにを考えてるんだろう、帽子で顔が隠れてよくわからない。
 出てきた私を見て、幽香は開いていた日傘を閉じる。魔理沙は手に持っていたミニ八卦炉を降ろした。もし私が出てくるのが遅かったら、きっとマスタースパークが飛んできたんだろう。

「今日は何の用かしら、できれば回れ右をして帰ってもらいたいんだけど」
「私達は……そうね、貴女と遊びに来たのよ」

 ニヤニヤと笑う幽香に、私は自分が苛立っているのを感じた。もしかしたら、この二人が人形を奪ったのかもしれない。幽香は透明になる魔法を使えるし、魔理沙の手際の良さはよく知っているつもりだ。でも、目的がわからない。

「目的は…?そこまでする目的は何?」
「そこまで?まあいいわ。そうね、私は貴女の人形全部。魔理沙は貴女の研究成果全部が欲しいのよ。……貴女が勝ったのなら、私達は貴女の下僕にでもなんでもなるけど」
「え、私もなのか!?って下僕!?」
「あらぁ、さっきはあんなにやる気出してたのに、アリスの前だとおとなしくなっちゃうのかしらぁ?」
「……」

 唖然とした。意味がさっぱりわからない。……メディスンが裏にいるというの?でも、幽香は何故それに従うんだろうか。メディスンなんて、幽香にしてみればただの雑魚であるはず。聞く義理なんて、ない。
 実際、魔理沙は私の研究成果を望んでいたわけではなかったはず。欲しているのは事実だろうけど。……逆に幽香が研究の成果を欲してるのかもしれない。究極の魔法を得るためにストーキングされたこともあった。あり得ない話ではない。
 それに、様子を見るにどう考えても先に戦うのは幽香だ。幽香と戦い、私が勝ったとしても、その状態で魔理沙と戦って勝てる可能性はゼロだ。そもそも幽香に勝てる気もあまりしないのだが。どこまでも研究成果が欲しい、と考えるのが正しいだろう。
 ……そして、これは脅しという意味もあるに違いない。人形は相手の手の中にある、もし戦わなかったらもう上海達は帰ってこないと見るのが自然だ。

「……どうしてそこまで研究成果がほしいの?」
「え、えっと、いやその」
「この哀れな白黒魔法使いさんは、貴女に劣等感を抱いてるのよ」
「魔理沙、そうなの?」
「……もうそういうことにしておいてくれ」

 魔理沙は嘘をついた。最後のセリフは、あきらめから出た言葉、完全に幽香がすべてを握っている。
 この短い時間で、戦略を練れるだけ練る。今すぐにでも飛びかかってきそうな幽香に、一言話しかけた。

「貴女はなんで私の人形が欲しいのかしら?」
「別になんでもいいじゃない。私が少女趣味だ、と思ってもらってもかまわないわ」
「そんなことの為に、私の人形を盗んだの?」
「……盗み?私はやってないわよ?そこの魔法使いはどうか知らないけどね」
「ちょ、私も知らないぜ!」
「へぇ…。理由をごまかしたうえで、しらまで切ると言うのね」

 冷静な判断はあきらめた。最低限の戦略は整っている、もう行くしかない。弾幕はブレイン、でも頭脳だっていつも冷静な判断をできているかといえば、違う。
 自分がどうしようもなく熱くなっている今、先手を取られてペースを持ってかれるのだけは避けたい。
 そして、弾幕ごっこの範囲を超えるのは覚悟している。向こうだって手抜きはしない、万が一のことがあれば私は死ぬだろう。でも私にだって譲れないものがある。守りたいものだって、ある。

「今日は、手加減なしよ。本気で、行くわ」
「……かかってきなさい」

 幽香の言葉を聞き、私は三体の人形を撒きながら右へ跳ねた。幽香からひと時も眼をそらさずに見つめ、人形から虹色に光る弾幕を放つ。
 といっても、これは牽制にすぎない。幽香が弾幕を日傘で弾き返した、ここまでは全く持って予想通り。そう、幽香がこちらに来ることも。

「今のは何かしら?」
「なんでしょう、ね!」

 幽香が突き出した傘をしゃがんでかわす。身体強化魔法くらいは常備しておかないと、歯が立たない。そして、下から蹴りあげようと構える。どうも、私は蹴りが好きな節があった。
 しかし、若干はわかっていたことだが、そんなに甘くはなかった。幽香の左フックを喰らい、私は宙を舞う。
 なんとか空中で身を整えた。しかし、その一瞬の隙に魔力をためていたようで、極太のレーザーが飛んでくる。魔理沙のマスタースパークより、殺人的、凶悪的になっていたそれをもろに喰らい、弾かれる。
 それでも幽香の攻撃は終わらなかった。距離を詰められ、私の腹に踵落としが決まる。地面に当たって跳ねた私を幽香は蹴り上げた。そして、地面にたたきつけられる。
 
