夜の紅魔館は暗い。明かりが付いている部屋は僅かで、それも少ない。
廊下には点々と灯された魔法の明かりが僅かに光を放っているだけだ。
ただ普段は閉められている数少ない窓のカーテンは開け放たれていて、月明かりが差し込んでいた。
弱い魔法の明かりと凛とした青銀の光が照らす廊下を、美鈴はただ歩いている。
足取りはしっかりとしていて、薄暗い足元の闇など物ともせずにただ進む。
何も知らぬ者ならばただ底知れぬ恐怖を感じるであろう赤に囲まれたその空間を、恐れもせずにただ闊歩する。
ああ、闇など恐れるものかと美鈴は思う。
もっと恐ろしい物がこの先に待っているのだから。
なぜなら今宵は満月。
夜の闇にも決して掻き消せぬその光は、普段は眠っている魔性を呼び覚ますといわれている。
血が騒ぐような気がするのは気のせいでは無い。
美鈴も妖怪の端くれ、影響を受けるのは仕方が無いのだ。
問題は美鈴の主だ。
真祖の吸血鬼である彼女が受ける影響は美鈴の様に血が騒ぐ程度では済まない。
済まない程度ではなく甚大なのだ。
情緒が不安定になる。理性の箍が外れる。より、吸血鬼としての本能が顕著になる。
普段では抑えている欲求を素直に実行してしまう。
破壊欲求、吸血欲求、支配欲求。
少なからずも吸血鬼であれば誰もが持っているそれが、あの強大な力を持って実行されてしまうかもしれない。
その彼女が美鈴を呼んでいた。
よりによって満月の晩に。
だが、美鈴には恐怖は無かった。
だって彼女は主人であると同時に娘に等しい存在でもあるのだから。
そして、美鈴は彼女の為にその身を捧げて生きようと決めているのだから。
満月の熱に浮かされた主人が望むのならば何でも応じようと、そう決めているのだから。
まあ、何の用件であるのかは察しが付いている。
もう随分と昔から望まれていて、彼女が断り続けているもの。
でも、今ならばと、そこまで考えたところで美鈴の視界は主人であるレミリアの部屋のドアを捉えた。
「入れ」
ドアをノックするまでも無く声が掛かる。
声色こそ幼いがそれでも凛としたレミリアの声だ。
「失礼します」
ドアを開いて入る。
そして、主人を視界にとらえた美鈴は少しだけ困惑を浮かべた。
美鈴の目の前にあるのはまず赤いクロスのかかったテーブル。
その上で揺れる蝋燭の明かりと、真っ赤なベリーケーキ。
三つのグラスに、ワインが数本。
「待ってたよ、美鈴」
テーブルを囲んで椅子に腰掛けるレミリアとフランドール。
フランドールが立ち上がり、戸惑う美鈴の背を押して椅子へと座らせる。
それから自分も着席。
はて、と美鈴は思う。
自分は思い違いをしていたのだろうかと。
どう見てもこれは小さなパーティー。
それにフランドールが居るという事も意外だった。
ゆらゆら揺れる蝋燭の火に染められた視界に映るのは憮然としたレミリアの顔。
フランドールが窺うように視線を向けていて、でも、姉はただ黙り込んだままだ。
「可愛らしいですね」
何時まで経っても言葉を紡がぬレミリアに気を利かせたのか美鈴がそう切り出した。
「これは何のパーティーなのですか?」
笑顔のまま美鈴がそう尋ねる。
紅魔館でのパーティーと言えば普段であれば豪勢に行うものだ。
何かの祝い事もまたしかり、現に紅魔館ではちょくちょく理由を付けては皆を呼んで行っていた。
だからこんな小さな催しものなどは初めてで、ましてや三人で行うなどそれがどんな理由なのか美鈴は見当が付かなかった。
「お前の為だよ」
「私ですか?」
ぶっきらぼうにレミリアがそう言って美鈴が再び困惑を見せる。
だが、特に続きを説明する訳でもなく再び黙り込んでしまう。
「お姉さま」
