自身の能力が導き出したこの答えに、彼は戦慄した。
「馬鹿な……そんなことがあるはずがない」
右手をまじまじと見つめる。道具の名称と用途を知る程度の力がおかしくなったのかと疑ってみるが、そこにはいつも通りの掌が存在していた。まるで強く殴られたような衝撃に、彼の頭はひどく混乱していた。
「しかし、一体どうやって?」
名前と使い道が分かっても、その使い方は分からない。いつもの彼であれば、そのミッシングリングを想像して愉しむ余裕もあるのだが、今回はそれどころではなかった。
「くそっ、僕の身体に、何が起こっているというんだ……!」
香霖堂の厠の中で、森近霖之助はひとり絶叫した。
◆ ◆ ◆
物はときに、まったく想定されていない使い方をされることがある。良い例が魔理沙の大きな帽子だ。彼女はあれをよく物入れに用いているが、それはもちろん「頭に被るもの」という正規の目的からは遠く離れた使い方である。逆に言えば、ただひとつの用途にしか使えない物などほとんどないと言ってもいい。
さらに広げて突き詰めてしまえば、世にあるものは何だって道具だと言える。身体の一部だってそうだ。たとえばこの僕の腕、こいつはとても便利な代物だ。「物を掴み、持ち上げる」という用途は、品物を整理してばかりの道具屋にしてみれば必要不可欠である。
とまぁ色々並べ立ててみたが、要は僕の能力の応用範囲に驚いていたという訳だ。戯れに自分の腕に触れながら集中してみると、前述のような回答が返ってきたのである。どうやら僕自身がそれを道具だと認識すれば、この能力は行使できるらしい。
「ふむ。そう考えると僕の能力も、もっと面白い使い方ができそうだな」
その日の僕は、かなり酔っていた。紅魔館のメイドが、創業以来ともいえるほど大口の買い物をしていったのだ。この予想外の収入を祝して、僕はとっておきの大吟醸の蓋を開けた。霊夢や魔理沙たちと呑む酒も悪くはないが、こういう静かなひとときだって同じくらい捨て難い。僕は柄にもなく上機嫌だった。
脚。歩いて身体を運ぶ。
頭。ものを考える。
耳。音を聞く。
自分の身体のあちこちに触れると、僕の力はその用途を的確に表現する。酒の肴代わりに始めたこの余興が存外面白く、僕は時間を忘れて遊び続けていた。
「……む」
ふと、僕の下腹部が小さく悲鳴を上げた。どうやらいつの間にか、随分長いこと呑んでいたようだ。催してしまうのも当然である。瓶の中身はすでに半分ほどになっていた。いざ立ち上がってみると、足元も覚束ない。愉しい酒は、時間をあっという間に忘却の彼方へ追いやってしまう。
酒に呑まれつつある自分に苦笑いしながら、僕は厠へと向かった。
―― ここで冒頭に戻るわけである。厠で催して手に取るものなど一つしかなかろう。何が起こったのかは察して頂きたい。
◆ ◆ ◆
妖怪はともかく人間にとって、子孫を残すということは重要な使命である。子を育んで家を続けなければ、全てがそこで絶えてしまうのだから。
では、どうやって人は子を成すのか?
