Coolier - 新生・東方創想話

私と貴女と二人の未来

2011/02/06 03:08:01
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5月の風は好きだった。
新緑のにおいを運んでくる爽やかな風は、いつものお茶会をほんの少し有意義にしてくれる。

場所はいつもの縁側。
いささか代わり映えのしない場所ではあったが、場所はさほど問題ではない。

彼女が側にいてくれさえすれば。
あの頃の私はそう思っていた。
たぶん、純粋だったのだろう。

深い意味はない。
その頃は、彼女が側にいるのが当然だと思っていたし、こんな日々が、ずっと続くと信じて疑わなかったのだ。
湿った風に優しくゆれる、セミロングのブロンドを見るまでは。

「私ね。魔界に帰ることになったの」

その時。
5月の風が、嫌いになった。


◆◆◆


好きか嫌いか。
それはきっと、とても主観的な事実であり、他者の介入を許さぬ神聖なもの。
そう私は思っている。

そしてそれは、明確に定義できる問題ではない。
好きな物に関係した物は、みんな綺麗に見えるだろう。
嫌いな物に関係した物は、みんな汚く見えてしまうものなのだ。
そこには理由などないし、ついでに言えば、結果がついてくるような事でもない。



私が何を言いたいのかといえば、今も食器棚に鎮座ましましている、彼女の湯のみを如何にせんかという事だ。
(……変な色)
湯のみを手に取って、しげしげと眺めてみる。

七色の魔法使いが使うにはいささか地味な、緑がかった茶色の湯のみ。
彼女が持ってきたときは、とても可愛い湯のみだと思ったのに。

あの頃の私は、神社に彼女の物が増えるのを喜んでいた。
物が増えれば増えるほど、彼女が神社に来やすくなるから。

「残念ね」

呟いた。
だってもう、彼女は二度とここに来ない。

彼女が帰省を打ち明けたときも、私は同じ言葉を呟いた気がする。
何せ、もう2週間も前の事だ。
昔過ぎて、よく覚えていない。

「貴女がいないから、一日がこんなに長くなっちゃったじゃない」
不意に、手を緩めた。
なんとなく、そうしたかったから。

地面にぶつかり、景気のいい音を立てて湯のみが割れる。
割れた破片が足に当たり、足袋とその中の足を傷つけた。
真っ白い足袋に血が滲んで、朱に染まった。

痛い。

きっと、これは罰だ。
博麗の巫女たる自分が、他者との関わりを望み過ぎた罰。
彼女に近づきすぎた痛み。

「……」
割れた湯飲みを見ても、特に感慨は湧かなかった。

もしかしたら私は、大声を上げて泣きたかったのかもしれない。
湯のみだったものの破片を集めているときに、そう思った。


◆◆◆


「霊夢。お土産を持ってきたわ。」
彼女が初めて神社に来たときを思い出せない。

春騒動が終わった直後だったかも知れないし、それよりもっと後だったかも知れない。
覚えているのは、あいつの『お土産』は最初から碌でもないものだったという事だけだった。

「……何よこれ?」
「なじみの店で少しだけ分けてもらったの。おいしいお茶なんだって」
わずかに頬を赤く染め、一息に言う彼女は、多少緊張しているようだった。
「それで、餅は餅屋ってわけなのね」

多少興味を抱いた私は、お湯を沸す為に縁側から立ち上がる。
彼女は私の座っていた場所に座り、はにかんだような笑顔を見せて、言った。

「ふふっ。あなたは餅屋じゃないでしょう?」
「そう思うなら、私のところに来ないで頂戴」
そう言って私は、彼女から茶筒をひったくった。



渋めのお茶が好みの私は、いつも沸騰ぎりぎりのお湯を使う。
割とよく来る客には、私の好みに合わせたお茶を出すのだが、その日は違った。
何せ『上等な茶葉』なのである。

