Coolier - 新生・東方創想話

再びG Freeの空へ

2011/02/02 01:40:39
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 空がこんなにも遠いものだったなんて、私は知らなかった。





***

「ふうん……」

 天狗の新聞にしては早かったな。
 それが、血相を変えた魔理沙が持ってきた新聞の記事に目を通したときの、とりあえずの感想だった。
 いつもこれくらいの速報性があれば、私だって購読を考えてやらないこともない。
 嘘だけど。

「それにしても、あんたが新聞の配達始めたなんて知らなかったわ、魔理沙」
「……」

 私の軽口にも言葉を返すことなく、なぜか渋い顔で新聞の記事を見つめる魔理沙。
 そんなに興味を惹く内容だったのだろうか。

「はあ、お茶がうまい」
 
 私にとっては記事の中身よりもその事実の方が大事だった。
 世はなべてこともなし。
 お日様は西から昇ることもなく通常運行。
 どこかで騒がしい輩が弾幕を張り合ったりしていようとも、幻想郷は今日も平和である。

「いやいや、結構な大問題だと思うぜ。少なくともお茶の味よりはな」

 珍しく静かにしていた隣の黒白が呆れたような声で言う。
 これは聞き捨てならないことを。

「あんたにはわからないかもしれないけどね、魔理沙。なんと最高級品なのよ、このお茶」
「出されてないからわかるはずもないな。客放っておいて自分だけお茶飲むとか常識を疑うぜ」
「そっちが勝手に来たんでしょうが。飲みたかったら勝手に自分で淹れなさい。最高級品は隠してあるけど」
「いや、だからな」

 新聞を私の顔に突きつけてくる魔理沙。
 
「最高級品だかなんだか知らないが、自分の身にこんなことが起こってるのによく落ち着いてられるな、お前。ほれ、よく読め。読んで現実を見ろ」
 
 そう言いながらなおも新聞をグイグイ押しつけてくる。
 近い。
 近すぎて読めない。
 まだ押しつけてくる。
 グイグイ。グイグイ。 

「とう」

 さすがにイラッと来たので金髪の脳天にチョップを一つ。

「何をする」

 こっちのセリフだった。

「人を現実逃避してるみたいに言うな。私が避けるのは弾幕だけで十分」
「安心しろ。お前が現実逃避するような繊細さを持ち合わせてるとは思ってない」
「それはそれでムカつく認識ね。大体、そんなもん読まなくてもちゃんとわかってるわよ」

 そう、それこそ自分の身に起きていることだ。
 理由なんてわからなくても、異変の気配を博麗の勘が告げていなくても。
 自分がどういう状態なのかくらい、幻想郷の誰よりも把握している。



「私は空を飛べなくなった。ただそれだけのことよ」



 それが、博麗霊夢の身に起こっていることであり、文々。新聞の見出しを賑わせている事件であり、魔理沙の言う結構な大問題であった。
 私にはそれがお茶の味よりも重要なことだとはどうしても思えなかった。



 少なくとも、この時は。


***

 それはあたかも日常の延長のように、何の前触れもなく起こった。

 私は人里へ買い出しに出向こうと、いつもどおり空に向かって飛んだ。
 いや、飛んだつもりだったが、実際は賽銭箱の高さ程度跳んだだけに終わった。

「……あ?」

 今思うと随分と素っ頓狂な声だった。
 無理もないというものだろう。
 何が起こったかわからなかったときの人間の反応なんて、大体似たり寄ったりである。

「このっ」

 何かの間違いかと思ってもう一度、今度はより強く地面を蹴ってみる。
 さっきよりも高く跳べた。
 それだけである。
 垂直跳びの記録としては悪くないのかもしれないが、空を飛ぶと呼ぶには程遠い。

「ちょ、嘘でしょ」

 ぶっちゃけかなり焦った。

 例えば予兆もなしに歩けなくなる。
 例えば前兆もなしに声が出なくなる。

 当たり前のことが当たり前でなくなるという現実を前に、平常心でいられる者などいるはずもなし。
 それは無重力になぞらえられる(らしい)博麗の巫女といえども例外ではない。

 買い出しのことも忘れて、私は焦る気持ちを胸に抱えたまま、懐からお札を取り出す。
  
 ――博麗の力を失ったのではないか。
 
 頭をよぎった最悪の予感を払拭すべく、私は巫女らしく神様に祈りながら、手の中のお札を放った。

「あれ」

 結果として、その予感は杞憂に終わった。
 舞い散る落ち葉を狙って放った無数のお札たちは、私自身にも予想の出来ない軌道を描きながらも百発百中の精度を見せる。
 いつもどおり、魔理沙が言うところの反則を実践していた。
 ついで夢想封印、結界といった、主たる博麗の術技も試してみたが、これも問題なく発動。
 図らずも久しぶりの鍛錬となり、とてもいい汗をかいてしまった。
 とにかく、妖怪退治や結界の管理に必要な力は、この日も絶好調だった。

「なあんだ」
 
 爽やかな汗を拭いながら、私は内心ホッとしていた。
 やっぱりさっきのはちょっとしたうっかりミス。よくあることだ。
 ひゃっほうと、私は晴れ晴れした気持ちで三度、空を目指して地面を踏み切る。
 
 軽やかな心持ちそのままに、体も浮いてくれればこの話はここで終わっていたのだ。
 だがそうは問屋が卸さないらしい。

 我ながら見事な着地。
 勢いつけて跳んだので、今度は幅跳びみたいになってしまった。
 人里で催される運動会でなら、今の跳躍は間違いなく拍手と歓声をもって迎えられていただろう。
 しかし今は私以外参拝客の一人もいない、景気の悪い神社。
 閑古鳥は鳴けども、歓声などあるはずもない。

「……えー」

 焦りは薄れたが、不可解さは一層強まった。
 
 なぜ、空を飛ぶ能力だけ。
 
 腕を組んで考えてみるが、清く正しく、健康で文化的な最低限度以上の生活を営む私である。
 まったく心当たりはない。
 
 すわスキマの仕業かとも思ったが、すぐに否定。
 “何かあったらまずはスキマを疑え”は幻想郷における鉄則。
 でもあいつが私の空を飛ぶ能力をどうにかすることのメリットは、少なくとも私には思い浮かばない。
 二番目に疑われる守矢神社も同様だ。

「ん?」

 そこまで考えたところで、私はふと思った。
  
 あれ、別に困らなくね?
 
 人里には歩いていけないというわけではない。
 さすがに空を飛ぶよりは時間もかかるし疲れるだろうが、道自体はちゃんと整備されている。
 参拝客が来ない一因となっている道中の危険も、妖怪バスターたる私にとってはないも同然。
 戦闘能力が失われていないのは幸いだった。
 結界の管理だって、力が行使できるんだから何も問題ないはずだ。そもそも結界関連で仕事した覚えがほとんどない。
 こんなこと、日々結界の管理に勤しむ狐さんに言ったらどつかれそうだから口にはしないが。

「なあんだ」
 
 こうすると何も問題はないように思える。
 焦って損しちゃった。
 多少の不便はこの際我慢しよう。いざというときは裏の池にいる亀に乗っけてもらえばいいし。
 
 原因がわからないのは若干気持ち悪いけど、慌てなくてもきっと時間が解決してくれるだろう。

***

「待て、いくらなんでもそれは楽観的すぎるだろう」

 私の回想を黙って聞いていた魔理沙が、開口一番に言った。
 私が話している間、どんどん顔が歪んでいくのが気にはなっていたのだが。

「あのな。一体どういう思考展開すれば、問題ないなんて結論が出るんだ」
「だから今話したでしょうが。何? もう一回話せってえの?」
「やめろ。これ以上聞いたら頭が痛くなりそうだ。長いし」

 失礼なことを言う。
 実に簡潔で理路整然とした、見事な説明だったではないか。

「やれやれ、呆れてものも言えんとはこのことだな」 
「まったくです。ある意味さすがです、霊夢さん。あと、ウチを幻想郷の困ったちゃんナンバー2みたいに言うのもやめてください」

 魔理沙に同意する失礼な人間がもう一人。

「いたのか、早苗」
「いたのね、早苗」
「いましたよ、早苗」

 私と魔理沙によるぞんざい極まりない扱い。
 それをものともせず、早苗はしれっとした顔で人の家のお茶を嗜んでいる。
 意外とタフである。
 
「あれ、早苗。そのお茶」
「ああ、床下に隠してあったのを見つけました。奇跡で」

 奇跡か。
 ならしょうがない。
 私は幸せそうなその顔に向けて、ありがたい鉄拳制裁を放つ。

「お盆結界!」
 
 なにい防がれた。
 見事私の拳を防いだお盆は、勢い余って早苗の顔を打ちつける。

「……」
「……」
「ふっふっふ、飼い犬に手を噛まれはしましたが、私の勝ちです」

 鼻をさすりながら勝ち誇る早苗。
 意外とタフである。
 その体を張ったボケに免じてお茶の一杯くらいくれてやろう。
 ツッコむのもめんどくさいし。
 
「おい、じゃれるのはいいが私をはさむな。パンチかすったぞ」

 迷惑そうにする魔理沙と、戦利品のお茶を飲む早苗、そして自慢の拳をさする私。
 三者三様の少女たちが織りなす空気は、私たちに日常を噛みしめることの幸せを教えてくれていた。
 とある秋の昼下がり、今日も幻想郷は平和です、まる。

「いやいやいや、だからどのへんが平和なんだよ」

 そんな平和に待ったをかける空気の読めない魔理沙。

「何よあんた。さっきからツッコんでばかりじゃないの」
「お前がボケるからだ。いいか何度でも言うぞ。お前が、空を飛べなくなったことの、どの辺が日常で、平和なんだ?」

 指を突きつけながら私に詰め寄ってくる。
 だから近い。

「そんなこと言われてもねえ」

 魔理沙は私がボケているというが、はっきり言って心外もいいところだ。
 私だって博麗の巫女、これでも責任感はそれなりに持っているつもりだ。
 確かに空が飛べないとなると色々仕事に支障は出るだろうが、そこはいくらでもやりようがある。
 それらを考慮したうえで、私は問題がないと言っているのだ。

「魔理沙さんの言うとおりです。霊夢さんは危機感が足りてません。戸愚呂弟戦の幽助もかくやです」

 追い打ちが来た。
 後半言っている意味がわからなかったが、早苗と話しているときにはよくあることである。

「危機感? 何よそれ」
「おっ、いいぞ早苗。言ってやれ言ってやれ」

 援軍を得た魔理沙が調子づく。
 それを見て早苗がまた気をよくし、ここに私を攻める包囲網が完成する。
 めんどくせえ。
 全身でそれを表す私をまったく無視して、早苗は語り始めた。

「いいですか霊夢さん。今あなたは危機を向かえているのです」
「だから何度も言ってるでしょ。大した問題はないって」
「そうではありません。危機は危機でも……」

 なぜかそこで言葉を切ってタメをつくる。
 めんどくせえ。
 無駄としか思えない間を挟んで、早苗は私に指を突きつけながら言い放った。

「ずばり、アイデンティティの危機です!」

 無駄な間を挟んだ言葉は、やっぱり大したものではなかった。

「そうね。お茶がおいしいわね」
「同感ですがせめて最後まで話を聞いてください。霊夢さん、幻想郷の住人が抱くあなたのイメージって何だと思いますか?」
「ぐうたら巫女だな。幻想郷代表である私が言うんだから間違いない」
「誰が代表よ。バカバカしい」
「さすが魔理沙さん、それも解答例の一つですね」
「おい」

 勝手なことばかりぬかす迷惑な客人未満ども。
 いっそ叩き出したほうがいいかもしれない。

「ですがその他に、こんなイメージも強いと思うんです」

 新スペル『偽客人撃退結界』の準備をしていた私をよそに、早苗はきっぱりと言った。

「博麗霊夢は、“空を飛ぶ巫女さん”である」

 からかうこともなく、ふざけるでもなく。
 あくまで真面目な顔で。
 見れば、魔理沙も同じ顔をして頷いている。
  
「例えば、私のことを“空を飛ぶ現人神”と呼ぶ人はいません。同じように魔理沙さんを“空を飛ぶ魔法使い”と呼ぶ人もいないでしょう。他の人もそうです。空を飛ぶ人は幻想郷では珍しくはありませんが、ことさら空を飛ぶことを強調される存在は幻想郷広しといえども」

 神妙な顔を取り繕いつつ、早苗はまた妙な間を入れる。

「霊夢さん、あなただけです」

 でも今度はなぜか、それを無駄だとは思わなかった。
 不覚にも思ってしまったからだろうか。
 今の早苗の言葉には、何かしらの意味があると。
 
「まあ、そうかもね」

 曖昧な言葉を返すことしか出来ない。
 私は思わず早苗から目を反らしてしまった。

「だから霊夢さん」

 それでも早苗は表情を崩すことなく、まっすぐ私を見つめる。
 まいったなあ。
 そんな顔されると、本当に大事な気がしてくるじゃない。
 私の心中を知ってか知らずか、早苗は声に厳格さを滲ませて言った。

「飛べない巫女はただの巫女なんです!」

 一転、決まったと言わんばかりに得意げな顔になる早苗。
 
「……」
「……」
 
 前言撤回。これは博麗の勘だがこいつの言うことに意味なんてない。
 とりあえずそのやり切った感満載の顔はやめてほしい。
 何で早苗がこんなにも気持ちよくなってるのかは知らないが、どうせろくでもない理由だ。
 魔理沙も同様の心境なのだろう、依然黙り込んだままである。

「はあ……真面目に聞いてバカを見るとはまさにこのことね」

 近年希に見る時間の浪費である。
 私には境内の掃除やお茶を飲みながらの日光浴、それにお昼寝と、やること盛りだくさんだというのに。
 いい加減ホントに帰らすためにぶぶ漬けでもこしらえようかと立ち上がったその時。
 魔理沙が久しぶりに口を開いた。