古より、赤ん坊は木の股より生まれるという言い伝えがある。僕は今より若い時分、ずっとこの話を固く信じていた。しかし酒の席で霧雨の親父さんに酷く笑い飛ばされて、どうやら違うようだと認識を改めたのだ。それから僕は、暇を見つけてはこの謎を解き明かすために考え続けた。
日本の言い伝えが間違っているというのなら外へ目を向けよう、ということで、西洋の言い伝えを調べてみた。すると、赤ん坊はキャベツ畑のキャベツの中にいるというではないか。僕は手を打って納得した。
子供は誰しも、父と母の間に産まれてくる。男と女がいなければ子は成せない。そして、男と女が力を合わせてやる生産作業などひとつしかないではないか。そう、農業である。
男衆はその力を活かして土を耕し、女衆は繊細な手で種を蒔いていく。そして水の確保や雑草の除去などを、皆で協力してやっていくのだ。もちろん農業には食料を生産するという意味もあるのだろう。しかし契りを交わした夫婦だけが立ち入ることのできる小さな農園で、二人は特別な愛の結晶を育んでいるというわけだ。
以来、僕はそう信じて生きてきたのである。
「……すまん。もう一度言ってくれ、香霖」
「だから、赤ん坊はキャベツの中から産まれてくるんだろう? もしかしたら日本じゃ白菜なのかもしれないが」
明くる日。混乱をきたした僕は、香霖堂を訪れた魔理沙にその疑問をぶつけた。
正直、女性に訊きたくはなかった。霧雨の親父さんに茶化された一件の後、疑問を素直に霧雨のおかみさんにぶつけたところ、それはそれは手酷く叱られたのである。何故かは分からなかったが、女性に尋ねることは良識に悖ることだというのは理解した。
だから僕だって誰か男性に訊きたかったのだが、この店を訪れる人間の男などいないと言い切れてしまうのだから仕方ない。
「妖怪に訊いてもしょうがないし、だから最初に来た人間に訊こうと思ったんだ」
「マジに言ってるのか……。来たのが私で良かったな。これが霊夢とか咲夜だったら、今頃お前さんの命は藻屑だぜ」
「何故だ、そこまでして言いたくないのか? 人間の間に喋ってはいけないという掟でもあるのか?」
「そうじゃなくて。いやそうとも言えるか? あぁもう、どうしたもんかな……」
口ごもる魔理沙の頬は赤い。外の風は冷たいようだ。
玄関に立てかけられた彼女ご愛用の箒がかさりと音を立てた。いま気がついたが、ご丁寧なことに逆箒だった。他人の家でやって意味があるのだろうか。
「まぁ、その、なんだ。仕方ないよな。半人半妖なんて生まれの上、商い一筋に生きてきたんなら、そっちの方には疎くなっちまうよな。うん」
「それで納得されてしまうのも、何だか納得行かないんだが」
「よし分かった。私が教えてやろう。仕方ないからな」
ふわり、と僕の知らない匂いが立ち上がった。魔理沙の身体がいつもより波打っている気がした。
「ほら、手出せ」
「え」
「昨日お前が気づいたことは、事の真相の半分だ。もう半分を教えてやるって言ってんだ」
「な、何だ、怒ってるのか?」
訳も分からず差し出した僕の右手を、魔理沙は強引に掴んだ。
そしてそのまま、掌が彼女の腹に押し付けられた。
「おい、魔理沙、何してる」
「ほら使ってみろ、お前の能力」
「いや、全く意味が分からないんだが」
「いいから!」
魔理沙が叫ぶ度に、腹筋と横隔膜が蠢くのを感じる。彼女の勢いの秘訣は腹式呼吸だったらしい。
腹の用途など決まっている。食べた物をこなし、栄養に変えることだ。だが親の仇のように睨まれた僕は、言われた通りに意識を集中せざるを得なかった。
「……な、これは」
しかしもう一つの答えが、僕の脳裏に提示される。
言うなれば生命の神秘。世界の真理。男女の不思議。
腹。食べ物を消化し、かつ、子を宿す。
「……分かったか? 理解したか? このトーヘンボク」
ニヤリとしてみせた魔理沙の真っ赤な頬が、不自然にヒクついた。長年見慣れたはずの顔が、見知らぬ赤の他人に見えた。
「あぁ。……しかしその」
「じゃあそれでいい。私はもう帰る。大事な用を思い出した」
来たばかりだというのに、魔理沙は踵を返して、立てかけてあった箒を手に取った。
「待ってくれ魔理沙。僕にはまだ」
女性の下腹部の機能は確かに理解した。だが、肝心なところが不明なままである。すなわち、宿すべき赤子は一体どこから来るのかということだ。
