紅魔館の冬は厳しい―
現実問題厳しいか否かはともかくとして、外に出るとやはり寒い。
ほふぅ、と息を吐けば後ろの紅い館には似つかわしくない真っ白な息。
それを見つつ、ぽつりとつぶやく。
「今日は寒くなりそうですねぇ…」
門番隊に支給されるコートを羽織り、いつもの生足ではなくズボンを履いてはいるものの寒いものは寒い。
「ん、おや」
ちらほらと、雪が降り始めてきた。
どうやら山の方から雪雲が下りてきているらしく、ここから見る限り妖怪の山はすでに上半分が真っ白になっていた。
「あー…積りそうですねぇ…」
長く生きている、というのとは比較的無関係に、積る雪と積らない雪の違いはなんとはなしに分かる。
雪かきが大変だなぁ、だとかまた例年通り雪合戦に突入になっちゃうのかなぁ、だとかを曇りのせいか薄暗いけれど雪のおかげでほんのり白くなっている空を観ながらぼんやりしていると。
「よーう、美鈴。寒いから温かいお茶を頂きに来たぜ」
薄暗い、やや白が多めの灰色の空に真っ黒と真っ白のコントラストを持った魔法少女が舞い降りた。
「やー魔理沙。寒いのに元気そうね」
「動くと暖かいものだぜ」
にへら、と笑う魔理沙にふにゃっと笑う美鈴。
「あんた、そのマフラー」
魔理沙の首には、まだ新しい感じの黒と白のニットで編みこまれたマフラーが巻かれていた。
「ん、これか。アリスがくれたんだぜ。『体冷やして風邪ひいたら廻り廻って私がめんどくさい事になるんだからこれでも巻いてなさい!』って言われてさ」
はーやれやれ、といった感じで語る魔理沙の頬が寒さによるものではなくやや赤らんでいるのを見逃す美鈴ではなかった。
「じゃ、じゃぁ、とりあえずここは通してもらうぜ!」
「んあ、どうぞどうぞ」
「うむ、御苦労御苦労」
寒さによるものでない頬の赤さと顔の赤さに気付かれまいと、帽子を深めにかぶりそそくさと門の中に入っていく。
「あ、そうだ」
と、そこで振り返り
「これ、アリスが今日のお茶受けにってくれたんだが、量が多いし」
小さく綺麗にラッピングされた袋の中には、まだ温かいスコーンが入っていた。
「おお、まだ温かい」
「おう、便利だろ、コレ」
そう言って懐から八卦炉を取り出す魔理沙。
「そうね、私と門を吹っ飛ばす機能さえなければ最高だわ」
「はっは、それがなきゃ他に何をしろって話だよ」
「とても汎用性の利く暖房」
「それじゃ宝の持ち腐れってやつだぜ。さて、じゃ、それ温かいうちに食べてくれな」
そう言うと今度こそ中に入って行った。
その背中に、似合ってるわよ、と投げると代わりにうるせー!という声が返ってきた。
気が付けば丁度14時を回ったところ。
やや早い八つ時に早速頂いたスコーンを食べ始める。
その味と持ち前の食欲で、あっという間に食べ終わり、そのあったかさと甘さに満足しつつ。
あの人形使いさんのお菓子はいつでもおいしいなぁ、と思いながらふと見ると、向こうの湖で氷精と冬の忘れ物達が戯れていた。
いつぞや、図書館で読んだ外の世界のスポーツのようだ、と思った。
(なんでしたっけねぇーアレ)
どうでもいいことほど思い出すのに執着してしまう程度の思考をしていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「フィギュア・スケートね。スケートリンクと言う氷の上でジャンプ、スピンなどの技を組み合わせ音楽に乗せて滑走する競技。図形、つまりフィギュアを描くように滑る様がその名の由来よ」
「…声に出てましたか?パチュリー様」
あの引きこもりの病弱っこがよりにもよってこんな寒い日に外に出ていることの驚きを一切顔に出さず、尋ねた。
「…口に出ていたのよ。今みたいに」
「はっ!!…失礼しました。でも、本当に珍しいですね、パチュリー様がこんな悪天候な日に外出されるなんて。お体に障りますよ?」
「…貴女は本当にもう…。いや、まぁ、いいわ。私もこんな日には外には出たくなかったのだけれどね」
「?」
「あの白黒が自分の箒に躓いて転んで本棚が倒壊してしまってね?」
「あぁー…」