その様子を見ていたフランドールが不愉快そうに声を上げると、レミリアは仕方なしと言った様子で口を開いた。
「なあ、美鈴」
「はい」
「私たちが、お父様の城を追われてどれ位経ったか?」
「……五百年ですね」
かつてレミリア達は、強大な力を持つ吸血鬼の親の庇護の下で幸せに暮らしていた。
次元をずらして外界から遮断した、深い森と広大な平原の広がる場所にあった大きな城に住んでいた。
そこに、人間達が攻め込んできたのが五百年の昔。
レミリア達は応戦したが、破れた。レミリアの親は滅ぼされて、使用人達もほとんどが殺された。
「ああ、五百年だ」
レミリアは感慨深げにそう吐きだした。
「約五百年、逃げ続けた」
何とか城から脱出したレミリア達を待ち構えていたのは世界の悪意だった。
教会や狩人、賞金稼ぎなどありとあらゆるものたちが敵としてレミリア達を狙ってきた。
「美鈴のおかげだよ」
レミリアがそう言った。
美鈴の顔に僅かに驚きが宿る。
「五百年もの間、美鈴が身を挺して私達を守ってくれたから逃げ切れた」
眉を下げて、どこか照れたように。
態度こそ憮然としているものの微かに頬に朱が乗っているのが見て分かった。
「ボロボロになって、何度も死にかけて、自分すら捨てて、美鈴が守ってくれたから……」
驚いたような美鈴の顔を視界に移してレミリアはただ早口で言い募る。
「あの、世間知らずでプライドだけはいっちょまえに高かった間抜けが、今此処に居る事ができるんだ」
だから、とレミリアは言葉を続ける。
「感謝してる。美鈴がいてくれて本当に良かった」
羞恥に顔を真っ赤にして、まっすぐに美鈴を見つめて、でも視線は逸らさない。
だが、どこか呆けた様な美鈴に何か耐えられなくなったようにレミリアが俯く。
フランドールが微笑ましそうに目を細めてその様子を見守っていた。
「そして、もうひとつ」
レミリアは俯いたまま続ける。
「私達の為に生きる事を選んでくれてありがとう」
しばし前の事だ。
美鈴が寿命であると言う事にレミリアの親友であるパチュリーが気が付いた。
それは日常のふと何気ない仕草から。あるいは隠そうとする不自然さから。
美鈴に対して親しく成り過ぎていたレミリア達では、逆に気が付かなかったもの。
それは第三者と言う観点からの視線で見ていたパチュリーにしか分からないものであった。
それを良しとしないパチュリーは早速行動に移した。
夢と言う手段を用いて……小悪魔の能力である夢を見せる程度の能力。
それを使い、美鈴の寿命による死のイメージを皆に見せて、彼女を引きとめさせた。
そして、己の人生に満足して逝こうとしていた美鈴は皆の想いに気が付いて、新しく生きる事を決めたのだ。
「これは、その為のお祝いなんだ。だから……」
城から憮様に逃げ出して、世界を拒絶したフランドールを抱えて、途方に暮れていたレミリアを救ったのが美鈴だった。
先の見えない闇に怯えて立ち止っても、明日が見えない絶望に屈しそうになっても、美鈴が二人を背負って先へと向かってくれた。
彼女がいなければ、とうの昔にレミリア達は滅ぼされてしまっていただろう。
「……だから楽しんでくれると嬉しい」
そう、締めくくってレミリアは言葉を止める。
それから何時までも言葉を発さない美鈴を怪訝に思って窺うように顔を上げた。
そして、驚いたように呆然と呟いた。
「……美鈴……なんで泣いて……」
「え?」
未だ呆けた様な表情の美鈴。
その瞳から、滴が流れ落ちていた。
「あ、あら……」
レミリアの言葉に初めて己の涙に気が付いた様に、美鈴が慌てて指でそれを拭う。
だけど拭えど拭えど、涙は流れて止まらない。
「ま、参りましたね……」