縋った僕に対して、魔理沙は箒を降り下ろした。穂先が僕の眼前で止まって、藁が視界を埋め尽くした。
「頼むから、今日はもうこれ以上私に何も喋らせるな」
震える声で魔理沙は言って、そのまま勢い良く飛び出してしまった。扉の閉まる音がやけに大きく響いた。
僕の右掌には、彼女の柔らかい感触がいつまでも残っていた。
◆ ◆ ◆
「ふむ」
日没後の店内は薄暗い。読書に灯りは必須である。
「確かにこれは、魔理沙が怒るのも当然かもしれないな」
僕が今読んでいるのは、『新しい保健体育』という本だ。外の世界で教育に用いられているものらしい。
あの後、魔理沙はまた凄い勢いで香霖堂へ戻ってきて、この本を僕に叩きつけると、無言のまま嵐のように去ってしまったのである。彼女のレンタル中コレクションの一つであろうこの本には、僕の知りたいことが余さず記されていた。きちんと理解した今なら分かる。この内容を少女相手に直球で訊くことは完全にアウトだ。怒りながらも教えはしてくれた魔理沙には感謝する必要があるだろう。
思い返してみれば、国産みの神話の中にもイザナギとイザナミの似たような場面があった。余りにも有名な記述な上、神の話だからと思って考察すらしていなかった。しかし考えてみれば、人間の身体は神を模して作られているのだ。仕組みが同じでも不思議は何もない。
「本当に、人間の身体は上手くできている」
「あら、貴方も半分は人間じゃなくって?」
不意にどこからか、少女の声が聞こえた。こんな現象にももう慣れっこである。
「やぁ、紫。今日も暇そうで何よりだ」
「暇ですわ、至極残念なことに。ところで、面白そうなもの読んでいるわね」
隙間からぬるりと抜け出した八雲紫は僕のすぐ側に降り立ち、僕の手元の本に目をやった。
「あぁ。どんなものであれ、新しい知識に出会うのは面白い。人の身体のことなんて、案外君も知らないんじゃないか?」
「馬鹿にするのも大概にしてくださいませ、おほほ」
扇子で口元を隠す紫だが、目は全く笑っていなかった。
「人の型を成す妖怪ならば、その中身も似通っていて当然。貴方が圧倒的に無知なだけよ。ほら」
僕の手が再び少女に奪われる。そして同じように、右手が紫の腹にむにりと押し付けられた。
「見て、ごらんなさい?」
大きな瞳で真っ直ぐ見据えられて少したじろぎながら、僕は能力を使った。
「……ね?」
「……………………いや」
しかしながら僕にもたらされた答えは、魔理沙の時とは違っていた。
「食べ物をこなす、しか見えないな」
「えっ? おかしいわね、そんなはずは」
紫は目に見えて狼狽した。なかなかに珍しい光景である。
しかし異なる答えが出てきても、僕は驚かない。こちらには今しがた仕入れたばかりの新鮮な知識がある。やはり知識というものは多いに越したことはない。
「君だって、随分長いこと生きてきたのだろう? ならば不思議なことなど何もないさ。ほら、ここに書いてある」
僕は紫にも見えるよう、大きくその頁を開いてやった。
そこに目を走らせる紫。しかしすぐにその顔色が、紙のように白くなった。
「へぇ……。これは予想外でしたわ。まさか貴方から正面切って喧嘩を売られるなんて」
空気が目に見えて変わった。
「いえ、もちろん本気になってなどいませんわ。ただ、幻想郷のいたいけな少女を代表して、その心を踏みにじるような輩には仕置きを与えなければいけない。そうよね?」
「うん、仕置き? いやいや、ちょっと待ってくれ。一体僕が何を ――」
そこから先は言葉に出来なかった。香霖堂の店内が、一瞬にして処刑場へと変貌を遂げたからだ。突き付けられた傘の先から発する光達が、商品をことごとく吹き飛ばした。混沌という名の秩序に則って構成されていた内装が、瞬きの間に廃墟となった。
そして僕の記憶は、そこで途切れている。
◆ ◆ ◆
倒れ伏す森近霖之助を返り見ることもなく、八雲紫は隙間へとその姿を消した。
哀れで愚かな店主の傍らに、件の頁を開いたままで『新しい保健体育』が落っこちている。
そこにある記述は、こうだ。
―― 一般的に、生殖機能は加齢とともに衰え、やがて消失します。
ってか、コメントし辛い
でも……笑ってしまったのでこの評価
え、えっちなのはいけないと思います!