あの図書館はいくらメイド隊が掃除をしても尋常でない埃が出てくる。
メイド長が音を上げたと言えばわかるだろうか。その規模が。
「でも、なぜわざわざ外に?まだ館の中の方が暖かいのでは?」
「そう、それなの」
「へ?」
す、と小さなあまり飾り気のない箱を差しだされる。
「なんですか、これ?」
「外の世界の、保温ジャー?とかいう、魔法も科学とやらも使わずに中のものが温かいままに保てるという弁当箱」
「へー…。で、何故私に?」
「原理自体は比較的簡単だったから作ってみたのだけれど…」
ふ、と後ろ、紅魔館を眺めるパチュリー。
「この館で弁当が必要なのって外勤のあなたぐらいなのよね」
「あー…。なるほど。これを私に?」
「そう。ちなみに中身入りよ。おやつだとでも思って食べなさいな」
「わーい、ありがとうございますっ」
す、と微笑むパチュリーにふにゃっと笑う美鈴。
「じゃ、私はそろそろ中に戻るわ。貴女も、風邪、引かないようにね」
「パチュリー様こそ、お大事に」
「…それ、まだ使わなくていい言葉よ」
さくさくと、既にやや積った雪を踏みながらパチュリーは戻っていった。
中身は何故か精進料理だった。命蓮寺も真っ青のクォリティの。
お腹もなかなかに満たされ、15時をやや回ったころ。
美鈴の敏感な気は明らかな『危険』を感じ取っていた。
明らかに迫りつつある、脅威―……ぉ‐ぃ
美鈴は長い間生きてきた妖怪であり、近接戦闘、つまりスペルカードを使わないルールではここ幻想郷においても屈指の実力者である。ぉ‐‐ぃ
故に、ここ、紅魔館の門番の長という大役を仰せつかっているのだが。
その美鈴が、まるで太刀打ちできない程の脅威―
「おーい、美鈴さーん」
「うひぇぁいっ!!!眠ってはいません!!!むしろ起床してます!!!」
―だいたいの想像通りやっぱり眠気であった。
明らかに慌てて起きた後の頭の回転の仕方をさせ意味がわかるだけによく意味がわからない事を叫ぶ美鈴。
「目は見開いて…!!あれ、小悪魔さんじゃないですか。これまた珍しい」
数瞬かけて冷静になった美鈴の前には、いつもはパチュリーと一緒にいる図書館の司書、小悪魔が立っていた。
「えぇ。どうもこんにちは。先ほどパチュリー様にお弁当貰いませんでした?」
「いただきましたよーとってもおいしかったです!」
「それで、その、同じ研究でできたものなんですが」
渡されたのは水筒のようだがどちらかと言えばピッチャーに近い形をしているものだった。
「これは、飲み物を入れるアレに似てますね」
「まぁ、アレと同じで飲み物を入れるものです。ただ」
「何もしなくても保温されるって事ですね?」
「そうです!というわけでこちらも差し上げるように言われましたので、持ってきました」
「これはどうもどうも」
こぽこぽ、と外の気温が低いからかもうもうと立ち上る湯気を自分の能力で操って視界を良好にしながらなんとなく龍の形にしてみながら『そんなこともできるんですか!?』と割とガチで小悪魔にびっくりされながら注いでみたら、綺麗な緑色といい香りが立ち上ってきた。
「緑茶ですか?紅魔館によくありましたね」
「『精進料理に合うものは…やっぱり緑茶ね!』とか言いながらパチュリー様が倉庫から見つけたものです」
「…いつのだろう」
まぁ、これだけいい香りなのだ。悪くなってる事はあるまい、と思いずずっと一口。
「はふぅー…あったまりますぅー」
「喜んでいただけて何よりです。では、私はこれにて」
にこっと悪魔らしくない笑顔で頭を下げる小悪魔をふにゃっとした笑顔で見送る美鈴。
しばらく温かいお茶で暖かい気分を味わいながらその湯気を色んな形にして(例:百分の一スケール兵馬俑)遊んでいたら、まだ18時だと言うのにいつの間にか日がとっぷりと暮れていた。
すっかり日が落ちるのが早くなったなぁ、と思っていると美鈴に影がかかった。
「お嬢様、そんなところに登っていると咲夜さんに怒られますよ」
「むぅ、少しは驚けよ。ふと上を見たらヴァンパイアがいるってよくあるホラーの一人目が殺されるシチュエーションだろう」
ふわり、と美鈴の横に降り立つレミリア。