「早苗の言うとおりだ」

 そう言いながら私を見る目は、どこまでも真摯。
 なんだ? 
 早苗の話に呆れかえったんじゃなかったのか。
 
「飛ばない霊夢なんて霊夢じゃないぜ」

 その言葉に、なぜか胸を貫かれたような感覚を覚える。
 それでもそれを表に出すことなく、私は言葉を返す。

「静かにしてたと思ったら、あんたまでそんなこと言い出すの?」
「私はずっと言ってるぜ。これは大問題だってな」
 
 こいつはどうしても私の状態を大問題に発展させたいらしい。

「やけに食い下がるじゃない」
「大事なところだからな」
「あんたねえ……。博麗の巫女である本人が問題ないって言ってるの。それの何が不満なのよ」

 声に少しイラつきが混じっていたかもしれない。
 それが戸惑いの裏返しであることは、不本意ながら自覚していた。
 私が空を飛べなくなったことにここまでこだわる魔理沙の真意が掴めない。

「だから」

 そんな私を責めるように、

「お前が問題ないって思ってるのが、私は何よりも気に入らない」

 そしてどこか寂しそうに、魔理沙は言った。
 気に入らないと、はっきりと断じた。
 
「……はぁ?」

 ますますわからない。
 そこまで言われる筋合いは、少なくとも私にはない。

「ちょっと、魔理沙さん」
 
 早苗が剣呑な空気を察して、間に入る。
 それでも魔理沙は止まらない。

「たとえ飛べなくったって霊夢は霊夢だが、飛ぼうともしない霊夢は霊夢じゃない。
 お前、子どもの頃のこと覚えてないのか?」

 今も十分若いつもりだけど。
 なんて軽口を叩く気は、魔理沙の何かを訴えるような表情を前に霧散してしまった。
 
「子どもの頃……?」
「へー。霊夢さんと魔理沙さんは子どもの頃から知り合いだったんですか」

 幼馴染って言葉には妙な魔力がありますよねと一人力説する早苗。
 さっきはちゃんと空気を読めたのになぜ今度は出来ない。
 今度こそ困惑を隠せない私に、魔理沙はわざとらしくため息を吐く。
 それは、これ以上深刻な雰囲気を出さないための魔理沙なりの気遣いのように……考えすぎか。

「ま、そうだよな。昔の話だし、飛ぶことが当たり前になってたお前が忘れるのも当然っちゃ当然か」
「ちょっと、何の話?」
「ふふん、童心を忘れたお前には罰として秘密にしとくぜ」
「あー?」

 思わせぶりなことを言うだけ言って、魔理沙は脱いでいた帽子を被り、帰る準備をする。
 それに合わせるように早苗も湯飲みを置いて立ち上がる。
 結局何をしにきたのかこいつらは。

「魔理沙さん、お二人の話、私になら聞かせてくれますか?」
「もちろんだ。霊夢の面白エピソードをたっぷり聞かせてやるぜ」
「おい待て黒白」
「じゃあな霊夢。空が恋しくなって泣いたりするなよ」

 誰が。
 私がそう言い返す前に、迷惑な客人未満どもは二人してはしゃぎながら、空へ飛んでいった。



 もう随分とご無沙汰になってしまった、空へ。





***

 あれから一週間が過ぎた。
 
 私の異常はもう幻想郷中に伝わっているらしく、見舞いという名目で暇人がしばしば訪れた。
 なんだか病人のような扱いをされているが、あいにくと私の健康状態は極めて良好である。
 
 そして魔理沙は、ここのところ毎日のように神社にやってきた。
 暇人と言ってやったら、お前には負けると返してきた。
 とりあえずお札を投げつけておいた。
 私は多忙極まる博麗の巫女、不当な扱いには断固抵抗させてもらう。

 今日は飛べなくなった私の力試しと称して、魔理沙に弾幕ごっこを挑まれた。
 初めこそ飛行能力抜きの弾幕ごっこに戸惑いはしたが、そこはさすがの私。

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 真昼の空で万華鏡のように輝く流星群を、我ながら惚れ惚れとするような身のこなしで回避する。
 跳んで、回って、くぐって、また跳んで。
 宙返りやムーンサルトなんかもキメたりして、気分は軽業師だ。
 
「ええい! ピョンピョン跳ねるのは竹林の兎だけで十分だ!」

 シビレを切らした魔理沙が次のスペルに移行しようとするその瞬間。

「そこ!」

 私はこれを機と見て、一気にお札を空に向けて展開する。

「うげ!?」

 魔理沙を中心として、無数のお札が空を覆う。
 虚を突かれて弾幕を抜けるタイミングを逸した魔理沙は、さながら檻で囲われた哀れな子犬のよう。
 あいつはそんなかわいいものではないが。
 それを地上で見上げていた私は自らの勝利を確信し、太陽にかざすように掌を差し出す。

「夢符『退魔符乱舞』」

 スペル宣言とともに掌を握りこむ。
 それを合図とし、お札の檻は中心を目指して高速で収縮する。
 
「あいだだだだだだだだ!?」

 握りこぶしをVサインに変えて勝利のポーズ。
 勝ちの余韻に浸るには若干雑音がうるさいが、私はこの結果に満足していた。

「おーいてて……。まったく、お前は容赦というものを知らんのか」
「手加減の仕方なら知ってるけどね」
「言ってろ」

 空から堕ちた魔理沙が恨みがましい視線を向けてくる。
 あちこち服が破れてなかなかキワドイ感じになっているが、魔理沙は気にした風でもない。

「あーあー、酷い有様じゃないの。お気の毒だわ。エロスのかけらもないあたりが」
「酷い有様にした張本人が気の毒がってたら世話ないぜ。それに発育云々はお前も似たようなもんだろ」
「とにかく、これでわかったでしょ。空が飛べなくったって、そんじょそこらの輩には引けをとらないわよ」

 地対空の戦闘も、にわか仕込みにしてはよくやれたと思う。
 後は錬度の問題だろう。実際修行するかどうかは別として。
 まったく、自分の才能が恐ろしいわ。

「お前がそこまで強気になれる意味がまったくわからんな。今一本取るまで、私に何連敗したと思ってる」

 細かいことを気にする奴だ。
 勝負事ってのは最後に勝てば方法や過程はどうでもよかろうなのだ。
 
「ま、確かにこれだけ出来れば妖怪退治で困るってことはなさそうだ」
「ふふん、やっと認めたわね」
「例えばお前に退治された妖怪が噂を聞きつけてお礼参りに来ても」
「もちろん返り討ちよ、そんな三下ども。ま、賽銭用意してこれば容赦してやらないこともないけど」
「できるんじゃないか、容赦。まったくお気の毒だぜ。妖怪たちが」

 呆れたように肩をすくめる魔理沙。
 しかしこれでもう魔理沙も、私の状態についてとやかく言うことはないだろう。
 
「じゃ、帰るぜ」
「あんたも大概暇人ね。あ、もしかして私が妖怪にやられるのを心配してたとか?」
「いや、それは正直あんまり」

 あっさり即答する魔理沙。
 そこはもう少し照れたり慌てふためくところだろう。いじり甲斐のない奴め。

「空飛べなくなるくらいで弱くなるお前なら、とっくの昔に追い越してるだろうからな。……ただ」
「うん?」

 魔理沙は言葉を濁すと、なんでもないと首を振って、箒にまたがる。
 なんでもない?
 それって絶対に何かあることの証拠でしょうが。

「もしかして、この前言ってた子どもの頃の話?」

 魔理沙の顔が、図星だと告げている。
 結局この一週間、何のことだかさっぱりわからなかったが。
 まあ真面目に考えてなかったというのもあるんだけど。

「さすがは博麗の巫女。大した勘だぜ」

 決まりが悪そうに頭をかきながら、魔理沙は言った。

「いや、大体想像つくわよ」
「ま、そうだな。とりあえず空を失ったお前が平気でいられるのか、その点はずっと心配していたぜ」
「はあ?」
「というか今も心配してる」
 
 いい加減長い付き合いだから、表情を見ただけでわかってしまう。
 こいつは本気で私を心配している。
 だからその顔はやめてほしい。
 たとえ百回心配するなといってもやめてくれないんだろうけど。

「……大丈夫よ。あんたが何をそんなに心配してるか知んないけど、私はほら、この通りピンピンしてるし」

 一応言うだけ言ってみたが、魔理沙には空元気にしか映ってないのだろう。
 案の定、魔理沙は曖昧に笑いながら、そうだなと頷くだけだった。
 
「ええい辛気臭い。さっさと帰れ。こっちは久しぶりに連戦したから疲れてんのよ」
「で、また昼寝か。なるほど、確かに健康体だな」

 軽口を叩きながら、小ばかにしたように笑う魔理沙。
 いつも通り小憎たらしいその顔を見て、どこか安心する。
 
「んじゃ、今度こそ本当に帰るぜ。ま、何かあったら私に言え。霧雨魔法店の門戸はいつだって開かれてるぜ」
「そういえばそんなのもやってたわねあんた。ま、どうせ何も起こらないわよ」
「ああ、私もその方がいい」

 箒に跨った魔理沙は風を巻き上げながらふわりと浮き上がり、そして流星のような速さで秋の空へと消えていった。
 それを見送った私は、お昼寝……の前に境内の掃除を済ませようと、箒を手に取る。
 この熱心な仕事ぶり。もう誰にもぐうたら巫女とは呼ばせない。

「らんらんららん♪」
 
 鼻歌を交えながらリズミカルに箒を持つ手を動かす。
 過ごしやすくなってきた気候の下での労働は気持ちいいもんだ。

「……ふうん」

 思い返すのは、魔理沙が箒にまたがって空を飛ぶ姿。
 今までの私にとっては何でもない光景だが、飛び方を忘れた私はそれを見てふと思ったのである。

 人間って普通、飛ぶもんじゃないよなあ。

 幻想郷では当たり前のように空を飛ぶ輩がわんさかいる。
 私もついこの前までその一人だったわけだが、よくよく考えたらそれは決して当たり前のことではない。
 少なくとも、私たち人間にとっては。
 幻想郷では常識に囚われてはいけないとどこぞの現人神は言うが、それでも。


 翼を持った人間なんて、いない。
 そして人にとって空はいつだって、どこまでも遠い世界で。
 
 だからこそ私は、そんな空に――
 

「……ん?」

 今、何か引っかかるものがあった。
 なんだかとても大事なことだったような気がする。
 箒を動かす手を止めて、記憶の糸を探る。
 が、一瞬よぎったその思考は、残滓も残さず霞のように消えてしまった。

「……ま、いっか」

 すぐに忘れるようなことなら、大事なことでもなんでもなかったのだろう。
 気を取り直して掃除を再開する。
 それにしても今日はいい天気だ。絶好のお昼寝、もとい掃除日和である。
 控えめに降り注ぐ秋の日差しがとても気持ちよかったので、ふと視線を上げた。




 そこに広がっていたのは、嘘のように晴れ渡った、雲ひとつない青空。




「――っ」

 目が離せなくなった。
 
 瞬きを忘れた。
 
 呼吸も一瞬忘れかけた。
 
 胸の奥にある何かを鷲掴みにされたような感覚があった。
 
 体から魂かなんかが抜け出て、空に昇っていってしまうのではないかと錯覚した。
 
 箒は手を離れて、カランと澄んだ音が境内に響いた。
 

「――あ」
 
 唐突に子どもの頃の記憶を思い出した。
 魔理沙の言うとおり、それは博麗霊夢にとって、何よりも重要なことだった。
 



 翼を持った人間なんて、いない。
 そして人にとって空はいつだって、どこまでも遠い世界で。

 だからこそ私は、そんな空に――




 遥かにして広大な無限の空に――憧れた。




***

 人里の外れには、人里一帯を一望できる高台がある。
 人間と妖怪の関係が現在よりややこしかった頃には見張り台としての役割を果たしていたらしい。
 今では夏に催される花火をより楽しむための穴場として人々に認知されている。
 もっとも、人里の人間は皆知っているので実際は穴場でもなんでもないのだが。

 私がまだ博麗の巫女ではなかった頃。

 私がまだ空を飛ぶという常識を持っていなかった頃。

 まあつまりは、私も昔は人里の子どもに混じって寺子屋に通うような時代があったわけで。
 博麗の後継者と目されていたことなんて、幼い私には知る由もなかったわけで。
 とにかく私は、特別でも何でもない、そこらへんの子どもとなんら変わりない普通の女の子だった。
 

『おーい。ぼーっとして、なにみてるんだ? れいむ』

 周りの子とちょっと違った点といえば。

『そら』

 暇さえあれば、いや、暇でなくても空を見上げていたこと。
 特に人里の外れにある高台はお気に入りの場所だった。
 あの場所こそ、世界で一番空に近い場所だと信じていたから。
 ちょっと目を向ければ高台よりも高い山はいくらでもあるというのに。子供心とはよくわからないものだ。
 いずれにせよ、当時の私にとってそれは絶対の真実だった。

 本当は子ども一人で行くのは禁止されていた。
 でも寺子屋の先生の頭突きを以てしても、私からその場所を奪うことは出来なかった。

 私はとにかく、高い高いあの世界へ行きたかった。
 鳥たちがその翼を大きく広げて自由に空を舞う姿は、まさに憧れそのもので。
 どうして自分には翼がないのか、本気で悩んだものだ。

『まりさ』
『んあ?』
『どうしてわたしたちはとべないのかなあ』

 記憶の片隅から私のど真ん中に浮かび上がってきたその一場面。
 思えばこのときのたわいもない会話が、博麗霊夢にとって決定的な分岐点だったのかもしれない。
 そう。当時からなぜかいつも一緒だった魔理沙の返答は、私にとって予想だにしないものだったから。

『れいむ、わたしたちもとべるんだぜ』

 私の悩みを一蹴するかのようなことを、魔理沙は本当に何でもないことのように言った。

『うそ』
『うそじゃない。羽根なんてなくても、まほうをつかえば私たちにだってきっととべるさ』
『まほうなんて使えない』
『今ははむりでも、大人になるまでれんしゅうすればいい。そしたらほうきにのってそらだってビュンビュンとべるぜ!』

 身振り手振りを交えながら熱弁していた魔理沙が、このとき本当に魔法使いを志していたかどうかはわからない。
 別に私みたいな空への強い憧れを抱いていたわけではないと思う。
 そういえば、どうしてあいつは魔法使いになったんだろう。