「ゲホッ!ゴホっ!」
「手加減してるならやめときなさい、死ぬわよ?それともそれが全力なのかしら」

 膝をつきせき込む私に、幽香が余裕を見せ挑発する。口元を押さえた手を見ると、血が出ていた。魔力での身体の硬化。衝撃の吸収。それでも、足りなかった。
 しかし、ここまでは予想通り。蹴りあげた後、その隙だらけの私にさらに襲いかかれば勝負は決まっていた。でも、幽香なら、この勝負を楽しもうとしている幽香ならそれはしないという確証があった。

「ゲホッ……私がただ攻撃を喰らってただけだと思ったの?」
「何がいいた……チッ、なるほど」

 私が腕をクロスさせ、左右に振りおろす。ヒュン、という音とともに幽香の体に巻きついたのは、攻撃を喰らう最中巻きつけた魔力の糸だ。
 細く、硬い魔力の糸は幽香の体に大量の切り傷を作り、そして巻きついたままだ。しかし、幽香の顔にはまだ余裕が見える。

「魔法の糸を巻き付けたのよ、これのためにね!」
「ふん、これがどうしたのよ。妖怪はそう簡単には傷つかないわよ?こんなもの、吹き飛ばして上げるわ」
「しゃべってる暇なんて、あったのかしら?」

 左手をふるい、糸を通して沢山の人形を幽香に向かって素早く集結させ、その勢いのまま槍を突き刺した。
 動きに気付いた幽香が傘を振るおうとするが、糸に引っ掛かり新たな切り傷ができて勢いがなくなる。それでも、前から送った人形を傘で弾かれそうになるが、これも予想のうちだった。
 幽香は後ろを見ていない。魔力の糸で絡めているから、振り向くことができない。私は先に、幽香の後ろに数体の人形を派遣してあった。傘で人形をはじく前に死角から幽香の体を刺す。
 痛みに体が硬直したちょうどその瞬間、幽香の体に大量の人形の槍が突き刺さった。ここが、勝負どころ。人形に一言謝ってから、スペルカードを発動させた。

 "魔操「リターンイナニメトネス」"、発動とともに幽香の元へ人形を投げ飛ばし、そして爆発が起こる。さあ、どこまで怪我を負えさせた…?

「痛っ……厄介ね!」
「……なんでピンピンしてるのよ」

 血で染まった幽香の体と吹き飛ぶ人形達。……やっぱり、風見幽香は化け物ね。体中を刺してもびくともしない。……痛みを見せていないだけかもしれないけど。
 そして、あのダメージを与えるにはちょっと犠牲が大き過ぎた。骨が2,3本逝ったはず。内臓に傷はなさそうだけど―――魔力で強化してるのに、やっぱり化け物ね。

「厄介だったけど、こんなものなのかしら?降参したらどう?」
「降参があなたに通るとは思えないわ……仕方ない、ここからが本当の勝負よ!」

 本当は使いたくなかったけれど、仕方ない。やるしか、ない。私にだって守りたいものがあるから。
 懐に入ったグリモワール、これが私に残された最後の手だった。右手にグリモワールを持ち、おもむろに開く。

「……グリモワールじゃない。昔よりまともに使えるんでしょうね?」

 幽香のその言葉に対する返事は―――沸き上がる魔力で行い、そして。

「魔理沙は人間で魔法使い。フランドールは吸血鬼で魔法使い。パチュリーは生まれながらの病弱な魔法使い。白蓮は尼さんで魔法使い。私がなにかわかるかしら?」
「都会派魔法使い、かしら?」
「魔界人で魔法使い、よ。魔法のメッカ、魔界で作られた私。……さらに、その私のために作られたこのグリモワール。なめてると一瞬で死ぬわよ!」

 そう言い放って、グリモワールのページをめくった。大丈夫、まだ体が覚えていた。
 グリモワールから顔を上げると、幽香は血を流しながらも笑顔だった。強者との戦闘に快楽を覚える、まさしく狂戦士の様な妖怪。
 昔よりはまだまともになった気はしてたんだけど……本質は変わってないのね。

「なら、もっと、本気を出さないといけないわね。私一人相手に苦戦してたのに……二人になって勝てるかしら?」

 そして、幽香が分裂した。……流石、大妖怪、規格外のことをやってくるわね。あのレベルが二人。正直言って恐ろしいけど……。

「あなたが二人なら…」
「どこぞの吸血鬼のように四人になるのかしら?」
「いいえ……違うわ」

 開いたページに書いてある言葉を詠唱する。開かれたグリモワールは紫色に輝いた。そう、紫の魔法だ。

「私は"たくさん"よ」

 紫の魔法を発動、それとともにたくさんの人形を展開、展開、展開。槍をもった人形達が紫色に染まっている。否、紫色の魔力に包まれている。
 これは、紫色の魔力で物を包み込むことによりその強度などが飛躍的に上昇する魔法だ。昔は特に使う要素はなかったけど、今では一番使いやすいはず。

