「…………」
まるでそれが当たり前であるかのように、無遠慮に本を漁る魔理沙を睨めつけて、パチュリーは無言でスペルカードを取り出した。
「おいおいおい待て待て! 落ち着けって!」
「大丈夫、ちゃんと落ち着いて仕留める自信はあるわ」
「既にスペカ発動は確定なのか!?」
「とどめを刺すところまで確定なのよ」
本気であわてる魔理沙だったが、パチュリーのほうは冗談だったらしく、ため息とともにスペルカードをしまう。
「警告も無しかよ」
「まだそんな親切なこと、してもらえると思ってたの?」
「何も言わなくなったから、とうとう持ち出しを認めてくれたのかと思ってたんだが」
「諦めたのよ、持ち出されたら帰ってこないから」
「いいじゃないか、借りるくらい」
「……もう付き合わないわよ、それ」
魔理沙が出入りするようになって以来、もう何度と繰り返す問答を思い出す。
「いいから、付き合えよ。ほら、」
「『ちゃんと返しなさいよ』『死んだら返すぜ』。だいたいこんなもんでしょう」
「そういうことだ、わかってきたか?」
「だったら死んで返してもらうしかないわね」
「それも毎回やってるじゃないか」
「だから今回は省略したのよ。最初からクライマックスね」
「それは駄目だ、侘び寂びが無い」
やれやれと首を振る魔理沙に対する苛立ちを抑えつつ、もう一度無言でスペルカードを取り出す。
「苛立ちが抑えられてないぜ」
「ご心配なく、抑えてなかったら、今頃あなたは実験の材料よ」
「なんだか最初に会ったときより、積極的になってないか」
「こうみえても、問題の解決には迅速に取り掛かるタイプなの」
スペルカードをためつすがめつしつつ、魔理沙を見据える。流石に気おされたのか、観念したように本を放り込んでいた袋をひっくり返す。ドサドサと大量の本がこぼれ落ち、埃が舞い上がる。
「丁寧に扱って頂戴」
「へいへい、悪ぅござんしたー」
「何拗ねてんのよ」
「べっつにー」
ふて腐れたように図書館から出ようとする魔理沙だったが、顔の横を弾が通り、足を止める。
「……パチュリーさん?」
「服の中の本も全部置いていきなさい」
魔理沙が振り返ると、パチュリーの顔に全く笑えない笑顔が張り付いていた。
(なんとかならないものかしら……)
魔理沙が置いていった本は小悪魔に任せ、パチュリーはいつもの安楽椅子に腰掛け、本を手に取る。
レミリアが起こした紅い霧の騒動以来、ふらりとやってきては本を『借りて』いく。どうやら咲夜や美鈴も手を焼いているらしいが、そんなことはどうでもいい。
私の本が盗られていく。まるで命を削られているようだ。本は私の存在そのものだというのに。もっとも、これは既に魔理沙と言い争っている。魔理沙曰く、「借りなきゃ私の命が削られる」。そのあとに、「人間の命は短いんだから、大目に見てくれ」などとのたまっていた。あの時はなんだか上手く言いくるめられた気がしたが、よくよく考えると意味がわからない。「借りなきゃ命が削られる」ってなんだ。
「あーあ……」
(めんどくさい)
やっぱり実験の材料にでもしてしまおうかしら、と考えるが、なんだかそれは気が滅入る。あれだけきのこ漬けの人間も珍しいから、いつもとは違う実験ができるかもしれないが、むしろ生かしておいてサンプルにするのも悪くない。気がする。そもそも、こんなに図書館を出入りする人間など、紅魔館含めてもいないのだ。実際、どう扱ったものか図りかねてしまう。
(いっそ、二人で何かできるかもしれない)
実験はいつも一人でやってきたが、それは魔法使いが自分一人しかいないからである。もちろん、小悪魔が助手を務めることもあるが、所詮、助手は助手である。自分以外の観点から観察してくれる、いわゆる同類が、いてもいいかもしれない。
と、そこまで考えて、パチュリーは一人ふふッと笑いを漏らす。
(――無理ッ!)