『ホントかなあ』
『ホントだって。それに知ってるか?』

 そして魔理沙は大きく手を広げて立ち上がった。
 自分だけの秘密を誰かに聞かせてやりたいという、子どもならではの矛盾をはらんだ願望。
 その誰かが私だったことは、果たして偶然なのか、それとも空に憧れる私だから話したのか。
 今となってはそんなことはどちらでもいいことだ。
 重要なのは。
 

『はくれいの巫女は、空を飛ぶんだぜ!』


 魔理沙が世界最大の秘密のように語った幻想郷の常識。
 そんなものが私の運命を大きく変えたであろうという、その一点である。

 
 

「はっ、はっ、」

 走る。
 とにかくそこを目指して走る。
 空を飛べれば何でもないその距離は、地べたを駆ける私の息を切らせるには十分だった。
 それでも私の中の焦燥感は、足を無理やり前に進ませていた。
 それにしても息を切らしながら走るなんて、どれくらいぶりだろう。
 こんなにも必死になって走るなんて、どれくらいぶりだろう。

「はっ、はっ、はっ……ふう」

 何とか息を整えて、汗を拭う。
 辿り着いた場所から見下ろす光景は、幼い頃の記憶に刻まれたそれと何ら変わっていなかった。
 
「――ああ」

 何度も何度も訪れたこの高台。
 果たしていつからだっただろうか、ここから空を見上げなくなったのは。
 もちろん私はその答えを知っている。

「ここに来るのも随分と」
「久しぶりだな」

 感慨深くなって呟いた独り言は独り言ではなくなった。
 割り込む声に振り返ると、真っ先に目に入ったのはお寺のミニチュアのような物体。
 それが頭の上で屹立しているのが子供心に不思議でしょうがなかった。
 そんな珍妙極まりない帽子を被る物好きは、幻想郷広しといえども一人しかいない。

「先生……」

 ゆったりと頷き、目を細めて笑う。
 生意気盛りの生徒を見守るようなその仕草は、幼い頃の記憶に刻まれたそれと何ら変わっていなかった。

 上白沢慧音。
 かつての恩師である。

「その呼び方も久しぶりだ」

 一転、からかうような表情を浮かべる我が恩師。
 しまった。
 子どもの頃を思い出してたので、つい昔の呼び方を使ってしまった。
 その恥ずかしさは先生をお母さんと呼んだときの感覚に似ているかもしれない。違うか。

「……あー。今のはなしよ、なし。忘れなさい。で、あんたこんなところで何やってるのよ、『慧音』」
「おや残念。せっかく懐かしい気分に浸れたというのに」

 私の質問に答えることなく、わざとらしく肩をすくめる慧音。
 くそう、やりにくい。
 先生と生徒の構図は何年経っても覆すことが出来ないらしい。

「大変なことになっているらしいな」

 と、慧音が表情を引き締めて逆に問い返してきた。

「……質問文に対し質問文で答えるとテスト0点なの知ってた?」
「そういうお前の成績は地味にイマイチだったな」
「うっさい黙れ。……別に大したことじゃないわよ」
「お前の顔はそうは言ってないが?」

 言葉に詰まる。
 先生が慧眼なのか、それともよっぽどわかりやすい顔をしているのか。

 慧音の言うとおり、そして魔理沙の言うとおり、事態は大問題へと発展しつつあった。
 これは博麗の責務云々ではなく、私という一個人の在り方にかかわる問題だ。
 そうすると早苗の言うとおりでもあったことになる。甚だ不本意だが。

「お前の方こそどうしてここにいるんだ? ちなみに私はここへは定期的に見回りに来る」
「私は……」

 なぜと言われると、困る。
 ただ、ここに来なくてはならないような気がした。
 私にとって、最も空に近い場所に。
 私にとって――

「しかしまたお前をこの場所で見るとは思わなかったよ」

 私が返す言葉に迷っていると、慧音はしみじみと言った。
 
「魔理沙と違って割と聞き分けが良かったお前も、ここに来るのだけはどれだけ注意してもやめなかったな」
「頭突きは注意の範疇から外れすぎだと思うけど」
「あれは愛の鞭だ」
「暴力教師」
「はは、随分と反抗的になったもんだ。あのちっちゃかったお前が、もうそういうお年頃か」

 何を言っても軽くあしらわれてしまう。
 腹ただしいが、こうして話しているとやはり懐かしさも湧いてくる。
 まあ、悪い気分ではない。

「私も気が気でなかったよ。お前を一人にして何かあったら大変だからな。
 だから来るのをやめさせられないなら、せめて物陰からこう、こっそりとだな」
「え、あれ隠れてるつもりだったの?」
「え」
「いや、普通に気づいてたわよ。あんたがいたの」
「そ、それは本当か……。ううむ、さすがは博麗の後継者と目されていただけあって、当時から大した勘してたんだな」

 その帽子が丸見えでした先生。
 よっぽどそう言ってやろうかと思ったが、私は竜宮の使い並に空気の読める女である。

「まあとにかく、ずっと見ていたわけだ。だからあの時はもう心底慌てた。
 そう短くはない私の歴史の中でも五本の指に入るくらいの慌てぶりだ。覚えてるか? あの時のこと」

 もちろん覚えている。というか思い出した。
 なぜ今まで忘れていたのか、不思議なくらいだ。
 あの出来事は、そう長くはない私の歴史の中でも、一二を争うくらいの大事件だったというのに。



 その日もあの場所で空を見ていた。
 草むらに座り込んで、時が過ぎ行くのも構わずただひたすら。
 我ながらよくもまあ飽きもせず空ばっか見てたもんだと思わないでもないが。
 しかしこの日の私の胸の内は今までと少し違っていた。

 ――れいむ、わたしたちもとべるんだぜ

 耳に焼き付いて離れない魔理沙の言葉。
 法螺吹きの魔理沙の言うことだったし、最初は半信半疑ではあった。けれど。
 
『はくれいの巫女様はとべるんだ』

 あの後慧音に真偽を問いただしてみて、それが本当のことだということを確認した。
 博麗の巫女の役目や歴史なんかも嬉々として話してくれた気がするが、その時の私にはどうでもいいことだった。
 
 人の身で空を飛べる存在があること。
 その事実が、空を諦めかけていた私にとってどれだけ希望になったか。
 
 そしてその希望は、

『なら、わたしだってとべるんだ』

 空への憧れを胸に抱き続けてきた少女にそう信じこませるには十分過ぎた。

 知らず、立ち上がっていた。

 体を通り抜けていく風が。
 魔理沙の言葉が。
 そしてはちきれんばかりの憧れが。

 私を“その世界”へ連れて行ってくれると、本気でそう思った。

 その時には既に走り出していた。
 落ちたらただではすまない高さの、断崖の果てに向かって。

「私の配慮が足らなさ過ぎた。博麗の巫女について訊ねてきたあの時、お前がああいう行動に出る可能性に気づかなければいけなかったんだ。博麗の後継者候補に、そして何よりも私の大切な教え子に何かあったら、私は一生後悔するところだった」

 険しい表情で述懐する慧音を見て、今さらながら気づく。
 私はもう少しで、今の慧音の何倍も辛い顔をさせるところだったのだ。
 そんなのは、いくら私でもやっぱり嫌だ。
 それに慧音のことは、私が言うのもなんだが誰にも責められるものではないと思う。
 子どもの一念は、時として大人の想像できる常識の範囲を容易く突き抜けていくのだから。
 
「全力で走った。でも間に合わなかった。もうダメだと、理解してしまった」

 空への思いでいっぱいだった私は気づくことはなかったが、慧音は必死で私の名を呼んだという。
 
 そんな慧音の呼びかけも空しく、私は走るスピードを緩めることは無く、そして。

 
 断崖から虚空へと飛び出した小さな体は。
 
 物理法則に矛盾することなく重力に引かれて真っ逆さまに落ちていき。

 哀れ冷たく固い地面へと叩きつけられる。






 ということはなく。


 




「あの瞬間の光景は、今でも鮮明に思い出せるよ」

 


 体の重さが消えたような気がした。
 その感覚は、後に私が空を飛ぶときにいつもイメージするものとなった。
 
 そして重力のくびきから解き放たれた私の体を、木の葉を巻き上げるように風が持ち上げる。
 そのまま高度をグングンと上げて、気がつけば。

『わあ……』

 私は世界で最も空に近い場所から見下ろしたものよりも遥かに小さな、まるで米粒のような大きさの人里を目にしていた。

 そして周りを見渡すと、そこには憧れと共に見上げていた世界が、私を取り囲んでいた。

「思えば私は、『博麗』霊夢誕生の瞬間に立ち会ったことになるのかな。
 出来ればもっと違う心持で立ち会いたかったものだが」

 慧音が慌てふためくのをよそに、私は博麗の力を覚醒させ、正式に博麗の巫女の後を継ぐことになった。
 もし慧音があの日のことを歴史に綴るとすれば、要点はこんなところだろう。
 だけど、あの日は私にとってそれ以上に重要な意味を持つ。

 そう、この日だったんだ。
 私が初めて空を飛んだのは。


 



 私が初めて、空と出会ったのは――






「空が恋しいか?」

 慧音が問う。
 その声はいたわりやら慈しみやら、そういう教え子への思いやりに溢れていて、思わずそっぽを向いてしまった。
 いや、やっぱ照れるじゃないそういうの。

「ん……どうだろ。よく、わからない」

 慧音と話しているうちに、あの言葉に出来ないような焦燥感は薄れていた。
 でも、予感があった。これは一時的に治まったに過ぎず、私はまた空に焦がれるだろうと。
 だって、もう思い出してしまったから。
 
 空への憧れを。
 空を飛べたときの瞬間を。
 空を飛ぶことの喜びを。

 慧音はそうかと頷くと、

「なんだかお前の母親のことを思い出すよ」

 いきなり妙なことを言い出した。

「……? 母さんがどうかしたの?」

 私にも、母親と呼ぶ人物がいる。
 もっとも、血は繋がってないけれど。
 私が物心つく前の話なので詳しい経緯は知らないが、私は博麗大結界の側に一人でいるところを保護された。
 保護された場所が場所なので、私は博麗の申し子だの外の世界で捨てられた人間だの色々噂された、らしい。
 まあぶっちゃけ私の微妙に謎な出生の秘密とかはどうでもいい。どうせわかりっこないんだし。
 とにかく私を保護してくれたその人こそが、今の母に当たるというわけだ。

 その母の話が、なぜ慧音の口から出るんだろう。
 私が訝しげに首を傾けると、慧音はなぜか虚をつかれたような顔をした。
 
「あ、ああ。お前の母親もお前くらいの頃にはよくこの高台で空を見てたからな。それで少し思い出しただけだ。いや、やっぱり血は繋がってなくても親子だな」

 妙に早口でまくしたてる慧音。
 なんだか怪しい気もするが、この人に限って良からぬことを企んでいるということはないだろう。
 それにしても、母さんも空を、ねえ。

 慧音はコホンと一つ息をつくと、慧音は過去の思い出と重なる穏やかな笑顔を浮かべながら言った。

「まあなんだ、もし困ったことがあったらいつでも来なさい。私でよければ相談に乗るぞ。
 たとえどれだけ時が経とうと、お前は私の生徒なんだからな」

 怒るときはおっかないけど、いざというときはとても頼りになって、物知りで、そして何よりも、優しくて。
 私は、ううん、私たちは、そんな彼女が大好きだった。
 
「……うん、ありがと。――先生」

 だから私は、その頃と同じ気持ちのまま、答えた。
 たとえどれだけ時が経とうと、生徒にとって先生はいつまでも先生なのだ。
 私の答えに、慧音は安心したように頷いた。
 それを見て、私もちょっぴり照れながらも笑った。

 今日はここに来てよかった。
 いろんな意味で、そう思った。



***

 予感通りの事態になった。
 気がつけば空を見ている自分がいて、何も手につかない。
 また高台に行くという衝動に駆られたが昨日の今日だし、それにあまり神社を留守にするのもどうかと思う。

「何も起こらないって自分で言ったくせに、このざまじゃあねえ」

 自嘲するように呟く。
 あるいは魔理沙は私がこうなるとわかっていたのかもしれない。
 だとすればそりゃ心配したくもなるわ。それくらい、今の私はグダグダのダメダメだった。
 具体的にはお昼寝の時間すら惜しんで空を見ているくらいに。

「あーあ、こんなんじゃお茶もおいしく飲めたもんじゃないわ」

 縁側でお茶を飲みながら、空を見る。
 至福の時のはずなのに、胸には焦燥感が渦巻いていた。
 
「……はぁ」
 
 鳥の群れが仲良く空を飛びまわっている。
 それを見て思わずため息を吐いてしまった。

 自由に大空を駆け巡る翼を持った者たち。
 憧れの的だったはずのその姿が、今はすこしだけ恨めしい。

「……はっ、鳥にまで嫉妬してどうすんのよ私」

 もうハッキリと自覚していた。
 まるで澱んだ空気がたまった穴ぐらのように、私の心は暗く沈んでいた。
 空を飛べなくなったくらいでここまでダメになってしまう自分に嫌気がさすと同時に、私にとって空を飛ぶことがどれだけ大切な営みだったのかを、改めて思い知ってしまう。

「体はピンピンしてるのに、このままじゃ心が腐っちゃうわよ……」

 もう一週間以上、空を飛んでいないことになる。
 空を奪われた私の平穏は一週間しかもたなかった。
 いや、空への憧れを思い出したのは昨日のことだったから実際は一日足らずだ。
 どんだけ辛抱足らないんだと言われても、私だってこんなにも自分が弱かったなんて思わなかったのだ。