「へぇ、面白い使い方ね。なら、こんなのはどうかしら」

 私の魔法を見て、幽香もスペルカードを発動させた。"花符「幻想郷の開花」"、そして咲き誇る花と弾幕の華。そしてもう一人の幽香が花の中を走りこちらへ向かってくる。

「人形、かかってきなさいよ」
「この人形達をそう簡単にうち落とせると思ったら間違いよ!」

 花をかわすこともなく、むしろはじきながら進む人形たち。その進軍の様はまさに人形の戦争だった。
 "戦操「ドールズウォー」"、突き進む人形たちはそのまま二人の幽香のもとへと飛んでいく。

「ちっ!…きゃあ!」

 身を引いた片方の幽香、だがその背後には紫色に染まった人形がいる。初めに配置しておいた人形にも、魔力の線を通じて紫の魔法は効果があった。
 弾幕がやむことはなく、守りを捨てている今私の体に弾幕が多少当たるが、その程度の痛みに動じてはいられない。
 回転する人形、"人形振起"。それは簡単に幽香の背中を切りさく。この機を逃してたまるかと、全ての人形を殺到させた。血だまりに落ちる幽香の体。

「あら、やるじゃない。痛かったわ……でも、そっちは分身。残念だったわね」

 そして、私に向けてまたあのレーザーを放った。人形復帰も間に合わず、かわすこともできずに私はそれをもろに喰らい、吹き飛んだ。地面にうちつけられた私にむかって、幽香が歩いてくる。
 私は変わりすぎたんだ。だから、私のグリモワールを使って消耗する。私だけのグリモワールなのに。もう過去のものとなってしまっているんだ……私の体が悲鳴を上げている。
 しかし、幽香にももう余裕はないようだった。顔が引きつっている。血まみれの幽香、その体が跳ねた。幽香が、来る!
 今までの流れを想定するに、魔理沙が来ないことはわかっている。幽香だけに標準を絞った戦い方に、この時点で切り替えた。

「……次は二色目よ!」

 短く詠唱する。グリモワールは青く染まった。二色目は青の魔法。身体強化……というよりは、ただ単にスピードを上げるだけのもの。
 しかし、自身のスピードが速ければ、今まで速すぎて見えなかったものが見えるようになるものだ。というものだ。傘を振りかぶった幽香の腹に速い一撃を叩きこむ。
 鈍い音がした。苦しそうな呻きが聞こえた。幽香は近くの木まで吹き飛ぶが、身をひねり木を蹴飛ばして、逆にこちらに向かって飛んできた。木の抉れ様からいって、威力はあったはずなのに、それでも幽香にとっては羽虫が止まったようにしか感じていないのだろう。
 実際、威力を上げてるのは速さのみ。近づかれてしまうと、厳しい。幽香を倒すには、しっかりした打撃を後何回入れればいいのだろうか。私は、後一撃で落ちる自信はある。

「すばしっこいわねぇ…!」

 そう言いながらも、やはり近づいて来た。不利な体勢になっても、こちらから攻撃には出られない。速さで威力が上がるが、身体の防御力は著しく落ちてしまう。カウンターで即死だ。
 唯一の救いは、最高速はこちらの方が上だということ。向こうから一方的にやられることはない。と、いってもこのままだとじり貧になる。だからこそ、一瞬の隙を狙った。
 幽香が近づいてきたその瞬間、身を捻り、左足で胴に蹴りを繰り出す。予想通り、幽香の左手で抑えられてしまったがこれが狙いだ。

「それがどうしたのかしら?」
「こっちが本命よ!」

 右足で地面を蹴り、空中で一回転して、右の踵落としを頭に叩き込んだ。グリモワールは赤く染まっている。
 そう、一撃一撃の重みを上げる"赤の魔法"。元は業火をおこす魔法だった。発火するその瞬間的にしか効果はない、しかし一瞬の威力は―――折り紙つき。
 砕ける音、確かな感触を感じる。地面に落ちた幽香を吹き飛ばすべくすぐさま次の魔法に移った。
 "黄の魔法"。黄色に染まったグリモワールを幽香に叩きつける。そして、あらぬ方向に手を向け―――手から高速で幽香が飛び出し、木をなぎ倒しながら飛んでいく。
 いわゆる転移の魔法。グリモワールから私の手へ。私の手からグリモワールへ。カウンターの方が使いやすいが、こういう使い方もできる。
 これでチェックメイトだろう。……そう、私も。その場に倒れ込んだ私の肉体は、やはりとっくに限界を迎えていたのだった。

「アリス!」
「……何よ魔理沙、止めを刺しにきたの…?」

 魔理沙が駆けよってくる。今、この状態で参戦するとは。たしかにいつか参戦するのはわかっていたが……このタイミングとは。

「もう勝負はついた、幽香とアリスは戦闘不能。この勝負は、引き分けだ!」
「勝手に……戦闘不能扱い…?魔理沙!!この風見幽香がそう簡単に負けると思ったの!?」

 抉れた木々に花を咲かせながら、ゆらゆらと歩いてくる幽香。体中から血を流しながらも、傘を構えたままだ。鋭い眼光はただただ私を見つめている。

「もう、やめてくれよ!頼む、ここで終わりにしてくれ…」
「私も死んじゃいない、まだ闘えるわ」
「アリス!」
「……はっきりいって研究成果はどうでもいいわ!だけど、人形は!私の娘たちは!絶対に譲れないのよ!!」