下手に渋みを強くすれば、風味が損なわれかねない。
お湯が熱すぎれば、香りも飛んでしまう。
水を張ったやかんを火に掛け、ふたを開けて温度計を差し込んだ。

「珍しいわね。お茶マイスターの霊夢さんが、そんなものに頼るなんて」
「安心して。あんたには飛び切り渋いのを淹れてあげるから」

54……55……。
赤い目盛りがぐんぐんと上がっていく。
「私、渋い人も案外好きよ」
「へぇへぇ。都会派の方はお盛んなこって」

61……62……。
そろそろ火を弱める頃合か。
「そうね。強いて言えば、……みたいな?」
「ん? 聞こえないわ。何か言った?」

69……70度。
温度計を抜き取り、軽く拭いた。
沸かしたお湯を急須と湯のみに張り、軽く暖めてから捨てる。

茶葉を急須に入れて、すぐにふた。
軽く蒸してからお湯を注いで、きっかり60秒待つ。
湯のみにお茶を廻し入れたら、出来上がり。

「お茶請けはいるかしら?」
「お気遣いなく~」
お盆にお茶と適当なお煎餅を乗せて再び縁側に出て腰掛け、二人の中間にお盆を置く。

「ふふっ、待ってました!」
「待ってただけね」
はじけるような笑顔で、湯のみを取る。
本当に待ってただけか。

「おいしい……!」
憎まれ口など、何処吹く風。
お茶を一口した彼女が輝くような笑顔で、私に向き直る。

「……ね?」
「……」
彼女の笑顔にプレッシャーを感じつつ、とりあえず一口。
どこをどう味わっても、普通のお茶だった。

過剰に期待しすぎたのがいけなかったのだろうか。
それとも、舌が肥えたのか。
上茶と言って客に渡すにしては、若干微妙ではなかろうか。

もしかしたら、うまいうまいとお茶を飲んでいる彼女とは、味覚が違うのかも知れない。
よく分からなくなったので、お煎餅を一かじり。
もう一度煽ってみる。
やっぱり普通だ。

「まぁまぁかしらね」
確かにお茶は、普通だ。
だが、なぜだか良く分からないけれど、私は満足していた。

「ねぇ! これからちょくちょくお茶をあがりに来ていいかしら?」
その時は、良く分かっていなかったのだが。

「……好きになさい。」
『彼女の笑顔が見れたからではないか』と、彼女が帰ってから思った。

それから彼女は、本当にちょくちょく神社を訪れた。
具体的に言えば、二日に一度。
長くても、三日は開かなかった。

そして彼女は、神社を訪れるたびに何かを土産に置いて行った。

ある時は、私のためのマフラーだったり。
ある時は、自分のためのクッキーだったり。
またある時は、二人のためのカードゲームだったりした。

そうして二人だけの時を過ごす度。
私は、彼女と近くなっていると思った。

彼女は私の無二の親友であり。
私は彼女の無二の親友になれている。
そう、思っていた。


◆◆◆


そう思っていたのに。
彼女は、引き止める私を振り切って魔界に帰ってしまった。

いつかはこういう日が来るかも知れないと。
そう思っていたのも確かだ。
だが、私にとっての『こういう日』は、もっともっと先の話のはずだった。

彼女が神社に来るようになってから、僅か半年で起こっていい事態ではない。
少なくとも、私の中では。



救急箱を持ち出して、足の怪我に当て布をする。
その上から包帯をくるくると巻きつけた。

白く染まっていく足の甲。
その様子がまるで、自分の心に蓋をしていくようで。

「……なんでよ」
右手で持っていた包帯を、大きく振りかぶり。

「なんであんたは、今日もウチに来ないのよ!」
縁側に向かって、投げた。

バシッという柔らかな音がほんの少しだけ響き、包帯がコロコロと縁側に転がっていく。
転がった包帯は、縁側に届く前に伸びきった。
ジグザクと出鱈目な曲線で、畳の上に白い線を描いている。