 もしこのまま、ずっと飛べなかったら――


「……!」

 想像するだけで、背筋が凍った。
 一瞬頭をよぎった、有り得ないと否定したくてもできない一つの可能性。
 それは、私にとって博麗の力が失われる以上の最悪だった。
 
 怖い。

 肝っ玉は据わっていると自負していたが、こんなにも怖いと思うことが、私にもあった。
 体が震えだしそうになるのを、両肩を抱いてなんとか鎮めようとする。
 
 縋るように空を見上げた。
 穏やかな秋晴れ。緩やかに漂い続ける雲。

 今日も変わらず、空はそこにあり続ける。

「――ッ!」

 もう耐えられなかった。
 焦燥感は嵐となって私の中で暴れまわっていた。
 いてもたってもいられなくなって、私は草履を履くのも忘れて境内へ飛び出した。

 空を目指して跳んだ。
 飛べなかった。
 
 より強く跳んだ。
 また飛べなかった。

 霊力を全開にして跳んだ。
 それだけの力を費やしてなお飛べなかった。

 何度でも何度でも跳んだ。
 何度も何度も飛べなかった。

 それでも跳んだ。
 それでも飛べなかった。

「うわっ!?」

 数えるのも億劫になるほどの試みは、すべて徒労に終わった。
 あげくの果てには力を使い果たして着地もままならなくなり、私は石畳の上に倒れ伏してしまった。
 石畳のヒンヤリとした感触に、少しだけ冷静になる。
 履物も履かずに一心不乱に飛び跳ねる私の姿は、傍目から見たらさぞかし滑稽に映ったことだろう。

「……遠いなあ」

 口をついた言葉は、人と空の距離を如実に表していた。
 空がこんなにも遠いものだったなんて、私は知らなかった。
 
「違う」

 私はその真実を知っていたはずだ。
 だからこそ毎日毎日ひたすら空を見続けて、ここではない遠い世界へ思いを馳せていたのだ。

 果たしていつからだっただろうか、あの高台から空を見上げなくなったのは。
 果たしていつからだっただろうか、空の遠さを忘れたのは。
 もちろん私はその答えを知っている。

 私が博麗の力を覚醒させたあの瞬間。
 空と出会った日。
 
 

 空を飛ぶという「幻想」が「常識」へと反転したその時から、私は大切なことを忘れてしまった気がする。



「……う」

 地べたに横たわる自分。
 大切なことを、空を飛ぶことと引き換えにしてしまった自分。
 そんな自分が無性に惨めで情けなくて。

「う、うあ……ああっ、あああああ……!」

 泣いた。
 恥も外聞もなく泣いた。
 見上げた空が涙でぼやけるのが、すごく嫌だった。
 でも止まらない。止められない。
 
「ひっく、ひっ、うう」

 抑えきれない空への憧憬。
 まるで重力に縛られた体を置きざりにして、心だけが空を漂っているかのよう。
 その歪な在り方は、泣きたくなるほどに苦しいものだった。
 そんな辛さの中、私の醜態が誰にも見られてないことだけは幸いだった。
 



「あなたに涙は似合わないわ、霊夢」



 だからその声が聞こえたのは、私にとって不幸中の不幸だった。



 いつからそこにいたのか。
 そんな問いはこの妖怪には無意味。
 そいつは見慣れてしまった胡散臭い笑みを浮かべながら、私を見下ろす。
 左手に持つ日傘の分だけ、私の視界から覗く空は狭くなっていた。

「紫……」

 涙を拭うことも忘れて、見下ろす眼に呼びかける。

「そう。ご存知のとおり、八雲紫ですわ」

 こいつだけには泣き顔を見せたくなかったと思う一方で、見られたのがこいつで良かったとも思う。
 そんな矛盾した感情を抱いてしまうのは、混沌と矛盾を内包したこの妖怪と対しているからだろうか。

「……何しに来たのよ」

 ようやく涙を拭いながら立ち上がる。
 わかりきったことを聞いてるなあと、我ながら思ってると、

「もちろん霊夢の貴重な泣き顔が一目見たくて、こうしてわざわざ馳せ参じた次第よ」

 紫は予想通り、私が予想していた用件とは違うふざけた答えを返してきた。

「そんなに目を真っ赤に晴らして。ひどい顔よ?」

 思わず顔を逸らす。もう情けない姿は嫌というほど見られたので今さらではあるが。
 そんな私を見てクスクスと笑いながら、紫はこちらに近づいてきた。
 そして懐からハンカチを取り出すと、私の顔を拭こうと手を伸ばしてくる。

「……いい。自分でやる」
「あらそう。残念だわ」

 何が残念なのかさっぱりわからない。
 無造作に顔を拭うと、ようやく落ち着いてきた。

「で、本当に何しに来たのよ、あんた。どうせ私の状態に関わることなんだろうけど」

 私の断定にも近い問いにも、紫は胡散臭い笑みを浮かべ続けるだけである。
 こいつとのまともな問答なんて端から期待はしていない。
 けど今はこいつの調子に合わせている場合ではないし、そんな余裕も持ち合わせていなかった。
 いい加減焦れったさを隠せなくなっていた私をよそに。

「物事には全て理由があります」

 紫は私に背を向けながら、唐突に言った。

「……は?」
「リンゴが木から落ちるのにも、クマバチが空を飛べるのにも」
「ちょっと、一体何を……」

 かつかつと歩きながら朗々と語り続ける紫。いつものことだが完全に置いてけぼりだ。
 と、紫は歩を止めて、

「そして、巫女が空を飛べなくなるのにも」

 ようやくその話題に触れた。

「……やっぱりあんた、何か知ってるのね。犯人は大方の予想通りスキマ妖怪。私はあんたを懲らしめてめでたしめでたし。それでこの事態は解決してくれるのかしら」
「あら、機械仕掛けの神は私の性に合わないわ」

 私に犯人扱いされても、紫は楽しそうに戯言を飛ばすだけだ。
 後ろ姿しか見えないけど、その顔に浮かべる表情は一つしかないだろう。

「お話をしましょう、霊夢」

 振り返りながら、紫が言った。
 予想に反して、その笑みは胡散臭いというよりもどこか優しさを感じるもので。

「最高級品のお茶と、美味しいお菓子と一緒にね」

 そして秘蔵のお茶の存在は、奇跡の現人神に続いてやはりスキマ妖怪にもバレバレなのであった。
 

 
 とりあえずちゃぶ台を挟んで座る。
 隠していても仕方ないので最高級品のお茶を出した。
 くそう、すこ~しずつ大切に大切に飲もうと思ってたのにもう二杯分消えてしまった。

「そんな恨めしそうにしないの。お菓子は持ってきてあげたでしょう?」
「むう……」

 確かにその通りである。
 しかもこれは今月の朔日(ついたち)餅ではないか。
 うん、まあ、悪くはないわね。
 これなら秘蔵のお茶との釣りあいもとれるというものだ。

「あらあら、そんなに嬉しかったの? さっきまで泣いてたカラスがもう笑ったわ」
「ええい、うっさい黙れ」

 不覚。そんなに表情に出ていたのか。照れ隠しにお茶をグイっと飲む。
 ああ、またもったいない飲み方をしてしまった。

「で、話って何」

 湯飲みを叩きつけるようにちゃぶ台に置きながら、本題に入る。
 じっくりと最高級の味を楽しむようにお茶を飲む紫は、ほうと息をつきながら言った。

「そうね。永い夜の反省会でもする?」

 本題に入れなかった。
 どこまでもふざけた奴だ。

「なぜ今。大体、それなら藍も呼ばないとダメじゃないの」
「藍? はて、あの夜にいたかしらあの子」

 ここまでぞんざいな扱いはさすがの私にも真似できない。
 あいつの苦労に思いを馳せながら朔日餅(今月は栗餅だ)を口に放り込むと、

「博麗の巫女の特質は、何物からも束縛されない『無重力』の在り方だと言えるわ」

 いきなり紫はそんなことを話し始めた。
 え? これもしかして本題に入ってる?
 だから唐突だってえの。どんだけマイペースなんだこいつは。

「む、むぐ……」
「それは博麗の巫女に「なる」からそうなのか、「そう」だから博麗の巫女になるのか、それは私にもわからない」

 口がいっぱいになった私が言葉を挟めずにいるのにも構わず、紫は滔々と語り続ける。

「空への想いも同じよ。卵が先か鶏が先か、とにかく歴代の博麗は皆、空に憧れた」

 空への憧れ。
 私の原点。
 今の苦しみの源。

「もぐ……歴代の博麗の巫女が、みんな……?」
「そう、あなたのようにね」

 扇で私を指す紫。私のことは紫には話したことなかったはずだ。私自身、昨日まで忘れていたのだし。
 気に食わないけど何もかもお見通しというわけか。
 あるいは紫の話が本当なら、こいつにとっては今までの経験則から導き出される当然の帰結なのかもしれない。

「霊夢、あなたは子どもの頃から博麗の後継者として目されていたの」
「らしいわね」
「あれって実は私が言い出したことなのよ」
「ふーん……へ?」

 それは初耳だ。というか。

「霊力のポテンシャルの高さもそうだけど、何より毎日空ばかり見ている女の子がいるって聞いてね。それで一心に空を見上げるあなたを一目見たときに思ったわ。「この子しかいない」って」
「ちょっと待った。って事はあんた、私のことそんな昔から覗き見してたわけ?」

 私が渋い顔をしながら尋ねると、紫は胡散臭いとも違う妙な笑顔を浮かべながら言った。

「ええそうよ。あなたのことは、あなたが小さな頃からずっと見ていたわ」
 
 その笑顔の中に、どこか母性のようなものを感じてものすごく反応に困った。
 戸惑う私に気づいてか、紫は今度はいつもどおりからかうように笑う。
 うん、その方がなんというか、落ち着く。

「“その時”に立ち会えなかったのが残念だけれど。あのワーハクタクが羨ましいわ――さて」

 そこで言葉を切って、表情を引き締める紫。
 ここからが核心だと、その珍しすぎる表情が物語っていた。

「博麗は空に憧れる。博麗は空を飛ぶ。そんな博麗の巫女の中には、空を飛べなくなる者がいた」
「……」
 
 私だけじゃ、なかった。
 空に憧れるだけでなく、その憧れゆえに苦しむ者が、過去にも存在していたなんて。
 
「……原因はわかるの?」
「そうね。これは実際に飛べなくなった本人たちから聞いた話をもとにした私なりの考えだけど」

 紫はお茶を飲んで、一つ間を入れてから言った。
 その間がとても大事なことのように思えて、なんだか嫌だった。

「空を飛ぶ博麗の巫女を地に縛り付けるのは、やはり『重力』に他ならないわ」

 紫の言っていることはごくごく当たり前のことのようだけど、博麗にとってはその限りではない。

「ちょっと、博麗の特質は『無重力』なんじゃなかったの?」

 正直イマイチ実感がわかないが、他ならぬ紫がそう言うんだからきっとそうなんだろう。
 だけど今の紫の説明は、最初に紫が語ったことと矛盾している。
 私の疑問に、紫は予め用意していたように答えた。

「あなたの言う通りよ。でもね霊夢、生きるということはすなわち、様々な“しがらみ”に囚われるということなのよ。責務、感情、絆、社会、秩序。生きとし生けるものはそれらと向き合うことを余儀なくされる。時には背負い、時には切捨て。そういう選択を繰り返しながら、私たちはひたすら前進する。それは博麗の巫女といえども例外ではない」

 紫の言うことはよくわからなかった。
 もともとそんなに長く生きているわけではないし、自分を縛るしがらみというのもピンとこない。

「ピンとこないって顔してるわね」

 そんな私の内心を察したのか、紫は笑いながら続ける。

「そうね……物事を深く考えない能天気なあなたにもイメージしやすいように言うならば、それは“つながり”と言い換えてもいいかもしれないわ」
「つながり?」
「そう。たとえば誰かを好きになること。たとえば誰かを嫌いになること。誰かと一緒になったり別れたり。他者とのつながりは、あるいはもっとも人を縛る鎖なのかもしれないわね」
「うーん」

 確かに責務だの社会だの言われるよりは想像しやすいけど……。
 とりあえず能天気とか言われるのは心外だ。

「じゃあもっとわかりやすいように、人とのつながりゆえに飛べなくなった巫女の話をしてあげましょう」

 まだ唸る私をよそに、紫はまぶたを閉じながら言った。

「博麗の巫女は無重力。だから誰に対しても平等であり続ける。それが本来の在り方。それでもある巫女はたった一人の男性を愛し、ある巫女はたった一人の子どもの母になると誓った。その強固な想いは重力となって、彼女たちから空を奪った」

 あまり面白いとは言えない話だというのに、それを語る紫の表情は懐かしい思い出に浸るように穏やかだ。
 その巫女たちの苦しみが痛いほどわかる私は、どうして紫がそんな顔をするのかとんとわからなかった。
 
「それでその巫女たちはどうなったの? また飛べるようになったの?」

 今の私にとっては一番肝心なところだ。
 おおげさでなく死活問題と言ってもいい。
 何せ、飛べない博麗霊夢は、もはや博麗霊夢ではないのだから。

「せっかちねえ。気持ちはわかるけど」
 
 私の問いに、紫は今まで以上に表情を引き締めた。
 紫にとっても、ここから先の話は大きな意味を持つのだろうか。

「一人は二度と空を飛ぶことは無かったわ」
「え……」

 それは、私がもっとも恐れた結末だった。そうなった博麗の巫女に残るのは、絶望しかないのではないか。

「きっと空以上に大切なものが出来たのでしょうね。あの巫女にとって、それは愛する娘だった」

 紫が真剣な面持ちで私の顔をまっすぐ見る。

「霊夢、あなたもよく知っている人よ」
 
 私の知る、過去の博麗の巫女? そんな人は知らない。

 でも、なぜか思い至ってしまった。
 博麗大結界の近くで私を保護してくれた人物。
 私と同じように空を見上げていたという女の子。
 たった一人の娘の母になると誓った巫女。

「まさか」

 勘が告げていた。
 この先は、空への憧れと現実の狭間で苦しむ私にとって、出来れば聞きたくない類のものだと。
 それでも紫の話に、私は耳を塞いではいけないと。
 
 そして紫は言った。
 私の勘を裏付ける、決定的な真実を。

「そう、それが先代の博麗の巫女。あなたの母となった人よ」

 母さんと血が繋がっていないことはとっくの昔から知っていた。
 でも、母さんが博麗の巫女だったなんて、そんな話は一度も聞いたことはなかった。
 平凡だけど優しい、おまけにいつまでも綺麗な自慢の母。
 そして非常識な連中と付き合うようになった今の私にとって、日常の象徴とも言える存在だった。