 そして、高速で詠唱する。グリモワールは橙色に輝き、私自身もその光に包まれる。"橙色の魔法"、お母さんが想定していなかった魔法だ。
 お母さんから渡されたグリモワールは5色の魔法しかない。私の為を思った魔法、こんな無茶をさせる魔法はずっと持っている中、このグリモワールに刻まれた新しい魔法に違いなかった。

「これは一時的な体力回復、そして大幅な筋力強化よ。あとあとの負担はとっくに覚悟してるわ」

 魔理沙が頭を抱えたのが見えた。でも、そんなことはどうでもいい。私の体なんて、関係ない。私はただ人形を守るため、娘たちを守るためだけに戦う。
 
 言葉にならないなにかを叫びながら、近距離で殴りあう。物を考える暇なんてない。頭脳が使えない今、弾幕は使えない。
 橙色も、視界も霞む。幽香の拳のキレも薄れる。どちらもまだ致命打は入っていなかった。

「もうやめろって言ってんだろ!」
「魔理沙!助けはいらないといったはずよ!」

 近づいてきたのか分からないが、殴り合いながら言う幽香の言葉は既に叫びの域だった。
 その一瞬、幽香の左足に隙ができた。そこに出来る限りの一撃をたたき込む。骨が砕けた音がした。
 だが、それは幽香の策略だった。肉を切らせて骨を断つ、能力が高く、痛みを恐れない妖怪ならではの戦法。それに気づいた時にはもう遅かった。
 幽香の寸勁が私の胸に叩きこまれた。私にも骨が砕ける音が聞こえる。受け身を取ることもできずに、無様に私は転がった。

「……骨、逝っちゃったようね。貴女も、私も。でも、私は足だけ。貴女は…?もう無理ね、あきらめなさい。貴女はよくやったわ」
「アリス………は……………じゃ………た…………なんだよ!」

 幽香の声が遠くに聞こえる。そのあとの魔理沙の声はかすれていて、よく聞き取れなかった。負け?私の、負けということ?……いや、まだ行ける。
 ヒューヒュー、という息を漏らしながら必死に二つの魔法を詠唱する。色が近い魔法は同時に放つことも可能。事実、橙色の魔法の時には赤の魔法も並立していた。
 
「まだ……まだ、終わらない……終わらせないわ…」
「アリス!」
「私にとって……人形は自分の命ほどに大切なのよ…!」

 手に持つグリモワールは藍色に輝き、魔力が私の上にまるで雲のようにたまった。そしてすぐに紫色に染まり、大量の魔力の糸が私に降り注いぐ。
 自分の感情通りに動かせる"藍の魔法"、そして物を精密操作できる"紫の魔法"。この二つを駆使することによって、私は立ち上がった。

「私の意志で……動かせるのよ……これ。魔法を……組み合わせれば……こんな感じに……自分を操り人形にも……できるのよ…」
「仕方ない!私がけりをつける、アリス!少し痛いだろうが、我慢してくれ……終わったらすぐに永遠亭に連れてってやるからな!」
「チッ……私にも手伝わせなさい!」

 魔理沙は一つのスペルカードを発動させた。マスタースパークの上位種、"魔砲「ファイナルマスタースパーク」"だろう。
 恋色の魔力、そして幽香が打ったマスタースパーク。その二つは混ざり合い、まっすぐ私へと突き進んだ。
 この二色の魔法は……両方とも持続系統。発動をやめても、暫くは残る。ならば、できるはず……!
 グリモワールのページをめくり、詠唱。グリモワールは緑色に染まる。そう、"緑の魔法"だ。とんでもない魔力が私に集結され、そして前へと打ち出す。
 ぶつかり合う二つの魔力。若干こちらが押しているが……そう。藍色と紫色を切ったことで、私の体を支えるものは何もない。完全に限界を感じ、地面にひれ伏すしかなかった。
 二つ、いや三つの魔力は相殺され、爆発とともに消えた。顔だけ上げると、相も変わらず二人はそこにいる。
 負けた。すべてが、終わる。そう思った時、グリモワールがひとりでに開いてページがめくれ始める。昔……いや、さっき確認したときも開けなかったページ。そのページが開き、そして、虹色に染まった。
 そしてすべてを理解する。お母さんが万が一の時の為に仕込んだんだ。初めから、魔法は決まっていたに違いない。それを使えるレベルまでになれば、その時は―――本当に奥義となった技が使える。