「なんでなのよ……」
高く掲げていた手が、ゆっくりと落ちる。
我慢していた涙が、畳の縁を濡らした。

「……会いたい」
あんたに。

零れる涙と一緒に、その言葉を飲み込む。
しょっぱい。

でも、彼女の勝手に負けたくなかった。
そうでもしなければ、きっと私は平衡を失ってしまうだろう。

こぶしを握り締めて畳の縁を見つめ、涙のしみを数える。
悲しみが去る瞬間を、全力で待ち続けた。



ひとしきり泣いた頃。
表ではすっかり、日が傾いていた。
(仕事しないと……)
そう思って立ち上がったその時だった。

「霊夢泣いてるの?」
「……っ!」
唐突に声をかけられた。

はじかれるように、声のした庭の方へ振り返る。
そこにいたのは、顔見知りの青い妖精だった。
「……チルノ」

「霊夢、どこか痛いの?」
不思議そうな、心配したような顔で。
チルノは私に問いかける。

「そうね……。痛いのかもしれない」
「あっ! 霊夢怪我したの……?」
いつの間にかチルノは、縁側に身を乗り出してこちらを覗き込んでいた。

彼女はいたずらっこではあるが、その分素直で優しい子だ。
私の足を見て、心配してくれる。

「あぁ……足の怪我はたいした事ないわ。放っておけば治るし」
「でも痛いんでしょう?」
上目遣いにこちらを見る彼女の瞳が、私の視線にぶつかる。

「痛いけど、大丈夫だって。そもそも、この怪我は私の不注意が……」
「そうじゃなくて!」
チルノが、急に声を荒げた。
その剣幕に押されて面食らった私は、そのせいで、続く彼女の言葉に不意を打たれてしまったのだった。

「霊夢、さっき会いたいって言ってた」
「……!」

チルノはいつから、私を見ていたのだろうか。
詳しくは分からないが、少なくとも私が泣きはじめたところは見ていたのだろう。
もしかしたら、情けないところを見られてしまったのかもしれない。

そんな私の心配は、一瞬にして吹っ飛んでしまう。

「あたい知ってるよ。そういう時って、心が痛いんでしょう?」
「えっ……!」
「普段の霊夢なら、会いたい人のために泣いたりしないもん」

言われなくても、分かっていた。
普段の私なら、会いたい奴には会いに行く。

他人の都合に合わせるなんて真っ平ゴメンだし、私の知り合いにそんな事を気にする奴はいないだろうから。


でも今回に限っては、それだけは出来ない。
おいそれと魔界の門をくぐる事は出来ないし、何より私には彼女に会う資格などない。

だって私は、こんなにも焦がれている。
恋かどうかは分からない。
ただ、彼女の影を焦がれていた。

自分の事さえ良く分かっていないくせに。
こんな事では、彼女にあわせる顔が……。

「でも、あたいこれも知ってるよ! そういう時、どうやって励ましたらいいか」
「……」
打ちひしがれる私を尻目に。
チルノは、やおら腕を腰をあてて胸をそらした。

「それがどうした! ……ってね!」

響き渡る、怒号にも似た大きな声。
しかしその声は、怒りでなく優しさで満たされていて。
それでいて飾らない、その言葉は。
ふにゃふにゃになっていた私の心に、深く突き刺さって。