「年が20に差し掛かる頃だったかしら。あの子は博麗大結界の側で独り泣いているあなたを見つけた。もともと優しい子だったし、幼いあなたを放っておけなかったのでしょうね。人里の大人たちが里親を探している間、あの子はここで、まるで実の妹のようにあなたを可愛がった。あなたの方も本当によく懐いていたわね」

 その時のことはもう覚えていない。
 でも、誰かの温もりのようなものだけは、私の心に深く刻まれている。
 
「それで、本当なら人里の子どもがいない夫婦の養子になる予定だったんだけど。あの子が母親になるって言い出したときにはさすがに驚いたわ。しばらく神社で預かっている間に情が移っちゃったのかしらね。あの子の決心を聞いて、私はこれからのことを考えるよりも前に、真っ先に博麗の巫女を縛る重力のことを憂いたわ。そして案の定、あの子はその決心と時をほぼ同じくして、空が飛べなくなった」

 初めて聞く話ばかりで、理解が追いつかなくなりそうになる。
 でも、肝心要の部分だけは、嫌というほど理解できていた。

「さっきあなたにした重力の話をあの子にもした。その上であの子はあなたの母親になることを選んだ。力自体は消えなかったからその後もしばらく結界の管理や妖怪退治はこなしてもらっていたけど、あなたが博麗としての素質を見せ始めたのをきっかけに、正式に巫女も引退したわ。あなたが立派に後を継いでくれると信じてね」

 さきほど紫が言っていたことだろう。
 ずっと見ていてくれたのだ。
 紫も、そして母も。

「後はあなたの知る通り、人里の住人としてあなたと一緒に生活するようになったというわけ。もっとも、あまりにあなたの覚醒が早かったから、その時間はあまり長くはなかったでしょうけど」

 紫の言うとおり、私が人里で暮らした期間は三年もなかっただろう。
 それでも母さんは、私が博麗の巫女の正式な後継者として神社に移り住んだ後も、しばらく一緒にいてくれた。
 あの頃は深く考えなかったが、今思えばあれは先代博麗の巫女であったからこその特例だったのかもしれない。

「でも、ちょっと待ってよ。あんたの話が本当だって言うんなら……」

 そう、肝心要の部分。
 認めたくなかった。でも認めるしかない。
 優しかった母は。
 今も優しい母は。

「じゃあ母さんは、私のために、空を捨てたってこと……?」

 寺子屋から帰ると、いつもおいしいお茶を淹れてくれていた。
 柔らかな笑顔で、いつもお帰りなさいと言ってくれた。
 私が博麗の巫女を継いだときには、何も言わずにただ抱きしめてくれた。

「そんなのって……」
 
 あの優しさの裏で、母はいつも苦しんでいたのだろうか。
 今の私が抱えるこんなにも辛い苦しみを、母はずっと背負ってきたというのか。

「一つだけ確実に言えるのは、霊夢」

 私の顔を見て何かを感じ取ったのか、紫は静かに言った。

「あなたの母は、自分の選択について微塵ほどの後悔もしていないということよ。あの子は言い切ったわ。それこそ一片の曇りもない笑顔でね」


『娘のために空を捨てたことを、飛べなくなったこの身を、それほどまでに娘を愛せた自分を、何よりも誇りに思う』


「本当に人間には驚かされるばかりだわ。人は誰かのために、こんなにも強くなれるのか、ってね」

 まぶたを閉じて微笑む紫の言葉に、私は何も言葉を返せなかった。
 ただ、視界が滲んで。
 湯飲みに目から溢れるしずくがこぼれ落ちて、せっかくの最高級品が台無しだった。

 きっと苦しかったはずだ。悩んだはずだ。
 それでも私を選んでくれた人がいる。
 愛していると、心の底から言ってくれる人がいる。

「あの子には黙っておいてくれって言われてたのだけれど。今のあなたには必要だと思って、私個人の意思で話させてもらったわ」

 勘弁して欲しい。
 ただでさえ心が不安定になっているときだ。
 そんなタイミングでそんな話聞かされたら、こうなるに決まっているじゃないか。
 ああくそう、今日は泣いてばかりだ。

「今度母さんに会うとき、どんな顔で会えばいいのよ」

 涙を拭いながら、恨み言を漏らす。
 紫はクスクスと楽しげに笑いながら言った。

「いつもどおりでいいのよ。いつもどおり、元気な姿を見せてやればあの子も安心するわ。ああでも、この問題が片付いた後でいいから、なにかしら親孝行くらいはちゃんとするのよ?」
「……このお茶持ってけば、喜んでくれるかな」
「ふふ、それはもう大喜びね。あの子も無類のカテキン中毒者だから」
「肩も叩く」
「ええ、基本だけど素敵だわ」

 私の今の状態は、きっと母にも伝わっているはずだ。心配性な母のことだ、きっと気が気でないに違いない。
 それでも母は、私が助けを求めるまで、手を差し伸べてくることはないだろう。
 きっと私のことを信じて、ただ帰りを待ってくれている。
 き私がこの問題を決着させて家に帰ったその時、何も聞かずにただ微笑んで「おかえり」と言ってくれる。
 
「すごいなあ、母さん」

 我知らず漏らした呟きに、

「そう。母は強しね」

 紫は心から同意するように言った。

 でもいつまでも心配させておくのも良くない。
 とっととこの問題を片付けて、早く顔を見せてやろう。
 そのためにも、私はこの問題のことをより深く認識する必要がある。
 
「とにかく、飛べなくなった原因がその『重力』だってことはわかったわ。でもそうすると、私にとっての『重力』って一体何なのかしら」

 別に博麗の役割を重荷に思ったことはない。
 紫の言うとおりなのは癪だが、私はある物事についてクヨクヨと考えるような繊細な少女でもない。
 ……これ最近他の誰かにも言われたような気が。
 そして私を取り巻く環境は、たまに異変が起こったりもするが、そういう騒動も含めて平和そのものだ。
 人とのつながりにしたって、まだ心惹かれるような美形には巡り会えてないし、ましてや子どもなんてもってのほかだ。

 私が首を傾げていると、紫はやれやれと顔を振り、

「あら、そんなの決まってるじゃない」

 さも当然といわんばかりに。



「幻想郷の住人との絆よ」



 そしてなぜかとても嬉しそうに、そんなことを言った。

「……きず、な?」
「そう、それしか考えられないわ。あなたはこれまでどれだけの人妖に出会い、戦い、そして杯を交わしたかしら」

 紫の問いに当てはまる者たちを思い返してみる。
 私が生まれてから今に至るまでの、そう長くはない私の歴史の中で出会った者たち。
 
「……あ」

 自分でも驚くくらいに、たくさんの顔が私の心に刻まれていた。
 
「きっとその中には友達、あるいは親友とまで呼べる人がいるんじゃない?」

 友達。親友。
 その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、いつかの迷惑な客人未満どもの顔。
 
「――ああ」

 そうか。
 そうだったんだ。
 今の今まで全然気づかなかった。
 
 なんとなく認めるのは癪だったけど。
 
 あいつらの存在は、いつのまにか私の中でこんなにも――

「……ん?」
「どうしたの?」
「紫、さっき一人は、母さんは二度と空を飛ぶことはなかったって言ったわよね」
「ええ」
「ならもう一人は、また空を飛べるようになったってことじゃないの?」

 ここに私の希望があるような気がした。
 私は空を捨てるつもりはなかった。
 私は母と違って『博麗霊夢』以外の何物にもなれないし、またなる気もない。
 
 魔理沙も言っていたではないか。
 飛ぼうともしない私は私ではない。

 私が先を急かすように尋ねると、紫は表情を曇らせた。
 母さんの話をしたときは、こんな顔しなかったのに。

「そうね。確かにもう一人は再び飛べるようになったわ」

 なんだろう。
 私にとってそれは喜ばしいことのはずなのに、紫の表情を見ているとだんだん不安になってくる。
 そして私の勘が感じ取った不安は、やっぱり正しかった。

「大切なものを――愛する人を切り捨ててね」

 一瞬部屋に満たされる沈黙。
 それを打ち破るように、紫はお茶を啜った。
 居たたまれなくなって、私もそれに倣った。
 

「それって……」
「そう。自らを縛る重力の原因を捨て去ることで、その巫女は再び空を取り戻した。……もう結婚寸前だったのだけど、どうしても空への憧れを振り切れなかったのね。――愛する人と空。両者の狭間で思い悩むあの子の姿は……とても見ていられなかったわ」

 悲しげに目を伏せる紫。
 そんな紫を見たら、聞きたくないけど聞かないわけにはいかなかった。

「その巫女は……空を取り戻した後どうなったの?」

 母は自分の選択になんの後悔もしていないと紫は言った。
 きっとそれは本当のことなのだろう。
 ならば、もう一人の巫女は。

「……」

 紫は何も言わず、ただ悲しげな顔で首を振るのみだった。
 大切なものと引き換えに空を取り戻した巫女の結末を、千の言葉で綴るよりも雄弁に物語っていた。

 そしてそれは、私の辿る道を示しているかのようで。

「もう一度空を飛ぶには、重力の原因を切り捨てるしかないってこと……?」

 私の重力の原因は、『幻想郷の住人との絆』、らしい。
 それを、切り捨てる。
 私は独りになって、また空を飛ぶ。
 それが、私の結末?

「そんなの、嫌だ」

 私の周りの八割は厄介で出来ている。
 それは大方迷惑な奴らがもたらしてくれるものだ。
 その厄介な連中との縁は、重力となって私を縛るほどに大切なものとなっていた。
 
 もう大切なものと引き換えに空を飛ぶのは、ごめんだった。

「なら、空を捨てるのかしら?」
「そんなの出来るわけないじゃない!」

 思わず声を荒げていた。
 でももう、自制が効かなかった。

「駄目なのよ……! 私には空がないと駄目なのよ……! 今まで築いてきたものを切り捨てるなんてことしたくない!
 かといって空を諦めることなんて出来っこない! 私は母さんみたいに強くないの! 紫……私は……私はどうすればいいの……?」

 静かな秋の日の午後に響く、私の慟哭にも似た叫び。
 ああ、カッコ悪いところ見せてるなあ。
 そんなことはわかっている。
 今の自分がどうしようもなく無様なのはわかりきっている。

「霊夢」

 私の声とは対照的に、どこまでも落ち着き払った声で呼びかけてくる紫。
 紫の目にはそんな私がどう映っているのか。
 それが少しだけ怖くて、恐る恐る紫の表情を窺う。

 紫は私の有様に軽蔑の目を向けることはなく、かといって同情をしているようでもなく。

 ただただ見守るように、静かな眼差しを私に向けていた。

「私には理由は示せても、解決策を提示することは出来ないわ」

 聞きようによっては、突き放しているともとれる言い方。
 それはきっと、真に紫に出来る精一杯のことで。
 
「でも、今まで私が話してきたことは単なる過去の事例に過ぎない」

 それでも紫は。

「だから。だからもしかしたら、答えは二者択一とは限らないかもしれないわよ?」

 その精一杯を踏み越えて、胡散臭い笑顔とともに一つのしるべを示してくれた。

「他にも道があるかもしれない……?」
「さあどうかしら? ああいけない、すっかり長話になってしまったわ」

 自分の伝えるべきことは全て伝えたというように、紫が立ち上がる。
 あとは私次第。多分そういうことだろう。

「紫」
「なあに?」
「その……ありがと。お菓子とか、重力の話とか……母さんのこととか」

 どうもこいつにはお礼というものがしにくい。
 慧音にはわりとすんなり言えたのだけれど。
 だってこいつは。

「あらあら、あなたがお礼を言うなんて、明日は雪でも降るのかしら。快晴の巫女らしからぬことね」

 扇で口元を隠しながらおかしそうに笑う紫。
 そう、こいつは絶対こんな感じでからかってくると思った。

「ええいめんどくさい。人の謝意くらい素直に受け取りなさいよ」
「あなたこそ素直じゃないわねえ。霊夢ったらホント、シャイなんだから」

 くだらない戯言を飛ばしながら、紫がスキマを開く。
 その向こう側に消えようとする際に、紫は振り向きながら言った。

「正直に言うと」
「え?」
「あなたが飛べなくなったと聞いて、少しだけ嬉しかったのよ」
「はあ?」

 この期に及んで何を言い出すんだこいつは。
 私にとっては今やこれ以上ないくらいの大問題だというのに、それを、嬉しい?
 大体、博麗の巫女が飛べなくなって職務に支障が出でもしたら、困るのはこいつも同じことのはず。
 ありったけの不審さをこめて紫に視線を向けると、紫は自らの言葉通り、嬉しそうに笑いながら言った。

「だって、あなたにもかけがえのない大切なものが出来たということでしょう?」

 私が呆気にとられて紫の言葉の意味を咀嚼している間に、

「それでは御機嫌よう。良き選択を、霊夢」

 紫は胡散臭い笑みと意味深ぶった言葉だけを残して、スキマの中に消えていった。

「……何だってえのよ、一体」

 紫の置き土産をヤケクソ気味に頬張りながら、今後のことを考える。

 ――良き選択を、霊夢

 まったくもってそれは、宇宙人の繰り出す弾幕よりも遥かに難題だった。


 
 明くる日。
 今日も穏やかな秋の空気が辺りを包み込み、空は雲の一つも抱えることなくその青をいっぱいに広げていた。

「いい天気だ」

 やれやれ、こんな陰気な声色で言うセリフじゃないなあ、今のは。

 紫が帰ってから、私なりに色々と考えてみた。
 空と絆を天秤に置いたとき、果たしてどちらに傾くか。
 
「そんな単純なことじゃあないわよねえ」

 いっそどちらかに傾いてくれたら、あるいはもっと楽になれたのだろうか。

 何かを背負って、何かを捨てる。それが生きるということ、らしい。
 そして私はこうして生きている。
 ならば何らかの結論を出さなければいけないのだろう。

「あーもう、どうしたもんかしら」

 昨日紫に聞いた二人の巫女の話。
 
 例えば空を捨てたとして、私が母のようなことを迷いなく言えるかというと、それは否だ。
 飛べなくなった自分が、幻想郷の連中のまえでこれまでどおり振舞える自信が無かった。
 それは劣等感や責任感ではなくて、自分が自分でなくなってしまうことへの恐怖にも近い。