困った様子で、奇妙に顔を歪める。
笑おうとしているのに笑えない、そんな様子で戸惑ったまま。
「年を取ると涙脆くなっていけませんね」
それでもなんとか無理やり笑みを作って、美鈴はレミリアに顔を向ける。
フランドールが席を立って、ハンカチを手にして美鈴の涙を拭う。
どうしてよいか分からずに戸惑うレミリアと、美鈴を慰める様に傍に寄り添うフランドール。
そして、自分を落ち着かせるように俯いて、短い息を吐き続ける美鈴。
しばらく時計の針の音と吐息だけが響いて。
やがて美鈴が息を整えて、それから少しだけ赤い目で苦笑する。
「見苦しいところをお見せしました」
「いや……」
「すいません、嬉しくて……そうしたら何故か涙が出てきて」
レミリアは気まずそうに頬を掻く。
「お前がそんな風に泣く事なんて、初めて見たから驚いてしまったよ……」
「すいません」
「謝る必要はないよ」
「はい」
それから、静かな笑みを浮かべて美鈴は言葉を紡いだ。
「その言葉だけで、私の五百年は報われたのでしょうね」
感慨深げに、ただ嬉しそうに目を細めて。
一方そんな美鈴にレミリアが不機嫌そうに言った。
「それは困る」
「え?」
「これから、お前にはもっともっと借りを返していこうと思ったんだ。だから、これくらいで報われてしまっては困る」
「そうだよ、美鈴」
レミリアの言葉をフランドールが繋ぐ。
「始めよう、美鈴の為のパーティー」
「ああ」
「美鈴は座ってていいよ、主役なんだから」
レミリアがワインのコルクを抜いて、フランドールがケーキを切り分ける。
それぞれが盛りつけられて、注がれて、美鈴の前に並ぶ。
赤いベリーケーキ。
美鈴はそれを一口。
口内に程良い甘さと酸味が広がり始めたところでフランドールが窺うように聞いた。
「おいしいかな?」
美鈴はそのまま味わう様にもくもくと咀嚼して呑みこむ。
それからおいしいですよと応じた。
「良かった!」
フランドールに無邪気な笑みが浮かぶ。
「私とお姉さまで作ったんだよ!」
言葉に、美鈴がレミリアへと視線を向ける。
「別に、不味かったら素直にそう言っていいんだぞ?」
ぷいっとそっぽを向いてレミリアがそう呟く。
「おいしいです」
くすりと笑って、美鈴は再びそう言った。
「今まで食べた、どのケーキよりもおいしい……」
幸せをかみしめる様に彼女は瞳を閉じる。
大袈裟だとレミリアが呆れて、フランドールがくすくす笑う。
それからしばし、皆でケーキを食べ終えてワインを一口。
「本当は、もっと早く祝おうと思っていたんだ」
ふと、レミリアがそんな事を言った。
「なんだか気恥しくてずっと先延ばしにしていたら、この前の寿命の騒動があってな……」
彼女は美鈴に苦笑する。
「フランに相談してみたら、どうしてもっと早くやらなかったのかと怒られてしまったよ」
「そうだよ、言葉は伝えないと意味が無いの。
分かってくれていると、言わずとも理解してくれていると思っていても、実際はそうじゃない事もあるんだから」
フランドールは笑う。
彼女は知っていたのだ。
己の心的外傷を克服した時も。
魔女と使い魔の仲を取り持った時も。
そして美鈴に想いを告げた時も。
言葉は告げないと、意味を成さないと、そう学んでいたのだから。
「そうですね」
「うん」
美鈴は感慨深げに二人を眺める。
「ご立派になられましたね」
そう告げて、照れた様なレミリアと、嬉しそうなフランドールに笑みを浮かべる。
「五百年だ、それだけ月日が過ぎれば誰だって成長するだろうに」
「いえ、時をただ無為に過ごしていても、何も得る事は出来ないのです。
五百年の間でお嬢様は様々な出来事に立ち向かい、乗り越えてこられたからこそ、立派になられたのです」