なんだか、少しおかしかった。
こんな風にチルノが私を元気付けてくれているのが。
そんな事に気づくような奴じゃないと思っていたのだけれど。

「それ、あんたが考えたの?」
「うぅん! 人里の漫画に載ってた!」
「ふふ……。だろうと思った」

思わず零れた笑みに、今度はチルノが面食らう。
しかし次の瞬間には、満足そうに笑っていた。

「へへへ……。あたい、頭いいでしょ!」
「そうね。ありがと。あんたのおかげで決心がついたわ」

チルノの頭を軽く撫で、縁側から庭に降り立つ。
目線の先には、地平線を埋め尽くす山並み。
目指すは……。

「とりあえず、ぶん殴りに行って来るわ」
「えっ!? 会いたいんじゃなかったの?!」
「会いたいわよ。私を置いて行った報いを受けてもらわなきゃだし」
「……」

困ったような、後悔しているような顔のチルノ。
少し意地悪が過ぎたかしら。

「じゃあ、ちょっくら魔界まで行って来る」
「その人、魔界にいるんだ」
「うん。多分、あんたも良く知ってる人よ」

だって、何度も見た事あるはず。
私と彼女が、一緒に縁側で笑いあっているところを。

「……待ってなさいよ。絶対、連れ帰ってやるんだから」
「えと、痛いのはダメだよ? かわいそうだし……」
私の様子に、チルノがあわてて言葉を加えた。

連れ帰るのが無理でも、気持ちぐらいは伝えてみせる。
んでもって、盛大に困らせてやる。
痛い事では……まぁ、ないだろう。

夕焼け空に風を感じて、ゆっくりと身を委ねた。
すっと浮かび上がる私の体。

「首を洗って待ってなさい! アリス・マーガトロイドぉ!」

紅い地平へと消える私の足取りは。
多分、鳥の羽よりも、軽かった。



おわり
こちらでは、はじめまして。
トイレと申します。
ジェネリックの方で見てくださった方、お久しぶりです。
その節ではお世話になりました……。

さて、前回の投稿から大分あいてしまいましたが、再び飽きずにレイアリです。
本当は去年中に出しているはずだったのですが、体調を崩したり、テストがあったりで、今になってしまいました。
本当に、自分の遅筆さ加減に嫌気が差しています……。

今回意図的に、霊夢の相手がアリスだと分かるように描写して、アリスの名前を最後まで伏せる、というのをやってみました。
正直、どうだったでしょうか。
読みづらくなければいいんですが……。

最後に、ここまでご一読いただき、ありがとうございました。
どうか忌憚ないご意見をいただければ、と思います。
トイレ
http://
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コメント



0.1630簡易評価
2.80flax削除
「魔界」に「帰る」というところで早々にアリスだろうなぁ、とは思いました。
意図的にやるならタグも工夫した方がいいかな、とは思いましたが、アクセントにするくらいならこれでいいのではないかと。
アリスに対する霊夢の対応が、如何にも「らしい」感じでした。
アリス視点が気になるところです。
二週間を昔と言い切る所とか、湯のみのくだりは中々考えさせられました。
全体としてあっさりと纏まっていて良いと思います。
長編でこのレイアリ読みたいなぁ。とこっそり呟いてみる。拙文失礼しました。
4.90名前が無い程度の能力削除
チルノがいい味出してるなーと。
自分もアリス視点で見てみたいな。

あと、魔界に乗り込んだあとも。
6.100名前が無い程度の能力削除
うおお。このままの終わりでも素敵だし、続きがあるなら読みたいし。ぐぬぬ
アリス視点も読みたいけど無粋になるかもだし
15.90名前が無い程度の能力削除
タグにあったこともあって、アリスの名前がでてこないことに
気づかなかった。むしろ最後にフルネームで叫んでどうしたの
霊夢さんって思ってしまったw
全体的にもっと描写が欲しかった。アリスさんが魔界に行くって
言ったときや霊夢が悶々と悩むシーンなど、じっくり読みたかったかなぁと。
17.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
19.100名前が無い程度の能力削除
このトイレ座り心地良いナリィ……
21.100奇声を発する(ry in レイアリLOVE!削除
レイアリだぁい!!
28.無評価トイレ削除
貴重なご意見、ご感想をありがとうございます!
皆さんのコメント、とても嬉しいです!

問題はタグでしたか……。
盲点でした。
こういったギミックは、もっと練らないといけないですね。

少し考えましたが、ネタが浮かびそうなので続編を行ってみようかと思います。
何とか、皆さんのご期待に沿えるよう努力しますので、今暫くお待ちを……。
31.100名前がない程度の能力削除
霊夢が自棄になってる場面が切なく?ていいですね。

あとチルノかっこいい
36.90名前が無い程度の能力削除
続きが読みたいです。
40.100名前が無い程度の能力削除
チルノマジ男前
42.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです!のんびり続きを期待してます!
48.100うそっこ大好き削除
超良かった。チルノがこういう立場になるのは珍しい。けど意外にしっくり来た。良い作品をありがとうございます。
51.100Yuya削除
好きな人に関連したものは何でも肯定的になるよね