「だからって」

 これまでの縁を捨てて空に還るというのは、あまりに酷な選択肢だった。
 同じように再び空を飛んだ巫女の末路を聞いた今となっては、もはや論外だと言ってもいい。

「まったく、何回同じこと繰り返したかしら」

 つまりは昨日から堂々巡りの思考ばかりが続いていた。

 いっそ何も選ばずにいようか。
 そんな馬鹿げたことも考えたけど、今の私の不安定さから考えても、それは無理というものだった。

 もっと馬鹿げたことも、一瞬だけ考えた。
 そんな簡単な話で終わるなら苦労はしない。
 それでも思わず縋りたくなる、夢のような選択肢。
 それは――

「……現実逃避はしないって、この前自分で言ったじゃないの」

 自分の都合の良い思考に呆れながら、ぼんやりと空を見た。
 私の心とは裏腹に、相変わらず雲一つない青空。

「……ん?」

 訂正。なんだか黒い点のようなものが見える。
 それはどんどん大きくなって、これまで幾度と無く目にした姿を形作っていった。

「いやあ、スピード出しすぎで切符が切られないなんて、幻想郷はいいところですね!」
「最後の部分は同意だが今の発言はなんとなくヤバイ気がするぜ!」

 騒がしい二人の人間を乗せた箒が起こす風は、掃除をサボった分石畳にたまっていた落ち葉を乱暴に巻き上げる。
 呆気に取られている私に、来訪者たちはからかうような笑みを浮かべる。
 人が空を飛んでくることに驚くなんて、久しく味わってなかった感覚だった。

「よう、なんだか辛気臭い顔してるな」
「景気が悪いのは賽銭箱の中身だけで十分です」

 勝手なことを言いながら、迷惑な客人未満どもは澱んだ空気の溜まった境内へと降り立った。
 なぜかそいつらが、厄介と一緒に希望まで持ってきた使者のように思えてしまった。
 これは私もそろそろ本気で駄目になってきているかもしれない。



***

「ほれ見ろ、言わんこっちゃない」

 何をしに来たというお約束の質問に、魔理沙はお前の様子を見に来たと、これまたお約束になりつつある答えを返した。
 早苗も同じ理由らしい。そしてまた最高級品に手を出そうとしたので全力で阻止した。
 
 とりあえず縁側に座らしたところ、魔理沙に現状の説明を要求された。
 私の様子を見て何か察したのか、あまりにも真剣な表情で迫ってくるので渋々昨日のことを話した。
 もちろん、大切なものが具体的に何なのかは伏せつつ。泣いてしまったことも内緒だ。
 その話を聞いた魔理沙の第一声がこれだった。

「でもまあ、子どもの頃のことは思い出したんだな」
  
 魔理沙は嬉しそうに言う。
 
「それでこそ、こっちも甲斐があるってもんだ」

 よくわからないことを、とても嬉しそうに。

「それにしても、博麗の巫女を縛る『重力』ですか。なんだか魔女の宅急便を思い出しますね」
「おいおい、私は新聞配達も宅急便も始めちゃいないぜ。あ、いや、そういえば何でも屋か、私」

 早苗もよくわからないことをとても神妙そうに言ったが、これは無視してもいいような気がする。
 魔理沙は律儀に反応しているけど。

「でも、本当に調子はイマイチみたいですね。顔色も悪いですし」

 早苗が心配そうに顔を覗きこんでくる。
 幻想郷の住人の例に漏れずマイペースな奴だが、こういうところには本当によく気が回ると思う。

「私、そんなにわかりやすい顔してる?」

 思わず笑いながら尋ねてしまった。
 自分の状態の悪さは自覚していても、それを悟られないようには努めていたつもりだったから。
 魔理沙と早苗は顔を見合わせながら、やれやれと言った風に肩をすくめて言った。

「一目瞭然もいいところだな。覇気がないのはいつものことだがそれにしたって腑抜けすぎだぜ」
「今の笑い方だってそうですよ。その儚げな感じ、あなたはどこの薄幸系ヒロインですか」

 私の努力はまったく功を奏していなかったらしい。
 ため息を吐きながら空を見上げる。もうどれくらいこの動作を繰り返しただろうか。

「私は……どうすればいいんだろう」

 紫にも向けた問いが、独り言のように口をついていた。
 あるいは無意識の内に、二人に何かしらの答えを求めていたのかもしれない。
 それは甘え以外の何物でもないというのに。
 選ぶことは私にしか出来ないというのに。

「霊夢さんはもう一度空を飛びたいんですよね」

 と、早苗は私の無意味な問いに応えるように、私に尋ねるでもなく言った。

「で、重力の原因となってる『大切なもの』」
「そういえば霊夢の大切なものってなんだ? この前言ってた最高級品だかのお茶っ葉か?」
「もしくは極々稀に奇跡のように入ってるお賽銭かもしれません」
「よしお前らまとめて勝負してやる」

 私が大切なものを言えないのをいいことに、こいつらときたら言いたい放題だ。
 なんだか久しぶりにむかっ腹が立ってきた。
 御札を両手に構えて立ち上がると、魔理沙は元気が出てきたじゃないかと笑った。

「……ふん、言ってなさい」

 気勢が削がれてしまった。
 釈然としなかったが、弾幕を放つのは勘弁しておいてやろう。
 それに、少し元気が出たというのは、本当だ。

「話が逸れましたが」
「あんたらのせいでしょうが」
「その『大切なもの』がなんなのかは置いといて、霊夢さんはそれを捨てるのも嫌なんですよね?」
「……ん」

 嫌に決まってる。
 こいつらがここに来てからというものの、改めて強くそう思ってしまった。
 だから一層、迷いも深まる。私は、本当にどうすればいいんだろう。

「じゃあもう答えは一つしかないじゃないですか」

 そんな私の迷いを一蹴するかのように。
 何の気負いも迷いも無く、事も無げに本当にあっさりと。



「何も捨てずに空を飛べばいいんですよ」
 


 奇跡の現人神は、私がおぼろげに捉えながらも見ようとしなかった、奇跡のような選択肢を口にした。


「……は?」
「おお、そうだな。それがいい。よし、早速その路線でサックリ解決編と行こうじゃないか」
「ちょ、ちょっと待ちなさいあんたたち!」

 なぜかもう解決の糸口が見えたとばかりにはしゃぐ二人に、思わず待ったをかける。

「そんなご都合主義みたいな選択、許されるわけないでしょう? 
 それが出来るんなら歴代の博麗の巫女だって――私だって、こんなに苦しんでないわよ!」

 まったく、本当にどこの薄幸系ヒロインだ。
 でも、それでも、私は言わないわけにはいかなかった。

「魔理沙、あんただってこの前言ったじゃない。「現実を見ろ」って。私はどちらかを選ばなきゃいけないの。それが現実なの!」

 こんな自らの命運を分かつほどの選択を迫られているのは、きっと私だけじゃない。
 生きることは選択の繰り返しだと、紫はそう言った。それは魔理沙も早苗も同じことだと思う。
 私は岐路に立つのが少しばかり早かった、ただそれだけのことだ。

「現実、か」

 魔理沙は脱いでいた帽子を手でもてあそびながら、私に挑発的な笑顔を向ける。

「そんなことを言うなんてお前らしくもない。いつものお前なら、私の話なんて鼻で笑い飛ばすだろうに」

 ついこの間のやりとりを思い出す。
 魔理沙の言うとおりだった。その不遜ぶりはとても博麗霊夢らしいと、自分でも思った。
 そして今の私は、もはや言うまでもない。
 
「それにだ。お前の話によると『空』と『大切なもの』のどちらも捨てなかった巫女が今までにいないってだけで、逆に言えば絶対どちらかを選ばないといけないって決まってるわけでもないんじゃないか?」

 ――答えは二者択一とは限らないかもしれないわよ?

 紫の言葉が思い出される。
 二者択一の外に用意された、第三の選択。
 それはいかにも魅力的に思えたが。

「……あんたの言う通りかもね。でも過去の巫女はきっとその選択肢を掴み取ろうとして、それでも今まで誰も出来なかったのよ? なのに私に出来ると思う? そんな、幻想じみたこと」
「出来ます」

 なおも私が都合の良すぎる選択肢を否定していると、早苗は言った。
 私を強い眼差しで真っ直ぐ見つめて、断定口調で。

「ライト兄弟はどんなに人に笑われようと、愚かだと言われようと、飛べると信じ続けたから本当に空を飛んだんです。ピーター・パンもウェンディも、いつまでも信じる心を失わないから空を飛べるんです。そう、本気で空を飛べると信じたバカだけが、空を飛べるんです」
「はぁ? ちょっ、ちょっとあんた、いきなり何の話してんのよ」
「なるほどバカは飛べるか。確かに煙と並んで高いところが好きな奴の代表格だな。その理屈だと私も含まれるのが気に食わんが」

 魔理沙や幻想郷の連中はともかく、ライト兄弟やピーターさんがどちら様なのかは存じ上げないが、バカ呼ばわりされるのはきっと本意でないだろう。
 
「だから霊夢さん」

 失礼な現人神はそんなことは意に介すこともなく。

「バカになりましょう。合言葉は「アイキャンフライ」です!」

 グッと握りこぶしを構えて妙に力強く言い切った。

「あ、あい……?」
「ははっ! そりゃいいな。絶妙にバカっぽいところなんか特に」

 やはり早苗の言うことは意味不明だったが、魔理沙はツボにはまったのか、ドッと笑っている。
 なんだか色々と悩んでるのが急に馬鹿馬鹿しくなってきた。

「もう、私は割と本気で言ってるんですよ?」

 私たち二人の受け取り方が不満だったのか、早苗は頬を膨らます。
 コホンと一つ気を取り直し、早苗はあくまで真面目な顔で続ける。

「あなたが出来ると信じれば、全てを背負って飛べると信じることが出来たなら。霊夢さんなら絶対また飛べると、私は信じてます」

 あまりにも真っ直ぐな言葉を投げかけられて、私は戸惑うしかなかった。

 自分を信じる心。
 それは、今の私に最も欠けているものだ。
 そんな自分さえ信じきれない私なのに。

「早苗」
「はい?」
「どうしてあんたは、そこまで私を信じてくれるの?」

 絶対飛べると早苗は言った。
 絶対とはつまり、100パーセントの信頼だ。
 そんな言葉、生半可な気持ちで使えるものではない。

「あー、それはですねえ。そのぉ、えーと」

 無駄に饒舌だった早苗の歯切れが急に悪くなる。何か言いにくいことなのだろうか。
 早苗は目を逸らしながら、ポツリと言った。

「……霊夢さんは、私の憧れなんです」
 
 突然の早苗の告白に、一瞬静まり返る境内。
 ……えーっと。

「……早苗?」
「おいおい、ここへきてまさかの爆弾発言か? なんだ、私は今すぐ帰ったほうがいいのか」
「ちょっ、何ですかその気の遣い方!? 別に変な意味じゃないですって!」

 なんだか微妙な空気になりつつある場で、早苗は大慌てで弁明しだす。

「あー、ほら、私たち守矢神社が幻想入りしたとき、ちょっと博麗神社と揉めたじゃないですか」

 早苗と出会うきっかけとなった、ある秋の季節の異変。
 今日のように穏やかな風が吹く秋の日に、早苗はあろうことか幻想郷の管理者である博麗に喧嘩をふっかけてきた。
 今思えば碌な出会い方をしていない。まあそれは早苗に限ったことではないが。

「それで妖怪の山で霊夢さんと戦って、私は完敗しました。あんなに完璧に負けたのは、生まれて初めてでした」

 今ならともかく、幻想入りしたばかりでスペルカードルールにも精通していなかった当時の早苗に勝つことは容易かった。
 何せ年季が違うのだ、年季が。

「悔しかった。手も足も出なかったことが、涙が出るほど悔しかった」
「早苗、あんた」

 知らなかった。あの一戦が、早苗のプライドをそれほどまでに傷つけたなんて。

「まったく、やっぱりお前は容赦というものを知らないらしいな。トラウマになったりでもしたらどうするんだ」
「ぐ……」

 もし魔理沙の言うとおりなら、さすがにバツが悪い。
 だが己の古傷を語るにしては、早苗の表情はどこか嬉しそうで。
 そして母さんの話をしてくれたときの紫にそっくりだと、私は気づいた。

「でも同時に思ったんです。「なんてカッコいい人なんだろう」って」

 早苗は晴れやかな顔で、そんなことを言った。
 ……カッコいいって、誰のことだ? いや、流れから言って一人しかいないけど。

「軽やかに空を飛びながら弾幕をかわすその姿、余裕と強気をみなぎらせた表情。外の世界にいたころは周りの同世代の子にそんな人はいなかったから、なおさら強烈な印象を受けました」」
「いや、ね? 早苗」
「そう、私は霊夢さんに憧れたんです。あんなカッコいい女の子になりたいって」

 キャー言っちゃった恥ずかしー、なんて照れてる早苗より、絶対私のほうが10倍は恥ずかしい。
 どう反応しろと。私は真っ赤になった顔を手で隠すほかなかった。羞恥のあまり体もプルプル震えている。
 魔理沙は魔理沙で私たちを、というか私を見てニヤニヤした笑いを浮かべてやがる。覚えてろこんちくしょう。