「褒めても何も出ないぞ……」
照れ隠しかわざとらしく呆れたように溜息を吐くレミリア。
それから思い出すかのように言葉を紡いだ。
「でも……本当に色々な事があったな」
「はい、城を追われた時の事、必死でお嬢様を探して駆けずり回って……」
「ああ、お前と再会できたところから全てが始まったんだ」
懐かしげに語る二人をフランドールが眺めている。
その眼差しには憧憬。だって、その記憶は彼女が共有していないものだったから。
「私も……」
「フラン?」
やや気落ちした声にレミリアがフランドールに視線を向ける。
「私も、その想い出を共有したかったな」
フランドールはその頃すでに自分の世界を閉ざしていたのだ。
あの時、フランドールは目覚めたばかりの能力を使って追手の騎士たちを全て破壊した。
そして守ったはずの使用人達が自分に向ける、化け物を見る様な恐怖と絶望の視線に心を閉ざしてしまった。
「世界は怖いだけだってあの頃はそう思っていたの。でも今なら分かる。
世界は怖いだけじゃなくて、素晴らしい事もあるのだと、皆が教えてくれたから」
フランドールは己の心境を語り続ける。
「だから引き篭もる必要なんてなかったんだって、あの頃の自分に言ってあげたい。
そうすれば二人と一緒に旅が出来たはずだから、皆と一緒に此処で語り合えたはずだったから」
それから彼女は、自分を見つめる戸惑う様な視線に笑顔を向ける。
「過ぎ去った過去は戻らないけど、でも振り返る事は出来る。
聞きたいな、二人が歩んできた旅路を。一緒に居たけど感じる事の出来なかった物語を聞かせて欲しい」
レミリアが同じように笑みを見せて、美鈴が目を細める。
「そうだな、何から話したものか……」
レミリアが懐かしいあの日を言葉に変えて語り出す。
遠い昔に旅をした世界の事、敵対した教会や狩人の事。
小さな集落の触れあいの事、そして紅魔館を見つけた時の事。
魔女との出会い、時を止める狩人との邂逅。
フランドールが楽しめる様に時には大袈裟な身振りや誇張やを含めてただ語る。
レミリアは得意げに、フランドールは楽しそうに。
そして美鈴はそんな二人を見守る様に眺めている。
そんな、安らかな時間は短い針を長い針が二度、追い越した時に終わりを迎えて。
語り終えたレミリアはこんなものかと息を吐く。
「五百年の歴史と言えど、語ればこの程度で終わってしまうのか」
いや、とレミリアは眉をひそめる。
「まだまだ思いだせる事があるはずだ」
楽しい事や嬉しい事ばかりではない。
辛いことや悲しい事、むしろそっちの方が随分と多い。
「なら、思いだしたらまた聞かせてね、お姉さま」
「ああ、必ず」
レミリアが頷いて、フランドールが微笑む。
それからしばし考える様にレミリアが俯いて、美鈴へと視線を向ける。
「先ほど、美鈴は私に立派になったと言ってくれたな」
やがてそんな事を美鈴に告げる。
「どうかな、私はもう、一人前か?」
「はい」
「お父様も、喜んでくれるかな?」
「きっと」
「そうか」
そこで言葉が途切れる。
静寂があたりを支配して、蝋燭の明かりがゆらゆらと辺りを染めている。
赤い瞳が戸惑うように揺れていた。
言葉を紡ぎかけて、止めて。
「その、美鈴」
「はい」
ようやく決心が付いたようにレミリアは彼女の名前を呼んだ。
「正直に告げよう。いつか私はお前に血を吸わせて欲しいと言ったな。
でも、お前は吸わせてくれなかった。その理由は未だ分からない」
瞳はまっすぐに美鈴に向けられている。
「仕方ないと、お前にはお父様が居るからだと思っていたんだ。
だから諦めようとそう考えていて……でも、諦めきれなくて」