「……あがきは、やめなさい」
「違う…!究極の魔法を……合わせた……七色の魔法使いである……私の奥義を……その目に焼き付けなさいっ!」

 詠唱は一言だけ。本当に簡単な、その一言。アリス・イン・ワンダーランド。正式名称はこっちかもしれない。けれども、やっぱり私はこう名付けたい。
 そう、"虹色の魔法"。一番、この魔法を体現しているはずだ。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。すべての魔法を習得したとき、私は七色に染まる。

 すぐに、決める。この状態で持つのはせいぜい10秒だから。この状態なら、ゴリアテを発動することもできる……完成に一番近いような動きをさせることも不可能ではない。
 でも、時間は限られている。ゴリアテじゃ、無理だ。……ごめん。ごめんね人形たち…。
 私は一枚のスペルカードを発動させる。"人形「レミングスパレード」"、そして虹色に染まった人形たちが二人の元へ駆けだす。
 その後ろについて、私も走りだした。"大江戸爆薬人形"たちのことを思い、一筋だけ涙を流しながら―――

 


 ……やはり、使われるんだろう。虹色に染まったスペルカードの中で、人形たちを見ながら私は思っていた。
 周りにはたくさんの人形たちがいる。どこか不安そうで、それでいてアリスの為に身をささげようとしている人形達。この人形達とともに私は爆発していくのね……。
 スペルカードの中から見たアリスはボロボロで、絶対普通の妖怪程度なら死んでいるダメージを喰らいながらも、それでも私達の為に戦おうとしている。それは一重に人形への愛なんだろう。
 ……私たちも同じく愛されていた。死にそうなアリス、私を生み出してくれたアリス……もう、私は耐えきれない。だから!だから私は!この体が砕け散ったとしても!アリスの為に!!
 そして、周りの人形に呼び掛ける。ねぇ、みんな。私の声は聞こえないと思うけど。……私とともに、アリスの為に来てくれるよね?
 心なしか、人形たちが返事をしてくれた気がする。もう、私に未練はない、と言えば嘘になるけど。
 ありがとう、さよなら。ゴリアテさん、皆、私は"アリス"の為に散ります―――



 ここにきて、魔理沙が本格的に参戦の意思を示した。

「幽香、できるか?」

 魔理沙の言葉に幽香が頷き、傘を構えるのが見える。二人はたくさんのレーザーを放った。とても密度が濃く、まっすぐとのびる光。
 なぜか、人形たちは爆発しないで倒れていく。気がつけば、残りは私だけ……いや、もう一体いる。
 新作の、そして試作の大江戸爆薬からくり人形、コードネーム浅草。異常なまで、飛び、跳ね、かわす。私を導いているような気すらした。

「ば、化け物かあれは!」
「化け物だなんて……失礼ね!私の大切な人形よ!」

 そう言いながらも、私が一番驚いていた。何故この人形だけが残る?偶然とは思えない。虹色の魔力の力なのか、それが偶然この一体に。
 その人形の通る道が砂ぼこりに包まれ始める。……火薬の匂い?火薬が漏れたのかもしれない、危ないけど……それでも、踏み止まりはしない。

「……魔理沙、下がってなさい。もう、危ない域に入るわ。後は私がやる」

 幽香はそういい、魔理沙を遠ざけた。何がしたいのか分からないが、私と浅草を迎え撃つつもりなんだろう。
 骨が砕け散っているだろう左足をかばいながら、膝をつく。よくよく見ると、体中がボロボロで本当にひどい状態だ……勝負を決めなければいけない。
 何のために?人形の為、のはず。守れなかった人形もいるけど。その人形達には本当に申し訳ない、でも、やっぱり私は守りたいから。
 私は拳を振りかぶる。虹色の、右ストレートだ。"一体の人形"とともに、私は幽香の元へ―――



 ……体は異常に軽かった。鳥のごとく?チーターのごとく?私はその生き物達の気分を知らないからよくわからないけど、大体そんな感じ。
 他の人形は射撃でどんどん撃たれていく。私にも射撃が飛んできた。練り上げられた魔力。あんなものに当たったらひとたまりもない。
 だけど、私はかわした。右へ、左へ。こんな動きができるとは思わなかった。アリスを先導して、先へ先へと進む。
 狙いは……一つ。風見幽香。アリスを傷つけた妖怪。許さない。絶対に……外さない!
 
 やっと、死に向き合えたんだ。はっきりいって怖い。でも、そんなことを思っても何もならない。それに、私の後ろに散らばった人形たちの為にも私はたどり着かなくてはいけない。
 でも、泣くくらいは……できたら良かったのに。そのくらいは許されるはずなのに。……涙が流せないのが、くやしい。くやしいなぁ……あれ…!?
 私の視界がゆがむ。目から液体が流れおちた。緑色のそれは、多分液体の火薬だと思う。落ちたところから爆発を引き起こしてる……このまま引火して爆発するのだけは勘弁、だから速さを上げる。
 この距離なら……あ。近くからだと、流石に弾を避けることはできなかった。そして、私に着弾―――しかし、火薬路にはつかなかったらしい。
 何故?そう思う私の足元にぽろぽろとこぼれおちる何かの破片。ここで、私は気づいた。ゴリアテさんのボタンが、弾を少しだけ受け止めてくれたんだと。そして、弱くなってそれた弾は火薬路のすぐそばを掠って貫いて飛んで行ったんだ。
 痛みはもう捨てている。このくらいの痛みは予想してるから―――唖然とした顔の風見幽香の胸元へ、飛んで行った。アリスはまだ後ろの方を走っている。ああ、これで最後なんだ。