「まあそんなわけで」

 早苗は恐るべきハートの強さで平常心に戻り、未だ顔の赤らみがとれない私に笑いかけながら言った。

「私はそんなカッコいい霊夢さんを信じてます。ぶっちゃけ今はあんまりカッコよくないけど、霊夢さんならすぐにいつものカッコよさを取り戻して、空だって必ず飛べます」

 私と早苗の関係は、時間に直せばそう長いものではない。
 なのにこんなにも、私に信頼を向けてくれる。
 私はその信頼に、どう応えたらいいんだろう。

 わかっている。答えは既に示されている。

「私は……」

 でもそれを掴み取る自信が無かった。
 早苗は信じてくれているというのに、まだ私が私を信じ切れていない。
 
 最初の一歩を踏み出す勇気が欲しかった。
 あの日のように、空に向かって走り出すための一歩を踏み出す、勇気が。

「よう、カッコいい女の子」

 と、まだ躊躇している私に向かって、

「早苗がここまで言ってるんだ。そろそろ地べたにへばりついてる時間は終わりじゃないか?」

 見慣れた挑発的な笑みを浮かべながら、魔理沙は言った。

「でも……」
「いいじゃないか、幻想みたいな選択肢でも。ここは幻想郷なんだ、それくらいの無茶は許されるさ。それに――おっと早苗、お前のセリフ借りるぜ。死ぬまで借りる気は無いが」
「どうぞどうぞ。今なら延滞料金も無しの出血大サービスです」

 その下らないやりとりで、次に魔理沙の言うことがわかってしまう。
 あるいはそれも、こいつらと積み重ねてきた時間と縁の賜物なのかもしれなかった。
 そして案の定魔理沙は、予想と違わぬセリフを声高らかに言った。

「霊夢、幻想郷では常識に囚われちゃいけないんだぜ」

 常識は真っ当に生きるためにはきっと必要なものだ。
 でもそれは時にしがらみとなって、きつく人を縛る。
 
 今だってそう。
 
 人は空を飛べない。
 空は人の世界ではない。
 世界はご都合主義を受け入れてくれない。
 ご都合主義な選択肢など、掴みとれるはずがない。

 私を地に繋ぎとめてるのは、そういう常識に囚われた私自身でもあるのだ。
 これでは早苗にカッコよくないと言われるのも、無理は無かった。
 
 しかし何度も耳にした荒唐無稽なセリフは、しがらみに囚われた私の心を容赦なく揺さぶる。
 私を縛る鎖が一本ずつ外れていくような、そんな感覚。
 
「あんなに空が大好きだったお前を、空が見捨てるはずないだろう。きっとヤキモキしながら待ってるはずだぜ。「あの空バカはまだか」ってな」

 魔理沙の言葉に一本、また一本。

「きゃっ!?」
 

 そのとき、澱みきった境内の空気を吹き飛ばすように、強く風が吹いた。


「ふー、すごい風ですね。まるで天狗や神奈子様が起こしてるみたい」

 早苗の言うとおりなら、私はそいつらに礼を言わないといけないかもしれない。
 
 久しぶりに、風を感じる。
 私の体を、心を、風が通り抜けていく。
 向かい風を受け続ける私に、追い風を纏いながら魔理沙は続ける。

「何より、お前が飛ばないと私が困る。ものすごく困る」

 風で飛ばされないように帽子を押し付ける魔理沙。
 その表情も、その言葉の真意もわからなかったけど。
 確かなのは、改めて強く胸の中で吹き荒れ始めた空への憧憬。
 
 知らず、空を見上げていた。

「早苗はお前を信じてる。私もお前を信じる。これで不足だって言うんなら、幻想郷の連中片っ端から集めてきてやってもいい。きっと皆、お前がもう一度飛ぶことを願ってくれるさ」

 私から空を奪った『重力』。
 私を再び空へ押し上げようとしているのは、他ならぬ重力の原因そのものだった。

「羽休めはもう十分だろ?」

 魔理沙が不敵に笑う。
 早苗もこちらを見て頷いた。
 私は――

「さあ霊夢、お前はどうしたい。お前が選ぶ選択肢は、どれだ」

 私が、本当に選びたい選択肢。
 わかりきっていた答えを掴む覚悟が、ようやっと決まった。

「飛びたい」

 また風が吹く。

「もう一度、飛びたい」

 ずっと待ち望んでいた風が吹く。

「何も捨てずに、また空を飛びたい!」

 溜まりに溜まった私の心の澱みを吹き飛ばすように、強く風が吹く。

 今やこの風に乗ってすぐにでも空に飛んでいけそうなほど、私の心は軽くなっていた。

 そして魔理沙は、

「そうさ。たとえ飛べなくったって霊夢は霊夢だが、飛ぼうともしない霊夢は霊夢じゃない」

 私の選び取った答えを心から祝福するように笑いながら言った。

「それでこそ、私の知っている霊夢だ」

 その笑顔を見て、確信した。
 私は、良き選択が出来たことを。


 さて、これで覚悟は決まった。でもまだ何も解決してはいない。
 これから歴代の博麗の巫女が誰一人として、母さんでさえ為し得なかったことに挑むのだ。
 もしかしたら私のやろうとしていることは、無謀な試みでしかないのかもしれない。
 
「ああ、やってやろうじゃないの」

 だからこそ私は――笑った。

「私は博麗霊夢。無重力の巫女。重力だなんて、そんなもん目じゃないわよ!」

 ありったけの余裕と強気を振り絞って、自分を奮い立たせるように、笑った。

「うんうん、カッコいい霊夢さんが戻ってきました」
「いやぁ、ここまで長かったな。まったく世話の焼ける」

 なんだか随分と待たせてしまったみたいだ。
 魔理沙も、早苗も、そして空も。
 
 だからもう、迷わない。
 私の目指すただひとつの場所に指を突きつけながら、宣戦布告する。

「待ってなさい。すぐそこへ飛んでってやるわ!」

 指し示した指の先。
 今日も変わらず、空はそこにあり続ける。

 

***

 私は高台に立っていた。
 
 視線の先には、私が初めて空に向かって跳んだ、あの断崖。
 
 もう一度空を飛ぶには、もう一度『博麗霊夢』を始めるには、私が空と出会ったこの場所をおいて他になかった。
 
「じゃあ先に行くぜ。霊夢、ちゃんと私のとこまで来るんだぞ」
「ん、わかってる」

 魔理沙が箒に乗って一足先に空へ昇ってゆく。
 
「でもこれで本当に飛べるようになるんですかねえ。いや、けしかけた私が言うのもなんですけど」

 飛べるようになってやるといっても、具体的な方法が示されているわけではなかった。
 先例がないのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
 さてどうしようかと三人で考えた結論が、

「初めて空を飛んだ瞬間を再現する。なかなかそれっぽい案だと思うけど」

 あーでもないこーでもないと相談する中で、早苗がポツリと言い出したものだ。
 本当、こいつはたまに一直線で核心をついてくる。博麗の勘顔負けだ。

「だけど失敗したらえらいことですよ。新聞で博麗の巫女の飛び降り自殺が報じられるなんて嫌過ぎます」
「私だって嫌よそんなの。大丈夫だって。そうならないために、あんたと魔理沙がいてくれるんでしょ?」

 そう。もし万が一私が飛行に失敗したときには、二人が助けてくれる算段になっている。
 こんな無茶な計画が実践できるのも、二人がいてくれるおかげだ。

「悪いわね」
「へ?」
「いや、本当なら私個人の問題なのに、ここまで付き合わせちゃって」

 私がそう言うと、早苗は目を丸くした。
 そして肩をすくめ、ため息を吐きながら早苗は言った。

「だーかーらー、私も魔理沙さんも、好きでやってるんですってば」

 少し不満そうに、頬を膨らます早苗。
 ……あれ? 私、変なこと言った?

「特に魔理沙さんはね、あなたが空を飛べなくなると、とーっても困るんですよ」
「……はあ?」

 魔理沙が、困る?
 そういえばさっきも魔理沙がそんなことを言っていた気がする。

「ああもう、まったく霊夢さんは鈍感なんだから! 本当は口止めされてたんですけど、もう言っちゃいます」

 なぜそんなことを言われなければいけないのかまったくわからない。
 抗議しようとする私に口を挟ませる隙を与えず、早苗は続けた。

「霊夢さん、魔理沙さんがどうして魔法使いになったか、わかります?」

 魔理沙が魔法使いになった理由?
 どうして今そんな話が出てくるのか。
 
「……さあ。そういえば聞いたことなかったわね。別にわざわざ聞くようなことでもないし。あいつのことだから魔法の力に憧れたとか、親への反発だとか、そういうのじゃないの?」

 昔からあいつは家のしきたりやら大人の小言やら、自分の取り巻く環境や常識を嫌っていた。
 そんな魔理沙だったから、あいつは魔法という非常識に手を出したのだと思ったのだが。

「私、魔理沙さんにお二人の昔話を聞かせてもらったんです。それを聞く限りでは、まあ多分霊夢さんの考えは大体合ってると思うんですけど。でも、他にも理由があるんです。今はこの理由が大事なんです」
「ふうん? よくわからないけど……それが私が空を飛べなくなることと関係あるの?」
「もちろん大ありです」

 私の疑問に大きく頷くと、早苗は真剣な表情を向けて答えた。

「魔理沙さんは、霊夢さんと一緒に空を飛びたかったんです」

 その答えは私にとってまさしく予想外と言えるものだった。
 だって、どうして私の名前が出てくるのか。
 
「私と……一緒に?」

 頷く早苗。
 今まで深く考えたことも無かった、魔理沙が魔法使いという道を歩み始めたきっかけ。
 それが全てではないにしても、その理由はあまりにも単純というか子どもじみているというか。
 
「それ、本当なの?」
「私も話を聞いたときは笑っちゃいました。でも魔理沙さんは私が笑うのにも構わずに、大真面目に言ったんです」


『だって親友があんなに憧れる世界だぜ? だったら行ってみたくもなるじゃないか。どうせならあいつと一緒にな』
 

「は……」
 
 私は言葉を返せなかった。
 
「ははっ」

 いや、今度は泣かない。母さんの話とは違って、こみあげてくるものは、涙ではない。

「あはっ! あははははははっ!」

 爆笑した。
 腹がよじれるほど笑った。
 ああ、笑いすぎてやっぱり涙が出てきた。

 もうおかしいやら照れるやら嬉しいやら、自分でも何がなんだかわからなくなってきて、笑うしかなかった。
 早苗はそんな私を見て面食らったような表情をしたが、次第に釣られて一緒に笑い出した。

「ああもう! 本っ当に恥ずかしい奴ね!」

 涙を拭きながら、あいつのいる空を見上げる。
 青空の中にポツンと浮かぶ黒白を見て、自然と笑顔がこぼれた。

「おーい! 何二人して笑ってるんだー!? さっさと始めようぜー!」

 自分の恥ずかしい話が暴露されたことなんて知る由もなく、魔理沙は痺れを切らしたように叫ぶ。
 そんなあいつを見て、私と早苗は顔を見合わせながらまた一緒に吹き出した。

「これでわかったでしょ? 霊夢さんはなーんにも気に病むことなんてないんです。というかそんな余計な気遣いがまた重力になったりしたら、そのほうがややこしいじゃないですか」
「……重力、か」

 思えば今の私は、大切なものを自らを縛りつける枷にしてしまっている。

 慧音は昔と変わらない笑顔を浮かべて言った。時が経とうとお前は私の生徒だと。

 紫はどう解釈していいものかわからない笑顔で言った。ずっと私を見ていたと。

 母はきっと心から言った。私を愛したことを誇りに思うと。

 早苗は聞いてるこっちが赤面してしまう話を交えながら言った。カッコいい私を信じていると。

 魔理沙は私のいないところで大真面目に言った。親友の私と飛びたいと。

「――うん」

 私はこんなにも多くの人との絆で結ばれている。
 それはきっと、とても幸せなことなんだと思う。
 
 だから私が空を飛べない理由を、大切な絆の「せい」にするわけにはいかなかった。

「大丈夫」
「え?」
「飛べるから」

 早苗の言ったこととは食い違っていたけど、それでも早苗は笑って頷いてくれた。

「霊夢さん」

 まっすぐ私を見つめる早苗の表情に、思わず息を呑んだ。
 その顔には、まさしく現人神と呼ぶにふさわしい威厳が備わっていた。

「あなたは空だけを見てください。さすればこの東風谷早苗、守矢の名に賭けてあなたを空に運ぶ一陣の風となりましょう」

 厳めしく言い切ると、早苗は一転ウインクをしながら、親指をグッと立てた。
 まったく、変な奴だ。そしてどこまでも頼もしい。

「早苗」
「はい」
「ありがとう」

 正面から、心から言えたと思う。
 あんまり私の性質じゃないけど、ここはちゃんと言っておかないといけない気がした。
 
「うん、謝られるよりそっちの方が断然嬉しいですね」

 早苗は言葉通り嬉しそうに笑いながら言った。

「それ、早く魔理沙さんにも言ってあげてください。いい加減行かないと、マスタースパークが飛んできますよ?」

 それは困る。私を待っているあいつが寂しがってベソかいてもアレだ。
 最後にカッコよく映ればいいと思いながら、早苗に笑いかけた。

 そして改めて断崖の方に向き直り、前を見据える。

「――っ」

 ドクンドクンと心臓の鼓動が高まるのを感じ、思わず胸を押さえる。
 翼を持たない人間にとって、今から私がしようとすることは本来自殺行為そのものだ。
 いくら二人が助けにきてくれると頭では理解しているとはいえ、空の飛び方を忘れた今の私が本能的に恐怖を感じるのは無理からぬことだった。
 
「ふぅぅ……」
 
 息が詰まりそうになる。
 私に粘っこく纏わりつくこの感情もまた、私を縛る重力なのかもしれない。
 だとすればこの恐怖をねじ伏せないことには、空は遥かに遠い世界のままだ。
 
 ではこの感情に打ち勝つにはどうすればいいか?

 幸いにも私はその答えを持っていた。

 ――本気で空を飛べると信じたバカだけが、空を飛べるんです

 不本意だけど、今だけはバカになってみよう。
 恐怖を感じないくらいに、幻想を現実に変えられると信じられるくらいに。

 私は大きく息を吸い込んで――



「あ――いきゃ――んふら――――い!!!」

 

 言い終わると同時に、走り出した。
 足は恐怖に竦むことなく、力強く回転してくれた。


「イエス! ユーキャンフライ!!」


 後ろで早苗の声が響くと同時に、強く風が吹いた。

 早苗の叫びと奇跡を追い風にして、スピードを上げる。

 もっと速く。
 ちんたらした助走じゃ、高くなんて飛べっこない。
 何せ空はあんなに遠いのだ。
 だから風に乗って、風になって、もっともっと速く!