しかし、今の完全防寒のもっふもっふした姿を見てヴァンパイアだと分かる人が、あまつさえ恐怖を感じる人がいるのだろうか、いやいない(反語表現)
「しかし今日の門前は千客万来ですね。いや、身内だから客と言うかなんというか」
「ん?」
「独り言です」
「そうか。独り言は認知症の始まりらしいぞ」
「あっはっはーまだまだそんな年じゃないですよー」
と言いつつ手でレミリアの横腹を小突く。
「あっはっはー私の5倍は生きてるだろうがこの野郎ー」
と言いつつ美鈴のへそ辺りを小突く。
そうやってだいたい3分くらい小突き合って(途中から突き合いになっていた)後。
「ふー…。ところで、お嬢様はどうしてここに?咲夜さんに振られましたかそうですか」
「お前マジで抉るぞマジで。寒くていつもより少し早く起きてしまってな。咲夜は食事の準備で忙しそうだし、かといって図書館にはKEEPOUTって書かれたテープで封鎖されてたし。フランはまだ眠ってるし。さてどうしようかと思ったら」
「思ったら?」
「窓の外に見事なスチームアートが見えたので、思わず」
「…楽しんでいただけて何よりでございます」
「うん、というわけで」
「はい?」
「おひねりくれてやるからもっとやれ」
「是的」
その後また3分くらい美鈴によるスチームアートショーが展開された(例:史記の『四面楚歌』及び『虞美人草』の一幕)
「―いかがでしたか?我的主?」
「―はー…アンタって…」
「はい?」
「ホントに器用ね…」
心底感服した顔で、拍手をする。
「はいどうも、Спасибо、謝謝、thanks my lord」
「何処人だよ。じゃ。はいおひねり」
といってやや小さな紙袋を渡すレミリア。
「わーいなんだろなんだろ…包子?」
「そう。台所にあったのを持ってきた」
「えええええ…なんかそれ確実に夜食じゃないですか私用の…」
「不思議なことに冷めないのよね、それ」
「ええええええ…だからそれ確実に咲夜さんの能力じゃないですか…」
「さ、お上がりなさい」
「えええええええ…ことごとくガン無視とか…食べますけど…」
かぶりつくと、熱々ではないがほふほふぐらいの熱さで、生地はふっくら中身はジューシーという逸品だった。
「あー…美味しいなぁ…」
寒い中で食べる肉まんのあまりのうまさとこれから先高確率で起こるであろう惨劇に、美鈴は涙をこぼした。
その後、門番隊の宿舎にて夕食として出された夕食を済ませ、再び門番業務に。
埃まみれでげっそりとした魔理沙が帰って行ったのは、既に21時を過ぎていた。
「あー…夜はさらに冷えますねぇ…」
手をすりすりして暖を取ろうとするが、焼け石に水だった。
「うー……ん?」
後ろの紅魔館の入り口の扉が開く気配を感じ取り、その正体が分かり、美鈴はふにゃっと笑った。
刹那。
「めいりーん!!!」ずどごむ「ぐっふぅ!」
「い…妹様…強くなられて…」ガクッ
「めーりーん!!?」
完
「というのは冗談で。どうしましたこんなところに?またお嬢様に怒られたのですか?」
「な、なんで決めつけるのよ!…今日は違うんだよう…」
「ふむ。どうしたのです?」
「あのね、あのね…さっきね、廊下に飾られてた花瓶を割っちゃって…」
「ありゃ。お怪我はありませんか?」
「ありがとう、大丈夫だよっ。…それで、バレたら怒られると思って」
「思って?」
うつむくフランに目線を合わせるように座る美鈴。
「…花瓶の破片をきゅっとしてどかーんしちゃった…」
なんという完全犯罪。欠片も残らねえとはこのことか。
「慌ててたから何も考えてなくて…どうしよう、わたし、なにをどうすればいいんだろう、めーりん…」
「妹様」
フランの頬に手を当てて顔を上げさせ、おでこを合わせ真剣な顔をするる美鈴。
「確かに割ったのは悪いことです、しかし隠そうとしたのはもっと悪い事です」
「…う、ごめんなさい…」
フランが今にも泣きそうな顔になる。
「でも」
ふにゃっと笑う美鈴。
「それを悪い事だと思って私に素直に話したのは、とてもいい事です。とても」
そう言って頭を撫でると、くすぐったそうにフランが笑う。