(……アリス……上海さん……蓬莱さん……文楽さん……仏蘭西さん……和蘭さん……西蔵さん……京都さん……倫敦さん……露西亜さん……オルレアンさん……そして、ゴリアテさん。今まで……ずっと…)

 ありがとう、さようなら。

 風見幽香の胸元に突っ込み、爆発。でも致命傷は与えられなかったようだ。爆発も、非常に小さかった。
 瞬間激痛を感じたが、それも和らぎ、感覚が消えていく。後は"アリス"が何とかしてくれると思おう。私の欠片が地面に落ちたのを最後に感じて、そして私の意識は潰えた―――


 右ストレートが決まった。茫然とした風見幽香に。……浅草の爆発量はどうしてあんなに小さかったんだろう。常に気化し続けてたのか?そして、なんで幽香はかわそうとしなかった?
 途中の木々をなぎ倒し、一瞬で風見優香は見えなくなる。そして、私も……その場に倒れこむ。誰かが駆けてくる音が聞こえた。

「アリス!アリス!……返事をしてくれ、アリス!死ぬな!」
「……そこまで柔じゃないわ……でも、負けね。もうなんでも持って行きなさい……」
「違うんだアリス!違うんだよ!……幽香に口止めされてたけど、言うぜ。お前を永遠亭に運びながらな」
「何が……違うのよ……!」
「私達の目的は……大江戸爆薬からくり人形の爆薬を抜くこと、だったんだ」

 聞いた話は、簡単にまとめるとこうだった。私に勝負を挑んで勝ち、そして大江戸爆薬からくり人形から爆薬を抜いて返す。万が一勝負で使われたら爆薬を打ち抜く。それが当初のメディスンの計画だったらしい。
 前に設計図をもらったのも、これの為。爆薬が積んである部分、ここに高密度のレーザーか魔力弾を当てて消滅させる。
 私が一番よくわかっているし、メディスンも多分わかってた通り、からくりが作動した大江戸を止める手立てはない。……これは、苦肉の策だった。
 メディスンの元、何度か予行演習はしたらしい……そして魔理沙は私に謝った。私を傷つけたことを。そして、一体だけ失敗したことを。

「……爆発したのは仕方ないわよ。あれは新しく作ってた大江戸だもの……爆薬庫が少し大きくなってるし……爆薬も別の物を入れてるわ……ところで、幽香は?」
「わかった、多分お前だけ連れてっても納得しないだろうし……あいつも探して連れてくよ」

 "魔理沙"のその言葉を聞きながら、私は意識を失った―――


 綿密な計画だった。私と幽香は、百発百中のレベルになるまで練習を続けていた。そう、魔力量までちょうど研究を重ねていたのに。
 人形をなるべく壊さない大きさ、そして火薬庫を一発で吹き飛ばせる威力。苦労もした、なのに一体だけ救えなかった。アリスを傷つけたのに……これでは、成功とは呼べない。私は自分にいら立ちながら飛ぶ。

 血まみれで、人型の原形を保っていない幽香の元には、なぜかメディスンがいる。悲しげな顔をしながら、こちらの方を向いた。

「どうしちゃったのよ……魔理沙」
「戦闘の結果だ……。アリスもひどい状況だぜ……で、なんでお前はこんな所にいるんだ?」

 メディスンはなぜかリアカーを引いていた。中には何が入ってるのかここからじゃ見えない。
 近づいて覗き込むと、その中にはアリスの人形が―――

「……お前、もしかして泥棒でもしたのか?上海まで居るじゃないか」
「違うよ!私は何もしてない……この子たちは私を訪ねてきたのよ!」
「はぁ?だって、こいつら自律はしてないだろ?」
「……魔力があれば、少しの間だけ動けるらしいのよ。それに、この子たちはみな半自律。……会話したの」
「で、なんだ?そいつらが無理してお前ぼとこまで行った理由でもわかったのか?」
「その前に……成功した?」

 成功、どこまでを成功というのか。一応メディスンにとっては成功なのかもしれないけど、私にとっては絶対失敗になる。
 このことをうまく説明するにはどうすればいいか。それを考えてる私に、焦るメディスンは言葉を重ねた。

「どうだったの、早く教えてよ!」
「……人形だけで言えば、一体だけ失敗した。新しいタイプの大江戸爆薬からくり人形、だってさ」

 でも、アリスと幽香がこんな状況だから、成功とはいえない。そう言おうとした矢先に、メディスンは膝をついた。
 悲しげに、涙を流す。地面が黒く焦げ、煙を上げた……涙も猛毒、よくよく考えればその通りだ。