もう、ずっと昔から望んでいた。
何度も断られて、それでも諦めきれなくて。
「立派になれば、お前が吸わせるに値すると、そう認めてくれるように努力すれば……」
だって、レミリアにとって美鈴は家族だからだ。
唯一外聞無く甘える事が出来る存在だから。
五百年、ずっと傍にいてくれた者だから。
「何時か吸わせてくれるとそう考えていて、でも今、お前は一人前だと言ってくれたから」
吸血には単なる食事と、親愛を表す二種類の意味がある。
だからこそ、愛していればこそ、その者の血を欲しくなるのは当然だった。
「私は、お前の血が吸いたいよ、美鈴」
「はい」
「嫌なら断ってくれてもいい、そしたら諦めて………」
レミリアはそこで言葉を止めて美鈴を見る。
瞳を大きく開いて、驚いた様子を浮かべて。
「いいのか?」
「はい」
静かに美鈴が頷いた。
此処に来たのは、初めからその覚悟があってのことだった。
己の寿命について考えた時に理解した事。
心残りは無かった訳ではない、それでもレミリアについてはもう一人前だと認めていたと気が付いて。
だからこそ、望まれればもう断るまいと思って。
吸血鬼の本能が強まるこの満月の日に呼ばれた時に、すでにこうなる事は予想して受け入れるつもりであったのだ。
レミリアの顔が少しだけ泣きそうに歪んで。
それから嬉しそうにそうか、と呟いた。
「私も」
横合いから声がかかる。
フランドールが美鈴を見つめていた。
「吸いたいな、美鈴の血」
「はい、いいですよ」
「おい!」
呆気ない了承にフランドールは喜んで、逆にレミリアがやや怪訝な声を上げる。
「フランは、まだ一人前じゃないだろう!?」
「えー、酷いよお姉さま、私ももう一人前だよ」
抗議の声を上げるレミリアにフランドールは眉をひそめる。
「いえ、一人前ですよ。ご自分で心的外傷を克服して、こうして世界を知ろうとしている。
吸血衝動ですら、最近は随分と抑え込んでいらっしゃるご様子ですし」
「む……」
笑顔で美鈴が続ける。
「知識の面で未熟、と言えばそうですがそれは私やお嬢様も同じこと。
世界は五百年程度では到底理解できずに、まただからこそ誰もが未熟なのですし」
「やれやれ」
レミリアは溜息。
フランには甘いなと首を振る。
「お姉さま?」
窺う様なフランドールの問い。
「分かった、好きにしろ」
「ありがとう、お姉さま、そして……」
キラキラした瞳を美鈴に向ける。
「美鈴!」
視線の先で美鈴は微笑んで。それから衣服の首元を緩める。
「では、お嬢様からでよろしいですか?」」
「ああ、わか……」
「はいはい!」
レミリアの言葉を遮ってフランドールが手を上げる。
いったいなんだと顔をしかめるレミリアにフランドールは告げる。
「二人で一緒に吸った方がいいと思う」
フランドールの提案にレミリアが首を傾げる。
「その方が美鈴にとって負担が少ないと思う。
血を吸う量は少ないのだし、それなら一度で終わった方がいいよ」
「ああ……」
吸血に際しての負担。
それは、血を抜き取られるという事もあるが、それ以上に深刻なものがある。
それは、痛みを誤魔化すために与えられる快楽だ。
意志の抑え込む事は可能だが、それは随分と負担になる。
「美鈴さえ良ければ……」
納得したレミリアが美鈴にそう聞いて、彼女は頷いて。
二人掛かりと言う事で負担を減らすためにベッドへと移動する。
美鈴がベッドへと腰掛けて、彼女を挟むようにレミリアとフランドールが陣取った。
レミリアが緩慢な動作で美鈴の首筋へと唇を寄せる。
それから軽くキスをするように押し当てた。
ちゅぅっと何かを吸う様な音がして、それから赤い舌が肌を数度這う。