あれと実験するくらいなら、やはり材料にしたほうがいい。絶対そのほうがいい。何故そう思うかは、それこそ直感でしかないが、百年余り生きて得た経験上、この直感は信用できる。
いっそ誰か始末してくれないかしら、と本を顔に押し付ける。特に意味は無いが、そんな気分なのだ。そんなとき、図書館の扉からノックの音が聞こえてきた。
「邪魔するよ」
「あら、レミィ」
レミリアは、可笑しくてたまらないと言いたげに、笑いをこらえたような表情でパチュリーの傍の椅子に座った。
「聞いたよ、今日は機嫌が悪いそうじゃないか」
「何の話かしら」
「黒白が大層ご立腹だったぞ」
どうやら魔理沙はそこらじゅうに愚痴っていったらしく、しかも原因があたかもパチュリーにあるように語ったそうだ。
「どうにかしてよ」
「それこそ何の話だ」
「魔理沙のことよ」
「私が?」
ははッ、とレミリアが一笑する。
「私は何もしないさ。特に理由が無い」
「親友が困ってるんだから、手を貸すくらいは吝かではないでしょう?」
「吝かじゃないが、私はそもそも、割とアイツが気に入っている」
「どうして?」
「フランと遊んでくれるから、かな。最近、フランの機嫌が良くて助かる」
「代わりに親友の機嫌が悪いわよ」
「妹には変えられないよ」
「このシスコン」
パチュリーは持っていた本の続きを読み始める。そんなパチュリーを見て、レミリアはくつくつと笑う。
「そんな親友に、解決策をひとつ」
「なあに」
「殺してしまえ」
「馬鹿じゃないの」
「殺されかけたと黒白に聞いたが」
「殺してないでしょ、生きてるんだから」
親友の提案を一蹴するパチュリー。呆れた顔でレミリアを見る。
「殺せばいいじゃないか、邪魔なんだろ? 殺したら私に味見させてくれ」
「短絡的過ぎるわよ、話にならないわ」
もう相手にしないわ、と再び文字を追い始めるパチュリーに、レミリアは頭を振る。
「よく知らないが、人を殺したことくらいあるだろう?」
「そりゃね、薬の材料にも、実験にも使うから。便利ね、人間って。でも、それとこれとは別よ」
「同じだよ」
レミリアの瞳がギラリと光る。自分を恐れる獲物を見る目。それがパチュリーに向けられる。
「生かしといたって毒にも薬にもならないんだ、殺したほうがいいじゃないか」
「野蛮ね、考え方が。あいにく、私は知識人でね。」
「ああ、知識人。知識人ね」
ははッ、と失笑するレミリア。
「知識人は知識を蓄えているだけさ。それだけだよ」
「あら、無知よりマシよ」
「無知を引き合いに出しちゃ駄目だよ、パチェ」
「どうしろと?」
「蓄えるだけじゃなく、使わないと。本当に頭のいい奴は、そこから何か生み出すぞ」
パチュリーの目からパチュリーの全てを覗き込まんとするように、レミリアはパチュリーを覗き込む。
そんなレミリアに、パチュリーはむっとなって言う。
「何が言いたいのよ」
「パチェは馬鹿だなって」
「喧嘩なら買わないわよ。表向きは丸くおさめて、裏から嫌がらせに走るタイプだから」
「うん、まあ、そういうところは好きだよ、ホント」
話が逸れたことで空気に耐えられなかったのか、レミリアが噴き出す。
さっきからレミリアの態度が定まらないことに、パチュリーは戸惑う。
「レミィ、さっきからどうしたの?」
「ああ、もう、鈍いなあ」
いまだクックと笑うレミリアは、さも可笑しげにパチュリーを見る。
「パチェはいつも、自分のことを一番わかってない」
「?」
「イライラするとは言わないけれど、いい加減見てられないんだよ、私は」
「どういうこと?」
言葉の意味がわからず、困ったように首をかしげるパチュリー。
「殺さないまでも、痛い目見せるくらいしてやればいいのに、それだってパチェはしない」
「そんな野蛮人じゃないからね、私は」
「違う。そうじゃないだろ」
「何よ」
「魔理沙のことが好きだからだろ」
「はあ?」
思わず大きな声が出てしまい、小悪魔がこちらを覗き込む。
咳払いして気持ちを落ち着け、レミリアに向かう。
「何言ってるの、あなた」
「まあ、そんな積極的な意味に取るなよ、せいぜい気に入ってるといったところか」
「気に入らないわよ、あんな奴」
「気に入らずとも、気になってるだろう?」
「それは……」
パチュリーは言葉に詰まってしまう。それはあたかも、肯定したように感じられた。
レミリアにも、自分にも。
「そんな、ふわふわした感情論が理由になるわけないでしょ」
「感情論こそ理由になるのさ。わけのわからん理屈よりも、よっぽど純粋だろう」
「感情なんて、その時々で変わるものよ」
「時々なんて知らない、今どう感じるか、だ。好意か、敵意か、それだけなんだから」