「おいおい、どうしたっていうんだ」
「……一番、守りたかった子を守れなかった……」
「え、どういうことだよ」

 メディスンは理由を言わず立ち上がる。そして、リアカーを押しつけて一言、「二人を永遠亭まで連れて行って、人形も連れて」と言う。
 問い詰めようとした時にはすでに、メディスンは走り出していた。リアカーにアリスを、そしてその横に幽香の体をなるべく乗せる。人形たちはアリスの傍らに乗せた。
 さて、行くぜ……乗せた二人に影響がない限界を狙って、私は飛んだ。振り返ると、アリスの家の近くに人影が見えた。きっと"メディスン"だろう―――



 アリスの家の前へ。穴のあいた人形たちを集めながら、ふと立ち止まる。一体だけ砕け散っている人形。この子があの子たちの言っていた"浅草"なんだろう。
 家の鍵はかかっていなかった。家に入り、なるべく毒を巻かないようにして人形たちの置き場を探す。一つの部屋―――作業部屋か、そこに入った瞬間、私は魔力で声をかけられた。

(あんたは私の声が聞こえるよね?……浅草たちは、その辺に丁寧においておいてくれ。そう、その台の上にだ)

 その声の通りに、私は人形たちを置き、その声の主に話しかけた。

「貴女は誰?」
(私は人形……ゴリアテ人形さ。浅草の……姉、でいいはずだ)
「……浅草は」
(知ってるよ。最後の声も聞いた……私に予備魔力があれば!……すこし、愚痴を聞いていってくれ、頼む)
「いいよ……私も、あの子が半自律人形だってことは……今日自力で訪ねてきた人形たちに聞いたから」
(そうか、皆……なるほど、だからいなかったのか…。話してくれても……よかったのにね)

 私はその場にあった椅子に座る。そして、窓に映る大きな人形の方を見て、耳を傾けた。
 そして、衝撃の事実を聞かされる。"アリス"が絶対知らない……私も半分しかわかっていなかった……その事実を―――






 
 目が覚めると、永遠亭だった。……和室で、そして布団が引いてある点からして、多分永遠亭だと推測しただけだけど。
 枕元には、いなくなっていた上海達。結局返してくれたのだろうかと思いながら右を向くと、目の前で魔理沙が寝ていた。
 何日たったのかは分からないけど、多分ずっと看病してくれてたんだろう。少し私はうれしくなる。

「魔理沙、なに寝てるのよ」
「ん……ああ、アリス!おい兎、アリスが目覚めたぜ!」

 魔理沙は妖怪兎を枕にしていたみたいだ。魔理沙の手元からするりと抜け、その兎は駆けだした。
 半泣きの笑顔で私の顔を見ている魔理沙。生死の境でも彷徨ったのだろう、そんな魔理沙を見ていて私は笑顔になった。

「私は生きてるんだから、泣かないの」
「いや……まあ、色々な、思うところがあったんだ…」

 魔理沙が涙を流し、抱きついてくる。体中に痛みが走って、つい呻き声が出た。それを聞いても、魔理沙は私から離れようとしない。もう一度、意識を失いそうになる。
 魔理沙を引き剥がしてくれたのは永琳だった。魔理沙を一声叱り、そして私の元へ。

「全身ボロボロだったのよ?筋肉という筋肉が傷ついてて、骨も折れてる。複雑骨折がなかったのと、心臓に骨が刺さっていなかったのが救いだったわ。全く、何したのよ貴女」
「色々あったんだけどね……まあ、無理してたわ私も。で、その幽香はどうなのかしら?」

 幽香、という単語を聞いて、永琳の顔が曇った。まさか、幽香は……。

「生きてはいるわよ。……風見幽香が大妖怪じゃなければ、消滅してたわ。今、集中治療室で培養液に浸かってるの」
「……私の方が早く治ったら、謝っておいて」
「どう考えてもあなたの方が早く治るわよ…」

 永琳は呆れながらそう言う。……妖怪の治癒力を持っても私より治りが遅いなんて、そこまで幽香はひどい状況なのか。
 貴女は何もわかってない、そう言って永琳は首を振りながら部屋を出て行ってしまった。部屋には私と魔理沙だけが残った。

「幽香、どうなってるのよ」
「人型を保ってなかった」
「はぁ?」
「……その通りなんだ、ほんとに」

 魔理沙からそう言われて、あの魔法を二度と使わないと決心した。その時、廊下を走る音が聞こえる。
 扉を開けたのは……メディスンだった。

「闇討ち?」
「ち、違うよ…!ねぇ、私の話を聞いて!」

 よく見ると、メディスンの手にはなにかが握られていた。見覚えがあるそれは、大江戸爆薬からくり人形の腕に近い形状―――そうか、試作品だった浅草の腕なのね。

「これが、どうしたの?」
「……それと、この手紙も読んで」

 腕と一緒に、一通の手紙を渡された。痛む腕を動かして、それを受け取り、手紙を開いた。
 "アリスへ 私は半自律してます。最初は、自分の運命がいやだったし、逃げたかった。でも、いまでは……まだ運命を受け入れてるとは言えないけど、アリスが主人でよかったです。浅草より"
 文面には他にも、人形たちの言葉が書いてある。メディスンは、皆が訪ねてきた―――そう言った。手紙を書いてもらうために、はるばるメディスンのところまで。
 だから、あの時人形がいなくて、今枕元に人形がいるのか。変な疑いをかけて、魔理沙たちには本当に申し訳ない。
 