「その、美鈴……」
声には緊張が混ざっている。
数百年の間、求め続けたものが目の前にあるのだ。
「吸うわよ?」
「はい……」
美鈴は瞳を閉じて、応じる。
「優しく……してくださいね」
それから沈黙。
美鈴が目を向けると何とも言えないレミリアの表情があった。
「どうかなさいましたか?」
「含みのある言い方しないでくれ、調子が狂う」
「それは失礼しました」
くすくすと美鈴が笑って、レミリアが力を抜いた笑みを見せる。
今度は反対側からフランドールが美鈴の首筋へと唇を押しあてて強く吸った。
「美鈴、ドキドキしてるね?」
そんな事を呟く言葉には、やや興奮した様な妖しい響きがある。
二人のやりとりなどどこ吹く風で、ただ己の唇で付けた跡を凝視する。
「流石に、何時でも平静でいられる訳にはいかないですよ」
「うん、美鈴も同じなんだね、私も……きっと心臓が動いていたらドキドキしてるよ」
「はい」
それから改めて二人は美鈴の首筋に牙を寄せた。
まずレミリアの牙が美鈴へとあてがわれる。
「……んぅ」
低いうめき声。
音すら立てずに首筋へと牙が付きたてられる。
美鈴は瞳を閉じて与えられる快楽にあらがう。
それから遅れてフランドールの牙が食い込んだ。
こくんこくんと、命を嚥下する音が聞こえる。
美鈴はそのまま手を広げて、二人を抱える様に強く抱いた。
はぁっと熱い吐息が美鈴から漏れる。
予想以上に、何よりも本能を刺激する快楽に流されない様に。
まるで縋るように彼女は二人を抱きしめ続けた。
吸血は終わらない。
二人の吸血鬼は、まるで砂漠でオアシスを見つけた旅人の様に美鈴を貪り続けて……
やがて、美鈴の手から力が抜けて、そのまま三人は凭れる様にベッドへと倒れ込む。
それでも、吸血は終わらずに牙の間を抜けた鮮血が赤いシーツをなお赤く染めていく。
吸われ過ぎかなと美鈴は思う。力が入らない。
おかげで与えられる快楽にも身体は鈍く疼くだけで済んでいて。
薄く瞳を開いて美鈴はぼんやりと天井を仰いだ。
僅かに開いた天窓からは煌々とした冷たい満月が見える。
どこか安らかで気だるげな意識のまま、彼女はただいつまでもそれを眺めていた。
美鈴が意識を取り戻したのはそれからしばらくの事。
ベッドに身を投げ出して、気だるげに瞼を押し広げる。
天窓から覗く満月は相変わらず冷たいままで、どこかそれに安心をおぼえる。
「目が覚めた?」
声はすぐ近くから。
美鈴が首を横に倒すとすぐそばにフランドールの顔があった。
「私は、どれくらい気を失っていましたか?」
「一時間くらいかな」
そう答えてから、済まなそうにフランドールは眉を下げる。
「ごめんなさい」
「……?」
「美鈴の血が、とてもおいしかったから……」
吸い過ぎてしまったとフランドールは言った。
美鈴は微かに笑みを見せて光栄ですと答えた。
体がだるいと美鈴は思う。
でも、大分感覚が戻ってきたと確認。
それから辺りを見渡して、レミリアの姿が無い事に気が付いた。
「お嬢様はどうなされました?」
「うん、お姉さまは、なんだかじっとしていられないから散歩してくるって」
フランドールの答えに美鈴は納得するように息を吐いた。
「このままだと、美鈴に酷い事をしてしまいそうだからって」
それがどういう事なのか、予想が付く様で分からなくもある。
破壊欲求、吸血欲求、支配欲求。
普段は理性で抑えられているそれがどのように働いてしまうのかはレミリア本人でも分からないのだろう。
しかも今日は満月、そしてもっとも望んだものが手に入った今、気分の昂りは尋常ではないだろう。
だからこそ、美鈴のもとを離れたのだ。