しかしウブい香霖もありだなあw
保健体育の教科書を真剣に熟読する霖之助の姿を想像して腹筋がやばかったですw
あと魔理沙かわいい
おい。後書きおい。
ゆかりんは永遠の16歳なんだよ!
ゆかりんに来ていないのならば魔理沙にも来ていないわけで
あとがきの推測は成り立たない
つまりこの話の魔理沙は魔理沙に変身したゆかりん、
ゆかりんはゆかりんに変身した魔理沙だったんだよ!
オwwwチwwwがwwww
ゆかりんは少女に決まってんだろこのダラズが!
これはひどい
魔理沙がこういうことで少しお姉さんぶるのが新鮮で面白かったです。
こういうのは新鮮。
照れを押し殺して教えてあげる魔理沙かわいいよ。
けど笑ってしまいました。
後、作者にゆかりんは永遠の17歳というのを懇切丁寧に教えなければ。
!?
マジレス&残酷なこと言うと、
スキマさんは1人で1種族だから元々そういう部位が存在しないんじゃ…
あっちょっ傘はやめて痛い痛いごめn
(このコメント主は隙間送りにされました)
じゃなくて、えーっと……えろ!
何と言うかギリギリ万歳。ギリギリを攻める作者様は素敵です。
子作りOK表示は結局霖之助の目を介しているのだからつまり
霖之助が子作りOKとして見ている相手の腹でしか子作りOKと表示されないのではないか
もっというなら萃夢想ゆかりんではなく
香霖堂ゆかりんなら子作りOKと表示されたのではないだろうか
カワヤでの霖之助のえずらを想像した吹いた。
ラストまで相変わらずでワロタwww
何考えてんだバカヤロウwww
三人ともかわいい
ボコボコにされても仕方ないw
あるんじゃないですかねぇええええ
ゆかりんはちょっと年を気にしすぎだwいやしかし笑った、面白かった。
だってそれなら紫は自分で分かってるはず。そもそも試させたりしない。
やっぱり、最近乱れてたけどまさk←おめでとうございます、あがりました。
というのがたった一つの真実かと。。。
内容自体はめさ面白かったですw
しかしこれはひどい
霖之助は魔理沙と紫にボコられても仕方ない(すでにされてるけど
そんなものを書ききった作者には100点を送ろうか。さぁ向こうで魔理沙と紫が待ってますよ?
最後の保健体育の記述が正しいのであれば、設定上100年以上は生きているはずの霖之助に生殖能力が残っている事に何故誰も言及しないのか。(この話自体が成立しないからって突っ込みは野暮よ)
つまり霖之助はスーパー絶倫子種の持ち主だったんだよ!!!(ΩΩΩ)
しかし米欄に中学生以下の生物知識しかないやつがいるのはなんなの?w
けどあのオチはねーよww
笑いすぎてこっちが死にそう。
ひどい
際どいネタなのにあまり下品な内容じゃないのがよかった。
おもしろかったですww
力技でもいいから純朴・妖怪・医療方面などのキャラを出せば話がかなり広がり、アイデアを無為にすることも無かったと思います
オチがwwwオチがwwww
あとがきもヤベエwwww腹筋崩壊wwwww