 そして、あの子が半自律人形だということをもう一度読み、そこでようやく文字の言葉を理解する。

「嘘…」

 涙がこぼれ始めていた。あの子が最後まで弾に当たらなかったのは……半自律人形だったからなのね。

「それは……正しくないのよ」
「……え?」
「浅草は半自律人形じゃない…」

 ―――完全に自立した人形だったのよ―――

 その一言を信じることはできなかった。

「嘘……でしょ…」
「おい、嘘はよくないぜ?ははは、つまらないジョークだな、なぁアリス」

 かわいた笑い声。魔理沙はその言葉が現実だとわかっている。嘘を言った口ぶりではない。だからこそ、こんなことを…。

「……なんでそんなこと、貴女は知ってるの?」
「ゴリアテ人形に……聞いたの。あの子も、半自律してるの。そして、浅草と一番仲が良かった……らしいわ」
「おいおい、そんな……くそっ!」

 魔理沙は、帽子を置いて走り去ってしまった。私も逃げ出したかった、でも逃げ出せない。体がほとんど動かないから、現実を直視するしかない。
 ゴリアテが半自律していたことも知らなかった。私は、私の人形について実は何も知らないんだ。

「私が……幽香達を差し向けたりしなければ……成功させていれば、よ。失敗したのは私たちの責任…」

 メディスンの言葉は耳に入らなかった。視界が黒く染まる。私が目標としていた完全自立人形が人知れず完成し、そして人知れず死んでいった。きっと、今の私の叫びは永遠亭に響いただろう。

 
 構造上、動けなかっただけで実は自律人形だった浅草。私の悲願である完全自立人形。それは誰も知らないところで生まれ、そして消えた。
 だけれども、ただ一人、ほぼずっと一緒にいたゴリアテだけは……気が付いていたという。
 完全に感情があり、魔力を込めなくても意思疎通ができる。そう、火薬からとはいえ自分で魔力を生み出せて。他の人形にはなかった触覚も、あった。
 
 運命のからくりは非情なものだとしか言いようがない。浅草が生まれた時から回り始めた運命の歯車は、あの日を持って壊れてしまった。まさに、大江戸爆薬からくり人形の定めのように。
 私はただただ悲しんだ。気付けなかったことを悔いた。そして、浅草に、人形たちに、"ゴリアテ"に謝りたかった―――
 初投稿です。いろいろふがいないところもあると思いますが……よろしくお願いします。
 ……これ、ほんとに(上)なのか、と思うでしょうけど、(上)です。(中)(下)と続いていきます。はじめから暗いですねぇ(
 (中)の最初が一番重いんですが、最後には何とかなると思います。多分。その(中)は一ヶ月後くらいに投稿できたらいいですねぇ

 作品を通じて、人形が好きになっていただければ幸いです。読んでいただき、ありがとうございました。
沢田
7717@furime.jp
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コメント



0.230簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
人形達の視点…なかなか面白いテーマだと思います
全体的に重いながら読破する意味のある作品でした…が、
コレが…前編?これだけの長さで?
後2作品、頑張って下さい 期待してますよ

あと、言うとすれば人形達の会話のシーン、一人称や口調で区別をつけていたのはわかりますが、私の頭のせいか、「あれ、この台詞誰が言ってんの?」となる箇所がありました
もう少しわかりやすくなればなぁと(まあ具体的なこと言えない私も私ですが…)
5.80名前が無い程度の能力削除
人形愛がハンパないw
そして、この長さにまさかの上とはw
9.90名前が無い程度の能力削除
続きに期待
10.100名前が有る程度の能力削除
人形達の感情、さらにアリスや幽香達、キャラの心情などがうまく出ていて、楽しくもあり、興奮しつつ悲しくもありました。

流石と言わざるを得ない。

残り中とそkげふんげふん下、頑張ってください。
12.100名前が無い程度の能力削除
続きが凄く気になります。
悲しくもありつつ、惹きこまれました。

期待!
13.90削除
 (上)の全体を通して とても話がまとめられていて、かつ人形たちの感情もうまく表現されていて、とても読みやすかったです。少し残念なのは「どの人形が話しているのかが解りにくい」ところです。これをうまく処理できれば、もう百点どころではなく二百点満点です!!
 残り(中)と(下)のほう頑張って下さい。期待して待っています&ファンになりました!!