まあ、レミリアが出かけた先で会う者がいればご愁傷様であると言うしかない。
「でもさ、お姉さまも不用心だよね」
不意に、フランドールの声に艶が混じる。
そのまま体を這わせて、美鈴に覆いかぶさるように乗った。
「昂っているのはお姉さまだけじゃないのに
私を美鈴と二人きりにするなんて……ううん、気を使ってくれたのかな?」
フランドールは美鈴の肩へと手を添えて、その瞳を見つめた。
「私もなんだよ……昂っているのは」
紅い瞳。魔性を映す支配者の瞳。
「ねえ、美鈴に慰めて欲しいな」
蟲惑的な熱い吐息。
本能を呼び覚ます様な誘惑の囁き。
「分かりました」
美鈴がそう応じて。
両手をフランドールの頬に添えて。
「美鈴……」
瞳を閉じたフランドールを……
「むぎゅぅぅぅ!?」
思い切り、その胸へと抱きしめた。
混乱したように手足をフランドールがばたつかせてしばし。
やがてそれが収まると美鈴は腕の力を緩める。
「あのね~」
もぞもぞと腕から這い出して美鈴を見上げる瞳は不満たらたらだ。
「昔ならともかく、今は抱きしめてもらっただけじゃ慰めにならないよ」
「それはすいません」
飄々とした笑顔のまま美鈴が応じる。
「ですが、なぜか貧血気味で今は疲れてしまっておりまして。これが精一杯なのですよ」
むぅっとフランドールが困惑を浮かべた。
こう言われては仕方ない。その原因は他でもない此方にあると。
「いいよ……許してあげる」
何処となく不貞腐れたようにフランドールはぼやいた。
「でも、じゃあ今夜はずっと抱きしめていてね」
「はい、お安いご用です」
「……うん」
美鈴はフランドールを抱く腕に力を込めて瞳を閉じる。
そしてふと思うのだ。
今までは母親だった。
だが血を吸わせた今、主人達に対してこれからはどう振る舞えばいいのだろうと。
今の一度だけで吸血が済むはずなど無いと、考える事すら必要ない事は明白だ。
はたしてそれは変わらず母親としてか、あるいは部下としてか。友達としてか。
少なくとも腕の中のこの子にとってはどれも望まれていない気がするけれど。
まあ、いいと美鈴は思う。きっとなる様になると。
今までがずっとそうであった、だからこれからも。
未来がどうなるのか神のみぞ知ると言うがそれでいいと思う。
全てがどうなるか分かり切った未来など、きっと退屈でつまらない。
だからいいのだと。分からないからこそ、楽しいのだと。
そう考えて、それから僅かな不安とそれなりの期待を持って。
美鈴は眠るまで、少しだけ変わってしまうこれからの未来への展望に想いを馳せるのだった。
-終-
後書きの話も見てみたいです。
ただ、重箱の隅を原子レベルでつつくような指摘ですが、
万人が吸血衝動なぞ持ってたまるかw
どっちかって言うと万「妖」のほうがいいんでないかな~、と
さあ、後は夜の方にメイフラifかレミリアSideを投下するんだ!
あ、レミリアならこっちでも構わないと思いますよ
だとしたら少々寂しいなぁ。
もう少し話を見ていたいと思うのは贅沢なのですけどね…
楽しい話をありがとうございました。
この後どうなったのか気になる。
とは言えずっと応援していたので寂しいです。
いつかまた貴方の書く甘々なメイフラが読みたいですね。
>……もちろんメイフラも書きますですよ。
期待大……!
もっとめーレミめーフラ書いてもいいのよ
むらむらおぜうも楽しみにしてます
しみじみと語られる過去の話から、彼女らの通ってきた道が垣間見えるようで素敵でした。
特に美鈴が吸血を受け入れた後から、レミリアたちとの関係が変わるところがそれっぽくていいと思いました。
全体を通してキャラに品があって良かったです。
非常に面白かったです。