「人の感情がそんな単純だと思っているの?」
「むしろ、どれだけ複雑に考えてるんだよ。お前が知識人を気取るのは構わないけど、もっとシンプルに考えるべきだ」
クルクルとこめかみの横で人差し指を回すレミリア。
「もっと自分を知らなくちゃ。消去法でも何でもいいから、自分の行動の意味を振り返ってみろ。軸が見えて来るんだよ」
「何が軸よ。付き合ってられないわ」
「そうやって外にばかり知識を求めて、自分と向き合わないから、自分がわからなくなるんだよ。魔理沙のほうがよっぽど建設的だ」
言われてパチュリーはむっとする。ここまで言われたら、たとえ思う壺でも言われたとおりにするしかない。
自分の記憶を遡ってみる。
「お、思い出してるな。パチェのそういうとこも好きだ」
「うるさいわね」
知識人として蓄えてきた、自身の記憶を探り出す。
魔理沙に関するものだけ抜き出してゆく。
「ほら、何か掴めてきたんじゃないか?」
その記憶を客観的に観察して。
そこから法則を見つけ出す。
その法則から答えを推測し。
そこを軸に自分を振り返る。
これがレミリアの言っている『自分』なのだろうか。
「それがパチェだよ。思い知ったか?」
回していた人差し指を、きざったらしく、びッとパチュリーに突き出した。
「……まあ、そういうことにしておくわね」
「お前のことだから、たぶん、それほどわかっていないんだろうな」
「失礼ね」
「まあ、自分のことなんて、他人が一番知ってるものさ。気にしなくていいよ」
「気にしろだとか、気にするなとか。いったい何をさせたいのよ」
パチュリーは苦笑する。
「なんだか煮え切らない親友に、道を示しただけだよ。自分を知る努力も大事じゃないかな」
「そうね、たまには悪くないわ。で、結局、魔理沙はどう扱うべきなのかしら」
「ここまでやって、私に聞くなよ。ちゃんと自分で決めな」
「はいはい」
そう言って、また本を開く。
「……私は、本と共にあってこそ、私らしいと思うのだけど」
「知ってるよ。でも、それくらいしか、パチェは自分を出さないだろう」
「そうね、もっといろいろと自分を知るべきね」
「そうだよ、パチェは何も知らない。なのに何でも知ってる気でいるんだから、ホントに見てて、可愛いな」
「…………」
「引くなよ。せめて何か一言」
「相談に乗ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
そう言って、レミリアは立ち上がり、伸びをした。
「そろそろ寝るよ。長く起きすぎた」
「あら、寝てなかったの。吸血鬼なんだから、昼間は寝てなさい。蒸発するわよ」
「それもそうだ。気をつけるよ」
「レミィは」
図書館の扉へと向かうレミリアに、お返しとばかりにパチュリーは問いかける。
「どこまで自分を知ってるつもりなのかしら?」
「そんなもの、ろくに知るわけも無いだろう?」
だから、とレミリアは再び扉へと歩き出す。
「ちゃんと私を知っておいておくれよ、パチェ」
次の日、図書館の扉が吹き飛んだ。
「よう、今日は先手を打たせてもらったぜ」
あくまで自然な様子で図書館へと踏み込む魔理沙に、パチュリーはため息を吐く。
「もう少し落ち着いて入って来れないのかしら」
「大丈夫、落ち着いて放ったマスタースパークだ」
「マスタースパークは確定してたのね」
「紅魔館半壊くらいの勢いで撃ったんだけどな」
今日はいただいていくぜ、と八卦炉を構える魔理沙をよそに、パチュリーは何かを机の上に置く。
「なんだそりゃ」
「『借りて』いくのは許さないけど、ここで読むぶんには構わないわ」
それは紅茶とクッキーだった。それを見て、魔理沙が訝しげにパチュリーを見る。
「どういう風の吹き回しだ?」
「別に。これなら、お互いにプラスになりそうじゃない?」
そう言って、パチュリーは本に顔を貼り付ける。
魔理沙は、そんなパチュリーの様子を眺めていたが、程なく、にやりと笑い、
「いただくぜ」
と机の上に腰を下ろした。机に積んである本に手を伸ばす。
「椅子に座りなさいよ」
「それほど変わらないだろ」
「机が汚れるわ」
「既に埃まみれだろ、この机」
そう言って、クッキーをつまむ。
「これ、誰が作ったんだ? やっぱ咲夜か?」
「……そうね、作ったのは私だけど」
「お前が?」
「ここはひとつ、私と、私の友人からってことで」
こういう友人関係築けたらなあ
「好きだよ」「好きだ」「可愛い」と、
何気にむきゅむきゅしてるのも和む。
パチェを言いくるめるシーンあまり見たことが無かったので新鮮でした。
いいレミパチェ。