「だから、ちゃんと後で、明日にでも咲夜さんとお嬢様に謝りに行きましょう?私も行きますからっ」
「…うん、…うん!」
ついさっきまで泣きそうになっていたとは思えない程、明るくこくこくうなずくと、涙目をごしごしとこする。
「ごめんね、めーりん」
「おやおや、こういうときは謝るのではなく?」
「!…えへへ、ありがとう、めいりんっ!」
にぱっと、元気に笑うフラン。もう大丈夫だろう。そう思うとまたふにゃっと笑ってしまう美鈴。
「あ、えーと、お礼!」
がさごそと、ポケットをあせぐり、手渡しをする。
「これは、手袋?」
「さっき、めーりんの手がすごく冷たかったから…あ!いやだったとかじゃないの!ただ、大変なんだろうな、って思って!」
「あは、ありがとう、『フラン』」
「うん!どういたしまして!…ふぁ」
安心したからか、もしくは寝起きだからか、フランの口からあくびが一つ漏れた。
「ん、ここにいると冷えて体調を崩しますよ。さあ、中に戻りましょう?」
「うん、そうする」
既に目がしょぼしょぼし始めている。このままだとご自分の部屋にたどり着く前に廊下辺りで眠ってしまうかもしれない。
そう判断した美鈴は、服が冷えてしまっているので、とりあえずコートをいったん脱ぎ妹様をコートの中に入れる形でおんぶすることにした
「んあ、ご…んーん。ありがとう、めーりん…」
「どういたしましてー」
「めーりん…」
「はい?」
「あったかいね、せなか…」
「それはよかった」
結局フランは眠かったからかもしくは美鈴が暖かかったからか、本格的に眠ってしまった。
すやすやと眠るフランをベッドに身長に下ろし、ほほに軽く口づけをしたあと、小さな声で「おやすみなさい」と言った後に、またもやふにゃっと笑みがこぼれてしまうのだった。
時刻は23時。
フランの部屋から門の前へ帰る途中に、ばったりと咲夜とでくわした。
「あら。堂々とさぼりかしら。それともサボタージュ?もしくは麦克风?」
「私が言うのもなんですが何処人ですか」
「どういう意味よ」
「聞き流してください。咲夜さんはまだお休みにならないので?」
「お嬢様が一人で博霊神社に出かけられたので、そうね、帰ってこられるまでは休みね」
「なるほど」
「で?なんで貴女はここに?」
「あぁ、…えー、ちょっとお花を摘みに」」
「妹様の部屋まで?」
「うぐ」
一体いつから見られていたのだろうか。本気で怖いぜこのメイド長。
「ところで」
「は…」
はい?と、言おうとしたところで殺気が、美鈴の体を拘束した。
「貴女の夜食用にと思って用意した丹精込めて作った肉まんが綺麗さっぱり消えていたのは、なぜ?」
「いやそれは」
「なぜ?」
「だからその」
「なぜ?」
怖い。逃げたい。というかむしろ、消えたい。
―その後素直に白状した美鈴は呆れられつつ刺されつつ詫びた。
「今日は、貴女はもう上がりなの?」
「いいえー一応妹様が眠ってますし、お嬢様もいないとなるとまだですねー」
「そう、なら、はい」
「およ?」
がさり、とやや大きめの紙袋を渡された美鈴。
中を開けてみると、とても丁寧に紅と緑のニットで編まれたマフラーが入っていた。
「いくらコート着てても、夜はすっごく冷えるでしょ?だから、これ」
「おおおありがとうございますっ!まさか、手作りで!?」
「そうよ、大事になさい」
「はい!もちろんです!!」
やや顔を赤らめた咲夜と、早速マフラーを付けた美鈴は二人でふにゃっと微笑みあった。
23時59分。
紅魔館の門前。
紅と緑のマフラーをたなびかせた紅と緑の門番が門に寄り掛かって上を向いている。
「いやー…」
ほふぅ、と息を吐けば後ろの紅い館には似つかわしくない真っ白な息。
それを見つつ、ぽつりとつぶやく。
「今日は、思いのほか暖かかったですねぇ…」
命蓮寺
やっぱりめーりんは皆から愛されてるのが一番良いな
誤字報告ありがとうございます。修正いたしました。
悪友関係っぽいのが楽しそうで素敵です。
……でも、全裸でいるのは風邪が悪化するからおやめ下さいw
誤字報告
博霊神社 → 博麗神社