 徐々に断崖が近づいてくる。

 その思ったときにはもう、空を見上げていた。

「魔理沙!」

 この声が、あいつのいる空へ届けばいいと思った。
 そうしたら、たとえ音速には追いつけなくても、その声を追ってあいつのいる所へ飛んでいける気がした。

「ああ! 来い、霊夢!」

 届いた。
 魔理沙の呼び声に引っ張られるように、私はさらに加速する。
 
 もう恐怖は無かった。

 代わりに私の心を占めるのは、溢れんばかりの空への憧れ。
 私を苦しめてきたそれは、今や再び空へ飛ぶための原動力の一つとなっていた。

 もう一つは――

「っは! っは……!」

 走馬灯のように浮かび上がる、幻想郷の住人の顔、顔、顔。
 こうすると何だか死の間際のようだけど、私はここで終わるつもりは毛頭ない。
 今必死こいてやってることは、もう一度私を始めるための助走だ。
 
「――ははっ」

 しんどいけど、精一杯笑ってやる。
 この絆が重力となって私の重荷になるというのなら、もうそれはそれでいい。
 それならその重力に負けないくらいに、思いっきり飛ぶだけだ。


 目前に断崖が迫る。

 初めて空を飛んだときのような無垢さは、もう私には無いかもしれないけど。

 それでも私は信じる。必ずもう一度飛べると。
 そう言ってくれたあいつらの言葉を、空が大好きな自分自身を、ただひたすら信じる。

 そして空へ。

 ずっと憧れ続けたあの空へ。

 全てを背負って、遥かに遠い無限大の空へ。



 その遠い遠い世界へ向かって、私は強く地面を踏み切った――

「――ふ!」

 体が、虚空へ投げ出される感覚。
 自分でも驚くほど高く跳んだ私の体。なんとか冷静になって姿勢制御に努める。
 最高点に到達した体は一瞬の静止ののち、しかし地面に向かって吸い寄せられる。

 私は体を押し上げるように強く吹く上昇気流を突き破るように、真っ逆さまに落ちていた。
 あたかも重力が私の無謀をあざ笑うように手を引いているようだった。

「――くぅ!」

 そんな絶望的な自由落下の中、奥歯を噛み締めてそれでも上を、空だけを見続けていた。
 そうしないと、もう二度とあそこへは還れない気がしたから。

 空で待っていた魔理沙が血相を変えてものすごいスピードで飛んでくる。
 視界の端では、断崖から早苗が飛び降りてくるのも見えた。

 二人して必死の形相を浮かべているのを見て、思わず笑みがこぼれる。

 


 土台無理な話だったんだ。



 こんなにもおせっかいな奴らとの絆を捨て去るなんて。



「霊夢――!」
「霊夢さ――ん!」

 どんどん私に近づいてくる二人。
 しかし上を見続ける私の意識は、一瞬二人をその外へと置いた。
 代わりに捉えたのは、猛スピードで飛んでくる二人のさらに後方。



 そこに広がっていたのは、嘘のように晴れ渡った、雲ひとつない青空。



「――ああ」

 翼を持った人間なんて、いない。
 そして人にとって空はいつだって、どこまでも遠い世界で。

 だからこそ私は、そんな空に。

 遥かにして広大な無限の空に、憧れた。


 そしてその憧れを胸に、私は高く高く――


「――飛ぶんだ」


 体の重さが消えたような気がした。
 その感覚は、私が空を飛ぶときにいつもイメージしていたものだった。

 周りを吹く風を捉えて、空気の床を強く踏み切る。

 助けに来た二人をかわすように、私は重力を無視して軽やかに――




 空を、飛んだ。
 
 
 
 今まで飛べなかったのが不思議なくらい、私は自由に空を飛べていた。
 胸を突き上げてくるような衝動のまま、グングン高度を上げて。
 
 少し振り返ってみれば、呆気にとられたような二人の顔、そして。

「わあ……」

 あの日と同じように、米粒のような大きさの人里が遥か眼下に広がっていた。

「随分遠いとこまで来ちゃったなあ」

 その光景を見て知らず口にしていたのは、空と大地を隔てる果てしない距離。
 私は空の遠さを思い出した。
 だから今、自分がどれだけ普通でないことをしているかもわかっている。

「そう……。そうよね、そうだったんだよね」

 再び幻想は現実に、私は空を飛ぶという常識を取り戻した。

 だけどもう決して、空の遠さを忘れたりしない。

「おーい!」

 二人が私の元へ飛んでくる。
 
「この野郎、何一人で感慨に浸ってやがる」
「ホントですよもう。私たちがどれだけ焦ったと思ってるんですか」

 見れば二人とも息を切らして、顔には汗が浮かんでいた。
 これは相当焦らせてしまったらしい。

「魔理沙、早苗」

 二人には悪いと思いつつ、返す言葉は一つ。

「ありがとう」

 それだけしか言えなかった。
 他にも言いたいことは色々あったけど、それらを全部ひっくるめたら、これが一番いいと思った。
 もともと私はそんなに口が上手い方ではないのだ。

 私の簡潔な礼の言葉に二人は顔を見合わせると、やれやれといった風に首を振りながら苦笑した。

「礼はいいぜ。それよりも客にはまずお茶くらい出せ。今からでもいいから」
「もちろんその時は最高級品を出してくれると大いに喜びます」
「あんたらねえ……」
 
 二人はこれで一件落着というようにお茶をたかる。
 いやまあ、ここまでやってくれたのだから、さすがの私もとっておきのお茶を出すくらいの用意はある。

 だけど、もう少しだけ。

「はぁ……わかったわかった。最高級品もおいしいお菓子も出すわよ。でも、その前にさ」

 せっかくまた空に還ってきたのだ。
 
 だからもう少しだけ。

「もう少しだけ、三人で飛ばない?」

 まだ風を感じていたい。

 空の青を見ていたい。

 こいつらと一緒に、空を飛び回りたい。

 私がそう提案すると、魔理沙は面食らったような顔をし、早苗は全てを了解するように頷いた。
 そして魔理沙は帽子を深く被って顔を隠すと、聞き逃しそうになるくらい小さな声で言った。

「おかえり」

 ちらりと見えたその表情。
 とても嬉しそうで、それでいて今にも泣き出しそうな、とても反応に困るものだった。
 ええい、だからそういうややこしいのはやめろってえの。

 私は魔理沙の表情には気づかないふりをして、

「ただいま」

 精一杯笑いながら、目の前の天邪鬼でおせっかいな親友に応えた。
 魔理沙も帽子を上げて、笑った。
 どう見ても無理やりでいかにも不恰好なその笑顔に、私も少しこみ上げてくるものがあった。

「さあさあ、空を飛ぶ巫女さん復活記念です! 景気良くパーッと飛び回っちゃいましょう!」

 ある意味空気を読めすぎている早苗が、手を打ち合わせながら威勢よく言った。

「ってお前が仕切るのかよ!」

 魔理沙もすっかり調子を取り戻した、というか無理やり戻されたようだ。
 本当に騒がしい奴らだ。
 でもこの騒々しさこそが、私の待ち望んでいた風だったのかもしれない。
 だから私は、迷いなくこの風に乗ってやる。

「何だっていいわよ。さあ二人とも、ボヤボヤしてると置いてくわよ!」

 先陣を切って、広大な空の中へ飛び込んでいく。
 
 風が舞う、雲一つない青空。

 今日は、飛ぶにはいい日だ。

「おいおい、いくら復活したからって私にスピードで勝とうなんて虫が良すぎるぜ!」
「ならば私は魔理沙さんの後ろにピッタリくっついてスリップストリー……ってちょ、速過ぎます!」

 あっという間に私を抜き去って勝ち誇る魔理沙。
 まったく、いつからそういう勝負になったんだか。

「ふふん、空はお前の独壇場じゃあないんだぜ!」

 でも、とても楽しそうに空を飛ぶあいつの姿を見ていると、こっちまで楽しくなってくる。
 もう一度こいつらと飛べてよかったと、心から思う自分がいる。

「上等! 博麗が無重力を名乗る意味を、嫌ってほど思い知らせてあげるわ!」
「おお、なんだかヒートアップしてきました! これは私も神の力を魅せないといけませんね!」

 全速力で、先を行くあいつを追う。

 風を切って、何の障害もしがらみもない自由な空を、大切なものを抱えながら飛んでいく。

 今なら母さんに負けないくらい、自分を誇れる気がした。

「あはっ!」

 胸にこみあげてくるものに、笑みが抑えられない。

 そう、空への憧れとともに、新たに私の胸に広がり始めた想い。


 翼を持った人間なんて、いない。
 そして人にとって空はいつだって、どこまでも遠い世界で。

 だからこそ私は、そんな空に。

 遥かにして広大な無限の空に、憧れた。

 その憧れを。

 そして空を飛ぶことの喜びを胸に秘めて。


「また会ったわね、空。随分待たせちゃったけど大丈夫、もうどこまでも飛んでいけるわ!」


 私は大切なものと一緒に、高く高く、空を飛ぶ。
世界で一番空が似合う巫女さんのお話。
エア・ギアのようなものを目指して書いてみたらこうなった。
あと個人的に大好きな曲でもある「G Free」は霊夢のテーマだと勝手に思ってたりします。

私事ですが、初めて筆を執ってからいつの間にか一年が過ぎていました。
ここまで作家の真似事を続けてこれたのも、ひとえに読者の皆様、そして作品への温かいコメントのおかげです。
今までの分も含め、改めてこの場を借りて厚くお礼申し上げます。
そしてこれからも、皆様に少しでも楽しんでいただける作品を書けていけたらと思います。

それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。
おつもつ
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コメント



0.2560簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
空飛ぶ素敵な巫女さんは、再び"空との繋がり"を得たようです。

ところで早苗、イェス ユーキャンフライは川の中に突入フラグだ。
7.100名前が無い程度の能力削除
慧音先生が霊夢の恩師っていう設定がどつぼ。

気持ちの良いSSでした。
10.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷に愛さ霊夢。
どうしようも無いと思った時にこそ、そこに居てくれる人達のなんと心強い事か。
繋がりの大切さを感じますね。魔理沙と早苗の話の下り、そして最後の霊夢の心境の変化にグッときました。
天下無敵な霊夢さんもいいけど、やっぱ年相応に悩んだり葛藤するんだろうなぁと思うと、また可愛さ倍増ですね。
11.100名前が無い程度の能力削除
空がうつほに見えてしょうがなかった系の話があるらしい
18.100名前が無い程度の能力削除
無重力の巫女であろうとなかろうと素敵な仲間達との素敵な縁は途切れないぜ
21.100名前が無い程度の能力削除
>>18
魔理沙かよw

たまたまかけてた大空魔術から天空のグリニッジが流れてて、G Freeが終わる寸前に読了した
なんという偶然。おぜうに感謝しとこ

チャ~チャラララッチャ~ラ~チャ~チャ~ラ~チャ~♪
23.100名前が無い程度の能力削除
アイキャンフライと叫んだところでちょっと笑ったけど高台に行ってから飛ぶまでのシーンが凄く良かったです。
27.100名前が無い程度の能力削除
完璧 すばらしい
33.100名前が無い程度の能力削除
好きなところしかなかった
34.90名前が無い程度の能力削除
早苗さんがいい味出してました。
37.100名前が無い程度の能力削除
これは100を入れざるを得ない。
44.100とーなす削除
キャラクターたちが生き生きと描かれていてよかったです。
何だかんだで喜怒哀楽の激しい霊夢、おせっかいな親友の魔理沙。
早苗さん……はもう少し落ち着いてほしい気もしたけど。
とにかく、キャラクターたちの感情や台詞が、ストレートに伝わってきました。いいSSでした。
45.80名前が無い程度の能力削除
霊夢の母親が生きているという設定が特に気に入りました。
なるほど、寺子屋に通う霊夢、そういう物もあるのか!
46.100名前が無い程度の能力削除
慧音を先生と呼ぶところとか、霊夢の母親とか
霊夢の幼少期の設定が割と好みでした。
50.100名前が無い程度の能力削除
勢いが素晴らしいです
55.100名前が無い程度の能力削除
爽快。
霊夢は達観してるところばかり書かれる印象だけど
こうやって苦悩してる姿もあったほうがいいと思う
57.100名前が無い程度の能力削除
寺子屋設定とか、お母さんとか、魔理沙が魔法使いになった理由とか、早苗さんの茶目っけぶりとか、悩む霊夢とか。
どれこれも面白かったです。
何よりも空を飛ぶシーンがすごすぎ。
こちらまで空への憧れの気持ちで飛べそうになるくらい、空を飛ぶ感覚をリアルに爽快に掴めました。
ほんと大好きな作品になりました。
読んでよかった…!
58.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。実に爽やかな弾幕少女達の青春物語でした。

あと後書きの
>世界で一番空が似合う巫女さん
激しく同意。飛んでる姿が全く違和感ない巫女さんは霊夢くらいですよね!
62.100名前が無い程度の能力削除
早苗さんが良いキャラすぐる
69.100名前が無い程度の能力削除
作者様独自の設定がすごく活きていて本当に面白かったです。
70.80名前が無い程度の能力削除
爽やかでいいな
72.100ルミ海苔削除
霊夢の気持ちがありありとなぞれる素晴らしい文章でした。
74.100非現実世界に棲む者削除
最初から最後まで見所があった素晴らしい作品でした。
空を飛ぶ不思議な巫女は今日も幻想郷の空を飛び回るのであった。

もちろん、大切な人達と共に。いつまでも。
75.100名前が無い程度の能力削除
いい・・・
76.80愚迂多良童子削除
なにか大事な物を得た巫女は飛べなくなるって言う法則からも自由になったのか。
魔女の宅急便みたいと思ったら早苗がw
80.90ミスターX削除
タイトルだけ見ると、Gが違う意味に言えてしまう